光変調素子および空間光変調器
【課題】光変調素子による磁気光学効果を改善する。
【解決手段】光変調素子10は、1層以上の磁性膜12を含む磁化固定層と、非磁性膜13からなる中間層と、光の入射側に配置された1層以上の磁性膜14を含む磁化反転層とがこの順番に積層された磁性多層膜4と、磁性多層膜4に電流を流すための磁化反転層側の透明電極7と、磁化固定層側の金属電極からなる下部電極3とを備え、透明電極7を介して磁性多層膜4に入射する光を変調する。この磁性多層膜4は、非磁性膜13が、膜厚6nm以上20nm以下のAgからなる。この光変調素子10は、従来のCuスペーサを用いた光変調素子に比べてカー回転角が増加し、光変調度を大きくすることができる。また、Agスペーサを用いた光変調素子10は、従来のCuスペーサを用いた光変調素子に比べてMR比が2倍に増加するので、磁化反転層の磁化方向を反転し易くすることができる。
【解決手段】光変調素子10は、1層以上の磁性膜12を含む磁化固定層と、非磁性膜13からなる中間層と、光の入射側に配置された1層以上の磁性膜14を含む磁化反転層とがこの順番に積層された磁性多層膜4と、磁性多層膜4に電流を流すための磁化反転層側の透明電極7と、磁化固定層側の金属電極からなる下部電極3とを備え、透明電極7を介して磁性多層膜4に入射する光を変調する。この磁性多層膜4は、非磁性膜13が、膜厚6nm以上20nm以下のAgからなる。この光変調素子10は、従来のCuスペーサを用いた光変調素子に比べてカー回転角が増加し、光変調度を大きくすることができる。また、Agスペーサを用いた光変調素子10は、従来のCuスペーサを用いた光変調素子に比べてMR比が2倍に増加するので、磁化反転層の磁化方向を反転し易くすることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表示装置やホログラフィー表示装置に用いられる光変調素子および空間光変調器に係り、特に、磁化の変化を用いた光変調素子および空間光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
光の位相や振幅を空間的に変調する光学素子は、ホログラフィーなどの画像露光装置に応用され、ディスプレイ技術や記録技術のなど分野で広く利用されている。また、このような光学素子は、2次元で並列に光情報を処理することができるため、光情報処理技術などへの応用も研究されている。
【0003】
代表的なSLM(Spatial Light Modulator)に液晶パネルを用いた空間光変調器がある。液晶パネルは、油状で透明な液晶材料が2枚の透明な基板で挟まれた構造をしている。透明な基板としては主にガラスが用いられることが多いがプラスチックを用いることもある。この透明な基板の内面には、液晶に電圧を印加する電極として透明電極が設けられている。透明電極の材料には、抵抗値が低く形状を作製するのが容易なインジウムスズ酸化物(ITO:Indium Tin Oxide)が広く用いられている。これらを用いてホログラフィーを再現しようと試みられているが、応答速度の遅さや画素の高精細性が不足しているために、像の再生は限定的なものに限られていた(非特許文献1参照)。
【0004】
画素の高精細化と応答速度の問題を解決するために、特許文献1または特許文献2に示すような磁性ガーネットのファラデー効果を利用した高速応答の磁気光学式空間光変調器(以降、MOSLM::Magneto-Optic SLM)の例が開示されている。
【0005】
特許文献1には、各ピクセルに対応した領域毎に個別に光反射膜を形成し、局所熱処理と光反射鏡により印加される応力とで各ピクセル間が磁気的に分離したMOSLMが記載されている。また、特許文献1には、各ピクセルの外形に一致するようにXY駆動ラインを形成し、局所熱処理とXY駆動ラインにより印加される応力とで、各ピクセル間が磁気的に分離されているMOSLMが記載されている。これらにより、特許文献1に記載の技術は、ピクセル間の距離をピクセルサイズ以下に狭めることが可能となる。また、磁性ガーネットがシングルドメイン構造(単磁区構造)を形成されていれば、XY駆動ラインにパルス電流を印加することによって、磁性ガーネットの磁化を反転させることができる。
【0006】
特許文献2に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインヘの通電が合致したピクセルに対して合成磁界を印加し、選択的に磁化反転をする構造となっている。
【0007】
ところで、スピン注入磁化反転技術(STS:Spin Transfer Switching)は、サブミクロン以下の小さな磁性体の磁化を反転させる技術として注目されている(非特許文献2参照)。STSを用いることで、ギガビット(Gbit)級の超高密度な磁気ランダムメモリ(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory)への応用が期待されている。また、近年、メモリヘの応用だけでなく、磁気光学効果とSTSとを組み合わせることで光を変調する光変調素子が提案されている。
【0008】
本願発明者らは、これまでに、磁化方向の変化を用いて画素選択を行う撮像装置において、スピン注入により磁化反転されるスピン注入型磁化反転素子と、偏光手段とを用いて、画素選択を行うことを提案している(特許文献3参照)。この特許文献3に記載されたように、スピン注入により磁化反転を行う光変調器は、入射光の偏光面を変えることで、光を変調させる方式であるために高速・高精細が可能である。
【0009】
また、本願発明者らは、磁気光学効果を用いた空間光変調器において、膜面に垂直な垂直磁気異方性を有する磁性材料から構成されている磁性膜を用いることを提案している(特許文献4参照)。特許文献4に記載された空間光変調器は、磁性膜の少なくとも1つが垂直磁気異方性を有する磁性材料から構成されているため、膜面に平行な面内磁気異方性を有する磁性材料と比較して磁気光学効果を大きくすることができる。そのため、入射光の光変調度(偏光度)を大きくすることが可能となり、かつ低消費電力にすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005−70701号公報
【特許文献2】特開2005−221841号公報
【特許文献3】特開2008−60906号公報
【特許文献4】特開2009−139607号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】T. Sonehara,H. Miura,and J. Amako: Proceeding of 12th International Display Research Conferences (1992)315.
【非特許文献2】E. B. Mayer, D. C. Ralph,J. A. Katine,R. N. Louie,and R. A. Buhrman :Science 285 (1999)867
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
SLMにおいては、画素サイズ(画素ピッチ)を微細化すると共に、応答を高速化することが要望されている。しかしながら、液晶パネルを用いたSLMでは、画素サイズを数μm以下とするような微細化が困難であると共に、印加電圧に対する応答時間が数十μs程度と比較的遅いという問題がある。
【0013】
また、特許文献1に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインを、画素の内側に収まり且つ画素の外形に一致するように形成した構造となっているので、画素サイズを数μm以下とするような微細化が困難である。また、特許文献2に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインへの通電による合成磁界を利用するために、画素を微細化すると隣接した画素へのクロストークが大きくなってしまうという問題がある。
【0014】
これに対して、特許文献3、4に記載されたスピン注入型の光変調素子は、印加電圧に対する応答時間が数ns程度であり、画素サイズもサブミクロンが可能であるので高性能である。しかしながら、ホログラフィー表示装置やホログラム記録装置への応用を考えた場合には、光変調度が充分に大きいとは言えず、そのため、コントラストが弱くなってしまう。つまり、特許文献3、4の技術には、光変調度を大きくする技術にさらなる改良の余地があり、光変調度を改善することが望まれていた。
【0015】
光変調度は磁気光学効果と密接に関係しており、カー(Kerr)効果やファラデー効果による旋光の角度(カー回転角やファラデー回転角)が大きくなれば、光変調度も大きくなる。そのため、従来の磁気光学効果を用いた光変調素子の研究分野では、例えばGMR(Giant Magneto Resistance)素子やTMR(Tunneling Magneto Resistance)素子のようなスピン注入磁化反転素子を用いた光変調素子を構成する磁性膜部分において材料等の条件を工夫することで磁気光学効果の改善が図られてきた。つまり、光変調素子を構成する磁性膜部分として、例えばピンド層(磁化固定層)およびフリー層(磁化反転層)の材料等の条件が着目されてきた。一方で、ピンド層とフリー層とに挟まれた中間層であって、非磁性膜からなるスペーサ層については、磁気光学効果の改善という観点では着目されてこなかった。そのため、光変調素子を構成するスピン注入磁化反転素子のスペーサ層については、光変調度を大きくするために最適な材料等の条件がこれまで知られていないという問題があった。
【0016】
そこで、本発明では、従来のスピン注入磁化反転素子のスペーサ層については、光変調度を大きくするために最適な材料等の条件が不明であったという問題を解決し、光変調素子による磁気光学効果を改善することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記課題を解決するために、本発明の請求項1に記載の光変調素子は、1層以上の磁性膜を含む磁化固定層と、非磁性膜からなる中間層と、光の入射側に配置された1層以上の磁性膜を含む磁化反転層とがこの順番に積層された磁性多層膜と、前記磁性多層膜に電流を流すための前記磁化反転層側の透明電極および前記磁化固定層側の金属電極とを備え、前記透明電極を介して前記磁性多層膜に入射する光を変調する光変調素子において、前記磁性多層膜は、前記非磁性膜が、膜厚6nm以上20nm以下のAgからなることとした。
【0018】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化固定層と磁化反転層との間の中間層を、従来のCuスペーサに代えてAgスペーサとして、Agスペーサの膜厚を6〜20nmとすることで、磁気光学効果としてカー回転角を増大させることができる。このことは実験で確かめることができた。そのため、かかる構成によれば、光変調素子は、光変調度が向上する。また、かかる構成の光変調素子は、MR比(magneto resistance ratio)が従来のCuスペーサの光変調素子と比べて約2倍に増加することが実験で確かめることができた。したがって、磁化反転層が磁化反転し易くなる。
【0019】
また、本発明の請求項2に記載の光変調素子は、請求項1に記載の光変調素子において、前記非磁性膜が、膜厚6nm以上15nm以下のAgからなることとした。
【0020】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化固定層と磁化反転層との間のAgスペーサの膜厚を15nm以下とすることで、磁化反転層の保磁力の上昇を抑制し、磁気特性の劣化を防ぐことが可能となる。したがって、Agスペーサの膜厚を15nm以下とした範囲では、磁化反転層の保磁力の上昇を抑制するので、光変調素子では、磁化反転層の磁化方向が容易に反転(回転)する。そのため、所要磁化反転電流を下げることができ、スピン注入磁化反転を利用する場合に、スピン注入効率を高めることができる。
【0021】
また、本発明の請求項3に記載の光変調素子は、請求項1または請求項2に記載の光変調素子において、前記磁性多層膜は、前記磁化反転層および前記磁化固定層に含まれる磁性膜が、垂直磁気異方性を有する磁性材料からなることとした。
【0022】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化方向が膜面に垂直な垂直磁気異方性を有する磁性材料から形成されている磁性膜を含むので、磁化方向が膜面に平行な面内磁気異方性を有する磁性材料から形成されている場合に比べて、磁気光学効果が大きく、光変調度が高くなる。
【0023】
また、本発明の請求項4に記載の光変調素子は、請求項3に記載の光変調素子において、前記磁性多層膜は、前記磁化反転層に含まれる磁性膜が、GdFeから形成され、前記磁化固定層が、TbFeCo膜と、このTbFeCo膜に積層されて前記非磁性膜に接触したCoFe膜とを含むこととした。
【0024】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化反転層に含まれる磁性膜がGdFeから形成されてGdを含むためその磁気異方性が小さく、磁化反転層の保磁力を小さくすることができる。そのため、磁化反転層は、スピン分極された電子の注入によって磁化が容易に反転し易い。また、光変調素子は、磁化固定層に含まれる磁性膜がTbFeCo膜を含むため、Tbによって磁化固定層の保磁力を大きくすることができる。そのため、磁化固定層は、磁化方向が外部磁界によって容易に変わらないように形成することができる。さらに、光変調素子は、磁化固定層がCoFe膜とTbFeCo膜とからなる2層構造を有しており、CoFe膜およびTbFeCo膜は交換結合によって磁気的に結合しているために、面内に向きやすい性質をもったCoFe膜の磁化は垂直方向に保たれる。そして、スピン分極の高いCoFe層を通過することによってスピン分極した電子が磁化固定層から磁化反転層へ移動することができる。このことによってスピン注入磁化反転を利用する場合に、スピン注入効率を高めることができる。
【0025】
また、前記課題を解決するために、本発明の請求項5に記載の空間光変調器は、請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の光変調素子をマトリクス状に並べて構成された空間光変調器であって、前記マトリクスの行方向および列方向のうちの一方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設された複数の下部電極と、前記マトリクスの行方向および列方向のうちの他方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設されると共に前記下部電極の配設間隔と同じ間隔で複数の貫通孔が設けられた複数の上部金属電極とを備え、前記光変調素子の前記基板側の金属電極は、前記下部電極を構成し、前記光変調素子の前記入射光側の透明電極は、前記上部金属電極に設けられた貫通孔に充填されて形成されていることとした。
【0026】
かかる構成によれば、空間光変調器は、Agスペーサの光変調素子を用いているので、磁気光学効果が増大し、光変調度が向上する。また、かかる構成によれば、空間光変調器は、複数の光変調素子に共通となるように延設された上部金属電極に設けた複数の貫通孔に充填された透明電極を介して、光変調素子に効率よく光を入射することができる。また、かかる構成によれば、空間光変調器は、上部電極をすべて透明電極とする場合に比べて抵抗を下げ、電流密度を高めることができる。したがって、スピン注入磁化反転を利用する場合に、スピン注入効率を高めることができる。
【0027】
また、請求項6に記載の空間光変調器は、請求項5に記載の空間光変調器において、前記下部電極と前記上部電極との交差点のそれぞれにおいて、水平方向に複数の前記光変調素子を設けたこととした。
【0028】
かかる構成によれば、空間光変調器では、下部電極と上部電極との交差点のそれぞれにおいて、隣り合う光変調素子同士で磁気的な影響を与え合うことができる。ホログラフィー表示に必要な高精細性確保には、下部電極と上部電極との幅や間隔は1μm以下であることが好ましい。同一画素内に1μm以下の間隔で配置した複数の光変調素子は、磁気的な影響を強く与え合うことができる。そして、この場合に、予め定められた大きさの電流を供給することで、隣り合う光変調素子それぞれの磁化反転層の磁化方向が異なる方向を安定的に示すことができる。つまり、空間光変調器では、電流の大きさを変化させて供給することで、画素内のすべての光変調素子を磁化反転させたり、一部の光変調素子のみ磁化反転させたりすることができる。そのため、上部電極の貫通孔に充填された透明電極の部分を単位とした1画素において、階調表示が可能となる。
【0029】
