説明

内燃機関の制御装置

【課題】ノックセンサの出力に基づいて、ノック及び異常着火を区別し、夫々の異常燃焼に適した方法で制御できる内燃機関の制御装置を提供する。
【解決手段】振動レベル抽出部により抽出した振動レベルに対してフィルタ処理を施すとともに、フィルタ処理後の振動レベルを算出するフィルタ処理部と、ノック制御部により所定値以上のリタード補正がなされたときに、フィルタ処理後の振動レベルと異常着火判定値とを比較し、フィルタ処理後の振動レベルが前記異常着火判定値以上であると判定された場合には、内燃機関に異常着火が発生したと判定して異常着火を抑制する方向に燃焼制御部を補正制御する異常着火抑制制御部を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、内燃機関の制御装置、更に詳しくは、内燃機関に発生する異常燃焼を、例えばノックと、プリイグニッションやポストイグニッション等の異常着火と、に区別して検出し、夫々の異常燃焼に適した制御を行ない得るようにした内燃機関の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、内燃機関の運転中に、内燃機関の異常燃焼の一つであるノックが発生すると、内燃機関の構成やノックの振動モードに応じて、内燃機関に固有周波数帯の振動が発生することが知られているが、従来から、内燃機関に発生するノックを振動センサを用いて検出し、その検出値に基づいて内燃機関の制御を行なうようにした内燃機関の制御装置が提案されている。この従来の装置は、内燃機関に発生した固有周波数帯の振動強度を測定することでノックを検出し、内燃機関の点火時期をリタード補正することでノックを抑制するようにしたものである。
【0003】
内燃機関の固有周波数の振動強度を測定する具体的な方法としては、振動センサの出力をアナログ回路により構成されるバンドパスフィルタを介してピークホールド回路に入力し、ピークホールド回路により得たバンドパスフィルタ後のピークホールド値に基づいて振動強度を測定する方法(例えば、特許文献1参照)や、振動センサの出力をFFT(高速フーリエ変換)等のデジタル信号処理を行い、固有周波数のスペクトル値により振動強度を測定する方法(例えば、特許文献2参照)等が提案されている。
【0004】
内燃機関では、点火プラグによる火花点火後、点火プラグを中心に火炎が広がるが、この際、点火プラグの設置位置から遠い位置にある未燃焼の混合気であるエンドガスが、ピストンやシリンダの壁面に押しつけられて高温・高圧となり自己着火する現象が、異常燃焼としてのノックであると考えられている。ノックが発生すると衝撃波が発生し、内燃機関のブロックの振動や、金属音が発生する。
【0005】
一方、内燃機関に発生する異常燃焼としては、前述のノック以外に、プリイグニッションやポストイグニッションと呼ばれる異常着火も存在することが知られている。又、プリイグニッションやポストイグニッションと呼ばれる異常着火には、点火プラグや筒内のデポジットが高温になり、これが熱源となって着火に至る場合(以下、熱源自着火と称する)や、圧縮比が高い場合に、圧縮行程で混合気が高温・高圧になって自己着火に至る場合(以下、圧縮自着火と称する)等があるとされる。このような異常燃焼としての異常着火の場合にも、筒内圧力や内燃機関ブロックの振動、金属音等を伴うことがある。
【0006】
前述の異常着火のうち、正規の火花点火の前に起こる異常着火はプリイグニッション、正規の火花点火の後に起こる異常着火はポストイグニッションと称されている。これらの異常着火は、点火時期とは関係なく燃焼する現象であるため、点火時期をリタードしても抑制されない場合がある。これらの異常燃焼としての異常着火は、一般に知られるものであり(例えば、非特許文献1、2参照)、この異常着火が発生すると、不快な金属音の発生や、内燃機関出力の変動等が発生し、極端な場合には、内燃機関の破損に至る場合もある。
【0007】
前述のプリイグニッションやポストイグニッション等の異常着火が発生した場合に、内燃機関の異常振動を伴うことがあるため、前述のノック検出方法を応用して異常着火の検出を行う方法が提案されている。その方法として、点火時期と異常振動発生時期との時間
差に基づいて異常着火の発生を判断する方法(例えば、特許文献3参照)や、所定のレベル以上の異常振動を検出していない時間間隔が所定間隔より短い状態が継続した場合に異常着火の発生を判断する方法(例えば、特許文献4参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−357156号公報
【特許文献2】特許第3093467号明細書及び図面
【特許文献3】特許第3082634号明細書及び図面
【特許文献4】特許第3116826号明細書及び図面
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「大学講義 内燃機関」丸善 木村逸郎、酒井忠美著 1980年 (第82〜84ページ)
【非特許文献2】「内燃機関講義」 上巻 長尾不二夫著 1980年 (第216〜223ページ)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、点火時期と振動発生時期との時間差に基づいて異常着火の発生を判定するようにした特許文献3に示された前述の判定方法では、運転中の内燃機関は常時振動しているため異常着火による振動発生時期を特定することは困難であり、比較的大きな振動の立ち上がり位置やピーク位置を振動発生時期として検出したとしても、これらの位置はばらつきが大きく、通常のノックを異常着火と誤判定する場合や、異常着火の検出漏れが発生する場合があるという課題が存在する。
【0011】
又、特許文献3には点火時期を遅角したにもかかわらず振動が増大する場合にプリイグニッションと判定する方法も開示されているが、異常着火発生時には徐々に振動レベルが増加する場合のみではなく、例えば強い振動が散発する場合や、当初から強い振動レベルが発生し、それが増減する場合も多いため、この開示された方法によっても異常着火の検出漏れが発生する場合があるという課題がある。
【0012】
更に、所定のレベル以上の異常振動を検出していない時間間隔が所定間隔より短い場合が継続した場合に、異常着火の発生を判断するようにした前述の特許文献4に示された方法では、所定のレベルを大きく超えるレベルの異常振動が発生した場合に於いても、その発生間隔が所定間隔より僅かに長い間隔で継続的に発生した場合には検出することができない場合がある、という課題がある。又、特許文献4には異常振動の発生頻度の累積値を算出し、この累積値がプリイグニッション判定値以上の場合にプリイグニッションと判定する方法も開示されているが、オクタン価の低い燃料が使用された場合には、加速時等に生じるノックでも点火リタード補正が十分にされるまでは強い振動が高い頻度で発生するため、このような頻度のみを用いた場合にはノックを異常着火と誤判定する場合があるという課題がある。
【0013】
この発明は、従来の装置に於ける前述の課題に鑑みてなされたもので、ノック及び、プリイグニッション又はポストイグニッションと呼ばれる異常着火を早期に区別して検出し、夫々の異常燃焼に適した抑制方法にて内燃機関を制御する内燃機関の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明による内燃機関の制御装置は、内燃機関の運転状態を検出する運転状態検出部
