制震構造
【課題】免震構造のように挙動する有効適切な制震構造(擬似免震構造)を実現する。
【解決手段】多層建物における低層階の複数層を上層階の各層よりも低剛性の柔層としてそれら柔層により上層階全体を支持し、各柔層にそれぞれ回転慣性質量ダンパー1と付加減衰(オイルダンパー2)を層剛性と並列に配置し、各諸元を以下の(1)〜(4)の全てを満足するように設定する。(1)各柔層の層剛性が上層階各層の層剛性の最大値の1/2以下であること。(2)各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、10≦HiKi/(Mig)≦80 。(3)各柔層に設置する各回転慣性質量ダンパーの慣性質量ψiとしたとき、ψi=(0.5〜2.0)Mi。(4)柔層に設置する付加減衰の減衰係数ci、柔層の層数n、減衰定数h=0.2〜1.0、建物の1次固有振動数f1としたとき、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi 。
【解決手段】多層建物における低層階の複数層を上層階の各層よりも低剛性の柔層としてそれら柔層により上層階全体を支持し、各柔層にそれぞれ回転慣性質量ダンパー1と付加減衰(オイルダンパー2)を層剛性と並列に配置し、各諸元を以下の(1)〜(4)の全てを満足するように設定する。(1)各柔層の層剛性が上層階各層の層剛性の最大値の1/2以下であること。(2)各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、10≦HiKi/(Mig)≦80 。(3)各柔層に設置する各回転慣性質量ダンパーの慣性質量ψiとしたとき、ψi=(0.5〜2.0)Mi。(4)柔層に設置する付加減衰の減衰係数ci、柔層の層数n、減衰定数h=0.2〜1.0、建物の1次固有振動数f1としたとき、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi 。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多層建物に適用して好適な制震構造に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、上部構造の全体を積層ゴムやすべり支承等の免震装置により免震支持する「免震構造」は耐震性に優れた構造であり、中低層の建物だけでなく超高層建物にも採用事例が増加している。
しかし、従来一般の免震構造では免震層の変形が50cm以上と大きいことからそれに対応するため免震ピットにより大きな免震クリアランスを確保する必要があるし、配管に変形対応のジョイントを設けたりする必要がある。また、地面や隣接建物と接続する部分(渡り廊下やエキスパンションジョイント)においては免震層の変形に対応したディテールが求められ、変形量が大きいためにコストアップ要因となっている。さらに、敷地境界いっぱいに建物を利用したい場合にも免震クリアランスだけ余計にセットバックする必要があり、敷地に余裕がないと免震構造は採用できなかった。
また、免震層を基礎部にではなく1階柱頭や地上階の途中に設ける中間階免震構造もあるが、その場合には免震層の大きな変形に対応するためにエレベータシャフトのまわりに大きなデッドスペースを設けたり、外壁や内装材にも変形に対応した特殊なディテールを用いたりする必要があった。
以上のことから、免震構造はその有効性が認められつつも上記の制約条件が採用し難い要因となっていた。
【0003】
一方、免震構造とは別に、建物内に地震エネルギーを吸収する制震ダンパーを設置して地震時の応答を低減し耐震性を向上させる「制震構造」も多くの高層建物に採用されている。制震構造は免震構造のような免震層やそのための免震ピットがないので変形に対応する特殊なディテールは不要となるが、地盤と絶縁されないので低層階での加速度低減効果が小さいし、各階に配置する制震ダンパーの設置場所を確保するのが建築計画上で難しい場合もある。
また、制震構造の範疇にいわゆる Soft First Story なる構造がある。これは1階の層剛性を小さくしてここにダンパーを集中配置することにより効果的にエネルギー吸収するものであるが、1階の層間変形角が1/40以上と大きくなるためにP-δ効果によって柱部材に大きな付加曲げモーメントが生じて高軸力に対応し難く、また通常の内外装仕上げでは変形に追随できず特殊な納まりが必要になることから普及には至っていない。
【0004】
既往の制震技術において Soft First Story に類する構造として特許文献1や特許文献2に示されるものが知られている。
【特許文献1】特開2003−138779号公報
【特許文献2】特開平11−324392号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に示される制震構造は、建物低層部での梁の曲げ耐力を小さく設定して大地震時にラーメン架構の層剛性を低下させ、その剛性を低下させた階にブレースダンパー等の制震装置を設置して応答を低減させるものであるが、これは梁が降伏してはじめて低剛性層となるものであることから弾性変形時には応答低減効果が得られないし、風や微振動に対しては何ら有効ではない。
【0006】
特許文献2に示される制震構造(Lower Soft Stories:LSS制震構造)は、多層建物の下層部のm層を直上層の剛性よりも小さく設定してここに減衰を付加した構造であって、特に低剛性層の水平剛性K(tonf/cm)を当該階の支える支持重量ΣW(tonf)に対し 0.01≦K/W≦0.1かつK/W≦1/n(n:多層建物の層数)の範囲とし、低剛性層の減衰定数h≧40/m かつ h>10%とするものであり、特許文献2には上記のような諸元設定により基礎固定の制震構造でも免震構造と同様の効果が得られるとされているが、これだけでは免震効果を生み出す成立条件に無理があるし、必ずしも充分な制震効果が得られない場合もある。
【0007】
上記事情に鑑み、本発明はSoft First Storyや特許文献1、2に示される構造のように低層階での層剛性を低下させてそこに制震機構を集中配置することを基本としつつ、各諸元をより厳密に設定することで免震的な効果を充分に取り込むことのできる有効適切な制震構造、いわば「疑似免震構造」を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の制震構造は、多層建物における低層階の複数層を上層階の各層よりも低剛性の柔層としてそれら柔層により上層階全体を支持し、各柔層にそれぞれ回転慣性質量ダンパーと付加減衰を層剛性と並列に配置し、各諸元を以下の(1)〜(4)の全てを満足するように設定したことを特徴とする。
(1)各柔層の層剛性が、それら柔層により支持される上層階各層の層剛性の最大値の1/2以下であること。
(2)各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、
10≦HiKi/(Mig)≦80
なる関係を満足すること。
または、各柔層の層剛性Ki(tonf/cm)、各柔層が支持する支持重量Wi(tonf)、各柔層の階高Hi(cm)としたとき、
10≦HiKi/Wi≦80
なる関係を満足すること。
(3)各柔層に設置する各回転慣性質量ダンパーの慣性質量ψi、各柔層が支持する支持質量Miとしたとき、
ψi=(0.5〜2.0)Mi
なる関係を満足すること。
(4)各柔層に設置する付加減衰の減衰係数ci、柔層の層数n、各柔層が支持する支持質量Mi、建物の1次固有振動数f1としたとき、
ci=(2.5〜12.5)nf1Mi
なる関係を満足すること。
【0009】
本発明においては、各柔層の階高Hi、層剛性Ki、減衰係数ci、各慣性質量ψiとし、建物の1次固有振動数f1としたとき、各諸元を次式が各層でほぼ同じになるように設定することが好ましい。
【数1】
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低層部に設けた複数層の柔層があたかも免震構造における免震層のように機能するものであり、それら柔層のみに回転慣性質量ダンパーとオイルダンパー等の付加減衰による制震機構を設置することで、制震構造でありながらあたかも免震構造のようないわば疑似免震構造を実現できる。したがって、積層ゴムやすべり支承等の免震装置、免震ピット、大きな免震クリアランスを確保する必要のない制震構造でありながら免震構造に匹敵する優れた耐震性能を得ることができる。
また、鋼材の降伏等を利用する履歴ダンパーを使用していないので、中小地震から巨大地震まで有効な制振構造である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1〜図2に本発明の実施形態を示す。これは鉄骨造の地上15階建ての建物への適用例であって、地上1階〜3階を上層階よりも低剛性の柔層とし、それら柔層の各層のX,Y方向に回転慣性質量ダンパー1とオイルダンパー(付加減衰)2とをそれぞれ層剛性と並列に配置して、それら3層の柔層が全体として免震構造における免震層のように機能する(いわば1つの疑似免震層として挙動する)ようにしたものである。
