説明

光触媒機能皮膜の形成方法

【課題】大気中かつ常温で簡単に施工でき、大面積で複雑形状の基材表面にも耐久性のある皮膜を形成可能で、しかも光触媒機能を十分に発揮可能な光触媒機能皮膜の形成方法を提供する。
【解決手段】原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子11がルチル型に変態するのを制御しながら、低温度の溶射フレーム29を用いて、基材12上に二酸化チタンの粒子11の高速溶射を行い、前記二酸化チタンの粒子のアナターゼ型を維持しながら積層する光触媒機能皮膜の形成方法において、原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子を、水及び有機系溶液のいずれか一方又は双方中に混入し、この混合液を溶射フレーム29の投入前に霧化して、この霧状粒子を溶射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、汚染物質の無害化、抗菌、及び殺菌を行うことが可能な光触媒機能皮膜及びその形成方法に関する技術に係り、更に詳細には二酸化チタンを使用した光触媒機能皮膜及びその形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、二酸化チタン(TiO2)を用いた光触媒機能皮膜の研究及び応用が行われている。光触媒とは、その伝導電子体と荷電子体のバンドギャップエネルギーより大きい光エネルギーが照射されると励起状態となり、荷電子対を生成する光半導体物質のことである。
この二酸化チタンが成膜された基材を使用することにより、例えば、大気中のNOx及びSOxの分解、有害有機物(VOCs)の無害化、抗菌、殺菌、脱臭、防汚、自浄作用、及び環境ホルモンの分解を行うことが可能になる。
【0003】
この光触媒の成膜方法としては、例えば、特許文献1に開示された乾式法と、例えば、特許文献2に開示された湿式法がある。
湿式法を用いた成膜方法(以下、湿式成膜法ともいう)は、一般に光触媒溶質を含んだ溶液を基材に塗布し、その後これを乾燥させる方法であり、その方法としては、例えば、ゾルゲル法又は塗布コーティング法がある。
また、乾式法を用いた成膜方法(以下、乾式成膜法ともいう)は、主として真空装置を使用し、基材に直接、原子又は分子をコーティングする方法であり、その方法としては、例えば、スパッタリング法、PVD(physical vapor deposition)法、又はCVD(chemical vapor deposition)法がある。
【0004】
この乾式成膜法は、湿式成膜法と比較して、膜自体の耐久性及び膜厚精度の点で優れているが、高価な真空装置が必要であり、またこの真空装置の例えば、大きさ、機能、及び性能によって成膜できる化学種が制約され、更に基材の例えば、大きさ、形状、及び種類も制約される。
一方、湿式成膜法は、常温常圧で成膜できるメリットがあるが、塗布溶液並びに乾燥工程の品質管理、及び膜厚の精度確保が難しいといった制約がある。
このように、いずれの成膜方法を使用しても、その成膜条件に制約があるため、汎用性のある成膜方法、例えば、常温又は大気圧で成膜でき、基材サイズ、基材種類、基材形状、及び成膜場所の制約がなく、しかも短時間に成膜でき、更には乾式成膜法(ドライ)で後施工が可能な光触媒成膜方法の開発が望まれている。
この方法を実現する手段として、プラズマ溶射又は高温ガス(例えば、3000℃程度)のフレーム溶射といった溶射法を用いた成膜方法が開示されている。なお、この方法においては、二酸化チタンが高温に加熱された後に基材に被覆される(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−348665号公報
【特許文献2】特許第2756474号公報
【特許文献3】特開2000−300999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記した溶射法を使用して基材上に被覆された二酸化チタンの皮膜は、使用した二酸化チタン量に応じた触媒活性性能を十分に発揮できていない。また、前記した溶射法は、プラズマ又は高温ガスを使用しているため、溶射時における操作性が良好でなく、しかも作業性が劣る。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、大気中かつ常温で簡単に施工でき、大面積で複雑形状の基材表面にも耐久性のある皮膜を形成可能で、しかも光触媒機能を十分に発揮可能な光触媒機能皮膜及びその形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的に沿う請求項1記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子がルチル型に変態するのを制御しながら、低温度の溶射フレームを用いて、基材上に前記二酸化チタンの粒子の高速溶射を行い、前記二酸化チタンの粒子のアナターゼ型を維持しながら積層する。
【0009】
請求項1記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、高速溶射とは、例えば、1000m/秒の噴出速度を有する溶射をいう。
高速溶射する二酸化チタンは、アナターゼ(Anatase)型とルチル(Rutile)型の結晶構造を有し、アナターゼ型からルチル型へと変態する温度が800℃程度である。この二酸化チタンは、アナターゼ型の方がルチル型よりも光活性が高いが、溶射皮膜中のアナターゼ型の二酸化チタンの存在比率が高い場合に、必ずしも皮膜が高い光触媒機能を示すとはいえないと従来考えられていた。
【0010】
しかし、種々の試験の結果から、アナターゼ型の二酸化チタンの方が、ルチル型の二酸化チタンよりも、高い光触媒機能を示すことを確認できたため、基材上にアナターゼ型の二酸化チタンの皮膜を形成する溶射方法を検討した。
なお、低温度の溶射フレームを使用して、基材上にアナターゼ型の二酸化チタンの粒子を高速溶射することで、溶射された皮膜中におけるアナターゼ型の二酸化チタンの存在比率を、例えば、80質量%以上、更に好ましくは90質量%以上にできる。
