説明

円環状光学部及び拡張された焦点深度を有する調節性IOL

1つの態様では、本発明によって、光軸に沿って前後に配置された少なくとも2つの光学部と、光学部の少なくとも1つに結合された調節機構であって、調節を提供するように、光学部が挿入される眼の生来の調節力に応答して光学部の合計屈折力を調整するのに適した調節機構とを具備する眼内レンズ(IOL)が提供される。光学部の少なくとも1つは、第1屈折領域と、第2屈折領域と、第1屈折領域と第2屈折領域との間の移行領域とによって特徴づけられる面を有し、移行領域を横断した光学的位相シフト量が設計波長(例えば550nm)の非整数有理数に相当する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本願は、本願と同時に出願された「瞳孔ダイナミクスを利用することによって偽調節を高めるための焦点深度拡張(EDOF)レンズ(An Extended Depth Of Focus (EDOF) Lens To Increase Pseudo-Accommodation By Utilizing Pupil Dynamics」という発明の名称の米国特許出願に関連し、この出願内容は参照によって本願の一部を構成する。
【0002】
本発明は、概して眼科用レンズに関し、より詳細には調節性眼内レンズ(IOL)に関し、調節性眼内レンズ(IOL)は、レンズ面の少なくとも一つに設けられた移行領域を横断した位相シフト量の変化を制御することによって視力を高める。
【背景技術】
【0003】
眼の屈折力は角膜の屈折力及び水晶体の屈折力によって決められ、水晶体は眼の全屈折力の約1/3を提供する。水晶体は透明な両凸構造体であり、水晶体の屈折力を調節するための毛様体筋によって水晶体の曲率を変化させることができるので、さまざまな距離において眼が物体に焦点を合わせることが可能となる。
【0004】
しかし、例えば加齢及び/又は疾患が原因で白内障を患っている人では、生来の水晶体は透明度が低下し、この結果、網膜に到達する光の量が低下する。白内障に対する公知の治療法は、不透明にされた生来の水晶体を除去してそれを人工的な眼内レンズ(IOL)に置き換えることを含む。多くの(一般に単焦点IOLとして公知の)IOLは、単一の屈折力を提供するため、調節を行うことができない。主に2つの屈折力(典型的には遠用の屈折力と近用の屈折力)を提供する多焦点IOLも公知である。別の種類のIOLは、一般に調節性IOLとして公知であり、眼の生来の調節力に応答してある程度の調節を提供することができる。しかし、斯かる調節性IOLによって提供される調節範囲は、例えば眼の解剖学的構造によって課される空間的な制約のせいで制限されることがある。
【0005】
従って、改善された調節性IOLが必要とされている。
【発明の概要】
【0006】
1つの態様では、本発明によって、光軸に沿って前後に配置された少なくとも2つの光学部(optic)と、光学部の少なくとも1つに結合された調節機構であって、調節を提供するように、光学部が挿入される眼の生来の調節力に応答して光学部の合計屈折力を調整するのに適した調節機構とを具備する眼内レンズ(IOL)が提供される。光学部の少なくとも1つは、第1屈折領域と、第2屈折領域と、第1屈折領域と第2屈折領域との間の移行領域とによって特徴づけられる面を有し、移行領域を横断した光学的位相シフト量が設計波長(例えば550nm)の非整数有理数(non-integer fraction)に相当する。一般的には、IOL及びレンズの設計において、光学的性能は、いわゆる“モデル眼”を用いた測定、又は計算(例えば予想される光線の追跡)によって決定されることができる。典型的には、斯かる測定及び計算は、色収差を最少にするため、可視スペクトルの狭い選択領域からの光に基づいて行われる。この狭い領域は“設計波長”として公知である。
【0007】
上記の調節性IOLでは、光学部の少なくとも1つが正の屈折力(例えば約+20D〜約+60Dの範囲の屈折力)を提供することができ且つ光学部の少なくとも別の1つが負の屈折力(例えば約−26D〜約−2Dの範囲の屈折力)を提供することができる。いくつかの場合、調節機構は調節を提供するように眼の生来の調節力に応答して光学部の少なくとも1つを光軸に沿って移動させるのに適する。
【0008】
関連した1つの態様では、上記のIOLにおいて、移行領域を有する面は、以下の関係式
sag=Zbase+Zaux
によって定義される輪郭(Zsag)を示す。ここで、
sagは光軸からの径方向距離の関数として光軸に対する面のサグ(sag)を表し、Zbaseは面の基本輪郭を表し、Zauxは以下の関係式
【数1】


によって表され、ここで、
1は移行領域の径方向内側境界部を表し、
2は移行領域の径方向外側境界部を表し、
Δは以下の関係式
【数2】


によって定義され、ここで、
1は、光学部を形成する材料の屈折率を表し、
2は、光学部を取り囲む媒体の屈折率を表し、
λは設計波長を表し、
αは非整数有理数を表す。
関連した1つの態様では、移行領域を有する上記面の基本輪郭(Zbase)は以下の関係式
【数3】


によって定義されることができる。ここで、
rは光軸からの径方向距離を表し、
cは面の基本曲率を表し、
kは円錐定数を表し、
2は二次の変形定数であり、
4は四次の変形定数であり、
6は六次の変形定数である。
【0009】
別の実施態様では、移行領域を有するIOLの面は、以下の関係式
sag=Zbase+Zaux
によって定義される面輪郭(Zsag)を有する。ここで、
sagは光軸からの径方向距離の関数として光軸に対する面のサグを表し、Zbaseは以下の関係式
【数4】


によって表され、ここで、
rは光軸からの径方向距離を表し、
cは面の基本曲率を表し、
kは円錐定数を表し、
2は二次の変形定数であり、
4は四次の変形定数であり、
6は六次の変形定数であり、補助輪郭(Zaux)は以下の関係式
【数5】


によって表され、ここで、
rはレンズの光軸からの径方向距離を表し、
1aは補助輪郭の移行領域のほぼ線形な第1部分の内側半径を表し、
1bは線形な第1部分の外側半径を表し、
2aは補助輪郭の移行領域のほぼ線形な第2部分の内側半径を表し、
2bは線形な第2部分の外側半径を表し、
Δ1及びΔ2のそれぞれは、以下の関係式
【数6】


