説明

冷間金型用鋼および金型

【課題】硬度が高く、熱処理後の変寸抑制性に優れるといった求められる基本特性を備えた上に、経時後の寸法変化も抑制することができる冷間金型用鋼と、その冷間金型用鋼を用いて得られる金型を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.20〜0.60%、Cr:3.0〜9.0%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.1〜2.0%、Al:0.3〜2.0%、Cu:1.0〜5.0%、Ni:1.0〜5.0%、Mo+0.5×W:0.5〜3.0%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.5%、P:0.05%以下(0%を含まない)、S:0.10%以下(0%を含まない)、
を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物であって、且つ、[C]×[Cr]≦3.0、[Cu]/[C]=4.0〜15.0、[V]+[Ti]≦0.5%という各要件を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用鋼板や家電用鋼板などを、冷間等でプレス成形(打ち抜き、曲げ、絞り、トリミングなど)する際に用いられる冷間プレス用金型の素材として有用な冷間金型用鋼と、その冷間金型用鋼を用いて得られる金型に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用鋼板や家電用鋼板などのプレス成形に用いられる冷間プレス用金型は、鋼板の高強度化に伴い、その寿命の改善が求められている。特に自動車用鋼板では、環境問題が考慮され、自動車の燃費を向上するために、引っ張り強度が590MPa以上のハイテン鋼板が採用されることが多くなってきており、今後その需要が益々高くなることが予想されている。
【0003】
そのハイテン鋼板をプレス成形するにあたり、表面処理を施された冷間プレス用金型の表面皮膜が、早期に損傷することで、型カジリやカジリと呼ばれるプレス成形時に焼きつく現象が発生し、冷間プレス用金型の金型寿命が極端に短くなるといった問題の発生が増加している。
【0004】
冷間プレス用金型は、母材となる冷間金型用鋼の表面に硬質皮膜処理を施すことで製造される。母材となる冷間金型用鋼は、一般に、焼鈍→切削加工→焼入焼戻処理という工程を経て製造される。
【0005】
冷間金型用鋼として、従来から、JIS SKD11などの高C高Crの合金工具鋼や、更に耐摩耗性が改善されたJIS SKH51などの高速度工具鋼が汎用されている。これらの工具鋼では、Cr系炭化物やMo、W、V系炭化物の析出硬化により硬度の向上を図っている。更には、JIS SKH51が含有するC、Mo、W、Vなどの合金元素を低減することで、靭性、耐摩耗性の両方を向上させたマトリックスハイスと呼ばれる低合金高速度工具鋼も、冷間金型用鋼に使用されている。
【0006】
また、これら冷間金型用鋼の更なる特性の改善を図った技術として特許文献1〜6に記載の技術が提案されている。
【0007】
特許文献1は、マトリックスハイスの硬さを更に向上させるために提案された技術であり、Nbおよび/またはTaを多量に含有させ、高温焼入れした場合の結晶粒の粗大化を抑制することにより、高温焼入れを可能とし、高硬度化、すなわち耐摩耗性の向上を図る方法が開示されている。
【0008】
特許文献2には、被削性や耐摩耗性といった必要特性を阻害せずに、優れた変寸抑制特性と高硬度特性、耐カジリ性を得ることを目的として、適正量のNiやAlを添加し、それに応じた適正量のCuを添加すると共に、更にC及びCrの含有量を調整して組織中の炭化物分布を微細に分散した冷間ダイス鋼が開示されている。
【0009】
また、特許文献3には、従来のマトリックスハイスより焼き入れ温度を低くしても、熱処理後の硬さ、靭性などの特性が従来のマトリックスハイスと同程度の特性が得られることを目的として、焼き戻し状態でM23型炭化物が2〜5vol%生成する組織を有し、かつMC型炭化物及びMC型炭化物の少なくともいずれかが分散析出した焼入焼戻組織を有する合金工具鋼が開示されている。
【0010】
更には、特許文献4には、金型製造コストの低減を目的として、従来のように切削加工を行ってから焼入焼戻処理を行うのではなく、焼入焼戻状態から切削加工を行う技術が開示されている。具体的には、高硬度でも良好な被削性を発揮でき、冷間で打抜き加工が可能な鋼として、特に、C、Si、およびSの含有量が適切に制御されたプリーハードン鋼が開示されている。しかしながら、プリーハードン鋼を用いた金型の寿命は短く、実用化に至っていないのが現状である。
