説明

光学素子の製造方法および光学素子

【課題】光学高分子構造体の内部にフェムト秒レーザを照射し、加熱により、レーザ照射部と非照射部との屈折率差を大きくする光学素子の製造方法を提供する。また、回折効率の高い光学素子および伝播損失の少ない光導波路を有する光学素子を提供する。
【解決手段】本発明の光学素子の製造方法は、パルス幅が10-15秒〜10-11秒のフェムト秒レーザを光学高分子構造体の内部に照射することにより、照射部の屈折率を変化させるレーザ照射工程と、加熱を行なう加熱工程とを含み、加熱工程は、加熱温度を絶対温度でTとし、光学高分子構造体を構成する材料のガラス転移点の絶対温度をTgとするとき
、0.8≦T/Tg≦1.13の条件で加熱することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス幅が10-15秒〜10-11秒の超短パルスレーザ(以下、「フェムト秒レーザ」ともいう。)を光学高分子構造体内部に照射し、レーザ照射部の屈折率を変化させる光学素子の製造方法および光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リソグラフィなどのプロセスにより光学素子を製造する方法とは別に、フェムト秒レーザをガラスまたは光学高分子構造体の内部に照射し、照射部の屈折率を変化させて、たとえば回折光学素子または光導波路を有する光学素子を製造する方法が知られている。この方法は、照射するレーザをレンズなどにより集光し、焦点位置を、光学高分子構造体の内部で移動させることにより、屈折率などが変化した構造変化部を光学高分子構造体の内部の任意の部分に形成することができる。(特許文献1参照)。屈折率などが異なるレーザ照射部の大きさ、形状、構造変化の程度などは、レーザの照射時間、レーザの焦点位置の移動方向とその速度、光学高分子構造体の材質、レーザのパルス幅と照射エネルギまたはレンズの開口数などにより調整することができる。フェムト秒レーザは、チタン・サファイア結晶をレーザ媒質として得られ、同じ出力であっても、単位時間および単位空間当たりの電場強度が極めて高いため、無機ガラスなどに照射することにより、新たな構造を誘起することができる。
【0003】
フェムト秒レーザによる屈折率などの変化は、熱溶融と冷却による構造の変化、架橋反応による構造の変化、相分離による構造の変化などにより誘起される。たとえば、レーザの照射により、光学高分子材料が溶融し、冷却することにより、照射前の配向状態から照射後の無配向状態に構造が変化する。また、架橋反応により、照射前の未架橋状態が照射後、架橋状態に構造が変化する。あるいは、相分離により、混合もしくは溶解状態から相分離した状態に構造が変化する。屈折率などが変化したレーザ照射部を直接、内部に形成するため、製造工程を短縮化することができ、素子を集積化できる。また、光学高分子材料を用いると、屈折率などが変化した構造変化部を、500mW以下の低いエネルギのレーザにより形成することができるため、高速加工が可能である。
【0004】
また、近赤外領域の波長のフェムト秒レーザを石英ガラスからなる基板に集光照射し、基板の内部に高屈折領域を連続的に誘起し、光導波路を形成した後、基板を600℃〜1000℃の温度雰囲気下で2時間以上加熱処理する光導波路の製造方法が知られている(特許文献2参照)。この方法により製造した光学素子は、光導波路の伝播損失が小さく、伝播損失の偏波依存性を抑制することができるとある。ここに、伝播損失の偏波依存性とは、あらゆる偏波を伝播させたときの伝播損失の最大値と最小値の差である。
【0005】
ところで、フェムト秒レーザにより光学素子を製造する場合、誘起する屈折率の変化が大きいことが望まれる。屈折率差が大きいと、たとえば回折光学素子において回折効率が高くなるというメリットがあるためである。ここで、屈折率の変化とは、レーザ照射部に誘起された屈折率と、未照射部の屈折率の差をいう。また、誘起する屈折率の変化は、その後の温度変化に対して安定することが望まれる。様々な温度環境下で、光学素子としての特性を安定化するためである。しかし、特許文献1には、光学高分子構造体として、プラスチック構造体は開示されているが、大きな屈折率差をもたらす方法は具体的に開示されておらず、また、誘起する屈折率の変化のその後の温度変化に対する安定性については述べられていない。また、特許文献2では、フェムト秒レーザの照射により、石英ガラスからなる基板内に形成された光導波路特性が加熱により向上することは述べられているが、特性が向上する理由および加熱処理時の温度依存性については述べられておらず、また
、誘起する屈折率の変化のその後の温度変化に対する安定性については述べられていない。
【特許文献1】特開2002−249607号公報
【特許文献2】特開2003−240994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、光学高分子構造体の内部にフェムト秒レーザを照射し、加熱により、レーザ照射部と非照射部との屈折率差を大きくする光学素子の製造方法を提供することにある。また、回折効率の高い光学素子および伝播損失の少ない光導波路を有する光学素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の光学素子の製造方法は、パルス幅が10-15秒〜10-11秒のフェムト秒レーザを光学高分子構造体の内部に照射することにより、照射部の屈折率を変化させるレーザ照射工程と、加熱を行なう加熱工程とを含み、加熱工程は、加熱温度を絶対温度でTとし、光学高分子構造体を構成する材料のガラス転移点の絶対温度をTgとするとき、0.8≦
T/Tg≦1.13の条件で加熱することを特徴とする。
【0008】
加熱工程における加熱は、30秒間以上であることが好ましい。
上記加熱温度Tは、所定時間の加熱において、照射部と非照射部との屈折率の差が最大となる温度の絶対温度の±10K以内、前記屈折率の差が飽和する時間が最短である温度の絶対温度の±10K以内、および前記屈折率の差が極大となる時間が最短である温度の絶対温度の±10K以内のいずれかの温度であることが好ましい。
【0009】
上記加熱温度Tは、光学素子が使用時に曝される最高温度を絶対温度でT1とし、0.
8≦T1/Tg≦1.13の範囲にある場合に、T1≦Tとすることが好ましい。
【0010】
上記光学高分子構造体を構成する材料は、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、およびシクロオレフィンポリマーからなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0011】
上記光学高分子構造体は、母材と添加材とを含む混合物からなり、母材がポリメチルメタクリレートであり、添加材が、つぎの式(1)に示す構造を有するジアリールエテンであり、母材に対する添加材の混合比率が3質量%以上であることが好ましい。
【0012】
【化1】

