説明

内燃機関の燃焼室の圧力計測信号の処理装置および方法

本発明は、燃焼開始タイミングを決定するための、内燃機関の燃焼室(40)の圧力計測信号(Pr)の処理装置であって、当該装置は、ろ波信号(Pf)を得るための圧力計測信号のローパスフィルタ(22)と、差(ε)の信号を得るための圧力計測信号からろ波信号を減算する手段と、差信号と所定のしきい値とを比較する手段と、差信号が所定のしきい値に達するタイミングとして燃焼開始のタイミングを決定する手段(16)とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃焼開始のタイミングを決定するための、内燃機関の燃焼室の圧力計測信号の処理装置に関する。また本発明はこの装置により実施される方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
そのような装置は特許文献1において記載されている。この文献では、圧力計測信号はウェーブレット変換を使用して処理される。圧力計測信号のウェーブレット変換の係数を分析することにより、燃焼開始のタイミングを検出することが可能である。より詳細にはこれらの係数の絶対値の突発的な増加が燃焼開始のタイミングの指標となる。
【0003】
圧力計測信号のこのような処理はかなりの計算時間を必要とし、コストがかかり、従来のエンジン制御コンピューターに導入することは困難である。
【特許文献1】米国特許出願US2003/0145829
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、圧力計測信号の単純な処理により燃焼開始のタイミングを決定することができる装置を提供することによりこの欠点を解消することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
したがって、本発明は、
−ろ波信号を得るための圧力計測信号のローパスフィルタ、および差信号を得るために圧力計測信号からろ波信号を減算する手段と、
−差信号と所定のしきい値とを比較する手段と、
−差信号が所定のしきい値に達するタイミングとして燃焼開始のタイミングを決定する手段と、
を備えることを特徴とする、燃焼開始タイミングを決定するための、内燃機関の燃焼室の圧力計測信号の処理装置を対象とする。
【0006】
実際、圧力計測信号に関して行われる処理は単純である。その理由は、当該処理は低域ろ波に関するものであり、ろ波信号と元の信号との差を所定のしきい値と単純に比較することにより燃焼開始のタイミングを確実に決定できるためである。
【0007】
本発明の可能な実施形態においては、ローパスフィルタはデジタル一次低域ろ波手段を含み、比較手段はデジタル比較器を含む。
【0008】
圧力計測信号に関して行われる処理は単純であるので、本発明のデジタル実装は可能である。従来のエンジン制御コンピューターはそのような処理をサポートすることができる。また、デジタル実装の利点は、デジタル実装により確実かつシミュレーションによって予測可能な結果を得ることができることである。さらに当該装置のパラメータの設定は単純である。
【0009】
選択的には、圧力計測信号の処理の際、整数間の演算のみを生成させるように、ローパスフィルタおよび比較手段のデジタルパラメータが選択される。
【0010】
同じく選択的には、圧力計測信号の処理の際、ある整数の除算すべてをその二進法表示の右方への移動に置換するよう、ローパスフィルタおよび比較手段のデジタルパラメータが選択される。
【0011】
このように数値演算が容易になり、その分、処理も単純化される。
【0012】