【0011】
また、本出願人らは、高硬度化や熱処理後の変寸抑制性に優れるほか、溶接補修性にも優れた冷間金型用鋼、および金型として特許文献5に記載の発明を提案している。更には、適切な条件で溶体化処理および時効処理を行うことで、特許文献5に記載の技術を更に改良した特許文献6に記載の発明も提案している。これらの技術を採用することで、高硬度で、しかも熱処理直後の変寸抑制性に優れた冷間金型用鋼を得ることができる。
【0012】
しかしながら、これら特許文献5、6記載の発明は、変寸の経時変化について考慮した発明ではない。また、これら特許文献5、6に記載された各実施例全ての冷間金型用鋼を用いて冷間プレス用金型を作製しても、経時後の寸法変化を確実に抑制することはできず、これら特許文献5、6には、経時後の寸法変化に対応できる実施例は記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平10−330894号公報
【特許文献2】特開2006−169624号公報
【特許文献3】特開2004−169177号公報
【特許文献4】特開2002−241894号公報
【特許文献5】特開2008−121031号公報
【特許文献6】特開2008−208436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、これら従来の実情を鑑みてなされたもので、硬度が高く、熱処理後の変寸抑制性に優れるといった求められる基本特性を備えた上に、経時後の寸法変化も抑制することができる冷間金型用鋼と、その冷間金型用鋼を用いて得られる金型を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1記載の発明は、質量%で、C:0.20〜0.60%、Cr:3.0〜9.0%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.1〜2.0%、Al:0.3〜2.0%、Cu:1.0〜5.0%、Ni:1.0〜5.0%、Mo+0.5×W:0.5〜3.0%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.5%、P:0.05%以下(0%を含まない)、S:0.10%以下(0%を含まない)、を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物であって、且つ、[C]×[Cr]≦3.0、[Cu]/[C]=4.0〜15.0、[V]+[Ti]≦0.52%という各要件を満足することを特徴とする冷間金型用鋼である。
但し、上式で[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0016】
請求項2記載の発明は、更に、質量%で、Coを10%以下(0%を含まない)含有することを特徴とする請求項1記載の冷間金型用鋼である。
【0017】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の冷間金型用鋼を用いて得られた金型である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の冷間金型用鋼および金型によると、硬度が高く、熱処理後の変寸抑制性に優れるといった求められる基本特性を備えた上に、経時後の寸法変化も抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0020】
本発明者らは、冷間金型用鋼に要求される基本特性のなかでも、硬度が高く、熱処理後の変寸抑制性に優れた冷間金型用鋼を提供するために、鋭意、検討、探求を重ねた結果、鋼中成分を適切に制御することで、初期の目的が達成されることを見出し、特許文献5に記載された発明について出願を行った。
【0021】
更に、熱処理後の変寸抑制性を一層改善するために、その後も、鋭意、検討、探求を重ねた結果、上記鋼中成分の鋼を用い、適切な条件で溶体化処理および時効処理を行うことで、熱処理後の変寸抑制性が一層改善できることを見出し、前記した特許文献6に記載された発明について出願を行った。
【0022】
これらの冷間金型用鋼、並びにその製造方法を用いて作製した冷間プレス用金型を使用したところ、熱処理直後の変寸は抑制されているため、初期は全く問題なく使用できたのであったが、使用を重ね、時間が経過するに伴い、徐々に寸法変化が発生することが分かった。
