説明

光学素子及びその製造方法

【課題】気密容器にはんだ付けが可能な光学素子を、極めて容易に製造する方法を提供すること。
【解決手段】下記の工程からなる、透光性基板の表面に周囲が金属膜で囲まれた光学フィルタ膜を備える光学素子の製造方法:透光性基板の表面に光学フィルタ材料膜を形成する工程、光学フィルタ材料膜の表面に保護膜を形成する工程、基板の光学フィルタ膜を形成する表面領域の周囲の領域の基板表面層を、その上の光学フィルタ材料膜および保護膜と共に切削して除去することにより、基板の前記表面領域に保護膜で被覆された光学フィルタ膜を残す工程、保護膜の表面及び保護膜の周囲の基板表面に金属材料膜を形成する工程、および保護膜を溶媒と接触させて溶解させ、保護膜をその上の金属材料膜と共に除去することにより、光学フィルタ膜の周囲に金属膜を残す工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透光性基板の表面に周囲が金属膜で囲まれた反射防止膜もしくは光学フィルタ膜を備える光学素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば、人体から放射される波長が8〜12μmの赤外光(赤外線)を検出して人の存在を検知したり、あるいは物体から放射される赤外光を検出して物体の温度を非接触に測定したりするため、赤外光センサ(例、焦電型赤外光センサ、抵抗ボロメータ型赤外光センサ)が用いられている。また、人の体温の分布をカラー画像(サーモグラフィー)として表示する装置、あるいは暗視カメラ装置には、赤外光イメージセンサが用いられている。このような赤外光センサや赤外光イメージセンサは、大気中の水分等との接触を抑制するため、外部との電気的接続端子を備えた気密容器に封入される。この気密容器は、その内部に不活性ガスを充填したり、あるいは内部の気体を排出して真空状態にすることもある。そして、このような気密容器の内部に赤外光を導入するため、気密容器には開口が設けられ、この開口の周縁部に、例えば、透光性基板の表面に反射防止膜あるいは光学フィルタ膜を備える光学素子が接着固定される。
【0003】
図1は、特許文献1の赤外光検出器(赤外線検出器)の構成を示す図であり、そして図2は、図1に示す光学素子10の近傍の部位の拡大図である。この赤外光検出器20は、赤外光センサ(焦電型赤外光センサ)29を収容している気密容器(金属製のケース)21の開口(窓)21aの周縁部に、基板11の両面に光学フィルタ膜12、13を備える光学素子(光学フィルタ)10を、基板11の周縁部にて接着固定した構成を有している。光学素子10と気密容器21との接着には、例えば、エポキシ樹脂に銀、銅、あるいは金などのフィラーを混入した導電性接合材25と、エポキシ樹脂からなる接合材26とが用いられている。
【特許文献1】特開平7−280653号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の赤外光検出器は、光学素子と気密容器とが、樹脂材料を含有する接合材を用いて接着固定されている。樹脂材料は、僅かではあるが透湿性を示すため、気密容器の気密性を良好な状態に保つことは難しい。また、赤外光検出器は、極めて低い温度に冷却されて使用されることもあるため、このような温度変化を生じても、光学素子と気密容器とが強固に接着されている必要がある。
【0005】
このような光学素子の光学フィルタ膜の周囲に金属膜を形成し、この光学素子を前記金属膜の表面にて気密容器の開口の周縁部にはんだ付けすると、はんだが極めて低い透湿性を示すため、気密容器の気密性を良好な状態に保つことができ、また光学素子と気密容器とを強固に接合できる。
【0006】
しかしながら、基板上にフォトリソグラフィー法によって光学フィルタ膜をパターン状に形成し、そして同様にフォトリソグラフィー法によって光学フィルタ膜の周囲に金属膜をパターン状に形成して光学素子を作製すると、レジスト膜の形成、レジスト膜上でのマスクの精密な位置合わせ、レジスト膜の露光、そして露光されたレジスト膜の現像等の非常に手間のかかる作業が必要になり、また光学フィルタ膜、そして金属膜のパターン形状に対応する多数のマスクを予め作製して用意することも必要になる。
【0007】
本発明の課題は、気密容器にはんだ付けが可能な光学素子を、極めて容易に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は、工業的な生産性を考慮して、光学素子を容易に製造する方法について研究を進めた。その結果、透光性基板の表面に周囲が金属膜で囲まれた光学フィルタ膜(あるいは反射防止膜)を備える光学素子を、切削加工を利用して極めて容易に製造する方法を見出した。