と、前記検出した内燃機関の運転状態に応じて、前記内燃機関の燃焼状態を制御する燃焼制御部と、前記内燃機関のシリンダブロックに取り付けられ、前記内燃機関の振動を検出する振動センサと、前記内燃機関の所定のクランク角範囲の間に前記振動センサにより検出された前記振動に於ける所定周波数範囲の振動レベルを抽出する振動レベル抽出部と、前記抽出した振動レベルとノック判定値とを比較し、前記振動レベルが前記ノック判定値以上であると判定された場合は、前記内燃機関にノックが発生したと判定して前記内燃機関の点火時期をリタード補正してノックを抑制するノック制御部とを有する内燃機関の制御装置であって、前記振動レベル抽出部により抽出した振動レベルに対してフィルタ処理を施すとともに、前記フィルタ処理後の振動レベルを算出するフィルタ処理部と、前記ノック制御部により所定値以上のリタード補正がなされたときに、前記フィルタ処理後の振動レベルと異常着火判定値とを比較し、前記フィルタ処理後の振動レベルが前記異常着火判定値以上であると判定された場合には、前記内燃機関に異常着火が発生したと判定して前記異常着火を抑制する方向に前記燃焼制御部を補正制御する異常着火抑制制御部とを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば、振動レベル抽出部により抽出した振動レベルに対してフィルタ処理を施すとともに、前記フィルタ処理後の振動レベルを算出するフィルタ処理部と、ノック制御部により所定値以上のリタード補正がなされたときに、前記フィルタ処理後の振動レベルと異常着火判定値とを比較し、前記フィルタ処理後の振動レベルが前記異常着火判定値以上であると判定された場合には、内燃機関に異常着火が発生したと判定して前記異常着火を抑制する方向に燃焼制御部を補正制御する異常着火抑制制御部を備えるようにしたので、ノックと異常着火を区別でき、夫々の異常燃焼に適した制御を実行できるため、適切に異常燃焼を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置を適用した内燃機関全体を概略的に示す構成図である。
【図2】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置を適用した内燃機関の制御部分を概略的に示すブロック図である。
【図3】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置を示すブロック図である。
【図4】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、スペクトル解析結果を示す説明図である。
【0017】
【図5】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、ノックセンサ信号を示す説明図である。
【図6】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、ゲイン補正動作を示すフローチャートである。
【図7】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、フィルタ処理動作を示すフローチャートである。
【図8】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、内燃機関の回転速度に基づく振動レベルに対する補正量、気筒毎の振動レベルの補正量を示す説明図である。
【0018】
【図9】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、フィルタ処理後の動作を示す説明図である。
【図10】この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、振動レベルとリタード補正量を示す説明図である。
【図11】この発明の実施の形態2による内燃機関の制御装置に於ける、ノック制御部と異常着火制御部を示すブロック図である。
【図12】この発明の実施の形態2による内燃機関の制御装置に於ける、スペクトル解析結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
実施の形態1.
以下、図面を参照して、この発明の実施の形態1による内燃機関のノック制御装置について詳細に説明する。図1は、この発明の実施の形態1による内燃機関のノック制御装置を適用した内燃機関を概略的に示す構成図である。尚、自動車等車両用の内燃機関は、通常、複数のシリンダ及びピストンを備えているが、図1では説明の便宜上、一つのシリンダ及びピストンのみを示している。
【0020】
図1に於いて、内燃機関1の吸気系100の上流側にはエアフィルタ50が設けられ、その下流側にエアフィルタ50を介して吸入した空気を貯留するサージタンク5が設けられている。サージタンク5は、インテークマニホールド51を介して内燃機関1の複数のシリンダに連結されている。
【0021】
サージタンク50の上流側に設けられた電子制御式スロットルバルブ2は、電子的に開度が制御されて吸気系100の吸入空気流量を調整する。この電子制御式スロットルバルブ2の上流側に設けられたエアフローセンサ4は、吸気系100に於ける吸入空気流量を測定し、その測定値に対応した吸入空気量信号を出力する。
【0022】
スロットル開度センサ3は、電子制御式スロットルバルブ2の開度を測定し、その測定値に対応したスロットルバルブ開度信号を出力する。尚、電子制御式スロットルバルブ2の代わりに図示しないアクセルペダルに直接ワイヤで繋がれた機械式スロットルバルブを用いてもよい。
【0023】
サージタンク5に設けられたインテークマニホールド圧力センサ(以下、単に、インマニ圧センサと称する)6は、サージタンク5内の吸気圧、従ってインテークマニホールド51内の吸気圧を測定し、その測定値に対応するインテークマニホールド圧力信号(以下、単に、インマニ圧信号と称する)を出力する。尚、この実施の形態1では、エアフローセンサ4とインマニ圧センサ6との両方を設けているが、何れか一方のみを設けるようにしても良い。
【0024】
サージタンク5の下流の吸気ポートには電子制御式VVA(Variable Valve Actuation:可変動弁機構)7が設けられており、吸気バルブの開閉タイミング、作動角、リフト量のうち1つ以上の可変制御が可能となっている。又、吸気ポートには燃料を噴射するインジェクタ8が設けられている。尚、インジェクタ8は内燃機関1のシリンダ内に直接噴射できるように設けられてもよい。
【0025】
又、内燃機関1には、シリンダ内の混合気に点火するための点火コイル9及び点火プラグ10、内燃機関1の回転速度やクランク角度を検出するためにクランク軸及びカム軸に設けられたプレート110のエッジを検出するためのクランク角センサ11a及びカム角センサ11b、及び、内燃機関1のシリンダブロックの振動を検出するためのノックセンサ12が夫々に設けられている。車両の運転席の足元に設けられたアクセルにはアクセル開度センサ13が取り付けられており、このアクセル開度センサ13は、電子制御式スロットルバルブ2に後述の電子制御ユニットを介して電気的に接続されている。
