説明

加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法

【課題】590MPa以上のTSを有し、かつ、加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】成分組成は、質量%でC:0.05%以上0.3%以下、Si:0.7%以上2.7%以下、Mn:0.5%以上2.8%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる。組織は、面積率で、30%以上90%以下のフェライト相と3%以上30%以下のベイナイト相と5%以上40%以下のマルテンサイト相を有し、かつ、前記マルテンサイト相の内、アスペクト比3以上のマルテンサイト相が30%以上存在する。好ましくは、体積率で、2%以上の残留オーステナイト相を有し、かつ、残留オーステナイトの平均結晶粒径が2.0μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、電気等の産業分野で使用される部材として好適な加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。これに伴い、車体材料の高強度化により薄肉化を図り、車体そのものを軽量化しようとする動きが活発となってきている。しかしながら、鋼板の高強度化は延性の低下、即ち成形加工性の低下を招く。このため、高強度と高加工性を併せ持つ材料の開発が望まれているのが現状である。
また、高強度鋼板を自動車部品のような複雑な形状へ成形加工する際には、張り出し部位や伸びフランジ部位で割れやネッキングの発生が大きな問題となる。そのため、割れやネッキングの発生の問題を克服できる高延性と高穴拡げ性を両立した高強度鋼板も必要とされている。
高強度鋼板の成形性向上に対しては、これまでにフェライト−マルテンサイト二相鋼(Dual-Phase鋼)や残留オーステナイトの変態誘起塑性(Transformation Induced Plasticity)を利用したTRIP鋼など、種々の複合組織型高強度溶融亜鉛めっき鋼板が開発されてきた。
例えば、特許文献1〜4では、化学成分を規定し、フェライトとベイナイトとマルテンサイトの3相組織において、ベイナイトとマルテンサイトの面積率、また、マルテンサイトの平均直径を規定することにより、伸びフランジ性に優れた鋼板が提案されている。
また、特許文献5、6では、化学成分と熱処理条件を規定することにより、延性に優れた鋼板が提案されている。
また、鋼板には、実使用時の防錆能向上を目的として、表面に亜鉛めっきを施す場合がある。その場合、プレス性、スポット溶接性および塗料密着性を確保するために、めっき後に熱処理を施してめっき層中に鋼板のFeを拡散させた、合金化溶融亜鉛めっきが多く使用される。このような溶融亜鉛めっき鋼板に関する提案としては、例えば、特許文献7には、化学成分とフェライト・残留オーステナイトの体積分率およびめっき層を規定することにより、成形性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板および高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平4-24418号公報
【特許文献2】特公平5-72460号公報
【特許文献3】特公平5-72461号公報
【特許文献4】特公平5-72462号公報
【特許文献5】特公平6-70246号公報
【特許文献6】特公平6-70247号公報
【特許文献7】特開2007-211280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1〜4では、穴拡げ性は優れるものの延性が十分ではない。
特許文献5、6では、延性は優れるものの穴拡げ性が考慮されていない。特許文献7では、延性は優れるものの穴拡げ性は十分ではない。
【0005】
本発明は、かかる事情に鑑み、590MPa以上のTSを有し、かつ、加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、590MPa以上のTSを有し、かつ、加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板を得るべく鋭意検討を重ねたところ、以下のことを見出した。
加工性、具体的には延性と穴拡げ性に優れた高強度複合組織鋼板を得るために鋼板のミクロ組織や化学成分の観点から鋭意研究を重ねた。その結果、Siの積極添加による延性の向上と、鋼板組織をフェライト相とベイナイト相とマルテンサイトの複合組織(残留オーステナイト等も含む)とし、各相の面積率を制御することによる穴拡げ性の向上により、延性に優れるのみでなく、十分な穴拡げ性を確保可能な鋼板を発明するに至った。そして、従来、困難であった延性と穴拡げ性の両立が可能となった。
