説明

原子間力顕微鏡を用いた微細加工方法

【課題】 原子間力顕微鏡を用いた微細加工装置において、探針を有するカンチレバーに横振動を与えつつも、高精度な加工を可能とする微細加工方法の提供を目的とする。
【解決手段】 横振動加工の適用の際、その設定振幅と実振幅とに生じる差異を補正するために、それらの関係における対応係数を予め求めておき、指定した加工領域1と実際に加工される領域3が一致するようにする。横振動周波数の増減による実振幅との関係についても、同様に対応係数を予め求めておき、指定した振動周波数による指定した加工領域1と実際に加工される領域3が一致するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は原子間力顕微鏡を用いた微細領域の機械的な加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機能の高度化・高集積化のためにナノメートルオーダーの微細加工技術が求められており、走査プローブ顕微鏡(SPM)を用いた局所陽極酸化や微細スクラッチ加工などの加工技術の研究開発が盛んに行われている。最近では微細な加工の可能性の追求だけでなく、実用的な加工機として精確な形状や高精度な加工も求められるようになりつつある。
【0003】
近年原子間力顕微鏡(AFM)をベースにした装置で実際に精確な形状や高精度な加工が求められている例として、フォトマスクのパターン余剰欠陥の修正がある(非特許文献1)。AFMによるフォトマスク余剰欠陥修正は、現在被加工材質(余剰欠陥の材質)よりも硬いAFM探針を用いて観察時には通常のAFMのコンタクトモードまたは間欠的な接触モードでイメージングを行って欠陥部分を認識し、加工時にはフィードバックを切って硬い探針を下地ガラス面と同じ高さ固定してガラス面の上にある余剰欠陥部分を走査して物理的に除去加工することで行われている。従来マスクの微細な欠陥の修正装置として用いられてきた集束イオンビーム欠陥修正装置ではチャージアップのため観察・加工しにくい孤立欠陥も修正できるため、最近マスク製造現場でも用いられるようになってきている。マスクはウェーハ転写の原版となるため、修正個所の加工精度が低い場合や、オーバーエッチや削り残しがあると転写特性に悪影響を与え、転写したウェーハ全てにデバイス不良を生じさせてしまう問題があるため、AFM除去加工で精確な形状や高精度な加工が必要とされる。
【0004】
機械加工の精度向上等の高機能化のために超音波振動を重畳した加工機が用いられるようになっている。また、今までAFMを用いた機械的な加工装置では積極的には用いられなかったが、最近ではAFMを用いた機械的な加工において横または縦の振動を探針の走査に重畳した加工例があり、実質的なナノスケールでの高さ制御性あるいは加工面の表面平滑性の向上が報告されている(非特許文献2)。
【0005】
しかしながら、上述の様に探針の走査に横または縦の振動を重畳して原子間力顕微鏡を用いた機械的な加工の機能自体が向上したとしても、フォトマスク欠陥修正などに適用させるためには、修正個所の光学的な特性を確保するために狙い通りの位置・形状を得るための高精度な加工が要求される。
【非特許文献1】M. Dellagiovanna, H. Yoshioka, H. Miyashita, S. Murai, T. Nakaue, O. Takaoka, A. Uemoto, S. Kikuchi, R. Hagiwara and S. Benard, Proc. of SPIE Vol.6730 673020-1-673020-11(2007)
【非特許文献2】岩田太、佐々木彰、「原子間力顕微鏡を用いた超音波振動切削法 = 金属、ポリマー、生体試料のナノスケール加工 =」、超音波TECHNO、日本工業出版、2002年5月8日、第14号第3号、p.23−27
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
AFMによる探針を有するカンチレバーに対して、特に横振動を重畳した場合は、加工の際に、横振動の振幅によって指定した領域よりも実際の加工領域が広がってしまうことがある。フォトマスク欠陥修正では数nmレベルの極めて高い精度の加工が要求されるため、該横振動を加工アプリケーションに適用するためには、前記加工領域の広がりを抑える必要があり、難度の高いものであった。本発明は、AFMを用いた微細加工装置において、探針を有するカンチレバーに横振動を与えつつも、高精度な加工を可能とする微細加工方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
