説明

加工変質層検出装置および加工変質層検出方法

【課題】工作物の加工変質層を高精度に検出することが可能な加工変質層検出装置を提供することを目的とする。
【解決手段】加工変質層検出装置1は、励磁電流により工作物2の内部に渦電流を誘導し、励磁電流の周波数に応じた浸透深さにおける透磁率を測定するセンサ10と、深層部を浸透深さとする第一周波数(0.5[kHz]〜1.0[kHz])と表層部を浸透深さとする第二周波数(50[kHz]〜1.0[MHz])を含む複数の周波数を設定した励磁電流をセンサ10に供給する供給手段31と、第二周波数により測定される第二透磁率が第一周波数により測定される第一透磁率より大きな値である場合に、工作物2に加工変質層が生じているものと判定する判定手段32と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作物の表面の加工変質層を磁気センサにより非破壊で検出する装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
研削加工または切削加工を行う場合には、工作物における加工部位の温度が高温になりやすい。そのため、加工条件によっては工作物の表面に加工変質層(一般に「研削焼け」または「切削焼け」と言う場合がある)が生じることがある。この加工変質層は、変質状態の異なる軟化層と白層(再焼き入れ層)を含み、工作物の機械的強度を低下させる要因となるおそれがあった。つまり、加工変質層が生じた工作物の表面からの深さやその範囲により機械的強度への影響が変わるものと考えられることから、工作物における加工変質層の有無およびその状態を高精度に検出することが望ましい。
【0003】
従来では、薬品を用いた検査や工作物を切断する破壊検査により、工作物の加工変質層の有無および変質状態を検出していた。しかし、このような破壊検査による検査において、検査対象とした工作物は、研削焼けの有無に関わらず製品とすることができない。そのため、検査対象に必要な数だけ余分に製造する必要がある。さらに、当該検査方法では、手間と時間がかかるという問題がある。
【0004】
そこで、特許文献1,2には、非破壊検査により工作物の加工変質層を検出する方法が開示されている。この非破壊検査は、例えば、工作物の表層に渦電流を誘導し、その渦電流の変化または渦電流による誘導起電力に基づいて、加工変質層の検出を図るものが知られている。そして、特許文献1に記載の加工変質層の検出装置によれば、軟化層と白層とを比較することにより加工変質層を検出できるものとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−206395号公報
【特許文献2】特開2000−180415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、検査対象とする工作物の表層には、加工時の熱影響により変質状態の異なる軟化層と白層を含む加工変質層が生じることがある。そして、上述したような渦電流方式の加工変質層検出の検査においては、この白層により加工変質層の検出精度が低下することがある。
【0007】
本発明は上記課題を鑑みてなされたものであり、工作物の加工変質層を高精度に検出することが可能な加工変質層検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、請求項1に記載の加工変質層検出装置の発明の構成上の特徴は、
励磁電流により工作物の内部に渦電流を誘導し、前記励磁電流の周波数に応じた浸透深さにおける透磁率を測定するセンサと、
前記工作物において加工変質層が生じない深層部を前記浸透深さとする第一周波数と前記深層部より前記工作物の表層側に位置する表層部を前記浸透深さとする第二周波数とを含む複数の周波数を設定した前記励磁電流を前記センサに供給する供給手段と、
前記第二周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第二透磁率が、前記第一周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第一透磁率より大きな値である場合に、前記工作物に加工変質層が生じているものと判定する判定手段と、
を備えることである。
【0009】
請求項2に記載の発明の構成上の特徴は、請求項1において、前記深層部は、前記表層部に加工変質層が生じている前記工作物に対して前記第一周波数の励磁電流を前記センサに供給して前記第一透磁率を測定した場合に、当該加工変質層の影響により変動して測定される前記第一透磁率の変動分が予め設定されている許容値以下となる部位に設定されていることである。
【0010】
請求項3に記載の発明の構成上の特徴は、請求項1または2において、前記判定手段は、前記第二透磁率に対する前記第一透磁率の差分と、予め設定されている閾値とを比較することにより前記工作物における加工変質層の有無を判定することである。
【0011】
請求項4に記載の発明の構成上の特徴は、請求項3において、前記閾値は、前記第一周波数と、当該第一周波数の励磁電流により測定される前記第一透磁率とに基づいて設定されることである。
【0012】
請求項5に記載の発明の構成上の特徴は、請求項1〜4の何れか一項において、
前記供給手段は、前記センサに前記第一周波数および前記第二周波数を含む少なくとも3周波以上の周波数を設定した前記励磁電流を供給し、
前記判定手段は、測定される複数の透磁率に基づいて、前記工作物における加工変質層の有無を判定することである。
【0013】
請求項6に記載の発明の構成上の特徴は、請求項1〜5の何れか一項において、前記供給手段は、同時に複数の周波数の前記励磁電流を前記センサに供給することである。
【0014】
請求項7に記載の発明の構成上の特徴は、請求項1〜6の何れか一項において、前記表層部に白層を含む加工変質層が生じている工作物を検査対象とし、当該検査対象において前記表層部から前記深層部までの透磁率を測定した場合に、前記表層部の白層と前記深層部との間において透磁率の最大値が測定されることである。
【0015】
上記の課題を解決するため、請求項8に記載の加工変質層検出方法の発明の構成上の特徴は、
励磁電流により工作物の内部に渦電流を誘導し、前記励磁電流の周波数に応じた浸透深さにおける透磁率を測定するセンサを備え、
前記工作物において加工変質層が生じない深層部を前記浸透深さとする第一周波数と前記深層部より前記工作物の表層側に位置する表層部を前記浸透深さとする第二周波数とを含む複数の周波数を設定した前記励磁電流を前記センサに供給し、
前記第二周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第二透磁率が、前記第一周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第一透磁率より大きな値である場合に、前記工作物に加工変質層が生じているものと判定することである。
