説明

加工データ修正方法

【課題】発生の可能性の高い複数のびびり振動に対して有効なびびり安定限界線図を作成して、加工データのびびり振動発生の有無を判定し、びびり振動の発生が予測される場合は加工データを修正する加工データ修正方法を提供する。
【解決手段】工具5をスピンドル7に装着した状態の加振テストから求めた主軸系のコンプライアンスの周波数応答のピークの中で、コンプライアンスの大きな複数のピークから求めた質量・減衰係数・剛性値を用いて、複数のびびり安定限界線図を作成する。複数のびびり安定限界線図の安定領域の重複する部分を安定領域とする合成びびり安定限界線図を作成する。合成びびり安定限界線図の安定領域に含まれない加工データを、安定領域に含まれるように修正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主軸により回転される工具を用いた加工において、加工データのびびり振動発生の有無を判定して、びびり振動が発生する場合はびびり振動の発生しないように加工データを修正する加工データ修正方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転する工具を用いた加工においてびびり振動を防止するために、びびり安定限界線図を用いてびびり振動の発生しない加工条件を設定することが行われている。びびり安定限界線図は所定の主軸回転速度におけるびびり振動の発生する工具切込み深さの限界を示す図であり、通常は図10に示すように横軸に主軸回転速度を設定した図である。図10の限界曲線の下側の斜線部分がびびり振動が発生しないで加工可能な安定領域である。
びびり安定限界線図は工具を含む主軸系の質量、減衰係数、剛性とこの工具を用いた切削時の比切削抵抗をパラメータとする計算式で求められる。この質量、減衰係数、剛性は工具を含む主軸系の加振テスト等から求めたコンプライアンスの周波数応答において、びびり振動発生の可能性が高いコンプライアンスが最大となるピークを用いて求めている。すなわち、コンプライアンスの周波数応答における最大のピークを用いてびびり安定限界線図を作成している。(たとえば非特許文献1)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「神戸製鋼技報 2001年Vol.51 No.3」、p.20〜p.22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
主軸系のコンプライアンスの周波数応答でコンプライアンスが最大となるピークを用いて求めたびびり安定限界線図の安定領域において、最大ピークから予測されるびびり振動の周波数と異なる周波数のびびり振動が発生することがある。これは、主軸系の状態変化や加工条件の変化により、コンプライアンスの大きさが2番目以下のピークに起因するびびり振動が発生するからである。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、発生の可能性の高い2番目以下のピークに起因するびびり振動に対しても有効なびびり安定限界線図を作成し、このびびり安定限界線図を用いて加工データのびびり振動発生の有無を判定し、びびり振動の発生が予測される場合は加工データを修正する加工データ修正方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するための請求項1に係る発明の特徴は、主軸に装着した回転する工具により工作物を加工するときに発生するびびり振動に関して、主軸回転速度に対する前記工具のびびり振動発生限界の工具切込み深さの値を連結して構成される限界曲線で区分されるびびり振動の発生しない領域である安定領域を表したびびり安定限界線図を用いて、主軸回転速度と工具切込み深さの組で表される加工データを修正する加工データ修正方法であって、
前記主軸と前記工具からなる主軸系のコンプライアンスの周波数応答のピークのなかで、コンプライアンスが最大である最大ピークを用いて最大ピーク質量・減衰係数・剛性値を算出し、前記最大ピークに対して所定差以内もしくは前記最大ピークに対して所定比率以内のコンプライアンスを持つ所定ピークを用いて所定ピーク質量・減衰係数・剛性値を算出する特性値算出工程と、
