説明

反応器及びその反応器を用いて行なう反応物の製造方法

【課題】固体触媒を充填した反応器によってトリクルベッド式反応を実施するにあたり、簡便で除熱効果に優れ、かつ反応に悪影響を与えることの少ない安価な反応器を提供し、また、この反応器を用いて反応物を製造する方法を提供する。
【解決手段】固体触媒に灌液流条件下にて気体及び液体を接触させ気液固触媒反応を実施するトリクルベッド式反応の際に使用する固体触媒を充填する円筒状の反応器本体10と、反応器本体10の内壁面18に接し、かつ反応器本体10の中心軸Xに対して実質的に平行に設けられた伝熱板20とを備え、反応器本体10の固体触媒が充填される領域における、中心軸Xに垂直に交わる任意の異なる二つの断面の間の反応器区分での伝熱板20の表面積が、該反応器区分の容積に対し8.0〜100[m/m]となるように設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体触媒に灌液流条件下にて気体及び液体を接触させ気液固触媒反応を実施する際に使用する、固体触媒を充填するための反応器及びその反応器を用いて行なう反応物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、固体触媒を充填した反応器に灌液流条件で気相及び液相の反応原料を流通させる方法(以下、トリクルベッド式反応)は、気液固触媒反応を実施する形態のひとつとして知られている。トリクルベッド式は気−液間の物質移動に優れていることで知られており、例えば水素による基質の還元や酸素による基質の酸化など、工業的に有用な反応を固体触媒を用いて実施する際に、基質や触媒に対して水素などのガス成分の不足が起こりにくい、良好な反応環境を提供することができる。
【0003】
一方、トリクルベッド式反応では反応器内容積の大部分を充填された固体触媒が占めるが、このような固体による充填層は液体に比べ熱伝導に劣る。このため還元や酸化のような発熱反応を同方式で実施する場合、反応熱を除去し切れず、充填層内に過度に温度の上昇した部分(以下、ホットスポット)を生じてしまう。ホットスポットでは副反応による不純物の増加や触媒の早期劣化などを招いてしまうため、その形成は工業的な不利益をもたらすという問題がある。ホットスポットの形成は特に、充填層の水平方向の寸法を大きくした、スケールアップ条件下で顕著に起こり得るものである。
【0004】
このような問題を解決するため、特許第2647486号(特許文献1)や特許第3108736号(特許文献2)では、比較的径の小さな反応管を束ねた、多管式熱交換器に類似の反応器を用いて温度を制御することが示されている。また、特公平6−99337(特許文献3)では、反応塔の高さ方向の途中で冷却水素又は冷却原料油を導入するなどの方法による温度制御方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献1〜3に記載された方法以外に、反応原料を不活性な溶媒などによって希釈し、反応器に供給する単位量の流体あたりの反応量を低減し、反応器単位体積あたりの発熱量を抑制する方法も考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2647486号
【特許文献2】特許第3108736号
【特許文献3】特公平6−99337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1及び2に記載された方法は、反応器の設備費用が高くなるという問題があり、特許文献3に記載された方法は、設備が複雑になり運転操作が煩雑になるという問題を有している。また、反応原料を不活性な溶媒などによって希釈する方法では、反応器のサイズが大きくなってしまうと共に、溶媒の回収・再利用のための工程を追加せねばならず、製造設備の複雑化やコストの増大が避けられないという問題がある。
【0008】
本発明は、このような点に鑑みなされたものである。すなわち、固体触媒を充填した反応器によってトリクルベッド式反応を実施するにあたり、簡便で除熱効果に優れ、かつ反応に悪影響を与えることの少ない安価な反応器を提供し、また、この反応器を用いて反応物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するため、本発明に係る反応器は、固体触媒に灌液流条件下にて気体及び液体を接触させ気液固触媒反応を実施するトリクルベッド式反応の際に使用する固体触媒を充填する円筒状の反応器本体と、該反応器本体の内壁面に接し、かつ前記反応器本体の中心軸に対して実質的に平行に設けられた伝熱板とを備え、前記反応器本体の固体触媒が充填される領域における、前記中心軸に垂直に交わる任意の異なる二つの断面の間の反応器区分において、前記伝熱板の表面積が、該反応器区分の容積に対し8.0〜100[m/m]となるように設けられていることを特徴とする。ここで、実質的平行とは、反応器の製作や組み立ての精度の不足によって生じる傾きを許容し、全体として平行とみなすことを示す。前記伝熱板と中心軸とのなす角度が5度程度までは許容範囲の傾きとすることができる。
【0010】
本発明に係る反応器は、伝熱板が、反応器本体の内壁面に接した状態で設けられると共に、前記反応器区分の容積に対する表面積が8.0〜100[m/m]となるように設けられることにより、触媒表面における反応により発生した反応熱を反応器の壁面に伝熱することができるため、効果的に除熱を行なうことができ、触媒充填層における局部的なホットスポットの発生を抑制できる。また、本発明に係る反応器は、その中心軸が鉛直方向と平行になるように設置され、トリクルベッド式反応に供される。このとき、反応原料液は重力により触媒充填層をつたわりながら緩やかに流れ落ちるが、本発明に係る反応器の伝熱板は鉛直方向と実質的に平行であるため、反応物が重力により落下して行く流れを停滞させることなく除熱を行なうことができ、反応への悪影響が少ない。
【0011】
