説明

作業車両の油圧装置

【課題】HST仕様とギヤ仕様の走行系油圧装置を可及的に共用可能とする。
【解決手段】油圧ポンプP1からパワーステアリングユニット70に供給した作動油のリターン回路75に、パワーステアリングユニット70の戻り油を優先流回路76aと余剰流回路76bとに分流する優先分流弁76を介装し、該優先分流弁76の優先流回路76aに、作動圧設定用のリリーフ弁77を設けて、前輪12を後輪13よりも速く回転させる第二油圧クラッチ51Bと、前輪12を後輪13と略同速で回転させる第一油圧クラッチ51Aをそれぞれ切換弁78A、78Bを介して接続すると共に、旋回内側の後輪に制動をかけるブレーキシリンダ72L、72Rを減圧弁79L、79Rを介して接続し、優先分流弁76の余剰流回路76bに、静油圧式無段変速装置2のチャージ回路2aを接続する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トラクタなどの作業車両の油圧装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パワーステアリングユニットの戻り油を、他の油圧アクチュエータの作動油や、静油圧式無段変速装置のチャージ油として利用する作業車両が知られている。例えば、特許文献1に示される作業車両は、パワーステアリングユニットのリターン回路に、切換弁を介してPTOクラッチを接続すると共に、リリーフ弁を介して静油圧式無段変速装置のチャージ回路を接続している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−227561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、この種の作業車両では、静油圧式無段変速装置を用いて変速を行う仕様(以下、適宜HST車という。)と、静油圧式無段変速装置を用いることなくギヤ変速機構のみで変速を行う仕様(以下、適宜ギヤ車という。)とがある場合、コストを削減するために両仕様の油圧装置を可及的に共用化することが求められる。
【0005】
しかしながら、特許文献1に示される作業車両では、HST車からギヤ車に変更するために、リリーフ弁のリリーフ回路を、静油圧式無段変速装置のチャージ回路に代えて、そのままドレン回路に接続すると、リリーフ弁のクラッキング圧が異なることから、リリーフ弁のバネ圧を変更したり、リリーフ弁自体を変更しなければならないため、仕様が異なる作業車両間における油圧装置の共用化が困難になるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の如き実情に鑑みこれらの課題を解決することを目的として創作されたものであって、パワーステアリングユニットの戻り油を、他の油圧アクチュエータの作動油や、静油圧式無段変速装置のチャージ油として利用する作業車両において、油圧ポンプからパワーステアリングユニットに供給した作動油のリターン回路に、パワーステアリングユニットの戻り油を優先流回路と余剰流回路とに分流する優先分流弁を介装し、該優先分流弁の優先流回路に、作動圧設定用のリリーフ弁を設けて、前輪を後輪よりも速く回転させる倍速クラッチと、前輪を後輪と略同速で回転させる四駆クラッチをそれぞれ切換弁を介して接続すると共に、旋回内側の後輪に制動をかけるブレーキシリンダを減圧弁を介して接続し、優先分流弁の余剰流回路に、静油圧式無段変速装置のチャージ回路を接続したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
