説明

低温磁化率補償

【課題】構造材料それ自体としてまたは接着材料として使用できかつ極低温かつNMR装置が有する磁場の大きさにおいてほぼゼロの磁気モーメントを有する、エポキシまたは類似のアモルファス組成物の磁化率特性を改変する。
【解決手段】NMR装置の部品の製造に使用できる、所望の値の磁化率を示す組成物およびその製造方法であって、前記組成物は、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンと、アモルファス材料とを含み、リガンドまたはキレート剤を用いて前記金属イオンをアモルファス材料に溶解させる。前記組成物の磁化率は、77゜K以下においてほぼゼロの磁化率のように、極低温において所望の値を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁化率補償の分野全般に関し、さらに詳細には、核磁気共鳴装置における磁気不均一の低減問題に関する。
本発明は、改良された低温磁化率補償を有するアモルファス組成物、その製造方法およびその用途に関する。サンプル物質としてエポキシに言及しているが、本発明は特にそれに限定されない。
【背景技術】
【0002】
物質の特性の1つとして、磁化率、すなわち、磁化(誘導磁気モーメントまたは感受性)として定義される誘導磁気応答に対する印加磁場に関する係数がある。
M=χH0+S 式1
上式において、H0は磁気環境すなわち印加された磁場であり、Mは磁化であり、χは磁化率係数であり、Sは飽和磁場を充分上回る印加磁場値のための定数であり、すなわちH0>>Hsである。係数χを
∂M/∂H0=χ
として定義するとさらに正確であるが、これは、印加された磁場に関して、大きな温度依存性および非直線性があるとの認識に基づく。一般に外部磁場により誘導される磁化は、前記磁場値の増加に対応して無限に増加しないため、飽和磁場は物質の特性であることもまた理解すべきである。むしろ、磁化M、すなわち磁化モーメントは、温度Tに対してその物質の外部磁場強さ特性において飽和する。
【0003】
χの値>0であると、常磁性と呼ばれ、0より小さい値であると、反磁性と呼ばれる。MとH0とのベクトル特性は、本発明のために考慮する必要はない。0でないχの値は、物質に近接する実際の磁場は、印加される磁場と物質の磁気モーメント(M)からの寄与とを含むことは容易に理解されるであろう。この局部的効果は磁場に対して不均一性(勾配)を与え、磁気共鳴測定を妨害する。したがって、磁気共鳴測定では、磁気環境が極めて均一でなければならず、また勾配が時間方向および大きさにおいて正確に制御される。以下において、「磁化率」という語は、磁化率係数χ、または物理的効果Mについて述べる文脈において、その文脈が示すように理解される。本発明と先行技術との相違を理解するために、この区別は重要である。所定の構造に対するMの値が周囲媒体に対するMの値に等しい磁場H0において、磁気勾配は存在せず、その構造は(磁気的に)判別できないことは明らかである。通常の温度および飽和を充分上回る大きさの磁場であると、式1は、(非強磁性の)物質に対して単純な直線関係にある。例えば、ある構造と周囲媒体とのような2つの物質に対して磁化率係数χを適合させることにより、先行技術は、磁場H0の大きさのある範囲の値にわたって好ましい結果を得た。本発明は、各物質の磁化率係数に関係なく、所定の磁場H0に対してMの値を適合させる。「磁化率補償」という一般的用語は普通に使用されるが、この区別を理解することが重要である。
【0004】
本技術において、核磁気共鳴(NMR)の高解像度適用の場合に起こるように、磁気の不均一性が磁場環境を歪めるサンプル空間に近接する構造体に対しては、極めて低い、すなわちほぼ0の磁化率を有する物質が望ましい。好ましくない磁化率を有する物質が、磁気環境にさらされる構造体を形成する場合には、結合した金属混合物、結合ガスおよび結合液など、近い関係の(例えばコーティングとして)異なる物質を補償剤として使用するなどの種々の方法で補償してきた。これらの方法は、ある物体の異なる物質間の磁化率の不連続性を低減する、すなわち所望の値の磁化率Mを達成する形で実施されていることを理解すべきである。
【0005】
