説明

切削用工具

【課題】耐摩擦性と高いすべり性を兼備し、連続切削で摩耗しても性質が変化しない切削用工具を提供する。
【解決手段】切削用工具は、表面粗さが500〜2000オングストロームの基材11の表面に、基材の表面粗さの1/20以上1/3以下の厚さで、硬度が大きいTiAlN層12とすべり性に優れたCrN層13が交互に積層され、全体で厚さ1〜3μmの金属層が構成されたものである。表面が摩耗すると、表面にはTiAlN層12とCrN層13が同時に現れるので、高い耐摩耗性とすべり性が同時に得られ、摩耗が進行しても初期と同じ状態・性能を維持できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に金属層がコーティングされた切削用工具に係り、特に機械的性質の異なる2種類の金属層が交互に積層するようにコーティングされ、摩耗によって切削性能が変化しないように工夫された切削用工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、工作機械等に設けられる切削用工具には、切削時の摩擦に耐えるための硬さや、被削材を速やかに排出しうる摩擦係数の低さを示すすべり性等が求められる。従って、切削用工具には、求められる性能に応じて種々の工具用金属材料の中から適当な金属材料が基材として選択されるとともに、当該基材の表面には、特に必要な機械的性質を実現するために金属層がコーティングされることがある。
【0003】
下記特許文献1には、基材の表面にTiとAlの炭化物、窒化物及び炭窒化物のような耐摩耗性を有する金属を1層あたり1〜4μmの厚さで1層乃至3層積層させて硬質被膜層を形成した金属部材についての発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭62−56565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献に記載の発明によれば、基材の表面に耐摩耗性を有する金属を1層乃至3層積層させて硬質被膜層を形成したので、切削用工具に適用した場合には連続切削に対する耐摩耗性は向上するが、その他の性質、例えばすべり性等は十分とはいえず、切削時に削りくずを速やかに排出することができない。
【0006】
本発明は、このような従来の問題点に鑑みてなされたものであり、切削時の摩擦に耐える硬度と、被削材を速やかに排出する高いすべり性を兼備し、しかも連続切削により摩耗しても性質が変化しない切削用工具を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載された切削用工具は、
所定の表面粗さを有する基材の表面に当該基材とは異なる金属からなる金属層がコーティングされた切削用工具において、
互いに機械的性質が異なるとともに前記基材の前記表面粗さよりも小さい膜厚とされた第1の金属層と第2の金属層が交互に積層されたことを特徴としている。
【0008】
請求項2に記載された切削用工具は、請求項1記載の切削用工具において、
前記基材の前記表面粗さが500〜2000オングストロームの範囲内にあり、前記第1の金属層の膜厚と、前記第2の金属層の膜厚が、前記基材の前記表面粗さの1/20以上1/3以下であることを特徴としている。
【0009】
請求項3に記載された切削用工具は、請求項2記載の切削用工具において、
記第1の金属層と前記第2の金属層の各膜厚の合計が1μm以上3μm以下であることを特徴としている。
【0010】
請求項4に記載された切削用工具は、請求項3記載の切削用工具において、
前記第1の金属層が、前記第2の金属層に比較して相対的に硬度が大きい金属からなり、少なくとも前記基材の表面に接して形成されており、前記第2の金属層が、前記第1の金属層に比較して相対的にすべり性の高い金属からなることを特徴としている。
【0011】
請求項5に記載された切削用工具は、請求項4記載の切削用工具において、
前記第1の金属層が、TiAlN、AlCrN、TiSiN、CrSiN、TiCNからなる群から選択された金属であり、
前記第2の金属層が、前記第1の金属層と機械的性質が異なるように、CrN、CrSiN、TiN、TiCNからなる群から選択された金属であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
請求項1に記載された切削用工具によれば、基材の表面粗さよりも膜厚が小さい種類の金属層を基材上に交互に積層したので、使用によって摩耗すると表面に両方の金属層が同時に現れて互いに異なる各々の機械的性質が同時に発揮される。また、連続切削により摩耗がさらに進んでも、表面に両方の金属層が同時に現れる状態は変化しないので、各金属層の機械的性質が同時に発揮される状態も変化せず、維持される。