【0013】
(式(1)において、R1とR4とは、脂肪族炭化水素基、ヒドロキシ基、ニトロ基、アミノ基またはメルカプト基である。R2、R3、R5およびR6は、水素、アミノ基、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、および芳香族複素環基からなる群より選択される置換基、またはR2とR3、およびR5とR6とは、芳香族炭化水素または芳香族複素環を構成して
もよい。XとYとは、硫黄、窒素または酸素であり、環Zは脂環式炭化水素、芳香族炭化水素または芳香族複素環からなる構造を有する。)
また、本発明は、上記光学素子の製造方法により製造した光学素子であって、照射部と非照射部との屈折率の差が0.0002以上である光学素子に関する。
【0014】
レーザ照射部と非照射部との屈折率の差の加熱温度T以下での温度変化に対する安定性が、±30%以下であることが好ましい。
【0015】
前記照射部は、照射部の厚さ0.3mmにおける使用波長の光線の透過率が80%以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の製造方法によれば、フェムト秒レーザの照射部と非照射部の屈折率差が大きい光学素子を提供できる。したがって、回折光学素子の回折効率を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の光学素子の製造方法は、フェムト秒レーザを光学高分子構造体の内部に照射する工程と、加熱する工程とを備え、加熱工程においては、加熱温度を絶対温度でTとし、光学高分子構造体を構成する材料のガラス転移点の絶対温度をTgとするとき、0.8≦
T/Tg≦1.13の条件で加熱する。レーザ照射により、光学高分子構造体の内部にお
けるレーザ照射部の屈折率を変化させ、その後、加熱処理を行なうことにより、レーザ照射部と非照射部との屈折率差を拡大することができる。その結果、レーザ照射部と非照射部との屈折率差が0.0002以上であり、屈折率差が好ましくは0.0005以上、より好ましくは0.0008以上の光学素子を提供することができる。
【0018】
本発明において、光学高分子構造体とは、該光学高分子構造体から製造される光学素子の使用波長帯域で透明なものをいい、好ましくは使用波長帯域における透過率が80%以上である。また、その形状は、板状、膜状、特定形状(例えばレンズ形状など)、複雑な立体形状などいずれの形状のものでもよい。
【0019】
また、レーザ照射により、光学高分子構造体の内部におけるレーザ照射部の屈折率を変化させ、その後、加熱処理を行なうことにより、レーザ照射部と非照射部との屈折率差を、その後の温度変化に対して安定化することができる。その結果、レーザ照射部と非照射部との屈折率差の温度や時間変化に対する安定性が±30%以下であり、安定性が好ましくは±20%以下、より好ましくは±15%以下の光学素子を提供することができる。なお、安定性とは、所定時間加熱処理後のブラッグ一次回折効率から求められる屈折率と、加熱処理後に曝される温度変化を施した後のブラッグ一次回折効率から求められる屈折率との差を、前者の屈折率(所定時間加熱処理後のブラッグ一次回折効率から求められる屈折率)で除した値いう。この値が小さい場合に、経時変化において安定性がよい光学素子を提供することができる。
【0020】
また、レーザ照射部の厚さ0.3mmにおける使用波長の光線の透過率が、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上である光学素子を提供することができる。なお、レーザ照射部の厚さは、実用的な最小厚みを考慮して、厚さ0.01mmでの使用波長の光線の透過率が80%以上であっても、光利用効率の高い光学素子として利用できる。使用波長の光線は、可視光線や近赤外光線などである。したがって、たとえば、高回折効率を有する回折光学素子、また、たとえば曲率半径が小さいときの伝播損失が小さい光導波路、また、回折効率や伝播特性を温度変化に対して安定化することのできる優れた光学素子を製造することができる。
【0021】
加熱工程においては、レーザ照射部と非照射部との屈折率差を高め、光学素子の1次回折効率を高めるたり、レーザの照射部と非照射部との屈折率差のその後の温度変化に対する安定性を高める点で、T/Tgの値を0.8以上とし、0.86以上が好ましい。加熱
温度が、Tgを大きく越えると、高分子材料の他の物性が変化するため、T/Tg≦1.13の条件とする。加熱時間は、T/Tgの値などにより変動するが、一般には30秒間以
上とし、0.5時間以上が好ましく、24時間以上がより好ましい。また、レーザ照射部と非照射部との屈折率差を拡大する効率を高め、加熱時間を短縮化する点で、加熱温度Tは、所定時間の加熱において、照射部と非照射部との屈折率の差が最大となる温度の絶対温度の±10K以内、前記屈折率の差が飽和する時間が最短である温度の絶対温度の±10K以内、および前記屈折率の差が極大となる時間が最短である温度の絶対温度の±10K以内のいずれかの温度であることが好ましい。これらの温度条件は、用いる光学高分子構造体を上記加熱温度条件下で加熱し、そのプロットにより決定される。上記所定期間は特に限定されないが、およそ168時間(7日間)の加熱のプロットにより、決定することができる。
【0022】
また、レーザ照射部と非照射部との屈折率差の温度変化に対する安定性を高める点で、加熱温度Tは、光学素子の使用時に曝される最高温度をT1とするとき、T1≦Tが好ましく、(T1+10)≦Tの温度がより好ましい。また特に、光学素子の使用時に、長期継
続的に0.8≦T/Tg≦1.13の範囲の高温T2に曝される場合には、安定性を高めるために、T2≦Tの温度で24時間以上加熱することが好ましく、120時間(5日間)
以上がより好ましい。
【0023】
加熱工程は、加熱時の雰囲気として一般的な大気雰囲気でよいが、たとえば、シクロオレフィンポリマーのようにグレードによっては加熱時に酸化劣化され易い材料の場合、加熱時の雰囲気として酸素を除去するために、真空や減圧雰囲気、窒素雰囲気などとしても本発明の効果を得ることができる。
【0024】
光学高分子構造体を構成する材料は、ホモポリマー、コポリマー、ポリマーアロイ、ポリマーブレンドなどの高分子材料を単独または2種以上組み合わせた材料であり、ポリマーは、熱可塑性ポリマー、熱硬化性ポリマー、紫外線硬化性ポリマーなどが好ましい。
【0025】
熱可塑性ポリマーは、たとえば、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレートなどのポリメタクリル酸エステル、ポリエチルアクリレート、ポリブチルアクリレートなどのポリアクリル酸エステル、ブチルアクリレートとエチルアクリレートからなる共重合体、ポリメタクリルイミド、ポリスチレン、ABS樹脂、AS樹脂などのスチレン系ポリマー、6−ナイロン、66−ナイロン、12−ナイロンなどのポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレートなどのポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン、ビスフェノールA系ポリカーボネートなどのポリカーボネート、ポリエーテルスルホン、ポリノルボルネン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルフィドなどを好ましく使用することができる。また、たとえば、アクリル系熱可塑性エラストマー、スチレン系熱可塑性エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、ポリオレフィン系熱可塑性エラストマー、ポリウレタン系熱可塑性エラストマーなどの各種熱可塑性エラストマーなども使用することができる。
【0026】
熱硬化性ポリマーには、熱硬化性ポリウレタン、熱硬化性ポリエステル、フェノール系樹脂、メラミン系樹脂、エポキシ系樹脂などが含まれる。フッ化ビニリデン、ヘキサフルオロプロピレン、ヘキサフルオロアセトンなどのフッ素系樹脂を用いることができる。ま
た、作業性が高まる点で、ポリシラン系ポリマーが好ましい。ポリシラン系ポリマーとしては、ポリ(ジメチルシラン)、ポリ(メチルエチルシラン)、ポリ(メチルプロピルシラン)、ポリ(メチルブチルシラン)、ポリ(メチルヘキシルシラン)、ポリ(ジヘキシルシラン)、ポリ(ジドデシルシラン)などのポリ(アルキルアルキルシラン)、ポリ(メチルシクロヘキシルシラン)などのポリ(アルキルシクロアルキルシラン)、ポリ(メチルフェニルシラン)などのポリ(アルキルアリールシラン)、ポリ(ジフェニルシラン)などのポリ(アリールアリールシラン)、ポリフェニルシリン、ポリメチルシリンなどのケイ素原子の3次元構造を有するホモポリマー、ポリ(ジメチルシラン−メチルシクロヘキシルシラン)、ポリ(ジメチルシラン−メチルフェニルシラン)などのコポリマーを使用することができる。
【0027】
光学高分子構造体を構成する材料として、母材と添加材とを含む混合物を用いることができる。母材と添加材とを含む混合物を用いるときは、母材がポリメチルメタクリレートであり、添加材が、つぎの式(1)に示す構造を有するジアリールエテンである態様が、レーザ照射部と非照射部との屈折率差の大きい光学素子を得ることができる点で好ましい。
【0028】
【化2】