【0012】
この場合、各柔層の層剛性をそれら柔層により支持される上層階の層剛性の最大値の1/2以下、したがって柔層の層間変位が上層階の層間変位の最大値の2倍以上となるように各諸元を設定する。なお、ここでの層間変位とは設計用地震力(静的な水平せん断力)に対する各階の層間変位を指し、本発明では全ての柔層の層間変位が上層階の層間変位が最大となる層(一般には柔層の直上層となる)の2倍以上となるように諸元を設定する。設計用地震力については建築基準法に準拠して設定する。
【0013】
また、各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、10≦HiKi/(Mig)≦80 なる関係を満足するように諸元を設定する。上記はSI単位系で表示した場合であり、重力単位系で表示すれば、層剛性Ki(tonf/cm)、支持重量Wi(tonf)、階高Hi(cm)として、10≦HiKi/Wi≦80 となる。ここで、支持質量Mi(支持重量Wi)は当該柔層より上にある質量(重量)の合計値である。
これは、柔層の層剛性を上層階の層剛性の1/2以下に設定したうえで、さらに風などのような平均成分(静的荷重成分)をもつ外力に対して過大な変形を生じないように剛性の下限値を設定し、かつ免震的な挙動をさせるための剛性として上限値を設定したものである。換言すれば、上記の下限値を超える場合には変形が過大となって好ましくなく、上記の上限値を超える場合には免震的な効果が充分に得られないので好ましくない。
【0014】
各柔層に設置する回転慣性質量ダンパー1の慣性質量ψiは、大きいほど柔層(疑似免震層)の応答変位を抑制できるが、過度に大きいと上部構造の応答加速度が高振動数域で増すことから、当該階で支持する支持質量Mi(当該階の上部にある全質量)の0.5〜2.0倍、すなわち ψi=(0.5〜2.0)Mi とすることが好ましい。
なお、回転慣性質量ダンパー1としては、ボールねじと回転錘(フライホイール)を組み合わせて構成したものが好適に採用可能であり、それにより回転錘の質量の数百倍以上の慣性質量効果を得ることができる。
【0015】
各柔層に付加するオイルダンパー2の減衰係数ciは、柔層の層数n(図示例ではn=3)、減衰定数h=0.2〜1.0、当該階で支持する支持質量Mi、建物の固有1次振動数f1として次式で設定する。
ci=2nh(2πf1)Mi=4πnhf1Mi=(2.5〜12.5)nf1Mi
減衰係数ciにそのような幅を持たせたのは、理想的な減衰定数h=0.3±0.1に対して、柔層以外の変形もあること、および回転慣性質量ダンパー1による質量効果を織り込んだためである。したがって、柔層の剛性が上層階(一般階)より充分に小さい場合には括弧内の値は小さくて良い(4程度が好適)が、充分に小さいといえない場合には多少大きい方が良い(10程度が好適)。その値を大きくするほど柔層の変位を抑制できるが、上層階への加振力が増大して上層階の加速度や層間変位が増加してしまうため、免震的な制震効果(疑似免震)を発揮できる範囲として上限を設定してある。
【0016】
なお、柔層に設置する付加減衰としては上記のようにオイルダンパー2が好適であるが、それには上層階に過大な加速度が生じないようにリリーフ機構を設けることも好ましい。いずれにしても、柔層の層間変位は数cm程度であって一般的な免震構造における免震層の変位(50cm程度)よりは大幅に小さいから、ストロークの小さい汎用(制震向け)のオイルダンパーが適用可能である。
また、基本的には上式で設定した減衰係数ciの付加減衰を各柔層に設置するが、柔層の最上階(図示例では3階)だけその0.5倍程度に低減することも考えられる。その場合、柔層の最上階の層間変位はやや増加するが、上層階の加速度や層間変位を低減できる。
【0017】
そして本発明では、回転慣性質量ダンパー1の慣性質量効果を考慮した複素固有値解析を行い、柔層を構成する複数層が1次モードでほぼ直線的(層間変形角が揃う)に振動するように設定することが好ましい。そのためには、高層建物においては柔層のせん断力がほぼ同じになるので、柔層の階高Hi、層剛性Ki、減衰係数ci、慣性質量ψiとし、建物の1次固有振動数f1としたとき、各諸元が次式の関係を満足するように設定すれば良く、それにより柔層の層間変形角がほぼ同じになる。柔層の各層における層剛性は建築計画からは一定にし難いため、各柔層に適宜のダンパーを設置して層剛性を下式を満足するように調整すれば良い。
【数2】
【0018】
なお、柔層は必ずしも図示例のように3層とすることはないが通常は3〜4層とすることが現実的である。免震層の減衰を大きくして変位を抑制するようにした変位抑制型の免震構造においては免震層の変位は15〜20cm程度であり、本発明においてもその程度の変位とするためには、柔層での層間変形角を1/100〜1/70以内とし、柔層の階高を4〜5m程度とすると柔層を3〜4層とする必要がある。
また、柔層の階高は大きい方が望ましい。柔層の層間変位は一般階より大きくなるから階高が大きい方が層間変形角が過大にならないので有利である。
さらに、柔層は必ずしも図示例のように上下に連続する層に設けることはなく、たとえば1階を剛な層(あるいは通常の層剛性をもつ層)として柔層を2〜4階に設けたり、剛な層を挟んで柔層をたとえば1,3,5階に離散配置しても良い。
【0019】
以上のように各諸元を設定することにより、本発明の制震構造では柔層全体があたかも1つの免震層のように機能して変位抑制型免震構造のように挙動し、したがってこれは制震構造でありながら疑似免震構造というべきものとなり、柔層各層の変位を通常の免震層に比べて充分に抑制しながら上層階の加速度を充分に低減できるものとなる。
勿論、柔層以外の上層階は全て通常の耐震構造として良く、通常の制震構造のように各階に制震ダンパーを設置する必要はないから、通常の制震構造に比べて建築計画上の自由度が高まり、有効面積の拡大を図ることができ、コスト的にも有利である。。
【0020】
以下、本発明の制震構造の具体的な設計例(Case-3およびCase-4)を示し、その特性を従来型の耐震構造(Case-1)や従来型の制震構造(Case-2)と比較して示す。
図1に示した地上15階建ての鉄骨造の建物(事務所ビル、高さ70.2m、長辺方向の長さ6.4m×5スパン=32m、短辺方向の長さ6.4m+12.8m=19.2m)を対象とし、本発明ではその1階〜3階を柔層として、各方向のそれぞれ4構面に回転慣性質量ダンパー1とオイルダンパー2を設置した。
各Caseの諸元は次の通りであり、各Caseの振動諸元、H/KMの値、地震力と層間変位についてのデータを表1、表2、表3に示す。
【0021】
【表1】
【0022】
【表2】
【0023】
【表3】
【0024】
・Case-1(従来型の耐震構造):構造躯体のみでダンパー等の制震要素なし。
・Case-2(従来型の制震構造):層剛性はCase-1と同じで全階にオイルダンパーを設置し たもの。ダンパーは1〜7階では500kN/kine、8〜15階では200kN/kineとした(これ は一般的な制震構造と比較して2倍程度の減衰性能を付与したものである)。1次固有 周期は1.98秒である。
・case-3(本発明の制震構造):表1に示すように上層階の層剛性はCase-1,2の約2倍とする。表3に示すように1〜3階の柔層の層間変位は上層階の4倍以上である。表2に示すように柔層におけるHiKi/(Mig)=10.5〜19.1≦80であり、本発明の設定条件を満足している。1階〜3階の柔層に設置する回転慣性質量ダンパー1の慣性質量ψiは順にψ1=7 ,000ton、ψ2=6,000ton、ψ3=4,000tonとし、オイルダンパー2の減衰係数ciは順にc1=900kN/kine、c2=900kN/kine、c3=500kN/kineとする。慣性質量効果を考慮した固有値解析による建物の1次固有周期は2.68秒である。
・case-4(本発明の制震構造):表1に示すように上層階の層剛性はCase-1,2と同じとする。表3に示すように1〜3階の柔層の層間変位は上層階の2倍以上である。その他の諸元はCase-3と同じとする。慣性質量効果を考慮した固有値解析による建物の1次固有周期は2.86秒である。
【0025】
解析は建物の非線形を無視した線形応答解析とし、減衰は1次に対して2%の振動数比例形(弾性)とする。検討用の地震動は高層評定で一般的に使用されている建築センター波L2(最大加速度356gal)と、極大地震を想定した震度7検討用地震動IS7(943gal)の2つとする(図3)。
【0026】
