説明

単気筒エンジンの潤滑構造

【課題】クランクシャフトの回転抵抗を増大させることなく、また、クランクケースをクランクウエブの径方向に拡大することなく、クランク室からのオイル排出性能を高めることが可能な潤滑構造を提供すること。
【解決手段】回転軸に対して垂直な側面(LS1、RS1)を備えたクランクウエブ(112a、112b)を有するクランクシャフト(112)と、クランクシャフトを収容するクランク室(111)及びクランク室の下方においてオイル排出口(114)を通じてクランク室と連通するオイル溜まり室(113)が設けられたクランクケース(110)と、を備え、クランク室においてクランクウエブの側面と対向するクランクケースの側壁(LW1、RW1)に、クランクウエブから飛散するオイルをオイル溜まり室に排出させるオイル排出溝(D1)が設けられていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動二輪車等に適用される単気筒エンジンの潤滑構造に関する。
【背景技術】
【0002】
オイルポンプを用いて潤滑面にオイルを供給する強制潤滑型のエンジンにおいて、ピストンやクランクシャフトを潤滑したオイルは重力によって落下し、クランクケースの下方に設けられたオイル溜まり室に滞留する。オイル溜まり室に滞留したオイルは、オイルポンプによって再度汲み上げられて各部に供給される。
【0003】
この潤滑構造において、ピストンやクランクシャフトを潤滑したオイルは、オイル溜まり室に向けて落下する際にクランク室を区画する壁とクランクシャフトとの間を通過する。このようなオイルを効率よく排出できないと、クランクシャフトとクランク室との間にオイルが溜まり、クランクシャフトの回転抵抗となってエンジンの出力を低下させる。また、高速に回転するクランクシャフトによってオイルが攪拌されると、オイルに空気が混入することがある。その結果、潤滑部位に油膜切れを起こして、摩耗や焼き付きなどが生じる恐れがある。
【0004】
これらの問題を解消するため、クランク室からのオイルの排出性能を高めた潤滑構造が提案されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に係る潤滑構造では、クランクシャフトの回転方向に沿ってオイル排出口より下流側で、クランクケースの内面とクランクウエブの外周との間隔を狭くしている。これにより、オイル排出口を通過して回転方向の下流側に流れるオイルの量を制限し、クランク室からのオイルの排出性能を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−282826号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した潤滑構造では、回転方向の下流側においてクランクケースの内面とクランクウエブの外周との間隔が狭くなっているため、オイルの引きずり抵抗によりクランクシャフトの回転抵抗はかえって増大してしまう。このため、上述した潤滑構造を適用する場合、エンジンの出力を最大化することが難しい。
【0007】
上述した潤滑構造においてオイルの引きずり抵抗を低減しつつオイル排出性能を高めるために、径方向においてクランクケースの内面とクランクウエブの外周との間隔を広げることが考えられる。この場合、特に、回転方向上流側ではオイル排出経路を確保するため、径方向においてクランクケースの内面とクランクウエブの外周との間隔を十分に広くとることが必要になる。このように、クランクウエブの径方向においてオイル排出経路を確保しようとすれば、クランクウエブの径方向においてクランクケースを大幅に拡大しなくてはならないため、エンジンが大型化してしまうという問題が生じる。
【0008】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、クランクシャフトの回転抵抗を増大させることなく、また、クランクケースをクランクウエブの径方向に拡大することなく、クランク室からのオイルの排出性能を高めることが可能な単気筒エンジンの潤滑構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の単気筒エンジンの潤滑構造は、回転軸に対して垂直な側面を備えたクランクウエブを有するクランクシャフトと、前記クランクシャフトを収容するクランク室及び前記クランク室の下方においてオイル排出口を通じて前記クランク室と連通するオイル溜まり室が設けられたクランクケースと、を備え、前記クランク室において前記クランクウエブの側面と対向する前記クランクケースの側壁に、前記クランクウエブから飛散するオイルを前記オイル溜まり室に排出させるオイル排出溝が設けられていることを特徴とする。
