説明

受動式測距装置

【課題】地球局から静止軌道上の通信衛星に至る測距精度を得ることと、通信リソースの消費を抑えることが互いに背反して、両立が不可能である、という従来の技術での問題を解決し、通信リソースの消費なしに高精度測距を行なう。
【解決手段】通信信号を地球局から衛星に向けて送信し、その通信信号は衛星で中継された後に同じ地球局にて受信する。送信された通信信号の中間周波信号と、受信された通信信号の中間周波信号とをそれぞれサンプリングし、それぞれのデータ間に相互相関処理を施して相関関数を得、相関関数から送信信号と受信信号間の遅延時間を測る。さらに、相互相関処理では、上記データに位相回転操作を行なって相互相関関数のピークレベルを改善した後遅延時間を測る。地上の基地局と中継局間でもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、地球局から通信衛星までの距離を正確に測る受動式測距装置に関している。
【背景技術】
【0002】
地球の静止軌道にある通信衛星は、国際間の取り決めに従って、軌道上における固有の位置を割り当てられることになっている。その固有位置から一定の範囲内にあるように、実際の衛星の位置は保たれなければならない。ところが、衛星には、月や太陽の引力等が作用することによって、軌道上の位置が時間とともに徐々にずれていくことが避けられない。このため通信衛星に対しては、定期的に軌道を計測し、軌道のずれを修正して元に戻すことが行なわれている。軌道を計測するためには、地球局から衛星に至る距離を測ることが基本となる。従って衛星の距離を測ること、すなわち測距は、通信衛星を軌道上で運用するために必須の技術である。
【0003】
静止軌道の上には現在、世界の各国の通信衛星が数多く運用していて、軌道が混雑している。通信衛星の近隣に別の通信衛星があって、衛星どうしが近づきすぎることを懸念する場合がみられるようになった。このような場合、測距の精度を向上することによって、軌道管制の精度を上げることは大きな意味を持つ。
【0004】
通信衛星の測距のためには従来、次のような技術が用いられてきた。地球局において測距用の信号、例えばパルス信号、を発生し、それを衛星に向けて送信する。その測距信号は衛星で中継された後、同じ地球局にて受信される。地球局では、測距信号を送信してから受信するまでに要した時間、すなわち遅延時間を測る。遅延時間が分かれば、その2分の1に光速度を乗じることで、衛星に至る距離を直ちに算出できる。ただし遅延時間のうちの一部は、地球局の内部および衛星の内部で生じた遅延であるから、内部遅延はあらかじめ測っておいて差し引くものとする。この場合には、測距とは、遅延時間を測ることと言いかえてよい。
【0005】
従来の測距技術には、次のような問題があった。測距信号を衛星で中継させるためには、衛星の中継器が有する周波数帯域の一部を占有しなければならない。パルス信号を用いる場合、測距の精度を高くしようとすると、測距信号の帯域幅を広げる必要があるから、その分、占有する帯域も増大してしまう。通信衛星の中継器が有する帯域は本来、ユーザに提供する通信サービスのためのリソースであるが、測距はその通信リソースの一部を消費することになる。通信リソースの消費を抑えようとすると、測距信号の帯域幅を狭くしなければならず、すると測距の精度が低くなる。このように従来の技術は、測距精度を得ることと、通信リソースの消費を抑えることが互いに背反して、両立が不可能であるという問題をともなっていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、測距精度を得ることと、通信リソースの消費を抑えることが互いに背反して、両立が不可能であるという従来の技術での問題を解決し、通信リソースの消費なしに高精度測距を行なう。
【発明の効果】
【0007】
本発明による測距装置を用いることで、地球局の通常の送信信号とそれが中継され受信された受信信号とを、測距装置に入力するだけで、衛星の距離を測ることができる。つまり、あえて測距用に信号を発生し、その信号を衛星に中継させる必要がない。従って、通信衛星のリソースである周波数帯域を測距のために占有する必要が一切なくなる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の受動式測距装置は、基地局から、該基地局に該基地局からの電波を返送できる中継局までの距離を電波を用いて測定する測距装置である。この受動式測距装置は、(1)通信信号を基地局から中継局に向けて送信する送信手段と、該通信信号は中継局で中継された後に上記基地局で受信する受信手段と、(2)基地局で送信した上記通信信号の中間周波信号と、基地局で受信した通信信号の中間周波信号との相互相関関数を求める相関器と、(3)上記相互相関関数から、上記通信信号が基地局から中継局を経由して再び基地局に至るまでに要する遅延時間を測る演算器と、を備える。さらに、上記遅延時間の測定においては、上記相互相関関数の示すピークが上記遅延時間の測定に充分な鋭さを示す様に、上記通信信号の中間周波信号あるいは上記受信した通信信号の中間周波信号通信信号を移相した後の上記相互相関関数を用いて遅延時間を測る。
