説明

二硫化鉄・リチウム一次電池

【課題】高容量であると同時に、高負荷放電特性にも優れた、二硫化鉄・リチウム一次電池を提供する。
【解決手段】正極板は、二硫化鉄、カーボン導電材、結着剤を分散させた正極合剤をエキスパンドメタルに空隙率25〜35%の範囲で充填・保持させてなり、負極板はSn、Mg、Zn、Bi、Alの一種以上の元素で合金化されたリチウムによって構成された二硫化鉄・リチウム一次電池である。正極板の単位面積あたりの理論容量は35〜70mAh/cm、負極板に合金化させる元素の総質量は、負極板の全体質量に対して0.1〜3%であることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二硫化鉄を主活物質とする正極と、リチウムを主活物質とする負極とを有し、有機溶媒を電解液とした非水電解液電池、すなわち、二硫化鉄・リチウム一次電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
二硫化鉄・リチウム一次電池は、正極活物質の二硫化鉄が約894mAh/g、負極活物質のリチウムが約3863mAh/gと、非常に高い理論容量を有する正・負極材から構成され、高容量かつ軽量で、低温特性、長期信頼性といった他の特性面からも、非常に優れた電池である。
【0003】
加えて、二硫化鉄・リチウム一次電池は、初期の開回路電圧が1.7〜1.8V、平均放電電圧が1.5V付近であり、他の1.5V級一次電池、例えば水溶液を電解液に用いるマンガン電池、アルカリマンガン電池、酸化銀電池、空気電池等と互換性を有する点からも、その実用価値は高い。
【0004】
実用化されている円筒型の二硫化鉄・リチウム一次電池は、中空円柱状の電池ケースの内部に、帯状の正極板と負極板とが、セパレータを介して多数回捲回された電極群の形で収納されている。特許文献1の実施例記載に見られるように、一般に、この電池の正極板は、二硫化鉄とカーボン導電材・結着剤とを溶剤に加えて混合した合剤スラリ(塗料)を、アルミニウム平面箔上に両面塗工・圧延して作製される。負極板は、リチウムまたは、アルミニウム合金化したリチウム板(フォイル)が使用され、セパレータには、ポリエチレンの微多孔膜が用いられる。電極群と、電池ケースまたは封口板との間の集電は、正・負極板から取り出したリード線を電池ケース・封口板に溶接するか、または、正・負極板と電池ケース・封口板との間を接触方式にする形で確保している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2005−529467号公報
【特許文献2】特開2006−216352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように二硫化鉄・リチウム一次電池は実用価値が高いが、正極活物質の二硫化鉄が放電をするに従って体積膨張するので、電池容量を大きくするために単純に正極活物質を高充填すると、放電が進むに従って正極中の電解液が減ってしまって正極活物質を十分に使いきれないという現象が生じてしまった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以上の課題を鑑み、本発明の二硫化鉄・リチウム一次電池は、二硫化鉄を正極活物質とする正極板と、金属リチウムを負極活物質とする負極板と、セパレータとを備え、前記正極板と前記負極板との間に前記セパレータが挟まれてこれらが捲回されており、前記正極板は、二硫化鉄、カーボン導電材及び結着剤を混合させた正極合剤と、エキスパンドメタルとを備え、該エキスパンドメタルの開口に前記正極合剤を充填し該エキスパンドメタルに該正極合剤を保持させており、前記正極板の空隙率は25%以上35%以下であり、前記負極板はSn、Mg、Zn、BiおよびAlから選ばれた一種以上の元素によって合金化されたリチウムである構成とした。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、高容量で、高負荷放電特性にも優れた二硫化鉄・リチウム一次電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】菱形のエキスパンドメタルの骨格形状を表した説明図である。