請求項1の発明によれば、パワーステアリングユニットの戻り油を、静油圧式無段変速装置のチャージ油や、足回り関係の油圧アクチュエータの作動油として利用するので、専用の油圧ポンプを不要にしてコストダウンを図ることができる。また、静油圧式無段変速装置のチャージ回路には、優先分流弁の余剰流回路から余剰油を供給するので、HST車からギヤ車に変更する場合に、パワーステアリングユニットの戻り油を、優先分流弁を経由することなく、足回り関係の切換弁や減圧弁に直接供給するようにしても、作動圧設定用リリーフ弁の設定圧を変更する必要がなく、その結果、足回り関係の切換弁、減圧弁及び作動圧設定用のリリーフ弁をブロック化し、HST車とギヤ車で共用することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】トラクタの側面図である。
【図2】HST仕様のトランスミッションを搭載したトラクタの伝動構成を示す説明図である。
【図3】HST仕様のトランスミッションを示す概略展開断面図である。
【図4】ギヤ仕様のトランスミッションを搭載したトラクタの伝動構成を示す説明図である。
【図5】ギヤ仕様のトランスミッションを示す概略展開断面図である。
【図6】副変速機構及び超低速変速機構を示す展開断面図である。
【図7】副変速機構及び超低速変速機構の変速操作機構を示す側面図である。
【図8】副変速機構及び超低速変速機構の変速操作機構を示す正面図である。
【図9】副変速機構及び超低速変速機構の変速操作機構の作用説明図であり、(A)は低速変速状態、(B)は高速変速状態、(C)は超低速変速状態を示す図である。
【図10】従来例に係るミッションケースの断面形状を示す説明図である。
【図11】本発明の本実施形態に係るミッションケースの断面形状を示す説明図である。
【図12】従来例に係る油圧クラッチ装置の断面図である。
【図13】本発明の実施形態に係る油圧クラッチ装置の断面図である。
【図14】HST仕様のトランスミッションを搭載したトラクタの走行系油圧装置を示す油圧回路図である。
【図15】トラクタの作業系油圧装置(HST仕様、ギヤ仕様共通)を示す油圧回路図である。
【図16】ギヤ仕様のトランスミッションを搭載したトラクタの走行系油圧装置を示す油圧回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づいて説明する。図1において、Tは農用のトラクタ(作業車両)であって、該トラクタTには、トランスミッション1が搭載されている。図2及び図3に示すトランスミッション1Aは、主変速装置及び前後進切換装置として静油圧式無段変速装置(HST)2を備えるHST仕様であり、図4及び図5に示すトランスミッション1Bは、静油圧式無段変速装置2に代えて、ギヤ変速式の主変速機構3及び前後進切換機構4を備えるギヤ仕様となっている。
【0010】
図2及び図3に示すように、HST仕様のトランスミッション1Aは、主クラッチ機構5を介してエンジンEの動力を入力すると共に、入力した動力を走行動力伝動経路6とPTO動力伝動経路7とに分岐させる。走行動力伝動経路6には、走行動力の無段変速及び正逆転を行う静油圧式無段変速装置2と、走行動力を所定の高速回転状態Hと所定の低速回転状態Lとに変速する副変速機構8と、走行動力を所定の超低速回転状態SLに変速する超低速変速機構9とが設けられており、これらの組み合せによって高速走行領域、低速走行領域及び超低速走行領域SLの各走行領域において無段変速及び前後進切換を行うことが可能となる。
【0011】
そして、上記の変速機構2、8、9で変速された走行動力は、それぞれデファレンシャル機構10、11を介して前輪12及び後輪13に伝動される。また、前輪動力伝動経路には、前輪12に伝達する動力を高低に変速又は切断する倍速伝動装置(油圧クラッチ装置)14が設けられており、該倍速伝動装置14による動力の変速又は切断によって、旋回時における前輪倍速駆動や4駆、2駆の切換えが行われるようになっている。尚、PTO動力伝動経路7には、PTO動力を変速するPTO変速機構15が設けられており、ここで変速されたPTO動力がPTO軸16に伝動される。
