説明

半導体用ボンディングワイヤー

【課題】パラジウムめっきされたリードフレームであっても良好なウェッジ接合性を確保でき、耐酸化性に優れた、銅又は銅合金を芯線とする半導体用ボンディングワイヤーを提供する。
【解決手段】銅又は銅合金から成る芯線と、該芯線の表面に、10〜200nmの厚さで形成されたパラジウムを含む被覆層と、該被覆層の表面に、3〜30nmの厚さで形成された銀とパラジウムとの合金層と、を有し、前記銀とパラジウムとの合金層中の銀の濃度が10体積%以上70体積%以下であることを特徴とする半導体用ボンディングワイヤー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子上の電極と外部接続端子を接続するために使用される半導体用ボンディングワイヤーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、半導体素子上の電極と外部接続端子との間を接続する半導体用ボンディングワイヤー(以下、「ボンディングワイヤー」という)としては、線径20−50μm程度で、材質は高純度4N(4−Nine、純度が99.99質量%以上)の金(Au)であるボンディングワイヤー(金ボンディングワイヤー)が主として使用されている。金ボンディングワイヤーを半導体素子であるシリコンチップ上の電極に接合させるには、超音波併用熱圧着方式のボールボンディングを行うことが一般的である。つまり、汎用ボンディング装置を用い、前記金ボンディングワイヤ−をキャピラリと呼ばれる治具の内部に通して、ワイヤー先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりボール部を形成させた後に、150〜300℃の範囲内で加熱した前記電極上に、加熱溶融して形成されたボール部を圧着接合せしめる手法である。
【0003】
一方、金ボンディングワイヤーをリードやランド等の外部接続端子に接続する場合には、前述のようなボール部を形成することなく、金ボンディングワイヤーを直接電極に接合する、いわゆるウェッジボンディングを行うことが一般的である。近年、半導体実装の構造・材料・接続技術などは急速に多様化しており、例えば、実装構造では、現行のリードフレームを使用したQFP(Quad Flat Packaging)に加え、基板やポリイミドテープなどを使用するBGA(Ball Grid Array)、CSP(Chip Scale Packaging)などの新しい実装形態が実用化され、外部接続端子も多様化している。そのため、ウェッジボンディング特性は、従来以上に重要視されつつある。
【0004】
また、半導体素子の小型化のニーズが高まっており、薄型実装を行うため、ボンディングワイヤー接続のループの高さを低くするという低ループボンディング技術や、複数枚積層したチップに向かって基板側からループを打ち上げる逆打ちボンディング技術等が広まりつつある。
【0005】
ところで、昨今の資源価格の高騰に伴い、金ボンディングワイヤーの原料となる金の価格も急騰しており、金に代わる低コストなワイヤー素材として、銅(Cu)が検討されている。しかしながら、金と比べて銅は酸化されやすいことから、単純な銅ボンディングワイヤーでは長期の保管が難しく、ウェッジボンディング特性も良好ではない。また、このような単純な銅ボンディングワイヤーの先端にボール部を形成する際には、ボール部が酸化しないように、還元雰囲気にしなければならない。具体的には、窒素(N)に4体積%程度の水素(H)を混在させたガスを用いて、ボール部周辺を還元雰囲気とすることが一般的であるのであるが、それでも金ボンディングワイヤーを用いたような良好なボールボンディングを行うことは難しい。これらの理由から、銅ボンディングワイヤーの利用は、一般的なLSI分野にまだ広まっていない。
【0006】
そこで、銅ボンディングワイヤーの酸化という課題を解決するため、銅ワイヤーの表面に銀(Ag)を被覆した銅ボンディングワイヤーが提案されている。例えば、特許文献1では、銅ワイヤーに銀を被覆した具体例は示されていないが、ボンディングワイヤーの内部金属としてアルミニウム(Al)、銅、鉄(Fe)、鉄とニッケルの合金(FeNi)等の非純貴金属が挙げられ、前記ボンディングワイヤーの表面被覆金属として水分、塩分、アルカリ等に対する耐食性のある金属、例えば、金や銀とすることが開示されている。また、特許文献2では、銅ワイヤーに銀を被覆した具体例は示されていないが、銅系ワイヤーに金、銀を含む貴金属を被覆した銅系ボンディングワイヤーが例示されており、当該銅系ワイヤーに被覆を施せば、耐腐食性が一層向上すると記載されている。特許文献3では、アルミニウム(Al)や銅ワイヤーに、金や銀等の貴金属をメッキしたボンディングワイヤーが開示され、銅ボンディングワイヤーの場合には、前記メッキによって耐食性及び熱酸化の問題が解消され、リードフレームとの接合性も金ボンディングワイヤーと同様の信頼性が得られるとされている。特許文献4では、高純度銅極細線の表面に、貴金属あるいは耐食性金属を被覆した銅ボンディングワイヤーが開示され、前記被覆する貴金属の1つとして銀が使用されている。このように構成することで、銅ボンディングワイヤーの表面酸化(具体的には、大気中に10日間放置後の表面酸化の有無である。)が抑制できるとしている。また、前記銅極細線の直径としては15〜80μmとし、前記被覆する被膜は10nm〜1μmの平均層厚であるとしている(実施例では、25μm直径のワイヤーで、0.1μmの平均層厚の被膜である。)。特許文献5では、銅細線の表面に、銀を線径の0.001〜0.01倍の厚さに被覆した銅ボンディングワイヤー、即ち、直径25μmの銅細線で0.02〜0.3μm厚さの銀被覆となる銅ボンディングワイヤーが開示されている。銀を被覆することで銅の酸化を抑制され、並びにボール形成能が向上するとしている。
【0007】
しかしながら、上述のようにワイヤー表面に銀を被覆した銅ボンディングワイヤーでは、銅の表面酸化(特に、保管中の酸化の進行)を抑制できるが、ボンディングする際にワイヤー先端に形成するボール部が真球とならずにいびつとなることが多く、当該銅ボンディングワイヤーの実用化を妨げている。これは、ワイヤー先端をアーク入熱で加熱溶融する際に、融点の低い銀(融点961℃)が優先的に溶融してしまうのに対し、融点の高い銅(融点1083℃)は一部分のみしか溶融しないことが、関係していると思われる。また、特許文献5にあるように、ボンディングを還元雰囲気(10%H−N)で行えば、銀被覆でもボール部形成が良好となる場合が多いが、水素を含まない雰囲気では溶融時の酸化を抑制することができないのでボンディングを行うのは難しく、良好なボール部形成が達成できない。