また、この二酸化チタンの皮膜を形成する基材としては、例えば、コンクリート建材、タイルガラス、繊維、プラスチック系建材、金属、又はアルミニウム系建材がある。
【0011】
請求項2記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、請求項1記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記溶射フレームの温度は、700℃以上2000℃以下である。
請求項2記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、溶射フレームの温度とは、溶射ガン先端から200mmの位置で測定した温度をいう。
【0012】
ここで、溶射フレームの温度が700℃未満の場合、フレーム温度が低くなり過ぎるため、溶射する二酸化チタン粒子への入熱が十分でなく、二酸化チタンの皮膜を基材に安定に形成することができない。一方、溶射フレームの温度が2000℃を超える場合、フレーム温度が高くなり過ぎるため、溶射する二酸化チタンへの入熱が過剰になり、アナターゼ型からルチル型へと変態する二酸化チタンの量が増加し、基材に被覆した二酸化チタンが十分な光触媒機能を発揮できない。なお、溶射時において、溶射フレーム中での滞留時間は瞬時であり、溶射フレームの温度が2000℃以下であれば、二酸化チタンの光触媒機能に大きな影響を及ぼさないものと考えられる。
【0013】
従って、光触媒機能を十分に発揮する二酸化チタンを、基材に安定に被覆するためには、溶射フレームの温度の下限値を700℃、好ましくは750℃にし、また上限値を2000℃、好ましくは1500℃、更に好ましくは1000℃にする。
【0014】
請求項3記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、請求項1及び2記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記二酸化チタンの粒子は、予め10μm以上100μm以下に造粒されている。
請求項3記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、二酸化チタンの粒子径が10μm未満の場合、粒子径が細かくなり過ぎるため、乾式の状態のままでは溶射フレームに到達する前の搬送過程で凝集が起こり、溶射作業を安定して実施できない。一方、二酸化チタンの粒子径が100μmを超える場合、粒子径が大きくなり過ぎ、二酸化チタンで形成した皮膜表面に凹凸が生じ易く、例えば平滑化のための後処理を行う必要が生じる恐れがある。
【0015】
従って、平滑化された皮膜を基材に安定して形成するためには、二酸化チタンの粒子径の下限値を10μm、好ましくは20μmとし、また上限値を100μm、好ましくは80μm、更に好ましくは60μmにする。
なお、製造された造粒物は、予め低温(例えば、300℃以下、好ましくは200℃以下程度)で焼成した後、溶射することが好ましい。
【0016】
請求項4記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、請求項3記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記二酸化チタンの粒子の造粒時の溶液として、水及び有機系溶液のいずれか一方又は双方を用い、更に、この造粒物には皮膜形成時のバインダーとして、樹脂、ガラス、及び低融点金属のいずれか1又は2以上が含まれている。
請求項4記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、有機系溶液としては、例えば、アルコール、アセトン、及びうすめ液(シンナー)を使用できる。
【0017】
また、バインダーとは、二酸化チタンの粒子の隙間を埋めて結合強度を高めるものである。ここで、樹脂としては、例えば、プラスチック又はフッ素樹脂があり、ガラスとしては、例えば、低融点ガラスがあり、また低融点金属としては、例えば、アルミニウム、亜鉛、すず、ニッケル、又はこれらのいずれか1又は2以上を含む合金がある。
【0018】
請求項5記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、請求項1及び2記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子を、水及び有機系溶液のいずれか一方又は双方中に混入し、この混合液を前記溶射フレームの投入前に霧化して、この霧状粒子を溶射する。
請求項5記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、有機系溶液としては、例えば、アルコール、アセトン、及びうすめ液を使用できる。
また、霧化する方法としては、例えば、二酸化チタンの粒子が含まれる混合液に対して、圧搾(大気圧以上)空気を吹き付ける方法がある。
【0019】
請求項6記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、請求項1〜5記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記高速溶射は、XY方向に移動可能な溶射ガンを用い、前記基材となる構造物の屋内及び屋外を含む内外装面に対して行われる。
請求項6記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、高速溶射を行う溶射ガンは、例えば、特開2004−89864号公報に開示された分割型自動溶射装置の台車に設けることで、XY方向(好ましくは、XYZの三次元方向)、即ち基材面に対して平行に移動させることができる。この場合、X方向(前後方向)とは、台車の走行方向に直交する方向、Y方向(左右方向)とは、台車の走行方向を意味する。更に、三次元方向に移動する場合のZ方向(上下方向)とは、基材面との距離が近づいたり遠ざかったりする方向を意味する。