横振動加工においては、指定した領域外に広がるのを実際に加工する領域を予め実験で求めた広がり値分を指定した領域よりも狭めた指令により加工を行う。発明者等は、設定振幅と実際に加工される指定した領域からの広がり(実振幅)には比例関係があることを知得した。よって、数点の実験データから対応係数(設定振幅に対する実振幅の傾き)を求め、実際の加工時には、現在の振幅値に対応係数を適用した領域を加工対象とすることで、領域のみの加工とすることができる。
【0008】
前記した入力振幅と実際に加工される指定した領域からの広がり(実際の振幅)は、横振動の周波数によっても大きく影響される。従って、横振動周波数の変化に対しても、これを制御因子とした実際の加工振幅との関係を把握しておき、該周波数の変化における前記の対応係数のキャリブレーションカーブを求めておくことで、上記した設定振幅と実振幅の関係と同様の用い方ができる。該キャリブレーションカーブに従って、加工時の横振動周波数に対して目標とする加工振幅を得るための対応係数を設定することで、予定した加工領域にて加工を行うことができる。
【発明の効果】
【0009】
横振動による実質的な想定外の広がりを補正し、予定の加工領域を加工するように制御することから、横振動加工を適用した場合でも、高度な加工精度を得ることが可能となる。
【0010】
また、横振動周波数を増減する場合であっても、予め求めた横振動周波数と実際の加工振幅との対応係数のキャリブレーションカーブに従い、加工時の横振動周波数に対応する対応係数を適用することで、指定した領域を高精度に加工することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本実施形態の原子間力顕微鏡微細加工装置は、原子間力顕微鏡(AFM)をベースにした装置で、機械的な加工で被加工部が削れるように被加工材料よりも硬い探針(例えばダイヤモンド)と、加工時にカンチレバーの捩れで刃先の位置ずれを起こさないように高いバネ定数を持った厚いカンチレバーを備えている。高分解能AFMイメージが得られるように被加工材料よりも硬い探針の先端は先端径50nm以下に先鋭化されている。同時に目標とする位置を確実に加工できるように、高精度な位置合わせを可能とするスキャナーやXYステージも備えている。加工部の領域のイメージは、先鋭化された探針を有するカンチレバーを共振させて、その振幅減衰率が一定になるようにフィードバックをかけながら(以下、ダイナミックモードという)加工表面の走査を行い、目標とする加工領域を含む広い領域について取得する。該取得したイメージから加工したい領域を定めて、削りたい高さに設定しフィードバックを解除(高さを固定)する。このようにして決定した加工領域は、前記した被加工材料よりも硬い探針を走査することで、機械的な加工を施し除去する。除去後に発生した加工屑は、ウェット洗浄やドライアイス洗浄などで除去すればよい。
【0012】
本発明の横振動加工における横振動は、周波数として走査方向と平行もしくは垂直に数kHz〜数百kHz、かつ、振幅として数nmから数百nmである。この振動は、前記したように高さを固定した加工時の探針による走査に重畳する。もちろん横振動に加えて、前記の高さを固定した走査に縦振動(高さ方向の振動)を重畳して加工することも可能である。図1には、走査方向と平行方向の横振動を探針の走査に重畳した場合の目標の加工領域と実際の加工領域のずれを示している。同様に、図2には、走査方向と垂直な横振動加工を探針の走査に重畳した場合を示している。これらのように、横振動を適用した場合は、その影響により指定した加工領域よりも実際の加工領域が広くなってしまうため、目標の加工寸法・形状が得られない。従って、実際の加工領域を目標とする加工領域とすべく、加工領域の補正が必要となる。
【0013】
発明者等は、設定振幅と実際に加工される指定した領域からの広がり(実振幅)には比例関係があることを知得している(図3)。従って、数点の入力振幅と実振幅の関係から、目標とする振幅を得るために設定すべき振幅を把握することができる。この関係に基づいて、設定振幅と実際に加工される指定した領域からの広がりとの対応係数を求めておくことが可能となる。このように、設定する振幅に対して該対応係数を適用することで、加工に用いる横振動振幅の設定値とその条件における実振幅とを整合させることができる。
【0014】