【0012】
一方、図4及び図5に示すように、ギヤ仕様のトランスミッション1Bは、静油圧式無段変速装置2に代えて、ギヤ変速式の主変速機構3及び前後進切換機構4を備える点がHST仕様のトランスミッション1Aと相違するが、その他の構成は、HST仕様のトランスミッション1Aと共通化し、多くの部品を共用するようになっている。
【0013】
具体的に説明すると、トランスミッション1A、1Bは、クラッチハウジングケース17と、センターケース18と、デファレンシャルケース19とを連結して構成されるものとし、クラッチハウジングケース17には、両仕様共通の主クラッチ機構5を内装し、HST仕様のセンターケース18Aには、静油圧式無段変速装置2を内装し、ギヤ仕様のセンターケース18Bには、ギヤ変速式の主変速機構3及び前後進切換機構4を内装し、デファレンシャルケース19には、両仕様共通の副変速機構8、超低速変速機構9、倍速伝動装置14及びPTO変速機構15を内装する。このようにすると、センターケース18A、18B以外の部分を共通化できるので、両仕様間で多くの部品を共用し、大幅なコストダウンを図ることが可能になる。
【0014】
以下、本発明の実施形態に係るトランスミッション1の特徴的な構成である副変速機構8及び超低速変速機構9の変速操作機構20と、倍速伝動装置14と、走行系油圧装置21及び作業系油圧装置22について、図6〜図16を参照して説明する。
【0015】
静油圧式無段変速装置2又は主変速機構3で変速された走行動力は、第一走行伝動軸23及び第二走行伝動軸24を介してにてさらに変速(副変速及び超低速変速)てからを介して前輪12や後輪13に伝動される。副変速機構8は、第二走行伝動軸24にスプライン嵌合する第一変速ギヤ25の選択的なスライド噛み合い操作に応じて、走行動力を所定の高速回転状態Hと所定の低速回転状態Lとに変速し、超低速変速機構9は、第一走行伝動軸23にスプライン嵌合する第二変速ギヤ26の選択的なスライド噛み合い操作に応じて、走行動力を所定の超低速回転状態SLに変速するように構成されている。
【0016】
第一変速ギヤ25は、低速ギヤ部25aと高速ギヤ部25bを一体的に備え、これらのギヤ部25a、25bが、第一走行伝動軸23上に回転自在に遊嵌する伝動ギヤ27に選択的に噛合される。伝動ギヤ27は、第一変速ギヤ25と選択的に噛合される低速ギヤ部27a、超低速ギヤ部27b及び高速ギヤ部27cを一体的に備える他、第二変速ギヤ26が選択的に噛合される内歯状の低高速ギヤ部27dを一体的に備えている。
【0017】
第二変速ギヤ26は、一つのギヤ部26aを備え、該ギヤ部26aが、伝動ギヤ27の低高速ギヤ部27d、又は超低速伝動軸28にスプライン嵌合される超低速伝動ギヤ29に選択的に噛合される。超低速伝動軸28は、さらにギヤ部28aを一体的に備え、該ギヤ部28aは、伝動ギヤ27の高速ギヤ部25bに常時噛合されている。
【0018】
第一変速ギヤ25及び第二変速ギヤ26は、変速操作機構20を介して一本の変速操作レバー30に連動連結されている。変速操作機構20は、図6に示すように、変速操作レバー30の直線的な操作に応じて、第一変速ギヤ25及び第二変速ギヤ26を同時にスライド噛み合い操作するように構成され、該噛み合い操作によって、路上走行に適した高速走行状態と、作業走行に適した低速走行状態及び超低速走行状態が現出される。このようにすると、変速操作レバー30の変速操作パターンを単純にできるだけでなく、変速操作レバー30の変速操作範囲を小さくし、変速時の操作性を向上させることができる。
【0019】
具体的に説明すると、変速操作レバー30を低速位置Lに操作した場合は、第一変速ギヤ25の低速ギヤ部25aが伝動ギヤ27の低速ギヤ部27aに噛合し、第二変速ギヤ26のギヤ部26aが伝動ギヤ27の低高速ギヤ部27dに噛合するので、第一走行伝動軸23の動力が、「第二変速ギヤ26のギヤ部26a→伝動ギヤ27の低高速ギヤ部27d→伝動ギヤ27の低速ギヤ部27a→第一変速ギヤ25の低速ギヤ部25a」という伝動経路を経て第二走行伝動軸24に低速回転動力として伝動される。