【0008】
一方、銀を被覆する代わりに、銅ワイヤーの表面にパラジウム(Pd)を被覆することも考えられる。実際に、特許文献2〜4には、被覆層には銀以外の貴金属としてパラジウムも例示されている。前記文献では、パラジウムの優勢性は示されていないが、銀よりも融点の高いパラジウム(融点1554℃)を被覆すると、上述の銀のように銅ワイヤーが溶融してボール部が形成される前に被覆層が溶融して真球状のボール部を形成できないという問題を解決できると考えられる。即ち、銅ワイヤーの表面にパラジウムを被覆することで、銅の酸化防止とボール部の真球性確保というふたつの課題を同時に解決できると考えられる。特許文献6では、芯線と被覆層(外周部)の2層ボンディングワイヤーにおいて芯線と被覆層との間に拡散層を設けて被覆層の密着性等を改善することが開示されているが、芯線に銅を、被覆層にパラジウムを使用する例が示されている。このようなパラジウムを被覆した銅ボンディングワイヤーでは、銅の酸化が抑制されているため、銅ボンディングワイヤーの長期保管やウェッジボンディング特性に優れるのみならず、ワイヤー先端にボール部を形成する際にボール部が酸化する懸念が大幅に改善されている。よって、危険なガスである水素を使わずに、純窒素ガスを用いてボール部周辺を窒素雰囲気としただけでも、真球のボール部が形成できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭57−12543号公報
【特許文献2】特開昭59−181040号公報
【特許文献3】特開昭61−285743号公報
【特許文献4】特開昭62−97360号公報
【特許文献5】特開昭62−120057号公報
【特許文献6】再公表WO2002−23618
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のように、銅ボンディングワイヤーは、銅ワイヤーの表面にパラジウムを被覆することで、金ボンディングワイヤーに比べて安価なボンディングワイヤーとして実用可能になってきたが、最近の半導体実装における構造・材料・接続技術などの急速な変化や多様化に必ずしも対応できないという問題が顕在化してきた。
【0011】
例えば、これまでのリードフレームの表面は銀めっきされているのが一般的であったのに対して、最近ではパラジウムめっきされたリードフレームの使用が進みつつある。これは、従来の銀めっきされたリードフレーム(以下、「銀めっきリードフレーム」という)では、リードフレームをマザーボード等の基板に半田付けする前に、半田との濡れ性を少しでも高める目的で、リードの先端にあらかじめ薄く半田をめっきする工程(半田めっき工程)があり、高コストとなっていたので、銀よりも半田に対して高い濡れ性を確保できるパラジウムを銀の代わりにリードフレーム上にめっきすることで、該半田めっき工程を省略し、低コストとするものである。
【0012】
発明者らは、銅ワイヤーの表面にパラジウムを被覆した銅ボンディングワイヤーの場合、これまでの銀めっきリードフレームでは顕在化していなかったが、パラジウムめっきされたリードフレームに対するウェッジ接合性が不充分となるケースが多くなるという問題を見出した。更に、発明者らは、前記問題について詳細に検討したところ、該銅ボンディングワイヤーの最表面はパラジウムであるため、パラジウムめっきされたリードフレームに対するウェッジ接合ではパラジウム同士が接触する。そうすると、パラジウムの硬度(パラジウムのモース硬度4.75、銅のモース硬度3.0)が高いためにパラジウムが変形し難いので、よってパラジウム表面の酸化皮膜層の破壊が不充分となることが、上記問題の原因であることを見出した。更に、ワイヤー最表面のパラジウムとリードフレーム上のパラジウムとの間で生じる拡散が遅いことで、両パラジウム層の間に充分な拡散層が形成されないことも、上記問題の原因であることを見出した。
【0013】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、パラジウムめっきされたリードフレームであっても良好なウェッジ接合性を確保でき、耐酸化性に優れた、銅又は銅合金を芯線とする半導体素子用ボンディングワイヤーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前述した目的を達成するための本発明の要旨は次の通りである。
【0015】
請求項1に係る半導体用ボンディングワイヤーは、銅又は銅合金から成る芯線と、該芯線の表面に、10〜200nmの厚さで形成されたパラジウムを含む被覆層と、該被覆層の表面に、3〜30nmの厚さで形成された銀とパラジウムとの合金層と、を有し、前記合金層中の銀の濃度が10体積%以上70体積%以下であることを特徴とする。
【0016】
請求項2に係る半導体用ボンディングワイヤーは、前記合金層の表面結晶粒の内、<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが15度以下である結晶粒の面積が、50%以上100%以下であることを特徴とする。
【0017】
請求項3に係る半導体用ボンディングワイヤーは、前記ボンディングワイヤーの表面のマイヤー硬度が、0.2〜2.0GPaの範囲であることを特徴とする。
【0018】
請求項4に係る半導体用ボンディングワイヤーは、前記合金層中の銀の濃度が、20体積%以上70体積%以下であることを特徴とする。
【0019】
請求項5に係る半導体用ボンディングワイヤーは、前記芯線が、B、P、Seの内の少なくとも1種を総計で5〜300質量ppm含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、パラジウムめっきされたリードフレームであっても良好なウェッジ接合性を確保でき、耐酸化性に優れた、銅又は銅合金を芯線とする安価な半導体素子用ボンディングワイヤーを提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明のボンディングワイヤーの構成について更に説明する。尚、以下の説明において、特に断りの無い限り、「%」は「体積%」を意味する。また、組成は複数個所を分析した際に得られた金属のみの数値の平均値であり、炭素は自然混入物(不可避不純物)としては存在するが、以下で述べる組成には含めないものとする。
【0022】