上記の各Caseに対して時刻歴応答解析を行った結果を図4〜図5に示す。なお、グラフの表記上、RFL(屋根)を16FLとしてある。
図4(入力地震動:建築センター波L2)に示す結果から、本発明では1〜3階で免震的に挙動(4FL以下で変形が大きい)してその部分で変形を稼ぐことが分かる。1〜3階の層間変位はほぼ4cm程度(層間変形角は約1/120程度)である。変形は充分に小さく上層階にダンパーがなくても応答せん断力も小さくなっている(ベースシャ係数0.17)。上層階の剛性が変動しても加速度や層せん断力は大差ないが、変形は剛性にほぼ比例して変化している。柔層のオイルダンパーは9MN(900tonf)、慣性質量ダンパーは4MN(400tonf)程度の負担力であり、各階4個所の制震機構ならば通常のダンパースペックで充分対応できる程度である。
図5(入力地震動:震度7検討用地震動IS7)の場合でも同様の挙動であり、1〜3階の層間変位はほぼ7cm程度(層間変形角は約1/70程度)で揃っている。変形は充分に小さく、上層階に制震ダンパーがなくても応答加速度も小さくなる傾向にある。応答せん断力も全層にオイルダンパーを設置した通常の制震構造と比較してやや減少している。本例ではベースシヤ係数が0.3であり、高強度部材により弾性設計も可能であり、震度7でも構造体が損傷しない設計が可能になる。柔層のオイルダンパーは19MN(1,900tonf)、慣性質量ダンパーは10MN(1,000tonf)程度の負担力であり、各階6個所の制震機構とすれば通常のダンパースペックで充分対応できる程度である。また、ベースシャが小さくなることで、地下構造や基礎に作用する地震力も低減される。
【0027】
ところで、本発明の制震構造と特許文献2に示される制震構造(LSS制震)とは、いずれも低層部に設けた柔層(低剛性層)を免震層的に機能させる「免震的な制震構造(疑似免震構造)」である点で共通しているので、以下、本発明の制震構造と特許文献2に示される制震構造(LSS制震)とを比較検討してみる。
LSS制震は慣性質量効果を対象とせずにあくまで粘性減衰だけを対象としており、その点で回転慣性質量ダンパーによる慣性質量効果を利用することを前提としている本発明とは制震機構の構成が相違しているばかりでなく、以下の点で相違している。なお、特許文献2では支持重量をΣWと表記しているので、以下の説明でもこれを踏襲する。
【0028】
すなわち、LSS制震では低剛性となる層の剛性を直上階の水平剛性より低くして0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n (nは建物層数)としているのに対し、本発明の制震構造では柔層の階高Hとして柔層の層剛性を上層階の層剛性の最大値の1/2以下とし、かつ 10≦HK/ΣW≦80 としている。これは階高H=400cmとすると 0.025≦K/ΣW≦0.2 に相当し、LSS制震の場合よりも柔層の剛性が高い領域を狙っている。本発明で HK/ΣWで整理したのは層せん断力に対する層間変形角の比という物理的に意味のある値で適用範囲を規定するためで、LSS制震の上限となるHK/ΣW=40とは「せん断力係数0.2で層間変形角1/200」に相当する。これは1次設計時の設計クライテリア(設計条件)通りの剛性であり、本発明ではその1/4〜2倍を柔層の剛性の範囲とした。(地震力の計算において、1種地盤だと建物の固有周期1.3秒以上になると振動特性係数Rt<0.5で地震力が1/2以下に低減されることから、対象範囲の下限は1/4までとした。)
【0029】
また、LSS制震は免震を代替するような高性能な制震構造を指向し、建物変形量(頂部変位)の9割以上を柔層が占める(層間変位はほぼ柔層だけ)ような剛性配分としているが、本発明では柔層で建物変形量の3〜7割程度を負担する設計となる。その結果、本発明では制震効果(疑似免震効果)が多少劣ることにもなるが、通常の構造設計断面から逸脱しないで(低剛性を実現するため極端に小さな構造部材断面にしたりピン接合を多用したりせずに)適用できる利点がある。また、風のように水平荷重に平均成分をもつ(静的水平力がある)場合には、建物の水平剛性が小さいと過大な変位を生じることになるから、本発明では通常の設計用地震力の1/2程度の静的水平外力に対しても層間変形角が1/120以下になるような水平剛性を確保するために 10≦HK/W と下限を設定した。
【0030】
そして、LSS制震では上記のように 0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n であることが条件であるが、そのような条件のみでは必ずしも充分な応答低減効果が得られない場合もあってその成立条件には無理があると言わざるを得ない。そのことについて以下のモデルにより実証する。
【0031】
「LSS制震の条件を満足するが充分な応答低減効果が得られない場合」
表4に示すような諸元の10階建ての建物(n=10)を対象として、1〜4階の4層を低剛性層(柔層)とするLSS制震を想定し、それと従来型制震と比較してみる。
【0032】
【表4】
【0033】
表4に示すように、LSS制震において低剛性層の剛性をK=680tonf/cmとすれば、K/ΣW≦680/7000=0.097であり、0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n なる条件は満足している。減衰は特許文献2に示されている実施例に合わせて、従来型制震では内部粘性型でh=20%、LSS制震では低剛性層のみh=30%とする。1次固有振周期は従来型制震で1.46秒、LSS制震では1.63秒である。
以上の2モデル(LSS制震、従来型制震)と制震なしのモデル(従来型制震モデルに対して各階の減衰係数を入れない耐震モデル)を加えた3モデルに対して、時刻歴応答解析を行って応答低減効果を比較検討した結果を図6〜図7に示す。検討用の地震動は特許文献2で用いているEL CENTRO(NS)の512gal(最大速度50cm/s)と、フラットな振動数特性をもつ地震動として建築センター波(レベル2)356galの2つを設定した。
【0034】
以上の結果から、LSS制震では設定条件を満足するモデルであっても疑似免震構造といえるような特性は得られないばかりか、従来型制震構造と比較しても振動特性の改善は見られない(寧ろ応答が増大している)。
そこで、上記のモデルに対して本発明の制震構造の設定条件を考慮してさらに検討してみる。
【0035】
「LSS制震と本発明の双方の条件を満足する場合」
本発明の設定条件である「柔層の層剛性を上層階の層剛性の1/2以下」という条件を満足させるべく、表5に示すように上層階の層剛性を2倍として柔層の層剛性を上層階の1/2としてみる。
【0036】
【表5】
【0037】
従来型制震の1次固有周期は1.04秒(f1=0.965Hz)、減衰は内部粘性型でh=0.2(20%)とする。LSS制震の1次固有周期は1.49秒、減衰はh=0.3(30%)とする。
本発明に相当するモデルとして、架構の層剛性と重量はLSS制震モデルと同じとする。ベースシヤ係数0.2の地震力に対する層間変位は10〜5階で1.02〜1.38cm、4〜1階で2.65〜2.94cmで、ほぼ条件を満足する(基準法の地震力による層間変位は、10階が1.38cm、9階以下は1.21cm以下なので10階だけ適用範囲を超えるが、わずかなので無視した)。柔層の階高H=400cmに対し、重力単位系でHK/ΣW=27〜39なので 10≦HK/ΣW≦80 なる本発明の条件は満足している。
減衰は1〜3階はLSS制震の場合と同じで、4階はLSS制震の場合の1/2とする。これはn=4、f1=0.965、Mi=7,000〜10,000tonより、ci=(2.5〜12.5)(27〜39)=67〜487ton/kineとなり、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi なる条件を満足している。
慣性質量ψiは、1階で10,000tom、2階で9,000ton、3階で8,000ton、4階で7,000tonとする。これは上層階の全質量Mと同じにしたもので、ψi=(0.5〜2.0)Mi なる条件を満足している。
【0038】
以上の各モデルに対する上記と同様の時刻歴応答解析結果を図8〜図9に示す。
これらの図から、本発明のように柔層の層剛性を上層階の層剛性の1/2以下とする(柔層の層間変位を上層階の層間変位の2倍以上とする)ことにより、応答特性はLSS制震の場合よりも大きく改善され、特に上部構造の加速度は従来制震以下に納まる。
また、5階以上の上部構造においてLSS制震での層間変位は一部で従来型制震より大きくなるが、本発明での層間変位は従来型制震とLSS制震のいずれよりも小さくなる。層せん断力も本発明が従来型制震とLSS制震のいずれよりも小さくなる。さらに、本発明では上部構造の加速度および層間変位はほぼ一定であり、免震構造と同様に上部構造が剛体的に挙動するものとなることが分かる。
