説明

光学物品およびその製造方法

【課題】帯電防止性に優れ、ごみの付着を抑制できるフィルター層を備えた光学物品を提供する。
【解決手段】基材1と、この基材1の上に形成された透光性のフィルター層2とを有し、フィルター層2の1つの層21の表層域23がシリコンを添加することにより低抵抗化されている光学多層膜フィルター10を提供する。この光学多層膜フィルターサンプルは、シート抵抗が、ごみの付着が懸念される1×1012Ω/□よりも十分に低くなり、優れた帯電防止性を示し、ごみの付着の少ない光学物品を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルタリング機能を備えた光学物品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、光学的性質を劣化させずに長期間に渡って帯電防止効果を保つことができる光学多層膜フィルターと、該フィルターを簡便に製造する光学多層膜フィルターの製造方法、さらに、このような光学多層膜フィルターを組み込んだ電子機器装置を提供するために、光学多層膜フィルターの、基板上に形成された複数層からなる無機薄膜の最表層を構成する酸化ケイ素層の密度を1.9〜2.2g/cm3にすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−298951号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の光学多層膜フィルターは、蒸着時の真空度を変化させ、最表層のSiO2膜の密度を低下させることによりシート抵抗を低下させ、帯電防止性を有する光学多層膜フィルターを提供している。しかしながら、さらにゴミが付着する可能性を低減するためには、さらに、低抵抗にすることが要望されている。ここで「低抵抗にする」とは、シート抵抗を小さくすることである。
【0005】
光学物品において透明電極であるITO膜を用いて低抵抗にすることが提案されている。しかしながら、ITO膜は用途によっては、耐久性、特に、汗などに相当する酸やアルカリなどの薬品に対する耐久性に懸念がある場合がある。貴金属の薄膜を積層することも提案されるが、製造コストに問題がある場合がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成されたフィルター層であって、所定の波長域の光を透過し、所定の波長域よりも長波長および/または短波長の光を遮断するためのフィルター層を有する光学物品の製造方法である。この製造方法は、フィルター層に含まれる第1の層を形成することと、第1の層の表面に、炭素、シリコン(ケイ素)およびゲルマニウムの少なくともいずれかを添加することにより低抵抗化することとを有する。炭素、シリコンおよびゲルマニウムは、身近な製品の素材、半導体基板の素材などとして使用されており、比較的低コストで入手可能な素材である。また、これらの素材(組成物)は蒸着(イオンアシスト蒸着)、スパッタリングなどの比較的簡単な方法で層の表面に添加できる。さらに、層の表面に添加することにより、層の表面が炭素、シリコンまたはゲルマニウムにより改質されると、その層の表面(表層域)を低抵抗化できる。また、炭素、シリコンおよびゲルマニウムは、遷移金属と化合物を形成し、そのほとんどが低抵抗なものである。このため、第1の層の表面に炭素、シリコンおよびゲルマニウムを添加し、第1の層の表層域に化合物を形成することにより、表層域を低抵抗にすることが可能となる。
【0007】
さらに、第1の層の表面を改質することにより、第1の層の光学的性能に及ぼす影響を最小限に止めることができる。炭素、シリコンおよびゲルマニウムの添加により、第1の層の光吸収率の低下する可能性がある場合も、その低下をフィルター層の光学的性質の許容範囲内に止めるように添加量を調整できる。
【0008】
したがって、この製造方法を採用することにより、フィルター層の光学的性能に与える影響を最小限に止めながら、貴金属あるいはITOに匹敵する、あるいはそれに近いレベルまで抵抗率を下げ、帯電防止効果の優れた光学物品を経済的に提供することが可能となる。
【0009】
第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層であることが好ましい。低抵抗化のために添加された組成と、第1の層に含まれる組成とにより導電性の組成が形成されるので、形成された組成と第1の層とは機械的および/または化学的な相違は小さい可能性が高く、機械的および/または化学的により安定したフィルター層を備えた光学物品を製造し易い。
【0010】
