説明

切削工具用硬質皮膜

【課題】従来のAlCrN膜よりも耐摩耗性を向上させることが可能な切削工具用硬質皮膜の提供。
【解決手段】基材上に形成される硬質皮膜であって、第一皮膜層と第二皮膜層とを交互に各2層以上積層して成る第一多層皮膜層を含み、前記第一皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、Al(100−x−y−z)Cr(x)(y)(z)(ただし、20≦x≦40,2≦y≦15,5≦z≦15)で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第二皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、Al(100−u−v−w)Cr(u)(v)(w)(ただし、20≦u≦40,0≦v≦5,0≦w≦5)で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、yとvとがy≧vの関係を満たし、更に、zとwとがz−5≧wの関係を満たす硬質皮膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンドミル,ドリル等の切削工具に被覆して耐摩耗性を向上させるための切削工具用硬質皮膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、金属切削工具に被覆する硬質皮膜としては、TiN,TiCN,TiAlNが使用されてきた。特に、特許文献1,2に代表されるTiAlN系皮膜はTiNにAlを添加することで硬度と耐熱性を改良させたもので、耐摩耗性の良さから、焼入れ鋼を含む鉄鋼材料を加工するための切削工具用硬質皮膜として広く用いられている。
【0003】
しかしながら、近年では鉄鋼材料に対する耐摩耗性をさらに向上させることが工具に求められてきており、TiNの代わりにCrNをベースとすることでTiAlN皮膜よりも耐熱性をより向上させたAlCrN皮膜が特許文献3等で提案されている。
【0004】
【特許文献1】特開昭62−56565号公報
【特許文献2】特開平2−194159号公報
【特許文献3】特許第3039381号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、AlCrN皮膜はTiAlN皮膜に比べて耐熱性は良いものの硬度がやや小さく、そのため、鉄鋼材料に対する耐摩耗性が十分とは言えない。
【0006】
本発明は、上述のような現状に鑑み、本発明者等が皮膜組成と皮膜層構成について研究した結果、硬質皮膜の硬度及び潤滑性を向上させることにより上記課題を解決できるとの知見を得て完成したもので、硬質皮膜を所定の組成及び積層構造とすることにより、硬質皮膜の硬度及び潤滑性を改善することができ、従来のAlCrN膜よりも飛躍的に耐摩耗性を向上させることが可能な極めて実用性に秀れた切削工具用硬質皮膜を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨を説明する。
【0008】
切削工具用基材上に形成される切削工具用硬質皮膜であって、この硬質皮膜は、第一皮膜層と第二皮膜層とを交互に各2層以上積層して成る第一多層皮膜層を含み、前記第一皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、
Al(100−x−y−z)Cr(x)(y)(z)
ただし、20≦x≦40,2≦y≦15,5≦z≦15
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第二皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、
Al(100−u−v−w)Cr(u)(v)(w)
ただし、20≦u≦40,0≦v≦5,0≦w≦5
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第一皮膜層のVの含有割合yと前記第二皮膜層のVの含有割合vとがy≧vの関係を満たし、更に、前記第一皮膜層のBの含有割合zと前記第二皮膜層のBの含有割合wとがz−5≧wの関係を満たすことを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0009】
また、請求項1記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一多層皮膜層と前記基材との間には第三皮膜層が設けられ、この第三皮膜層の金属元素及び半金属元素は前記第二皮膜層の金属元素及び半金属元素と同一であることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0010】
また、請求項1,2いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記基材直上には第四皮膜層が設けられ、この第四皮膜層はTiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物であり、この第四皮膜層の膜厚は0.01μm〜0.5μmに設定されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0011】