【0023】
従って、発明者らは更に検討、探求を重ねることとした。その結果、固溶したTi、V、Cが、変寸の経時変化に影響を及ぼすことを見出し、本発明の完成に至った。
【0024】
この現象について以下に詳しく説明する。残留オーステナイトはマルテンサイトに時間経過と共に変態していくが、その変態に伴い変寸の経時変化が発生する。すなわち、時間経過(温度の上昇、低下)と共に、熱処理後の残留応力が作用することで、残留オーステナイト中のCが周りのマトリックスに僅かながら拡散するため、残留オーステナイトの変態点が僅かに変動して、残留オーステナイトがマルテンサイトに変態する。しかしながら、ここでTiとVが複合添加された場合には、Cの拡散が抑制されるため、その結果、残留オーステナイトがマルテンサイトに変態せず変寸の経時変化が抑制できると考えられる。
【0025】
また、TiとVが複合添加されることで、焼入れ時の旧オーステナイト粒が微細になり、残留オーステナイトも微細化する。微細化した残留オーステナイトはマルテンサイトに変態しにくくなり、その結果、残留オーステナイトがマルテンサイトに変態せず、変寸の経時変化も低減すると考えられる。
【0026】
変寸の経時変化を抑制するために安定化処理をすることが従来から行われているが、この安定化処理も生産性を阻害すると共に、変寸のバラツキ要因となるため、1度の熱処理で経時変化を抑制させることができる点に本発明の特徴がある。尚、本発明の冷間金型用鋼に、安定化処理(200〜500℃×1〜6hr)をすることで、更に変寸の経時変化を抑制できる場合もある。
【0027】
尚、本明細書において、「硬度が高い」とは、後述する実施例の欄に記載の方法で冷間金型用鋼の最大硬さを測定したとき、最大硬さが650HV以上のものを意味する。
【0028】
また、本明細書において、「熱処理後の変寸」とは、時効処理後の厚さ、幅、長さを夫々測定したときの、それらの平均値と、最大値と最小値の差の両方で評価している。説明の便宜上、本明細書では、前者を「平均変寸率」、後者を「最大変寸率」と述べる。「熱処理後の変寸抑制性に優れる」とは、後述する実施例の欄に記載の方法で熱処理前後の寸法変化を測定したとき、「平均変寸率」が±0.03%の範囲内であり、且つ、「最大変寸率」が0.05%以下であるものを意味する。
【0029】
更には、本明細書において、「変寸の経時変化」とは、熱処理後、5日間大気中に放置した際の厚さ、幅、長さを夫々測定したときの、変寸の最大値で評価している。「経時後の寸法変化を抑制することができる」とは、後述する実施例の欄に記載の方法で経時変化前後の寸法変化を測定したとき、「変寸の経時変化」が0.05%以下であるものを意味する。
【0030】
以下、本発明の冷間金型用鋼中の化学成分の含有量の範囲限定理由について、元素毎に詳細に説明する。尚、本明細書中に記載する%は全て質量%を示す。
【0031】
C:0.20〜0.60%
Cは、硬さ及び耐摩耗性を確保するために必要な元素である。また、金型母材の表面に、TD処理によるVC皮膜や、CVD処理によるTiC皮膜といった炭化物皮膜を形成する場合、Cの含有量が少ないと皮膜の厚さが薄くなるなどの問題もある。これらを勘案し、上記作用を有効に発揮させるためにCの含有量の下限を0.20%とした。また、その下限は0.22%であることがより好ましい。但し、Cの含有量が過剰であると、残留オーステナイトが増加し、高温で時効処理を行わないと所望の硬さが得られないほか、時効処理後に膨張するなどして変寸が大きくなる。よって、Cの含有量の上限を0.60%とした。また、その上限は0.55%であることが好ましく、0.50%であることがより好まくしい。
【0032】
Cr:3.0〜9.0%
Crは、所定の硬さを確保するために有用な元素である。詳しくは、Crの含有量が少な過ぎると、焼入性が不足してベイナイトが一部生成するため、硬さが低下し、耐摩耗性を確保することができない。そこでCrの含有量の下限を3.0%とした。また、その下限は3.5%であることが好ましく、4.0%であることがより好ましい。但し、その含有量が過剰であると、粗大なCr系炭化物が多量に生成し、熱処理後の収縮によって硬質皮膜の耐久性が低下する。そこで、Crの含有量の上限を9.0%とした。また、その上限は7.0%であることが好ましく、6.5%であることより好ましく、6.0%であることが更に好ましい。
【0033】
Si:0.5〜2.0%