【0029】
(式(1)において、R1とR4とは、脂肪族炭化水素基、ヒドロキシ基、ニトロ基、アミノ基またはメルカプト基である。R2、R3、R5およびR6は、水素、アミノ基、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、および芳香族複素環基からなる群より選択される置換基、またはR2とR3、およびR5とR6とは、芳香族炭化水素または芳香族複素環を構成してもよい。XとYとは、硫黄、窒素または酸素であり、環Zは脂環式炭化水素、芳香族炭化水素または芳香族複素環からなる構造を有する。)
上記式(1)において、R1とR4とは、同一でも異なっていてもよく、脂肪族炭化水素基であることが好ましく、なかでもメチル基が好ましい。R2、R3、R5およびR6は、同一でも互いに異なっていてもよく、R2、R3、R5とR6が芳香族炭化水素の構成原子または芳香族複素環の構成原子であるときは、とくに、t−ブチル基またはトリフェニルアミノ基を有する態様が好ましい。XとYが硫黄原子である態様が好ましい。環Zとしては、とくにフッ素で置換された態様が好ましい。
【0030】
式(1)に示す添加剤のうち、つぎの式(2)に示す構造のジアリールエテンが、レーザ照射部と非照射部との屈折率差をより大きく拡大することができる点で好ましい。また、同様の観点から、式(1)に示す構造のジアリールエテンの母材に対する混合比率は、3質量%以上が好ましく、5質量%以上がより好ましい。一方、使用波長の光線の透過率を高め、レーザ加工を容易にし、かつレーザ加工により製造された光学素子の光利用効率を高める点で、添加材の母材に対する混合率は、40質量%以下が好ましく、35質量%以下がより好ましい。また、光学高分子構造体における母材と添加材の含有率は、レーザ照射部と非照射部との屈折率差を大きくする点で、80質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましい。光学高分子構造体の可視光線透過率が高いと、構造体内部を視認することができ、フェムト秒レーザの照射位置および焦点位置を容易に調整することがで
き、レーザ加工を容易にすることができる。また、レーザ加工により製造された光学素子の光利用効率を高めることができる。したがって、添加材を10質量%混合したときの厚さ3mmでの使用波長の光線の透過率が80%以上の態様が好ましく、より好ましくは90%以上である。光学高分子構造体の厚さと透過率は、実用的な厚さを考慮して、厚さ0.1mmでの使用波長の光線の透過率が80%以上であっても、光利用効率の高い光学素子として利用することができる。なお、照射部の厚さは、レーザが照射された際に、光学高分子構造体において屈折率の変化が誘起されるレーザ進入方向の長さ(改質厚)をいう。
【0031】
【化3】

【0032】
本発明では、光学高分子構造体の内部にフェムト秒レーザを照射して、照射部に屈折率変化を誘起する方法において、レーザ照射後に加熱処理を行なうことにより、照射部に誘起された屈折率と非照射部の屈折率差を拡大でき、また、その後の温度変化による屈折率差の変化を安定化できることを新たに見出したものである。このようにレーザ照射後の加熱処理により屈折率差が拡大および安定化するメカニズムは未だ明確には解明されていないが、構造的な変化としての照射部の収縮、例えば体積緩和の促進により照射部の密度が増加することが推測される。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)
まず、1.レーザ照射方法、2.回折特性の測定方法と屈折率差の計算方法、3.レーザ照射による屈折率変化部位の透過率の測定方法について述べる。
【0035】
1.レーザ照射方法
フェムト秒レーザは、中心波長800nm、パルス幅118×10-15秒、繰返し周波
数1kHzとした。また、N.A.(開口数)0.13の対物レンズ(倍率5倍)を使用し、対物レンズの前に5.5mm径のアパーチャを設定した。また、各材料の屈折率をnとしたときに、構造体の表面から内部への移動が500μm/nとなるように、光学高分子構造体の内部に集光照射し、周期Λが10μmで、一辺が1mmの回折格子を作製した。また、ステージ速度は1mm/sで走査した。
【0036】
2.回折特性の測定方法と、フェムト秒レーザの照射により誘起される屈折率差Δnの計算方法
回折特性として、回折効率と回折角を測定した。すなわち、フェムト秒レーザにより形成した周期Λが10μmで、一辺が1mmの回折格子を、回折格子に垂直な方向からブラッグ角θBだけ傾けて測定した。測定に使用するレーザは、He−Neレーザ(波長λ=
632.8nm)とし、ビーム径φ0.5mmで入射した。その後、回折格子から500
mmの位置にスクリーンを置き、0次光と1次光の間隔から回折角を算出した。
【0037】
本実施例の場合、2ΛsinθB=λの関係よりθB=1.8°となるため、回折格子を傾ける角度は1.8°とし、また500mm離れた位置での0次光と1次光の距離が31.7mm程度であることから、周期Λ=10μmでの回折光を確認するようにした。一方、フェムト秒レーザによる照射部と非照射部との屈折率の差Δnは、回折効率から導出した。すなわち、測定した1次回折効率をη1、屈折率差をΔn、屈折率変化部の長さをL
、測定時の波長をλ、ブラッグ回折角をθBとして、つぎの式(3)から屈折率差Δnを
求めた。
【0038】
【数1】

【0039】
改質厚Lは透過型顕微鏡で観察することにより測定した。ここで、回折効率からのΔnの導出に本式を用いているのは、本実施例では、厚みを表すパラメータQ値が10に近い値であり、いわゆる「厚い」回折格子であり、回折格子の透過率が90%以上と吸収がほとんどないためである。なお、Q値は、つぎの式(4)のように表される。
【0040】
【数2】

【0041】
3.レーザ照射による屈折率変化部位の透過率の測定方法
透過率は、波長632.8nmの可視光線による光学高分子構造体への透過後光量に対し、厚さ160μm〜400μmの回折格子を透過した後、回折分岐した次数光をすべて足し合わせた光量の比率で表した。
【0042】
本実施例においては、光学高分子構造体を構成する材料として、屈折率1.490、ガラス転移点120℃のポリメチルメタクリレート(以下、「PMMA」という。)を用いた。また、PMMAには、三菱レーヨン社製のPMMA(商品名アクリライト、型式#000)を用いた。つぎに、光学高分子構造体の内部に、加工面でのレーザパルスエネルギが1000nJとなるようにフェムト秒レーザを照射した。その結果、改質厚Lは370μmであり、式(4)によりQ値は9.9となり、ブラッグ角での1次回折効率は1.9
%であった。また、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは1.5×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は90.5%であった。その後、25℃(室温)、40℃、50℃、60℃、70℃、80℃、90℃と100℃の各温度雰囲気中で経日処理を行なった後に、25℃(室温)下にて回折効率を測定した。表1と図1に、各温度雰囲気での経日処理後のブラッグ角での1次回折効率の経日変化を示す。また、レーザ照射部の7日間経過後の波長632.8nmでの光線透過率を表1に示す。各温度条件のうち、40℃〜100℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。
【0043】
【表1】

