説明

保持シート

【課題】接着剤を要せず研磨機に装着でき、薄板状ないし高脆性の被研磨物でも損傷することなく吸引保持することができる保持シートを提供する。
【解決手段】保持シート10は、湿式成膜法により作製されている。保持シート10は、湿式成膜時に形成されたスキン層の表面側と、スキン層と反対の面側とにバフ処理が施されている。保持シート10には、厚み方向に沿って丸みを帯びた断面三角状のセル3が略均等に分散した状態で形成されている。バフ処理によりセル3が両面で開孔しており、保持面Pに開孔7が形成され、裏面Sに開孔8が形成されている。セル3は、保持面P側の孔径が裏面S側の孔径より小さく形成されている。セル3は網目状に連通しており、保持シート10は連続発泡構造を有している。吸引定盤で吸引保持するときに、被研磨物30に作用する吸引力が均等化される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は保持シートに係り、特に、吸引口が形成された定盤と被研磨物を吸引保持するための吸引部とを備えた研磨機に装着され、定盤および被研磨物間に配される樹脂製の保持シートに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、レンズ、平行平面板、反射ミラー等の光学材料、ハードディスク用基板、半導体デバイス、液晶用ガラス基板等の材料(被研磨物)では、高精度な平坦性が要求されるため、研磨パッドを使用した研磨加工が行われている。一般に、研磨加工には、被研磨物を片面ずつ研磨加工する片面研磨機や両面を同時に研磨加工する両面研磨機が使用されている。
【0003】
片面研磨機を使用した場合、被研磨物は、対向配置された2つの定盤のうち一方の定盤に保持され、他方の定盤に装着された研磨パッドで研磨加工される。ところが、被研磨物の厚みが小さくなり、脆性が大きくなると、研磨加工時に被研磨物を損傷させる可能性がある。例えば、半導体素子製造の分野では、シリコンの材質に代えて複数の元素が含まれる化合物で形成された半導体基板が用いられるようになっている。この化合物半導体基板では、厚みが小さくなり脆性が大きくなることから、基板割れ等の損傷を抑制するために、製造プロセス中で厚さを大きくした状態で加工が進められる。パターン(回路)形成等が終了した段階で、例えば50μmの厚みとなるように基板の裏面側が研磨加工される。パターン形成後の基板の裏面を研磨加工する際には、基板自体が損傷しないことはもちろん、パターンが損傷することなく保持することが重要となる。
【0004】
半導体基板の裏面研磨加工では、基板の表面側を粘着剤付テープやワックスを介して定盤で保持し、裏面側が研磨加工されている。ところが、研磨加工後に基板に粘着剤やワックスが残存し洗浄に労を要することがあり、また、粘着剤やワックスの厚みバラツキにより研削加工にムラが生じる、という問題があった。これらの問題を解決するために、接着剤やワックスを使用せず、基板を真空吸着により保持する技術が開示されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1の技術では、孔径1μm以下の気孔が形成された多孔質のセラミックス定盤を有する研磨機に基板が吸引保持されており、基板が吸着されるセラミックス定盤の表面をスムースにし気孔を少なくしたことで、セラミックス定盤と基板との間に砥粒を含む研磨液(スラリ)が入り込んでも砥粒が付着することなく、加工精度を高めることができる。反面、基板の回路形成面とセラミックス定盤の表面との間に入り込んだ砥粒を基板に強くこすり付ける場合もあり、吸引保持による研削・研磨加工では、硬質なセラミックス定盤から受ける基板のダメージが懸念される。
【0005】
これに対して、真空吸着用の多孔質の定盤で樹脂製の保持シートを介して被研磨物を吸引保持する技術が知られている。例えば、貫通孔を形成した保持シートに無発泡構造のシートを積層しウェハを吸引する技術が開示されている(特許文献2参照)。また、多孔質の定盤で多孔質ポリウレタン製の保持シートを介してウェハを吸引保持する技術が開示されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4202703号公報
【特許文献2】特開2000−263431号公報