に従って定義されることができ、ここで、
1は、光学部を形成する材料の屈折率を表し、
2は、光学部を取り囲む媒体の屈折率を表し、
λは設計波長(例えば550nm)を表し、
α1は非整数有理数(例えば1/2、3/2など)を表し、
α2は非整数有理数(例えば1/2、3/2など)を表す。
【0010】
例えば、上記の関係式において、基本曲率cは約0.0152mm-1〜約0.0659mm-1の範囲にされることができ、円錐定数kは約−1162〜約−19の範囲にされることができ、a2は約−0.00032mm-1〜約0.0mm-1の範囲にされることができ、a4は約0.0mm-3〜約−0.000053(−5.3×10-5)mm-3の範囲にされることができ、a6は約0.0mm-5〜約0.000153(1.53×10-4)mm-5の範囲にされることができる。
【0011】
別の態様では、上記の調節性IOLにおいて、調節機構は、水晶体嚢(capsular bag)に定置させるためのリングと、光学部の少なくとも1つにリングを結合させる複数の可撓部材とを含むことができる。調節を提供するように水晶体嚢によってリング上に及ぼされる生来の調節力に応答して可撓部材が、可撓部材上に結合された光学部を移動させるのにリングは適する。いくつかの場合、調節機構は約0.5D〜約2.5Dの範囲の動的な調節(dynamic accommodation)を提供することができ、一方、上記の移行領域は、一定の偽調節を提供するために、例えば約2.5mm〜約3.5mmの範囲のサイズの瞳孔について、少なくとも約0.5D(例えば約0.5D〜約1.25Dの範囲)だけIOLの焦点深度を拡張することができる。
【0012】
別の態様では、患者の眼の水晶体嚢に定置されるのに適した光学系であって、複数のレンズを具備する光学系を含む眼内レンズ系が開示される。調節を提供するように、眼の生来の調節力に応答して光学系の屈折力を変化させるべく光学系に結合された調節機構を眼内レンズ系はさらに含む。移行領域を横断した、設計波長(例えば550nm)を有する入射光の光学的位相シフト量が設計波長の非整数有理数に相当するように、光学系は、第1屈折領域、第2屈折領域、及び第1屈折領域と第2屈折領域との間の移行領域を有する少なくとも1つの面と、少なくとも1つの円環面とを具備する。
【0013】
以下に簡潔に説明される関連図面と併せて以下の詳細な説明を参照することによって、本発明のさまざまな態様が更に理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1A】図1Aは、本発明の一つの実施態様に係るIOLの概略断面図である。
【図1B】図1Bは、図1Aに示されるIOLの前面の概略平面図である。
【図2A】図2Aは、本発明の一つの実施形態の1つの実施例に係るレンズの表面上で、本発明の教示に従ってレンズの表面に設けられた移行領域を通して入射光に生成される位相進みを概略的に示す。
【図2B】図2Bは、本発明の一つの実施態様の1つの実施例に係るレンズの表面上で、本発明の教示に従ってレンズの表面に設けられた移行領域を通して入射光に生成される位相遅れを概略的に示す。
【図3】図3は、本発明の一つの実施態様に係るレンズの少なくとも1つの面の輪郭が、基本輪郭と補助輪郭との重ね合わせによって特徴づけられることができることを概略的に示す。
【図4A】図4Aは、所定のサイズの瞳孔について、本発明の一つの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカス(through-focus)MTFのプロットを示す。
【図4B】図4Bは、所定のサイズの瞳孔について、本発明の一つの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示す。
【図4C】図4Cは、所定のサイズの瞳孔について、本発明の一つの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示す。
【図5A】図5Aは、本発明のいくつかの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示し、ここで、レンズは、基本輪郭と、移行領域を画成する補助輪郭とによって特徴づけられる面を有し、移行領域は、他のレンズにおける各OPDとは異なる、補助輪郭の内側領域と外側領域との間の光路差(OPD)を提供する。
【図5B】図5Bは、本発明のいくつかの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示し、ここで、レンズは、基本輪郭と、移行領域を画成する補助輪郭とによって特徴づけられる面を有し、移行領域は、他のレンズにおける各OPDとは異なる、補助輪郭の内側領域と外側領域との間の光路差(OPD)を提供する。
【図5C】図5Cは、本発明のいくつかの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示し、ここで、レンズは、基本輪郭と、移行領域を画成する補助輪郭とによって特徴づけられる面を有し、移行領域は、他のレンズにおける各OPDとは異なる、補助輪郭の内側領域と外側領域との間の光路差(OPD)を提供する。
【図5D】図5Dは、本発明のいくつかの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示し、ここで、レンズは、基本輪郭と、移行領域を画成する補助輪郭とによって特徴づけられる面を有し、移行領域は、他のレンズにおける各OPDとは異なる、補助輪郭の内側領域と外側領域との間の光路差(OPD)を提供する。
【図5E】図5Eは、本発明のいくつかの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示し、ここで、レンズは、基本輪郭と、移行領域を画成する補助輪郭とによって特徴づけられる面を有し、移行領域は、他のレンズにおける各OPDとは異なる、補助輪郭の内側領域と外側領域との間の光路差(OPD)を提供する。
【図5F】図5Fは、本発明のいくつかの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカスMTFのプロットを示し、ここで、レンズは、基本輪郭と、移行領域を画成する補助輪郭とによって特徴づけられる面を有し、移行領域は、他のレンズにおける各OPDとは異なる、補助輪郭の内側領域と外側領域との間の光路差(OPD)を提供する。
【図6】図6は、本発明の別の実施態様に係るIOLの概略断面図である。
【図7】図7は、前面の輪郭が、基本輪郭と、2段の移行領域を含む補助輪郭との重ね合わせとして特徴づけられることができることを概略的に示す。
【図8】図8は、2段の移行領域を有する本発明の一つの実施態様に係る仮想レンズについて計算されたスルー・フォーカス単色MTFのプロットを示す。
【図9A】図9Aは、本発明の一つの実施態様に係る調節性眼内レンズ(IOL)の概略断面図である。
【図9B】図9Bは、図10Aの調節性IOLの概略立面図である。
【図10A】図10Aは、レンズの調節機構に結合された、図9A〜図9BのIOLの前方光学部の模式図である。
【図10B】図10Bは、図11Aに示される前方光学部の概略側面図である。
【図10C】図10Cは、図11Bに示される前方光学部の概略平面図である。
【図11】図11は、面に沿った2つの直交方向に沿った異なる曲率半径によって特徴づけられる円環面を概略的に示す。
【図12A】図12Aは、本発明の別の実施態様に係る調節性IOLの概略平面図である。