【0044】
表1と図1の結果から明らかなとおり、25℃では、レーザ照射後7日間経過でブラッグ角での1次回折効率は1.1%に対し、40℃以上で2.7%以上と2.5倍以上に向上する。特に、60℃以上の温度雰囲気では、加熱処理前に比べて1次回折効率が大幅に増加した。PMMAのガラス転移点の絶対温度Tgは、120+273=393Kであり
、40℃で加熱したときの絶対温度Tは、40+273=313Kであるから、T/Tg
は0.8となる。また、60℃で加熱したときの絶対温度Tは、60+273=333Kであるから、T/Tgは0.85となる。したがって、T/Tgが0.8以上の雰囲気で加熱することにより、回折効率が増加し、特に、T/Tgが0.85以上の雰囲気で加熱す
ることにより、回折効率が飛躍的に増加することがわかった。
【0045】
さらに、80℃で加熱した場合には、図1に示すように、5日間経過後、ブラッグ角での1次回折効率が70%に達した。したがって、80℃で5日間処理した場合の回折効率70%は、25℃の場合の回折効率1.1%に比べて約64倍であり、回折効率の飽和値(70%)が、経過日数が7日以下では、他の温度条件の飽和値に比べて高いことがわかった。また、70℃の場合、20日間以上経過後に飽和値(70%)に達したことから、飽和に達するまでの日数は、80℃の条件が、他の条件に比べて最も短く、最も効率よく処理できることがわかった。すなわち、本実施例の条件では、70℃〜80℃の温度条件の場合に、回折効率が最も高い値で飽和し、さらに、そのための処理時間が短い点で、80℃がピーク温度であった。
【0046】
所定の雰囲気下で7日間経過後のレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を表1に示す。表1の結果より、加熱前後を問わず、いずれの試料も波長632.8nmでの光線透過率は90%以上あった。また、いずれの試料も、加熱処理前後で改質厚Lは370μmで変化しなかった。すなわち、加熱前後での改質部の透明性と改質長さLは不変であり、測定条件も不変であった。しかし、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは、たとえば、回折効率が1.1%である25℃の雰囲気では、Δnが1.1×10-4であるのに対して、回折効率が70%である80℃の雰囲気では、Δnが10.8×10-4であり、約10倍大きくなった。したがって、式(3)により回折効率の増加は、屈折率差Δnの増加によるものと考察された。
【0047】
また、本実施例1と同様のフェムト秒レーザの条件において、加工面でのレーザパルスエネルギを500nJとなるようにフェムト秒レーザを照射した後、150℃で30秒間の加熱処理を行なった光学高分子構造体と、170℃で30秒間の加熱処理を行なった光学高分子構造体を作製し、上記と同様に回折効率等の評価を行なった。その結果、150℃で30秒間加熱処理した場合は、上記加熱処理を行なわない場合に比し、ブラッグ1次回折効率で2.5倍の値となった。また、170℃で30秒間加熱処理した場合は、上記加熱処理を行なわない場合に比し、ブラッグ1次回折効率で1.8倍の値となった。この時、改質厚Lは285μmで変化せず、波長632.8nmでの光線透過率はいずれも90%以上で変化せず、また、測定条件も不変であった。したがって、式(3)により回折効率の増加は、屈折率差Δnの増加によるものと考察された。
【0048】
これにより、レーザ照射後の加熱温度がガラス転移点以上となるT/Tg=(170+273)/(120+273)=1.13の条件においても、屈折率差Δnを高めるという本発明の同じ効果が奏されることがわかった。
【0049】
(実施例2)
本実施例においては、光学高分子構造体を構成する材料として、屈折率1.585、ガラス転移点142℃のポリカーボネート(以下、「PC」という。)を用いた。また、PCには、帝人社製のPC(商品名パンライト、型式AD−5503)を用い、光学高分子
構造体の内部に、加工面でのレーザパルスエネルギが500nJとなるようにフェムト秒レーザを照射した。その結果、改質厚Lは330μmであり、式(4)によりQ値は8.3となり、ブラッグ角での1次回折効率は0.3%であった。また、レーザ照射部と非照
射部との屈折率差Δnは0.7×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は95.8%であった。その後、25℃(室温)、70℃、90℃、110℃、120℃、130℃と150℃の各温度雰囲気中で経日処理を行なった後に、25℃(室温)下にて、1次回折効率の経日変化を測定した。表2と図2に、各温度雰囲気での経日処理後のブラッグ角での1次回折効率の経日変化を示す。また、7日間経過後のレーザ照射部における波長632.8nmでの光線透過率を表2に示す。各温度条件のうち、70℃〜150℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。
【0050】
【表2】

【0051】
表2と図2の結果から明らかなとおり、25℃の雰囲気に対して、70℃以上の雰囲気では、日数経過とともに、ブラッグ角での1次回折効率が増加していくことがわかった。PCのガラス転移点の絶対温度Tgは、142+273=415Kであり、70℃で加熱
したときの絶対温度Tは、70+273=343Kであるから、T/Tgは0.83とな
る。したがって、T/Tgが0.83以上の雰囲気で加熱することにより、回折効率が増
加することがわかった。
【0052】
特に、120℃で加熱した場合には、図2に示すとおり、5日間経過後、ブラッグ角での1次回折効率が18%に達した。したがって、120℃で5日間経過後の回折効率18%は、25℃で7日間経過後の回折効率4%に比べて約4.5倍であり、回折効率の飽和値(18%)が他の温度条件の飽和値に比べて高いことを考慮すると、最も効率を高めるように処理できる条件であることがわかった。すなわち、本実施例の条件では、120℃がピーク温度であった。
【0053】
所定の雰囲気下で7日間経過後のレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を表2に示す。表2の結果より、加熱前後を問わず、いずれの試料も波長632.8nmでの光線透過率は90%以上あった。また、いずれの試料も、実施例1と同様に、加熱前後での改質部の透明性と改質長さLは不変であり、測定条件も不変であった。しかし、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは、たとえば、回折効率が4%である25℃の雰囲気では、Δnが2.4×10-4であるのに対して、回折効率が18%である120℃の雰囲気では、Δnが5.4×10-4であり、約2.3倍大きくなった。したがって、回折効率の増加は、屈折率差Δnの増加によるものと考察された。
【0054】
また、本実施例から、ガラス転移点142℃より高い温度の150℃でも、回折効率お
よびΔnが高まることがわかった。すなわち、光学高分子構造体に誘起される屈折率差はガラス転移点を越えても消失することなく、また、屈折率差を拡大することができる。なお、ガラス転移点を越えても、たわみなどの変形が問題とならないガラス転移点以上の近傍温度の場合は、ガラス転移点以上としても差し支えない。
【0055】
(実施例3)
本実施例においては、光学高分子構造体を構成する材料として、屈折率1.509、ガラス転移点123℃のシクロオレフィンポリマー(以下、「COP」という。)を用いた。また、COPには、日本ゼオン社製のCOP(商品名ZEONEX、型式330R)を用い、光学高分子構造体の内部に、加工面でのレーザパルスエネルギが400nJとなるようにフェムト秒レーザを照射した。また、N.A.(開口数)0.25の対物レンズ(倍率10倍)を使用し、対物レンズの前に5.5mm径のアパーチャを設定し、また、構造体の表面から内部への移動が1000μm/nとなるように、光学高分子構造体の内部に集光照射した。それ以外は実施例1と同様の条件とした。
【0056】
その結果、改質厚Lは160μmであり、式(4)によりQ値は4.2となり、ブラッグ角での1次回折効率は0.1%であった。また、レーザ照射部と非照射部との屈折率差
Δnは0.7×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は99%であった。その後、25℃(室温)、50℃、70℃、90℃、100℃の各温度雰囲気中で経時処理を行なった後に、25℃(室温)下にて、回折効率を測定した。表3と図3に、各温度雰囲気での経時処理後のブラッグ角での1次回折効率を示す。また、7日間経過後のレーザ照射部における波長632.8nmでの光線透過率を表3に示す。各温度条件のうち、50℃〜100℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。
【0057】
【表3】

【0058】
表3と図3の結果から明らかなとおり、25℃の雰囲気に対して、50℃以上の雰囲気では、ブラッグ角での1次回折効率が増加することがわかった。COPのガラス転移点の絶対温度Tgは、123+273=396Kであり、50℃で加熱したときの絶対温度T
は、50+273=323Kであるから、T/Tgは0.82となる。したがって、T/
gが0.82以上の雰囲気で加熱することにより、回折効率が増加することがわかった