また、請求項1,2いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記基材直上には第四皮膜層が設けられ、この第四皮膜層はCrを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物であり、この第四皮膜層の膜厚は0.01μm〜0.5μmに設定されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0012】
また、請求項1〜4いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一多層皮膜層の表層側には、第五皮膜層と第六皮膜層とを交互に各2層以上積層して成る第二多層皮膜層が設けられ、前記第五皮膜層の金属元素,半金属元素及び非金属元素は前記第一皮膜層の金属元素,半金属元素及び非金属元素と同一であり、前記第六皮膜層は金属元素及び半金属元素が原子%で、
Si(100−t)(t)
ただし、0≦t≦30,Mは周期律表の4a,5a,6a,3b族のうちのいずれか1
種以上の元素
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第五皮膜層の膜厚は40nm以下に設定され、前記第六皮膜層の膜厚は0.2nm〜4nmに設定され、更に、前記第五皮膜層が前記第六皮膜層の4倍以上の厚さとなるように前記第五皮膜層及び前記第六皮膜層の膜厚が設定されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0013】
また、請求項1〜5いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一多層皮膜層はNaCl型結晶構造を有するものであることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0014】
また、請求項1〜6いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記基材は、WCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材とから成る超硬合金製であって、前記WC粒子の平均粒径が0.1μm〜2μmに設定され、前記Coの含有量が重量%で5〜15%に設定されたものであることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明は上述のように構成したから、硬質皮膜の硬度及び潤滑性を改善することができ、従来のAlCrN膜よりも飛躍的に耐摩耗性を向上させることが可能な極めて実用性に秀れた切削工具用硬質皮膜となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
好適と考える本発明の実施形態を、本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0017】
Vが添加されることで潤滑性が向上することになり、また、Bが添加されることで硬度が向上することになる。よって、従来のAlCrN系皮膜より潤滑性及び硬度を向上させることが可能となる。
【0018】
ここで、Bを含有させると皮膜の硬度が増大する一方、靱性がやや低下してしまうが、本発明においては、第一皮膜層に比べてB含有量を5at%(原子%)以上少なくして靭性の低下を抑えた第二皮膜層を第一皮膜層と交互に積層することで、硬度と靭性を両立させている。即ち、B含有量が多い第一皮膜層が主に硬度の向上作用を担い、この第一皮膜層間のB含有量の少ない第二皮膜層が主に靱性の向上作用を担うことで、硬く且つ粘り強い皮膜となり、それだけチッピングの生じ難い耐摩耗性に秀れたものとなる。
【0019】
また、第二皮膜層のV含有量は第一皮膜層と同じでも良いが、B含有量が少なくやや硬度が低くなっているため、硬度が低くなり過ぎないようにV含有量を第一皮膜層より少なくすることが望ましい。
【実施例】
【0020】
本発明の具体的な実施例について説明する。
【0021】
本実施例は、切削工具用基材上に形成される切削工具用硬質皮膜であって、この硬質皮膜は、第一皮膜層と第二皮膜層とを交互に各2層以上積層して成る第一多層皮膜層を含み、前記第一皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、
Al(100−x−y−z)Cr(x)(y)(z)
ただし、20≦x≦40,2≦y≦15,5≦z≦15
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第二皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、
Al(100−u−v−w)Cr(u)(v)(w)
