説明

口腔内粘膜フィルム剤

【課題】口腔内粘膜に貼付したり口腔内で溶解して、口腔内粘膜を介して薬物を吸収せしめる経口腔内粘膜型のフィルム剤において、口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有すると共に、そのpH調整剤の影響による薬物の不安定性を排除した口腔内粘膜フィルム剤を提供する。
【解決手段】薬物を含有する溶解性の薬物層と、薬物を含有しない崩壊性または溶解性の非薬物層とを備えた口腔内粘膜フィルム剤であり、かつ前記非薬物層に薬物の口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有させ、前記薬物層にpH調整剤を含有させない口腔内粘膜フィルム剤。特に、前記薬物はフェンタニル類化合物である。pH調整剤は、水酸化ナトリウム、リン酸三ナトリウム、無水リン酸二ナトリウム、クエン酸等である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口腔内粘膜に貼付したり口腔内で溶解して、薬物を口腔内粘膜を介して吸収せしめる経口腔内粘膜型のフィルム剤に係わり、特に崩壊性または溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層とを備え、かつ口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有すると共に、そのpH調整剤の影響による薬物の不安定性を排除した口腔内粘膜フィルム剤に関する。
【背景技術】
【0002】
薬物を含んだ薬物層とpH調整剤とを含有する製剤は従来から知られている。例えば、特許文献1には、薬物としてスルホニル尿素化合物、特にグリピジドを含んだ素錠と、その素錠を被覆する腸溶被覆及び/または疎水性被覆とを有している製剤が開示されている。pH調整剤としてのアルカリ化賦形剤は、薬物と混合され素錠が形成されている。一方、腸溶被覆及び/または疎水性被覆は、当然口腔内では不溶性であり、その被覆層にはpH調整剤は添加されていない。
【0003】
特許文献2には、公報図1に薬剤(即ち薬物)と発泡剤とが混在した薬物層と、その外周を囲む腸コーティング層とが形成された層状タブレットが開示されている。また、公報図2には、上記薬物層と腸コーティング層との間に、粘膜接着剤層が設けられた層状タブレットが示されている。さらに、公報図3および図4には、薬剤(即ち薬物)と浸透高進剤とが混在した薬物層と、その薬物層の外周を、内側から外側に向けて順に粘膜接着剤層、発泡剤層、腸コーティング層が設けられている層状タブレットが示されている。
【0004】
これら層状タブレットの薬物層において、腸粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含ませることが開示されている(段落番号[0011]〜[0013]参照)。さらに、公報図3および図4の層状タブレットにおける粘膜接着剤層の外側の発泡層としてアルカリ物質を用いることが示されているが、その目的は発泡により、胃腸の部分を引き伸ばし、粘膜層を薄い状態にして投与形態物を細胞の表面に容易に接着するようにするためである(段落番号[0028]参照)。このタブレット内の発泡剤とは別に、投与形態物の周囲のコーティング層に発泡成分である炭酸水素ナトリウムまたは他のアルカリ物を存在させることが示されているが、その目的は胃の内容物内で反応を行うとともに、胃を一層迅速に空にさせることにある(段落番号[0024]参照)。
なお、特許文献2のこれら開示技術においても、薬物層に隣接する粘膜接着剤層には、pH調整剤は存在していない。また、公報図1〜図4の最外殻の腸コーティング層は、当然口腔内では不溶性である。
【0005】
特許文献3には、公報図1に、薬物含有組成物14と水膨潤性組成物16とが水透過性で水不溶性の高い強度を有するコーティング18によって包み込まれている製剤が開示されており、薬物含有組成物14にpH調整剤を含有させることが示されている(段落番号[0051]参照)。水膨潤性組成物16とコーティング18とには、pH調整剤は含有されていない。
特許文献4には、剤形を形成する際に、薬物にpH調整剤を加えることが開示されているにすぎない(段落番号[0130]参照)。
【0006】
以上の特許文献における薬剤は、いずれも消化管吸収を行う経口投与の錠剤であり、しかも腸溶コーティングを施しているものがほとんどである。したがって、口腔内で溶解させて口腔内粘膜を介して薬物を吸収せしめる口腔内粘膜貼付剤、口腔速溶剤等の口腔内粘膜フィルム剤と本質的に作用効果を異にするものばかりであり、口腔内粘膜フィルム剤に関するものではない。しかも、pH調整剤を薬物層に含有させると共に必要によりpH調整剤を薬物層と他の非薬物層の両方に含有させることが単に示されているにすぎない。
【0007】
口腔内粘膜フィルム剤において、pH調整剤を用いている例としては、本願と同一出願人により特許出願された特許文献5の口腔内粘膜貼付剤がある。この特許文献5には、フェンタニル類化合物と半合成水不溶性高分子化合物、半合成水溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物、水溶性多価アルコール及びpH調整剤とからなる一層の口腔内粘膜貼付剤、さらには、半合成水不溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物及び水溶性多価アルコールからなる口腔内で非崩壊性または非溶解性の支持層と、フェンタニル類化合物、半合成水溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物、水溶性多価アルコール及びpH調整剤からなる口腔内で溶解性の薬物層との二層からなる口腔内粘膜貼付剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2001−519377号公報
【特許文献2】特表2002−543109号公報
【特許文献3】特表2003−518489号公報
【特許文献4】特表2003−526666号公報
【特許文献5】特開2002−275066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本願と同一出願人による上記特許文献5に記載の口腔内粘膜貼付剤は、鎮痛効果の高い薬物として知られているフェンタニル類化合物とpH調整剤を薬物層に含有させたものであり、pH調整剤を薬物層に含有させることにより、そのフェンタニル類化合物の口腔内粘膜の吸収を格段に向上させている。しかしながら、この口腔内粘膜貼付剤は、有効成分であるフェンタニル類化合物の保存期間中の安定性が今一つ物足りない状態であり、必ずしも満足し得るものではなかった。
【0010】
そこでこの発明の目的は、口腔内粘膜に貼付したり口腔内で溶解して、口腔内粘膜を介して薬物を吸収せしめる経口腔内粘膜型のフィルム剤、すなわち、口腔内粘膜フィルム剤において、口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有すると共に、保存期間中の薬物の不安定性を排除した口腔内粘膜フィルム剤を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは前記の課題を解決すべく、鋭意研究の結果、上記特許文献5の如き従来の口腔内で非溶解性又は非崩壊性の支持層、すなわち薬物を含有しない口腔内で非溶解性又は非崩壊性の非薬物層を、口腔内で崩壊性または溶解性の非薬物層に代えると共に、この非薬物層に薬物の口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有させ、前記薬物層にpH調整剤を含有させないことにより、前記目的を達成できることを見出し、本発明に到達したものである。
【0012】
本発明の請求項1に係る口腔内粘膜フィルム剤は、フェンタニル類化合物を含有し口腔内で溶解性の薬物層と、フェンタニル類化合物を含有せず口腔内で崩壊性または溶解性の非薬物層とを備え、前記非薬物層にフェンタニル類化合物の口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有させ、口腔内粘膜に貼付したり口腔内で溶解してフェンタニル類化合物を口腔内粘膜を介して吸収せしめる口腔内粘膜フィルム剤であって、前記薬物層にpH調整剤を含有させないとともに、薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との日本薬局方崩壊試験法第2液に対する溶解速度比が5:1〜1:5の範囲にあることを特徴とする。
【0013】
かような構成を有する本発明の口腔内粘膜フィルム剤によれば、崩壊性または溶解性の非薬物層から溶出したpH調整剤により、口腔粘膜近傍が、溶解性の薬物層から溶出した薬物を吸収しやすい環境に整えられ、薬物層より溶出した薬物が口腔内粘膜から効率よく吸収される。一方、この口腔内粘膜フィルム剤は、保存期間中においては、pH調整剤が薬物層に含有されていないので、そのpH調整剤の影響による薬物の不安定性が排除される。
【0014】
本発明の口腔内粘膜フィルム剤は、非薬物層を崩壊性または溶解性にするように構成するので、薬物層と非薬物層は共に可食性でなければならない。可食性とは、食品若しくは食品添加物として認められている物質並びに/または医薬品若しくは医薬品添加物として経口投与が認められている物質のみからなることを意味する。
【0015】
