説明

剛直複素環高分子繊維の製造方法

【課題】繊維物性や紡糸安定性が改善された剛直複素環高分子繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】下記(1)〜(3)の条件を満たすことを特徴とする剛直系複素環高分子繊維の製造方法。
(1)150〜250℃の温度範囲に制御された紡糸口金ホルダーに設置された紡糸口金より上記ドープを押し出し、
(2)紡糸口金出口〜凝固浴までのエアギャップ長が1.0cm以上であり、
(3)該エアギャップ部分において、紡糸口金出口面からその下方3.5cmまでの範囲だけを30〜250℃の温度で保温、またはエアギャップ長が3.5cm未満の場合はエアギャップ部分全体を30〜250℃の温度で保温して紡糸を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は剛直複素環高分子繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリベンズオキサゾールやポリベンズチアゾールに代表される剛直複素環高分子から成る繊維の紡糸においては、これらの高分子が熱可塑性を示さないために溶媒としてポリリン酸を使用し、得られたライオトロピック液晶性ドープを紡糸口金より押し出し、エアギャップで引き伸ばし、溶媒を希釈し、ポリマーを溶解させない非溶媒と接触させることによって凝固する方法による。ここで使用するライオトロピック液晶性ドープは溶解している高分子の剛直性に起因してドープの粘度が高いため、糸切れが発生し易い、つまり紡糸安定性を欠くという問題がある。特許文献1及び2にはドープの送液方法や紡糸口金形状の工夫などにより紡糸安定性を改良しようとしているが、特殊な紡糸口金や装置を必要とするものであり、より簡便で容易な製造方法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−157918号公報
【特許文献2】特開2003−128795号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、繊維物性や紡糸安定性が改善された剛直複素環高分子繊維の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を鑑み鋭意検討した結果、剛直複素環高分子繊維の製造において、紡糸口金に設けたホルダー(以下、紡糸口金ホルダーと称することがある)の部分およびエアギャップを特定の温度条件に設定することにより、特異的に紡糸安定性が向上し、良好な機械物性の剛直系複素環高分子繊維が得られることを見出して、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は、以下に示す構成からなるものである。
【0006】
1. 下記式(A)および(B)
【化1】

【化2】

(nは1〜4の整数であり、XはO、SまたはNHであり、Arは炭素数4〜20の4価の芳香族基であり、そしてArは炭素数4〜20からなりそして(n+2)価の芳香族基である)
のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第1繰返し単位、および、
下記式(C)および(D)
【化3】

【化4】

(XはO、SまたはNHであり、Arは炭素数4〜20の4価の芳香族基であり、YおよびYはNまたはCHである、但しYおよびYの少なくともいずれか一方はNであるものとする)、
のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第2繰返し単位からなる剛直系複素環高分子をポリリン酸に溶解した紡糸用ドープから繊維を製造する方法において、下記(1)〜(3)の条件を満たすことを特徴とする剛直系複素環高分子繊維の製造方法。
(1)150〜250℃の温度範囲に制御された紡糸口金ホルダーに設置された紡糸口金より上記ドープを押し出し、
(2)紡糸口金出口〜凝固浴までのエアギャップ長が1.0cm以上であり、
(3)該エアギャップ部分において、紡糸口金出口面からその下方3.5cmまでの範囲だけを30〜250℃の温度で保温、またはエアギャップ長が3.5cm未満の場合はエアギャップ部分全体を30〜250℃の温度で保温して紡糸を行う。
【0007】
2. 上記1項に記載の剛直系複素環高分子が下記式(i)
0.1≦(a+b)/(c+d)≦10 ・・・(i)
(a、b、cおよびdは、それぞれ、上記式(A)、(B)、(C)および(D)で表わされる各繰返し単位のモル数である)
を満足し、そして、メタンスルホン酸に2.5mg/8mLの濃度で溶解した溶液の25℃において測定した特有粘度が10.0dL/g以上のものである、上記1項に記載の製造方法。
【0008】
3. 紡糸時の最大ドラフト比(MDR)を18.5以上とする上記1項または2項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、特殊な紡糸口金や装置を使うことなく、良好な機械物性の剛直系複素環高分子繊維を優れた紡糸安定性にて製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、上記式(A)および(B)のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第1繰返し単位、および上記式(C)および(D)のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第2繰返し単位からなる剛直系複素環高分子繊維の製造方法である。
【0011】
上記式(A)および(B)におけるArまたは上記式(C)および(D)におけるArは炭素数4〜20の4価の芳香族基であり、ArおよびArともに1〜2個の環員窒素原子を含有していてもよい。ArおよびArとして例えば、
【化5】