【図12B】図12Bは、図13Aの調節性IOLにおいて用いられる光学部の概略側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、概して、眼科用レンズ(例えばIOL)と、斯かるレンズを用いる視力矯正法とを対象とする。以下の実施態様では、眼内レンズ(IOL)に関連して本発明のさまざまな態様の顕著な特徴が記述される。他の眼科用レンズ(例えばコンタクトレンズ)にも本発明の教示を適用することができる。本明細書では、眼の生来の水晶体を置き換えるために眼の内部に挿入されるレンズを記述するのに、さもなければ生来の水晶体が除去されるかどうかに関わらず視力を高めるために眼の内部に挿入されるレンズを記述するのに“眼内レンズ”及びその略称“IOL”といった用語をどちらも用いる。角膜内レンズ及び有水晶体眼内レンズは、生来の水晶体を除去することなく眼の中に挿入されるレンズの例である。多くの実施態様では、レンズは表面変調の制御されたパターンを含むことができ、且つ表面変調の制御されたパターンはレンズの光学部の内側部分と外側部分との間に光路差を選択的に与えるので、レンズは、小さな瞳孔径及び大きな瞳孔径について鮮明な像を提供するだけではなく、中間の瞳孔径を用いて物体を見るために偽調節も提供するであろう。
【0016】
図1A及び図1Bは本発明の一つの実施態様に係る眼内レンズ(IOL)10を概略的に描写し、眼内レンズ10は、光軸OAのまわりに配置される前面14及び後面16を有する光学部12を含む。図1Bに示されるように、前面14は、内側屈折領域18、環状外側屈折領域20、及び内側屈折領域と外側屈折領域との間に延在する環状移行領域22を含んでいる。対照的に、後面16は滑らかな凸面の形態である。いくつかの実施態様では、光学部12は約1mm〜約5mmの範囲の直径Dを有することができるが、他の直径も利用されることができる。
【0017】
例示的なIOL10は、眼にIOLを設置するのを容易にすることができる1つ以上の固定用部材1及び2(例えば触覚部(haptic))も含む。
【0018】
この実施態様では、前面及び後面のそれぞれが凸状基本輪郭を含むが、別の実施態様では、平らな基本輪郭を用いることができる。後面の輪郭は基本輪郭によってのみ画成されるが、前面の輪郭は、その基本輪郭に補助輪郭を付加することによって画成されるので、以下で更に記述されるように前述の、内側領域、外側領域、及び移行領域を作り出す。光学部を形成する材料の屈折率と2つの面の基本輪郭との組合せによって、光学部に基準(nominal)屈折力を提供することができる。基準屈折力は、光学部12と同じ材料から形成され且つ前面及び後面について同じ基本輪郭を有するが前面の上記補助輪郭がない仮想光学部の単焦点屈折力として定義される。または、光学部の基準屈折力を、前面の中央領域の直径よりも小さい直径を有する小さなアパーチャについての光学部12の単焦点屈折力と見なすこともできる。
【0019】
前面の補助輪郭がこの基準屈折力を調整できるため、例えば光学部に関して設計波長(例えば550nm)で計算又は測定されたスルー・フォーカス変調伝達関数のピークの軸方向位置に対応する焦点距離によって特徴づけられるような光学部の実際の屈折力は、以下に記述されるように、特に中間範囲のサイズのアパーチャ(瞳孔)について、レンズの基準屈折力からずれるであろう。多くの実施態様では、屈折力のこのシフトは、中間サイズの瞳孔について近方視を改善するように設計される。いくつかの場合、光学部の基準屈折力を約−15D〜約+50Dの範囲、好ましくは約6D〜約34Dの範囲にすることができる。さらに、いくつかの場合、前面の補助輪郭によって引き起こされる、光学部の基準屈折力に対するシフトを約0.25D〜約2.5Dの範囲にすることができる。
【0020】
続けて図1A及び図1Bを参照すると、移行領域22は環状領域の形態であり、(この場合、内側屈折領域18の径方向の外側境界部に対応する)径方向内側境界部(IB)から(この場合、外側屈折領域の径方向の内側境界部に対応する)径方向外側境界部(OB)まで径方向に延びている。いくつかの場合、一方又は両方の境界部が前面の輪郭において不連続部(例えば段差)を含むことができるが、多くの実施態様では、前面の輪郭は境界部で連続的である。しかし、輪郭の径方向の導関数(すなわち、光軸からの径方向距離の関数としての表面のサグの変化率)が各境界部で不連続性を示してもよい。いくつかの場合、移行領域の環の幅を約0.75mm〜約2.5mmの範囲にすることができる。いくつかの場合、前面の径方向の直径に対する移行領域の環の幅の比を約0〜約0.2の範囲にすることができる。
【0021】
多くの実施態様では、そこに入射する光学的放射の位相が内側境界部(IB)から外側境界部(OB)へと単調に変化するように前面14の移行領域22を成形することができる。すなわち、移行領域を横断した、光軸から大きくなる径方向距離の関数としての位相の漸増又は漸減によって、外側領域と内側領域との間にゼロではない位相差が実現されるであろう。いくつかの実施態様では、移行領域は、位相が漸増又は漸減する部分の間に挟まれた平らな部分を含むことができ、平らな部分において、位相をほぼ一定のままにすることができる。
【0022】
多くの実施態様では、移行領域は、2本の平行な光線(光線の一方は移行領域の外側境界部に入射し、光線の他方は移行領域の内側境界部に入射する)の間の位相シフト量が設計波長(例えば550nmの設計波長)の非整数有理数となるように構成される。例えば、位相シフト量は以下の関係式
位相シフト量=(2π/λ)OPD 式(1A)
OPD=(A+B)λ 式(1B)
に従って定義されることができる。ここで、
Aは整数を表し、
Bは非整数有理数を表し、
λは設計波長(例えば550nm)を表す。
【0023】
移行領域を横断した全位相シフト量を、例えばλ/2、λ/3などにすることができる。ここで、λは設計波長(例えば550nm)を表す。多くの実施態様では、位相シフト量を入射放射の波長の周期関数で表すことができ、周期性は1波長に相当する。
【0024】
多くの実施態様では、移行領域は、入射光に応答して光学部から現れる波面(すなわち光学部の後面から出る波面)において収差を発生させることができ、収差によって、レンズの基準集光力に対するレンズの有効な集光力をシフトさせることができる。さらに、移行領域を取り囲むアパーチャ(aperture)直径、特に中間的なアパーチャ直径について、波面の収差は、以下でさらに記述されるように光学部の焦点深度を高めることができる。例えば、移行領域は、光学部の外側部分から出る波面と、内側部分から出る波面との間で位相シフトを引き起こすことができる。斯かる位相シフトによって、光学部の内側部分から出る放射が焦点を結ぶであろう位置で、光学部の外側部分から出る放射が光学部の内側部分から出る放射と干渉することができ、この結果、例えばピークMTFに対するMTFの非対称な輪郭によって特徴づけられる焦点深度が高められる。“焦点深度”と“被写界深度”という用語は同じ意味で用いられることができ且つ公知であり、許容可能な像が解像されることができる、物空間と像空間における距離を意味することが当業者によって容易に理解される。さらなる説明が必要であれば、焦点深度は、3mmのアパーチャ及び緑色の光(例えば約550nmの波長を有する光)を用いて、MTFが約50lp/mmの空間周波数で少なくとも約15%のコントラスト・レベルを示す点で測定された、レンズのスルー・フォーカス変調伝達関数(MTF)のピークに対するデフォーカス量を意味することができる。他の定義も適用できるが、被写界深度は多くの因子(例えばアパーチャのサイズ、像を形成する光の色含有量(chromatic content)、レンズそれ自体の基本屈折力)によって影響される可能性があることを明確にしておかねばならない。
【0025】
さらなる説明のために、面の内側部分と外側部分との間に移行領域を有する、本発明の一つの実施態様に係るIOLの前面によって作り出された波面の断片と、その面に入射した波面の断片と、実際の波面のRMS(二乗平均平方根)誤差を最小にする球状の参照波面(点線によって表わされる)とを図2Aは概略的に示す。移行領域は(移行領域なしの同様の仮想面に対応する波面の位相に対して)波面の位相進みをもたらし、波面は網膜面の前(移行領域なしのIOLの基準焦平面の前)の焦平面に集束するようになる。図2Bは、移行領域が入射波面の位相遅れをもたらす別のケースを概略的に示し、波面は、網膜面を超えた(移行領域なしのIOLの基準焦平面を超えた)焦平面に集束するようになる。
【0026】
本実施における例示として、前面及び/又は後面の基本輪郭を、以下の関係式
【数7】