また、請求項7に記載の空間光変調器は、請求項5または請求項6に記載の空間光変調器において、前記光変調素子の磁化反転層の磁化方向を変化させるために電流を注入する電流源と、前記マトリクス状に並べられた光変調素子を画素として選択する画素選択手段とをさらに備えることとした。
【0030】
かかる構成によれば、空間光変調器において、画素選択手段と電流源とによって、選択された光変調素子に対して、スピン分極された電子を注入することができる。空間光変調器は、このようにスピン注入磁化反転を用いることで、光変調素子の状態変化に要する時間を短縮することができる。
【発明の効果】
【0031】
請求項1に記載の発明によれば、光変調素子は、磁気光学効果としてカー回転角を増大させることができるため、光変調度が向上する。また、光変調素子は、MR比が従来に比べて約2倍に増加するので、磁化反転層が磁化反転し易くなる。
【0032】
請求項2に記載の発明によれば、光変調素子は、磁化反転層の保磁力の上昇を抑制し、軟磁気特性の劣化を防ぐことが可能となる。また、光変調素子は、磁化反転層の磁化方向が容易に反転(回転)するため、所要磁化反転電流を下げることができる。
【0033】
請求項3に記載の発明によれば、光変調素子は、面内磁気異方性を有する磁性材料から形成されている場合に比べて、磁気光学効果が大きく、光変調度が高くなる。
【0034】
請求項4に記載の発明によれば、光変調素子は、磁化反転層および磁化固定層をなす磁性膜が好適な材料で形成されているため、磁化反転層は磁化が容易に反転し易く、磁化固定層は磁化方向が外部磁界の影響を受けにくい。また、光変調素子は、スピン分極された電子が垂直方向のスピン分極を保ったまま移動することができるので、スピン注入効率を高めることができる。
【0035】
請求項5に記載の発明によれば、空間光変調器は、下部電極と上部電極との交差点に透明電極を配し、その他の部分に、透明電極よりも比抵抗の小さい金属電極を配することによって、光変調素子に効率よくスピン注入できる。その結果、画素サイズを微細化すると共に、光変調の高速応答が可能となる。
【0036】
請求項6に記載の発明によれば、空間光変調器は、下部電極と上部電極との交差点のそれぞれに配された、隣り合う光変調素子同士で磁気的な影響を与え合うことができる。したがって、上部電極の貫通孔に充填された透明電極の部分を単位とした1画素において、階調表示が可能となる。
【0037】
請求項7に記載の発明によれば、空間光変調器は、選択された光変調素子に対して、スピン分極された電子を注入することができる。したがって、空間光変調器は、光変調素子の状態変化に要する時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の実施形態に係る空間光変調器の構成を模式的に示す説明図であって、(a)は上から視た図、(b)は横から視た図である。
【図2】図1に示した空間光変調器を構成する光変調素子のxz平面の断面図である。
【図3】図2に示した磁性多層膜の一例を示す断面図である。
【図4】図1に示した空間光変調器を構成する光変調素子のyz平面の断面図である。
【図5】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜の磁気光学特性を示す図であって、(a)は本発明の実施例のカー回転角、(b)は比較例のカー回転角をそれぞれ示している。
【図6】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜の構造とその比較を示す図であって、(a)は本発明の実施例の構造、(b)は比較例の構造をそれぞれ示している。
【図7】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜においてGdFe膜厚を変化させたときのカー回転角とその比較を示すグラフである。
【図8】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜においてAg膜厚を変化させたときの特性を示すグラフであって、(a)はAg膜厚とカー回転角との関係、(b)はAg膜厚とGeFe膜の保持力との関係をそれぞれ示している。
【図9】本発明の実施例の光変調素子において素子サイズを変化させたときのMR比とその比較を示すグラフであって、(a)は本発明の実施例、(b)は比較例をそれぞれ示している。
【図10】図9に示す光変調素子のうち素子サイズが同様な実施例および比較例に対して外部磁界を変化させたときの抵抗とその比較を示すグラフであって、(a)は本発明の実施例、(b)は比較例をそれぞれ示している。
【図11】本発明の実施例の光変調素子の磁気抵抗変化を示すグラフであって、(a)は外部磁界による磁気抵抗変化、(b)はスピン注入による磁気抵抗変化をそれぞれ示している。
【図12】図1に示した空間光変調器を構成する光変調素子の動作を模式的に示す説明図であって、(a)は初期状態、(b)は反転状態をそれぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0039】
図面を参照して本発明の光変調素子および空間光変調器を実施するための形態について詳細に説明する。以下では、説明の都合上、1.空間光変調器の構成、2.光変調素子の構成、3.空間光変調器の製造方法、4.光変調素子の具体例、5.磁性多層膜の磁気光学効果の特性、6.空間光変調器の動作例の各章について順次説明することとする。
【0040】
[1.空間光変調器の構成]
本発明の実施形態に係る空間光変調器の概要について図1〜図4を参照して説明する。図1および図4は、主として空間光変調器を示し、この空間光変調器を構成する光変調素子を図2および図3に示す。図2は、図1のA−A線断面(xz平面の断面)を示し、図4は、図1のB−B線断面(yz平面の断面)を示す。
【0041】
空間光変調器1は、図1(a)に示すように、平面視で、複数の上部電極5と複数の下部電極3とが互いに直交して、磁性多層膜4を挟んで上下に配設された構成を有している。上部電極5と下部電極3との交差点が画素を形成し、この画素には、2つの磁性多層膜4を備える。磁性多層膜4は、図2に示すように、その上下の電極と共に光変調素子10を構成している。このように磁性多層膜4を所望の素子サイズに加工して電極を含めたときには光変調素子と呼称し、電極を含めないときには磁性多層膜と呼称する。
【0042】
図1の空間光変調器1は、図2の光変調素子10を1画素に例えば2素子ずつの組をマトリクス状に並べて構成されている。本実施形態の空間光変調器1において、1つの画素は、2つの光変調素子10を備えるものに限定されるものではない。また、ここでは、一例として縦2×横4のマトリクス状に2次元配列した。
【0043】
図1に示す例では、金属電極である下部電極3(3a,3b)は、マトリクスの行方向に並べられた各光変調素子10に共通となるように延設されている。また、金属電極である上部電極5(5a〜5d)は、マトリクスの列方向に並べられた各光変調素子10に共通となるように延設されている。
【0044】
上部電極5には、貫通孔である複数の孔部6が設けられている。孔部6は、下部電極3の上に位置しており、孔部6の間隔は、下部電極3の配設間隔と同じ間隔である。上部電極5の各孔部6には、透明電極7が充填されており、入射光用の窓となっている。このような構成によれば、仮に、上部電極の全体が透明電極で形成された場合と比較すると、電気抵抗を非常に小さくすることができ、非常に大きな電流密度の電流を流すことができるので、光変調素子10にスピン注入することが可能となる。
【0045】
また、光変調素子10は、図1(b)に示すように、正面視で、基板2上に形成された下部電極3と、下部電極3の上に形成された磁性多層膜4と、磁性多層膜4の上に形成された上部電極5とを備えている。
【0046】
基板2は、例えば、シリコン(Si)、酸化シリコン(SiO2)、酸化マグネシウム(MgO)、ガラス等から成る。
下部電極3および上部電極5は、例えば、Cu、Al、Ta、Cr等の金属や合金等からなる一般的な電極用金属材料で形成される。
【0047】
透明電極7は、図4に示すように磁性多層膜4を覆うように配設されており、入射光が磁性多層膜4に効率よく到達できるように、インジウムスズ酸化物(ITO)等の一般的な透明電極材料を用いて構成されている。なお、図1(b)に示す透明電極7は、その上端が上部電極5の上端から突出しているが、面一となるように形成することもできる。
【0048】
図1(b)に示すように、磁性多層膜4と、磁性多層膜4との間の空間は、絶縁部材8で充填されている。また、絶縁部材8は、図4に示すように、下部電極3と上部電極5との隙間や、互いに隣り合った下部電極3と下部電極3との隙間にも堆積されている。また、絶縁部材8は、図示は省略するが、互いに隣り合った上部電極5と上部電極5との隙間にも配設されている。これにより、空間光変調器1において、マトリクス状に配置された画素の部分(画素アレイ)、すなわち上部電極5と下部電極3とが交差する地点にしか電流が流れないようになっている。この絶縁部材8は、例えば、SiO2やAl2O3等から成る。
【0049】
本実施形態では、空間光変調器1は、図1(b)に示すように、さらに、画素選択機構9と電流源9aとを備える構成とした。画素選択機構9は、マトリクス状に並べられた光変調素子10を画素として選択するものであり、図示を省略するが、行ドライバ、列ドライバ、各ドライバに信号を供給する信号処理回路等から構成されている。
【0050】
ここでは、画素選択機構9は、電流源9aを包含することとした。電流源9aは、上部電極5および下部電極3に接続され、光変調素子10にスピン注入するものである。電流源9aは、パルス電流または直流電流を光変調素子10に供給する。以上が、空間光変調器1の全体の概要である。
【0051】
[2.光変調素子の構成]
ここでは、光変調素子の構成を、2−1.光変調素子の概要、および、2−2.磁性多層膜の概要の各節に分けて説明する。
【0052】
<2−1.光変調素子の概要>
光変調素子10は、図2に断面を示すように、下部電極3と、磁性多層膜4と、透明電極7とを備えている。なお、図2では、1画素の領域を示しているが空間光変調器1は、2次元マトリクス状に配列された複数の画素を有している。
磁性多層膜4は、例えば、CPP(Current Perpendicular to the Plane)−GMR素子から構成され、図2に示すように、下地層11と、磁化固定層としての磁性膜12と、中間層としての非磁性膜13と、磁化反転層としての磁性膜14と、保護層15とをこの順に積層されて形成されている。
【0053】
磁性膜12は、基板2(図1参照)側に配置され、磁化方向が所定の方向に固定された磁化固定層(以下、ピンド層とよぶ)をなす磁性膜である。ピンド層は、1層以上の磁性膜12を備える。また、磁性膜12においては、例えば、図4に上向き矢印で示す方向に磁化方向が固定されている。
【0054】
非磁性膜13は、磁性膜12と磁性膜14とに挟まれた中間層(以下、スペーサ層とよぶ)をなす。この非磁性膜13のスペーサ材料を従来のCuからAgに変え、非磁性膜13を予め定められた膜厚で形成したことが本発明の特徴である。非磁性膜13の詳細は後記する。
【0055】
磁性膜14は、光の入射側に配置され、磁化方向が予めピンド層の磁化方向と同一または反対方向に磁化された磁化反転層(以下、フリー層とよぶ)をなす磁性膜である。このフリー層の磁化方向は、固定されておらず、スピン分極された電子が注入されることによって容易に回転(反転)することができる。磁性膜14は、磁気光学的カー効果が生じ、偏極率が比較的高い強磁性体から構成されることが好ましい。ここで、偏極率が低いほど磁化反転に必要な電流の値が大きくなる。
【0056】
下地層11は、必要に応じて設けられ、例えば、Cu、Al、Au、Ru等で形成することができる。また、保護層(キャッピング層)15は、微細加工プロセス中に磁性膜14が受けるダメージを保護する層であり、例えば、Cu、Al、Au、Ru等で形成することができる。
【0057】
<2−2.磁性多層膜の概要>
光変調素子10を構成する磁性多層膜4において、フリー層をなす磁性膜12は、垂直磁気異方性を有する磁性材料で形成されている。
磁性多層膜4において、ピンド層をなす磁性膜14は、垂直磁気異方性を有する磁性材料で形成されている磁性膜を含んでいる。
【0058】
このようにピンド層およびフリー層を構成する磁性膜が、垂直磁気異方性を有する材料で構成されていることによって、スピン注入磁化反転によって、磁化方向が、磁性膜に垂直な方向に反転する。この磁性多層膜4における大きな磁気光学効果によって、大きな光変調度で出射光を変調して制御することが可能となると共に、飽和磁化の低減によって磁性膜における磁化反転に要する電流を低減して消費電力を低減できる。
【0059】
垂直磁気異方性を有する磁性材料としては、例えば、Fe、Co、Niおよびその合金、ならびにSm、Eu、Gd、Tb等の希土類金属を含む合金からなる群から選ばれる少なくとも1種が用いられる。
また、磁性膜を構成する磁性材料の磁化補償温度の前後では、磁化のスイッチング特性が逆転することから、そのスイッチング特性の逆転を防止するため、空間光変調器1の動作温度以下であることが好ましい。
【0060】
また、ピンド層をなす磁性膜12は、外部磁界によって磁化方向が変わらないように保磁力を大きくする観点から、Tbを含むことが好ましく、例えば、Tbと、Fe、Co等の遷移金属とを含む合金で形成されていることが好ましい。
【0061】
特に、ピンド層をなす磁性膜12として、TbFeCo膜とCoFe膜とからなる2層構造を有するピンド層は、CoFe膜を含むことによって、垂直方向のスピン分極を保ったまま、スピン注入効率を高めることができることから、好ましい。この場合、TbFeCo膜とCoFe膜とは、通常、膜厚比がTbFeCo膜/CoFe膜が20/1で形成される。ここで、TbFeCo膜は、垂直磁化膜であって下地層11側に積層され、CoFe膜は、面内磁化膜であって非磁性膜13側に積層されるが、厚いTbFeCo膜との交換結合により、薄いCoFe膜の磁化は垂直方向に向く。
【0062】
フリー層をなす磁性膜14は、スピン分極された電子の注入によって磁化が容易に反転し易い観点から、保磁力を小さくするために、Gdを含むことが好ましく、例えば、Gdと、Feおよび/またはCoとを含む合金で形成されていることが好ましい。また、磁性膜を構成する磁化補償温度を、空間光変調器の動作温度以下にするために、GdとFeの含有割合は、Gdが25at%以下であることが好ましい。
【0063】
また、フリー層をなす磁性膜14は、大きい磁気光学効果が得られることから、MnおよびBiを含むことが好ましい。
【0064】
[3.空間光変調器の製造方法]
ここでは、空間光変調器の製造方法を、3−1.光変調素子の製造方法の概要、3−2.空間光変調器の製造方法の概要、3−3.空間光変調器の製造方法の具体例の各節に分けて説明する。
【0065】
<3−1.光変調素子の製造方法の概要>
光変調素子10を製造する方法は、以下の通りである。光変調素子10は、磁性多層膜4を形成する各層や電極を、例えば、スパッタリング法や蒸着法などで成膜することによって形成することができる。例えば、基板2上に、スパッタリング法や蒸着法によって、下部電極3を構成する金属膜を成膜した後、電子ビームやフォトリソグラフィを用いて下部電極3を形成する。次に、磁性多層膜4として、下地層11、ピンド層となる磁性膜12、スペーサ層となる非磁性膜13、フリー層となる磁性膜14および保護層15となる材料を、この順で積層した後、その上に、電子ビームやフォトリソグラフィを用いて井桁状にレジストからなるパターンを形成し、イオンミリングやドライエッチングを用いてピンド層となる磁性膜12がなくなるまでエッチングを行う。また、磁性膜12をエッチングせず、スペーサ層までエッチングを行ってもよい。その後、上部電極5を形成し、透明電極7を形成することによって、光変調素子10を形成することができる。
【0066】
<3−2.空間光変調器の製造方法の概要>
空間光変調器1の各光変調素子10を製造する方法は、以下の通りである。なお、空間光変調器1では、各画素の領域が一度に製造される。まず、光変調素子10と隣接する光変調素子10との間の空間を、例えば、SiO2等の絶縁部材8で封止して、DCスパッタ法により金属電極である上部電極5を積層した後に、フォトリソグラフィ法等によって、積層した金属電極を所望の形状にパターニングして、金属電極に所定数(図1では4個)の孔部6を形成する。そして、RFスパッタ法により各孔部6に透明電極材料を積層して透明電極7とすることで各画素を形成する。
【0067】
<3−3.空間光変調器の製造方法の具体例>
図1に示す空間光変調器1は、Siなどの基板2の上に、幅WBが1.0[μm]、間隔が0.3[μm]となるようにCuで作製した下部電極3(3a,3b)を具備している。下部電極3がこのサイズの場合に、上部電極は、幅WTを例えば0.9[μm]にすることができる。この場合、孔部6の一辺の長さLHを例えば0.6[μm]にすることができる。この場合、磁性多層膜4を平面視で、例えば、0.15×0.4[μm]の大きさにすることで、2つの磁性多層膜4を1画素内に、例えば0.1[μm]程度の間隔を空けて配置することができる。