【図2】本発明の実施形態に係る二硫化鉄・リチウム一次電池の構成の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本願発明者らは、二硫化鉄・リチウム一次電池の検討を行う際に他の種類の電池の技術も調査した。例えば、正極活物質に焼成二酸化マンガン等を用いた、3V級の二酸化マンガン・リチウム一次電池も広く普及しているので、この電池について調べてみると、この電池においても、電池ケース内部に、正極板・負極板・セパレータの捲回電極群を収納した構成を有するが、ここでの正極板は、二酸化マンガンとカーボン導電材・結着剤からなる合剤(水分率の少ない造粒粉末)をエキスパンドメタルに充填・圧延して作る方式が主流である。(例えば、特許文献2等を参照)
上記のようなエキスパンドメタルへの充填方式の正極板は、平面箔上にスラリを両面塗工する方式に比べて生産性が高いという利点を有する。また、エキスパンドメタルへの充填は正極板の厚型化・短尺化が容易なため、余剰なセパレータを減らす(短くする)等して、電池内の活物質の高充填化・電池の高容量化を行うのに適すると考えられる。
【0011】
上述したような背景から、特に、円筒型の二硫化鉄・リチウム一次電池の高容量化を志向する場合、二硫化鉄正極をエキスパンドメタルへの充填方式として、正極板の厚型化・短尺化を行うことが有利と考えられる。しかしながら、単純に正極板の厚型化・短尺化を行うと、短尺化によって正・負極板の対向する面積が少なくなり、放電時の単位面積あたりの電流密度[mA/cm]が過大で厳しい条件となるため、高負荷放電特性を十分に確保できないという問題が生じる。
【0012】
また、正極活物質の二硫化鉄は放電に伴い体積膨張するため、放電末期における正極中への電解液含浸性・浸透性の確保や、放電末期の正極活物質粒子の脱落抑止観点から、正極活物質の充填のやり方を考える必要があると本願発明者らは考えた。しかし、公知のエキスパンドメタル充填方式の正極板は、体積膨張の比較的少ない二酸化マンガン等を扱っていたため、上記のような体積膨張にどのように対応したらよいのか、これまで検討が行われていなかった。
【0013】
本願発明者ら上述の検討を土台にして種々の実験を重ねさらなる検討を行った結果、正極板における空隙率が鍵を握っていることを見出して本願発明を想到するに至った。
【0014】
(定義)
二硫化鉄を正極活物質とする正極板とは、正極活物質は二硫化鉄が90%以上である正極板である。また、金属リチウムを負極活物質とする負極板とは、負極活物質は金属リチウムが90%以上である負極板である。エキスパンドメタルとは、金属板に多数の切れ目を入れて引き延ばし、多数の開口を形成して網目状態にしたものである。エキスパンドメタルのメッシュとは網目のことである。
【0015】
正極板の空隙率は、未放電、あるいは電池作製直後の予備放電だけを行った初期状態の正極板に関して、正極板全体(エキスパンドメタルを含む)の体積に占める正極内の空隙体積の比率(%)として定義される。
【0016】
負極板においてリチウムに合金化させる元素の総質量を規定する際の負極板の全体質量は、負極板に付属させる負極リードの質量を含まない。正極合剤中の二硫化鉄とカーボン導電材との質量混合比率が97/3から93/7までとは、二硫化鉄97質量部に対しカーボン導電材3質量部の混合比率から二硫化鉄93質量部に対しカーボン導電材7質量部の混合比率までの混合比率範囲を意味し、範囲の両端を含む。
【0017】
正極板の理論容量は、正極板に保持させた二硫化鉄材の質量[g]に基づいて、同材が理論上最大の4電子反応(894mAh/g)すると仮定して算出される放電容量[mAh]であり、単位面積あたりの理論容量は、この値を正極板の面積[cm]で割ったものである。
【0018】
(概要)