また、構造物とは、例えば、橋桁、建材、道路資材、車、車輛、船舶、航空機、熱交換機の冷却管、発電設備、及びこれに類似するものを含む。
【0020】
請求項7記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、請求項1〜6記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記基材上にはアンダーコート層が予め形成されている。
請求項7記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、アンダーコート層とは、基材との結合を強く、なおかつ二酸化チタン溶射皮膜の結合強度(アンカー効果)を高めるために使用するものであり、その形成方法としては、使用する材質に応じて、例えば、めっき、塗布、溶射、又はスプレー噴霧がある。
【0021】
請求項8記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、請求項7記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記アンダーコート層は、樹脂、ガラス、及び低融点金属のいずれか1又は2以上によって形成されている。
請求項8記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、アンダーコート層を形成する樹脂としては、例えば、プラスチック又はフッ素樹脂があり、ガラスとしては、例えば、低融点ガラスがあり、また低融点金属としては、例えば、アルミニウム、亜鉛、すず、ニッケル、又はこれらのいずれか1又は2以上を含む合金がある。
【0022】
前記目的に沿う請求項9記載の光触媒機能皮膜は、請求項1〜8のいずれか1項に記載の光触媒機能皮膜の形成方法によって形成されている。
請求項9記載の光触媒機能皮膜において、低温度の溶射フレームを使用して基材に二酸化チタンを溶射し皮膜を形成しているので、アナターゼ型の二酸化チタンの存在比率が高められている。
【0023】
前記目的に沿う請求項10記載の光触媒機能皮膜は、アナターゼ型を主体とする二酸化チタンの粒子を、バインダーを用いて形成した光触媒機能皮膜であって、前記バインダーが全体の皮膜に対して10質量%以上50質量%以下含まれている。
請求項10記載の光触媒機能皮膜において、アナターゼ型を主体とする二酸化チタンとは、皮膜中に存在するアナターゼ型の二酸化チタン量が、例えば、80質量%以上、好ましくは90質量%以上であることを意味する。
ここで、バインダーの量が皮膜全体に対して10質量%未満の場合、皮膜全体量に対するバインダー量が少なくなり過ぎ、例えば、基材から皮膜が剥がれ落ち易くなり、皮膜を基材上に長期間安定して形成できない。一方、バインダーの量が50質量%を超える場合、皮膜全体中の二酸化チタン量が減少し、光触媒機能を十分に発揮できない恐れがある。また、バインダーによる粒子結合の効果の更なる顕著な向上が望めず、しかもバインダーの使用量が増加するため経済的でない。
従って、二酸化チタンによる光触媒機能を十分に発揮でき、バインダーによる粒子結合の効果を確実かつ経済的に行うためには、皮膜全体に対するバインダー量の下限を10質量%、好ましくは15質量%、更に好ましくは20質量%にし、また上限を50質量%、好ましくは45質量%、更に好ましくは40質量%にする。
【0024】
請求項11記載の光触媒機能皮膜は、請求項9及び10記載の光触媒機能皮膜において、前記基材上に積層された前記二酸化チタンの粒子は偏平状となっている。
請求項11記載の光触媒機能皮膜において、基材上に積層された二酸化チタンの粒子は偏平状になっているので、粒子と基材との結合強度を向上させることができる。
【0025】
前記目的に沿う請求項12記載の光触媒機能皮膜は、基材の上にアンダーコート層を介してアナターゼ型を主体とする二酸化チタン皮膜が形成されている。
請求項12記載の光触媒機能皮膜において、アナターゼ型を主体とする二酸化チタンとは、皮膜中に存在するアナターゼ型の二酸化チタン量が、例えば、80質量%以上、好ましくは90質量%以上であることを意味する。
ここで、アンダーコート層の存在により、基材に対する二酸化チタンの結合強度が高められ、例えば、二酸化チタンの皮膜を基材上に長期間安定して形成できる。
【0026】
請求項13記載の光触媒機能皮膜は、請求項9〜12記載の光触媒機能皮膜において、前記二酸化チタンの一部が還元された酸素欠損構造の酸化チタンを含む。
請求項13記載の光触媒機能皮膜において、酸素欠損構造の酸化チタンとは、可視光域を含む紫外光域への光触媒機能を備えるものである。このため、酸素欠損構造の酸化チタンは、皮膜中に0を超え、好ましくは2質量%以上、更には5質量%以上、かつ30質量%以下、好ましくは25質量%以下、更には20質量%以下含まれていることが好ましい。
なお、酸素欠損構造の酸化チタンは、例えば、溶射フレームの熱又は基材に対する二酸化チタンの粒子の衝突エネルギーにより、二酸化チタンが還元されることで生成するものと考えられるが、予め酸素欠損構造となった酸化チタンを製造し、これをアナターゼ型の二酸化チタンと混合して溶射することも可能である。
【0027】
請求項14記載の光触媒機能皮膜は、請求項9〜13記載の光触媒機能皮膜において、前記二酸化チタン中に、Ti−N結合及びTi−S結合のいずれか一方又は双方が一部介在する。
請求項14記載の光触媒機能皮膜において、Ti−N結合及びTi−S結合は、可視光域を含む紫外光域への光触媒機能を備えるものである。このため、Ti−N結合及びTi−S結合のいずれか一方又は双方からなる全体量は、皮膜中に0を超え、好ましくは2質量%以上、更には5質量%以上、かつ10質量%以下含まれていることが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
請求項1〜8記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、低温度の溶射フレームを使用して、基材上にアナターゼ型の二酸化チタンの粒子を高速溶射するので、溶射された皮膜中におけるアナターゼ型の二酸化チタンの存在比率を従来よりも大幅に高めることができ、光触媒機能を十分に発揮可能な皮膜を基材上に形成できる。