パラジウムめっきされたリードフレーム(以下、「パラジウムめっきリードフレーム」という)上での良好なウェッジ接合性と耐酸化性の両者を確保し、かつ、銅又は銅合金を芯線とする安価なボンディングワイヤーを提供するには、銅又は銅合金から成る芯線の表面に特定の厚みのパラジウムを含む被覆層を形成し、更に、該被覆層の表面を特定の厚みで特定の組成の銀とパラジウムとの合金としたボンディングワイヤーが有効であることを、本発明者らは見出した。
【0023】
まず、銅又は銅合金から成る芯線の表面に、適切な厚みのパラジウムを含む被覆層を形成する構成について説明する。前述のように銅又は銅合金は酸化されやすいため、銅又は銅合金からなるボンディングワイヤーでは長期保管やウェッジボンディング特性が劣るものの、銅又は銅合金からなる芯線の表面にパラジウムを含む被覆層を形成しておけば、銅の酸化が抑制されることで、前述の長期保管やウェッジボンディング特性に優れるのみならず、ボンディングワイヤーの先端にボール部を形成する際にボール部が酸化する懸念が大幅に改善されることになる。これは、前記被覆層に、銅に比べて酸化し難い(即ち、酸化物生成熱△H0が大きい)パラジウムを含むので前記効果が得られるのである。そのため、危険なガスである水素と窒素との混合ガスを使用せずに、純窒素ガスを用いてボール部周辺を窒素雰囲気としただけでも、真球のボール部が形成できる。このような効果を得るためには、該被覆層の厚みは10〜200nmである必要があり、10nm未満であれば酸化抑制効果が不充分となる。該被覆層の厚みが200nmを超えると、ボール部の表面に直径数μmの大きさの気泡が生じることが多く、好ましくない。ここで、パラジウムを含む被覆層におけるパラジウム以外に含まれる元素は、パラジウムの不可避不純物と芯線やワイヤーの最表面を構成する元素である。また、該被覆層のパラジウムの含有量は、50%以上であれば充分な酸化抑制効果が得られる。但し、該被覆層に含まれるパラジウム以外の元素として、後述する最表面を構成する銀は含まれないか、若しくは銀を含む場合には銀濃度が10%未満であることが好ましい。該被覆層の銀の濃度が10%以上になると、上述のような銀被覆ワイヤーの問題(ボール形成時の酸化等)が現れるからである。
【0024】
銅又は銅合金から成る芯線の表面にパラジウムを含む被覆層を形成する上述の構成のみでは、パラジウムめっきリードフレーム上で良好なウェッジ接合性を確保することはできない。この課題を解決するには、本発明者らは、更に、銀とパラジウムとの合金層を該被覆層の表面に更に形成すると良いことを見出した。該合金層は、前記被覆層の上に更に3〜30nmの厚みで形成されているものである。これは、ウェッジ接合性はワイヤーの最表面から3nm程度の領域の物性値に支配されることに起因する。つまり、ワイヤーの最表面から3nmの領域が、銀とパラジウムとの合金であれば、パラジウムめっきリードフレーム上にウェッジ接合させる際、ワイヤーの最表面を構成する銀とパラジウムとの該合金中の銀がパラジウムめっきリードフレーム上のパラジウムに向けて優先的に拡散し、ボンディングワイヤーとパラジウムめっきリードフレームの両者の間に合金層を形成しやすくする。そのため、パラジウムめっきリードフレームとのウェッジボンディング性が向上し、例えば、2ndピール強度が良好となるのである。これは、銀とパラジウムとの間の相互拡散の方が、パラジウムの自己拡散よりも早いことに起因する。但し、該合金層の厚みが3nmに満たないと、ボンディングワイヤーの下地である被覆層が前記ウェッジボンディング性に影響してしまうので、パラジウムめっきリードフレームとのウェッジボンディング性は確保できない。前記効果を得るためには、前記銀とパラジウムとの合金層の厚みの上限に特に制限は無いが、該厚みを30nm超とするには、後述する炉内温度を720℃超と高温にしなければならず、安定した品質を確保しがたくなるので該合金の厚みの上限を30nm以下とした。
【0025】
また、前記銀とパラジウムとの合金層による上記効果を得るためには、該合金層中の銀の組成(銀濃度)が特定の範囲である必要がある。具体的には、前記銀とパラジウムとの合金層中の銀濃度が、10%以上70%以下であり、より好ましくは20%以上70%以下であれば前述のパラジウムめっきリードフレームとのウェッジボンディング性が更に高まるので良い。前記銀濃度が10%未満では前述の効果は得られない。逆に、前記銀濃度が70%を超えると、ワイヤー先端にボール部を形成する際に銀とパラジウムとから成る前記合金層中の銀だけ優先的に溶融していびつなボール部が形成される危険性が増すので良くない。それに対し、該合金層中の銀濃度が70%以下であれば、ワイヤーの表面層では銀とパラジウムが均質に混ざっているため、ワイヤー先端にボール部を形成する際に銀だけ優先的に溶融して、いびつなボール部が形成される危険性は無く、ボール部の真球性や寸法精度を損なうことは無い。また、前記銀濃度が、10%以上40%以下であればボール部の真球性や寸法精度が更に良好となるので良い。
【0026】
したがって、銅又は銅合金から成る芯線の表面に適切な厚みのパラジウムを含む被覆層を形成し、該被覆層の表面を適切な厚みと組成の銀とパラジウムとの合金層を施したボンディングワイヤーでは、パラジウムめっきリードフレーム上での良好なウェッジ接合性と耐酸化性の両者を確保し、かつ、銅又は銅合金を芯線とする安価なボンディングワイヤーを提供することができるのである。
【0027】
また、更に、上記銀とパラジウムとの合金層中の銀濃度を、20%以上70%以下にすると、次のような効果も同時に得られることが判明した。
【0028】
一般に、キャピラリの内壁においてキャピラリとボンディングワイヤーが接触する領域では、ボンディングの工程中、絶えずキャピラリとボンディングワイヤーがこすれあっているのであるが、その際、キャピラリがボンディングワイヤーにすり傷を与えることを避けるため、キャピラリの内壁は、前記領域において凹凸の無いよう加工されている。
【0029】
因みに従来の場合、パラジウムを含む被覆層だけを銅又は銅合金からなる芯線の表面に有するボンディングワイヤーを用いて、例えば5mmを超えるような長尺スパンのボンディングを多数回繰り返すと、前記キャピラリとボンディングワイヤーとが接触するキャピラリの領域が磨耗してしまう。そうすると、該領域に鋭利な凹凸が生じるようになり、その結果、キャピラリによって形成されたすり傷がワイヤー表面で目立つようになる。これは、パラジウムが硬い金属であるのでパラジウムを含む被覆層も硬くなることに起因する。
【0030】