上記非薬物層とは、支持層、バッキングレィヤー、粘膜非付着層、コーティング層、被覆層等を含む概念であり、上記薬物層は有効成分である薬物を含有する層であればよく、薬物を含有する粘膜付着性層、薬物を含有する水親和性高分子層、薬物を含有する接着層等を含む概念である。そして、口腔内で溶解性の薬物層とは、口腔内で溶けて薬物が溶出してくる薬物層のことを言い、口腔内で崩壊性または溶解性の非薬物層とは、口腔内で崩壊又は溶解する非薬物層で、この崩壊又は溶解により結果的にpH調整剤が溶出してくるものを言う。この薬物層および非薬物層それぞれの各層全体が口腔内で溶解する時間は、5秒から24時間の広範囲にわたり、より好ましくは10秒から12時間の範囲となる。この時間の検証は、日本薬局方崩壊試験法第2液に対する溶解時間によって行うものとする。日本薬局方崩壊試験法第2液は、0.2mol/Lリン酸二水素カリウム試液250mLに0.2mol/L水酸化ナトリウム試液118mLおよび水を加えて1000mLとしたもので、無色澄明で、pHは約6.8である。
【0016】
なお、この崩壊性または溶解性の非薬物層が両端に位置し、両非薬物層の間に溶解性の薬物層があるようにするのが好ましい。このように両外層を崩壊性または溶解性の非薬物層にすることにより、保存中における薬物層の包材への付着を防止すると共に、指で薬物層を掴んだ場合における指への付着を防止し、使用者の取り扱い易さを向上させることが出来る。
【0017】
また、本発明においては、pH調整剤を含有する非薬物層とそのpH調整剤の作用を受ける薬物を含有する薬物層とが口腔内で溶解または崩壊して、pH調整剤と溶解した薬物とが相互に作用し得るフィルム構造であれば、他の薬物層や非薬物層があってもよく、厚さ千μm〜数μm、好ましくは数百μm〜数十μmの薄い層を積層して、全体の厚さが数千μm〜数十μm程度の薄い多層構造としてもよい。
【0018】
さらに、薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との日本薬局方崩壊試験法第2液に対する溶解速度比が5:1〜1:5の範囲にある。
薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との溶解速度比が、上記範囲にあることにより、溶出した薬物に対してpH調整剤が確実に作用し、口腔内で薬物層より溶出した薬物は口腔内粘膜から効率よく吸収される。
【0019】
請求項2に係る発明は、請求項1記載の口腔内粘膜フィルム剤において、薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との日本薬局方崩壊試験法第2液に対する溶解速度比が3:1〜1:3の範囲にあることを特徴とする。
薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との溶解速度比が、上記範囲にあることにより、溶出した薬物に対してpH調整剤がさらに確実に作用し、口腔内で薬物層より溶出した薬物は口腔内粘膜から効率よく吸収される。
【0020】
請求項3に係る発明は、請求項1〜2のいずれか1項に記載の口腔内粘膜フィルム剤において、薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層とは圧着によって積層されたことを特徴とする。
請求項4に係る発明は、請求項3記載の口腔内粘膜フィルム剤において、薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との圧着は、品温が50℃〜180℃、圧力0.05〜1.5MPaの範囲で行われ、積層される各層の厚さが1〜1000μmであることを特徴とする。
【0021】
かような極めて薄い複数のフィルム剤層が圧着によって積層された本発明の口腔内粘膜フィルム剤は、生産性のよい口腔内粘膜フィルム剤とすることができ、しかも医薬製剤等に要求される量的精度を満たすことが可能なものとなる。これに対して、剥離フィルム上でフィルム剤層調製液(薬物層調製液やpH調整剤を含有する非薬物層調製液等)の塗布・乾燥を順次繰り返し行って、所望数のフィルム剤層を形成させる従来の積層塗布法で得られた多層フィルム剤では、先に塗布・乾燥して形成したフィルム剤層の上にさらにフィルム剤層調製液を塗布するため、先の乾燥したフィルム剤層の厚さが影響し、二度目以降のフィルム剤層調製液の塗布厚さを量的に正確にすることが困難で、薬剤成分等の正確な量が制御できず、得られた多層フィルム剤は、医薬製剤に要求される量的精度を満たすことはできない。この傾向は、三層以上になると顕著に現れる。
【0022】
上記作用に加えて、特に本発明の圧着によって積層された口腔内粘膜フィルム剤は、積層された各フィルム剤層が個々に明確に区分されているという作用をもたらす。すなわち、図5の断面顕微鏡写真に示されているように、本発明の圧着によって積層された口腔内粘膜フィルム剤は、フィルム剤層とフィルム剤層との境界Xが明瞭に見え、積層された各フィルム剤層を明確に識別することができる。これに対して、塗布・乾燥を繰り返して積層する従来の積層塗布法で得られた積層構造では、各フィルム剤層の境界Yが不明瞭でぼやけて見え、積層された各フィルム剤層を明確に判別できない。これにより、本発明の薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層とは、明確に区画され非薬物層のpH調整剤が薬物層の薬物に悪影響を及ぼすことがさらに少なくなる。
【0023】
請求項5に係る発明は、請求項1に記載の口腔内粘膜フィルム剤において、薬物層が半合成水溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物及び水溶性多価アルコールを含有し、pH調整剤を含有する非薬物層が半合成水溶性高分子化合物及び水溶性多価アルコールを含み、いずれも可食性であることを特徴とする。
請求項6に係る発明は、請求項5記載の口腔内粘膜フィルム剤において、pH調整剤を含有する非薬物層が半合成水不溶性高分子化合物をさらに含み、この半合成水不溶性高分子化合物が、エチルセルロース(EC)およびヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)からなる群より選ばれた少なくとも一種であることを特徴とする。
【0024】
上記半合成水不溶性高分子化合物とは、イオン交換水等の精製水における不溶性を意味する。例えばエチルセルロース(EC)やヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)は、精製水に不溶であり、この半合成水不溶性高分子化合物に属する。なお、唾液等の如きpHが5.0以上の液体にはエチルセルロース(EC)は不溶であるが、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)は溶解する。
【0025】
請求項7に係る発明は、請求項5または請求項6に記載の口腔内粘膜フィルム剤において、
半合成水溶性高分子化合物が、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、メチルセルロース(MC)、カルボキシメチルセルロース・ナトリウム(CMC−Na)およびアルギン酸ナトリウムからなる群より選ばれた少なくとも一種であり、
合成水溶性高分子化合物が、カルボキシビニルポリマー(CVP)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)およびポリアクリル酸ナトリウム(PAA−Na)からなる群より選ばれた少なくとも一種であり、
水溶性多価アルコールが、ポリエチレングリコール(PEG)、プロピレングリコール(PG)、グリセリン、D−ソルビトール、マルチトールおよびキシリトールからなる群より選ばれた少なくとも一種であり、
pH調整剤が、アルカリ側に調整するpH調整剤である水酸化ナトリウム、酢酸ナトリウム3水和物(CH3COONa・3H2O)、炭酸水素ナトリウム無水物、リン酸水素二ナトリウム無水物、リン酸水素二ナトリウム12水和物(Na2HPO4・12H2O)、リン酸三ナトリウム12水和物(Na3PO4・12H2O)および乳酸カルシウム5水和物(C363・5H2O)からなる群より選ばれた少なくとも一種、あるいは、酸側に調整するpH調整剤であるクエン酸、酒石酸、乳酸、アマリン酸、フマール酸、アジピン酸および琥珀酸からなる群より選ばれた少なくとも一種であるであることを特徴とする。
【0026】
請求項8に係る発明は、請求項1記載の口腔内粘膜フィルム剤において、前記フェンタニル類化合物がクエン酸フェンタニルであることを特徴とする。
請求項9に係る発明は、請求項8記載の口腔内粘膜フィルム剤において、口腔内粘膜フィルム剤2質量部と水98質量部とを混合し、少なくともその薬物層が溶解した後の水溶液のpHが4.0〜8.0であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明の口腔内粘膜フィルム剤によれば、pH調整剤が薬物層に含有されていないので、保存期間中において、pH調整剤の影響による薬物の不安定性を排除できる。一方、使用時においては、崩壊性または溶解性の非薬物層から溶出したpH調整剤により、口腔粘膜近傍が、溶解性の薬物層から溶出した薬物を吸収しやすい環境に整えられ、薬物層より溶出した薬物が口腔内粘膜から効率よく吸収される。
【0028】