【0059】
特に、100℃で加熱した場合には、表3と図3に示すとおり、0.5〜2時間後にブラッグ角での1次回折効率が14%程度と極大化する傾向を示した。したがって、100℃で0.5時間経過後の回折効率14%は、25℃で7日間経過後の回折効率6.6%の約2倍であり、他の温度条件での0.5時間経過時の回折効率に比べて高いことから、短時間に回折効率を高めるように処理できる条件であることがわかった。すなわち、本実施例の条件では、100℃がピーク温度であった。
【0060】
所定の雰囲気下で7日間経過後のレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を表3に示す。表3の結果より、加熱前後を問わず、いずれの試料も波長632.8nmでの光線透過率は90%以上あった。また、いずれの試料も、実施例1と同様に、加熱前後での改質部の透明性と改質長さLは不変であり、測定条件も不変であった。しかし、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは、たとえば、回折効率が6.6%である25℃の雰囲気では、Δnが6.5×10-4であるのに対して、回折効率が13.5%である70℃の雰囲気では、Δnが9.5×10-4であり、約1.5倍大きくなった。したがって、回折効率の増加は、屈折率差Δnの増加によるものと考察された。
【0061】
また、本実施例では、加熱時の雰囲気として一般的な大気雰囲気としているが、シクロオレフィンポリマーのようにグレードによっては加熱時に酸化劣化され易い材料の場合、加熱時の雰囲気として酸素を除去するために、真空や減圧雰囲気、および窒素雰囲気などとしても同様の効果を得ることができる。
【0062】
(実施例4)
本実施例においては、光学高分子構造体を構成する材料に、母材と添加材との混合物を用いた。母材は、屈折率1.49、ガラス転移点95℃のPMMAを用いた。PMMAの作成方法として、メチルメタクリレート(以下、「MMA」という。)30gと、MMAに対して0.1mol%の開始剤を加えた。窒素雰囲気下、55℃で72時間加熱し、バルク状のPMMAを得た。この場合のガラス転移点は95℃である。また、添加材は、つぎの式(2)に示す構造を有する屈折率1.56のジアリールエテンを用い、ジアリールエテンを母材に対して10質量%混合した。作成方法として、MMA30gに10質量%のジアリールエテンを溶解させ、MMAに対して0.1mol%の開始剤を加えた。これを、窒素雰囲気下、55℃で72時間加熱し、バルク状のジアリールエテンを含有するPMMAを得た。この混合物のガラス転移点は85℃であった。つぎに、光学高分子構造体の内部に、加工面でのレーザパルスエネルギが1100nJとなるようにフェムト秒レーザを照射した。その結果、改質厚Lは430μmであり、式(4)によりQ値は11.5となり、ブラッグ角での1次回折効率は9.3%であった。また、レーザ照射部と非照射
部との屈折率差Δnは2.8×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は60%であった。
【0063】
その後、25℃(室温)と70℃の各温度雰囲気中で7日間処理を行なった後に、25℃(室温)下にて、一次回折効率を測定した。図4に、各温度雰囲気における7日間経過後のブラッグ角における1次回折効率とレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を示す。なお、70℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。
【0064】
【化4】

【0065】
図4の結果から明らかなとおり、1次回折効率は、25℃の雰囲気下における12.1%に対して、70℃以上の雰囲気下では、89.6%と7倍以上向上した。また、格子部
の波長632.8nmでの光線透過率も加熱処理により80%から92%に向上した。光学高分子材料のガラス転移点の絶対温度Tgは、80+273=353Kであり、70℃
で加熱したときの絶対温度Tは、70+273=343Kであるから、T/Tgは0.9
7となる。したがって、T/Tgが0.97の雰囲気で加熱することにより、光学高分子
構造体が混合物からなる態様においても、回折効率が増加することが確認できた。
【0066】
なお、いずれの試料も、加熱処理前後で改質厚Lは430μmで変化しなかった。また、加熱前後で改質部の透明性は変化するが、この変化が透明性が向上する方向であるためジアリールエテンの異性化による屈折率増加とは逆方向であるといえる。そして、測定条件も同一であったが、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは、回折効率が12.1%である25℃の雰囲気では、Δnが3.4×10-4であるのに対して、回折効率が89.6%である70℃の雰囲気では、Δnが11.6×10-4であり、3.4倍大きくなった。したがって、回折効率の増加は、実施例1〜3と同様に、屈折率差Δnの増加によるものと考察された。
【0067】
(実施例5)
本実施例においては、フェムト秒レーザの中心波長を400nm、光学高分子構造体の内部に、加工面でのレーザパルスエネルギが164nJとなるようにした以外は、実施例1と同様の条件にてフェムト秒レーザを照射した。その結果、改質厚Lは240μmであり、式(4)により求められるQ値は6.4となり、ブラッグ角での1次回折効率は1.
0%であった。また、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは1.7×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であった。その後、25℃(室温)、50℃、70℃、と100℃の各温度雰囲気中で経日加熱処理を行なった後に、25℃(室温)下にて、回折効率を測定した。表4と図5に、各温度雰囲気での経日加熱処理後のブラッグ角での1次回折効率を示す。また、レーザ照射部の8日間経過後の波長632.8nmでの光線透過率を表4に示す。
【0068】
各温度条件のうち、50℃〜100℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。
【0069】
【表4】

【0070】
表4と図5の結果から明らかなとおり、50℃以上ではブラッグ角での1次回折効率は向上し、特に、50℃と70℃の温度雰囲気では、加熱処理前に比べて1次回折効率が大幅に増加した。PMMAのガラス転移点の絶対温度Tgは、120+273=393Kで
あり、50℃で加熱したときの絶対温度Tは、50+273=323Kであるから、T/Tgは0.85となる。したがって、T/Tgが0.85以上の雰囲気で加熱することにより、回折効率が増加することがわかった。
【0071】
さらに、70℃で加熱した場合には、図5に示すように、ブラッグ角での1次回折効率が、5日間経過後に27%、18日間経過後に30%に達した。したがって、70℃で18日間処理した場合の回折効率30.1%は、25℃で8日間処理した場合の回折効率0
.7%の約43倍であり、また、他の温度条件での飽和となる回折効率値および極大となる回折効率値に比べて高いことがわかった。すなわち、本実施例の条件では、70℃の温度条件の場合に回折効率が最も高い値で飽和し、さらに、そのための処理時間が短い点で、70℃がピーク温度であった。
【0072】
所定の雰囲気下で8日間経過後のレーザ照射部の可視光線透過率を表4に示す。表4の結果より、加熱前後を問わず、いずれの試料も可視光線透過率は90%以上あった。また、いずれの試料も、加熱処理前後で改質厚Lは240μmで変化しなかった。すなわち、加熱前後での改質部の透明性と改質長さLは不変であり、測定条件も不変であった。しかし、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは、たとえば、回折効率が1.2%である25℃の雰囲気では、Δnが1.9×10-4であるのに対して、回折効率が31.6%である70℃の雰囲気では、Δnが10.0×10-4であり、約5.3倍大きくなった。したがって、式(3)により回折効率の増加は、屈折率差Δnの増加によるものと考察された。
【0073】
下記実施例6〜9においては、フェムト秒レーザ照射後に、加熱処理を行ない、更にその後に温度雰囲気条件を変えて、回折効率を評価した。
【0074】
(実施例6)
本実施例においては、先ず、光学高分子構造体の内部に、加工面でのレーザパルスエネルギが500nJとなるようにフェムト秒レーザを照射した。また、構造体の表面から内部への移動が1000μm/nとなるように、光学高分子構造体の内部に集光照射した。それ以外は実施例1と同様の条件とした。その結果、改質厚Lは315μmであり、式(4)によりQ値は8.4となり、ブラッグ角での1次回折効率は1.3%であった。また
、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは1.5×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は97%であった。
【0075】
その後、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度雰囲気中で7日間経過処理を行なった。70℃と100℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。処理後に25℃(室温)下にて測定を実施すると、25℃(室温)での7日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は0.9%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは1.2×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は97%であり、また、70℃での7日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は60.5%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは11.4×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は99%であり、また、100℃での7日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は7.1%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは3.4×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は97%であった。
【0076】
さらにその後、上記処理を行なった光学高分子構造体の各々を、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度雰囲気中で113時間、H/C1の温度サイクル雰囲気中で110サイクル、H/C2の温度サイクル雰囲気中で102サイクル、の各条件で経過処理を行なった後、25℃(室温)下にて測定を実施した。ここで、H/C1は、−25℃の温度雰囲気下で30分間経過後、70度の温度雰囲気下で30分間経過することを1サイクルとする温度サイクルのことであり、また、H/C2は、−40℃の温度雰囲気下で30分間経過後、100℃の温度雰囲気下で30分経過することを1サイクルとする温度サイクルのことを示す。
【0077】
表5と表6に、レーザ照射後に、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度で7日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率およびレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を示す。また、図6に、レーザ照射後に25℃(室温)で7
日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。また、図7に、レーザ照射後に70℃で7日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。また、図8に、レーザ照射後に100℃で7日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。各温度雰囲気条件のうち、−25℃は恒温冷却槽、70℃、100℃は恒温加熱槽、H/C1とH/C2はヒートサイクル試験槽により調整した。
【0078】
【表5】

