切削・研削油剤及び切削・研削方法
【課題】微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、さらに廃棄処理のコストを削減できる切削・研削油剤及び切削・研削方法を提供すること。
【解決手段】工具2による金属製の被加工物3の切削加工又は研削加工時に、加工部位に供給される切削・研削油剤1である。切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなる。飽和脂肪酸は、カプリン酸であることが好ましい。
【解決手段】工具2による金属製の被加工物3の切削加工又は研削加工時に、加工部位に供給される切削・研削油剤1である。切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなる。飽和脂肪酸は、カプリン酸であることが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製の被加工物を切削加工又は研削加工する際に用いられる切削・研削油剤及びこれを用いた被加工物の切削・研削方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属等の切削加工及び研削加工においては、ドリル、タップ、リーマ、エンドミル、バイト、砥石等の工具寿命の延長、被加工物の表面粗さの向上、及び寸法精度の向上を目的として、切削・研削油剤が用いられてきた。
一般に、切削・研削油剤は、水溶性と不水溶性に分類される。水溶性の切削・研削油剤は、鉱物油および合成油に界面活性剤、極圧添加剤を添加し、これを水に希釈して使用する油剤である。一方、不水溶性の切削・研削油剤は、鉱物油に極圧添加剤を添加して使用する油剤である。
【0003】
上記切削・研削油剤には、一般に、潤滑作用、冷却作用、及び切粉の排出作用がある。
水溶性の切削・研削油剤は、不水溶性の切削・研削油剤に比べて特に冷却性能が優れる。そのため、一般に、水溶性の切削・研削油剤は、加工時に加工部位が例えば温度600℃を越えて高温状態になる高速の切削加工及び研削加工に使用されている。一方、不水溶性の切削・研削油剤は、特に潤滑性能に優れる。但し燃焼し易いという性質がある。そのため、上記不溶性の切削・研削油剤は、加工時に加工部位が例えば温度600℃以下という低温状態となる低速の切削加工及び研削加工に使用される。
【0004】
従来、切削・研削油剤においては、油剤性能の劣化及び廃棄時の環境への影響が問題となっていた。
即ち、水溶性の切削・研削油剤の場合には、長時間の使用により油剤中に微生物が発生し、性状が不安定となり、油剤成分が分離してしまうおそれがあった。その結果、油剤の冷却性能及び潤滑性能が低下したり、悪臭が発生したりするという問題があった。また、かかる油剤により工作機械の腐食が促進してしまうという問題を生じていた。
また、不水溶性の切削・研削油剤の場合には、長時間の使用で酸化が進行して酸性成分が発生し、かかる酸性成分が金属被削材および工作機械を腐食させてしまうおそれがあった。また、不溶性の切削・研削油剤は、使用するにつれて大気中の湿気を吸収して水分を含みやすい。その結果、粘度が変化し、潤滑性が低下するという問題があった。
【0005】
上述のごとく長期間の使用により劣化した切削・研削油剤は定期的に廃棄される。切削・研削油剤の使用時には、1分間当たり数十リットルという大量の切削・研削油剤を加工部位に注入する必要があったため、使用後には大量の切削・研削油剤が廃棄物として生じていた。
廃棄物となった油剤は、破棄する前に、環境に悪影響を及ぼさないように所定の廃棄処理が施される。
例えば加工能率の向上を目的に、塩素系極圧添加剤が添加された切削・研削油剤は、焼却させるとダイオキシンが発生する。そのため、ダイオキシンを発生させないための廃棄処理が必要である。
【0006】
図1に、一般的な排水処理法を列記する。塩素系極圧添加剤を含有する切削・研削油剤の廃棄時には、同図に示す物理化学的処理が採用される。かかる処理は、コストが高く、大量に発生する切削・研削油剤の廃棄費用が問題となっている。
また、図2に、水溶性の切削油剤の一般的な廃液処理法を示す。同図に示すごとく、廃液処理においては、1次処理、2次処理、及び3次処理という段階的処理が必要であり、処理にかかる時間が長く、コストも高くなる。
【0007】
環境への負荷を低減させる加工法としては、例えば乾式切削・研削加工法が知られている。かかる加工方法においては、生産性を向上させるために冷風により切削・研削温度を低下させ、さらに窒素ガスを吹付けて被切削・研削物の酸化を防止することができる。しかし、冷風及び窒素ガスの発生に高額な費用がかかり、さらに冷風の発生装置には騒音対策が必要になり、装置の大型化や設備費用の増大という問題を生じていた。
【0008】
そこで、微量の供給量で切削加工及び研削加工を行うことができる切削・研削油剤の開発が進められている。
具体的には、所定量の酸素を含有する圧縮流体を供給する極微量油剤供給式切削・研削加工方法が開発されている(特許文献1)。また、特定のヨウ素価、臭素価、及び水酸基価を有するエステルを含有する極微量油剤供給式切削・研削加工用油剤組成物が開発されている(特許文献2)。これらの加工方法及び油剤組成物によれば、切削・研削加工における油剤の使用量を減らすことができ、廃棄物量を減らすことが可能になる。
【0009】
【特許文献1】特開2008−62361号公報
【特許文献2】特開2001−192685号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述の極微量油剤供給加工方法は、アルミニウム合金等の非鉄金属には適しているものの、鉄合金の切削・研削加工には不向きであるという問題があった。また上述の極微量油剤供給式切削・研削加工用油剤組成物においては、高価格の合成エステル油を用いるため、コストが増大するという問題があった。
さらに、従来の加工方法及び油剤組成物においては、微量とはいえども廃棄物が発生し、上述の段階的な廃棄処理が必要になる。そのため、より廃棄処理のコストを低減できる油剤の開発が求められていた。
【0011】
本発明はかかる従来の問題点に鑑みてなされたものであって、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、さらに廃棄処理のコストを削減できる切削・研削油剤及び切削・研削方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
第1の発明は、工具による金属製の被加工物の切削加工又は研削加工時に、加工部位に供給される切削・研削油剤であって、
トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなることを特徴とする切削・研削油剤にある(請求項1)。
【0013】
上記切削・研削油剤は、金属製の被加工物の切削加工又は研削加工時に上記加工部位に供給して用いられ、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなる。上記切削・研削油剤において、トリエステルを構成する3つの脂肪酸はすべて炭素数10の飽和脂肪酸からなる。そのため、上記切削・研削油剤は、例えば10ml/h以下という極めて微量の供給量でも充分に優れた潤滑性能を発揮でき、上記工具による切削加工又は研削加工の長寿命化を図ることができる。また、所望の寸法精度で上記被加工物を正確に加工することができる。そして、上記切削・研削油剤は、ステンレス等の合金鋼からなる上記被加工物に対しても適用でき、この場合においても上述のごとく例えば10ml/h以下という極めて微量の供給量で充分に優れた潤滑性能を発揮できる。
【0014】
また、上記切削・研削油剤は、上述のごとく微量でも優れた潤滑性能を示すことができ、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルという生分解可能な成分からなる。そのため、上記切削・研削油剤の廃棄時には、特別な回収工程を必要とせず、上記切削・研削油剤を切屑と一緒に回収できる。また、上記切削・研削油剤は、約20日間で完全に生分解させることができるため、廃液処理を必要としない。そのため、廃棄処理のコストを大幅に削減することができる。