【発明の効果】
【0016】
請求項1に係る発明によると、加工変質層検出装置の判定手段は、第二透磁率が第一透磁率より大きな値である場合に、工作物に加工変質層が生じているものと判定する構成となっている。ここで、「第一透磁率」とは、工作物の深層部を浸透深さとする第一周波数の励磁電流をセンサに供給したときに測定される透磁率である。この工作物の「深層部」とは、工作物の母材に相当し、工作物において加工変質層が生じない部位である。同様に、「第二透磁率」とは、表層部を浸透深さとする第二周波数の励磁電流をセンサに供給したときに測定される透磁率である。この工作物の「表層部」とは、深層部より工作物の表層側に位置し、工作物において加工変質層が生じうる部位である。
【0017】
そして、供給手段は、第一周波数と第二周波数を含む複数の周波数を設定した励磁電流をセンサに供給する。これにより、第一透磁率および第二透磁率が測定されることになる。ここで、渦電流方式の非破壊検査では、加工時の熱影響により生じた軟化層(焼き戻し層)をより高精度に検出するために、軟化層が生じるうる表層部を浸透深さとすべく励磁電流の周波数を高く設定する傾向にある。しかし、工作物に白層(再焼き入れ層)が生じている場合には白層が軟化層よりも表層側となるため、周波数を高く設定することがかえって軟化層の検出を困難にすることがある。
【0018】
これに対して、本発明は上記構成とすることにより、第一透磁率と第二透磁率を比較し、工作物に白層が生じているかに関わらず軟化層が生じているかを判定することができる。そして、この軟化層が生じている(第二透磁率が第一透磁率よりも大きな値である)場合に、加工変質層が生じているものと判定することで、より高精度に加工変質層を検出することができる。
【0019】
請求項2に係る発明によると、深層部を工作物における十分に深い部位とすることになり、第一透磁率が工作物の母材の透磁率とほぼ等しくなる。これにより、より高精度に加工変質層を検出することができる。例えば、工作物の表面から所定深さの部位の透磁率を測定する場合に、その部位の表層側に加工変質層が生じているとセンサによる測定値が変動することがある。これは、所定深さの部位に加工変質層が生じていなくても、その部位の表層側に位置する加工変質層が透磁率の測定に影響を及ぼすことに起因している。
【0020】
しかし、浸透深さを十分に深くするにつれて、表層側に位置する加工変質層による影響は小さくなる。そこで、加工変質層の影響により変動して測定される透磁率の変動分が許容値以下となる部位を深層部とする。これにより、その深層部の表層側における加工変質層の有無に関わらず、工作物の母材の透磁率を測定することができる。この第一透磁率と第二透磁率を比較することにより、より高精度に加工変質層を検出することができる。
【0021】
請求項3に係る発明によると、判定手段は、第二透磁率に対する第一透磁率の差分と、閾値とを比較することにより工作物における加工変質層の有無を判定する構成となっている。ここで、第一透磁率より大きな値となる第二透磁率が測定される表層部を検出することにより、加工変質層を検出することは可能である。しかし、検出されたそれぞれの部位は、加工変質層の範囲や厚さなどの状態により機械的強度が異なる。つまり、深層部よりも透磁率が大きいが、軟化層より高強度で十分な強度を有している部位の場合がある。そのため、工作物の用途などを勘案して予め閾値を設定することにより、不良品とする基準を定め、加工変質層の有無を適正に判定することができる。
【0022】
請求項4に係る発明によると、閾値は、第一周波数と、当該第一周波数の励磁電流により測定される透磁率とに基づいて設定される構成となっている。励磁電流の周波数により浸透深さが変動するため、判定手段の判定基準となる第一透磁率を測定する第一周波数に基づいて閾値を設定することが好適である。さらに、工作物には例えば表面の微小な凹凸や焼き入れ状態の偏りなどにより個体差があるため、その部位において測定される透磁率に基づいて閾値を設定することが好適である。
【0023】
そこで、本発明では、第一透磁率と第二透磁率の差分と閾値とを比較して加工変質層の有無を判定する構成において、閾値を第一周波数および第一透磁率に基づいて設定するものとした。これにより、測定される第一透磁率に応じて適正な閾値を設定することができる。そして、測定された第二透磁率とこの閾値を比較することにより、工作物の個体差を吸収し加工変質層の有無を確実に判定することができる。また、この時、第二透磁率に対する第一透磁率の差分と閾値とは間接的に比較されることになる。
【0024】
請求項5に係る発明によると、判定手段は、供給手段により供給される3周波以上の周波数を設定した励磁電流によってセンサが測定する複数の透磁率に基づいて、加工変質層の有無を判定する構成となっている。この3周波以上の周波数には、第一周波数および第二周波数が含まれている。また、上述したように浸透深さは、励磁電流の周波数により変動する。そこで、例えば、表層部を浸透深さとする周波数を複数設定した励磁電流をセンサに供給することにより、表層部における加工変質層の範囲や厚さなどの状態を検査することができる。また、例えば、深層部を浸透深さとする周波数を複数設定した励磁電流をセンサに供給することにより、基準となる母材の透磁率を確実に測定することができる。
【0025】
請求項6に係る発明によると、供給手段は、複数の周波数の励磁電流を同時にセンサに供給する構成となっている。これにより、センサは、同時に複数の浸透深さにおける透磁率を測定することになる。例えば、センサが同一のセンサヘッドから複数の周波数の励磁電流により工作物の内部に渦電流を誘導するものとしてもよい。これにより、工作物の同位置であって、異なる浸透深さにおける透磁率を測定することができる。よって、工作物の表面状態など同一の状態で測定することになるので、より高精度な測定が可能となる。
【0026】
また、例えば、センサが複数のセンサヘッドを有し、それぞれのセンサヘッドから異なる周波数の励磁電流により工作物の内部に渦電流を誘導するものとしてもよい。これにより、工作物の他部に対して同時に透磁率を測定することができるので、加工変質層検出の検査時間を短縮することができる。
【0027】
請求項7に係る発明によると、本発明の加工変質層検出装置は、検査対象の工作物に白層が生じている場合に、透磁率の最大値は、表層部の白層と深層部との間において測定される検査方法を適用したものである。工作物の変質の度合いが全体として比較的高い場合、工作物の最も表層側に白層が位置することになる。そして、加工変質層検出装置により、白層を含む加工変質層が生じている工作物に対して、表層部から深層部まで浸透深さを変化させて透磁率を測定すると、白層の透磁率と深層部の透磁率は近似した値となる。そして、透磁率の最大値は、白層を除いた表層部または、それより深層側の部位において測定される。