さらに、上記知見に加え、残留オーステナイト相の量とその平均結晶粒径、存在位置およびアスペクト比を規定することで、延性、穴拡げ性だけでなく深絞り性も向上することを知見した。
【0007】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]成分組成は、質量%でC:0.05%以上0.3%以下、Si:0.7%以上2.7%以下、Mn:0.5%以上2.8%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、30%以上90%以下のフェライト相と3%以上30%以下のベイナイト相と5%以上40%以下のマルテンサイト相を有し、かつ、前記マルテンサイト相の内、アスペクト比3以上のマルテンサイト相が30%以上存在することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
[2]前記[1]において、さらに、体積率で、2%以上の残留オーステナイト相を有し、かつ、該残留オーステナイト相の平均結晶粒径が2.0μm以下であることを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
[3]前記[1]または[2]において、さらに、前記残留オーステナイト相の内、べイナイト相に隣接して存在する残留オーステナイト相が60%以上であり、アスペクト比3以上の残留オーステナイト相が30%以上存在することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
[4]前記[1]〜[3]のいずれかにおいて、さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.05%以上1.2%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
[5]前記[1]〜[4]のいずれかにおいて、さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下、Ni:0.05%以上2.0%以下、Cu:0.05%以上2.0%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
[6]前記[1]〜[5]のいずれかにおいて、さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
[7]前記[1]〜[6]のいずれかにおいて、亜鉛めっきが合金化亜鉛めっきであることを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
[8]前記[1]、[4]、[5]、[6]のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを、熱間圧延、酸洗、冷間圧延した後、8℃/s以上の平均加熱速度で650℃以上の温度域まで加熱し、700〜940℃の温度域で15〜600s保持し、次いで、10〜200℃/sの平均冷却速度で350〜500℃の温度域まで冷却し、該350〜500℃の温度域にて30〜300s保持し、次いで、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[9]前記[8]において、溶融亜鉛めっきを施した後、亜鉛めっきの合金化処理を施すことを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%は、すべて質量%である。また、本発明において、「高強度溶融亜鉛めっき鋼板」とは、引張強度TSが590MPa以上である溶融亜鉛めっき鋼板である。
また、本発明においては、合金化処理を施す、施さないにかかわらず、溶融亜鉛めっき方法によって鋼板上に亜鉛をめっきした鋼板を総称して溶融亜鉛めっき鋼板と呼称する。すなわち、本発明における溶融亜鉛めっき鋼板とは、合金化処理を施していない溶融亜鉛めっき鋼板(略してGI鋼板と称す)、合金化処理を施す合金化溶融亜鉛めっき鋼板(略してGA鋼板と称す)いずれも含むものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、590MPa以上のTSを有し、かつ、加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板を、例えば、自動車構造部材に適用することにより車体軽量化による燃費改善を図ることができ、産業上の利用価値は非常に大きい。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、本発明の詳細を説明する。