本発明の例示的な二硫化鉄・リチウム一次電池は、正極板にエキスパンドメタル充填方式を採用し、二硫化鉄材の膨張を考慮して、空隙率が25%以上35%以下という範囲に設定する。これにより、電池放電末期における正極中への電解液含浸性・浸透性の確保、ならびに、放電末期の正極活物質粒子の脱落抑止が図られる。本発明者等が鋭意検討した結果、正極板の空隙率を25%未満にすると、放電末期における正極中への電解液含浸性・浸透性が低下し、逆に空隙率を35%よりも大きくすると、放電末期の正極活物質粒子が正極板から脱落することが顕在化する点が明らかとなった。この観点から、正極の空隙率は25%以上35%以下の範囲が好ましい。このように例示的な二硫化鉄・リチウム一次電池では、高負荷放電末期の電圧低下現象等を抑制することができる。
【0019】
また、負極板に用いるリチウムは、Sn、Mg、Zn、Bi、Alの一種以上の元素で合金化されている。これにより、電池内で負極表面に形成される皮膜が少なくなり、放電時の負極側の分極が大幅に低減される。具体的には、リチウムがSn、Mg、Zn、Bi、Alの一種以上の元素で合金化されていると、放電時の負極側の分極が大幅に低減される。同時に、以下のような効果も併せ持つ。すなわち、正極に二硫化鉄を用いた系では、二硫化鉄材に存在する硫酸イオン等の不純物が電解液中に溶出し、負極リチウム上に、放電阻害効果の大きい強固な皮膜を形成する傾向がある。リチウムがSn、Mg、Zn、Bi、Alの一種以上の元素で合金化されていると、このような、二硫化鉄を用いた系に特有の、強固な皮膜形成の抑止が可能になる。なお、上記のような、異元素で合金化されたリチウムは、例えば、金属リチウムのインゴッドを溶解・押出して板状のフォイルとする公知の製造フローにおいて、溶解工程で、所定量の異元素を添加する方法等で作製することが可能である。このような負極板を、エキスパンドメタル方式で厚型化・短尺化した正極板と組み合わせて、単位面積あたりの電流密度[mA/cm]が厳しい条件下で放電させた場合にも、電池トータルとしての放電電圧を高位に維持することができる。
【0020】
したがって、以上のような構成によると、エキスパンドメタル方式正極を用いた場合の高容量化に適するという利点を活かしながら、同電池の高負荷放電特性をも十分に確保することが可能になる。
【0021】
例示的な二硫化鉄・リチウム一次電池では、正極板の単位面積あたりの理論容量を35mAh/cm以上70mAh/cm以下に設定することができる。単位面積あたりの理論容量が35mAh/cm未満だと、電池容量を確保するためには正極面積を大きくする(正極板を長尺化する)必要があり、電池ケース内に余剰なエキスパンドメタルやセパレータを収容することになって、高容量化・高出力化に不利となりやすい。一方、単位面積あたりの理論容量が70mAh/cmよりも大きいと、正極板の短尺化ができて高容量化には有利だが、正極厚みが過大で、正・負極間の対向面積も不足となりやすく、高負荷放電特性の確保が難しくなる。
【0022】
負極板のリチウムに合金化させる元素の総質量は、負極板の全体質量(集電のためのリード等を除いた質量)に対して0.1%以上3%以下とすることができる。これは、合金化元素の総質量が0.1%未満であると負極表面の皮膜を低減化させる効果を得難く、また逆に、合金化元素の総質量が3%よりも大きくなると、負極活物質であるリチウムの比率が相対的に低くなって、電池の高容量化を図る上で不利になりやすいためである。
【0023】
正極のカーボン導電材はBET比表面積300m/g以上のカーボン粉を含むこととすることができる。比表面積の大きいカーボン導電材を含むことで、厚膜化・短尺化を図った正極内への電解液の含浸性を高めることができ、高負荷放電特性の確保が容易となる。
【0024】
また、二硫化鉄とカーボン導電材の正極合剤中の質量混合比率は97/3〜93/7の範囲に設定することができる。カーボン導電材の混合比率が上記範囲よりも少ないと、十分な高率放電特性を確保するのが困難になる。カーボン導電材の混合比率が上記範囲よりも多い、すなわち、活物質である二硫化鉄の混合比率が上記範囲よりも少ないと、電池の絶対的な容量を確保するのが困難になる。
【0025】
正極のエキスパンドメタルは、電解液への化学的安定性、及び、低価格といった点から、アルミニウム製またはステンレス鋼製のものとすることができる。また、正極板内におけるエキスパンドメタルの芯材体積比率を極力減らすため、その骨格形状は菱形(ダイヤ形)であることが好ましい。