【0028】
このような測定方法を適用した加工変質層検出装置の構成によれば、第一透磁率と第二透磁率を比較し、工作物に白層が生じているかに関わらず軟化層が生じているかを判定することができる。そして、判定手段は、この軟化層が生じている場合に、加工変質層が生じているものと判定することで、より高精度に加工変質層を検出することができる。
【0029】
請求項8に係る発明によると、第二透磁率が第一透磁率より大きな値である場合に、工作物に加工変質層が生じているものと判定する構成となっている。このように、第一透磁率と第二透磁率を比較することにより、工作物に白層が生じているかに関わらず軟化層が生じているかを判定することができる。そして、この軟化層が生じている(第二透磁率が第一透磁率よりも大きな値である)場合に、加工変質層が生じているものと判定することで、より高精度に加工変質層を検出することができる。
【0030】
また、本発明の加工変質層検出装置としての他の特徴部分について、本発明の加工変質層検出方法に同様に適用可能である。そして、この場合における効果についても、上記加工変質層検出装置としての効果と同様の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施形態:加工変質層検出装置1の平面図である。
【図2】加工変質層検出装置1の磁気センサ10の内部を透視して示す側面図である。
【図3】励磁電流の周波数に対する浸透深さの関係を示すグラフである。
【図4】工作物2の断面を示す模式図である。(a)は変質の度合いが大きい場合であり、(b)は変質の度合いが小さい場合であり、(c)は良品の場合である。
【図5】工作物2の表層からの距離に対する透磁率の関係を示すグラフである。
【図6】渦電流方式により測定した透磁率を示すグラフである。
【図7】深層側の透磁率に対する表層側の透磁率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の加工変質層検出装置を具体化した実施形態について図面を参照しつつ説明する。
<実施形態>
(加工変質層検出装置1の構成)
本発明の加工変質層検出装置1について、図1〜3を参照して説明する。図1は、実施形態の加工変質層検出装置1の平面図である。図2は、加工変質層検出装置1の磁気センサ10の内部を透視して示す側面図である。図3は、励磁電流の周波数に対する浸透深さの関係を示すグラフである。
【0033】
工作物2は、磁性材料であって、本実施形態ではSUJ2を焼き入れした円筒状または円柱状のものを対象として説明する。また、工作機械3は、研削盤とし円筒状または円柱状の工作物2の外周面を研削加工するものとしている。つまり、本実施形態の加工変質層検出装置1は、工作物2の外周面における加工変質層の変質状態を検出するものとして説明する。
【0034】
なお、本発明は、工作機械3として、研削盤の他に、旋盤およびマシニングセンタなどの切削加工機を適用することもできる。また、工作物2としては、円筒状または円柱状に限らず、任意の形状のものを対象とできる。そして、工作物2の加工変質層の検出対象部位は、円筒状または円柱状の外周面の他に、円筒状の内周面、平板状の表面、および、自由曲面状の表面などとすることもできる。
【0035】
加工変質層検出装置1は、図1,2に示すように、磁気センサ10(本発明の「センサ」に相当する)と、回転支持部20と、制御装置30とを主体として構成される。本実施形態の加工変質層検出装置1は、渦電流方式の磁気を用いた磁気方式の非破壊検査により、工作物2の加工変質層に応じた信号を出力するものである。
【0036】
ここで、渦電流方式による加工変質層の検査について説明する。一般に、渦電流方式は、一次コイルにより試験体に磁場を印加し、励磁電流を流すことで渦電流を誘導する。そして、磁場を印加する一次コイルと試験体とを相対的に移動させ、この移動によって変化する渦電流の誘導起電力を二次コイルによって検知する。渦電流方式の検査は、検知される誘導起電力が加工変質層の変質状態に伴って変化することから、誘導起電力の値や変化量などに基づいて加工変質層の検出を図るものである。
【0037】
また、誘導された渦電流の渦電流密度は、[数1]に示すように透磁率と相関関係がある。これにより、二次コイルにより検知された誘導起電力は、試験体の測定部位における透磁率に応じて変動することになる。そこで、本実施形態の渦電流方式の検査においては、誘導起電力から試験体の透磁率を算出し、この透磁率に基づいて加工変質層の検出を図るものとしている。
[数1]
J∝exp[−x/√(π・f・μ・σ)]
J:渦電流密度
x:表層からの深さ[m]
f:励磁電流の周波数[Hz]
μ:透磁率[H/m]
σ:導電率[S/m]
【0038】
また、渦電流方式の検査において測定される透磁率は、試験体の所定深さにおける値として測定される。この試験体の所定深さは、測定に用いられる励磁電流の周波数に応じた浸透深さである。この「浸透深さ」とは、渦電流が表層の約37%に減少する深さであり、図3に示すように、励磁電流の周波数と反比例する。
【0039】
つまり、励磁電流の周波数が高くなるほど浸透深さは小さくなる。よって、高周波数の励磁電流は、表層側の部位の検査を行うのに適している。一方、励磁電流の周波数が低くなるほど浸透深さは大きくなる。よって、低周波数の励磁電流は、深層側の部位の検査を行うのに適している。また、図3に示すグラフは、試験体の材質がSUJ2の場合であり、他の鋼材においては参考値である。
【0040】
磁気センサ10は、センサ本体11と、センサヘッド12と、測定装置13と、ばね14と、センサ送り機構15を有している。センサ本体11は、後述する制御装置30の供給部31より低周波側の第一周波数および高周波側の第二周波数を設定した励磁電流を供給される。そして、センサ本体11は、センサヘッド12が工作物2に磁場を印加するように上記励磁電流をセンサヘッド12に供給する。
【0041】
センサヘッド12は、供給された励磁電流により工作物2に磁場を印加して、工作物2の内部に渦電流を誘導する。これにより、センサヘッド12は、第一周波数および第二周波数を設定した励磁電流の周波数に応じたそれぞれの浸透深さにおいて、工作物2の変質状態に伴って変化する誘導起電力を信号としてそれぞれ検出している。
【0042】
