説明

化学物質モニタ装置および化学物質モニタ装置のクリーニング方法

【課題】試料供給部やイオン化部に吸着した物質のクリーニングが容易で、吸着した物質の影響に伴う測定対象物質の検出感度の低減を防ぎ、安定した測定が可能な化学物質モニタ装置を提供する。
【解決手段】試料に含まれる化学物質のイオンを生成するイオン化部5と、イオン化部に試料を供給する試料供給部4と、イオン化部5で生成されたイオンの質量分析を行う質量分析計6と、質量分析計6による質量分析の結果のデータに基づいてデータ処理を行うデータ処理部7と、データ処理部7によるデータ処理の結果を表示する表示部8と、試料供給部4およびイオン化部5の内部に吸着した吸着物質を脱離させる脱離ガスを、試料供給部4を介して添加する脱離ガス添加手段2,3とを備えたことを特徴とする化学物質モニタ装置1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学物質の分析結果を表示する化学物質モニタ装置とそのクリーニング方法に係り、特に、化学物質をイオン化して分析し、その分析結果を表示する化学物質モニタ装置とそのクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、気体や液体中の微量成分を高感度に検出するために、試料をイオン化して分析する装置が開発されてきた。例えば、試料をイオン化するイオン化部を備えた質量分析装置は、残留ガス分析、石油、香料、医薬品等の定性、定量分析および構造解析に使用されている。イオン化部を備えた質量分析装置の一例として、複数の試料ガスを切換導入する試料ガス導入系統と分析計とを組み合わせたガス分析装置が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、爆発物を用いたテロや犯罪が世界的に増加しており、爆発物探知技術の開発が急務とされている。イオン化部を備えた質量分析装置は、このような爆発物探知技術に応用されている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
ここで、図10を参照して、従来のイオン化部を有する質量分析装置の一般的な構成を説明する。
図10は、従来のイオン化部を有する質量分析装置の概略構成図である。図10に示すように、従来の質量分析装置100は、試料供給部(図示しない試料ガス導入配管やオーブンを含む)101、イオン化部102、質量分析計103、制御部104、吸入ポンプ105および計測処理用計算機106を含んで構成される。
【0005】
図10において、まず、試料供給部101に挿入された試料は、試料が気体でない場合にはオーブン等により気化される。次に、気体となった試料(試料ガス)は吸入ポンプ105によってイオン化部102に導かれ、イオン化される。生成されたイオンは、質量分析計103に導かれ、質量分析される。質量分析された結果のデータ(検出信号)は、計測処理用計算機106にて処理され、図示しない表示部に表示される。さらに、計測処理用計算機106は、質量分析の結果のデータに基づいて、試料の成分を同定したり、その濃度を算出したりする。また、制御部104は、操作装置を構成する各機能部のON/OFFの制御や温度/電圧/吸入圧力の設定、ステータスモニタ等を行う。
【0006】
しかしながら、イオン化部102を有する質量分析装置100を用いて、高濃度の測定対象物質や夾雑物質を含む試料ガスを測定した場合、試料ガスが試料供給部101やイオン化部102の内壁に吸着し、汚染してしまうという問題があった。試料供給部101やイオン化部102が汚染した場合、吸着された物質が長時間にわたって検出される。その結果、次の測定における測定対象物質のイオン化が阻害され、測定対象物質の検出感度が大きく低下してしまう。
【0007】
そこで、特許文献1には、分析を行うガスの導入経路に設けられた分析弁を開いてパージ弁を閉じるとともに、他の導入経路の分析弁を閉じてパージ弁を開くことにより、所望のガスのみが分析弁を通って大気圧イオン化質量分析に導入される状態となる。また、他のガスについても、パージ弁から常時パージすることにより、配管からの吸脱着による高純度ガスの汚染を極力低減し、常に高純度の状態で分析装置に導入できると記載されている。
【0008】
また、慣用技術として、化学物質モニタ装置の試料供給部やイオン化部に備えられたヒータを用いて、試料分析時よりも過剰に加熱するベーキング処理を行って、クリーニングする方法がある。例えば、試料供給部を120℃に加熱しながら試料ガスの測定を行った後には、試料供給部の温度を180℃に高めてベーキング処理が行われる。このような技術によれば、試料供給部やイオン化部の内壁に吸着した試料を脱離させることができる。
【特許文献1】特開平11−295270号公報(段落0009、0015)
【特許文献2】特開2001−093461号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、残留している試料ガスを除去することはできても、ひとたび試料供給部やイオン化部の内壁に試料ガスが吸着してしまうとクリーニングすることができなかった。
【0010】
また、ベーキング処理によるクリーニング方法は、加熱工程および加熱工程後の自然冷却工程に時間がかかるという問題があった。例えば、化学物質モニタ装置を用いて、空港等の施設で爆発物探知を行う場合には、より短い時間で多くの検体を処理することが要求される。すなわち、化学物質モニタ装置の試料供給部やイオン化部が汚染されたときには、迅速なクリーニングを行い、迅速に次の測定が出来る状態にすることが重要である。
【0011】
そこで、本発明の目的は、試料供給部やイオン化部の内壁に吸着した物質のクリーニングが容易で、吸着した物質の影響に伴う測定対象物質の検出感度の低減を防ぎ、安定した測定が可能な化学物質モニタ装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するために、本発明は、試料に含まれる化学物質のイオンを生成するイオン化部と、前記イオン化部に前記試料を供給する試料供給部と、前記イオン化部で生成されたイオンの質量分析を行う質量分析計と、前記質量分析計による質量分析の結果のデータに基づいてデータ処理を行うデータ処理部と、前記データ処理部によるデータ処理の結果を表示する表示部と、前記試料供給部および前記イオン化部の内部に吸着した吸着物質を脱離させる脱離ガスを、前記試料供給部を介して添加する脱離ガス添加手段とを備えたことを特徴とする化学物質モニタ装置である。