【0010】
この構成によれば、クランクウエブの側面と対向するクランクケースの側壁にオイル排出溝が設けられているため、クランクウエブから飛散するオイルを効率よくクランク室から排出してクランクシャフトとクランク室との間に溜まるオイルの量を十分に低減できるようになる。また、この構成では、クランクケースの内面とクランクウエブの外周面との間隔を狭くする必要がないため、これによって生じるクランクシャフトの回転抵抗の増大を防止できる。さらに、この構成では、クランクウエブの側面と対向するクランクケースの側壁にオイル排出溝を設けているため、クランクケースとクランクウエブとの間隔を広げる必要がなく、クランクウエブの径方向においてクランクケースを拡大しなくても済む。このように、本発明に係る単気筒エンジンの潤滑構造は、クランクシャフトの回転抵抗を増大させることなく、また、クランクケースをクランクウエブの径方向に拡大することなく、クランク室からのオイルの排出性能を高めることができる。
【0011】
本発明の単気筒エンジンの潤滑構造において、前記クランクウエブの形状は円盤状であり、前記オイル排出溝は、前記クランクウエブの外周部と対応する領域において、前記クランクシャフトの回転軸を中心とする円孤状に設けられていることが好ましい。この構成によれば、オイル排出溝がクランクウエブの外周部と対応する領域に設けられているため、クランクシャフトの回転によってクランクウエブの外周部から飛散するオイルを、オイル排出溝を通じて効率よく排出することができる。
【0012】
本発明の単気筒エンジンの潤滑構造において、前記オイル排出溝は、前記クランクケースの側壁の端部まで設けられていることが好ましい。この構成によれば、オイル排出溝がクランクケースの側壁の端部まで設けられているため、オイル排出溝の容積が大きくなり、多量のオイルを効率よく排出することができる。
【0013】
本発明の単気筒エンジンの潤滑構造において、前記オイル排出溝は、前記オイル溜まり室に向かうにつれて車幅方向に深くなるように設けられていることが好ましい。この構成によれば、オイルが溜まりやすいオイル溜まり室側においてオイル排出溝が深く形成されているため、オイルを効率よく排出することができる。
【0014】
本発明の単気筒エンジンの潤滑構造において、前記オイル排出溝は、前記クランクシャフトの回転軸より下方に設けられていることが好ましい。この構成によれば、オイル排出溝がクランクシャフトの回転軸より下方に設けられているため、オイル排出溝からクランクシャフトへのオイルの再付着を防ぎ、オイルの排出性能を高めることができる。
【0015】
本発明の単気筒エンジンの潤滑構造において、前記オイル排出溝は、前記クランクシャフトの回転方向に沿って前記オイル排出口より上流側に設けられていることが好ましい。この構成によれば、オイル排出溝がオイル排出口より上流側に設けられており、上流側から流れるオイルがオイル排出溝を通じてオイル排出口から排出されるため、オイルの排出性能を高めることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、クランクシャフトの回転抵抗を増大させることなく、また、クランクケースをクランクウエブの径方向に拡大することなく、クランク室からのオイルの排出性能を高めることが可能な単気筒エンジンの潤滑構造を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施の形態に係る自動二輪車の外観を示す左側面図である。
【図2】本実施の形態に係るエンジンユニットの外観を示す左側面図である。
【図3】本実施の形態に係るエンジンユニットを図5のII−II線で切断した断面図である。
【図4】本実施の形態に係るエンジンユニットの分解斜視図である。
【図5】クランク室にクランクシャフトを格納した状態のエンジンユニットを図2のI−I線で切断した断面模式図である。
【図6】クランクケースを図5のIII−III線で切断した断面図である。