同じくこの実施形態においては、ローパスフィルタはデジタルオイラー積分器を含む。このようなデジタル積分器は実施が単純である。
【0013】
有利には、圧力計測信号の処理装置は、差信号が所定のしきい値に達すると、ローパスフィルタの通過帯域を拡大させるように配置された非線形処理要素を含む。
【0014】
このように、第1の燃焼開始のタイミングを検出後、場合によっては起こりうる第2の燃焼開始のタイミングを検出することが可能である。
【0015】
本発明の別の可能な実施形態においては、ローパスフィルタはアナログ一次低域ろ波手段を含み、非線形処理要素はローパスフィルタと並列に配置されたダイオードを含む。
【0016】
そのようなアナログの実施形態の長所はそのコストにある。
【0017】
この実施形態においては、圧力計測信号の処理装置は、差信号が所定のしきい値を超えると、0から0ではない値に移行するステップ信号を供給するための比較形式のアナログ回路をさらに含むことができる。
【0018】
このステップ信号は、以後の処理を開始することができるアラームとなる。
【0019】
本発明は、
−ろ波信号を得るように圧力計測信号を低域ろ波し、差信号を得るために圧力計測信号からろ波信号を減算する段階と、
−差信号と所定のしきい値とを比較する段階と、
−差信号が所定のしきい値に達するタイミングとして燃焼開始のタイミングを決定する段階と、
を含むことを特徴とする、燃焼開始のタイミングを決定するための、内燃機関の燃焼室の圧力計測信号の処理方法も対象とする。
【0020】
有利には、差信号が所定のしきい値に達すると、低域ろ波の通過帯域が拡大される。
【0021】
これにより、上述したように、第1の燃焼開始のタイミングを検出後、第2の燃焼開始のタイミングを検出することが可能になる。
【0022】
本発明は、添付図面を参照して、例示的にのみ示した説明によってよりよく理解される。
【0023】
図1に示す装置10は、内燃機関の燃焼室の圧力計測信号Prを入力において受信するように構成されている。
【0024】
この装置10は、圧力計測信号Prおよびろ波信号Pfから、これら2つの信号間における第1の差信号εを取得するための減算器12を含む。
【0025】
選択的に、この装置は、第2の差信号を供給するために、以下に詳述する第1の差信号εの非線形処理要素14を含む。
【0026】
この第2の差信号、あるいは要素14がない場合の第1の差信号は、燃焼開始のタイミングを検出する装置16に供給される。この装置16は、第2の差信号を所定のしきい値σと比較する手段と、第2の差信号が所定のしきい値に達するタイミングとしての燃焼開始のタイミングを決定する手段とを含む。
【0027】
−圧力計測信号Prについて行われる低域ろ波の遮断周波数を間接的に制御することができるとともに、利得F=krであって圧力計測信号Prが加えられる増幅器18と、
−第2の差信号が所定のしきい値σに達すると、低域ろ波の通過帯域が拡大されるように信号Prを増幅させるために、非線形処理要素14により行われた処理結果を、増幅器18により増幅された信号Prに加算するための加算器20と、
−所定のパラメータを有するローパスフィルタ22であって、加算器20からの出力信号を入力側で受信し、減算器12の入力側に供給されるろ波信号Pfを出力側に供給するローパスフィルタ22と、
を含む低域ろ波装置を使用して圧力計測信号Prからろ波信号Pfが得られる。
【0028】
本発明の可能な実施形態においては、上記の装置10はデジタル要素を用いて実現される。
【0029】
特にローパスフィルタ22は以下の演算を行う、たとえばデジタルオイラー積分器のようなデジタル一次低域ろ波手段を含むことができる。