一般に、フェライト相と硬質なマルテンサイト相との二相構造では、延性の確保は可能なものの、フェライト相とマルテンサイト相の硬度差が大きいために、十分な穴拡げ性が得られないことが知られている。そのため、フェライト相を主相とし、硬質第二相として炭化物を含むベイナイト相やパーライト相とすることにより、硬度差を抑制し伸びフランジ性を確保することが図られてきた。しかし、この場合は十分な延性が確保できないことが問題であった。
そこで、本発明者は、上述したような組織の分率と機械的特性の関係について検討し、さらには、特別な設備を必要とせずに最も安定した製造が可能と考えられるフェライト相とベイナイト相とマルテンサイト相からなる複合組織(残留オーステナイト等も含む)での特性向上の可能性に着目して詳細に研究を進めた。
その結果、フェライト相の固溶強化とフェライト相の加工硬化の促進を目的にSiを積極添加し、フェライト相とベイナイト相とマルテンサイト相の複合組織を造り込み、その複合組織の面積分率を適正化することにより、異相界面の硬度差を低減させ、高延性と高穴拡げ性の両立を可能とした。また、フェライト相粒界に存在する第二相は亀裂伝播を促進してしまうため、フェライト相粒内に存在するマルテンサイト相、ベイナイト相、残留オーステナイト相の割合を制御することで、さらなる穴拡げ性の向上を図った。以上が本発明を完成するに至った技術的特徴である。そして、本発明は、成分組成としてSi:0.7%以上2.7%以下を中心に規定し、組織は、面積率で、30%以上90%以下のフェライト相と3%以上30%以下のベイナイト相と5%以上40%以下のマルテンサイト相を有し、かつ、前記マルテンサイト相の内、アスペクト比3以上のマルテンサイト相が30%以上存在することを特徴とする。
【0010】
1)まず、成分組成について説明する。
C:0.05%以上0.3%以下
Cはオーステナイト生成元素であり、組織を複合化し強度と延性向上に主要な元素である。C量が0.05%未満では、必要なベイナイト相およびマルテンサイト相の確保が難しい。一方、C量が0.3%を超えて過剰に添加すると、溶接部および熱影響部の硬化が著しく、溶接部の機械的特性が劣化する。よって、Cは0.05%以上0.3%以下とする。好ましくは0.05〜0.25%である。
【0011】
Si:0.7%以上2.7%以下
Siはフェライト相生成元素であり、また、固溶強化に有効な元素でもある。そして、強度と延性のバランスの改善およびフェライト相の硬度確保のためには0.7%以上の添加が必要である。しかしながら、Siの過剰な添加は、赤スケール等の発生により表面性状の劣化や、めっき付着・密着性の劣化を引き起こす。よって、Siは0.7%以上2.7%以下とする。好ましくは、1.0%以上2.5%以下である。
【0012】
Mn:0.5%以上2.8%以下
Mnは、鋼の強化に有効な元素である。また、オーステナイトを安定化させる元素であり、第二相の分率調整に必要な元素である。このためには、Mnは0.5%以上の添加が必要である。一方、2.8%を超えて過剰に添加すると、第二相分率過大となりフェライト相分率の確保が困難となる。従って、Mnは0.5%以上2.8%以下とする。好ましくは1.6%以上2.4%以下である。
【0013】
P:0.1%以下
Pは、鋼の強化に有効な元素であるが、0.1%を超えて過剰に添加すると、粒界偏析により脆化を引き起こし、耐衝撃性を劣化させる。また0.1%を越えると合金化速度を大幅に遅延させる。従って、Pは0.1%以下とする。
【0014】
S:0.01%以下
Sは、MnSなどの介在物となって、耐衝撃性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となるので極力低い方がよいが、製造コストの面からSは0.01%以下とする。
【0015】
Al:0.1%以下
Alの過剰な添加は製鋼時におけるスラブ品質を劣化させる。従って、Alは0.1%以下とする。
【0016】
N:0.008%以下
Nは、鋼の耐時効性を最も大きく劣化させる元素であり、少ないほど好ましく、0.008%を超えると耐時効性の劣化が顕著となる。従って、Nは0.008%以下とする。
残部はFeおよび不可避的不純物である。ただし、これらの成分元素に加えて、以下の合金元素を必要に応じて添加することができる。
【0017】
Cr:0.05%以上1.2%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下
Cr、V、Moは焼鈍温度からの冷却時にパーライトの生成を抑制する作用を有するので必要に応じて添加することができる。その効果は、Cr:0.05%以上、V:0.005%以上、Mo:0.005%以上で得られる。しかしながら、それぞれCr:1.2%、V:1.0%、Mo:0.5%を超えて過剰に添加すると、第二相分率が過大となり著しい強度上昇などの懸念が生じる。また、コストアップの要因にもなる。したがって、これらの元素を添加する場合には、その量をそれぞれCr:1.2%以下、V:1.0%以下、Mo:0.5%以下とする.
