説明

厚味付与機能を有する新規ペプチド、並びにこれらを使用する食品の厚味付与方法

【課題】本発明は、厚味付与機能を有する新規ペプチドを提供することを課題とする。また本発明は、該ペプチドを添加することで風味を損なうことなく、効果的に厚味の付与された食品を提供することを課題とする。
【解決手段】下記配列式で表される配列のいずれか1つまたは2つ以上からなるペプチドが厚味付与機能を有することを見出した。
配列式(I)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg
配列式(II)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg−Thr
配列式(III)Phe−Lys−Tyr
配列式(IV)Val−Leu−Gly−Tyr
配列式(V)Leu−Gly−Gln−Trp
配列式(VI)Ala−Ile−Gly−Glu−Trp
配列式(VII)Ile−Thr−Trp−Glu
配列式(VIII)Val−Trp−Glu−Tyr
配列式(IX)Phe−Asp−Trp
配列式(X)Phe−Glu−Trp

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、呈味寄与作用、特に厚味付与効果を有するペプチドに関し、さらに詳しくは、そのようなペプチドそのもの、該ペプチドを用いた食品の厚味付与方法、該ペプチドを含有する酵母エキスを用いた食品の厚味付与方法、並びに、このような厚味付与方法によって厚味の付与された食品に関する。
【背景技術】
【0002】
厚味とは味質を問わない時間的味覚概念であり、味覚の時間−強度曲線においてグルタミン酸ナトリウムの旨味や塩の塩味の様に、試飲後すぐに感じる呈味を先味と定義し、イノシン酸ナトリウムの様に時間的に後に感じる味を後味と定義し、時間的にその中ほどに感じる呈味を中味と定義し、発明者らは中味=厚味と再定義している。例えば酸味での例として、クエン酸による先味、酢酸による中味、乳酸による後味が挙げられる。
【0003】
この厚味を食品が有することで、味のバランスが向上し、価値が高まることにつながる。例えば、グルタミン酸ナトリウムや核酸系調味料によって調味された先・後味が強い食品は、中味、すなわち厚味が付与されることで呈味強度の時間的なバランスが向上し、より好ましい食品となる。この場合、厚味付与物質としてより好ましくは、元来の食品の風味を損なうことがないことである。
【0004】
従来、厚味を付与する調味料としては、例えば酵母エキス(イーストエキス21TF 日本たばこ産業(株))がある。これは少量の添加により食品の風味を損なうことなく、厚味を付与することができる。しかし、その厚味付与物質の特定には至っていなかった。厚味を付与する物質を特定できれば、厚味の付与をより効果的、的確に行うことができ、該食品の価値を更に高めることができる。その他に厚味付与物質としては、例えば前記の酢酸があるが、自身が酸味を有することから、その添加による食品の厚味付与方法では、酸味により食品の元来有する呈味を損なう可能性が大きい。
【0005】
この様に、食品の風味を損なうことなく、厚味を付与できる手段として、前記の酵母エキスによる方法以外は報告されておらず、またその物質の特定の報告もなされていない。
【0006】
一方、従来、食品の風味を損なうことなく、食品の風味を改善・質の向上に寄与する物質・手段として、種々呈味寄与効果を有するペプチドによる方法が発明されてきた。例えば乳蛋白質からの風味改善作用を有するペプチド(特許文献1)、節抽出残渣からの呈味向上作用を有する新規ペプチド(特許文献2)、ペプチドを有効成分とするコク味増強剤(特許文献3)、コク味付与機能を有する新規糖ペプチド及びペプチド(特許文献4)等の方法が知られている。
【0007】
【特許文献1】特開2006−160649
【特許文献2】特開2002−255994
【特許文献3】WO2004/107880
【特許文献4】WO2004/096836
【非特許文献1】J. Appl. Glycosci., 47: p. 177−185, 2000年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の先行技術に記載のペプチドによる呈味寄与作用に係る方法では、厚味を付与することはできない。本発明は、厚味付与機能を有する新規ペプチドを提供することを課題とする。また本発明は、該ペプチドを添加することで風味を損なうことなく、効果的に厚味の付与された食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、本発明は以下の通りである。
(1)酵母から生成でき、厚味付与機能を有するペプチド。
(2)下記配列式(I)(II)(III)(IV)(V)(VI)(VII)(VIII)(IX)(X)で表される配列のいずれか1つまたは2つ以上からなる厚味付与機能を有するペプチド。
配列式(I)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg
配列式(II)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg−Thr
配列式(III)Phe−Lys−Tyr
配列式(IV)Val−Leu−Gly−Tyr
配列式(V)Leu−Gly−Gln−Trp