低抵抗化することは、さらに、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成する遷移金属を第1の層の表面に添加することを含んでもよい。化合物が第1の層の表面(表層領域)に形成されるようにすることで、さらに抵抗率を下げたり、表層の機械的および/または化学的な安定性を向上できる可能性がある。
【0011】
フィルター層の典型的なものの1つは第1の層を含む多層膜である。本発明の製造方法は、さらに、第1の層に重ねて多層膜の他の層を形成することを含んでもよい。添加された組成と、第1の層に含まれる組成とにより化合物が形成される場合は、第1の層に重ねて形成される他の層との機械的および/または化学的な相違を小さくできる可能性が高い。したがって、抵抗率が低く、より安定した性能のフィルター層を備えた光学物品を提供できる可能性が高い。
【0012】
本発明の他の態様の1つは、光学基材と、光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成されたフィルター層とを有する光学物品である。フィルター層は、所定の波長域の光を透過し、所定の波長域よりも長波長および/または短波長の光を遮断するためのものである。このフィルター層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかの添加により低抵抗化された表層域を含む第1の層を備えている。この光学物品においては、第1の層の表層域が炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかを添加することにより低抵抗になっているので、フィルター層の光学的性能に与える影響を抑制しながら、帯電防止、ゴミ着防止などの機能を付与できる。
【0013】
第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層であることが好ましい。低抵抗化のために添加された組成と、第1の層に含まれる組成とにより低抵抗な化合物が形成されるので、表層域に形成された化合物と第1の層とは機械的および/または化学的な相違を小さくできる可能性があり、機械的および/または化学的により安定したフィルター層を備えた光学物品を提供できる可能性がある。
【0014】
表層域は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと遷移金属との化合物を含むことが望ましい。表層域に化合物が形成されている場合、第1の層に含まれる組成とによる化合物でもよく、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかとともに添加された金属との化合物であってもよい。化合物により、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかの金属よりも、さらに抵抗率を下げたり、表層域の機械的および/または化学的な安定性を向上できたりする可能性がある。
【0015】
フィルター層の典型的なものの1つは、可視光を透過させ、紫外光および/または赤外光を遮断するためのものである。光学物品は、可視光をハンドリングするシステム、たとえば、カメラ、プロジェクタなどのシステムに用いられる光学多層膜フィルターを含む。フィルター層は、紫外光を透過するもの、赤外光を透過するものであってもよく、さらに波長域の狭い光または波長域の広い光を透過するためのものであってもよい。
【0016】
フィルター層の典型的なものの1つは、多層膜であり、第1の層は、多層膜を構成する1つの層である。多層膜を構成する層の典型的なものは酸化物層であり、第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む酸化物層であることが好ましい。フィルター層は、有機または無機の単層であってもよい。
【0017】
光学基材の典型的なものは、ガラス板または水晶板である。ガラス板あるいは水晶板を振動板として使用でき、振動機能付きの光学物品を提供できる。光学基材は、レンズ、フィルムなどであってもよい。
【0018】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上述した光学物品と、光学物品を通して画像を取得するための撮像装置とを有するシステムである。このシステムの1つは、レンズ鏡筒が取り外し可能な一眼レフカメラであり、光学物品を撮像素子のカバーガラスとして使用できる。また、光学物品は、反射防止膜、ハーフミラー、ローパスフィルター等の機能部材として利用でき、システムは、そのような機能部材を含む電子機器装置、光学機器装置を含む。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】多層構造のフィルター層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図2】設計波長が550nmのUV−IRフィルター用の多層膜の構成を示す表。