更に、下記のTi、Nb、B、Ni、Cuのうちから1種以上の元素を含有することができる。
Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下
Ti、Nbは鋼の析出強化に有効で、その効果はそれぞれ0.01%以上で得られ、本発明で規定した範囲内であれば鋼の強化に使用して差し支えない。しかし、それぞれが0.1%を超えると加工性および形状凍結性が低下する。また、コストアップの要因にもなる。従って、Ti、Nbを添加する場合には,その添加量をTiは0.01%以上0.1%以下、Nbは0.01%以上0.1%以下とする。
B:0.0003%以上0.0050%以下
Bはオーステナイト粒界からのフェライト相の生成・成長を抑制する作用を有するので必要に応じて添加することができる。その効果は,0.0003%以上で得られる。しかし、0.0050%を超えると加工性が低下する。また、コストアップの要因にもなる。従って、Bを添加する場合は0.0003%以上0.0050%以下とする。
Ni:0.05%以上2.0%以下、Cu:0.05%以上2.0%以下
Ni、Cuは鋼の強化に有効な元素であり、本発明で規定した範囲内であれば鋼の強化に使用して差し支えない。また内部酸化を促進してめっき密着性を向上させる。これらの効果を得るためには,それぞれ0.05%以上必要である。一方、Ni、Cuともに2.0%を超えて添加すると、鋼板の加工性を低下させる。また、コストアップの要因にもなる。よって、Ni、Cuを添加する場合に、その添加量はそれぞれ0.05%以上2.0%以下とする。
【0018】
Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下
CaおよびREMは、硫化物の形状を球状化し伸びフランジ性への硫化物の悪影響を改善するために有効な元素である。この効果を得るためには、それぞれ0.001%以上必要である。しかしながら、過剰な添加は,介在物等の増加を引き起こし表面および内部欠陥などを引き起こす。したがって、Ca、REMを添加する場合は、その添加量はそれぞれ0.001%以上0.005%以下とする。
【0019】
2)次にミクロ組織について説明する。
フェライト相面積率:30%以上90%以下
良好な延性を確保するためには、フェライト相は面積率で30%以上必要である。一方、強度確保のため、軟質なフェライト相は90%以下とする必要がある。
ベイナイト相面積率:3%以上30%以下
良好な穴拡げ性を確保するために、フェライト相とマルテンサイト相の硬度差を緩衝するベイナイト相は面積率で3%以上必要である。一方、良好な延性を確保するため、ベイナイト相は30%以下とする。
マルテンサイト相面積率:5%以上40%以下
強度確保およびフェライト相の加工効果促進のために、マルテンサイト相は面積率で5%以上必要である。また、延性と穴拡げ性を確保するため、マルテンサイト相は40%以下とする。
【0020】
マルテンサイト相の内,アスペクト比3以上のマルテンサイト相が30%以上存在
ここでいうアスペクト比3以上のマルテンサイト相とは、350〜500℃の温度域で30〜300s保持し、溶融亜鉛めっきを施した後の冷却過程で生成したものである。このマルテンサイト相を形態で分類した場合、アスペクト比3未満の塊状マルテンサイト相とアスペクト比3以上の針状および板状マルテンサイト相に分類される。アスペクト比3未満の塊状マルテンサイト相よりもアスペクト比3以上の針状および板状マルテンサイト相の近傍の方が、ベイナイト相が多く存在し、このベイナイト相が針状および板状マルテンサイト相とフェライト相の硬度差を低減させる緩衝材となることにより、穴拡げ性を向上させる。
【0021】
なお、本発明におけるフェライト相、ベイナイト相およびマルテンサイト相の面積率とは、観察面積に占める各相の面積割合のことである。そして、上記各面積率およびマルテンサイト相のアスペクト比(長辺/短辺)および前記マルテンサイト相の内、アスペクト比3以上のマルテンサイト相の面積率は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を研磨後、3%ナイタールで腐食し、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて2000倍の倍率で10視野観察し、Media Cybernetics社のImage-Proを用いて求めることができる。
【0022】
残留オーステナイト相体積率:2%以上
良好な延性、深絞り性を確保するためには、残留オーステナイト相は好ましくは体積率で2%以上である。