【特許文献3】特開2001−121413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2の技術では、定盤の表面とウェハとが直接接触しないため、貫通孔の跡などがウェハに転写されることなく研磨加工されるものの、無発泡構造のシートを積層するため、ウェハの吸引保持性が不十分となることがあり、被研磨物の平坦性を損なう可能性がある。また、特許文献3の技術では、多孔質ポリウレタンシートが通気性を有するものの、多孔質ポリウレタンシートが接着剤(両面テープ)で貼り付けられるため、10〜20μmの孔径を有する多孔質定盤に接着剤が入りこむことで目詰まり状態となり吸引力が低下することが懸念されるうえ、シート交換時に定盤に接着剤が残ることがある。接着剤が残っていると、目詰まりを起こすため、定盤を清浄化する必要があり作業が煩雑なものとなる。
【0008】
本発明は上記事案に鑑み、接着剤を要せず研磨機に装着でき、薄板状ないし高脆性の被研磨物でも損傷することなく吸引保持することができる保持シートを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は、吸引口が形成された定盤と被研磨物を吸引保持するための吸引部とを備えた研磨機に装着され、前記定盤および前記被研磨物間に配される樹脂製の保持シートであって、湿式成膜法により網目状に連通した多数の気孔が形成されており、前記気孔は、一面側および他面側に施されたバフ処理またはスライス処理により、前記一面側が前記他面側より縮径され、双方の面ともに開孔しており、前記定盤に前記他面側を当接して前記研磨機に装着され、前記吸引部の吸引力により前記一面側で前記被研磨物を保持することを特徴とする。
【0010】
本発明では、保持シートに形成された気孔が一面側および他面側に施されたバフ処理またはスライス処理により開孔したため、接着剤を要せず研磨機に装着でき、保持シートを介して定盤に被研磨物を吸引保持することができると共に、網目状に連通した気孔が他面側より一面側で縮径されたため、被研磨物に一面側を当接し定盤に他面側を当接することで被研磨物に略均等な吸引力が確実に作用するので、薄板状ないし高脆性の被研磨物でも損傷することなく吸引保持することができる。
【0011】
この場合において、被研磨物を複数の元素で形成された半導体基板とすることができる。また、保持シートの厚みを150μm〜400μmの範囲とすることが好ましい。このとき、一面に開孔した開孔の平均孔径を20μm〜60μmの範囲とし、他面に開孔した開孔の平均孔径を80μm〜200μmの範囲としてもよい。保持シートの厚み方向の通気度を5cc/cm/sec〜30cc/cm/secの範囲とすることができる。保持シートの材質をポリウレタン樹脂製としてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、保持シートに形成された気孔が一面側および他面側に施されたバフ処理またはスライス処理により開孔したため、接着剤を要せず研磨機に装着でき、保持シートを介して定盤に被研磨物を吸引保持することができると共に、網目状に連通した気孔が他面側より一面側で縮径されたため、被研磨物に一面側を当接し定盤に他面側を当接することで被研磨物に略均等な吸引力が確実に作用するので、薄板状ないし高脆性の被研磨物でも損傷することなく吸引保持することができる、という効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明を適用した実施形態の保持シートを模式的に示す断面図である。
【図2】実施形態の保持シートを片面研磨機に装着し被研磨物を保持して研磨加工するときの保持シート、被研磨物および研磨パッドの位置関係を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明を適用した保持シートの実施の形態について説明する。
【0015】
(構成)
図1に示すように、本実施形態の保持シート10は、湿式成膜法により作製されており、ポリウレタン樹脂で形成されている。
【0016】
保持シート10は、湿式成膜法により作製されたウレタンシートの両面、すなわち、湿式成膜時に形成されたスキン層の表面(一面)側と、スキン層と反対の面(他面)側とにバフ処理が施されている。両面側にバフ処理が施されることで、保持シート10の厚みが均一化され、スキン層が除去されている。スキン層の表面側にバフ処理が施され形成された平坦面が被研磨物を保持するための保持面Pを構成し、スキン層と反対の面側にバフ処理が施され形成された平坦面が裏面Sを構成する。