0でない磁化率のために揺動が存続する場合、制御された漸増磁場を提供して磁気不均一を補償するために、磁気シムコイルが通常使用される。シムコイル補償を効果的に実施するには、揺動が弱くかつNMRプローブの実際の(有効な)サンプル空間の近くでゆっくりと変化することが必要である。たとえば、下記特許文献1は、サンプル空間の近くに配置した常磁性または反磁性の不連続部材により生じる、サンプル空間を横断しての望ましくない磁界勾配を除去することを目的としている。これは、常磁性物質と反磁性物質とを選択された割合で混合して磁化率を適合させることにより達成される。
【0006】
先行技術の他の例は下記特許文献2にあり、同文献に係る特許は、異なる特定の磁化率とそれぞれの分圧とを有する2つの流体の混合物をサンプル空間に加えて、固形成分の空間磁化率に適合する所望の空間磁化率を得ることを開示している。
さらに他の例は下記特許文献3にあり、同文献に係る特許は、Bo磁場における磁化率誘導変化を最小にするために、マイクロコイルを包囲する適合媒体として過フッ化炭化水素を用いて、磁化率の変化を補償する方法を説明している。
【0007】
これらのすべての例において、実施には、磁気の非直線的特性についての知識はほとんどまたは全く必要でない。これは、これらの技術を、磁化率が小さく環境温度が室温かまたはそれ以上の場合に適用した結果である。
たいていの実施状況では、磁気感知装置の構造部材は、そのような構造部材の環境から、磁気的な意味における「不可視性」を示す。したがって、そのような構造部材の磁気特性を環境に適合させることは、これらの構造部材とその環境とが占める領域の磁気均一性に寄与する。もし環境が真空(または大気)であれば、その磁化率はゼロ(またはほぼゼロ)である。したがって、構造部材の磁化率を同様にゼロにすることが望ましい。環境が真空または大気でなく、磁化率M0を示す他の物質であれば、構造部材を同様に磁化率M0を有するように変えることが望ましい。本発明において、Mのゼロ値は、単に上記目的のために選択された特定の値であることを、文脈から理解すべきである。
【0008】
磁気成分(部品)の製造において、エポキシは、その特性が磁化率に関係ないために、物質を接着するための接着剤としてしばしば使用される。NMRサンプル空間に近い小さな局部的区域において使用したエポキシの磁化率は、この物質の補償を必要とする。一般市場で使用されている典型的なエポキシは、反磁性係数χが−1〜−0.5×10−6cgsユニットであることを特徴とする。磁化率補償の通常の実施は、上記技術を行うことであり、磁化率が適切にゼロになるように常磁性物質をエポキシと結合または混合することである。低温では多くの常磁性物質の磁気活動が非直線的でありかつあまり特徴を示さないために、この実施は極低温では困難となる。
【0009】
本発明において、エポキシについての言及は、本発明の特に有用な例として理解されるべきであり、他のアモルファス物質を本発明の範囲から排除するものではない。
したがって、本技術において、所望の値の磁化率を示す物質または組成物が必要である。低い温度(「極低温」)でほぼゼロの磁化率を達成することが特に有用である。組成物に対して印加された磁場における分子磁気モーメントの整列エネルギーが熱エネルギーに匹敵する値に近づく条件により、極低温の上限を決めることが望ましい。すなわち、以下のとおりである。
【0010】
μg0/kT≒1
上式において、μgは元素の(分子の、または原子の)磁気モーメント、kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。
本発明の組成物は、構造体の材料それ自体としてまたは接着もしくは結合物質として、極低温での使用を目的とする。本発明での「低温」とは、一般に極低温を意味する。実際の適用は一般に約77゜Kであり、これは本発明においてしばしば極低温の例として引用される。
【0011】
磁気共鳴装置は、均一の磁場および/または正確に制御された磁場勾配の環境において機能する。ある物体が環境の磁化率とは異なる磁化率を有し、その物体が磁場中にあることにより、磁場均一性は乱される。したがって、物質の磁場均一性を制御することにより、そのような物質の構造体が磁気手段を介してほぼ判別できないようになる。たいていの例において、実施環境は、真空または大気であり、すなわちM=0およびχ=0(大気の場合、これに非常に近い)である。本発明は、磁化率の選択された値(通常ゼロ)に適合する、たとえばエポキシのようなアモルファス材料を提供し、さらに、極低温の範囲において、選択された磁場強さにさらしながら、この値を維持し、さらに他の実施形態においては、特定の極低温下でこの値を達成することを意図する。
