説明

双軸結晶薄膜層の製造方法とその方法を実施するための装置

【課題】超伝導ストリップにおけるバッファ層等として使用される薄膜層の形成に関し、双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造方法を提供する。
【解決手段】所望の薄膜層に対応する組成の原子11をストリップの形状を持つ基板2上に複数回交互に繰り返し積層させ、この措置とは時間的及び空間的に分離した形で、この積層させた原子に、基板に対して所定の角度範囲内の角度(α)に方向を調整した高エネルギービーム12を照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、請求項1の上位概念の措置にもとづく、双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造方法に関する。更に、この発明は、請求項6の上位概念の特徴にもとづく、双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造装置に関する。
【0002】
双軸の結晶方向を持つ薄膜層の構成は、超伝導ストリップを製造する際に特に重要であり、その際単結晶では無い基板、例えば、ステンレススチールのストリップ上に、先ずは双軸の結晶方向を持つバッファ層を配置し、その後その上に、同じく双軸の結晶方向を持つ本来の超伝導物質を成膜することが知られている。このバッファ層の双軸結晶方向は、特に超伝導物質から成るエピタキシャル成長層を所望の双軸方向に形成させることとなる。YBCO(イットリウムバリウム酸化銅)から成る超伝導層に関して、YSZ(酸化イットリウムで安定化させた酸化ジルコニウム)から成るバッファ層を使用することが知られている。しかし、当業者は、前記及びその他の超伝導物質に対するバッファ層を形成するための別の物質も知っている。
【0003】
この発明は、専ら双軸の結晶方向を持っており、例えば、超伝導ストリップにおけるバッファ層として使用することができる薄膜層を形成することに関する。ここでは、超伝導ストリップの製造の別の観点は考慮しない。同様に、この発明は、ほぼ超伝導ストリップ製造の範囲内での使用に限定されるものではない。
【0004】
この発明は、双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造に際し、基板に対して所定の角度に方向を調整した高エネルギービームの作用を基板上に積層される薄膜層の結晶方向に集中させる技術に重点を置いている。
【背景技術】
【0005】
特許文献1により、所望の薄膜層に対応する組成の原子を基板上に積層させる措置と、この原子を積層させる措置と同時に、積層させた原子に、基板に対して所定の角度範囲内の角度に方向を調整した高エネルギービームを照射する措置とを有する双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造方法が周知である。この方法は、IBAD(イオンビーム利用成長法:Ion Beam Assisted Deposition)とも称され、所望の薄膜層に対応する組成の原子用のソースと高エネルギービーム用のソースとを備えた装置で実施され、その際原子を基板上に積層させると同時に、基板上に積層された原子に高エネルギービームを照射することができるように、両方のソースに共通の動作範囲内に基板を配置している。この高エネルギービームは、加速したアルゴンイオンから成る粒子線であり、この粒子線は、基板に対して約20°〜約70°の角度に方向を調整されており、基板上に積層された原子を再び部分的に剥離させるものである。これにより、特に所望の双軸結晶方向で基板上に積層されなかった原子が取り除かれる。このようにして、所望の結晶方向を持つ領域を得るために、その時点の成長した薄膜層の層厚において、所望の結晶方向に対応しない構造の領域を抑制している。
【0006】
IBAD法では、基板が、原子と高エネルギービーム用のソースの両方の動作範囲内に同時に置かれるようになっていることにより、特にこれらのソースを基板の比較的近くに置いた場合、周知の装置のスペースファクターが狭苦しくなる。この周知の方法で製造した薄膜層では、所望の双軸結晶方向が、形成された薄膜層の層厚に対して際立った依存性を持っている。IBAD法で製造した薄膜層の構造のX線分析では、ピークに対する半値幅(φスキャン)は、減少する指数関数に従う。25°の半値幅は、500nmの最小層厚以上で初めて達成され、更により小さい半値幅は、薄膜層の層厚を更に大幅に大きくする必要がある。IBAD法で積層させる薄膜層の厚さの成長は、ほんの僅かであり、そのため周知の方法の生産性は、双軸の結晶方向を所望の通りに形成した薄膜層を製造する際には、狭い範囲に限定されることとなる。