【0009】
上記受動式測距装置は、次のように動作する。(1)通信信号を基地局から中継局に向けて送信し、該通信信号は中継局で中継された後に上記基地局で受信し、(2)基地局で送信した上記通信信号の中間周波信号と、基地局で受信した通信信号の中間周波信号との相互相関関数を求め、(3)上記相互相関関数から、上記通信信号が基地局から中継局を経由して再び基地局に至るまでに要する遅延時間を測る。また、上記遅延時間の測定においては、上記相互相関関数の示すピークが上記遅延時間の測定に充分な鋭さを示す様に、上記通信信号の中間周波信号あるいは上記受信した通信信号の中間周波信号通信信号を移相した後の上記相互相関関数を用いて遅延時間を測ることを特徴としている。
【0010】
上記の基地局は地上局であり、上記中継局は地球の静止軌道にある通信衛星であってもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、この発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の説明においては、同じ機能あるいは類似の機能をもった装置に、特別な理由がない場合には、同じ符号を用いるものとする。
【実施例1】
【0012】
はじめに、衛星通信が行われる基本概念を図1によって説明する。図1では、第1ユーザから第2ユーザに向けて通信信号が伝送される場面を表す。第1ユーザが発した通信信号は、第1地球局にて変調器MODにより中間周波信号IFに変換されてから、送信系TXにより上りリンクに変換されて衛星Sに送信される。衛星は上りリンクを受けて、周波数変換および増幅を施した後、下りリンクとして地球方向へ送信する。それを地球局2の受信系RXが受けて中間周波に変換し、復調器DEMにより通信信号に変換したものを、第2ユーザに渡す。このようにして第1ユーザから第2ユーザへ通信信号が伝送される。
【0013】
さて、通信衛星が正常に動作しているか監視するために、第1地球局では、衛星からの下りリンクを受けているとする。具体的には、受信系RXで中間周波IFに変換し、それを監視測定に用いる。このような回線の監視は、衛星管制局や、まとまった容量の通信を扱う地球局において一般的に行われるものである。第1地球局において、送信系TXに入力される中間周波信号を信号A、また、受信系RXが出力する中間周波信号を信号Bとする。信号Aと信号Bは、同一の中心周波数を持つとしてよい。信号AおよびBの時系列をそれぞれ、波形Aおよび波形Bとして観察すると、波形Aをある時間だけ遅延させたものが波形Bに相当し、その遅延Tは、信号が地球局と衛星の間を往復するに要した時間に等しい。ここで、信号Aと信号Bに相互相関処理XCを施して、相互相関関数を作ると、その関数は、時間軸上のある点でピークを示し、そのピークの位置Tが遅延時間を表す。このようにして、通信信号が地球局と衛星の間を往復するときの遅延時間を測ることができる。ただし遅延時間のうちの一部は、地球局の内部および衛星の内部で生じた遅延であるから、内部遅延はあらかじめ測っておいて差し引くものとする。以上が本発明による測距装置の基本原理をなす。
【0014】
上記信号AとBは、すでに存在している通信信号を分岐して参照するものであるから、測距のために能動的に信号を発生して送信する必要がない。つまり測距は受動的に行われる。図1では模式的に第1ユーザと記したが、ここで対象としている地球局において、通信ユーザは多数あるのが普通であり、従って中間周波信号IFは常に存在して、その帯域幅は広いと考えてよい。上記信号AとBの帯域幅が広ければ、この帯域幅に比例して相互相関関数のピークが急峻になり、測距の精度を高くとることができる。しかも上記信号AとBは常に存在するので、測距も常に実行できる。
【0015】