【0009】
従って、本発明は、下記の工程(1)〜(5)を順に実施することからなる、透光性基板の表面に周囲が金属膜で囲まれた反射防止膜もしくは光学フィルタ膜を備える光学素子の製造方法にある。
(1)透光性基板の表面に反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜を形成する工程。
(2)反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜の表面に保護膜を形成する工程。
(3)基板の反射防止膜もしくは光学フィルタ膜を形成する表面領域の周囲の領域の基板表面層を、その上の反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜、および保護膜と共に切削して除去することにより、基板の前記表面領域に保護膜で被覆された反射防止膜もしくは光学フィルタ膜を残す工程。
(4)保護膜の表面及び保護膜の周囲の基板表面に金属材料膜を形成する工程。
(5)保護膜を溶媒と接触させて溶解させ、保護膜をその上の金属材料膜と共に除去することにより、反射防止膜もしくは光学フィルタ膜の周囲に金属膜を残す工程。
【0010】
本発明の光学素子の製造方法の好ましい態様は、次の通りである。
1)工程(4)に次いで、反射防止膜もしくは光学フィルタ膜の周縁近傍の部位を、その上の保護膜及び金属材料膜と共に切削して除去し、更にこの切削により前記部位の下にあり且つ工程(3)で除去した基板表面層の厚みよりも小さな厚みの基板表面層を除去する工程を含む。
2)金属材料膜を、頂面に金薄膜を備える金属多層膜として形成する。
3)金属材料膜を、基板の側から、クロム薄膜もしくはチタン薄膜、そして金薄膜をこの順に積層して形成する。
4)金属材料膜を、基板の側から、クロム薄膜もしくはチタン薄膜、白金薄膜、ニッケル薄膜もしくはパラジウム薄膜、そして金薄膜をこの順に積層して形成する。
5)保護膜がレジスト膜である。
6)工程(1)において、8乃至12μmの波長範囲内における赤外光の平均透過率が70%以上の値を示す光学フィルタ材料膜を形成する。
7)基板が、ガラス基板、石英基板、シリコン基板、ゲルマニウム基板、もしくはサファイア基板である。
8)工程(1)の前もしくは後に、基板の反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜を形成する表面の側とは逆側の表面に、追加の反射防止膜もしくは追加の光学フィルタ膜を形成する工程を含む。
【0011】
本発明はまた、一方の表面の周縁部に表面層が切削により除去された枠状の切削面を持つ透光性基板、この基板の枠状の切削面の内側の表面領域に備えられた反射防止膜もしくは光学フィルタ膜、および前記切削面に備えられた枠状の金属膜からなる光学素子にもある。
【0012】
本発明の光学素子においては、前記の反射防止膜もしくは光学フィルタ膜と、金属膜とが互いに間隔をあけて非接触に配置されていることが好ましい。
【0013】
本明細書において、「透光性基板」とは、光学素子が透過対象とする光の波長範囲内における光の平均透過率が40%以上の値を示す基板であることを意味する。例えば、人体から放射される8〜12μmの波長範囲内の赤外光を透過対象の光とする光学素子では、「透光性基板」とは、8〜12μmの波長範囲内における赤外光の平均透過率が40%以上の値を示す基板を意味する。また、前記の「8乃至12μmの波長範囲内における赤外光の平均透過率が70%以上の値を示す光学フィルタ材料膜」とは、この光学フィルタ材料膜が透光性基板に形成された状態で、前記の平均透過率値を示す膜であることを意味している。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法により、フォトリソグラフィー法を利用することなく、すなわちレジスト膜上でのマスクの精密な位置合わせ、レジスト膜の露光、そして露光されたレジスト膜の現像等の非常に手間のかかる作業を全く行なうことなく、反射防止膜もしくは光学フィルタ膜の周囲に、はんだ付けに用いる枠状の金属膜を備える光学素子を極めて容易に製造することができる。また、本発明の製造方法では、金属膜が基板表面の切削面に形成される。この切削面は、切削により新たに露出されて高い活性を示し、また切削により微細な凹凸が形成されて大きな表面積を有している。このため、本発明の方法により製造された光学素子の金属膜は、基板との密着性に極めて優れている。このため、例えば、光学素子が気密容器へのはんだ付けの際に高温に加熱されたり、あるいは低温に冷却されても、金属膜が基板から剥離することは殆どない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