測定装置13は、図2に示すように、センサヘッド12が検出した信号をセンサ本体11から信号線を介して受信している。そして、測定装置13は、この信号に基づいて工作物2の上記浸透深さにおける透磁率を算出する。さらに、測定装置13は、算出した透磁率を磁気センサ10の測定した値として、後述する制御装置30へ出力している。ばね14は、センサ本体11の内部において、センサヘッド12の基端部に設けられている。このばね14は、センサヘッド12を工作物2に所定の付勢力(押圧力)によって付勢している。これにより、本実施形態において、センサヘッド12は、工作物2と常に接触した状態となっている。
【0043】
センサ送り機構15は、センサ本体11の後方部(工作物2と反対側)に設けられ、センサ本体11を工作物2の軸方向に移動可能に保持する機構である。よって、センサ送り機構15は、例えば、ボールねじとサーボモータ、または、油圧機構などにより構成される。また、磁気センサ10は、上述したようなセンサ送り機構15を工作物2の軸直交方向に対して有してもよい。このような構成にすることにより、磁気センサ10は、工作物2の軸直交方向における可動範囲が大きくなり、多様な工作物2の形状にも対応して加工変質層の検出が可能となる。
【0044】
回転支持部20は、図2に示すように、駆動輪21と、調整車22を有し、工作物2を回転可能に支持している。駆動輪21は、工作物2の周面と接触し、図示しないモータにより回転駆動することで工作物2を回転させている。また、駆動輪21は、当該モータの回転位置を検出するエンコーダ21aを有する。エンコーダ21aは、検出したモータの回転位置情報を制御装置30へ出力している。これにより、制御装置30は、初期情報である工作物2の直径や周長などを含む形状情報と、モータの回転位置情報と、に基づいてセンサヘッド12の工作物2に対する周方向位相を検知している。調整車22は、駆動輪21と共に工作物2を支持し、工作物2の周面との摩擦力により従動回転している。
【0045】
制御装置30は、供給部31(本発明の「供給手段」に相当する)と、判定部32(本発明の「判定手段」に相当する)を有している。供給部31は、第一周波数および第二周波数を設定した励磁電流を磁気センサ10のセンサ本体11に供給する磁気センサ10の供給手段である。この供給部31は、測定装置13を介してセンサ本体11と連結され、第一周波数および第二周波数を設定した励磁電流をセンサ本体11に同時に供給している。つまり、センサ本体11は、供給部31により同時に複数の周波数の励磁電流を供給されることになる。これにより、磁気センサ10は、同時に複数の浸透深さにおける透磁率を測定している。
【0046】
ここで、第一周波数は、工作物2において加工変質層が生じない深層部を浸透深さとする周波数帯に含まれる周波数である。また、この周波数帯は、0.1[kHz]〜1.0[kHz]の範囲に設定され、この周波数帯に応じた浸透深さは、約1.52[mm]〜480[μm]である。なお、測定点を多数得るためには、周波数帯を0.5[kHz]〜1.0[kHz]の範囲に設定することが好ましく、この周波数帯に応じた浸透深さは、約680[μm]〜480[μm]である。一方、第二周波数は、深層部より工作物2の表層側に位置する表層部を浸透深さとする周波数帯に含まれる周波数である。また、この周波数帯は、50[kHz]〜1.0[MHz]の範囲に設定され、この周波数帯に応じた浸透深さは、約68[μm]〜15[μm]である。それぞれの周波数帯は、本実施形態における工作物2の用途や材質、焼き入れ状態などを鑑みて設定されたものであり、その他の実施態様において適宜調整して設定されるものである。
【0047】
判定部32は、測定された工作物2の透磁率に基づいて、工作物2に加工変質層が生じているかを判定する判定手段である。判定部32による判定は、以下のように行われる。まず、判定部32は、供給部31が第一周波数の励磁電流を磁気センサ10に供給することにより測定される第一透磁率(以下、「深層側の透磁率」とも称する)を測定装置13から入力される。また同時に、判定部32は、供給部31が第二周波数の励磁電流を磁気センサ10に供給することにより測定される第二透磁率(以下、「表層側の透磁率」とも称する)を測定装置13から入力される。そして、判定部31は、表層側の透磁率が深層側の透磁率より大きな値である場合に、工作物2に加工変質層が生じているものと判定する。制御装置30の詳細については後述する。
【0048】
(加工変質層と透磁率について)
また、試験体である工作物2に生じる加工変質層について、図4,5を参照して説明する。図4は、工作物2の断面を示す模式図である。図4(a)は変質の度合いが大きい場合であり、図4(b)は変質の度合いが小さい場合であり、図4(c)は良品の場合である。図5は、工作物2の表層からの距離に対する透磁率の関係を示すグラフである。
【0049】
加工変質層は、一般に、研削焼けまたは切削焼けとも称され、工作物2の母材に対して変質しているものをいう。また、工作物2の母材は、工作物2の加工前における焼き入れ層である。この加工変質層は、加工時の熱影響により変質状態の異なる軟化層と白層が含まれる。軟化層は、一般に焼き戻し層とも称され、工作物2の母材の機械的強度を低下させる要因となり得る。白層は、再焼き入れ層のことである。また、白層を含む加工変質層が生じた場合、白層は、最も熱影響の受けやすい工作物2の表層に生じるので、軟化層よりも表層側に位置する。また、本明細書では、加工変質層が白層を含む場合を、加工変質層が白層を含まない場合よりも変質の度合いが大きいものとして説明する。
【0050】
ここで、白層の透磁率は、工作物2の母材の透磁率とほぼ同値となる。これに対して、軟化層の透磁率は、母材および白層の透磁率よりも高い。各層の透磁率が相違するのは、加工時の熱影響により各層における残留オーステナイトの量が異なることに起因することが分かった。ここで、オーステナイトとは、面心立方晶のγ固溶体であり、常磁性で電気抵抗が大きいという特徴を有するものである。そして、鋼を焼き入れした後、冷却変態が室温以下となっても未変態で残留するオーステナイトを残留オーステナイトという。
【0051】
この残留オーステナイトは、機械的強度を向上させるものであるが、加工時の熱影響によりその残留量が変動する。具体的には、残留オーステナイトは、軟化層では母材に対して少量となり、白層では母材とほぼ同量となっている。従って、工作物2の表層からの所定深さにおいて、残留オーステナイトの量に伴って変動する透磁率を測定することにより、所定深さの変質の度合いを検知することができる。
【0052】
工作物2の変質の度合いが全体として比較的大きい場合、即ち白層を含む加工変質層が生じている場合、工作物2の断面は、図4(a)に示すように、表層側から白層(10[μm])、軟化層(100[μm])、オーステナイト減少層(20[μm])、母材の順に構成される。括弧内は、各層の厚さの参考値である。ここで、オーステナイト減少層とは、加工時の熱影響を受けて母材と比べて残留オーステナイトが減少しているものの、軟化層ほど機械的強度が低下していない層をいう。つまり、このオーステナイト減少層は、軟化層と工作物2の母材の間に位置し、加工変質層には含まれない層である。