によって定義することができる。ただし、
cは輪郭の曲率を表し、
kは円錐定数を表し、
f(r2、r4、r6、…)は、基本輪郭に対する高次の寄与を含む関数を表す。関数fを、例えば以下の関係式
f(r2、r4、r6、…)=a22+a44+a66+… 式(3)
によって定義することができる。
ただし、
2は二次の変形定数であり、
4は四次の変形定数であり、
6は六次の変形定数である。さらに高次の項も含めることができる。
【0027】
例えば、いくつかの実施態様では、パラメータcを約0.0152mm-1〜約0.0659mm-1の範囲にすることができ、パラメータkを約−1162〜約−19の範囲にすることができ、a2を約−0.00032mm-1〜約0.0mm-1の範囲にすることができ、a4を約0.0mm-3〜約−0.000053(−5.3×10-5)mm-3の範囲にすることができ、a6を約0.0mm-5〜約0.000153(1.53×10-4)mm-5の範囲にすることができる。
【0028】
例えば円錐定数kによって特徴づけられるような前面及び/又は後面の基本輪郭をある程度非球面にすると、サイズの大きなアパーチャについて球面収差の効果を改善できる。サイズの大きなアパーチャについて、斯かる非球面性は移行領域の光学的効果をいくらか弱め、この結果、より鋭いMTFがもたらされる。他のいくつかの実施態様では、非点収差を改善するために、一方又は両方の面の基本輪郭を円環状(すなわち、その基本輪郭は、面に沿った2つの直交方向に沿って異なる曲率半径を示す)にすることができる。
【0029】
上に示されたように、この例示的な実施態様では、基本輪郭(例えば上記の式(1)によって定義される輪郭)と補助輪郭との重ね合わせによって前面14の輪郭を定義することができる。この実施例では、補助輪郭(Zaux)を以下の関係式
【数8】