先ず、本発明の光学素子を、添付の図面を用いて説明する。図3は、本発明の光学素子の構成例を示す断面図である。図4は、図3の光学素子40の平面図である。そして図5は、図3の光学素子40の使用の態様を示す図である。
【0016】
図3〜図5に示す光学素子40は、一方の表面の周縁部に表面層が切削により除去された枠状の切削面41aを持つ透光性基板41、基板41の枠状の切削面41aの内側の表面領域41bに備えられた光学フィルタ膜42、および切削面41aに備えられた枠状の金属膜44から構成されている。この光学素子40の基板41の他方の表面には、追加の光学フィルタ膜43が備えられている。
【0017】
透光性基板41としては、反射防止膜や光学フィルタ膜の基材として用いられる公知の基板を用いることができる。例えば、前記の赤外光検出器用の光学素子の透光性基板としては、ガラス基板、石英基板、シリコン基板、ゲルマニウム基板、サファイア基板、もしくはフッ化カルシウム基板などが用いられる。ガラス基板の例としては、石英ガラス基板、ホウケイ酸ガラス基板、およびカルコゲナイトガラス基板が挙げられる。
【0018】
透光性基板の一方の表面には、反射防止膜あるいは光学フィルタ膜が形成される。この基板の他方の表面には、追加の反射防止膜あるいは追加の光学フィルタ膜が形成されていてもよい。反射防止膜は、基板上に、例えば、光学薄膜を一層形成するか、あるいは光学薄膜の二層以上を積層して形成される。光学フィルタ膜は、基板上に、例えば、光学薄膜の二層以上を積層して形成される。光学薄膜の例としては、シリコン(ケイ素)薄膜、一酸化ケイ素薄膜、二酸化ケイ素薄膜、ゲルマニウム薄膜、硫化亜鉛薄膜、五酸化二タンタル薄膜、および二酸化チタン薄膜が挙げられる。反射防止膜及び光学フィルタ膜は周知であるため、その層構成や材料についての詳細な説明は省略する。
【0019】
赤外光センサあるいは赤外光イメージセンサ(以下、赤外光センサ等と云う)に、光学フィルタ膜を備える光学素子を用いる場合、この光学素子により、波長が2乃至14μmの範囲内の赤外光のうち、赤外光センサ等の検出感度の波長依存特性により定まる所定の波長範囲内の赤外光(透過対象の光)を透過させる。従って、この光学素子の光学フィルタ膜は、基板に形成された状態で、前記所定波長範囲内の赤外光を透過させる(前記所定波長範囲内における赤外光の平均透過率が70%以上の値を示す膜である)ことが好ましい。この光学素子の透光性基板の他方の表面に追加の光学フィルタ膜が備えられている場合には、光学フィルタ膜及び追加の光学フィルタ膜は、両者の膜が基板に形成された状態で、前記所定波長範囲内の赤外光を透過させることが好ましい。
【0020】
例えば、人体から放射される赤外光を検出する赤外光センサ等に用いる光学素子は、波長が2乃至14μmの範囲内の赤外光のうち、8乃至12μmの波長範囲内の赤外光を透過させることが好ましい。すなわち、この光学素子の光学フィルタ膜は、基板に形成された状態で、8乃至12μmの波長範囲内の赤外光を透過させることが好ましい。この光学素子の透光性基板の他方の表面に追加の光学フィルタ膜が備えられている場合には、光学フィルタ膜及び追加の光学フィルタ膜は、両者の膜が基板に形成された状態で、8乃至12μmの波長範囲内の赤外光を透過させることが好ましい。なお、このような光学素子の波長7μm以下における赤外光の平均透過率は、10%以下(特に、5%以下)であることが好ましい。
【0021】
なお、光学フィルタ膜としては、光学素子の用途に応じて、可視光あるいは紫外線を透過する公知の光学フィルタ膜を用いることもできる。
【0022】
金属膜44は、光学素子40と気密容器との接合に用いるはんだとの濡れ性に優れ、そして基板41との密着性に優れる金属材料から形成される。また、金属膜44は、基板41の側に基板41との密着性に優れる金属層(金属薄膜)を備え、頂面(はんだと接触する面)にはんだとの濡れ性に優れる金属層(金属薄膜)を備える二層以上の金属多層膜から構成することもできる。
【0023】
具体的には、錫−鉛合金はんだを用いる場合には、金属膜として銅薄膜を用いることができる。また、近年では、毒性を示す鉛を含有しない、例えば、金−錫合金はんだ、あるいは銀−錫合金はんだが好ましく用いられている。金−錫合金はんだ、あるいは銀−錫合金はんだを用いる場合には、金属膜として、頂面に前記はんだとの濡れ性に優れる金薄膜を備える金属多層膜を用いることが好ましい。金薄膜は、前記基板との密着性に劣るため、単層で前記金属膜として用いることが難しい。