また、溶射法を用いるため、大気中かつ常温で簡単に施工でき、大面積で複雑形状の基材表面にも耐久性のある皮膜を形成できる。
【0029】
特に、請求項2記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、溶射フレームの温度を、二酸化チタンの粒子への入熱を極力低減すると共に、溶射に必要な熱を確保可能な範囲に設定するので、光触媒機能を十分に発揮する皮膜を基材に安定に形成できる。
【0030】
請求項3記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、二酸化チタンの粒子を、溶射フレームに到達する前の搬送過程で凝集させることなく、しかも形成した皮膜の後処理が不要な粒径範囲に造粒するので、平滑化された皮膜を基材に作業性良く安定して形成できる。
【0031】
請求項4記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、皮膜中にバインダーが含まれているので、皮膜を形成する二酸化チタンの粒子の結合力を、バインダーが含まれていない場合よりも向上させることができる。また、この皮膜は、紫外光の照射を受けることで、液体(例えば、水)に対する優れた濡れ性と、この親水効果によって接触した液体への優れた熱伝達性を示すので、この皮膜を、例えば、基材となる蒸発管(供給された水を過熱して蒸気を発生させる伝熱部位)の外面に形成した場合、水冷時の冷却効果を高めることができる。
【0032】
請求項5記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、二酸化チタンが含まれる混合液を霧化して溶射フレームに投入するので、二酸化チタンの粒子を溶射フレームに到達する前の搬送過程で凝集させることなく、溶射フレームまで安定して搬送できる。
【0033】
請求項6記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、XY方向に移動可能な溶射ガンを使用するので、安全性が高く、しかも効率的に溶射皮膜を形成でき、更に、大面積の部分に対しても均質な膜特性(例えば、膜厚)を備える皮膜を形成できる。ここで、溶射ガンをZ方向にも移動させることで、更に複雑な表面形状に均質な膜特性を備える皮膜を形成できる。
【0034】
請求項7記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、基材上に予めアンダーコート層を形成するので、アンダーコート層に酸化チタンがくい込み、基材に対する二酸化チタンの結合力を高めることができる。更に、これによって、アンダーコート層がバリアコート層として作用し、基材と酸化チタンとの直接接触を防ぐことができる。
また、アンダーコート層上に形成された皮膜が紫外光の照射を受けることで、優れた濡れ性と熱伝達性を示し、水冷時の冷却効果を高めることができる。
【0035】
請求項8記載の光触媒機能皮膜の形成方法は、例えば、基材との接着性のよい低融点ガラス又はプラスチック材等の市販されている材料を用いて、比較的簡単な構成で基材に対する二酸化チタンの結合力を高めることができる。
【0036】
請求項9及びこれに従属する請求項11、13、及び14記載の光触媒機能皮膜は、溶射された皮膜中におけるアナターゼ型の二酸化チタンの存在比率が従来よりも大幅に高められ、光触媒機能を十分に発揮可能な皮膜を提供できる。
【0037】
請求項10及びこれに従属する請求項11、13、及び14記載の光触媒機能皮膜は、バインダーが含まれているので、例えば、長期の使用にも、皮膜が基材上から剥がれ落ちることを抑制、更には防止できる。
【0038】
特に、請求項11記載の光触媒機能皮膜は、基材上に積層された二酸化チタンの粒子形状が偏平状になっているので、基材からの皮膜の剥がれを抑制、更には防止できる。なお、偏平状とは、例えば、卵形、円盤状、リング状、又は断面楕円形がある。
【0039】
請求項12及びこれに従属する請求項13及び14記載の光触媒機能皮膜は、基材上に予めアンダーコート層を形成するので、基材に対する二酸化チタンの結合力が高められる皮膜を提供できる。
また、アンダーコート層上に形成された皮膜が紫外光の照射を受けることで、優れた濡れ性と熱伝達性を示し、水冷時の冷却効果を高めることができる。
【0040】
請求項13記載の光触媒機能皮膜は、酸素欠損構造の酸化チタンを含んでいるので、アナターゼ型の二酸化チタンによる紫外光域のみならず、紫外光域以外の可視光域への光触媒機能も備えることができ、皮膜の使用用途を従来よりも更に広げることができる。
【0041】
請求項14記載の光触媒機能皮膜は、Ti−N結合及びTi−S結合のいずれか一方又は双方を含んでいるので、アナターゼ型の二酸化チタンによる紫外光域のみならず、紫外光域以外の可視光域への光触媒機能も備えることができ、皮膜の使用用途を従来よりも更に広げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜の形成方法の説明図である。
【図2】メチレンブルー分解試験の試験方法の説明図である。
【図3】メチレンブルー分解試験の試験結果を示すグラフである。
【図4】親水性試験の試験結果を示すグラフである。
【図5】変形例に係る光触媒機能皮膜の形成方法の説明図である。
【図6】本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜の形成方法に使用する二酸化チタン供給方法の説明図である。
【図7】(A)は同光触媒機能皮膜の形成方法で用いる霧化ノズルの説明図、(B)は霧化ノズルの内部構造を示す説明図である。
【図8】同光触媒機能皮膜の形成方法に使用する溶射温度可変型の高速溶射装置の説明図である。
【図9】溶射温度とアナターゼ型の二酸化チタンの含有量との関係を示す説明図である。
【図10】(A)〜(C)はそれぞれプラズマ溶射、HVOF溶射、及び低温高速溶射により形成された溶射皮膜のX線回折結果を示す説明図である。