【図7】クランクシャフトを取り外した状態の左クランクケースを拡大して示す右側面図である。
【図8】左クランクケースの右側面を斜め後方から見た斜視図である。
【図9】オイル排出溝の構成を示す模式図である。図9Aは図7のAA矢視断面を示し、図9Bは図7のBB矢視断面を示し、図9Cは図7のCC矢視断面を示し、図9Dは図7のDD矢視断面を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について添付図面を参照して詳細に説明する。なお、以下において、本発明に係る単気筒エンジン(以下、単にエンジンという)の潤滑構造をオフロードタイプの自動二輪車のエンジンに適用した例について説明するが、適用対象はこれに限定されることなく変更可能である。例えば、本発明に係る単気筒エンジンの潤滑構造を、他のタイプの自動二輪車、四輪車、船舶等のエンジンに適用しても良い。
【0019】
本実施の形態に係る自動二輪車全体の構成について説明する。図1は、本実施の形態に係る自動二輪車の左側面図である。なお、図面においては、車体前方を矢印FR、車体後方を矢印RRでそれぞれ示す。
【0020】
図1に示されるように、自動二輪車1は、自動二輪車1の各構成を搭載する鋼製又はアルミ合金製の車体フレーム2を備えている。車体フレーム2のメインフレーム21は、車体フレーム2の前端に位置するヘッドパイプ22から後方に向けて左右に分岐し、車体後方に向かって斜め下方に傾斜して延在している。また、ヘッドパイプ22から略下方に延びるダウンチューブ23は、車体下部においてロアフレーム24として左右に分岐している。左右のロアフレーム24はさらに下方に延びた後、車体後方に向かって曲げられており、その後端が左右のボディフレーム25を介してメインフレーム21の左右後端と連結されている。
【0021】
車体フレーム2の前端には、ヘッドパイプ22に設けられたステアリングシャフト(不図示)を介してフロントフォーク31が回転可能に支持されている。ステアリングシャフトの上端にはハンドルバー32が結合されており、ハンドルバー32の両端にはグリップ33が装着されている。ハンドルバー32の左前方にはクラッチレバー34が配置されており、ハンドルバー32の右前方には前輪3用のブレーキレバー(不図示)が配置されている。フロントフォーク31の下部には、前輪3が回転可能に支持されている。前輪3には、前輪用のブレーキを構成するブレーキディスク35が設けられている。
【0022】
車体フレーム2のボディフレーム25には、スイングアーム41が上下方向に揺動可能に連結されており、車体フレーム2とスイングアーム41との間にはサスペンション42が取り付けられている。スイングアーム41の後部には、後輪4が回転可能に支持されている。後輪4の左側には、リヤスプロケット(ドリブンスプロケット)43が設けられており、チェーン44によってエンジンの動力が後輪4に伝達されるよう構成されている。後輪4の右側には、後輪用のブレーキを構成するブレーキディスク(不図示)が設けられている。
【0023】
車体フレーム2のメインフレーム21、ダウンチューブ23、ロアフレーム24、及びボディフレーム25により略囲まれる空間の下方寄りの位置には、駆動源となる水冷式のエンジンユニット10が搭載されている。エンジンユニット10の前方には放熱器であるラジエータ5が配置されており、エンジンユニット10の後方には空気中の粉塵を分離して捕集するフィルタを備えたエアクリーナボックス6が配置されている。また、エンジンユニット10の上方には燃料が格納される燃料タンク7が配置されており、燃料タンク7の後方には座部となるシート8が配置されている。シート8の下方にはフットレスト81が設けられている。車体左側のフットレスト81の前方にはシフトペダル82が設けられており、車体右側のフットレスト81の前方には後輪4用のブレーキペダル(不図示)が設けられている。
【0024】
エンジンユニット10は、クランクシャフトの回転軸を車幅方向に対して平行に配置した横置きクランク式の4ストローク(4サイクル)単気筒エンジンとトランスミッション(変速機)とからなる。エンジンユニット10には、エアクリーナボックス6、インテークパイプ等を通じて空気が取り込まれ、燃料噴射装置にて空気と燃料とが混合されて燃焼室に供給される。燃焼後の燃焼ガスは、エンジンユニット10の右側面において後方に延出されたエキゾーストパイプ(不図示)を経てマフラ101から排気ガスとして排出される。