これに対し本発明では、前記被覆層の表面に設けられた、上記銀とパラジウムとの合金層において、該合金層中の銀の濃度を高くしたので、上記のような鋭利な凹凸の発生を抑制できる。上記銀とパラジウムとの合金層では、銀はパラジウムと全率固溶と呼ばれるように均質に混ざっており、銀の濃度が高い場合には、キャピラリとボンディングワイヤーが接触する領域において銀が優先的に変形に寄与することで、上記のような鋭利な凹凸の発生を抑制できる。このような効果を得られるのは、銀濃度が20%以上で、より好ましくは30%以上の場合である。また、銀濃度が70%以上であると、前述の理由からボール部の真球性や寸法精度が充分には得られない。
【0031】
また、上記銀とパラジウムとの合金層で、該合金層中の銀濃度を20%以上にすると、次のような効果も同時に得られることが判明した。
【0032】
因みに従来の場合、パラジウムを含む被覆層だけを銅又は銅合金からなる芯線の表面に有するボンディングワイヤーでは、該ボンディングワイヤーの先端に30μm強の直径のボール部を作ると、数μmの直径の気泡がボール部の表面に多発してしまう場合がある。これは、昨今の電子機器の小型化、高機能化が関係している。つまり、電子機器の小型化、高機能化を支えるため、半導体素子も小型化、高機能化しているのであるが、ボンディングワイヤーにおいては接合部の面積を小さくする目的で、ワイヤー先端に形成するボール部を小さくする傾向が強まっており、従来は小さくても50μm弱の直径のボール部が使用されていたのに対し、昨今は30μm強の直径のボール部が量産で使用されつつある。前記のような数μmの微小な気泡は従来の50μm以上の直径のボール部においても形成されてはいたのだが、ボール径が大きいために必然的に接合面積も大きくなり、このような微小な気泡はこれまで特に問題視されてこなかった。しかしながら、昨今の30μm強の直径の小さなボール部では接合面積も小さくなることから、これまでは問題とならなかったような程度の上記気泡であっても、接合部の接合強度や長期信頼性に影響を及ぼすとされ、問題視されることになりつつあるのである。
【0033】
本発明者らは、このような気泡の存在箇所が常にパラジウムであることを見出した。つまり、該気泡の原因は、ボール部を形成する際にワイヤー表面に存在するパラジウムがボール中に偏析してパラジウム単層の濃化領域を形成し、該領域に有機物起因のガスが閉じ込められることにある。
【0034】
これに対し本発明では、パラジウムを含む被覆層の表面に、特定の濃度以上の銀を含有させたことにより、ボール部を形成する際にはパラジウムの濃化領域は形成されず、代わりに銀−パラジウム合金あるいは銅−パラジウム−銀三元合金の濃化領域が形成されることになる。したがって本発明のボンディングワイヤーでは、該濃化領域であれば、有機物起因のガスが閉じ込められる危険性は薄らぐので、30μm強という小さな直径のボール部を形成した場合であっても、気泡の発生を抑制することができる。即ち、本発明に係る、銀とパラジウムとの合金中の銀の濃度が、20%以上であると、上記効果が得られるものであり、より好ましくは30%以上であると該効果が更に高まるので良い。
【0035】
被覆層並びに合金層の厚さと組成の測定方法は、ボンディングワイヤーの表面からスパッタ法により深さ方向に掘り下げながら分析する手法や、ボンディングワイヤーの断面での線分析又は点分析が有効である。前者の掘り下げながら測定する手法では、測定深さが大きくなると測定時間が掛かり過ぎる。後者の線分析又は点分析は、断面全体での濃度分布や数箇所での再現性の確認等が比較的容易である点が利点である。ボンディングワイヤーの断面では線分析が比較的簡便であるが、分析の精度を向上させたい場合には、線分析での分析間隔を狭くしたり、特に詳細に分析したい領域を拡大した上で点分析を行うことも有効である。ここで、合金層の厚さは、表面から深さ方向に組成分析して銀の濃度が10体積%以上である部分の距離(深さ)である。また、被覆層の厚さは、前記合金層の厚さとなる界面から深さ方向に組成分析してパラジウムの濃度が50%以上である部分の距離(深さ)である。これらの分析に用いる分析装置として、EPMA(電子線マイクロ分析、Electron Probe Micro Analysis)、EDX(エネルギー分散型X線分析、Energy Dispersive X-Ray Analysis)、AES(オージェ電子分光法、Auger Electron Spectroscopy)、TEM(透過型電子顕微鏡、Transmission Electron Microscope)等が利用できる。上記いずれか1つの方法で得られる厚さや組成が本発明の範囲内であれば、本発明の作用効果が得られるものである。
【0036】
上述のような、パラジウムめっきリードフレーム上での良好なウェッジ接合性と耐酸化性の両者を確保し、更に、後述するループ特性も満足させるためには、ワイヤー表面の結晶方位、ワイヤー表面の硬さ、又は芯線中の添加元素の種類と組成を特定の範囲としたボンディングワイヤーが有効であることを、発明者らは見出した。
【0037】
ワイヤー表面の結晶方位に関しては、前記合金層の表面結晶粒の内、<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが無い又は小さい方がより好ましい。具体的には、前記傾きが15度以下である結晶粒の面積を50%以上100%以下とすれば、逆打ちボンディングを行った際であっても、ループの表面にしわが生じにくくなるので良く、より好ましくは70%以上100%以下とすれば更にその効果が高まるので更に良い。尚、ここでのしわとは、ループを形成した際に生じる表面の微小な傷や凹凸の総称である。その結果、例えば、昨今増加しつつある、2nd接合用電極にボール接合をし、1st接合用電極にウェッジ接合を行うことでループ高さを抑制してチップの薄型化を容易にする。
【0038】
因みに、上記のような逆打ちボンディングでは、まず、1st接合用電極にボール接合を行い、接合したボール直上のボンディングワイヤーを切断し、その後、2nd接合用電極にボール接合をし、最後に先ほど作製した1st接合用電極上のボール部に対してウェッジ接合を行う。この時、1st接合用電極にボール接合した後でボール直上のボンディングワイヤーを切断する際に、ボンディングワイヤーに大きな衝撃が加えられると、ボンディングワイヤーの表面にしわが生じ、デバイスの使用による加熱とデバイスの停止に伴う室温への冷却という熱疲労が長期間に渡ってデバイスに加わると、該しわが亀裂の発生を加速することがある。
【0039】