ただし、20≦u≦40,0≦v≦5,0≦w≦5
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第一皮膜層のVの含有割合yと前記第二皮膜層のVの含有割合vとがy≧vの関係を満たし、更に、前記第一皮膜層のBの含有割合zと前記第二皮膜層のBの含有割合wとがz−5≧wの関係を満たすものである。
【0022】
各部を具体的に説明する。
【0023】
基材は、WC(タングステンカーバイド)を主成分とする硬質粒子とCo(コバルト)を主成分とする結合材とから成る超硬合金製のものが採用されている。具体的には、前記WC粒子の平均粒径が0.1μm〜2μmに設定され、前記Coの含有量が重量%で5〜15%に設定されたものが採用されている。
【0024】
この基材の直上には、Ti(チタン)を主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第四皮膜層が設けられている。この第四皮膜層の膜厚は0.01μm〜0.5μmに設定されている。尚、第四皮膜層として、Cr(クロム)を主成分とする窒化物若しくは炭窒化物を採用しても良い。この場合も膜厚は0.01μm〜0.5μmに設定すると良い。
【0025】
この第四皮膜層の上には、第三皮膜層が設けられている。この第三皮膜層の金属元素及び半金属元素は前記第二皮膜層の金属元素及び半金属元素と同一に設定されている。
【0026】
本実施例においては、この第三皮膜層の上に前記第一皮膜層と第二皮膜層とを交互に積層して成る第一多層皮膜層が設けられている。尚、第一多層皮膜層はNaCl型結晶構造を有する構成としている。
【0027】
この第一多層皮膜層の表層側には、第五皮膜層と第六皮膜層とを交互に各2層以上積層して成る第二多層皮膜層が設けられ、前記第五皮膜層の金属元素,半金属元素及び非金属元素は前記第一皮膜層の金属元素,半金属元素及び非金属元素と同一であり、前記第六皮膜層は金属元素及び半金属元素が原子%で、
Si(100−t)(t)
ただし、0≦t≦30,Mは周期律表の4a,5a,6a,3b族のうちのいずれか1
種以上の元素
で表され、非金属元素としてN(窒素)を含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第五皮膜層の膜厚は0.8nm〜40nmに設定され、前記第六皮膜層の膜厚は0.2nm〜4nmに設定され、更に、前記第五皮膜層が前記第六皮膜層の4倍以上の厚さとなるように前記第五皮膜層及び前記第六皮膜層の膜厚が設定されている。
【0028】
上記構成を採用した理由及び上記構成による作用効果を以下に説明する。
【0029】
第一多層皮膜層について、その皮膜構成を上述のように設定した理由を述べる。先ず、第一皮膜層の組成について述べる。本発明者等は、AlCrNに種々の第3元素を入れた皮膜について研究し、V(バナジウム)及びB(ボロン)を所定量含有させることで鉄鋼材料に対する耐摩耗性を向上できることを発見した。これは、皮膜の硬度と潤滑性が改善されたためと考えられる。
【0030】
具体的には、金属及び半金属のみの原子%でB量が5%に満たない場合その効果は小さいが、5%以上で硬度の向上効果が現れ、そして、B含有量が15%を超えると硬度の値はあまり変化しなくなることを確認した。また、BはAl(アルミニウム)やCrに比べて高価な元素であるので、皮膜硬度と経済性を考慮して、第一皮膜層の組成範囲として、金属及び半金属のみの原子%でB量が5%以上15%以下とした。
【0031】
また、Vは、その含有量を多くすると皮膜の潤滑性が向上する。具体的には、金属及び半金属のみの原子%でV量が2%に満たない場合その効果は小さいが、2%以上で潤滑性の向上効果が現れ、その皮膜を被覆した工具の鉄鋼材料に対する耐摩耗性が向上することを確認した。一方、V含有量を多くしすぎると皮膜の硬度が低下し、鉄鋼材料に対する耐摩耗性が低下してくることも確認した。また、VはAlやCrに比べて極めて高価な元素であるので、皮膜の潤滑性および硬度と経済性とを考慮して、第一皮膜層の組成範囲として、金属及び半金属のみの原子%でV量が2%以上15%以下とした。
【0032】
第一皮膜層を基材直上に形成して切削工具を作成し、鉄鋼材料に対して切削テストを行ったところ、送り速度や切り込み深さの小さい仕上げ加工条件下ではAlCrN皮膜の場合に比べて摩耗の少ない良好な切削性能が得られるものの、送り速度や切り込み深さの大きい荒加工条件下では切れ刃に微小チッピングが生じる場合があることが判明した。これはBを含有させた効果により、皮膜の硬度は増大したものの皮膜の靭性がやや低下したためと考えられる。
【0033】
そこで、第一皮膜層に比べてB含有量を5at%以上少なくして靭性の低下を抑えた第二皮膜層を設け、第一皮膜層と第二皮膜層を交互に各2層以上積層する(第一多層皮膜層)ことによって硬度と靭性を両立させることを考案した。第二皮膜層のV含有量は第一皮膜層と同じでも良いが、B含有量が少なくやや硬度が低くなっているため、硬度が低くなり過ぎないようV含有量を第一皮膜層より少なくすることが望ましい。
【0034】