前記最大ピーク質量・減衰係数・剛性値と前記工具を用いた切削における比切削抵抗から最大ピークびびり安定限界線図を作成し、前記所定ピーク質量・減衰係数・剛性値と前記比切削抵抗から所定ピークびびり安定限界線図を作成するびびり安定限界線図作成工程と、
前記最大ピークびびり安定線図と前記所定ピークびびり安定線図における前記安定領域が重複する部分を合成安定領域とし、前記合成安定領域の境界線を合成限界曲線するびびり安定限界線図である合成びびり安定限界線図を作成する安定限界線図合成工程と、
前記加工データが、前記合成びびり安定限界線図の前記合成安定領域に含まれるか否かを判定する判定工程と、
前記判定手段で前記合成安定領域に含まれないと判定された前記加工データを前記合成安定領域内に含まれるように修正する加工データ修正工程を備えることである。
【0006】
請求項2に係る発明の特徴は、請求項1に係る発明において、前記加工データ修正工程において、前記加工データに指示された主軸回転速度であるデータ主軸回転速度を、前記データ主軸回転速度に直近の前記合成限界曲線のピーク位置の主軸回転速度に修正することである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、発生の可能性の高い複数のびびり振動に対する安定領域を備えた合成びびり安定限界線図を作成することができる。この合成びびり安定限界線図を用いた加工データのびびり振動発生有無の判定と、安定領域に含まれない加工データを安定領域に含まれるように修正することにより、環境条件の変動が起きてもびびり振動が発生しない加工能率の大きな加工条件を設定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本実施形態の工作機械の全体図である。
【図2】本実施形態の加工データ修正工程を示す工程図である。
【図3】加振テストの概要を示す図である。
【図4】加振テストによるコンプライアンスの周波数応答を示す図である。
【図5】コンプライアンスのピーク1の周波数応答から質量と剛性と減衰係数を求める概念を示す図である。
【図6】コンプライアンスのピーク2の周波数応答から質量と減衰係数と剛性を求める概念を示す図である。
【図7】第1のびびり安定限界線図を示す図である。
【図8】第2のびびり安定限界線図を示す図である。
【図9】合成びびり安定限界線図を示す図である。
【図10】従来のびびり安定限界線図を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を説明する。
図1において、工作機械1は、ベッド2上にZ軸方向へ前後進するコラム3とX軸方向(紙面に垂直な方向)に移動可能なテーブル4を備え、コラム3はX軸とZ軸に直角な方向であるY軸方向へ上下する主軸6を可動に支持し、テーブル4上には工作物Wが固定されている。主軸6は回転自在に保持されモータ8により回転駆動されるスピンドル7を備え、スピンドル7の先端には工具5が装着されている。工具5と工作物Wは、図示しない送り装置によりX軸、Y軸、Z軸方向の相対運動が可能で、この相対運動により加工が行われる。
【0010】
工作機械1はNC制御装置9により制御され、加工データに基づき工作物Wの加工を行う。
NC制御装置9は、モータ8の回転を制御する主軸モータ制御部91、比切削抵抗を演算する比切削抵抗演算部92、びびり安定限界線図を作成するびびり安定限界線図作成部93、加工データのびびり振動発生の有無を判定する判定部94、加工データを修正する加工データ修正部95、加工データを記録する加工データ記録部96などを備えている。
びびり安定限界線図作成部93は、主軸系の質量、減衰係数、剛性である主軸系特性値や比切削抵抗値などの各種データを記録するデータ記録部931、びびり安定限界線図の演算を行うびびり安定線図演算部932、びびり安定限界線図の合成を行うびびり安定限界線図合成部933を備えている。
【0011】
以下に、図2の工程図に基づき実施形態の加工データ修正方法の詳細を説明する。