【0068】
下部電極3は、例えば、以下の手順で作製できる。まず、基板2の上にレジストのパターンを作製し、ドライエッチングなどの方法でエッチングを行い、Cuなどの低抵抗材料をメッキにて成膜する。この後、CMP(Chemical Mechanical Polishing;化学機械研磨)などの方法で平たん化することで電極パターンが形成される。
【0069】
この下部電極3が作製された後、図1に示す下部電極3上には、2層の磁性膜12,14および非磁性膜13の3層を含む巨大磁気抵抗多層膜(GMR多層膜)である磁性多層膜4が積層される。そして、1画素領域において、磁性多層膜4を、例えば、0.15×0.4[μm]の大きさにそれぞれ加工することで、2つの光変調素子10を形成する。ここで、素子のサイズは、0.1−0.5×0.1−0.5[μm]程度が望ましい。その理由は、素子が単磁区を形成し易いからである。この場合、1画素領域において、2つの光変調素子10が所定間隔をあけて磁気的な影響を与え合うことができるように、細長い形状とする。このGMR膜は、例えば、スパッタなどの方法にて作製する。
【0070】
素子は、例えば、以下の手順で加工することができる。まず、電子ビーム描画装置などを用いて、例えば、0.15×0.4[μm]の大きさに加工したレジストパターンを形成し、イオンミリングなどの方法でピンド層までをエッチングし、エッチングした分とほぼ同じ厚さになるように、SiO2などの絶縁部材8を製膜する。この後、レジスト剥離液中で超音波洗浄を行うことでレジストをリフトオフする。続いて、例えばCuを金属材料として上部電極5を形成する。このとき、同様のフォトリソグラフィ、Cu製膜、およびリフトオフにより形成する。なお、パターニングにより孔部6を形成する。さらに、同様な方法で、孔部6を充填するように透明電極7を形成し、図1に示すような空間光変調器1の構造を得ることができる。
【0071】
[4.光変調素子の具体例]
作製した光変調素子の具体例を図3に示す。なお、図3では、従来のCuスペーサに代えてAgスペーサとした光変調素子による磁気光学効果の増大を説明するため、透明電極7や上部電極5を省略した磁性多層膜を示した。磁性多層膜40は、図1に示す磁性多層膜4の1つの具体例のCPP−GMR膜である。
【0072】
図3に示すように、磁性多層膜40は、下地層11にRuを用い、ピンド層としての磁性膜12をTbFeCoおよびCoFeの2層構造とし、スペーサ層としての非磁性膜13にAgを用い、フリー層としての磁性膜14にGdFeを用い、保護層15にRuを用いたものである。
【0073】
ここで、各層の膜厚は、以下のように設定することが好ましい。GdFeの膜厚は、5〜20[nm]、TeFeCoの膜厚は、10〜30[nm]程度がよい。Agの膜厚は、6〜20[nm]、好ましくは、8〜15[nm]程度がよい。下地層11の膜厚は、通常、1〜10[nm]程度であり、保護層15の膜厚は、通常、1〜5[nm]程度である。以下では、このAgスペーサの磁性多層膜40を単に、Agスペーサの素子という。
【0074】
[5.磁性多層膜の磁気光学効果の特性]
ここでは、磁性多層膜の磁気光学効果の特性を、5−1.Agスペーサの素子のカー回転角、5−2.GdFe膜厚を変更したときのカー回転角、5−3.Ag膜厚を変更したときのカー回転角、5−4.Ag膜厚を変更したときの保磁力、5−5.Agスペーサの素子のMR特性、5−6.Agスペーサの素子のスピン注入磁化反転の各節に分けて説明する。
【0075】
<5−1.Agスペーサの素子のカー回転角>
ここでは、作製した光変調素子の磁気光学効果として、図3の膜構造の磁性多層膜に、波長780[nm]のレーザ光を照射し、外部から、−1.0〜+1.0[kOe]の範囲で磁界をかけたときのカー回転角を測定した。このときの測定結果を図5(a)に示す。つまり、図5(a)は、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えたAgスペーサのGMR多層膜の磁気光学特性としてカー回転角θkを示す。図5のグラフにおいて、横軸は、磁界[kOe]を示し、縦軸は角度θ[deg]を示す。なお、1[Oe]=79.577[A/m]で換算可能である。
【0076】
このような磁気光学特性を示す磁性多層膜41の膜構造を図6(a)に示す。図6(a)において、材料名の横のカッコ内の数字は、膜厚を示しており、その単位はnmである。例えば、非磁性膜13は、膜厚6[nm]のAgで構成され、磁性膜14は、膜厚10[nm]のGdFeで構成されている。
【0077】
また、このAgスペーサの磁性多層膜41の比較として、スペーサ材料を従来のCuに変えたCuスペーサの磁性多層膜140の構造を図6(b)に示す。また、このCuスペーサの磁性多層膜140の磁気光学特性としてカー回転角θkを図5(b)に示す。
【0078】
図5(a)に示すように、Agスペーサの磁性多層膜41に対して、−1.0〜+1.0[kOe]の範囲で磁界を変化させたとき、磁界が負の方向のときには角度θの最小値が−0.1393[deg]であり、磁界が正の方向のときには角度θの最大値が+0.1405[deg]であった。素子に磁界を印加したときの反射光の偏光の角度変化を示すカー回転角θkは、磁界印加時の角度の絶対値の平均として、これら最大値と最小値との差分の1/2から求められ、0.140[deg]であった。
【0079】
一方、Cuスペーサの磁性多層膜140に対して、−1.0〜+1.0[kOe]の範囲で磁界を変化させたとき、磁界が負の方向のときには角度θの最小値が−0.1113[deg]であり、磁界が正の方向のときには角度θの最大値が+0.1130[deg]であった。その結果、カー回転角θkは、0.112[deg]であった。
【0080】
つまり、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、カー回転角θkは27%増加することが分かった。光の変調度は、このカー回転角θkに大きく依存することが知られており、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、変調度を改善できることが分かった。
【0081】
<5−2.GdFe膜厚を変更したときのカー回転角>
続いて、Agスペーサの上のGdFe膜の膜厚を変更した場合に、カー回転角が増加する現象が同様に観測されるか確かめる実験を行った。ここでは、Agスペーサの上のGdFe膜の膜厚を変更して素子サイズが120×120[nm2]〜120×300[nm2]の複数種類の素子を、DCマグネトロンスパッタにて製膜を行った。また、CPP−GMR作製プロセスは190℃以下で行われるが、このプロセスにおいて特性変化がないようにするために、製膜後190℃で1時間の熱処理(アニール)を行った。そして、作製した各素子に対して同様に磁界を印加したときのそれぞれのカー回転角を求めた。その結果を図7に示す。なお、Agスペーサの膜厚は6[nm]のままである。
【0082】
Agスペーサの上に積層されるGdFe膜の膜厚を、それぞれ、7,10,12,15[nm]とした4種類の素子では、GdFe膜の膜厚を大きくしていくと、カー回転角も同様に大きくなった。また、比較例として、Cuスペーサの上に積層されるGdFe膜の膜厚を、それぞれ、7,10,13[nm]とした3種類の素子では、GdFe膜の膜厚を大きくしていくと、カー回転角も同様に大きくなった。これら測定したいずれのGdFe膜厚においても、Agスペーサの磁性多層膜が、Cuスペーサの磁性多層膜と比較して、およそ20%程度大きいカー回転角を示した。これにより、Agスペーサの上のGdFe膜の膜厚を変更した場合であっても、カー回転角が増加する現象が同様に観測されることが分かった。
【0083】
スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、カー回転角が増加する原因はまだ解明されてはいない。実験で作製したGdFeのそれぞれの膜厚は、光の侵入長より小さいものであった。そのため、スペーサ層(AgまたはCu)に到達した光が反射される割合の違いが、カー回転角に影響したのではないかと考えることができる。つまり、Agの反射率がCuの反射率よりも大きいことが、カー回転角が増加した原因ではないかと考えることができる。
【0084】
<5−3.Ag膜厚を変更したときのカー回転角>
Agの反射率がCuの反射率よりも大きいことが、カー回転角が増加した原因であることを確認するために次の実験を行った。この実験では、Agの膜厚を増加させれば、スペーサ層に到達した光が反射される割合が増加するので、カー回転角が増加するはずであるという仮説をたて、これを検証した。
【0085】
Ag膜の膜厚を、それぞれ、8,10,15,20[nm]として同様に4種類の磁性多層膜を作製し、アニール前の各試料のカー回転角θkを同様に測定した後、アニール後の各試料のカー回転角θkを同様に測定した。Agの各膜厚に対してカー回転角θkをプロットした実験結果(図中、四角)を図8(a)に示す。なお、図8(a)において、ダイヤは、アニール前(as depo)の試料に対する測定結果を示し、三角は、Cuスペーサの場合の結果を示す。
【0086】
図8(a)に示すように、Agの膜厚を増加させてスペーサ層に到達した光が反射される割合を増加させたとしても、測定されたカー回転角θkの値はほとんど変化しなかった。この実験では、仮説の予想に反した実験結果が得られたので、カー回転角が増加した原因が、Agの大きな反射率に起因したものであると断定することはできない。しかしながら、図8(a)に示す結果に基づいて、図3の構造の磁性多層膜40のAgの膜厚を6〜20[nm]とした光変調素子を作製すれば、従来のCuスペーサを用いた光変調素子よりもカー回転角を増大させることができる。
【0087】
ところで、従来のGMR膜では、スペーサ層の膜厚は、例えば、偏極スピン電子がスピン偏極を保ったまま通過できる厚さ(2〜30[nm])が好ましいとされている。図8(a)に示すように、作製した4種類のAgスペーサの磁性多層膜では、その膜厚が6〜20[nm]の場合に、カー回転角θkの値がほとんど変化せずに、従来のCuスペーサの場合よりも良好であった。そのため、Agスペーサの磁性多層膜40は、その膜厚が6〜20[nm]の場合に、光変調度を従来よりも向上させることが可能である。
【0088】
<5−4.Ag膜厚を変更したときの保磁力>
次に、磁性多層膜40の磁気特性として、光変調度に密接に関係したカー回転角θk以外の特性に着眼して、Agの膜厚の好ましい範囲を探索する実験を行った。具体的には、Agの膜厚と、Agスペーサの上のGdFe膜の保磁力Hcとの相関を確かめる実験を行った。
【0089】
Ag膜の膜厚を、それぞれ、8,10,15,20[nm]とした4種類の磁性多層膜において、Agスペーサの上のGdFe膜の保磁力Hcをプロットした実験結果(図中、四角)を図8(b)に示す。なお、図8(b)において、ダイヤは、アニール前(as depo)の試料のGdFe膜の保磁力Hcを示し、三角は、Cuスペーサの場合の結果を示す。
【0090】
図8(b)に示すように、Agの膜厚が大きくなるにしたがって、GdFe膜の保磁力Hcの値が大きくなった。特に、Agの膜厚が15[nm]を超えると、保磁力Hcの値が著しく大きくなることが分かる。この原因は、Agを厚くすると、Agの表面粗さが増大するためであると考えられる。その検証として、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic force microscopy)により、素子の保護層15を介して表面粗さを測定した。Agを厚くしたときに、AgとGdFeとの界面が荒れているために、Ag膜の上に成長したGFeの表面も粗くなり、保護層15の表面粗さが増大した。
【0091】
GdFe膜はフリー層として機能する磁性膜14であり、磁化反転が容易である必要がある。しかし、保磁力Hcの値が大きいほど、磁化反転が容易ではなくなってしまう。そこで、この磁性多層膜40のAgの膜厚を15[nm]以下とした光変調素子を作製することとする。これにより、GdFe膜の保磁力の上昇を抑制し、軟磁気特性の劣化を防ぐことができる。また、このように作製した光変調素子は、GdFe膜の磁化方向が容易に反転(回転)するため、所要磁化反転電流を下げることができる。
また、スピン注入によってフリー層の磁化反転を行うというスピン注入磁化反転では、スペーサ層が厚くなればなるほど、偏極スピン電子がそのままのスピンを維持したままフリー層に到達することが容易ではなくなるので、スピン注入効率が悪くなる。
このことから、Agの膜厚は、Agスペーサの下に位置するピンド層である磁性膜12との結合が切れる範囲でなるべく薄い方がよく、6[nm]以上15[nm]以下が望ましい。
【0092】
<5−5.Agスペーサの素子のMR特性>
次に、Agスペーサの素子において、スピン注入磁化反転に重要な要因であるMR特性(磁気抵抗変化)を調べた。具体的には、Agスペーサの素子において、Agの膜厚は6[nm]のままにして、素子サイズA(AAg)が約0.015〜0.048[μm2]の数十種類のCPP-GMR素子を同様に作製し、各素子のMR比を測定した。そして、各素子におよそ−3000[Oe]〜3000[Oe]の範囲で磁界を変化させて印加したときに、抵抗R(RAg)の変化を測定し、その抵抗変化からMR比を算出した。その結果を図9(a)に示す。
【0093】
比較として、Cuスペーサの磁性多層膜(以下、Cuスペーサの素子という)において、Cuの膜厚は6[nm]のままにして、素子サイズA(ACu)が約0.009〜0.0245[μm2]の数十種類のCPP-GMR素子を同様に作製し、抵抗R(RCu)の変化を測定し、各素子のMR比を測定した。その結果を図9(b)に示す。
【0094】
Agスペーサの素子とCuスペーサの素子についての図9(a)および図9(b)の全試料を比較する前に、全試料の中から一例として選択した、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子の概ね同程度の面積のサンプルのMR特性について比較する。
【0095】
選択したAgスペーサの素子の素子サイズAAgは、118[nm]×127[nm]=0.0150[μm2]である。Cuスペーサの素子の素子サイズACuは、94[nm]×152[nm]=0.0143[μm2]である。また、選択したAgスペーサの素子において抵抗RAgの最小値は4.5508[Ω]であり、Cuスペーサの素子において抵抗RCuの最小値は4.4937[Ω]であった。つまり、選択したAgスペーサの素子と、Cuスペーサの素子とは、面積抵抗RA[Ωμm2]が、ほぼ同程度である。
【0096】
このとき測定された抵抗変化を図10(a)および図10(b)にそれぞれ示す。図10(a)および図10(b)のグラフにおいて、横軸は磁界[Oe]を示し、縦軸は抵抗[Ω]を示す。なお、図10(a)および図10(b)のグラフを比較し易いように、グラフの縦軸のスケールを揃えたので、横軸のスケールは異なっている。両グラフから一目瞭然のように、Agスペーサの素子のMR比は、Cuスペーサの素子の場合の約2倍であった。
【0097】
詳細には、図10(a)に示すように、この選択したAgスペーサの素子の抵抗の最小値は、4.5508[Ω]であり、その抵抗の最大値は、4.5802[Ω]であった。Agスペーサの素子のMR比は、最小値に対する、これら最大値と最小値との差分の割合から求められ、0.1421[%]であった。
【0098】
また、図10(b)に示すように、この選択したCuスペーサの素子の抵抗の最小値は、4.4937[Ω]であり、その抵抗の最大値は、4.4972[Ω]であった。よって、Cuスペーサの素子のMR比は、0.0774[%]であった。
【0099】
前記したように、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子とは、面積抵抗RA[Ωμm2]がほぼ同程度であるため、素子の抵抗として、形状に起因するような特性の変化は無いはずであり、このようにMR比が2倍に向上した理由は、材料に起因する。
【0100】
次に、図9(a)および図9(b)を参照して、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子についての全試料を比較する。図9(a)に示すように、Agスペーサの数十種類の素子は、素子サイズA(AAg)が約0.015[μm2]のグループと、約0.03[μm2]のグループと、約0.034[μm2]のグループと、約0.048[μm2]のグループに大別される。すべてのグループは、MR比が0.1〜0.16[%]の範囲に含まれ、多くのAgスペーサの素子は、MR比が0.13〜0.14[%]の範囲に含まれている。
【0101】