【0015】
このように、上記第1の発明によれば、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、さらに廃棄処理のコストを削減できる切削・研削油剤を提供することができる。
【0016】
次に、第2の発明は、金属製の被加工物の加工部位に油剤を供給して、工具により上記加工部位に切削加工又は研削加工を施す切削・研削方法において、
上記油剤として、上記第1の発明の切削・研削油剤を採用することを特徴とする切削・研削方法にある(請求項7)。
【0017】
上記第2の発明においては、上記油剤として、上記第1の発明の切削・研削油剤を用いて切削加工又は研削加工を行っている。
そのため、上記第1の発明の切削・研削油剤の優れた特性を利用した切削加工又は研削加工を行うことができる。即ち、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、さらに廃棄処理のコストを削減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
次に、本発明の好ましい実施の形態について説明する。
上記切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルのみから構成することができる。
炭素数10の飽和脂肪酸は、直鎖状のカプリン酸(デカン酸)であっても、分岐を有するものであってもよい。
【0019】
上記切削・研削油剤は、さらに硫化脂肪酸エステルを20体積%以下含有することが好ましい(請求項2)。
この場合には、上記切削・研削油剤の潤滑性能をより向上させることができ、より一層工具の長寿命化を図ることができる。
硫化脂肪酸エステルを20体積%を越えて添加しても、さらなる潤滑性能の向上効果はほとんど得られない。よって、硫化脂肪酸エステルの添加量は20体積%以下が好ましく、より好ましくは15体積%以下、さらにより好ましくは10体積%以下がよい。
【0020】
上記切削・研削油剤は、さらに4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤を5体積%以下含有することが好ましい(請求項3)。
この場合には、上記切削・研削油剤の酸化を防止し、該切削・研削油剤自体の安定性を向上させることができる。その結果、上記切削・研削油剤がより長期間安定にその潤滑性能を発揮することができる。
【0021】
上記飽和脂肪酸は、カプリン酸であることが好ましい(請求項4)。
この場合には、上記切削・研削油剤の潤滑性能をより向上させることができ、より一層工具の長寿命化を図ることができる。
上記飽和脂肪酸がカプリン酸の場合には、上記切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンとカプリン酸とのトリエステルからなる。その構造式を以下の化1に示す。
【化1】
【0022】
上記切削・研削油剤は、切削加工又は研削加工に用いることができるが、特に工具に大きな負荷がかかる加工に用いると、上記切削・研削油剤が有する優れた潤滑性能をより顕著に発揮させることができる。
具体的には、高速タップ加工、及び高速リーマ加工等がある。また、インコネル、チタン合金等のように、切削加工又は研削加工が困難な上記被加工物に対しても上記切削・研削油剤を用いて研削を行うことができ、その優れた潤滑性能を発揮することができる。
【0023】
上記被加工物は、ステンレス鋼からなることが好ましい(請求項5)。
上記切削・研削油剤は、ステンレス鋼からなる上記被加工物に対して優れた潤滑性能を発揮することができる。そのため、ステンレス鋼からなる上記被加工物の切削加工又は研削加工に上記切削・研削油剤を用いると、優れた寸法精度で正確に上記被加工物を加工することができ、また工具寿命を向上させることができる。
【0024】
上記切削・研削油剤は、ドリルによる穴加工に用いられ、該穴加工の深さをL(mm)とし、ドリルの直径をD(mm)とすると、L/D≧20の上記穴加工に用いられることが好ましい(請求項6)。
L/D≧20の穴加工は、工具に対する負担が大きい加工である。かかる加工に対して上記切削・研削油剤を用いると、その優れた潤滑性能をより顕著に発揮することができ、工具寿命を延長させることができる。なお、L/Dの上限は、L/D≦35であることが好ましい。L/D>35の場合には、工具(ドリル)にかかる負荷が大きくなりすぎて、工具が破損してしまうおそれがある。
【0025】
次に、上記切削・研削方法においては、金属製の被加工物の加工部位に油剤を供給して、工具により上記加工部位に切削加工又は研削加工を行う。
上記切削加工又は研削加工時には、上記切削・研削油剤を1時間当たり10ml以下の供給量で上記加工部位に供給することが好ましい(請求項8)。
この場合には、10ml/hという極めて微量の供給量でも優れた潤滑性能を発揮できるという上述の作用効果をより顕著に発揮することができる。10ml/hを越える場合には、上記切削・研削油剤の破棄物量が増大するおそれがある。より好ましくは、5ml/h以下、さらにより好ましくは2ml/h以下がよい。上記切削・研削油剤はかかる極微量の供給量でも充分に優れた潤滑性能を示すことができる。
【0026】
上記切削・研削油剤と気体状の流体とを混合し、上記切削・研削油剤を霧状にして上記加工部位に供給することが好ましい(請求項9)。
この場合には、上記切削・研削油剤の油滴が工具の切刃と被加工物との間に分布して付着することができ、上記切削・研削油剤の潤滑効果及び冷却効果をより向上させることができる。なお、油滴の大きさは、粒径1〜4μmの範囲に調製することが好ましく、より好ましくは粒径1〜2μmがよい。これにより、潤滑効果及び冷却効果をより一層向上させることができる。
上記流体としては、例えば圧縮空気等を採用することができる。
【実施例】
【0027】
(実験例)
本例においては、市販の切削・研削油剤について分析を行った。
即ち、市販の切削・研削油剤として5種類の油剤(油剤A〜油剤E)を準備した。これらの油剤の各種物性を表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
また、図3に各種油剤の生分解率を示す。
同図より知られるごとく、植物系の切削・研削油剤及び合成系の不水溶性切削・研削油剤は、21日目に100%生分解することがわかる。そして表1に示す油剤A〜Eにおいて、油剤Aは、植物油由来の脂肪酸グリセライドを含有し、油剤B〜Eは、合成系の不水溶性の脂肪酸エステルを含有する。即ち、これらの油剤A〜Eは、生分解性に優れたものである。
【0030】
次に、上記油剤A〜Eについて、その成分分析を行った。
具体的には、まず、各油剤(油剤A〜E)について、ゲル浸透クロマトグラフ法により、分子量の測定を行い、分子量による分取を行った。ゲル浸透クロマトグラフ法の測定条件を表2に示す。
【0031】
【表2】
【0032】
次いで、反応熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析及び赤外分光法(顕微透過法)により、各油剤の成分分析を行った。
反応熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析の測定条件を表3に示し、油剤A〜Eのエステル組成の成分分析結果を表4及び表5に示す。表5には、エステルの構造の種類を示す項目があるが、その具体的な構造式は図4に示す。
【0033】
【表3】
【0034】
【表4】
【0035】
【表5】
【0036】
油剤Aは、植物油を加工して得られた油剤であり、表4及び表5より知られるごとく、グリセリン及び脂肪酸のエステルを主成分とし、副成分としてプロピレングリコールと脂肪酸のエステルを含有していた。
グリセリンと脂肪酸のエステルにおいては、脂肪酸の主成分はカプリン酸及びカプリル酸であった。また、副成分としてラウリン酸を含有するエステルも含まれていた。