によって定義することができる。ここで、
1は、移行領域の径方向内側境界部を表し、
2は、移行領域の径方向外側境界部を表し、
Δは、以下の関係式
【数9】


によって定義され、ここで、
1は、光学部を形成する材料の屈折率を表し、
2は、光学部を取り囲む媒体の屈折率を表し、
λは設計波長を表し、
αは非整数有理数(例えば1/2)を表す。
【0030】
言い換えれば、この実施態様では、以下に定義され且つ図3において概略的に示されるように、基本輪郭(Zbase)と補助輪郭(Zaux)との重ね合わせによって前面の輪郭(Zsag)を定義できる。
sag=Zbase+Zaux 式(6)
【0031】
この実施態様では、上記の関係式(4)及び(5)によって定義される補助輪郭は、移行領域を横断したほぼ線形な位相シフトを特徴とする。より詳細には、補助輪郭は、移行領域の内側境界部から外側境界部へと線形に増大する位相シフトを提供し、内側境界部と外側境界部との間の光路差は、設計波長の非整数有理数に相当する。
【0032】
多くの実施態様では、本発明の教示に係るレンズ(例えば上記のレンズ10)は、レンズの中央領域の直径範囲にある小さな瞳孔径(例えば2mmの瞳孔径)について、位相シフトによって生成される光学的効果のない単焦点レンズとして有効に機能することによって、優れた遠方視力特性を提供することができる。中程度の瞳孔径(例えば約2mm〜約4mmの範囲の瞳孔径(例えば約3mmの瞳孔径))については、位相シフトによって生成される光学的効果(例えばレンズから出る波面の変化)により、機能的な近方視力及び中間距離の視力を高めることができる。大きな瞳孔径(例えば約4mm〜約5mmの範囲の瞳孔径)については、位相シフトが、入射光に曝される前面部のわずかな割合のみを占めるであろうから、レンズは再び優れた遠方視力特性を提供することができる。
【0033】
例示のために、図4A〜図4Cは、異なるサイズの瞳孔について、本発明の一つの実施態様に係る仮想レンズの光学特性を示す。レンズは、上記の関係式(6)によって定義される前面と、滑らかな凸状の基本輪郭(例えば上記の関係式(2)によって定義される輪郭)によって特徴づけられる後面とを有すると仮定される。さらに、レンズは6mmの直径を有し、レンズの移行領域が、約2.2mmの直径を有する内側境界部と、約2.6mmの直径を有する外側境界部との間に延在すると仮定された。前面及び後面の基本曲率は、光学部が21Dの基準屈折力を提供するように選択された。さらに、レンズを取り囲む媒体は約1.336の屈折率を有すると仮定された。レンズの光学部のさまざまなパラメータと、レンズの前面及び後面のパラメータとが以下の表1A〜表1Cに記載される。
【表1】