【0026】
図1に、メッシュ(網目)が菱形(ダイヤ形)のエキスパンドメタルの骨格図面を示す。板厚Tは、加工前の金属板の板厚がそのまま反映される。充填・圧縮や電極群構成に際しての正極板の切れを抑制しつつ、正極板に適度な柔軟性を付与できる望ましい板厚Tは、0.1mm以上0.15mm以下である。刻み幅Wは、板厚Tと共に、骨格の太さを決定するパラメータであるが、上述のような正極板の切れの抑制、ならびに芯材体積比率の低減という観点から、Wは0.2mm以上0.3mm以下の範囲が好適である。また、メッシュの長目方向の中心間距離LW、および短目方向の中心間距離SWは、エキスパンドメタルに形成される孔の大きさを規定するパラメータである。骨格から離れた位置にある活物質粒子からの集電を十分に保つともに、芯材としての引っ張り強度を確保し、一方で、芯材体積比率をできるだけ低減するという観点からLW、SWの好適な範囲が決定する。上記の観点で本発明者等が検討を行った結果、長目方向の中心間距離LWの好適な範囲は2mm以上3mm以下、短目方向の中心間距離SWの好適な範囲は0.8mm以上1.8mm以下である。
【0027】
(実施形態1)
<二硫化鉄・リチウム一次電池の説明>
図2は、本発明の実施形態に係る二硫化鉄・リチウム一次電池の概略断面図である。
【0028】
この二硫化鉄・リチウム一次電池は二硫化鉄を活物質とした正極板1と、リチウムを活物質とした負極板2とを有する。正極板1と、負極板2と、これらの間に介在されたセパレータ3とを渦巻状に捲回することで電極群を構成している。この電極群は、非水電解液(図示せず)とともに有底円筒形のケース9に収納されている。ケース9の開口部には封口板8が装着されている。封口板8には、正極板1の芯材に接続されたリード4が連結されている。負極板2に接続されたリード5は、ケース9に連結されている。また、電極群の上部と下部とには、内部短絡防止のためにそれぞれ上部絶縁板6、下部絶縁板7が配備されている。
【0029】
正極板1は次のようにして作製される。二硫化鉄と導電剤とを混合した後、結着剤と水とを添加して混練することにより正極合剤を調製する。次に、この正極合剤を、エキスパンドメタルに所定量載せてそのメッシュに充填し、乾燥させて圧縮する。その後、定寸に裁断し、正極合剤の一部分を剥離しその部分のエキスパンドメタルにリード4を溶接することで帯状の正極板1を作製する。
【0030】
帯状の負極板2は、Sn、Mg、Zn、Bi、Alの一種以上の元素で合金化されたリチウム(フォイル)で構成される。セパレータ3にはポリオレフィン微多孔膜などを用いる。
【0031】
非水電解液に用いる溶媒としては、公知のリチウム一次電池の非水電解液に用いられる有機溶媒であれば特に限定されるものではない。γ−ブチルラクトン、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、1,2−ジメトキシエタンなどを単独または混合して使用することができる。
【0032】
非水電解液を構成する支持電解質には、過塩素酸リチウム、ホウフッ化リチウム、六フッ化リン酸リチウム、トリフルオロメタンスルホン酸リチウム、ヨウ化リチウム、および分子構造内にイミド結合を有するLiN(CFSO、LiN(CSO、LiN(CFSO)(CSO)などを用いることができる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例について詳細に説明する。本発明の内容は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)
<電池の作製>
平均粒径(体積分率50%時の粒径:D50)が25μmの二硫化鉄の95質量部と、ケッチェンブラック(ライオン(株)製のEC300J、BET比表面積:800m/g)の5質量部とを乾式混合した後、結着剤であるPTFEディスバージョン(ダイキン工業(株)製のポリフロン(登録商標)D−1E)とに適量の水を添加・混練して、ファニキュラ状態の正極合剤を作製した。PTFEの固形分比率が、乾燥後の正極合剤の総質量(水分を除いた総質量)に対して5質量%となるように調整した。