プロピレングリコールと脂肪酸のエステルにおいて、脂肪酸の主成分は、カプリル酸であった。また、副成分としてカプリン酸及びカプロン酸を含有するエステルも含まれていた。
【0037】
また、表4及び表5より知られるごとく、油剤B〜Eは、トリメチロールプロパンと脂肪酸のエステルを主成分とする。
油剤Bは、脂肪酸の主成分がカプリン酸で副成分がカプリル酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)を主成分としていた。さらに、脂肪酸の主成分がカプリル酸で副成分がカプリン酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)を副成分としていた。
油剤Cは、脂肪酸の主成分がカプリン酸で副成分がカプリル酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)から構成されていた。
【0038】
油剤Dは、脂肪酸の主成分がオレイン酸で、副成分がパルミトイル酸、パルミチン酸、及びミリスチン酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)を主成分としていた。また、これと構成成分は同じではあるが、オレイン酸の比率がやや小さいエステルを第1の副成分としていた。さらに、脂肪酸の主成分がオレイン酸で、副成分がパルミチン酸及びリノール酸のエステル(脂肪酸とオクチルアルコールとのエステル)を第2の副成分としていた。
【0039】
油剤Eは、油剤Cと同様に、脂肪酸の主成分がカプリン酸で副成分がカプリル酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)から構成されていた。
【0040】
次に、各油剤の潤滑性能の評価を行った。
具体的には、直径4mmの超硬ロングドリルを用いて被加工物に対して穴加工(切削加工)を行った。
穴加工は、上述の油剤A〜Eをそれぞれ加工部位に供給して行った。穴加工の切削条件を表6に示す。
【0041】
【表6】
【0042】
本例においては、図5に示す切削加工装置4を用いて穴加工を行う。
同図に示すごとく、切削加工装置4は、切削・研削油剤を貯蔵する油槽41と、圧縮空気を貯蔵するボンベ42と、切削・研削油剤と圧縮空気とを混合してミスト状の切削・研削油剤を作製する攪拌機43と、被加工物3を加工する工具(ドリル)2とを備える。
油槽41は、油量計410を備えており、油量計410により油槽41内の切削・研削油剤1の量を計測することができる。
【0043】
油槽41内の切削・研削油剤1及びポンプ42内の圧縮空気は、それぞれ輸送管415、425を通って攪拌機43に送られる。このとき、圧縮空気は、圧力計44で計測される所定の圧力で攪拌機43に供給することができる。
攪拌機43内では、圧縮空気と切削・研削油剤とが混合されてミスト状の切削・研削油剤が製造される。このミスト状の切削・研削油剤は、輸送管435を通って、工具(ドリル)2に送られる。攪拌機43には、流量調整弁(図示略)が内蔵されており、工具2に所定量の切削・研削油剤を供給することができる。そして、工具(ドリル)2の先端には微小の孔(図示略)が設けられており、穴加工時に、この孔からミスト状の切削・研削油剤が工具2と被加工物3との接触部、即ち加工部位に供給される。
【0044】
上述の切削加工装置4を用いて表6に示す条件で被加工物3に対して穴加工(穴加工数:300個)を行った。
そして、加工後にドリル逃げ面コーナ摩耗幅(mm)を測定し、穴加工数と摩耗幅との関係を調べた。その結果を表7及び図6に示す。測定は、各油剤について、それぞれ異なる2種類のロットを用いて行った。表7に2種類のロットの全てのデータを示し、図5には、2種類のロットの平均データを示す。
【0045】
【表7】
【0046】
表7及び図6から知られるごとく、油剤A及び油剤Dは、ドリルの摩耗幅が大きく潤滑性が不十分であることがわかる。油剤Aは、グリセリンと脂肪酸とのエステルを主成分とするが、炭素数8という炭素数の小さい脂肪酸を脂肪酸成分の主成分としている(表4及び表5参照)。また、油剤Dは、トリメチロールプロパンと脂肪酸とのエステルを主成分とするが、炭素数18という炭素数の大きな脂肪酸を脂肪酸の主成分とし、粘度も油剤A〜Eの中で最大であった(表1、表4及び表5参照)。
一方、表7及び図6から知られるごとく、油剤B、油剤C、及び油剤Eは、ドリルの摩耗を比較的長期間抑制することができる。これらの油剤は、トリメチロールプロパンと脂肪酸とのエステルを主成分とし、エステルの脂肪酸としてはカプリン酸を主成分としていた(表4及び表5参照)。潤滑性能は、油剤Eが最も優れており、次いで、油剤B、油剤Cの順で優れた潤滑性能を示した(表7及び図6参照)。
【0047】
油剤B、油剤C、及び油剤Eは、上述のごとく、共通のエステルを主成分とし、比較的優れた潤滑性能を示すが、これらの潤滑性能には違いがある(図6参照)。この相違点の原因を明らかにするために、油剤B〜Eに含まれる上述のエステル以外の添加剤成分の同定を行った。
【0048】
具体的には、示唆屈折計を用いて、分子のクロマトグラフを観察した。
その結果、油剤B、油剤C、及び油剤Eには、フェノール系成分の添加剤が含まれていることがわかった。
次いで、この添加剤について、ガスクロマトグラフ質量分析法により分子量を計測し、標準試料(酸化防止剤:4,4’−Butylidenebis)の分子量スペクトルと比較した。その結果、両者のスペクトルが一致した(図7(a)及び(b)参照)。よって、油剤B、油剤C、及び油剤Eに含まれる添加剤は、4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤であることがわかった。図8に、油剤Eの酸化防止剤のスペクトル強度(添加量)を1としたときの他の油剤(油剤B及び油剤C)のスペクトル強度比(添加量)を示す。
【0049】
上述のごとく、油剤B、油剤C、及び油剤Eには、4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤の存在が確認されたが、酸化防止剤は、ドリルによる穴加工時に潤滑性能を示すものではない。
そこで、油剤B、油剤C、及び油剤Eの潤滑性能の違いをさらに検討するために、エステルを構成する脂肪酸の炭素数に注目し、上述の反応熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析の分析結果(表4)を整理した。その結果を図9に示す。
【0050】
図9において、縦軸は、スペクトル強度(含有量)を示す。また、横軸は、脂肪酸の炭素数を表す。具体的には、横軸において、「−」で結ばれたCの数はエステルを構成するアルコールの価数を示し、Cの右下に付した数字はエステルを構成する脂肪酸の炭素数を示す。例えば、「C8−C10−C10」は、3価アルコール(本例においてはトリメチロールプロパン)をアルコール成分とするトリエステルであって、その脂肪酸成分として、炭素数8の脂肪酸を一つと炭素数10の脂肪酸を2つ含有していることを示す。また、例えば「C10−C10−C10」は、3価アルコール(本例においてはトリメチロールプロパン)をアルコール成分とするトリエステルであって、その脂肪酸成分として、炭素数10の脂肪酸を3つ含有していることを示す。
【0051】
図9より知られるごとく、油剤B、油剤C、及び油剤Eは、いずれもトリエステルを主成分としている。また、潤滑性能に特に優れる油剤Eは、他の油剤B及び油剤Cに比べてC8−C10−C10及びC10−C10−C10が多くなっていた。特にC10−C10−C10については、油剤Eは、油剤B及び油剤Cに比べて約2倍以上多く含有していることから、C10−C10−C10は、潤滑性能へ大きな影響を及ぼすと考えられる。
【0052】
(実施例1)
本例は、トリメチロールプロパンと脂肪酸とのエステルからなる切削・研削油剤を作製し、その潤滑性を評価する例である。
本例の切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルのみからなる。このトリエステルは、トリメチロールの3つのヒドロキシル基の全てにカプリン酸がエステル結合してなる(下記の構造式参照)。この切削・研削油剤を油剤Fとする。油剤Fのトリエステルの構造式を下記に示す。
