説明

免疫調整物質の製造方法

【課題】 冬虫夏草の免疫賦活作用と免疫抑制作用を有効に分離し、安全性の高い食品成分からの免疫調整剤を提供すること。
【解決手段】 冬虫夏草を粉末化したものを水溶液とし、この水溶液を活性炭に吸着処理させることにより、免疫賦活物質と免疫抑制物質とを有効に分離することができる。このとき、活性炭非吸着画分には、B細胞増殖活性及びIgG1抗体産生誘導活性が含まれ、活性炭吸着画分には、B細胞増殖抑制活性及びIgE産生抑制活性が含まれていることが示唆された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫調整物質の製造方法等に関し、特に冬虫夏草から免疫抑制物質と免疫賦活物質とを分離しつつ各々を製造する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
特に近年には、食品による生体調節作用に関する研究が国際的な規模で展開されており、これまでに数多くの食品成分の有効性が科学的に明らかにされてきた。食品のもつ免疫調節作用は、重要な生体調節作用の一つでもある。免疫機能とは、病原微生物や癌などの脅威から生体を防御する機能であり、免疫機能が低下すると感染を受けやすくなること、及び発癌のリスクが上昇することが報告されている。一方、過剰な免疫反応は、アレルギー疾患、関節リウマチ・全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を引き起こし、生体にダメージを与えることもある。
免疫調節作用を有する物質としては、免疫賦活作用を示す免疫賦活物質と、免疫抑制作用を示す免疫抑制物質とがある。免疫賦活物質としては、ペプチドグリカン、リポ多糖類、多糖類(β-1,3-グリカン)、キチン・キトサン、ラクトフェリンなどがあり、免疫抑制物質としては、糖質コルチコイド、アルキル化剤、代謝拮抗剤、抗体、イムノフィリンに作用する薬剤、インターフェロンなどが知られている。しかし、両物質のうちには、発熱、吐き気や嘔吐、下痢、頭痛、高血圧、異脂肪血症、高血糖、消化性潰瘍、肝臓や腎臓の機能障害などの副作用が認められることがある。
【0003】
冬虫夏草とは、キノコ(菌類)の一種であり、肉座菌目麦核菌科冬虫夏草属に属するとされている。冬には、昆虫の幼体に寄生して菌核を形成し、幼体内の栄養により成長した後、菌糸体が増え続け、夏にはキノコの形状となる。中国では紀元前よりオオコウモリ蛾の幼虫に寄生したコルディセプス・シネンシス(Cordyceps sinensis)を漢方薬として利用していた。冬虫夏草には、このコルディセプス・シネンシスの他にも多くの種類があり、世界中で約300種類が存在すると言われている。また、冬虫夏草の安全性については、経口摂取で適切に使用する場合には、高いものとされている。
冬虫夏草の効能としては、抗腫瘍作用、抗酸化作用、持久力向上などの他に、免疫力の強化、バランスの調整作用が知られている。このうち、免疫作用については、賦活作用と抑制作用という相反するものが認められており、この作用に注目した特許出願がある(例えば、特許文献1〜特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−154488号公報
【特許文献2】特開2005−97192号公報
【特許文献3】特開2005−35928号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
冬虫夏草の免疫賦活作用と免疫抑制作用を有効に分離できれば、安全性の高い食品成分からの免疫調節剤の提供が期待できるが、いまのところ簡易な方法で両作用を分離する方法は知られていない。
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、冬虫夏草から免疫賦活作用と免疫抑制作用とを分離することにより、一素材から免疫賦活物質と免疫抑制物質との両者を得る方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決する発明は、冬虫夏草から得られた水溶性成分を水溶液とし、この水溶液を活性炭によって処理することによって、活性炭非吸着画分と活性炭吸着画分とに分画し、活性炭非吸着画分を免疫賦活活性を有する免疫賦活物質とすることを特徴とする免疫調整物質の分画方法である
上記発明において、前記水溶液を処理した後の活性炭から免疫抑制活性を有する免疫抑制物質を得ることが好ましい。
また、前記免疫賦活活性は、B細胞増殖活性及びIgG1抗体産生誘導活性を含むことが好ましい。
また、前記免疫抑制活性は、B細胞増殖抑制活性及びIgE産生抑制活性を含むことが好ましい。