また、本発明に係る反応器において、前記伝熱板の、前記反応器区分の容積に対する表面積が8.0〜30.0[m/m]となるように設けられることが好ましい。このように設けられることにより、最適な除熱効果を得ることができると共に、反応器が過度に複雑化することを防止することができる。ここで、伝熱板の表面積は、伝熱板の鉛直方向の長さ、水平方向の長さ、及び枚数を適宜調整することにより、設定することができる。
【0012】
本発明に係る反応器における円筒状の反応器本体の直径Dは、通常0.2〜1[m]であり、好ましくは0.3〜0.6[m]である。なお、製造量のスケールが大きくなった場合には、ここで規定した直径範囲の反応器を複数系列用意して並列で使用したり、複数個束ねて多管式熱交換器類似の構造として対応することも可能である。
【0013】
さらに、本発明に係る反応器において、前記伝熱板が、熱伝導率が10[W/(m・K)]以上の材料から形成されていることが好ましい。本発明に係る反応器において、前記伝熱板や反応器内壁を構成する材料の熱伝導率は、反応器全体としての熱伝導の確保の観点から重要であり、大きければ大きいほど良く、15[W/(m・K)]以上であることがより好ましい。
【0014】
また、本発明に係る反応物の製造方法は、上記反応器を用いて、反応器に供給する反応原料液の重量あたりの反応熱を450〜600[J/g_反応原料液]に調整しトリクルベッド式反応を実施することによって製造することを特徴とする。ここで、反応原料液の重量あたりの反応熱が前記の範囲の上限を超える場合には、反応原料液を反応に不活性な溶剤を使用して希釈し、反応器に供給する液の重量あたりの反応熱を前記の範囲内に調整することによって、実施することができる。こうした場合には、希釈に使用した溶剤を回収する工程を付加しなければならないが、本発明に係る反応器を用いることにより少量の溶剤希釈で済ませることができるため、設備負担を最小限にとどめる事ができる。
【0015】
本発明に係る反応器を用いた製造方法において、反応原料液の反応器への供給量LHSV[mL_液/mL_触媒/hr]は、灌液流条件を満足する範囲で設定することが出来るが、通常0.2〜1.8であり、好ましくは0.4〜1.0である。なお、灌液流を実現できる範囲は、触媒充填層に供給する反応流体の量や速度などによる制限を受けるもので、例えば「化学工学 第46巻 第4号 第215〜220頁 (加藤康夫,広瀬勉 1982年発行)」に記載されている方法によって、流れの状態が灌液流の範囲にあるかどうかを判別することができる。
【0016】
さらに、本発明に係る反応物の製造方法は、上記反応器を用いて、エステル基の水素化をトリクルベッド式で実施し、アルコール類を得ることを特徴とする。この場合において、エステル基が炭素数が4から11の脂肪族炭化水素鎖に結合したエステル基であり、得られるアルコール類が炭素数が5から13の脂肪族炭化水素鎖を主鎖とするモノアルコール又はジアルコールであることが好ましい。更に、エステル基が6−ヒドロキシヘキサン酸エステルに含まれるエステル基であり、得られるアルコール類が1,6−ヘキサンジオールであることがより好ましい。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明によれば、固体触媒を充填した反応器によってトリクルベッド式反応を実施するにあたり、簡便で除熱効果に優れ、かつ反応に悪影響を与えることの少ない安価な反応器を提供し、また、この反応器を用いて反応物を製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態に係る反応器を示す一部切り欠き概略構成図である。
【図2】図1のA−A´線に沿った断面図である。
【図3】水素添加実験の実験装置を示す説明図である。
【図4】実験検証シミュレーションに用いたモデルを示す説明図である。
【図5】水素添加実験及びCFD解析における触媒充填層深さ方向の触媒充填層中心温度と反応器本体外側の温度分布を示すグラフである。
【図6】図6(a)は、解析モデルを示す説明図であり、図6(b)は、実施例1の場合の図6(a)のC−C´線に沿った断面図、図6(c)は、比較例1の場合の図6(a)のC−C´線に沿った断面図、図6(d)は、比較例2の場合の図6(a)のC−C´線に沿った断面図である。
【図7】実施例1及び比較例1における触媒充填層深さと触媒充填層内の温度との関係を示すグラフである。
【図8】実施例1及び比較例1における触媒充填層深さと反応率との関係を示すグラフである。
【図9】比較例2における触媒充填層深さと触媒充填層内の温度との関係を示すグラフである。
【図10】反応温度と生成したHDLの濃度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の一実施形態に係る反応器について、図面に基づいて説明する。本実施形態に係る反応器1は、図1及び図2に示すように、円筒状に形成された反応器本体10と、反応器本体10の内部に設けられた伝熱板20とを備えている。
【0020】
反応器本体10は、図1に示すように、例えばステンレス鋼(SUS)などの素材からなり、固体触媒2を充填可能な内部空間12と、反応器本体10の上部に設けられ、内部空間12に反応物を流入可能な孔を有する流入部14と、反応器本体10の下部に設けられ、内部空間12内の反応物を流出可能な孔を有する流出部16とを備えている。
【0021】