図1に示すような走査方向と平行な横振動加工の場合は、走査方向のみ指定した加工領域1から現在の設定している振幅(入力振幅)値に対応係数を適用させて実際の加工領域を狭めた領域2をガラス基板の高さかもしくはガラス基板を数nmから十数nm程度掘り込む高さに加工探針4を固定した上で探針の走査による機械的な加工を施して被加工部を除去する。このように、本発明による微細加工方法によれば、実際に加工される領域3は指定した領域1と一致する。また、図2に示すような走査方向と垂直な横振動加工の場合も、前述の走査方向と平行な横振動化の場合と同様に、現在の設定している振幅(入力振幅)値に対応係数を適用させて加工を行うことで、実際に加工される領域3と指定した領域1とを一致させることが可能となる。従って、横振動加工を適用した場合であっても、従来の不都合を払拭することができ、指定した加工領域を指定通りに加工することが可能となり、横振動加工を適用するメリットを享受することができる。
【0015】
また、発明者等は、指定した領域からの広がり(実振幅)は横振動振幅だけではなく、横振動周波数にも依存するという知見を得ている(図4)。従って、横振動周波数及び横振動振幅を制御因子とした加工を行い、横振動周波数に対応する設定振幅と実振幅の対応係数求を把握しておき、横振動周波数と対応係数のキャリブレーションカーブを求めておくとよい。該キャリブレーションカーブに従って、加工時の横振動周波数に対して目標とする加工時の実振幅を得るための対応係数を設定することで、予定した加工領域にて加工を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の特徴を最も良く表す走査方向と平行に横振動を適用した場合の補正を説明する図である。(a)加工領域を補正しない場合。(b) 実際に加工される領域が指定した領域になるように補正した場合。
【図2】走査方向と垂直に横振動を適用した場合の補正を説明する図である。(a)加工領域を補正しない場合。(b) 実際に加工される領域が指定した領域になるように補正した場合。
【図3】設定振幅と実際に加工される指定した領域からの広がり(実振幅)の関係を説明するグラフである。
【図4】設定振幅一定の条件下での横振動周波数と実際に加工される指定した領域からの広がり(実振幅)の関係を説明するグラフである。
【符号の説明】
【0017】
1 指定領域
2 加工走査領域
3 実際に加工される領域
4 加工用探針

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端に探針を有するカンチレバーに対して、該探針先端に相対する位置に載置した試料の表面と略平行方向に任意の横振動を付与する工程と、
前記横振動の条件を設定する工程と、
前記の条件を設定した後の横振動を前記探針による前記試料表面の走査に重畳する工程と、
を有し、
探針による試料表面の走査の際に横振動加工を重畳したことによって実際の加工領域が指定した加工領域よりも広がるのを防止することを特徴とする原子間力顕微鏡を用いた加工方法。
【請求項2】
前記横振動の条件を設定する工程が、
任意に設定した複数の異なる振動振幅とそれらに対応する複数の実際の振幅との関係に基づいて、前記設定した振動振幅に対する補正値として設定上の振幅と実際の振幅とを一致させるための対応係数を取得し、前記横振動の条件として任意に設定した横振動振幅及び前記対応係数を設定することを特徴とする請求項1に記載の原子間力顕微鏡を用いた加工方法。
【請求項3】
前記横振動の条件を設定する工程が、
任意に設定した複数の異なる振動振幅及び振動周波数とそれらに対応する複数の実際の振幅との関係に基づいて、前記設定した振動周波数での振動振幅に対する補正値として設定上の振動振幅と実際の振幅とを一致させるための対応係数を取得し、前記横振動の条件として、任意に設定した横振動振幅及び横振動周波数及び前記対応係数を設定することを特徴とする請求項1に記載の原子間力顕微鏡を用いた加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−2291(P2010−2291A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−161283(P2008−161283)
【出願日】平成20年6月20日(2008.6.20)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【Fターム(参考)】