特に、本発明とLSS制震とを比較した場合、本発明の方がLSS制震よりもさらに応答特性を改善でき、本発明が上層階の加速度および層間変位を共に小さくできることが分かる。
また、本発明では柔層においてLSS制震と層間変位がほぼ同じであっても慣性質量ダンパーが負剛性効果をもつため層せん断力は小さくなり、それにより基礎に作用する地震力も低減するので、基礎や杭の設計を合理化できコストダウンを図ることができる。
【0039】
「LSS制震の条件を外れ、かつ本発明の条件を満足する場合」
さらに、LSS制震における設定条件を外れる範囲で、かつ本発明の適用範囲に入る場合の検討を行う。
表6に示すように、基本モデルは上記と同様とし、各階の層剛性を表4の場合の3倍、表5の場合の1.5倍とする。柔層の剛性はそれぞれの1.5倍とする。
従来型制震モデルの1次固有振動数はf1=1.183Hz(1次固有周期0.85秒)、減衰は内部粘性型でh=0.2(20%)とする。LSS制震モデルの1次固有周期はf1=0.753Hz(1次固有周期1.33秒)、減衰はh=0.3(30%)とする。
【0040】
【表6】
【0041】
本発明に相当するモデルとして以下のモデルを設定する。
架構の水平剛性、重量はLSS制震モデルと同じとする。層剛性比率は上記検討と同じであるので柔層の層剛性が上層階の層剛性の1/2以下という適用条件は満足する。
柔層の階高H=400cmに対し、重力単位系でHK/ΣW=41〜58なので 10≦HK/ΣW≦80 なる条件は満足している。
減衰は1〜3階はLSS制震の場合と同じで、4階はLSS制震の場合の1/2とする。これはn=4、f1=0.752、Mi=7,000〜10,000tonより、ci=(2.5〜12.5)(21〜30)=53〜375ton/kineとなり、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi なる条件を満足している。
慣性質量ψiは、1階で10,000tom、2階で9,000ton、3階で8,000ton、4階で7,000tonとする。これは上層階の全質量Mと同じにしたもので、ψi=(0.5〜2.0)Mi なる条件を満足している。
しかし、上記のモデルでは K/ΣW=0.102〜0.146>0.1 であるから、LSS制震における 0.01≦K/ΣW≦0.1 なる条件は満足しない。
【0042】
上記のように、LSS制震の条件を満足しないが本発明の条件を満足しているモデルは、図10〜図11に示すように変位、加速度、層せん断力の全てがLSS制震よりも低減しており、これにより本発明における設定条件がLSS制震における設定条件よりも妥当であり、本発明の制震構造がLSS制震構造に比較してより有効であることが実証された。
【0043】
以上の検討から、LSS制震における 0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n という条件のみでは十分なる効果が得られない場合があり、本発明のように 10≦HK/ΣW≦80 なる条件、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi なる条件、ψi=(0.5〜2.0)Mi なる条件の全てを満足すれば有効な免震的制震構造(疑似免震構造)を実現できることが実証された。
【0044】
以下、本発明の効果を列挙する。
(1)多層建物の低層部で特定階(複数層)だけに柔層を設定してそこに回転慣性質量ダンパーとオイルダンパー等の付加減衰による制震機構を設置すれば、建物全体の応答を大幅に低減できる(建物全体に制震機構を設置する必要はない)。
(2)柔層の層間変位は上層階の一般層よりは大きいが、内外装材やエレベータ等の設備で想定している層間変形角の範囲に抑えることが可能な程度であり、免震構造における免震層のような特段のディテールは不要で通常の納まりを踏襲できる。したがって免震構造のようなコストアップは生じない。
(3)免震層がないので免震ピットや免震クリアランスが不要となる。免震クリアランスは建築計画上で利用できない空間(デッドスペース)となるため、これをなくすことは建物の有効スペース拡大に繋がり、免震エキスパンションもないのでコストアップ要因にならない。
(4)免震装置として積層ゴムやすべり支承を使用していないので、引張が作用しても問題ない。通常の免震構造で使用する積層ゴムやすべり支承の場合、引張耐力は圧縮と比較して桁違いに小さい。しかし、本発明では引張軸力は柱が負担するので引張耐力は圧縮と同程度にある。このため、アスペクト比の大きい塔状建築であっても問題なく適用できる。
【0045】
(5)柔層に設置する回転慣性質量ダンパーは鋼材ダンパーや鉛ダンパー等のように塑性変形(弾塑性)を利用したものではないことから、風や中小地震のような微小振動から大地震まで効果的に応答低減できる。
(6)一般的な耐震・制震構造物では各階の層剛性を増加させると建物が短周期化して地震入力が増し、応答が増大する傾向にあるため不利とされているが、本発明では疑似免震層(柔層)の上部構造が剛になるだけなので(柔層によって免震的な挙動となるため)上層階の剛性は高くて良く、寧ろ上層階での変形・層間変位・加速度を小さくするためには、上層階の剛性が高い方が免震的な挙動がより顕著に表れて好都合である。したがって、本発明により柔層階が鉄骨増で上層階がRC造のような混合構造も可能である。
(7)柔層だけに制震機構を設けるので、従来一般の制震構造に比べてダンパー総数が少なくて済む。また、制震機構に要求されるストロークは通常の制震ダンパーと同程度なのでそのコストを削減できる。
(8)層せん断力やベースシヤ係数も低減されるので、基礎や杭の設計も合理的になる。基礎に作用する水平力が低減されるので杭のコストダウンが図れる。
【0046】
(9)本発明は、地震時に大きく変形する柔層を積層し、ここにダンパーを集中配置してエネルギー吸収するものであり、その意味ではSoft First Storyに近いが、複数層により層間変位をP-δ効果が問題にならず通常の仕上げ材が追随できる程度に小さくしたこと、慣性質量ダンパーを使用して長周期化したこと、さらに各柔層の層間変形角を均等化することにより、単なるSoft First Storyとは異なり、その優れた発展型といえるものである。
(10)ダンパーにリリーフ機構を設けることも可能であり、その場合には過大な負担力を防止するフェールセーフ機構となる。但し、リリーフ機構が作動するとダンパー設置階より上層階での加速度増加が抑制されるものの当該階での層間変位は増加する傾向となるから、リリーフ荷重の設定に際してはダンパーおよび取り付け部(構造躯体)への負荷となる荷重の上限と層間変位の許容値の双方(トレードオフ関係にある)を考慮する必要がある。
(11)柔層に制震機構を設置することのみで充分な疑似免震効果が得られるので、上層階には減衰を設置する必要はなく単なる耐震構造とすることで充分ではあるが、敢えて上層階に減衰を付加することを妨げるものではなく、それによりさらに加速度や変位の低減が図れる。
(12)本発明の実施に当たっては施工上の特別な配慮は不要であり、在来の手法をそのまま採用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の制震構造の実施形態を示す図である。
【図2】同、モデル図である。
【図3】同、応答解析のための入力地震動を示す図である。
【図4】同、応答解析結果を示す図である。
【図5】同、応答解析結果を示す図である。
【図6】同、従来のLSS制震構造と比較のための応答解析結果を示す図である。
【図7】同、応答解析のための入力地震動を示す図である。
【図8】同、応答解析結果を示す図である。
【図9】同、応答解析結果を示す図である。
【図10】同、応答解析結果を示す図である。
【図11】同、応答解析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0048】
1 回転慣性質量ダンパー
2 オイルダンパー(付加減衰)
【技術分野】
【0001】
本発明は多層建物に適用して好適な制震構造に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、上部構造の全体を積層ゴムやすべり支承等の免震装置により免震支持する「免震構造」は耐震性に優れた構造であり、中低層の建物だけでなく超高層建物にも採用事例が増加している。
しかし、従来一般の免震構造では免震層の変形が50cm以上と大きいことからそれに対応するため免震ピットにより大きな免震クリアランスを確保する必要があるし、配管に変形対応のジョイントを設けたりする必要がある。また、地面や隣接建物と接続する部分(渡り廊下やエキスパンションジョイント)においては免震層の変形に対応したディテールが求められ、変形量が大きいためにコストアップ要因となっている。さらに、敷地境界いっぱいに建物を利用したい場合にも免震クリアランスだけ余計にセットバックする必要があり、敷地に余裕がないと免震構造は採用できなかった。