【0013】
請求項2に記載された切削用工具によれば、請求項1記載の切削用工具による効果において、さらに、各金属層の厚さが基材の表面粗さの1/20以上1/3以下なので、使用状態や使用による摩耗の状況等に左右されることなく、切削用工具の表面には常に両方の金属層が同時に現れ、各々の機械的性質が同時に発揮される効果を確実に得ることができる。
【0014】
請求項3に記載された切削用工具によれば、請求項2記載の切削用工具による効果において、さらに、全金属層の合計厚さを1μm以上としたので切削による摩耗の進行が速すぎることがなく、また全金属層の合計厚さを3μm以下としたので金属層が厚すぎて摩耗する前に基体から剥がれ落ちてしまうおそれがない。
【0015】
請求項4に記載された切削用工具によれば、請求項3記載の切削用工具による効果において、さらに、第1の金属層が第2の金属層と比較して相対的に硬度が大きい金属であり、第2の金属層が第1の金属層と比較して相対的にすべり性の高い金属であるため、硬さによる良好な耐摩耗性と、すべり性による被削材の良好な排出性とを共に向上させることができる。また、硬度の大きい第1の金属層は基材に対する被着性が高いので、積層された金属層は全体として基材に対し安定して被着した状態を保つことができる。
【0016】
請求項5に記載された切削用工具によれば、請求項4記載の切削用工具による効果において、第1の金属層としては、TiAlN、AlCrN、TiSiN、CrSiN、TiCNの群から選択することができ、第2の金属層としては、第1の金属層と機械的性質が異なる限りにおいて、CrN、CrSiN、TiN、TiCNの群から選択することができ、両群から高い自由度で選択した各金属の多様な組み合わせを目的に応じて任意に設定することができ、選択の幅が広いという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係る切削用工具の製造に使用されるアークイオンプレーティング装置の構造を示す模式図である。
【図2】図2は、本発明の実施形態に係る切削用工具において、金属層を積層する前の基材の表面粗さの一例を示す図である。
【図3】図3(a)は、本発明の実施形態に係る切削用工具の同図(b)のa−a切断線における模式的断面図であり、図3(b)は、同切削用工具を表面に垂直な面で切断した模式的断面図である。
【図4】図4は、本発明の実施形態に係る切削用工具の切削試験において、比較例とした切削用工具の金属層の種類及びその膜厚と、達成した切削長を示した表図である。
【図5】図5は、本発明の第1実施形態に係る切削用工具の切削試験において、当該切削用工具の金属層の1層あたりの厚さと、達成した切削長及び良好な効果が得られた試料であることを示す○印を示した表図である。
【図6】図6(a)は、本発明の第1又は第2実施形態に係る試験例に供された切削用工具のうち、一層の厚さが500オングストロームの切削工具を表面に垂直な面で切断した断面図であり、図6(b)は、同図(a)の部分拡大図である。
【図7】図7は、本発明の第2実施形態に係る切削用工具の切削試験において、当該切削用工具の金属層の1層あたりの厚さと、達成した切削長及び良好な効果が得られた試料であることを示す○印を示した表図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態を図1〜図7を参照して説明する。
1.アークイオンプレーティング装置の構造
本発明の切削用工具は、所定の表面粗さを有する基材の表面に、互いに機械的性質が異なるとともに、前記基材の表面粗さよりも小さい膜厚となるように、第1の金属層と第2の金属層を交互に積層したものである。基材の表面に2種類の金属層を交互に積層させるために、本例では図1に示すようなアークイオンプレーティング装置1が使用される。
【0019】
図1に示すように、このアークイオンプレーティング装置1は、被コーティング物である切削用工具の基材を収納する真空チャンバー2を備えている。真空チャンバー2は高気密性の箱型容器であり、内部の気体を図示しない排気ポンプによって排気するための排気口3と、コーティング工程で内部に必要なプロセスガスを導入するための供給口4が設けられている。
【0020】
真空チャンバー2内には、外部に設けられた図示しない駆動源によって回転する回転式テーブル5が設けられており、この回転式テーブル5にはバイアス電源6により一定の負のバイアス電圧が印加できるようになっている。
【0021】
真空チャンバー2内には、切削用工具の基材にコーティングしようとする金属材料からなる第1及び第2のターゲット7,8が、回転式テーブル5の真上と左側方の2箇所にそれぞれ設けられている。これらのターゲット7,8は各アーク電源9の負極に接続されたカソードであり、各アーク電源9の陽極には各ターゲット7,8の周囲にそれぞれ設けられた略円筒形のアノード10が接続されている。カソードである2つのターゲット7,8は、真空チャンバー2の外で回路的に接続されて同電位とされている。
