説明

内燃機関

【課題】ピストンのスカートとシリンダのライナとの対向面間の摩擦損失を低減する。
【解決手段】ディーゼルエンジン1におけるシリンダ2のライナ2aの下端内壁面にテーパ部2cを形成した。このテーパ部2cは、ピストン3がライナ2aの内壁面に対して傾斜した状態(ピストン3の軸心がシリンダ2の軸心Aに対して傾斜した状態)でスカート3aの下端がライナ2aの下端に達した場合にスカート3aの下端とライナ2aの下端との対向面間での摩擦損失が低減するように形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関に関し、更に詳しくは、ピストンのスカートとシリンダのライナとの対向面間の摩擦損失を低減することが可能な内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
ピストン−クランク機構を用いた内燃機関では、シリンダ内におけるピストンの往復運動をクランク軸の回転運動に変換して動力を発生させる。この時、ピストンには往復運動だけではなく、コンロッドの揺動角により往復運動に対して直交する方向に力(側圧)が作用することにより、ライナとの隙間において往復運動と直交する方向の並進運動と、ピストンピン周りの回転運動とを行う。
【0003】
ここで、スカートは、ライナと接触して上記の側圧を負担する機能と、ピストンの姿勢を保持する機能とを有しているが、その一方で、ライナに対して摺動することで摩擦損失を引き起こす部分でもあり、摩擦抵抗を考慮した設計が必要とされている。このため、スカートは、ライナとの接触状態を適正に保ち、上記の要求性能を確保するために、ピストンの高さ方向で異なる直径となるように形状(プロフィール)が設定されている(例えば特許文献1参照)。
【0004】
ところで、エンジンによっては、下死点付近においてスカートの下端が、ライナの下端から下方に突出する構造を採用している場合がある。このようなエンジンでは、図5に示すように、実働運転後のピストン50のスカート51の下端外周面において、ライナから突出する位置と一致する部分(破線で囲む領域)に強い摺動の痕跡52が見られる場合があり、このような痕跡52が付くような接触の仕方をすることはスカート51とライナとの間の摩擦損失を増加させる大きな原因になっている。
【0005】
図6に示すように、スカート51の突出部のプロフィールが、ライナ53の内壁と平行で、かつ、ピストン50が直立した状態で摺動していれば、スカート51がライナ53の下端から突出しても、ピストン50の姿勢が安定し、ライナ53との面接触が保たれる。しかし、図7に示すように、下死点付近でピストン50がピストンピン周りの回転によって傾斜した状態では、ライナ53の下端のエッジ部とスカート51が線状あるいは点状に接触し、接触面積が減少して局部的に高い面圧が作用する。図5で示した痕跡52は、図7で示したピストン50の挙動によって発生したと考えられる。
【0006】
運転後に摺動痕が認められたエンジンに対して、実働運転時のピストンの挙動を測定して現象の確認を行った。図8はエンジン前から見たピストン50の側面図、図9〜図12は図8のピストン50のスカート51上の4箇所(x1,x2,x3,x4)においてピストン50とライナとの間のクリアランスを測定した結果である。
【0007】
下死点であるクランク角度=180deg(吸入下死点)および540deg(膨張下死点)において、図9に示すように、スラスト側のクリアランスが広く、図11に示すように、反スラスト側のクリアランスが狭いことが分かり、ピストン50が反スラスト側に傾いていると考えられる。この時、図10に示すように、スラスト側のスカート51の下端はライナ53に押しつけられることになり、図5に示した痕跡52がスラスト側に発生する現象とも符合する。
【0008】