【0026】
図2は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置を適用した内燃機関の制御部分を概略的に示すブロック図である。図2於いて、エアフローセンサ4により測定され
た吸入空気流量と、インマニ圧センサ6により測定されたインマニ圧と、スロットル開度センサ3により測定された電子制御式スロットルバルブ2の開度と、クランク角センサ11a及びカム角センサ11bから出力され、クランク軸及びカム軸に設けられたプレートのエッジに同期したパルスと、ノックセンサ12により測定された内燃機関の振動波形と、アクセル開度センサ13により測定されたアクセル開度は、電子制御ユニット(以下、「ECU」と称す)14に入力される。
【0027】
又、前述以外の各種センサ300からもECU14に測定値が入力され、更に、他のコントローラ(例えば、自動変速機制御、ブレーキ制御、トラクション制御等の制御システム)400からの信号もECU14に入力される。ECU14では、クランク角センサ11a及びカム角センサ11bから出力されるパルスに基づいて、内燃機関1の気筒情報及び内燃機関1の回転速度、更に内燃機関1の回転に同期した処理実施のタイミングを演算する。
【0028】
ECU14は、吸入空気流量や内燃機関1の回転速度等の内燃機関1の運転状態とアクセル開度に基づいて目標スロットル開度を算出して電子制御式スロットルバルブ2を制御し、更に、内燃機関1の運転状態に応じて電子制御式VVA7を制御し、目標空燃比を達成するようにインジェクタ8を駆動し、且つ、目標点火時期を達成するように点火コイル9への通電制御を行なう。又、前述以外の各種アクチュエータ500への指示値も算出し各種アクチュエータを制御する。
【0029】
図3は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置を示すブロック図である。図3に於いて、ノックセンサ12及びECU14は、夫々、図1及び図2に示しノックセンサ12及びECU14に対応する。ECU14は、各種のI/F回路141とマイクロコンピュータ142とからなる。マイクロコンピュータ142は、アナログ信号をデジタル信号に変換するA/D変換器、制御プログラムや制御定数を記憶しておくROM領域、プログラムを実行した際の変数を記憶しておくRAM領域等から構成されている。
【0030】
各種のI/F回路141は、ノック制御用のI/F回路401を備えている。このノック制御用のI/F回路401は、ノックセンサ12の信号出力の高周波成分を除去するためのローパスフィルタ(LPF)と、ノックセンサ12の信号出力レベルをゲイン補正するアンプ(AMP)とから構成されている。
【0031】
マイクロコンピュータ142は、A/D変換部402と、ゲイン補正部412と、振動解析部403と、振動レベル抽出部404と、ノック判定値演算部405と、ノック判定部406と、ノック強度算出部407と、点火リタード量算出部408と、フィルタ処理部409と、異常着火判定部410と、燃料カット・吸入空気量低減処理部411とを備える。A/D変換部402と、ゲイン補正部412と、振動解析部403と、振動レベル抽出部404とは、共通部分としての振動レベル算出部を構成し、フィルタ処理部409と、異常着火判定部410と、燃料カット・吸入空気量低減処理部411とは、異常着火抑制制御部を構成する。
【0032】
A/D変換部402は、マイクロコンピュータ142のA/D変換器により構成され、例えば、10[μs]や20[μs]等の一定の時間間隔毎にI/F回路401からのアナログ信号をディタル信号に変換する。尚、このA/D変換は常時行うようにしても良く、或いは異常着火やノックによる異常振動が発生する期間、例えば、BTDC10°CAからATDC40°CAまでのウインドウ区間のみで行うようにしてもよい。尚、BTDCはピストンの上死点前(Before Top Death Center)、ATDCはピストンの上死点後
(After Top Death Center)、を夫々意味する。
【0033】
振動解析部403は、ノック固有の周波数離散成分を抽出するための周波数解析を行うための振動解析処理を行なう。この処理は、A/D変換部402によるA/D変換の完了後、内燃機関1の回転同期処理が実施されるクランク角度、例えば、BTDC80°CAまでの間に実施される。前述の振動解析処理として、例えば、デジタルバンドパスフィルタによるフィルタ処理を用いても良いし、短時間フーリエ変換(STFT)処理により対象周波数のスペクトル解析処理を行うようにしても良い。又、解析対象周波数としても単一に限るものでもなく、2以上の周波数帯を同時解析するようにして良い。この実施の形態1では、単一周波数帯のスペクトル解析による振動解析処理を行なう場合について説明する。
【0034】
振動レベル抽出部404は、前述のウインドウ区間、例えば、BTDC10°CAからATDC40°CA内のノックセンサ12の出力波形をスペクトル解析して算出した結果に基づいて振動レベルを算出する。この振動レベル抽出部404に於ける処理は、振動解析部403に於ける処理と同様に、A/D変換部402によるA/D変換完了後に、内燃機関1の回転同期処理が実施されるクランク角度、例えば、BTDC80°CAまでの間に実施される。
【0035】
図4は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於けるスペクトル解析結果を示す説明図であり、振動解析部403及び振動レベル抽出部404によるスペクトル解析結果の例を示す。図4に於いて、(A)はノック時のウインドウ区間内のスペクトル、(B)はノックなし時のウインドウ区間内のスペクトル、(C)は異常着火時のウインドウ区間内のスペクトルを夫々示し、縦軸はスペクトル、横軸はクランク角(CA)である。
【0036】
図4の(A)、(B)、(C)に於いて、実線a、b、cは、夫々短時間フーリエ変換により算出された単一周波数帯のスペクトル生値である。図4の(A)に示すノック時スペクトルの生値aは全体的に大きな値となり、(B)に示すノックなし時のスペクトルの生値bは全体的に小さな値となる。従って、(A)に示すノックによる振動a1のピーク値Vpは、(B)に示すノックなし時のスペクトル生値bのピーク値Vpとは明確に区別することができ、ウインドウ区間内のスペクトル生値のピーク値Vpを振動レベルとして用いることで、通常は良好なS/N比を確保することができる。
【0037】
又、図4の(C)に示す異常着火発生時のスペクトル生値cは、ノック時のスペクトル生値aと比べて非常に大きい値となる。このため、(C)に示す異常着火による振動c1のピーク値Vpは、(A)、(B)に示すピーク値Vpとは明確に区別することができ、ウインドウ区間内のスペクトル生値cのピーク値Vpを振動レベルとして用いることで、異常着火時のピーク値Vpと異常着火以外(ノックも含む)の良好なS/N比が確保することができる。
【0038】
ところで、図4の(C)に示すような異常着火による異常振動c1が発生した場合、前述のI/F回路401に於けるゲイン補正するアンプのゲイン設定によってはノックセンサ12の出力信号の振幅が大きく、次に説明するようにA/D変換部402に於けるデジタル値変換可能なレンジを超えてしまう可能性がある。