【化2】
【0053】
次に、油剤Fを用いて、上記実験例と同様にして穴加工(穴加工数:300個)を行い、ドリル逃げ面コーナ摩耗幅(mm)を測定した。その結果を図10に示す。
なお、図10には、比較用として、上記実験例で測定した油剤B、油剤C、及び油剤Eの結果を併記する。
【0054】
図10より知られるごとく、トリメチロールプロパンとカプリン酸とのトリエステルからなる油剤Fは、他の油剤に比べて最も優れた潤滑性能を示し、ドリルの摩耗を長期間抑制することができた。同図より知られるごとく、油剤Fは、上記実験例において最も優れた潤滑性能を示した油剤Eよりもさらに優れた潤滑性能を発揮することができる。
また、本例においては、1.2ml/hという極めて微量の切削・研削油剤を用いて加工を行った。このように微量な油剤量にもかかわらず、油剤Fは優れた潤滑性能を示した。
【0055】
また、本例においては、合金鋼(0.05wt%S含有硫黄快削鋼)に対するドリル加工において油剤Fを用いたが、この場合においても油剤Fは、上述のごとく優れた潤滑性能を示した。
また、油剤Fは、上述のごとく微量でも充分な潤滑性能を発揮できるため、使用後に油剤Fの廃液を回収して廃棄する際に、特別な回収工程を必要とせず、切屑と一緒に回収することができる。そして、トリエステルからなる上記油剤Fは、生分解が可能であり、約20日間でこれを完全に生分解させることができる。そのため、廃棄処理のコストを大幅に削減することができる。
【0056】
このように、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸(カプリン酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤(油剤F)は、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、優れた潤滑性能を発揮することができる。また、本例の切削・研削油剤(油剤F)は、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、また、廃棄処理のコストを削減することができる。
【0057】
(実施例2)
本例は、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤(実施例1の油剤F)に対して、硫化脂肪酸エステルを添加し、その潤滑性能を評価する例である。
【0058】
硫化脂肪酸エステルとしては、大日本インク化学工業(株)製のGS230を用いた。本例において用いた硫化脂肪酸エステルの物性を表8に示す。
【0059】
【表8】
【0060】
トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤に対して、添加量を変えて硫化脂肪酸エステルを添加し、上記実験例と同様にして穴加工(穴加工数300個)を行い、ドリル逃げ面コーナ摩耗幅(mm)を測定した。その結果を図11に示す。
【0061】
図11より知られるごとく、硫化脂肪酸エステルを添加することにより、切削・研削油剤の潤滑性能をより向上できることがわかる。
また、硫化脂肪酸エステルを15体積%以下で添加した場合には、その添加量に応じて潤滑性能を向上できることがわかる。一方、硫化脂肪酸エステルを15体積%添加した場合と20体積%添加した場合とを比較すると、両者に潤滑性能の違いがほとんんどなかったことから、硫酸脂肪酸エステルの添加量は、20体積%以下、より好ましくは15体積%以下とすることができる。
【0062】
このように、本例によれば、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤に対して、硫化脂肪酸エステルを添加することにより、潤滑性能をより一層向上できることがわかる。
【0063】
また、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤に対して、実験例の油剤B、油剤C、及び油剤Eと同様に、4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤を添加することができる。この場合には、切削・研削油剤の酸化を防止し、その安定性を向上させることができる。その結果、切削・研削油剤がより長期間安定にその潤滑性能を発揮することができる
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】切削・研削油剤の排水処理法の種類を示す説明図。
【図2】水溶性切削油剤廃液の処理方法を示す説明図。
【図3】実験例にかかる、切削・研削油剤の生分解率を示す説明図。
【図4】実験例にかかる、切削・研削油剤(油剤A〜E)に含まれるエステルの構造式を示す説明図。
【図5】実験例にかかる、切削加工装置の構成を示す説明図。
【図6】実験例にかかる、各切削・研削油剤(油剤A〜E)を用いて穴加工を行ったときの穴加工数とドリル逃げ面コーナ摩耗幅との関係を示す説明図。
【図7】実験例にかかる、切削・研削油剤(油剤B、油剤C、及び油剤E)に含まれる添加剤のMSスペクトルを示す説明図(a)、標準試料(酸化防止剤)のMSスペクトルを示す説明図(b)。
【図8】実験例にかかる、油剤Eに含まれる酸化防止剤のスペクトル強度(ピーク面積)を1としたときの他の油剤(油剤B及び油剤C)に含まれる酸化防止剤のスペクトル強度(ピーク面積)を示す説明図。
【図9】実験例にかかる、切削・研削油剤(油剤B、油剤C、及び油剤E)に含まれるエステルの脂肪酸の炭素数と、ガスクロマトグラフ質量分析スペクトルの強度(脂肪酸量)との関係を示す説明図。
【図10】実施例1にかかる、各切削・研削油剤(油剤B、油剤C、油剤E、油剤F)を用いて300回穴加工を行ったときのドリル逃げ面コーナ摩耗幅を示す説明図。
【図11】実施例2にかかる、切削・研削油剤(油剤F)に対する硫化脂肪酸エステルの添加量とドリル逃げ面コーナ摩耗幅との関係を示す説明図。
【符号の説明】
【0065】
1 切削・研削油剤
2 工具
3 被加工物
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製の被加工物を切削加工又は研削加工する際に用いられる切削・研削油剤及びこれを用いた被加工物の切削・研削方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属等の切削加工及び研削加工においては、ドリル、タップ、リーマ、エンドミル、バイト、砥石等の工具寿命の延長、被加工物の表面粗さの向上、及び寸法精度の向上を目的として、切削・研削油剤が用いられてきた。
一般に、切削・研削油剤は、水溶性と不水溶性に分類される。水溶性の切削・研削油剤は、鉱物油および合成油に界面活性剤、極圧添加剤を添加し、これを水に希釈して使用する油剤である。一方、不水溶性の切削・研削油剤は、鉱物油に極圧添加剤を添加して使用する油剤である。
【0003】
上記切削・研削油剤には、一般に、潤滑作用、冷却作用、及び切粉の排出作用がある。
水溶性の切削・研削油剤は、不水溶性の切削・研削油剤に比べて特に冷却性能が優れる。そのため、一般に、水溶性の切削・研削油剤は、加工時に加工部位が例えば温度600℃を越えて高温状態になる高速の切削加工及び研削加工に使用されている。一方、不水溶性の切削・研削油剤は、特に潤滑性能に優れる。但し燃焼し易いという性質がある。そのため、上記不溶性の切削・研削油剤は、加工時に加工部位が例えば温度600℃以下という低温状態となる低速の切削加工及び研削加工に使用される。
【0004】
従来、切削・研削油剤においては、油剤性能の劣化及び廃棄時の環境への影響が問題となっていた。
即ち、水溶性の切削・研削油剤の場合には、長時間の使用により油剤中に微生物が発生し、性状が不安定となり、油剤成分が分離してしまうおそれがあった。その結果、油剤の冷却性能及び潤滑性能が低下したり、悪臭が発生したりするという問題があった。また、かかる油剤により工作機械の腐食が促進してしまうという問題を生じていた。