特に、上記したpH調整剤の影響による薬物の不安定性の排除効果は、薬物層と非薬物層とを圧着して口腔内粘膜フィルム剤を形成した場合、従来の積層塗布法で積層するよりも薬物層と非薬物層との境界が明瞭で、薬物層の一部と非薬物層の一部とが製造過程で混ざり合うことがないので、より一層向上する。この効果は、非薬物層と薬物層の接触面積が厚さに対して極めて大きいフィルム剤において、錠剤の如き上記接触面積と厚さの比が小さいものに比較して、より一層顕著に現れる。また、極めて薄い複数のフィルム剤層を圧着によって積層した積層状口腔内粘膜フィルム剤は、生産性のよい口腔内粘膜フィルム剤とすることができ、しかも医薬製剤等に要求される量的精度を満たすことが可能なものとなる。
【0029】
また、薬物層を半合成水溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物及び水溶性多価アルコールを組み合わせて構成し、pH調整剤を含有する非薬物層を半合成水溶性高分子化合物及び水溶性多価アルコール、さらに必要により半合成水溶性高分子化合物を組み合わせて構成することにより、食品若しくは食品添加物として認められている物質並びに/または医薬品若しくは医薬品添加物として経口投与が認められている物質のみで構成できる上に、口腔内で溶解させて口腔内粘膜を介して薬物を吸収せしめる口腔内粘膜貼付剤や口腔速溶剤等の良好な口腔内粘膜フィルム剤とすることができる。
【0030】
かような本発明の口腔内粘膜フィルム剤は、薬物としてフェンタニル類化合物、特にクエン酸フェンタニルを含有させた口腔内フィルム剤として、好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施例1および2と比較例1で得られた可食性の口腔内粘膜フィルム剤の模式断面図である。
【図2】(A)は口腔内粘膜フィルム剤の溶出試験に用いた溶出試験装置の模式縦断面図である。(B)は(A)に示した溶出試験装置の下部の模式横断面図である。
【図3】本発明の実施例1のフィルム剤における非薬物層と薬物層の溶解速度を示すグラフである。
【図4】本発明の実施例1および2と比較例1のフィルム剤に対して行った安定性試験の結果を示すグラフである。
【図5】圧着法で得られた多層フィルム剤および従来の積層塗布法で得られた多層フィルム剤の断面を示す顕微鏡写真(800倍)である。
【図6】本発明の実施例1および2と比較例1のフィルム剤に対して行った粘膜透過試験としてのハムスター頬袋を用いたIn Vitro 試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明に係わる口腔内粘膜フィルム剤は、従来の如き口腔内で非溶解性又は非崩壊性の非薬物層を有する口腔内粘膜貼付剤とは異なり、口腔内で崩壊または溶解する非薬物層に薬物の口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有させ、溶解性の薬物層にpH調整剤を含有させないことを特徴とするものである。適切な量のpH調整剤を崩壊性または溶解性の非薬物層に含有させることによって、薬物の経粘膜吸収効率をあげることができると共に、保存期間における口腔内粘膜フィルム剤中の薬物の安定性を格段に向上させることができる。
【0033】
この崩壊性または溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層は、前記日本薬局方崩壊試験法第2液によって各層全体が溶解する時間が、5秒から24時間、より好ましくは10秒から12時間の範囲となる。また、上記崩壊性または溶解性の非薬物層は、前述の日本薬局方崩壊試験法第2液によって上記薬物層が全て溶解した後、5時間未満で崩壊または溶解するものであり、したがって口腔内で非薬物層と薬物層とが全て崩壊乃至溶解する。その際、崩壊性または溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層との日本薬局方崩壊試験法第2液に対する溶解速度比が5:1〜1:5、好ましくは3:1〜1:3の範囲にする。これは、この崩壊性または溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層からなる本発明の口腔内粘膜フィルム剤が、その性能をよりよく発揮するには、非薬物層に添加されているpH調整剤が口腔内のpHを薬物が吸収しやすい状態に調整する必要があると共に、このpH調整剤により得られた薬物の吸収しやすい状態が唾液の分泌等により消失する前に,薬物層が溶解して薬物が放出される必要があるためである。
【0034】
したがって、本発明に係る口腔内粘膜フィルム剤は、剤全体が溶解性または崩壊性のもので、口腔速溶剤や溶解性または崩壊性の口腔内粘膜貼付剤等を含むものであり、上記非薬物層とは、支持層、バッキングレィヤー、粘膜非付着層、コーティング層、被覆層等を含み、上記薬物層は有効成分である薬物を含有する層であればよく、薬物を含有する粘膜付着性層、薬物を含有する水親和性高分子層、薬物を含有する接着層等を含むものである。
【0035】
本発明の口腔内粘膜フィルム剤を可食性とするために使用される物質は、食品若しくは食品添加物として認められている物質並びに/または医薬品若しくは医薬品添加物として経口投与が認められている物質でなければならず、日本薬局方、日本薬局方外医薬品規格、医薬品添加物規格、食品添加物公定書、米国ナショナル・フォーミュラリー(National Formulary)、米国薬局方(United States Pharmacopeia)等の規格に適合した可食性のものを使用するのが好ましい。
【0036】
本明細書では、"可食性"という用語を、食品若しくは食品添加物として認められている物質並びに/又は医薬品若しくは医薬品添加物として経口投与が認められている物質のみからなるものを表す用語として使用し、薬物層や非薬物層等の積層させる層を総称する用語として"フィルム剤層"という用語を使用している。
【0037】
本発明の口腔内粘膜フィルム剤の積層構造は、pH調整剤を含有する非薬物層と、そのpH調整剤の作用を受ける薬物を含有する薬物層とが口腔内で溶解または崩壊してpH調整剤とその溶解した薬物とが相互に作用し得るフィルム構造であれば、他の薬物層や非薬物層があってもよく、所望の薬効あるいは機能を発現させるのに好適な各種のフィルム剤層を適宜の数で積層させることができる。一般的な口腔内粘膜フィルム剤の積層構造は、最外層を構成するコーティング層、口腔内粘膜フィルム剤の有効成分としての薬物を含有する薬物層、さらに要すれば支持層等が順次積層されて構成されている。本発明においては、このコーティング層や支持層等の何れかまたは全部の非薬物層にpH調整剤を含有させ、薬物層にpH調整剤を含有させないようにする。
【0038】
可食性の薬剤層において有効成分とともに用いる基剤としては、例えば下記のごとき物質を単独または適宜組み合わせて溶解性の層にすることができる。
ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロース、デンプン、キサンタンガム、カラヤガム、アルギン酸ナトリウム、メチルセルロース、カルボキシビニルポリマー、カンテン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)、酢酸フタル酸セルロース(別名:セルロースアセテートフタレート、CAP)、カルボキシメチルエチルセルロース(CMEC)、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシビニルポリマー(商品名:カーボポール)、トラガント、アラビアゴム、ローカストビーンズガム、グアーガム、カラギーナン(カラゲナン)、デキストリン、デキストラン、アミロース、カルボキシメチルセルロースカリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、プルラン、キトサン、デンプン、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルエチルセルロース、カルボキシメチルスターチナトリウム、プランタゴ種皮、ガラクトマンナン、オイドラギット、カゼイン、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸アルキルエステル等。
【0039】
支持層やコーティング層を構成する可食性の非薬物層に用いる基剤としては、例えば下記のごとき物質が挙げられる。
特に、支持層に使用できるものとしては、例えば下記のごとき可食性の物質を単独または適宜組み合わせて、口腔内で崩壊性または溶解性の層にすることにより目的を達成することができる。
ゼラチン、メチルセルロース、カルボキシビニルポリマー、カンテン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)、酢酸フタル酸セルロース(別名:セルロースアセテートフタレート、CAP)、カルボキシメチルエチルセルロース(CMEC)、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ローカストビーンズガム、グアーガム、カラギーナン(カラゲナン)、カルボキシメチルセルロースカリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、セラック系樹脂(セラック、白色透明セラック)、デンプン、酢酸セルロース、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメチルセルロース、カルボキシメチルスターチナトリウム、プランタゴ種皮、ガラクトマンナン、オイドラギット、アルギン酸ナトリウム等。