【0039】
図5は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、ノックセンサ信号を示す説明図であり、(A)はノック時のノックセンサ信号(ゲイン1倍)aw、(B)はノックなし時のノックセンサ信号(ゲイン1倍)Bw、(C)は異常着火時のノックセンサ信号(ゲイン1倍)cw、(D)は異常着火時のノックセンサ信号(ゲイン0.5倍)cw1を、夫々示している。図5の(A)〜(D)に於いて、縦軸は電圧、横軸はクランク角を示す。一般的なマイクロコンピュータのA/D変換器は、0[V]から5[V]の電圧をデジタル値化する場合が多いことから、図5(A)〜(D)は、2.5[V]
にバイアスされた状態でA/D変換部402に入力されるノックセンサ信号の例を示している。
【0040】
図5の(A)に示すノック時のノックセンサ信号awは、ノックによる振動a1の最大振幅が0[V]〜5[V]の範囲内にあり、又、(B)に示すノックなし時のノックセンサ信号bwは、インパルスノイズb1があってもその最大振幅が0[V]〜5[V]の範囲内にあり、夫々適正なレベルのゲイン設定であると言えるが、(C)に示す異常着火時のノックセンサ信号cwは、異常着火による振動c1の最大振幅が0[V]〜5[V]の範囲を超えており、そのレンジオーバー部分c11、c12は、0[V]又は5[V]に固定されてしまう。このため、振動解析部403によるA/D変換の完了後のノックセンサ信号のスペクトル解析では正確なスペクトルが算出できないという問題が発生する。
【0041】
そこで、図3に示す前述のゲイン補正部412によりノックセンサ信号のゲイン補正を実施するが、次に、そのゲイン補正部412によるゲイン補正の詳細を説明する。図6は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、ゲイン補正動作を示すフローチャートである。図6のフローチャートに示す処理は、A/D変換部402によるノックセンサ信号のA/D変換完了後、内燃機関1の回転同期処理が実施されるクランク角度(例えば、BTDC80°CA)までの間に実施される。
【0042】
図6に於いて、ステップS601では、例えば下記のように内燃機関1の回転速度に応じてゲイン(GAIN)をセットする。

ゲイン設定例
GAIN=2.0倍・・・回転速度2000[r/min]以下
GAIN=1.0倍・・・回転速度2000〜4000[r/min]
GAIN=0.5倍・・・回転速度4000[r/min]以上
【0043】
続くステップS602では、前述のウインドウ区間内に於けるゲイン補正前のノックセンサ信号のA/D変換値の最大値と最小値を算出する。次にステップS603に於いて、ステップ602にて算出した最大値が上限値(例えば、4.9[V])以上であるか、又は、最小値が下限値(例えば、0.1[V])以下であるかを判定する。その判定の結果、ゲイン補正前のA/D変換後のノックセンサ信号の最大値が上限値を超えていないこと、及びゲイン補正前のA/D変換後のノックセンサ信号の最小値が下限値以下ではないこと、のうちの少なくとも一方である場合(NO)には、ステップS605に進む。
【0044】
一方、ステップS603での判定の結果、ゲイン補正前のA/D変換後のノックセンサ信号の最大値が上限値を超えておらず、且つゲイン補正前のA/D変換後のノックセンサ信号の最小値が下限値以下でなければ(YES)、ステップS604に進む。ステップS604では、ゲイン低減カウンタ(GAINCNT)(図示せず)を、例えば、20行程にセットし、ステップS605に進む。ステップS605では、ゲイン低減カウンタ(GAINCNT)を図6のフローチャートによる処理の処理周期毎に「0」までデクリメントする。
【0045】
次のステップS606では、ゲイン低減カウンタ(GAINCNT)が「0」でない場合に、例えば下記のようにゲイン(GAIN)を再セットする。

ゲイン設定例
GAIN=GAINLOW(0.5倍)・・・GAINCNT≠0
【0046】
以上のようにステップS606により最終決定したゲイン(GAIN)に応じて、次のステップS607に於いてI/F回路401へゲイン切換を指示し、ステップS608に進む。ステップS608では、次式(1)によりゲイン補正後のA/D変換値を算出する。

ゲイン補正後A/D変換値=[A/D変換値]÷[ゲイン(GAIN)]
・・・・・・式(1)
【0047】
以上述べたように、所定レベル以上の振動が生じた場合に、所定時間の間、ゲイン補正部412によりゲインを低減させるゲイン補正を実施する。これにより、連続して異常振動が発生する場合に於いて、図5の(D)に示すように2回目以降の異常着火によるノックセンサ信号cw1は、適正なゲインにてA/D変換を実施することができ、異常着火による振動c10の最大振幅を5[V]と0「V」の範囲内とすることができる。
【0048】
尚、ゲイン低減を判定する条件としては、前述の方法に限らず、例えば、A/D変換後のノックセンサ信号の最大値と最小値との差が所定値以上の場合としても良いし、振動解析部403又は振動レベル抽出部404での振動レベル抽出処理の結果、ウインドウ区間内のピーク値が所定値以上の場合としてもよい。又、ステップS608のようにA/D変換値をゲインで除算しておくことで、図3の振動解析部403以降の処理ではゲインの設定に関わらず、ゲイン「1」倍相当の値として処理することができる。以上で、A/D変換部402、ゲイン補正部412、振動解析部403、振動レベル抽出部404からなる共通部分としての振動レベル算出部について説明した。
【0049】
次に、図3に示すノック判定値演算部405と、ノック判定部406と、ノック強度算出部407と、点火リタード量算出部408とからなるノック制御部について説明する。このノック制御部による処理は、内燃機関1の回転同期処理が実施されるクランク角度(例えば、BTDC80°CA)毎に実施される。振動レベル抽出部404にて算出されたノック制御用の振動レベルVpは、ノック判定値演算部405によるノック判定値演算により、先ず、次式(2)によりフィルタ処理を行って平均化される。

VBGL(n)=K×VBGL(n−1)+(1−K)×Vp(n)
・・・・・・式(2)
ここに、VBGL(n):フィルタ値、Vp(n):振動レベル、K:フィルタ係数、
n:現行程、n−1:前行程
【0050】
続いて、次式(3)によりノック判定のためのノック判定値VTH(n)を得る。

VTH(n)=min{VBGL(n)×Kth+Vofs, VTHmax}
・・・・・・式(3)
ここに、Kth:ノック判定値係数、Vofs:ノック判定値オフセット、
VTHmax:ノック判定値上限値
【0051】
尚、ノック判定値の演算として、振動レベルのばらつきを正規分布と仮定して、次式(4)のように算出しても良い。

VTH(n)=min{VBGL(n)+Kth×Vsigma(n),VTHmax}
・・・・・・式(4)
ここに、Vsigma(n):振動レベルの標準偏差、
Kth:ノック判定値係数(例えば「3」)
【0052】
次に、ノック判定部406では、振動レベルVpとノック判定値VTHとを比較し、振動レベルVpがノック判定値VTH以上である場合にノック発生と判定する。続くノック強度算出部407では次式(5)によりノックの強さに応じた信号であるノック強度を算出する。