【図3】設計波長が550nmのUV−IRフィルターの透過率を示す図。
【図4】サンプルS1〜S4およびR1の評価を示す表。
【図5】図5(A)は、シート抵抗を測定する様子を示す断面図、図5(B)は平面図。
【図6】一眼レフデジタルカメラの概要を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の幾つかの実施形態を説明する。図1に、本発明を適用した光学多層膜フィルター10の構成の一例を、基材1を中心とした一方の面の側の断面図により示している。光学多層膜フィルター10は、透光性(透明)な基材1と、基材(光学基材)1の上に直にまたは他の層を介して形成されたフィルター層2とを有する光学物品の一例である。図1に示した光学多層膜フィルター10は、基材1の上に直にフィルター層2が形成されている。フィルター層2は、所定の波長域(周波数帯)の光を透過し、所定の波長域(周波数帯)の長波長および/または短波長の波長域(周波数帯)の光を遮断するためのものである。この実施形態の光学多層膜フィルター10は、可視光を透過し、紫外線(紫外光、UV)および赤外線(赤外光、IR)を遮断する(カットする)機能を備えたフィルター層2を備えている。
【0021】
光学多層膜フィルター10の典型的な基材1は、ガラス、水晶、プラスチックなどの透光性の素材からなる板材である。基材1は、透光性の素材からなるプリズム、レンズなどの所定の光学的性能を備えた部材であってもよい。また、基材1は、透光性の素材からなる可撓性のフィルムであってもよい。
【0022】
所定の波長域よりも長波長および/または短波長の光を遮断するためのフィルター層2は、無機系の組成からなる多層膜で構成される。典型的な多層膜は、屈折率が1.3〜1.6である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とを交互に積層した構成を備えている。無機多層膜の各層の例としては、SiO2、SiO、TiO2、TiO、Ti23、Ti25、Al23、TaO2、Ta25、NdO2、NbO、Nb23、NbO2、Nb25、CeO2、MgO、Y23、SnO2、MgF2、WO3、HfO2、ZrO2などが挙げられる。各層は、これらの無機物の単独もしくは2種以上の混合組成で構成できる。
【0023】
所定の波長域よりも長波長および/または短波長の波長域の光を遮断するためのフィルター層2は、典型的には数10層の多層膜で構成される。図1に示すように、フィルター層2は、基材1の側から高屈折率層(H)21(TiO2層21ともいう)と、低屈折率層(L)22(SiO2層22ともいう)とを組み合わせて積層された構成を備えている。設計波長λが550nmのフィルター層2の基本構成は60層であり、第1層の高屈折率材料のTiO2層21の膜厚が0.60H、第2層の低屈折率材料のSiO2層22の膜厚が0.20L、以下、順次、1.05H、0.37L、(0.68H、0.53L)4、0.69H、0.42L、0.59H、1.92L、(1.38H、1.38L)6、1.48H、1.52L、1.65H、1.71L、1.54H、1.59L、1.42H、1.58L、1.51H、1.72L、1.84H、1.80L、1.67H、1.77L、(1.87H、1.87L)7、1.89H、1.90L、1.90H、最表層(最表面)の低屈折率材料のSiO2層22が0.96Lである。
【0024】
なお、膜厚は、光学膜厚nd=1/4λを「1」として記載しており、高屈折率層(H、21)の膜厚については「H」を付記し、低屈折率層(L、22)の膜厚については「L」を付記している。また、(xH、yL)Sは、括弧内の構成を周期的に繰り返すことを表しており、「S」はスタック数と呼ばれる繰り返しの回数である。
【0025】
図2に設計波長λが550nmのフィルター層2の各層の具体的な厚みを示している。フィルター層2の高屈折率層21は、酸化チタン(TiO2)層であり屈折率nは2.40である。低屈折率層22は二酸化ケイ素(SiO2)層であり屈折率nは1.46である。
【0026】
図3に、フィルター層2を含む光学多層膜フィルター10の透過率特性を示している。この光学多層膜フィルター10は、可視光の波長域(この例では390−660nm)をほぼ透過し、それより短波長の紫外域および長波長の赤色および赤外域の波長を遮断する特性を備えている。設計波長を変えたり、フィルター層2の構成を変えたりすることにより、フィルター層2の透過特性を制御することができる。
【0027】
フィルター層2を形成する方法としては、乾式法、たとえば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。
【0028】