また、本発明に係る免疫調整物質は、上記分画方法のいずれかによって得られたことを特徴とする。
このとき、前記免疫調整物質が、上記分画方法によって得られた免疫賦活物質であることが好ましい。
また、前記免疫調整物質が、上記分画方法によって得られた免疫抑制物質であることが好ましい。
【0007】
「冬虫夏草」とは、蛾の幼虫などに寄生する菌類の総称を意味し、冬虫夏草属(Cordyceps)中のsinensis、militaris、nutansなどの種に分類される。Cordycepsの他にも、Isariaについても冬虫夏草として総称されている。本発明の製造方法は、上記いずれの属・種についても適用できる。但し、工業的に製造する場合には、大量かつ均一に入手できるものを使用することが好ましい。そのような冬虫夏草としては、Cordyceps sinensis、Cordyceps militaris、Isaria属等の製品があるので、それらを用いることが好ましく、Cordyceps militarisを用いることが最も好ましい。
「活性炭」とは、目的とする物質を特異的に分離・精製・除去などを行うために、吸着効率を高めるために化学的・物理的な処理を施した多孔質の炭素を主成分とする物質である。本発明に用いられる活性炭としては、特に限られず、種々のものが使用できる。
「免疫調整物質」とは、免疫機能を調整する物質を意味し、免疫賦活物質と免疫抑制物質とのいずれもが含まれる。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、冬虫夏草という一つの素材から、免疫賦活作用を持つ物質と免疫抑制作用を持つ物質とを分離できるので、それぞれの物質を健康食品・医薬品として提供できる。このような免疫調節作用をもつ食品を食生活に取り込み、生体の免疫機能機能を改善することにより、健康的で質の高い生活を送ることに直結すると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】冬虫夏草粉末試料、及び活性炭非吸着画分試料について、B細胞増殖作用の有無を評価した結果を示すグラフである。
【図2】冬虫夏草粉末試料、及び活性炭非吸着画分試料について、T細胞増殖作用の有無を評価した結果を示すグラフである。
【図3】冬虫夏草粉末試料、及び活性炭非吸着画分試料が、IgGの誘導を起こすか否かを評価した結果を示すグラフである。
【図4】冬虫夏草粉末試料、活性炭非吸着画分試料、活性炭吸着画分試料(アンモニア水)、及び活性炭吸着画分試料(クエン酸)が、IgEの誘導を起こすか否かを評価した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
【0011】
次に、本発明を更に詳細に説明するために、試験例及び実施例を説明する。
冬虫夏草から得られた試料のスクリーニングするために、まずin vitroにおけるアッセイ系を実施した。このアッセイ系については、3報の論文(1.Obayashi, K., Doi, T. and Koyasu, S., Dendritic cells suppress IgE production in B cells, Int. Immunol., 19, 2, 217-226 (2007).、2.Suzuki, H., Matsuda, S., Terauchi, Y., Fujiwara, M., Ohteki, T., Asano, T., Behrens, T. W., Kouro, T., Takatsu, K., Kadowaki, T. and Koyasu, S., PI3K and Btk differentially regulate B cell antigen receptor mediated signal transduction, Nat. Immunol., 4, 3, 280-286 (2003).、3.Matsuda, S., Moriguchi, T., Koyasu, S. and Nishida, E., T lymphocyte activation signals for interleukin-2 production involves activation of MKK6-p38 and MKK7-SAPK signaling pathways sensitive to cyclosporin A, J. Biol. Chem., 273, 20, 12378-12382 (1998).)を参考とした。
【0012】