VK(n)=max{Vp(n)−VTH(n),0}/VTH(n)
・・・・・・式(5)
ここに、VK(n):ノック強度
(VK(n)>0の時にノック有りと判定する)
【0053】
点火リタード量算出部408ではリタード補正量を算出するが、先ず、次式(6)により、1点火毎のノック強度に応じたリタード補正量を算出する。

ΔθR(n)=−VK(n)×Kg ・・・・・・式(6)
ここに、ΔθR(n):1点火毎のリタード量[degCA BTDC]、
Kg:リタード量反映係数(Kg>0)
【0054】
続いて、点火リタード量算出部408では1点火毎のリタード量を積算し、点火時期のノック補正量を演算するが、ノック発生がない場合は、進角復帰するようにして、リタード補正量を算出する。これは次式(7)により演算される。

θR(n)=min{max{θR(n−1)+ΔθR(n)+Ka,θRmax},0}
・・・・・・式(7)
ここに、θR(n):リタード補正量[degCA BTDC]、
Ka:進角復帰定数、
θRmax:最大リタード補正量[degCA BTDC]
【0055】
式(7)により演算したリタード補正量θR(n)を用いて、点火時期が補正される。尚、ここではリタード補正量θR(n)は進角方向を正としている。以上、ノック検出時に点火時期をリタードしてノックを抑制するノック制御を実現する処理方法について説明した。
【0056】
次に、フィルタ処理部409と、異常着火判定部410と、燃料カット・吸入空気量低減処理部411とにより構成される異常着火抑制制御部について説明する。この異常着火抑制制御部による異常着火抑制処理も、内燃機関1の回転同期処理が実施されるクランク角度(例えば、BTDC80°CA)毎に実施される。
【0057】
振動レベル抽出部404により算出された振動レベルVpは、フィルタ処理部409に於いてフィルタ処理が実施されるが、次にこのフィルタ処理の詳細を説明する。図7は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、フィルタ処理動作を示すフローチャートである。図7に於いて、ステップS701では、先ず、以降の処理に用いる現行程の振動レベルVp(n)を取得する。続くステップS702及びステップS703では、振動レベルVp(n)に対し、内燃機関1の回転速度に基づく補正、及び気筒毎の補正
を実施する。
【0058】
図8は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、内燃機関の回転速度に基づく振動レベルVp(n)に対する補正量、及び気筒毎に対応する振動レベルVp(n)に対する補正量を示す説明図であり、(A)は内燃機関の回転速度に対応する補正量、(B)は気筒毎の補正量を示す。図7のステップS702による内燃機関1の回転速度に基づく振動レベルVp(n)の補正は、図8の(a)に示す内燃機関1の回転速度に基づいて検索、補間されるテーブルに補正値を記憶させておき、現在の内燃機関1の回転速度に基づいてそのテーブルから検索、補間して算出された補正量を振動レベルVp(
n)に乗算することで実施される。
【0059】
前述の振動レベルVp(n)に対する補正値としては、図8の(A)に示すように、例えば、内燃機関1の回転速度が3000〜4000[r/min]程度の場合に発生する異常着火時の振動レベルの最大値を基準として、低回転側での異常着火時の振動レベルの最大値が小さい場合には、例えば、1.2〜1.5倍程度の補正を実施し、高回転側での正常燃焼及びノック時の振動レベルの最大値が後述する異常着火判定値との余裕が少ない場合には、例えば、0.8〜0.9倍程度の補正を実施するようにすればよい。
【0060】
又、気筒毎の補正は、図8の(B)に示すように、気筒情報に基づいて検索されるテーブルに補正値を記憶させておき、現在の気筒情報に基づいてこのテーブルから検索して算出された補正量を振動レベルVp(n)に乗算することで実施される。この気筒毎の補正値としては、例えば、4気筒内燃機関で2気筒と3気筒の間にノックセンサが取り付けられている場合、1気筒及び4気筒で発生する異常着火時の振動レベルの最大値が、2気筒及び3気筒で発生する異常着火時の振動レベルの最大値より小さい場合には、例えば、1.2倍程度の補正を実施することで、気筒間差を補正することができる。このようにして補正後の振動レベルVpc(n)が算出される。
【0061】
尚、この気筒毎の補正は、前述のように振動レベルVp(n)に対して実施してもいいし、後述する異常着火判定値を別設定することで実施してもよい。
【0062】
図7に於いて、続くステップS704では、補正後振動レベルVpc(n)と振動レベルの上限値を比較する。補正後振動レベルVpc(n)が上限値より大きい場合にはステップS705にて補正後振動レベルVpc(n)に上限値を代入してステップS706に進み、補正後振動レベルVpc(n)が上限値より小さい場合には何もせずステップS706に進む。
【0063】
次に、ステップS706では、補正後振動レベルVpc(n)と後述するフィルタ後補正後振動レベルの前行程値Vpcf(n−1)とを比較する。ここで、補正後振動レベルVpc(n)が前回フィルタ後補正後振動レベルVpcf(n−1)以上であれば(Yes)、ステップS707にてフィルタ係数KFにK1を代入し、補正後振動レベルVpc(n)が前回フィルタ後補正後振動レベルVpcf(n−1)より小さい場合(No)は、ステップS708にてフィルタ係数KFにK2を代入する。
【0064】
続くステップS709では、次式(8)によりフィルタ処理が実施される。

Vpcf(n)=KF×Vpcf(n−1)+(1−KF)×Vpc(n)
・・・・・・式(8)
ここに、Vpcf(n):フィルタ後補正後振動レベル、
Vpc(n):補正後振動レベル、KF:フィルタ係数
【0065】
ここで、式(8)で表されるフィルタ処理の時定数τは、次式(9)により表される。

τ=−Δt/ln(KF) ・・・・・・式(9)
ここに、Δt:処理周期、ln:自然対数
【0066】
処理周期Δtが一定の時、フィルタ係数K1≦K2とすると、フィルタ処理の時定数τ
は、τ1≦τ2(τ1、τ2は、夫々フィルタ係数K1、K2から算出された時定数)となる。つまり、フィルタ係数K1≦K2の場合、ステップS707で選択されるフィルタ係数K1は、ステップS708で選択されるフィルタ係数K2の場合より、現行程に於ける振動レベルの反映率が大きくなる(フィルタ処理における時定数が小さくなる)といえる。
【0067】
図9は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、フィルタ処理後の動作を示す説明図であり、(A)はフィルタ係数の切換なしの場合、(B)はフィルタ係数を切換えた場合を示し、縦軸は振動レベル、横軸は時間を示している。強い振動が断続的に発生し、振動レベルaが図示のように断続的に現われる場合、図9の(a)のフィルタ係数切換なしの場合では、時定数が小さい場合のフィルタ後補正後振動レベルb1の低下が早く、時定数が大きい場合のフィルタ後補正後振動レベルb2の上昇が少ないため、フィルタ後補正後振動レベルb1、b2が異常着火判定値Hに到達しにくいが、(B)のフィルタ係数を切換えた場合では、フィルタ後補正後振動レベルbの上昇側への追従を早く、下降側への追従を遅くすることができるので、フィルタ後補正後振動レベルbを振動の大きさと頻度に応じて異常着火判定値Hに到達させるよう操作することが可能になる。このようにして図3のフィルタ処理部409でのフィルタ処理が実施される。