【0025】
次に、本実施の形態に係る潤滑構造を備えたエンジンユニット10の概略について説明する。図2は、本実施の形態に係るエンジンユニット10の全体構成を示す側面図である。図3は、本実施の形態に係るエンジンユニット10の部分断面図である。図3においては、図5のII−II矢視断面を示している。図4は、本実施の形態に係るエンジンユニット10の分解斜視図である。なお、図3及び図4では構成の一部を省略して示している。
【0026】
図2に示すように、エンジンユニット10は、クランクケース110上に略筒状に構成されたシリンダ120が配置され、シリンダ120にはシリンダヘッド130及びヘッドカバー140が取り付けられている。クランクケース110の左側面にはマグネトカバー150が取り付けられている。また、図4に示すように、クランクケース110の右側面にはクラッチカバー160が取り付けられている。クランクケース110は、車幅方向に垂直な平面において左右に分割される右クランクケース110Rと左クランクケース110Lとで構成されている。右クランクケース110Rと左クランクケース110Lとの間にクランク室111が形成される。
【0027】
図3に示すように、クランクケース110内のクランク室111には、回転軸が車幅方向に対して平行に配置されるようにクランクシャフト112が収容されている。クランクシャフト112は、回転軸に対して略垂直な側面を有する略円盤状のクランクウエブ112a、112bと、クランクウエブ112a及び112bを連結するクランクピン112cとを含んで構成されている(図4参照)。シリンダ120の内側の筒状空間には、ピストン121がシリンダ軸線方向(上下方向)に往復可能に収容されている。ピストン121とクランクシャフト112とは、ピストン121の往復運動がクランクシャフト112の回転運動に変換されるようにコネクティングロッド(コンロッド)122を介して接続されている。ピストン121はピストンピン121aを介してコネクティングロッド122の小端部と連結されており、クランクシャフト112はクランクピン112cを介してコネクティングロッド122の大端部と連結されている。
【0028】
シリンダヘッド130内には、シリンダ120の内壁面、シリンダヘッド130の下面及びピストン121の上面によって囲まれる燃焼室123に空気を送り込む吸気ポート131と、燃焼室123外に燃焼ガスを排出する排気ポート132とが形成されている。また、シリンダヘッド130には、吸気ポート131を開閉する吸気バルブ133と、排気ポート132を開閉する排気バルブ134とが設けられている。シリンダヘッド130の下面には点火プラグ(不図示)が突出するように配置されており、燃焼室123内の混合気を電気放電により着火可能になっている。
【0029】
エンジンユニット10の吸排気機構の形式は、吸気側と排気側とで独立した2本のカムシャフトを有するDOHC(Double Overhead Camshaft)である。2本のカムシャフトは、それぞれ対応する吸気バルブ133又は排気バルブ134の開閉タイミングに応じた形状のカムを備えており、カムシャフトの回転軸がシリンダヘッド130の上部において車幅方向に対して平行になるように配置されている。カムシャフトの一端側は、スプロケット、カムチェーン等の動力伝達機構を介してクランクシャフト112に連結されている。これにより、クランクシャフト112の回転力がカムシャフトに伝達され、クランクシャフト112の回転に対応するよう吸気バルブ133及び排気バルブ134が開閉する。
【0030】
上述のような4ストロークで動作するエンジンユニット10において、ピストン121が下降する際に吸気バルブ133が開き、インテークパイプ170及び吸気ポート131を通じて混合気が燃焼室123に送り込まれる(吸気行程)。その後、吸気バルブ133が閉じ、ピストン121が上昇して混合気を圧縮する(圧縮行程)。ピストン121が上死点に到達すると、点火プラグによって点火されて圧縮された混合気が燃焼する(燃焼行程)。混合気の燃焼によって燃焼室123内の圧力が増大するとピストン121が下降する。ピストン121の下降運動は、コネクティングロッド122を介してクランクシャフト112に伝達され、クランクシャフト112が回転する。その後、ピストン121が下死点まで下降して慣性によって再度上昇に転じる際に、排気バルブ134が開いて排気ポート132から燃焼ガスが排出される(排気行程)。シリンダヘッド130が備える吸気バルブ133及び排気バルブ134を含む動弁装置は、このような動作を可能にしている。