なお、他の発明に関しては、本明細書中で明らかにする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、試料供給部やイオン化部の内壁に吸着した物質のクリーニングが容易で、吸着した物質の影響に伴う測定対象物質の検出感度の低減を防ぎ、安定した測定が可能な化学物質モニタ装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下「実施形態」という)について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
【0015】
<<第一の実施形態>>
まず、第一の実施形態を説明する。この第一の実施形態は、試料を気体の状態で採取して、化学物質モニタ装置に供する実施形態である。
【0016】
なお、本実施形態において、試料(試料ガス)中に含まれる成分のうち、測定者が検出しようとする化学物質を「測定対象物質」といい、測定対象物質以外の化学物質を「夾雑物質」という。一般に、イオン化部を有する化学物質モニタ装置において、夾雑物質の存在は測定対象物質のイオン化の効率を低下させ、適切な測定を妨げる。
【0017】
また、本実施形態では、化学物質モニタ装置の一例として、試料ガスを分析して爆発物を探知する爆発物探知装置の構成および機能の説明をする。
【0018】
図1は、第一の実施形態の化学物質モニタ装置の概略構成図である。図1に示すように、化学物質モニタ装置1は、主に、脱離ガス発生器2、脱離ガス導入配管3、試料ガス導入配管4、イオン化部5、質量分析計6、データ処理部7および表示部8を備えて構成される。
なお、第一の実施形態においては、試料ガス導入配管4は試料供給部に対応する。
【0019】
図1において、試料ガス導入配管4の一端である試料ガス導入口4bから挿入された試料ガスは、試料ガス導入配管4の内部を通過して、イオン化部5に送出される。イオン化部5は、試料ガスをイオン化し、質量分析計6に送出する。質量分析計6は、イオン化された試料ガスの質量分析を行う。
【0020】
そして、脱離ガス発生器2と脱離ガス導入配管3は、試料ガス導入配管4およびイオン化部5の内壁に吸着した測定対象物質や夾雑物質(以下「吸着物質」という)のクリーニングを行うために設けられており、脱離ガスの添加手段として機能する。
【0021】
データ処理部7は、質量分析の結果のデータ(検出信号)に基づいて、試料ガス成分の同定や濃度の算出等のデータ処理を行い、そのデータ処理結果を表示部8に表示させる解析処理部としての役割と、データ処理結果や、操作者の入力に応じて、化学物質モニタ装置1全体の動作を制御する機器制御部としての役割を含んでいる。なお、図1において、データ処理部7による制御対象を示す破線は、本実施形態で特徴的な構成要素に対してのみ図示しているが、これに限定されるものではない。
【0022】
<脱離ガス発生器>
一般に、試料ガス中の測定対象物質や夾雑物質の濃度が高くなるに従って、試料ガス導入配管4やイオン化部5の内壁に吸着する可能性が高まる。そして、試料ガスが試料ガス導入配管4やイオン化部5の内壁に吸着すると、吸着物質は長時間にわたって検出され、次の測定に悪影響を及ぼすこととなる。具体的には、吸着物質は、次の測定時に新たな試料ガスの夾雑物質として振る舞い、測定対象物質のイオン化効率を低下させることによって、適切な測定を妨げる。
【0023】
そこで、脱離ガス発生器2は、吸着物質を除去するために、試料ガス導入配管4やイオン化部5の内壁から吸着物質を脱離させる、脱離ガスを発生させる構成となっている。すなわち、脱離ガス発生器2が発生させる脱離ガスは、吸着物質(または、吸着物質が判別できない場合には、試料ガス導入配管4に導入した試料ガスの成分)に応じて適宜選択されることが好適である。
【0024】
ここで、表1を参照して、吸着物質と脱離ガスとの関係の一例を説明する。表1は、爆発物の分類と、吸着した爆発物のクリーニングに好適な脱離ガスとの関係を示す表である。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示すように、爆発物は塩と有機物に大別される。そして、塩は水に溶けやすく、有機物は有機溶媒に溶けやすいという傾向がある。従って、爆発物(吸着物質)が塩の場合には脱離ガスとして水蒸気を、また、爆発物が有機物である場合には脱離ガスとして有機溶媒ガスを、それぞれ添加すると、比較的短時間に爆発物を除去することができる。
【0027】
図2は、脱離ガス発生器2の構成の一例を説明するための概略構成図である。図2に示すように、脱離ガス発生器2は、水収容タンク21と、有機溶媒収容タンク22と、攪拌器23と、加熱器24とを含んで構成される。水収容タンク21は、攪拌器23を経由して加熱器24まで、配管25a,25cにより連通している。同様に、有機溶媒収容タンク22は、攪拌器23を経由して加熱器24まで、配管25b,25cを介して連通している。さらに、加熱器24は、その下流で脱離ガス導入配管3と連通している。
【0028】
水収容タンク21および有機溶媒収容タンク22には、それぞれ、液体の状態の水と有機溶媒とが収容される。このように、脱離ガスは、収容スペース、安全性、補充しやすさ等の点から、気体の状態ではなく液体の状態で脱離ガス発生器2にセットされ、使用時に適宜気化される。
水収容タンク21から攪拌器23に送出される水の送出量は、配管25aに備えられたバルブ26aによって調節することができる。同様に、有機溶媒収容タンク22から攪拌器23に送出される有機溶媒の送出量は、配管25bに備えられたバルブ26bによって調節することができる。バルブ26a,26bは、検出された吸着物質の成分や量に応じて、データ処理部7(図1参照)によって制御される。
また、水や有機溶媒を補充するために、水収容タンク21および有機溶媒収容タンク22は、タンク全体を交換可能なユニットとして構成してもよいし、あるいは、上方に開閉自在の蓋部を設け、適宜蓋部を開放して水や有機溶媒を補充する構成としてもよい。
【0029】
