説明

光学素子及びそれを有する光学系

【課題】 入射した光線の一部が全反射することで生じるフレアやゴーストなどの不要光の発生を抑制すること。
【解決手段】 光軸に平行な角度で入射した光線4の一部44,45が全反射する部位を有する光学素子1であって、射出面に微細凹凸構造3が形成され、微細凹凸構造3は、光学素子1の使用最短波長をλmin、微細凹凸構造3が形成された基板の屈折率をnsub、微細凹凸構造3のピッチをp、高さをhとするとき、
λmin/1.71nsub<p<λmin/2
0.6λmin<h<1.5λmin
なる条件を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学素子に関し、特に入射した光線の一部が射出する際に全反射する部位を有する光学素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、写真撮影などで使用される光学系には、さまざまな形状や屈折率の光学素子(レンズ)が用いられている。
【0003】
特に、広角レンズの前玉(物体側)に使用される凹メニスカスレンズなどでは、撮影光以外の入射した光線の一部が全反射する部位を有している。そして、全反射した光線がレンズ外端部や鏡筒部品などで再度反射して像面に到達することから、フレアやゴーストなどの不要光が発生する、という問題点があった。
【0004】
レンズの表面には、一般にマルチコートと呼ばれる誘電体多層膜による反射防止膜が形成されている。しかし、いかなる高性能な反射防止膜を形成しても、全反射は防止することができないため、上記問題点を解決することはできない、という課題があった。
【0005】
この課題に対する1つの解決策として、特許文献1には、正の屈折力を有する第1レンズに負の屈折力を有する第2レンズを貼り合わせ、第1レンズの第2面で発生する全反射を防いだ構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−307256号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に開示された技術では、屈折力の符号の異なる2つのレンズを貼り合わせているため、所望の屈折力を得る上で、1枚のレンズで構成する場合に比べて大きく重くなってしまうことや、製造コストが嵩む、という問題点があった。
【0008】
本発明は、このような従来技術を鑑み、2枚のレンズを貼り合わせることなく、入射した光線の一部が全反射することで生じるフレアやゴーストなどの不要光を抑制した光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、光軸に平行な角度で入射した光線の一部が全反射する部位を有する光学素子であって、射出面に微細凹凸構造が形成され、その微細凹凸構造は、光学素子の使用最短波長をλmin、微細凹凸構造が形成された基板の屈折率をnsub、微細凹凸構造のピッチをp、高さをhとするとき、
λmin/1.71nsub<p<λmin/2
0.6λmin<h<1.5λmin
なる条件を満足することを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明の光学素子によれば、入射した光線の一部が全反射することで生じるフレアやゴーストなどの不要光を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の概念図である。
【図2】本発明の概念を説明するための一部拡大断面図である。
【図3】実施例1の光学素子の断面図である。
【図4】実施例1の光学素子の一部拡大断面図である。
【図5】実施例2の光学素子の断面図である。
【図6】実施例3の光学系の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の好ましい実施の形態を、添付の図面に基づいて説明する。
【0013】
図1は、本発明を説明するための概念図である。
【0014】
図1(a)は、従来の光学素子を示している。
【0015】
光学素子1は、可視域(波長400〜700nm)で使用される平凹レンズであり、使用最短波長である波長400nmでの屈折率が1.60のガラスから形成されている。
【0016】
光軸6に平行な角度で入射した光線4は、入射面2aを透過する際に屈折することなく誘電体多層膜からなる反射防止膜が形成された射出面2bに到達する。射出面2bは半開角の最大値が72°の凹面であるため、入射した光線4のうち、臨界角θcよりも小さな角度で入射する光線41,42,43は透過する。しかし、θc以上の角度で入射する光線44,45は全反射してしまい、透過することができない。そればかりか、全反射した光線のうち、とくに凹面の開角が45°以上の部位に入射した光線45は、反射した光45rが射出側(右側)に向かって行くため、レンズの非光線有効部7で反射した光も射出側に向かうこととなる。そのため、光学素子1を光学系に使用した場合、反射光45rはゴーストやフレアなどの有害光の原因となり画質の低下を招いてしまう。
【0017】
図1(b)は、本発明の微細凹凸構造が形成された光学素子を示したものである。形状およびガラスは図1(a)に示した従来の光学素子と同じであるが、射出面2bには、微細凹凸構造3が形成されている。そして、微細凹凸構造3のピッチpおよび高さhは、
λmin/1.71nsub<p<λmin/2 (1)
0.6λmin<h<1.5λmin (2)
但し、λmin:光学素子の使用最短波長
nsub:光学素子の基板の屈折率
なる条件を満足する範囲に設定されている。
【0018】
ついで、ピッチを式(1)のように設定した理由を説明する。
【0019】
図2は、射出面2bに形成された微細凹凸構造3を拡大した図である。
【0020】
射出面2bに、入射角θ1で入射した波長λminの光線4で反射回折光が発生するためには、ピッチpが、
p>λmin/(n1sinθ1+n1)
を満たす必要がある。すなわち、入射角θ1が45°の場合では、ピッチpが146nm以上であれば、反射回折光が発生することとなる。
【0021】
また、臨界角θcで入射した波長λminの光線4に透過回折光が発生しないためには、ピッチpが、
p>λmin/(n1sinθc+n1)
を満たす必要がある。臨界角θcは、屈折率1.60のガラスの場合では38.7°となり、n1sinθcは1.0となるので、ピッチpが200nm以下の場合では、透過光に回折は発生しないことがわかる。したがって、45°以上で入射した波長400nmの光に対しては、ピッチを146nmから200nmの範囲内にすれば、反射回折光が発生し、透過回折光は発生しないようにすることができる。また、微細凹凸構造3の高さは、十分な反射防止効果と反射光に回折光を発生させるために、高さを240nmから600nmの範囲に設定することが好ましい。
【0022】
したがって、図1(b)に示した光学素子において、射出面2bに式(1)および式(2)を満たすような微細凹凸構造を形成することで、フレアやゴーストなどの有害光の発生を抑制した光学素子を実現することができる。すなわち、射出面2bで全反射し、有害光となる光線45は、反射した際に正反射光45rと反射回折光45dとに分かれるため、射出側に向かう正反射光のエネルギーを低減することができ、フレアやゴーストの発生を抑制することができる。また、全反射しない光線41,42,43は、透過する際に回折光が発生しないため、光学素子1を光学系に用いた際も不要光による画質の低下を招くことは無い。
【実施例1】
【0023】
図3は、本発明の実施例1の光学素子の断面図である。
【0024】
図3において、光学素子1は可視域(波長400〜700nm)で使用されるメニスカスレンズであり、使用最短波長である波長400nmでの屈折率が1.60のガラスで形成されている。
【0025】
入射面2aは曲率半径が31.87mm、有効径が49.96mmの球面である。また、射出面2bは有効径が37.29mmの非球面であり、光軸に垂直な方向に距離R離れた位置での、光軸方向の面位置をSag(R)としたとき、
【0026】
【数1】