【特許文献1】米国特許第3,091,732号明細書
【特許文献2】米国特許第5,545,994号明細書
【特許文献3】米国特許第5,684,401号明細書
【非特許文献1】アッシュクロフト、外1名(Ashcroft and Mermin)著、ソリッド・ステイト・フィジックス(Solid State Physics)、1975年、ラインハート、ホルト アンド ウィンストン(Rinehart, Holt and Winston)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、構造体の材料それ自体として、および/または接着物質として使用でき、かつ極低温下およびNMR装置が有する磁場の大きさにおいてほぼゼロの磁気モーメントを有する、エポキシまたは類似のアモルファス組成物の磁化率特性を調整することである。
他の目的は、ガドリニウム(Gd+3)、3価の鉄(Fe+3)および2価のマンガン(Mn+2)からなる群から選択される金属イオンとリガンド(配位子)またはキレート剤とをエポキシ(または類似のアモルファス材料)と混合することにより、エポキシまたは類似のアモルファス材料の磁気率特性を調整し、それによって極低温での所望の値の磁化率を達成することである。
【0013】
さらに他の目的は、たとえば磁気物質を結合するためのエポキシ組成物を用いるNMR装置であって、その組成物が低温でほぼ0の磁化率を有するNMR装置を提供することである。
さらに他の目的は、得られた組成物が、77゜K以下の温度でほぼ0の磁気モーメントを有するように、キレート剤またはリガンド を用いてエポキシに可溶化されたGd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンを含むエポキシ(または類似のアモルファス)組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記および他の目的は、キレート剤またはリガンドを用いてエポキシに溶解されたGd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンを含むエポキシ(または類似のアモルファス)組成物を含む本発明により達成される。所望の印加磁場強さにおける得られたエポキシ組成物の磁化率すなわち磁気モーメントは、77゜K以下の温度でほぼ0である。したがって、本発明は、不所望の磁化率を補償するための補償物質をさらに添加する必要なしに、磁気物質を接着もしくは結合するためまたはそれ自体構造体の材料として利用できる。
【0015】
本発明の組成物は、下記のようにLgのようなキレート剤またはリガンド を用いてエポキシ(または類似のアモルファス組成物)に溶解されたGd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンを含んでいる。このエポキシは、エポキシ樹脂およびその硬化剤であってもよく、この組成物は下記のような他の元素を含む。本発明に使用される金属イオンは低温で有利な磁化率特性を示すが、これは、軌道角運動量に対してほぼ対称的な基底状態、すなわちL=0であるため、および広い範囲の磁場強さおよび温度にわたってブリュアン−ランジュバン等式に適合できる単純な電気的構成のためである。
【0016】
したがって本発明の組成物の使用は、低温でほぼ0の磁化率を有する磁気物質の設計構成に特に有利である。たとえば、NMR装置において使用される磁気物質は、特に低温において低い磁化率、またはほぼ0の磁化率を有することが、磁化率を増し信頼性を高めノイズを減らすために望ましい。本発明のエポキシ組成物は磁気材料部品を、たとえば接着により製造するのに有利に使用でき、さらに有利なことには、本発明エポキシ組成物は低温において磁化率が増すことがない。したがって、本発明組成物を用いて製造した、NMR磁場で使用するための構成要素は、低温でほぼ0の全磁気モーメントを有する。または、これらの部品は、特定の(相対的に高い)印加磁場においてゼロ値の誘導磁気モーメントを示すように製造される。このようにして、好ましくない磁化率または誘導磁気モーメントによる悪影響は、さらに低減される。