【0068】
続く図3の異常着火判定部410では、点火リタード量と異常着火判定実行リタード量、フィルタ後補正後振動レベルVpcf(n)と異常着火判定値Hを夫々比較し、点火リタード量が異常着火判定実行リタード量以上にリタードしており、且つ、フィルタ後補正後振動レベルVpcf(n)が異常着火判定値H以上である場合に異常着火と判定する。
【0069】
図10は、この発明の実施の形態1による内燃機関の制御装置に於ける、振動レベルとリタード補正量を示す説明図であり、(A)は、異常着火判定時の振動レベルa、ノック判定値N、フィルタ後補正後振動レベルbの挙動を示し、縦軸は振動レベル、横軸は時間を示す。(B)は、点火時期の挙動を示し、縦軸はリタード量、横軸は時間である。異常着火の発生前には、図10の(A)に於いて時刻T[s]までの波形に示すように、その予兆とも言える比較的大きな振動レベルaのノックが発生し、これに対応して図10の(B)に示すように点火時期がリタード補正される。
【0070】
しかし、異常着火が発生すると、図10の(A)に示す時刻T[s]以降のように、一気に振動レベルaが大きくなり、これに対応して図10の(B)に示すように点火リタード量eが異常着火判定実行リタード量d以上にリタードしており、フィルタ後補正後振動レベルbで示されれるVpcf(n)が異常着火判定値Hを上回った場合に、異常着火発生と判定される。
【0071】
ここで、異常着火は点火時期に関わらず発生するので、異常着火を判定する前には点火時期を十分にリタード補正しておく必要がある。こうしておかないと、点火時期により制御できるノックを異常着火と誤判定してしまう恐れがあるためである。そこで、異常着火を判定する前に点火時期を十分にリタード補正するために、ノック判定値上限値N1を異常着火判定値Hより小さい値にしておくことで、異常着火発生時には必ず点火時期はリタ
ードされ、また、点火リタード量が十分にリタードしたかについても判定しているのでこのような誤検出を防ぐことができる。
【0072】
次に、図3の燃料カット・吸入空気量低減処理部411では、異常着火判定時に、燃料カット、吸入空気量低減による異常着火抑制制御が実施される。異常着火が発生した場合、これを抑制するには筒内の温度を低下させることが有効である。そこで、筒内温度を低下させるための方法としては、吸入空気量の低減により内燃機関1の負荷を下げて筒内温度の低減を図ることや、数行程間燃料カットすることで強制的に筒内を掃気して筒内の温度を低下させることが有効である。これらの方法を併用して使用することで、迅速に異常着火の抑制制御を行うことができる。
【0073】
実施の形態2.
次に、この発明の実施の形態2による内燃機関の制御装置について説明する。実施の形態の内燃機関の制御装置は、実施の形態1とほぼ同様のため、明確な違いのある、図3の振動解析部403及び振動レベル抽出部404における処理について、主として説明する。
【0074】
図11は、この発明の実施の形態2による内燃機関の制御装置に於ける、ノック制御部と異常着火制御部を示すブロック図である。前述の実施の形態1に於ける図3に示す振動解析部403及び振動レベル抽出部404では、前述のウインドウ区間(例えば、BTDC10°CAからATDC40°CA)内のノックセンサ波形をスペクトル解析して算出した結果を基に振動レベルを算出するようにしたが、実施の形態2では、図11に示すように、振動レベル抽出部404で算出される振動レベルを、ノック制御用の振動レベルVpと異常着火抑制制御用の振動レベルVp1とで別々に算出することが特徴である。
【0075】
図12は、この発明の実施の形態2による内燃機関の制御装置に於ける、スペクトル解析結果を示す説明図であり、振動解析部403及び振動レベル抽出部404によるスペクトル解析結果の例を示し、(A)はノック時スペクトル、(B)はノックなし時スペクトル、(C)は異常着火時スペクトルを、夫々示す。図12の(A)〜(C)に於いて、手て軸はスペクトル、横軸はクランク角を示す。
【0076】
図12に於いて、細実線aは短時間フーリエ変換により算出された単一周波数帯のスペクトル生値である。細実線で示すスペクトル生値aは、図12の(A)に示すノック時スペクトルでは全体的に大きな値を示し、(B)に示すノックなし時のスペクトルではスペクトル生値bは全体的に小さな値を示すが、例えば電気ノイズ等のインパルス的なノイズb1が重畳した場合、(B)のようにノック時と同等のレベルのスペクトルが生じる場合がある。
【0077】
そのため、振動レベルとしてスペクトル生値aのピーク値Vp1を用いた場合には、通常、ノック時と正常燃焼時は良好なS/N比を示すが、(B)に示すようなノイズ重畳時にはノイズ成分が大きくなり、S/N比が低くなる場合がある。又、ノック検出ウインドウ内スペクトルの全平均である平均値Rでは、(B)に示すようなノイズ重畳時でもノイズ成分が低く抑えられ、ノック時と正常燃焼時は良好なS/N比を示すが、(A)に示すようにノック振動の減衰が早い場合には信号成分が小さくなり、S/N比が低くなる場合がある。
【0078】
そこで、図12の(A)、(B)の太実線fに示すように、ノック検出ウインドウ内スペクトルの移動平均後のピークVpoを用いると、(B)に示すようなインパルスノイズb1が重畳してもスペクトルの上昇は抑えられ、(A)に示すようなノック時でもスペクトルの低下が抑えられるため、より多くの運転状態に於いてノック時と正常燃焼時の良好なS/N
比が確保できるようになる。
【0079】
又、異常着火発生時のスペクトル生値は、図12の(C)に示すように、(A)に示すノック時のスペクトルと比べても十分に大きい値となる。異常着火の検出には、異常着火時の信号成分を低減させないためにスペクトル生値のピーク値Vp1を用いることで、異常着火と異常着火以外(ノックも含む)の良好なS/N比が確保できるようになる。
【0080】
以上は、ノック制御用と異常着火抑制制御用で共通のウインドウ区間を用いた例であるが、夫々のウインドウ区間を別設定する方法も考えられる。例えば、図12に於いて、ノック検出ウインドウとして例えばTDCからATDC20°CAとした移動平均後ピーク値Vpは、図12の(A)に於いては、ノック振動によるピーク値を含んでいるが、(B)
のインパルスノイズb1によるピーク値を含まないようにすることができる。
【0081】
又、異常着火検出ウインドウとして例えばBTDC10°CAからATDC40°CAとしたスペクトル生値のピーク値Vp1は、(B)に示すインパルスノイズb1は含むものの、(C)の異常着火による振動c1を漏れなく検出できる。但し、(A)に示すノック振動も(B)に示すインパルスノイズb1も(C)に示す異常着火による振動に比べると十分に小さいため、異常着火の検出性への影響は少ない。
【0082】