【0023】
残留オーステナイト相の平均結晶粒径:2.0μm以下
残留オーステナイト相の平均結晶粒径が2.0μmを超える場合、残留オーステナイト相の粒界面積(異相界面の量)が増大し、つまり、硬度差の大きい界面の量が増えるため穴拡げ性が低下する。よって、より良好な穴拡げ性を確保するためには、残留オーステナイト相の平均結晶粒径は2.0μm以下が好ましい。
【0024】
残留オーステナイト相の内、べイナイト相に隣接して存在する残留オーステナイト相:60%以上
ベイナイト相は、硬質な残留オーステナイト相もしくはマルテンサイト相より軟らかく、軟質なフェライトより硬いため、中間相(緩衝材)の効果があり、異相間(硬質な残留オーステナイト相もしくはマルテンサイト相と軟質なフェライト相)の硬度差を緩和し、穴拡げ性を向上させる。よって、より良好な穴拡げ性を確保するためには、残留オーステナイト相の内、べイナイト相に隣接して存在する残留オーステナイト相が60%以上とするのが好ましい。
【0025】
残留オーステナイト相の内、アスペクト比3以上の残留オーステナイト相が30%以上
ここでいうアスペクト比3以上の残留オーステナイト相とは、350〜500℃の温度域で30〜300s保持により、ベイナイト変態が促進して炭素が未変態オーステナイト側へ拡散することにより生成する固溶炭素量の多い残留オーステナイト相のことである。固溶炭素量の多い残留オーステナイト相は安定性が高く,この残留オーステナイト相の割合が多いほど、延性、深絞り性を向上させる。また、この残留オーステナイト相を形態で分類した場合、アスペクト比3未満の塊状残留オーステナイトとアスペクト比3以上の針状および板状残留オーステナイトに分類される。アスペクト比3未満の塊状残留オーステナイトよりアスペクト比3以上の針状および板状残留オーステナイトの近傍の方が、ベイナイト相が多く存在し、このベイナイト相は針状および板状残留オーステナイトとフェライトの硬度差を低減させる緩衝材となるので、結果として穴拡げ性を向上させる。よって、良好な穴拡げ性を確保するためには、残留オーステナイト相の内、アスペクト比3以上の残留オーステナイト相を30%以上とするのが好ましい。
なお、ここで云うベイナイト相の面積率とは、観察面積に占めるベイニティックフェライト(転位密度の高いフェライト)の面積割合のことである。すなわち、一般的なベイナイト相から、残留オーステナイト(もしくは、マルテンサイト)相やセメンタイトの面積率を差し引いた面積率を示す。
なお、残留オーステナイト相体積率は、鋼板を板厚方向の1/4面まで研磨し、この板厚1/4面の回折X線強度により求めることができる。入射X線にはMoKα線を使用し、残留オーステナイト相の{111}、{200}、{220}、{311}面とフェライト相の{110}、{200}、{211}面のピークの積分強度の全ての組み合わせについて強度比を求め、これらの平均値を残留オーステナイトの体積率とする。
残留オーステナイト相の平均結晶粒径は、TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて、10個以上の残留オーステナイト相を観察し、その結晶粒径を平均して求めることができる。
ベイナイトに隣接して存在する残留オーステナイト相とアスペクト比3以上の残留オーステナイト相の割合は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を研磨後、3%ナイタールで腐食し、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて2000倍の倍率で10視野観察し、Media Cybernetics社のImage-Proを用いて面積率として求めることができる。上記方法により、面積率を求め、この値をそのまま体積率とした。その際、残留オーステナイト相とマルテンサイト相は、ナイタール腐食液によるエッチング後SEM観察した場合、どちらも白い第2相として観察され区別ができないため、200℃×2hの熱処理を施してマルテンサイトのみを焼戻すことにより、両者の区別を可能とした。 フェライト相とマルテンサイト相とベイナイト相および残留オーステナイト相以外にパーライト相、セメンタイト等の炭化物を含むことができる。この場合、伸びフランジ性の観点から、パーライト相の面積率は3%以下であることが望ましい。
【0026】
3)次に製造条件について説明する。