しかし、上記の基本原理にもとづいて、実際に遅延時間を測るためには、以下に示す様に、解決を要する問題がある。通信信号が往復するにあたり、信号は各所で変換をうける。まず送信系TXにおいて中間周波から上りリンクへ、衛星Sの中継器において上りリンクから下りリンクへ、そして受信系RXにおいて下りリンクから中間周波に変換される。これらの変換はどれも、周波数変換をともなう。周波数変換をおこなうと、通信信号の位相に変化が生じる。その変化は、局部発振信号がその時点で示している位相の値が、通信信号の位相に加算または減算されるように起きる。通信信号が往復を終えた段階で、通信信号の位相に生じた変化量は、各所で生じた位相の加算または減算を合計したものに等しい。この合計の位相変化量をθとおく。このθの値は一定であることが望ましいが、現実には変わることを避けられない。特に衛星内の局部発振器は、地球局内の局部発振器とは別個のものであって、その位相を地球局から制御するということは普通おこなわない。衛星内の局部発振器にわずかな周波数の偏差があれば、その位相は時間とともに変化していくことになる。よって位相変化量θは時間とともに変わり、その値は未知であるとしなければならない。信号A、Bに相互相関処理XCを施して遅延時間を測る際には、この位相変化量θの影響を考慮する必要がある。
【実施例2】
【0016】
図2は、本発明による測距装置の、実際の構成例を表すブロック図である。入力端Aと入力端Bから図1における信号A、Bをそれぞれ入力する。信号A、Bは、それぞれAD変換され、サンプリングされたデータがシフトレジスタSRA,SRBにそれぞれ格納される。ただし信号Aは、遅延回路DLを経由していて、その遅延量は大略、地球局と衛星の間の往復遅延時間に等しく設定しておく。すると、レジスタSRA、SRBに格納された波形は、共通した部分をもつことになる。もしこの遅延回路が無いか、あっても遅延量が小さいか大すぎたなら、レジスタSRA、SRBには全く異なる波形が格納されることになるので、以下に述べる相関処理が成り立たない。地球局から通信衛星への概略の距離はあらかじめ分かっており、その距離の変化は1日を周期とした緩やかなものであるから、遅延回路に設定すべき遅延量は実際上、困難なく定めることができる。
【0017】
レジスタSRA、SRBに格納した波形に対しては、それぞれフーリエ変換FTを施す。二つのフーリエ変換結果から相互乗積をとり、それをデータFXとする。ただし乗積をとる際、信号Aの変換結果は複素共役に変えておく。相互乗積データFXに逆フーリエ変換IFTを施すと、信号Aと信号Bの相互相関関数が得られる。この相互相関関数が示すピークaが、どの位置に現れるかを割り出せば、遅延時間Tを検出することができる。ここで注意として、検出したTはレジスタSRA、SRBに格納した波形の間の遅延を表すから、これに、遅延回路DLに設定してあった遅延量を足したものが、測距を与える実際の遅延時間となる。
【0018】
さて、図2の相互相関関数に描いたピークaは、前に指摘した位相変化量θの値が、理想的に零であった場合を表している。現実にはθが零でない値をもつが、その影響はデータFXに現れる。FXは多数の要素をもつデータの組で、その各要素は複素量になり、その偏角は、信号Aを基準とした信号Bの位相に対応しているが、これら各要素の偏角に対して一斉にθが加算されていることになる。これにともなって、逆フーリエ変換から得る相互相関関数のピークは、図2の相互相関関数のbのように、レベルが低下して急峻さを失う。これは、遅延時間Tを検出する精度、つまり測距の精度が低下することを意味する。この精度低下を回避するために、次のような手段を講じる。
【0019】
データFXの各要素の偏角に対して一斉に、ある補正量φを加算する。その補正量は小さい値を任意に選んで試行的に加算するものである。これに応じて、相互相関関数のピークbは、レベルが上がるか、または下がるかのどちらかである。よってレベルが上がるように補正量φを探し求めていけば、相互相関関数のピークが最大になるような補正量φを見出すことができる。すなわち、位相変化量θを相関処理のなかで検出し、これによって、θが相関処理に及ぼそうとした影響を、相関処理のなかで等価的に補償することができる。この操作を、図2では位相制御PCとして表した。
【0020】
さて、以上に述べた相関処理ならびに位相変化量の補償は、一組のFXデータに対するものであった。FXデータとして多数の組を収集して用いれば、次のような効果が得られる。通信信号はいつでも存在しているから、シフトレジスタには引き続いた信号サンプルを次々と格納できるので、データFXも次々と得ていくことができる。こうして得る多数のデータFXを積算していく。ただし一組のデータFXを得るたびに、上記の手順によって補正量φを見出して補正を加えるものとする。データFXには通信回線で生じた雑音の成分が含まれているが、多数のデータを積算することで、雑音成分が平滑化されて抑圧される。この結果、相関関数のピークレベルがさらに増大して、遅延時間Tの検出精度が向上する。この精度向上は、位相変化量θの影響を補償することによってはじめて成り立つものである。一組のデータFXごとに見出した補正量φは、時間とともに変わり、それはθの時間変化を追従することにほかならない。θの時間変化があまりに速ければ、追従に困難を生じるが、実際の通信衛星の中継器に関してはθの変わり方は緩やかであり、補正量φを見出す手順は現実的に実行が可能である。