【0007】
特許文献2により、請求項1の上位概念の措置による方法が周知である。この周知の方法を変換したものにより、請求項6の上位概念の特徴を備えた装置が暗に開示されている。IBAD法として知られた方法と異なり、基板上に原子を積層させる措置と積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置の空間的及び時間的な分離を行っている。即ち、特許文献2では、先ずは所望の薄膜層用の原子を基板上に積層させて、次にこの積層させた原子を、高エネルギービームにより、所望の双軸結晶方向に形成している。そのために、同じく加速したアルゴンイオンから成る粒子線を、基板に対して約55°の角度で、積層された原子から成る薄膜層に向けている。こうすることによって、この薄膜層の表面には、所望の双軸結晶方向に対応する構造が形成される。しかしながら、薄膜層の深部へのアルゴンイオンの到達範囲は、数ナノメートルに限定される。即ち、高エネルギービームを用いた薄膜層の所望の双軸結晶方向は、僅かな深さに渡ってのみ形成することが可能であり、この深さは、場合によっては、その次の薄膜層の焼鈍とそれに伴う結晶成長によって、薄膜層の深部に拡大することができる。しかし、その場合でも、周知の方法では、明らかに25°より大きくはないX線分析での半値幅(φスキャン)に対応する基本的な双軸構造が達成されるだけである。この所望の双軸結晶方向に関する比較的悪い結果は、積層させる措置と積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置の時間的な分離により、これらの措置の空間的な分離も可能となり、その結果原子用と高エネルギービーム用のソースを、それらの作用範囲を重ね合わせる必要がある場合において、互いに妨害し合わないようにすることによって補填されないということである。
【特許文献1】米国特許公開明細書第5,432,151−A号
【特許文献2】米国特許公開明細書第2002/0073918−A1号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この発明の課題は、IBAD法で製造した同じ厚さの薄膜層で達成されるよりも良好な双軸の結晶方向を持つ薄膜層を製造することが可能である、請求項1の上位概念の措置による、双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造方法及び請求項6の上位概念の特徴を有する、双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造装置を提示することである。更に、それにも関わらず、IBAD法で原子用と高エネルギーレーザービーム用のソースの作用範囲を重ね合わせることから生じる空間的な制限を取り除くことを目指すものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の課題は、請求項1の措置による薄膜層の製造方法及び請求項6の特徴を備えた薄膜層の製造装置によって解決される。この新規な方法と新規な装置の有利な実施構成は、従属請求項2〜5又は7〜10に記載されている。
【0010】
この新規な方法では、原子を基板上に積層させる措置と積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置とを、時間的に分離するとともに、複数回交互に繰り返す。即ち、所望の薄膜層用の原子を、数回の積層させる措置により基板上に積層させるだけでなく、先ずは基板上の小さい部分にだけ原子を積層させるものである。そして、この小さい部分の原子に対して、高エネルギービームを照射する。そして次に、基板の上に、或いは既に積層させた原子の上に更に原子を積層させる。そして、高エネルギービームの照射を繰り返す。このような措置により、薄膜層全体が形成されるが、この薄膜層全体は、このような措置によってそれぞれ基板上に成膜される薄膜層全体の厚さに関して、ほんの僅かである。典型的には、通常常に100nmより大きく、典型的には数百nmの厚さの薄膜層全体は、少なくとも10回の原子を基板上に積層させる措置とそれに対応する10回以上の積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置とを順番に行うことにより形成される。積層させる措置とその後の積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置毎に薄膜層が成長する平均的な厚さは、この方法を実施する際の具体的なパラメーターに依存する。