また、免震層を基礎部にではなく1階柱頭や地上階の途中に設ける中間階免震構造もあるが、その場合には免震層の大きな変形に対応するためにエレベータシャフトのまわりに大きなデッドスペースを設けたり、外壁や内装材にも変形に対応した特殊なディテールを用いたりする必要があった。
以上のことから、免震構造はその有効性が認められつつも上記の制約条件が採用し難い要因となっていた。
【0003】
一方、免震構造とは別に、建物内に地震エネルギーを吸収する制震ダンパーを設置して地震時の応答を低減し耐震性を向上させる「制震構造」も多くの高層建物に採用されている。制震構造は免震構造のような免震層やそのための免震ピットがないので変形に対応する特殊なディテールは不要となるが、地盤と絶縁されないので低層階での加速度低減効果が小さいし、各階に配置する制震ダンパーの設置場所を確保するのが建築計画上で難しい場合もある。
また、制震構造の範疇にいわゆる Soft First Story なる構造がある。これは1階の層剛性を小さくしてここにダンパーを集中配置することにより効果的にエネルギー吸収するものであるが、1階の層間変形角が1/40以上と大きくなるためにP-δ効果によって柱部材に大きな付加曲げモーメントが生じて高軸力に対応し難く、また通常の内外装仕上げでは変形に追随できず特殊な納まりが必要になることから普及には至っていない。
【0004】
既往の制震技術において Soft First Story に類する構造として特許文献1や特許文献2に示されるものが知られている。
【特許文献1】特開2003−138779号公報
【特許文献2】特開平11−324392号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に示される制震構造は、建物低層部での梁の曲げ耐力を小さく設定して大地震時にラーメン架構の層剛性を低下させ、その剛性を低下させた階にブレースダンパー等の制震装置を設置して応答を低減させるものであるが、これは梁が降伏してはじめて低剛性層となるものであることから弾性変形時には応答低減効果が得られないし、風や微振動に対しては何ら有効ではない。
【0006】
特許文献2に示される制震構造(Lower Soft Stories:LSS制震構造)は、多層建物の下層部のm層を直上層の剛性よりも小さく設定してここに減衰を付加した構造であって、特に低剛性層の水平剛性K(tonf/cm)を当該階の支える支持重量ΣW(tonf)に対し 0.01≦K/W≦0.1かつK/W≦1/n(n:多層建物の層数)の範囲とし、低剛性層の減衰定数h≧40/m かつ h>10%とするものであり、特許文献2には上記のような諸元設定により基礎固定の制震構造でも免震構造と同様の効果が得られるとされているが、これだけでは免震効果を生み出す成立条件に無理があるし、必ずしも充分な制震効果が得られない場合もある。
【0007】
上記事情に鑑み、本発明はSoft First Storyや特許文献1、2に示される構造のように低層階での層剛性を低下させてそこに制震機構を集中配置することを基本としつつ、各諸元をより厳密に設定することで免震的な効果を充分に取り込むことのできる有効適切な制震構造、いわば「疑似免震構造」を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の制震構造は、多層建物における低層階の複数層を上層階の各層よりも低剛性の柔層としてそれら柔層により上層階全体を支持し、各柔層にそれぞれ回転慣性質量ダンパーと付加減衰を層剛性と並列に配置し、各諸元を以下の(1)〜(4)の全てを満足するように設定したことを特徴とする。
(1)各柔層の層剛性が、それら柔層により支持される上層階各層の層剛性の最大値の1/2以下であること。
(2)各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、
10≦HiKi/(Mig)≦80
なる関係を満足すること。
または、各柔層の層剛性Ki(tonf/cm)、各柔層が支持する支持重量Wi(tonf)、各柔層の階高Hi(cm)としたとき、
10≦HiKi/Wi≦80
なる関係を満足すること。
(3)各柔層に設置する各回転慣性質量ダンパーの慣性質量ψi、各柔層が支持する支持質量Miとしたとき、
ψi=(0.5〜2.0)Mi
なる関係を満足すること。
(4)各柔層に設置する付加減衰の減衰係数ci、柔層の層数n、各柔層が支持する支持質量Mi、建物の1次固有振動数f1としたとき、
ci=(2.5〜12.5)nf1Mi
なる関係を満足すること。
【0009】
本発明においては、各柔層の階高Hi、層剛性Ki、減衰係数ci、各慣性質量ψiとし、建物の1次固有振動数f1としたとき、各諸元を次式が各層でほぼ同じになるように設定することが好ましい。
【数1】
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低層部に設けた複数層の柔層があたかも免震構造における免震層のように機能するものであり、それら柔層のみに回転慣性質量ダンパーとオイルダンパー等の付加減衰による制震機構を設置することで、制震構造でありながらあたかも免震構造のようないわば疑似免震構造を実現できる。したがって、積層ゴムやすべり支承等の免震装置、免震ピット、大きな免震クリアランスを確保する必要のない制震構造でありながら免震構造に匹敵する優れた耐震性能を得ることができる。
また、鋼材の降伏等を利用する履歴ダンパーを使用していないので、中小地震から巨大地震まで有効な制振構造である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1〜図2に本発明の実施形態を示す。これは鉄骨造の地上15階建ての建物への適用例であって、地上1階〜3階を上層階よりも低剛性の柔層とし、それら柔層の各層のX,Y方向に回転慣性質量ダンパー1とオイルダンパー(付加減衰)2とをそれぞれ層剛性と並列に配置して、それら3層の柔層が全体として免震構造における免震層のように機能する(いわば1つの疑似免震層として挙動する)ようにしたものである。
【0012】
この場合、各柔層の層剛性をそれら柔層により支持される上層階の層剛性の最大値の1/2以下、したがって柔層の層間変位が上層階の層間変位の最大値の2倍以上となるように各諸元を設定する。なお、ここでの層間変位とは設計用地震力(静的な水平せん断力)に対する各階の層間変位を指し、本発明では全ての柔層の層間変位が上層階の層間変位が最大となる層(一般には柔層の直上層となる)の2倍以上となるように諸元を設定する。設計用地震力については建築基準法に準拠して設定する。
【0013】
また、各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、10≦HiKi/(Mig)≦80 なる関係を満足するように諸元を設定する。上記はSI単位系で表示した場合であり、重力単位系で表示すれば、層剛性Ki(tonf/cm)、支持重量Wi(tonf)、階高Hi(cm)として、10≦HiKi/Wi≦80 となる。ここで、支持質量Mi(支持重量Wi)は当該柔層より上にある質量(重量)の合計値である。
これは、柔層の層剛性を上層階の層剛性の1/2以下に設定したうえで、さらに風などのような平均成分(静的荷重成分)をもつ外力に対して過大な変形を生じないように剛性の下限値を設定し、かつ免震的な挙動をさせるための剛性として上限値を設定したものである。換言すれば、上記の下限値を超える場合には変形が過大となって好ましくなく、上記の上限値を超える場合には免震的な効果が充分に得られないので好ましくない。
【0014】
各柔層に設置する回転慣性質量ダンパー1の慣性質量ψiは、大きいほど柔層(疑似免震層)の応答変位を抑制できるが、過度に大きいと上部構造の応答加速度が高振動数域で増すことから、当該階で支持する支持質量Mi(当該階の上部にある全質量)の0.5〜2.0倍、すなわち ψi=(0.5〜2.0)Mi とすることが好ましい。
なお、回転慣性質量ダンパー1としては、ボールねじと回転錘(フライホイール)を組み合わせて構成したものが好適に採用可能であり、それにより回転錘の質量の数百倍以上の慣性質量効果を得ることができる。
【0015】
各柔層に付加するオイルダンパー2の減衰係数ciは、柔層の層数n(図示例ではn=3)、減衰定数h=0.2〜1.0、当該階で支持する支持質量Mi、建物の固有1次振動数f1として次式で設定する。
ci=2nh(2πf1)Mi=4πnhf1Mi=(2.5〜12.5)nf1Mi