【0035】
この正極合剤を、エキスパンドメタルに載せてそのメッシュに押し込んで充填し、乾燥・圧縮した。圧縮に際しては、正極板の空隙率(エキスパンドメタルを含めた正極体積に占める、正極内の空隙体積の比率)が30%になるように調整した。その後、定寸(長さ200mm、幅44mm、正極の単位面積あたりの理論容量:50mAh/cm)に裁断し、正極合剤の一部分を剥離しその部分のエキスパンドメタルにリードを溶接して正極板を得た。ここで、エキスパンドメタルは、アルミニウム製で、図1のような菱形のメッシュ構造・骨格形状を有するものを用いた。このエキスパンドメタルの寸法のパラメータは、板厚T:0.13mm、刻み幅W:0.25mm、長目方向の中心間距離LW:2.5mm、短目方向の中心間距離SW:1.2mmとした。
【0036】
負極板2は、表1に示す5種類の合金化元素を含有する帯状のリチウム合金、および帯状の金属リチウムとした。
【0037】
さらに、図1の構成(単3サイズ)において、セパレータ3にはポリオレフィン微多孔膜(セルガード(株)製#2400)、電解液には1、3−ジオキソラン(DOL)と1、2−ジメトキシエタン(DME)が体積比で2:1の混合溶媒に、ヨウ化リチウム(LiI)を1mol/lとなるように添加して作製した溶液を用いて、それぞれのリチウム合金(あるいは金属リチウム)に対応する二流鉄・リチウム一次電池a1〜a6を作製した。電池a6は比較対象の電池である。
【0038】
【表1】

【0039】
各電池は、組み立て後に45℃の雰囲気下で3日間のエージングを行い、その後、正極理論容量(二硫化鉄の放電容量を894mAh/gと仮定して算出される容量)の5%に相当する予備放電を行った。予備放電後に以下の評価を行った。
【0040】
<電池の評価>
上記で作製した電池に対して、以下の(1)、(2)の評価を行った。各試験は、電池数n=5として、平均値を求める形で実施した。
【0041】
(1)100mA連続放電
作製した電池のそれぞれを、21℃の恒温雰囲気下において100mAの定電流で放電させて、閉路電圧が0.9Vに達するまでの時間を測定した。この試験はローレート放電試験に該当し、電池の絶対的な電気容量を測定する試験パターンである。
【0042】
(2)DSCパルス放電
作製した電池のそれぞれを、21℃の恒温雰囲気下において、1.5Wで2秒間放電し、その後0.65Wで28秒放電する工程(パルス放電)を1サイクルとし、1時間当たり10サイクルのペースでパルス放電を行った。パルス放電を行いながら、閉路電圧が1.05Vに達するまでの時間を測定した。なお、この評価は、ANSI C18.1Mに定められた放電試験の方法を準用しており、デジタルスチルカメラ(DSC)での使い方を想定した、高負荷放電の試験パターンである。
【0043】
結果を表2にまとめる。いずれの結果についても、電池a6の性能値を100(基準)として指数化している。
【0044】
【表2】

【0045】
これより、負極板にSn、Mg、Zn、Bi、Alの合金化リチウムを用いた電池a1〜a5は、優れたDSCパルス放電特性を有していることがわかる。これらの電池を分解・解析して調べたところ、電池a1〜a5では負極板表面に形成される皮膜が電池a6に比べて少なく、放電時の負極側の分極が低減されたと推察された。
【0046】
上記で作製した電池は、正極板の長さが200mmと、一般的な二硫化鉄・リチウム一次電池の正極板の70%の極板長さしか有していない。このような、エキスパンドメタル方式で厚型化・短尺化した正極板と組み合わせた場合においても、電池a1〜a5では、負極側の分極が大幅に低減されることで、電池トータルとしての放電性能が高く保たれたと推察される。
【0047】
(実施例2)
実施例2では、正極板の空隙率に関する知見を得るため、実施例1の場合と同様の正極板作製において、圧縮の条件だけを変化させ、表3中に示すような空隙率の異なるb1〜b5の正極板を用意した。そして、以降の電池構成条件は、すべて実施例1の電池a1の場合と同様(負極にSnの合金化リチウムを使用)として、それぞれの正極空隙率を有する電池b1〜b5を作製した。