ここで、Teはサンプリング周波数であり、Z=ei2πfTeはz変換の演算子であり、fは周波数である。
【0030】
同じく例として、比較手段はデジタル比較器を含む。圧力計測信号の処理の際、整数間の演算のみを生成させるように、および/または、ある整数の除算すべてをその二進法表示の右方への移動に置換するよう、ローパスフィルタおよび比較手段のデジタルパラメータを選択することができる。
【0031】
非線形処理要素14は、たとえば以下の方程式に規定される演算を行う:
x≧σならば NL(x)=m・x (2)
x<σならば NL(x)=0
【0032】
このように、デジタルローパスフィルタ22の通過帯域は増幅器18の増幅係数kおよび非線形処理要素14の出力に依存するので、非線形処理要素14の出力が0の場合、すなわち、第1の差信号εが所定のしきい値σ未満の時、ローパスフィルタ22の−3dBにおける遮断周波数ωc1は次式で与えられる:

【0033】
反対に、非線形処理要素14の出力が0ではない場合、すなわち出力がファクターmの差信号を増幅する場合、ローパスフィルタ22の−3dBにおける遮断周波数ωc2は次式で与えられる:

【0034】
しきい値σは、燃焼開始のタイミングで第1の差信号εがしきい値を上回るように選択される。
【0035】
この燃焼開始のタイミングが検出されると、非線形処理要素14はローパスフィルタの通過帯域を拡大させるので、圧力計測信号Prとろ波信号Pfの減算の結果である第1の差信号εは著しく減少する。したがって、第1の差信号εが所定のしきい値σに再度達するタイミングとして第2の燃焼開始のタイミングを検出することが可能である。
【0036】
図2aにおいて、曲線22は、内燃機関の燃焼室内の圧力計測信号Prの経時変化を示す。燃焼開始のタイミングは、点24において圧力計測信号が突然増加する第1タイミングであることに留意すべきである。
【0037】
図2bは点24の近傍の曲線22の詳細を示す。曲線26は、点24で初めて所定のしきい値σを超える第1の差信号εの経時変化に相当する。最後に曲線28は、燃焼開始のタイミングが検出されると、0でない値をとる処理装置の出力に供給されるステップ信号を表す。
【0038】
図3に示す本発明の別の可能な実施形態においては、処理装置10はアナログ要素で実現される。
【0039】
この図に示す配線は、A地点における電圧Vが以下の関係式により圧力計測信号の入力電圧Vinに関連付けられる第1入力段30を含む。

ここでRおよびRは2つの抵抗値である。
【0040】
第1入力段30は、A地点とB地点との間で、(キャパシタンスCに結合された抵抗Rを含む)一次ローパスフィルタと並列に配置されたダイオードDを備える回路を含む。この回路は非線形処理要素を構成する。実際、ダイオードDが遮断されると、B地点における電圧Vは以下の関係式により与えられる:

ここでsはラプラス演算子であり、Vfiltreはろ波信号Pfの電圧である。
【0041】
したがって入力信号は、−3dBにおける遮断周波数ωc1が次式で与えられる一次ローパスフィルタにより増幅され、ろ波されたものとみなすことができる。

【0042】
ダイオードDのしきい電圧をσとすると、V−Vがσ未満である限りダイオードは遮断された状態のままである。
【0043】
ところでV−V=A(Vin−Vfiltre)=Aεは、入力信号Vinと低域ろ波信号Vfiltreの誤差を表す。
【0044】
εの値が所定のしきい値未満である限りダイオードは遮断され、誤差εがこの所定値を超過するとダイオードは導通するようになる。
【0045】
ダイオードが導通するようになると、ダイオードの入力側であって抵抗Rに並列に抵抗Rが存在することにより、(ダイオードの端子における電圧降下を無視すれば)ローパスフィルタの通過帯域が拡大する。
【0046】
したがってダイオードは、ダイオードが導通した時、低域ろ波の通過帯域を拡大させる機能を有する非線形処理要素として動作する。
【0047】
ダイオードの端子における電圧が初めてこのしきい電圧を超えるタイミングが、燃焼開始のタイミング(圧力計測信号の高振幅高周波上昇が生じるタイミング)に相当するようダイオードDのしきい電圧σが選択される。
【0048】
式(5)により与えられる利得Aを用いることにより、しきい値σを変更することができる。これにより処理装置を容易に調節することができ、その結果、あらゆる燃焼形式に対して同装置を非常に柔軟に、かつ、利用可能にすることができる。
【0049】
ダイオードDを通る電流をIとすると、Rの端子における電圧は以下の通りこの電流に比例する:
R4=R (8)
【0050】
先に行った考察を勘案すると、燃焼開始のタイミングは、電圧VR4があるしきい値svを超えるタイミングにも相当する。したがって、図3の配線の第2段32で差動増幅器により端子Rにおける電圧VR4が計測され増幅される。
【0051】
この差動増幅器の利得をGとすると、次式により第2段32の出力電圧が与えられる:
det=G・VR4 (9)
【0052】
次に、図3の配線の第3段34内でアナログ比較器によりこの電圧Vdetがしきい値Sv=G・svと比較される。
【0053】
最後に、第3段34の出力側に供給される信号は、入力Dが常に論理値「1」にセットされるアナログフリップフロップ回路36の「クロック」入力となる。このフリップフロップ回路は、熱機関の各熱サイクルの終了時にゼロにリセットされなければならない。
【0054】
アナログフリップフロップ回路36の出力信号は、立ち上がりが熱サイクルにおける燃焼開始のタイミングに相当するステップ信号であり、すなわち図2bに示す信号28に相当する。
【0055】
最後に図4は内燃機関の燃焼室40を示す。この燃焼室は、圧力センサー42から供給される圧力計測信号Prを入力側で受信する上記処理装置10に結合される。処理装置10から供給されるデータおよび燃焼室40内に配置されたクランクシャフトの角度センサー44から供給されるデータは後の処理のため電子ユニット46に送信される。
【0056】
上記のように、圧力計測信号の処理装置10はアナログ方式またはデジタル方式とすることができる。
【0057】
上述した圧力計測信号の処理装置により、内燃機関の燃焼室の単数または複数の燃焼開始のタイミングを容易に検出可能であることは明らかである。
【0058】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではないことに留意されたい。
【0059】
特に、変形形態として、デジタル方式の実施形態においてオイラー積分を行うローパスフィルタ22を、たとえば、以下の伝達関数に基づく台形積分を行うローパスフィルタに置換することができる。