本発明者らが鋭意検討した結果、このしわ不良にはワイヤー表面(合金層)の結晶方位が関係しており、該方位が<111>結晶方位に代表されるように、強度は高いが延性に乏しい方位である場合に顕著にしわが生じることが判明した。本発明者らが更に検討を重ねた結果、該しわを抑制するためには、ワイヤー表面において<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きを小さくし、該傾きが15度以下である結晶粒の面積を50%以上とすると、しわを抑制するに足る延性が確保できることが判明した。しかし、該傾きが15度以下である結晶粒の面積が50%未満では、このような効果は得られない。ここで、前記合金層の表面で観察される結晶粒の<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きは、TEM観察装置中に設置した微小領域X線法あるいは電子後方散乱図形(EBSD、Electron Backscattered Diffraction)法等で測定できるものである。中でも、EBSD法は個別の結晶粒の方位を観察し、隣り合う測定点間での結晶方位の角度差を図示できるという特徴を有し、ボンディングワイヤーのような細線であっても、比較的簡便ながら精度良く結晶粒の傾きを観察できるのでより好ましい。また、該傾きが15度以下である結晶粒の面積は、微小領域X線法ではそれぞれの結晶粒における結晶方位のX線強度をもとに結晶方位の体積比率として求めることができ、またEBSD法では、前記で観察した個別の結晶粒の方位から直接算出可能である。前記面積の比率を算出するには、ワイヤー表面の任意の面であって、ボンディングワイヤーの伸線方向と垂直な方向においてボンディングワイヤーの直径の少なくとも1/4の幅を、ボンディングワイヤーの伸線方向に少なくとも100μmの長さの面を観察し、その観察面積を100として、該傾きが15度以下である結晶粒の占める面積の百分率とする。上記いずれか1つの方法で得られる厚さや組成が本発明の範囲内であれば、本発明の作用効果が得られるものである。
【0040】
ワイヤー表面の硬さに関しては、前記ワイヤー表面のマイヤー硬度を0.2〜2.0GPaの範囲とすると、80μmクラスのループ高さという低ループボンディング時であっても、ネックダメージと呼ばれる不良の発生が抑制されるので更に良い。
【0041】
このネックダメージは、ボール部と母線部との境界領域(ネック部)における損傷を指し、極端に低いループ高さでループを形成する際に、ネック部に過度な負担がかかることで生じる不良である。昨今のフラッシュメモリー等の薄型電子機器では、メモリーの容量を少しでも大容量化するために、薄いシリコンチップを複数枚搭載した薄型デバイスを使用しているのであるが、このような薄型デバイスでは必然的にループ高さを低くせざるを得ないため、従来、前記ネックダメージが発生し易くなっている。
【0042】
発明者らは、上記ネックダメージの発生には、ワイヤー表面の硬度が密接に関係していることを明らかにし、該硬度を低くすれば、低ループボンディング時にネックに過度の負荷が与えられても、表面が塑性変形でき、ネックダメージを抑制できることを見出した。具体的には、前記ボンディングワイヤーの表面のマイヤー硬度を2.0GPa以下とすれば、上記効果が得られる。但し、前記ボンディングワイヤーの表面のマイヤー硬度が2.0GPaを超える場合、通常の銀合金並みの硬度となってしまい、低ループボンディング時にネックに過度の負荷が与えられると、表面層が充分には塑性変形できず、前記効果は得られない。一方、前記ボンディングワイヤーの表面のマイヤー硬度が0.2GPa未満の場合では、硬度が小さすぎるのでボンディングワイヤーを取り扱い過程でワイヤー表面に容易に傷が入り易くなり、取り扱い方法によっては多くの表面傷が生じる場合がある。ここで、マイヤー硬度とは、鋼球あるいは超硬合金球の圧子を用いて計測する硬さのことで、圧子で試験面にくぼみをつけたときの荷重を、永久くぼみの直径の投影面積で除した値を指し、その値は応力の次元を有する。ナノインデンション法と呼ばれる物質表面の解析手法を用いると、1nm程度の深さにおけるマイヤー硬度も測定可能であるので、本発明のマイヤー硬度値の確認には、ナノインデンション法を用いるのが好ましい。また、ボンディングワイヤーの表面のマイヤー硬度は、合金層及び被覆層を有するボンディングワイヤーの最表面をナノインデンション法で測定して得られるものである。尚、0.2〜2.0GPaのマイヤー硬度は、おおむね50〜570Hvのビッカース硬度に相当する。
【0043】
芯線中の添加元素の種類と組成に関し、本発明に係る伸線は、銅又は銅合金からなるものであるが、前記芯線には、本発明の作用効果を損なわない範囲で種々の添加元素を添加してもよい。該芯線に添加できる元素の例としては、Ca、B、P、Al、Ag、Se等が挙げられる。これらの添加元素の中で、B、P、Seの内の少なくとも1種を含むのがより好ましい。該添加元素が総計で5〜300質量ppm含有すると、ボンディングワイヤーの強度がより向上する。その結果、例えば、5mmを超えるループ長さという長尺ループのボンディングをした際でもループの直進性が確保できるようになる。これは、該添加元素が芯線における銅結晶粒内での固溶強化あるいは結晶粒界の強化に寄与するためと思われる。但し、5質量ppmを下回る添加では上記強度の更なる向上という効果は得られない。一方、300質量ppmを超える添加は、ボール部を過剰に硬化せしめることになるので、ボールボンディング時にチップを損傷する危険性が高まり好ましくない場合がある。芯線中の成分含有量を分析する手法については、ボンディングワイヤーを切断し、その断面部からスパッタ等により深さ方向に掘り下げながら分析する手法や、該断面での線分析又は点分析が有効である。前者の掘り下げながら測定する手法では、測定深さが大きくなると測定時間が掛かり過ぎる。後者の線分析又は点分析は、断面全体での濃度分布や数箇所での再現性の確認等が比較的容易である点が利点である。ボンディングワイヤーの断面では線分析が比較的簡便であるが、分析の精度を向上させたい場合には、線分析での分析間隔を狭くしたり、特に詳細に分析したい領域を拡大した上で点分析を行うことも有効である。これらの分析に用いる分析装置として、EPMA、EDX、AES、TEM等が利用できる。また、平均的な組成の調査には、表面部から段階的に酸等の薬液でボンディングワイヤーを溶解していき、その溶液中に含まれる濃度から溶解した部位の組成を求める手法も可能である。上記いずれか1つの方法で得られる厚さや組成が本発明の範囲内であれば、本発明の作用効果が得られるものである。
【0044】
以上、本発明の好適な例を述べたが、本発明は適宜変形が可能である。例えば、前記芯線と前記被覆層との間には拡散層が形成されていても良い。例えば、パラジウムを含有する領域が前記被覆層と連続して、前記パラジウムや芯線を構成する銅が拡散してパラジウムを50%未満含有する拡散層である。このような拡散層が存在することにより、ボンディングワイヤーは、被覆層と芯線との密着性を向上することができる。