【0020】
また、変速操作レバー30を高速位置Hに操作した場合は、第一変速ギヤ25の高速ギヤ部25bが伝動ギヤ27の高速ギヤ部27cに噛合し、第二変速ギヤ26のギヤ部26aが伝動ギヤ27の低高速ギヤ部27dに噛合するので、第一走行伝動軸23の動力が、「第二変速ギヤ26のギヤ部26a→伝動ギヤ27の低高速ギヤ部27d→伝動ギヤ27の高速ギヤ部27c→第一変速ギヤ25の高速ギヤ部25b」という伝動経路を経て第二走行伝動軸24に高速回転動力として伝動される。
【0021】
また、変速操作レバー30を超低速位置SLに操作した場合は、第一変速ギヤ25の低速ギヤ部25aが伝動ギヤ27の超低速ギヤ部27bに噛合し、第二変速ギヤ26のギヤ部26aが超低速伝動ギヤ29に噛合するので、第一走行伝動軸23の動力が、「第二変速ギヤ26のギヤ部26a→超低速伝動ギヤ29→超低速伝動軸28のギヤ部28a→伝動ギヤ27の高速ギヤ部27c→伝動ギヤ27の超低速ギヤ部27b→第一変速ギヤ25の低速ギヤ部25a」という伝動経路を経て第二走行伝動軸24に超低速回転動力として伝動される。尚、変速操作レバー30をニュートラル位置Nに操作した場合は、第一変速ギヤ25と伝動ギヤ27との噛み合いが解除されるので、第二走行伝動軸24への動力伝動は断たれる。
【0022】
変速操作機構20は、変速操作レバー30の直線的な操作に応じて、第一変速ギヤ25及び第二変速ギヤ26を同時にスライド噛み合い操作するにあたり、第一変速ギヤ25の移動距離L25と第二変速ギヤ26の移動距離L26とを相違させるように構成されている。このようにすると、両変速ギヤ25、26の移動距離L25、L26を無駄に一致させる必要がなくなるので、いずれかの変速ギヤ25、26の移動距離L25、L26を小さくし、変速機構のコンパクト化が図れる。たとえば、本実施形態では、第一変速ギヤ25に比して伝達トルクが小さい第二変速ギヤ26の歯厚を小さくし、かつ、該第二変速ギヤ26の移動距離L26を小さくすることにより変速装置のコンパクト化を実現している。
【0023】
図7〜図10に示すように、本実施形態の変速操作機構20は、第一変速操作軸31の回動に応じて、第一変速ギヤ25を移動させる第一変速操作アーム32と、第二変速操作軸33の回動に応じて、第二変速ギヤ26を移動させる第二変速操作アーム34と、第一変速操作軸31に設けられる第一連結アーム35と、第二変速操作軸33に設けられる第二連結アーム36と、第一連結アーム35と第二連結アーム36とを連結する長さ調整自在な連結ロッド37とを備えており、第一変速操作軸31を変速操作レバー30に連結し、該変速操作レバー30に操作に応じて、第一変速操作アーム32及び第二変速操作アーム34を同時に回動させるように構成されている。
【0024】
ここで、第一変速操作アーム32は、シフタ軸38及びシフタフォーク39を介して第一変速ギヤ25を間接的に移動させる一方、第二変速操作アーム34は、第二変速ギヤ26を直接移動させるようになっている。これにより、シフタ軸38に設けられるデテント機構40を利用して両変速ギヤ25、26の位置保持が可能になる。
【0025】
本実施形態では、第一変速操作アーム32と第二変速操作アーム34とのアーム長L32、L34を異ならせることにより、変速操作レバー30の操作に応じた第一変速ギヤ25の移動距離L25と第二変速ギヤ26の移動距離L26とを相違させる。このようにすると、簡単な構成で両変速ギヤ25、26の移動距離を精度良く相違させることができる。また、第一連結アーム35と第二連結アーム36のアーム長を異ならせることで両変速ギヤ25、26の移動距離を相違させる場合に比べ、両変速ギヤ25、26の噛み合いに係るタイミング調整(連結ロッド37の長さ調整)を容易にすることができる。