【0024】
金−錫合金はんだ、あるいは銀−錫合金はんだを用いる場合、金属膜としては、基板の側から、基板との密着性に優れるクロム薄膜もしくはチタン薄膜、そして前記はんだとの濡れ性に優れる金薄膜がこの順に積層された金属多層膜を用いることが好ましい。また、金属膜として、クロム薄膜もしくはチタン薄膜、白金薄膜、ニッケル薄膜もしくはパラジウム薄膜、そして金薄膜がこの順に積層された金属多層膜を用いることも好ましい。白金薄膜、ニッケル薄膜もしくはパラジウム薄膜を用いると、はんだ付けの際に溶融したはんだへの金薄膜の溶解(溶食)を抑制することができる。
【0025】
図5に示すように、本発明の光学素子40は、枠状の金属膜44の表面にて、気密容器21の外側表面(あるいは内側表面)の開口21aの周縁部にはんだ付けされる。このように、光学素子40は、光学フィルタ膜42の周囲に枠状の金属膜44を備えているため、気密容器21に容易にはんだ付けすることができる。光学素子40を用いると、はんだ45が極めて低い透湿性を示すため、気密容器21の気密性を良好な状態に保つことができ、また光学素子40と気密容器21とを強固に接合することができる。
【0026】
次に、本発明の光学素子の製造方法を、光学フィルタ膜を備える光学素子を例として、添付の図6〜図11を用いて説明する。
【0027】
本発明の光学素子の製造方法は、下記の工程(1)〜(5)を順に実施することからなる。
【0028】
(1)透光性基板41の表面に光学フィルタ材料膜32を形成する工程(図6に示す光学フィルタ材料膜の形成工程)。
【0029】
光学フィルタ材料膜32は、先ず基板41を公知の方法(例、超音波洗浄法)で洗浄し、次いでこの基板41の表面に、例えば、前記の光学フィルタ膜を構成する二層以上の光学薄膜を積層して形成される。光学フィルタ材料膜32は、例えば、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、およびスパッタ法などの気相成長法により形成される。
【0030】
(2)光学フィルタ材料膜32の表面に保護膜35を形成する工程(図7に示す保護膜の形成工程)。
【0031】
保護膜35としては、例えば、溶媒に可溶な公知の樹脂材料から形成された薄膜、最も簡便には、フォトリソグラフィー法で用いるレジスト液から形成されたレジスト膜が用いられる。レジスト膜は、フォトリソグラフィー法でレジスト膜を形成する操作と同様の操作により、すなわち、光学フィルタ材料膜32の表面にレジスト液を滴下し、次いで基板を回転させてレジスト液の被膜を形成し、そして前記被膜を加熱乾燥する操作により形成することができる。
【0032】
(3)基板41の光学フィルタ膜を形成する表面領域の周囲の領域の基板表面層を、その上の光学フィルタ材料膜(図7:32)、および保護膜(図7:35)と共に切削して除去することにより、図8に示すように基板41の前記表面領域に保護膜35で被覆された光学フィルタ膜42を残す工程(図8に示す光学フィルタ膜の形成工程)。
【0033】
基板41の表面層の切削には、公知の切削装置あるいは切断装置が用いられる。以下、基板41の表面層の切削を、シリコンウエハ等の切断に用いられる切断装置を使用する場合を例として説明する。
【0034】
切断装置には、円盤状の切削工具と、この切削工具の下方に設置された基板ホルダとが備えられている。このような切断装置では、円盤状の切削工具を回転させた状態で基板ホルダを上昇(あるいは切削工具を下降)させ、基板ホルダに装着された基板を切削工具の刃先(外周縁部)に接触させ、そして基板ホルダを切削工具に対して移動(あるいは切削工具を基板ホルダに対して移動)することにより基板の切断(本発明の方法では基板表面層の切削)が行なわれる。基板ホルダは、切削工具による基板の切断(切削)位置の位置決めを行なうため、基板ホルダに保持される基板をその表面に沿って移動することが可能とされ、また切削工具による基板の切断(切削)方向を調節するため、基板ホルダに保持された基板をその表面に垂直な軸を中心として回転することが可能とされている。このような切断装置は周知であるので、その構成や動作の詳細については説明を省略する。
【0035】