次に、第一多層皮膜層の結晶構造について述べる。種々の成膜条件で成膜して結晶構造と硬度を調べた結果、第一皮膜層及び第二皮膜層ともに、成膜条件によりNaCl型結晶構造を取る場合とウルツ鉱型結晶構造を取る場合があることがわかった。硬度を比較すると、後者の硬度が前者に比べて極端に低くなった。そのため、第一多層皮膜層の結晶構造をNaCl型結晶構造にすることが望ましい。
【0035】
第一皮膜層を基材直上に形成して作成した切削工具では、切削中に皮膜の微小剥離が生じる場合があることも判明した。そこで、基材直上に第二皮膜層と同一の元素成分で構成される第三皮膜層を形成し、その上に第一多層皮膜層を形成して切削工具を作成し、切削テストを行ったところ、切削中の皮膜の微小剥離が低減し、より安定した切削が可能になった。第一多層皮膜層と基材の間に第三皮膜層を形成することで膜剥離が低減した理由は、次のように説明できると考えられる。即ち、皮膜の厚さ方向では基材直上近傍の膜応力が最も大きくなりやすいことが知られているが、その部分の皮膜の靭性が低いと皮膜の微小破壊が生じやすくなり、それが膜剥離につながったものと考えられる。従って、基材直上に靭性のより高い第三皮膜層を形成することで、皮膜の微小破壊が生じにくくなり、膜剥離の低減につながったものと思われる。
【0036】
膜剥離や皮膜の微小破壊を低減するための別の方策として、基材との密着性に優れたTi系あるいはCr系の窒化物もしくは炭窒化物(第四皮膜層)を基材直上に形成させても良い。基材の直上に第四皮膜層を形成しその上に第一多層皮膜層を形成しても、膜剥離や皮膜の微小破壊が大幅に低減する。より好ましい皮膜構成は、基材の直上に第四皮膜層を形成し、その上に第三皮膜層を形成し、さらにその上に第一多層皮膜層を形成するのが良い。第四皮膜層の膜厚は、その上に第三皮膜層を形成する場合には比較的膜厚が薄くても基材との密着性向上の効果が現れるが、その場合でも0.01μm以上の厚さがあることが望ましい。また、第四皮膜層の目的は基材との密着性向上効果にあるので、膜厚を厚くしすぎる必要もなく、膜厚を0.5μm以下にすることが望ましい。
【0037】
次に第二多層皮膜層について述べる。本発明者等は、AlCrVBNの組織について研究し、Si(シリコン)系窒化物の極薄い皮膜(第六皮膜層)をAlCrVBNの皮膜(第五皮膜層)と積層することで、AlCrVBN皮膜の組織が柱状組織から50nm以下の微細結晶(NaCl型結晶構造)と非晶質部が混在した、所謂、ナノコンポジット組織に変化することを突き止めた。柱状組織からナノコンポジット組織に変化する理由については今後の研究が待たれるところであるが、Si系窒化物皮膜が非晶質化し易い物質であることから、薄いAlCrVBN膜(第五皮膜層)を極薄い非晶質皮膜(第六皮膜層)で挟むように積層することによって、AlCrVBN膜内のBNが非晶質化して、ナノコンポジット組織になったものと思われる。第六皮膜層はSiN膜でも良いが、DCタイプのアークイオンプレーティング法やスパッタリング法でSiN膜を成膜する場合Siターゲットを蒸発源として用いることになるが、Siターゲットの導電性が低いため安定的に成膜を続けることが比較的難しい。そこで、ターゲット材の導電率を上げて成膜の安定化を容易にするために、金属元素Mを少量添加しても良い。第六皮膜層の中で非晶質化し易いのはSiNなので、非晶質領域を多く確保するため、第六皮膜層の金属元素及び半金属元素に占めるMの割合は原子%で30%以下にすることが望ましい。元素Mの種類は周期律表の4a,5a,6a,3b族のうちの1種以上で、特に限定するものではないが、第五皮膜層に含まれるAl,Cr,V,Bの中の1種類若しくは2種類以上を元素Mとして採用しても良い。
【0038】
また、皮膜結晶の大きさが微細化すると硬度が高くなることが知られている。同一成分の皮膜でも、柱状組織の皮膜よりもナノコンポジット組織の皮膜の方が高い硬度になる。第五皮膜層は厚すぎるとナノコンポジット組織に変化しづらくなるため、厚さを40nm以下にすることが望ましい。また、第六皮膜層は、薄すぎると第五皮膜層がナノコンポジット組織に変化しづらくなり、厚すぎると第二多層皮膜層が脆くなるため、厚さを4nm以下0.2nm以上にすることが望ましい。更に、第二多層皮膜層を積層構成にした目的がAlCrVBN皮膜をナノコンポジット組織にすることであるので、第二多層皮膜層内に占める第五皮膜層の体積割合が80%以上となるように、第五皮膜層は第六皮膜層より4倍以上の厚さとすることが望ましい。
【0039】
本実施例の硬質皮膜は鉄鋼材料用切削工具向けに発明されたものであるが、その基材としては、WCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材からなる超硬合金が、鉄鋼材料用切削工具として硬度と靭性のバランスが取れた材料であることから望ましい。WC粒子の平均粒径を小さくしすぎると、結合材中にWC粒子を均一に分散させることが難しくなり、超硬合金の抗折力低下を引き起こしやすい。一方、WC粒子を大きくしすぎると超硬合金の硬度が低下する。また、Co含有量を少なくしすぎると超硬合金の抗折力が低下し、逆にCo含有量を多くしすぎると超硬合金の硬度が低下する。そのため、WC粒子の平均粒径が0.1μm〜2μmであり、Co含有量が重量%で5〜15%の超硬合金を基材とすることが望ましい。
