説明

円筒状工具計測用治具およびこれを備えた形状精度計測機器

【課題】ローラーを用いた円筒状工具計測用治具において、被計測物を回転方向に係らず安定して回転させる。
【解決手段】被計測物の円筒側面の少なくとも二箇所を保持する手段と、被計測物の底面の位置を決める手段と、被計測物の回転軸と平行な回転軸を有する回転機構に取り付けられた該被計測物を回転させるためのローラーとを備えた治具において、ローラーが弾性体からなり、かつその形状が、被計測物の計測部分側のローラー径よりも計測部分とは反対側のローラー径が大きい円錐台形とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドリルやエンドミルなど、円筒状の保持部を備えた切削工具(このような工具を一般に「円筒状工具」と称する)の刃先検査、刃径測定、円心度測定、若しくは円筒度の測定などをおこなうための治具、およびこの治具が組み込まれた形状精度計測機器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ドリルやエンドミルなどの円筒状工具の刃先検査や刃径測定などを精度良くおこなうためには、被測定物を、その軸心を中心に安定させた状態で回転をさせる必要がある。
【0003】
従来の形状精度計測機器においては、被計測物を回転させるために次のような方式が用いられてきた。すなわち、(1)回転駆動力を備えたコレットチャックなどにより被計測物を保持するための円筒側面部(切削工具の場合は、一般に「シャンク」と称される部分であり、本明細書においては、この「被計測物を保持するための円筒側面部」を以下「シャンク」と表記する。)を固定し、被計測物を回転させる方法(例:特許文献1)、(2)シャンクをV字形の治具の上、若しくはベアリングの上に配置したうえ、軸心が被計測物の回転軸と平行となるような回転機構を持つローラーをシャンクと面接触させることで、ローラーとシャンクの摩擦力で被計測物を回転させる方法である。
【特許文献1】特開昭62−172206号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図4は、前記(1)の方式を示す側面図である。この方式では、被計測物1のシャンク1aを、回転駆動力を備えたコレットチャック2が保持し、該コレットチャックの回転により被計測物1が回転する。
【0005】
このようなコレットチャックを用いた方式は、回転の安定性、すなわち、駆動源の回転力をロスすることなく伝達し、また、回転時に被計測物の振れがないという点では優れた方法である。しかしその一方で、(イ)回転駆動力を備えたコレットチャックの構造そのものが複雑であり、その結果、勢い高価となること、(ロ)被計測物の脱着とその後の調整に煩雑な手間が掛かること、さらに、(ハ)多種多様な被測定物に対応するためには種類の異なるコレットチャックを準備し、交換する必要があることなどの問題点がある。本発明が属する計測技術という分野は、基本的に非生産的な性格を帯びているものであり、その実用化に向けてコストの低減という課題を十分に考慮しなければならないという点に鑑みると、これら大きな経済的課題を本質的に回避できないこの方式は、検査や測定を目的とした分野への適用には適さない。
【0006】
図5は、前記(2)の方法、すなわち、ローラーを用いた従来技術に係る円筒状工具計測用治具に、被計測物1を設置した状態を示す正面図(a)と側面図(b)である。被計測物1のシャンク1aは、それを保持する手段であるV字形の治具3の上に配置され、軸心が被計測物の回転軸と平行となるような回転機構(図示外)を持つローラー4の回転軸Xaと平行な面4aをシャンク1aの任意の箇所で面接触させる。そして、ローラーが回転すると、面4aとシャンク1aの間で発生する摩擦力で被計測物も回転するという仕組みである。
【0007】
このようなローラーを用いた方式は、構造が単純で安価に製造することができるため、検査や測定を目的とした分野に好適である。しかし、従来の技術では、ローラーの回転軸と被計測物の回転軸とを完全に平行になるようにしなければ、被計測物は、前記シャンクの保持手段の上で安定せず、シャンク底面1cまたは被計測部分1bいずれかの回転軸方向に移動してしまうという課題があった。
【0008】
図6および図7は、ローラーを用いた従来技術の課題を説明するための正面図(a)、上面図(b)および被測定物に作用する力の方向を示す模式図(c)である。
【0009】