Siは、製鋼時の脱酸元素として有用であり、硬さの向上と被削性確保に寄与する元素である。また、Siはマトリックスのマルテンサイトの焼戻し軟化を抑える。このような作用を有効に発揮するため、Siの含有量の下限を0.5%とした。その含有量は、好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.2%以上である。但し、その含有量が過剰であると、偏析が大きくなり、熱処理後の変寸が大きくなるほか、靭性も低下するようになる。よってSiの含有量の上限を2.0%とした。その含有量は、好ましくは1.85%以下である。
【0034】
Mn:0.1〜2.0%
Mnは、焼入性確保に有用な元素である。しかし、その含有量が過剰であると、残留オーステナイトが増加するため、高温で時効処理を行わないと所望の硬さが得られなくなる。これらを勘案して、Mnの含有量を0.1〜2.0%の範囲に定めた。Mnの含有量の下限は、好ましくは0.15%であり、その上限は、好ましくは1.0%、より好ましくは0.5%、更に好ましくは0.35%である。
【0035】
Al:0.3〜2.0%
Alは、NiAlなどのAl−Ni系金属間化合物の析出強化による硬さ向上を図るために必要な元素であり、脱酸剤としても有用な元素である。これらを勘案して、Alの含有量の下限を0.3%とした。Alの含有量の下限は0.5%であることが好ましく、0.7%であることがより好ましい。但し、過剰に添加すると、偏析が大きくなり、熱処理後の寸法変化、特に最大変寸率が大きくなるほか、靭性の低下を招くため、その上限を2.0%とした。Alの含有量の上限は1.8%であることが好ましく、1.6%であることがより好ましい。
【0036】
Cu:1.0〜5.0%
Cuは、ε−Cuの析出強化による硬さ向上を図るために必要な元素である。但し、その含有量が過剰であると、鍛造割れが発生し易くなる。そこでCuの含有量の上限を5.0%とした。また、その上限は4.0%であることが好ましい。また、Cuの含有量の下限は1.0%である。また、その下限は2.0%であることが好ましい。
【0037】
Ni:1.0〜5.0%
Niは、NiAlなどのAl−Ni系金属間化合物の析出強化による硬さ向上を図るために必要な元素である。また、NiはCuと併用することにより、Cuの過剰添加による熱間脆性を抑制し、鍛造時の割れを防止することもできる。但し、その含有量が過剰であると、残留オーステナイトが増加して高温で時効処理をしないと所定の硬さを確保できないほか、熱処理後に膨張してしまう。これらを勘案して、Niの含有量を1.0〜5.0%の範囲に定めた。Niの含有量の下限は、好ましくは1.5%であり、その上限は、好ましくは4.0%である。
【0038】
Mo+0.5W:0.5〜3.0%
MoとWは、何れもMC型炭化物、MC型炭化物を形成するほか、NiMo系金属間化合物などを形成し、析出強化に寄与する元素である。但し、これらの含有量が過剰であると、前記の炭化物などが過剰に生成し、靭性の低下を招くほか、熱処理後の変寸、特に最大変寸率が大きくなる。そこで、Mo+0.5×Wの式に当てはめた場合のMoとWの合計含有量を0.5〜3.0%の範囲に定めた。Mo単独の含有量も、0.5〜3.0%の範囲が好ましい。また、W単独の含有量は、2.0%以下(0%を含む)であることが好ましい。即ち、Moが必須元素、Wが選択元素である。但し、W単独の含有量の下限は、0.02%であることが好ましい。また、Mo単独の含有量の下限は0.7%、上限は2.5%であることがより好ましい。W単独の含有量の下限は0.05%、上限は1.5%であることがより好ましい。
【0039】
V:0.001〜0.5%
Vは、変寸の経時変化を抑制するために有用な必須元素である。また、生成するAlNの微細化にも有効で、靭性の向上にも寄与する。従って、Vの含有量の下限を0.001%とした。しかし、過剰に添加すると、マルテンサイト中の固溶C量が低下して硬さ低下を招く。従って、Vの含有量の上限を0.5%とした。Vの含有量の上限は、0.4%であることが好ましく、0.3%であることがより好ましい。
【0040】
Ti:0.001〜0.5%
Tiは、変寸の経時変化を抑制するために有用な必須元素である。また、生成するAlNの微細化にも有効で、靭性の向上にも寄与する。従って、Tiの含有量の下限を0.001%とした。しかし、過剰に添加すると、マルテンサイト中の固溶C量が低下して硬さ低下を招く。従って、Tiの含有量の上限を0.5%とした。Tiの含有量の上限は、0.4%であることが好ましく、0.3%であることがより好ましい。
【0041】
P:0.05%以下(0%を含まない)