【0026】
ところで、ミッションケース(センターケース18、デファレンシャルケース19など)には、オイルが充填され、このオイルがギヤの回転などで撹拌されることにより、トランスミッション1の潤滑、防錆、冷却などが行われる。しかしながら、図10に示すような従来のミッションケース形状では、ケース下部がフラットで、その左右端AのR形状が小さいので、オイルの撹拌抵抗が大きくなって動力の伝達効率が低下するだけでなく、外力による負荷が発生しやすいという問題があった。
【0027】
そこで、本実施形態では、図11に示すように、ミッションケースのケース下部を円弧状とした。このようにすると、オイルの撹拌抵抗が小さくなるので、動力の伝達効率を向上させることができる。また、ケース下部の左右端に大きなR形状を確保することにより、外力による負荷の発生を避けることができるだけでなく、ミッションケースの小型化やオイル量の削減も図ることができる。
【0028】
次に、倍速伝動装置14について、図12及び図13を参照して説明する。
【0029】
倍速伝動装置14は、前輪伝動軸50上に並設される第一油圧クラッチ(四駆クラッチ)51及Aび第二油圧クラッチ(倍速クラッチ)51Bを備え、第一油圧クラッチ51Aで第一伝動経路(等速伝動経路)52Aと前輪伝動軸50との間の伝動を入り切りし、第二油圧クラッチ51Bで第二伝動経路(倍速伝動経路)52Bと前輪伝動軸50との間の伝動を入り切りするように構成されている。そして、第一油圧クラッチ51及び第二油圧クラッチ52を切りとすることにより、後輪13のみが駆動する二輪駆動状態を現出し、第一油圧クラッチ51のみを入りとすることにより、前輪12が後輪13と等速駆動する四輪駆動状態を現出し、第二油圧クラッチ52のみを入りとすることにより、前輪12が後輪13の倍速で駆動する前輪倍速状態(機体旋回時)を現出させるようになっている。
【0030】
しかしながら、図12に示すように、第一油圧クラッチ101A及び第二油圧クラッチ101Bを備える従来の油圧クラッチ装置100は、伝動軸102上にベアリング103A、103Bを介して回転自在に支持した第一クラッチハブ104A、第二クラッチハブ104Bをそれぞれ第一伝動経路105A、第二伝動経路105Bに接続する一方、伝動軸102上に第一クラッチドラム及び第二クラッチドラムを兼ねるクラッチケース106を固定し、該クラッチケース106に内装した第一クラッチピストン107A、第二クラッチピストン107Bによって各油圧クラッチ101A、101Bの摩擦板108A、108Bを押圧するように構成されていたので、外径寸法が大きくなり、装置のコンパクト化を妨げるという問題があった。
【0031】
つまり、従来の油圧クラッチ装置100では、伝動軸1022上にベアリング103A、103Bを介してクラッチハブ104A、104Bを支持しているので、クラッチハブ104A、104B自体の外径が大きくなり、しかも、クラッチケース106の伝動軸固定部分と、クラッチハブ104A、104Bの摩擦板係合部分と、クラッチケース106の摩擦板係合部分とが外径方向に重なり合うように配置されるので、クラッチケース106の外形寸法が大きくなることを回避することが困難であった。
【0032】