溶解温度が高い(1300°Cより高い)誘電体物質から成る各薄膜層を形成する際の典型的な値は、数ナノメートル〜40nmであり、例えば、溶解温度が1200°Cより低い、金属などの導電性物質から成る薄膜層を形成する際には、20nm以上までとなる。金属の場合、これに対応して、積層させる措置とそれに続く照射する措置を20回行うことにより、薄膜層の厚さを400nmに拡大することができる。そのような厚さ以上では、この新規な方法により製造した薄膜層は、多くの場合既に、X線解析でピーク半値幅が約20°(φスキャン)或いはそれ以下であることを示す双軸の方向が形成されている。即ち、X線解析での小さいピーク半値幅が、IBAD法より速く達成される。このことは、この新規な方法では、所望の双軸結晶方向に積層されなかった原子が、それに続く高エネルギービームを照射する措置により、ほぼ完全に基板から再び取り除かれ、そのためほぼ所望の双軸結晶方向を持つ原子だけが基板上に残る一方、IBAD法では、双軸の結晶方向が所望の方向とは異なる原子も基板上に取り残され、その上に更に原子をエピタキシャル成長させてしまう統計的確率が小さくはないことに起因するものである。しかし、その場合、薄膜層の更なる成長の際に、それに対応した薄膜層の間違った方向の領域は、抑制されるだけであり、もはや完全には取り除くことができない。
【0011】
原子を積層させる個々の措置と積層させた原子に高エネルギービームを照射する個々の措置とを時間的に分離することは、この新規の方法では、これらの間で全く時間的な重なりが無いような形で行う必要はない。これらの措置は、重なりが無いか、或いは生じた各重なりが出来る限り小さくするのが有利ではあるが、ほぼ時間的な重なりが無ければ、それで十分である。
【0012】
更に、この新規な方法では、原子を基板上に積層させる各措置において、基板上又はその前に既に高エネルギービームを照射した原子上に、凝集していない原子のクラスターを積層させるのが有利である。即ち、各積層させる措置において、塊となった状態の原子を積層させるのではなく、凝集していない個別のグループを積層させる。それに続いて、これらの凝集していない原子のクラスターに高エネルギービームを照射した場合、これらは、特に高い確率で再び完全に取り除かれることとなる。そのようにして、薄膜層において、所望の双軸結晶方向を持つ構造領域が高い集中度で非常に速く実現される。
【0013】
この新規な方法を効率的な方法に転換する、即ち、原子を積層させて、積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置を出来る限り素早く複数回順番に実行するためには、基板を、円形又は螺旋形の軌道に沿って連続的に巻き回して、空間的に分離した領域が複数回繰り返し現れる形に通し、これらの領域において、一方では原子を基板上に積層させる措置を、他方では積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置を実施することができる。即ち、基板の円形軌道に沿って、原子を積層させる空間領域と積層させた原子に高エネルギービームを照射する空間領域とが、順番に連続して繰り返し出現する。ここで、基板が、円形軌道ではなく、螺旋形軌道である場合、基板を連続的に移送することができる一方、この新規な方法を多数回の措置で実行することができる。
【0014】
基板を円形軌道又は螺旋形軌道に沿って通した場合、積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置を実施する各領域において、基板を平面に構成するのが特に有利である。こうすることにって、高エネルギービームを用いた所望の双軸結晶方向を実現するのに特に有利な関係が作り出される。この領域において、基板が湾曲する形で延びるようにした場合、より一層一定ではなく、そのためより一層有利ではない角度関係となる。基板上に原子を積層させる措置を実施する各領域においても、基板を平面に構成するのが有利である。
【0015】
この新規な方法において、通常このような場合でも、原子を積層させる措置を順番に実施する際に、常に精確に同じ原子を、常に精確に同じ組成で基板上に、或いはその前に既に積層させた原子上に積層させる必要は全くない。即ち、製造する薄膜層の厚さに対して、積層させる原子の組成を変化させることも考えられる。
【0016】