Pは、溶解原料中に不可避的に存在する元素であり、靭性を阻害する元素である。そのため、Pの含有量の上限を0.05%とした。その上限は、好ましくは0.02%である。
【0042】
S:0.1%以下(0%を含まない)
Sは、被削性確保に有用な元素である。被削性確保の観点からはSを、好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.004%以上の含有量とすることが推奨される。しかし、その含有量が過剰であると溶接割れが発生する。そこでSの含有量の上限を0.1%とした。Sの含有量の上限は、好ましくは0.07%、より好ましくは0.05%、更に好ましくは0.025%である。
【0043】
Co:10%以下(0%を含まない)
Coは、残留オーステナイトの低減化に有効な元素であり、これにより、硬さが向上する。上記作用を有効に発揮させるため、Coの含有量は、おおむね、1%以上であることが好ましい。但し、Coは高価であり、過剰に添加すると、コストの上昇を招くため、上限を10%とした。Coの含有量の上限は5.5%であることが好ましい。
【0044】
本発明の冷間金型用鋼に添加させる添加元素の成分範囲の限定理由は以上の通りであり、残部は鉄および不可避的不純物である。この不可避的不純物として、NおよびOを例示することができる。Nの含有量は350ppm以下であることが好ましく、200ppm以下であることがより好ましく、150ppm以下であることが更に好ましい。また、Oの含有量は50ppm以下であることが好ましく、30ppm以下であることがより好ましく、20ppm以下であることが更に好ましい。
【0045】
更に、本発明の冷間金型用鋼は、次に説明する各式を満足することを必須要件としている。尚、各式に示す[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0046】
[C]×[Cr]≦3.0
この式は、粗大なCr系炭化物の生成抑制を目的として設定した式である。Cの含有量とCrの含有量の積が3.0を超えると、硬質皮膜の耐久性が低下するほか、熱処理後の変寸が大きくなる。Cの含有量とCrの含有量の積は、1.8以下であることが好ましく、1.7以下であることがより好ましい。尚、粗大なCr系炭化物の生成抑制や、熱処理後の変寸抑制の観点からは、Cの含有量とCrの含有量の積は出来るだけ小さいことが好ましいが、CやCrの添加による上記作用を有効に発揮させることなども勘案すると、この積の下限は、概ね0.8であることが好ましい。
【0047】
[Cu]/[C]=4.0〜15.0
Cuは、硬さのピークを低温側にシフトさせる作用があり、Cの含有量は、残留オーステナイトとの相関がある。[C]に対する[Cu]の比が4.0未満になると、硬さのピークとなる時効温度が、残留オーステナイトが分解し始める温度より高温になる。一方、[C]に対する[Cu]の比が15.0を超えると、溶体化処理後の膨張量が大きくなってしまう。
【0048】
[V]+[Ti]≦0.52%
VとTiは、変寸の経時変化を抑制するために複合添加される。これらの含有量の和が0.52%を超えると、マルテンサイト中の固溶C量が低下して硬さ低下を招く。これらの含有量の和の上限は、0.4%であることが好ましく、0.35%であることがより好ましい。また、これらの含有量の和の下限は、0.1%であることが好ましく、0.2%であることがより好ましい。
【実施例】
【0049】
以下実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0050】
本実施例では、表1、2に記載した種々の成分組成の鋼種を用い、真空誘導溶解炉で150kgのインゴットを溶製した後、900〜1150℃に加熱し、40mmT×75mmW×約2000mmLの板を鍛造し、その後、約60℃/hrの平均冷却速度で徐冷を行った。100℃以下の温度まで冷却した後、再び、約850℃の温度まで加熱し、約50℃/hrの平均冷却速度で徐冷を行った(焼鈍)。以上のようにして得られた焼鈍材を用いて、以下の種々の試験を行った。
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
(1)硬さ試験(最大硬さの測定)
前記した焼鈍材から、おおむね、20mmT×20mmW×15mmLサイズの試験片を切り出して硬さ測定用試験片とし、この試験片に、「溶体化処理(焼入処理):約1020℃〜1030℃で120分間加熱→空冷→時効処理(焼戻処理):約400〜560℃で約180分間保持→放冷」という熱処理を施した。
【0054】