減衰係数ciにそのような幅を持たせたのは、理想的な減衰定数h=0.3±0.1に対して、柔層以外の変形もあること、および回転慣性質量ダンパー1による質量効果を織り込んだためである。したがって、柔層の剛性が上層階(一般階)より充分に小さい場合には括弧内の値は小さくて良い(4程度が好適)が、充分に小さいといえない場合には多少大きい方が良い(10程度が好適)。その値を大きくするほど柔層の変位を抑制できるが、上層階への加振力が増大して上層階の加速度や層間変位が増加してしまうため、免震的な制震効果(疑似免震)を発揮できる範囲として上限を設定してある。
【0016】
なお、柔層に設置する付加減衰としては上記のようにオイルダンパー2が好適であるが、それには上層階に過大な加速度が生じないようにリリーフ機構を設けることも好ましい。いずれにしても、柔層の層間変位は数cm程度であって一般的な免震構造における免震層の変位(50cm程度)よりは大幅に小さいから、ストロークの小さい汎用(制震向け)のオイルダンパーが適用可能である。
また、基本的には上式で設定した減衰係数ciの付加減衰を各柔層に設置するが、柔層の最上階(図示例では3階)だけその0.5倍程度に低減することも考えられる。その場合、柔層の最上階の層間変位はやや増加するが、上層階の加速度や層間変位を低減できる。
【0017】
そして本発明では、回転慣性質量ダンパー1の慣性質量効果を考慮した複素固有値解析を行い、柔層を構成する複数層が1次モードでほぼ直線的(層間変形角が揃う)に振動するように設定することが好ましい。そのためには、高層建物においては柔層のせん断力がほぼ同じになるので、柔層の階高Hi、層剛性Ki、減衰係数ci、慣性質量ψiとし、建物の1次固有振動数f1としたとき、各諸元が次式の関係を満足するように設定すれば良く、それにより柔層の層間変形角がほぼ同じになる。柔層の各層における層剛性は建築計画からは一定にし難いため、各柔層に適宜のダンパーを設置して層剛性を下式を満足するように調整すれば良い。
【数2】
【0018】
なお、柔層は必ずしも図示例のように3層とすることはないが通常は3〜4層とすることが現実的である。免震層の減衰を大きくして変位を抑制するようにした変位抑制型の免震構造においては免震層の変位は15〜20cm程度であり、本発明においてもその程度の変位とするためには、柔層での層間変形角を1/100〜1/70以内とし、柔層の階高を4〜5m程度とすると柔層を3〜4層とする必要がある。
また、柔層の階高は大きい方が望ましい。柔層の層間変位は一般階より大きくなるから階高が大きい方が層間変形角が過大にならないので有利である。
さらに、柔層は必ずしも図示例のように上下に連続する層に設けることはなく、たとえば1階を剛な層(あるいは通常の層剛性をもつ層)として柔層を2〜4階に設けたり、剛な層を挟んで柔層をたとえば1,3,5階に離散配置しても良い。
【0019】
以上のように各諸元を設定することにより、本発明の制震構造では柔層全体があたかも1つの免震層のように機能して変位抑制型免震構造のように挙動し、したがってこれは制震構造でありながら疑似免震構造というべきものとなり、柔層各層の変位を通常の免震層に比べて充分に抑制しながら上層階の加速度を充分に低減できるものとなる。
勿論、柔層以外の上層階は全て通常の耐震構造として良く、通常の制震構造のように各階に制震ダンパーを設置する必要はないから、通常の制震構造に比べて建築計画上の自由度が高まり、有効面積の拡大を図ることができ、コスト的にも有利である。。
【0020】
以下、本発明の制震構造の具体的な設計例(Case-3およびCase-4)を示し、その特性を従来型の耐震構造(Case-1)や従来型の制震構造(Case-2)と比較して示す。
図1に示した地上15階建ての鉄骨造の建物(事務所ビル、高さ70.2m、長辺方向の長さ6.4m×5スパン=32m、短辺方向の長さ6.4m+12.8m=19.2m)を対象とし、本発明ではその1階〜3階を柔層として、各方向のそれぞれ4構面に回転慣性質量ダンパー1とオイルダンパー2を設置した。
各Caseの諸元は次の通りであり、各Caseの振動諸元、H/KMの値、地震力と層間変位についてのデータを表1、表2、表3に示す。
【0021】
【表1】
【0022】
【表2】
【0023】
【表3】
【0024】
・Case-1(従来型の耐震構造):構造躯体のみでダンパー等の制震要素なし。
・Case-2(従来型の制震構造):層剛性はCase-1と同じで全階にオイルダンパーを設置し たもの。ダンパーは1〜7階では500kN/kine、8〜15階では200kN/kineとした(これ は一般的な制震構造と比較して2倍程度の減衰性能を付与したものである)。1次固有 周期は1.98秒である。
・case-3(本発明の制震構造):表1に示すように上層階の層剛性はCase-1,2の約2倍とする。表3に示すように1〜3階の柔層の層間変位は上層階の4倍以上である。表2に示すように柔層におけるHiKi/(Mig)=10.5〜19.1≦80であり、本発明の設定条件を満足している。1階〜3階の柔層に設置する回転慣性質量ダンパー1の慣性質量ψiは順にψ1=7 ,000ton、ψ2=6,000ton、ψ3=4,000tonとし、オイルダンパー2の減衰係数ciは順にc1=900kN/kine、c2=900kN/kine、c3=500kN/kineとする。慣性質量効果を考慮した固有値解析による建物の1次固有周期は2.68秒である。
・case-4(本発明の制震構造):表1に示すように上層階の層剛性はCase-1,2と同じとする。表3に示すように1〜3階の柔層の層間変位は上層階の2倍以上である。その他の諸元はCase-3と同じとする。慣性質量効果を考慮した固有値解析による建物の1次固有周期は2.86秒である。
【0025】
解析は建物の非線形を無視した線形応答解析とし、減衰は1次に対して2%の振動数比例形(弾性)とする。検討用の地震動は高層評定で一般的に使用されている建築センター波L2(最大加速度356gal)と、極大地震を想定した震度7検討用地震動IS7(943gal)の2つとする(図3)。
【0026】
上記の各Caseに対して時刻歴応答解析を行った結果を図4〜図5に示す。なお、グラフの表記上、RFL(屋根)を16FLとしてある。
図4(入力地震動:建築センター波L2)に示す結果から、本発明では1〜3階で免震的に挙動(4FL以下で変形が大きい)してその部分で変形を稼ぐことが分かる。1〜3階の層間変位はほぼ4cm程度(層間変形角は約1/120程度)である。変形は充分に小さく上層階にダンパーがなくても応答せん断力も小さくなっている(ベースシャ係数0.17)。上層階の剛性が変動しても加速度や層せん断力は大差ないが、変形は剛性にほぼ比例して変化している。柔層のオイルダンパーは9MN(900tonf)、慣性質量ダンパーは4MN(400tonf)程度の負担力であり、各階4個所の制震機構ならば通常のダンパースペックで充分対応できる程度である。
図5(入力地震動:震度7検討用地震動IS7)の場合でも同様の挙動であり、1〜3階の層間変位はほぼ7cm程度(層間変形角は約1/70程度)で揃っている。変形は充分に小さく、上層階に制震ダンパーがなくても応答加速度も小さくなる傾向にある。応答せん断力も全層にオイルダンパーを設置した通常の制震構造と比較してやや減少している。本例ではベースシヤ係数が0.3であり、高強度部材により弾性設計も可能であり、震度7でも構造体が損傷しない設計が可能になる。柔層のオイルダンパーは19MN(1,900tonf)、慣性質量ダンパーは10MN(1,000tonf)程度の負担力であり、各階6個所の制震機構とすれば通常のダンパースペックで充分対応できる程度である。また、ベースシャが小さくなることで、地下構造や基礎に作用する地震力も低減される。
【0027】
ところで、本発明の制震構造と特許文献2に示される制震構造(LSS制震)とは、いずれも低層部に設けた柔層(低剛性層)を免震層的に機能させる「免震的な制震構造(疑似免震構造)」である点で共通しているので、以下、本発明の制震構造と特許文献2に示される制震構造(LSS制震)とを比較検討してみる。
LSS制震は慣性質量効果を対象とせずにあくまで粘性減衰だけを対象としており、その点で回転慣性質量ダンパーによる慣性質量効果を利用することを前提としている本発明とは制震機構の構成が相違しているばかりでなく、以下の点で相違している。なお、特許文献2では支持重量をΣWと表記しているので、以下の説明でもこれを踏襲する。
【0028】
すなわち、LSS制震では低剛性となる層の剛性を直上階の水平剛性より低くして0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n (nは建物層数)としているのに対し、本発明の制震構造では柔層の階高Hとして柔層の層剛性を上層階の層剛性の最大値の1/2以下とし、かつ 10≦HK/ΣW≦80 としている。これは階高H=400cmとすると 0.025≦K/ΣW≦0.2 に相当し、LSS制震の場合よりも柔層の剛性が高い領域を狙っている。本発明で HK/ΣWで整理したのは層せん断力に対する層間変形角の比という物理的に意味のある値で適用範囲を規定するためで、LSS制震の上限となるHK/ΣW=40とは「せん断力係数0.2で層間変形角1/200」に相当する。これは1次設計時の設計クライテリア(設計条件)通りの剛性であり、本発明ではその1/4〜2倍を柔層の剛性の範囲とした。(地震力の計算において、1種地盤だと建物の固有周期1.3秒以上になると振動特性係数Rt<0.5で地震力が1/2以下に低減されることから、対象範囲の下限は1/4までとした。)