【0040】
可食性のコーティング層は、口腔内粘膜フィルム剤の表面を保護する機能、あるいは貼付剤として用いる場合の口腔内粘膜への粘着機能をもたらすものであり、例えば下記のごとき物質を単独または適宜組み合わせて崩壊性または溶解性の層にすることができる。
ポリビニルピロリドン、ゼラチン、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸ナトリウム、デンプン、キサンタンガム、カラヤガム、ヒドロキシプロピルセルロース、水不溶性メタクリル酸共重合体、メタクリル酸エチル・メタクリル酸塩化トリメチルアンモニウムエチル共重合体、メタクリル酸ジメチルアミノエチル・メタクリル酸メチル共重合体、カルボキシビニルポリマー(商品名:カーボポール)、トラガント、アラビアゴム、ローカストビーンズガム、グアーガム、デキストリン、デキストラン、アミロース、プルラン、キトサン、カゼイン、アルギン酸アルキルエステル等。
【0041】
さらに、本発明の口腔内粘膜フィルム剤に好ましく使用できる物質の組み合わせを系統的に詳しく説明する。すなわち本発明は、好ましくは(a)半合成水溶性高分子化合物、(b)合成水溶性高分子化合物及び(c)水溶性多価アルコールからなる溶解性の薬物層に有効成分である薬物を含有させ、この薬物を含有させた薬物層に、(a)半合成水溶性高分子化合物、(c)水溶性多価アルコール及び(d)pH調整剤からなる崩壊性または溶解性の非薬物層を積層した可食性の口腔内粘膜フィルム剤とすることができる。また必要により、非薬物層に(e)半合成水不溶性高分子化合物を加えることができる。これらの層を積層したものを適当な大きさに打ち抜いてフィルム剤とすることもできる。
【0042】
つまり、薬物を口腔粘膜から効率的に吸収させ、且つ安定した吸収を適切な時間で遂行せしめるため、可食性として認められている物質のみで構成される上記成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)を適切に配合することにより、適切な時間、確実に薬物を適度に放出させて粘膜から良好に吸収させることができるのである。
【0043】
上記成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)として特に好ましく使用できる物質について以下に詳述すると、成分(a)半合成水溶性高分子化合物としては、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、メチルセルロース(MC)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)、アルギン酸ナトリウム等が挙げられ、これらを単独または組み合わせて使用することができる。
水溶性のヒドロキシプロピルセルロース(HPC)としては、乾燥定量した場合、ヒドロキシプロポキシル基(−OC36OH)53.4〜77.50質量%のものが好ましく使用できる。水溶性のヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)としては、乾燥定量した場合、メトキシル基(−OCH3)19.0〜30.0質量%およびヒドロキシプロポキシル基(−OC36OH)4〜12質量%のものが好ましく使用できる。水溶性のメチルセルロース(MC)としては、乾燥定量した場合、メトキシル基(−OCH3)26.0〜33.0質量%のものが好ましく使用できる。水溶性のカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)としては、ナトリウム含量が乾燥後6.5〜8.5質量%のものが好ましく使用できる。水溶性のアルギン酸ナトリウムとしては、分子量4〜20万のものが好ましく使用できる。
【0044】
前記成分(b)合成水溶性高分子化合物は、カルボキシビニルポリマー(CVP)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリアクリル酸ナトリウム(PAA−Na)等が挙げられ、これらを単独または組み合わせて使用することができる。
水溶性のカルボキシビニルポリマー(CVP)としては、乾燥定量した場合、カルボキシルキ基58.0〜63.0質量%のものが好ましく使用できる。水溶性のポリビニルピロリドン(PVP)としては、K値(固有粘度のことで、フィケンチャーのK値ともいう。この値が各グレードの識別手段として用いられる。)10〜120が好ましく使用できる。水溶性のポリアクリル酸ナトリウム(PAA−Na)としては、0.2質量%水溶液のpHが6.2〜10のものが好ましく使用できる。
【0045】
前記(c)水溶性多価アルコールは、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール(PG)、グリセリン、D−ソルビトール、マルチトール、キシリトール等が挙げられ、これらを単独または組み合わせて使用することができる。
水溶性のポリエチレングリコールとしては、日本薬局方や米国ナショナル・フォーミュラリーが規定する平均分子量試験法で分子量300〜35000のものが、好ましく使用できる。
【0046】
前記成分(d)pH調整剤は、アルカリ側に調整するpH調整剤として、水酸化ナトリウム、酢酸ナトリウム3水和物(CH3COONa・3H2O)、炭酸水素ナトリウム無水物、リン酸水素二ナトリウム無水物、リン酸水素二ナトリウム12水和物(Na2HPO4・12H2O)、リン酸三ナトリウム12水和物(Na3PO4・12H2O)、乳酸カルシウム5水和物(C363・5H2O)等が挙げられ、これらを単独または組み合わせて使用することができる。なお、(b)成分であるポリアクリル酸ナトリウムは、アルカリ側に調整するpH調整剤としても使用できる。
酸側に調整するpH調整剤としては、クエン酸、酒石酸、乳酸、アマリン酸、フマール酸、アジピン酸、琥珀酸等の食物酸等が挙げられ、これらを単独または組み合わせて使用することができる。なお、(b)成分であるカルボキシビニルポリマー(CVP)も、酸側に調整するpH調整剤としても使用できる。
なお、上記(d)pH調整剤は、口腔粘膜に悪影響を与え、刺激性が発現する恐れがないようにしなければならず、おのずとその使用量は適切な範囲に制限され、薬物の口腔内粘膜からの吸収が向上するように添加するのが好ましい。したがって、pH調整剤の使用量は、各pH調整剤の種類と薬物の種類毎にその性質を考慮して決められる。
【0047】
前記成分(e)半合成水不溶性高分子化合物としては、エチルセルロース(EC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)等が挙げられ、これらを単独または組み合わせて使用することができる。この半合成水不溶性高分子化合物とは、イオン交換水等の精製水における不溶性を意味する。例えばエチルセルロース(EC)やヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)は、精製水に不溶であり、この半合成水不溶性高分子化合物に属する。なお、唾液等の如きpHが5.0以上の液体にはエチルセルロース(EC)は不溶であるが、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)は溶解する。
水不溶性のエチルセルロースとしては、エーテル化度43〜50%、置換度2.25〜2.58、および乾燥定量した場合、エトキシル基(−OC26)46.5〜51.0質量%のものが好ましく使用できる。水不溶性のヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)としては、乾燥定量した場合、メトキシル基(−OCH3)18〜24質量%、ヒドロキシプロポキシル基5〜10質量%、カルボキシベンゾイル基21〜35質量%のものが好ましく使用できる。
【0048】
本発明の口腔内粘膜フィルム剤を製造するに際しては、所望により種々の添加物を薬物層並びに/または非薬物層に加えることができる。かような添加物としては、例えばキトサン、でんぷん、ペクチンなどのような一般的に用いられる基剤、トラガカント末、アラビヤゴム、トウモロコシデンプン、ゼラチンのような結合剤、結晶セルロースのような賦形剤、トウモロコシデンプン、アルファ化デンプンなどのような崩壊剤、ステアリン酸マグネシウムのような滑沢剤、ショ糖、乳糖、果糖又はサッカリン、アスパルテームのような甘味剤、ペパーミント、ハッカ油、チェリーフレーバー、オレンジ油、ウイキョウ油のような香味剤あるいは安息香酸、安息香酸ナトリウム、安息香酸ベンジル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピルのような防腐剤、酸化チタンのような不透明化剤、三二酸化鉄、黄色三二酸化鉄のような着色剤などが挙げられる。
【0049】
本発明の口腔内粘膜フィルム剤において、溶解性の薬物層に含有させる有効成分として使用できる薬物としては、前述のフェンタニル類化合物の他、下記のごとき薬物が挙げられる。
すなわち、pH調整剤でアルカリ側に調整した場合に口腔内粘膜からの吸収が向上する薬物としては、例えば、アラントイン、ニコチン、ラベタロール、ニルブフィン、ペントキシフィリン、ピリドスチグリン、テルブタリン、ベラパミル、アテノロール、アシクロビル、ヒドララジン、プロクロルペラジン、セルトラリン、ジプラシドン等が挙げられる。また、pH調整剤で酸側に調整した場合に口腔内粘膜からの吸収が向上する薬物としては、例えばイトラコナゾールが挙げられる。