【0022】
2.アークイオンプレーティング装置1による金属層の形成
回転式テーブル5の上に切削用工具の基材11を配置する。基材11の材質としては、切削用工具としての用途・目的に応じて適宜選択すればよいが、例えば炭素工具鋼の他、炭素工具鋼に少量のタングステン、クロム、バナジウム等が添加された合金工具鋼(低合金工具鋼)や、鋼にクロム、タングステン、モリブデン、バナジウムといった金属成分を多量に添加した高速度工具鋼(ハイス鋼)を採用することができる。
【0023】
工具の種類により基材11の表面粗さは異なるのが通常であるが、本例では、成膜前の基材11の表面粗さとしては500オングストロームから2000オングストロームの範囲内を対象とした。図2に示す例では、表面粗さが2000オングストロームとなっている。
【0024】
真空チャンバー2内の所定位置に金属材料からなる第1及び第2のターゲット7,8をそれぞれ装着してそれぞれアーク電源9に接続する。本例では、基材11に2種類の金属層を交互に被着する。第1の金属層としては、基材11及び第2の金属層に比べて相対的に硬度が大きい金属としてTiAlNを採用するため、真空チャンバー2の上方に設ける第1のターゲット7はTiAlとする。また、第2の金属層としては、基材11及び第1の金属層に比べて相対的にすべり性の高い金属としてCrNを採用するため、真空チャンバー2の左側面に設ける第2のターゲット8はCrとする。各金属層に含まれるNはプロセスガスである窒素ガスから供給される。
【0025】
基材11に対する金属層の被着の順序であるが、硬度が大きい金属の方が一般的に金属に対する被着性が良好であるため、本例において基材11に最初に被着するのはTiAlNとする。また、金属の被着工程はCrNの被着で終了することにより、切削用工具の最表面をCrN層で覆うものとする。これは、基材11の刃部以外の部分もすべり性の高いCrN層で覆うことにより、被削材がCrN層の高いすべり性で速やかに排出できるようにするためである。
【0026】
なお、第2の金属層と比較して相対的に硬度が大きい第1の金属層としては、TiAlNの他、AlCrN、TiSiN、CrSiN、TiCN等の中から採用可能である。また、第1の金属層と比較して相対的にすべり性が良好な第2の金属層としては、第1の金属層と機械的性質が異なるように他の金属を選択する限りにおいて、CrN、CrSiN、TiN、TiCN等の中から採用可能である。すなわち、CrSiNやTiCNは、切削用工具のコーティングに用いる金属として硬度及びすべり性の両方について採用しうる性能を有しているので、これらを硬度又はすべり性のために選択する場合には、他方の金属については、これよりもすべり性又は硬度が良好な別の金属を採用するものとする。
【0027】
アークイオンプレーティング装置1を用いた金属層の形成について説明する。排気口3から真空チャンバー2内の空気を抜いて真空度を高め、供給口4からプロセスガスとしての窒素を導入する。図1に示すように、回転式テーブル5を回転させながら、真空チャンバー2の上方に設けられたターゲット7とアノード10の間にアーク電源9によってアーク放電を発生させ、ターゲット7の金属であるTiAlを蒸発させる。蒸発したTiAlと雰囲気ガスである窒素から構成されたイオンが、負のバイアス電圧が印加された基材11の表面に堆積し、第1の金属層であるTiAlNを形成する。
【0028】
次に、ターゲット7への通電を切って、ターゲット8に通電を切り替える。すなわち、回転式テーブル5の回転を継続しながら、真空チャンバー2の左側面に設けられたターゲット8とアノード10の間にアーク電源9によってアーク放電を発生させ、ターゲット8の金属であるCrを蒸発させる。蒸発したCrと雰囲気ガスである窒素から構成されたイオンが、負のバイアス電圧が印加された基材11に前工程で被着しているTiAlNの上に堆積し、第2の金属層であるCrNを形成する。
【0029】
このように、基材11を回転させながら、第1及び第2のターゲット7,8への通電を交互に切り替えて蒸着を各々必要回数だけ繰り返すことにより、基材11の表面にTiAlN層とCrN層を積層して形成することができる。
【0030】
各金属層の個々の厚さは、基材11の表面粗さよりも小さいものとし、基材11の表面の表面粗さによる凹凸が、金属層を被着しても当該金属層の表面に同様の凹凸として現れるようにする。具体的には次項の「実施例」で説明するが、各金属層の膜厚は、基材11の表面粗さの1/20以上1/3以下であるものとし、また両金属層の各膜厚の合計は1μm以上3μm以下であるものとする。