【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明による圧力計測信号の処理装置の一般的な構造の略図である。
【図2a】内燃機関内の燃焼室内の圧力計測信号の経時変化を表す線図である。
【図2b】内燃機関内の燃焼室内の圧力計測信号の経時変化を表す線図である。
【図3】可能なアナログ実施形態による図1の装置の構造の略図である。
【図4】本発明による装置を具備する燃焼室の略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼開始タイミングを決定するための、内燃機関の燃焼室(40)の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)であって、
−ろ波信号(Pf)を得るための圧力計測信号のローパスフィルタ(22)、および、差信号(ε)を得るために圧力計測信号からろ波信号を減算する手段と、
−差信号と所定のしきい値とを比較する手段(16)と、
−差信号が所定のしきい値に達するタイミングとして燃焼開始のタイミングを決定する手段(16)と、
を備えることを特徴とする装置。
【請求項2】
差信号が所定のしきい値に達すると、ローパスフィルタ(22)の通過帯域を拡大させるように配置された非線形処理要素(14;D)を含む請求項1に記載の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)。
【請求項3】
ローパスフィルタ(22)がデジタル一次低域ろ波手段を含み、比較手段(16)がデジタル比較器を含む請求項1または2に記載の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)。
【請求項4】
圧力計測信号の処理の際、ローパスフィルタ(22)および比較手段(16)のデジタルパラメータが整数間の演算のみを生成させるように選択される請求項3に記載の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)。
【請求項5】
圧力計測信号の処理の際、ローパスフィルタ(22)および比較手段(16)のデジタルパラメータが、ある整数の除算をその二進法表示の右方への移動に置換するように選択される請求項4に記載の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)。
【請求項6】
ローパスフィルタ(22)がデジタルオイラー積分器を含む請求項3から5のいずれか一項に記載の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)。
【請求項7】
ローパスフィルタ(22)がアナログ一次低域ろ波手段(C、R、R)を含み、非線形要素(14)がローパスフィルタと並列に配置されたダイオード(D)を含む請求項2に記載の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)。
【請求項8】
差信号(ε)が所定のしきい値を超えると、0の値から0ではない値に移行するステップ信号を供給するための比較形式のアナログ回路(32)をさらに含む請求項7に記載の圧力計測信号(Pr)の処理装置(10)。
【請求項9】
燃焼開始のタイミングを決定するための、内燃機関の燃焼室(40)の圧力計測信号(Pr)の処理方法であって、
−ろ波信号(Pf)を得るように圧力計測信号を低域ろ波し、差信号(ε)を得るために圧力計測信号からろ波信号を減算する段階と、
−差信号と所定のしきい値とを比較する段階と、
−差信号が所定のしきい値に達するタイミングとして燃焼開始のタイミングを決定する段階と、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項10】
差信号が所定のしきい値に達すると、低域ろ波の通過帯域が拡大される請求項9に記載の圧力計測信号(Pr)の処理方法。

【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2008−545098(P2008−545098A)
【公表日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−519972(P2008−519972)
【出願日】平成18年6月21日(2006.6.21)
【国際出願番号】PCT/FR2006/050616
【国際公開番号】WO2007/006988
【国際公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【出願人】(503041797)ルノー・エス・アー・エス (286)
【Fターム(参考)】