所定工具5を用いて工作機械1で工作物Wを試し切削し、主軸モータ制御部91で検出したモータ8の電流値を用いて比切削抵抗演算部92において比切削抵抗Kf5Wを演算し、びびり安定限界線図作成部93内のデータ記録部931へ記録する(S1)。図3に示すように、スピンドル7に装着した所定工具5に振動検出器11を固定してハンマー12で所定工具5を加振し、図4に示すようなコンプライアンスの周波数応答を周波数応答測定装置10で測定する。この例では、びびり安定限界線図作成対象となるピークは、最大ピークであるピーク1とピーク1から合成対象最大ピーク差の範囲にあるピーク2が該当する。ここで、合成対象最大ピーク差は工具や主軸系の特性とびびり振動発生の実績を勘案して所望の値に設定する(S2)。図5において、測定した周波数応答のコンプライアンスが最大であるピーク1に対して、実線で示す最適フィッティングする伝達関数G(s)=1/(m+cs+k)を設定し、この伝達関数G(s)の質量m、減衰係数c、剛性kを主軸系の特性値1として、データ記録部931へ記録する(S3)。ステップS1で求めた比切削抵抗Kf5WとステップS3で求めた質量m、減衰係数c、剛性kの値と、たとえば2010年3月4日、日本機械学会No.10−24講習会−生産加工基礎講座−実習で学ぼう「切削加工、びびり振動の基礎知識」、講習会テキスト、pp、1−12に示されるようなびびり安定限界線図の求め方を用いて、びびり安定線図演算部932で図7に示すようなびびり安定限界線図1を演算し、データ記録部931へ記録する。図7において、限界曲線1の下部の斜線の領域がびびり振動が発生しない安定領域である(S4)。
【0012】
図4に示すコンプライアンスの周波数応答において、合成対象最大ピーク差の範囲内にあるピークが1個以上(n個)あるか判定する、n個あるならステップS7へ移動し、0個であればステップS6へ移動する。(S5)。びびり安定限界線図1を判定部94に記録し、S13へ移動するする(S6)。
この例では、n=1であるからステップS7へ移動する。
【0013】
びびり安定限界線図の番号を管理するために設定したカウンターの値Cを2に書き換える(S7)。測定したコンプライアンスのC番目のピークに対して、最適フィッティングする伝達関数G(s)=1/(m+cs+k)の質量m、減衰係数c、剛性kを主軸系の特性値Cとして、データ記録部931へ記録する(S8)。質量m、減衰係数c、剛性kに替えて質量m、減衰係数c、剛性kを用いてステップS4と同様にしてびびり安定限界線図Cを演算し、データ記録部931へ記録する。図8において、限界曲線2の下部の領域がびびり振動が発生しない安定領域である(S9)。カウンターの値Cに1を加算する(S10)。カウンターの値Cがn以上か判定する。C≧n+1ならばステップS12へ移動し、C<n+1ならばステップS8へ移動する。(S11)。合成対象最大ピーク差の範囲内にあるピークがn個ある場合、上記のステップS8からステップS11をn回繰り返し、n個のびびり安定限界線図を演算しデータ記録部931へ記録する。
この例では、n=1であるから図6に示すピーク2に対して、最適フィッティングする伝達関数G(s)=1/(m+cs+k)の質量m、減衰係数c、剛性kを用いて演算された図8に示すびびり安定限界線図2がデータ記録部931に記録される。データ記録部931にはステップS4で記録されたびびり安定限界線図1と合わせて2個のびびり安定限界線図が記録されている。
【0014】
びびり安定限界線図合成部933において、びびり安定限界線図1からびびり安定限界線図n+1までの、同一の主軸回転速度に対応したn+1個の限界曲線の最小の限界切込み深さの値を選択して合成限界曲線を構成することで合成びびり安定限界線図を作成し、判定部94に記録する(S12)。
この例では、n=1なので図9に示すように、同一の主軸回転速度に対応した限界曲線1と限界曲線2の限界切込み深さの値の小さいほうを選択して構成される合成限界曲線を作成する。合成限界曲線の下部の斜線の領域が、ピーク1とピーク2に対応するびびり振動が発生しない合成安定領域である。
【0015】
判定部94において、加工データが判定部94に記録されているびびり安定限界線図の安定領域に含まれるか否か判定する。具体的には、加工データに指示された工具切込み深さが加工データに指示された主軸回転速度におけるびびり安定限界線図の限界曲線より小さければ安定領域に含まれ、大きければ安定領域に含まれない。安定領域に含まれない加工データがある場合はステップS14へ移動する、全ての加工データが安定領域にある場合は終了する(S13)。
この例では、判定部94に記録されているびびり安定限界線図は、ステップS12で合成された合成びびり安定限界線図である。
【0016】