【0017】
保持シート10には、厚み方向(図1の縦方向)に沿って丸みを帯びた断面三角状のセル(気孔)3が略均等に分散した状態で形成されている。セル3は、保持面P側の孔径が裏面S側の孔径より小さく形成されている。すなわち、セル3は保持面P側が裏面S側より縮径されている。両面にバフ処理が施されることによりセル3が両面で開孔しており、保持面Pに開孔7が形成され、裏面Sに開孔8が形成されている。セル3の間のポリウレタン樹脂中には、セル3より小さい孔径の図示しない発泡が形成されている。セル3および図示しない発泡は、不図示の連通孔で網目状に連通している。すなわち、保持シート10は連続発泡構造を有している。
【0018】
保持面Pに形成された開孔7、裏面Sに形成された開孔8の孔径は、湿式成膜時やバフ処理時の条件等により調整することができる。本例では、開孔7の平均孔径が20〜60μmの範囲、開孔8の平均孔径が80〜200μmの範囲にそれぞれ調整されている。保持シート10では、連続発泡構造を有しており、保持面Pに開孔7、裏面Sに開孔8がそれぞれ形成されていることから、厚み方向に通気性を有している。本例では、保持シート10の厚み方向の通気度が5〜30cc/cm/secの範囲である。この通気度は、日本工業規格(JIS L 1096の8.27に定められているフラジール型法)に準拠して測定した数値を示している。また、保持シート10では、厚みが150〜400μmの範囲に調整されている。保持シート10の厚みは、湿式成膜時やバフ処理時の条件で調整することができる。
【0019】
(製造)
保持シート10は、湿式成膜法により作製されたウレタンシートの両面にバフ処理を施すことで製造される。湿式成膜法では、ポリウレタン樹脂溶液を調製する準備工程、ポリウレタン樹脂溶液を成膜基材に連続的に塗布し、水系凝固液中でポリウレタン樹脂をシート状に凝固再生させる凝固再生工程、凝固再生したポリウレタン樹脂を洗浄・乾燥させる洗浄・乾燥工程を経てウレタンシートが作製される。以下、工程順に説明する。
【0020】
準備工程では、ポリウレタン樹脂、ポリウレタン樹脂を溶解可能な水混和性の有機溶媒のN,N−ジメチルホルムアミド(以下、DMFと略記する。)および添加剤を混合してポリウレタン樹脂を溶解させる。ポリウレタン樹脂には、100%モジュラス(2倍長に引っ張る時の張力)が20MPa以下で、ポリエステル系、ポリエーテル系、ポリカーボネート系等の樹脂から選択して用い、例えば、ポリウレタン樹脂が30%となるようにDMFに溶解させる。添加剤としては、セル3の大きさや量(個数)を制御するカーボンブラック等の顔料、セル形成を促進させる親水性活性剤およびポリウレタン樹脂の凝固再生を安定化させる疎水性活性剤等を用いることができる。添加剤の種類や配合量は、得られる保持シート10の圧縮率が25〜40%の範囲となるように選定し調整する。得られた溶液を減圧下で脱泡しポリウレタン樹脂溶液を調製する。
【0021】
凝固再生工程では、準備工程で調製したポリウレタン樹脂溶液を成膜基材に連続的に塗布し、水系凝固液中でポリウレタン樹脂をシート状に凝固再生させる。ポリウレタン樹脂溶液を、塗布装置により常温下で帯状の成膜基材に略均一に塗布する。塗布装置として、本例では、ナイフコータを用いる。このとき、ナイフコータと成膜基材との間隙(クリアランス)を調整することで、ポリウレタン樹脂溶液の塗布厚み(塗布量)を調整する。本例では、得られるウレタンシートの厚みを上述した範囲とするため、塗布厚みを500〜600μmの範囲に調整する。成膜基材には、可撓性フィルム、不織布、織布等を用いることができるが、本例では、成膜基材をポリエチレンテレフタレート(以下、PETと略記する。)製フィルムとして説明する。
【0022】
成膜基材に塗布されたポリウレタン樹脂溶液を、ポリウレタン樹脂に対して貧溶媒である水を主成分とする凝固液(水系凝固液)中に案内する。凝固液中では、まず、塗布されたポリウレタン樹脂溶液の表面側にスキン層を構成する微多孔が厚み数μm程度にわたって形成される。その後、ポリウレタン樹脂溶液中のDMFと凝固液との置換の進行によりポリウレタン樹脂がシート状に凝固再生する。DMFがポリウレタン樹脂溶液から脱溶媒し、DMFと凝固液とが置換することにより、スキン層より内側のポリウレタン樹脂中にセル3および図示しない発泡が形成され、セル3および図示しない発泡を網目状に連通する不図示の連通孔が形成される。このとき、成膜基材のPET製フィルムが水を浸透させないため、ポリウレタン樹脂溶液の表面側(スキン層側)で脱溶媒が生じて成膜基材側が表面側より大きなセル3が形成される。