【0079】
【表6】

【0080】
表5と図6から明らかなとおり、25℃(室温)で7日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気113時間経過後、およびH/C1の110サイクル後、H/C2の102サイクル後において、−25℃、25℃(室温)では、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として−54%(屈折率差Δnの安定性としては−32%)程度であるものの、70℃、100℃、H/C1、H/C2では大きく回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として+5300%(屈折率差Δnの安定性として+700%)程度となる。ここで安定性は、各温度雰囲気経過処理後の回折効率の値をα、各温度雰囲気経過処理前の回折効率の値をβとして、
(α−β)/β×100% 式(5)
の式(5)で表され、各温度雰囲気経過処理前の回折効率およびΔnに対する変化率を示し、±の符号は増減を示す。
【0081】
また、表5と図7から明らかなとおり、70℃で7日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気113時間後、およびH/C1の110サイクル後、H/C2の102サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、H/C1では、回折効率の変化は小さく、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として+13%(屈折率差Δnの安定性として+9%)程度であるものの、100℃、H/C2では大きく回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として−95%(屈折率差Δnの安定性として−80%)程度となる。
【0082】
また、表5と図8から明らかなとおり、100℃で7日間処理を行なったものは、その
後の各温度雰囲気113時間後、およびH/C1の110サイクル後、H/C2の102サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃、H/C1、H/C2のいずれの場合でも、回折効率の変化は小さく、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として+23%(屈折率差Δnの安定性として+11%)程度となる。
【0083】
なお、これらいずれの場合でも、改質長さLは変化せず、また、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率も表6に示すように90%以上で殆ど変化しないため、各温度雰囲気経過処理後の回折効率の変化は屈折率差Δnの変化と考察された。
【0084】
従って、レーザ照射後に加熱処理を行なうと、その後の温度および温度変化が、加熱時処理温度以下であれば、ブラッグ角での1次回折効率および屈折率差Δnは安定する。しかし、加熱時処理温度以上および以上を含む温度変動となると、実施例1の加熱処理時の温度傾向、すなわち40℃以上で回折効率が大きくなり70〜80℃で最大化する傾向に依存した回折効率変化を示すため、回折効率およびΔnが大きく増減する変化を受けることが分かる。すなわち、フェムト秒レーザ照射により光学高分子構造体内部に屈折率変化を誘起する方法で作製された光学素子の、その後の温度変化に対する屈折率差Δnを安定化するためには、光学素子の使用時に曝される最高温度の絶対温度表示T1が0.8≦T1/Tg≦1.13に含まれる場合、フェムト秒レーザ照射後に、加熱温度Tとして、T1≦Tの温度で加熱処理を行なうことがよいことが分かった。
【0085】
(実施例7)
本実施例においては、先ず、光学高分子構造体の内部に、加工面でのレーザパルスエネルギが400nJとなるようにフェムト秒レーザを照射した。また、N.A.(開口数)0.25の対物レンズ(倍率10倍)を使用し、対物レンズの前に5.5mm径のアパーチャを設定し、光学高分子構造体の内部に集光照射した。それ以外は実施例2と同様の条件とした。その結果、改質厚Lは190μmであり、式(4)によりQ値は4.8となり、ブラッグ角での1次回折効率は0.3%であった。また、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは1.1×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であった。
【0086】
その後、25℃(室温)、70℃、130℃の各温度雰囲気中で10日間経過処理を行なった。70℃と130℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。処理後に25℃(室温)下にて測定を実施すると、25℃(室温)での10日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は2.6%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは3.4×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は97%であり、また、70℃での10日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は9.3%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは6.6×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は96%であり、また、130℃での10日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は23.1%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは10.6×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であった。
【0087】
さらにその後、上記処理を行なった光学高分子構造体の各々を、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度雰囲気中で190時間、H/C1の温度サイクル雰囲気中で183サイクル、H/C2の温度サイクル雰囲気中で175サイクル、の各条件で経過処理を行なった後、25℃(室温)下にて測定を実施した。表7と表8に、レーザ照射後に、25℃(室温)、70℃、130℃の各温度で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率およびレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を示す。また、図9に、レーザ照射後に25℃(室温)で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。また、図10に、レーザ照射後に70℃で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフ
を示す。また、図11に、レーザ照射後に130℃で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。各温度雰囲気条件のうち、−25℃は恒温冷却槽、70℃、100℃は恒温加熱槽、H/C1とH/C2はヒートサイクル試験槽により調整した。
【0088】
【表7】

【0089】
【表8】

【0090】
表7と図9から明らかなとおり、25℃(室温)で10日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気190時間経過後、およびH/C1の183サイクル後、H/C2の175サイクル後において、−25℃、25℃(室温)では、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として+35%(屈折率差Δnの安定性として+16%)程度であるものの、70℃、100℃、H/C1、H/C2では大きく回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として+660%(屈折率差Δnの安定性として+185%)程度となる。
【0091】
また、表7と図10から明らかなとおり、70℃で10日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気190時間後、およびH/C1の183サイクル後、H/C2の175サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、H/C1では、回折効率の変化は小さく、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として+25%(屈折率差Δnの安定性として+12%)程度であるものの、100℃、H/C2では大きく回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として+100%(屈折率差Δnの安定性として+44%)程度となる。
【0092】
また、表7と図11から明らかなとおり、130℃で10日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気190時間後、およびH/C1の183サイクル後、H/C2の175サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃、H/C1、H/C2のいずれの場合でも、回折効率の変化は小さく、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として+34%(屈折率差Δnの安定性として+18%)程度となる。
【0093】
なお、これらいずれの場合でも、改質長さLは変化せず、また、レーザ照射部の波長6
32.8nmでの光線透過率も表8に示すように90%以上で殆ど変化しないため、各温度雰囲気経過処理後の回折効率の変化は屈折率差Δnの変化と考察された。
【0094】
従って、レーザ照射後に加熱処理を行なうと、その後の温度およびその変動が、加熱時処理温度以下であれば、ブラッグ角での1次回折効率および屈折率差Δnは安定するが、加熱時処理温度以上および以上を含む温度変動となると、実施例2の加熱処理時の温度傾向、すなわち70℃以上で回折効率が大きくなり120℃で最大化する傾向、に依存した回折効率変化を示すため、回折効率およびΔnが大きく増減する変化を受けることが分かる。すなわち、フェムト秒レーザ照射により光学高分子構造体内部に屈折率変化を誘起する方法で作製された光学素子の、その後の温度変化に対する屈折率差Δnを安定化するためには、光学素子の使用時に曝される最高温度の絶対温度表示T1が0.8≦T1/Tg
1.13に含まれる場合、フェムト秒レーザ照射後に、加熱温度Tとして、T1≦Tの温
度で加熱処理を行なうことがよいことが分かった。
【0095】
(実施例8)
本実施例においては、先ず、光学高分子構造体の内部に、実施例3と同様の条件とした。その結果、改質厚Lは160μmであり、式(4)により求められるQ値は4.2となり、ブラッグ角での1次回折効率は0.1%であった。また、レーザ照射部と非照射部と
の屈折率差Δnは0.7×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は99%であった。
【0096】
その後、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度雰囲気中で10日間経過処理を行なった。70℃と100℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。処理後に25℃(室温)下にて測定を実施すると、25℃(室温)での10日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は7.2%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは6.9×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は96%であり、また、70℃での10日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は14.7%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは9.9×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であり、また、100℃での10日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は11.5%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは8.7×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は95%であった。
【0097】
さらにその後、上記処理を行なった光学高分子構造体の各々を、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度雰囲気中で190時間、H/C1の温度サイクル雰囲気中で183サイクル、H/C2の温度サイクル雰囲気中で175サイクル、の各条件で経過処理を行なった後、25℃(室温)下にて測定を実施した。表9と表10に、レーザ照射後に、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率およびレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を示す。また、図12に、レーザ照射後に25℃(室温)で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。また、図13に、レーザ照射後に70℃で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。また、図14に、レーザ照射後に100℃で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。各温度雰囲気条件のうち、−25℃は恒温冷却槽、70℃、100℃は恒温加熱槽、H/C1とH/C2はヒートサイクル試験槽により調整した。
【0098】
【表9】