【0031】
上述したピストン121やクランクシャフト112などの可動部品、及び可動部品と接触するシリンダ120などの部品の表面は、摩耗、焼き付きを防ぐためにエンジンオイルで潤滑されている。ピストン121、クランクシャフト112、シリンダ120などを潤滑したエンジンオイルは重力によって落下し、クランク室111の底部に集まるようになっている。図3及び図4に示すように、クランク室111の底部には、落下したエンジンオイルを滞留するオイル溜まり室113が設けられている。オイル溜まり室113は、オイル排出口114を介してクランク室111と連通している。
【0032】
図5は、クランク室111にクランクシャフト112を格納した状態のエンジンユニット10の断面を示す模式図である。図5においては、図2のI−I矢視断面を示している。図5は、クランクシャフト112の回転軸を通過する位置での縦方向の断面を示している。クランクウエブ112a、112bは、回転軸に対して垂直な方向に広がる円盤形状(円柱形状)に構成されており、回転軸方向の側面(例えば、左側面LS1、右側面RS1)、及び径方向外側の外周面OS1、OS2を有している。
【0033】
クランクウエブ112aの左側面LS1、及びクランクウエブ112bの右側面RS1は、それぞれクランク室111を区画するクランクケース110の壁面と対向している。具体的には、クランクウエブ112aの左側面LS1(車幅方向外側の側面)は、左クランクケース110Lにおいて車幅方向に垂直に延在する左側壁LW1の右側面(車幅方向内側の側面)と対向している。また、クランクウエブ112bの右側面RS1(車幅方向外側の側面)は、右クランクケース110Rにおいて車幅方向に垂直に延在する右側壁RW1の左側面(車幅方向内側の側面)と対向している。
【0034】
ピストン121、クランクシャフト112、シリンダ120などを潤滑したエンジンオイルは、クランクケース110とクランクシャフト112との隙間を通じてオイル溜まり室113に流れ込む。オイル溜まり室113にエンジンオイルが流れ込む過程においてエンジンオイルがクランクシャフト112とクランクケース110との間に溜まると、クランクシャフト112の回転抵抗が増大してしまう。また、クランクシャフト112とクランクケース110との間に溜まるエンジンオイルが高速に回転するクランクシャフトによって攪拌されると、オイルに空気が混入することがある。その結果、潤滑部位に油膜切れを起こして、摩耗や焼き付きなどが生じる恐れがある。
【0035】
そこで、本実施の形態に係る潤滑構造では、エンジンオイルをクランク室111から速やかに排出してクランクシャフト112に多量のエンジンオイルが付着しないように、クランク室111を区画するクランクケース110の側壁にオイル排出用の溝を設ける。以下、本実施の形態に係る単気筒エンジンの潤滑構造についてより詳細に説明する。
【0036】
図6は、クランク室111にクランクシャフト112を格納した状態のクランクケース110の断面図である。図6においては、図5のIII−III矢視断面を示している。図7は、クランクシャフト112を取り外した状態の左クランクケース110Lを拡大して示す右側面図である。図8は、図7に示す左クランクケース110Lの右側面を斜め後方から見た斜視図である。図6から図8に示すように、左クランクケース110Lは、車幅方向に対して略垂直な方向及び車体の前後方向に延在する左側壁LW1と、左側壁LW1の前端部において車体の上下方向及び車幅方向に延在する左前側壁LW2と、左側壁LW1の後端部において車体の上下方向及び車幅方向に延在する左後側壁LW3とを含んで構成されている。クランク室111は、これら左側壁LW1、左前側壁LW2、左後側壁LW3によって区画されている。
【0037】