また、スカートとライナとの対向面間の摩擦損失を低減する別の方法として、スカートがライナの下端から突出しないように、ライナの長さを延長することやスカートを短くする方法がある。しかし、ライナを長くすると重量が増加する問題がある。一方、スカートを短くすると、上述の側圧を負担する面積が小さくなるのでピストンの強度が低下する問題がある上、ピストンの姿勢が不安定になりピストンスラップ等の振動騒音が大きくなる問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平6−185405号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、ピストンのスカートとシリンダのライナとの対向面間の摩擦損失を低減することができる内燃機関を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するための本発明の内燃機関は、下死点付近でピストンのスカートの下端がシリンダのライナの下端から突出する構造の内燃機関において、前記ピストンが前記ライナの内壁面に対して傾斜した状態で前記スカートの下端が前記ライナの下端に達した場合に前記スカートの下端と前記ライナの下端との対向面間での摩擦損失が低減するように前記ライナの下端の内壁面にテーパ部を設けたものである。
【0012】
また、上記した内燃機関において、前記テーパ部の傾斜角度は、前記ピストンの実動時の傾斜角度と一致するものである。
【0013】
また、上記した内燃機関において、前記テーパ部は、前記下死点付近での前記スカートの下端側面に平行になるように形成されているものである。
【0014】
また、上記した内燃機関において、前記ライナの内壁面において前記テーパ部が形成された面と前記テーパ部が形成されてない面との境界部分と、前記テーパ部が形成された面と前記ライナの下面との境界部分との少なくとも一方を曲線形状にしたものである。このため、ライナとスカートとの接触部分を滑らかにすることができるので、さらに、スカートとライナとの対向面間の摩擦損失を低減することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ピストンのスカートの下端とシリンダのライナの下端との対向面間での摩擦損失が低減するようにライナの下端の内壁面にテーパ部を設けたことにより、スカートとライナとの対向面間の摩擦損失を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態の内燃機関のピストン下死点時の要部断面図である。
【図2】図1の内燃機関のピストン上死点時の要部断面図である。
【図3】図1の内燃機関の領域Rの拡大断面図である。
【図4】図3の内燃機関のライナの要部拡大断面図である。
【図5】ピストンのスカートに形成された痕跡を示すピストンの斜視図である。
【図6】ピストン直立時のピストンのスカートとシリンダのライナとの対向部の要部拡大断面図である。
【図7】ピストン傾斜時のピストンのスカートとシリンダのライナとの対向部の要部拡大断面図である。
【図8】エンジン前から見た測定用のピストンの側面図である。
【図9】図8のx1の位置におけるピストン−ライナ間のクリアランスを示すグラフ図である。
【図10】図8のx2の位置におけるピストン−ライナ間のクリアランスを示すグラフ図である。
【図11】図8のx3の位置におけるピストン−ライナ間のクリアランスを示すグラフ図である。
【図12】図8のx4の位置におけるピストン−ライナ間のクリアランスを示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態の内燃機関について添付の図面を参照しながら詳細に説明する。
【0018】
図1および図2に示す本実施の形態の内燃機関は、例えばトラックのような自動車に搭載されるディーゼルエンジン(以下、単にエンジンという)1等として構成されている。なお、本発明はディーゼルエンジンに限定されず、ガソリンエンジン等に適用することもできる。
【0019】
このエンジン1は、シリンダ2の燃焼室内において圧縮されて高温になった空気に燃料を供給して自己着火させ、この時の自己着火をもとにした膨張でシリンダ2内のピストン3を押し出す構成を有している。なお、図1はピストン3が下死点にある時を示し、図2はピストン3が上死点にある時を示している。また、図1および図2において左側をスラスト側、右側を反スラスト側とする。
【0020】
シリンダ2は、ピストン3の往復運動を支持するとともに燃料ガスを収める円筒状の部品であり、その内壁にはライナ2aが設けられている。このライナ2aは、ピストン3の往復運動を滑らかに行わせるための円筒状の部品である。ライナ2aはシリンダ2と別体の場合もあるが、ライナ2aがシリンダブロックに直接加工され一体になっている場合もある。シリンダ2においてライナ2aの外側の肉厚部分には冷却通路2bが設けられている。この冷却通路2bは、シリンダ冷却用の冷却媒体が流れる通路である。