工程(3)では、先ず、前記の切断装置の基板ホルダに、図7に示す工程(2)で保護膜35が形成された基板41を装着する。次いで、円盤状の切削工具(図8:49)を回転させた状態で基板ホルダを上昇させ、前記基板41を切削工具の刃先に接触させ、そして基板ホルダを切削工具に対して移動させる操作を繰り返して、基板41の光学フィルタ膜を形成する表面領域の周囲の領域の基板表面層を、その上の光学フィルタ材料膜32、および保護膜35と共に切削して除去することにより、図8に示すように基板41の前記表面領域に保護膜35で被覆された光学フィルタ膜(切削された光学フィルタ材料膜)42が残される。この基板41は、切削により除去された基板表面層、光学フィルタ材料膜、および保護膜の粉末を除去するため、公知の方法(例、超音波洗浄法)により洗浄される。
【0036】
(4)保護膜35の表面及び保護膜35の周囲の基板41の表面に金属材料膜34を形成する工程(図9に示す金属材料膜の形成工程)。
【0037】
金属材料膜34は、例えば、前記の金属膜を形成するクロム薄膜もしくはチタン薄膜、白金薄膜、ニッケル薄膜もしくはパラジウム薄膜、そして金薄膜をこの順に積層して形成される。金属材料膜は、例えば、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、およびスパッタ法などの気相成長法により形成される。
【0038】
(5)保護膜35を溶媒と接触させて溶解して、保護膜35をその上の金属材料膜34と共に除去することにより、図10に示すように光学フィルタ膜42の周囲に金属膜(金属材料膜から保護膜の上にある金属材料膜部分を除去したもの)44を残す工程(図10に示す金属膜の形成工程)。
【0039】
前記の保護膜35としてレジスト膜を用いる場合には、図9に示す工程(4)で金属材料膜34が形成された基板41を、例えば、アセトンなどの溶媒中に浸漬することにより、保護膜35を容易に溶解することができる。溶媒としては、最も簡便には、レジストの製造メーカにより定められた溶媒を用いればよい。溶媒としては、保護膜を溶解可能である限り、どのような種類の溶媒でも使用することができる。保護膜の溶解を促進するため、前記基板を溶媒中に浸漬した状態で保護膜の上の金属材料膜を布やガーゼで擦ったり、あるいは基板を浸漬した溶媒に超音波を付与したりすることもできる。
【0040】
以上のようにして、図10に示すように、透光性基板41の表面に周囲が金属膜44で囲まれた光学フィルタ膜42を備える光学素子40が作製される。
【0041】
図10の光学素子40は、透光性基板41の表面に周囲が金属膜44で囲まれた光学フィルタ膜42を備える光学素子片が二個形成されている。このように複数個の光学素子片を備える光学素子は、各々の光学素子片の光学フィルタ膜の周囲の金属膜に気密容器をはんだ付けすることにより、気密容器への光学素子片の接合を簡単に行なうことができる。また、複数個の光学素子片を備える光学素子を、各々の光学素子片の光学フィルタ膜の周囲に枠状に金属膜が形成されるように切断して(例えば、図10に示す光学素子40を、図11に示すように二個の光学素子片40a、40bに切断して)、切断された各々の光学素子片の光学フィルタ膜の周囲の枠状の金属膜に気密容器をはんだ付けしてもよい。
【0042】
このように、本発明の方法により、フォトリソグラフィー法を利用することなく、すなわちレジスト膜上でのマスクの精密な位置合わせ、レジスト膜の露光、露光されたレジスト膜の現像等の非常に手間のかかる作業を全く行なうことなく、光学フィルタ膜(もしくは反射防止膜)の周囲に、はんだ付けに用いる枠状の金属膜を備える光学素子を極めて容易に製造することができる。
【0043】
また、本発明の製造方法では、金属膜が基板表面の切削面に形成される。この切削面は、切削により新たに露出されて高い活性を示し、また切削により微細な凹凸が形成されて大きな表面積を有している。このため、本発明の方法により製造された光学素子の金属膜は、基板との密着性に極めて優れている。このため、本発明の光学素子は、例えば、気密容器へのはんだ付けの際に高温に加熱されたり、あるいは低温に冷却されても、また前記のように光学素子を切断する際に衝撃や振動が付与されても、金属膜が基板から剥離することは殆どない。
【0044】
なお、光学素子の金属膜を金属多層膜から構成する場合、この金属多層膜の第一層目の金属薄膜からなる金属膜を備える本発明の光学素子(あるいは光学素子片)を製造し、この光学素子の金属膜の表面に、二層目以降の金属薄膜を電界メッキ法によって形成することもできる。
【0045】
本発明の光学素子の製造方法においては、工程(4)に次いで、光学フィルタ膜(もしくは反射防止膜)の周縁近傍の部位を、その上の保護膜及び金属材料膜と共に切削して除去し、更にこの切削により前記部位の下にあり且つ工程(3)で除去した基板表面層の厚みよりも小さな厚みの基板表面層を除去する工程を実施することもできる。