【0053】
これに対して、工作物2の変質の度合いが全体として比較的小さい場合、即ち白層を含まない加工変質層が生じている場合、工作物2の断面は、図4(b)に示すように表層側から軟化層(10[μm])、オーステナイト減少層(20[μm])、母材の順に構成される。また、工作物2が良品の場合、即ち白層および軟化層などの加工変質層が生じていない場合、図4(c)に示すように表層側からオーステナイト減少層(5[μm])、母材の順に構成される。括弧内は、層の厚さの参考値である。本実施形態においては、加工変質層に含まれないオーステナイト減少層を含む工作物を良品としているが、オーステナイト減少層を全く含まない工作物も良品である。
【0054】
上述したように、工作物2の各層における残留オーステナイト量が相違することから、その部位(位相)の透磁率は、図5に示すように、工作物2の表層からの距離によって変動することになる。図5の(a)〜(c)は、図4(a)〜図4(c)にそれぞれ対応している。つまり、変質の度合いの異なる図4(a)〜(c)の工作物2を検査対象とし、当該検査対象の表層部から深層部までの透磁率を測定すると、図5の(a)〜(c)に示すような測定値を取得することになる。
【0055】
ここで、加工変質層のうち軟化層は、残留オーステナイト量が母材と比較して何れの層よりも減少し、図5の(a)における40[μm]付近、または、図5(b)における表層付近に参照されるように、透磁率が最も高くなる。加工変質層のうち白層は、残留オーステナイト量が母材と比較してほぼ同量であり、図5の(a)の表層付近および680[μm]付近に参照されるように、透磁率が母材とほぼ同値となる。加工変質層ではないオーステナイト減少層は、軟化層ほどではないものの残留オーステナイト量は減少し、図5の(a)の80[μm]付近に参照されるように、透磁率が軟化層と母材の間の値となる。
【0056】
このように、図4(a)のような工作物2を検査対象とした場合、図5の(a)に示すように、工作物2の透磁率は、表層部の白層において母材と近似した低い値となり、白層より深層側の軟化層において最大値となる。そして、オーステナイト減少層から母材へと表層からの距離が大きくなるに従って透磁率が減少する。また、図4(b)のような工作物2を検査対象とした場合、図5の(b)に示すように、工作物2の透磁率は、表層部の軟化層において最大値となり、オーステナイト減少層から母材へと表層からの距離が大きくなるに従って透磁率が減少する。その他、表層部にオーステナイト減少層のみが生じている図4(c)のような工作物2を検査対象とした場合、工作物2の同一位相における透磁率は、図5の(c)のように示される。
【0057】
ここで、図4(a),(b)に示すように、加工変質層は、工作物2の表層から10[μm]〜110[μm]の範囲で生じている。さらに、図5(a)〜(c)の480[μm]〜680[μm]の範囲を参照すると、いずれの透磁率も一定となっている。つまり、加工変質層が生じ得る表層部から十分に深い深層部においては、変質の度合いに関わらず透磁率が同値となることが分かる。そこで、本実施形態において、第一周波数が含まれる低周波側の周波数帯は、図5の範囲R1(680[μm]〜480[μm])を浸透深さとするように設定されている。
【0058】
また、図4(a),(b)に示すように、加工変質層は、工作物2の表層から10[μm]〜110[μm]の範囲で生じている。そして、図5の(a),(b)に示すように、15[μm]〜68[μm]の範囲においては、深層部の透磁率に対して十分に大きな値として透磁率を測定可能であることが分かる。そこで、本実施形態において、第二周波数が含まれる高周波側の周波数帯は、図5の範囲R2(15[μm]〜68[μm])を浸透深さとするように設定されている。
【0059】
このように、加工変質層検出装置1は、所定の浸透深さにおける透磁率を測定することにより変質の度合いを検知し、これに基づいて加工変質層を検出するものである。そして、加工変質層検出装置1が後述する渦電流方式の検査により、図4(a)のような工作物を検査対象として、表層部から深層部までの透磁率を測定すると、上述したように、図5の(a)のような測定値を取得することになる。つまり、本実施形態における加工変質層検出装置1は、このような工作物2を検査対象とした場合に、白層の透磁率と深層側の透磁率(母材の透磁率)が近似するとともに、表層部の白層と深層部との間において透磁率の最大値が測定される検査方法を適用したものである。
【0060】
ところで、渦電流方式の検査方法において、センサによる信号の出力値は、表層部における正常な部位よりも軟化層の方が大きくなる。このことから、加工変質層のうち軟化層を対象として検査することが好適である。この時、軟化層をより高精度に検出するために、軟化層が生じる表層部を浸透深さとすべく励磁電流の周波数をなるべく高く設定する傾向になる。しかし、試験体に白層が生じている場合には、白層が軟化層よりも表層側に位置するため、高周波数に設定された励磁電流により白層に渦電流を誘導することになる。
【0061】
そうすると、上述したように白層と母材の残留オーステナイト量が近似していることからも、加工変質層が生じているにも関わらずセンサによる信号の出力値が軟化層を浸透深さとした場合と比べて小さくなる。これにより、例えば、センサの出力値の変動幅が試験体の個体差や回転振れ、ノイズなどに起因する変動幅と同程度となると、加工変質層であるかを判定することができなくなるおそれがある。つまり、高精度な検査とするために励磁電流の周波数を高く設定することがかえって加工変質層の検出を困難にすることがある。このように、従来の検査方法においては、白層の有無が軟化層の検出精度に影響することがあった。
【0062】
(制御装置30の詳細)
そこで、本実施形態の加工変質層検出装置1は、表層側の透磁率が深層側の透磁率より大きな値である場合に、制御装置30の判定部32が工作物2に加工変質層が生じているものと判定する構成としている。さらに、磁気センサ10は、制御装置30の供給部31により同時に低周波側の第一周波数および高周波側の第二周波数を設定した励磁電流を供給される構成としている。つまり、円筒状または円柱状の工作物2における同一位相の部位に対して、同時に深層部および表層部に渦電流を誘導している。これにより、磁気センサ10は、同時に深層側の透磁率および表層側の透磁率を測定することになる。
【0063】