同様に、積層させた原子に照射する各措置において、高エネルギービームの構成と方向調整を常に同一にする必要はない。むしろ、このビームの種類、組成、エネルギー、電力、基板に対して向ける角度に関して、各措置の間で変化させることが可能である。しかし、ここでも、積層させた原子に照射する各措置において、通常通りビームを変化させないようにすることは有効である。
【0017】
ビームの種類に関して、加速した希ガスイオンから成るビームとすることができ、その場合アルゴンイオンが良く適している。基本的には、周知の通り、加速した希ガスイオンの電荷を、電子を追加することによって中和することができる。しかし、基本的には、高エネルギービームを、例えば、電子などのより軽い粒子から成るビーム又は十分なエネルギーの電磁気ビームとすることもできる。この発明による高エネルギービームを基板に対して向ける角度は、通常完全に一定ではなく、広い角度範囲内の数度とする。この角度範囲は、55°とすることができる。この角度の実施可能な極限値は、20°又は70°である。
【0018】
この発明では、この新規な方法を実施することが可能である、薄膜層の新規な製造装置は、基板が原子用のソースの前と高エネルギービーム用のソースの前とに複数回繰り返し交互に現れるようにするために、基板用の駆動部を配備していることを特徴とする。この駆動部は、互いに逆方向に行ったり来たり基板を動かすことができる。しかし、駆動部が、基板を円形軌道又は螺旋形軌道に沿って連続的に動かすのが有利である。
【0019】
この駆動部に対して、基板としての長く延びるストリップを螺旋形軌道に沿って複数回周回させる形で一本の螺旋形軌道に沿って通し、その際原子用のソースと高エネルギービーム用のソースが、この螺旋形軌道の複数回の周回、特にすべての周回に渡って、それぞれ基板を捕捉するようにするのが特に有利である。そうようにして、この新規な装置による一回の回転によって、長く延びるストリップに双軸の結晶方向を持つ完全な薄膜層を配備することができる。
【0020】
原子用のソースと高エネルギービーム用のソースを、円形又は螺旋形軌道の異なる領域において、円形又は螺旋形軌道に沿って外側から放射状に向けることができる。
【0021】
しかし、この新規な装置では、原子及び高エネルギービーム用の様々なソースの基板上に作用する領域が全く重なりを持たないようにすることが重要ではない。むしろ、これらの領域の僅かな空間的な重なりは、この新規な装置の所望の機能において、通常ほんの僅かな影響を持つだけである。
【0022】
この装置における所定の時間で生成することが可能な双軸結晶方向の薄膜層の全体的な容積を増大させるために、原子用の複数のソースと高エネルギービーム用の複数のソースを、それぞれ対にして、駆動部により基板を動かしている軌道に沿って順番に配備することができる。しかし、原子用の複数のソースと高エネルギービーム用の複数のソースを、それぞれ同じソースにも、異なるソースにもすることができる。同じソースとするのが通常であるが、異なるソースを用いて、特別な品質の薄膜層を生成することができる場合もある。
【0023】
この発明の有利な改善構成は、従属請求項と明細書全体から明らかとなる。図面、特に図示した幾何学形状と複数の部品の互いの相対的なサイズ及びそれらの相対的な配置と作用関係から、その他の特徴を読み取ることができる。同様に、この発明の異なる実施構成の特徴又は指定の引用している請求項とは異なる請求項の特徴を組み合わせることが可能であり、それを提案するものである。このことは、様々な図面に図示した、或いはその記述に挙げた特徴にも関連する。これらの特徴は、異なる請求項の特徴と組み合わせることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下においては、図面に図示した有利な実施例にもとづき、この発明について、更に説明・記述する。
【0025】
図1は、基板2上に薄膜層を製造するための装置1を図示している。この装置1は、ここでは長く延びるストリップ4の形状を持つ基板2に対する駆動部3を備えている。このストリップ4の形状の基板2に対する駆動部3は、別に図2に図示されており、回転可能な形で軸支された六つのロール5から構成されており、それらの回転軸6は、互いに平行に延びている。これらのロール5は、それらの回転軸6の周りを同様に駆動しており、そのことは、図1で回転方向を示す矢印7により示されている。ストリップ4は、ロール5の周りを螺旋形軌道に沿って巻き付けられており、そのことは、図2により一番良く分かる。ロール5の回転運動によって、ストリップ4は、ロール5上を矢印8の方向に引っ張られて、螺旋形軌道に沿って通され、再びロール5から離れて行く。