リンパ球は、NK細胞、B細胞(Bリンパ球)、T細胞(Tリンパ球)などがあり免疫の中心的な役割を果たしている。アレルギーの原因は、B細胞の産生するIgEや、Th1とTh2細胞のバランスの崩れなどに拠ると言われている。また、免疫活性の亢進は、IgG量の産生増加などから評価できる。このように、免疫賦活作用や抑制作用については、リンパ球を指標とした評価により行える。
【0013】
<試料の調整>
冬虫夏草(Cordyceps militaris)として、市販の熱水抽出物粉末を用いた。この試料を「冬虫夏草粉末試料」とした。
粒状の活性炭(ダイアホープSN10N、三菱化学カルゴン株式会社製)をイオン交換水にて洗浄し、活性炭表面の微粒子及び油分を除去した。
冬虫夏草20gを秤量し、イオン交換水400mLに溶解した後、上記活性炭50g(湿重量)を添加し、スリーワンモータ(新東科学株式会社製)を用いて120rpmにて3時間撹拌した。その後、この試料を濾過助剤(セルピュアS-65、株式会社武蔵野化学研究所製)を用いて濾過し、不溶成分及び微粒子活性炭を除去した。濾過液をフリーズドライ処理し、乾燥粉末8.16gを得た。この乾燥粉末を「活性炭非吸着画分試料」とした。
【0014】
溶出成分を除去した後の活性炭に吸着した成分は粒状活性炭の3倍量の0.1%アンモニア水または20mM クエン酸バッファー(pH4.0)にて溶出した。溶出成分における不溶物はろ紙により除去した後、活性炭吸着画分として凍結乾燥により粉末化した。これらの乾固物のうち、アンモニア水にて溶出したものを「活性炭吸着画分試料(アンモニア水溶出)」とし、クエン酸バッファーにて溶出したものを「活性炭吸着画分試料(クエン酸バッファー溶出)」とした。
このようにして、冬虫夏草粉末試料、活性炭非吸着画分試料、活性炭吸着画分試料(アンモニア水溶出)、および活性炭吸着画分試料(クエン酸バッファー溶出の4試料を得た。この4試料について、免疫活性を評価した。全ての試料はリン酸緩衝液(PBS)に10 mg/ml の濃度で溶解し、0.22mmのフィルターにて濾過滅菌したものを原液とし、PBSを用いて1/10, 1/30, 1/100, 1/300, および1/900 に希釈したものを用いた。
【0015】
<B細胞およびT細胞増殖に与える影響の検討>
マウス脾臓をハサミで細断した後に、ナイロンメッシュを用いて残渣を除去することで単細胞懸濁液を調整し、脾臓細胞とした。
B細胞はマウスの脾臓細胞をanti-FcgRII/IIIでブロックした後、anti-CD19 マイクロビーズを反応させAuto MACSによりポジティブソーティングを行って調製した。
96ウェルプレートの1ウェルに1x105のB細胞を入れ、5 μg/ml の抗CD40 抗体と25 ng/ml のrecombinant IL-4を加え、最終用量200μl で培養を行った。培養4 日目に抗体の産生をELISA で測定した。また、試料単独における抗体産生の評価は培養5 日目に行った。
段階希釈した試料溶液を培養液に添加しその効果を評価した。培養上清中のIgEの濃度はELISA kitにて測定した。
【0016】
T細胞はマウスの脾臓細胞を2.4G2 でブロックした後、ビオチン化抗B220(RA3-6B2), IgM(II/41), IgD(11-26), Gr1(RB6-8C5), CD11c(N418), CD49b(DX5), CD11b(M1/70)を反応させ、細胞を洗浄後ストレプトアビジンマイクロビーズに反応させてAuto MACS にてネガティブソーティングを行い調製した。
B細胞およびT細胞に段階希釈した試料を添加して細胞増殖の活性化に与える影響を評価した。細胞増殖は細胞培養後に[3H]チミジンを添加し、その取り込みを指標として、シンチレーションカウンター(TopCount、パーキンエルマー社製)にて測定した。
その結果、図1に示すように、活性炭非吸着画分試料には、B細胞の活性化能があることが明らかになった。また、この活性は用量依存的であることが確認された。
【0017】
一方、図2に示すように、冬虫夏草試料には、増殖刺激活性は見られなかった。また、T細胞増殖に対しては用いた試料のいずれも有意な活性を示さなかった。
以上の結果より、活性炭非吸着画分試料中には、B細胞の増殖を誘導する活性成分が含まれていることが分かった。一方、活性炭未処理の冬虫夏草試料には、この活性成分が観察されなかったことから、未処理試料にはB細胞の増殖を抑制する成分が含まれることが示唆された。
なお、T細胞増殖活性については、いずれの試料についても有意な活性を持たないと示唆された。
【0018】
<B細胞による抗体産生に与える影響の検討>
T細胞上のCD40 リガンドがB細胞上のCD40 を刺激することでクラススイッチが開始され、さらに作用するサイトカインの種類によってどのクラスへスイッチするかが決まる。そこでCD40 リガンドの代わりに抗CD40 抗体でB細胞を刺激し、IL-4と組みあわせることでIgG1 とIgE へのクラススイッチを誘導した。そこへ段階希釈した上記試料を添加して抗体産生に与える影響を評価した。