【0040】
本実施例は上述のように構成したから、Vが添加されることで潤滑性が向上することになり、また、Bが添加されることで硬度が向上することになる。よって、従来のAlCrN系皮膜より潤滑性及び硬度を向上させることが可能となる。
【0041】
ここで、Bを含有させると皮膜の硬度が増大する一方、靱性がやや低下してしまうが、本発明においては、第一皮膜層に比べてB含有量を5at%(原子%)以上少なくして靭性の低下を抑えた第二皮膜層を第一皮膜層と交互に積層することで、硬度と靭性を両立させている。即ち、B含有量が多い第一皮膜層が主に硬度の向上作用を担い、この第一皮膜層間のB含有量の少ない第二皮膜層が主に靱性の向上作用を担うことで、硬く且つ粘り強い皮膜となり、それだけチッピングの生じ難い耐摩耗性に秀れたものとなる。
【0042】
また、第二皮膜層のV含有量は第一皮膜層と同じでも良いが、B含有量が少なくやや硬度が低くなっているため、硬度が低くなり過ぎないようにV含有量を第一皮膜層より少なくすることが望ましい。
【0043】
特に、本実施例は、基材上に、第四皮膜層、第三皮膜層、第一多層皮膜層、第二多層皮膜層を順次積層し、第一多層皮膜層の基材側及び表層側に夫々更に所定の特性を有する皮膜層を設けている。即ち、膜応力が大きくなる皮膜の基材側に靱性に秀れた皮膜層を配すると共に、被切削物と接触する表層側に硬度に秀れた皮膜層を配することで、皮膜が基材から剥離し難く且つ表層が摩耗し難くなり、極めてチッピングが生じ難いものとなる。
【0044】
従って、本実施例は、AlCrN皮膜に対してVとBを添加することで皮膜の硬度と潤滑性を向上させるとともに、積層の仕方を工夫して高い硬度と潤滑性を維持しながら高い靭性を確保でき、鉄鋼材料に対する耐摩耗性を向上させた秀れた性能を発揮する切削工具用硬質皮膜となる。
【0045】
以下、本実施例の効果を裏付ける実験例について説明する。
【0046】
実験では、成膜装置としてアーク放電式イオンプレーティング蒸発源とスパッタリング蒸発源をそれぞれ2つずつ持つ複合型成膜装置を用いた。アーク放電式イオンプレーティング蒸発源(蒸発源A)、スパッタリング蒸発源(蒸発源B)、アーク放電式イオンプレーティング蒸発源(蒸発源C)、スパッタリング蒸発源(蒸発源D)の順に4つの蒸発源が90度の間隔を置いて装置内のサイドに配置されている。装置内の中央部に回転ステージがあり、そこに成膜基材をセットしバイアス電圧を加えながら回転させる。金属及び半金属成分の蒸発源として各種組成のターゲットを成膜装置内に取り付け、また、反応ガスとしてNガス,CHガス,Arガスのうち少なくとも1種類を成膜装置内に導入して、成膜基材としての超硬合金製2枚刃ボールエンドミル(外径2mm)に所定の皮膜を成膜した。第四皮膜層の成膜には蒸発源D(スパッタリング蒸発源)を用い、第三皮膜層と第一多層皮膜層の成膜には蒸発源Aと蒸発源C(アーク放電式イオンプレーティング蒸発源)を用い、第二多層皮膜層の成膜には蒸発源A(アーク放電式イオンプレーティング蒸発源)と蒸発源B(スパッタリング蒸発源)を用いた。第四皮膜層と第二多層皮膜層の成膜時にはArガスをガス流量全体の1/2の割合で成膜装置内に導入し、第三皮膜層と第一多層皮膜層の成膜時にはArガスを導入しなかった。また、アーク放電電流を100A、スパッタリング電力を1.5kWとして成膜を行った。基材の超硬合金はWCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材からなり、WC粒子の平均粒径が1μm、Co含有量が8重量%のものを使用した。成膜に当たっては、全皮膜の膜厚が2.0〜2.8μmになるようにして、第四皮膜層,第三皮膜層,第一多層皮膜層,第二多層皮膜層の順番で基材エンドミルに成膜した。所定の皮膜を被覆したエンドミルを用いて次の切削条件で切削試験を行い、エンドミル逃げ面の摩耗幅を測定した。
【0047】
切削試験では、被削材をSKD61焼入れ材(52HRC)とし、湿式条件下で切削を行った。外径2mmのエンドミルを24600min−1の速度で回転させ、送り速度1480mm/min,切り込み量Ad=0.16mm,Pf=0.7mmとし、水溶性切削油をクーラントとして試験を行った。切削試験の結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
尚、No.1の第四皮膜層(TiCN)及びNo.20の第三皮膜層(TiCN)は、基材直上部のC量を0、即ちTiNとし、表層部に向けて徐々にC量を増やしながら成膜した。また、No.11の第四皮膜層(CrCN)は、基材直上部のC量を0、即ちCrNとし、表層部に向けて徐々にC量を増やしながら成膜した。
【0050】
表1では本実施例とともに、従来の硬質皮膜や本発明の範囲外の硬質皮膜を実施例と同様な手段で被覆したエンドミルで切削試験を行った結果を比較例として記載している。
【0051】