【0027】
ここで、
r = 13.52
K = −6.05×10-1
A4 = 2.34×10-7
A6 = −5.85×10-8
A8 = 2.32×10-10
A10 = −8.25×10-13
A12 = 0
の関係を満足する形状である。この面の半開角θhの最大値は53.4°である。
【0028】
入射面2aには誘電体多層膜からなる反射防止膜が形成されている。
【0029】
さらに、射出面2bには、酸化アルミニウムを含有する膜をゾル−ゲル法で形成し、100℃の温水に浸漬することによって得た、平均ピッチが160nm、平均高さが270nmの微細凹凸構造3が形成されている。ここで、平均ピッチ、平均高さ、と記載したのは、微細凹凸構造3が図2に示したような規則配列とは異なり、図4に示したようにピッチおよび高さがバラツキをもっているためである。このような場合は、ピッチおよび高さの平均値が式(1)および式(2)を満たすようにすれば同様の効果を得ることができる。
【0030】
光学素子の射出面が図3に示したような非球面形状を有する場合では入射した光線が射出面2bで全反射する部位において、全反射後の光線の射出方向が同一の方向に集中しやすくなるため、球面の場合以上にフレアやゴーストなどの有害光が発生しやすくなる。しかし、本実施例では、非球面形状を有する射出面2bに、平均ピッチが160nm、平均高さが270nmの微細凹凸構造3が形成されている。そのため、射出面2bで光線が全反射する際に反射回折光が発生し、有害光の原因となる光線のエネルギーを低減することができるため、光学系に使用した際もフレアやゴーストの発生が抑制され、より高品位な光学系を実現することができる。
【0031】
本実施例では、メニスカスレンズの場合を示したが、本発明はこれに限定されるものではない。光軸に平行な角度で入射した光線の一部が全反射する部位を有する光学素子であれば、両凸レンズ、両凹レンズなど、どんな形状の光学素子でも同様の効果が得られる。
【実施例2】
【0032】
図5は、本発明の実施例2の光学素子の断面図である。
【0033】
図5において、光学素子1は可視域(波長400〜700nm)で使用されるメニスカスレンズであり、使用最短波長である波長400nmでの屈折率が1.89のガラスで形成されている。
【0034】
入射面2aは曲率半径が52.44mm、有効径が50.09mmの球面である。また、射出面2bは有効径が32.69mmの非球面であり、光軸に垂直な方向に距離R離れた位置での、光軸方向の面位置をSag(R)としたとき、
【0035】
【数2】