伝熱板20は、図1及び図2に示すように、例えばステンレス鋼(SUS)などの素材からなり、水平方向の長さが、反応器本体10の内部空間12の半径よりも短い長さを有する長方形状に形成されている。この伝熱板20は、図2のような断面図で見たときに、反応器本体10の内壁面18との接点における法線と平行に配置して内壁面18に接着され、かつ反応器本体10の両末端の開口部11a、11bの中心点を結ぶ中心軸Xと実質的に平行であるように設けられ、反応器本体10の内部空間12の内壁面18から内部空間12の中心軸Xへ放射状に収束するように、等間隔をおいて複数設けられている。ここで、中心軸Xと実質的に平行とは、反応器の製作や組み立てにおける精度の不足などによって生じる傾きを許容し、全体として平行とみなすことを示す。伝熱板20と中心軸Xとのなす角度が5度程度までは許容範囲の傾きと考えることができる。伝熱板20が、中心軸Xへ放射状に収束するように設けられることにより、ひとつの伝熱板20の先端とこれに対向する他の伝熱板20の先端との間に所定の間隔が生じるため、反応器本体10の内部空間12は、閉空間を有さない、ひとつの連続した空間として形成される。この伝熱板20は、固体触媒が充填される反応器本体10の内部空間12において、反応器本体10を中心軸Xと垂直に交わるような任意のふたつの断面で切断したとき、これらの断面で囲まれた反応器区分における伝熱板20の表面積が、該反応器区分の容積に対し、8.0〜100[m/m]、より好ましくは8.0〜30.0[m/m]となるように設けられている。伝熱板20は、鉛直方向の長さを反応器本体10の内部空間12の上端から下端に亘る長さとした長尺な長方形として形成しても良いが、前記の反応器区分あたりの表面積を満足する範囲において、一枚あたりの鉛直方向の長さを短くし、複数に分けて設置することもできる。ここで、伝熱板20を反応器本体10に溶接により取付けた場合には、反応器本体10の内壁面18と伝熱板20との接触部分の隙間がなくなるため、より除熱効率を向上させることができ、好ましい。
【0022】
次に、本実施形態に係る反応器1の使用方法について説明する。まず、反応器本体10を、その中心軸が鉛直方向と平行になるように設置する。次に、内部空間12に固体触媒を充填させることにより触媒充填層を形成し、反応器本体10の流入部14より反応物であるガスと液とを灌液流れ条件になるように流入させる。すると、反応器本体10の触媒充填層に流入されたガス及び液は、ガスが連続相、液が分散相として、固体触媒に接触しながら反応器本体10の触媒充填層の下流側に並行して流動し、触媒充填層において反応する。その後、反応器本体10の触媒充填層において得られた反応後の反応物は、流出部16から流出される。
【0023】
ここで、従来の反応器においては、特に触媒充填層の中央部分において、反応熱による局部的なホットスポットが生じ、高温となる傾向にある。しかしながら、本実施形態に係る反応器1においては、反応器本体10の内部空間12に伝熱板20が設けられていることにより、触媒充填層において反応により生じた熱を反応器本体10の内壁面18に伝達し、反応熱を分散させることができるため、反応による局部的なホットスポットの発生を防止し、効率良く除熱を行なうことができる。また、伝熱板20により反応器本体10の全体に伝達された熱は、反応器本体10最外郭にジャケットを設置して適切な媒体を流通させるなどの処理を施すことにより、簡便に除去することが出来る。さらに、伝熱板20は、中心軸Xと実質的に平行、すなわち、液の流動方向と平行な面を有するように設けられていることにより、液の偏流や流れの停滞を防止することができる。このため、反応器内における灌液流状態の保持に有効に作用し、流動状態を乱すことなどによる反応への悪影響を軽減させることができる。
【0024】
本実施形態に係る反応器1において、伝熱板20は、反応器本体10に接着して設けられるとしたが、これに限定されず、伝熱板20は、反応器本体10に接して設けられていれば良い。この場合、反応器1は、反応器本体10の内壁面18に密接した状態で設けられる取り外し可能なインナー部材を更に備え、このインナー部材と伝熱部材20とは、同一素材で一体に形成されているとしても良い。
【0025】
また、本実施形態に係る反応器1において、伝熱板20は、長尺な長方形状に形成されているとしたが、これに限定されず、種々の形状を採用することができる。また、伝熱板20は、複数設けられるとしたが、これに限定されず、1つのみ設けられるとしても良い。
【0026】
さらに、本実施形態に係る反応器1において、伝熱板20は、ステンレス鋼から形成されるとしたが、これに限定されず、反応器1で実施する反応原料や生成物に対して不活性であれば、いかなる材質のもので形成されていても良い。この場合、伝熱板20は、熱伝導率が10[W/(m・K)]以上、より好ましくは、15[W/(m・K)]以上の材料から形成されていることが好ましい。また、伝熱板20は、反応器1の内壁面18と異なる材質で構成されても良い。伝熱板20をステンレス鋼などの金属により形成する場合には、伝熱板20の製作及び加工を容易にすることができる。
【0027】
またさらに、本実施形態に係る反応器1において、伝熱板20は、反応器本体10の内部空間12の内壁面18から内部空間12の中心軸Xへ放射状に収束するように設けられるとしたが、これに限定されず、例えば、伝熱板20が互いに平行になるように設けても良い。すなわち、伝熱板20の配置は、反応器本体10の内壁面18に接して設けられ、かつ反応器本体10の両末端の開口部11a、11bの中心点を結ぶ中心軸Xと実質的に平行であるように設けられていれば、反応器区分における容積あたりに必要な表面積を満たし、かつ反応器本体10の内部空間12が閉空間を有さない、ひとつの連続した空間として形成される範囲において、任意に決めることが出来る。このような配置においては、伝熱板20の水平方向の長さは、反応器本体10の内部空間12の半径よりも短くする必要はない。
【実施例】
【0028】
次に、本発明に係る反応器の実施例について、図3〜図10を用いて説明する。本実施例においては、下記反応方程式(1)に示す水素添加反応によって6−ヒドロキシヘキサン酸の1、6−ヘキサンジオールのエステル(分子式:HO(CH)COO(CH)OH、以下「HAE」という)から1,6−へキサンジオール(以下、「HDL」という)を製造した。本実施例は、市販の流体解析ソフトウエア(SCRYU/Tetra V7)を用いた流体解析(CFD[Computational Fluid Dynamics]解析と記述、以下「CFD解析」という)により、解析シミュレーションを行なった。
【0029】
【化1】