一方、図9(b)に示すように、Cuスペーサの数十種類の素子は、素子サイズA(ACu)が約0.009[μm2]のグループと、約0.0143[μm2]のグループと、約0.022[μm2]のグループと、約0.0245[μm2]のグループに大別される。すべてのグループは、MR比が0.04〜0.1[%]の範囲に含まれ、多くのCuスペーサの素子は、MR比が0.07〜0.08[%]の範囲に含まれている。
【0102】
図9(a)および図9(b)に示す結果から、Agスペーサの素子の方が、MR比はおよそ2倍程度大きくなることが分かった。つまり、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、カー回転角が増加するだけではなく、MR比が約2倍に増加することが分かった。
【0103】
このうち、スペーサ材料をAgに変えることでMR比が約2倍に増加する現象が生じた原因は、AgとGdFeとの界面が急峻になったことが原因の1つであると考えられる。図10を参照して比較したように、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子とが面積抵抗RAがほぼ同程度のときに、MR比が約2倍に増加していることから、スピン依存散乱が増加したことも原因の1つであると考えられる。
【0104】
<5−6.Agスペーサの素子のスピン注入磁化反転>
次に、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造としたとしても、従来のCuスペーサの素子のようにスピン注入磁化反転ができることを確かめる実験を行った。このとき選択したAgスペーサの素子は、Agの膜厚が6[nm]であり、素子サイズAAgが、118[nm]×127[nm]=0.0150[μm2]である。この素子に、外部から、およそ−2000[Oe]〜2000[Oe]の範囲で磁界を変化させて印加したときに、抵抗R(RAg)の変化を測定した。その結果を図11(a)に示す。図11(a)のグラフにおいて、横軸は磁界[Oe]を示し、縦軸は抵抗[Ω]を示す。
【0105】
また、図11(b)は、この素子に、パルス幅10[μs]のパルス電流(スピン注入電流)を印加したときの、電流の大きさと、そのときの素子の抵抗値の関係を表したグラフである。図11(b)のグラフにおいて、横軸はスピン注入電流[mA]を示し、縦軸は抵抗[Ω]を示す。図11(a)および図11(b)のグラフを比較し易いように、グラフの縦軸のスケールを揃えた。両グラフから一目瞭然のように、外部磁界を印加したことによる磁気抵抗変化と、スピン電流を注入したことによる磁気抵抗変化とは、ほぼ同じ抵抗変化となっている。つまり、Agスペーサを用いたCPP-GMR素子において、スピン注入によってフリー層の磁化方向が反転していることが分かる。つまり、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造としたとしても、従来のCuスペーサの素子のようにスピン注入磁化反転ができることを確かめることができた。このことから、Agスペーサを用いた光変調素子にスピン注入することで、フリー層の磁化方向を反転させ、入射光を変調することができる。そして、この場合、Agスペーサの素子は、Cuスペーサの素子よりも、カー回転角が増大する。したがって、Agスペーサを用いた光変調素子は、従来よりも光変調度を向上させることが可能である。
【0106】
[6.空間光変調器の動作例]
ここでは、空間光変調器の動作例を、6−1.明暗状態の割当、6−2.明暗の中間状態の割当、6−3.スピン注入時間反転動作の各節に分けて説明する。
【0107】
<6−1.明暗状態の割当>
次に、本実施形態の空間光変調器1の動作について、図12を参照して説明する。ここでは、説明を簡単にするために、空間光変調器1は、1つの画素に1つの光変調素子10を有し、また、1つの画素のみを備えているものとして説明する。図12は、図2に示した光変調素子10の動作を模式的に示す説明図であって、(a)は初期状態、(b)は反転状態をそれぞれ示している。ただし、図12では、空間光変調器1の動作の概念を分かり易く示すことを主眼としているため、光変調素子10の保護層や下地層を図示していない。
【0108】
前提として、光変調素子10の磁性膜12は、磁化方向が所定方向(図では模式的に上方向の矢印で示す)に固定されている。また、磁性膜14は、初期状態では、図12(a)に示すように、例えば、磁化方向が磁性膜12における向きと反対方向(図では模式的に下方向の矢印で示す)に予め揃えられている。
【0109】
レーザ光源21から照射された光は、様々な偏光成分を含んでいるが、偏光フィルタ22によって、ある方向の偏光成分だけを含むようにフィルタリングされる。このフィルタリングされた光は、上部電極5の孔部6に設けられた透明電極7を介して光変調素子10の内部に入射し、この光変調素子10によって所定方向に反射される。なお、この所定方向には、スクリーン24が配置される。
【0110】
図12(a)に示す初期状態では、例えば、電流源9aは電流を流していない。あるいは、電流源9aは、電流を下部電極3から、磁性膜12,14および非磁性膜13を介して上部電極5(金属電極部および透明電極7)に向かう方向に流している。この初期状態では、反射光は、磁性膜14の磁化方向(図では模式的に下方向の矢印で示す)に従って偏光面を変えることがない。つまり、反射光は入射光と同じ偏光成分を有しており、偏光フィルタ23(偏光フィルタ22と同特性)を透過して、スクリーン24に到達して表示される。その結果、スクリーン24には、明るい映像が表示されることとなる。
【0111】
一方、図12(b)に示す反転状態では、例えば、電流源9aは電流を流している。あるいは、電流源9aは、電流を上部電極5(金属電極部および透明電極7)から、磁性膜12,14および非磁性膜13を介して下部電極3に向かう方向に流している。この電流によって、磁性膜12から非磁性膜13を介して磁性膜14へ電子がスピンを保ったまま注入されるため、磁性膜14の磁化方向は、磁性膜12と同じ向き(図では模式的に上方向の矢印で示す)となるように回転(反転)する。この反転状態では、反射光は、磁性膜14の磁化方向(図では模式的に上方向の矢印で示す)に従って磁気光学的カー効果により偏光面が回転する。つまり、反射光は入射光とは異なる偏光成分を有し、偏光フィルタ23を透過しないので、スクリーン24に到達できない。その結果、スクリーン24は暗くなることとなる。
【0112】
<6−2.明暗の中間状態の割当>
以上の空間光変調器1の動作は、1つの光変調素子10の動作として説明したが、1つの画素に2つの光変調素子10を有する場合は、同様に明暗状態を割り当てることができると共に、隣り合う光変調素子同士で磁気的な影響を与え合うために、その中間状態(明るさが弱い状態)を実現することができる。これについて図4を参照して説明する。
【0113】
前提として、磁性多層膜4a,4b,4c,4dの各磁性膜12は、磁化方向が所定方向(図では模式的に上方向の矢印で示す)に固定されているとする。また、各磁性膜14は、初期状態では、例えば、磁化方向が磁性膜12における向きと反対方向に予め揃えられているものとする。つまり、初期状態では、1つの画素に対応した透明電極7aの下の磁性多層膜4a,4bのように、2素子とも反平行(AP:anti parallel)であるものとする。このとき、反転状態では、図示は省略するが、各磁性膜14は、例えば、磁化方向が磁性膜12における向きと同じ方向、つまり、2素子とも平行(P:parallel)となる。
【0114】
一方、中間状態では、1つの画素に対応した透明電極7bの下の磁性多層膜4c,4dのように、一方がAP、他方がPの状態で安定になることがある。電流の大きさを変化させて供給することで、画素内のすべての光変調素子を磁化反転させたり、一部の光変調素子のみ磁化反転させたりすることができる。
【0115】
<6−3.スピン注入時間反転動作>
空間光変調器1の光変調素子10における磁性膜14の反転動作は、例えば、図1に示すように、上部電極5に孔部6を設けて当該孔部6に透明電極7を充填することにより実現できる。空間光変調器1では、上部電極全体を透明電極材料で形成した場合と比べて、光変調素子においてカー効果による磁化方向の反転(回転)が起こり易くなる。つまり、光変調の高速応答が可能となる。
【0116】
このように孔部6に透明電極7を配置するのは、電極の電気抵抗を下げることで、所要電圧を下げ、また高周波(短パルス)での駆動をやり易くする効果が顕著であるからである。また、上部電極5の孔部6以外の金属電極部は、透明電極7と比較して比抵抗が非常に小さいので、上部電極5と下部電極3とが対向する領域に配置された各画素に電流が行き渡り易くなる。このような構成によれば、仮に、上部電極5の全体が透明電極7で形成された場合と比較すると、例えば、9桁ほど大きな電流密度の電流を流すことができるので、光変調素子10に対してスピン注入することが可能となる。その結果、空間光変調器1は、スピン注入によって光変調素子を磁化反転させる構造とすることによって、画素サイズが微細化されると共に、光変調の高速応答が可能となる。
【0117】
以上説明したように、本実施形態によれば、光変調素子10は、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造にしたことで、磁気光学効果としてカー回転角を増大させることができる。その結果、変調度を改善できる。さらに、光変調素子10は、MR比が従来に比べて約2倍に増加するので、磁化反転層が磁化反転し易くなる。
【0118】
また、本実施形態によれば、空間光変調器1は、Agスペーサの素子をマトリクス状に配置したので、変調度を高めることができる。また、空間光変調器1は、上部電極5の一部に透明電極7を充填したので、画素サイズが微細化されると共に、光変調の高速応答が可能となる。また、空間光変調器1は、1画素内に、Agスペーサの素子を複数設けたので、Agスペーサの素子の磁化状態を、明暗およびその中間状態に割り当てることで、階調表示を実現できる。さらに、空間光変調器1は、選択された光変調素子に対して、スピン分極された電子を注入するので、光変調素子の状態変化に要する時間を短縮することができる。
【0119】
以上、本実施形態に基づいて本発明を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、光変調素子を構成する磁性多層膜の磁性膜12を2層構造としたが、1層でもよいし、3層以上でもよい。例えば、ピンド層が1層の場合には、TbFeCo膜だけを用いてもよい。また、ピンド層が2層の場合には、その組み合わせは、TbFeCo膜とCoFe膜とに限定されるものではない。
【0120】
また、光変調素子を構成する磁性多層膜の磁性膜14をGdFeとしたが、材料はこれに限定されず、例えば、MnBiでもよい。
また、例えば、磁性膜12,14は、それぞれ多層構造を有するものでもよい。例えば、Coからなる層と、Ptからなる層とを交互に5層ずつ積層した構成の多層構造、または、Coからなる層と、Pdからなる層とを交互に5層ずつ積層した構成の多層構造などでもよい。
また、図面に示した構成要素等の厚みや長さは、配置を明確に説明するために誇張して示してあるので、これに限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明は、ホログラフィー等の画像露光装置、ディスプレイ技術や記録技術、光コンピューティングに関連した技術分野に好適に適用されうる。
【符号の説明】
【0122】
1 空間光変調器
2 基板
3(3a,3b) 下部電極
4 磁性多層膜
40 磁性多層膜
41 磁性多層膜
140 磁性多層膜
5(5a〜5d) 上部電極
6(6a,6b) 孔部
7(7a,7b) 透明電極
8 絶縁部材
9 画素選択機構
9a 電流源
10 光変調素子
11 下地層
12 磁性膜(ピンド層)
13 非磁性膜(スペーサ層)
14 磁性膜(フリー層)
15 保護層(キャップ層)
WB 下部電極の幅
WT 上部電極の幅
LH 孔部の長さ
【技術分野】
【0001】
本発明は、表示装置やホログラフィー表示装置に用いられる光変調素子および空間光変調器に係り、特に、磁化の変化を用いた光変調素子および空間光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
光の位相や振幅を空間的に変調する光学素子は、ホログラフィーなどの画像露光装置に応用され、ディスプレイ技術や記録技術のなど分野で広く利用されている。また、このような光学素子は、2次元で並列に光情報を処理することができるため、光情報処理技術などへの応用も研究されている。
【0003】
代表的なSLM(Spatial Light Modulator)に液晶パネルを用いた空間光変調器がある。液晶パネルは、油状で透明な液晶材料が2枚の透明な基板で挟まれた構造をしている。透明な基板としては主にガラスが用いられることが多いがプラスチックを用いることもある。この透明な基板の内面には、液晶に電圧を印加する電極として透明電極が設けられている。透明電極の材料には、抵抗値が低く形状を作製するのが容易なインジウムスズ酸化物(ITO:Indium Tin Oxide)が広く用いられている。これらを用いてホログラフィーを再現しようと試みられているが、応答速度の遅さや画素の高精細性が不足しているために、像の再生は限定的なものに限られていた(非特許文献1参照)。
【0004】
画素の高精細化と応答速度の問題を解決するために、特許文献1または特許文献2に示すような磁性ガーネットのファラデー効果を利用した高速応答の磁気光学式空間光変調器(以降、MOSLM::Magneto-Optic SLM)の例が開示されている。
【0005】
特許文献1には、各ピクセルに対応した領域毎に個別に光反射膜を形成し、局所熱処理と光反射鏡により印加される応力とで各ピクセル間が磁気的に分離したMOSLMが記載されている。また、特許文献1には、各ピクセルの外形に一致するようにXY駆動ラインを形成し、局所熱処理とXY駆動ラインにより印加される応力とで、各ピクセル間が磁気的に分離されているMOSLMが記載されている。これらにより、特許文献1に記載の技術は、ピクセル間の距離をピクセルサイズ以下に狭めることが可能となる。また、磁性ガーネットがシングルドメイン構造(単磁区構造)を形成されていれば、XY駆動ラインにパルス電流を印加することによって、磁性ガーネットの磁化を反転させることができる。
【0006】
特許文献2に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインヘの通電が合致したピクセルに対して合成磁界を印加し、選択的に磁化反転をする構造となっている。
【0007】
ところで、スピン注入磁化反転技術(STS:Spin Transfer Switching)は、サブミクロン以下の小さな磁性体の磁化を反転させる技術として注目されている(非特許文献2参照)。STSを用いることで、ギガビット(Gbit)級の超高密度な磁気ランダムメモリ(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory)への応用が期待されている。また、近年、メモリヘの応用だけでなく、磁気光学効果とSTSとを組み合わせることで光を変調する光変調素子が提案されている。
【0008】
本願発明者らは、これまでに、磁化方向の変化を用いて画素選択を行う撮像装置において、スピン注入により磁化反転されるスピン注入型磁化反転素子と、偏光手段とを用いて、画素選択を行うことを提案している(特許文献3参照)。この特許文献3に記載されたように、スピン注入により磁化反転を行う光変調器は、入射光の偏光面を変えることで、光を変調させる方式であるために高速・高精細が可能である。
【0009】
また、本願発明者らは、磁気光学効果を用いた空間光変調器において、膜面に垂直な垂直磁気異方性を有する磁性材料から構成されている磁性膜を用いることを提案している(特許文献4参照)。特許文献4に記載された空間光変調器は、磁性膜の少なくとも1つが垂直磁気異方性を有する磁性材料から構成されているため、膜面に平行な面内磁気異方性を有する磁性材料と比較して磁気光学効果を大きくすることができる。そのため、入射光の光変調度(偏光度)を大きくすることが可能となり、かつ低消費電力にすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005−70701号公報
【特許文献2】特開2005−221841号公報
【特許文献3】特開2008−60906号公報
【特許文献4】特開2009−139607号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】T. Sonehara,H. Miura,and J. Amako: Proceeding of 12th International Display Research Conferences (1992)315.