を好ましいものとして挙げることができる。
【0012】
Arは炭素数4〜20からなりそして(n+2)価の芳香族基である(ここで、nは上記式(A)及び(B)において定義されたものである)。上記式(A)及び(B)中のArを含む下記部分
【化6】

で表される基として例えば、
【化7】

(nは上記式(A)及び(B)におけるものと同じ1〜4の整数であり、nは1〜3の整数であり、nおよびnは0〜4の整数である、但しn+nは1〜4であるものとする)
で表わされる基を好ましいものとして挙げることができる。
【0013】
上記式(A)及び(B)において、XはO、SまたはNHであり、これらのうちOまたはSが好ましく、nは1〜4の整数であり、n=2のものが好ましい。
【0014】
上記第1繰返し単位としては、下記式(A−1)
【化8】

(Xの定義は上記式(A)及び(B)に同じであり、ZおよびZはそれぞれ独立に、NまたはCHである。)
及び下記式(B−1)
【化9】

(Xの定義は上記式(A)及び(B)に同じであり、ZおよびZはそれぞれ独立に、NまたはCHである)
のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0015】
また、上記式(C)及び(D)において、Arは炭素数4〜20の4価の芳香族基である。Arとしては、Arについて既に例示した基と同じ基を好ましいものとして挙げることができる。
【0016】
上記式(C)及び(D)において、XはO、SまたはNHであり、これらのうち、O、Sが好ましく、Y及びYはNまたはCHであるが、Y及びYのいずれか一方はNである。つまり、上記式(C)及び(D)におけるY及びYを含む下記
【化10】

の基は
【化11】

のいずれかである。
【0017】
上記第2繰返し単位としては下記式(C−1)
【化12】

(X、YおよびYの定義は上記式(C)及び(D)に同じであり、ZおよびZの定義は上記式(A−1)に同じである。)
および下記式(D−1)
【化13】

(X、YおよびYの定義は上記式(C)及び(D)に同じであり、ZおよびZの定義は上記式(B−1)に同じである。)
のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0018】
本発明の製造方法における剛直系複素環高分子は、上記式(A−1)で表わされる第1繰返し単位と上記式(C−1)で表わされる第2の繰返し単位の組合せからなるか、または上記式(B−1)で表わされる第1繰返し単位と上記式(D−1)で表わされる第2繰返し単位の組合せからなるものが好ましく、第1繰返し単位と第2繰返し単位とを下記式(i)を満足する割合で含有するものが特に好ましい。
0.1≦(a+b)/(c+d)≦10 (i)
(上記式(i)において、a、b、c及びdは、それぞれ、上記式(A)、(B)、(C)および(D)で表わされる各繰返し単位のモル数である)
上記の第1繰返し単位と第2繰返し単位の割合が下記式(i−1)を満たすものであるとより好ましい。
0.1≦(a+b)/(c+d)≦1 (i−1)
(上記式(i−1)においてa、b、cおよびdの定義はそれぞれ、上記式(i)に同じである。)
【0019】
本発明の製造方法における剛直系複素環高分子は、メタンスルホン酸に2.5mg/8mLの濃度で溶解した溶液の25℃において測定した特有粘度が10.0dL/g以上であることが好ましい。剛直系複素環高分子の特有粘度が10.0dL/gよりも低いと、得られる繊維が実用に耐えうる十分な強度を発現しないため好ましくない。本発明における剛直系複素環高分子の特有粘度のより好ましい範囲は10.0〜50.0dL/gであり、剛直系複素環高分子の特有粘度が50.0dL/gよりも高いとドープ粘度が著しく高くなり、重縮合工程において均一に攪拌することができず均一なドープを作製できず、また紡糸工程においても、紡糸口金から押し出すことが不可能となる、単糸切れが発生し紡糸工程が不安定化する、各単糸間での繊度ムラが顕著となる、所望の繊度まで十分にドープを引き伸ばすことができない、などの問題が発生するため好ましくない。上記の剛直系複素環高分子の特有粘度としては、12〜40dL/gであるとより好ましく15〜35dL/gであると更に好ましい。
【0020】
本発明における剛直性複素環高分子は、必要により、下記式(E)
【化14】