【0045】
以下、本発明のボンディングワイヤーの製造方法について一例を説明する。
【0046】
前記組成のボンディングワイヤーを製造するためには、高純度の銅(純度99.99%以上)、又は、これら高純度の銅と添加元素原料を出発原料として秤量した後、これを高真空下もしくは窒素やAr等の不活性雰囲気下で加熱して溶解することで銅又は銅合金のインゴットを得る。該インゴットを最終的に必要とする芯線の直径まで金属製のダイスを用いて伸線する。本発明に係るパラジウムを含む被覆層は、最終的な芯線の直径まで伸線した後に施される。パラジウムを含む被覆層を形成する手法としては、電解めっき、無電解めっき、蒸着法等が利用できるが、膜厚を安定的に制御できる電解めっきを利用するのが工業的には最も好ましい。その後、前記被覆層の表面に銀とパラジウムから成る合金を形成する。その方法は、どのような方法でもよいが、前記被覆層を形成した後、更にその表面に表皮層として銀膜を形成し、一定の炉内温度で電気炉中、ワイヤーを一定の速度の下で連続的に掃引することで、合金化を促す方法が、確実に該合金の組成と厚みを制御できるので好ましい。前記被覆層の表面に更に銀膜を形成する手法としては、電解めっき、無電解めっき、蒸着法等が利用できるが、上記の理由から電解めっきを利用するのが工業的には最も好ましい。前記合金化のための加熱時は、銀が硫化されやすいことを考慮して、炉内の雰囲気を窒素やAr等の不活性雰囲気とし、更に、従来のボンディングワイヤーの加熱法とは異なり、該雰囲気中に含有される硫黄濃度を900ppm以下とする。より好ましくは、不活性ガス中に水素等の還元性ガスを少なくとも100ppm混入させると、ワイヤーの硫化を防止する効果が更に高まるので良い。最も好ましくは、硫黄等の不純物ガスが装置外部から持ち込まれることを可能な限り避けるため、雰囲気炉(第一の雰囲気炉)の外側にさらにもう1層の第二の雰囲気炉を設置すると、例え第二の雰囲気路中に外部から不純物ガスが微量混入したとしても、これら不純物ガスは第一の雰囲気炉には容易には到達できないので良い。また、炉内の適切な温度はワイヤーの組成やワイヤーを掃引する速度によっても異なるが、おおむね230℃〜720℃の範囲とすると、安定した品質のボンディングワイヤーが得られるので良い。そして、伸線工程中にワイヤーを掃引する速度は、例えば40〜80m/min程度とすると安定した操業ができるので好ましい。
【0047】
本願発明のボンディングワイヤーの製造方法において、<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが15度以下である結晶粒の面積が50%以上100%以下とする製造方法は、通常の製造方法では製造することは難しく、特殊な方法で製造される。
【0048】
具体的には、前記の要領でインゴットを得た後、前記インゴットにパラジウムを含む被覆層を上記と同様にして形成する。更にその上に銀膜を上記と同様にして形成する。前記被覆層と銀膜を形成したインゴットを、最終的な芯線の直径まで金属製のダイスを用いて伸線する際に、線径80μm以上の太さでは前記ダイスの減面率を11〜19%程度として伸線し、線径80μm未満の太さにおける伸線時は前記減面率を7〜17%程度という、通常よりも大きな減面率で伸線する。これによって、銀膜上の方向性を有する集合組織(伸線方向に結晶方位が揃った集合組織)を発達させることができる。但し、大きな減面率で伸線すると断線が生じる危険性が高まることから、ボンディングワイヤーの断線を防ぐため、伸線速度は、例えば、4〜8m/minというような通常よりも低速とするのがより好ましい。本ボンディングワイヤーでも、伸線後に、前述と同様に合金化を促す熱処理を行う。伸線後に合金化を促す熱処理工程における温度が、低温であれば、<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが15度以下である結晶粒の面積の割合が高まり、高温であれば、該面積の割合が低下する。この面積の低下は、該工程で、加熱して再結晶化が促進されると、前述の集合組織における方向性が失われ易くなることに起因する。具体的には、前記炉内温度が230℃〜280℃であれば、前記面積の割合が100%となり、前記炉内温度が680℃〜720℃の範囲であれば、前記面積の割合が50%程度となり、前記面積の割合は熱処理の温度で制御できる。
【0049】
本願発明のボンディングワイヤーの製造方法において、被覆層の表面のマイヤー硬度が0.2〜2.0GPaの範囲となるボンディングワイヤーの製造方法は、通常の製造方法では製造することは難しく、特殊な方法で、ワイヤー表面の銀とパラジウムとの合金を格別にやわらかくして製造する。具体的には、上述のいずれかの方法で目的の線径まで伸線し、前述の合金化のための熱処理工程を終えた後、更に、該ボンディングワイヤーをスプールごとにアルゴン雰囲気に制御された電気炉中に設置し、150〜200℃で20〜24時間の加熱をすることで製造できる。150℃より低温又は20時間より短時間の加熱では、銀とパラジウムとの合金を上記硬度のように格別にやわらかくすることはできない。200℃より高温又は24時間より長時間の加熱をすると、隣り合うワイヤー間の拡散が促進され、ワイヤー同士がくっついてしまう場合がある。
【実施例】
【0050】
以下、実施例について説明する。
【0051】
ボンディングワイヤーの原材料として、芯線に用いた銅、芯線中の添加元素としてB、P、Se、Ca、Al、被覆層に用いたパラジウム、表皮層に使用した銀として純度が99.99質量%以上の素材をそれぞれ用意した。前記の銅、又は銅と添加元素原料を出発原料として秤量した後、これを高真空下で加熱して溶解することで銅又は銅合金の直径10mm程度のインゴットを得た。その後、鍛造、圧延、伸線を行って所定の直径のワイヤーを作製した。その後、各ワイヤーの表面にパラジウムを含む被覆層を電解めっきで形成した。ここで、前記被覆層の厚さは、電解めっきの時間で制御した。更にその後、前記被覆層の表面に電気めっきで銀膜を形成し、300〜800℃に保たれた炉内で該ワイヤ−を60m/minの速度で連続的に掃引することで、前記被覆層の表面に銀とパラジウムとの合金層を形成した。ここで、合金層の厚さは、前記銀膜の目付け量、即ち、電気めっき時間で制御した。このようにして直径が20μmのボンディングワイヤーを得た。尚、一部の試料においては、<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが15度以下である結晶粒の面積を制御するため、線径80μm以上の太さでは前記ダイスの減面率を13〜18%程度として伸線し、線径80μm未満の太さにおける伸線時は前記減面率を8〜12%程度という、通常よりも大きな減面率で伸線した。また、一部の試料においては、被覆層の表面のマイヤー硬度を制御するため、該ボンディングワイヤーをスプールごとアルゴン雰囲気に制御された電気炉中に設置し、150〜200℃で20〜24時間の加熱を施した。