【図11】本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜の形成方法に使用する溶射ガンを取付けた台車の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
ここで、図1は本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜の形成方法の説明図、図2はメチレンブルー分解試験の試験方法の説明図、図3はそれぞれメチレンブルー分解試験の試験結果を示すグラフ、図4は親水性試験の試験結果を示すグラフ、図5は変形例に係る光触媒機能皮膜の形成方法の説明図、図6は本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜の形成方法に使用する二酸化チタン供給方法の説明図、図7(A)は同光触媒機能皮膜の形成方法で用いる霧化ノズルの説明図、(B)は霧化ノズルの内部構造を示す説明図、図8は同光触媒機能皮膜の形成方法に使用する溶射温度可変型の高速溶射装置の説明図、図9は溶射温度とアナターゼ型の二酸化チタンの含有量との関係を示す説明図、図10(A)〜(C)はそれぞれプラズマ溶射、HVOF溶射、及び低温高速溶射により形成された溶射皮膜のX線回折結果を示す説明図、図11は本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜の形成方法に使用する溶射ガンを取付けた台車の説明図である。
【0044】
図1に示すように、本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜(以下、単に皮膜ともいう)10は、原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子11がルチル型に変態するのを制御して抑制しながら、低温度の溶射フレームを用いて、基材12上に二酸化チタンの粒子11の高速溶射を行い、二酸化チタンの粒子11のアナターゼ型を維持しながら積層して形成したものである。ここで、制御とは、例えば、アナターゼ型の残存率を変えることをいい、具体的には、溶射温度、フレームの勢い、及び雰囲気の酸化還元性のいずれか1又は2以上をコントロールすることを意味する。
なお、基材12としては、例えば、コンクリート建材、タイルガラス、繊維、プラスチック系建材、金属、又はアルミニウム系建材がある。以下、詳しく説明する。
【0045】
光触媒機能皮膜10は、アナターゼ型の二酸化チタンを、例えば、80質量%以上、好ましくは90質量%以上含んでいる。なお、皮膜10中の他の成分は、溶射時にアナターゼ型からルチル型へと変態した二酸化チタン及び不可避的不純物を含んでいる。
ここで、アナターゼ型の光触媒機能について説明する。
これは、図2に示すように、例えば、各種材料が皮膜された基板13上に円筒形のセル14を配置し、このセル14内部にメチレンブルー水溶液15を入れ、上方からブラックライトをあてて紫外線を照射する方法を用いて行った。この基板13とセル14との接触部分には、接触部分からのメチレンブルー水溶液15の漏れ出しを防止するためのシリコングリース16を塗布し、またセル14上には、メチレンブルー水溶液15の漏れ出し及び蒸発を防止するためのカバーガラス17を配置している。なお、メチレンブルー水溶液15の初期濃度は10μmol/L、紫外線照射強度は1mW/cm2で、評価はメチレンブルーの分解による水溶液中のメチレンブルーの濃度低下を分光光度計で測定して行った。以下、その結果について説明する。
【0046】
図3は、アナターゼ型の残存率(含有率)が異なる二酸化チタンを、溶射により基板上に被覆したものを使用し、二酸化チタンの分解活性(分解活性係数ともいう)、即ちメチレンブルーの分解能力(分解速度)を測定した結果である。この分解活性は、メチレンブルー水溶液の濃度変化を分解時間で除した値で示される。なお、溶射には、粒径が20nmの二酸化チタン粒子に低融点ガラスバインダーを添加したものを使用した。
図3から明らかなように、アナターゼ型の残存率が高く(ルチル型の残存率が少なく)なるに伴い、二酸化チタンの分解活性が上昇した(分解活性係数は、残存率43.7質量%で15.8nmol/L/min、残存率66.2質量%で20.2nmol/L/min、残存率70質量%で21nmol/L/min、残存率91.7質量%で21.4nmol/L/min)。
このことから、アナターゼ型の残存率を高めた二酸化チタンを使用することにより、より高い光触媒機能が示されることを確認できた。
【0047】
次に、このアナターゼ型の二酸化チタンを使用し、皮膜の形成方法の違いによる親水性への影響を検討した結果について説明する。この親水性は、二酸化チタンの自浄作用(セルフクリーニング)を示す指標になる。
試験は、アナターゼ型の二酸化チタンが被覆された試料の表面に液体である水を滴下し、これをCCDカメラで撮像し、試料と水との接触状態をテレビモニターで確認して行った。なお、測定は、紫外光を一定時間照射した後に行った。
親水性の程度を示す試料と水との接触角度は、試料上に滴下された水の上端位置と、水の最大径部分である試料との接触位置とを結ぶ直線を使用し、この直線と試料上面とのなす角を2倍した角度である。
即ち、算出した接触角度が小さくなるに伴って、親水性(濡れ性)が良好になり、より大きな自浄作用を示すことになる。
【0048】
図4は、試料としてアナターゼ型の二酸化チタンの粒子を溶射法により基板上に被覆したものを使用し、その経過日数毎に試料と水との接触角度を測定した結果である。なお、接触角度は、粒径が20nmの粒子に低融点ガラスバインダーが添加された場合(No.1)、粒径が20nmの粒子に高融点ガラスバインダーが添加された場合(No.2)、粒子をアンダーコート層を介して基板上に被覆した場合(No.3)、この被覆したものに更に再加熱し表面を平滑化した場合(No.4)、ガラス板表面へ市販コーティング材を塗布した場合(No.5)の5種類について、それぞれ測定した。ここで、No.1及びNo.2は紫外線照射を行うことなく暗所に放置し、No.3及びNo.4は1時間の紫外線照射を行った後に暗所に放置し、No.5は30分の紫外線照射を行った後に暗所に放置したものである。