および下記式(F)
【化15】

(Arは炭素数4〜20の4価の芳香族基である)
のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第3繰返し単位を、さらに含有することができる。Arは炭素数4〜20の4価の芳香族基であり、その例としては、Arについて既に記載した具体例と同じ基を挙げることができる。第3繰返し単位は、第1繰返し単位、第2繰返し単位および第3繰返し単位の総和を基準にして、好ましくは30モル%以下、より好ましくは10モル%以下で用いられる。
【0021】
次に、本発明における剛直系複素環高分子は、下記式(G)及び(H)
【化16】

【化17】

(上記式(G)及び(H)において、XおよびArの定義は上記式(A)及び(B)における定義と同じである。)
のそれぞれで表わされる芳香族アミンおよびその強酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第1原料と、下記式(I)
【化18】

(上記式(I)において、Arおよびnの定義は上記式(A)及び(B)に同じでありそしてLはOH、ハロゲン原子またはORで表わされる基であり、Rは炭素数6〜20の1価の芳香族基である)
で表わされる第1芳香族ジカルボン酸類よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第2原料、および下記式(J)
【化19】

(上記式(J)において、Lの定義は上記式(I)に同じであり、YおよびYの定義は上記式(C)及び(D)に同じである)
で表わされる第2芳香族ジカルボン酸類よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第3原料とを重縮合せしめることによって製造される。
【0022】
第1原料としては、下記式(G−1)
【化20】

(上記式(G−1)において、ZおよびZの定義は上記式(A−1)に同じである)
及び下記式(G−2)
【化21】

(上記式(G−2)において、ZおよびZの定義は上記式(A−1)に同じである)
のそれぞれで表わされる化合物およびこれらの化合物の強酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも1種または、下記式(H−1)
【化22】

(上記式(H−1)において、ZおよびZの定義は上記式(B−1)に同じである)
及び下記式(H−2)
【化23】

(上記式(H−2)において、ZおよびZの定義は上記式(B−1)に同じである)
のそれぞれで表わされる化合物およびこれらの化合物の強酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0023】
なお、上記式(G)、(H)、(G−1)、(G−2)、(H−1)、(H−2)で表される化合物の強酸塩における、強酸とは塩酸、硫酸、リン酸の如き無機酸あるいはメタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸の如き有機酸から選ばれる1種類以上であり、特に塩酸が好ましい。
上記式(I)において、Ar及びnの定義は前記式(A)及び(B)に同じであり、上記式(J)において、Y及びYの定義は前記式(C)及び(D)に同じである。
【0024】
上記式(I)及び(J)において、Lは、それぞれ独立にOH、ハロゲン原子またはORであり、ここでRは炭素数6〜20の1価の芳香族基である。上記のハロゲン原子としては、例えば塩素原子、臭素原子等を挙げることができる。上記のRである炭素数6〜20の1価の芳香族基としては、例えばフェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、4−(2−フェニルプロピル)フェニル基、フェノキシフェニル基、フェニルチオフェニル基、フェニルスルホニルフェニル基、ベンゾイルフェニル基等を挙げることができる。なお、これらの芳香族基は水素原子のうち1つまたは複数が各々独立にフッ素、塩素、臭素等のハロゲン基;メチル基、エチル基、プロピル基、ヘキシル基等の炭素数1〜6のアルキル基;シクロペンチル基、シクロヘキシル基等の炭素数5〜10のシクロアルキル基;メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基等のアルコキシカルボニル基等で置換されていてもよい。
【0025】
上記の第2原料としては、下記式(I−1)
【化24】

(上記式(I−1)において、Lの定義は上記式(I)に同じであり、nの定義は上記式(A)及び(B)に同じである。)
で表わされる第1ベンゼンジカルボン酸類が好ましく、Lが塩素原子でありn=2のものが特に好ましい。
【0026】
また、第3原料としては下記式(J−1)
【化25】