【0030】
原料の反応した量はKOHによる鹸化でエステル基を定量したsv値[=mg_KOH/g_HAE]を用いて表現することができ、反応率xAとするとxA=1−(sv値/原料sv値)で示される。このsv値はJIS K0070に準拠して測定したものであり、このHAEの初期sv値は241[mg_KOH/g]であった。
【0031】
上記(1)式の反応は、発熱反応で、実験よりΔH=−525[J/g_HAE]が得られている。ΔHの測定は以下の実験方法で行った。
【0032】
<発熱量の測定実験>
図3および下記<水素添加実験>に示す実験装置でHAEの水添実験を行い、その温度分布より反応条件下での発熱量を求める。算出式は以下の式(2)で表され、得られた発熱量は式(1)の反応熱(ΔH)とみなすことができる。
【0033】
【数1】

【0034】
Q1は反応器の入口と出口の間におけるプロセス流体(液体及びガス)のけん熱の変化量より算出する。Q2は液ガス流れに対して直交する方向、すなわち反応器本体の半径方向への放熱であり、触媒充填層の各高さの中心温度と外壁との温度差(ΔT)と反応器本体の内表面積(A)、触媒充填層から反応器本体壁間の総括伝熱係数Uにより、以下の式(3)より算出する。なお、Uは、下記<総括伝熱係数Uの算出実験>により求めた値を使用した。
【0035】
【数2】