配列式(VI)Ala−Ile−Gly−Glu−Trp
配列式(VII)Ile−Thr−Trp−Glu
配列式(VIII)Val−Trp−Glu−Tyr
配列式(IX)Phe−Asp−Trp
配列式(X)Phe−Glu−Trp
(3)(2)記載の配列式中トリプトファン残基を含有することを特徴とする、下記配列式(a)(b)(c)(d)(e)(f)(g)(h)で表される配列から、いずれか1つまたは2つ以上を選択してなる(2)記載の厚味付与機能を有するペプチド。
配列式(a)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg
配列式(b)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg−Thr
配列式(c)Leu−Gly−Gln−Trp
配列式(d)Ala−Ile−Gly−Glu−Trp
配列式(e)Ile−Thr−Trp−Glu
配列式(f)Val−Trp−Glu−Tyr
配列式(g)Phe−Asp−Trp
配列式(h)Phe−Glu−Trp
(4)(2)又は(3)記載のペプチドを含有することを特徴とする酵母蛋白質分解物または酵母エキス。
(5)(2)又は(3)記載のペプチド又は(4)記載の酵母蛋白質分解物または酵母エキスを含有する調味料または食品。
(6)食用素材を酵素処理又は自己消化又は抽出し、生成することを特徴とする、(2)又は(3)記載のペプチドの製造方法。
(7)化学的合成法により合成することを特徴とする(2)又は(3)記載のペプチドの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のペプチドは、添加することにより食品の風味を損なうことなく厚味を付与することができる。また該ペプチドを含有する酵母エキスは、これを飲食物に添加することにより食品の風味を損なうことなく厚味を付与することができる。この様に食品の本来の風味を損なうこと無く、その厚味をより効果的、的確に増すことにより、該食品の価値を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、前述の目的を達成すべく鋭意研究の結果、食品に厚味を付与する作用に優れた新規ペプチドを発見するに至った。以下、これを詳述する。
【0012】
本発明では、厚味付与能を有する酵母エキスから、その機能を持った物質を単離することにした。ここで厚味とは、前述したように味質を問わない時間的味覚概念であり、味覚の時間−強度曲線においてグルタミン酸ナトリウムの旨味や塩の塩味の様に、試飲後すぐに感じる呈味を先味と定義し、イノシン酸ナトリウムの様に時間的に後に感じる味を後味と定義し、時間的にその中ほどに感じる呈味を中味と定義し、発明者らは中味=厚味と再定義している。
【0013】
本発明者は鋭意研究を重ねた結果、上記酵母エキスの厚味付与機能を有する物質は逆相カラムに吸着し、10%エタノールで溶出してくる画分に含まれることを見出した。そこで、本発明者は該画分を種々カラムクロマトグラフィーにより厚味付与機能を持った物質を分離精製、構造解析並びに官能評価に供した。その結果、厚味付与機能を持つ物質として下記配列式(I)〜(X)で示されるペプチドが単離された。
配列式(I)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg
配列式(II)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg−Thr
配列式(III)Phe−Lys−Tyr
配列式(IV)Val−Leu−Gly−Tyr
配列式(V)Leu−Gly−Gln−Trp
配列式(VI)Ala−Ile−Gly−Glu−Trp
配列式(VII)Ile−Thr−Trp−Glu
配列式(VIII)Val−Trp−Glu−Tyr
配列式(IX)Phe−Asp−Trp
配列式(X)Phe−Glu−Trp
【0014】
上記配列式(X)を内部配列として含むペプチドの報告はあるものの(非特許文献1)、呈味に関する検討はなされていない。また該ペプチドそれぞれの配列に完全一致するペプチドの報告はない。よって配列式(I)〜(X)で表される構造をもつことを特徴とするペプチドはいずれも新規ペプチドである。さらにこの10種ペプチドの合成品を入手し、食品へ添加した結果、その食品に厚味付与効果を発揮することを見出し、これらの知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0015】
本発明は上記配列式に示すペプチドに関し、これらペプチドを食品に添加した場合、食品に対して0.000035%の濃度でも本来の風味を損なうことなく厚味付与効果を有することを特徴とする。
【0016】
本発明のペプチドは、該アミノ酸配列を有する蛋白質を原料として、通常の酸や酵素によって加水分解して製造した分解物から、たとえば、合成吸着剤、イオン交換樹脂、疎水性クロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィーおよび逆相クロマトグラフィーでカラム分画する方法や、限外ろ過膜やゲルろ過等にて分子量分画する方法等により分離・濃縮する方法等によっても得ることができる。
【0017】