【0021】
ただし、この実施例の場合も、遅延時間のうちの一部は、地球局の内部および衛星の内部で生じた遅延であるから、内部遅延はあらかじめ測っておいて差し引くものとする。
【0022】
以上をまとめると、本発明は、まず地球局と衛星の間を往復している通信信号の存在に着目し、その往復の遅延時間を相関処理によって測ることを考え、その相関処理を現実の条件下で精度を失わずに行い得るように、位相変化量の影響を等価的に補償する手段を講じることによってなされたものである。
【0023】
通信衛星は本来的に、容量の大きい通信信号を中継するものであるから、図中の信号A、Bは帯域幅が広く、このことは、精度の高い測距を可能にする。しかもデータの積算に基づいて更に精度を改善することができる。結果として、従来の技術にともなっていた、測距精度を得ることと、通信リソースの消費を抑えることとが互いに背反する、という問題が完全に解消する。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明の測距装置を、もっぱら通信衛星を対象として説明した。これは、静止軌道を混雑させている衛星の大多数は通信衛星であることから、本発明は、静止軌道の混雑による問題を緩和するにあたり意義が大きいためである。
【0025】
また、本発明の測距装置は、上記の地球局と衛星とを、地上の基地局と地上の中継局とにそれぞれ置き換えても適用できることは明らかである。ここで、中継局としては、例えば、無線LANのリピータや携帯電話なども用いることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施形態を示す衛星通信の基本概念、および発明の基本原理を表すブロック図である。
【図2】本発明による測距装置の実際の構成例を表すブロック図である。
【符号の説明】
【0027】
A 送信系への入力中間周波信号
a 相互相関関数の理想的なピーク
AD AD変換
B 受信系からの出力中間周波信号
b 相互相関関数のピークレベルの低下
DEM 復調器
DL 遅延回路
FT フーリエ変換
FX 相互乗積データ
IF 中間周波信号
IFT 逆フーリエ変換
MOD 変調器
PC 位相制御
RX 受信系
S 通信衛星
SRA、SRB シフトレジスタ
T 遅延時間
TX 送信系
XC 相互相関処理

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基地局から、該基地局に該基地局からの電波を返送できる中継局までの距離を電波を用いて測定する測距装置であって、
(1)通信信号を基地局から中継局に向けて送信する送信手段と、該通信信号は中継局で中継された後に上記基地局で受信する受信手段と、
(2)基地局で送信した上記通信信号の中間周波信号と、基地局で受信した通信信号の中間周波信号との相互相関関数を求める相関器と、
(3)上記相互相関関数から、上記通信信号が基地局から中継局を経由して再び基地局に至るまでに要する遅延時間を測る演算器と、を備え、
上記遅延時間の測定においては、上記相互相関関数の示すピークが上記遅延時間の測定に充分な鋭さを示す様に、上記通信信号の中間周波信号あるいは上記受信した通信信号の中間周波信号通信信号を移相した後の上記相互相関関数を用いて遅延時間を測ることを特徴とする受動式測距装置。
【請求項2】
基地局から、該基地局に該基地局からの電波を返送できる中継局までの距離を電波を用いて測定する測距装置であって、
(1)通信信号を基地局から中継局に向けて送信し、該通信信号は中継局で中継された後に上記基地局で受信し、
(2)基地局で送信した上記通信信号の中間周波信号と、基地局で受信した通信信号の中間周波信号との相互相関関数を求め、
(3)上記相互相関関数から、上記通信信号が基地局から中継局を経由して再び基地局に至るまでに要する遅延時間を測る、という特徴を備え、
さらに、上記遅延時間の測定においては、上記相互相関関数の示すピークが上記遅延時間の測定に充分な鋭さを示す様に、上記通信信号の中間周波信号あるいは上記受信した通信信号の中間周波信号通信信号を移相した後の上記相互相関関数を用いて遅延時間を測ることを特徴とする受動式測距装置。
【請求項3】
上記の基地局は地上局であり、上記中継局は地球の静止軌道にある通信衛星であることを特徴とする請求項1あるいは2のどちらかに記載の受動式測距装置。

【図1】
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【図2】
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