【0036】
<水素添加実験>
上記反応方程式(1)の反応の実験室規模での実験は、図3に示す実験装置30を用いて行った。この実験装置30は、内径19mm×高さ600mm(触媒充填層高さ300mm)に形成された円筒状のステンレス反応器本体33(厚み3mm)と、反応器本体33の触媒充填層36を加熱するように反応器本体33の外側に設けられた電気加熱炉35と、反応器本体33の内側に挿入され、反応器本体33の触媒充填層36の中心温度を計測するための熱電対を挿脱可能な熱電対鞘管40とを備えたものを用いた。
【0037】
反応器本体33の上部には、HAEを供給可能な原料液流入部31と、水素ガスを供給可能な水素ガス流入部32が形成されており、反応器本体33の下部には、反応流体を流出可能な反応流体流出部39が形成されていた。反応器本体33の軸方向の中心部分には、銅系触媒(CuO:47.6wt%,ZnO:47.3wt%)を直径3mm×高さ3mmの円筒状に成型したものを300mmの高さで充填した触媒充填層36が形成されており、反応器本体33の上部と触媒充填層36との間の領域は、アルミナ粒子が充填され供給する流体を予熱する予熱領域34が設けられている。熱電対鞘管40には、反応器本体33の触媒充填層36の中心温度を計測するための触媒中心温度測定熱電対37が挿入されており、反応器本体33と電気加熱炉35との間には、反応器本体33の外壁の温度を測定するための反応器本体外壁温度測定熱電対38が設けられている。反応器本体33の原料液流入部31及び水素ガス流入部32よりHAE及び水素ガスを気液下降並流で供給した。
【0038】
以下、LHSVは液供給量[mL液/mL_触媒/hr]、GHSVはガス供給量[mL_ガス/mL_触媒/hr]を表し、体積は、20℃、大気圧力条件である。実験は、まず『水素雰囲気下』で触媒充填層中心温度が200〜260℃になるように電気加熱炉36の出力を調整して固定し、その後HAE及び水素ガスを供給して原料供給量、触媒充填層温度および反応率が一定の定常状態となったときの層中心設置の熱電対鞘管40の温度および反応器本体壁温度を高さ方向に測定した。
【0039】
<総括伝熱係数Uの算出実験>
前記<水素添加実験>に示した装置を用い、水添反応を起こさないモデル流体としてHAEの代わりに1,5−ペンタンジオール(以下、PDL)を用い、これを触媒充填層とは異なる高い温度に加温して供給することで仮想的な発熱状態を作り、その定常状態における触媒充填層と外壁の温度分布を2.5cm間隔で測定・解析することでUを求めた。具体的には、25MPaの水素加圧下、はじめ触媒充填層を200℃に温度調節しておき、そこへ230℃に昇温したPDLと水素を所定量フィードした。実験により得られた温度分布データを表1に示す。なお、触媒あたりの液供給負荷[g/mL_触媒/hr]条件は分布1で1.0、分布2で2.0であり、GHSV[mL_ガス/mL_触媒/hr]は分布1、2とも500である。
【0040】
【表1】