【0017】
ここに説明したように本発明は極低温で所望の磁化率を示す組成物と、そのような組成物の製造方法と、そのような組成物を使用するNMR装置とを含んでいる。本発明のアモルファス組成物の変形例は、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンを適切に混合することにより、選択されたアモルファス材料、主にエポキシまたはプラスチックまたはガラスなどの磁気特性を調整することにより実現される。この組成物の製造は、選択された金属イオンを選択されたアモルファスマトリクスに溶解させることを必要とする。これは、選択されたイオンを、アモルファスマトリクスに対して溶解性を示すキレート剤またはリガンドに含ませることにより達成できる。磁化率特性の調整は、他の材料に関して、極低温で組成物の一定値の誘導磁化を達成することを目的とし、前記他の物質は、通常、本発明のアモルファス組成物の環境を含んでいる。この組成物は、NMR装置の有効容積の近くで使用される。特に有用な組成物はエポキシである。エポキシの接着特性は構造上の目的に必要とされる。
【0018】
本発明の一局面は、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンとリガンドまたはキレート剤とを混合した極低温で磁化率補償を行うためのアモルファス組成物であり、得られた組成物は極低温においてほぼ0の磁化率を有することを特徴とする。
本発明の第二の局面は、低温で使用するために磁化率が補償されたアモルファス組成物の製造方法であり、この方法は、得られた組成物が低温において選択された磁化率を有するように、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンを前記アモルファス組成物とキレート剤またはリガンドとを混合する工程を含む。
【0019】
本発明の第三の局面は、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンをキレート剤またはリガンドとが加えられており、かつ低温において選択された磁化率を有するアモルファス組成物を製造するために構成された、磁気材料を用いたNMR装置である。
本発明は説明目的のために以下にさらに記述されるが、そのような説明はいかなる点でも本発明を限定するものではない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
NMR装置において、たとえば、マグネット、そして最も多くの場合、孔を有する超伝導マグネットが使用されている。マグネットの孔は、たとえば含まれる物質または孔内に支持される物質の磁化率の不連続よる残存磁場、電気的ノイズ、不均一性などの不都合な現象を生じる特性をサポートする。選択された磁化率値を有する選択された物質を使用することにより、磁化率不連続現象を低減できる。
【0021】
MNR装置の製造において、孔内に支持されたマグネットおよび/またはNMRプローブの部品を接合するために、エポキシ樹脂が接着剤または接合剤としてしばしば使用されてきた。少量使用されたとしても、エポキシ樹脂はゼロでない値の磁化率を有する。
本発明は、特に、たとえば77゜K以下の極低温および数十テスラのオーダの高印加磁場強さにおいてほぼ0の磁化率および/または誘導磁気モーメントを有するエポキシ組成物を含む。
【0022】
図1は、磁化率適合の一般的な方法論を示しており、これは1つの物質の誘導磁気モーメント値を他の物質の誘導磁気モーメント値に適合させることである(後者は通常前者の環境である)。2つの物質AおよびBは、印加磁場の関数としてのそれぞれの(誘導)磁気モーメントを示す。2つの物質の適切な組み合わせは、低磁場領域を超えた広い範囲の磁場にわたって、選択された値∂M/∂H0≒0を結果として生じる。誘導モーメントの値Mは、独立して選択されてよいことは明らかである。Mの値が0のとき、対象物質の磁気環境がゼロである場合に適している。NMRマグネットの孔が真空または大気であり、その孔内に対象物質が配置されていることは通常の状態である。(NMRマグネット孔または磁場領域は、一般に、何らかの他の物質、たとえば、ゼロでない印加モーメントMまたは磁化率係数χを示す流体により包囲されていてもよいことを認識すべきである。)この議論は、誘導モーメントを極低温において選択された値に適合させることを目的とする。