【0046】
図12は、図9に示す工程(4)で金属材料膜34が形成された基板41の光学フィルタ膜42の周縁近傍の部位を、その上の保護膜35及び金属材料膜34と共に切削して除去し、更にこの切削により前記部位の下にあり且つ工程(3)で除去した基板表面層の厚み(図8:D1)よりも小さな厚み(図12:D2)の基板表面層を除去した状態を示している。
【0047】
このような基板表面層の除去工程に次いで、前記工程(5)に従って、保護膜35をその上の金属材料膜34と共に除去することにより、図13に示すように光学フィルタ膜42と金属膜44とが互いに間隔をあけて非接触に配置された光学素子50が作製される。
【0048】
図14は、図13に示す光学素子50を、各々の光学フィルタ膜42の周囲に枠状に金属膜が形成されるように二個の光学素子片50a、50bに切断した状態を示している。また、図15は、前記の光学素子片50aの平面図である。
【0049】
図14及び図15に示す光学素子片50aは、光学フィルタ膜42と金属膜44とが互いに間隔をあけて非接触に配置されている。このため、光学素子片50aを気密容器にはんだ付けする際に金属膜44が高温に加熱されても、この熱が金属膜44を介して直接光学フィルタ膜42に伝わることがない。このため、はんだ付けの際の加熱による光学フィルタ膜42の剥離やクラックの発生が効果的に抑制される。
【実施例1】
【0050】
[実施例1]
先ず、図16に示す直径が100mmで、厚みが1mmのシリコン基板(透光性基板)41を純水中で超音波洗浄したのち、この基板を真空蒸着装置のチャンバ内部の基板ホルダに装着した。次に、この基板の表面に、真空蒸着法によりゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とを交互に合計で54層積層することにより、総厚が約14μmの積層膜からなる光学フィルタ材料膜を形成した。同様にして、この基板の逆側の表面に、ゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とを交互に合計で40層積層することにより、総厚が約18μmの積層膜からなる追加の光学フィルタ膜を形成した。
【0051】
次に、基板上の光学フィルタ材料膜の表面に、スピンコート法によりレジスト液の被膜を形成し、これを110℃の空気中にて60分加熱乾燥することにより、厚みが約3μmのレジスト膜(保護膜)を形成した。
【0052】
このようにしてレジスト膜を形成した基板を切削装置の基板ホルダに装着したのち、この基板の光学フィルタ膜を形成する合計で32個の表面領域(図16に斜線を記入した表面領域61a、61b、〜)の周囲の領域の基板表面層を、その上の光学フィルタ材料膜及びレジスト膜と共に、レジスト膜の表面から約100μmの深さにて切削して除去した。すなわち、この切削により除去される前記基板表面層の厚みは約83μmである。このようにして、基板の前記表面領域の各々に、レジスト膜で被覆された光学フィルタ膜を残した。
【0053】
続いて、この基板を純水中で超音波洗浄したのち、各々の光学フィルタ膜の上に残されたレジスト膜の表面と、このレジスト膜の周囲の基板表面とに、真空蒸着法により、厚みが50nmのクロム薄膜、厚みが800nmの白金薄膜、そして厚みが2500nmの金薄膜を形成することにより、総厚が約3μmの積層膜からなる金属材料膜を形成した。
【0054】
そして、金属材料膜が形成された基板をアセトン中に浸漬してレジスト膜を溶解させ、レジスト膜をその上の金属材料膜と共に除去することにより、各々の光学フィルタ膜の周囲に金属膜を残した。
【0055】
このようにして、シリコン基板の表面に、各々周囲が金属膜で囲まれた合計で32個の光学フィルタ膜を備える光学素子を作製した。最後に、作製した光学素子を、図16の基板41に二点鎖線で示した位置と対応する位置にて切断することにより、合計で32個の光学素子片に分割した。
【0056】
得られた光学素子片の分光透過率特性を測定したところ、波長7μm以下における赤外光の平均透過率が1%以下で、そして波長8〜12μm範囲内における赤外光の平均透過率が75%である良好な光学特性を示した。
【0057】
また、この光学素子片の切断面を顕微鏡を用いて目視で観察したところ、金属膜は基板に良好に密着しており、剥離を全く生じていなかった。
【0058】