以上のように、図11に於けるノック判定値演算部405、ノック判定部406に用いるノック制御用の振動レベルVpには、ノック検出ウインドウ区間(例えばTDCからATDC20°CA)内の移動平均後ピーク値を、図11のフィルタ処理部409に用いる異常着火抑制制御用の振動レベルVp1として異常着火検出ウインドウ区間(例えばBTDC10°CAからATDC40°CA)内のスペクトル生値のピーク値を用いることが実施の形態2の特徴であり、これにより夫々の異常燃焼の検出性をより向上することができる。
【0083】
以上述べた、この発明の実施の形態1、2による内燃機関の制御装置は、以下の特徴を備えるものである。
(1)この発明による内燃機関の制御装置は、内燃機関の運転状態を検出する運転状態検出部と、前記検出した内燃機関の運転状態に応じて、前記内燃機関の燃焼状態を制御する燃焼制御部と、前記内燃機関のシリンダブロックに取り付けられ、前記内燃機関の振動を検出する振動センサと、前記内燃機関の所定のクランク角範囲の間に前記振動センサにより検出された前記振動に於ける所定周波数範囲の振動レベルを抽出する振動レベル抽出部と、前記抽出した振動レベルとノック判定値とを比較し、前記振動レベルが前記ノック判定値以上であると判定された場合は、前記内燃機関にノックが発生したと判定して前記内燃機関の点火時期をリタード補正してノックを抑制するノック制御部とを有する内燃機関の制御装置であって、前記振動レベル抽出部により抽出した振動レベルに対してフィルタ処理を施すとともに、前記フィルタ処理後の振動レベルを算出するフィルタ処理部と、前記ノック制御部により所定値以上のリタード補正がなされたときに、前記フィルタ処理後の振動レベルと異常着火判定値とを比較し、前記フィルタ処理後の振動レベルが前記異常着火判定値以上であると判定された場合には、前記内燃機関に異常着火が発生したと判定して前記異常着火を抑制する方向に前記燃焼制御部を補正制御する異常着火抑制制御部とを備えたことを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、ノックセンサの出力に基づいて、ノック及び異常着火(プリイグ、ポスイグ)を区別し、それぞれの異常燃焼に適した方法で抑制制御することができるという優れた効果がある。
【0084】
(2)又、この発明による内燃機関の制御装置は、前記ノック判定値は、前記異常着火判定値より小さい値に設定されていることを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、ノック判定値が異常着火判定値より小さい値に設定されているため、異常振動が発生した場合、まずノック制御により点火時期がリタード補正されるが、それにもかかわらず異常振動が継続し、フィルタ後振動レベルがノック判定値を上回るレベルの異常振動が発生した場合に、異常着火と判定して異常着火の抑制制御を実行することが可能となる。
【0085】
(3)更に、この発明による内燃機関の制御装置は、前記フィルタ処理部は、前記内燃機関の動作行程に於ける現行程での振動レベルが前行程での前記フィルタ処理後の振動レベル以上である場合には、前記現行程に於ける振動レベルが前記前行程に於けるフィルタ処理後振動レベルより小さい場合に比べて前記現行程に於ける振動レベルの反映率が大きくなるようにフィルタ係数を切換えることを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、異常振動の頻度が低い場合においてもフィルタ後振動レベルの減衰率を低くすることができるため、高いレベルの異常振動が低い頻度で発生した場合にも異常着火として検出することが可能となる。
【0086】
(4)又、この発明による内燃機関の制御装置は、前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理を施す前記振動レベルを上限値で制限するようにしたことを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、突発的に高いレベルの異常振動が発生した場合に異常着火の誤判定を防止することが可能となる。
【0087】
(5)更に、この発明による内燃機関の制御装置は、前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理を施す前記振動レベルを前記内燃機関の回転速度に応じて補正するようにしたことを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、振動レベルの内燃機関の回転速度による差を補正することが可能となり、回転速度が変化した場合においても、異常着火の誤検出を防止することが可能となる。
【0088】
(6)更に、この発明による内燃機関の制御装置は、前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理後振動レベルを前記内燃機関の気筒毎に算出する構成を含み、前記異常着火判定値は、前記気筒毎に設定されていることを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、振動レベルの気筒間差を補正することが可能となる。
【0089】
(7)又、この発明による内燃機関の制御装置は、前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理後振動レベルを前記内燃機関の気筒毎に算出する構成を含み、前記異常着火判定値は、前記フィルタ処理を施す前記振動レベルを前記内燃機関の気筒毎に補正されることを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、振動レベルの気筒間差を補正することが可能となる。
【0090】
(8)更に、この発明による内燃機関の制御装置は、前記異常着火抑制制御部は、前記内燃機関の異常着火の検出したときに、前記内燃機関に供給する燃料のカットと吸入空気量の低減との少なくとも一方により、前記異常着火を抑制することを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、この構成によれば、異常着火を適切に抑制することが可能となる。
【0091】
(9)更に、この発明による内燃機関の制御装置は、前記振動レベル抽出部は、前記フィルタ処理部で用いる振動レベルを、前記ノック制御部で用いる振動レベルを抽出するクランク角範囲より広いクランク角範囲で抽出するようにしたことを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、この構成によれば、ノックを判定するための振動レベルの抽出方法と、異常着火を判定するための振動レベルの抽出方法とを別設定できるため、それぞれの異常燃焼により適した振動レベルの抽出が実施できる。
【0092】
(10)又、この発明による内燃機関の制御装置は、前記振動レベル抽出部は、前記フィルタ処理部で用いる振動レベルを所定クランク角範囲に於けるピーク値とし、前記ノック制御部で用いる振動レベルを前記所定クランク角範囲に於ける平均化処理後のピーク値とすることを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、この構成によれば、ノックを判定するための振動レベルを抽出するクランク角間より、異常着火を判定するための振動レベルを抽出するクランク角間を広く設定しているため、異常着火を判定するための振動レベルをより正確に検出でき、ノックを判定するための振動レベルにノイズ成分が混入することを防止することができる。