また、不水溶性の切削・研削油剤の場合には、長時間の使用で酸化が進行して酸性成分が発生し、かかる酸性成分が金属被削材および工作機械を腐食させてしまうおそれがあった。また、不溶性の切削・研削油剤は、使用するにつれて大気中の湿気を吸収して水分を含みやすい。その結果、粘度が変化し、潤滑性が低下するという問題があった。
【0005】
上述のごとく長期間の使用により劣化した切削・研削油剤は定期的に廃棄される。切削・研削油剤の使用時には、1分間当たり数十リットルという大量の切削・研削油剤を加工部位に注入する必要があったため、使用後には大量の切削・研削油剤が廃棄物として生じていた。
廃棄物となった油剤は、破棄する前に、環境に悪影響を及ぼさないように所定の廃棄処理が施される。
例えば加工能率の向上を目的に、塩素系極圧添加剤が添加された切削・研削油剤は、焼却させるとダイオキシンが発生する。そのため、ダイオキシンを発生させないための廃棄処理が必要である。
【0006】
図1に、一般的な排水処理法を列記する。塩素系極圧添加剤を含有する切削・研削油剤の廃棄時には、同図に示す物理化学的処理が採用される。かかる処理は、コストが高く、大量に発生する切削・研削油剤の廃棄費用が問題となっている。
また、図2に、水溶性の切削油剤の一般的な廃液処理法を示す。同図に示すごとく、廃液処理においては、1次処理、2次処理、及び3次処理という段階的処理が必要であり、処理にかかる時間が長く、コストも高くなる。
【0007】
環境への負荷を低減させる加工法としては、例えば乾式切削・研削加工法が知られている。かかる加工方法においては、生産性を向上させるために冷風により切削・研削温度を低下させ、さらに窒素ガスを吹付けて被切削・研削物の酸化を防止することができる。しかし、冷風及び窒素ガスの発生に高額な費用がかかり、さらに冷風の発生装置には騒音対策が必要になり、装置の大型化や設備費用の増大という問題を生じていた。
【0008】
そこで、微量の供給量で切削加工及び研削加工を行うことができる切削・研削油剤の開発が進められている。
具体的には、所定量の酸素を含有する圧縮流体を供給する極微量油剤供給式切削・研削加工方法が開発されている(特許文献1)。また、特定のヨウ素価、臭素価、及び水酸基価を有するエステルを含有する極微量油剤供給式切削・研削加工用油剤組成物が開発されている(特許文献2)。これらの加工方法及び油剤組成物によれば、切削・研削加工における油剤の使用量を減らすことができ、廃棄物量を減らすことが可能になる。
【0009】
【特許文献1】特開2008−62361号公報
【特許文献2】特開2001−192685号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述の極微量油剤供給加工方法は、アルミニウム合金等の非鉄金属には適しているものの、鉄合金の切削・研削加工には不向きであるという問題があった。また上述の極微量油剤供給式切削・研削加工用油剤組成物においては、高価格の合成エステル油を用いるため、コストが増大するという問題があった。
さらに、従来の加工方法及び油剤組成物においては、微量とはいえども廃棄物が発生し、上述の段階的な廃棄処理が必要になる。そのため、より廃棄処理のコストを低減できる油剤の開発が求められていた。
【0011】
本発明はかかる従来の問題点に鑑みてなされたものであって、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、さらに廃棄処理のコストを削減できる切削・研削油剤及び切削・研削方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
第1の発明は、工具による金属製の被加工物の切削加工又は研削加工時に、加工部位に供給される切削・研削油剤であって、
トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなることを特徴とする切削・研削油剤にある(請求項1)。
【0013】
上記切削・研削油剤は、金属製の被加工物の切削加工又は研削加工時に上記加工部位に供給して用いられ、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなる。上記切削・研削油剤において、トリエステルを構成する3つの脂肪酸はすべて炭素数10の飽和脂肪酸からなる。そのため、上記切削・研削油剤は、例えば10ml/h以下という極めて微量の供給量でも充分に優れた潤滑性能を発揮でき、上記工具による切削加工又は研削加工の長寿命化を図ることができる。また、所望の寸法精度で上記被加工物を正確に加工することができる。そして、上記切削・研削油剤は、ステンレス等の合金鋼からなる上記被加工物に対しても適用でき、この場合においても上述のごとく例えば10ml/h以下という極めて微量の供給量で充分に優れた潤滑性能を発揮できる。
【0014】
また、上記切削・研削油剤は、上述のごとく微量でも優れた潤滑性能を示すことができ、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルという生分解可能な成分からなる。そのため、上記切削・研削油剤の廃棄時には、特別な回収工程を必要とせず、上記切削・研削油剤を切屑と一緒に回収できる。また、上記切削・研削油剤は、約20日間で完全に生分解させることができるため、廃液処理を必要としない。そのため、廃棄処理のコストを大幅に削減することができる。
【0015】
このように、上記第1の発明によれば、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、さらに廃棄処理のコストを削減できる切削・研削油剤を提供することができる。
【0016】
次に、第2の発明は、金属製の被加工物の加工部位に油剤を供給して、工具により上記加工部位に切削加工又は研削加工を施す切削・研削方法において、
上記油剤として、上記第1の発明の切削・研削油剤を採用することを特徴とする切削・研削方法にある(請求項7)。
【0017】
上記第2の発明においては、上記油剤として、上記第1の発明の切削・研削油剤を用いて切削加工又は研削加工を行っている。
そのため、上記第1の発明の切削・研削油剤の優れた特性を利用した切削加工又は研削加工を行うことができる。即ち、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、さらに廃棄処理のコストを削減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
次に、本発明の好ましい実施の形態について説明する。
上記切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルのみから構成することができる。
炭素数10の飽和脂肪酸は、直鎖状のカプリン酸(デカン酸)であっても、分岐を有するものであってもよい。
【0019】
上記切削・研削油剤は、さらに硫化脂肪酸エステルを20体積%以下含有することが好ましい(請求項2)。
この場合には、上記切削・研削油剤の潤滑性能をより向上させることができ、より一層工具の長寿命化を図ることができる。
硫化脂肪酸エステルを20体積%を越えて添加しても、さらなる潤滑性能の向上効果はほとんど得られない。よって、硫化脂肪酸エステルの添加量は20体積%以下が好ましく、より好ましくは15体積%以下、さらにより好ましくは10体積%以下がよい。
【0020】
上記切削・研削油剤は、さらに4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤を5体積%以下含有することが好ましい(請求項3)。
この場合には、上記切削・研削油剤の酸化を防止し、該切削・研削油剤自体の安定性を向上させることができる。その結果、上記切削・研削油剤がより長期間安定にその潤滑性能を発揮することができる。
【0021】
上記飽和脂肪酸は、カプリン酸であることが好ましい(請求項4)。
この場合には、上記切削・研削油剤の潤滑性能をより向上させることができ、より一層工具の長寿命化を図ることができる。