前記蛋白質としてはアミノ酸配列に配列式(I)〜(X)で示す配列を有していれば特別の制限はなく、任意の蛋白質及びそれを含む素材でよい。該配列式にて示される配列を有する蛋白質として、例えばグリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素(Glyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase)、Sin3p結合タンパク質(Protein that binds Sin3p in a two−hybrid assay)、グアニンヌクレオチド交換因子(Guanine nucleotide exchange factor(GEF or GDP−release factor)for Cdc42p)、リボソーム 60Sサブユニット構成タンパク質(Protein component of the large(60S)ribosomal subunit)、RNAポリメラーゼII サブユニット(RNA polymerase II largest subunit B220, part of central core)およびNADH ジホスファターゼ(NADH diphosphatase(pyrophosphatase))等が挙げらる。酵母はこれらを全て含む蛋白質素材として特に適しており、さらにアレルゲン表示が必要ない点で他蛋白質素材よりも適している。
【0018】
前記酵素としては、原料となる蛋白質またはこれを含む食品素材を該アミノ酸配列となる様に酵素分解できるものであれば、特に限定するものではない。市販の酵素製剤ほか、元来存在する酵素の利用が考えられる。これらを単独あるいは複数用いても良い。加水分解実施にあたっての条件は特に限定されない。
【0019】
上記の原料となる蛋白質を含む食品素材としては、代表的には酵母であるが、その他には魚介、豚、鶏、並びに牛等の動物性蛋白質、及び小麦並びに大豆等の植物性蛋白質等がある。
【0020】
また、これらの食品素材を自己消化あるいはこれらから通常の方法により抽出することによっても、本発明のアミノ酸配列を有するペプチドを製造することが出来るし、常套の化学的方法によっても製造することができる。
【0021】
酵素分解されたペプチドの回収は、種々クロマトグラフィー等の公知な分離精製方法を用いることにより達せられる。またその存在は、液体クロマトグラフ質量分析計等によって簡易的に知ることができる。すなわち、カラムクロマトグラフィーにおけるリテンションタイムの一致と、質量の一致である。
【0022】
また本発明のペプチドはペプチド合成機を用いた固相法あるいは液相法等の通常の化学的合成法によって、構成アミノ酸を原料として製造することができる。また、合成されたペプチドの精製は、公知の方法にて液体クロマトグラフィーでカラム分離する方法等によって行うことができる。
【0023】
本発明のペプチドによる厚味付与効果が得られる食品としては、例えば、乳製品としてクリーム類(生クリーム、植物性油脂を含有するホイップクリーム、クリームソース等を含む)、バター類(植物性油脂を含有するデイリースプレッド等を含む)、チーズ類(プロセスチーズ、チーズフード等を含む)、アイスクリーム類(ラクトアイス等を含む)、濃縮乳類(脱脂濃縮乳、全脂濃縮乳、加糖脱脂濃縮乳等を含む)、全粉乳、脱脂粉乳、クリームパウダー類、調製粉乳類、牛乳、発酵乳、乳酸菌飲料、乳飲料、その他、つゆ、たれ、ダシ、ソース、ドレッシング、味噌、醤油等の調味料、デザート、パン、ラーメン、カレー、シチュー、うどん、そば、ハンバーグ、ミートボール、パスタ、餃子、焼売、春巻き、叉焼、おでん等の加工食品、合成酒、ジュース等の飲料類等、多岐に渡るが、特にカツオ節エキスや野菜エキスに代表される和洋中のダシ類や野菜関連加工品において顕著な効果を得ることができる。
【0024】
本発明において調味料とは、例えば上記のダシを初め、ホタテエキス、カニエキス、かきエキス、魚醤等の魚介エキス、ビーフエキス、ポークエキス、チキンエキス等の畜肉エキス、コンブエキス、シイタケエキス、キャベツエキス、たまねぎエキス等の植物エキス、蛋白分解エキス、抽出エキス、みそ、醤油等が挙げられる。またその形状は粉末状または液状のいずれであってもよい。
【0025】
本発明のペプチドを厚味付与目的で食品に添加する際は、粉末、ペースト、溶液といった物性に制限はない。また当該ペプチドは喫食時、飲食物中に0.000035〜0.0035%(w/w)、好ましくは0.000175〜0.00175%(w/w)の範囲で添加されればよいため、食品並びに調味料への添加は、製造前後のいかなる段階においても添加してその効果を得ることが可能である。
【0026】
該ペプチド混合物の混合比に限定はないが、下記混合比によると好ましい結果を得ることができる。ただし好ましい結果を得るためにはこの比に限ることは無い。
【0027】
好ましい厚味付与効果を得るための該ぺプチドの相対混合比
配列式(I) 10
配列式(II) 17
配列式(III) 17
配列式(IV) 12
配列式(V) 21
配列式(VI) 6
配列式(VII) 5
配列式(VIII) 6
配列式(IX) 3
配列式(X) 2