【0099】
【表10】

【0100】
表9と図12から明らかなとおり、25℃(室温)で10日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気190時間経過後、およびH/C1の183サイクル後、H/C2の175サイクル後において、−25℃、25℃(室温)では、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として+18%(屈折率差Δnの安定性として+9%)程度であるものの、70℃、100℃、H/C1、H/C2では大きく回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として+125%(屈折率差Δnの安定性として+52%)程度となる。
【0101】
また、表9と図13から明らかなとおり、70℃で10日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気190時間後、およびH/C1の183サイクル後、H/C2の175サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、H/C1では、回折効率の変化は小さく、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として−9%(屈折率差Δnの安定性として−5%)程度であるものの、100℃、H/C2では回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として−19%(屈折率差Δnの安定性として−10%)程度となる。
【0102】
また、表9と図14から明らかなとおり、100℃で10日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気190時間後、およびH/C1の183サイクル後、H/C2の175サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃、H/C1、H/C2のいずれの場合でも、回折効率の変化は、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として+26%(屈折率差Δnの安定性として+13%)程度となる。
【0103】
なお、これらいずれの場合でも、改質長さLは変化せず、また、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率も表10に示すように90%以上で殆ど変化しないため、各温度雰囲気経過処理後の回折効率の変化は屈折率差Δnの変化と考察された。
【0104】
従って、レーザ照射後に加熱処理を行なうと、その後の温度およびその変動が、加熱時処理温度以下であれば、ブラッグ角での1次回折効率および屈折率差Δnは安定するが、
加熱時処理温度以上および以上を含む温度変動となると、実施例3の加熱処理時の温度傾向、すなわち50℃以上で回折効率が大きくなり70℃で最大化や100℃で極大化する傾向に依存した回折効率変化を示すため、回折効率およびΔnが大きく増減する変化を受けることが分かる。本実施例では、70℃で10日間処理した後に100℃で190時間処理を行っても大きな回折効率の差にはなっていないのは、実施例3に見られるように、70℃で処理した場合と100℃で処理した場合とで得られる回折効率の差は余り大きくないためである。すなわち、フェムト秒レーザ照射により光学高分子構造体内部に屈折率変化を誘起する方法で作製された光学素子の、その後の温度変化に対する屈折率差Δnを安定化するためには、光学素子の使用時に曝される最高温度の絶対温度表示T1が0.8
≦T1/Tg≦1.13に含まれる場合、フェムト秒レーザ照射後に、加熱温度Tとして、T1≦Tの温度で加熱処理を行なうことがよいことが分かった。
【0105】
(実施例9)
本実施例においては、先ず、光学高分子構造体の内部に、実施例5と同様の条件でフェムト秒レーザを集光照射した。その結果、改質厚Lは240μmであり、式(4)によりQ値は6.4となり、ブラッグ角での1次回折効率は1.0%であった。また、レーザ照
射部と非照射部との屈折率差Δnは1.7×10-4であり、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であった。
【0106】
その後、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度雰囲気中で8日間経過処理を行なった。70℃と100℃の雰囲気は恒温加熱槽により調整した。処理後に25℃(室温)下にて測定を実施すると、25℃(室温)での8日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は1.2%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは1.9×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であり、また、70℃での8日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は31.7%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは10.0×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であり、また、100℃での8日間経過処理後のブラッグ角での1次回折効率は1.5%、レーザ照射部と非照射部との屈折率差Δnは2.0×10-4、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率は98%であった。
【0107】
さらにその後、上記処理を行なった光学高分子構造体の各々を、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度雰囲気中で240時間、H/C1の温度サイクル雰囲気中で239サイクル、H/C2の温度サイクル雰囲気中で224サイクル、の各条件で経過処理を行なった後、25℃(室温)下にて測定を実施した。表11と表12に、レーザ照射後に、25℃(室温)、70℃、100℃の各温度で8日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率およびレーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率を示す。また、図15に、レーザ照射後に25℃(室温)で8日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。また、図16に、レーザ照射後に70℃で8日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。また、図17に、レーザ照射後に100℃で10日間経過した後に、各温度雰囲気条件に曝した後の1次回折効率のグラフを示す。各温度雰囲気条件のうち、−25℃は恒温冷却槽、70℃、100℃は恒温加熱槽、H/C1とH/C2はヒートサイクル試験槽により調整した。
【0108】
【表11】