【非特許文献2】E. B. Mayer, D. C. Ralph,J. A. Katine,R. N. Louie,and R. A. Buhrman :Science 285 (1999)867
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
SLMにおいては、画素サイズ(画素ピッチ)を微細化すると共に、応答を高速化することが要望されている。しかしながら、液晶パネルを用いたSLMでは、画素サイズを数μm以下とするような微細化が困難であると共に、印加電圧に対する応答時間が数十μs程度と比較的遅いという問題がある。
【0013】
また、特許文献1に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインを、画素の内側に収まり且つ画素の外形に一致するように形成した構造となっているので、画素サイズを数μm以下とするような微細化が困難である。また、特許文献2に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインへの通電による合成磁界を利用するために、画素を微細化すると隣接した画素へのクロストークが大きくなってしまうという問題がある。
【0014】
これに対して、特許文献3、4に記載されたスピン注入型の光変調素子は、印加電圧に対する応答時間が数ns程度であり、画素サイズもサブミクロンが可能であるので高性能である。しかしながら、ホログラフィー表示装置やホログラム記録装置への応用を考えた場合には、光変調度が充分に大きいとは言えず、そのため、コントラストが弱くなってしまう。つまり、特許文献3、4の技術には、光変調度を大きくする技術にさらなる改良の余地があり、光変調度を改善することが望まれていた。
【0015】
光変調度は磁気光学効果と密接に関係しており、カー(Kerr)効果やファラデー効果による旋光の角度(カー回転角やファラデー回転角)が大きくなれば、光変調度も大きくなる。そのため、従来の磁気光学効果を用いた光変調素子の研究分野では、例えばGMR(Giant Magneto Resistance)素子やTMR(Tunneling Magneto Resistance)素子のようなスピン注入磁化反転素子を用いた光変調素子を構成する磁性膜部分において材料等の条件を工夫することで磁気光学効果の改善が図られてきた。つまり、光変調素子を構成する磁性膜部分として、例えばピンド層(磁化固定層)およびフリー層(磁化反転層)の材料等の条件が着目されてきた。一方で、ピンド層とフリー層とに挟まれた中間層であって、非磁性膜からなるスペーサ層については、磁気光学効果の改善という観点では着目されてこなかった。そのため、光変調素子を構成するスピン注入磁化反転素子のスペーサ層については、光変調度を大きくするために最適な材料等の条件がこれまで知られていないという問題があった。
【0016】
そこで、本発明では、従来のスピン注入磁化反転素子のスペーサ層については、光変調度を大きくするために最適な材料等の条件が不明であったという問題を解決し、光変調素子による磁気光学効果を改善することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記課題を解決するために、本発明の請求項1に記載の光変調素子は、1層以上の磁性膜を含む磁化固定層と、非磁性膜からなる中間層と、光の入射側に配置された1層以上の磁性膜を含む磁化反転層とがこの順番に積層された磁性多層膜と、前記磁性多層膜に電流を流すための前記磁化反転層側の透明電極および前記磁化固定層側の金属電極とを備え、前記透明電極を介して前記磁性多層膜に入射する光を変調する光変調素子において、前記磁性多層膜は、前記非磁性膜が、膜厚6nm以上20nm以下のAgからなることとした。
【0018】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化固定層と磁化反転層との間の中間層を、従来のCuスペーサに代えてAgスペーサとして、Agスペーサの膜厚を6〜20nmとすることで、磁気光学効果としてカー回転角を増大させることができる。このことは実験で確かめることができた。そのため、かかる構成によれば、光変調素子は、光変調度が向上する。また、かかる構成の光変調素子は、MR比(magneto resistance ratio)が従来のCuスペーサの光変調素子と比べて約2倍に増加することが実験で確かめることができた。したがって、磁化反転層が磁化反転し易くなる。
【0019】
また、本発明の請求項2に記載の光変調素子は、請求項1に記載の光変調素子において、前記非磁性膜が、膜厚6nm以上15nm以下のAgからなることとした。
【0020】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化固定層と磁化反転層との間のAgスペーサの膜厚を15nm以下とすることで、磁化反転層の保磁力の上昇を抑制し、磁気特性の劣化を防ぐことが可能となる。したがって、Agスペーサの膜厚を15nm以下とした範囲では、磁化反転層の保磁力の上昇を抑制するので、光変調素子では、磁化反転層の磁化方向が容易に反転(回転)する。そのため、所要磁化反転電流を下げることができ、スピン注入磁化反転を利用する場合に、スピン注入効率を高めることができる。
【0021】
また、本発明の請求項3に記載の光変調素子は、請求項1または請求項2に記載の光変調素子において、前記磁性多層膜は、前記磁化反転層および前記磁化固定層に含まれる磁性膜が、垂直磁気異方性を有する磁性材料からなることとした。
【0022】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化方向が膜面に垂直な垂直磁気異方性を有する磁性材料から形成されている磁性膜を含むので、磁化方向が膜面に平行な面内磁気異方性を有する磁性材料から形成されている場合に比べて、磁気光学効果が大きく、光変調度が高くなる。
【0023】
また、本発明の請求項4に記載の光変調素子は、請求項3に記載の光変調素子において、前記磁性多層膜は、前記磁化反転層に含まれる磁性膜が、GdFeから形成され、前記磁化固定層が、TbFeCo膜と、このTbFeCo膜に積層されて前記非磁性膜に接触したCoFe膜とを含むこととした。
【0024】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化反転層に含まれる磁性膜がGdFeから形成されてGdを含むためその磁気異方性が小さく、磁化反転層の保磁力を小さくすることができる。そのため、磁化反転層は、スピン分極された電子の注入によって磁化が容易に反転し易い。また、光変調素子は、磁化固定層に含まれる磁性膜がTbFeCo膜を含むため、Tbによって磁化固定層の保磁力を大きくすることができる。そのため、磁化固定層は、磁化方向が外部磁界によって容易に変わらないように形成することができる。さらに、光変調素子は、磁化固定層がCoFe膜とTbFeCo膜とからなる2層構造を有しており、CoFe膜およびTbFeCo膜は交換結合によって磁気的に結合しているために、面内に向きやすい性質をもったCoFe膜の磁化は垂直方向に保たれる。そして、スピン分極の高いCoFe層を通過することによってスピン分極した電子が磁化固定層から磁化反転層へ移動することができる。このことによってスピン注入磁化反転を利用する場合に、スピン注入効率を高めることができる。
【0025】
また、前記課題を解決するために、本発明の請求項5に記載の空間光変調器は、請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の光変調素子をマトリクス状に並べて構成された空間光変調器であって、前記マトリクスの行方向および列方向のうちの一方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設された複数の下部電極と、前記マトリクスの行方向および列方向のうちの他方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設されると共に前記下部電極の配設間隔と同じ間隔で複数の貫通孔が設けられた複数の上部金属電極とを備え、前記光変調素子の前記基板側の金属電極は、前記下部電極を構成し、前記光変調素子の前記入射光側の透明電極は、前記上部金属電極に設けられた貫通孔に充填されて形成されていることとした。
【0026】
かかる構成によれば、空間光変調器は、Agスペーサの光変調素子を用いているので、磁気光学効果が増大し、光変調度が向上する。また、かかる構成によれば、空間光変調器は、複数の光変調素子に共通となるように延設された上部金属電極に設けた複数の貫通孔に充填された透明電極を介して、光変調素子に効率よく光を入射することができる。また、かかる構成によれば、空間光変調器は、上部電極をすべて透明電極とする場合に比べて抵抗を下げ、電流密度を高めることができる。したがって、スピン注入磁化反転を利用する場合に、スピン注入効率を高めることができる。
【0027】
また、請求項6に記載の空間光変調器は、請求項5に記載の空間光変調器において、前記下部電極と前記上部電極との交差点のそれぞれにおいて、水平方向に複数の前記光変調素子を設けたこととした。
【0028】
かかる構成によれば、空間光変調器では、下部電極と上部電極との交差点のそれぞれにおいて、隣り合う光変調素子同士で磁気的な影響を与え合うことができる。ホログラフィー表示に必要な高精細性確保には、下部電極と上部電極との幅や間隔は1μm以下であることが好ましい。同一画素内に1μm以下の間隔で配置した複数の光変調素子は、磁気的な影響を強く与え合うことができる。そして、この場合に、予め定められた大きさの電流を供給することで、隣り合う光変調素子それぞれの磁化反転層の磁化方向が異なる方向を安定的に示すことができる。つまり、空間光変調器では、電流の大きさを変化させて供給することで、画素内のすべての光変調素子を磁化反転させたり、一部の光変調素子のみ磁化反転させたりすることができる。そのため、上部電極の貫通孔に充填された透明電極の部分を単位とした1画素において、階調表示が可能となる。
【0029】
また、請求項7に記載の空間光変調器は、請求項5または請求項6に記載の空間光変調器において、前記光変調素子の磁化反転層の磁化方向を変化させるために電流を注入する電流源と、前記マトリクス状に並べられた光変調素子を画素として選択する画素選択手段とをさらに備えることとした。
【0030】
かかる構成によれば、空間光変調器において、画素選択手段と電流源とによって、選択された光変調素子に対して、スピン分極された電子を注入することができる。空間光変調器は、このようにスピン注入磁化反転を用いることで、光変調素子の状態変化に要する時間を短縮することができる。
【発明の効果】
【0031】
請求項1に記載の発明によれば、光変調素子は、磁気光学効果としてカー回転角を増大させることができるため、光変調度が向上する。また、光変調素子は、MR比が従来に比べて約2倍に増加するので、磁化反転層が磁化反転し易くなる。
【0032】
請求項2に記載の発明によれば、光変調素子は、磁化反転層の保磁力の上昇を抑制し、軟磁気特性の劣化を防ぐことが可能となる。また、光変調素子は、磁化反転層の磁化方向が容易に反転(回転)するため、所要磁化反転電流を下げることができる。
【0033】
請求項3に記載の発明によれば、光変調素子は、面内磁気異方性を有する磁性材料から形成されている場合に比べて、磁気光学効果が大きく、光変調度が高くなる。
【0034】
請求項4に記載の発明によれば、光変調素子は、磁化反転層および磁化固定層をなす磁性膜が好適な材料で形成されているため、磁化反転層は磁化が容易に反転し易く、磁化固定層は磁化方向が外部磁界の影響を受けにくい。また、光変調素子は、スピン分極された電子が垂直方向のスピン分極を保ったまま移動することができるので、スピン注入効率を高めることができる。
【0035】
請求項5に記載の発明によれば、空間光変調器は、下部電極と上部電極との交差点に透明電極を配し、その他の部分に、透明電極よりも比抵抗の小さい金属電極を配することによって、光変調素子に効率よくスピン注入できる。その結果、画素サイズを微細化すると共に、光変調の高速応答が可能となる。
【0036】
請求項6に記載の発明によれば、空間光変調器は、下部電極と上部電極との交差点のそれぞれに配された、隣り合う光変調素子同士で磁気的な影響を与え合うことができる。したがって、上部電極の貫通孔に充填された透明電極の部分を単位とした1画素において、階調表示が可能となる。
【0037】
請求項7に記載の発明によれば、空間光変調器は、選択された光変調素子に対して、スピン分極された電子を注入することができる。したがって、空間光変調器は、光変調素子の状態変化に要する時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の実施形態に係る空間光変調器の構成を模式的に示す説明図であって、(a)は上から視た図、(b)は横から視た図である。
【図2】図1に示した空間光変調器を構成する光変調素子のxz平面の断面図である。
【図3】図2に示した磁性多層膜の一例を示す断面図である。
【図4】図1に示した空間光変調器を構成する光変調素子のyz平面の断面図である。
【図5】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜の磁気光学特性を示す図であって、(a)は本発明の実施例のカー回転角、(b)は比較例のカー回転角をそれぞれ示している。
【図6】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜の構造とその比較を示す図であって、(a)は本発明の実施例の構造、(b)は比較例の構造をそれぞれ示している。
【図7】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜においてGdFe膜厚を変化させたときのカー回転角とその比較を示すグラフである。
【図8】本発明の実施例の光変調素子を構成する磁性多層膜においてAg膜厚を変化させたときの特性を示すグラフであって、(a)はAg膜厚とカー回転角との関係、(b)はAg膜厚とGeFe膜の保持力との関係をそれぞれ示している。
【図9】本発明の実施例の光変調素子において素子サイズを変化させたときのMR比とその比較を示すグラフであって、(a)は本発明の実施例、(b)は比較例をそれぞれ示している。
【図10】図9に示す光変調素子のうち素子サイズが同様な実施例および比較例に対して外部磁界を変化させたときの抵抗とその比較を示すグラフであって、(a)は本発明の実施例、(b)は比較例をそれぞれ示している。
【図11】本発明の実施例の光変調素子の磁気抵抗変化を示すグラフであって、(a)は外部磁界による磁気抵抗変化、(b)はスピン注入による磁気抵抗変化をそれぞれ示している。
【図12】図1に示した空間光変調器を構成する光変調素子の動作を模式的に示す説明図であって、(a)は初期状態、(b)は反転状態をそれぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0039】
図面を参照して本発明の光変調素子および空間光変調器を実施するための形態について詳細に説明する。以下では、説明の都合上、1.空間光変調器の構成、2.光変調素子の構成、3.空間光変調器の製造方法、4.光変調素子の具体例、5.磁性多層膜の磁気光学効果の特性、6.空間光変調器の動作例の各章について順次説明することとする。
【0040】
[1.空間光変調器の構成]