【0028】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明の技術範囲はこれら実施例によって制限されるものではない。以下の実施例において、官能評価に際しては3点識別法もしくは1:2点識別法を用いた。結果はいずれも二項分布の片側検定を行った。パネリストは訓練された社員より選抜した。オミッションテストにおいては未同定呈味寄与物質の解析を目的とすることから、次の呈味物質を、化学分析結果をもとに相当量を補填した。すなわち、NaCl、イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウム、およびグルタミン酸ナトリウムである。なお、ヘルシンキ宣言に則り、被験者には事前に十分な説明の実施を行い、対する同意を確認した。
【0029】
[実施例1]
厚味付与ペプチドの単離精製および合成を実施例1に示す。
酵母エキスはイーストエキス21TF(日本たばこ産業(株))を使用した。この酵母エキスを固形分が10%相当になる様に加水した上で遠心分離を実施し、上清を回収後、0.45μmフィルトレーションにより分画前サンプル(以下21TF)とした。本サンプルをオクタデシルシリカ(ODS)樹脂にて充填されたカラムに通液した。素通りした液を回収し、続いて蒸留水を通水し画分を得た(以下水画分)。続いて5%エタノールを通液し溶出画分(以下5%画分)を得た。同様に10%エタノールを用いて溶出画分(以下10%画分)、30%エタノール、60%エタノールおよび100%エタノールにて溶出画分(以下100%画分)を得た。
【0030】
ここで得られた4つの画分について、酵母エキスの厚味を有する画分を見当つけるべく、未分画溶液を比較対照としてオミッションテストを実施した。結果を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
疎水画分(5%画分、10%画分及び15%画分)をすべてオミットしたテストでは有意差(p<0.05; 二項分布の片側検定による)を確認できた。識別者のコメントより、未分画溶液の方が厚味が強いとの差異が確認され、酵母エキスの厚味の形成に寄与する画分は、疎水画分のいずれかによると考えられた。
【0033】
そこで厚味の形成に寄与する画分の特定のため、疎水画分一つずつのオミッションテストを実施した結果、厚味の消失は10%画分のオミッションテストにおいて、9人中7人において明確な有意差(p<0.01; 二項分布の片側検定)として確認された。この結果より、10%画分が酵母エキスの厚味の形成に寄与していることが示唆された。
【0034】
酵母エキスの厚味の形成に寄与していることが示唆された10%画分に対し、種々カラムクロマトグラフィーを利用して同画分が含有するペプチドの単離・精製を試みた。
【0035】
検出は280nmの吸光度を測定することで行った。ゲルろ過カラムは『セファデックスG−50 Fine』(旧アマシャム バイオサイエンス社)にて充填されたカラムを用いた。逆相カラムは『Develosil RPAQUEOUS−AR−5』(野村化学(株))を用いた。弱陰イオン交換カラムは『TSK−GEL DEAE−5PW』(東ソー(株))を用いた。
【0036】
ゲルろ過カラムクロマトグラフィーで10%画分を粗分画し、続いて弱陰イオン交換クロマトグラフィーによるピーク分取を行った。ピーク分取した計7つのピークに対し、更に逆相カラムによるピーク分取を実施し、最終的にペプチドを含有する計10ピークを得た。逆相カラムによるピーク分取のクロマトグラムを図1に示す。
【0037】
これら計10ピークのN末端アミノ酸配列解析をエドマン分解法によって解析した結果、10種全てにおいてペプチド配列が決定された。また、これら10種ペプチドの相対存在比および21TF固形分に占める重量割合を、ゲルろ過、弱陰イオン交換,逆相HPLCのAbs(280nm)ピーク面積比をもとに推定した。これら10種ペプチドが21TFの固形分に占める重量割合は0.00035%となった。決定されたアミノ酸配列結果および推定された相対存在比を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
配列の決定した10種のペプチドの合成品を入手し、ピーク面積比をもとにした混合品による呈味寄与の検証を行った。分画由来の21TF に添加すると添加量が増すに従い厚味のみが増す傾向が確認され、該10種ペプチド混合物は厚味付与機能を有することが示された。該10種ペプチドの単離・精製に係るフロー図を図2に示す。
【0040】
[実施例2]
実施例1で示した本発明のペプチド混合物の、添加量による厚味付与効果への影響を調べるために以下の実験をした。
まず始めに、訓練されたパネラー9名にイーストエキス21TF(日本たばこ産業(株))を試飲させ、厚味の認識をさせた。
【0041】
次にイーストエキス21TFの固形分濃度を、0.01、 0.05、 0.1、 0.5、 1.0、 5.0、 10.0%になるように調製した溶液と、それぞれの濃度のイーストエキスに含有されると見積もられるグルタミン酸ナトリウム,イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウム、塩からなる対照液、及び対照液にピーク面積値をもとにした混合比を保った相当量の合成ペプチド混合物を添加したペプチド溶液を調製し、官能試験を行った。またペプチド溶液の比較試験として、対照液への酢酸添加試験を実施した。
官能試験はそれぞれの濃度におけるイーストエキスと厚味の強度が同じものを5点とし、大きく劣るものを1点とし、1〜5点のスコアを標記させ、平均点で表した。試験は前記の訓練されたパネル9人によって行った。結果を表3に示す。
【0042】
【表3】