【0052】
できあがった該ボンディングワイヤーにおける芯線の直径、被覆層及び合金層の厚みは、ボンディングワイヤーの表面をスパッタしながらAESで分析し、また、該ボンディングワイヤーを断面研磨し、EDXで組成を分析しながら測定した。パラジウムの濃度が50%以上で、かつ、銀の濃度が10%未満であった領域を被覆層とし、被覆層の表面にある銀とパラジウムとを含む合金層においては銀濃度が10〜70%の範囲であった領域を合金層とした。被覆層及び合金層の厚み及び組成をそれぞれ表1〜5に記載した。
【0053】
被覆層によるボンディングワイヤーの酸化防止効果を評価するため、湿度が85%、温度が85℃という高温高湿炉中に72時間、ボンディングワイヤーをスプールごと放置し、あえてワイヤー表面の酸化を促進するような加速試験を行った。加熱後、ボンディングワイヤーを高温高湿炉から取り出し、表面の酸化の度合いを光学顕微鏡で観察した。この時、ワイヤー表面の全面が酸化していれば×印で、ワイヤー表面が酸化していなければ○印で表1、5中の「長期保管」の欄に記した。
【0054】
ボンディングワイヤーの接続には、市販の自動ワイヤーボンダーを使用した。ボンディングの直前にアーク放電によりボンディングワイヤーの先端にボール部を作製したが、その直径はボンディングワイヤーの直径の1.7倍となるように34μmとしておいた。ボール部作製時の雰囲気は窒素とした。
【0055】
ボール部の実際の直径は、各ボール部とも20個ずつSEMを用いて測定し、その最大値と最小値の差が、ボール径の平均値の10%超であればばらつきが激しく不良であるとして×を、5%超かつ10%以下であれば中間程度として△を、3%超かつ5%以下であれば実用上の不具合は無く良好とみなして○を、3%以下であれば極めて良好として◎を、表1、5中の「窒素中FAB真球性」の欄に記した。
【0056】
また、ボール部をSEMで観察し、その外観に気泡が見られれば、表1、5中の「窒素中FAB気泡抑制」の欄にその旨を記した。更に、各ボール部を10個ずつ断面研磨して光学顕微鏡で観察し、断面部に気泡が観察されなければ極めて良好として◎◎印で、10個中1〜2個のボール部のみに気泡が観察されれば良好として◎印で、10個中3〜4個のボール部のみに気泡が観察されれば実用上問題の無いレベルとして○印で、10個中5個以上のボール部に気泡が観察されれば劣悪として×印で、表1、5中の「窒素中FAB気泡抑制」の欄に記した。
【0057】
ボンディングワイヤーの接合の相手としては、Siチップ上に形成された厚さ1μmのAl電極と、表面が銀又はパラジウムめっきリードフレームのリードをそれぞれ用いた。作製したボール部を260℃に加熱した前記電極とボール接合した後、ボンディングワイヤーの母線部を260℃に加熱した前記リードとウェッジ接合し、再びボール部を作製することで、連続的にボンディングを繰り返した。ループ長が4.9mmとなるようにした。尚、一部の試料においてはループ長が約1mmの前記逆打ちボンディングを、また別な試料においてはループ長が約3mmでループ高さが76.2μm(3mil)の低ループボンディングを、更に別な試料においてはループ長が5.3mm(210mil)という長尺ボンディングをそれぞれ行った。
【0058】
ボンディングワイヤーのウェッジボンディング性については、ウェッジ接合された状態のボンディングワイヤーをウェッジ接合部直上でつまみ、切断するまで上方に持ち上げ、その切断時に得られる破断荷重を読み取る、いわゆるピール強度測定法で、40本の破断荷重(ピール強度)を測定した。ピール強度の標準偏差が5mN超であればばらつきが大きく改善が必要であるため×を、5mN以下であれば実用上の大きな問題はないので○を、表1、5の「Ag-L/F 2nd接合」(銀めっきリードフレームのリードの場合)並びに「Pd-L/F 2nd接合」(パラジウムめっきリードフレームのリードの場合)の欄に表記した。
【0059】
ここで、キャピラリによってループに傷が生じたか否かを光学顕微鏡で観察した。観察したループの本数は20本であり、1本も傷が無ければ極めて良好で◎◎印で、1〜2本のループのみに傷が観察された場合は良好で◎印で、3〜4本のループのみに傷が観察された場合は実用上問題の無いレベルで○印で、5本以上のループに傷が観察されれば劣悪で×印で、表1、5の「傷抑制」の欄に表記した。
【0060】
前記被覆層の表面で観察される結晶粒の<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きは、EBSD法で個別の結晶粒の方位を観察した上で算出した。該算出にあたっては、ボンディングワイヤーの伸線方向と垂直な方向に8μmの幅を有し、ボンディングワイヤーの伸線方向に150μmの長さを有する面を、各試料とも3視野ずつ観察した。その値を表2〜4の「<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが15度以下である結晶粒の面積」欄に記載した。
【0061】
前記の逆打ちボンディングをした後の、ボンディングワイヤー表面におけるしわは、各試料とも20本のループを光学顕微鏡で観察し、1本もしわが無ければ極めて良好で◎◎印で、1〜2本のループのみにしわが観察された場合は良好で◎印で、3〜4本のループのみにしわが観察された場合は実用上問題の無いレベルで○印で、5本以上のループにしわが観察されれば劣悪で×印で、表2〜4の「逆打ちしわ抑制」欄に記載した。
【0062】
ワイヤー表面のマイヤー硬度は、ナノインデンション法によって、1nm程度の深さ精度で測定し、その値を表3〜4の「ワイヤーの表面のマイヤー硬度」欄に記載した。
【0063】
前記の低ループボンディングをした後の、ネック部におけるダメージの有無は、各試料とも20本のループを光学顕微鏡で観察し、1本もダメージが無ければ良好で◎印で、20本中1〜2本でダメージが観察されれば問題の無いレベルで○印で、20本中3本以上でダメージが観察されれば劣悪で×印で、表3〜4の「76.2μm(3mil)級低ループネックダメージ」欄に記載した。