【0050】
本発明に係わる可食性の口腔内粘膜フィルム剤の薬物層および非薬物層は、上述の成分を例えば下記のごとき溶媒に溶解または分散させたものを用いて塗布乾燥させることにより得ることができる。
水、エタノール、酢酸、アセトン、アニソール、1−ブタノール、2−ブタノール、酢酸n−ブチル、t−ブチルメチルエーテル、クメン、ジメチルスルホキシド、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ギ酸エチル、ギ酸、ヘプタン、酢酸イソブチル、酢酸イソプロピル、酢酸メチル、3−メチル−1−ブタノール、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、2−メチル−1−プロパノール、ペンタン、1−ペンタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、酢酸プロピル、テトラヒドロラン、アセトニトリル、クロロベンゼン、クロロホルム、シクロヘキサン、1,2−ジクロロエテン、ジクロロメタン、1,2−ジメトキシエタン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、1,4−ジオキサン、2−エトキシエタノール、エチレングリコール、ホルムアミド、ヘキサン、メタノール、2−メトキシエタノール、メチルブチルケトン、メチルシクロヘキサン、N−メチルピロリドン、ニトロメタン、ピリジン、スルホラン、テトラリン、トルエン、1,1,2−トリクロロエテン、キシレン、1,1−ジエトキシプロパン、1,1−ジメトキシメタン、2,2−ジメトキシプロパン、イソオクタン、イソプロピルエーテル、メチルイソプロピルケトン、メチルテトラヒドロフラン、石油エーテル、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸、塩化メチレン等。これらの溶媒の中では、エタノール、水、酢酸エチルまたはこれら溶媒を組み合わせたもの(例えば、エタノール−水混合物、エタノール−酢酸エチル混合物)が最も好ましく使用できる。
【0051】
次に、上述の成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)を配合して本発明の可食性の口腔内粘膜フィルム剤を調製する方法を、さらに具体的に述べると以下の通りである。
適量の精製水に(d)pH調整剤を加えて撹拌溶解し、これに適量の溶媒(エタノールなど)を加え、(c)水溶性多価アルコールおよび(a)半合成水溶性高分子化合物の可食性のもの、並びに必要により(e)半合成水不溶性高分子化合物や他の可食性の添加物を加えて撹拌混合して崩壊性または溶解性の非薬物層溶液とする。
別に、適量の溶媒(エタノールなど)に、薬物と、(c)水溶性多価アルコール、(a)半合成水溶性高分子化合物および(b)合成水溶性高分子化合物の可食性のものと、必要により他の可食性の添加物とを加えて、撹拌混合して溶解性薬物層溶液とする。
なお、着色する目的で、非薬物層溶液を調製する際、例えば三二酸化鉄の如き着色剤を適量添加したり、薬物層溶液を調製する際、例えば酸化チタンを適量添加するとよい。
【0052】
この崩壊性または溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層からなる可食性口腔内粘膜フィルム剤において、各成分の配合比率(質量%)は以下の通りである。
崩壊性または溶解性の非薬物層における各成分の配合比率については以下の通りである。
(e)半合成水不溶性高分子化合物を添加しない場合は、(a)半合成水溶性高分子化合物は、40〜93%、好ましくは60〜90%、(c)水溶性多価アルコールは、2〜20%、好ましくは4〜15%である。(d)pH調整剤は、0.01〜20%、好ましくは0.1〜17%である。任意に配合する他の添加物は0.3%〜2%、好ましくは0.5〜1.5%である。
【0053】
(e)半合成水不溶性高分子化合物を添加する場合は、(e)半合成水不溶性高分子化合物2〜50%、好ましくは5〜30%、(a)半合成水溶性高分子化合物は、30〜95%、好ましくは50〜80%、(c)水溶性多価アルコールは、2〜20%、好ましくは5〜15%である。(d)pH調整剤は、0.01〜20%、好ましくは0.1〜17%である。任意に配合する他の添加物は0.3%〜2%、好ましくは0.5〜1.5%である。
【0054】
溶解性の薬物層における各成分の配合比率は以下の通りである。
薬物は0.3〜13%、好ましくは0.5〜10%、(a)半合成水溶性高分子化合物は、45〜90%、好ましくは50〜80%、(b)合成水溶性高分子化合物は、3〜15%、好ましくは5〜10%、(c)水溶性多価アルコールは、2〜20%、好ましくは5〜15%である。そして、所望で用いる他の添加物の配合比率は0.3〜3.5%、好ましくは1〜3%である。
【0055】
上記で調製された崩壊性または溶解性非薬物層の溶液と溶解性薬物層の溶液は、次のようにして、例えば厚さ30〜1200μmの口腔粘膜フィルム剤とすることができる。
すなわち、崩壊性または溶解性非薬物層溶液をポリエステル等の剥離フィルム上に展延乾燥して厚さ約5〜200μmのフィルムとする。そして、その上に溶解性薬物層溶液を展延乾燥して厚さ25〜1000μmのフィルムとすることにより厚さ30〜1200μmの二層からなるフィルムを得る。これを所望の大きさに打ち抜き、フィルム剤とする。
【0056】
なお、この二層の形態よりも、崩壊性または溶解性の非薬物層が両端に位置し、両非薬物層の間に溶解性の薬物層がある三層の形態にするのがより好ましい。このように両外層を崩壊性の非薬物層にすることにより、保存中における薬物層の包材への付着を防止すると共に、指で薬物層を掴んだ場合における指への付着を防止し、使用者の取り扱い易さを向上させることが出来る。
【0057】
上述したような崩壊性または溶解性非薬物層/溶解性薬物層/崩壊性または溶解性非薬物層からなる三層のフィルム剤を得るには、次の3通りの製造方法がある。
まず塗布(塗工)のみによる第1の方法は、上記崩壊性または溶解性非薬物層溶液をポリエステル等の剥離フィルム上に展延乾燥して厚さ約2.5〜100μmのフィルムとする。そして、その上に上記溶解性薬物層溶液を展延乾燥して崩壊性または溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層の二層からなる厚さ約25〜1000μmのフィルムとする(中間製品1)。その上に、また上記崩壊性または溶解性非薬物層溶液を展延乾燥することにより非薬物層/薬物層/非薬物層からなる厚さ約30〜1200μmの三層フィルムを得る。これを所望の大きさに打ち抜き、フィルム剤とする。
【0058】
また、第2の方法として、上記中間製品1を二つ準備するか、または上記中間製品1をポリエステル等の剥離フィルムごと長手方向に沿って半分に切断する。そして、これら二つの中間製品1の薬物層同士が接するように重ね合わせ、一対の圧着ロールの間に通して、その圧着ロールや前段のガイドローラに内蔵した電気ヒーターやスチームヒーター等により加熱し、品温50℃〜180℃好ましくは50℃〜80℃、圧力0.05〜1.5MPa好ましくは0.1〜0.7MPaで圧着し、非薬物層/薬物層/非薬物層からなる三層フィルムを得ることもできる。その後、必要により両側の剥離フィルムの一方または両方を剥がし、所望の大きさに打ち抜き、フィルム剤とする。
【0059】
さらに、第3の方法として、崩壊性または溶解性非薬物層溶液をポリエステル等の剥離フィルム上に展延乾燥等して厚さ約2.5〜100μmの崩壊性または溶解性の非薬物層を得る(中間製品2)。別に、溶解性薬物層溶液をポリエステル等の剥離フィルム上に展延乾燥等して厚さ約12.5〜500μmの溶解性の薬物層を得る(中間製品3)。
この中間製品2の崩壊性の非薬物層と中間製品3の溶解性の薬物層とが接するように重ね合わせ、一対の圧着ロールの間に通して、品温50℃〜180℃好ましくは50℃〜80℃、圧力0.05〜1.5MPa好ましくは0.1〜0.7MPaで圧着し、厚さ約15〜600μmの非薬物層及び薬物層からなる二層型フィルムを得、両外側の剥離フィルムのうち、薬物層側の剥離フィルムを剥がす(中間製品4)。
この中間製品4を二つ準備するか、中間製品4を剥離フィルムごと長手方向に沿って半分に切断する。そして、これら二つの中間製品4の薬物層同士が接するように重ね合わせ、一対の圧着ロールの間に通して、品温50℃〜180℃好しくは50℃〜80℃、圧力0.05〜1.5MPa好ましくは0.1〜0.7MPaで圧着し、非薬物層/薬物層/非薬物層からなる厚さ30〜1200μmの三層型フィルムを得る。その後、必要により両側の剥離フィルムの一方または両方を剥がす。これを所望の大きさに打ち抜き、フィルム剤とする。
【0060】
上記第3の方法の如く、非薬物層と薬物層とを圧着して可食性口腔内粘膜フィルム剤を形成した方が、塗布で積層するよりも非薬物層と薬物層との境界が明瞭で、非薬物層の一部と薬物層の一部とが製造過程で混ざり合うことがないので、薬物層中の薬物が非薬物層中の(d)pH調整剤の影響を受けずにすみ、薬物の安定性がより向上する。
【0061】
しかも、上記第2の方法や第3の方法の如き圧着法は、医薬製剤に要求される量的精度を格段に向上させることが可能となる。