【0034】
より詳細には、図4A〜図4Cのそれぞれにおいて、以下の変調周波数、すなわち25lp/mm、50lp/mm、75lp/mm、100lp/mmに対応するスルー・フォーカス変調伝達関数(MTF)のプロットが提供される。約2mmの瞳孔径について図4Aに示されるMTFは、レンズが、焦平面の周りで対称な約0.7Dの焦点深度を有し、例えば屋外活動について優れた光学特性を提供することを示す。3mmの瞳孔径について図4Bに示される各MTFは、レンズの焦平面に対して(すなわちゼロのデフォーカスに対して)非対称であり、MTFのピークが負のデフォーカス方向にシフトしている。斯かるシフトは、(例えば読書のために)近くを見ることを容易にする一定の偽調節を提供することができる。さらに、これらMTFは、2mmの瞳孔径について計算されたMTFよって示される幅よりも広い幅を有し、中間距離の視力について優れた特性が得られる。4mmのより大きな瞳孔径(図4C)については、MTFの非対称性及び幅は、直径3mmについて計算された場合に対して減少する。こちらのほうは、光が少ない条件(例えば夜の運転)において遠方視力特性が優れていることを示す。
【0035】
位相シフトの光学的効果は、その領域に関係するさまざまなパラメータ、例えば、その領域の径方向の広がりと、その領域が入射光に位相シフトを与える割合とを変化させることによって調整されることができる。例えば上記の関係式(3)によって定義される移行領域は、Δ/(r2−r1)によって定義される傾斜を示し、特に中間サイズの瞳孔について、この傾斜を変化させることによって、斯かる移行領域を光学部の表面に有する光学部の性能を調整することができる。
【0036】
例として、図5A〜図5Fは、関係式(2)によって定義される基本輪郭と、関係式(4)及び(5)によって定義される補助輪郭との重ね合わせとして図3に示される面輪郭を示す前面を有する仮想レンズについて、3mmの瞳孔サイズ及び50lp/mmの変調周波数で計算されたスルー・フォーカス変調伝達関数(MTF)を示す。光学部は、1.554の屈折率を有する材料から形成されると仮定された。さらに、前面の基本曲率及び後面の基本曲率は、光学部が約21Dの基準屈折力を有するように選択された。
【0037】
移行領域の光学的効果をより簡単に理解できるようにするための参照を提供するために、図5Aは、ゼロになるΔzを持つ光学部、すなわち本発明の教示に係る位相シフトを欠く光学部についてのMTFを示す。滑らかな前面及び後面を有する斯かる従来の光学部は、光学部の焦平面の周りに対称に配置されるMTF曲線と、約0.4Dの焦点深度とを示す。対照的に、約0.01mmの径方向の広がり及びΔz=1ミクロンによって特徴づけられる移行領域を前面が含む、本発明の一つの実施態様に係る光学部についてのMTFを図5Bは示す。図5Bに示されるMTFのプロットは約1Dの大きな焦点深度を示し、光学部が、高められた被写界深度を提供することが示される。さらに、このMTFのプロットは、光学部の焦平面に対して非対称である。実際、このMTFのプロットのピークは、光学部の焦平面よりも光学部に近い。これによって、有効な屈折力が増大せしめられて近距離の読書が容易になる。
【0038】
Δz=1.5ミクロン(図5C)を与えるように移行領域がより急勾配になるとき(移行領域の径方向の広がりは0.01mmに固定されたままである)、MTFはさらに広くなり(すなわち光学部は、より大きな被写界深度を提供する)、且つMTFのピークは光学部の焦平面よりも光学部からさらに離れるようにシフトする。図5Dに示されるように、ΔZ=2.5ミクロンによって特徴づけられる移行領域を有する光学部についてのMTFは、ΔZ=0を有する光学部について図5Aに示されるMTFと等しい。
【0039】
実際、MTFのパターンがすべての設計波長について繰り返される。例えば、設計波長が550nmであり且つ光学部がアクリソフ(登録商標)材料(2−フェニルエチルアクリレート及び2−フェニルエチルメタクリレートの架橋共重合体)から形成される一つの実施態様では、ΔZ=2.5ミクロンである。例えば図5Eに示されるΔZ=3.5ミクロンに対応するMTF曲線は、ΔZ=1.5について図5Bに示されるMTF曲線と等しく、図5Fに示されるΔZ=4ミクロンに対応するMTF曲線は、ΔZ=1.5ミクロンに対応する図5Cに示されるMTF曲線と等しい。上記の関係式(3)によって定義されるZauxについて、ΔZに対応する光路差(OPD)を以下の関係式
光路差(OPD)=(n2−n1)ΔZ 式(7)
によって定義することができる。ここで、
1は、光学部を形成する材料の屈折率を表し、
2は、光学部を取り囲む媒体の屈折率を表す。したがって、n2=1.552及びn1=1.336並びにΔZ=2.5ミクロンのとき、約550nmの設計波長について1λに相当するOPDが実現される。言い換えれば、図5A〜図5Fにおいて示される例示的なMTFのプロットは、1λのOPDに相当するΔZの変化量について繰り返される。
【0040】
本発明の教示に係る移行領域は、多様な方法で実現されることができ、関係式(4)によって定義される上記の例示的な領域に限定されない。さらに、移行領域は、いくつかの場合では滑らかに変化する表面部分を含むが、他の場合では1つ以上の段差によって互いに隔てられた複数の表面区域によって形成されることができる。
【0041】
図6は、前面28及び後面30を有する光学部26を含む本発明の別の実施態様に係るIOL24を概略的に示す。前の実施態様と同様に前面の輪郭が基本輪郭と補助輪郭との重ね合わせによって特徴づけられることができるが、この補助輪郭は、前の実施態様に関連して上述された補助輪郭とは異なる。
【0042】
図7に概略的に示されるように、上記のIOL24の前面28の輪郭(Zsag)は基本輪郭(Zbase)と補助輪郭(Zaux)との重ね合わせによって形成される。より詳細には、この実施例では、前面28の輪郭を上記の関係式(6)によって定義することができ、関係式(6)を以下に再現する。
sag=Zbase+Zaux
ここで、上記の関係式(2)に従って基本輪郭(Zbase)を定義することができる。しかし、補助輪郭(Zaux)は以下の関係式
【数10】


によって定義される。ここで、rは、レンズの光軸からの径方向距離を表し、パラメータr1a、r1b、r2a、r2bは図7に示されて以下のように定義される。
1aは、補助輪郭の移行領域のほぼ線形な第1部分の内側の径方向距離を表し、
1bは、線形な第1部分の外側の径方向距離を表し、
2aは、補助輪郭の移行領域のほぼ線形な第2部分の内側の径方向距離を表し、
2bは、線形な第2部分の外側の径方向距離を表し、
Δ1及びΔ2のそれぞれは、上記の関係式(8)に従って定義されることができる。
【0043】
続けて図7を参照すると、この実施態様では、補助輪郭Zauxは、平らな中央領域32と、平らな外側領域34と、2段の移行領域36とを含み、2段の移行領域36は中央領域と外側領域とを接続する。より詳細には、移行領域36は、線形に変化する部分36aを含み、部分36aは、中央領域32の径方向外側境界部から平らな領域36bまで延在する(部分36aは、径方向位置r1aから別の径方向位置r1bまで延在する)。次に、平らな領域36bは、径方向位置r1bから径方向位置r2aまで延在し、径方向位置r2aで、線形に変化する別の部分36cに接続する。部分36cは径方向位置r2bの外側領域34にかけて径方向外側に延在する。移行領域の線形に変化する部分36a及び36cは、同様の傾斜又は異なる傾斜を有することができる。多くの実施例では、2つの移行領域を横断して提供される全位相シフト量は、設計波長(例えば550nm)の非整数有理数である。
【0044】
曲率半径cを含むさまざまなパラメータを適切に選択することで、Zbaseについての上記の関係式(2)によって後面30の輪郭を定義することができる。前面の基本輪郭の曲率半径及び後面の曲率、並びにレンズを形成する材料の屈折率は、基準屈折力、例えば、約−15D〜約+50Dの範囲、約6D〜約34Dの範囲、又は約16D〜約25Dの範囲の屈折力をレンズに提供する。
【0045】
例示的なIOL24は多数の利点を提供することができる。例えば、IOL24は、近距離及び中間距離の機能的な視力を高めるのに寄与する2段の移行領域の光学的効果を用いて、小さいサイズの瞳孔について鮮明な遠方視力を提供することができる。さらに、多くの実施例において、IOLは大きなサイズの瞳孔について優れた遠方視視力特性を提供する。図8は、本発明の一つの実施態様に係る仮想光学部について計算された、異なるサイズの瞳孔におけるスルー・−フォーカスMTFのプロットを例示し、この仮想光学部は、前面、及び滑らかな凸状後面を有し、前面の輪郭は上記の関係式(2)によって定義され、前面の補助輪郭は上記の関係式(8)によって定義される。MTFのプロットは、550nmの波長を有する単色の入射放射について算出される。以下の表2A〜表2Cでは、この光学部の前面及び後面のパラメータが提供される。
【表2】