左クランクケース110Lの左側壁LW1には、クランクシャフト112の回転軸が挿通される略円形の開口H1が設けられている。左側壁LW1において、開口H1の径方向外側の領域は略平坦になっており、当該領域の側面が、クランクウエブ112aの左側面LS1と対向するようになっている。左側壁LW1において、開口H1の径方向外側かつ左前側壁LW2より内側(クランク室111側)の位置には、車幅方向に所定の深さを有するオイル排出溝D1がクランクシャフト112の回転軸を中心とする略円孤状に設けられている。オイル排出溝D1はオイル排出口114を介してオイル溜まり室113に連なっており、クランクウエブ112aなどから飛沫となって飛ばされる(飛散する)エンジンオイルをオイル溜まり室113に向けて排出することができるようになっている。左クランクケース110Lの左側壁LW1がオイル排出溝D1を備えることで、クランクウエブ112aから飛散するエンジンオイルを効率良くクランク室111から排出できる。
【0038】
オイル排出溝D1は、図6に示す側面視において、クランクウエブ112aの外周面OS1を含む外周部と重なるように設けられている。クランクウエブ112aに付着したエンジンオイルは、クランクシャフト112の遠心力を受けてクランクウエブ112aの外側に移動し、クランクウエブ112aの外周部から飛散する。このため、オイル排出溝D1をクランクウエブ112aの外周部と対応する位置に設けることで、クランクウエブ112aの外周部から飛散するエンジンオイルを効率よく収集してオイル溜まり室113に排出できるようになる。なお、本実施の形態において、オイル排出溝D1の側面視における形状を、クランクシャフト112の回転軸を中心とする略円孤状にしているが、直線状にしても良い。
【0039】
オイル排出溝D1は、クランクウエブ112aの外周部と対応する位置から左側壁LW1の端部に至るまでの領域に形成されている。より具体的には、図6に示す側面視において、オイル排出溝D1は、その外側の縁が左前側壁LW2の内側の側面を含む円筒状の曲面内に位置するように、クランクシャフト112の径方向に幅広な態様で形成されている。このように、オイル排出溝D1を左側壁LW1の端部まで形成することで、オイル排出溝D1が幅広になってその容積が大きくなり、多量のエンジンオイルを効率良く排出することができる。
【0040】
また、オイル排出溝D1は、クランクシャフト112の回転軸より下方に設けられている。言い換えれば、オイル排出溝D1は、クランクシャフト112の回転軸が挿通される略円形の開口H1の中心より下方に設けられている。オイル排出溝D1をクランクシャフト112の回転軸より上方に設ける場合、オイル排出溝D1を流れるエンジンオイルがオイル排出溝D1から流れ出て、エンジンオイルの排出性能が低下することがある。また、オイル排出溝D1から流れ出た多量のエンジンオイルがクランクシャフト112に再付着すると、クランクシャフト112の回転抵抗の増大、エンジンオイルへの空気の混入などの問題が再発する恐れがある。これに対し、本実施の形態のように、オイル排出溝D1をクランクシャフト112の回転軸より下方に設けることで、オイル排出溝D1からエンジンオイルが流れ出ることを防止してエンジンオイルの排出性能を高め、上述した問題の再発を抑制できる。
【0041】
さらに、オイル排出溝D1は、クランクシャフト112の回転方向に沿ってオイル排出口114より上流側に設けられている。図6に示す断面視において、クランクシャフト112の回転方向は時計回りの方向(回転方向R)である。ここで、時計回り(反時計回り)とは、車体の右側から見た場合(図6、図7、図8等参照)の回転方向をいうものとする。この場合、オイル排出溝D1は、オイル排出口114より前方に位置することになる。エンジンオイルは、主に、クランクシャフト112の回転方向Rに沿ってオイル排出口114より上流側からオイル排出口114に向かって流れ込む。このため、オイル排出溝D1をオイル排出口114より上流側に設けることで、エンジンオイルの排出性能を高めることができる。なお、クランクシャフトの回転方向が反時計回りの場合には、オイル排出溝D1は、オイル排出口114より後方に設けることになる。
【0042】
図9は、左クランクケース110Lにおいて形成されるオイル排出溝D1の構成を示す模式図である。図9Aは図7のAA矢視断面を示し、図9Bは図7のBB矢視断面を示し、図9Cは図7のCC矢視断面を示し、図9Dは図7のDD矢視断面を示す。
【0043】