【0036】
ここで、
r = 13.78
K = −8.32×10-1
A4 = 1.23×10-5
A6 = −1.79×10-8
A8 = 2.37×10-10
A10 = −7.23×10-13
A12 = 9.90×10-16
の関係を満足する形状である。この面の半開角θhの最大値は59.5°である。
【0037】
入射面2aには誘電体多層膜からなる反射防止膜が形成されている。
【0038】
さらに、射出面2bには、ガラスと同一の材料からなり、ピッチが200nm、高さが580nmの微細凹凸構造3が形成されている。
【0039】
光学素子の射出面が図5に示したような非球面形状を有する場合では入射した光線が射出面2bで全反射する部位において、全反射後の光線の射出方向が同一の方向に集中しやすいため、球面の場合以上にフレアやゴーストなどの有害光が発生しやすくなる。しかし、本実施例では、非球面形状を有する射出面2bに、ピッチが200nm、高さが580nmの微細凹凸構造3が形成されている。そのため、光射出面2bで光線が全反射する際に反射回折光が発生し、有害光の原因となる光線のエネルギーを低減することができるため、光学系に使用した際もフレアやゴーストの発生が抑制され、より高品位な光学系を実現することができる。
【0040】
本実施例では、メニスカスレンズの場合を示したが、本発明はこれに限定されるものではない。光軸に平行な角度で入射した光線の一部が全反射する部位を有する光学素子であれば、両凸レンズ、両凹レンズなど、どんな形状の光学素子でも同様の効果が得られる。
【実施例3】
【0041】
図6は、本発明の実施例3の光学系の断面図である。
【0042】
図6において、11は光学系であり、焦点距離が14mmのカメラ用広画角レンズである。設計値は、数値実施例1に示したとおりである。
【0043】
光学系11において、光学素子1(第一レンズ)の射出面2bには、酸化アルミニウムを含有する膜をゾル−ゲル法で形成し、100℃の温水に浸漬することによって得た、平均ピッチが180nm、平均高さが320nmの微細凹凸構造3が形成されている。
【0044】
光学素子の射出面2bでは、撮影光以外の入射した光線の一部が全反射する。しかし、その際に反射回折光が発生し、有害光の原因となる光線のエネルギーを低減することができるため、フレアやゴーストの発生が抑制され、高品位な光学系を実現している。
【0045】
以下に本実施例の光学系の数値データを示す。
【0046】
数値データにおいて、fは焦点距離、FNoはFナンバー、ωは半画角である。物体側(図中、左方)から第i番目の面(第i面)の曲率半径をr0i、第i面と第(i+1)面の間隔をd0iで表している。n1,ν1は、物体側から第i番目の部材のd線に対する屈折率及びd線を基準としたアッベ数νdである。アッベ数νdは以下の式によって表される。
νd=(Nd−1)/(NF−NC)
Nd:d線(波長587.6nm)に対する屈折率
NF:F線(波長486.1nm)に対する屈折率
NC:C線(波長656.3nm)に対する屈折率
(数値データ)
【0047】
【数3】

【符号の説明】
【0048】
1 光学素子
2b 光射出面
3 微細凹凸構造
4 光軸に平行な角度で入射する光線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光軸に平行な角度で入射した光線の一部が全反射する部位を有する光学素子であって、射出面に微細凹凸構造が形成され、該微細凹凸構造は、前記光学素子の使用最短波長をλmin、前記微細凹凸構造が形成された基板の屈折率をnsub、前記微細凹凸構造のピッチをp、高さをhとするとき、
λmin/1.71nsub<p<λmin/2
0.6λmin<h<1.5λmin
なる条件を満足することを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記光学素子の射出面は、非球面であることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記非球面は、半開角が45°以上の部位を有することを特徴とする請求項2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記微細凹凸構造は、アルミニウム又は酸化アルミニウムを含有することを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項5】
前記微細凹凸構造は、前記基板と同一の材料によって形成されていることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の光学素子を有することを特徴とする光学系。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−271533(P2010−271533A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−123180(P2009−123180)
【出願日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】