吸音構造体、吸音構造体群および音響室
【課題】弾性を有し且つ通気性を有していない、本来吸音特性が低い独立発泡の多孔質材料を、吸音材料として有効に活用する吸音構造体を提供する。
【解決手段】図中のAは、連続気泡の振動体による特性を示し、図中のBは、独立気泡の振動体による特性を示している。連続気泡の多孔質材料(A)においては、高音域ほど吸音率が増大する特性を示し、低音域での吸音率が小さいのに対し、独立気泡の多孔質材料(B)においては、吸音のピークとなる周波数が比較的低い周波数にあり、その吸音率も大きな値を示すことが分かる。つまり、独立気泡の多孔質材料で振動体30を形成した吸音構造体10であっても、吸音作用を発揮する。
【解決手段】図中のAは、連続気泡の振動体による特性を示し、図中のBは、独立気泡の振動体による特性を示している。連続気泡の多孔質材料(A)においては、高音域ほど吸音率が増大する特性を示し、低音域での吸音率が小さいのに対し、独立気泡の多孔質材料(B)においては、吸音のピークとなる周波数が比較的低い周波数にあり、その吸音率も大きな値を示すことが分かる。つまり、独立気泡の多孔質材料で振動体30を形成した吸音構造体10であっても、吸音作用を発揮する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音を吸収する吸音構造体、吸音構造体群および音響室に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、音を吸音する吸音構造体のうち、吸音材に連続気泡の多孔質材料(例えば、グラスウール等)を用いたものにあっては、音波の粒子速度に比例して吸音力が発生するため、高音域においては高い吸音力を発揮するものの、低音域においては低い吸音力となっていた。従って、低音域においても高い吸音力を発生させようとすると、λ/4程度の厚さ(例えば、250Hzで34cm)が必要となり、小空間では設置が困難であった。
一方、板状または膜状の振動体と、この振動体の背後の空気層とにより音を吸収する吸音構造体において、低音域で高い吸音力を発生させようとすると、例えば厚さ4mm程度の合板を背後空気層45mmで配置し、空気層内部にグラスウールを充填すれば、吸音率のピークが250Hz程度の低音域に発現するが、この吸音率のピークは0.6程度に留まる。
【0003】
特許文献1には、連続気泡の多孔質材料(発泡体)を用いた吸音材が開示されており、多孔質材料の吸音材を用いる場合に、連続気泡を用いることは良く知られている技術である。
一方、特許文献2に示す吸音材は、連続気泡の多孔質材料および独立気泡の多孔質材料からなり、通気量が0.1dm3/s以上となっている例が開示されている。この通気量が大きい場合には、多孔質材の表裏での音圧差が発生しなくなるため、板振動を励振することができなくなったり、板振動の吸音機構に基づく吸音効果が低減したりすることとなる。
【0004】
【特許文献1】特開2003−316364号公報
【特許文献2】特開2006−11412号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、上述した背景の下になされたものであり、弾性を有し且つ通気性を有していない、本来吸音特性が低い独立発泡の多孔質材料を、吸音材料として有効に活用することを目的とする。特に吸音構造の総厚(多孔質材と背後空気層の合計厚)が50mm程度の薄い吸音構造でも、低音域での吸音効果を発揮することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するために本発明が採用する吸音構造体の構造は、独立気泡の多孔質材料によって形成される振動体と、前記振動体の背後に画成される空気層と、を具備することを特徴とする。
【0007】
本発明が採用する吸音構造体の別の構造は、独立気泡の多孔質材料および連続気泡の多孔質材料を重ね合わせて形成される振動体と、前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備することを特徴とする。
【0008】
本発明が採用する吸音構造体の他の構造は、独立気泡の多孔質材料および通気性部材を重ね合わせて形成される振動体と、前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備することを特徴とする。
【0009】
上記構成において、前記独立気泡の多孔質材料は、その通気量が0.1dm3/s未満であることが望ましい。
【0010】
上述した課題を解決するために本発明が採用する吸音構造体群の構造は、上記記載の吸音構造体を複数組み合わせたことを特徴とする。
【0011】