本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、上記の成分組成を有する鋼板を熱間圧延、酸洗、冷間圧延した後、8℃/s以上の平均加熱速度で650℃以上の温度域まで加熱し、700〜940℃の温度域で15〜600s保持し、次いで、10〜200℃/sの平均冷却速度で350〜500℃の温度域まで冷却し、該350〜500℃の温度域にて30〜300s保持し、次いで、溶融亜鉛めっきを施す方法によって製造できる。以下、詳細に説明する。
【0027】
上記の成分組成を有する鋼は、通常公知の工程により、溶製した後、分塊または連続鋳造を経てスラブとし、熱間圧延を経てホットコイルにする。熱間圧延を行うに際しては、スラブを1100〜1300℃に加熱し、最終仕上げ温度を850℃以上で熱間圧延を施し、400〜750℃で鋼帯に巻き取ることが好ましい。巻き取り温度が750℃を超えた場合、熱延板中の炭化物が粗大化し、このような粗大化した炭化物は冷延後の短時間焼鈍時の均熱中に溶けきらないため、必要強度を得ることができない場合がある。
その後、通常公知の方法で酸洗、脱脂などの予備処理を行った後に冷間圧延を施す。冷間圧延を行うに際しては、30%以上の冷間圧下率で冷間圧延を施すことが好ましい。冷間圧下率が低いと、フェライト相の再結晶が促進されず、未再結晶フェライト相が残存し、延性と穴拡げ性が低下する場合がある。
【0028】
8℃/s以上の平均加熱速度で650℃以上の温度域まで加熱
加熱する温度域が650℃未満の場合、微細で均一に分散したオーステナイト相が生成されず、最終組織のマルテンサイト相の内、アスペクト比3以上のマルテンサイト相の面積率が30%以上存在する組織を得られず、必要な穴拡げ性を得られなくなる。また、平均加熱速度が8℃/s未満の場合、通常よりも長い炉が必要となり、多大なエネルギー消費にともなうコスト増と生産効率の悪化を引き起こす。加熱炉としてDFF(Direct Fired Furnace)を用いることが好ましい。これは、DFFによる急速加熱により、内部酸化層を形成させ、Si、Mn等の酸化物の鋼板最表層への濃化を防ぎ、良好なめっき性を確保するためである。
【0029】
700〜940℃の温度域で15〜600s保持
本発明では、700〜940℃の温度域にて、具体的には、オーステナイト単相域、もしくはオーステナイト相とフェライト相の2相域で、15〜600s間焼鈍(保持)する。焼鈍温度が700℃未満の場合や、保持(焼鈍)時間が15s未満の場合には、鋼板中の硬質なセメンタイトが十分に溶解しない場合や、フェライト相の再結晶が完了せず、目標とする組織が得られず、強度不足になる場合がある。一方、焼鈍温度が940℃を超える場合には、オーステナイト粒の成長が著しく、後の冷却によって生じる第二相からのフェライト相の核生成サイトの減少を引き起こす場合がある。また、保持(焼鈍)時間が600sを超える場合は、オーステナイトが粗大化し、また、多大なエネルギー消費にともなうコスト増を引き起こす場合がある。
【0030】
10〜200℃/sの平均冷却速度で350〜500℃の温度域まで冷却
この急冷は、本発明において重要な要件の1つである。ベイナイト相生成温度域である、350〜500℃の温度域まで急冷することで、冷却途中でのオーステナイトからのセメンタイト、パーライトの生成を抑制し、ベイナイト変態の駆動力を高めることができる。平均冷却速度が10℃/s未満の場合、パーライト等が析出し、延性が低下する。平均冷却速度が200℃/sを超える場合、フェライト相の析出が十分でなく、フェライト相地に第二相が均一かつ微細に分散した組織が得られず、穴拡げ性が低下する。また鋼板形状の悪化にも繋がる。
【0031】
350〜500℃の温度域にて30〜300s保持
この温度域での保持は、本発明において重要な要件の1つである。保持温度が350℃未満もしくは500℃超えの場合、および保持時間が30s未満の場合は、ベイナイト変態が促進せず、最終組織のマルテンサイト相の内、アスペクト比3以上のマルテンサイト相の面積率が30%以上存在する組織が得られず、必要な穴拡げ性を得られなくなる。また、フェライト相とマルテンサイト相の二相組織になるため、二相の硬度差が大きくなり、必要な穴拡げ性を得られなくなる。また、保持時間が300s超えの場合、第二相の多くがベイナイト化してしまい、マルテンサイト相面積率が5%未満となり、強度確保が困難となる。
【0032】
溶融亜鉛めっき処理
溶融亜鉛めっき処理を施す場合には、鋼板を通常の浴温のめっき浴中に浸入させて行い、ガスワイピングなどで付着量を調整する。めっき浴温に際しては、特にその条件を限定する必要はないが、450〜500℃の範囲が好ましい。