【0048】
これらの電池について、上述同様の条件でエージング・予備放電を行い、その後、上記(1)、(2)の性能評価を行った結果を表3にまとめる。ここで各試験は、電池数n=5として、平均値を求める形で実施した。いずれの結果についても、実施例1中の比較電池a6の性能値を100(基準)として指数化している。
【0049】
【表3】

【0050】
表3から、正極板の空隙率を25〜35%の範囲に設定しなければ、優れたDSCパルス放電特性が得難い点がわかる。二硫化鉄粒子は放電に伴って体積膨張するため、空隙率を25%未満とした電池b1では、空隙率が不足して、放電末期における正極中への電解液含浸性・浸透性が低下し、DSCパルス放電特性が低調になると考えられる。また、空隙率を35%よりも大きくした電池b5では、エキスパンドメタルと活物質粒子との間の集電がとりにくく、100mA連続放電、DSCパルス放電ともに、低い特性に留まっていると考えられる。
【0051】
(実施例3)
実施例3では、正極板の単位面積あたりの理論容量に関する知見を得る実験を行った。正極合剤の質量・空隙率を実施例1の場合と同じとしながら、正極板の長さと厚みの双方を変化させて単位面積あたりの理論容量を変えてゆき、表4中に示すような単位面積あたりの理論容量を有する正極板を作製した。一方で、負極板についても、Sn:1.5質量%を入れた合金化リチウムを用い、その全体の質量は実施例1の電池a1と同一で一定としながら、正極板の長さに対応するように長さ・厚みに調整を行った。その上で、以下の手順については、実施例1の場合と同様として、それぞれの正極に対応する電池c1〜c6を作製した。
【0052】
これらの電池について、上述同様の条件でエージング・予備放電を行い、その後、上記(1)、(2)の性能評価を行った結果を表4にまとめる。ここで各試験は、電池数n=5として、平均値を求める形で実施した。いずれの結果についても、実施例1中の比較電池a6の性能値を100(基準)として指数化している。
【0053】
【表4】

【0054】
表4から、正極板の単位面積あたりの理論容量は35〜70mAh/cmとするのが望ましい点がわかる。単位面積あたりの理論容量を30mAh/cmとした電池c1では、正・負極板の長尺化によって、電池ケース内に余剰なエキスパンドメタルやセパレータを収容することになり、電解液の注液量を十分確保できなかった。この結果、DSCパルス放電特性が低調となっている。一方、単位面積あたりの理論容量を75mAh/cmと大きくした電池c6では、正極厚みが過大で、正・負極間の対向面積も不足気味となったため、やはりDSCパルス放電特性が低調となっている。
【0055】
(実施例4)
実施例4では、負極板のリチウムに合金化させる元素の質量比率に関する検討を行った。合金化元素としてSn、Mg、Zn、BiおよびAlを用い、表5中に示したように、リチウム合金全体の質量に対する各元素の添加比率を変化させた負極板を準備した。そして、以降の電池構成条件は、すべて実施例1の場合と同様として、それぞれの負極板に対応する電池d1〜d25を作製した。
【0056】
これらの電池について、上述同様の条件でエージング・予備放電を行い、その後、上記(1)、(2)の性能評価を行った結果を表5にまとめる。ここで各試験は、電池数n=5として、平均値を求める形で実施した。いずれの結果についても、実施例1中の比較電池a6の性能値を100(基準)として指数化している。
【0057】
【表5】

【0058】
表5から、負極板のリチウムに合金化させる元素の質量比率は、負極板の全体質量(集電のためのリード等を除いた質量)に対して0.1〜3%であることがわかる。合金化元素の質量が0.05%と少ない電池d1、d6、d11、d16、d21では、負極表面の皮膜を低減化させる効果が得難く、DSCパルス放電特性が低調である。また逆に、合金化元素の質量が3.5%と大きい電池d5、d10、d15、d20、d25も、負極活物質であるリチウムの比率が相対的に低くなるため、100mA連続放電特性(電池としての絶対的な容量)がやや低調な結果となっている。