攪拌器23は、水収容タンク21および有機溶媒収容タンク22からそれぞれ注入された水および有機溶媒を攪拌して混合するためのものである。攪拌器23は、例えば、攪拌翼、マグネチックスターラ、不活性ガスによるバブリング等により実現することができる。なお、前記したバルブ26a,26bの制御によって、攪拌器23に水または有機溶媒のいずれかのみが注入された場合には、攪拌器23で特に攪拌する必要はない。
そして、攪拌器23で攪拌された溶液は、配管25cを通って加熱器24に送出される。
【0030】
加熱器24は、攪拌器23から注入された溶液を加熱することによって、気化させるものである。加熱器24は、例えば、ヒータやランプ等によって実現することができる。加熱温度は、少なくとも前記注入された溶液を気化させることができる温度であれば特に限定はしないが、検出された吸着物質の成分や量に応じて、データ処理部7(図1参照)によって制御する構成としてもよい。
なお、脱離ガスを気化させる加熱器24は、必ずしも脱離ガス発生器2に備える必要はない。脱離ガスは、少なくともクリーニング対象である試料ガス導入配管4やイオン化部5(それぞれ図1参照)に到達するまでに気化されていれば充分であるので、加熱器24を脱離ガス発生器2に備える代わりに、脱離ガス導入配管3に備える構成としてもよい。また、一般的な質量分析計の試料ガス導入配管4に備えられるベーキング用等のヒータを利用し、試料ガス導入配管4の内部で気化させる構成としてもよい。
【0031】
<脱離ガス導入配管>
図1に示すように、脱離ガス導入配管3は、脱離ガス発生器2で発生した脱離ガスを試料ガス導入配管4に送出するための配管である。脱離ガス導入配管3の一端を脱離ガス発生器2に接続し、他端を試料ガス導入配管4に接続することによって、お互いを連通させている。このとき、脱離ガス導入配管3の前記他端を、試料ガス導入配管4のできるだけ上流(試料ガス導入口4b側)に接続することによって、より広い範囲をクリーニングすることができる。
なお、試料ガス導入配管4への脱離ガスの送出量は、脱離ガス導入配管3に備えられたバルブ3aによって調節することができる。バルブ3aは、検出された吸着物質の成分や量に応じて、データ処理部7によって制御される。本実施形態のデータ処理部7は、後記するように、解析処理を行う部分と、機器制御を行う部分を含む。
【0032】
<試料ガス導入配管>
試料ガス導入配管4は、試料ガスを導入し、導入した試料ガスをイオン化部5に送出するための配管である。
試料ガス導入配管4の一端である試料ガス導入口4bは、試料ガスが存在する容器や配管等に連通、あるいは、試料ガスが存在する場所に向けて開放されている。試料ガス導入口4bから試料ガスを導入する方法としては、例えば、測定対象物質を含むと思われる場所へガスを吹き付けて剥離させ、そのガスを試料ガスとして吸引したり、測定対象物質を含むと思われる場所の雰囲気ガスを吸引して導入する方法等がある。試料ガスの吸引は吸引ポンプ9により実現できる。
【0033】
なお、このような試料ガスの導入方法を、爆発物探知装置としての化学物質モニタ装置ではなく、化学剤検出装置としての化学物質モニタ装置に適用する場合には、化学剤処理装置からの排気ガス、化学剤処理施設内の作業環境空気、処理施設の周辺空気を導入して分析することができる。
【0034】
そして、試料ガス導入配管4の試料ガス導入口4bとは反対側の一端は、イオン化部5と接続しており、試料ガス導入配管4に導入された試料ガスは、イオン化部5に送出される。なお、試料ガス導入配管4には、試料ガス制御用のバルブ4aが備えられ、イオン化部5への試料ガスの送出量を制御可能な構成となっている。
【0035】
<イオン化部>
イオン化部5は、その下流に配設される質量分析計6に試料ガスのイオンを供給するために、試料ガスをイオン化するものである。
【0036】
イオン化部5は、試料ガスをイオン化できればよく、従来公知のイオン源を利用することができる。例えば、イオン化部5は、大気圧化学イオン化法、化学イオン化法、電子衝撃イオン化法、プラズマによるイオン化法、グロー放電によるイオン化法等の原理に基づいて構成される。
【0037】
ここでは、イオン化部5の一例として、コロナ放電を用いた大気圧化学イオン化法に基づいて構成されるイオン化部5の説明をする。
コロナ放電を用いた大気圧化学イオン化法については、特開2001−093461号公報に記載の方法を参照することができる。すなわち、図1に示すように、イオン化部5を通る試料ガスは、吸引ポンプ9で吸引され、排気ライン10を用いて排気する。排気ライン10を流れるガスの流量は、マスフローコントローラ10aによって制御される。質量分析計6への試料ガスの流量は1〜3L/min程度で充分であるので、余剰な流量は、バイパス管11を用いて排気する。バイパス管11を流れる試料ガスの流量は、マスフローコントローラ11aによって制御される。そして、吸引ポンプ9の下流には活性炭12が備えられており、吸引ポンプ9を通過した排気ガスに爆発物や化学剤等の危険物が含まれていたとしても、活性炭12に吸着されて安全に排気される。
【0038】
また、クリーニング時には、マスフローコントローラ10a、11aを制御することにより、試料ガス導入配管4のみのクリーニングと、試料ガス導入配管4からイオン化部5に至るクリーニングとを選択をすることができる。なお、バイパス管11は、試料ガス導入配管4のイオン化部5に近い部分に接続されることで、試料ガス導入配管4の広い範囲をクリーニングすることができる。
【0039】
イオン化部5における試料ガスのイオン化工程については、試料ガスを針電極(図示せず)近傍で生じたイオンが電界により進行する方向と逆向き、つまり針電極に向かうように流すと、試料ガスをイオン化する効率を高めることができる。針電極に向かう試料ガスの流れは、10mL/min以上であることが好適である。
そして、イオン化部5でイオン化された試料ガスのイオンは、質量分析計6に送出される。
【0040】
<質量分析計>
質量分析計6は、電場や磁場条件の下でイオンの走行・挙動がそれぞれの質量/電荷数(m/z)に依存して一義的に決まることを利用して、イオンの質量分析を行うものである。具体的には、質量分析計6は、その内部でイオンを質量/電荷数(m/z)毎に分離して、それぞれのイオンの数に対応した値(イオン強度)を検出することによって質量分析を行う。質量分析計6は、イオンの質量分析を行うものであれば、どのような様式であってもよく、例えば、イオントラップ質量分析計に代表される四重極型、磁場型、飛行時間型、イオンサイクロトロン型等、従来公知の質量分析計を適用することができる。