【0093】
(11)又、この発明による内燃機関の制御装置は、前記振動レベル抽出部は、前記振動センサから出力される信号に対してゲインを可変とし、前記所定値以上の振動レベルを検出した場合に所定期間ゲインを低減させるゲイン補正部を備えていることを特徴とする。
このように構成されたこの発明による内燃機関の制御装置によれば、異常燃焼により振動センサの出力レベルが大きくなった場合においても、電子制御ユニット内のマイクロコンピュータにA/D変換器で取り込む際に、適正なレベルまでゲイン補正して取り込むことが可能となる。
【符号の説明】
【0094】
1 内燃機関 100吸気系
50 エアフィルタ 5 サージタンク
51 インテークマニホールド 2 電子制御式スロットルバルブ
4 エアフローセンサ 3 スロットル開度センサ
6 インテークマニホールド圧力センサ
7 電子制御式VVA 8 インジェクタ
9 点火コイル 10 点火プラグ
11a クランク角センサ11a 11b カム角センサ
12 ノックセンサ 13 アクセル開度センサ
200 排気系 14 電子制御ユニット
300 各種センサ 400 他のコントローラ
500 各種アクチュエータ 141 I/F回路
142 マイクロコンピュータ 401 ノック制御用のI/F回路
402 A/D変換部 412 ゲイン補正部
403 振動解析部 404 振動レベル抽出部
405 ノック判定値演算部 406 ノック判定部
407 ノック強度算出部 408 点火リタード量算出部
409 フィルタ処理部 410 異常着火判定部
411 燃料カット・吸入空気量低減処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の運転状態を検出する運転状態検出部と、
前記検出した内燃機関の運転状態に応じて、前記内燃機関の燃焼状態を制御する燃焼制御部と、
前記内燃機関のシリンダブロックに取り付けられ、前記内燃機関の振動を検出する振動センサと、
前記内燃機関の所定のクランク角範囲の間に前記振動センサにより検出された前記振動に於ける所定周波数範囲の振動レベルを抽出する振動レベル抽出部と、
前記抽出した振動レベルとノック判定値とを比較し、前記振動レベルが前記ノック判定値以上であると判定された場合は、前記内燃機関にノックが発生したと判定して前記内燃機関の点火時期をリタード補正してノックを抑制するノック制御部と、
を有する内燃機関の制御装置であって、
前記振動レベル抽出部により抽出した振動レベルに対してフィルタ処理を施すとともに、前記フィルタ処理後の振動レベルを算出するフィルタ処理部と、
前記ノック制御部により所定値以上のリタード補正がなされたときに、前記フィルタ処理後の振動レベルと異常着火判定値とを比較し、前記フィルタ処理後の振動レベルが前記異常着火判定値以上であると判定された場合には、前記内燃機関に異常着火が発生したと判定して前記異常着火を抑制する方向に前記燃焼制御部を補正制御する異常着火抑制制御部と、
を備えたことを特徴とする内燃機関の制御装置。
【請求項2】
前記ノック判定値は、前記異常着火判定値より小さい値に設定されている、
ことを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項3】
前記フィルタ処理部は、前記内燃機関の動作行程に於ける現行程での振動レベルが前行程での前記フィルタ処理後の振動レベル以上である場合には、前記現行程に於ける振動レベルが前記前行程に於けるフィルタ処理後振動レベルより小さい場合に比べて前記現行程に於ける振動レベルの反映率が大きくなるようにフィルタ係数を切換える、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項4】
前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理を施す前記振動レベルを上限値で制限するようにした、
ことを特徴とする請求項1乃至3のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項5】
前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理を施す前記振動レベルを前記内燃機関の回転速度に応じて補正するようにした、
ことを特徴とする請求項1乃至4のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項6】
前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理後振動レベルを前記内燃機関の気筒毎に算出する構成を含み、
前記異常着火判定値は、前記気筒毎に設定されている、
ことを特徴とする請求項1乃至5のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項7】
前記フィルタ処理部は、前記フィルタ処理後振動レベルを前記内燃機関の気筒毎に算出する構成を含み、
前記異常着火判定値は、前記フィルタ処理を施す前記振動レベルを前記内燃機関の気筒毎に補正されること、
を特徴とする請求項1乃至6のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。

【請求項8】
前記異常着火抑制制御部は、前記内燃機関の異常着火の検出したときに、前記内燃機関に供給する燃料のカットと吸入空気量の低減との少なくとも一方により、前記異常着火を抑制する、
ことを特徴とする請求項1乃至7のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項9】
前記振動レベル抽出部は、前記フィルタ処理部で用いる振動レベルを、前記ノック制御部で用いる振動レベルを抽出するクランク角範囲より広いクランク角範囲で抽出するようにした、
ことを特徴とする請求項1乃至8のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項10】
前記振動レベル抽出部は、前記フィルタ処理部で用いる振動レベルを所定クランク角範囲に於けるピーク値とし、前記ノック制御部で用いる振動レベルを前記所定クランク角範囲に於ける平均化処理後のピーク値とする、
ことを特徴とする請求項1乃至9のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項11】
前記振動レベル抽出部は、前記振動センサから出力される信号に対してゲインを可変とし、前記所定値以上の振動レベルを検出した場合に所定期間ゲインを低減させるゲイン補正部を備えている、
ことを特徴とする請求項1乃至10のうちの何れか一項に記載の内燃機関の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−225268(P2012−225268A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−94043(P2011−94043)
【出願日】平成23年4月20日(2011.4.20)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】