すなわち、薬物層や非薬物層等のフィルム剤層の溶液をポリエステル等の剥離フィルム上に複数回積層塗布して展延乾燥する場合、一回目の塗布は、ドクターロール等の堰と剥離フィルムのクリアランスを所定寸法にすることにより、所定の塗布量を正確に制御できる。しかし、一回目の塗布後の乾燥工程によって形成される乾燥フィルム剤層の第一層の厚さが、乾燥工程の微細な条件変動やその日の気温、湿度等の外乱によって変動する。その結果、第一層の上に二回目の塗布を施す場合には、ドクターロール等の堰と剥離フィルムのクリアランス寸法をいくら正確にしても、実際に二回目のフィルム剤層溶液が塗布される厚さは、一回目の塗布で形成された乾燥フィルム剤層の第一層の上面とドクターロール等の堰との間隙となるため、二回目のフィルム剤層溶液の塗布厚さは第一層の厚さの変動によってさらに変動する。かようなフィルム剤層溶液の塗布量の不正確さは、塗布・乾燥の回数が増せば増すほど増大する傾向にある。しかも、この塗布・乾燥の回数が増せば増すほど、乾燥時間が長くなり、二回目の乾燥には一回目の乾燥の約1.5倍の時間がかかり、3回目の乾燥には約2倍の時間がかかる。
【0062】
上記第2の方法や第3の方法の如き圧着法によれば、剥離フィルムの上にフィルム剤層溶液の塗布と乾燥を繰り返し行って所望の数のフィルム剤層を形成させることなく、圧着法(ラミネート法)を利用して極めて薄い複数のフィルム剤層を積層することによって、上記従来の問題を解決して、積層状の可食性口腔内粘膜フィルム剤を生産性よく製造することができ、しかも医薬製剤に要求される量的精度を格段に向上させることが可能となる。
【0063】
上述した如き方法により製造された複数積層型の可食性口腔内粘膜フィルム剤においては、最終的な製品の寸法および形状として、直径15mm以下の円形や、一辺が15mm以下の方形や矩形、さらには四隅の角を丸く落とした形状のものが使用でき、特に10mm×12mmの寸法とすることが好ましい。
【0064】
なお、上記第2の方法や第3の方法の如き圧着法において、可食性のフィルム剤層相互を密着させた後、密着したフィルム剤層から剥離フィルムを剥離するまでに、相互に密着したフィルム剤層の温度を、圧着ロールで加圧する際(各フィルム剤層面が互いに対向するように重ね合わせて剥離フィルムの裏面から加圧する際)のフィルム剤層の温度より、10℃以上冷却するのが好ましい。この冷却は過度に行う必要はなく、その冷却されたフィルム剤層の品温が0℃以下にならないように、好ましくは常温(若しくは室温)を下まわらないようにする。したがって、この冷却は、圧着ロールで圧着する地点と剥離フィルムを剥離する地点との距離を長くして放熱による自然冷却が行われるようにしてもよく、また、無菌空気等の常温の空気や冷却された空気を吹き付けて積極的に冷却してもよい。これにより、圧着したフィルム剤層から剥離フィルムを確実に連続的に剥離することができる。
【0065】
単層または複数層の可食性のフィルム剤層を保持している二つの剥離フィルムを圧着した後に一方の剥離フィルムを剥離するため、剥離される剥離フィルムには、少なくともフィルム剤層が形成される面(表面)に、疎水性物質をコーティングすることにより予め剥離処理を施して、フィルム剤層から剥離フィルムを剥離しやすくしておくことが望ましい。
【0066】
本発明による口腔内粘膜フィルム剤においては、相互に密着させる可食性の各フィルム剤層(薬物層、非薬物層、コーティング層等)それぞれには、上述のごとき可食性の物質のうち、少なくとも熱可塑性の性質を呈する物質を1種類以上含むことが望ましい。この熱可塑性物質を含むことによって、加温によりフィルム剤層が若干軟化して確実に密着するようになる。特に熱可塑性の顕著な可食性の物質としては、例えば下記のごとき物質が挙げられ、これら可食性の熱可塑性物質から選択して単独または適宜組み合わせて、密着させる相互の各フィルム剤層に含まれるようにするのが望ましい。
アミロース、カルボキシメチルセルロースカリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、アルギン酸アルキルエステル、アルギン酸ナトリウム、エチルセルロース、オイドラキット、カルボキシメチルエチルセルロース、カルボキシメチルスターチナトリウム、カルボキシメチルセルロース、カンテン、ゼラチン、セラック、デキストラン、デキストリン、デンプン、トラガント、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ポリビニルピロリドン、メタクリル酸共重合体、メチルセルロースフタレート等。
【0067】
また、可食性のフィルム剤層を保持するためのベースフィルムとなる剥離フィルムとしては、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、共重合ポリエステル、ポリイミド、ポリプロピレン、セルローストリアセテート、酢酸ビニル樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、ポリプロピレン、トリアセテート、フッ素樹脂(ETFE,PFA,FEP)等の樹脂からなるフィルムから適宜選択して使用することができる。特に、ポリエチレンテレフタレート(PET)が好ましく使用できる。
【0068】
本発明による口腔内粘膜フィルム剤において、薬物層に含有させる薬物として使用できる前述のフェンタニル類化合物を具体的に列挙すると、フェンタニル、アルフェンタニル、β−ヒドロキシフェンタニル、β−ヒドロキシ−3−メチルフェンタニル、ρ−フルオロフェンタニル、α−メチルチオフェンタニル、3−メチルチオフェンタニル、3−メチルフェンタニル、アセチル−α−メチルフェンタニル、α−メチルフェンタニル、スフェンタニル、レミフェンタニル、ロフェンタニル、カルフェンタニルを挙げることができる。そしてフェンタニルが好適に使用でき、更にフェンタニルの塩、なかでもクエン酸フェンタニルが好適に用いられる。
【0069】
薬物層に含有させる薬物としてフェンタニル類化合物を採用した場合の非薬物層に含有させるpH調整剤の添加量(使用量)は、口腔内粘膜フィルム剤2質量部と水98質量部とを混合し、少なくとも薬物層が溶解した後の水溶液のpHが4.0〜8.0、好ましくは5.0〜7.0になるように調整する。このようにした場合、フェンタニル類化合物の口腔内での吸収が特に好ましい状態となる。ここでいう水溶液のpHとは、口腔内粘膜フィルム剤2質量部と水98質量部との合計約20〜30gをシェイカーで150〜300回/min振とうし、少なくとも薬物層が目視で溶けるまで混合した後の薬物層水溶液のpHである。すなわち、崩壊性の非薬物層と溶解性の薬物層からなるフィルム剤においては薬物層が溶解した後、また溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層からなるフィルム剤においては全体が溶解した後のpHであり、全部溶解した状態の水溶液または非薬物層の未溶解物がある状態の分散液のpHである。薬物層が溶解するのに要する時間は、処方によって数秒から数時間まで種々に調整することができる。このpHが4.0以下であるとフェンタニル類化合物の口腔内での吸収が低下して有効血中濃度に達するためのフラックスが不足し、8.0以上であると口腔粘膜に悪影響を与え、刺激性が発現する恐れがあり好ましくない。
【実施例】
【0070】
[実施例1]
適量の精製水に水酸化ナトリウム 1.2質量部を加えて撹拌溶解し、これに適量のエタノールを加え、ポリエチレングリコール〔マクロゴール400(日本薬局方)10.0質量部、酸化チタン2.0質量部、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)26.0質量部、及びヒドロキシプロピルセルロース(HPC)60.8質量部を加えて撹拌混合して溶解性非薬物層の溶液とする。別に適量のエタノールに、クエン酸フェンタニル1.98質量部、酸化チタン2.0質量部、マクロゴール400 10.0質量部、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)78.52質量部、及びポリビニルピロリドンK90(PVP K90)7.5質量部を加えて、撹拌混合して溶解性薬物層の溶液とする。
【0071】
次に溶解性非薬物層溶液をポリエステル剥離フィルム上に展延乾燥して厚さ5μmのフィルムとする。その上に溶解性薬物層溶液を展延乾燥して厚さ45μmのフィルム(二層で50μm)とする(中間製品a)。この中間製品aをポリエステル剥離フィルムごと長手方向に沿って半分に切断する。そして、これら二つの中間製品aの薬物層同士が接するように重ね合わせ、一対の圧着ロールの間に通して、品温60℃、圧力0.3MPaで圧着し、図1の如き非薬物層/薬物層/非薬物層からなる厚さ100μmの三層型口腔内粘膜貼付剤である口腔内粘膜フィルム剤を得た。その後、必要により両側のポリエステル剥離フィルムの一方または両方を剥がす。これを10mm×12mm(角が半径r=2.8mm)の角丸長方形に打ち抜きフィルム剤を得た。表1に成分割合を示す。
【0072】
【表1】

【0073】
なお、このフィルム剤のpHを測定するために、上記10mm×12mm(r=2.8mm)の角丸長方形に打ち抜いたフィルム剤25枚(総重量0.4g)と精製水19.6gとをネジ口遠沈管50mLに入れ、密栓した状態でシェイカーで200回/minで振とうを開始した。振とう開始から30分で薬物層が完全に溶解すると共に非薬物層が崩壊し懸濁状態になったので、振とうを停止した。この懸濁状態の溶液のpHを測定すると5.48であった。
【0074】
また、前述の日本薬局方崩壊試験法第2液による薬物層と非薬物層の溶解または崩壊の状態を確認するために、次の試験を行った。