(上記式(J−1)において、Lの定義は上記式(I)に同じである)
で表わされる第2芳香族ジカルボン酸類が好ましく、Lが塩素原子のものが特に好ましい。
【0027】
上記の第1、第2および第3原料は、下記式(ii)および(iii)
0.8≦(g+h)/(i+j)≦1.2 (ii)
0.1≦i/j≦10 (iii)
(上記式(ii)及び(iii)において、g,h,iおよびjは、それぞれ、上記式(G)、(H)、(I)および(J)で表わされる第1原料、第2原料および第3原料のモル数である。)
を満足する割合で用いられることが好ましく、更に下記式(iii−1)も満足する割合で用いられるとより好ましい。
0.1≦i/j≦1 (iii−1)
(上記式(iii−1)において、iおよびjの定義は上記式(iii)に同じである。)
を満足するのが好ましい。
【0028】
上記の第1原料、第2原料および第3原料は、上記割合でそのまま混合して剛直系複素環高分子を得るための重縮合反応に供しても良く、または第1原料と第2原料、第1原料と第3原料、あるいはその双方の組合せの塩を予め形成して該重縮合反応に用いることもできる。
【0029】
本発明における剛直系複素環高分子を得るための重縮合反応は、溶媒中で行う溶液反応、無溶媒の加熱溶融反応のいずれで行うこともできる。中でも、反応溶媒中で攪拌下に加熱反応させるのが好ましい。反応温度は、50〜500℃が好ましく、70〜350℃がさらに好ましい。50℃より温度が低いと反応が進みにくく、500℃より温度が高いと分解等の副反応が起こりやすくなるためである。反応時間は温度条件にもよるが、通常は1時間から数十時間である。反応は窒素などの不活性ガス雰囲気下や加圧下または減圧下で行うことができる。
【0030】
上記の重縮合反応は、無触媒でも進行するが、原料である上記式(I)又は(J)の芳香族ジカルボン酸類がエステル化合物の場合など、必要に応じてエステル交換触媒を用いてもよい。エステル交換触媒としては、例えば三酸化アンチモンの如きアンチモン化合物、酢酸第一錫、塩化錫(II)、オクチル酸錫、ジブチル錫オキシド、ジブチル錫ジアセテートの如き錫化合物、酢酸カルシウムの如きアルカリ土類金属塩、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムの如きアルカリ金属塩等、亜リン酸ジフェニル、亜リン酸トリフェニルの如き亜リン酸を挙げることができる。
【0031】
上記の重縮合反応に用いる好ましい溶媒としては、例えば1−メチル−2−ピロリドン、1−シクロヘキシル−2−ピロリドン、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジフェニルエーテル、ジフェニルスルホン、ジクロロメタン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、o−クレゾール、m−クレゾール、p−クレゾール、りん酸、ポリリン酸等を挙げることができ、この中でもポリリン酸が好適に使用される。重縮合ドープ中における高分子の濃度は、好ましくは5〜25重量%であり、より好ましくは10〜20重量%である。また、ポリリン酸を重縮合溶媒として使用する際には、特に、Pの含有割合が80〜84重量%であるポリリン酸が好ましい。
【0032】
重縮合反応の装置には任意の装置を使用することができる。ドープ各所での温度ムラや重縮合度ムラの低減や、重縮合反応速度の向上および、ドープ中の不溶成分に由来する異物低減などのために、重縮合反応装置として好ましくは二軸混練機やニーダー、多軸遊星型混練機などが用いられる。
【0033】
上記の重縮合反応により得られる剛直系複素環高分子の分解及び着色を防ぐため、反応は乾燥した不活性ガス雰囲気下で行うことが望ましい。本発明の高分子には、必要に応じて、各種の副次的添加物を加えていろいろな改質を行うことが出来る。副次的添加物の例としては、安定剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、顔料、着色剤、各種フィラー、静電剤、離型剤、可塑剤、香料、抗菌・抗カビ剤、核形成剤、滑剤、難燃剤、発泡剤、充填剤等その他類似のものが挙げられる。
【0034】
本発明の製造方法において紡糸に供するドープを作製する際の溶媒としてはポリリン酸が用いられる。重縮合溶媒としてポリリン酸を使用した場合には重縮合反応により得られたドープをそのまま紡糸に供することができる。さらに、重縮合後ドープ粘度が紡糸に供するには適していない場合には粘度調整のためにポリリン酸を重縮合ドープに添加し粘度調製することもできる。また、重縮合反応においてポリリン酸以外の溶媒を重縮合溶媒として使用した場合には、重縮合反応によって得られたドープを水などの生成高分子の貧溶媒に接触させ剛直系複素環高分子を再沈殿させて分離し、これをポリリン酸に再溶解させることによっても紡糸用ドープを作製することができる。
【0035】
ポリリン酸添加によるドープ粘度調整や、生成した剛直系複素環高分子をポリリン酸へ再溶解する場合においては任意の方法を採用することができ、使用可能な装置として、例えばベント式二軸押出機やニーダー、ナウターミキサー、バンバリーミキサー、多軸遊星型混練機などを挙げることができる。