そして、質量分析計6で質量分析された結果のデータ(検出信号)は、データ処理部7に出力される。
【0041】
<データ処理部>
図3は、データ処理部7の機能構成を示すブロック図である。図3に示すように、データ処理部7は、化学物質データベース(DB)71、マススペクトル生成部72、化学物質同定部73、閾値比較部74および脱離ガス制御部75を含んで構成される。
ここで、化学物質データベース(DB)71、マススペクトル生成部72および化学物質同定部73は、データ処理部における解析処理部としての役割を果たすものである。閾値比較部74および脱離ガス制御部75は、データ処理部における機器制御部としての役割を果たすものであり、バルブ3a等の制御を行う。
【0042】
なお、データ処理部7は、CPU(Central Processing Unit)と、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)等からなるメモリと、ハードディスク装置、その他機器制御用の電子回路基板等を含んで構成される。前記したデータ処理部7内の化学物質DB71は、ハードディスク装置により実現することができる。データ処理部7内の各処理部72〜75は、CPUがメモリやハードディスク装置の記憶装置に格納されているプログラムを実行することによって実現することができる。
【0043】
化学物質DB71には、化学物質モニタ装置1の用途に応じて、測定対象物質と、その測定対象物質と共存する可能性がある夾雑物質のデータが格納されている。例えば、化学物質モニタ装置1が、爆発物探知に使用されるものであるならば、化学物質DB71には、少なくとも、測定対象物質として各種爆発物のデータと、夾雑物質として爆発物の製造、保存、運搬等に混入されうる化学物質や、測定環境中に存在することが多い化学物質のデータが格納されている。化学物質毎に格納されているデータは、例えば、質量/電荷数(m/z)、イオン強度から濃度への変換率、分類(塩か有機物か)、クリーニングに好適な脱離ガスの添加条件(脱離ガスの成分(水蒸気と有機溶媒ガスとの混合比)・添加量・添加時間・添加温度等を含む)である。
【0044】
マススペクトル生成部72は、質量分析計6により検出された検出信号に基づいて、それぞれのイオンの質量電荷比(m/z)とイオン強度との関係をマススペクトルとして生成するものである。
そして、マススペクトル生成部72により生成されたマススペクトルは、化学物質同定部73に出力される。
【0045】
化学物質同定部73は、マススペクトルを参照して検出が確認されたイオンの質量電荷比(m/z)を抽出し、この質量電荷比(m/z)を化学物質DB71に格納されている化学物質のデータと照合することによって、試料ガス中の成分や吸着物質を同定するものである。
すなわち、化学物質同定部73によれば、通常の測定において試料ガスの成分分析を行うだけでなく、通常の測定終了後に引き続き検出される検出信号に基づいて吸着物質を同定し、そのイオン強度(または、換算された濃度でもよい)を経時的にモニタすることができる。
そして、化学物質同定部73によって同定された化学物質およびそのイオン強度は、閾値比較部74に出力される。
【0046】
閾値比較部74は、通常の測定終了後に検出された化学物質(吸着物質)のイオン強度と、あらかじめ設定されている所定の閾値とを比較するものである。
閾値比較部74は、比較処理の結果、吸着物質のイオン強度が所定の閾値を超えていると判定した場合には、脱離ガス制御部75に脱離ガスを添加する制御信号を出力する。このとき、閾値比較部74は、化学物質DB71を参照して、吸着物質のクリーニングに好適な添加条件で脱離ガスを添加させる制御を行うことができる。
一方、吸着物質のイオン強度が所定の閾値以下になったと判定した場合には、脱離ガス制御部75に脱離ガスの添加を停止する制御信号を出力する。
【0047】
脱離ガス制御部75は、閾値比較部74からの制御信号に従って脱離ガスの添加制御を行うものであって、脱離ガス発生器2のバルブ26a,26bおよび加熱器24(それぞれ図2参照)、ならびに、脱離ガス導入配管3のバルブ3a(図1参照)の動作を制御する。
【0048】
<表示部>
表示部8は、データ処理部7により生成されたデータ処理結果を表示するものであって、例えば、マススペクトルや、同定された試料ガス成分や、算出された濃度等が表示される。表示部8は、例えば、LCD(Liquid Crystal Display)やCRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイ等によって実現することができる。
【0049】
(化学物質モニタ装置のクリーニング方法)
次に、図4を参照しつつ、適宜図1等を参照して、第一の実施形態の化学物質モニタ装置1をクリーニングする方法の一例を説明する。
【0050】
図4は、化学物質モニタ装置1を用いて爆発物探知(通常の測定)を行った後に、化学物質モニタ装置1に吸着した爆発物(吸着物質)のクリーニング方法を説明するためのフローチャートである。
【0051】
まず、化学物質モニタ装置1のデータ処理部7は、マススペクトル生成部72によって、通常の測定後に質量分析計6により検出された検出信号に基づいて、それぞれのイオンの質量電荷比(m/z)とイオン強度との関係をマススペクトルとして生成する(ステップS01)。このステップS01の処理は、一連のクリーニング処理が終了するまで、継続的に行われるものである。なお、前記したように、通常の測定後に引き続き検出される検出信号は、吸着物質に由来する信号である。
【0052】
次に、化学物質モニタ装置1のデータ処理部7は、化学物質同定部73によって、マススペクトルを参照して検出が確認されたイオンの質量電荷比(m/z)を抽出し、この質量電荷比(m/z)を化学物質DB71に格納されている化学物質のデータと照合することによって、吸着物質を同定する(ステップS02)。なお、図4に示す例においては、吸着物質は、通常の測定において測定対象物質として検出された爆発物である。
【0053】