そして、この光学素子片を、約300度に加熱されて溶融した金−錫合金はんだ中に浸漬したのちに取り出したところ、金−錫合金はんだが金属膜の表面に十分に付着して濡れ性も良好であった。次いで、この光学素子片の金属膜を、気密容器の開口の周縁部に金−錫合金はんだを用いてはんだ付けしたところ、基板から金属膜が剥離することなく、光学素子片と気密容器とを良好に接合することができた。
【0059】
[実施例2]
先ず、直径が24mmで、厚みが1mmのゲルマニウム基板(透光性基板)を、純水中で超音波洗浄したのち、この基板の表面に、実施例1と同様にしてゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とを交互に合計で58層積層することにより、総厚が約16μmの積層膜からなる光学フィルタ材料膜を形成した。同様にして、この基板の逆側の表面に、ゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とを交互に合計で36層積層することにより、総厚が約15μmの積層膜からなる追加の光学フィルタ膜を形成した。
【0060】
次に、基板上の光学フィルタ材料膜の表面に、実施例1と同様にして厚みが約3μmのレジスト膜(保護膜)を形成した。
【0061】
このようにしてレジスト膜を形成した基板の光学フィルタ膜を形成する合計で2個の表面領域の周囲の領域の基板表面層を、その上の光学フィルタ材料膜及びレジスト膜と共に、レジスト膜の表面から約100μmの深さにて切削して除去した。すなわち、この切削により除去される前記基板表面層の厚みは約81μmである。このようにして、基板の前記表面領域の各々に、レジスト膜で被覆された光学フィルタ膜を残した。
【0062】
続いて、この基板を純水中で超音波洗浄したのち、各々の光学フィルタ膜の上に残されたレジスト膜の表面と、このレジスト膜の周囲の基板表面とに、真空蒸着法により、厚みが50nmのクロム薄膜、厚みが200nmの白金薄膜、そして厚みが150nmの金薄膜を形成することにより、総厚が0.4μmの積層膜からなる金属材料膜を形成した。
【0063】
そして、金属材料膜が形成された基板をアセトン中に浸漬してレジスト膜を溶解させ、レジスト膜をその上の金属材料膜と共に除去することにより、各々の光学フィルタ膜の周囲に金属膜を残した。
【0064】
このようにして、ゲルマニウム基板の表面に、各々周囲が金属膜で囲まれた合計で2個の光学フィルタ膜を備える光学素子を作製した。最後に、作製した光学素子を、各々の光学フィルタ膜の周囲に枠状の金属膜が形成されるように切断することにより、合計で2個の光学素子片に分割した。
【0065】
得られた光学素子片の分光透過率特性を測定したところ、波長7μm以下における赤外光の平均透過率が1%以下で、そして波長8〜12μm範囲内における赤外光の平均透過率が80%である良好な光学特性を示した。
【0066】
また、この光学素子片の切断面を顕微鏡を用いて目視で観察したところ、金属膜は基板に良好に密着しており、剥離を全く生じていなかった。
【0067】
そして、この光学素子片を、約300度に加熱されて溶融した金−錫合金はんだ中に浸漬したのちに取り出したところ、金−錫合金はんだが金属膜の表面に十分に付着して濡れ性も良好であった。次いで、この光学素子片の金属膜を、気密容器の開口の周縁部に金−錫合金はんだを用いてはんだ付けしたところ、基板から金属膜が剥離することなく、光学素子片と気密容器とを良好に接合することができた。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】従来の光学素子を備えた赤外光検出器の構成例を示す図である。
【図2】図1に示す光学素子10の近傍の部位の拡大図である。
【図3】本発明の光学素子の構成例を示す断面図である。
【図4】図3の光学素子40の平面図である。
【図5】図3の光学素子40の使用の態様を示す図である。
【図6】本発明の製造方法の光学フィルタ材料膜の形成工程を示す図である。
【図7】本発明の製造方法の保護膜の形成工程を示す図である。
【図8】本発明の製造方法の光学フィルタ膜の形成工程を示す図である。
【図9】本発明の製造方法の金属材料膜の形成工程を示す図である。
【図10】本発明の製造方法の金属膜の形成工程を示す図である。
【図11】本発明の方法で製造された光学素子の切断工程を示す図である。
【図12】本発明の製造方法の金属材料膜の形成工程に次いで好ましく実施される基板表面層の除去工程を示す図である。
【図13】図12の工程に次いで実施される金属膜の形成工程を示す図である。
【図14】図13の工程を経て製造された光学素子の切断工程を示す図である。
【図15】図14に示す光学素子片50aの平面図である。
【図16】実施例1で用いるシリコン基板の平面図である。