【0023】
洗浄・乾燥工程では、凝固再生した帯状(長尺状)のウレタンシートを洗浄した後乾燥させる。すなわち、ウレタンシートを、成膜基材から剥離した後、水等の洗浄液中で洗浄してウレタンシート中に残留するDMFを除去する。洗浄後、ウレタンシートをシリンダ乾燥機で乾燥させる。シリンダ乾燥機は内部に熱源を有するシリンダを備えている。ウレタンシートがシリンダの周面に沿って通過することで乾燥する。乾燥後のウレタンシートをロール状に巻き取る。
【0024】
バフ処理を行うときは、洗浄・乾燥工程で乾燥させたウレタンシートのスキン層の表面側、スキン層と反対の面側にそれぞれバフ処理を施す。成膜基材に形成されたウレタンシートでは、湿式成膜時に厚みバラツキが生じている。成膜基材を剥離した後、スキン層と反対の面(裏面)に、表面が平坦な圧接治具を圧接することで、スキン層の表面側に凹凸が出現する。この凹凸をバフ処理で除去する。更に、スキン層の表面側のバフ処理で形成された保持面Pに、同様に、圧接治具を圧接することで、裏面側をバフ処理する。本例では、連続的に製造されたウレタンシートが帯状のため、圧接ローラを圧接しながら、連続的にバフ処理を施す。ウレタンシートの両面がバフ処理されて保持面P、裏面Sが形成された保持シート10では厚みが均一化され、保持面P、裏面Sにそれぞれ開孔7、開孔8が形成される。バフ処理により削り取るポリウレタン樹脂の量(バフ量)を変えることで、保持シート10の厚み、開孔7および開孔8の平均孔径をそれぞれ上述した範囲に調整することができ、通気度が5〜30cc/cm/secの範囲を示す。
【0025】
バフ処理後の保持シート10は、バフ処理で生じ付着しているバフ粉を除去するために、洗浄される。そして、表面にキズや汚れ、異物等の付着がないことを確認する等の検査を行い、保持シート10を完成させる。
【0026】
図2に示すように、被研磨物30の研磨加工を行うときは、片面研磨機70が使用される。片面研磨機70は、被研磨物30を吸引保持する吸引定盤71を備えている。吸引定盤71の下方には、吸引定盤71と対向するように研磨定盤72が配置されている。研磨定盤72の上面は、略平坦に形成されている。吸引定盤71の下部には、多数の吸引口71bが形成された吸引板71aが配されている。吸引板71aの表面(下面)は略平坦に形成されている。吸引定盤71の下部は、外周端部が吸引板71aの表面より突出した皿状に形成されている。吸引定盤71の上部は、三角錘状に形成されており、内部に断面三角状の空洞が形成されている。吸引定盤71に形成された空洞は、排気孔71cを介して、図示を省略した吸引部としての排気ポンプに連通している。吸引定盤71の空洞内は、排気ポンプの作動により排気孔71cを介して排気されて減圧状態となる。
【0027】
研磨加工時には、片面研磨機70の吸引定盤71で保持シート10を介して被研磨物30を吸引保持する。吸引定盤71と対向するように配置された研磨定盤72には被研磨物30を研磨加工するための研磨パッド20を装着する。吸引定盤71で被研磨物30を吸引保持するときは、吸引定盤71の吸引板71aの下面に保持シート10の裏面Sを当接し、保持面Pに被研磨物30を当接する。吸引定盤71の空洞内を減圧状態とすることで、排気ポンプからの吸引力により、被研磨物30が保持シート10を介して吸引定盤71に吸引保持される。研磨加工時には、被研磨物30および研磨パッド20間に研磨粒子を含む研磨液(スラリ)を循環供給すると共に、被研磨物30に圧力(研磨圧)をかけながら吸引定盤71ないし研磨定盤72を回転させることで、被研磨物30を研磨加工する。なお、保持シート10の下面(保持面P)の外周部には、被研磨物30の外縁より外側にリング状のキャリア(不図示)が装着されている。
【0028】
(作用)
次に、本実施形態の保持シート10の作用等について説明する。
【0029】