【0029】
また、LSS制震は免震を代替するような高性能な制震構造を指向し、建物変形量(頂部変位)の9割以上を柔層が占める(層間変位はほぼ柔層だけ)ような剛性配分としているが、本発明では柔層で建物変形量の3〜7割程度を負担する設計となる。その結果、本発明では制震効果(疑似免震効果)が多少劣ることにもなるが、通常の構造設計断面から逸脱しないで(低剛性を実現するため極端に小さな構造部材断面にしたりピン接合を多用したりせずに)適用できる利点がある。また、風のように水平荷重に平均成分をもつ(静的水平力がある)場合には、建物の水平剛性が小さいと過大な変位を生じることになるから、本発明では通常の設計用地震力の1/2程度の静的水平外力に対しても層間変形角が1/120以下になるような水平剛性を確保するために 10≦HK/W と下限を設定した。
【0030】
そして、LSS制震では上記のように 0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n であることが条件であるが、そのような条件のみでは必ずしも充分な応答低減効果が得られない場合もあってその成立条件には無理があると言わざるを得ない。そのことについて以下のモデルにより実証する。
【0031】
「LSS制震の条件を満足するが充分な応答低減効果が得られない場合」
表4に示すような諸元の10階建ての建物(n=10)を対象として、1〜4階の4層を低剛性層(柔層)とするLSS制震を想定し、それと従来型制震と比較してみる。
【0032】
【表4】
【0033】
表4に示すように、LSS制震において低剛性層の剛性をK=680tonf/cmとすれば、K/ΣW≦680/7000=0.097であり、0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n なる条件は満足している。減衰は特許文献2に示されている実施例に合わせて、従来型制震では内部粘性型でh=20%、LSS制震では低剛性層のみh=30%とする。1次固有振周期は従来型制震で1.46秒、LSS制震では1.63秒である。
以上の2モデル(LSS制震、従来型制震)と制震なしのモデル(従来型制震モデルに対して各階の減衰係数を入れない耐震モデル)を加えた3モデルに対して、時刻歴応答解析を行って応答低減効果を比較検討した結果を図6〜図7に示す。検討用の地震動は特許文献2で用いているEL CENTRO(NS)の512gal(最大速度50cm/s)と、フラットな振動数特性をもつ地震動として建築センター波(レベル2)356galの2つを設定した。
【0034】
以上の結果から、LSS制震では設定条件を満足するモデルであっても疑似免震構造といえるような特性は得られないばかりか、従来型制震構造と比較しても振動特性の改善は見られない(寧ろ応答が増大している)。
そこで、上記のモデルに対して本発明の制震構造の設定条件を考慮してさらに検討してみる。
【0035】
「LSS制震と本発明の双方の条件を満足する場合」
本発明の設定条件である「柔層の層剛性を上層階の層剛性の1/2以下」という条件を満足させるべく、表5に示すように上層階の層剛性を2倍として柔層の層剛性を上層階の1/2としてみる。
【0036】
【表5】
【0037】
従来型制震の1次固有周期は1.04秒(f1=0.965Hz)、減衰は内部粘性型でh=0.2(20%)とする。LSS制震の1次固有周期は1.49秒、減衰はh=0.3(30%)とする。
本発明に相当するモデルとして、架構の層剛性と重量はLSS制震モデルと同じとする。ベースシヤ係数0.2の地震力に対する層間変位は10〜5階で1.02〜1.38cm、4〜1階で2.65〜2.94cmで、ほぼ条件を満足する(基準法の地震力による層間変位は、10階が1.38cm、9階以下は1.21cm以下なので10階だけ適用範囲を超えるが、わずかなので無視した)。柔層の階高H=400cmに対し、重力単位系でHK/ΣW=27〜39なので 10≦HK/ΣW≦80 なる本発明の条件は満足している。
減衰は1〜3階はLSS制震の場合と同じで、4階はLSS制震の場合の1/2とする。これはn=4、f1=0.965、Mi=7,000〜10,000tonより、ci=(2.5〜12.5)(27〜39)=67〜487ton/kineとなり、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi なる条件を満足している。
慣性質量ψiは、1階で10,000tom、2階で9,000ton、3階で8,000ton、4階で7,000tonとする。これは上層階の全質量Mと同じにしたもので、ψi=(0.5〜2.0)Mi なる条件を満足している。
【0038】
以上の各モデルに対する上記と同様の時刻歴応答解析結果を図8〜図9に示す。
これらの図から、本発明のように柔層の層剛性を上層階の層剛性の1/2以下とする(柔層の層間変位を上層階の層間変位の2倍以上とする)ことにより、応答特性はLSS制震の場合よりも大きく改善され、特に上部構造の加速度は従来制震以下に納まる。
また、5階以上の上部構造においてLSS制震での層間変位は一部で従来型制震より大きくなるが、本発明での層間変位は従来型制震とLSS制震のいずれよりも小さくなる。層せん断力も本発明が従来型制震とLSS制震のいずれよりも小さくなる。さらに、本発明では上部構造の加速度および層間変位はほぼ一定であり、免震構造と同様に上部構造が剛体的に挙動するものとなることが分かる。
特に、本発明とLSS制震とを比較した場合、本発明の方がLSS制震よりもさらに応答特性を改善でき、本発明が上層階の加速度および層間変位を共に小さくできることが分かる。
また、本発明では柔層においてLSS制震と層間変位がほぼ同じであっても慣性質量ダンパーが負剛性効果をもつため層せん断力は小さくなり、それにより基礎に作用する地震力も低減するので、基礎や杭の設計を合理化できコストダウンを図ることができる。
【0039】
「LSS制震の条件を外れ、かつ本発明の条件を満足する場合」
さらに、LSS制震における設定条件を外れる範囲で、かつ本発明の適用範囲に入る場合の検討を行う。
表6に示すように、基本モデルは上記と同様とし、各階の層剛性を表4の場合の3倍、表5の場合の1.5倍とする。柔層の剛性はそれぞれの1.5倍とする。
従来型制震モデルの1次固有振動数はf1=1.183Hz(1次固有周期0.85秒)、減衰は内部粘性型でh=0.2(20%)とする。LSS制震モデルの1次固有周期はf1=0.753Hz(1次固有周期1.33秒)、減衰はh=0.3(30%)とする。
【0040】
【表6】
【0041】
本発明に相当するモデルとして以下のモデルを設定する。
架構の水平剛性、重量はLSS制震モデルと同じとする。層剛性比率は上記検討と同じであるので柔層の層剛性が上層階の層剛性の1/2以下という適用条件は満足する。
柔層の階高H=400cmに対し、重力単位系でHK/ΣW=41〜58なので 10≦HK/ΣW≦80 なる条件は満足している。
減衰は1〜3階はLSS制震の場合と同じで、4階はLSS制震の場合の1/2とする。これはn=4、f1=0.752、Mi=7,000〜10,000tonより、ci=(2.5〜12.5)(21〜30)=53〜375ton/kineとなり、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi なる条件を満足している。
慣性質量ψiは、1階で10,000tom、2階で9,000ton、3階で8,000ton、4階で7,000tonとする。これは上層階の全質量Mと同じにしたもので、ψi=(0.5〜2.0)Mi なる条件を満足している。
しかし、上記のモデルでは K/ΣW=0.102〜0.146>0.1 であるから、LSS制震における 0.01≦K/ΣW≦0.1 なる条件は満足しない。
【0042】
上記のように、LSS制震の条件を満足しないが本発明の条件を満足しているモデルは、図10〜図11に示すように変位、加速度、層せん断力の全てがLSS制震よりも低減しており、これにより本発明における設定条件がLSS制震における設定条件よりも妥当であり、本発明の制震構造がLSS制震構造に比較してより有効であることが実証された。
【0043】