【符号の説明】
【0069】
10 光学素子
11 基板
12、13 光学フィルタ膜
20 赤外光検出器
21 気密容器
21a 開口
25 導電性接合材
26 接合材
29 赤外光センサ
32 光学フィルタ材料膜
34 金属材料膜
35 保護膜
40 光学素子
40a、40b 光学素子片
41 透光性基板
41a 枠状の切削面
41b 枠状の切削面41aの内側の表面領域
42 光学フィルタ膜
43 追加の光学フィルタ膜
44 金属膜
45 はんだ
49 切削工具
50 光学素子
50a、50b 光学素子片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程からなる、透光性基板の表面に周囲が金属膜で囲まれた反射防止膜もしくは光学フィルタ膜を備える光学素子の製造方法:
(1)透光性基板の表面に反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜を形成する工程;
(2)反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜の表面に保護膜を形成する工程;
(3)該基板の反射防止膜もしくは光学フィルタ膜を形成する表面領域の周囲の領域の基板表面層を、その上の反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜、および保護膜と共に切削して除去することにより、基板の前記表面領域に保護膜で被覆された反射防止膜もしくは光学フィルタ膜を残す工程;
(4)保護膜の表面及び該保護膜の周囲の基板表面に金属材料膜を形成する工程;および
(5)保護膜を溶媒と接触させて溶解させ、該保護膜をその上の金属材料膜と共に除去することにより、反射防止膜もしくは光学フィルタ膜の周囲に金属膜を残す工程。
【請求項2】
工程(4)に次いで、反射防止膜もしくは光学フィルタ膜の周縁近傍の部位を、その上の保護膜及び金属材料膜と共に切削して除去し、更にこの切削により当該部位の下にあり且つ工程(3)で除去した基板表面層の厚みよりも小さな厚みの基板表面層を除去する工程を含む請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
金属材料膜を、頂面に金薄膜を備える金属多層膜として形成する請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
金属材料膜を、基板の側から、クロム薄膜もしくはチタン薄膜、そして金薄膜をこの順に積層して形成する請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
金属材料膜を、基板の側から、クロム薄膜もしくはチタン薄膜、白金薄膜、ニッケル薄膜もしくはパラジウム薄膜、そして金薄膜をこの順に積層して形成する請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
保護膜がレジスト膜である請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
工程(1)において、8乃至12μmの波長範囲内における赤外光の平均透過率が70%以上の値を示す光学フィルタ材料膜を形成する請求項1に記載の製造方法。
【請求項8】
基板が、ガラス基板、石英基板、シリコン基板、ゲルマニウム基板、もしくはサファイア基板である請求項1に記載の製造方法。
【請求項9】
工程(1)の前もしくは後に、基板の反射防止材料膜もしくは光学フィルタ材料膜を形成する表面の側とは逆側の表面に、追加の反射防止膜もしくは追加の光学フィルタ膜を形成する工程を含む請求項1に記載の製造方法。
【請求項10】
一方の表面の周縁部に表面層が切削により除去された枠状の切削面を持つ透光性基板、該基板の枠状の切削面の内側の表面領域に備えられた反射防止膜もしくは光学フィルタ膜、および前記切削面に備えられた枠状の金属膜からなる光学素子。
【請求項11】
反射防止膜もしくは光学フィルタ膜と、金属膜とが互いに間隔をあけて非接触に配置されている請求項10に記載の光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−276691(P2009−276691A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−129881(P2008−129881)
【出願日】平成20年5月16日(2008.5.16)
【出願人】(000231475)日本真空光学株式会社 (9)
【Fターム(参考)】