より具体的には、加工変質層検出装置1による検査は、制御装置30の供給部31が磁気センサ10に低周波側の周波数として、0.5[kHz]に設定された励磁電流と、高周波側の周波数として、250[kHz]に設定された励磁電流を供給する。次に、磁気センサ10のセンサ本体11は、第一周波数および第二周波数の励磁電流をセンサヘッド12に供給する。これにより、センサヘッド12が図示しない一次コイルにより交流磁場を発生させ、工作物2の深層部および表層部には渦電流が誘導される。
【0064】
そして、センサヘッド12に内蔵される二次コイルは、工作物2の深層部および表層部における渦電流による反磁場を信号として検知する。このように工作物2に渦電流が誘導された状態で、回転支持部20の駆動輪21および調整車22が工作物2を軸周りに回転させる。そして、工作物2の全周に亘って検知すると、加工変質層のある部位において反磁場の強さが変化する。これにより測定装置13は、この反磁場の強さの変化による出力値を信号としてセンサ本体11から信号線を介して受信する。さらに、測定装置13は、工作物2の深層部および表層部における透磁率を算出し、それぞれの透磁率を磁気センサ10の測定値として、制御装置30へ出力する。
【0065】
ここで、測定された結果について、図6,7を参照して説明する。図6は、渦電流方式により測定した透磁率を示すグラフである。図7は、深層側の透磁率に対する表層側の透磁率を示す図である。第一周波数(0.5[kHz])および第二周波数(250[kHz])の励磁電流により渦電流を誘導し、工作物2を全周に亘ってセンサヘッド12が走査すると、図6に示すような測定の結果を得られる。ここで、第一周波数(0.5[kHz])の浸透深さは約680[μm]であり、第二周波数(250[kHz])の浸透深さは約30[μm]である。図6のm1は第一周波数による測定値であり、図6のm2は第二周波数による測定値である。
【0066】
また、深層側の透磁率に対する表層側の透磁率は、図7のように示される。図7は、後述する閾値Tにより、加工変質層の生じている領域と、生じていない領域とを区分されている。工作物2において、加工変質層が生じていない部位では、深層側の透磁率に対して表層側の透磁率が閾値Tより下側に位置している。一方、加工変質層が生じている部位では、深層側の透磁率に対して表層側の透磁率が閾値Tより上側に位置している。つまり、制御装置30の判定部32は、測定された深層部および表層側の透磁率が何れかの領域に位置するかに基づいて、加工変質層の有無を判定している。
【0067】
この判定結果を付した図6によれば、第一周波数の測定値m1は、表層部における加工変質層の有無に関わらず、透磁率がほぼ一定となることを示している。また、第二周波数の測定値m2は、加工変質層のうち軟化層が生じている位相で透磁率が高くなることを示している。
【0068】
ここで、本実施形態において、低周波側の励磁電流は、周波数を0.5[kHz]に設定した。この周波数の浸透深さは、約680[μm]である。つまり、加工変質層検出装置1による検査において、低周波側の励磁電流により工作物2の深層側の透磁率を測定していることになる。本実施形態において、工作物2の「深層部」は、次のように設定されている。まず、工作物2の所定位相において、表層側に加工変質層が生じている深層側の透磁率を測定したとする。この時、表層側の加工変質層の影響により測定される透磁率が変動する。そして、深層部は、この透磁率の変動分が予め設定されている許容値以下となる部位とされている。この許容値は、検査対象とする工作物2の材質や検査条件などによって任意に設定される。
【0069】
このような構成とすることで、深層部を工作物2における十分に深い部位とすることになり、深層側の透磁率が工作物2の母材の透磁率に近似することになる。これにより、より高精度に加工変質層を検出することができる。例えば、工作物2の表面から所定深さの部位の透磁率を測定する場合に、その部位の表層側に加工変質層が生じていると磁気センサ10による測定値が変動することがある。これは、浸透深さの部位に加工変質層が生じていなくても、その部位の表層側に位置する加工変質層が透磁率の測定に影響を及ぼすことに起因している。
【0070】
しかし、浸透深さを十分に深くするにつれて、表層側に位置する加工変質層による影響は小さくなる。そこで、本実施形態では、加工変質層の影響により変動して測定される透磁率の変動分が許容値以下となる部位を深層部としている。これにより、その深層部の表層側における加工変質層の有無に関わらず、工作物の母材の透磁率を測定することができる。このような観点から、加工変質層検出装置1は、低周波側の周波数を0.5[kHz]〜1.0[kHz]に設定することが好適である。上記範囲の周波数に励磁電流を設定した場合、浸透深さは、図5の範囲R1で示される約680[μm]〜480[μm]となる。
【0071】
また、高周波側の励磁電流は、周波数を250[kHz]に設定した。この周波数の浸透深さは、約30[μm]である。つまり、加工変質層検出装置1による検査において、高周波側の励磁電流により工作物2の表層側の透磁率を測定している。また、本実施形態において、工作物2の「表層部」は、深層部より工作物2の表層側に位置し、工作物2において加工変質層が生じうる部位としている。ここで、工作物2の変質の度合いが全体として比較的小さい場合、軟化層は工作物2の表層から約10[μm]の厚さとなることが想定される。この時、高周波側の励磁電流による浸透深さを約30[μm]とした場合、この浸透深さにおける透磁率は、表層側に位置する軟化層の影響により変動する。これにより、表層側の透磁率に対する深層側の透磁率の差分は、十分に大きな値となる。
【0072】
一方、工作物2の変質の度合いが全体として比較的大きい場合、白層は工作物2の表層から約10[μm]の厚さとなることが想定される。そして、この白層の深層側に位置する軟化層は、白層との境界から深層側に約100[μm]の厚さとなることが想定される。この時、高周波側の励磁電流による浸透深さを約30[μm]とした場合、この浸透深さにおける透磁率は、軟化層の透磁率が測定される。これにより、表層側の透磁率に対する深層側の透磁率の差分は、十分に大きな値となる。つまり、深層側の透磁率を上述したように測定することにより、工作物2の変質の度合いが何れの場合であっても、表層側の透磁率に対する深層側の透磁率の差分は、十分に大きな値となる。
【0073】
このように、表層部における変質の度合いを考慮し、高周波側の励磁電流の周波数を設定している。よって、このような観点から、加工変質層検出装置1は、高周波側の周波数を50[kHz]〜1.0[MHz]に設定することが好適である。上記範囲の周波数に励磁電流を設定した場合、浸透深さは、図4の範囲R2で示される約68[μm]〜15[μm]となる。
【0074】