【0021】
このシリンダ2の上部には、図2に示すように、シリンダヘッド4が設置されている。このシリンダヘッド4には、燃料をシリンダ2の燃焼室内に直接噴射するインジェクタ(燃料噴射部)7が、シリンダ2の軸心Aに一致するようにピストン3の頂面中央に対向する位置に設置されている。インジェクタ7には、コモンレール(図示せず)に貯留された高圧燃料が常時供給される。
【0022】
インジェクタ7においてシリンダ2内に突出されているノズル7aの突出先端部には、複数の微細な噴孔が形成されており、その複数の微細な噴孔から燃料が放射状に同時に噴射される。このノズル7a先端の各噴孔から噴射される燃料の噴射軸Bは、上記した軸心Aに対してそれぞれ所定の噴射角度θ1だけ傾けられている。この噴射角度θ1は、燃料が燃料噴射期間の全期間に亘ってシリンダ2内の後述のキャビティ(燃焼室)8内に収まるような角度に設定されている。
【0023】
また、上記のシリンダヘッド4には、吸気ポート9aおよび吸気弁10aと、排気ポート9bおよび排気弁10bとが、インジェクタ7を挟むように、インジェクタ7の左右に設置されている。吸気ポート9aは吸気管12aに接続され、排気ポート9bは排気管12bに接続されている。吸気弁10aはシリンダ2内と吸気管12aとの間の開閉を行い、排気弁10bはシリンダ2内と排気管12bとの間の開閉を行う。
【0024】
また、シリンダ2内には、図1および図2に示すように、ピストン3が、その軸心をシリンダ2の軸心Aに設計上一致させ、シリンダ2の内壁のライナ2aに沿って往復運動が可能な状態で設置されている。
【0025】
ピストン3の頂面中央には、上記したキャビティ8が凹設されている。特に限定されないが、キャビティ8の底面の中央には、上方に隆起する凸部が形成されており、キャビティ8の深さが中央に向かって次第に浅くなるように形成されている。
【0026】
また、ピストン3の下部には、ピストン3がシリンダ2の内部で傾倒するのを防止するスカート3aが設けられている。本実施の形態のエンジン1においては、下死点付近でピストン3のスカート3aの下端が、図1に示すように、シリンダ2のライナ2aの下端2a1から突出する構造となっている。
【0027】
このようなピストン3は、コネクティングロッド15を通じてクランクシャフト16に接続されており、ピストン3の往復運動がクランクシャフト16により回転運動に変換されるようになっている。なお、矢印Dはクランクシャフトの回転方向を示している。
【0028】
次に、図3は図1の領域Rの拡大断面図を示し、図4は図3の拡大断面図を示している。
【0029】
本実施の形態のエンジン1においては、ライナ2aの下端2a1の内壁面にテーパ部2cが形成されている。すなわち、ライナ2aの下端2a1の内壁面に、上死点から下死点に向かう方向に沿って次第にライナ2aの径が広くなるような傾斜面が形成されている。
【0030】
このテーパ部2cは、ピストン3がライナ2aの内壁面に対して傾斜した状態(ピストン3の軸心がシリンダ2の軸心Aに対して傾斜した状態)でスカート3aの下端がライナ2aの下端2a1に達した場合にスカート3aの下端とライナ2aの下端2a1との対向面間での摩擦損失が低減するように形成されている。
【0031】
このように、本実施の形態のエンジン1においては、ライナ2aの下端2a1の内壁面にテーパ部2cを設けたことにより、スカート3aとライナ2aとの対向面間の摩擦損失を低減することができる。その結果、エンジン1の燃費を低くすることができる。また、ピストン3の寿命を向上させることができるので、エンジン1の寿命を向上させることができる。
【0032】
また、本実施の形態のエンジン1においては、ライナ2aを長くしないので重量増加の問題が生じない。また、スカート3aを短くしないので、側圧を負担する面積の縮小を招かないのでピストン3の強度を確保できる。また、ピストン3の姿勢が不安定になることもないので、ピストンスラップ等の振動騒音を低減でき、また、エンジン1の動作安定性を確保できる。
【0033】