例えば、ローラーの回転軸Xa、回転方向Drおよび被計測物の回転軸Xbが図6(a)および(b)に示すような関係になった場合、被計測物1にはシャンク底面1cの方向に移動する。これは、図6(c)の模式図に示すように、ローラーの面とシャンクとの間の摩擦により発生する駆動力Fが、被計測物の回転軸Xbと垂直な方向の成分Ft、すなわち被計測物1を回転させるトルク力だけでなく、回転軸Xbと平行で、かつ被計測物1のシャンク底面1cの方向に働くスラスト力Fsも含むためである。
【0010】
逆に、ローラーの回転軸Xa、回転方向Drおよび被計測物の回転軸Xbが図7(a)および(b)に示すような関係になった場合には、被計測物1には被計測部分1bの方向に移動する。これは図6で説明した場合とは逆に、図7(c)に示すように、被計測物1を回転させる駆動力Fが、回転軸Xbと平行で、かつ被計測物1の被計測部分1bの方向に働くスラスト力Fsを含むためである。
【0011】
なお、図6の場合でローラーの回転方向だけを逆にすれば、被計測物に働くスラスト力は、図7の場合と同方向になり、逆に、図7の場合でローラーの回転方向だけを逆にすれば、被計測物に働くスラスト力は、図6の場合と同方向になる。
【0012】
このようなことから、ローラーを用いた方式における従来技術では、この被計測物に働くスラスト力を逆に利用することで、被計測物の安定した回転を得る方法が採用されてきた。
【0013】
例えば、図8に示すように、ローラーの回転軸Xa、回転方向Drおよび被計測物の回転軸Xbが図6(a)および(b)に示すような関係になるように恣意的に調整し、かつ、被計測物1のシャンク底面1cをその位置を決めるためのピン5に押し当てるという手法である。この手法では、図6で説明した通り、被計測物1が回転するときに、被計測物1にシャンク底面1cの方向に移動させようとするスラスト力が働き、シャンク1の底面1cが常にピン5に接触するため、安定した回転を得ることができる。
【0014】
しかし、この方法では、ローラーの回転方向を逆にすれば、被計測物に働くスラスト力も逆になるため、その場合、被計測物がピンから離れてしまうという致命的な欠点があった。これでは、正転と反転を繰り返すという操作が全くできず、例えば、ドリルやエンドミルなどの切削工具の刃先検査や刃径測定を精度良く、かつ効率的におこなうことが不可能であった。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者は、上記課題、すなわち、ローラーを用いた方式において、ローラーの回転方向に係らず被計測物を安定して回転させるという課題について試行錯誤を積み重ね、その成果として次のような画期的な技術を開発した。すなわち、本発明による円筒状工具計測用治具は、円筒状工具の形状精度計測機器に用いられる治具であって、被計測物の円筒側面の少なくとも二箇所を保持する手段と、被計測物の底面の位置を決める手段と、被計測物の回転軸と平行な回転軸を有する回転手段に取り付けられた該被計測物を回転させるためのローラーとを備えた治具において、ローラーが弾性体からなり、かつその形状が、被計測物の計測部分側のローラー径よりも計測部分とは反対側のローラー径が大きい円錐台形を有していることを特徴とするものである。
【0016】
さらに、ローラーを構成する弾性体はゴムであることが望ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の構成を採用することにより、従来、ローラーを用いた方式では不可能であった、ローラーの回転方向に係らず被計測物を安定して回転させることが可能となり、その結果、円筒状工具の刃先検査や刃径測定などを精度良く、かつ効率的におこなうことができる。例えば、画像認識などを用い、刃先先端を検出する場合において、被計測物を高速で回転させ、先端位置を検出したあと、低速で反転することにより正確な位置を検出するといった精密な測定をすることがが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
【0019】
(第一実施形態)
図1は、本発明の第一実施形態に係る治具に、被計測物1を設置した状態を示す正面図(a)と側面図(b)である。基本的な構成は、図5に示したものと同じである。すなわち、本発明は、被計測物1のシャンク1aを保持する手段である治具3と、被計測物1の回転軸Xbと平行な回転軸Xaを持つ回転手段(図示外)と、この回転手段に取り付けられ、被計測物1のシャンク1aの任意の箇所で面接触することにより被計測物1を回転させるローラー4と、被計測物のシャンク底面1cの位置を決める手段であるピン5を備えている。