本発明の実施形態に係る空間光変調器の概要について図1〜図4を参照して説明する。図1および図4は、主として空間光変調器を示し、この空間光変調器を構成する光変調素子を図2および図3に示す。図2は、図1のA−A線断面(xz平面の断面)を示し、図4は、図1のB−B線断面(yz平面の断面)を示す。
【0041】
空間光変調器1は、図1(a)に示すように、平面視で、複数の上部電極5と複数の下部電極3とが互いに直交して、磁性多層膜4を挟んで上下に配設された構成を有している。上部電極5と下部電極3との交差点が画素を形成し、この画素には、2つの磁性多層膜4を備える。磁性多層膜4は、図2に示すように、その上下の電極と共に光変調素子10を構成している。このように磁性多層膜4を所望の素子サイズに加工して電極を含めたときには光変調素子と呼称し、電極を含めないときには磁性多層膜と呼称する。
【0042】
図1の空間光変調器1は、図2の光変調素子10を1画素に例えば2素子ずつの組をマトリクス状に並べて構成されている。本実施形態の空間光変調器1において、1つの画素は、2つの光変調素子10を備えるものに限定されるものではない。また、ここでは、一例として縦2×横4のマトリクス状に2次元配列した。
【0043】
図1に示す例では、金属電極である下部電極3(3a,3b)は、マトリクスの行方向に並べられた各光変調素子10に共通となるように延設されている。また、金属電極である上部電極5(5a〜5d)は、マトリクスの列方向に並べられた各光変調素子10に共通となるように延設されている。
【0044】
上部電極5には、貫通孔である複数の孔部6が設けられている。孔部6は、下部電極3の上に位置しており、孔部6の間隔は、下部電極3の配設間隔と同じ間隔である。上部電極5の各孔部6には、透明電極7が充填されており、入射光用の窓となっている。このような構成によれば、仮に、上部電極の全体が透明電極で形成された場合と比較すると、電気抵抗を非常に小さくすることができ、非常に大きな電流密度の電流を流すことができるので、光変調素子10にスピン注入することが可能となる。
【0045】
また、光変調素子10は、図1(b)に示すように、正面視で、基板2上に形成された下部電極3と、下部電極3の上に形成された磁性多層膜4と、磁性多層膜4の上に形成された上部電極5とを備えている。
【0046】
基板2は、例えば、シリコン(Si)、酸化シリコン(SiO2)、酸化マグネシウム(MgO)、ガラス等から成る。
下部電極3および上部電極5は、例えば、Cu、Al、Ta、Cr等の金属や合金等からなる一般的な電極用金属材料で形成される。
【0047】
透明電極7は、図4に示すように磁性多層膜4を覆うように配設されており、入射光が磁性多層膜4に効率よく到達できるように、インジウムスズ酸化物(ITO)等の一般的な透明電極材料を用いて構成されている。なお、図1(b)に示す透明電極7は、その上端が上部電極5の上端から突出しているが、面一となるように形成することもできる。
【0048】
図1(b)に示すように、磁性多層膜4と、磁性多層膜4との間の空間は、絶縁部材8で充填されている。また、絶縁部材8は、図4に示すように、下部電極3と上部電極5との隙間や、互いに隣り合った下部電極3と下部電極3との隙間にも堆積されている。また、絶縁部材8は、図示は省略するが、互いに隣り合った上部電極5と上部電極5との隙間にも配設されている。これにより、空間光変調器1において、マトリクス状に配置された画素の部分(画素アレイ)、すなわち上部電極5と下部電極3とが交差する地点にしか電流が流れないようになっている。この絶縁部材8は、例えば、SiO2やAl2O3等から成る。
【0049】
本実施形態では、空間光変調器1は、図1(b)に示すように、さらに、画素選択機構9と電流源9aとを備える構成とした。画素選択機構9は、マトリクス状に並べられた光変調素子10を画素として選択するものであり、図示を省略するが、行ドライバ、列ドライバ、各ドライバに信号を供給する信号処理回路等から構成されている。
【0050】
ここでは、画素選択機構9は、電流源9aを包含することとした。電流源9aは、上部電極5および下部電極3に接続され、光変調素子10にスピン注入するものである。電流源9aは、パルス電流または直流電流を光変調素子10に供給する。以上が、空間光変調器1の全体の概要である。
【0051】
[2.光変調素子の構成]
ここでは、光変調素子の構成を、2−1.光変調素子の概要、および、2−2.磁性多層膜の概要の各節に分けて説明する。
【0052】
<2−1.光変調素子の概要>
光変調素子10は、図2に断面を示すように、下部電極3と、磁性多層膜4と、透明電極7とを備えている。なお、図2では、1画素の領域を示しているが空間光変調器1は、2次元マトリクス状に配列された複数の画素を有している。
磁性多層膜4は、例えば、CPP(Current Perpendicular to the Plane)−GMR素子から構成され、図2に示すように、下地層11と、磁化固定層としての磁性膜12と、中間層としての非磁性膜13と、磁化反転層としての磁性膜14と、保護層15とをこの順に積層されて形成されている。
【0053】
磁性膜12は、基板2(図1参照)側に配置され、磁化方向が所定の方向に固定された磁化固定層(以下、ピンド層とよぶ)をなす磁性膜である。ピンド層は、1層以上の磁性膜12を備える。また、磁性膜12においては、例えば、図4に上向き矢印で示す方向に磁化方向が固定されている。
【0054】
非磁性膜13は、磁性膜12と磁性膜14とに挟まれた中間層(以下、スペーサ層とよぶ)をなす。この非磁性膜13のスペーサ材料を従来のCuからAgに変え、非磁性膜13を予め定められた膜厚で形成したことが本発明の特徴である。非磁性膜13の詳細は後記する。
【0055】
磁性膜14は、光の入射側に配置され、磁化方向が予めピンド層の磁化方向と同一または反対方向に磁化された磁化反転層(以下、フリー層とよぶ)をなす磁性膜である。このフリー層の磁化方向は、固定されておらず、スピン分極された電子が注入されることによって容易に回転(反転)することができる。磁性膜14は、磁気光学的カー効果が生じ、偏極率が比較的高い強磁性体から構成されることが好ましい。ここで、偏極率が低いほど磁化反転に必要な電流の値が大きくなる。
【0056】
下地層11は、必要に応じて設けられ、例えば、Cu、Al、Au、Ru等で形成することができる。また、保護層(キャッピング層)15は、微細加工プロセス中に磁性膜14が受けるダメージを保護する層であり、例えば、Cu、Al、Au、Ru等で形成することができる。
【0057】
<2−2.磁性多層膜の概要>
光変調素子10を構成する磁性多層膜4において、フリー層をなす磁性膜12は、垂直磁気異方性を有する磁性材料で形成されている。
磁性多層膜4において、ピンド層をなす磁性膜14は、垂直磁気異方性を有する磁性材料で形成されている磁性膜を含んでいる。
【0058】
このようにピンド層およびフリー層を構成する磁性膜が、垂直磁気異方性を有する材料で構成されていることによって、スピン注入磁化反転によって、磁化方向が、磁性膜に垂直な方向に反転する。この磁性多層膜4における大きな磁気光学効果によって、大きな光変調度で出射光を変調して制御することが可能となると共に、飽和磁化の低減によって磁性膜における磁化反転に要する電流を低減して消費電力を低減できる。
【0059】
垂直磁気異方性を有する磁性材料としては、例えば、Fe、Co、Niおよびその合金、ならびにSm、Eu、Gd、Tb等の希土類金属を含む合金からなる群から選ばれる少なくとも1種が用いられる。
また、磁性膜を構成する磁性材料の磁化補償温度の前後では、磁化のスイッチング特性が逆転することから、そのスイッチング特性の逆転を防止するため、空間光変調器1の動作温度以下であることが好ましい。
【0060】
また、ピンド層をなす磁性膜12は、外部磁界によって磁化方向が変わらないように保磁力を大きくする観点から、Tbを含むことが好ましく、例えば、Tbと、Fe、Co等の遷移金属とを含む合金で形成されていることが好ましい。
【0061】
特に、ピンド層をなす磁性膜12として、TbFeCo膜とCoFe膜とからなる2層構造を有するピンド層は、CoFe膜を含むことによって、垂直方向のスピン分極を保ったまま、スピン注入効率を高めることができることから、好ましい。この場合、TbFeCo膜とCoFe膜とは、通常、膜厚比がTbFeCo膜/CoFe膜が20/1で形成される。ここで、TbFeCo膜は、垂直磁化膜であって下地層11側に積層され、CoFe膜は、面内磁化膜であって非磁性膜13側に積層されるが、厚いTbFeCo膜との交換結合により、薄いCoFe膜の磁化は垂直方向に向く。
【0062】
フリー層をなす磁性膜14は、スピン分極された電子の注入によって磁化が容易に反転し易い観点から、保磁力を小さくするために、Gdを含むことが好ましく、例えば、Gdと、Feおよび/またはCoとを含む合金で形成されていることが好ましい。また、磁性膜を構成する磁化補償温度を、空間光変調器の動作温度以下にするために、GdとFeの含有割合は、Gdが25at%以下であることが好ましい。
【0063】
また、フリー層をなす磁性膜14は、大きい磁気光学効果が得られることから、MnおよびBiを含むことが好ましい。
【0064】
[3.空間光変調器の製造方法]
ここでは、空間光変調器の製造方法を、3−1.光変調素子の製造方法の概要、3−2.空間光変調器の製造方法の概要、3−3.空間光変調器の製造方法の具体例の各節に分けて説明する。
【0065】
<3−1.光変調素子の製造方法の概要>
光変調素子10を製造する方法は、以下の通りである。光変調素子10は、磁性多層膜4を形成する各層や電極を、例えば、スパッタリング法や蒸着法などで成膜することによって形成することができる。例えば、基板2上に、スパッタリング法や蒸着法によって、下部電極3を構成する金属膜を成膜した後、電子ビームやフォトリソグラフィを用いて下部電極3を形成する。次に、磁性多層膜4として、下地層11、ピンド層となる磁性膜12、スペーサ層となる非磁性膜13、フリー層となる磁性膜14および保護層15となる材料を、この順で積層した後、その上に、電子ビームやフォトリソグラフィを用いて井桁状にレジストからなるパターンを形成し、イオンミリングやドライエッチングを用いてピンド層となる磁性膜12がなくなるまでエッチングを行う。また、磁性膜12をエッチングせず、スペーサ層までエッチングを行ってもよい。その後、上部電極5を形成し、透明電極7を形成することによって、光変調素子10を形成することができる。
【0066】
<3−2.空間光変調器の製造方法の概要>
空間光変調器1の各光変調素子10を製造する方法は、以下の通りである。なお、空間光変調器1では、各画素の領域が一度に製造される。まず、光変調素子10と隣接する光変調素子10との間の空間を、例えば、SiO2等の絶縁部材8で封止して、DCスパッタ法により金属電極である上部電極5を積層した後に、フォトリソグラフィ法等によって、積層した金属電極を所望の形状にパターニングして、金属電極に所定数(図1では4個)の孔部6を形成する。そして、RFスパッタ法により各孔部6に透明電極材料を積層して透明電極7とすることで各画素を形成する。
【0067】
<3−3.空間光変調器の製造方法の具体例>
図1に示す空間光変調器1は、Siなどの基板2の上に、幅WBが1.0[μm]、間隔が0.3[μm]となるようにCuで作製した下部電極3(3a,3b)を具備している。下部電極3がこのサイズの場合に、上部電極は、幅WTを例えば0.9[μm]にすることができる。この場合、孔部6の一辺の長さLHを例えば0.6[μm]にすることができる。この場合、磁性多層膜4を平面視で、例えば、0.15×0.4[μm]の大きさにすることで、2つの磁性多層膜4を1画素内に、例えば0.1[μm]程度の間隔を空けて配置することができる。
【0068】
下部電極3は、例えば、以下の手順で作製できる。まず、基板2の上にレジストのパターンを作製し、ドライエッチングなどの方法でエッチングを行い、Cuなどの低抵抗材料をメッキにて成膜する。この後、CMP(Chemical Mechanical Polishing;化学機械研磨)などの方法で平たん化することで電極パターンが形成される。
【0069】
この下部電極3が作製された後、図1に示す下部電極3上には、2層の磁性膜12,14および非磁性膜13の3層を含む巨大磁気抵抗多層膜(GMR多層膜)である磁性多層膜4が積層される。そして、1画素領域において、磁性多層膜4を、例えば、0.15×0.4[μm]の大きさにそれぞれ加工することで、2つの光変調素子10を形成する。ここで、素子のサイズは、0.1−0.5×0.1−0.5[μm]程度が望ましい。その理由は、素子が単磁区を形成し易いからである。この場合、1画素領域において、2つの光変調素子10が所定間隔をあけて磁気的な影響を与え合うことができるように、細長い形状とする。このGMR膜は、例えば、スパッタなどの方法にて作製する。
【0070】
素子は、例えば、以下の手順で加工することができる。まず、電子ビーム描画装置などを用いて、例えば、0.15×0.4[μm]の大きさに加工したレジストパターンを形成し、イオンミリングなどの方法でピンド層までをエッチングし、エッチングした分とほぼ同じ厚さになるように、SiO2などの絶縁部材8を製膜する。この後、レジスト剥離液中で超音波洗浄を行うことでレジストをリフトオフする。続いて、例えばCuを金属材料として上部電極5を形成する。このとき、同様のフォトリソグラフィ、Cu製膜、およびリフトオフにより形成する。なお、パターニングにより孔部6を形成する。さらに、同様な方法で、孔部6を充填するように透明電極7を形成し、図1に示すような空間光変調器1の構造を得ることができる。
【0071】
[4.光変調素子の具体例]
作製した光変調素子の具体例を図3に示す。なお、図3では、従来のCuスペーサに代えてAgスペーサとした光変調素子による磁気光学効果の増大を説明するため、透明電極7や上部電極5を省略した磁性多層膜を示した。磁性多層膜40は、図1に示す磁性多層膜4の1つの具体例のCPP−GMR膜である。
【0072】
図3に示すように、磁性多層膜40は、下地層11にRuを用い、ピンド層としての磁性膜12をTbFeCoおよびCoFeの2層構造とし、スペーサ層としての非磁性膜13にAgを用い、フリー層としての磁性膜14にGdFeを用い、保護層15にRuを用いたものである。
【0073】
ここで、各層の膜厚は、以下のように設定することが好ましい。GdFeの膜厚は、5〜20[nm]、TeFeCoの膜厚は、10〜30[nm]程度がよい。Agの膜厚は、6〜20[nm]、好ましくは、8〜15[nm]程度がよい。下地層11の膜厚は、通常、1〜10[nm]程度であり、保護層15の膜厚は、通常、1〜5[nm]程度である。以下では、このAgスペーサの磁性多層膜40を単に、Agスペーサの素子という。
【0074】
[5.磁性多層膜の磁気光学効果の特性]
ここでは、磁性多層膜の磁気光学効果の特性を、5−1.Agスペーサの素子のカー回転角、5−2.GdFe膜厚を変更したときのカー回転角、5−3.Ag膜厚を変更したときのカー回転角、5−4.Ag膜厚を変更したときの保磁力、5−5.Agスペーサの素子のMR特性、5−6.Agスペーサの素子のスピン注入磁化反転の各節に分けて説明する。
【0075】
<5−1.Agスペーサの素子のカー回転角>