【0023】
図2は、直線的依存を示し、印加磁場の特定の値においてゼロになる。物質の効果的磁気モーメントの物質特性調整の異なる適用を示している。MAで表される第1物質は、ここでは約5テスラで示されているある磁場強さよりも高い磁場強さで飽和する。第2物質MBは前記磁場強さよりも高い反磁化率(反磁性の磁化率)を示す。2物質の適切な混合MA+MBは、狭い磁場値においてこの合成物質の磁化をゼロにするであろう。構成物質がブリュアンーランジュバン等式に厳密に従うならば、その臨界磁場値を計算することが可能であり、かつ合成物質を、この結果を得られるように設計できる。磁化率χは、ゼロにはされず、また本発明のこの実施形態のためのいかなる他の磁化率係数にも適合されないことに留意すべきである。
【0024】
図1に戻って、普通の状態では、先行技術のエポキシ組成物は、低温を含む種々の温度においていくつかの好ましくない特性を有している。例示として、硬化剤と組み合わせた一般的なエポキシは、有機化合物の全体としての磁化率特性の係数を有することに注目してもよい。すなわち、これらの物質は、一般に、−1×10-6cgsユニットのオーダの磁化率係数では反磁性である。Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンを、リガンドまたはキレート剤を用いて、エポキシにキレート化または溶解させて所望の分子構造を形成する場合、本発明のエポキシ組成物の磁化率は、飽和磁場H0の存在下で77゜K以下においてゼロにできる。所望の場合には、エポキシの代わりに他のアモルファスマトリクスを使用できることを以下に説明する。
【0025】
本発明の途上で、他の金属イオン、たとえばホルミウムについて調査した。適切にエポキシ樹脂にキレート化して導入されると、これらの金属イオンは、磁化率の温度依存がキュリーの法則に従うより高い温度においては低い磁化率を示した。したがって、77゜K以下のような極低温に関しては、これらの他の金属イオンでは所望の磁化率を満足に得られないことが判明した。エポキシ組成物は、本発明のエポキシ組成物のために、低温において磁化率Mがほぼゼロとなる全体的効果を生じるそれらの他の選択されたイオンと共に有利に使用できる。したがって、NMR装置の孔内で所望の均一な磁気環境を得るために、さらなる補償を必要としない。
【0026】
キレート剤またはリガンドを用いてGd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンでキレート化した、本発明のエポキシ組成物の磁化率がゼロであるという新発見により、本発明組成物を用いて予期しない顕著な結果を生むことができる。本発明を使用する場合には、構造体の磁気不規則性が実質的に低減または除去されているため、磁場をシム化する作業(優勢な磁場を局部的に印加した磁場部材で変形すること)は実質的に減少される。
【0027】
ある金属イオン(Σ+n)は常磁性、すなわち磁化率χは0より大きく、エポキシ樹脂と混合して磁化率をゼロにできることは知られている。すなわち
χΣΣ+χ=0
上式においてχΣ金属イオンの磁化率、VΣは金属イオンの体積、χRはエポキシ樹脂の磁化率、VRはエポキシ樹脂の体積である。これは、先行技術における磁化率適合方法の要旨である。
【0028】
一般に、金属イオンの磁化率係数は温度に依存し、すなわちχΣ(T)である。したがって、一定量の金属イオンVΣに対し、補償は1つの温度においてのみ達成できる。このことは、広い範囲の磁場に対して言える。
たいていの物質が室温またはその近くの温度でその飽和点以上の磁場にさらされた場合、単位容量当たりのその磁気モーメントは、定量的に式M=χ(T)H0+Sで表すことができ、同式においてH0は印加磁場(の強さ)であり、χ(T)は温度Tの関数である磁化率係数であり、Sは定数である。
【0029】
2つの物質AおよびBの誘導磁気モーメントを相殺するには、MA=VAχA(T)H0+SAかつMB=VBχB(T)H0+SB、すなわちVAA+VBB=0となり、2つの物質の磁気モーメントが特定の温度Tにおいて互いに相殺されるように、これらの物質を選択する。2つの物質の組み合わせに対するゼロの値は、磁気モーメントがゼロ(またはほぼゼロ)である真空または大気のような周囲媒体に適合するように選択される。ゼロ以外のMの値、たとえばM′は同一条件における磁化値がM′である周囲媒体に適している。