そして、化学物質モニタ装置1のデータ処理部7は、化学物質同定部73によって、同定された吸着物質(爆発物)が塩か有機物であるか判定を行う(ステップS03)。判定の結果、吸着物質が塩である場合には(ステップS03で”塩”)、以降のステップにおいて、脱離ガス発生器に水蒸気を発生させる制御を行う。また、吸着物質が有機物である場合には(ステップS03で”有機物”)、以降のステップにおいて、脱離ガス発生器3に有機溶媒ガスを発生させる制御を行う。また、吸着物質が複数であったり、判別不能であった場合には(ステップS03で”判別不能”)、以降のステップにおいて、脱離ガス発生器3に水蒸気と有機溶媒ガスとの混合ガスを発生させる。
以下、ステップS03で判定された吸着物質の分類毎に説明をする。
【0054】
ステップS03で“塩”と判定された場合、化学物質モニタ装置1のデータ処理部7は、閾値比較部74によって、検出された塩のイオン強度を、あらかじめ設定されている所定の閾値(塩用の閾値)と比較する(ステップS04)。比較処理の結果、塩のイオン強度が所定の閾値以下ではないと判定された場合には(ステップS04で”No”)、ステップS03で選択された脱離ガス(水蒸気)を添加させる制御信号を脱離ガス制御部75に出力する。このとき、閾値比較部74は、化学物質DB71を参照して、塩のクリーニングに好適な添加条件で水蒸気を添加させる制御を行うことができる。
【0055】
そして、脱離ガスを添加させる制御信号を受信した脱離ガス制御部75は、脱離ガス発生器2のバルブ26aおよび加熱器24、ならびに、脱離ガス導入配管3のバルブ3aの動作を制御することによって、水蒸気を添加する(ステップS05)。
【0056】
その後、データ処理部7の処理は、ステップS04に戻り、ステップS04の比較処理の結果、塩のイオン強度が所定の閾値以下であると判定されるまで、ステップS04〜ステップS05の処理が繰り返される。
【0057】
そして、ステップS04の比較処理の結果、塩のイオン強度が所定の閾値以下であると判定された場合には(ステップS04で”Yes”)、脱離ガス制御部75に脱離ガスの添加を停止させる制御信号を出力する。
【0058】
そして、脱離ガスの添加を停止させる制御信号を受信した脱離ガス制御部75は、脱離ガス発生器2のバルブ26aおよび加熱器24、ならびに、脱離ガス導入配管3のバルブ3aの動作を制御することによって、脱離ガスの添加を停止する(ステップS10)。
【0059】
以上の工程により、化学物質モニタ装置1のクリーニング方法におけるデータ処理部7の処理が終了し(エンド)、次の測定が可能になる。
【0060】
また、ステップS03で“有機物”と判定された場合、化学物質モニタ装置1のデータ処理部7は、閾値比較部74によって、検出された有機物のイオン強度を、あらかじめ設定されている所定の閾値(有機物用の閾値)と比較する(ステップS06)。比較処理の結果、有機物のイオン強度が所定の閾値以下ではないと判定された場合には(ステップS06で”No”)、ステップS03で選択された脱離ガス(有機溶媒ガス)を添加させる制御信号を脱離ガス制御部75に出力する。このとき、閾値比較部74は、化学物質DB71を参照して、有機物のクリーニングに好適な添加条件で有機溶媒ガスを添加させる制御を行うことができる。
【0061】
そして、脱離ガスを添加させる制御信号を受信した脱離ガス制御部75は、脱離ガス発生器2のバルブ26bおよび加熱器24、ならびに、脱離ガス導入配管3のバルブ3aの動作を制御することによって、有機溶媒ガスを添加する(ステップS07)。
【0062】
その後、データ処理部7の処理は、ステップS06に戻り、ステップS06の比較処理の結果、有機物のイオン強度が所定の閾値以下であると判定されるまで、ステップS06〜ステップS07の処理が繰り返される。
【0063】
そして、ステップS06の比較処理の結果、有機物のイオン強度が所定の閾値以下であると判定された場合には(ステップS06で”Yes”)、脱離ガス制御部75に脱離ガスの添加を停止させる制御信号を出力する。
【0064】
そして、脱離ガスの添加を停止させる制御信号を受信した脱離ガス制御部75は、脱離ガス発生器2のバルブ26bおよび加熱器24、ならびに、脱離ガス導入配管3のバルブ3aの動作を制御することによって、脱離ガスの添加を停止する(ステップS10)。
【0065】
以上の工程により、化学物質モニタ装置1のクリーニング方法におけるデータ処理部7の処理が終了し(エンド)、次の測定が可能になる。
【0066】
また、ステップS03で“判別不能”と判定された場合、化学物質モニタ装置1のデータ処理部7は、閾値比較部74によって、検出されたイオン強度を、あらかじめ設定されている所定の閾値(判別不能用の閾値)と比較する(ステップS08)。比較処理の結果、検出されたイオン強度が所定の閾値以下ではないと判定された場合には(ステップS08で”No”)、ステップS03で選択された脱離ガス(混合ガス)を添加させる制御信号を脱離ガス制御部75に出力する。このとき、閾値比較部74は、化学物質DB71を参照して、“判別不能”の場合のクリーニングに好適な添加条件で混合ガスを添加させる制御を行うことができる。
【0067】
そして、脱離ガスを添加させる制御信号を受信した脱離ガス制御部75は、脱離ガス発生器2のバルブ26a,26bおよび加熱器24、ならびに、脱離ガス導入配管3のバルブ3aの動作を制御することによって、混合ガスを添加する(ステップS09)。
【0068】
その後、データ処理部7の処理は、ステップS08に戻り、ステップS08の比較処理の結果、検出されたイオン強度が所定の閾値以下であると判定されるまで、ステップS08〜ステップS09の処理が繰り返される。
【0069】
そして、ステップS08の比較処理の結果、検出されたイオン強度が所定の閾値以下であると判定された場合には(ステップS08で”Yes”)、脱離ガス制御部75に脱離ガスの添加を停止させる制御信号を出力する。
【0070】
そして、脱離ガスの添加を停止させる制御信号を受信した脱離ガス制御部75は、脱離ガス発生器2のバルブ26a,26bおよび加熱器24、ならびに、脱離ガス導入配管3のバルブ3aの動作を制御することによって、脱離ガスの添加を停止する(ステップS10)。
【0071】
以上の工程により、化学物質モニタ装置1のクリーニング方法におけるデータ処理部7の処理が終了し(エンド)、次の測定が可能になる。