【0064】
前記の長尺ボンディングをした後のループの曲がりについては、各試料のループ20本を投影機を用いて測定した。ここで、その平均値をループ長さで除した値をワイヤー曲がり率とし、4%未満であれば極めて良好で◎印で、4〜5%であれば実用上問題ないレベルとして○印で、5%超であれば不良と判断して×印で、表4の「5.3mm(210mil)級長尺曲がり」の欄に表記した。
【0065】
表1の実施例1〜36に記載のように、銅の芯線の表面に10〜200nmの厚みのパラジウム被覆層を形成し、該被覆層の表面に更に3〜30nmの厚みの銀とパラジウムとの合金層を有するボンディングワイヤーでは、耐酸化性(「長期保管」欄)やボール部の真球性(「窒素中FAB真球性」欄)を確保しつつ、かつパラジウムめっきリードフレーム上での良好なウェッジ接合性(「Pd-L/F 2nd接合」欄)が得られるものである。これらに対し、比較例1に示すように、銅ワイヤーの上に特に被覆層を設けない芯線のみでは、長期保管や2nd接合性が劣悪である。また、比較例2に示すように、銅芯線の表面の被覆層を銀とした場合は、窒素中でのボール部の真球性が劣っている。また、比較例3〜5に示すように、銅芯線の上にパラジウムの被覆層のみを設けた場合は、パラジウムめっきリードフレーム上でのウェッジ接合性が劣悪である。また、比較例6に示すように、銅芯線の上に10〜200nmの範囲内の厚みでパラジウムの被覆層を形成しても、更にその表面上に形成した銀とパラジウムとの合金層の厚みが3nmより薄い場合は、パラジウムめっきリードフレーム上でのウェッジ接合性が劣悪である。また、比較例7に示すように、銅芯線の上に10〜200nmの範囲内の厚みでパラジウムの被覆層を形成しても、更にその表面上に形成した銀とパラジウムとの合金層の厚みが30nmよりも厚い場合は、安定した品質を確保しにくくなり、該合金層が酸化されたり硫化されたりすることで、評価したいずれの特性も劣悪である。また、比較例8に示すように、銅芯線の上に10〜200nmの範囲内の厚みでパラジウムの被覆層を形成し、更にその表面上に形成した銀とパラジウムとの合金層中の銀濃度が10%よりも低い場合はパラジウムめっきリードフレーム上でのウェッジ接合性が劣悪である。また、比較例9に示すように、銅芯線の上に10〜200nmの範囲内の厚みでパラジウムの被覆層を形成し、更にその表面上に形成した銀とパラジウムとの合金層中の銀濃度が70%を超えて高い場合は窒素中でのボール部の真球性が劣る。また、比較例10に示すように、銅芯線の上に形成したパラジウムの被覆層の厚みが10〜200nmの範囲を超えると、更にその表面上に形成した銀とパラジウムとの合金層の厚みが3〜30nmの範囲であっても、窒素中で小径のボール部を形成すると気泡が発生する(「窒素中FAB気泡抑制」欄)。
【0066】
実施例10〜36に示すように、前記銀とパラジウムとから成る合金中の銀濃度が20%以上であると、キャピラリによる傷の発生の抑制効果がより大きく(「傷抑制」欄)、かつ、窒素中で小径のボール部を形成しても気泡の発生が抑制される(「窒素中FAB気泡抑制」欄)。更に実施例19〜36に示すように、前記銀濃度が30%以上であると、前述の効果が更に高まった。
【0067】
表2の実施例37〜52に示すように、前記ボンディングワイヤーの表面で観察される<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが15度以下である結晶粒の面積が50%以上100%以下であると、逆打ちボンディングした際にループの表面で発生するしわの抑制効果が高くなり(「逆打ちしわ抑制」欄)、該面積が70%以上であるとその効果が更に高まった。
【0068】
表3の実施例53〜56、59〜62に示すように、前記ボンディングワイヤーの表面のマイヤー硬度が0.2〜2.0GPaの範囲であると、更に、低ループボンディングを行ってもネックダメージが抑制される(「76.2μm(3mil)級低ループネックダメージ」欄)。
【0069】
表4の実施例68〜76、80〜83に示すように、前記芯線が、B、P、Seの内の少なくとも1種を総計で5〜300質量ppm含有する銅合金では、長尺ボンディングを行った際であってもループの曲がりが抑制される(「5.3mm(210mil)級長尺曲がり」欄)。
【0070】
表5の実施例84〜93に示すように、前記被覆層と前記芯線の間に拡散層が生じていたり、前記芯線に含まれる銅が前記被覆層中に拡散していたりしていても、本願発明の効果が確保できた。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
【表3】

【0074】
【表4】

【0075】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅又は銅合金から成る芯線と、
該芯線の表面に、10〜200nmの厚さで形成されたパラジウムを含む被覆層と、
該被覆層の表面に、3〜30nmの厚さで形成された銀とパラジウムとの合金層と、を有し、
前記合金層中の銀の濃度が10体積%以上70体積%以下であることを特徴とする半導体用ボンディングワイヤー。
【請求項2】
前記合金層の表面結晶粒の内、<100>結晶方位の伸線方向に対する傾きが15度以下である結晶粒の面積が、50%以上100%以下であることを特徴とする請求項1記載の半導体用ボンディングワイヤー。
【請求項3】
前記ボンディングワイヤーの表面のマイヤー硬度が、0.2〜2.0GPaの範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載の半導体用ボンディングワイヤー。
【請求項4】
前記合金層中の銀の濃度が、20体積%以上70体積%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の半導体用ボンディングワイヤー。
【請求項5】
前記芯線が、B、P、Seの内の少なくとも1種を総計で5〜300質量ppm含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の半導体用ボンディングワイヤー。

【公開番号】特開2011−35020(P2011−35020A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−177315(P2009−177315)
【出願日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【出願人】(595179228)株式会社日鉄マイクロメタル (38)
【Fターム(参考)】