鋼板では、実使用時の防錆能向上を目的として、表面に溶融亜鉛めっき処理を施す。その場合、プレス性、スポット溶接性および塗料密着性を確保するために、めっき後に熱処理を施してめっき層中に鋼板のFeを拡散させた、合金化溶融亜鉛めっきが多く使用される。
【0033】
なお、本発明の製造方法における一連の熱処理においては、上述した温度範囲内であれば保持温度は一定である必要はなく、また冷却速度が冷却中に変化した場合においても規定した範囲内であれば本発明の趣旨を損なわない。また、熱履歴さえ満足されれば、鋼板はいかなる設備で熱処理を施されてもかまわない。加えて、熱処理後に形状矯正のため本発明の鋼板に調質圧延をすることも本発明の範囲に含まれる。なお、本発明では、鋼素材を通常の製鋼、鋳造、熱延の各工程を経て製造する場合を想定しているが、例えば薄手鋳造などにより熱延工程の一部もしくは全部を省略して製造する場合でもよい。
【実施例】
【0034】
表1に示す成分組成からなる鋼を真空溶解炉で溶製し、板厚35mmに粗圧延した後、1100〜1300℃×1h加熱保持し、仕上圧延温度850℃以上で板厚約4.0mmまで圧延し、次いで、400〜750℃で1h保持した後、炉冷した。
次いで、得られた熱延板を酸洗した後、板厚1.2mmまで冷間圧延を行った。
次いで、表2に示す製造条件で、上記により得られた冷延鋼板を加熱、保持、冷却、保持した後、溶融亜鉛めっき処理を施し、GI鋼板を得た。なお、一部については、溶融亜鉛めっき処理後、さらに470〜600℃の熱処理を加えた合金化溶融亜鉛めっき処理を施し、GA鋼板を得た。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
以上により得られた溶融亜鉛めっき鋼板(GI鋼板、GA鋼板)に対して、断面ミクロ組織、引張特性、伸びフランジ性および深絞り性を調査した。得られた結果を表3に示す。
<断面ミクロ組織>
なお、鋼板の断面ミクロ組織は3%ナイタール溶液(3%硝酸+エタノール)で組織を現出し、走査型電子顕微鏡で深さ方向板厚1/4位置を、組織の細かさに応じて1000〜3000倍の適切な倍率で撮影し、市販の画像解析ソフトであるMedia Cybernetics社のImage-Proを用いてフェライト相、ベイナイト相、マルテンサイト相の面積率を定量算出した。
残留オーステナイト相の体積率は、鋼板を板厚方向の1/4面まで研磨し、この板厚1/4面の回折X線強度により求めた。入射X線にはMoKα線を使用し、残留オーステナイト相の{111}、{200}、{220}、{311}面とフェライト相の{110}、{200}、{211}面のピークの積分強度の全ての組み合わせについて強度比を求め、これらの平均値を残留オーステナイト相の体積率とした。
残留オーステナイト相の平均結晶粒径は透過型電子顕微鏡を用いて任意に選んだ粒の残留オーステナイトの面積を求め、正方形換算したときの1片の長さをその粒の結晶粒径とし、それを10個の粒について求め、その平均値をその鋼の残留オーステナイト相の平均結晶粒径とした。
<引張特性>
引張試験を行い、TS(引張強度)、El(全伸び)を測定した。
引張試験は、JIS5号試験片に加工した試験片に対して、JIS Z2241に準拠して行った。なお、本発明では、引張強度590MPa級でEl≧28(%)、引張強度780MPa級でEl≧21(%)、引張強度980MPa級でEl≧15(%)の場合を良好と判定した。
<伸びフランジ性>
伸びフランジ性は、日本鉄鋼連盟規格JFST1001に準拠して行った。得られた各鋼板を100mm×100mmに切断後、クリアランス12%で直径10mmの穴を打ち抜いた後、内径75mmのダイスを用いてしわ押さえ力9tonで抑えた状態で、60°円錐のポンチを穴に押し込んで亀裂発生限界における穴直径を測定し、下記の式から、限界穴拡げ率λ(%)を求め、この限界穴拡げ率の値から伸びフランジ性を評価した。
限界穴拡げ率λ(%)={(D-D)/D}×100
ただし、Dは亀裂発生時の穴径(mm)、Dは初期穴径(mm)である。
なお、本発明では、引張強度590MPa級でλ≧70(%)、780MPa級でλ≧60(%)、980MPa級でλ≧50(%)を良好と判定した。
<r値の説明>
r値は、冷延焼鈍板からL方向(圧延方向)、D方向(圧延方向と45°をなす方向)およびC方向(圧延方向と90°をなす方向)からそれぞれJISZ2201の5号試験片を切り出し、JISZ2254の規定に準拠してそれぞれのrL,rD,rCを求め、下式(1)によりr値を算出した。
【0038】
【数1】

【0039】
<深絞り性>