【0059】
(実施例5)
実施例5では、カーボン導電材の種類に関する知見を得るため、表6中に示したカーボン導電材を用い、他の条件は、すべて実施例1の電池a1の場合と同様(負極にSnの合金化リチウムを使用)として、それぞれのカーボン導電材に対応する電池e1〜e6を作製した。
【0060】
これらの電池について、上述同様の条件でエージング・予備放電を行い、その後、上記(1)、(2)の性能評価を行った結果を表3にまとめる。ここで各試験は、電池数n=5として、平均値を求める形で実施した。いずれの結果についても、実施例1中の比較電池a6の性能値を100(基準)として指数化している。
【0061】
【表6】

【0062】
表6から、カーボン導電材としては、BET比表面積が300m/g以上のものを用いるのが望ましい点が明らかである。BET比表面積が300m/gに満たないカーボン導電材を用いた電池e1、e2、e3では、正極への電解液の含浸が困難となり、DSCパルス放電を中心に特性が低調となっている。
【0063】
(実施例6)
実施例6では、正極合剤中の二硫化鉄とカーボン導電材との質量混合比率に関する知見を得るため、表7中に示した質量混合比率の正極合剤を用い、他の条件は、すべて実施例1の電池a1の場合と同様(負極にSnの合金化リチウムを使用)として、それぞれの質量混合比率に対応する電池f1〜f5を作製した。
【0064】
これらの電池について、上述同様の条件でエージング・予備放電を行い、その後、上記(1)、(2)の性能評価を行った結果を表7にまとめる。ここで各試験は、電池数n=5として、平均値を求める形で実施した。いずれの結果についても、実施例1中の比較電池a6の性能値を100(基準)として指数化している。
【0065】
【表7】

【0066】
表7から、正極合剤中の二硫化鉄とカーボン導電材との質量混合比率については97/3〜93/7の範囲が適正なことが明らかである。質量混合比率が98/2とカーボン導電材の比率が少ない電池f1では、DSCパルス放電特性を確保するのが困難である。また、質量混合比率が92/8と二硫化鉄の比率が少ない電池f5では、100mA連続放電特性(絶対的な電池容量)を確保するのが困難になる。
【0067】
(実施例7)
ここでは、菱形(ダイヤ形)のエキスパンドメタルの骨格形状に関する検討を行った。アルミニウム製で表8中に示した形状パラメータを有するエキスパンドメタルを用意し、他の条件は、すべて実施例1の電池a1の場合と同様(負極にSnの合金化リチウムを使用)として、それぞれのエキスパンドメタルに対応する電池の構成を行った。この際、正極合剤の充填量を十分に確保するのが困難なもの(g4、g8、g9、g13)、及び、電極群の捲回構成時に正極板が切れたもの(g1、g5)が存在した。これらの結果を表8にまとめる。
【0068】
【表8】

【0069】
狙い通りの電池構成が可能であったものに関して、上述同様の条件でエージング・予備放電を行い、その後、上記(1)、(2)の性能評価を行った結果を表9にまとめる。ここで各試験は、電池数n=5として、平均値を求める形で実施した。いずれの結果についても、実施例1中の比較電池a6の性能値を100(基準)として指数化している。
【0070】
【表9】

【0071】
表9から、板厚Tは0.1〜0.15mm、刻み幅Wは0.2〜0.3mm、長目方向の中心間距離LWは2〜3mm、短目方向の中心間距離SWは0.8〜1.8mmの範囲が望ましいことがわかる。長目方向の中心間距離LWが3.5mmとしたg12や、短目方向の中心間距離SWが2mmとしたg16では、エキスパンドメタルの孔径が大きいために、骨格から離れた位置にある活物質粒子からの集電を保つのが困難になって放電特性が高くなっていないものと推察される。
【0072】
以上に詳細に実施例を示したように、本発明によれば、高容量であると同時に、高負荷放電特性にも優れた二硫化鉄・リチウム一次電池を提供することが可能である。
【0073】
(その他の実施形態)