さらに、本発明の実施形態の光学多層膜フィルター10においては、フィルター層2に含まれる少なくとも1つの表面に、炭素(カーボン)、ケイ素(シリコン)およびゲルマニウムの少なくともいずれかを添加することにより低抵抗化している。図1に示す光学多層膜フィルター10においては、最上層の低屈折率層22の下の高屈折率層21、すなわち、最上層の高屈折率層21の表面に、炭素(カーボン)、ケイ素(シリコン)およびゲルマニウムの少なくともいずれかを添加することにより、その高屈折率層21の表層域23を低抵抗化している。
【0029】
低抵抗化することは、低抵抗化の対象層(この例では高屈折率層)21の表層域23を、炭素(カーボン)、ケイ素(シリコン)およびゲルマニウムの金属領域にすることを含む。さらに、表層域23を、炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む化合物にすることを含む。特に、対象層21が炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む場合は、炭素、ケイ素およびゲルマニウムを表面に注入、添加、あるいは打ち込むことにより、表層域23を、化合物を含む組成領域に改質することを含む。
【0030】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む化合物の1つは、シリサイドなどと称される遷移金属ケイ化物(金属間化合物)である。シリサイドの例としては、ZrSi、CoSi、WSi、MoSi、NiSi、TaSi、NdSi、Ti3Si、Ti5Si3、Ti5Si4、TiSi、TiSi2、Zr3Si、Zr2Si、Zr5Si3、Zr3Si2、Zr5Si4、Zr6Si5、ZrSi2、Hf2Si、Hf5Si3、Hf3Si2、Hf4Si3、Hf5Si4、HfSi、HfSi2、V3Si、V5Si3、V5Si4、VSi2、Nb4Si、Nb3Si、Nb5Si3、NbSi2、Ta4.5Si、Ta4Si、Ta3Si、Ta2Si、Ta5Si3、TaSi2、Cr3Si、Cr2Si、Cr5Si3、Cr3Si2、CrSi、CrSi2、Mo3Si、Mo5Si3、Mo3Si2、MoSi2、W3Si、W5Si3、W3Si2、WSi2、Mn6Si、Mn3Si、Mn5Si2、Mn5Si3、MnSi、Mn11Si19、Mn4Si7、MnSi2、Tc4Si、Tc3Si、Tc5Si3、TcSi、TcSi2、Re3Si、Re5Si3、ReSi、ReSi2、Fe3Si、Fe5Si3、FeSi、FeSi2、Ru2Si、RuSi、Ru2Si3、OsSi、Os2Si3、OsSi2、OsSi1.8、OsSi3、Co3Si、Co2Si、CoSi2、Rh2Si、Rh5Si3、Rh3Si2、RhSi、Rh4Si5、Rh3Si4、RhSi2、Ir3Si、Ir2Si、Ir3Si2、IrSi、Ir2Si3、IrSi1.75、IrSi2、IrSi3、Ni3Si、Ni5Si2、Ni2Si、Ni3Si2、NiSi2、Pd5Si、Pd9Si2、Pd4Si、Pd3Si、Pd9Si4、Pd2Si、PdSi、Pt4Si、Pt3Si、Pt5Si2、Pt12Si5、Pt7Si3、Pt2Si、Pt6Si5、PtSiを挙げることができる。
【0031】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む化合物の他の1つは、ゲルマニドなどと称される遷移金属ゲルマニウム化物(金属間化合物)である。ゲルマニドの例としては、NaGe、AlGe、KGe4、TiGe2、TiGe、Ti6Ge5、Ti5Ge3、V3Ge、CrGe2、Cr3Ge2、CrGe、Cr3Ge、Cr5Ge3、Cr11Ge8、MnGe、Mn5Ge3、CoGe、CoGe2、Co5Ge7、NiGe、CuGe、Cu3Ge、ZrGe2、ZrGe、RbGe4、NbGe2、Nb2Ge、Nb3Ge、Nb5Ge3、Nb3Ge2、NbGe2、Mo3Ge、Mo3Ge2、Mo5Ge3、Mo2Ge3、MoGe2、CeGe4、RhGe、PdGe、AgGe、Hf5Ge3、HfGe、HfGe2、TaGe2、PtGeを挙げることができる。
【0032】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む化合物のさらに異なる他の1つは、カーバイドなどと称される有機遷移金属である。有機遷移金属の例としては、SiC、TiC、ZrC、HfC、VC、NbC、TaC、Mo2C、W2C、WC、NdC2、LaC2、CeC2、PrC2、SmC2が挙げられる。
【0033】
(光学多層膜フィルターの製造)
【実施例1】
【0034】
(サンプルS1)