【0041】
<Uの算出方法>
計算にはPDLの比熱として0.80[cal/g/K]、水素の比熱として3.5[cal/g/K]を用いた。Uは、触媒充填層を2.5cmの区間に分割しそれぞれ算出した(ただし、温度が安定状態になる直前までの区間)。計算式は、以下の式(4)の通りであり、Q(放熱)は各区間のPDLと水素の温度低下分の熱量として、「流量×比熱×2.5cm区間の温度変化」より計算した。なお、PDLと水素と触媒充填層の温度は触媒充填層のどの位置でも熱平衡に到達しており、3者は全て同じ温度と仮定した。各区間のUの合計値を区間数で割ることで平均値を算出し、この値をその実験条件でのUとした。表1、分布1の触媒層の0〜15cmの区間の温度データを解析した結果U=76[kJ/m/hr/K]と求められ、表1、分布2の触媒層の0〜17.5cmの区間の温度データを解析した結果U=108[kJ/m/hr/K]と求められた。
【0042】
【数3】

【0043】
<反応熱算出のためのHAE水素添加実験>
前記<水素添加実験>に示す装置を用いてHAEの水素添加実験を行い、定常状態の触媒充填層と外壁の温度分布を2.5cm間隔で測定・解析することで反応熱量を求めた。実験条件は、水素圧25MPa、反応開始温度(触媒充填層直近の温度):200℃、触媒あたりの液供給負荷は1.39[g/mL_触媒/hr]、GHSVは500である。実験により得られた温度分布データを分布3として表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
<反応熱の算出>
計算には、HAEの比熱:0.538[cal/g/K]、水添液の比熱:0.757[cal/g/K]を用いた。U値として、前記<Uの算出方法>で算出した触媒あたりの液供給負荷が1.0(表1、分布1)と2.0(表1、分布2)の値より触媒あたりの液供給負荷1.39相当の按分値:89[kJ/m/hr/K]を算出しこれを用いた。上記式(2)において、Q1は触媒充填層の入り口と出口におけるプロセス流体(液体及びガス)の温度差より計算した。Q2については2.5cmの各区間ごとに放熱量を求め、それらを全部足し合わせることで求めた。この結果、Q1=298[J/g],Q2=227[J/g]となり、この反応条件での反応熱(ΔH)は525[J/g]と計算された。
【0046】
<検証>
まず、本実施例において使用した市販の流体解析ソフトウエアのCFD解析による解析データの精度について、実際の水素添加実験により得られたデータ(反応率)と、CFD解析により得られたデータ(解析反応率)とを比較することにより、検証した。実験条件を下表3に示す。
【0047】
【表3】

【0048】
表3の反応条件における反応流体流出部39の反応液のsv値を測定したところ、反応率xA=0.937が得られた。またこのときの触媒充填層深さ方向の触媒充填層中心温度と反応器本体外側の温度プロファイルを図5に示す。
【0049】
<実験検証シミュレーション>
次に、市販の流体解析ソフトウエアを用いて、CFD解析による実験検証シミュレーションを実施した。解析条件は、下記表4の通りである。
【0050】
【表4】

【0051】
解析モデルは、図4に示す反応器を用いた。図4(a)は、実験検証シミュレーションに用いたモデルを示す説明図であり、図4(b)は、図4(a)のB−B´線に沿った断面図である。反応器は、300mmの高さの触媒充填層53を備え、内径19mm(壁面厚み3mm)に形成された円筒状の反応器本体50と、反応器本体50の内部に同軸となるように設けられ、内径4mm(壁面厚み1mm)に形成された円筒状の温度測定管54とを備えたものとした。反応器本体50及び温度測定管54はステンレス鋼(SUS304)から構成されているとした。反応器本体50の上部には、流体を流入可能な流入部51が形成され、反応器本体50の下部には、反応流体を流出可能な流出部52が形成されているとした。
【0052】
ここで、CFD内蔵の触媒充填層モデルおよび化学反応の計算方法を下記(5)式(エルガン式)及び表5(触媒充填層物性表)並びに表6(反応速度パラメータ)、(6)式(反応速度式)、(7)式(アレニウス式)及び(8)式(定常移流拡散方程式)に示す。
【0053】
【数4】

【0054】
前記(5)式において、dP/dxは距離当りの圧力損失[Pa/m]、μは流体粘度、ρは流体密度、Uは流体空塔換算流速[m/s]である。
【0055】
【表5】