そこで、本発明の実施形態に係る倍速伝動装置14は、下記のように構成することにより上記の問題を解決している。つまり、倍速伝動装置14において、第一油圧クラッチ51Aは、前輪伝動軸50に固定される第一クラッチハブ53Aと、第一クラッチハブ53Aの外周に回転自在に遊嵌し、第一伝動経路52Aに接続される第一クラッチドラム54Aと、第一クラッチドラム54Aと第一クラッチハブ53Aとにそれぞれ係合して交互に重なり合う複数の第一クラッチ摩擦板55Aと、を備え、第二油圧クラッチ51Bは、前輪伝動軸50に固定される第二クラッチハブ53Bと、第二クラッチハブ53Bの外周に回転自在に遊嵌し、第二伝動経路52Bに接続される第二クラッチドラム54Bと、第二クラッチドラム54Bと第二クラッチハブ53Bとにそれぞれ係合して交互に重なり合う複数の第二クラッチ摩擦板55Bと、を備え、第一油圧クラッチ51Aと第二油圧クラッチ51Bとの間の前輪伝動軸50上には、第一クラッチピストン56A及び第二クラッチピストン56Bを出没自在に内装するシリンダ57が配置され、第一クラッチピストン56Aは、第一クラッチ摩擦板55Aを第一クラッチドラム54Aの内壁54aに向けて押圧し、第二クラッチピストン56Bは、第二クラッチ摩擦板55Bを第二クラッチドラム54Bの内壁54aに向けて押圧するように構成されている。
【0033】
このようにすると、第一クラッチハブ53A及び第二クラッチハブ53Bを前輪伝動軸50上に固定するので、ベアリングを介して前輪伝動軸50上に回転自在に支持する従来に比べ、第一クラッチハブ53A及び第二クラッチハブ53Bの外径を小さくできるだけでなく、第一クラッチハブ53Aや第二クラッチハブ53Bの外周側に配置される第一クラッチドラム54Aや第二クラッチドラム54Bの外径も小さくし、装置全体をコンパクトに構成することができる。しかも、第一クラッチピストン56A及び第二クラッチピストン56Bは、摩擦板55A、55Bを第一クラッチドラム54Aや第二クラッチドラム54Bの内壁54aに向けて押圧するので、受圧板やその抜止め部材も不要にし、部品点数の削減やコストダウンが図れる。
【0034】
以下、油圧クラッチ51A、51Bの各部について詳細に説明する。ただし、両油圧クラッチ51A、51Bの共通部品は、第一、第二の種別を省略して説明する。
【0035】
クラッチハブ53は、前輪伝動軸50にスプライン嵌合する筒状部材であり、その外周のピストン側に複数の摩擦板55が係合され、外周の反ピストン側にクラッチドラム54が回転自在に遊嵌(メタルタッチ)されている。また、内周のピストン側には、ピストン56の戻しスプリング58を内装する段差部53aが形成されている。
【0036】
クラッチドラム54は、クラッチハブ53に遊嵌する筒状部材であり、そのピストン側には、複数の摩擦板55が係合されるドラム部54bが形成される一方、反ピストン側には、第一伝動経路52A又は第二伝動経路52Bのギヤに噛合するギヤ部54cが形成されている。ドラム部54bは、ピストン側が開口する有底筒状であり、その底面部が前記の内壁54aとして機能するようになっている。
【0037】
摩擦板55は、クラッチドラム54とラッチハブ53とにそれぞれ係合して交互に重なり合い、ピストン56の押圧力が作用しない状態では、互いの摺動を許容してクラッチドラム54とラッチハブ53の間の伝動を断ち、ピストン56の押圧力が作用する状態では、互いの摺動を規制してクラッチドラム54とラッチハブ53を一体的に回転させる。
【0038】
シリンダ57は、第一クラッチピストン56A及び第二クラッチピストン56Bを背中合わせ状に出没自在に内装し、前輪伝動軸50に形成される油路を介して供給される作動油に応じて、各クラッチピストン56を選択的に突出動作させる。
【0039】
本実施形態のピストン56は、摩擦板55よりも外径が小さくなるように形成され、ライナ59を介して摩擦板55を押圧するように構成されている。このようにすると、クラッチピストン56の外径を小さくできるので、装置全体のコンパクト化に寄与できるだけでなく、ライナ59を介して摩擦板55を押圧することにより、摩擦板55の面圧を適正化することができる。
【0040】
次に、走行系油圧装置21及び作業系油圧装置22について、図14〜図16を参照して説明する。
【0041】