本実施形態の保持シート10では、湿式成膜法によりセル3が形成されており、保持面P、裏面Sにそれぞれセル3の開孔7、開孔8が形成されている。このため、研磨加工時には、片面研磨機70の吸引定盤71の下側に配された吸引板71aに裏面Sを当接し、保持面Pに被研磨物30を当接し、吸引定盤71の空洞内を減圧状態とすることで、被研磨物30に吸引力が作用する。これにより、吸引定盤71で被研磨物30を吸引力により吸引保持することができる。また、本実施形態の保持シート10では、セル3(セル3より孔径の小さな発泡を含む。)が連通孔で網目状に連通した連続発泡構造を有している。保持シート10が連続発泡構造を有することから、保持面P、裏面Sには、それぞれ開孔7、開孔8が形成されていると共に、全面に微小な開孔が形成されている。このため、保持シート10のセル3や連通孔、吸引板71aの吸引口71b、吸引定盤71の空洞を経て排気孔71cへ排気経路が形成されることで、被研磨物30に作用する吸引力が均等化される。これにより、被研磨物30が薄板状の形状や高脆性の特性を有していても破損や損傷を生じることなく、かつ、被研磨物の反りなどを緩衝しつつ、吸引定盤71で被研磨物30を吸引保持することができる。このような保持シート10では、例えば、複数の元素で形成された化合物半導体基板等の薄板状で高脆性を有する被研磨物の研磨加工に好適に使用することができる。
【0030】
ここで、化合物半導体基板について説明する。一般的なシリコン半導体がシリコンというひとつの元素を材料にしているのに対し、複数の元素を材料にしている半導体を総称して化合物半導体と呼称する。元素の組み合わせでは、種々のものが知られており、代表的なものとして、周期律表のIII族とV族との組み合わせ(GaAs、GaP、InP等)、II族とVI族との組み合わせ(CdTe、ZnSe等)、IV族同士の組み合わせ(SiC)を挙げることができる。元素の組み合わせにより異なる機能を発揮し、シリコンと比べて電子の移動速度がはるかに速いため高速信号処理に優れると共に、低電圧で動作したり、光に反応したり、マイクロ波を出したり、といった優れた特性を備えている。ところが、このような化合物半導体では、シリコンに比べて基板の結晶欠陥が多く割れを生じやすいので、研磨加工時に吸引力により吸着保持する場合は、基板割れに注意を要する。
【0031】
また、本実施形態の保持シート10では、セル3が裏面S側より保持面P側で縮径されており、保持面Pに形成された開孔7の平均孔径が20μm〜60μmの範囲、裏面Sに形成された開孔8の平均孔径が80μm〜200μmの範囲にそれぞれ調整されている。保持面P側の平均孔径が20〜60μmの範囲のため被研磨物を平坦に保持することができ、吸引定盤71の空洞内を減圧状態とすることによる吸引力が縮径されたセル3を通じて伝達されるので、吸引力を確実に被研磨物30に作用させることができる。保持シート10を反対向き、すなわち、吸引定盤71に保持面Pが当接する向きに装着した場合は、被研磨物30側が拡径されるため、吸引力の伝達が不十分となる可能性がある。吸引力を大きくすると、拡径された開孔の位置で被研磨物30にかかる吸引力が大きくなり加工面の平坦性を損なうおそれがあるため、好ましくない。また、本実施形態の保持シート10では、連続発泡構造を有するため、厚み方向の通気度が5〜30cc/cm/secの範囲を示す。このため、被研磨物30に対する吸引力が確保されるので、被研磨物30を確実に吸引保持することができる。更に、研磨加工の終了後には、保持定盤71の空洞内の減圧状態を解除することで、吸引力の作用がなくなるので、被研磨物30を容易に取り外すことができる。
【0032】
更に、本実施形態の保持シート10では、厚みが150〜400μmの範囲に調整されている。保持シート10の厚みが150μmに満たないと、クッション性が不足し、研磨加工時に被研磨物を均一に吸引保持することができず被研磨物の割れが発生するおそれがある。反対に、厚みが400μmを超えると吸引力が被研磨物に作用しにくくなり、被研磨物の保持力が低下するため、好ましくない。さらには、被研磨物が保持シート側に大きく沈み込むため、被研磨物を吸引保持した領域以外の保持面が研磨パッドと接触することにより削られてしまい、吸引力が不均一なものとなり被研磨物を平坦に研磨加工することができなくなる。厚みを上述した範囲とすることで、保持シート10のクッション性が発揮され、被研磨物を良好に吸引保持することが可能となる。
【0033】
また更に、本実施形態の保持シート10では、保持面P、裏面Sにそれぞれ開孔7、開孔8が形成されているものの、ポリウレタン樹脂が隔壁状に形成されているため、吸引定盤71からの吸引力が均等化され吸引定盤71に保持シート10を装着することができる。すなわち、粘着剤や粘着テープ等を用いることなく容易に装着することができる。また、粘着テープ等を要しないことで、上述した吸引力を妨げることなく被研磨物30に作用させることができる。