焼戻温度を約400〜560℃の範囲内で変化させたときの硬さをビッカーズ硬度計(AKASHI社製の規格AVK、荷重5kg)で測定し、その最大硬さを調べた。本試験では、測定で得られた最大硬さが650HV以上のものを合格とした。その試験結果を表3に示す。
【0055】
(2)熱処理後の変寸率の測定
前記した焼鈍材から、40mmT×70mmW×100mmLのブロックを切り出して測定用の試験片とし、この試験片に、約1020℃〜1030℃で120分間加熱する溶体化処理(焼入処理)を行った後、最大硬さに達した温度で、時効処理(焼戻処理)を行った。次に、以下のようにして「平均変寸率」と「最大変寸率」を測定し、下記の基準に従い、これらの評価の両方が合格(○)のものを、熱処理後の変寸抑制性に優れる(合格)とした。その試験結果を表3に示す。
【0056】
(2−1)平均変寸率
前記した試験片の熱処理前と熱処理後について、厚さ、幅、長さの3方向を夫々測定し、熱処理前後の厚さ、幅、長さの夫々の差を求め、これらの差の平均値(百分率)を「平均変寸率」とした。「平均変寸率」が±0.03%以内のものを合格(○)とし、±0.03%を超えるものを不合格(×)とした。
【0057】
(2−2)最大変寸率
前記した試験片の熱処理前と熱処理後について、厚さ、幅、長さの3方向を夫々測定し、熱処理前後の厚さ、幅、長さの夫々の差を求めた。これらの差のうち、最大値の絶対値(百分率)を「最大変寸率」とした。「最大変寸率」が0.05%以下のものを合格(○)とし、0.05%を超えるものを不合格(×)とした。
【0058】
(3)変寸の経時変化の測定
前記した焼鈍材から、40mmT×70mmW×100mmLのブロックを切り出して測定用の試験片とし、溶体化処理(焼入処理)を行った後、1回の時効処理(焼戻処理)を施す熱処理を行った後、5日間大気中に放置した。
【0059】
時効処理(焼戻処理)後の試験片と、5日間大気中に放置後の試験片について、厚さ、幅、長さの3方向を夫々測定し、経時変化前後の厚さ、幅、長さの夫々の差を求めた。これらの差のうち、最大値を「変寸の経時変化」とした。その値が0.05%以下のものを合格(○)とし、0.05%を超えるものを不合格(×)とした
【0060】
【表3】

【0061】
以下、試験結果について説明する。No.2〜9は、本発明の要件を満足する発明例である。これらの発明例では、「最大硬さ」、「平均変寸率」、「最大変寸率」、「変寸の経時変化」の全てで合格判定基準を満足した。これに対し、本発明の要件を満足しないNo.1、10〜14は、「最大硬さ」、「平均変寸率」、「最大変寸率」、「変寸の経時変化」のいずれかで合格判定基準を満足することができなかった。
【0062】
以上の試験結果により、本発明の要件を満足する冷間金型用鋼は、硬度が高く、熱処理後の変寸抑制性に優れるといった求められる基本特性を備えた上に、経時後の寸法変化も抑制することができた冷間金型用鋼であることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.20〜0.60%、
Cr:3.0〜9.0%、
Si:0.5〜2.0%、
Mn:0.1〜2.0%、
Al:0.3〜2.0%、
Cu:1.0〜5.0%、
Ni:1.0〜5.0%、
Mo+0.5×W:0.5〜3.0%、
V:0.001〜0.5%、
Ti:0.001〜0.5%、
P:0.05%以下(0%を含まない)、
S:0.10%以下(0%を含まない)、
を含有し、
残部が鉄及び不可避的不純物であって、
且つ、[C]×[Cr]≦3.0、[Cu]/[C]=4.0〜15.0、[V]+[Ti]≦0.52%という各要件を満足することを特徴とする冷間金型用鋼。
但し、上式で[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
更に、質量%で、Coを10%以下(0%を含まない)含有することを特徴とする請求項1記載の冷間金型用鋼。
【請求項3】
請求項1または2記載の冷間金型用鋼を用いて得られた金型。

【公開番号】特開2010−163648(P2010−163648A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−5887(P2009−5887)
【出願日】平成21年1月14日(2009.1.14)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000231165)日本高周波鋼業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】