図4に示すように、No.1〜No.4においては、暗所に放置した時点から、極めて良好な親水性を示している。一方、市販コーティング材を塗布法によりガラス板表面へ塗布したNo.5については、暗所に放置した時点から親水性が悪くなっている。
以上のことから、二酸化チタンの皮膜の形成に溶射法を使用することで、塗布法を使用した場合よりも高い自浄作用が得られ、しかも暗所特性に優れることを確認できた。
【0049】
続いて、前記したアナターゼ型の二酸化チタンを使用し、皮膜の形成方法の違いによるガス分解性能への影響を検討した結果について説明する。
試験は、光触媒製品技術協議会により示されるアセトアルデヒドガス分解評価試験(ガスバックB法)を使用した。この試験は、3時間以上紫外線を照射した試料を装入し、アセトアルデヒドガスを供給した袋を4つ準備し、2つの袋に紫外線を照射し(明条件試験区)、他の2つの袋を暗所に静置して(暗条件試験区)行った。なお、試料の大きさは50mm×50mm、紫外線照射位置から試料までの距離は30cm、紫外線照射強度は1mW/cm2で、評価は、20時間経過後の「暗条件試験区」のガス濃度平均値と「明条件試験区」のガス濃度平均値との差をとり、これを「暗条件試験区」のガス濃度平均値で除して行った。
【0050】
ここで、使用した試料は、二酸化チタンを溶射法により基板上に被覆した試料(実施例)、二酸化チタンを塗布法により銅板上に被覆した試料(比較例1)、二酸化チタンを塗布法によりガラス板に被覆した場合であってガラス板表面へのブラスト処理を行った試料(比較例2)、及びガラス板表面へのブラスト処理を行わなかった試料(比較例3)である。なお、実施例の試料は、粒径が7nmの粒子に10質量%の有機バインダーが添加されたもの(U20)、粒径が200nmの粒子に10質量%の有機バインダーが添加されたもの(U22)、粒径が20nmの粒子に低融点ガラスバインダーが添加されたもの(U23)、粒径が20nmの粒子に高融点ガラスバインダーが添加されたもの(U24)である。
【0051】
試験を行った結果、二酸化チタンを溶射した実施例であるU20、U22、U23、及びU24については、アセトアルデヒドガスの除去率が100%であった。一方、二酸化チタンを塗布法により形成した比較例1では27.6%、比較例2では55.0%、比較例3では12.9%となり、いずれも溶射法を使用した実施例と比較して低い除去率であった。この結果を表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
以上のことから、二酸化チタンの皮膜の形成に溶射法を使用することで、塗布法を使用した場合よりも高いガス分解性能が得られることを確認できた。
【0054】
図1に示すように、皮膜10は、基材12上に予め形成されたアンダーコート層18を介して形成され、その厚みが、例えば、20μm以上100μm以下(好ましくは、20μm以上50μm以下)程度になっている。このアンダーコート層18は、樹脂、ガラス、及び低融点金属のいずれか1又は2以上によって構成され、その厚みが、例えば、50μm以上100μm以下程度になっている。また、皮膜10を形成する積層された二酸化チタンの粒子の一部又は全部は、例えば、卵形、円盤状、リング状、破砕粉状、及び断面楕円形のいずれか1又は2以上で構成された偏平状となっている。この偏平形状は、高速のフレーム溶射によって加速された二酸化チタンが、アンダーコート層18に衝突することによって成る形状である。
このように、アンダーコート層18を使用することで、基材12に対する皮膜10の結合強度を高めることができる。
【0055】
また、基材12に対する二酸化チタンの結合強度を高めるため、図5に示すように、二酸化チタンの粒子11の周囲にバインダー19を付着させ、これを基材12上に低温度で高速溶射することもできる。このバインダー19は、粒状となっており、樹脂、ガラス、及び低融点金属のいずれか1又は2以上によって構成され、その量が全体の皮膜20に対して10質量%以上50質量%以下含まれている。
ここで、基材12上にはアンダーコート層を形成していないが、前記したように、予め基材12上にアンダーコート層を形成しておくことも可能である。
【0056】
なお、前記した二酸化チタンの皮膜には、アナターゼ型の二酸化チタンによる紫外光域のみならず、紫外光域以外の可視光域への光触媒機能も備え、二酸化チタンの一部が還元された酸素欠損構造の酸化チタンが、安定性を考慮して、例えば、全皮膜中の0を超え30質量%以下程度含まれていることが好ましい。
また、二酸化チタンの皮膜には、酸素欠損構造の酸化チタンと同様の作用効果を現すTi−N結合及びTi−S結合のいずれか一方又は双方を、例えば、全皮膜中の0を超え10質量%以下含まれていることが好ましい。
【0057】
続いて、本発明の一実施の形態に係る光触媒機能皮膜の形成方法について、図1を参照しながら説明する。
まず、二酸化チタンを基材12上に溶射する前に、基材12上に予めアンダーコート層18を形成する。なお、アンダーコート層18としては、樹脂、ガラス、及び低融点金属のいずれか1又は2以上を使用できるので、この各種材質に応じて、基材12上に、例えば、めっき、塗布、溶射、又はスプレー噴霧する。なお、基材12は、構造物の屋内及び屋外を含む内外装面である。
そして、このアンダーコート層18に対して、アナターゼ型の二酸化チタンの粒子11を溶射する。
なお、使用する二酸化チタンの粒子11は、5nm以上500nm以下、好ましくは7nm以上300nm以下の微細粒であるため、乾式の状態のままでは溶射フレームに到達する前の搬送過程で凝集が起こり、溶射作業を安定して実施できない。そこで、以下の方法により、溶射フレームまで搬送する。
【0058】