【0034】
更にまた、保持シート10が連続発泡構造を有するため、被研磨物30を吸引保持するときにクッション性を発揮することができる。このため、保持シート10の保持面Pと接触する被研磨物30の表面を損傷することなく被研磨物30を吸引保持することができる。また、保持シート10の圧縮率を25〜40%の範囲とし、保持シート10を形成するポリウレタン樹脂の100%モジュラスを20MPa以下としたことで、セル3が吸引時に変形しやすく、保持シート10が被研磨物30の形状に合うように密着するので、被研磨物保持性の向上を図ることができる。従って、パターン(回路)形成後の半導体基板の裏面を研磨加工する場合に、パターン形成された面が保持シート10の保持面Pに接触しても、回路形成面に受けるダメージを軽減しパターンを損傷することなく吸引保持することができる。
【0035】
従来吸引保持用の樹脂製シートでは、乾式成型により形成された硬質で多孔質のポリウレタンシートが用いられているものの、通気性が不十分なため、被研磨物を確実に保持させることが難しい、という問題があった。これを解決するために、穿孔処理等によりシートに貫通孔が形成されている。ところが、貫通孔の形成された位置では被研磨物に対する吸引力が局所的に大きくなるため、被研磨物の損傷や平坦性の低下を招く、という問題がある。とりわけ、化合物半導体基板のような薄板状で高脆性を有する材料の研磨加工では、硬質のポリウレタンシートで吸引保持すると基板割れ等を生じることとなる。また、吸引力にバラツキが生じると、研磨加工時に被研磨物に反りが発生することがあり、加工ムラを生じ平坦性を損なうこととなる。更に、多孔質ポリウレタンシートが接着剤で多孔が形成された定盤に貼り付けられるため、定盤の多孔に接着剤が入りこむことがある。このため、定盤が目詰まり状態となり吸着力が低下することが懸念されるうえ、シート交換時に定盤に接着剤が残り目詰まりを起こすため、定盤を清浄化する作業を要することとなる。本実施形態は、これらの問題を解決することができる保持シートである。
【0036】
なお、本実施形態では、開孔7の平均孔径を20〜60μmの範囲、開孔8の平均孔径を80〜200μmの範囲とする例を示したが、本発明はこれに制限されるものではなく、保持シート10の通気性が確保されていればよい。開孔7、開孔8の孔径は、湿式成膜時のセル3等の連続発泡構造の形成、バフ処理時のバフ量により調整することができるが、吸引力の伝達を考慮すれば、保持面P側が裏面S側より縮径されるようにすることが好ましい。
【0037】
また、本実施形態では、湿式成膜時に用いる成膜基材としてPET製フィルムを例示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、PET製以外の可撓性を有するフィルムや不織布、織布を用いるようにしてもよい。PET製フィルムでは水浸透性を有していないのに対して、不織布や織布では水浸透性を有している。このため、凝固再生工程の凝固液中では、不織布や織布を通じて脱溶媒が進行することとなり、セル3の形状が紡錘状になりやすくなる。この場合は、バフ処理時に削り取るバフ量を、スキン層の表面側と、スキン層と反対の面側(成膜基材とした不織布等を含む。)とで異なるようにして保持面P、裏面Sの開孔径を調整するようにすることで、上述した効果を得ることができる。
【0038】
更に、本実施形態では、湿式成膜法により作製されたウレタンシートの両面をバフ処理することで保持シート10を得る例を示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、スライス処理するようにしてもよい。スライス処理でも、バフ処理と同様に、保持面P側、裏面S側にそれぞれ開孔7、開孔8を形成し、厚みを均一化することができる。
【0039】
また更に、本実施形態では、保持シート10の材質をポリウレタン樹脂製とする例を示したが、本発明はこれに限定されるものではない。湿式成膜法により連続発泡構造を有するシートを形成することができる材質であればよく、ポリウレタン樹脂以外に、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルクロライド等を用いてもよい。
【実施例】
【0040】