図9A〜図9Dに示すように、オイル排出溝D1は、その上方において車幅方向に浅く、下方において徐々に深くなるように設けられている。すなわち、オイル排出溝D1は、オイル溜まり室113に向かうにつれて車幅方向に深くなるように構成されており、オイル排出溝D1において、車幅方向の壁面WD1は鉛直方向V1から所定の角度で傾斜している。このように、下方において徐々に深くなるようなオイル排出溝D1を設けることで、クランクシャフト112の遠心力とピストン121の下降時の圧力波との影響で壁面に沿って流れるオイルを、クランクウエブ112a、112bから離れるようにガイドすることができる。これにより、クランクウエブ112a、112bによるエンジンオイルの攪拌を抑制して、エンジンオイルの排出効率を高めることができる。
【0044】
同様のオイル排出溝は、右クランクケース110Rにも設けられている。すなわち、クランクウエブ112bの右側面RS1と対向する右クランクケース110Rの右側壁RW1にもオイル排出溝が設けられている。詳細は、左クランクケース110Lに設けられるオイル排出溝D1と同様である。
【0045】
このように構成された単気筒エンジンの潤滑構造において、クランクシャフト112に付着したエンジンオイルは、クランクシャフト112の回転による遠心力を受けてクランクウエブ112a及び112bの径方向外側に移動する。そして、クランクウエブ112a及び112bの外周面OS1及びOS2を含む外周部から、クランクシャフト112の径方向外側に向かって飛沫となって飛び、一部がクランクケース110の左側壁LW1及び右側壁RW1に向かって飛散する。飛散したエンジンオイルは、左側壁LW1に設けられたオイル排出溝D1及び右側壁RW1に設けられたオイル排出溝(不図示)を流れ、オイル排出口114を通じてオイル溜まり室113に流れ込む。このように、上記実施の形態に係る単気筒エンジンの潤滑構造では、エンジンオイルの多くがオイル排出溝D1を通じてオイル溜まり室113に流れるように構成されているため、エンジンオイルの排出性能を高め、クランクシャフト112と接触するエンジンオイルの量を十分に低減することができる。
【0046】
また、上記実施の形態に係る単気筒エンジンの潤滑構造では、オイル排出溝D1をクランクウエブ112a、112bの側面側に配置している。オイル排出溝D1をクランクケース110の側壁に設けると、オイル排出溝D1がオイルの主な排出経路として機能する。この場合、径方向におけるクランクウエブ112a、112bとクランクケース110との隙間は、オイルの引きずり抵抗が大きくなり過ぎない範囲において十分に小さくできる。つまり、クランクウエブの径方向におけるクランクケースのサイズを十分に小さくできる。
【0047】
一方、クランクウエブとクランクケースとの径方向における隙間をオイルの主な排出経路とする場合、オイル排出性能を十分に高めるためには、クランクウエブとクランクケースとの隙間を大きくしなくてはならない。特に、回転方向上流側では、排出経路を確保するため、径方向においてクランクケースの内面とクランクウエブの外周との間隔を十分に広くとることが必要になる。その結果、クランクケースがクランクウエブの径方向に拡大してエンジンが大型化してしまう。本実施の形態に係る潤滑構造では、オイル排出溝D1をクランクウエブ112a、112bの側面側に配置しているため、このような問題を解消できる。
【0048】
以上のように、本発明に係る単気筒エンジンの潤滑構造によれば、クランクウエブの側面と対向するクランクケースの側壁にオイル排出溝が設けられているため、クランクウエブから飛散するオイルを効率よくクランク室から排出してクランクシャフトに接触するオイルの量を十分に低減できるようになる。また、この潤滑構造では、クランクケースの内面とクランクウエブの外周面との間隔を狭くする必要がないため、これによって生じるクランクシャフトの回転抵抗の増大を防止できる。さらに、この構成では、クランクウエブの側面と対向するクランクケースの側壁にオイル排出溝を設けているため、クランクケースとクランクウエブとの間隔を広げる必要がなく、クランクウエブの径方向においてクランクケースを拡大しなくても済む。このように、本発明に係る単気筒エンジンの潤滑構造は、クランクシャフトの回転抵抗を増大させることなく、また、クランクケースをクランクウエブの径方向に拡大することなく、クランク室からのオイルの排出性能を高めることができる。
【0049】