まず、図6に示すように、原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子11と水を容器21に投入し、水中に粒子11を混入させてスラリー化する。このスラリー中の二酸化チタンの粒子11の量は、例えば、10質量%以上50質量%以下程度であり、更に好ましくは20質量%以上30質量%以下である。ここで、スラリー中の二酸化チタンの粒子11の量が50質量%を超える場合、水中に粒子が分散しなくなる。
なお、使用する液体としては、水を使用することなく、アルコール(有機系溶液の一例)を使用することも可能であり、また水とアルコールとの混合液を使用することも可能である。
【0059】
これを、撹拌機能を備えた加圧機22に投入した後、ポンプ23により所定量ずつ、図7(A)、(B)に示す霧化ノズル24へ搬送する。
この霧化ノズル24は、略円筒状となったものであり、一方側には圧搾空気が吹き込まれる空気流入口25が設けられ、他方側には霧化した霧状粒子を噴出する排出口26が設けられ、側部には混合液が吹き込まれる液流入口27が設けられている。
【0060】
この霧化ノズル24内部の霧化室28内に、液流入口27を介して流入した粒子11を含む混合液を供給すると共に、この混合液に対し空気流入口25を介して流入した圧搾空気を吹き付け、混合液を霧状にする。霧状となった混合液は、排出口26から排出され、溶射フレーム(火炎)29を形成する溶射装置30の溶射原料入口(図8参照)へ供給される。
このように、溶射装置30への搬送過程、即ち溶射フレーム29の投入前に混合液を霧化することで、粒子11の凝集を抑制、更には防止して、溶射フレーム29まで所定量ずつ安定に供給し、この霧状粒子を溶射できる。
【0061】
なお、搬送過程における粒子11の凝集を抑制、更に防止する方法としては、粒子11を10μm以上100μm以下の粒径に、予め造粒して搬送する方法を使用することも可能である。
この造粒は、微細粒の二酸化チタンと結合剤(例えば、ポリビニルアルコール:PVA)と水との混合物を、粒径が10μm以上100μm以下になるようにアトマイズ(噴霧)しながら、例えば200℃程度で低温焼成して行う。ここで、二酸化チタンの粒子の造粒時の溶液としては、水を使用することなく、アルコール(有機系溶液の一例)を使用することも可能であり、また水とアルコールとの混合液を使用することも可能である。
この造粒物は、前記したように、水と混合して霧化ノズルまで搬送することも、また、水と混合することなく、しかも霧化ノズルを使用することなく、乾式の状態で直接溶射フレームまで搬送することも可能である。
【0062】
霧状粒子の溶射時において、アンダーコート層18の表面にアナターゼ型の二酸化チタンの皮膜10を形成するためには、低温度の高速溶射を行う必要があり、その装置として、例えば、特願2003−209398号に記載された溶射温度可変型の高速溶射装置(以下、単に溶射装置ともいう)30を使用することができる。
図8に示すように、溶射装置30は、高圧燃焼支援ガス(O2+空気)及びガス燃料によって形成された高速の溶射フレーム29と共に、溶射原料(霧化ノズル24によって霧状となった混合液)を基材12に対して噴出して皮膜10を形成する溶射ガン(溶射ガンバレル)31を備えている。
【0063】
溶射ガン31の上流側には、所定の混合比率に調整された高圧の酸素ガス及び空気を予め混合して高圧の燃焼支援ガスを製造する混合手段(例えば、スタティックミキサ)32が設けられ、酸素ガス量に対する燃料量又は燃料量に対する酸素ガス量を増減させて、溶射フレーム29の温度を可変可能に調整できるものである。
この溶射装置30を使用し、溶射原料を形成された溶射フレーム29中に投入するので、噴出される溶射原料の溶射速度を超音速に維持しながら、融点の異なる材料の種類に応じた温度制御を行うことが可能となる。
【0064】
なお、混合手段32によって酸素ガスと空気とを予め混合し、この燃焼支援ガスを溶射ガン31へ供給するので、酸素ガス量に対する燃料量を減少させて、溶射フレーム29の温度を低温に調整した場合に、空気の混合量、溶射ガン31の燃焼圧力、及び溶射原料の溶射速度の低下を制御して、基材12上に形成した皮膜10の酸化を抑制できる。
また、酸素ガス及び空気を混合手段32によって略均一な状態に混合し、この燃焼支援ガスを溶射ガン31へ供給して溶射フレーム29を形成するので、混合の不均一に起因する溶射フレーム29の揺らぎ等の発生を抑制、更には防止できる。
【0065】
ここで、溶射時に使用する燃料量を変化させた場合、即ち溶射温度を変化させた場合におけるアナターゼ型の二酸化チタンの含有量の変化について、図9を参照しながら説明する。溶射温度は燃料量に依存するため、燃焼時に使用する燃料量が多くなるに伴って溶射温度は高くなり、一方、燃料量が少なくなるに伴って溶射温度は低くなる。
なお、溶射原料として、粒径が7nmのアナターゼ型の二酸化チタン(U20:◆)、粒径が200nmのアナターゼ型の二酸化チタン(U22:■)をそれぞれ使用した。
図9から明らかなように、溶射時に使用する燃料量を少なくすることで、溶射温度が低下し、基材上に形成されるアナターゼ型の二酸化チタンの含有率(占有率)を増加できることが分かる。
【0066】
また、溶射温度が異なるプラズマ溶射、HVOF(High Velocity Oxygen Fuel)溶射、及び前記した溶射装置30を使用した低温高速溶射の各溶射方法により形成された二酸化チタン皮膜の結晶構造について示す。なお、図10(A)はプラズマ溶射、図10(B)はHVOF溶射、図10(C)は低温高速溶射を行った場合のX線回折結果であり、図10(A)〜(C)中の●はアナターゼ型、×はルチル型、αは基板のそれぞれの強度を現している。ここで、溶射に使用した原料粉である二酸化チタンは略全量アナターゼ型である。
形成した皮膜中のアナターゼ型の二酸化チタン含有率は、図10(A)〜(C)中のアナターゼ型及びルチル型のそれぞれ強度を使用し、以下の式で算出した。
アナターゼ含有率(質量%)=100/{1+1.265×(IR/IA)}
ここで、IRはルチル(110面)の強度、IAはアナターゼ(101面)の強度をそれぞれ示す。
【0067】
プラズマ溶射を行った場合、図10(A)に示すように、アナターゼ型のピークよりもルチル型のピークの方が大きく現れる結果が得られた。この皮膜中のアナターゼ型の二酸化チタンの含有率は18質量%であった。