この場合、ストリップ4は、それが、それぞれ二つの隣接するロール3,5の間において平面に延び、その際ストリップ4が、同じロール3,5間の螺旋形軌道の個々の周回において、それぞれ同じ平面に延びるように引っ張られている。ストリップ4のこれらの平坦な領域に対向して、原子用のソース9と高エネルギービーム用のソース10が、交互に配置されている。ソース9は、この場合矢印11で表示した、基板2上に形成すべき薄膜層の組成に対応する組成の原子を打ち出している。ここでは、ソース9は、それらが、基板2の面に対して法線方向に原子を打ち出す形で図示されている。しかし、必ずしも、このようにする必要はない。それに対して、ソース10は、その前において方向を調整した基板2の面に対して所定の角度αで高エネルギービーム12を放出している。高エネルギービーム12は、ストリップ4の移動方向に対してそれぞれ上流に有るソース9を用いて積層させた原子の中のストリップ4の主展開方向と表面に対する法線方向に関する所望の結晶方向を持たない原子を再びストリップ4から取り去る働きを有する。この場合、ストリップがロール5の周りを複数回回転すると、ストリップ4上には、各ソース9によって、それぞれストリップ4上の個別の凝集していない原子のクラスターに対応する量の原子が積層される。これらのクラスターの中の所望の双軸結晶方向を持たないクラスターが、ストリップ4の移動方向に対して、その次のソース10の各高エネルギービーム12によって、再び取り除かれる一方、その以外のクラスターは、再び取り除かれることはない、或いは少なくとも完全には取り除かれることはない。そのようにして、ソース9と10の下をストリップ4を繰り返し通過させることにより、所定の組成と双軸の結晶方向を持つ薄膜層がストリップ4上で成長して行く。図1の装置全体は、所定の低い絶対圧力の雰囲気の下でストリップ4への薄膜層の成膜を実施するために、通常は真空設備内に置かれる。
【0026】
図3と4に図示した装置1は、ここでは同じくストリップ4である基板2用の駆動部として、回転軸14の周りを回転方向を示す矢印15の方向に駆動する形で軸支されたドラム13を備えている。このドラム13は、更に回転軸14の方向に対して動き、そのことは、両方向の矢印16で示されている。回転軸14に対して、互いに対向する二つの領域には、原子用のソース9と高エネルギービーム12用のソース10が、ドラム13の周囲に対向して配置されており、この周囲上に、ストリップ4が螺旋形軌道に沿って巻き付けられている。ドラム13が回転軸14の周りを回転するとともに、ドラム13が回転軸14に沿って動くことにより、ストリップ4のすべての領域が、同じ長さの時間間隔で、ソース9と10の作用範囲内に交互に出現し、その結果ストリップ4上には、その長さ全体に渡って、双軸の結晶方向を持つ一様な薄膜層が成長することとなる。ソース10からの高エネルギービーム12が基板2上に当たる角度αが、ビーム12の中央でのみ比較的精確に所定の値に一致する一方、その角度が、ドラム13の周囲方向に対して、その前後に有る領域では、この値以下下又は以上に次第に大きくずれて行くので、ストリップ4上に成長させる薄膜層の出来る限り良好な双軸の方向を実現するための前提条件は、図3と4による装置1では、図1による装置1の場合と全く同程度に有利ではない。図3により、薄膜層を製造するための新規な方法を実施することが可能である新規な装置1が、ソース9と10の配置に関して、周知のIBAD法とは大幅に異なる、基本的に有利な関係を有することが明らかに分かる。IBAD装置では、ソース9と10の作用範囲が重なり合わなければならない。即ち、ソース9と10は、基板2上の狭い角度範囲内に並べて配置しなければならない。この新規な装置1では、この制約は無い。更に、この新規な装置1では、ソース9と10の作用範囲が基板上で同じ大きさである必要はない。ストリップ4の所定の部分が、ソース9と10の下を交互に通過して行き、その際互いに調整された時間の間ソース9と10の作用範囲内に有り、その結果ソース10が、それぞれ高エネルギービーム12により、その前にソース9によりストリップ上に積層された、所望の双軸結晶方向を持っていないすべての原子を出来る限り精確に取り除くことができることを何らかの方法で保証すれば、それで十分である。図3と4による装置1も、実際には常に真空設備内に置かれる。
【0027】
図5に模式的に図示した装置1では、又もやストリップ4の形状の基板2が、基板2用の駆動部3として構成された、回転軸6が互いに平行な方向を向いている二つのロール5の周りに巻き付けられている。この場合、ストリップは、二対の二つのソース9と10の下を通過して行き、それらの作用範囲AとBは、基板2の表面20において、交互に順番に続いている。
【0028】