【0046】
MTFのプロットは、前面の中央部分の直径に等しい約2mmの瞳孔径について、光学部が、単焦点屈折力を提供し且つ約0.5Dの比較的小さい(半値全幅として定義される)焦点深度を示すことを表している。言い換えれば、この光学部は優れた遠方視力特性を提供する。瞳孔のサイズが約3mmまで大きくなると、スルー・フォーカスMTFにおいて移行領域の光学的効果が明確となる。特に、3mmのMTFは2mmのMTFよりも著しく広く、被写界深度が高められたことが示される。
【0047】
続けて図8を参照すると、瞳孔径がさらに約4mmまで大きくなると、入射光線は中央領域及び移行領域だけでなく前面の外側領域の部分にも衝突する。
【0048】
本発明のIOLを製造するのに多様な技術及び材料を用いることができる。例えば、本発明のIOLの光学部は多様な生体適合性ポリマー材料から形成されることができる。適切ないくつかの生体適合性材料は、柔軟なアクリルポリマー、ヒドロゲル、ポリメチルメタクリレート、ポリスルホン、ポリスチレン、セルロース、アセテートブチレート、又は他の生体適合性材料を含んで成るが、これらに限定されない。例えば、一つの実施態様では、光学部は、アクリソフとして一般に知られる柔軟なアクリルポリマー(2−フェニルエチルアクリレート及び2−フェニルエチルメタクリレートの架橋共重合体)から形成される。また、IOLの固定部材(触覚部)も適切な生体適合性材料(例えば上記のもの)から形成されることができる。いくつかの場合、IOLの光学部及び固定部材を一体的なユニットとして製造することができるが、別の場合、両者を別々に形成し且つ当該技術分野において公知の技術を利用して互いに接合することができる。
【0049】
IOLを製造するために、当該技術分野において公知の多様な製造技術(例えば鋳造)を利用することができる。いくつかの場合、IOLの前面及び後面に所望の輪郭を与えるために、2007年12月21日に「回折性円環状要素と回折性非球面要素とが組み合わせられたレンズ面(Lens Surface With Combined Diffractive, Toric and Aspheric Components)」という名称で出願され且つシリアル番号第11/963098を有する係属中の特許出願に開示される製造技術を用いることができる。
【0050】
別の態様では、眼の生来の調節力に応答して動的な調節を提供するための調節機構を用いる調節性眼内レンズ及び調節性眼内レンズ系であって、一定の偽調節を提供することができる移行領域を有する、上記の教示に係る少なくとも1つの光学面を含む調節性眼内レンズ及び調節性眼内レンズ系が本発明によって提供される。さらに、いくつかの場合、斯かる調節性レンズ(又は調節性レンズ系)の少なくとも1つの面は、非点収差を改善するために、好ましくは非点収差を補正するために、円環状の輪郭を示すことができる。“動的な調節”という表現は、本明細書では、患者の眼に挿入されたレンズ又はレンズ系が少なくとも1つのレンズの変位及び/又は変形を介して提供する調節について言及するのに用いられ、“偽調節”という用語は、少なくとも1つのレンズが、そのレンズによって示される瞳孔のサイズの関数として、焦点深度及び/又は有効屈折力のシフト(例えばそのレンズの1つ以上の面の光学的輪郭に起因する拡張された焦点深度)を介して提供する有効な調節について言及するのに用いられる。
【0051】
例えば、図9A及び図9Bは、光軸OAに沿って前後に配置された前方光学部40及び後方光学部42を含む、本発明の一つの実施態様に係る二重の光学部の調節性IOL38の一例を概略的に示す。この実施態様では、前方光学部40は正の屈折力を提供し、一方、後方光学部は負の屈折力を提供する。以下、さらに記述されるように、IOLが患者の眼に挿入されると、調節を提供するために光学部の合計屈折力を変化させるように、眼の生来の調節力に応答して2つの光学部の間の軸方向距離(光軸OAに沿った距離)は変化することができる。
【0052】
いくつかの場合、前方光学部が約+20D〜約+60Dの範囲の基準屈折力を提供し且つ後方光学部が約−26D〜約−2Dの範囲の屈折力を提供するように、光学部を形成する材料の屈折率と共に2つの光学部の表面の基本曲率が選択される。例えば、遠くの物体(例えば眼から約200cmよりも大きい距離にある物体)を見るためにIOLの合計基準屈折力が約6D〜約34Dの範囲になるように、各光学部の屈折力を選択することができる。2つの光学部の軸方向の間隔が最小のとき、この遠距離視力を実現することができる。眼の生来の調節力のおかげで光学部間の軸方向距離が大きくなるので、より近い距離の物体を見るために、IOL38の屈折力はIOLの屈折力変化が最大になるまで大きくなる。いくつかの場合、この屈折力変化の最大値は、2つの光学部の軸方向間隔の最大値に対応し、約0.5D〜約2.5Dの範囲にされることができる。
【0053】
この実施態様では、IOL38は調節機構44を含むことができ、調節機構44は、可撓リング46と、径方向に延在する複数の可撓部材48とを具備する。後方光学部42はリングに固定されて結合され、一方、以下で記述されるように、前方光学部は可撓部材48を介してリングに結合され、調節性を提供するために、可撓部材48は前方光学部を後方光学部に対して軸方向に移動させることができる。
【0054】
前方光学部及び後方光学部、並びに調節機構は任意の適切な生体適合性材料から形成されることができる。斯かる材料のいくつかの例は、ヒドロゲル、シリコーン、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、アクリソフとして知られるポリマー材料(2−フェニルエチルアクリレート及び2−フェニルエチルメタクリレートの架橋共重合体)を含むが、これらに限定されない。光学部及び調節機構は、いくつかの場合には同じ材料から形成されるが、他の場合には異なる材料から形成されることもできる。さらに、調節性IOLを製造するのに、当該技術分野において公知の多様な技術を用いることができる。
【0055】
使用中、リングが水晶体嚢と係合するように、IOL系38は、角膜内に作られる小切開部を通して患者の水晶体嚢に挿入されることができる。リングは、リング上の水晶体嚢によって及ぼされる径方向の調節力を可撓部材に伝え、順に可撓部材は前方光学部を後方光学部に対して軸方向に移動させ、このことによって、IOLの屈折力が調整される。
【0056】
より詳細には、遠くの物体を見るために(例えば眼から約200cmよりも大きい距離の物体を見るために眼が非調節状態にあるとき)、眼の毛様体筋は弛緩して毛様体輪の直径を拡大する。順に毛様体輪の拡大によって毛様体小帯は外側に移動し、このことによって水晶体嚢が平らにされる。水晶体嚢が平らにされることによって可撓部材に張力が及ぼされて前方光学部が後方光学部により近づき、このことによってIOLの屈折力が低下せしめられる。対照的に、近くの物体を見るために(すなわち眼が調節状態にあるとき)、毛様体筋は収縮して毛様体輪の直径を減少させる。直径のこの減少によって毛様体小帯上での径方向外向きの力が緩和されて、水晶体嚢が平らではなくなる。順に、調節機構は前方光学部を後方光学部から離れるように移動させ、この結果、IOL系の屈折力が増加せしめられる。
【0057】
図10A、図10B、及び図10Cを参照すると、前方光学部40は前面40a及び後面40bを含む。前面40aは、第1屈折領域(本明細書では内側屈折領域とも称される)IRと、第2屈折領域(本明細書では外側屈折領域とも称される)ORと、第1屈折領域と第2屈折領域との間の移行領域TRとを含む。以下、さらに記述されるように、上述された非調節の実施態様と同様、所定のサイズの瞳孔について前方光学部(したがってIOL38の前方光学部)の被写界深度を拡張し且つ前方光学部の屈折力をシフトさせるために、移行領域は設計波長(例えば550nm)について離散的な位相シフトを提供するように構成される。被写界深度のこの拡張は一定の偽調節を提供し、一定の偽調節は、調節機構44によって提供される動的な調節を増やすことができる。
【0058】
例えば、この実施態様では、前方光学部40の前面40aは、基本輪郭(Zbase)と補助輪郭(Zaux)との重ね合わせによって特徴づけられる輪郭(Zsag)を示す。すなわち、Zsag=Zbase+Zauxである。
【0059】
いくつかの実施態様では、前述された範囲内のさまざまなパラメータの値を用いて上記の関係式(2)及び(3)に従って基本輪郭を定義することができる。
【0060】
さらに、いくつかの場合、次に、ほぼ線形に変化する移行領域を介して接続される内側屈折領域及び外側屈折領域を含むように、上記の関係式(4)及び(5)によって補助輪郭を定義することができる。代替的に、線形に変化する2つの部分によって特徴づけられる移行領域であって、平らな領域がその2つの部分の間に延在する移行領域を含むように上記の関係式(8)によって補助輪郭を定義することができる。移行領域を横断した、入射光に与えられる位相シフトが必要な位相シフト量(例えば設計波長(例えば550nm)の非整数有理数に相当する位相シフト量)を提供する限り、補助輪郭が他の形状をとることもできることが理解されるべきである。
【0061】
詳細に上述されたように、前面の輪郭に関係した光学的効果(例えば補助輪郭の移行領域によって引き起こされる入射光波面における変化)によって焦点深度を拡張することができる。斯かる拡張された焦点深度は一定の偽調節を提供することができ、一定の偽調節は、IOLの調節機能を高めるために調節機構44によって提供される動的な調節を補完することができる。例えば、調節機構44は約0.5D〜約2.5Dの範囲の動的な調節を提供することができ、一方、前面の輪郭によって提供される偽調節は約+0.5D〜約+1.5Dの範囲にされることができる。例えば、調節性IOL38が偽水晶体眼に挿入されるいくつかの場合、IOLは約0.75Dの動的な調節及び約0.75Dの偽調節を示すことができる。動的な調節及び偽調節の組み合わせと、生来の眼それ自体によって示されるデフォーカス(例えば20/40の視力について1Dのデフォーカス)とによって、例えば2.5D(0.75D+0.75D+1D)又は40cmの対物距離における視力がもたらされる。斯かる視力によって、日常的の視覚的な仕事のほとんどをうまく行なうことが保証される。
【0062】
再び図10A〜図10Cを参照すると、いくつかの実施態様では、前方レンズ40の後面40bが円環状輪郭を示す。図11に概略的に示されるように、円環面42の斯かる輪郭は、面に沿った2つの直交方向(例えば方向A及びB)に対応した異なる曲率半径によって特徴づけられることができる。円環状輪郭は、IOLが挿入された眼の非点収差を改善することができ、好ましくは非点収差をなくすことができる。いくつかの場合、後面に関係した円環性は約0.75D〜約6Dの範囲の関連する円筒の屈折力にすることができる。
【0063】
いくつかの実施態様は上記のIOL38のような二重の光学部の調節性IOLよりもむしろ単一光学部の調節性IOLを含み、単一光学部の調節性IOLでは、IOLの焦点深度を拡張し且つ動的な調節を補完するように、入射光に離散的な位相シフトを与えるための移行領域を含む。加えて、いくつかの場合、その光学部の他方の面は円環状輪郭を示すことができる。例えば、図12A及び図12Bは、光学部46を含む、斯かる実施態様に係る例示的な調節性IOL44を描写し、光学部46は前面46a及び後面46b並びに光学部に結合された調節機構48を有し、調節機構48は眼の生来の調節力に応答して視軸に沿って光学部を移動させることができる。調節機構48と、調節機構48が光学部46に結合される態様とに関する詳細については、「調節性眼内レンズ(Accommodative Intraocular Lens)」という発明の名称の米国特許第7029497号明細書において更に知ることができ、この出願内容は参照によって本明細書の一部を構成する。
【0064】
続けて図12A及び図12Bを参照すると、前面46aは、基本輪郭、例えば上記の関係式(2)及び(3)によって定義されるような基本輪郭と、補助輪郭、例えば上記の関係式(4)及び(5)又は上記の関係式(8)によって定義された補助輪郭との重ね合わせとして定義されることができる輪郭を有することができる。前面の移行領域を横断した離散的な位相シフトは光学部の焦点深度を拡張することができるので、調節性機構48によって提供される動的な調節が補完される。
【0065】
本発明の範囲を逸脱することなくさまざまな変更が上記の実施態様に対してなされることが当業者によって理解されるであろう。例えば、レンズの1つ以上の面は湾曲した基本輪郭よりむしろ平らな基本輪郭を含むことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光軸に沿って前後に配置された少なくとも2つの光学部と、
該光学部の少なくとも1つに結合された調節機構であって、調節を提供するように、前記光学部が挿入される眼の調節力に応答して前記光学部の合計屈折力を調整するようになっている調節機構と
を具備する眼科用レンズであって、
前記光学部の少なくとも1つが、第1屈折領域と、第2屈折領域と、該第1屈折領域と該第2屈折領域との間の移行領域とによって特徴づけられる面を有し、
該移行領域を横断した光学的位相シフト量が設計波長の非整数有理数に相当する、眼科用レンズ。
【請求項2】
前記調節機構が、調節を提供するように、前記眼の調節力に応答して前記光学部の少なくとも1つを前記光軸に沿って移動させるようになっている、請求項1に記載の眼科用レンズ。
【請求項3】
前記光学部の一方が正の屈折力を提供し且つ前記光学部の他方が負の屈折力を提供する、請求項1に記載の眼科用レンズ。
【請求項4】
前記正の屈折力が約+20D〜約+60Dの範囲であり且つ前記負の屈折力が約−26D〜約−2Dの範囲である、請求項3に記載の眼科用レンズ。
【請求項5】
前記光学部の少なくとも1つが円環面を含む、請求項1に記載の眼科用レンズ。
【請求項6】
前記移行領域を有する前記面が以下の関係式
sag=Zbase+Zaux
によって定義される輪郭(Zsag)を有し、ここで、
sagが前記光軸からの径方向距離の関数として該光軸に対する前記面のサグを表し、Zbaseが該面の基本輪郭を表し、Zauxが以下の関係式
【数1】