基材1は、光を透過させるためのガラス基板であり、実施例1では、屈折率1.53の白板ガラス(B270)を用いた。さらに、一般的なイオンアシストを用いた電子ビーム蒸着(いわゆるIAD法)により基材1の上に無機薄膜のフィルター層2を形成して光学多層膜フィルター10を製造した。実施例1において、フィルター層2の高屈折率層21は、酸化チタン(TiO2)層であり、低屈折率層22は二酸化ケイ素(SiO2)層である。具体的には、基材1を真空蒸着チャンバー(図示せず)内に取り付けた後、真空蒸着チャンバー内の下部に蒸着材料を充填したるつぼを配置し、電子ビームにより蒸発させた。同時にイオン銃によりイオン化した酸素(TiO2の成膜時はArを付加する)を加速照射することにより、図2に示す膜厚構成で交互に成膜した。
【0035】
TiO2膜とSiO2膜との成膜条件は以下の通りである。
<SiO2膜の成膜条件>
成膜速度:0.8nm/sec
イオン照射条件 加速電圧:1000V
加速電流:1200mA
2流量:70sccm
成膜温度:150℃
<TiO2膜の成膜条件>
成膜速度:0.3nm/sec
イオン照射条件 加速電圧:1000V
加速電流:1200mA
2流量:60sccm
Ar流量:20sccm
成膜温度:150℃
【0036】
最上層の高屈折率層(59層)21を成膜後、最表層(最上層)の低屈折率層(60層)22を成膜する前に、蒸着装置内において、Si(金属シリコン、ケイ素)をアルゴンイオンを用いたイオンアシスト蒸着により最上層の高屈折率層(59層)21の表面に添加し、第59層の表層域23をシート抵抗が低下するように改質した。条件は以下の通りである。なお、第59層の表層域23を低抵抗化した後に、第59層の表層域23に重ねて、最表層(最上層)の低屈折率層22を第60層として成膜した。
<低抵抗化の条件(サンプルS1)>
添加対象層:TiO2
添加組成:ケイ素
処理時間:10秒
イオン照射条件
加速電圧:1000V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
処理温度:150℃
【実施例2】
【0037】
(サンプルS2)
実施例1と同様の製造方法により、実施例1と同じ構成のフィルター層2を含む光学多層膜フィルター10を製造した。ただし、低抵抗化の条件は以下の通りである。
<低抵抗化の条件(サンプルS2)>
添加対象層:TiO2
添加組成:ケイ素
処理時間:10秒
イオン照射条件
加速電圧:500V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
処理温度:150℃
【0038】
さらに、フィルター層2を形成した後、酸素プラズマ処理を施し、蒸着装置内で分子量の大きなフッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)を蒸着し、フィルター層2の上に防汚層を成膜した。具体的には、フッ素含有有機ケイ素化合物を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500℃で加熱し、防汚層を成膜した。蒸着時間は、3分間程度とした。
【実施例3】
【0039】
(サンプルS3)
実施例1と同様の製造方法により、実施例1と同じ構成のフィルター層2を含む光学多層膜フィルター10を製造した。ただし、低抵抗化の条件は以下の通りである。
<低抵抗化の条件(サンプルS3)>
添加対象層:TiO2
添加組成:ゲルマニウム
処理時間:10秒
イオン照射条件
加速電圧:800V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
処理温度:150℃
【実施例4】
【0040】
(サンプルS4)
実施例1と同様の製造方法により、実施例1と同じ構成のフィルター層2を含む光学多層膜フィルター10を製造した。ただし、低抵抗化の条件は以下の通りである。
<低抵抗化の条件(サンプルS4)>
添加対象層:TiO2
添加組成:ゲルマニウム
処理時間:10秒
イオン照射条件
加速電圧:500V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
処理温度:150℃
【0041】
比較例1(サンプルR1)
実施例1と同様の製造方法により、実施例1と同じ構成のフィルター層2を含む光学多層膜フィルター10を製造した。ただし、低抵抗化の処理は行わなかった。
【0042】
(サンプルの評価)
上記により製造された実施例のサンプルS1〜S4および比較例のサンプルR1について、シート抵抗、ごみの付着試験を用いて評価した。評価結果を図4にまとめて示している。
【0043】
(1)シート抵抗
図5(A)および(B)に、シート抵抗の測定方法を示している。上記にて製造したサンプルS1〜S4およびR1の光学多層膜フィルター10の表面10Aにリングプローブ61を接触し、光学多層膜フィルター10のシート抵抗を測定した。測定装置60は、三菱化学(株)製高抵抗抵抗率計ハイレスタUP MCP−HT450型を使用した。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有し、外側のリング電極61Aは外径18mm、内径10mmであり、内側の円形電極61Bは直径7mmである。それらの電極間に1000V〜10Vの電圧を印加し、各サンプルのシート抵抗を測定した。