図6は、図5による構成において、ストリップ4に対して、ソース9と10の二つの対を、ロール5の反対側に追加配置した形態を模式的に図示している。こうすることによって、矢印8の方向へのストリップ4の移動速度が同じで、すべてのソース9と10の動作条件が同じ場合、単位時間当たりに生成される薄膜層の厚さが二倍となる。
【0029】
各個別の措置において、一つのソース9と一つのソース10の組み合わせによってそれぞれ実現される層厚を増大することなく、ストリップ4上に成膜する薄膜層の層厚の一層の増大を実現するために、図7に示した通り、図5又は図6による複数の装置1を順番に接続することができる。この場合、すべての装置1を一緒に真空設備内に置くか、さもなければ個々の装置の間に中間圧力室を配備すべきであり、その結果少なくとも個々の装置1を、絶対圧力を低減した所定の雰囲気の下で動作させることができる。
【0030】
図8は、図1〜6による装置1を用いて薄膜層17を成膜した後における、ストリップ4の形状の基板2の横断面を大きく拡大した、縮尺通りではない図面を示している。この薄膜層17は、ストリップ4の縦に延びる方向18と薄膜層17を成膜した基板2の表面20に対する法線19に関して、所定の双軸結晶方向を有する。この双軸の方向は、薄膜層17の構造のX線分析(φスキャン)において、典型的には20°以下のピークに対する半値幅が得られている。
【0031】
以下においては、この薄膜層を製造するための新規な方法に関する幾つかの例とそれらに対応する周知のIBAD法で得られた比較例とにもとづき、この発明について、更に説明・記述する。
【0032】
例1
この発明にもとづき、酸化イットリウムを用いて安定化させた酸化ジルコニウム(YSZ)から成る構造を持つ薄膜層17を、CrNiステンレススチールから成るストリップ4上に積層させた。ステンレススチールから成るストリップ4は、長さ10m、幅4mm、厚さ0.1mmであった。表面の粗さを4nmに限定するために、この基板2の表面20を電気化学的に磨いた。図3と4による装置1のドラム13の周りに、ストリップ4を巻き付けて、そして、(図3と4では図示されていない)真空室内に置いた。真空室内には、原子用のソース9としてスパッタイオン源を、高エネルギービーム用のソース10としてイオンビーム源を配備した。ドラム13の直径は、1mであった。イオンビーム源は、ストリップ4に対して51°〜58°の入射角でアルゴンイオンから成るイオン流を供給した。イオンビーム源は、直径11cmのカウフマンタイプのイオン銃であり、300eV±20eVのエネルギーを持つ粒子を供給した。更に、このソース10は、これが同時に電子流を供給することによって、イオン電荷の中和を確実に行った。これらのイオン流全体は、約100mAに相当した。ドラム13の周囲における高エネルギービーム12の作用範囲は、約120mmx80mmであった。原子用のソース9は、ドラム13の周囲に80mmx80mmの範囲に渡って原子を積層させた。薄膜層17を積層させる一方、ドラム13を、その回転軸14の周りを1回転/分の周期で回転させた。積層させる化合物を反応性に設定するために、真空にした真空室が、2x10-4ミリバールの分圧で酸素を含むようにした。ドラム13の回転により、一連の積層させる措置と高エネルギービームを照射する措置が実現された。ストリップ4上に薄膜層17を積層させる際に、ストリップ4の温度を上昇させたが、100°C以上とはしなかった。4.0時間の試験時間後に、460nmの厚さの構造を持つ薄膜層が成膜され、その双軸結晶方向は、この構造のX線分析で18°の半値幅(φスキャン)を示した。薄膜層17の460nmの層厚は、原子を積層させる措置とそれに対応する積層させた原子に高エネルギービームを照射する措置当たりの層厚を約2nmとする試験時間に対して、ドラム13を全部で240回回転させることに相当した。
【0033】
例2(この発明の特許請求の範囲に属さない比較例)
比較する目的で、特許文献1の従来技術にもとづき、即ち、IBAD法により酸化イットリウムを用いて安定化させた酸化ジルコニウム(YSZ)から成る構造を持つ層を形成した。この例の条件は、ソース9と10の両方の作用範囲がストリップ4上で互いに重なるようにした、即ち、ソース10を図3とは逆にソース9の方に、回転軸14の周りに180°回転させた以外は、例1と同じにした。更に、ストリップ14上における高エネルギービーム12の作用範囲の大きさを、ストリップ14上におけるソース9の作用範囲の大きさに合わせた、その結果両方の範囲は、80mmx80mmの大きさとなった。3.9時間の試験時間後に、500mmの厚さの構造を持つ薄膜層が得られ、その双軸結晶方向は、X線分析の範囲において、25°の半値幅(φスキャン)を示した。即ち、例2で生成した薄膜層7の方が、例1での僅かに長い試験時間後のものよりも僅かに大きな層厚であったが、その形成された構造は、明らかにこの発明に対応する例1よりも悪いものであった。二つの例で達成された製造速度は、ほぼ同じ試験時間のために、同じくほぼ同じであった、その結果例1で達成された、より明らかに良い双軸の結晶方向は、決定的なものである。