【0036】
本発明の製造方法において、紡糸用ドープ溶媒として使用されるポリリン酸としては、特に、Pの含有割合が80〜84重量%であるポリリン酸が好ましい。溶液中における高分子の濃度は、好ましくは5〜25重量%であり、より好ましくは10〜20重量%である。かかる紡糸用ドープを形成する溶液はライオトロピック液晶質である。
【0037】
本発明の製造方法は上記手法により作製した紡糸用ドープ用い、下記(1)〜(3)の条件を満たして剛直系複素環高分子繊維を製造するものである。
(1)150〜250℃の温度範囲に制御された紡糸口金ホルダーに設置された紡糸口金より上記ドープを押し出し、
(2)紡糸口金出口〜凝固浴までのエアギャップ長が1.0cm以上であり、
(3)該エアギャップ部分において、紡糸口金出口面からその下方3.5cmまでの範囲だけを30〜250℃の温度で保温、またはエアギャップ長が3.5cm未満の場合はエアギャップ部分全体を30〜250℃の温度で保温して紡糸を行う。
【0038】
紡糸口金ホルダー温度が150℃よりも低いとドープの粘度が著しく高くなり、紡糸口金から押し出すことができない、または押し出されたドープが十分な柔軟性を有さずに所望の繊度および強度を有する繊維を作製することができず、好ましくない。また、紡糸口金ホルダー温度が250℃よりも高いと紡糸工程において高分子の熱劣化が顕著となるため好ましくない。紡糸口金ホルダーは160〜230℃の温度範囲に制御されていることがより好ましい。
【0039】
また、紡糸口金出口〜凝固浴までの距離、つまりエアギャップ長は1.0cm以上であることが好ましい。エアギャップ長の上限は特に制限は無いが、100m(10cm)以下が好ましく、10m(10cm)以下であるとより好ましく5m(5×10cm)以下であると更に好ましく、1m(100cm)以下であるとよりいっそう好ましい。
【0040】
更に、本発明の製造方法においては、上記エアギャップ部分において、紡糸口金出口面からその下方3.5cmまでの範囲だけを250℃以下の温度に保温、またはエアギャップ長が3.5cm未満の場合はエアギャップ部分全体を250℃以下の温度に保温して紡糸を行う。保温される範囲(以下、ホットゾーンと称することがある)および保温温度がこれら範囲を外れると(上記範囲を保温した上、他の範囲を更に保温する場合も含む)、紡糸工程において単糸切れが発生し紡糸工程が不安定化する、各単糸間での繊度ムラが顕著となる、所望の繊度まで十分にドープを引き伸ばすことができない、などの問題が発生するため好ましくない。上記ホットゾーンの保温温度は30℃以上であると好ましく、100℃以上であるとより好ましく、さらに好ましくは150〜200℃である。
【0041】
本発明の製造方法において、上記のホットゾーンの保温方法としては、任意の方法を用いることができ、例えば、加熱した空気や窒素を紡糸口金出口〜凝固浴間の所望の領域において吹き付ける、ヒーター内蔵の筒状、スリット状またはサンドイッチ状構造体を所望の温度に加熱しホットゾーンとする、などの方法を用いることができる。
【0042】
エアギャップの雰囲気は凝固に影響を与えたり障害を来したりするものでなければ何を含んでいてもよく、空気、窒素、アルゴン、ヘリウム、二酸化炭素の様なものであってもよい。
【0043】
特に、本発明の製造方法においては、エアギャップ長が3.5cm以上で、紡糸口金出口面からその下方3.5cmまで以下の範囲を30〜250℃の温度に保温して紡糸を行うことが好ましく、当該保温温度が100〜200℃であると更に好ましい。
【0044】
上記エアギャップにおいて紡糸口金から押し出されたドープが引き伸ばされる。ドープの引き伸ばしの可否およびその程度の尺度としては、最大ドラフト比(MDR)が用いられる。本発明においてはこのMDRの値が18.5以上であることが好ましく、紡糸工程ではドラフト比が2.0以上で紡糸することが好ましい。紡糸時のドラフト比が2.0以下であると得られた繊維が実用に耐えうる機械物性を有さないため好ましくない。
【0045】
エアギャップにおいて所望のドラフト比で引き伸ばされたドープは凝固浴に入り、繊維化される。凝固浴には上記の剛直複素環高分子に対して溶解性がない流体が用いられるが、取り扱いの容易さやコストなどの点で水溶液を用いることが好ましい。
【0046】
凝固及び紡糸よって得られた繊維に残存する酸成分を除去するために、当該繊維を洗浄する必要がある。洗浄工程においては通常本発明の上記の剛直複素環高分子に対して溶解性がない流体と接触させる事により洗浄される。流体は水蒸気のような気体であってもよいが、好ましくは液体が良くより好ましくは水溶液が良い。洗浄は1段の工程でも良く、また多段の工程でも良い。水洗工程は巻き取りの前あるいは後にそれぞれ何段行っても良い。また、巻き取りの前後に分けて行っても良い。
【0047】