【0109】
【表12】

【0110】
表11と図15から明らかなとおり、25℃(室温)で8日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気240時間経過後、およびH/C1の239サイクル後、H/C2の224サイクル後において、−25℃、25℃(室温)では、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として−40%(屈折率差Δnの安定性として−23%)程度であるものの、70℃、100℃、H/C1、H/C2では大きく回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として+1250%(屈折率差Δnの安定性として+300%)程度となる。
【0111】
また、表11と図16から明らかなとおり、70℃で8日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気240時間後、およびH/C1の239サイクル後、H/C2の224サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、H/C1では、回折効率の変化は小さく、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として−9%(屈折率差Δnの安定性として−5%)程度であるものの、100℃、H/C2では大きく回折効率が変化し、最大の安定性で、ブラッグ角での1次回折効率として−98%(屈折率差Δnの安定性として−89%)程度となる。
【0112】
また、表11と図17から明らかなとおり、100℃で8日間処理を行なったものは、その後の各温度雰囲気240時間後、およびH/C1の239サイクル後、H/C2の224サイクル後において、−25℃、25℃(室温)、70℃、100℃、H/C1、H/C2のいずれの場合でも、回折効率の変化は小さく、最大の安定性でも、ブラッグ角での1次回折効率として−23%(屈折率差Δnの安定性として−12%)程度となる。
【0113】
なお、これらいずれの場合でも、改質長さLは変化せず、また、レーザ照射部の波長632.8nmでの光線透過率も表12に示すように90%以上で殆ど変化しないため、各温度雰囲気経過処理後の回折効率の変化は屈折率差Δnの変化と考察された。
【0114】
従って、レーザ照射後に加熱処理を行なうと、その後の温度およびその変動が、加熱時処理温度以下であれば、ブラッグ角での1次回折効率および屈折率差Δnは安定するが、
加熱時処理温度以上および以上を含む温度変動となると、実施例5の加熱処理時の温度傾向、すなわち50℃以上で回折効率が大きくなり70℃で最大化する傾向、に依存した回折効率変化を示すため、回折効率およびΔnが大きく増減する変化を受けることが分かる。すなわち、フェムト秒レーザ照射により光学高分子構造体内部に屈折率変化を誘起する方法で作製された光学素子の、その後の温度変化に対する屈折率差Δnを安定化するためには、光学素子の使用時に曝される最高温度の絶対温度表示T1が0.8≦T1/Tg≦1
.13に含まれる場合、フェムト秒レーザ照射後に、加熱温度Tとして、T1≦Tの温度
で加熱処理を行なうことがよいことが分かった。
【0115】
(ラマン分光分析)
光学高分子構造体の内部にフェムト秒レーザ照射後に加熱処理を行なうことによって、照射部と非照射部の屈折率差が拡大および安定化する理由を解明するために、実施例1における光学高分子構造体および処理条件等において、フェムト秒レーザ照射後の加熱処理を行なう場合と行なわない場合の2つの試料を用意し、これらの試料についてラマン分光分析を行ない、得られたラマンスペクトルを比較した。ただし、処理条件は、加工面でのレーザパルスエネルギを700nJ、周期Λを6μmとした以外は実施例1と同様の条件でフェムト秒レーザを照射した。また、レーザ照射後に加熱処理を行なったものは、70℃で5日間の加熱処理とした。ラマンスペクトルの結果として、フェムト秒レーザ照射後に加熱処理を行なわないものを図18、フェムト秒レーザ照射後に70℃で5日間加熱処理を行なったもの図19に示す。また、図18、図19において、図18および19の(a)はレーザ照射部におけるラマンスペクトル、図18および図19の(b)は非照射部におけるラマンスペクトル、図18および図19の(c)は両スペクトルの差分を示す。
【0116】
図18と図19の比較から、レーザ照射後に加熱処理を行なう場合も行なわない場合も、レーザ照射部、非照射部、およびそれらの差スペクトルのいずれも、同様のスペクトル傾向を示し、化学的結合状態に殆ど変化が見られないことが確認される。
【0117】
一方、レーザ照射部と非照射部を比較すると、レーザ照射部では、アクリル基に由来するラマンピーク(2953,1732,1445,987,816,604cm-1)は負に対して、メチル基(2982cm-1)およびメチレン基(2913cm-1)に対応するピークは正に観測され、新たに炭素二重結合(C=C)のラマンピーク(1643cm-1)が出現した。このように、レーザ照射部では、高分子内の化学的結合状態が変化することが確認される。例えば、側鎖が切断されることによる低分子化や、主鎖が切断されることによる低分子量化などが推論される。
【0118】
以上の、ラマン分光分析結果から、化学的な変化は殆ど見られないことから、レーザ照射後の加熱処理による屈折率差の拡大および安定化は、構造的な変化に起因するものと推論された。また、構造的な変化が非照射部と照射部で異なる理由の1つとして、照射部の高分子内の化学的結合状態が変化することに起因するものと推論された。
【0119】
(原子間力顕微鏡による位相像測定)
次に、構造的な変化としての現象を調査するために、上記ラマン分光分析と同じ試料を、原子間力顕微鏡による位相像測定を行ない、レーザ照射後の加熱有無による位相像を比較した。原子間力顕微鏡位相像の結果として、フェムト秒レーザ照射後に加熱処理を行なわないものを図20、フェムト秒レーザ照射後に70℃で5日間の加熱処理を行なったものを図21に示す。図20、図21において、図中Aはレーザ照射部、図中Bは非照射部を示す。
【0120】
図20と図21の比較から、レーザ照射後に加熱処理がない時に比し加熱処理がある方が、レーザ照射部が細くなる傾向が確認され、レーザ照射部は加熱処理によって収縮され
る傾向があることが推論される。
【0121】
従って、光学高分子構造体の内部にフェムト秒レーザ照射後に加熱処理を行なうことで、照射部と非照射部の屈折率差が拡大および安定化するのは、レーザ照射部の構造的な収縮により密度が増加することが推論される。
【0122】
また、構造的に収縮し密度が増加する1つの理由として、フェムト秒レーザ照射部の化学的結合状態が変化し、非照射部に比して体積緩和が促進されるものと推測された。
【0123】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0124】
たとえば、回折効率の高い光学素子、または曲率半径が小さいときの伝播損失が小さい光導波路を有する光学素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0125】
【図1】実施例1における1次回折効率の経日変化を示す図である。
【図2】実施例2における1次回折効率の経日変化を示す図である。
【図3】実施例3における1次回折効率の経時変化を示す図である。
【図4】実施例4における7日間経過後の1次回折効率とレーザ照射部の可視光線透過率を示す図である。
【図5】実施例5における1次回折効率の経日変化を示す図である。
【図6】実施例6においてフェムト秒レーザ照射後に、25℃(室温)で7日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図7】実施例6においてフェムト秒レーザ照射後に、70℃で7日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図8】実施例6においてフェムト秒レーザ照射後に、100℃で7日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図9】実施例7においてフェムト秒レーザ照射後に、25℃(室温)で10日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図10】実施例7においてフェムト秒レーザ照射後に、70℃で10日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図11】実施例7においてフェムト秒レーザ照射後に、130℃で10日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図12】実施例8においてフェムト秒レーザ照射後に、25℃(室温)で10日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図13】実施例8においてフェムト秒レーザ照射後に、70℃で10日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図14】実施例8においてフェムト秒レーザ照射後に、100℃で10日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図15】実施例9においてフェムト秒レーザ照射後に、25℃(室温)で8日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図16】実施例9においてフェムト秒レーザ照射後に、70℃で8日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図17】実施例9においてフェムト秒レーザ照射後に、100℃で8日間経過後、さらに各温度雰囲気に曝した後の1次回折効率を示す図である。
【図18】実施例1の条件においてフェムト秒レーザ照射後に、加熱処理を行なわない場合のラマン分光分析を行った結果を示すスペクトルであり、(a)はレーザ照射部におけるラマンスペクトル、(b)は非照射部におけるラマンスペクトル、(c)は両スペクトルの差分スペクトルである。
【図19】実施例1におけるフェムト秒レーザ照射後に、70℃で5日間の加熱を行った場合のラマン分光分析を行った結果を示すスペクトルであり、(a)はレーザ照射部におけるラマンスペクトル、(b)は非照射部におけるラマンスペクトル、(c)は両スペクトルの差分スペクトルである。
【図20】実施例1におけるフェムト秒レーザ照射後に、加熱処理を行なわない場合の原子間力顕微鏡による位相像を示す図である。
【図21】実施例1におけるフェムト秒レーザ照射後に、70℃で5日間の加熱を行った場合の原子間力顕微鏡による位相像を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス幅が10-15秒〜10-11秒のフェムト秒レーザを光学高分子構造体の内部に照射することにより、照射部の屈折率を変化させるレーザ照射工程と、
加熱を行なう加熱工程とを含み、
前記加熱工程は、加熱温度を絶対温度でTとし、光学高分子構造体を構成する材料のガラス転移点の絶対温度をTgとするとき、0.8≦T/Tg≦1.13の条件で加熱する光学素子の製造方法。
【請求項2】
前記加熱工程における加熱は、30秒間以上である請求項1に記載の光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記加熱温度Tは、所定時間の加熱において、照射部と非照射部との屈折率の差が最大となる温度の絶対温度の±10K以内、前記屈折率の差が飽和する時間が最短である温度の絶対温度の±10K以内、および前記屈折率の差が極大となる時間が最短である温度の絶対温度の±10K以内のいずれかの温度である請求項1または2に記載の光学素子の製造方法。
【請求項4】
前記加熱温度Tは、光学素子が使用時に曝される最高温度を絶対温度でT1とし、0.
8≦T1/Tg≦1.13の範囲にある場合に、T1≦Tとする請求項1〜3のいずれかに
記載の光学素子の製造方法。
【請求項5】
前記光学高分子構造体を構成する材料は、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、およびシクロオレフィンポリマーからなる群より選択される少なくとも1種である請求項1〜4のいずれかに記載の光学素子の製造方法。
【請求項6】
前記光学高分子構造体は、母材と添加材とを含む混合物からなり、
前記母材が、ポリメチルメタクリレートであり、
前記添加材が、つぎの式(1)に示す構造を有するジアリールエテンであり、
前記母材に対する前記添加材の混合比率が3質量%以上である請求項1〜5のいずれかに記載の光学素子の製造方法。
【化1】

(式(1)において、R1とR4とは、脂肪族炭化水素基、ヒドロキシ基、ニトロ基、アミノ基またはメルカプト基である。R2、R3、R5およびR6は、水素、アミノ基、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、および芳香族複素環基からなる群より選択される置換基、またはR2とR3、およびR5とR6とは、芳香族炭化水素または芳香族複素環を構成してもよい。XとYとは、硫黄、窒素または酸素であり、環Zは脂環式炭化水素、芳香族炭化水素または芳香族複素環からなる構造を有する。)
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の光学素子の製造方法により製造した光学素子であって、照射部と非照射部との屈折率の差が0.0002以上である光学素子。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の光学素子の製造方法により製造した光学素子であって、照射部と非照射部との屈折率の差の加熱温度T以下での温度変化に対する安定性が、±30%以下である光学素子。
【請求項9】
前記照射部は、照射部の厚さ0.3mmにおける使用波長の光線の透過率が80%以上である請求項7または8に記載の光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2009−222734(P2009−222734A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−48084(P2008−48084)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(000002945)オムロン株式会社 (3,542)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】