以上の検討から、LSS制震における 0.01≦K/ΣW≦0.1 かつ K/ΣW≦1/n という条件のみでは十分なる効果が得られない場合があり、本発明のように 10≦HK/ΣW≦80 なる条件、ci=(2.5〜12.5)nf1Mi なる条件、ψi=(0.5〜2.0)Mi なる条件の全てを満足すれば有効な免震的制震構造(疑似免震構造)を実現できることが実証された。
【0044】
以下、本発明の効果を列挙する。
(1)多層建物の低層部で特定階(複数層)だけに柔層を設定してそこに回転慣性質量ダンパーとオイルダンパー等の付加減衰による制震機構を設置すれば、建物全体の応答を大幅に低減できる(建物全体に制震機構を設置する必要はない)。
(2)柔層の層間変位は上層階の一般層よりは大きいが、内外装材やエレベータ等の設備で想定している層間変形角の範囲に抑えることが可能な程度であり、免震構造における免震層のような特段のディテールは不要で通常の納まりを踏襲できる。したがって免震構造のようなコストアップは生じない。
(3)免震層がないので免震ピットや免震クリアランスが不要となる。免震クリアランスは建築計画上で利用できない空間(デッドスペース)となるため、これをなくすことは建物の有効スペース拡大に繋がり、免震エキスパンションもないのでコストアップ要因にならない。
(4)免震装置として積層ゴムやすべり支承を使用していないので、引張が作用しても問題ない。通常の免震構造で使用する積層ゴムやすべり支承の場合、引張耐力は圧縮と比較して桁違いに小さい。しかし、本発明では引張軸力は柱が負担するので引張耐力は圧縮と同程度にある。このため、アスペクト比の大きい塔状建築であっても問題なく適用できる。
【0045】
(5)柔層に設置する回転慣性質量ダンパーは鋼材ダンパーや鉛ダンパー等のように塑性変形(弾塑性)を利用したものではないことから、風や中小地震のような微小振動から大地震まで効果的に応答低減できる。
(6)一般的な耐震・制震構造物では各階の層剛性を増加させると建物が短周期化して地震入力が増し、応答が増大する傾向にあるため不利とされているが、本発明では疑似免震層(柔層)の上部構造が剛になるだけなので(柔層によって免震的な挙動となるため)上層階の剛性は高くて良く、寧ろ上層階での変形・層間変位・加速度を小さくするためには、上層階の剛性が高い方が免震的な挙動がより顕著に表れて好都合である。したがって、本発明により柔層階が鉄骨増で上層階がRC造のような混合構造も可能である。
(7)柔層だけに制震機構を設けるので、従来一般の制震構造に比べてダンパー総数が少なくて済む。また、制震機構に要求されるストロークは通常の制震ダンパーと同程度なのでそのコストを削減できる。
(8)層せん断力やベースシヤ係数も低減されるので、基礎や杭の設計も合理的になる。基礎に作用する水平力が低減されるので杭のコストダウンが図れる。
【0046】
(9)本発明は、地震時に大きく変形する柔層を積層し、ここにダンパーを集中配置してエネルギー吸収するものであり、その意味ではSoft First Storyに近いが、複数層により層間変位をP-δ効果が問題にならず通常の仕上げ材が追随できる程度に小さくしたこと、慣性質量ダンパーを使用して長周期化したこと、さらに各柔層の層間変形角を均等化することにより、単なるSoft First Storyとは異なり、その優れた発展型といえるものである。
(10)ダンパーにリリーフ機構を設けることも可能であり、その場合には過大な負担力を防止するフェールセーフ機構となる。但し、リリーフ機構が作動するとダンパー設置階より上層階での加速度増加が抑制されるものの当該階での層間変位は増加する傾向となるから、リリーフ荷重の設定に際してはダンパーおよび取り付け部(構造躯体)への負荷となる荷重の上限と層間変位の許容値の双方(トレードオフ関係にある)を考慮する必要がある。
(11)柔層に制震機構を設置することのみで充分な疑似免震効果が得られるので、上層階には減衰を設置する必要はなく単なる耐震構造とすることで充分ではあるが、敢えて上層階に減衰を付加することを妨げるものではなく、それによりさらに加速度や変位の低減が図れる。
(12)本発明の実施に当たっては施工上の特別な配慮は不要であり、在来の手法をそのまま採用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の制震構造の実施形態を示す図である。
【図2】同、モデル図である。
【図3】同、応答解析のための入力地震動を示す図である。
【図4】同、応答解析結果を示す図である。
【図5】同、応答解析結果を示す図である。
【図6】同、従来のLSS制震構造と比較のための応答解析結果を示す図である。
【図7】同、応答解析のための入力地震動を示す図である。
【図8】同、応答解析結果を示す図である。
【図9】同、応答解析結果を示す図である。
【図10】同、応答解析結果を示す図である。
【図11】同、応答解析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0048】
1 回転慣性質量ダンパー
2 オイルダンパー(付加減衰)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層建物における低層階の複数層を上層階の各層よりも低剛性の柔層としてそれら柔層により上層階全体を支持し、各柔層にそれぞれ回転慣性質量ダンパーと付加減衰を層剛性と並列に配置し、各諸元を以下の(1)〜(4)の全てを満足するように設定したことを特徴とする制震構造。
(1)各柔層の層剛性が、それら柔層により支持される上層階各層の層剛性の最大値の1/2以下であること。
(2)各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、
10≦HiKi/(Mig)≦80
なる関係を満足すること。
または、各柔層の層剛性Ki(tonf/cm)、各柔層が支持する支持重量Wi(tonf)、各柔層の階高Hi(cm)としたとき、
10≦HiKi/Wi≦80
なる関係を満足すること。
(3)各柔層に設置する各回転慣性質量ダンパーの慣性質量ψi、各柔層が支持する支持質量Miとしたとき、
ψi=(0.5〜2.0)Mi
なる関係を満足すること。
(4)各柔層に設置する付加減衰の減衰係数ci、柔層の層数n、各柔層が支持する支持質量Mi、建物の1次固有振動数f1としたとき、
ci=(2.5〜12.5)nf1Mi
なる関係を満足すること。
【請求項2】
請求項1記載の制震構造において、
各柔層の階高Hi、層剛性Ki、減衰係数ci、各慣性質量ψiとし、建物の1次固有振動数f1としたとき、各諸元を次式が各層でほぼ同じになるように設定したことを特徴とする制震構造。
【数1】
【請求項1】
多層建物における低層階の複数層を上層階の各層よりも低剛性の柔層としてそれら柔層により上層階全体を支持し、各柔層にそれぞれ回転慣性質量ダンパーと付加減衰を層剛性と並列に配置し、各諸元を以下の(1)〜(4)の全てを満足するように設定したことを特徴とする制震構造。
(1)各柔層の層剛性が、それら柔層により支持される上層階各層の層剛性の最大値の1/2以下であること。
(2)各柔層の層剛性Ki(kN/m)、各柔層が支持する支持質量Mi(ton)、各柔層の階高Hi(m)、重力加速度g(=9.8m/s2)としたとき、
10≦HiKi/(Mig)≦80
なる関係を満足すること。
または、各柔層の層剛性Ki(tonf/cm)、各柔層が支持する支持重量Wi(tonf)、各柔層の階高Hi(cm)としたとき、
10≦HiKi/Wi≦80
なる関係を満足すること。
(3)各柔層に設置する各回転慣性質量ダンパーの慣性質量ψi、各柔層が支持する支持質量Miとしたとき、
ψi=(0.5〜2.0)Mi
なる関係を満足すること。
(4)各柔層に設置する付加減衰の減衰係数ci、柔層の層数n、各柔層が支持する支持質量Mi、建物の1次固有振動数f1としたとき、
ci=(2.5〜12.5)nf1Mi
なる関係を満足すること。
【請求項2】
請求項1記載の制震構造において、
各柔層の階高Hi、層剛性Ki、減衰係数ci、各慣性質量ψiとし、建物の1次固有振動数f1としたとき、各諸元を次式が各層でほぼ同じになるように設定したことを特徴とする制震構造。
【数1】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−77726(P2010−77726A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−248838(P2008−248838)
【出願日】平成20年9月26日(2008.9.26)
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月26日(2008.9.26)
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】
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