上記飽和脂肪酸がカプリン酸の場合には、上記切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンとカプリン酸とのトリエステルからなる。その構造式を以下の化1に示す。
【化1】
【0022】
上記切削・研削油剤は、切削加工又は研削加工に用いることができるが、特に工具に大きな負荷がかかる加工に用いると、上記切削・研削油剤が有する優れた潤滑性能をより顕著に発揮させることができる。
具体的には、高速タップ加工、及び高速リーマ加工等がある。また、インコネル、チタン合金等のように、切削加工又は研削加工が困難な上記被加工物に対しても上記切削・研削油剤を用いて研削を行うことができ、その優れた潤滑性能を発揮することができる。
【0023】
上記被加工物は、ステンレス鋼からなることが好ましい(請求項5)。
上記切削・研削油剤は、ステンレス鋼からなる上記被加工物に対して優れた潤滑性能を発揮することができる。そのため、ステンレス鋼からなる上記被加工物の切削加工又は研削加工に上記切削・研削油剤を用いると、優れた寸法精度で正確に上記被加工物を加工することができ、また工具寿命を向上させることができる。
【0024】
上記切削・研削油剤は、ドリルによる穴加工に用いられ、該穴加工の深さをL(mm)とし、ドリルの直径をD(mm)とすると、L/D≧20の上記穴加工に用いられることが好ましい(請求項6)。
L/D≧20の穴加工は、工具に対する負担が大きい加工である。かかる加工に対して上記切削・研削油剤を用いると、その優れた潤滑性能をより顕著に発揮することができ、工具寿命を延長させることができる。なお、L/Dの上限は、L/D≦35であることが好ましい。L/D>35の場合には、工具(ドリル)にかかる負荷が大きくなりすぎて、工具が破損してしまうおそれがある。
【0025】
次に、上記切削・研削方法においては、金属製の被加工物の加工部位に油剤を供給して、工具により上記加工部位に切削加工又は研削加工を行う。
上記切削加工又は研削加工時には、上記切削・研削油剤を1時間当たり10ml以下の供給量で上記加工部位に供給することが好ましい(請求項8)。
この場合には、10ml/hという極めて微量の供給量でも優れた潤滑性能を発揮できるという上述の作用効果をより顕著に発揮することができる。10ml/hを越える場合には、上記切削・研削油剤の破棄物量が増大するおそれがある。より好ましくは、5ml/h以下、さらにより好ましくは2ml/h以下がよい。上記切削・研削油剤はかかる極微量の供給量でも充分に優れた潤滑性能を示すことができる。
【0026】
上記切削・研削油剤と気体状の流体とを混合し、上記切削・研削油剤を霧状にして上記加工部位に供給することが好ましい(請求項9)。
この場合には、上記切削・研削油剤の油滴が工具の切刃と被加工物との間に分布して付着することができ、上記切削・研削油剤の潤滑効果及び冷却効果をより向上させることができる。なお、油滴の大きさは、粒径1〜4μmの範囲に調製することが好ましく、より好ましくは粒径1〜2μmがよい。これにより、潤滑効果及び冷却効果をより一層向上させることができる。
上記流体としては、例えば圧縮空気等を採用することができる。
【実施例】
【0027】
(実験例)
本例においては、市販の切削・研削油剤について分析を行った。
即ち、市販の切削・研削油剤として5種類の油剤(油剤A〜油剤E)を準備した。これらの油剤の各種物性を表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
また、図3に各種油剤の生分解率を示す。
同図より知られるごとく、植物系の切削・研削油剤及び合成系の不水溶性切削・研削油剤は、21日目に100%生分解することがわかる。そして表1に示す油剤A〜Eにおいて、油剤Aは、植物油由来の脂肪酸グリセライドを含有し、油剤B〜Eは、合成系の不水溶性の脂肪酸エステルを含有する。即ち、これらの油剤A〜Eは、生分解性に優れたものである。
【0030】
次に、上記油剤A〜Eについて、その成分分析を行った。
具体的には、まず、各油剤(油剤A〜E)について、ゲル浸透クロマトグラフ法により、分子量の測定を行い、分子量による分取を行った。ゲル浸透クロマトグラフ法の測定条件を表2に示す。
【0031】
【表2】
【0032】
次いで、反応熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析及び赤外分光法(顕微透過法)により、各油剤の成分分析を行った。
反応熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析の測定条件を表3に示し、油剤A〜Eのエステル組成の成分分析結果を表4及び表5に示す。表5には、エステルの構造の種類を示す項目があるが、その具体的な構造式は図4に示す。
【0033】
【表3】
【0034】
【表4】
【0035】
【表5】
【0036】
油剤Aは、植物油を加工して得られた油剤であり、表4及び表5より知られるごとく、グリセリン及び脂肪酸のエステルを主成分とし、副成分としてプロピレングリコールと脂肪酸のエステルを含有していた。
グリセリンと脂肪酸のエステルにおいては、脂肪酸の主成分はカプリン酸及びカプリル酸であった。また、副成分としてラウリン酸を含有するエステルも含まれていた。
プロピレングリコールと脂肪酸のエステルにおいて、脂肪酸の主成分は、カプリル酸であった。また、副成分としてカプリン酸及びカプロン酸を含有するエステルも含まれていた。
【0037】
また、表4及び表5より知られるごとく、油剤B〜Eは、トリメチロールプロパンと脂肪酸のエステルを主成分とする。
油剤Bは、脂肪酸の主成分がカプリン酸で副成分がカプリル酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)を主成分としていた。さらに、脂肪酸の主成分がカプリル酸で副成分がカプリン酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)を副成分としていた。
油剤Cは、脂肪酸の主成分がカプリン酸で副成分がカプリル酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)から構成されていた。
【0038】
油剤Dは、脂肪酸の主成分がオレイン酸で、副成分がパルミトイル酸、パルミチン酸、及びミリスチン酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)を主成分としていた。また、これと構成成分は同じではあるが、オレイン酸の比率がやや小さいエステルを第1の副成分としていた。さらに、脂肪酸の主成分がオレイン酸で、副成分がパルミチン酸及びリノール酸のエステル(脂肪酸とオクチルアルコールとのエステル)を第2の副成分としていた。
【0039】
油剤Eは、油剤Cと同様に、脂肪酸の主成分がカプリン酸で副成分がカプリル酸のエステル(脂肪酸とトリメチロールプロパンとのエステル)から構成されていた。
【0040】
次に、各油剤の潤滑性能の評価を行った。
具体的には、直径4mmの超硬ロングドリルを用いて被加工物に対して穴加工(切削加工)を行った。
穴加工は、上述の油剤A〜Eをそれぞれ加工部位に供給して行った。穴加工の切削条件を表6に示す。
【0041】
【表6】
【0042】
本例においては、図5に示す切削加工装置4を用いて穴加工を行う。
同図に示すごとく、切削加工装置4は、切削・研削油剤を貯蔵する油槽41と、圧縮空気を貯蔵するボンベ42と、切削・研削油剤と圧縮空気とを混合してミスト状の切削・研削油剤を作製する攪拌機43と、被加工物3を加工する工具(ドリル)2とを備える。
油槽41は、油量計410を備えており、油量計410により油槽41内の切削・研削油剤1の量を計測することができる。
【0043】
油槽41内の切削・研削油剤1及びポンプ42内の圧縮空気は、それぞれ輸送管415、425を通って攪拌機43に送られる。このとき、圧縮空気は、圧力計44で計測される所定の圧力で攪拌機43に供給することができる。