加工変質層検出装置1は、上述したように深層部の透磁率および表層側の透磁率を測定し、その差分と予め設定されている閾値Tとを比較することにより加工変質層の有無を判定する。本実施形態において、制御装置30の判定部32は、図7に示すように、測定された深層部の透磁率および表層側の透磁率が閾値Tにより区分される何れかの領域に位置するかを判定する。そして、判定部32は、この判定結果に基づいて、加工変質層が生じているかを判定する。
【0075】
ここで、この閾値Tは、低周波側の第一周波数と、この第一周波数の励磁電流により測定される透磁率とに基づいて設定されている。上述したように、浸透深さが励磁電流の周波数により変動するため、閾値Tは、判定部32の判定基準となる深層側の透磁率(母材の透磁率)を測定する低周波数に基づいて設定されることが好適である。さらに、工作物2には例えば表面の微小な凹凸や焼き入れ状態の偏りなどにより個体差があるため、閾値Tは、その部位において測定される透磁率に基づいて設定されることが好適である。
【0076】
このように設定された閾値Tは、0.5[kHz]の低周波数において、測定される深層側の透磁率により変化するものである。そして、判定部32は、図7の閾値Tに対して測定結果が上側に位置するか下側に位置するかにより加工変質層の有無を判定することができる。また、測定値は、深層側の透磁率と表層側の透磁率の差分が小さいほど図7の下側に位置し、差分が大きいほど図7の上側に位置することになる。よって、判定部32による上記判定は、表層側の透磁率に対する深層側の透磁率の差分と閾値Tとを間接的に比較していることになる。
【0077】
(加工変質層検出装置1による効果)
上述した加工変質層検出装置1によれば、加工変質層検出装置1の判定部32は、表層側の透磁率が深層側の透磁率より大きな値である場合に、工作物2に加工変質層が生じているものと判定する構成となっている。そして、深層側の透磁率と表層側の透磁率を比較し、工作物2に白層が生じているかに関わらず軟化層が生じているかを判定することができる。そして、この軟化層が生じている場合に、加工変質層が生じているものと判定することで、より高精度に加工変質層を検出することができる。
【0078】
また、加工変質層検出装置1によれば、深層部を加工変質層の影響により変動して測定される透磁率の変動分が許容値以下となる部位としている。これにより、深層部は工作物2における十分に深い部位とされ、深層側の透磁率が工作物2の母材の透磁率とほぼ等しくなる。これにより、その深層部の表層側における加工変質層の有無に関わらず、工作物2の母材の透磁率を測定することができる。ここで、工作物2には例えば表面の微小な凹凸や焼き入れ状態の偏りなどにより個体差があることがある。そこで、この深層側の透磁率を測定し、同一の部位(位相)における表層側の透磁率と比較することによりこの個体差を吸収することができる。従って、この深層側の透磁率と表層側の透磁率を比較することにより、より高精度に加工変質層を検出することができる。
【0079】
制御装置30の判定部32は、表層側の透磁率に対する深層側の透磁率の差分と、閾値Tとを比較することにより加工変質層の有無を判定する構成となっている。ここで、加工変質層検出装置1では、深層側の透磁率を測定しているため、この透磁率より大きな値となる表層側の透磁率が測定された場合には、工作物2が加工時の熱影響を受けているものと考えられる。しかし、工作物2の表層部において、上述したオーステナイト減少層のように、加工時の熱影響を受けて母材と比べて残留オーステナイトが減少しているものの軟化層ほど機械的強度が低下していない場合も考えられる。そこで、判定部32の閾値Tは、工作物2の用途における必要強度などを勘案して任意に設定される。これにより、深層部よりも大きな透磁率が測定された表層部に対して、軟化層またはオーステナイト減少層であるかを判定し、結果として、加工変質層の有無を適正に判定することができる。
【0080】
さらに、閾値Tは、低周波側の第一周波数と、当該第一周波数の励磁電流により測定される透磁率とに基づいて設定される構成となっている。上述したように、浸透深さは励磁電流の周波数により変動する。そのため、閾値Tは、判定部32の判定基準となる深層側の透磁率を測定する第一周波数に基づいて設定されることが好適である。つまり、それぞれの検査において使用される励磁電流の周波数毎に閾値Tは設定される必要がある。
【0081】
また、上述したように、工作物2には個体差があるため、閾値Tは、その部位において測定される透磁率に基づいて設定されることが好適である。つまり、深層側の透磁率が低く測定される部位においては、表層側の透磁率との差分が小さい場合に軟化層と判定する必要がある。一方、深層側の透磁率が高く測定される部位においては、表層側の透磁率との差分が大きい場合に軟化層と判定する必要がある。このように、適正な閾値Tを設定することにより、工作物2の個体差を吸収し加工変質層の有無を確実に判定することができる。
【0082】
また、供給部31は、第一周波数および第二周波数の励磁電流を同時に磁気センサ10に供給する構成となっている。これにより、磁気センサ10は、同時に複数の浸透深さにおける透磁率を測定することになる。本実施形態では、磁気センサ10のセンサヘッド12から複数の周波数の励磁電流により工作物2の内部に渦電流を誘導している。これにより、工作物2の同位置(同位相)であって、異なる浸透深さにおける透磁率を同時に測定することができる。よって、工作物2の表面状態など同一の状態で測定することになるので、個体差を吸収しより高精度な測定が可能となる。
【0083】
<実施形態の変形態様>
実施形態の変形態様について、図4を参照して説明する。制御装置30の供給部31は、低周波側の第一周波数および高周波側の第二周波数からなる2周波の励磁電流を磁気センサ10に供給するものとした。これに対して、制御装置30の供給部31は、磁気センサ10に少なくとも3周波以上の励磁電流を供給してもよい。この場合、制御装置30の判定部32は、測定される複数の透磁率に基づいて、工作物2における加工変質層の有無を判定することになる。上述したように、加工変質層検出装置1は、低周波側および高周波側からなる2周波の励磁電流により、深層部の透磁率および表層側の透磁率をそれぞれ測定した。そして、加工変質層をより高精度に検出するために、表層から異なる深さの透磁率を測定することが有効である。
【0084】
例えば、供給部31は、3周波目として、さらに高周波側の第三周波数である2.0[MHz]を周波数とする励磁電流を供給するものとしてもよい。この第三周波数(2.0[MHz])の浸透深さは、約10[μm]である。つまり、高周波側を2周波として測定を行う。このような構成とすることで、工作物2の変質の度合いが全体として比較的小さい場合、軟化層は工作物2の表層から約10[μm]の厚さとなることが想定されるため、この軟化層をより確実に検出することができる。
【0085】