【0031】
3.得られた金属層の構成
図3(b)に、以上の製造工程で金属膜を形成した切削用工具の表面に垂直な面で切断した場合の模式的断面図を示す。基材11の表面には硬度が大で金属に対する被着性が良好なTiAlN層12があり、CrN層13と交互に積層した金属層が構成されており、基材11の最表面はすべり性の良好なCrN層13で覆われている。
【0032】
図3(b)に示すように、2種類の金属層12,13が交互に重ねられた金属層の表面は、基材11の表面と略同様の粗さが現れている。これを切削用工具として用いた場合には、図3(b)中に切断線a−aで示唆するように突出した部分が摩耗して表面が平坦に近い状態となり、図3(a)に示すように、切削用工具の表面には2種類の金属層12,13が交互に縞状に現れる。
【0033】
このような状態になると、切削用工具としては、硬度の大きいTiAlN層12による耐摩耗性と、すべり性の良好なCrN層13による切削くずの排出性の両方の性能を高いレベルで発揮できることとなる。そして、累積総切削長が大きくなって切削用工具の摩耗が進んでも、TiAlN層12とCrN層13が交互に縞状に現れた表面状態は依然として維持されるので、最終的にすべての金属層が摩耗して基材11が露出するまで、良好な耐摩耗性及びすべり性が継続的に維持されて安定した切削を長期間継続することができる。
【0034】
4.実施例
次に、以上説明した本例の切削用工具を実際に種々の条件で製造し、また単層の金属膜を有する切削用工具を比較例として製造し、これらを切削試験に供して互いに寿命を比較することにより、本例の切削用工具の構成において必要とされる膜厚等の諸条件について検討する。
【0035】
(1)切削条件等
本実施例の切削用工具はWC−Coからなり、外径10mm、刃長22mm、全長80mm、シャンク径10mmのエンドミルであり、その表面粗さ1500オングストロームの基材11に、前述したようにTiAlN層12とCrN層13が交互に積層した合計厚さ3μmの金属層を形成した。このエンドミルを実際に切削に供して寿命評価を行なった。切削条件は、被削材を機械構造用炭素鋼S55Cとし、切削速度50m/min、1刃当たりの送り量0.44mm/刃、切り込み深さは径方向1mm、軸方向15mmとした。以上の条件で切削を行い、エンドミルの切刃の切削方向と反対側の面である逃げ面の摩耗量が0.2mmに達した時をもって寿命とし、その時の切削長を記録した。なお、逃げ面の摩耗量が0.2mmに達したか否かは切削長3〜5mごとに随時切削を中断して確認するものとした。
【0036】
(2)比較例
図4は、比較例であるTiAlNを単層で30000オングストローム(3μm)の厚さに形成した比較例の寿命評価試験の結果を示すものであり、寿命に達した時点での累積切削長(以下、単に切削長と呼ぶ)は50mであった。
【0037】
(3)実施例1
図5は、第1実施例であるTiAlN層12とCrN層13が交互に積層された多層膜の切削用工具であり、1層当たりの厚さを10オングストロームから2000オングストロームまで変化させて7種類製作し、それぞれ上述した試験を行なって寿命としての切削長の値を得た。同図中、○印を付したものが比較例と比較した場合に良好な結果と考えられるものであり、1層当たりの厚さが75オングストロームで切削長が80m、1層当たりの厚さが250オングストロームで切削長が90m、1層当たりの厚さが500オングストロームで切削長が95mとなっている。この範囲について基材11の表面粗さ1500オングストロームと比較すると、金属層の1層当たりの厚さは、図5の表中の「1層当たりの厚さ」の欄中に膜厚の数値に並べて表記したように、基材11の表面粗さの1/20以上1/3以下であることが条件となる。
【0038】
また、図5において、切削用工具の基材11の表面粗さの1/20未満、同1/3を越える範囲では、効果が得られないことも確認された。
【0039】
また、総膜厚は1μmから3μmが良好であり、これよりも薄いと摩耗が早くなり(切削長が短くなり)、またこれよりも厚いと膜厚が均一になりにくく、厚くなりすぎたところの金属層が剥離して基材11から剥がれ落ちてしまう原因となる。第1実施例は総膜厚が3μmの例であるが、同様の実験により総膜厚で1μm〜3μmの範囲で効果が得られることが確認されている。
【0040】
図6は、本実施例における切削用工具の金属膜の状態を実施例の実際の寸法に従って表した図であり、同図(a)は表面粗さ約1500オングストロームの基材11の表面を示す図であり、同図(b)は当該基材11の表面に、1層当たり約500オングストロームのTiAlN層12とCrN層13が交互に積層されて全体で約30000オングストロームの金属層が構成されている状態を拡大して示したものである。従って、図6(b)に示す構造によれば、一部省略して示しているが、各層ごとに30層、合計60層の金属層が積層した状態になり、最下層のTiAlN層12は基材11の凹凸に入り込んで確実に被着し、最上層のCrN層は基材11と同様の凹凸を見せている。