トラクタTには、走行系油圧装置21に作動油を供給する油圧ポンプP1と、作業系油圧装置22に作動油を供給する油圧ポンプP2とが設けられている。作業系油圧装置22は、HST仕様、ギヤ仕様共通であり、優先分流弁60の優先流回路60aにリフトロッド用の切換弁61を介してリフトロッドシリンダ(作業機左右傾斜用アクチュエータ)62を接続し、優先分流弁60の余剰流回路60bにリフトアーム用の切換弁63を介してリフトアームシリンダ64を接続して構成されている。
【0042】
図14に示すように、HST仕様の走行系油圧装置21Aは、パワーステアリングユニット70と、静油圧式無段変速装置2の斜板制御用シリンダ71と、前輪12を後輪13よりも速く回転させる倍速クラッチとして機能する前述の第二油圧クラッチ51Bと、前輪12を後輪13と略同速で回転させる四駆クラッチとして機能する前述の第一油圧クラッチ51Aと、旋回内側の後輪13に制動をかける左右一対のブレーキシリンダ72L、72Rとを作動させると共に、静油圧式無段変速装置2のチャージ回路2aにチャージ油を供給するように構成されている。
【0043】
本実施形態の走行系油圧装置21Aでは、まず、油圧ポンプP1に優先分流弁73を接続し、該優先分流弁73の優先流回路73aに、一対の減圧弁74を介して斜板制御用シリンダ71を接続する一方、優先分流弁73の余剰流回路73bにパワーステアリングユニット70を接続している。
【0044】
このようにすると、斜板制御用シリンダ71に必要な流量を確実に供給できるので、静油圧式無段変速装置2による変速制御を安定化することができる。また、パワーステアリングユニット70には、余剰流回路73bからの余剰油が供給されるが、あらかじめアイドリング時における油圧ポンプP1の吐出流量をパワーステアリングユニット70及び斜板制御用シリンダ71の合計必要流量を超えるように設定しておけば、パワーステアリングユニット70において流量不足が生じることはない。また、圧力制御弁を介してパワーステアリングユニット70と斜板制御用シリンダ71に作動油を供給することも可能であるが、圧力制御弁
に比して優先分流弁73の方が安価なのでコスト的に優位性がある。
【0045】
次に、走行系油圧装置21Aでは、パワーステアリングユニット70の戻り油を、他の油圧アクチュエータの作動油や、静油圧式無段変速装置2のチャージ油として利用するにあたり、油圧ポンプP1からパワーステアリングユニット70に供給した作動油のリターン回路75に、パワーステアリングユニット70の戻り油を優先流回路76aと余剰流回路76bとに分流する優先分流弁76を介装し、該優先分流弁76の優先流回路76aに、作動圧設定用のリリーフ弁77を設けて、第一油圧クラッチ51A及び第二油圧クラッチ51Bをそれぞれ切換弁78A、78Bを介して接続すると共に、左右一対のブレーキシリンダ72L、72Rをそれぞれ減圧弁79L、79Rを介して接続し、優先分流弁76の余剰流回路76bに、静油圧式無段変速装置2のチャージ回路2aを接続している。
【0046】
このようにすると、パワーステアリングユニット70の戻り油を、静油圧式無段変速装置2のチャージ油2aや、足回り関係の油圧アクチュエータの作動油として利用することで、専用の油圧ポンプを不要にしてコストダウンを図ることができる。また、静油圧式無段変速装置2のチャージ回路2aには、優先分流弁76の余剰流回路76bから余剰油を供給するので、HST仕様からギヤ仕様に変更する場合に、パワーステアリングユニット70の戻り油を、優先分流弁76を経由することなく、足回り関係の切換弁78A、78Bや減圧弁79L、79Rに直接供給するようにしても、作動圧設定用リリーフ弁77の設定圧を変更する必要がなく、その結果、足回り関係の切換弁78A、78B、減圧弁79L、79R及び作動圧設定用のリリーフ弁77をブロック化した弁ユニット80を構成し、HST仕様とギヤ仕様で共用することが可能になる。つまり、図16に示すように、ギヤ仕様の走行系油圧回路21Bは、油圧ポンプP1からパワーステアリングユニット70に供給した作動油のリターン回路75に、HST仕様と同じ弁ユニット80を介して、第一油圧クラッチ51A、第二油圧クラッチ51B及び左右一対のブレーキシリンダ72L、72Rを接続して構成することができる。