【0056】
【表6】

【0057】
【数5】

【0058】
ここで、C1は、反応物質(ここではHAE)の濃度[mol/m]である。
【0059】
【数6】

【0060】
【数7】

【0061】
なお、式中サフィックスはアインシュタインの総和規約が適用される。
【0062】
<計算の条件>
実験検証シミュレーションにおける解析反応率の計算の条件は、以下の通りである。
(1)流体は、水素ガスと原料HAE液の二相流であるが、ここでは均相系として計算し、その物性は質量分率で按分した。(2)反応層内の触媒充填層の有効熱伝導度Kerは、軸方向や半径方向の位置によらず触媒充填層の全領域で同一とした。(3)反応器内温度は、触媒・液体・水素ガス全て同一と仮定した。(4)有効熱伝導度Kerの計算値は、流体と触媒充填層とから、周知の算出方法、例えば「化学工学論文集 第2巻 第1号 第53〜59頁 ((社)化学工学会 1976年発行)」などに記載されている方法により推算した。(5)使用物性データとして、密度・粘度・単体の熱伝導度・比熱の4つの物性は、HAEについては、HDLのASPEN推算値で代用し、水素ガスについては、「流体の熱物性値集 第94頁 (日本機械学会 1983年8月発行)」に記載されている実測物性(該当温度の物性が無い場合は外挿等により推算)を使用し、220〜260℃の平均を用いた。ここで、ASPEN推算値とは、ASPEN TECHNOLOGY 社製プロセスシミュレータ「ASPEN PLUS V7.1」を用いた推算値である。
【0063】
この実験検証シミュレーションによって得られた触媒深さ方向温度プロファイルを前記の<水素添加実験>の結果と併せて図5に実線で示した。また、解析反応率xA=0.917が得られ、前記の実験値(xA=0.937)とほぼ一致した。この結果、この条件でのCFD解析により実験結果を精度よく説明できることが確認できた。
【0064】
<解析シミュレーション>
次に、市販の流体解析ソフトウエアを用いて、CFD解析によるシミュレーションを実施し、反応器本体に伝熱板を設けた場合と設けない場合との触媒充填層内の温度分布、及び反応器本体に設けられる伝熱板の最適な触媒充填層の容積に対する表面積を求めた。
反応器内径0.42m×高さ12.7mのCFD解析を、上述した<実験検証シミュレーション>と同様の方法において実施した。図6(a)は、解析モデル図であり、図6(b)は、実施例1の場合の図6(a)のC−C´線に沿った断面図、図6(c)は、比較例1の場合の図6(a)のC−C´線に沿った断面図、図6(d)は、比較例2の場合の図6(a)のC−C´線に沿った断面図である。
【実施例1】
【0065】
実施例1の解析モデルは、図6(a)及び(b)に示すように、内部に直径が0.42m、軸方向の長さが12.7mの触媒充填層63が形成された円筒状の反応器本体60と、触媒充填層63内の反応熱を効率よく除去するために反応器本体60の内部に設けられ、横幅の長さが0.16m、厚さが3mmに形成されたSUS製の伝熱板64とを備えたものとした。このときの反応器容積に対する伝熱板の表面積は18.5[m/m]である。
【0066】
反応器本体60は、上部に反応流体が流入する流入部61が形成され、下部に反応流体が流出する流出部62が形成されているとした。伝熱板64は、反応器本体60内を流動する反応物の流動方向と平行な面を有し、かつ反応器本体60の内部の内壁面に垂直に交わるように設けられ、反応器本体60の内部の内壁面から内部の中心軸へ放射状に収束するように、等間隔をおいて8枚設けられているとした。実施例1の解析モデルは、このような伝熱板64を備える構成とすることにより、触媒充填層63内における反応で発生した反応熱流束が、伝熱板64によって半径方向外側に向かって壁に流れる構造とした。
【0067】
実施例1における解析シミュレーションでは、HAE液供給量LHSVは0.54、有効熱伝導度Kerは3.539[W/m/K]とし、反応器本体壁温度については、反応器上端から下方向に深さ4.5mまで181℃、4.5mから12.7mまで220℃とした。
また、これ以外の条件は、表3〜6と同じ条件を用いた。
【0068】
上述した<水素添加実験>においては、HAE供給量LHSVが0.8であり、触媒当りの液供給負荷が0.2[kg/m_触媒/s]であったが、反応器内径を0.42mにスケールアップした実施例1においては、灌液流条件を満たすためにHAE供給量LHSVを0.54、触媒当りの液供給負荷を0.15[kg/m_触媒/s]とした。なお、灌液流を実現できる範囲は、触媒充填層に供給する反応流体の量や速度などによる制限を受けるもので、例えば「化学工学 第46巻 第4号 第215〜220頁 (加藤康夫,広瀬勉 1982年発行)」に記載されている方法によって、流れの状態が灌液流の範囲にあるかどうかを判別することができる。
【0069】