攪拌機43内では、圧縮空気と切削・研削油剤とが混合されてミスト状の切削・研削油剤が製造される。このミスト状の切削・研削油剤は、輸送管435を通って、工具(ドリル)2に送られる。攪拌機43には、流量調整弁(図示略)が内蔵されており、工具2に所定量の切削・研削油剤を供給することができる。そして、工具(ドリル)2の先端には微小の孔(図示略)が設けられており、穴加工時に、この孔からミスト状の切削・研削油剤が工具2と被加工物3との接触部、即ち加工部位に供給される。
【0044】
上述の切削加工装置4を用いて表6に示す条件で被加工物3に対して穴加工(穴加工数:300個)を行った。
そして、加工後にドリル逃げ面コーナ摩耗幅(mm)を測定し、穴加工数と摩耗幅との関係を調べた。その結果を表7及び図6に示す。測定は、各油剤について、それぞれ異なる2種類のロットを用いて行った。表7に2種類のロットの全てのデータを示し、図5には、2種類のロットの平均データを示す。
【0045】
【表7】
【0046】
表7及び図6から知られるごとく、油剤A及び油剤Dは、ドリルの摩耗幅が大きく潤滑性が不十分であることがわかる。油剤Aは、グリセリンと脂肪酸とのエステルを主成分とするが、炭素数8という炭素数の小さい脂肪酸を脂肪酸成分の主成分としている(表4及び表5参照)。また、油剤Dは、トリメチロールプロパンと脂肪酸とのエステルを主成分とするが、炭素数18という炭素数の大きな脂肪酸を脂肪酸の主成分とし、粘度も油剤A〜Eの中で最大であった(表1、表4及び表5参照)。
一方、表7及び図6から知られるごとく、油剤B、油剤C、及び油剤Eは、ドリルの摩耗を比較的長期間抑制することができる。これらの油剤は、トリメチロールプロパンと脂肪酸とのエステルを主成分とし、エステルの脂肪酸としてはカプリン酸を主成分としていた(表4及び表5参照)。潤滑性能は、油剤Eが最も優れており、次いで、油剤B、油剤Cの順で優れた潤滑性能を示した(表7及び図6参照)。
【0047】
油剤B、油剤C、及び油剤Eは、上述のごとく、共通のエステルを主成分とし、比較的優れた潤滑性能を示すが、これらの潤滑性能には違いがある(図6参照)。この相違点の原因を明らかにするために、油剤B〜Eに含まれる上述のエステル以外の添加剤成分の同定を行った。
【0048】
具体的には、示唆屈折計を用いて、分子のクロマトグラフを観察した。
その結果、油剤B、油剤C、及び油剤Eには、フェノール系成分の添加剤が含まれていることがわかった。
次いで、この添加剤について、ガスクロマトグラフ質量分析法により分子量を計測し、標準試料(酸化防止剤:4,4’−Butylidenebis)の分子量スペクトルと比較した。その結果、両者のスペクトルが一致した(図7(a)及び(b)参照)。よって、油剤B、油剤C、及び油剤Eに含まれる添加剤は、4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤であることがわかった。図8に、油剤Eの酸化防止剤のスペクトル強度(添加量)を1としたときの他の油剤(油剤B及び油剤C)のスペクトル強度比(添加量)を示す。
【0049】
上述のごとく、油剤B、油剤C、及び油剤Eには、4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤の存在が確認されたが、酸化防止剤は、ドリルによる穴加工時に潤滑性能を示すものではない。
そこで、油剤B、油剤C、及び油剤Eの潤滑性能の違いをさらに検討するために、エステルを構成する脂肪酸の炭素数に注目し、上述の反応熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析の分析結果(表4)を整理した。その結果を図9に示す。
【0050】
図9において、縦軸は、スペクトル強度(含有量)を示す。また、横軸は、脂肪酸の炭素数を表す。具体的には、横軸において、「−」で結ばれたCの数はエステルを構成するアルコールの価数を示し、Cの右下に付した数字はエステルを構成する脂肪酸の炭素数を示す。例えば、「C8−C10−C10」は、3価アルコール(本例においてはトリメチロールプロパン)をアルコール成分とするトリエステルであって、その脂肪酸成分として、炭素数8の脂肪酸を一つと炭素数10の脂肪酸を2つ含有していることを示す。また、例えば「C10−C10−C10」は、3価アルコール(本例においてはトリメチロールプロパン)をアルコール成分とするトリエステルであって、その脂肪酸成分として、炭素数10の脂肪酸を3つ含有していることを示す。
【0051】
図9より知られるごとく、油剤B、油剤C、及び油剤Eは、いずれもトリエステルを主成分としている。また、潤滑性能に特に優れる油剤Eは、他の油剤B及び油剤Cに比べてC8−C10−C10及びC10−C10−C10が多くなっていた。特にC10−C10−C10については、油剤Eは、油剤B及び油剤Cに比べて約2倍以上多く含有していることから、C10−C10−C10は、潤滑性能へ大きな影響を及ぼすと考えられる。
【0052】
(実施例1)
本例は、トリメチロールプロパンと脂肪酸とのエステルからなる切削・研削油剤を作製し、その潤滑性を評価する例である。
本例の切削・研削油剤は、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルのみからなる。このトリエステルは、トリメチロールの3つのヒドロキシル基の全てにカプリン酸がエステル結合してなる(下記の構造式参照)。この切削・研削油剤を油剤Fとする。油剤Fのトリエステルの構造式を下記に示す。
【化2】
【0053】
次に、油剤Fを用いて、上記実験例と同様にして穴加工(穴加工数:300個)を行い、ドリル逃げ面コーナ摩耗幅(mm)を測定した。その結果を図10に示す。
なお、図10には、比較用として、上記実験例で測定した油剤B、油剤C、及び油剤Eの結果を併記する。
【0054】
図10より知られるごとく、トリメチロールプロパンとカプリン酸とのトリエステルからなる油剤Fは、他の油剤に比べて最も優れた潤滑性能を示し、ドリルの摩耗を長期間抑制することができた。同図より知られるごとく、油剤Fは、上記実験例において最も優れた潤滑性能を示した油剤Eよりもさらに優れた潤滑性能を発揮することができる。
また、本例においては、1.2ml/hという極めて微量の切削・研削油剤を用いて加工を行った。このように微量な油剤量にもかかわらず、油剤Fは優れた潤滑性能を示した。
【0055】
また、本例においては、合金鋼(0.05wt%S含有硫黄快削鋼)に対するドリル加工において油剤Fを用いたが、この場合においても油剤Fは、上述のごとく優れた潤滑性能を示した。
また、油剤Fは、上述のごとく微量でも充分な潤滑性能を発揮できるため、使用後に油剤Fの廃液を回収して廃棄する際に、特別な回収工程を必要とせず、切屑と一緒に回収することができる。そして、トリエステルからなる上記油剤Fは、生分解が可能であり、約20日間でこれを完全に生分解させることができる。そのため、廃棄処理のコストを大幅に削減することができる。
【0056】
このように、トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸(カプリン酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤(油剤F)は、微量の使用量でも充分に工具の加工寿命を延長でき、優れた潤滑性能を発揮することができる。また、本例の切削・研削油剤(油剤F)は、ステンレス等の鉄合金からなる被加工物に対しても適用でき、また、廃棄処理のコストを削減することができる。
【0057】
(実施例2)
本例は、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤(実施例1の油剤F)に対して、硫化脂肪酸エステルを添加し、その潤滑性能を評価する例である。
【0058】
硫化脂肪酸エステルとしては、大日本インク化学工業(株)製のGS230を用いた。本例において用いた硫化脂肪酸エステルの物性を表8に示す。
【0059】
【表8】
【0060】
トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤に対して、添加量を変えて硫化脂肪酸エステルを添加し、上記実験例と同様にして穴加工(穴加工数300個)を行い、ドリル逃げ面コーナ摩耗幅(mm)を測定した。その結果を図11に示す。