【0047】
叙述の如く構成された本実施形態によれば、パワーステアリングユニット70の戻り油を、他の油圧アクチュエータの作動油や、静油圧式無段変速装置2のチャージ油として利用するトラクタTにおいて、油圧ポンプP1からパワーステアリングユニット70に供給した作動油のリターン回路75に、パワーステアリングユニット70の戻り油を優先流回路76aと余剰流回路76bとに分流する優先分流弁76を介装し、該優先分流弁76の優先流回路76aに、作動圧設定用のリリーフ弁77を設けて、前輪12を後輪13よりも速く回転させる第二油圧クラッチ51Bと、前輪12を後輪13と略同速で回転させる第一油圧クラッチ51Aをそれぞれ切換弁78A、78Bを介して接続すると共に、旋回内側の後輪に制動をかけるブレーキシリンダ72L、72Rを減圧弁79L、79Rを介して接続し、優先分流弁76の余剰流回路76bに、静油圧式無段変速装置2のチャージ回路2aを接続したので、パワーステアリングユニット70の戻り油を、静油圧式無段変速装置2のチャージ油や、足回り関係の油圧アクチュエータの作動油として利用するものでありながら、HST仕様からギヤ仕様に変更する場合に、パワーステアリングユニット70の戻り油を、優先分流弁76を経由することなく、足回り関係の切換弁78A、78Bや減圧弁79L、79Rに直接供給するようにしても、作動圧設定用リリーフ弁77の設定圧を変更する必要がなく、その結果、足回り関係の切換弁78A、78B、減圧弁79L、79R及び作動圧設定用のリリーフ弁77をブロック化し、HST仕様とギヤ仕様で共用することが可能になる。
【符号の説明】
【0048】
1 トランスミッション
2 静油圧式無段変速装置
2a チャージ回路
14 倍速伝動装置
21A 走行系油圧装置
22B 作業系油圧装置
51A 第一油圧クラッチ
51B 第二油圧クラッチ
70 パワーステアリングユニット
72 ブレーキシリンダ
75 リターン回路
76 優先分流弁
76a 優先流回路
76b 余剰流回路
77 作動圧設定用リリーフ弁
78 切換弁
79 減圧弁
80 弁ユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パワーステアリングユニットの戻り油を、他の油圧アクチュエータの作動油や、静油圧式無段変速装置のチャージ油として利用する作業車両において、
油圧ポンプからパワーステアリングユニットに供給した作動油のリターン回路に、パワーステアリングユニットの戻り油を優先流回路と余剰流回路とに分流する優先分流弁を介装し、該優先分流弁の優先流回路に、作動圧設定用のリリーフ弁を設けて、前輪を後輪よりも速く回転させる倍速クラッチと、前輪を後輪と略同速で回転させる四駆クラッチをそれぞれ切換弁を介して接続すると共に、旋回内側の後輪に制動をかけるブレーキシリンダを減圧弁を介して接続し、優先分流弁の余剰流回路に、静油圧式無段変速装置のチャージ回路を接続したことを特徴とする作業車両の油圧装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−201264(P2012−201264A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−68621(P2011−68621)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000001878)三菱農機株式会社 (1,502)
【Fターム(参考)】