ここでは、作製した光変調素子の磁気光学効果として、図3の膜構造の磁性多層膜に、波長780[nm]のレーザ光を照射し、外部から、−1.0〜+1.0[kOe]の範囲で磁界をかけたときのカー回転角を測定した。このときの測定結果を図5(a)に示す。つまり、図5(a)は、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えたAgスペーサのGMR多層膜の磁気光学特性としてカー回転角θkを示す。図5のグラフにおいて、横軸は、磁界[kOe]を示し、縦軸は角度θ[deg]を示す。なお、1[Oe]=79.577[A/m]で換算可能である。
【0076】
このような磁気光学特性を示す磁性多層膜41の膜構造を図6(a)に示す。図6(a)において、材料名の横のカッコ内の数字は、膜厚を示しており、その単位はnmである。例えば、非磁性膜13は、膜厚6[nm]のAgで構成され、磁性膜14は、膜厚10[nm]のGdFeで構成されている。
【0077】
また、このAgスペーサの磁性多層膜41の比較として、スペーサ材料を従来のCuに変えたCuスペーサの磁性多層膜140の構造を図6(b)に示す。また、このCuスペーサの磁性多層膜140の磁気光学特性としてカー回転角θkを図5(b)に示す。
【0078】
図5(a)に示すように、Agスペーサの磁性多層膜41に対して、−1.0〜+1.0[kOe]の範囲で磁界を変化させたとき、磁界が負の方向のときには角度θの最小値が−0.1393[deg]であり、磁界が正の方向のときには角度θの最大値が+0.1405[deg]であった。素子に磁界を印加したときの反射光の偏光の角度変化を示すカー回転角θkは、磁界印加時の角度の絶対値の平均として、これら最大値と最小値との差分の1/2から求められ、0.140[deg]であった。
【0079】
一方、Cuスペーサの磁性多層膜140に対して、−1.0〜+1.0[kOe]の範囲で磁界を変化させたとき、磁界が負の方向のときには角度θの最小値が−0.1113[deg]であり、磁界が正の方向のときには角度θの最大値が+0.1130[deg]であった。その結果、カー回転角θkは、0.112[deg]であった。
【0080】
つまり、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、カー回転角θkは27%増加することが分かった。光の変調度は、このカー回転角θkに大きく依存することが知られており、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、変調度を改善できることが分かった。
【0081】
<5−2.GdFe膜厚を変更したときのカー回転角>
続いて、Agスペーサの上のGdFe膜の膜厚を変更した場合に、カー回転角が増加する現象が同様に観測されるか確かめる実験を行った。ここでは、Agスペーサの上のGdFe膜の膜厚を変更して素子サイズが120×120[nm2]〜120×300[nm2]の複数種類の素子を、DCマグネトロンスパッタにて製膜を行った。また、CPP−GMR作製プロセスは190℃以下で行われるが、このプロセスにおいて特性変化がないようにするために、製膜後190℃で1時間の熱処理(アニール)を行った。そして、作製した各素子に対して同様に磁界を印加したときのそれぞれのカー回転角を求めた。その結果を図7に示す。なお、Agスペーサの膜厚は6[nm]のままである。
【0082】
Agスペーサの上に積層されるGdFe膜の膜厚を、それぞれ、7,10,12,15[nm]とした4種類の素子では、GdFe膜の膜厚を大きくしていくと、カー回転角も同様に大きくなった。また、比較例として、Cuスペーサの上に積層されるGdFe膜の膜厚を、それぞれ、7,10,13[nm]とした3種類の素子では、GdFe膜の膜厚を大きくしていくと、カー回転角も同様に大きくなった。これら測定したいずれのGdFe膜厚においても、Agスペーサの磁性多層膜が、Cuスペーサの磁性多層膜と比較して、およそ20%程度大きいカー回転角を示した。これにより、Agスペーサの上のGdFe膜の膜厚を変更した場合であっても、カー回転角が増加する現象が同様に観測されることが分かった。
【0083】
スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、カー回転角が増加する原因はまだ解明されてはいない。実験で作製したGdFeのそれぞれの膜厚は、光の侵入長より小さいものであった。そのため、スペーサ層(AgまたはCu)に到達した光が反射される割合の違いが、カー回転角に影響したのではないかと考えることができる。つまり、Agの反射率がCuの反射率よりも大きいことが、カー回転角が増加した原因ではないかと考えることができる。
【0084】
<5−3.Ag膜厚を変更したときのカー回転角>
Agの反射率がCuの反射率よりも大きいことが、カー回転角が増加した原因であることを確認するために次の実験を行った。この実験では、Agの膜厚を増加させれば、スペーサ層に到達した光が反射される割合が増加するので、カー回転角が増加するはずであるという仮説をたて、これを検証した。
【0085】
Ag膜の膜厚を、それぞれ、8,10,15,20[nm]として同様に4種類の磁性多層膜を作製し、アニール前の各試料のカー回転角θkを同様に測定した後、アニール後の各試料のカー回転角θkを同様に測定した。Agの各膜厚に対してカー回転角θkをプロットした実験結果(図中、四角)を図8(a)に示す。なお、図8(a)において、ダイヤは、アニール前(as depo)の試料に対する測定結果を示し、三角は、Cuスペーサの場合の結果を示す。
【0086】
図8(a)に示すように、Agの膜厚を増加させてスペーサ層に到達した光が反射される割合を増加させたとしても、測定されたカー回転角θkの値はほとんど変化しなかった。この実験では、仮説の予想に反した実験結果が得られたので、カー回転角が増加した原因が、Agの大きな反射率に起因したものであると断定することはできない。しかしながら、図8(a)に示す結果に基づいて、図3の構造の磁性多層膜40のAgの膜厚を6〜20[nm]とした光変調素子を作製すれば、従来のCuスペーサを用いた光変調素子よりもカー回転角を増大させることができる。
【0087】
ところで、従来のGMR膜では、スペーサ層の膜厚は、例えば、偏極スピン電子がスピン偏極を保ったまま通過できる厚さ(2〜30[nm])が好ましいとされている。図8(a)に示すように、作製した4種類のAgスペーサの磁性多層膜では、その膜厚が6〜20[nm]の場合に、カー回転角θkの値がほとんど変化せずに、従来のCuスペーサの場合よりも良好であった。そのため、Agスペーサの磁性多層膜40は、その膜厚が6〜20[nm]の場合に、光変調度を従来よりも向上させることが可能である。
【0088】
<5−4.Ag膜厚を変更したときの保磁力>
次に、磁性多層膜40の磁気特性として、光変調度に密接に関係したカー回転角θk以外の特性に着眼して、Agの膜厚の好ましい範囲を探索する実験を行った。具体的には、Agの膜厚と、Agスペーサの上のGdFe膜の保磁力Hcとの相関を確かめる実験を行った。
【0089】
Ag膜の膜厚を、それぞれ、8,10,15,20[nm]とした4種類の磁性多層膜において、Agスペーサの上のGdFe膜の保磁力Hcをプロットした実験結果(図中、四角)を図8(b)に示す。なお、図8(b)において、ダイヤは、アニール前(as depo)の試料のGdFe膜の保磁力Hcを示し、三角は、Cuスペーサの場合の結果を示す。
【0090】
図8(b)に示すように、Agの膜厚が大きくなるにしたがって、GdFe膜の保磁力Hcの値が大きくなった。特に、Agの膜厚が15[nm]を超えると、保磁力Hcの値が著しく大きくなることが分かる。この原因は、Agを厚くすると、Agの表面粗さが増大するためであると考えられる。その検証として、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic force microscopy)により、素子の保護層15を介して表面粗さを測定した。Agを厚くしたときに、AgとGdFeとの界面が荒れているために、Ag膜の上に成長したGFeの表面も粗くなり、保護層15の表面粗さが増大した。
【0091】
GdFe膜はフリー層として機能する磁性膜14であり、磁化反転が容易である必要がある。しかし、保磁力Hcの値が大きいほど、磁化反転が容易ではなくなってしまう。そこで、この磁性多層膜40のAgの膜厚を15[nm]以下とした光変調素子を作製することとする。これにより、GdFe膜の保磁力の上昇を抑制し、軟磁気特性の劣化を防ぐことができる。また、このように作製した光変調素子は、GdFe膜の磁化方向が容易に反転(回転)するため、所要磁化反転電流を下げることができる。
また、スピン注入によってフリー層の磁化反転を行うというスピン注入磁化反転では、スペーサ層が厚くなればなるほど、偏極スピン電子がそのままのスピンを維持したままフリー層に到達することが容易ではなくなるので、スピン注入効率が悪くなる。
このことから、Agの膜厚は、Agスペーサの下に位置するピンド層である磁性膜12との結合が切れる範囲でなるべく薄い方がよく、6[nm]以上15[nm]以下が望ましい。
【0092】
<5−5.Agスペーサの素子のMR特性>
次に、Agスペーサの素子において、スピン注入磁化反転に重要な要因であるMR特性(磁気抵抗変化)を調べた。具体的には、Agスペーサの素子において、Agの膜厚は6[nm]のままにして、素子サイズA(AAg)が約0.015〜0.048[μm2]の数十種類のCPP-GMR素子を同様に作製し、各素子のMR比を測定した。そして、各素子におよそ−3000[Oe]〜3000[Oe]の範囲で磁界を変化させて印加したときに、抵抗R(RAg)の変化を測定し、その抵抗変化からMR比を算出した。その結果を図9(a)に示す。
【0093】
比較として、Cuスペーサの磁性多層膜(以下、Cuスペーサの素子という)において、Cuの膜厚は6[nm]のままにして、素子サイズA(ACu)が約0.009〜0.0245[μm2]の数十種類のCPP-GMR素子を同様に作製し、抵抗R(RCu)の変化を測定し、各素子のMR比を測定した。その結果を図9(b)に示す。
【0094】
Agスペーサの素子とCuスペーサの素子についての図9(a)および図9(b)の全試料を比較する前に、全試料の中から一例として選択した、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子の概ね同程度の面積のサンプルのMR特性について比較する。
【0095】
選択したAgスペーサの素子の素子サイズAAgは、118[nm]×127[nm]=0.0150[μm2]である。Cuスペーサの素子の素子サイズACuは、94[nm]×152[nm]=0.0143[μm2]である。また、選択したAgスペーサの素子において抵抗RAgの最小値は4.5508[Ω]であり、Cuスペーサの素子において抵抗RCuの最小値は4.4937[Ω]であった。つまり、選択したAgスペーサの素子と、Cuスペーサの素子とは、面積抵抗RA[Ωμm2]が、ほぼ同程度である。
【0096】
このとき測定された抵抗変化を図10(a)および図10(b)にそれぞれ示す。図10(a)および図10(b)のグラフにおいて、横軸は磁界[Oe]を示し、縦軸は抵抗[Ω]を示す。なお、図10(a)および図10(b)のグラフを比較し易いように、グラフの縦軸のスケールを揃えたので、横軸のスケールは異なっている。両グラフから一目瞭然のように、Agスペーサの素子のMR比は、Cuスペーサの素子の場合の約2倍であった。
【0097】
詳細には、図10(a)に示すように、この選択したAgスペーサの素子の抵抗の最小値は、4.5508[Ω]であり、その抵抗の最大値は、4.5802[Ω]であった。Agスペーサの素子のMR比は、最小値に対する、これら最大値と最小値との差分の割合から求められ、0.1421[%]であった。
【0098】
また、図10(b)に示すように、この選択したCuスペーサの素子の抵抗の最小値は、4.4937[Ω]であり、その抵抗の最大値は、4.4972[Ω]であった。よって、Cuスペーサの素子のMR比は、0.0774[%]であった。
【0099】
前記したように、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子とは、面積抵抗RA[Ωμm2]がほぼ同程度であるため、素子の抵抗として、形状に起因するような特性の変化は無いはずであり、このようにMR比が2倍に向上した理由は、材料に起因する。
【0100】
次に、図9(a)および図9(b)を参照して、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子についての全試料を比較する。図9(a)に示すように、Agスペーサの数十種類の素子は、素子サイズA(AAg)が約0.015[μm2]のグループと、約0.03[μm2]のグループと、約0.034[μm2]のグループと、約0.048[μm2]のグループに大別される。すべてのグループは、MR比が0.1〜0.16[%]の範囲に含まれ、多くのAgスペーサの素子は、MR比が0.13〜0.14[%]の範囲に含まれている。
【0101】
一方、図9(b)に示すように、Cuスペーサの数十種類の素子は、素子サイズA(ACu)が約0.009[μm2]のグループと、約0.0143[μm2]のグループと、約0.022[μm2]のグループと、約0.0245[μm2]のグループに大別される。すべてのグループは、MR比が0.04〜0.1[%]の範囲に含まれ、多くのCuスペーサの素子は、MR比が0.07〜0.08[%]の範囲に含まれている。
【0102】
図9(a)および図9(b)に示す結果から、Agスペーサの素子の方が、MR比はおよそ2倍程度大きくなることが分かった。つまり、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造とすることで、カー回転角が増加するだけではなく、MR比が約2倍に増加することが分かった。
【0103】
このうち、スペーサ材料をAgに変えることでMR比が約2倍に増加する現象が生じた原因は、AgとGdFeとの界面が急峻になったことが原因の1つであると考えられる。図10を参照して比較したように、Agスペーサの素子とCuスペーサの素子とが面積抵抗RAがほぼ同程度のときに、MR比が約2倍に増加していることから、スピン依存散乱が増加したことも原因の1つであると考えられる。
【0104】
<5−6.Agスペーサの素子のスピン注入磁化反転>
次に、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造としたとしても、従来のCuスペーサの素子のようにスピン注入磁化反転ができることを確かめる実験を行った。このとき選択したAgスペーサの素子は、Agの膜厚が6[nm]であり、素子サイズAAgが、118[nm]×127[nm]=0.0150[μm2]である。この素子に、外部から、およそ−2000[Oe]〜2000[Oe]の範囲で磁界を変化させて印加したときに、抵抗R(RAg)の変化を測定した。その結果を図11(a)に示す。図11(a)のグラフにおいて、横軸は磁界[Oe]を示し、縦軸は抵抗[Ω]を示す。
【0105】