【0043】
その結果、イーストエキス濃度が0.1%から10%の間において、相当量の合成ペプチドによる厚味の付与がなされていることがわかった。この濃度における合成ペプチド混合物の濃度は、0.000035から0.0035%(w/w)となる。また、イーストエキス濃度が10%を上回ると、評価液中の塩味が強くなり、厚味の評価が困難となることが示唆された。結果、該ペプチドの厚味付与効果を示す添加量として0.000035〜0.0035(w/w)、好ましくは0.000175〜0.00175%(w/w)の範囲と決定した。ただし、この範囲は21TFを模した対照液におけるものであり、この限りではない。
【0044】
また比較試験での酢酸の添加による厚味付与効果は一部認められるものの、添加量が増すに従い酸味が強くなり、厚味付与目的で添加する場合には食品元来の風味を損なう可能性が示唆された。
【0045】
[実施例3]
実施例2で示した、好ましい呈味効果を得る為の該ペプチドの添加量の範囲において、該10種ペプチドの混合比を検討した。ここではイーストエキス21TFの1.0%液を基準とし、その時のペプチド溶液のペプチド総量は実施例2と同一とした上で、その混合比のみを変更した検討を行った。混合比の変更は該10種ペプチドそれぞれについて、実施例2における比を基準とした3通りを調製し、官能試験1〜10を実施した。官能試験それぞれは実施例2における比での厚味の強度における点数を3点とし、大きく勝るものを5点、大きく劣るものを1点とし、1〜5点のスコアを標記させ、平均点で表した。試験は前記の訓練されたパネル9人によって行った。結果を表4〜13に示す。
【0046】
表4は、配列式(I)の混合比を変更したもの、表5は配列式(II)の混合比を変更したもの、表6は配列式(III)の混合比を変更したもの、表7は配列式(IV)の混合比を変更したもの、表8は配列式(V)の混合比を変更したもの、表9は配列式(VI)の混合比を変更したもの、表10は配列式(VII)の混合比を変更したもの、表11は配列式(VIII)の混合比を変更したもの、表12は配列式(IX)の混合比を変更したもの、表13は配列式(X)の混合比を変更したものである。
【0047】
【表4】