【0020】
本発明では、ローラー4が弾性体からなり、かつその形状が、被計測部分1bの側のローラー径よりも、シャンク底面1cの側のローラー径が大きい円錐台形を有している。
【0021】
ローラー4を構成する弾性体は、被計測物に直接接し、これを回転させるものであり、被計測物の保護の観点から、ゴムあるいはゴム類似物質であることが望ましい。具体的には、ゴム状弾性を示す合成高分子物質が好適であり、スチレンーブタジエンゴム、ブタジエンゴム、ブチルゴム、エチレンープロピレンゴム、ニトリルゴム、クロロプレンゴム、フッ素ゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴムなどが挙げられる。
【0022】
ローラー4の形状は、被計測部分1bの側のローラー径よりも、シャンク底面1cの側のローラー径が大きい円錐台形とすることにより、ローラー4の回転で被計測物1を回転させる際、ローラーの回転方向に係らず、被計測物に対して常にシャンク底面1cの方向へのスラスト力を付与することができる。
【0023】
図2は、本発明の治具に係るローラーの作用を模式的に示す側面図(a)と上面図(b)および上面図(c)である。図2(a)で示すように、シャンク1aに押し当てられたローラー4は、その弾性により変形するが、この際、被計測物1を回転させるトルク力Ftについては、ローラー径が大きい部分側、つまりシャンク底面1cの側の方が、ローラー径が小さい側、つまり被計測部分1bの側よりも大きくなるため、被計測物1にかかる駆動力Fはトルク力Ftの方向と一致せず、被計測物1には、より大きいトルク力のかかる方向であるシャンク底面1cの方向へのスラスト力Fsが働くと考えられる(図2(b))。また、回転方向が逆になった場合でも、被計測物1にかかる駆動力F’は、被計測物1の回転軸Xbと左右対称の方向になるだけであるため、被計測物1にかかるスラスト力Fsの方向は変わることがない(図2(c))。
【0024】
このように、被計測物を回転させる際に、常にシャンク底面の方向へのスラスト力を付与するためには、被計測部分側のローラー径よりも、シャンク底面側のローラー径が大きい円錐台形状にすることが最も簡便な手段であるが、前記説明で理解できるように、要するに、被計測部分側からシャンク底面側に向かってローラーの径が連続的に増大していれば同様の効果が得られる。つまり、ローラーの大径部と小径部は必ずしも直線的に変化している必要はなく、曲線的に凹状または凸状に変化し、その結果、幾何学用語としての円錐台形という定義を厳密に満足していなくても構わない。
【0025】
ローラーの幅、大径及び小径の具体的な数値は、適宜設計に委ねられるが、具体的な設計指針の一例を次に挙げる。
【0026】
すなわち、本発明において、ローラーの回転軸と被計測物の回転軸とが厳密に平行にならず、ローラーの回転軸Xa、回転方向Drおよび被計測物の回転軸Xbが前記図7(a)および(b)に示すような関係になった場合には、前述の通り、被計測物1には被計測部分1bの方向に移動させようとするスラスト力が働く。このスラスト力は、ローラーと被計測物のそれぞれの回転軸のズレ量により影響されるが、一方で本発明では、ローラーの被計測部分側の径とシャンク底面側の径の差により、シャンクの方向へのスラスト力の大きさが変化するため、両径の大きさは、予測される前記ローラーと被計測物のそれぞれの回転軸のズレ量を鑑みて適宜決定すればよい。
【0027】
例えば、本願発明者が設計した治具は、シャンク径が直径4乃至20mmの工具が計測できる仕様であり、ローラーは幅3mm、大径が22mm、小径が20mmである。これらの具体的な数値は、前述の通り適宜設計することができるが、製作の簡易性なども考慮すれば、幅1乃至5mm、大径10乃至30mm、小径は大径の1乃至3mm小さくすることが推奨される。
【0028】
本発明においては、ローラーの回転で被計測物を回転させる際、その回転方向に係らず、被計測物に対して常にシャンク方向へのスラスト力が付与される。そこで、被計測物のシャンク底面の位置を決める手段であるピンを配置し、シャンク底面が常にピンに接触するようにすることで、安定した回転を得ることができる。なお、この位置決め手段はピンに限られず、例えば板状の部材であっても構わないが、シャンク底面との接触面積が大きくなりすぎると摩擦力による回転力のロスが発生するため、被計測物の径などに鑑み、先端が球状のピンを用いることなどの手段を適宜採用することができる。