【0030】
環境温度において、SAおよびSBはχA(T)H0およびχB(T)H0に比較して非常に小さく、そしてVAχA(T)=―VBχB(T)である。その場合、図1に示すように、磁場と無関係に磁化率が相殺される。
極低温において、SAおよびSBが大きいかまたは磁気モーメントMAおよび/またはMBが磁場の非直線的関数であるとき、前記結合物の磁化率Meffectiveは全ての磁場強さに対する所望の値に適合できない。固定された磁場強さで作動する装置に対しては、これは実質的な制限を加えない。
【0031】
低温において、常磁性イオンの磁気特性は直線的でなく、飽和点は温度に依存する。高温では、常磁性イオンは、温度に反比例する磁化率係数を有し、すなわちχ(T)=C/Tであり、同式においてCは定数である。このように、先行技術の磁化率適合は、キュリーの法則が成立する温度範囲に容易に適用できる。
極低温に関しては、事態はさらに複雑であって、77゜K以下においては、単純な対称性を有する原子システムの磁気モーメントは、単純な磁化率係数χを介してH0へ単純に直線的依存するよりもむしろ、ブリュアンーランジュバン等式に従う。低温および高磁場において、イオンの磁気モーメントMは、磁場および温度の非直線的関数となるであろう。磁気適合を高解像度NMRに適用する技術において、実際に作用する磁場はたとえば20テスラのように高くなり得る。この磁場強さにおける磁性イオンの挙動を、直接測定するのはしばしば現実的でなく、高価である。しかしながら、対称的基底状態の軌道角運動量Lが、L=0である、あるクラスのイオンの場合、磁気行動はブリュアンーランジュバン等式に厳密に従うことが判明した。この定量的挙動を利用することにより、低磁場における特徴づけを、信頼できる推測でもって、たとえば77゜K以下の極低温におけるNMR測定中に使用される非常に高い磁場に適用できる。
【0032】
上記の基準に合う金属イオンは、ガドリニウム(Gd+3)、鉄(Fe+3)およびマンガン(Mn+2)であると判明した。本発明のこれらの金属イオンは、電気的構造において単純で、ランジュバン挙動に従い、その結果、低温での磁気挙動が予測できる。
金属イオンGd+3、Fe+3およびMn+2の特性の論議は、たとえば上記非特許文献1の表31.3および31.4に開示されており、それは本発明に部分的に引用されている。
【0033】
本発明の金属イオンは、他の元素および/または化合物に結合、溶解または混合すると、磁化率が空気または真空と容易に適合する。好ましい実施形態は、金属イオンがGd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択されてエポキシ樹脂または他の物質にキレート化または溶解され、その結果得られた組成物がほぼゼロの磁気モーメントMを有する場合である。本発明の金属イオンでキレート化された場合のエポキシ樹脂は、他の磁気物質の接着剤として使用することができ、それによって得られた構造は、ほとんどすべて、好ましくない磁化率を有していない。本発明の組成物は、構造的な目的にも使用できる。
【0034】
上記特許文献1に記載の先行技術において、金属イオンとエポキシ樹脂とは機械的混合物を形成している。たとえば、金属酸化物(MnO2)は細かな粉末状態で使用され、エポキシ樹脂内に細かく均一に分散される。しかしながら、そのような混合物は低温でほぼゼロの磁化率を示さないので、満足できるものではない。
逆に、本発明は、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンが、エポキシに可溶となるように配位ドナーリガンド(「Lg」と称する)でキレート化されることを規定している。リガンドLgまたはキレート剤は、エポキシに溶解できる極性または非極性の特性を備えている。
【0035】
Gd(ACAC)3、すなわちGd(III)アセチルアセトネートと、Gd(mthd)3すなわちガドリニウムトリ2,2,6,6‐テトラメチル‐3,5‐ヘプタンジオネートとは、本発明において、使用して成功した化合物の2つの例である。これらの化合物は、好ましくはGd金属イオンを含む。また、Fe+3およびMn+2の金属イオンは、エポキシ樹脂に対する溶解性は完全ではないかもしれないが、広い範囲の磁場および77゜K以下の温度において有効である。