実施例1の解析シミュレーションの結果を図7、8に示す。図7では反応器本体の軸方向(触媒充填層深さ)と触媒充填層内の温度分布(中心から半径方向0、0.10、0.16mの位置をそれぞれr、r、rとした)を実線で示している。一方、図8には反応率分布を実線で示した。伝熱板を設置することにより触媒充填層63内の温度はどの位置においても250℃を超えず適切な範囲に制御できることが示された。
【0070】
<生成物分解温度の確認>
本反応における好ましい反応温度範囲の上限値は次に示す実験により求めた。内容積100mLオートクレーブにHAE40g、前記<水素添加実験>で使用したものと同じ銅系触媒を4g仕込み、水素圧25MPa、攪拌回転数750rpm、所定温度で2hr反応させた。各反応温度で反応させた時の反応液のHDL濃度を図10に示す。図10より、温度が250℃を超えると分解反応によりHDL濃度が低下してしまうことがわかる。本反応の反応温度は250℃を超えないことが好ましいと考えられる。
【比較例1】
【0071】
次に、反応器本体に伝熱板を設けない場合について、解析シミュレーションを行った。シミュレーションの条件は触媒充填層63内に伝熱板がないこと以外は、実施例1と同じである。得られた深さ方向温度プロファイルおよび反応率をそれぞれ図7、図8中に破線で示した。伝熱板を設置しないと触媒充填層63内の温度はどの位置においても250℃を超え、特に中心部(r)での最高温度は290℃に達した。
【0072】
実施例1及び比較例1の結果より、反応器内に伝熱板を設置することによって触媒充填層内で発生する反応熱を効率的に除熱できることがわかった。
【比較例2】
【0073】
次に、反応器本体に設けられる伝熱板の表面積を小さくした場合について、解析シミュレーションを行った。触媒充填層63内の伝熱板64´の横幅の長さが、実施例1の1/3の長さ(0.05m)である点以外は、実施例1と同じ条件で解析シミュレーションを行った。このときのこのときの反応器容積に対する伝熱板の表面積は5.8[m/m]である。得られた深さ方向温度プロファイルを図9に破線で示した。伝熱板の表面積が充分でないと触媒充填層63内の位置r、rにおける温度が250℃を超えてしまうことがわかる。特に中心部(r)での最高温度は280℃付近にまで達した。
【0074】
比較例2の結果より、反応器内に設置した伝熱板の表面積が不足すると、触媒充填層内で発生する反応熱を充分に除去できず、中心部近傍でホットスポットが発生してしまうことが判明した。
【符号の説明】
【0075】
1 反応器、10 反応器本体、12 内部空間、14 流入部、16 流出部、18 内壁面、20 伝熱板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体触媒に灌液流条件下にて気体及び液体を接触させ気液固触媒反応を実施するトリクルベッド式反応の際に使用する固体触媒を充填する円筒状の反応器本体と、
該反応器本体の内壁面に接し、かつ前記反応器本体の中心軸に対して実質的に平行に設けられた伝熱板とを備え、
前記反応器本体の固体触媒が充填される領域における、前記中心軸に垂直に交わる任意の異なる二つの断面の間の反応器区分において、前記伝熱板の表面積が、該反応器区分の容積に対し8.0〜100[m/m]となるように設けられていることを特徴とする反応器。
【請求項2】
前記伝熱板の、前記反応器区分の容積に対する表面積が8.0〜30.0[m/m]となるように設けられていることを特徴とする請求項1記載の反応器。
【請求項3】
前記伝熱板が、熱伝導率が10[W/(m・K)]以上の材料から形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の反応器。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の反応器を用いて、反応器に供給する反応原料液の重量あたりの反応熱を450〜600[J/g_反応原料液]に調整して、トリクルベッド式反応を実施することによって製造することを特徴とする反応物の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれかに記載の反応器を用いて、エステル基の水素化をトリクルベッド式で実施し、アルコール類を得ることを特徴とする反応物の製造方法。
【請求項6】
エステル基が6−ヒドロキシヘキサン酸エステルに含まれるエステル基であり、得られるアルコール類が1,6−ヘキサンジオールであることを特徴とする請求項5記載の反応物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−5966(P2012−5966A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−144620(P2010−144620)
【出願日】平成22年6月25日(2010.6.25)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【Fターム(参考)】