表1から、本実施例は比較例に比べてエンドミル逃げ面摩耗幅の低減、即ち、耐摩耗性の向上が認められる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切削工具用基材上に形成される切削工具用硬質皮膜であって、この硬質皮膜は、第一皮膜層と第二皮膜層とを交互に各2層以上積層して成る第一多層皮膜層を含み、前記第一皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、
Al(100−x−y−z)Cr(x)(y)(z)
ただし、20≦x≦40,2≦y≦15,5≦z≦15
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第二皮膜層は金属及び半金属成分が原子%で、
Al(100−u−v−w)Cr(u)(v)(w)
ただし、20≦u≦40,0≦v≦5,0≦w≦5
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第一皮膜層のVの含有割合yと前記第二皮膜層のVの含有割合vとがy≧vの関係を満たし、更に、前記第一皮膜層のBの含有割合zと前記第二皮膜層のBの含有割合wとがz−5≧wの関係を満たすことを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項2】
請求項1記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一多層皮膜層と前記基材との間には第三皮膜層が設けられ、この第三皮膜層の金属元素及び半金属元素は前記第二皮膜層の金属元素及び半金属元素と同一であることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項3】
請求項1,2いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記基材直上には第四皮膜層が設けられ、この第四皮膜層はTiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物であり、この第四皮膜層の膜厚は0.01μm〜0.5μmに設定されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項4】
請求項1,2いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記基材直上には第四皮膜層が設けられ、この第四皮膜層はCrを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物であり、この第四皮膜層の膜厚は0.01μm〜0.5μmに設定されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一多層皮膜層の表層側には、第五皮膜層と第六皮膜層とを交互に各2層以上積層して成る第二多層皮膜層が設けられ、前記第五皮膜層の金属元素,半金属元素及び非金属元素は前記第一皮膜層の金属元素,半金属元素及び非金属元素と同一であり、前記第六皮膜層は金属元素及び半金属元素が原子%で、
Si(100−t)(t)
ただし、0≦t≦30,Mは周期律表の4a,5a,6a,3b族のうちのいずれか1
種以上の元素
で表され、非金属元素としてNを含むと共に、不可避不純物を含むものであり、前記第五皮膜層の膜厚は40nm以下に設定され、前記第六皮膜層の膜厚は0.2nm〜4nmに設定され、更に、前記第五皮膜層が前記第六皮膜層の4倍以上の厚さとなるように前記第五皮膜層及び前記第六皮膜層の膜厚が設定されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項6】
請求項1〜5いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一多層皮膜層はNaCl型結晶構造を有するものであることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項7】
請求項1〜6いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記基材は、WCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材とから成る超硬合金製であって、前記WC粒子の平均粒径が0.1μm〜2μmに設定され、前記Coの含有量が重量%で5〜15%に設定されたものであることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。

【公開番号】特開2009−56549(P2009−56549A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−225987(P2007−225987)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(000115120)ユニオンツール株式会社 (44)
【Fターム(参考)】