すなわち、試験液として日本薬局方崩壊試験法第2液(0.2mol/Lリン酸二水素カリウム試液250mLに0.2mol/L水酸化ナトリウム試液118mLおよび水を加えて1000mLとしたもの)500mLを用い、米国薬局方<724> DRUG RELEASE Transdermal Delivery Systems-General Drug Release Standards(日本薬局方の溶出試験法第2法(パドル法)に相当)を準用し、試験温度37±0.5℃、パドル回転数毎分50回転で試験を行った。試験に使用した装置を図2(A)および(B)に示す。この装置は、半円球の底を持つ容器10と、図示しないモータにより回転する回転軸11の下端に取り付けられたパドル12とを備え、容器10内には上記の試験液が収容されている。パドル12の下端と容器10底部との間に、80mm×80mmのセルロイド板13を設置する。このセルロイド板13の上面中央に、上記10mm×12mm(r=2.8mm)の角丸長方形に打ち抜いた1枚のフィルム剤14を非薬物層側を上(外側)にして両面粘着テープで貼り付ける。またこのセルロイド板の下面中央には、分銅15を合成高分子接着剤で固着する。このとき、図2(B)に示したように、セルロイド板13の一辺と容器10内周面との最大間隙Sが10mmとなるようにしてある。
【0075】
試験は、パドル12を回転させて容器10内の試験液を撹拌し、セルロイド板13上のフィルム剤14の溶解程度を目視により観察することで行った。その結果、パドルによる撹拌開始1時間後において、薬物層も非薬物層も完全に溶解した。
【0076】
さらに、実施例1の非薬物層と薬物層の溶解速度比を求めるために、実施例1の処方のフィルム剤の非薬物層にパラオキシ安息香酸メチル1mgが含まれた状態になように、またその薬物層にパラオキシ安息香酸エチル1mgが含まれた状態になるように、実施例1の処方に基づく表2の処方で10mm×12mm(r=2.8mm)の角丸長方形に打ち抜いたフィルム剤を試作した。この試作フィルム剤を用いて、非薬物層からのパラオキシ安息香酸メチルの溶出速度及び薬物層からのパラオキシ安息香酸エチルの溶出速度を以下の方法で測定し、これらを非薬物層及び薬物層それぞれの溶解速度とし、その溶解速度比を求めた。
【0077】
【表2】

【0078】
すなわち、試験液として日本薬局方崩壊試験法第2液500mLを用い、米国薬局方<724> DRUG RELEASE Transdermal Delivery Systems-General Drug Release Standards(日本薬局方の溶出試験法第法(パドル法)に相当)を準用し、37±0.5℃、パドル回転数毎分50回転で試験を行った。試験に使用した装置は図2(A)および(B)に示した装置と同じであり、下面に分銅15を合成高分子接着剤で固定した80mm×80mmのセルロイド板の上面に、上記10mm×12mm(r=2.8mm)の角丸長方形に打ち抜いたフィルム剤1枚を両面テープで貼り付け、パドル12の下端と容器10底部との間に載置したものである。
【0079】
試験は、パドルを回転させて容器内の試験液を攪拌し、攪拌開始1分後、3分後、7分後および15分後に容器内の試験液2mLを採取し、採取後には直ちに37±0.5℃に加温した新たな試験液2mLをその都度容器に補充した。15分後の試験液を採取した後、パドルの回転数を毎分150回転とし、フィルム剤が完全に溶解した時点で,試験液2mLを採取した。採取した試験液は溶出試験用フィルターでろ過し、高速液体クロマトグラフ法を用いて定量し、各時間に溶出した試験液中のパラオキシ安息香酸メチル及びパラオキシ安息香酸エチルの量を求めた。更に、フィルム剤が完全溶解した時点の溶出量を100%として各時間の溶出量の比からパラオキシ安息香酸メチル及びパラオキシ安息香酸エチルの溶出率を計算し、パラオキシ安息香酸メチル及びパラオキシ安息香酸エチルの溶出速度を求めた。そのパラオキシ安息香酸メチル及びパラオキシ安息香酸エチルの溶出速度を非薬物層及び薬物層それぞれの溶解速度の指標として使用し、その非薬物層と薬物層における溶解速度比を求めた。溶出試験の結果を表3および図3のグラフに示す。
【0080】
【表3】

【0081】
[実施例2]
表1に示す成分を用いて、実施例1と同様にして、溶解性非薬物層の溶液と溶解性薬物層の溶液を得た。
次に溶解性非薬物層溶液をポリエステル剥離フィルム上に展延乾燥して厚さ5μmの非薬物層を得る(中間製品b)。別に、溶解性薬物層溶液をポリエステル剥離フィルム上に展延乾燥して厚さ45μmの薬物層を得る(中間製品c)。
この中間製品bの非薬物層と中間製品cの薬物層とが接するように重ね合わせ、一対の圧着ロールの間に通して、品温60℃、圧力0.3MPaで圧着して、厚さ50μmの非薬物層及び薬物層からなる二層型フィルム剤を得、両外側のポリエステル剥離フィルムのうち、薬物層側のポリエステル剥離フィルムを剥がす(中間製品d)。
この中間製品dをポリエステル剥離フィルムごと長手方向に沿って半分に切断する。そして、これら二つの中間製品dの薬物層同士が接するように重ね合わせ、一対の圧着ロールの間に通して、品温60℃、圧力0.3MPaで圧着し、図1の如き非薬物層/薬物層/非薬物層からなる厚さ100μmの三層型口腔内粘膜貼付剤としての口腔内粘膜フィルム剤を得た。その後、必要により両側のポリエステル剥離フィルムの一方または両方を剥がす。これを10mm×12mm(r=2.8)の角丸長方形に打ち抜きフィルム剤を得た。
【0082】
なお、実施例1と同様の方法でフィルム剤のpHを測定すると5.07であった。また、実施例1と同様の方法で、日本薬局方崩壊試験法第2液による薬物層と非薬物層の溶解または崩壊の状態を確認すると、実施例1と同様に、パドルによる攪拌開始1時間後においては、薬物層も非薬物層も完全に溶解した。
【0083】
[実施例3〜4]
表1に示す実施例3および実施例4の成分を用いて実施例2と同様にしてフィルム剤を得た。
また、実施例1と同様の方法でフィルム剤のpHを測定すると、実施例3は7.23であり、実施例4は5.24であった。また、実施例1と同様の方法で、日本薬局方崩壊試験法第2液による薬物層と非薬物層の溶解または崩壊の状態を確認すると、実施例1と同様に、パドルによる攪拌開始1時間後においては、薬物層も非薬物層も完全に溶解した。
【0084】
[比較例1]
表1に示す比較例1の成分を用いて、実施例1と同様にしてフィルム剤を得た。比較例1では、(d)pH調整剤である水酸化ナトリウムが薬物層に配合されていて、非薬物層には配合されていない点が実施例1と異なる。実施例1の非薬物層中の水酸化ナトリウムの質量%が比較例1の薬物層中の水酸化ナトリウムの質量%より大きいのは、薬物層に比べて非薬物層が薄い分(非薬物層の重量が少ない分)、質量%の数値が大きくなるためであり、非薬物層と薬物層を合わせたフィルム剤1枚あたりの水酸化ナトリウムの絶対量は実施例1も比較例1も同じである。
【0085】
[実施例1および実施例2と比較例1との比較]
溶解性の非薬物層と、溶解性の薬物層とからなる可食性の口腔内粘膜貼付剤である口腔内粘膜フィルム剤において、(d)pH調整剤を、薬物層に含有させるのでなく、溶解性の非薬物層に含有させて適切な量使用することによって、薬物であるフェンタニル類化合物の経粘膜吸収効率を損なうことなく、可食性の口腔内粘膜フィルム剤中のフェンタニル類化合物の安定性を格段に向上させることができる点を明らかにするために、以下の比較試験を行った。
【0086】
〈安定性試験〉
溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層とからなる可食性口腔内粘膜フィルム剤において、(d)pH調整剤を、溶解性の非薬物層に配合した場合と、溶解性の薬物層に配合した場合とのそれぞれのフェンタニル類化合物に対する安定性の影響を確認するために、実施例1、実施例2および比較例1に対して次の安定性試験を行った。
試験方法:
アルミ箔にポリアクリロニトリル系シーラントを塗布した包材にフィルム剤の試料を1枚ずつ包装し、60℃で3週間(室温で約3年間に相当)保存して、経時的品質変化を調べた。品質変化の評価は、保存後の試料をメタノールで抽出し、高速液体クロマトグラフ法によりメタノール中のクエン酸フェンタニルを定量して、フィルム剤中のクエン酸フェンタニルの残存率を計算することによって行った。その結果を図4に示す。
【0087】
図4より、溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層とからなる可食性の口腔内粘膜フィルム剤において、(d)pH調整剤を、薬物層に配合するのでなく、溶解性の非薬物層に配合することによって、基剤であるフェンタニル類化合物の安定性を格段に向上させることができることがわかる。
【0088】
図4のグラフで実施例1と実施例2を比較すると、実施例2の方がより安定である。これは、実施例2におけるように非薬物層と薬物層とを圧着して積層する方が、実施例1におけるように非薬物層と薬物層とを塗工で積層するよりも、非薬物層と薬物層との境界が明瞭で、非薬物層の一部と薬物層の一部とが製造過程で混ざり合うことがないためである。すなわち、実施例1と実施例2の可食性の口腔内粘膜フィルム剤の断面を「デジタルマイクロスコープBS−D8000II」(ソニック株式会社製商品名)で観察すると、図5の断面顕微鏡写真に示されているように、実施例2の非薬物層と薬物層との境界は明瞭に見えるのに対し、実施例1の非薬物層と薬物層との境界は不明瞭でぼやけて見え、境界が判別できない。その理由は、実施例1が塗布・乾燥した下層の非薬物層の上に、さらに薬物層溶液を積層塗布するので、重ね塗りした薬物層溶液が下層の非薬物層に浸透し、溶媒とともにフェンタニル化合物が下層の非薬物層へ移行する現象が生じ、その分、非薬物層のpH調整剤の影響を受けて、フェンタニル化合物の安定性が悪くなると考えられるためである。したがって、非薬物層と薬物層とを圧着して積層した方がフィルム剤の安定性はより向上する。この効果は、非薬物層と薬物層の接触面積が厚さに対して極めて大きいフィルム剤において、錠剤の如き上記接触面積と厚さの比が小さいものに比してより顕著に現れる。