【0048】
【表5】

【0049】
【表6】

【0050】
【表7】

【0051】
【表8】

【0052】
【表9】

【0053】
【表10】

【0054】
【表11】

【0055】
【表12】

【0056】
【表13】

【0057】
その結果、いずれも前記好ましい相対混合比において、厚味の付与は最大もしくはその一部は極大を示した。すなわち、混合比が表の中央部のものが最も厚味の評価(表最下段)が高かった。よって、該ペプチド混合物による厚味付与の効果をより効果的に引き出す混合比の好ましい例の一つとして、酵母エキスに元来含まれていた相対存在比が該当することが明らかとなった。ただしここで示す相対存在比の結果は本検討での範囲におけるものであり、この限りではない。
【0058】
[実施例4]
該ペプチドによる他エキスへの厚味付与効果を、カツオ、野菜、ポークおよびチキンエキスにおいても検討した。試験は訓練されたパネル8人によって行った。ここで添加するペプチドは実施例2に準拠し、固形分濃度0.5%のイーストエキス21TFに含有される量(0.000175%)および相対比を有するペプチド混合物を用いた。カツオエキス、ポークエキスおよびチキンエキスは次に示す自社製品を使用した。カツオエキス「水出しかつおだしP」、ポークエキス「ポークエキスHP」、チキンエキス「チキンエキスS」。また野菜エキスは井村屋製菓(株)製品「ヤサイブイヨンIM」を使用した。結果を表14に示す。
【0059】
【表14】

【0060】
コメントよりいずれにおいても厚味の付与が確認され、その効果の程はとりわけカツオエキス、野菜エキスへの添加系において有意差(p<0.05; 二項分布の片側検定)として確認された。またいずれにおいてもエキス本来の風味は該ペプチドの添加により損なわれることは無かった。
【0061】
[実施例5]
実施例2に準拠する形で対照液のかわりに新たに和風ダシを作成し、当該10種ペプチド混合物の添加による和風ダシへの厚味の付与効果を確認した。添加量は21TFの固形分1.0%溶液に含まれる量(0.00035%)となるように添加した。和風ダシの処方を表15に示す。
【0062】
【表15】

【0063】
また、その添加による官能評価結果を表16に示す。
【0064】
【表16】

【0065】
該ペプチド混合物による厚味付与効果は、実施例2で示したグルタミン酸ナトリウム,イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウム、塩からなる対照液への添加効果よりも優れ、該ペプチド混合物の和風ダシとの相性がよいことが確認された。また和風ダシの本来の風味は該ペプチドの添加により損なわれることは無かった。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】逆相HPLCによるクロマトグラムを示す図。
【図2】イーストエキス(21TF)の分画フローを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母から生成でき、厚味付与機能を有するペプチド。
【請求項2】
下記配列式(I)(II)(III)(IV)(V)(VI)(VII)(VIII)(IX)(X)で表される配列のいずれか1つまたは2つ以上からなる厚味付与機能を有するペプチド。
配列式(I)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg
配列式(II)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg−Thr
配列式(III)Phe−Lys−Tyr
配列式(IV)Val−Leu−Gly−Tyr
配列式(V)Leu−Gly−Gln−Trp
配列式(VI)Ala−Ile−Gly−Glu−Trp
配列式(VII)Ile−Thr−Trp−Glu
配列式(VIII)Val−Trp−Glu−Tyr
配列式(IX)Phe−Asp−Trp
配列式(X)Phe−Glu−Trp
【請求項3】
請求項2記載の配列式中トリプトファン残基を含有することを特徴とする、下記配列式(a)(b)(c)(d)(e)(f)(g)(h)で表される配列から、いずれか1つまたは2つ以上を選択してなる請求項2記載の厚味付与機能を有するペプチド。
配列式(a)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg
配列式(b)Asp−Trp−Arg−Gly−Gly−Arg−Thr
配列式(c)Leu−Gly−Gln−Trp
配列式(d)Ala−Ile−Gly−Glu−Trp
配列式(e)Ile−Thr−Trp−Glu
配列式(f)Val−Trp−Glu−Tyr
配列式(g)Phe−Asp−Trp
配列式(h)Phe−Glu−Trp
【請求項4】
請求項2又は3記載のペプチドを含有することを特徴とする酵母蛋白質分解物または酵母エキス。
【請求項5】
請求項2若しくは3記載のペプチド又は請求項4記載の酵母蛋白質分解物または酵母エキスを含有する調味料または食品。
【請求項6】
食用素材を酵素処理又は自己消化又は抽出することを特徴とする、請求項2または3記載のペプチドの製造方法。
【請求項7】
化学的合成法により合成することを特徴とする請求項2又は3記載のペプチドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−247777(P2008−247777A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−89440(P2007−89440)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(000004569)日本たばこ産業株式会社 (406)
【Fターム(参考)】