【0044】
図4に測定結果を示している。フィルター層2に含まれる高屈折率層21の1つの層の表面を低抵抗化したサンプルS1〜S4においては、シート抵抗の測定値がそれぞれ、5×107Ω/□〜5×109Ω/□となり、ごみの付着が懸念されるシート抵抗値1×1012Ω/□より十分に低い値となっている。
【0045】
(2)ごみの付着試験
上記にて製造したサンプルS1〜S4およびR1の光学多層膜フィルター10の表面10Aの上で、眼鏡レンズ用拭き布を1kgの垂直加重にて10往復こすりつけ、このときに発生した静電気によるごみの付着の有無を調べた。ごみとしては、発泡スチロールを約5mmの大きさに砕いたものを使用した。判断基準は、以下の通りである。
○:ごみの付着が認められなかった。
△:ごみが数個付着していることが認められた。
×:数多くのごみが付着していることが認められた。
【0046】
図4に示すように低抵抗化した光学多層膜フィルター10のサンプルS1〜S4の評価はすべて○である。したがって、低抵抗化の処理を施した光学多層膜フィルター10は優れた帯電防止効果を備えていることがわかった。
【0047】
(3)評価結果
実施例1〜4により得られたサンプルS1〜S4は、シート抵抗が低く、ごみの付着が見られない。したがって、ケイ素またはゲルマニウムを表面に添加することにより、帯電防止効果に優れた光学多層膜フィルターを得られることがわかった。
【0048】
ケイ素(シリコン)を例に説明すると、高屈折率層であるTiO2層21の表面にSi(金属シリコン、金属ケイ素)を適当なエネルギーでイオンアシスト蒸着することにより、TiO2層21の表面あるいは表面を含む近傍、たとえば、サブナノから1nmあるいはそれ以上の厚みの領域である表層域23にシリコンの領域あるいは部分が生成される可能性がある。シリコンは半導体なのでシート抵抗が低く、帯電防止性能が得られる。
【0049】
さらに、TiO2層21の表面からサブナノから1nm前後程度あるいはそれ以上の厚みの部分にSi原子が注入(添加)されることにより、TiO2層21を構成しているTiO2とミキシングされ、化学反応を起こしている可能性がある。すなわち、TiO2層21にSi原子が叩き込まれ(打ち込まれ)、下地の材料であるTiO2層と化学反応を起こし、表面の近傍の領域である表層域23が改質される。その結果、表層域23の少なくとも一部において、TiO2層のTi原子とSi原子とが反応し化合物であるTiSi、TiSi2などのチタンシリサイドが形成される可能性がある。チタンシリサイド(たとえば、TiSi2)の抵抗率は15〜20μΩ・cm(シート抵抗(20nm)は12〜18Ω/□)と低く、導電性を向上でき、優れた帯電防止性能が得られる。
【0050】
さらに、シリコンおよびシリサイドは、酸やアルカリに対しての耐腐食性に優れ化学的に安定性が高い。また、TiO2層21に積層されるSiO2層22と同系統の組成なので、多層膜であるフィルター層2の機械的な安定性も損なわれにくい。逆に、TiO2層21の表層域23をシリサイドに改質することによりSiO2層22との密着性を向上できる可能性もある。
【0051】
したがって、TiO2層21の表面にシリコン(ケイ素)を添加することにより、TiO2層21の表層域23の全体にわたり、あるいは部分的に、シリコン、または、チタンシリサイド、さらにはチタンシリサイドの酸化物という領域を形成することができ、それらの微小な導電領域(低抵抗な領域)の存在によりフィルター層2のシート抵抗を低減でき、導電性を向上できると考えられる。このため、シリコンを添加する層は、フィルター層2を構成する60層の59層目に限定されることなく、いずれかの層でよく、さらに、複数の層の表面にシリコンを注入しても同様の結果が得られると考えられる。
【0052】
また、シリコンの注入方法も、イオンアシスト蒸着に限らず、他の方法、たとえば、通常の真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング等を用いて導入・混合することによりフィルター層2を低抵抗化でき、帯電防止性能を向上できると考えられる。
【0053】
さらに、この方式では、TiO2層21の表面からサブナノから1nm前後程度の厚さ、あるいは数nmの厚さの部分をシリコン注入により改質するだけで、十分な帯電防止性能を発揮できる程度に低抵抗にすることができる。このため、シリコン注入により改質または形成される組成の光吸収率が高い場合であっても、表層域23による光吸収などを、光学多層膜フィルター10の光学的性能にほとんど影響を与えない程度にとどめることができる。さらに、シリコンの注入により改質される表層域23が非常に薄く、光学的な性能に与える影響が小さいので、フィルター層2の膜設計を変える必要も生じないであろう。