【0061】
図11より知られるごとく、硫化脂肪酸エステルを添加することにより、切削・研削油剤の潤滑性能をより向上できることがわかる。
また、硫化脂肪酸エステルを15体積%以下で添加した場合には、その添加量に応じて潤滑性能を向上できることがわかる。一方、硫化脂肪酸エステルを15体積%添加した場合と20体積%添加した場合とを比較すると、両者に潤滑性能の違いがほとんんどなかったことから、硫酸脂肪酸エステルの添加量は、20体積%以下、より好ましくは15体積%以下とすることができる。
【0062】
このように、本例によれば、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤に対して、硫化脂肪酸エステルを添加することにより、潤滑性能をより一層向上できることがわかる。
【0063】
また、トリメチロールプロパンとカプリン酸(炭素数10の直鎖飽和脂肪酸)とのトリエステルからなる切削・研削油剤に対して、実験例の油剤B、油剤C、及び油剤Eと同様に、4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤を添加することができる。この場合には、切削・研削油剤の酸化を防止し、その安定性を向上させることができる。その結果、切削・研削油剤がより長期間安定にその潤滑性能を発揮することができる
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】切削・研削油剤の排水処理法の種類を示す説明図。
【図2】水溶性切削油剤廃液の処理方法を示す説明図。
【図3】実験例にかかる、切削・研削油剤の生分解率を示す説明図。
【図4】実験例にかかる、切削・研削油剤(油剤A〜E)に含まれるエステルの構造式を示す説明図。
【図5】実験例にかかる、切削加工装置の構成を示す説明図。
【図6】実験例にかかる、各切削・研削油剤(油剤A〜E)を用いて穴加工を行ったときの穴加工数とドリル逃げ面コーナ摩耗幅との関係を示す説明図。
【図7】実験例にかかる、切削・研削油剤(油剤B、油剤C、及び油剤E)に含まれる添加剤のMSスペクトルを示す説明図(a)、標準試料(酸化防止剤)のMSスペクトルを示す説明図(b)。
【図8】実験例にかかる、油剤Eに含まれる酸化防止剤のスペクトル強度(ピーク面積)を1としたときの他の油剤(油剤B及び油剤C)に含まれる酸化防止剤のスペクトル強度(ピーク面積)を示す説明図。
【図9】実験例にかかる、切削・研削油剤(油剤B、油剤C、及び油剤E)に含まれるエステルの脂肪酸の炭素数と、ガスクロマトグラフ質量分析スペクトルの強度(脂肪酸量)との関係を示す説明図。
【図10】実施例1にかかる、各切削・研削油剤(油剤B、油剤C、油剤E、油剤F)を用いて300回穴加工を行ったときのドリル逃げ面コーナ摩耗幅を示す説明図。
【図11】実施例2にかかる、切削・研削油剤(油剤F)に対する硫化脂肪酸エステルの添加量とドリル逃げ面コーナ摩耗幅との関係を示す説明図。
【符号の説明】
【0065】
1 切削・研削油剤
2 工具
3 被加工物
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具による金属製の被加工物の切削加工又は研削加工時に、加工部位に供給される切削・研削油剤であって、
トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項2】
請求項1において、さらに硫化脂肪酸エステルを20体積%以下含有することを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、さらに4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤を5体積%以下含有することを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項において、上記飽和脂肪酸は、カプリン酸であることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項において、上記被加工物は、ステンレス鋼からなることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項において、上記切削・研削油剤は、ドリルによる穴加工に用いられ、該穴加工の深さをL(mm)とし、ドリルの直径をD(mm)とすると、L/D≧20の上記穴加工に用いられることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項7】
金属製の被加工物の加工部位に油剤を供給して、工具により上記加工部位に切削加工又は研削加工を施す切削・研削方法において、
上記油剤として、請求項1〜6に記載の切削・研削油剤を採用することを特徴とする切削・研削方法。
【請求項8】
請求項7において、上記切削・研削油剤は、1時間当たり10ml以下の供給量で上記加工部位に供給することを特徴とする切削・研削方法。
【請求項9】
請求項7又は8において、上記切削・研削油剤と気体状の流体とを混合し、上記切削・研削油剤を霧状にして上記加工部位に供給することを特徴とする切削・研削方法
【請求項1】
工具による金属製の被加工物の切削加工又は研削加工時に、加工部位に供給される切削・研削油剤であって、
トリメチロールプロパンと炭素数10の飽和脂肪酸とのトリエステルからなることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項2】
請求項1において、さらに硫化脂肪酸エステルを20体積%以下含有することを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、さらに4,4’-ブチリデンビスの分子構造を有する酸化防止剤を5体積%以下含有することを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項において、上記飽和脂肪酸は、カプリン酸であることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項において、上記被加工物は、ステンレス鋼からなることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項において、上記切削・研削油剤は、ドリルによる穴加工に用いられ、該穴加工の深さをL(mm)とし、ドリルの直径をD(mm)とすると、L/D≧20の上記穴加工に用いられることを特徴とする切削・研削油剤。
【請求項7】
金属製の被加工物の加工部位に油剤を供給して、工具により上記加工部位に切削加工又は研削加工を施す切削・研削方法において、
上記油剤として、請求項1〜6に記載の切削・研削油剤を採用することを特徴とする切削・研削方法。
【請求項8】
請求項7において、上記切削・研削油剤は、1時間当たり10ml以下の供給量で上記加工部位に供給することを特徴とする切削・研削方法。
【請求項9】
請求項7又は8において、上記切削・研削油剤と気体状の流体とを混合し、上記切削・研削油剤を霧状にして上記加工部位に供給することを特徴とする切削・研削方法
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−116487(P2010−116487A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290748(P2008−290748)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【出願人】(000116655)愛知製鋼株式会社 (141)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【出願人】(000116655)愛知製鋼株式会社 (141)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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