【0019】
図3には、冬虫夏草粉末試料および活性炭非吸着画分がIgG1の産生誘導あるいは抑制を起こすか否かを評価した結果を示すグラフを示した。図に示すように、活性炭非吸着画分試料は、用量依存的にIgG1の産生を増強することが分かった。
図4には、上記試料がIgE 誘導産生に及ぼす影響を評価した結果を示すグラフを示した。図に示すように、IgEの産生は冬虫夏草粉末試料により用量依存的に阻害された。活性炭処理を行った活性炭非吸着画分では、この活性は失われた。活性炭に吸着された成分をアンモニア水またはクエン酸バッファーにより溶出した活性炭吸着画分(アンモニア水)または活性炭吸着画分(クエン酸)を評価したところ、冬虫夏草粉末試料と同様にIgE産生を容量依存的に阻害した。このことからIgE産生抑制活性成分は活性炭に吸着溶出され、免疫賦活成分と抑制成分が活性炭により容易に分離することができた。
【0020】
以上の結果より、活性炭非吸着画分試料中には、IgG1抗体産生を誘導する活性が含まれることが分かった。一方、冬虫夏草粉末試料には、この活性が観察されないことから、冬虫夏草粉末試料には、IgG1抗体産生の誘導を抑制する成分が含まれることが示唆された。また、活性炭吸着画分試料には、IgG1抗体産生誘導活性は認められなかった。この作用は、B細胞増殖作用と同様の結果となった。
また、冬虫夏草粉末成分中にはIgE の産生を抑制する活性が含まれていると考えられ、これは活性炭に吸着されると推察された。この成分は、活性炭に吸着された成分をアンモニア水またはクエン酸バッファーで溶出することにより、抽出できることがわかった。
【0021】
<インビボ試験>
免疫抑制剤の評価が可能な自己免疫疾患モデルマウスとして、WO00/057695(自己免疫疾患モデル動物)、または特開2002-345364号公報(自己免疫疾患モデル動物の作製方法)などに開示された先行技術を用いることができる。自己免疫疾患の発症は自己寛容の破綻が原因であるが、その詳細なメカニズムは不明である。上記先行技術に開示されているマウスは、T細胞(細胞性免疫)を介する自己免疫疾患モデルマウスであり、自己寛容の成立、破綻という免疫学の中心課題を解決し、自己免疫の発症機序を解明するためのモデル実験動物となり得る。このモデル系において細胞性免疫の抑制を目的として、冬虫夏草から得られた試料の評価を行うことができる。
【0022】
このように、本実施形態によれば、冬虫夏草から免疫賦活物質と免疫抑制物質とを分離し、両者を得ることができた。これにより、安全性の高い食品成分からの免疫調節剤を容易に提供できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冬虫夏草から得られた水溶性成分を水溶液とし、この水溶液を活性炭によって処理することによって、活性炭非吸着画分と活性炭吸着画分とに分画し、活性炭非吸着画分を免疫賦活活性を有する免疫賦活物質とすることを特徴とする免疫調整物質の分画方法。
【請求項2】
前記水溶液を処理した後の活性炭から免疫抑制活性を有する免疫抑制物質を得ることを特徴とする請求項1に記載の免疫調整物質の分画方法。
【請求項3】
前記免疫賦活活性は、B細胞増殖活性及びIgG1抗体産生誘導活性を含むことを特徴とする請求項1に記載の免疫調整物質の分画方法。
【請求項4】
前記免疫抑制活性は、B細胞増殖抑制活性及びIgE産生抑制活性を含むことを特徴とする請求項2に記載の免疫調整物質の分画方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の分画方法によって得られたことを特徴とする免疫調整物質。
【請求項6】
前記免疫調整物質が、請求項1または3に記載の分画方法によって得られた免疫賦活物質であることを特徴とする免疫調整物質。
【請求項7】
前記免疫調整物質が、請求項2または4に記載の分画方法によって得られた免疫抑制物質であることを特徴とする免疫調整物質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−215580(P2010−215580A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−65785(P2009−65785)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【出願人】(000204181)太陽化学株式会社 (244)
【Fターム(参考)】