【0036】
単純なイオンの場合、磁気モーメントはブリュアンーランジュバン等式(B−L等式)に従い、この等式については前記の非特許文献1に詳細に説明されており、それは本発明に部分的に引用されている。上記イオンの磁化率の非直線的挙動は、原子の磁気モーメントの固定された大きさに起因し、また磁化率の飽和可能性にも起因する。あらゆる温度および磁場におけるイオンおよび樹脂からの磁気モーメントを平衡させることは、先行技術では困難である。
【0037】
しかしながら、もし金属イオンがB−L等式に従うならば、特定の磁場および温度で磁気モーメントが相殺されるという式が使用できる。たとえば、所定の温度における特定の値より大きい磁場に関して、
ion(飽和状態)+χR0≒0
が成り立ち、同式においてMは磁化(すなわち単位容量当たりの磁気モーメント、または単純に言えば「誘導磁気モーメント」)であり、H0は印加された外部磁場であり、χRは選択されたエポキシ樹脂の磁化率である。
【0038】
本発明のエポキシ組成物を磁気環境内の部品の製造のための接着または接合剤として使用することに加えて、本発明のエポキシ組成物には、たとえば構造的用途などの他の有利な利用法がある。たとえば、本発明の組成物はNMR装置において使用する場合に、支持構造体として、構造の埋め込み用としてなど、インサート(プローブ部品)を完全に支持するために使用できる。そのような用途において、室温エポキシ樹脂組成物の特性である誘電ロスおよびNMR信号バックグラウンドレベルに起因する限界が存在する。極低温においては、そのような寄生的限界は実際に低減される。また、NMRリラクセーションタイムが長くなるために、NMRバックグラウンドノイズが低減される。さらに、電気双極子の再配向をおそくするので、誘電ロスは低減される。
【0039】
さらに、本発明の原理は、たとえばプラスチック、ガラス、他のマトリクスの樹脂など、エポキシ樹脂以外の組成物に関して使用できる。一例としてボロシリケートガラスへのGd23の添加がある。本発明の組成物をたとえば77゜K以下の極低温が用いられる場合に使用すると有利であるが、それはこれらの低温において本発明の組成物を容易に扱ってほぼゼロの磁化率を示すことができるからである。したがって本発明は、構造体それ自体に使用できる上に、磁気環境での接着材料または接合材料として利用できる。
【0040】
「Lg」という符号は、ここで何らかのリガンドまたはキレート剤を意味するものとして使用されており、係る用語はすべてここでは相互変更して使用できるものであり、そのように理解されるべきである。Gdを用いてエポキシを改変する実験において、可溶化リガンドとして2,2,6,6‐テトラメチル‐3,5‐ヘプタンジオネートを選択した。ここで用いられる可溶化リガンドは、多かれ少なかれ溶解度の法則に従うべきであり、その法則とはすなわち、極性溶媒が極性溶質を溶解し非極性溶媒が非極性溶質を溶解するように、同類が同類を溶解するというものである。また、ここではエポキシおよび/またはエポキシ樹脂を使用することが好ましいが、本発明はそれに限定されるものではなく、種々のタイプの樹脂のような種々のアモルファス物質およびガラス、プラスチックなどの他の物質などに容易に拡大することができる。上記物質は、キレート化された改変イオンを、上記で考察した低温において溶液内に維持できる種類のものに限定される。リガントは金属イオンと結合し、ホスト物質と結び付いている。ある意味で、エポキシの例のように、リガンドは金属を包囲して、ホスト物質に溶解されている。金属イオンと結合し、エポキシ樹脂のようなホスト物質に溶解させるリガンドまたはキレート剤または溶解剤は、本発明の範囲に含まれることを理解すべきである。すなわち、リガンドは金属イオンと結合し、ホスト物質との配位錯体を形成する。本発明を考察する他の方法は、キレート化プロセスとしてであり、そのプロセスでは、金属イオンは、閉じた鎖を形成する場合のように少なくとも2個の配位結合により、隣接するホスト物質の原子に結び付けられる。
【0041】