【0072】
<<第二の実施形態>>
次に、第二の実施形態を図面を参照して説明する。この第二の実施形態は、試料をワイプ材で拭き取り、拭き取った試料をワイプ材とともに化学物質モニタ装置に供する実施形態である。
第二の実施形態は、第一の実施形態と比較して、試料ガス導入配管4(図1参照)の上流に、ワイプ材が挿入されて試料を気化させるオーブンを備えたことを特徴としている。従って、第二の実施形態の説明において、特にオーブンを含む試料ガス導入配管4の上流部分については詳細に説明するが、第一の実施形態と重複する説明は省略する。
【0073】
図5は、第二の実施形態の化学物質モニタ装置の概略構成図である。図5に示すように、化学物質モニタ装置1は、主に、オーブン20、脱離ガス発生器2、脱離ガス導入配管3、試料ガス導入配管4、イオン化部5、質量分析計6、データ処理部7および表示部8を含んで構成される。なお、第二の実施形態の化学物質モニタ装置1において、脱離ガス導入配管3およびバルブ3aは必ずしも必須の構成要素ではなく、化学物質モニタ装置1の構成に応じて適宜設けられる。
なお、第二の実施形態においては、オーブン20と試料ガス導入配管4とを組み合わせたものが、試料供給部に対応する。
【0074】
図5において、ワイプ材Wで拭き取られた試料は、ワイプ材Wとともにオーブン20に挿入され、オーブン20で急速に加熱して気化された試料(試料ガス)は、試料ガス導入配管4の内部を通過して、イオン化部5に送出される。
【0075】
そして、脱離ガス発生器2と脱離ガス導入配管3は、オーブン20、試料ガス導入配管4およびイオン化部5の内壁に吸着した測定対象物質や夾雑物質(吸着物質)のクリーニングを行うために設けられており、具体的には、脱離ガスの添加手段である。第二の実施形態の化学物質モニタ装置1では、ワイプ材Wが挿入されるオーブン20が最も汚れるので、脱離ガス発生器2からの脱離ガスはオーブン20に添加する構成としている。このように、脱離ガス導入配管3の脱離ガス発生器側2とは反対の一端を、できるだけ試料ガスの流路の上流(第二の実施形態においてはオーブン20)に接続することによって、より広い範囲で化学物質モニタ装置1をクリーニングすることができる。
【0076】
<オーブン>
図6は、オーブン20の詳細な構成を説明するための透過斜視図である。図6に示すように、オーブン20は、ワイプ材Wを挿入するために出入自在に構成されたトレイ20aと、吸引ポンプ9(図5参照)による試料ガス導入配管4を介した排気(気化された試料の移送)にともなって、オーブン20の内部に乾燥空気を流入させるキャリアガス流入管20bと、試料を気化させるための図示しないヒータとを含んで構成されている。さらに、オーブン20の内部には、脱離ガスを発生させるための脱離ガス発生器2が備えられている。つまり、オーブン20は、脱離ガス発生器2を内蔵している。なお、前記したように、図5で図示した脱離ガス導入配管3等は、図6のようにオーブン20の内部に脱離ガス発生器2が内蔵される構成の化学物質モニタ装置1においては、必ずしも必要としない。
【0077】
<<その他>>
以上によれば、第一および第二の実施形態において、次のような効果を得ることができる。
化学物質モニタ装置1に脱離ガス発生器2や脱離ガス導入配管3等の脱離ガス添加手段を設けたことにより、試料ガス導入配管4およびイオン化部5の内壁に吸着した吸着物質のクリーニングを迅速に行うことができる。
【0078】
さらに、化学物質モニタ装置1に、吸着物質の成分や濃度を分析して、吸着物質が塩の場合には水蒸気ガスを、有機物の場合にはアルコールなどの有機溶媒ガスを添加するように制御するデータ処理部7を設けたことにより、クリーニング効率を向上させることができる。
【0079】
また、第一の実施形態によれば、脱離ガス発生器2や脱離ガス導入配管3等の脱離ガス添加手段を試料ガス導入配管4のできるだけ上流部分に設置したことで、脱離ガスの流れを利用して広いクリーニング範囲を確保しつつ、製造コストを低減することができる。
【0080】
また、第二の実施形態によれば、脱離ガス発生器2や脱離ガス導入配管3等の脱離ガス添加手段をオーブンに備えたことで、ワイプ材で拭き取った試料を気化して分析に供するような化学物質モニタ装置であっても、吸着物質のクリーニングを迅速に行うことができる。また、脱離ガス添加手段が設置されるオーブンは、一般に、試料ガス導入配管4の上流に接続されているため、脱離ガスの流れを利用して広いクリーニング範囲を確保しつつも製造コストを低減することができる。
【0081】
なお、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、その技術思想のおよぶ範囲で様々の変更実施を行うことができる。
【0082】
本実施形態においては、脱離ガス発生器2に水と有機溶媒をそれぞれセットし、適宜混合して使用したが、あらかじめ水と有機溶媒の混合溶液をセットしてもよい。例えば、常に水とエタノールの1:1混合溶液を気化させて使用する構成とした場合には、吸着物質が塩か有機物かを特に判別することなく、試料ガス導入配管やイオン化部のクリーニングを行うことができる。
【0083】
また、本実施形態においては、データ処理部7は、質量分析計6から出力される検出信号に基づいてマススペクトルを生成し、マススペクトルで示されるイオン強度に基づいて脱離ガスの制御を行ったが、直接、質量分析計6から出力される検出信号に基づいて脱離ガスの制御を行ってもよい。
【0084】
また、本実施形態においては、脱離ガス導入配管3を試料ガス導入配管4に接続する構成としたが、本発明の主な技術的思想は脱離ガスによって試料供給部およびイオン化部5をクリーニングするものであって、前記した構成に限定されるものではない。例えば、脱離ガス導入配管3を、イオン化部5に直接接続してもよいし、分岐させて試料ガス導入配管4およびイオン化部5の両方(オーブン20がある場合にはオーブン20も含む)に接続する構成としてもよい。
【0085】