【0029】
また、本発明の治具を計測機器内に設置する方法として、被計測物を水平に配置する方法ではなく、これを垂直に設置する場合では、被計測物の自重による落下を防ぐため、これをシャンク底面で受ける必要があり、そのためのピンまたは板状の部材がシャンク底面の位置を決める手段を兼ねることとなる。この場合、ピンまたは板状の部材には被計測物が回転する際に発生するスラスト力に被計測物の自重も加わるため、被計測物を水平に配置した場合よりもシャンク底面との摩擦力が大きくなる。このため、この位置決め手段については、被計測物の径や重量などに鑑み、前記先端が球状のピンを用いるなどに加え、ピンをベアリングなどで保持することで被計測物とともに回転させる構造にするなどの手段を適宜採用することができる。
【0030】
(第二実施形態)
図3は、本発明の第二実施形態に係る治具に、被計測物1とピン5を設置した状態を示す正面図(a)と側面図(b)である。このように、被計測物1のシャンク1aを保持する手段としては、前記治具3に示すようなV字型の治具の代わりに、ベアリング6の上に配置される態様であっても構わない。
【0031】
なお、被計測物1のシャンク1aの保持は、少なくとも二箇所であればよいが、これが三箇所以上になっても構わない。
【0032】
また、ローラー4を取り付ける回転手段については、特に指定するものではなく、例えば、公知のモーターなど手動、自動に係らず、任意の公知技術を適宜採用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の第一実施形態に係る治具に、被計測物とピンを設置した状態を示す正面図(a)と側面図(b)である。
【図2】本発明の治具に係るローラーの作用を模式的に示す側面図(a)と上面図(b)および上面図(c)である。
【図3】本発明の第二実施形態に係る治具に、被計測物とピンを設置した状態を示す正面図(a)と側面図(b)である。
【図4】コレットチャックを用いた従来技術に係る円筒状工具計測用治具の側面図である。
【図5】ローラーを用いた従来技術に係る円筒状工具計測用治具に、被計測物を設置した状態を示す正面図(a)と側面図(b)である。
【図6】ローラーを用いた従来技術の課題を説明するための正面図(a)、上面図(b)および被測定物に作用する力の方向を示す模式図(c)である。
【図7】ローラーを用いた従来技術の課題を説明するための正面図(a)、上面図(b)および被測定物に作用する力の方向を示す模式図(c)である。
【図8】ローラーを用いた従来技術に係る円筒状工具計測用治具に、被計測物とピンを設置した状態を示す正面図(a)と上面図(b)である。
【符号の説明】
1 被計測物
1a 被計測物の保持部(シャンク)
1b 被計測物の被計測部分
1c 被計測物のシャンク底面
3 被計測物の保持治具(V字治具)
4 ローラー
5 シャンク底面位置決めピン
6 被計測物の保持治具(ベアリング)
Xa ローラーの回転軸
Xb 被計測物の回転軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状工具の形状精度計測機器に用いられる治具であって、被計測物の円筒側面の少なくとも二箇所を保持する手段と、被計測物の底面の位置を決める手段と、被計測物の回転軸と平行な回転軸を有する回転機構に取り付けられた該被計測物を回転させるためのローラーとを備えた治具において、前記ローラーが弾性体からなり、かつその形状が、被計測物の計測部分側のローラー径よりも計測部分とは反対側のローラー径が大きい円錐台形を有していることを特徴とする円筒状工具計測用治具。
【請求項2】
ローラーを構成する弾性体が、ゴムであることを特徴とする請求項1の円筒状工具計測用治具。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかの円筒状工具計測用治具を備えた形状精度計測機器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−261877(P2008−261877A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【公開請求】
【出願番号】特願2008−157197(P2008−157197)
【出願日】平成20年5月20日(2008.5.20)
【出願人】(508180426)株式会社ヤスヒラ (3)
【Fターム(参考)】