【0034】
例3
この発明にもとづき実施した例3は、試験時間を7.4時間に増大した以外は、例1と同じ条件で実施した。得られた構造を持つ薄膜層は、850nmの層厚であり、その双軸結晶方向は、X線分析で14°の半値幅(φスキャン)を示した。
【0035】
例4(この発明に属さない比較例)
例4は、又もやIBAD法により、例2の条件で実施したが、試験時間を7.2時間に、ストリップ4上における原子用のソース9の作用範囲とストリップ4上における高エネルギービーム12用のソース10の作用範囲の両方のサイズを120mmx120mmとした。積層された薄膜層は、厚さが800nmであり、X線分析で18°の半値幅(φスキャン)を示した、即ち、形成された双軸の結晶方向が、明らかに例3による薄膜層よりも悪いものであった。ストリップの長さと薄膜層の容積の両方に関する、例3と4の両方における製造速度は、ほぼ同じ大きさであった。むしろ、薄膜層17の容積に関して、例3の製造速度の方が、ほんの僅かより大きかった。
【0036】
例5
この発明にもとづく例5は、試験時間を11.3時間に増大した以外は、例1と同じ条件で実施した。得られた構造を持つ薄膜層は、厚さが1250nmで、X線分析によるピークに対する半値幅(φスキャン)が12.2°であった。これも、構造を持つ層の層厚及び製造速度と比べて、双軸の結晶方向が優れた値を示している。
【0037】
以下の表では、この発明による例1,3,5と比較例2,4の結果を対比させている。この場合、この表は、この発明による方法の方が、双軸の結晶方向に関して、より高い品質の層厚を得られることを再度明らかにしている。この表は、例1と4の結果から、この発明によって、18°の半値幅の双軸結晶方向を達成する際の製造速度を1.8倍向上させることができることも明らかにしている(例4で7.2時間の試験時間を例1で4.0時間の試験時間で割った商)。
【0038】
表1
┌───┬─────────┬──────┬───────┬──────┐
│ 例 │ 方法 │薄膜層の厚さ│構造:半値幅 │ 試験時間 │ │ │ │ [nm] │(φスキャン)│ [時間] │
├───┼─────────┼──────┼───────┼──────┤
│ 1 │この発明による方法│ 460 │ 18° │ 4.0 │
├───┼─────────┼──────┼───────┼──────┤
│ 2 │比較例:IBAD法│ 500 │ 25° │ 3.9 │
├───┼─────────┼──────┼───────┼──────┤
│ 3 │この発明による方法│ 850 │ 14° │ 7.4 │
├───┼─────────┼──────┼───────┼──────┤
│ 4 │比較例:IBAD法│ 800 │ 18° │ 7.2 │
├───┼─────────┼──────┼───────┼──────┤
│ 5 │この発明による方法│ 1250 │ 12.2° │ 11.3 │
└───┴─────────┴──────┴───────┴──────┘
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】薄膜層の製造装置の第一の実施構成の基本的な構成部品を上から見た図
【図2】ストリップ形状の基板に関する図1の装置の駆動部を側方から見た斜視図
【図3】薄膜層の製造装置の第二の実施構成の基本的な構成部品を上から見た図
【図4】図3の装置の構成部品を側方から見た斜視図
【図5】薄膜層の製造装置の第三の実施構成の基本的な構成部品を側方から見た斜視 図
【図6】図5に対して、原子用のソースと高エネルギービーム用のソースを追加・補 足した薄膜層の製造装置の実施構成を側方から見た斜視図
【図7】図5又は図6による複数の装置を順番に接続するためのブロック図
【図8】図1〜6による装置の中の一つを用いて薄膜層を成膜したストリップ形状の 基板の横断面図
【符号の説明】
【0040】
1 この発明による装置
2 基板
3 駆動部
4 ストリップ
5 ロール
6 回転軸
7 回転方向を示す矢印
8 矢印
9 原子用のソース
10 高エネルギービーム用のソース
11 矢印