【0089】
〈粘膜透過試験:ハムスター頬袋In Vitro試験〉
溶解性の非薬物層と、溶解性の薬物層とからなる可食性の口腔内粘膜フィルム剤において、(d)pH調整剤を溶解性の非薬物層に配合した場合でも、溶解性の薬物層に配合する場合と比して、主剤であるフェンタニル類化合物の経粘膜吸収効率が遜色ないことを確認するために、実施例1、実施例2および比較例1のフィルム剤に対して次の粘膜透過試験を行った。
試験方法:
ハムスターの腹腔内にウレタン水溶液を注射して麻酔した。ハムスターの頬袋を裏返すように口外に取り出し摘出した。この頬袋を生理食塩水にて洗浄した後、角化組織側がドナー側となるように拡散セル(適用面積0.95cm2、セル容積2.5mL)に固定した。アクセプター側に等張リン酸緩衝液(pH7.4)を2.5mL、ドナー側に被験物質1枚(実施例1、実施例2、比較例1のフィルム剤)を貼付した。セルのジャケットには37℃の温水を循環させ、内液の温度を一定に保った。2時間、4時間、6時間、8時間経過後に内液を0.5mLずつ採取した。採取した試料中のフェンタニル量を高速液体クロマトグラフ法を用いて定量し、頬袋粘膜を透過したフェンタニルの累積透過量を算出した。結果を表4及び図6に示す。
【0090】
【表4】

【0091】
表4及び図6から明らかなように、溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層とからなる可食性の口腔内粘膜フィルム剤において、(d)pH調整剤を溶解性の非薬物層に配合した場合でも、溶解性の薬物層に配合する場合と比して、薬物であるフェンタニル類化合物が遜色なく透過しており、経粘膜吸収効率に影響がないことがわかる。
【0092】
上述した実施例および比較例からわかるように、薬物層を半合成水溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物および水溶性多価アルコールを含むように構成し、pH調整剤を含有する非薬物層を、半合成水溶性高分子化合物および水溶性多価アルコールを含み、さらに必要によって半合成水不溶性高分子化合物を含むように構成することによって、適切な時間、確実に口腔内粘膜に貼着すると共に、薬物であるフェンタニル類化合物が粘膜から良好に吸収されることができるフェンタニル類化合物含有の可食性の口腔内粘膜貼付剤である口腔内粘膜フィルム剤が得られる。
【0093】
しかも、上述した実施例に示したように、半合成水不溶性高分子化合物、半合成水溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物、水溶性多価アルコールおよびpH調整剤の5種類を全て組み合わせて使用することにより、食品若しくは食品添加物として認められている物質並びに/または経口投与が認められている医薬品または医薬品添加物として経口投与が認められている物質のみで構成できる上に、工業的に効率よく生産出来るフェンタニル類化合物含有の可食性の口腔内粘膜フィルム剤を得ることができる。
【0094】
特に、これら実施例において示したように、本発明にしたがって可食性の口腔内粘膜フィルム剤を溶解性の非薬物層と溶解性の薬物層とで構成し、薬物であるフェンタニル類化合物が存在する非薬物層にpH調整剤を含有させると、薬物であるフェンタニル類化合物を粘膜から良好に吸収させることができると共に、可食性の口腔内粘膜フィルム剤中のフェンタニル類化合物の安定性が格段に向上する。この安定性は、非薬物層と薬物層とを圧着して積層した方が、塗工で積層するよりも、非薬物層と薬物層との境界が明瞭で、非薬物層の一部と薬物層の一部とが製造過程で混ざり合うことがないので、より向上することがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェンタニル類化合物を含有し口腔内で溶解性の薬物層と、フェンタニル類化合物を含有せず口腔内で崩壊性または溶解性の非薬物層とを備え、前記非薬物層にフェンタニル類化合物の口腔内粘膜吸収を向上させるpH調整剤を含有させ、口腔内粘膜に貼付したり口腔内で溶解してフェンタニル類化合物を口腔内粘膜を介して吸収せしめる口腔内粘膜フィルム剤であって、
前記薬物層にpH調整剤を含有させないとともに、薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との日本薬局方崩壊試験法第2液に対する溶解速度比が5:1〜1:5の範囲にあることを特徴とする口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項2】
薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との日本薬局方崩壊試験法第2液に対する溶解速度比が3:1〜1:3の範囲にあることを特徴とする請求項1記載の口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項3】
薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層とは圧着によって積層されたことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載の口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項4】
薬物層とpH調整剤を含有する非薬物層との圧着は、品温が50℃〜180℃、圧力0.05〜1.5MPaの範囲で行われ、積層される各層の厚さが1〜1000μmであることを特徴とする請求項3記載の口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項5】
薬物層が半合成水溶性高分子化合物、合成水溶性高分子化合物及び水溶性多価アルコールを含有し、pH調整剤を含有する非薬物層が半合成水溶性高分子化合物及び水溶性多価アルコールを含み、いずれも可食性であることを特徴とする請求項1に記載の口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項6】
pH調整剤を含有する非薬物層が半合成水不溶性高分子化合物をさらに含み、この半合成水不溶性高分子化合物が、エチルセルロースおよびヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレートからなる群より選ばれた少なくとも一種であることを特徴とする請求項5記載の口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項7】
半合成水溶性高分子化合物が、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース・ナトリウムおよびアルギン酸ナトリウムからなる群より選ばれた少なくとも一種であり、
合成水溶性高分子化合物が、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールおよびポリアクリル酸ナトリウムからなる群より選ばれた少なくとも一種であり、
水溶性多価アルコールが、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、D−ソルビトール、マルチトールおよびキシリトールからなる群より選ばれた少なくとも一種であり、
pH調整剤が、アルカリ側に調整するpH調整剤である水酸化ナトリウム、酢酸ナトリウム3水和物、炭酸水素ナトリウム無水物、リン酸水素二ナトリウム無水物、リン酸水素二ナトリウム12水和物、リン酸三ナトリウム12水和物および乳酸カルシウム5水和物からなる群より選ばれた少なくとも一種、あるいは、酸側に調整するpH調整剤であるクエン酸、酒石酸、乳酸、アマリン酸、フマール酸、アジピン酸および琥珀酸からなる群より選ばれた少なくとも一種であることを特徴とする請求項5または請求項6に記載の口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項8】
前記フェンタニル類化合物がクエン酸フェンタニルであることを特徴とする請求項1記載の口腔内粘膜フィルム剤。
【請求項9】
口腔内粘膜フィルム剤2質量部と水98質量部とを混合し、少なくともその薬物層が溶解した後の水溶液のpHが4.0〜8.0であることを特徴とする請求項8記載の口腔内粘膜フィルム剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−280611(P2009−280611A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−195168(P2009−195168)
【出願日】平成21年8月26日(2009.8.26)
【分割の表示】特願2004−79885(P2004−79885)の分割
【原出願日】平成16年3月19日(2004.3.19)
【出願人】(000161714)救急薬品工業株式会社 (14)
【Fターム(参考)】