また、ピストン3側のみにテーパ部を設ける構造もあるが、その場合、上死点(300deg)付近でピストン3がスラップ(紙面の反時計回りに回転)する際に、スカート3aの下部のクリアランスが大きくなり、回転角が増加してスラップ音が増大する場合があるが、本実施の形態のエンジン1のようにライナ2aにテーパ部2cを設けた場合、そのような不具合も生じない。
【0034】
また、ピストン3がアルミニウムで形成され、ライナ2aがスチールで形成されている場合、スチールの方が、熱膨張が小さく形状変化が少ないので、ライナ2aにテーパ部2cを形成した方が、より安定した効果を得ることができる。
【0035】
このようなテーパ部2cは、図3の破線に示す円筒プロフィール(ピストン3が直立した状態でライナ2aと平行になる範囲h1)が、図4に示すように、下死点においてライナ2aと重なる高さh2の部分をテーパ状に加工することで形成されている。
【0036】
テーパ部2cの傾斜角度θ2は、ピストン3の実動時の傾斜角度(ピストン3の実動時におけるライナ2aの内壁面(テーパ2cが形成されていない面)に対する傾斜角度またはシリンダ2の軸心Aに対する傾斜角度)と一致する。このため、テーパ部2cは、図3に示すように、下死点付近でのスカート3aの範囲h1の下端側面部分に平行になるように形成されている。このような下死点付近でのピストン3の傾斜角度は、実測あるいは数値シミュレーションによって求めることができる。
【0037】
また、ライナ2においてテーパ部2cと他の面との境界部分(ライナ2aの内壁面においてテーパ部2cが形成された面とテーパ部2cが形成されてない面との境界部分E1と、テーパ部2cが形成された面とライナ2aの下面との境界部分E2との少なくとも一方)は、ライナ2aとスカート3aとの接触部分に鋭い角部が形成されないように曲線形状に形成されている。これにより、ライナ2aとスカート3aとの接触部分を滑らかにすることができるので、スカート3aとライナ2aとの対向面間の摩擦損失をさらに低減することができる。
【0038】
また、テーパ部2cは、上記の摩擦損失を低減する観点からはスラスト側だけに設ければ良いが、テーパ部2cの加工容易性の観点や軽量化促進の観点からライナ2aの下端2a1の内壁全周にわたって形成しても良い。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の内燃機関は、ピストンのスカートの下端とシリンダのライナの下端との対向面間での摩擦損失が低減するようにライナの下端の内壁面にテーパ部を設けたことにより、スカートとライナとの対向面間の摩擦損失を低減することができるので、自動車等の内燃機関およびその制御方法に利用できる。
【符号の説明】
【0040】
1 ディーゼルエンジン(内燃機関)
2 シリンダ
2a ライナ
2c テーパ部
2a1 下端
3 ピストン
3a スカート
4 シリンダヘッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下死点付近でピストンのスカートの下端がシリンダのライナの下端から突出する構造の内燃機関において、前記ピストンが前記ライナの内壁面に対して傾斜した状態で前記スカートの下端が前記ライナの下端に達した場合に前記スカートの下端と前記ライナの下端との対向面間での摩擦損失が低減するように前記ライナの下端の内壁面にテーパ部を設けた内燃機関。
【請求項2】
前記テーパ部の傾斜角度は、前記ピストンの実動時の傾斜角度と一致する請求項1記載の内燃機関。
【請求項3】
前記テーパ部は、前記下死点付近での前記スカートの下端側面に平行になるように形成されている請求項1または2記載の内燃機関。
【請求項4】
前記ライナの内壁面において前記テーパ部が形成された面と前記テーパ部が形成されてない面との境界部分と、前記テーパ部が形成された面と前記ライナの下面との境界部分との少なくとも一方を曲線形状にした請求項1〜3のいずれか1項に記載の内燃機関。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−32976(P2011−32976A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181823(P2009−181823)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】