【0041】
従って、図6(b)中に下向きの矢印で示すように、切削に伴って金属層が摩耗して凹凸が均され、同図中に切断線で示すように表面が略平坦になると、同表面には、TiAlN層12とCrN層13が交互に縞状になって現れることとなり、硬度の大きいTiAlN層12による耐摩耗性と、すべり性の良好なCrN層13による切削くずの排出性の両方の性能を高いレベルで発揮できる。切削用工具の摩耗が進んで金属層全体としての厚さが減じても、TiAlN層12とCrN層13が縞状になって同一表面内に現れる状態は維持されるので、最終的に基材11が露出するまでは、良好な耐摩耗性及びすべり性が継続的に維持されて安定した切削を長期間継続できる。
【0042】
(4)実施例2
図7は、第2実施例であるTiAlN層とCrSiN層(CrSi中のSi含有率3%)が交互に積層された多層膜の切削用工具である。その他の条件等は第1実施例と同一である。本例においては、1層当たりの厚さが75オングストロームで切削長が85m、1層当たりの厚さが250オングストロームで切削長が95m、1層当たりの厚さが500オングストロームで切削長が100mとなっており、第1実施例よりも寿命が伸びている。これは、Siを添加したことにより膜の硬度がより高くなったためと考えられる。第1実施例と同様、本例においても金属層の1層当たりの厚さは基材11の表面粗さの1/20以上1/3以下であることが条件となる。その他の事項についても第1実施例と同様の結果が得られた。
【0043】
なお、以上説明した各実施例では、切削用工具の基材11の材質はWC−Coであったが、高速度工具鋼でも同様の結果が得られた。また、本実施形態乃至実施例では、金属膜の形成にアークイオンプレーティング装置1を用いるものとしたが、アーク放電でなく電子ビーム等を用いて行なうイオンプレーティング装置や、その他の蒸着手段乃至手法を用いることもできる。
【0044】
以上説明したように、本実施形態の切削用工具によれば、単層膜や、耐摩耗性を有する複数種類の金属膜を基材に積層して設けた場合に比べ、耐摩耗性と摺動性の両方に優れるため、工具の長寿命化が図れとともに切削性が向上し、しかも長時間使用して摩耗が進行しても初期と同じ状態・性能を維持できるという効果がある。
【符号の説明】
【0045】
1…アークイオンプレーティング装置
7,8…ターゲット
11…基材
12…第1の金属層としてのTiAlN層
13…第2の金属層としてのCrN層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の表面粗さを有する基材の表面に当該基材とは異なる金属からなる金属層がコーティングされた工具において、
互いに機械的性質が異なるとともに前記基材の前記表面粗さよりも小さい膜厚とされた第1の金属層と第2の金属層が交互に積層されたことを特徴とする工具。
【請求項2】
前記基材の前記表面粗さが500〜2000オングストロームの範囲内にあり、前記第1の金属層の膜厚と、前記第2の金属層の膜厚が、前記基材の前記表面粗さの1/20以上1/3以下であることを特徴とする請求項1記載の工具。
【請求項3】
前記第1の金属層と前記第2の金属層の各膜厚の合計が1μm以上3μm以下であることを特徴とする請求項2記載の工具。
【請求項4】
前記第1の金属層が、前記第2の金属層に比較して相対的に硬度が大きい金属からなり、少なくとも前記基材の表面に接して形成されており、
前記第2の金属層が、前記第1の金属層に比較して相対的にすべり性の高い金属からなることを特徴とする請求項3記載の工具。
【請求項5】
前記第1の金属層が、TiAlN、AlCrN、TiSiN、CrSiN、TiCNからなる群から選択された金属であり、
前記第2の金属層が、前記第1の金属層と機械的性質が異なるように、CrN、CrSiN、TiN、TiCNからなる群から選択された金属であることを特徴とする請求項4記載の工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−214522(P2010−214522A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−63866(P2009−63866)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(000201814)双葉電子工業株式会社 (201)
【Fターム(参考)】