【0054】
シリコンに代わり、ゲルマニウムおよび炭素を注入して低抵抗化する場合も同様に考えることができる。シリコン、ゲルマニウム、炭素のみを注入する代わりに、これらを混合して注入しても良い。さらに、これらの金属と、シリサイドなどの化合物を形成する遷移金属とをともに注入してもよい。ゲルマニウムおよび炭素は、シリコンと同じ第IV族元素であり、同様の電子構造を持ち、周期律表のシリコンの上下に位置する組成である。また、ゲルマニウム、炭素は単体で、シリコンと同様にシート抵抗が小さく、さらに、シリコンと同様に遷移金属と低抵抗の化合物を形成する。したがって、シリコンに代わり、ゲルマニウムあるいは炭素を注入することにより表層域23を低抵抗化することが可能であり、化学的および機械的に安定で、帯電防止性能に優れ、ごみの付着を抑制でき、さらに、光学的性質の低下もほとんどない光学多層膜フィルターを提供できる。
【0055】
また、炭素およびケイ素(シリコン)は、身近な製品に多用されている低コストの素材である。また、ゲルマニウムも、シリコンとともに半導体基板などの工業材料として多く用いられている。したがって、炭素、ケイ素(シリコン)、または、ゲルマニウムを用いて低抵抗化することにより、低コストで帯電防止性能に優れた光学多層膜フィルターを提供できる。
【0056】
図6に、実施例1〜4の光学多層膜フィルター10を含んで構成される電子機器装置を示している。この実施例は、電子機器装置として、例えば、静止画の撮影を行うレンズ鏡筒が取り外し可能なデジタルスチルカメラの撮像装置に適用した例である。図6の撮像装置400は、撮像モジュール100を含む。撮像モジュール100は、光学多層膜フィルター10と、光学ローパスフィルター110と、光学像を電気的に変換する撮像素子のCCD(電荷結合素子)120と、このCCD120を駆動する駆動部130を含む。
【0057】
光学多層膜フィルター10は、本発明の実施例において説明したように、基材1と、高屈折率層21と低屈折率層22とが交互に積層された無機薄膜のフィルター層2とを含み、UV−IRカットフィルター機能を有する。この光学多層膜フィルター10は、前記したCCD120の前面に、固定治具140によってCCD120と一体的に構成され、CCD120の防塵ガラス機能を併せて有している。この固定治具140は金属によって構成されており、光学多層膜フィルター10の最表層と電気的に接続されている。そして、固定治具140は、アースケーブル150によってアース(地落)されている。光学多層膜フィルター10は、塵除去のために圧電素子などにより振動が加えられるようになっていてもよい。
【0058】
撮像装置400は、撮像モジュール100に加え、光入射側に配置されるレンズ200と、撮像モジュール100から出力される撮像信号の記録・再生等を行う本体部300とを含む。なお、図示しないが、本体部300には、撮像信号の補正等を行う信号処理部と、撮像信号を磁気テープ等の記録媒体に記録する記録部と、この撮像信号を再生する再生部と、再生された映像を表示する表示部などの構成要素が含まれる。撮像装置400の一例はレンズ鏡筒が取り外し可能なデジタルスチルカメラであり、CCD120と防塵ガラス機能とUV−IRカットフィルター機能とを一体的に備えた光学多層膜フィルター10の搭載により、貼り合わせ精度がよく、良好な光学特性のデジタルスチルカメラを提供することができる。なお、実施例の撮像モジュール100は、レンズ200を分離して配置した構造で説明したが、レンズ200も含めて撮像モジュールが構成されていてもよい。
【0059】
光学多層膜フィルターは、デジタルスチルカメラ、デジタルビデオカメラなどの撮像装置にかぎらず、いわゆるカメラ付携帯電話、いわゆるカメラ付携帯型パソコン(パーソナルコンピューター)などに適応でき、ほこりがつきにくく、光透過率が高い帯電防止性光学素子としての性能を維持できる。したがって、撮像機能を備えた多くのシステムに本発明を適用できる。
【0060】
多層膜を備えた本発明の異なる実施形態の1つは、光学ローパスフィルター(OLPF)である。OLPFの構成の一例は、水晶複屈折板と、帯電防止機能を備えたフィルター層2を含むIRカットガラスと、位相差フィルムと、水晶複屈折板とが順次積層されている構成のものである。
【0061】