びびり安定限界線図の安定領域に含まれない加工データの値を、安定領域に含まれるように修正する。具体的には、加工データに指示された主軸回転速度を、この主軸回転速度に近い限界曲線のピーク位置の主軸回転速度に変更する(図9においてA点からA点へ移動)。この状態においても安定領域に含まれない場合は、さらに、加工データに指示された工具切込み深さを変更された主軸回転速度における限界曲線より5%程度小さい値に変更する(図9においてB点からB点へ移動)(S15)。
【0017】
以上のように、本発明により、発生の可能性の高い2番目以下のピークに起因するびびり振動に対しても有効な合成びびり安定限界線図を作成することができる。加工データが合成びびり安定限界線図の合成安定領域にあるかどうかを判定し、合成安定領域外にあるときは加工データの修正を行うことで、主軸系の状態変化や加工条件の変化が起きてもびびり振動の発生しない加工データを作成することが可能となる。
【0018】
上記の実施形態では、最大ピークと、最大ピークに対して合成対象最大ピーク差以内のコンプライアンス差を備えたピークを対象として合成びびり安定限界線図を作成したが、最大ピークと、最大ピークに対して所定比率以内のコンプライアンスを備えたピークを対象としてもよいし、所定の順位以内のピークを対象として合成びびり安定限界線図を作成してもよい。
合成対象最大ピーク差以内または所定比率以内のコンプライアンスを備えたピークが存在しない場合は、最大ピークの周波数のびびり振動以外のびびり振動が発生する可能性はほとんどないので、合成びびり安定限界線図を作成せず、びびり安定限界線図1を用いて判定を行う。
【符号の説明】
【0019】
1:工作機械 5:工具 6:主軸 7:スピンドル W:工作物 9:NC制御装置 10:周波数応答測定装置 93:びびり安定限界線図作成部 932:びびり安定限界線図演算部 933:びびり安定限界線図合成部 94:判定部 95:加工データ修正部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主軸に装着した回転する工具により工作物を加工するときに発生するびびり振動に関して、主軸回転速度に対する前記工具のびびり振動発生限界の工具切込み深さの値を連結して構成される限界曲線で区分されるびびり振動の発生しない領域である安定領域を表したびびり安定限界線図を用いて、主軸回転速度と工具切込み深さの組で表される加工データを修正する加工データ修正方法であって、
前記主軸と前記工具からなる主軸系のコンプライアンスの周波数応答のピークのなかで、コンプライアンスが最大である最大ピークを用いて最大ピーク質量・減衰係数・剛性値を算出し、前記最大ピークに対して所定差以内もしくは前記最大ピークに対して所定比率以内のコンプライアンスを持つ所定ピークを用いて所定ピーク質量・減衰係数・剛性値を算出する特性値算出工程と、
前記最大ピーク質量・減衰係数・剛性値と前記工具を用いた切削における比切削抵抗から最大ピークびびり安定限界線図を作成し、前記所定ピーク質量・減衰係数・剛性値と前記比切削抵抗から所定ピークびびり安定限界線図を作成するびびり安定限界線図作成工程と、
前記最大ピークびびり安定線図と前記所定ピークびびり安定線図における前記安定領域が重複する部分を合成安定領域とし、前記合成安定領域の境界線を合成限界曲線するびびり安定限界線図である合成びびり安定限界線図を作成する安定限界線図合成工程と、
前記加工データが、前記合成びびり安定限界線図の前記合成安定領域に含まれるか否かを判定する判定工程と、
前記判定手段で前記合成安定領域に含まれないと判定された前記加工データを前記合成安定領域内に含まれるように修正する加工データ修正工程を備える加工データ修正方法。
【請求項2】
前記加工データ修正工程において、前記加工データに指示された主軸回転速度であるデータ主軸回転速度を、前記データ主軸回転速度に直近の前記合成限界曲線のピーク位置の主軸回転速度に修正する、請求項1に記載の加工データ修正方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−43240(P2013−43240A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−181663(P2011−181663)
【出願日】平成23年8月23日(2011.8.23)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】