また、図11(b)は、この素子に、パルス幅10[μs]のパルス電流(スピン注入電流)を印加したときの、電流の大きさと、そのときの素子の抵抗値の関係を表したグラフである。図11(b)のグラフにおいて、横軸はスピン注入電流[mA]を示し、縦軸は抵抗[Ω]を示す。図11(a)および図11(b)のグラフを比較し易いように、グラフの縦軸のスケールを揃えた。両グラフから一目瞭然のように、外部磁界を印加したことによる磁気抵抗変化と、スピン電流を注入したことによる磁気抵抗変化とは、ほぼ同じ抵抗変化となっている。つまり、Agスペーサを用いたCPP-GMR素子において、スピン注入によってフリー層の磁化方向が反転していることが分かる。つまり、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造としたとしても、従来のCuスペーサの素子のようにスピン注入磁化反転ができることを確かめることができた。このことから、Agスペーサを用いた光変調素子にスピン注入することで、フリー層の磁化方向を反転させ、入射光を変調することができる。そして、この場合、Agスペーサの素子は、Cuスペーサの素子よりも、カー回転角が増大する。したがって、Agスペーサを用いた光変調素子は、従来よりも光変調度を向上させることが可能である。
【0106】
[6.空間光変調器の動作例]
ここでは、空間光変調器の動作例を、6−1.明暗状態の割当、6−2.明暗の中間状態の割当、6−3.スピン注入時間反転動作の各節に分けて説明する。
【0107】
<6−1.明暗状態の割当>
次に、本実施形態の空間光変調器1の動作について、図12を参照して説明する。ここでは、説明を簡単にするために、空間光変調器1は、1つの画素に1つの光変調素子10を有し、また、1つの画素のみを備えているものとして説明する。図12は、図2に示した光変調素子10の動作を模式的に示す説明図であって、(a)は初期状態、(b)は反転状態をそれぞれ示している。ただし、図12では、空間光変調器1の動作の概念を分かり易く示すことを主眼としているため、光変調素子10の保護層や下地層を図示していない。
【0108】
前提として、光変調素子10の磁性膜12は、磁化方向が所定方向(図では模式的に上方向の矢印で示す)に固定されている。また、磁性膜14は、初期状態では、図12(a)に示すように、例えば、磁化方向が磁性膜12における向きと反対方向(図では模式的に下方向の矢印で示す)に予め揃えられている。
【0109】
レーザ光源21から照射された光は、様々な偏光成分を含んでいるが、偏光フィルタ22によって、ある方向の偏光成分だけを含むようにフィルタリングされる。このフィルタリングされた光は、上部電極5の孔部6に設けられた透明電極7を介して光変調素子10の内部に入射し、この光変調素子10によって所定方向に反射される。なお、この所定方向には、スクリーン24が配置される。
【0110】
図12(a)に示す初期状態では、例えば、電流源9aは電流を流していない。あるいは、電流源9aは、電流を下部電極3から、磁性膜12,14および非磁性膜13を介して上部電極5(金属電極部および透明電極7)に向かう方向に流している。この初期状態では、反射光は、磁性膜14の磁化方向(図では模式的に下方向の矢印で示す)に従って偏光面を変えることがない。つまり、反射光は入射光と同じ偏光成分を有しており、偏光フィルタ23(偏光フィルタ22と同特性)を透過して、スクリーン24に到達して表示される。その結果、スクリーン24には、明るい映像が表示されることとなる。
【0111】
一方、図12(b)に示す反転状態では、例えば、電流源9aは電流を流している。あるいは、電流源9aは、電流を上部電極5(金属電極部および透明電極7)から、磁性膜12,14および非磁性膜13を介して下部電極3に向かう方向に流している。この電流によって、磁性膜12から非磁性膜13を介して磁性膜14へ電子がスピンを保ったまま注入されるため、磁性膜14の磁化方向は、磁性膜12と同じ向き(図では模式的に上方向の矢印で示す)となるように回転(反転)する。この反転状態では、反射光は、磁性膜14の磁化方向(図では模式的に上方向の矢印で示す)に従って磁気光学的カー効果により偏光面が回転する。つまり、反射光は入射光とは異なる偏光成分を有し、偏光フィルタ23を透過しないので、スクリーン24に到達できない。その結果、スクリーン24は暗くなることとなる。
【0112】
<6−2.明暗の中間状態の割当>
以上の空間光変調器1の動作は、1つの光変調素子10の動作として説明したが、1つの画素に2つの光変調素子10を有する場合は、同様に明暗状態を割り当てることができると共に、隣り合う光変調素子同士で磁気的な影響を与え合うために、その中間状態(明るさが弱い状態)を実現することができる。これについて図4を参照して説明する。
【0113】
前提として、磁性多層膜4a,4b,4c,4dの各磁性膜12は、磁化方向が所定方向(図では模式的に上方向の矢印で示す)に固定されているとする。また、各磁性膜14は、初期状態では、例えば、磁化方向が磁性膜12における向きと反対方向に予め揃えられているものとする。つまり、初期状態では、1つの画素に対応した透明電極7aの下の磁性多層膜4a,4bのように、2素子とも反平行(AP:anti parallel)であるものとする。このとき、反転状態では、図示は省略するが、各磁性膜14は、例えば、磁化方向が磁性膜12における向きと同じ方向、つまり、2素子とも平行(P:parallel)となる。
【0114】
一方、中間状態では、1つの画素に対応した透明電極7bの下の磁性多層膜4c,4dのように、一方がAP、他方がPの状態で安定になることがある。電流の大きさを変化させて供給することで、画素内のすべての光変調素子を磁化反転させたり、一部の光変調素子のみ磁化反転させたりすることができる。
【0115】
<6−3.スピン注入時間反転動作>
空間光変調器1の光変調素子10における磁性膜14の反転動作は、例えば、図1に示すように、上部電極5に孔部6を設けて当該孔部6に透明電極7を充填することにより実現できる。空間光変調器1では、上部電極全体を透明電極材料で形成した場合と比べて、光変調素子においてカー効果による磁化方向の反転(回転)が起こり易くなる。つまり、光変調の高速応答が可能となる。
【0116】
このように孔部6に透明電極7を配置するのは、電極の電気抵抗を下げることで、所要電圧を下げ、また高周波(短パルス)での駆動をやり易くする効果が顕著であるからである。また、上部電極5の孔部6以外の金属電極部は、透明電極7と比較して比抵抗が非常に小さいので、上部電極5と下部電極3とが対向する領域に配置された各画素に電流が行き渡り易くなる。このような構成によれば、仮に、上部電極5の全体が透明電極7で形成された場合と比較すると、例えば、9桁ほど大きな電流密度の電流を流すことができるので、光変調素子10に対してスピン注入することが可能となる。その結果、空間光変調器1は、スピン注入によって光変調素子を磁化反転させる構造とすることによって、画素サイズが微細化されると共に、光変調の高速応答が可能となる。
【0117】
以上説明したように、本実施形態によれば、光変調素子10は、スペーサ材料を従来のCuからAgに変えた素子構造にしたことで、磁気光学効果としてカー回転角を増大させることができる。その結果、変調度を改善できる。さらに、光変調素子10は、MR比が従来に比べて約2倍に増加するので、磁化反転層が磁化反転し易くなる。
【0118】
また、本実施形態によれば、空間光変調器1は、Agスペーサの素子をマトリクス状に配置したので、変調度を高めることができる。また、空間光変調器1は、上部電極5の一部に透明電極7を充填したので、画素サイズが微細化されると共に、光変調の高速応答が可能となる。また、空間光変調器1は、1画素内に、Agスペーサの素子を複数設けたので、Agスペーサの素子の磁化状態を、明暗およびその中間状態に割り当てることで、階調表示を実現できる。さらに、空間光変調器1は、選択された光変調素子に対して、スピン分極された電子を注入するので、光変調素子の状態変化に要する時間を短縮することができる。
【0119】
以上、本実施形態に基づいて本発明を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、光変調素子を構成する磁性多層膜の磁性膜12を2層構造としたが、1層でもよいし、3層以上でもよい。例えば、ピンド層が1層の場合には、TbFeCo膜だけを用いてもよい。また、ピンド層が2層の場合には、その組み合わせは、TbFeCo膜とCoFe膜とに限定されるものではない。
【0120】
また、光変調素子を構成する磁性多層膜の磁性膜14をGdFeとしたが、材料はこれに限定されず、例えば、MnBiでもよい。
また、例えば、磁性膜12,14は、それぞれ多層構造を有するものでもよい。例えば、Coからなる層と、Ptからなる層とを交互に5層ずつ積層した構成の多層構造、または、Coからなる層と、Pdからなる層とを交互に5層ずつ積層した構成の多層構造などでもよい。
また、図面に示した構成要素等の厚みや長さは、配置を明確に説明するために誇張して示してあるので、これに限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明は、ホログラフィー等の画像露光装置、ディスプレイ技術や記録技術、光コンピューティングに関連した技術分野に好適に適用されうる。
【符号の説明】
【0122】
1 空間光変調器
2 基板
3(3a,3b) 下部電極
4 磁性多層膜
40 磁性多層膜
41 磁性多層膜
140 磁性多層膜
5(5a〜5d) 上部電極
6(6a,6b) 孔部
7(7a,7b) 透明電極
8 絶縁部材
9 画素選択機構
9a 電流源
10 光変調素子
11 下地層
12 磁性膜(ピンド層)
13 非磁性膜(スペーサ層)
14 磁性膜(フリー層)
15 保護層(キャップ層)
WB 下部電極の幅
WT 上部電極の幅
LH 孔部の長さ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1層以上の磁性膜を含む磁化固定層と、非磁性膜からなる中間層と、光の入射側に配置された1層以上の磁性膜を含む磁化反転層とがこの順番に積層された磁性多層膜と、前記磁性多層膜に電流を流すための前記磁化反転層側の透明電極および前記磁化固定層側の金属電極とを備え、前記透明電極を介して前記磁性多層膜に入射する光を変調する光変調素子において、
前記磁性多層膜は、
前記非磁性膜が、膜厚6nm以上20nm以下のAgからなることを特徴とする光変調素子。
【請求項2】
前記非磁性膜が、膜厚6nm以上15nm以下のAgからなることを特徴とする請求項1に記載の光変調素子。
【請求項3】
前記磁性多層膜は、
前記磁化反転層および前記磁化固定層に含まれる磁性膜が、垂直磁気異方性を有する磁性材料からなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の光変調素子。
【請求項4】
前記磁性多層膜は、
前記磁化反転層に含まれる磁性膜が、GdFeから形成され、
前記磁化固定層が、TbFeCo膜と、このTbFeCo膜に積層されて前記非磁性膜に接触したCoFe膜とを含むことを特徴とする請求項3に記載の光変調素子。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の光変調素子をマトリクス状に並べて構成された空間光変調器であって、
前記マトリクスの行方向および列方向のうちの一方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設された複数の下部電極と、
前記マトリクスの行方向および列方向のうちの他方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設されると共に前記下部電極の配設間隔と同じ間隔で複数の貫通孔が設けられた複数の上部金属電極とを備え、
前記光変調素子の前記基板側の金属電極は、前記下部電極を構成し、
前記光変調素子の前記入射光側の透明電極は、前記上部金属電極に設けられた貫通孔に充填されて形成されている、
ことを特徴とする空間光変調器。
【請求項6】
前記下部電極と前記上部電極との交差点のそれぞれにおいて、水平方向に複数の前記光変調素子を設けたことを特徴とする請求項5に記載の空間光変調器。
【請求項7】
前記光変調素子の磁化反転層の磁化方向を変化させるために電流を注入する電流源と、前記マトリクス状に並べられた光変調素子を画素として選択する画素選択手段とをさらに備えることを特徴とする請求項5または請求項6に記載の空間光変調器。
【請求項1】
1層以上の磁性膜を含む磁化固定層と、非磁性膜からなる中間層と、光の入射側に配置された1層以上の磁性膜を含む磁化反転層とがこの順番に積層された磁性多層膜と、前記磁性多層膜に電流を流すための前記磁化反転層側の透明電極および前記磁化固定層側の金属電極とを備え、前記透明電極を介して前記磁性多層膜に入射する光を変調する光変調素子において、
前記磁性多層膜は、
前記非磁性膜が、膜厚6nm以上20nm以下のAgからなることを特徴とする光変調素子。
【請求項2】
前記非磁性膜が、膜厚6nm以上15nm以下のAgからなることを特徴とする請求項1に記載の光変調素子。
【請求項3】
前記磁性多層膜は、
前記磁化反転層および前記磁化固定層に含まれる磁性膜が、垂直磁気異方性を有する磁性材料からなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の光変調素子。
【請求項4】
前記磁性多層膜は、
前記磁化反転層に含まれる磁性膜が、GdFeから形成され、
前記磁化固定層が、TbFeCo膜と、このTbFeCo膜に積層されて前記非磁性膜に接触したCoFe膜とを含むことを特徴とする請求項3に記載の光変調素子。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の光変調素子をマトリクス状に並べて構成された空間光変調器であって、
前記マトリクスの行方向および列方向のうちの一方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設された複数の下部電極と、
前記マトリクスの行方向および列方向のうちの他方向に並べられた各光変調素子に共通となるように延設されると共に前記下部電極の配設間隔と同じ間隔で複数の貫通孔が設けられた複数の上部金属電極とを備え、
前記光変調素子の前記基板側の金属電極は、前記下部電極を構成し、
前記光変調素子の前記入射光側の透明電極は、前記上部金属電極に設けられた貫通孔に充填されて形成されている、
ことを特徴とする空間光変調器。
【請求項6】
前記下部電極と前記上部電極との交差点のそれぞれにおいて、水平方向に複数の前記光変調素子を設けたことを特徴とする請求項5に記載の空間光変調器。
【請求項7】
前記光変調素子の磁化反転層の磁化方向を変化させるために電流を注入する電流源と、前記マトリクス状に並べられた光変調素子を画素として選択する画素選択手段とをさらに備えることを特徴とする請求項5または請求項6に記載の空間光変調器。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−180355(P2011−180355A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−44167(P2010−44167)
【出願日】平成22年3月1日(2010.3.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人情報通信研究機構「革新的三次元映像表示のためのデバイス技術」に係わる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月1日(2010.3.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人情報通信研究機構「革新的三次元映像表示のためのデバイス技術」に係わる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】
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