以上説明した実施形態、実施例は本発明の例示であり、本発明はこれらの例に限定されない。例えば、上記の実施例ではエキスパンドメタルの材質としてアルミニウム製のものを用いたが、ステンレス製のものを用いても同様の放電特性が得られる。特に、実施例7中に記したような、電極群の捲回構成時における正極板の切れに対しては、アルミニウムよりも強度の強いステンレス製のエキスパンドメタルを採用することで、回避可能と推察される。
【0074】
また、実施例5では、BET比表面積が300m/g以上のカーボン粉として、ケッチェンブラックや特定のカーボンブラックを用いたが、比表面積のカーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー等でも同様の効果が得られる。また、BET比表面積が300m/g以上のカーボン粉を主体(50%以上)としながら、他のカーボン粉と混ぜ合わせた形の導電材を用いても、類似の効果が得られると考えられる。
【0075】
また、負極のリチウムと合金化させる元素は1種類に限定されず、2種類以上のリチウムに加えて合金化させてもよい。
【0076】
さらに、上記の実施例では、単3サイズの円筒形電池としたが、本発明自体はこれに限定されるものではなく、他のサイズの円筒形電池や角型電池等にも、適宜活用することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0077】
以上説明したように、本発明に係る二硫化鉄・リチウム一次電池は、高容量であると同時に、高負荷放電特性にも優れており、デジタルスチルカメラを初めとして、電子ゲーム・玩具等に用いる1.5V級の一次電池等として最適である。
【符号の説明】
【0078】
1 正極板
2 負極板
3 セパレータ
4 正極リード
5 負極リード
6 上部絶縁板
7 下部絶縁板
8 封口板
9 ケース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二硫化鉄を正極活物質とする正極板と、金属リチウムを負極活物質とする負極板と、セパレータとを備え、前記正極板と前記負極板との間に前記セパレータが挟まれてこれらが捲回されている二硫化鉄・リチウム一次電池であって、
前記正極板は、二硫化鉄、カーボン導電材及び結着剤を混合させた正極合剤と、エキスパンドメタルとを備え、該エキスパンドメタルの開口に前記正極合剤を充填し該エキスパンドメタルに該正極合剤を保持させており、
前記正極板の空隙率は25%以上35%以下であり、
前記負極板はSn、Mg、Zn、BiおよびAlから選ばれた一種以上の元素によって合金化されたリチウムであることを特徴とする、二硫化鉄・リチウム一次電池。
【請求項2】
前記正極板の単位面積あたりの理論容量が35mAh/cm以上70mAh/cm以下である、請求項1に記載されている二硫化鉄・リチウム一次電池。
【請求項3】
前記負極板においてリチウムと合金化させる元素の総質量は、負極板の全体質量に対して0.1%以上3%以下である、請求項1に記載されている二硫化鉄・リチウム一次電池。
【請求項4】
前記カーボン導電材がBET比表面積300m/g以上のカーボン粉を含み、前記正極合剤中の二硫化鉄とカーボン導電材の質量混合比率が97/3から93/7までである、請求項1記載の二硫化鉄・リチウム一次電池。
【請求項5】
前記エキスパンドメタルは、アルミニウムまたはステンレス鋼からなり、メッシュの形状が菱形であり、板厚Tが0.1mm以上0.15mm以下、刻み幅Wが0.2mm以上0.3mm以下、メッシュの長目方向の中心間距離LWが2mm以上3mm以下、メッシュの短目方向の中心間距離SWが0.8mm以上1.8mm以下である、請求項1記載の二硫化鉄・リチウム一次電池。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−248280(P2012−248280A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−223814(P2009−223814)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】