また、本実施形態(特に第二の実施形態)においては、脱離ガス発生器2や脱離ガス導入配管3等の脱離ガス添加手段をオーブン20に備え、脱離ガス発生器に収容された液体の状態の水や有機溶媒を適宜気化させて添加する構成としていたが、本発明は前記した構成に限定されるものではない。例えば、オーブン20の内部にあえて脱離ガス発生器2を設けなくとも、水や有機溶媒を含ませた清浄なワイプ材Wをオーブンに投入して加熱し、脱離ガスをワイプ材Wから発生させてクリーニングを行うこととしてもよい。このような方法で化学物質モニタ装置のクリーニングを行う場合には、図2で示したような脱離ガス発生器2や脱離ガス導入配管3等の脱離ガス添加手段の代わりに、水や有機溶媒を含ませた清浄なワイプ材Wをオーブンに投入する手段を設ければよく、製造コストを低減させることができる。
【実施例】
【0086】
次に、本発明のより具体的な例を実施例によって説明する。そして、特に、クリーニング方法を行った実施例の効果について、クリーニング方法を行わない比較例の効果と比較して、具体的に説明する。
【0087】
[実施例]
図7は、実施例で用いた化学物質モニタ装置の構成を示す概略構成図である。
実施例では、このような装置構成において、まず、通常の測定における測定対象物質として高濃度の硝酸アンモニウムを添加し、その後、吸着物質として引き続き検出される硝酸アンモニウムの減衰プロフィールを観察している。
【0088】
図7に示すように、実施例で用いた化学物質モニタ装置1は、主に、セプタム13aを有するインジェクタ部13、試料ガス導入配管4、イオン化部5、質量分析計6、データ処理部7および表示部8を含んで構成される。
イオン化部5では、大気圧化学イオン化法を用い、質量分析計6として、イオントラップ型質量分析計を使用した。なお、質量分析計6では、硝酸アンモニウムを負イオン化モードで測定した。
【0089】
ここで、実施例の測定手順を説明する。
まず、図7において、インジェクタ部13の上部にあるセプタム13aからマイクロシリンジ15を刺し込み、高濃度の硝酸アンモニウム水溶液(100μg)を注入する。この注入された硝酸アンモニウム水溶液は、インジェクタ部13(約120°Cに加熱されている)で気化される。
【0090】
硝酸アンモニウムの蒸気は、乾燥空気(流量は、マスフローコントローラ14により1.0L/minに制御されている)により試料ガス導入配管4に送出される。硝酸アンモニウムの蒸気は、イオン化部5でイオン化され、質量分析計6で質量分析される。
【0091】
試料ガス導入配管4およびイオン化部5に吸着した硝酸アンモニウムのクリーニングは以下の手順で行った。
まず、インジェクタ部13の上部にあるセプタム13aからマイクロシリンジ15を刺し込み、純水を注入する。この純水は、インジェクタ部13で気化されて水蒸気となる。そして、水を50μLずつパルス状に注入して配管内で気化させ、水蒸気を脱離ガスとして添加した。
【0092】
[比較例]
比較例は、前記した実施例で用いた化学物質モニタ装置1と同じ装置を使用した。そして、比較例は、実施例と同一の方法で高濃度の硝酸アンモニウム水溶液の蒸気の質量分析を行ったが、質量分析の後に水蒸気によるクリーニング(純水を注入する工程)を行わなかった点で実施例と異なる。
【0093】
[結果]
図8は、比較例において、硝酸アンモニウムに起因するイオンの検出信号(イオン強度)を経時的にモニタした図である。図8において、横軸は時間、縦軸は硝酸アンモニウムに起因する信号の強度である。図8に示すように、硝酸アンモニウム水溶液を注入して試料ガス導入配管4内で気化させると、試料ガス導入配管4およびイオン化部5に硝酸アンモニウムが吸着し、注入から1時間経過した後も硝酸アンモニウムが強く検出された。このように、試料が吸着している間は次の測定を行うことはできない。
【0094】
図9は、実施例において、硝酸アンモニウムに起因するイオンの検出信号(イオン強度)を経時的にモニタした図である。図9において、横軸は時間、縦軸は硝酸アンモニウムに起因する信号の強度である。図9に示すように、硝酸アンモニウム水溶液を注入して気化させると、試料ガス導入配管4およびイオン化部5に硝酸アンモニウムが吸着し、硝酸アンモニウムが強く検出された。そこで、水を50μLずつ注入して配管内で気化させ、水蒸気を脱離ガスとして添加すると、十数回の注入で硝酸アンモニウムに由来する信号が減少した。その結果、水蒸気注入開始(図9において、約5minute)から、正味わずか約20分(図9において、約25minute)で次の測定が可能となった。
【0095】
本実施例の結果によれば、本発明の化学物質モニタ装置のクリーニング方法で吸着物質を効果的に除去することができることが示された。
なお、本実施例において添加した硝酸アンモニウムの濃度は、実施例と比較例との差を明確に示すために設定したものであって、通常、化学物質モニタ装置で測定する試料ガスの濃度に比べて著しく濃度が高い。従って、本発明の化学物質モニタ装置のクリーニング方法を用いて、通常扱われる試料ガスを除去する場合には、さらに早い時間でクリーニングを完了できることは言うまでもない。具体的には、本実施例ではパルス状に水蒸気を注入して約20分でクリーニングを完了したが、通常扱われる試料ガスの濃度では数分でクリーニングを完了することができる。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】第一の実施形態の化学物質モニタ装置の概略構成図である。
【図2】脱離ガス発生器の構成の一例を説明するための概略構成図である。
【図3】データ処理部の機能構成を示すブロック図である。
【図4】化学物質モニタ装置を用いて爆発物探知(通常の測定)を行った後に、化学物質モニタ装置に吸着した爆発物のクリーニング方法を説明するためのフローチャートである。
【図5】第二の実施形態の化学物質モニタ装置の概略構成図である。
【図6】オーブンの詳細な構成を説明するための透過斜視図である。
【図7】実施例で用いた化学物質モニタ装置の構成を示す概略構成図である。
【図8】比較例において、硝酸アンモニウムに起因するイオンの検出信号(イオン強度)を経時的にモニタした図である。
【図9】実施例において、硝酸アンモニウムに起因するイオンの検出信号(イオン強度)を経時的にモニタした図である。
【図10】従来のイオン化部を有する質量分析装置の概略構成図である。
【符号の説明】
【0097】
1 化学物質モニタ装置
2 脱離ガス発生器(脱離ガス添加手段)
3 脱離ガス導入配管(脱離ガス添加手段)
3a,4a,26a,26b バルブ
4 試料ガス導入配管(試料供給部)
4b 試料ガス導入口
5 イオン化部