また、HVOF溶射を行った場合は、図10(B)に示すように、アナターゼ型のピークとルチル型のピークが略同程度の結果が得られた。この皮膜中のアナターゼ型の二酸化チタンの含有率は63質量%であった。
一方、低温高速溶射を行った場合は、図10(C)に示すように、ルチル型のピークはほとんど現れず、略全体に渡ってアナターゼ型のピークが現れた。この皮膜中のアナターゼ型の二酸化チタンの含有率は92質量%であった。
以上のことから、低温高速溶射を行うことで、皮膜を形成する二酸化チタンのほとんど全てをアナターゼ型に維持できることを確認できた。
【0068】
なお、二酸化チタンの溶射時においては、図11に示すように、前記した高速溶射を行う溶射ガン31を、例えば、特開2004−89864号公報に開示された分割型自動溶射装置の台車33に設けて行う。
溶射ガン31は、基材12表面の手前側に隙間を有して配置された2本の水平レール34、35上を走行する台車33に、取付手段36を介して上下動可能に取付ける。
これにより、台車33の走行方向に直交する方向をX方向(前後方向)とし、台車33の走行方向をY方向(左右方向)とした場合、溶射ガン31をXY方向に移動できるので、基材12の溶射時における作業性が良好になる。
【0069】
前記した溶射装置30を使用して、溶射ガン31から噴出する溶射フレーム29の温度が、700℃以上2000℃以下の低温度になるように、ガス燃料と燃焼支援ガス量との配合量を調整する。そして、霧化ノズル24で霧状としたアナターゼ型の二酸化チタンの粒子11を含む混合液を、霧化ノズル24の排出口26に接続された搬送ホース37を介して溶射ガン31の溶射原料入口に供給し、この霧状粒子を溶射ガン31で形成された溶射フレーム29中へ投入する。
【0070】
これにより、アナターゼ型の二酸化チタンがルチル型に変態するのを抑制しながら、粒子11を、基材12上に形成されたアンダーコート層18上に高速溶射できる。このとき、基材12上に形成される皮膜10は、例えば、80質量%以上、好ましくは90質量%以上のアナターゼ型の二酸化チタンを含んでいる。
なお、この皮膜10は、アンダーコート層18を介して基材12上に形成されているため、基材12に対する結合力が高められている。
【0071】
また、基材に対する皮膜の結合強度を高める方法としては、図5に示すように、二酸化チタンの粒子11の周囲に、皮膜形成時のバインダー19である樹脂、ガラス、及び低融点金属のいずれか1又は2以上の粒子を付着させた後、これを基材12に溶射することも可能である。なお、二酸化チタンの粒子11へのバインダー19の付着は、溶液中で粒子11とバインダー19の粒子とを撹拌し混合して行う。
これにより、二酸化チタンの各粒子11の結合力が高められると共に、皮膜20内部の空隙率を低減できる。
なお、二酸化チタンの粒子を造粒した造粒物の周囲に、前記したバインダーの粒子を付着させた後、これを基材に溶射することも可能である。
【0072】
以上、本発明を、実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。例えば、前記したそれぞれの実施の形態や変形例の一部又は全部を組合せて本発明の光触媒機能皮膜及びその形成方法を構成する場合も本発明の権利範囲に含まれる。
また、前記実施の形態においては、溶射ガンをXY方向に移動可能な台車に取付けて溶射皮膜を形成する場合について説明したが、溶射場所に応じて、作業者が溶射ガンを手動により操作することも勿論可能である。
【符号の説明】
【0073】
10:光触媒機能皮膜、11:粒子、12:基材、13:基板、14:セル、15:メチレンブルー水溶液、16:シリコングリース、17:カバーガラス、18:アンダーコート層、19:バインダー、20:皮膜、21:容器、22:加圧機、23:ポンプ、24:霧化ノズル、25:空気流入口、26:排出口、27:液流入口、28:霧化室、29:溶射フレーム、30:溶射装置、31:溶射ガン、32:混合手段、33:台車、34、35:水平レール、36:取付手段、37:搬送ホース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子がルチル型に変態するのを制御しながら、低温度の溶射フレームを用いて、基材上に前記二酸化チタンの粒子の高速溶射を行い、前記二酸化チタンの粒子のアナターゼ型を維持しながら積層する光触媒機能皮膜の形成方法において、
前記原料粉であるアナターゼ型の二酸化チタンの粒子を、水及び有機系溶液のいずれか一方又は双方中に混入し、この混合液を前記溶射フレームの投入前に霧化して、この霧状粒子を溶射することを特徴とする光触媒機能皮膜の形成方法。
【請求項2】
請求項1記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記混合液を霧化するノズルは、一方側に圧搾空気が吹き込まれる空気流入口が、他方側に霧化した霧状粒子を噴出する排出口が設けられ、側部に前記混合液が吹き込まれる液流入口が設けられていることを特徴とする光触媒機能皮膜の形成方法。
【請求項3】
請求項1及び2のいずれか1記載の光触媒機能皮膜の形成方法において、前記高速溶射は、XY方向に移動可能な溶射ガンを用い、前記基材となる構造物の屋内及び屋外を含む内外装面に対して行われることを特徴とする光触媒機能皮膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−131851(P2009−131851A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−61596(P2009−61596)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【分割の表示】特願2004−234787(P2004−234787)の分割
【原出願日】平成16年8月11日(2004.8.11)
【出願人】(591209280)株式会社フジコー (25)
【Fターム(参考)】