また、工作物2の変質の度合いが全体として比較的大きい場合、この第三周波数(2.0[MHz])による測定値は、白層の透磁率となるため、小さくなる。しかし、もう一方の高周波(例えば、250[kHz])による測定により、軟化層を検出することができる。このような観点から、加工変質層検出装置1は、3周波目をさらに高い周波数として、1.0[MHz]以上に設定することが好適である。この周波数に励磁電流を設定した場合、浸透深さは、図5の範囲R3で示される15[μm]となる。
【0086】
その他、3周波目として、第三周波数を範囲R1に含まれるように設定し、より確実に母材の透磁率を測定するものとしてもよい。または、第三周波数を範囲R2に含まれるように設定し、より確実に軟化層の透磁率を測定するものとしてもよい。このような構成により、表層部における加工変質層の範囲や厚さなどの変質の度合いを検査することができる。本変形態様において、供給部31が供給する励磁電流を3周波としたが、少なくとも深層部および表層部における透磁率の測定を含むものであれば、適宜組み合わせにより増波してもよい。また、励磁電流の周波数を3周波以上とすることで、浸炭材のように母材が均一でない工作物についても、加工変質層を検出することができる。
【0087】
また、実施形態において、同一のセンサヘッド12から第一周波数および第二周波数の励磁電流により工作物2の内部に渦電流を同時に誘導するものとした。これに対して、供給部31は、低周波側の第一周波数と高周波側の第二周波数を順次切り換えて供給するものとしてもよい。または、磁気センサ10が複数のセンサヘッド12を有する構成とし、工作物2の別部における透磁率を同時に測定するものとしてもよい。
【0088】
このような構成では、工作物2の表面状態などが同一の状態とは限らないことから、個体差や回転振れ、ノイズなどが測定値に含まれるおそれがある。しかし、複数の励磁電流を供給することが可能なセンサヘッドと比較して低廉なセンサヘッドを測定に用いることができる。また、磁気センサ10が複数のセンサヘッド12から異なる周波数の励磁電流により工作物2の内部に渦電流を誘導する場合には、工作物2の他部に対して同時に透磁率を測定することができるので、加工変質層検出の検査時間を短縮することができる。
【符号の説明】
【0089】
1:加工変質層検出装置、 2:工作物、 3:工作機械
10:磁気センサ(センサ)、 11:センサ本体、 12:センサヘッド
13:測定装置、 14:ばね、 15:センサ送り機構
20:回転支持部、 21:駆動輪、 22:調整車
30:制御装置、 31:供給部(供給手段)、 32:判定部(判定手段)
T:閾値


【特許請求の範囲】
【請求項1】
励磁電流により工作物の内部に渦電流を誘導し、前記励磁電流の周波数に応じた浸透深さにおける透磁率を測定するセンサと、
前記工作物において加工変質層が生じない深層部を前記浸透深さとする第一周波数と前記深層部より前記工作物の表層側に位置する表層部を前記浸透深さとする第二周波数とを含む複数の周波数を設定した前記励磁電流を前記センサに供給する供給手段と、
前記第二周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第二透磁率が、前記第一周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第一透磁率より大きな値である場合に、前記工作物に加工変質層が生じているものと判定する判定手段と、
を備えることを特徴とする加工変質層検出装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記深層部は、前記表層部に加工変質層が生じている前記工作物に対して前記第一周波数の励磁電流を前記センサに供給して前記第一透磁率を測定した場合に、当該加工変質層の影響により変動して測定される前記第一透磁率の変動分が予め設定されている許容値以下となる部位に設定されていることを特徴とする加工変質層検出装置。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記判定手段は、前記第二透磁率に対する前記第一透磁率の差分と、予め設定されている閾値とを比較することにより前記工作物における加工変質層の有無を判定することを特徴とする加工変質層検出装置。
【請求項4】
請求項3において、
前記閾値は、前記第一周波数と、当該第一周波数の励磁電流により測定される前記第一透磁率とに基づいて設定されることを特徴とする加工変質層検出装置。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項において、
前記供給手段は、前記センサに前記第一周波数および前記第二周波数を含む少なくとも3周波以上の周波数を設定した前記励磁電流を供給し、
前記判定手段は、測定される複数の透磁率に基づいて、前記工作物における加工変質層の有無を判定することを特徴とする加工変質層検出装置。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項において、
前記供給手段は、同時に複数の周波数の前記励磁電流を前記センサに供給することを特徴とする加工変質層検出装置。
【請求項7】
請求項1〜6の何れか一項において、
前記表層部に白層を含む加工変質層が生じている工作物を検査対象とし、当該検査対象において前記表層部から前記深層部までの透磁率を測定した場合に、前記表層部の白層と前記深層部との間において透磁率の最大値が測定されることを特徴とする加工変質層検出装置。
【請求項8】
励磁電流により工作物の内部に渦電流を誘導し、前記励磁電流の周波数に応じた浸透深さにおける透磁率を測定するセンサを備え、
前記工作物において加工変質層が生じない深層部を前記浸透深さとする第一周波数と前記深層部より前記工作物の表層側に位置する表層部を前記浸透深さとする第二周波数とを含む複数の周波数を設定した前記励磁電流を前記センサに供給し、
前記第二周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第二透磁率が、前記第一周波数の励磁電流を前記センサに供給したときに測定される第一透磁率より大きな値である場合に、前記工作物に加工変質層が生じているものと判定することを特徴とする加工変質層検出方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−106932(P2011−106932A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−261398(P2009−261398)
【出願日】平成21年11月16日(2009.11.16)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】