12 ビーム
13 ドラム
14 回転軸
15 回転方向を示す矢印
16 両方向の矢印
17 薄膜層
18 主展開方向
19 表面に対する法線
20 表面
A 領域
B 領域
α 角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造方法であって、
所望の薄膜層に対応する組成の原子を基板上に積層させる措置と、
この原子を積層させる措置と時間的に分離した形で、この積層させた原子に、基板に対して所定の角度範囲内の角度に方向を調整した高エネルギービームを照射する措置とを備えた方法において、
これらの基板(2)上に原子を積層させる措置と積層させた原子に高エネルギービーム(12)を照射する措置とを複数回交互に繰り返すことを特徴とする方法。
【請求項2】
基板(2)上に原子を積層させる各措置において、基板上又はその前に既に高エネルギービーム(12)を照射した原子上に、凝集していない原子のクラスターを積層させることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
当該の積層させた原子に高エネルギービーム(12)を照射する各措置において、その前に積層させた原子の中の双軸結晶方向を持たない原子のクラスターを取り除くことを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
基板(2)を、円形又は螺旋形軌道に沿って連続的に巻き回して、空間的に分離した領域(A,B)が複数回繰り返し現れる形に通し、これらの領域において、一方では基板(2)上に原子を積層させる措置を、他方では積層させた原子に高エネルギービーム(12)を照射する措置を実施することを特徴とする請求項1から3までのいずれか一つに記載の方法。
【請求項5】
当該の積層させた原子に高エネルギービーム(12)を照射する措置を実施する各領域(B)において、基板(2)を平面に構成することを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
双軸の結晶方向を持つ薄膜層の製造装置であって、
前に基板を配置することが可能であり、所望の薄膜層に対応する組成の原子を基板上に積層させるための、この原子用のソースと、
前に基板を配置することが可能であり、基板上に積層させた原子に、基板に対して所定の角度範囲内の角度に方向を調整した高エネルギービームを照射するための、この高エネルギービーム用のソースと、
を備えており、この高エネルギービーム用のソースが、その作用範囲に関して、この原子用のソースから空間的に分離されている装置において、
この原子用のソース(9)の前とこの高エネルギービーム(12)用のソース(10)の前に、基板(2)が複数回交互に繰り返し出現するようにするために、基板(2)用の駆動部(3)が配備されていることを特徴とする装置。
【請求項7】
駆動部(3)が、基板(2)を円形又は螺旋形の軌道に沿って動かすことを特徴とする請求項6に記載の装置。
【請求項8】
当該の円形又は螺旋形軌道の異なる領域(A,B)において、当該の原子用のソース(9)と高エネルギービーム(12)用のソース(10)が、この円形又は螺旋形軌道に沿って外側から放射状に向けられていることを特徴とする請求項7に記載の装置。
【請求項9】
駆動部(3)に対して、基板(2)としての長く延びるストリップ(4)を、複数回周回させる形で一本の螺旋形軌道に沿って通すことと、原子用のソース(9)と高エネルギービーム(12)用のソース(10)が、それぞれこの螺旋形軌道の複数の周回、特にすべての周回において、この基板(2)を補足することとを特徴とする請求項7又は8に記載の装置。
【請求項10】
原子用の複数のソース(9)と高エネルギービーム(12)用の複数のソース(10)が、それぞれ対にして基板(2)の軌道に沿って順番に配置されており、この軌道に沿って、基板(2)が駆動部(3)によって動かされていることを特徴とする請求項6から9までのいずれか一つに記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−232663(P2006−232663A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−37329(P2006−37329)
【出願日】平成18年2月15日(2006.2.15)
【出願人】(506053191)ユーロピアン・ハイ・テンパラチャー・スーパーコンダクターズ・ゲゼルシャフト・ミト・ベシュレンクテル・ハフツング・ウント・コンパニー・コマンデイトゲゼルシャフト (1)
【Fターム(参考)】