によって表され、ここで、
1が前記移行領域の径方向内側境界部を表し、
2が前記移行領域の径方向外側境界部を表し、
Δが以下の関係式
【数2】

によって定義され、ここで、
1が、前記光学部を形成する材料の屈折率を表し、
2が、前記光学部を取り囲む媒体の屈折率を表し、
λが設計波長を表し、
αが非整数有理数を表す、請求項1に記載の眼科用レンズ。
【請求項7】
前記Zbaseが以下の関係式
【数3】

によって表され、ここで、
rが前記光軸からの径方向距離を表し、
cが前記面の基本曲率を表し、
kが円錐定数を表し、
2が二次の変形定数であり、
4が四次の変形定数であり、
6が六次の変形定数である、請求項6に記載の眼科用レンズ。
【請求項8】
前記基本曲率cが約0.0152mm-1〜約0.0659mm-1の範囲であり、前記円錐定数kが約−1162〜約−19の範囲であり、a2が約−0.00032mm-1〜約0.0mm-1の範囲であり、a4が約0.0mm-3〜約−0.000053(−5.3×10-5)mm-3の範囲であり、a6が約0.0mm-5〜約0.000153(1.53×10-4)mm-5の範囲である、請求項7に記載の眼科用レンズ。
【請求項9】
前記移行領域を有する前記面が以下の関係式
sag=Zbase+Zaux
によって定義される面輪郭(Zsag)を有し、ここで、
sagが前記光軸からの径方向距離の関数として前記光軸に対する前記面のサグを表し、Zbaseが以下の関係式
【数4】

によって表され、ここで、
rが前記光軸からの径方向距離を表し、
cが前記面の基本曲率を表し、
kが円錐定数を表し、
2が二次の変形定数であり、
4が四次の変形定数であり、
6が六次の変形定数であり、補助輪郭(Zaux)が以下の関係式
【数5】

によって表され、ここで
rが前記レンズの光軸からの径方向距離を表し、
1aが前記補助輪郭の移行領域のほぼ線形な第1部分の内側半径を表し、
1bが前記線形な第1部分の外側半径を表し、
2aが前記補助輪郭の移行領域のほぼ線形な第2部分の内側半径を表し、
2bが前記線形な第2部分の外側半径を表し、
Δ1及びΔ2のそれぞれが以下の関係式
【数6】

に従って定義されることができ、ここで、
1が、前記光学部を形成する材料の屈折率を表し、
2が、前記光学部を取り囲む媒体の屈折率を表し、
λが設計波長を表し、
α1が非整数有理数を表し、
α2が非整数有理数を表す、請求項1に記載の眼科用レンズ。
【請求項10】
前記調節機構が、
水晶体嚢に定置させるためのリングと、
前記光学部の少なくとも1つに前記リングを結合させる複数の可撓部材と
を具備し、
前記水晶体嚢によって前記リングに及ぼされる調節力に応答して、該リングによって前記可撓部材が前記少なくとも1つの光学部を前記光軸に沿って移動させるようになっている、請求項1に記載の眼科用レンズ。
【請求項11】
前記調節機構が約0.5D〜約2.5Dの範囲の動的な調節を提供するようになっている、請求項1に記載のレンズ。
【請求項12】
前記移行領域が前記レンズの焦点深度を少なくとも約0.5Dだけ拡張するようになっている、請求項11に記載のレンズ。
【請求項13】
患者の眼の水晶体嚢に定置されるようになっている光学系であって、複数のレンズを具備する光学系と、
調節を提供するように、前記眼の生来の調節力に応答して前記光学系の屈折力を変化させるべく該光学系に結合された調節機構と
を具備する眼内レンズ系であって、
前記光学系が、第1屈折領域、第2屈折領域、及び該第1屈折領域と該第2屈折領域との間の移行領域を有する少なくとも1つの面と、少なくとも1つの円環面とを有し、
前記移行領域を横断した、入射光の光学的位相シフト量が設計波長の非整数有理数に相当するように前記移行領域が構成される、眼内レンズ系。
【請求項14】
前記設計波長が約550nmである、請求項13に記載の眼内レンズ系。
【請求項15】
前記レンズの少なくとも1つが正の屈折力を提供し且つ前記レンズの少なくとも別の1つが負の屈折力を提供する、請求項13に記載の眼内レンズ系。
【請求項16】
前記調節機構が約0.5D〜約2.5Dの範囲の動的な調節を提供するようになっている、請求項13に記載の眼内レンズ系。
【請求項17】
前記移行領域が、約2.5mm〜約3.5mmの範囲のサイズの瞳孔について、約0.5D〜約1.25Dの範囲の値だけ前記レンズ系の焦点深度を拡張する、請求項16に記載の眼内レンズ系。
【請求項18】
前記調節機構が、調節を提供するように、前記光学系の2つのレンズを相対的に軸線方向に移動させる、請求項13に記載の眼内レンズ系。
【請求項19】
眼内レンズであって、
前面及び後面を有する光学部と、
調節を提供するように、前記レンズが挿入された眼の生来の調節力に応答して視軸に沿って前記光学部を移動させるべく該光学部に結合された調節機構と
を具備し、
前記面の少なくとも1つが、第1屈折領域、第2屈折領域、及び該第1屈折領域と該第2屈折領域との間の移行領域を含み、
前記移行領域を横断した、設計波長を有する入射光の光学的位相シフト量が前記設計波長の非整数有理数に相当する、眼内レンズ。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図5F】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9A】
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【図9B】
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【図10A】
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【図10B】
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【図10C】
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【図11】
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【図12A】
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【図12B】
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【公表番号】特表2011−528272(P2011−528272A)
【公表日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−518888(P2011−518888)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【国際出願番号】PCT/US2009/050735
【国際公開番号】WO2010/009257
【国際公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(501449322)アルコン,インコーポレイティド (140)
【Fターム(参考)】