本発明の製造方法においては、洗浄後の繊維中の残存リン量を、1.0質量%以下にすることが好ましい。洗浄後の繊維中の残存リン量が、3.0質量%以上だと特に作製された繊維の保存性が著しく悪化し、所望の強度を保持することが困難となるため好ましくない。
【0048】
洗浄された繊維の乾燥方法としては任意の方法が用いられる。このような乾燥の方法としては過熱炉を通すあるいは過熱ローラーに巻き付けて通過させるあるいは熱風または減圧下にさらす方法等が用いられる。乾燥は本発明の剛直複素環高分子の熱劣化および酸化劣化などの影響を避けるために300℃以下の温度で行う事が好ましい。
【0049】
本発明では必要に応じて熱処理を行うことができる。例えば、良く知られた加熱炉の中を張力下で通過させるポリベンザゾールの熱処理手法があり、米国特許第4,554,119号明細書(Chenevy)の例に見られる手法を合わせて用いることができる。
【0050】
本発明の製造方法では上記の剛直性複素環高分子の繊維を比較的安定に紡糸することができる。紡糸工程においては少なくともおよそ0.1km以上単糸切れを起こすことなく紡糸することができることが好ましく、0.5km以上単糸切れを起こすことなく紡糸することができることがより好ましく、およそ1km以上単糸切れを起こすことなく紡糸することができることがさらに好ましい。 本発明の製造方法で得られる剛直性複素環高分子繊維の平均引っ張り強度は少なくともおよそ1800mN/tex以上が好ましく、より好ましくは少なくともおよそ2000mN/tex以上、更に好ましくは2200mN/tex以上が良い。
【実施例】
【0051】
以下の実施例により本発明の詳細をより具体的に説明する。しかし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
特有粘度(ηinh)はメタンスルホン酸に2.5mg/8mLの濃度で溶解した溶液の25℃において測定した相対粘度(ηrel)を基に下記式により求めた値である。
ηinh=(lnηrel)/C
(上記式においてηrelは相対粘度、Cは濃度を表す)
得られた繊維の引張強度測定はオリエンテック株式会社製テンシロン万能試験機1225Aにて行った。
紡糸におけるMDRは、各条件下において引き取り速度を上昇させていき、口金出口より押し出されたドープが切れた点の引き取り速度より下記式により計算した。
MDR=ドープ引き取り速度(m/min)÷キャピラリーでのドープの平均流速(m/min)
繊度は、単糸の10000mあたりの重さ(グラム)を測定した値である(単位:デシテックス)。
また、紡糸時の安定性については下記の評価基準に基づいて判定した。
○:紡糸時、0.1km以上に亘って単糸切れを起こすこと無く連続巻き取りできた。
×:紡糸時、連続巻き取り長0.1km以下で単糸切れが発生した。
【0052】
[参考例1] (ピリジンジカルボン酸/4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール塩の合成)
4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール二塩酸塩191重量部を、窒素で脱気した水1400重量部に溶解した。ピリジンジカルボン酸150重量部を0.7M水酸化ナトリウム水溶液2670重量部に溶解し窒素で脱気した。4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール二塩酸塩水溶液を、ピリジンジカルボン酸二ナトリウム塩水溶液に約1.5時間かけて滴下し、ピリジンジカルボン酸/4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール塩の白色沈殿を形成させた。この際、反応温度は70℃に維持した。得られた塩を、ろ過し、ろ紙上の粉末固体を窒素で脱気した水4000重量部で洗浄し、その後真空条件下にて3時間脱水した。得られた粉末固体を真空条件下、70℃にて16〜24時間乾燥させることによりピリジンジカルボン酸/4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール塩を得た。
【0053】
[参考例2] (2,5−ジヒドロキシテレフタル酸/4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール塩の合成)
4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール二塩酸塩150重量部を、窒素で脱気した水1100重量部に溶解した。2,5−ジヒドロキシテレフタル酸139重量部を、0.5M水酸化ナトリウム水溶液2860重量部に溶解し窒素で脱気した。4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール二塩酸塩水溶液を、2,5−ジヒドロキシテレフタル酸二ナトリウム塩水溶液に約1.5時間かけて滴下し、4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール/2,5−ジヒドロキシテレフタル酸塩の黄色沈殿を形成させた。この際、反応温度は70℃に維持した。得られた塩を、ろ過し、ろ紙上の粉末固体を窒素で脱気した水4000重量部で洗浄し、その後真空条件下にて3時間脱水した。得られた粉末固体を真空条件下、70℃にて12〜24時間乾燥させることにより2,5−ジヒドロキシテレフタル酸/4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール塩を得た。