このように、本発明に係る光学物品は、種々の波長帯域の光を選択的に透過させたり、光の透過率を確保したりすることが要求されるシステムに好適なものである。光学基材は、白板ガラスを用いて説明したが、これに限定せず、BK7、サファイアガラス、ホウケイ酸ガラス、青板ガラス、SF3、及びSF7等の透明基板であってもよいし、一般に市販されている光学ガラスであってもよい。さらに、光学基材として上述した水晶板を用いてもよく、また、プラスチック製の光学基材を用いてもよい。
【0062】
また、フィルター層2を構成する高屈折率層21と低屈折率層22との組み合わせは、TiO2/SiO2に限定されることはない。フィルター層2は、ZrO2/SiO2、Ta25/SiO2、NdO2/SiO2、HfO2/SiO2、Al23/SiO2を含むさまざまな系で構成でき、それらのいずれかの層の炭素、ケイ素および/またはゲルマニウムを添加して表面処理し、低抵抗化および/または帯電防止機能を付加することが可能である。さらに、本発明の光学物品は、多層のフィルター層2に加えて、上述した防汚層などの他の機能層を含んでいてもよい。たとえば、光学基材がプラスチックなどの場合は、ハードコート層、プライマー層などの機能層を含んでいてもよい。
【符号の説明】
【0063】
1 基材、2 フィルター層、21 高屈折率層、22 低屈折率層、23 表層域、10、光学多層膜フィルター。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成されたフィルター層であって、所定の波長域の光を透過し、前記所定の波長域よりも長波長および/または短波長の光を遮断するフィルター層を有する光学物品の製造方法であって、
前記フィルター層に含まれる第1の層を形成することと、
前記第1の層の表面に、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかを添加することにより低抵抗化することとを有する、光学物品の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層である、光学物品の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2において、前記低抵抗化することは、さらに、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成する遷移金属を前記第1の層の表面に添加することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、前記フィルター層は前記第1の層を含む多層膜であり、
さらに、前記第1の層に重ねて前記多層膜の他の層を形成することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項5】
光学基材と、
前記光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成されたフィルター層であって、所定の波長域の光を透過し、前記所定の波長域よりも長波長および/または短波長の光を遮断するフィルター層とを有し、
前記フィルター層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかの添加により低抵抗化された表層域を含む第1の層を備えている、光学物品。
【請求項6】
請求項5において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層である、光学物品。
【請求項7】
請求項5または6において、前記表層域は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと遷移金属との化合物を含む、光学物品。
【請求項8】
請求項5ないし7のいずれかにおいて、前記フィルター層は、可視光を透過し、紫外光および/または赤外光を遮断するフィルターである、光学物品。
【請求項9】
請求項5ないし8のいずれかにおいて、前記フィルター層は多層膜であり、前記第1の層は、前記多層膜を構成する1つの層である、光学物品。
【請求項10】
請求項9において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む酸化物層である、光学物品。
【請求項11】
請求項5ないし10のいずれかにおいて、前記光学基材は、ガラス板または水晶板である、光学物品。
【請求項12】
請求項5ないし11のいずれかに記載の光学物品と、
前記光学物品を通して画像を取得するための撮像装置とを有する、システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−231172(P2010−231172A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199465(P2009−199465)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】