上記に本発明を説明した。それらの延長および変更は、当業者には明らかであろう。それらの延長および変更は、本発明の精神および範囲に含まれると考えるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】磁化率を所望の値に適合させるプロセスを示す概略説明図である。
【図2】磁場の特定の磁気モーメントを0にする概略説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アモルファスマトリクスと、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンと、リガンドとを含み、極低温において、選択された誘導磁化を有する、アモルファス組成物。
【請求項2】
前記リガンドは、前記金属イオンと結合し、当該金属イオンを前記アモルファスマトリクスに溶解させる、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記金属イオンはGd+3であって、Gd(Lg)3またはGd(ACAc)3の形態であり、式中Acはアセチルアセトネート、Lgは2,2,6,6‐テトラメチル‐3,5‐ヘプタンジオネートである、請求項2の組成物。
【請求項4】
前記アモルファスマトリクスはエポキシ樹脂を含む、請求項1の組成物。
【請求項5】
前記アモルファスマトリクスはガラスを含む、請求項1の組成物。
【請求項6】
前記アモルファスマトリクスはプラスチックを含む、請求項1の組成物。
【請求項7】
前記組成物が、この組成物と共に印加磁場にさらされる、別の選択された材料の磁化に等しい磁化を有している、請求項1の組成物。
【請求項8】
前記選択された磁化率がゼロである、請求項1の組成物。
【請求項9】
前記選択された磁化率は、実質的に77゜Kより低い選択された温度において達成される、請求項1の組成物。
【請求項10】
前記金属イオンがGd+3である、請求項1の組成物。
【請求項11】
Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンを、アモルファスマトリクスおよびリガンドと混合し、得られたアモルファス組成物が極低温においてほぼ0の磁化率を有するようにする工程を含む、極低温で所望の磁化率を示すアモルファス組成物の製造方法。
【請求項12】
前記リガンドは前記金属イオンと結合し、当該金属イオンを前記組成物に溶解させるものである、請求項11の方法。
【請求項13】
前記金属イオンはGdであり、Gd(Lg)3およびGd(AcAc)3から選択された形態であり、式中Acはアセチルアセトネートであり、Lgは2,2,6,6‐テトラメチル‐3,5‐ヘプタンジオネートである、請求項11の方法。
【請求項14】
前記アモルファスマトリクスはエポキシ樹脂である、請求項11の方法。
【請求項15】
前記組成物は、同一磁場に存在する別の材料と等しい磁化を有する、請求項11の方法。
【請求項16】
分極磁場を発生させかつ前記分極磁場にさらされる組成物を用いるマグネットを含むNMR装置であって、前記組成物はアモルファスであり、選択されたアモルファス材料と、Gd+3、Fe+3およびMn+2からなる群から選択される金属イオンと、リガンドとを含み、前記組成物は極低温において選択された値の磁化を有する、NMR装置。
【請求項17】
前記リガンドは前記金属イオンと結合し、前記金属イオンを前記組成物に溶解させる、請求項16のNMR装置。
【請求項18】
前記極低温は77゜K以下である、請求項16のNMR装置。
【請求項19】
前記組成物は、ゼロの磁化値を示す材料により包囲されており、前記選択された値はゼロである、請求項16のNMR装置。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2007−506839(P2007−506839A)
【公表日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−528013(P2006−528013)
【出願日】平成16年8月31日(2004.8.31)
【国際出願番号】PCT/US2004/028383
【国際公開番号】WO2005/034150
【国際公開日】平成17年4月14日(2005.4.14)
【出願人】(599060928)バリアン・インコーポレイテッド (81)
【Fターム(参考)】