深絞り成形試験は、円筒絞り試験で行い、限界絞り比(LDR)により深絞り性を評価した。円筒深絞り試験条件は、試験には直径33mmφの円筒ポンチを用い、ダイス径:36.6mmの金型を用いた。試験は、しわ押さえ力:1ton、成形速度1mm/sで行った。めっき状態などにより表面の摺動状態が変わるため、表面の摺動状態が試験に影響しない様、サンプルとダイスの間にポリエチレンシートを置いて高潤滑条件で試験を行った。ブランク径を1mmピッチで変化させ、破断せず絞りぬけたブランク径Dとポンチ径dの比(D/d)をLDRとした。
【0040】
以上により得られた結果を表3に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
本発明例の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、いずれもTSが590MPa以上であり、伸びおよび伸びフランジ性にも優れている。また、TS×El≧16000 MPa・%で強度と延性のバランスも高く、加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板であることがわかる。
さらに、残留オーステナイト相の体積率、平均結晶粒径等が本発明範囲内の鋼ではLDRが2.09以上と優れた深絞り性も示している。
一方、比較例では、強度、伸び、伸びフランジ性のいずれか一つ以上が劣っている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成は、質量%でC:0.05%以上0.3%以下、Si:0.7%以上2.7%以下、Mn:0.5%以上2.8%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
組織は、面積率で、30%以上90%以下のフェライト相と3%以上30%以下のベイナイト相と5%以上40%以下のマルテンサイト相を有し、かつ、前記マルテンサイト相の内、アスペクト比3以上のマルテンサイト相が30%以上存在することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
さらに、体積率で、2%以上の残留オーステナイト相を有し、かつ、該残留オーステナイト相の平均結晶粒径が2.0μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
さらに、前記残留オーステナイト相の内、べイナイト相に隣接して存在する残留オーステナイト相が60%以上であり、アスペクト比3以上の残留オーステナイト相が30%以上存在することを特徴とする請求項1または2に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.05%以上1.2%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下、Ni:0.05%以上2.0%以下、Cu:0.05%以上2.0%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項6】
さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項7】
亜鉛めっきが合金化亜鉛めっきであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項8】
請求項1、4、5、6のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを、熱間圧延、酸洗、冷間圧延した後、8℃/s以上の平均加熱速度で650℃以上の温度域まで加熱し、700〜940℃の温度域で15〜600s保持し、次いで、10〜200℃/sの平均冷却速度で350〜500℃の温度域まで冷却し、該350〜500℃の温度域にて30〜300s保持し、次いで、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項9】
溶融亜鉛めっきを施した後、亜鉛めっきの合金化処理を施すことを特徴とする請求項8に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2009−209451(P2009−209451A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−12508(P2009−12508)
【出願日】平成21年1月23日(2009.1.23)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】