以下、本実施形態に従い製造した保持シート10の実施例について説明する。なお、比較のために製造した比較例の保持シートについても併記する。
【0041】
(実施例1)
実施例1では、保持シート10の作製にポリエステルMDI(ジフェニルメタンジイソシアネート)ポリウレタン樹脂を用い、厚さ0.5mmのウレタンシートを得た。得られたウレタンシートの両面を、バフ量を0.1mmに設定し、バフ番手#180のサンドペーパを使用してバフ処理し、実施例1の保持シート10を製造した。
【0042】
(比較例1)
比較例1では、バフ量を0.2mmに設定し、ウレタンシートの片面のみをバフ処理する以外は実施例1と同様にして比較例1の保持シートを製造した。すなわち、比較例1では、片面のみのバフ処理で厚さを実施例1の保持シートにあわせるため、バフ量を実施例1の2倍に設定した。
【0043】
(物性評価)
実施例1および比較例1の保持シートについて、厚さおよび通気度を測定した。厚さは、ダイヤルゲージ(最小目盛り0.01mm)を使用し荷重100g/cmをかけて測定した。縦1m×横1mのウレタンシートを縦横10cmピッチで最小目盛りの10分の1(0.001mm)まで読み取り、厚さの平均値を求めた。通気度は、保持シートの異なる5箇所から10cm四方の試験片を採取し、日本工業規格(JIS L 1096 8.27)に準拠した方法により、フラジール型試験機(安田精機製作所社製、41.5型式)を使用して求めた。
【0044】
比較例1および実施例1の保持シートでは、いずれも厚さが0.35mmであった。また、通気度は、片面のみをバフ処理した比較例1の保持シートが0.2cc/cm/secを示したのに対して、両面をバフ処理した実施例1の保持シート10が24.1cc/cm/secを示し、実施例1の通気性が大幅に向上することが判った。この実施例1の保持シート10を介して被研磨物を吸引保持することで、研磨加工で薄板状ないし高脆性の被研磨物を損傷することなく吸引保持することが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は接着剤を要せず研磨機に装着でき、薄板状ないし高脆性の被研磨物でも損傷することなく吸引保持することができる保持シートを提供するものであるため、保持シートの製造、販売に寄与するので、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0046】
P 保持面
S 裏面
3 セル(気孔)
7 開孔
8 開孔
10 保持シート
30 被研磨物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸引口が形成された定盤と被研磨物を吸引保持するための吸引部とを備えた研磨機に装着され、前記定盤および前記被研磨物間に配される樹脂製の保持シートであって、湿式成膜法により網目状に連通した多数の気孔が形成されており、前記気孔は、一面側および他面側に施されたバフ処理またはスライス処理により、前記一面側が前記他面側より縮径され、双方の面ともに開孔しており、前記定盤に前記他面側を当接して前記研磨機に装着され、前記吸引部の吸引力により前記一面側で前記被研磨物を保持することを特徴とする保持シート。
【請求項2】
前記被研磨物が、複数の元素で形成された半導体基板であることを特徴とする請求項1に記載の保持シート。
【請求項3】
厚みが150μm〜400μmの範囲であることを特徴とする請求項2に記載の保持シート。
【請求項4】
前記一面に開孔した開孔は平均孔径が20μm〜60μmの範囲であり、前記他面に開孔した開孔は平均孔径が80μm〜200μmの範囲であることを特徴とする請求項2に記載の保持シート。
【請求項5】
厚み方向の通気度が5cc/cm/sec〜30cc/cm/secの範囲であることを特徴とする請求項4に記載の保持シート。
【請求項6】
材質がポリウレタン樹脂製であることを特徴とする請求項5に記載の保持シート。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−221306(P2010−221306A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−68346(P2009−68346)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000005359)富士紡ホールディングス株式会社 (180)
【Fターム(参考)】