【0054】
[参考例3] (重縮合反応および紡糸用ドープ作製)
参考例1で得たピリジンジカルボン酸/4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール塩450重量部、参考例2で得た2,5−ジヒドロキシテレフタル酸/4,6−ジアミノ−1,3−ベンゼンジオール塩248重量部、ポリリン酸1400重量部、五酸化二リン900重量部、塩化スズ二水和物4.96重量部を重合装置(二軸遊星型混練機)に仕込み、真空窒素置換を2回実施した後に、重合装置熱媒温度80℃の条件下で30分間攪拌した。その後、約90分かけて熱媒温度を150℃昇温し約1時間、熱媒温度160℃で1.5時間攪拌した。その後、ドープ温度を160℃に昇温し3時間さらにドープ温度170℃で3時間攪拌した。得られたドープは粘性液体であった。該ドープの一部を採取し、水を貧溶媒として用いて再沈殿することにより得た高分子試料の特有粘度を測定したところ15.5dL/gであった。
【0055】
[実施例1]
参考例3で得られた紡糸用ドープを定量押し出し用ギヤポンプ(0.14cc/回転、10回転/分)を用いてキャピラリー径0.1mm、キャピラリー長0.15mm、ホール数100個のキャップから凝固浴に押し出した。押し出したドープは26m/minにて水洗バス中で巻き取り、繊維を得た。このときのキャピラリーでのドープの平均流速は1.78m/minであった。紡糸口金出口〜凝固浴との距離(エアギャップ)は66cmとし、紡糸口金ホルダー温度を185℃に設定し、紡糸口金からその下方3.5cmまでの範囲にヒーター内蔵の筒状部を設け、180℃に設定した(ホットゾーン1)。この条件下でのMDR、得られた繊維の物性および紡糸時安定性などを表1に示す。
【0056】
[実施例2]
紡糸口金ホルダー温度を190℃に設定し、紡糸口金からその下方3.5cmまでの範囲にヒーター内蔵の筒状部を設け、187℃に設定した(ホットゾーン1)以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0057】
[実施例3]
紡糸口金ホルダー温度を195℃に設定し、紡糸口金からその下方3.5cmまでの範囲にヒーター内蔵の筒状部を設け、193℃に設定した(ホットゾーン1)以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0058】
[実施例4]
エアギャップを30cmとした以外は実施例3と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0059】
[実施例5]
エアギャップを18cmとした以外は実施例3と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0060】
[実施例6]
エアギャップを4cmとした以外は実施例3と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0061】
[比較例1]
参考例3で得られた紡糸用ドープを定量押し出し用ギヤポンプ(0.14cc/回転、10回転/分)を用いてキャピラリー径0.1mm、キャピラリー長0.15mm、ホール数100個のキャップから凝固浴に押し出した。このときのキャピラリーでのドープの平均流速は1.78m/minであった。エアギャップは66cmとし、紡糸口金ホルダー温度を185℃に設定し、紡糸口金からその下方3.5cmまでの範囲にヒーター内蔵の筒状部を設け、182℃に設定した(ホットゾーン1)。さらに、ホットゾーン1より下方に長さ60cmのヒーター内蔵の筒状部を設け、この筒状部の上部から下部に均等に3分割した領域の温度を上部からそれぞれ、190℃、140℃、90℃に設定した(ホットゾーン2)。この条件下では押し出されたドープの切断が頻繁に観測され、繊維を作製することが不可能であった。結果を表1に示す。
【0062】
[比較例2]
ホットゾーンを設けず、185℃に設定した紡糸口金ホルダーに設置された紡糸口金から押し出されたドープを17m/minにて水洗バス中で巻き取った以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0063】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の製造方法は、ゴムやプラスチックの補強材、耐熱フェルトといった産業資材、消防服や安全手袋といった防護用途などでの利用に好適な剛直系複素環高分子繊維を極めて安定生産することを可能するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(A)および(B)
【化1】