なお、本発明は、各クランクウエブに対応するようにオイル排出溝を設けることができるという点で、単気筒エンジンにおいて特に有効であるが、適用対象は他気筒エンジンでも良い。この場合も、クランクケースの側壁にオイル排出溝を設けることで、クランクシャフトの回転抵抗を増大させることなくクランク室からのオイルの排出性能を高めることができる。
【0050】
なお、本発明は上記実施の形態の記載に限定されず、本発明の範囲を逸脱しないで適宜変更して実施することができる。例えば、上記実施の形態において、オイル排出溝はクランクケースの左右両方の側壁に設けているが、クランクケースにおいて左右一方の側壁にのみ設けても良い。また、上記実施の形態において、クランクウエブは略円盤状であるが、他の形状のクランクウエブを用いても良い。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明に係る単気筒エンジンの潤滑構造は、例えば、自動二輪車のエンジンに有用である。
【符号の説明】
【0052】
1 自動二輪車
2 車体フレーム
3 前輪
4 後輪
5 ラジエータ
6 エアクリーナボックス
7 燃料タンク
8 シート
10 エンジンユニット
110 クランクケース
110R 右クランクケース
110L 左クランクケース
111 クランク室
112 クランクシャフト
113 オイル溜まり室
114 オイル排出口
120 シリンダ
121 ピストン
121a ピストンピン
122 コネクティングロッド(コンロッド)
123 燃焼室
130 シリンダヘッド
131 吸気ポート
132 排気ポート
133 吸気バルブ
134 排気バルブ
140 ヘッドカバー
150 マグネトカバー
160 クラッチカバー
LW1 左側壁
LW2 左前側壁
LW3 左後側壁
RW1 右側壁
D1 オイル排出溝
H1 開口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸に対して垂直な側面を備えたクランクウエブを有するクランクシャフトと、前記クランクシャフトを収容するクランク室及び前記クランク室の下方においてオイル排出口を通じて前記クランク室と連通するオイル溜まり室が設けられたクランクケースと、を備え、
前記クランク室において前記クランクウエブの側面と対向する前記クランクケースの側壁に、前記クランクウエブから飛散するオイルを前記オイル溜まり室に排出させるオイル排出溝が設けられていることを特徴とする単気筒エンジンの潤滑構造。
【請求項2】
前記クランクウエブの形状は円盤状であり、
前記オイル排出溝は、前記クランクウエブの外周部と対応する領域において、前記クランクシャフトの回転軸を中心とする円孤状に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の単気筒エンジンの潤滑構造。
【請求項3】
前記オイル排出溝は、前記クランクケースの側壁の端部まで設けられていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の単気筒エンジンの潤滑構造。
【請求項4】
前記オイル排出溝は、前記オイル溜まり室に向かうにつれて車幅方向に深くなるように設けられていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の単気筒エンジンの潤滑構造。
【請求項5】
前記オイル排出溝は、前記クランクシャフトの回転軸より下方に設けられていることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の単気筒エンジンの潤滑構造。
【請求項6】
前記オイル排出溝は、前記クランクシャフトの回転方向の前記オイル排出口より上流側に設けられていることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれかに記載の単気筒エンジンの潤滑構造。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−96292(P2013−96292A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−239210(P2011−239210)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】