6 質量分析計
7 データ処理部
8 表示部
9 吸引ポンプ
10 排気管
10a、11a マスフローコントローラ
11 バイパス管
12 フィルタ
20 オーブン(試料供給部)
71 化学物質DB
72 マススペクトル生成部
73 化学物質同定部
74 閾値比較部
75 脱離ガス制御部
W ワイプ材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる化学物質のイオンを生成するイオン化部と、
前記イオン化部に前記試料を供給する試料供給部と、
前記イオン化部で生成されたイオンの質量分析を行う質量分析計と、
前記質量分析計による質量分析の結果のデータに基づいてデータ処理を行うデータ処理部と、
前記データ処理部によるデータ処理の結果を表示する表示部と、
前記試料供給部および前記イオン化部の内部に吸着した吸着物質を脱離させる脱離ガスを、前記試料供給部を介して添加する脱離ガス添加手段とを備えたことを特徴とする化学物質モニタ装置。
【請求項2】
前記試料供給部は、前記試料を一端側から導入して他端側に接続されたイオン化部に供給する試料導入配管を含んで構成され、
前記脱離ガス添加手段は、前記試料導入配管を介して前記脱離ガスを添加するように構成されたことを特徴とする請求項1に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項3】
前記試料供給部は、前記試料を気化させるオーブンと、一端側を前記オーブンに他端側を前記イオン化部に接続されて前記気化された試料を前記一端側から導入して前記他端側のイオン化部に供給する試料導入配管とを含んで構成され、
前記脱離ガス添加手段は、前記オーブンを介して前記脱離ガスを添加するように構成されたことを特徴とする請求項1に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項4】
前記脱離ガス添加手段は、前記脱離ガスを発生させる脱離ガス発生器を備えることを特徴とする請求項2に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項5】
前記脱離ガス添加手段は、前記脱離ガスを発生させる脱離ガス発生器を備え、
前記脱離ガス添加手段は、前記オーブンに内蔵されたことを特徴とする請求項3に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項6】
前記脱離ガス添加手段は、前記脱離ガスの添加量を調節する手段を備えたことを特徴とする請求項1に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項7】
前記データ処理部によるデータ処理の結果に基づいて、前記脱離ガスの添加条件を制御することを特徴とする請求項6に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項8】
前記脱離ガスの添加条件は、前記脱離ガスの組成を含むことを特徴とする請求項7に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項9】
前記データ処理部によるデータ処理の結果に基づいて前記吸着物質の分類を判定し、前記吸着物質の分類が塩であると判定した場合には、前記脱離ガスとして水蒸気を添加する制御を行うことを特徴とする請求項8に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項10】
前記データ処理部によるデータ処理の結果に基づいて前記吸着物質の分類を判定し、前記吸着物質の分類が有機物であると判定した場合には、前記脱離ガスとして有機溶媒ガスを添加する制御を行うことを特徴とする請求項8に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項11】
前記一端側は、化学剤処理装置の排気管に接続されていることを特徴とする請求項2に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項12】
前記一端側は、化学剤の検出または化学剤の分解処理を行う化学剤処理室の内部に向けて開放されていることを特徴とする請求項2に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項13】
前記一端側は、屋外の大気中に向けて開放されていることを特徴とする請求項2に記載の化学物質モニタ装置。
【請求項14】
試料に含まれる化学物質のイオンを生成するイオン化部と、
前記イオン化部に前記試料を供給する試料供給部と、
前記イオン化部で生成されたイオンの質量分析を行う質量分析計と、
前記質量分析計による質量分析の結果のデータに基づいてデータ処理を行うデータ処理部と、
前記データ処理部によるデータ処理の結果を表示する表示部と、
前記試料供給部および前記イオン化部の内部に吸着した吸着物質を脱離させる脱離ガスを、前記試料供給部を介して添加する脱離ガス添加手段とを備えた化学物質モニタ装置のクリーニング方法であって、
前記化学物質モニタ装置は、
前記吸着物質を同定するステップと、
同定された前記吸着物質の分類を判定し、前記吸着物質が塩であると判定した場合には脱離ガスとして水蒸気を選択し、前記吸着物質が有機物であると判定した場合には脱離ガスとして有機溶媒ガスを選択するステップと、
選択された前記脱離ガスを前記試料供給部に添加させる制御を行うステップとを含むことを特徴とする化学物質モニタ装置のクリーニング方法。
【請求項15】
前記化学物質モニタ装置は、さらに、
前記吸着物質の濃度に対応する値を所定の閾値と比較し、前記吸着物質の濃度に対応する値が前記所定の閾値以下になるまで、前記選択された前記脱離ガスを前記試料供給部に添加させる制御を行うステップを繰り返すことを特徴とする請求項14に記載の化学物質モニタ装置のクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−170985(P2007−170985A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−369100(P2005−369100)
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】