【化2】

(nは1〜4の整数であり、XはO、SまたはNHであり、Arは炭素数4〜20の4価の芳香族基であり、そしてArは炭素数4〜20からなりそして(n+2)価の芳香族基である)
のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第1繰返し単位、および、
下記式(C)および(D)
【化3】

【化4】

(XはO、SまたはNHであり、Arは炭素数4〜20の4価の芳香族基であり、YおよびYはNまたはCHである、但しYおよびYの少なくともいずれか一方はNであるものとする)、
のそれぞれで表わされる繰返し単位よりなる群から選ばれる少なくとも1種の第2繰返し単位からなる剛直系複素環高分子をポリリン酸に溶解した紡糸用ドープから繊維を製造する方法において、下記(1)〜(3)の条件を満たすことを特徴とする剛直系複素環高分子繊維の製造方法。
(1)150〜250℃の温度範囲に制御された紡糸口金ホルダーに設置された紡糸口金より上記ドープを押し出し、
(2)紡糸口金出口〜凝固浴までのエアギャップ長が1.0cm以上であり、
(3)該エアギャップ部分において、紡糸口金出口面からその下方3.5cmまでの範囲だけを30〜250℃の温度で保温、またはエアギャップ長が3.5cm未満の場合はエアギャップ部分全体を30〜250℃の温度で保温して紡糸を行う。
【請求項2】
請求項1に記載の剛直系複素環高分子が下記式(i)
0.1≦(a+b)/(c+d)≦10 ・・・(i)
(a、b、cおよびdは、それぞれ、上記式(A)、(B)、(C)および(D)で表わされる各繰返し単位のモル数である)
を満足し、そして、メタンスルホン酸に2.5mg/8mLの濃度で溶解した溶液の25℃において測定した特有粘度が10.0dL/g以上のものである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
紡糸時の最大ドラフト比(MDR)を18.5以上とする請求項1または2に記載の製造方法。

【公開番号】特開2011−117105(P2011−117105A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276413(P2009−276413)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】