上述した課題を解決するために本発明が採用する音響室の構造は、上記記載の吸音構造体、または上記記載の吸音構造体群を有することを特徴する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、吸音構造体(板・膜振動型)において、弾性を有し且つ空気を遮断する独立気泡の多孔質材料を、空気層を覆う振動板に用いることにより、吸音特性を維持しつつ振動体の劣化を防止し、ひいては当該吸音構造体の信頼性を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
<吸音構造体の構成>
図1は本発明の実施形態に係る吸音構造体10の斜視図、図2は吸音構造体10の分解斜視図、図3は図1中の矢視III−III方向から見た縦断面図である。なお、図面においては、本実施形態の構成を分かりやすく図示するために、吸音構造体10の実際の寸法とは異ならせている。
図に示したように、吸音構造体10は、当該吸音構造体10の基台をなす筐体20と、この筐体20の開口部23を施蓋する振動体30と、筐体20と振動体30によって筐体20内に画成される空気層40と、を具備する。
【0014】
筐体20は、矩形状で浅底の有底筒状に合成樹脂(例えば、ABS樹脂)で形成され、底板21、側壁22、開口部23を有する。底板21は、開口部23に対向する面に配置され、側壁22は、開口部23の周囲に配置される。振動体30は、弾性を有する高分子化合物(例えば、発泡シリコーン、発泡ウレタン、発泡ポリエチレン、発泡エチレンプロピレンゴム等)により正方形の板状に形成され、周縁が筐体20の開口部23に接着固定される。当該吸音構造体10の内部(振動体30の背後)には、筐体20の開口部23に振動体30が固定されることにより、密閉された空気層40が画成される。
【0015】
なお、本実施形態においては、振動体30の形状は、板状ではなく膜状であってもよく、要は、振動体30は、力を加えると変形し、弾性により復元力を発生して振動する形状・部材であればよい。
【0016】
ここで、板状とは、直方体(立体)に対して相対的に厚さが薄く2次元的な広がりを持つ形状であり、膜状(フィルム状、シート状)とは、板状よりもさらに相対的に厚さが薄く、張力により復元力を発生するものである。
【0017】
さらに、前記振動体30は、該振動体30以外の筐体20に対して剛性が相対的に低い(ヤング率が低い、厚さが薄い、断面2次モーメントが小さい)、或いは機械インピーダンス(8×(曲げ剛性×面密度)1/2)が相対的に低い形状・部材で形成される。即ち、振動体30は、筐体20に対して弾性振動を起こし易くすることにより、振動体30により当該吸音構造体10の吸音作用を発揮するようになっている。
【0018】
以上が、吸音構造体10の基本的構成であるが、本実施形態による吸音構造体10の特徴は、図3(a)に示すように、振動体30を独立気泡の多孔質材料50によって形成したことにある。この多孔質材料50は、その通気量が0.1dm3/s未満となり、空気の通過を遮断する。独立気泡の多孔質材料としては、例えば発泡シリコーン,発泡ポリエチレン,発泡エチレンプロピレンゴム(EPDM)等が用いられる。
【0019】
ここで、比較のために、図4に独立気泡の多孔質材料と連続気泡の多孔質材料の断面を模式的に示す。
独立気泡の多孔質材料50は、図4(a)に示すように、部材内に形成される各気泡51は連通せずに殆どが重なり合わないで独立している。このため、独立気泡の多孔質材料は、一定の弾性を有し、振動板として一体に振動可能である。つまり、独立気泡の多孔質材料は、弾性を有し且つ通気性を持たない材料となる。
図4(a)では、気泡51が整列したように模式的に図示したが、ランダムに配置されてもよく、要は各気泡51が重なり合わないで、材料の表面と裏面間で空気が流通しない構造であればよい。
【0020】
一方、連続気泡の多孔質材料60は、図4(b)に示すように、部材内に形成される各気泡61は隣接して殆どが重なり合って連通する。このため、連続気泡の多孔質材料は、材質や気泡61の大きさにもよるが、スポンジのような質感を持つ。図4(b)では、気泡61が整列したように模式的に図示したが、ランダムに配置されてもよく、要は各気泡61が少なくとも隣り合う気泡61と連通して、材料の表面と裏面間で空気が流通する構造であればよい。
【0021】
<吸音構造体の動作>
一般に、この種の吸音構造体においては、振動体のマス(質量(mass))成分と、空気層のバネ成分とによってバネマス系が形成される。
ここで、空気の密度をρ0[kg/m3]、音速をc0[m/s]、振動体の密度をρ[kg/m3]、振動体の厚さをt[m]、空気層の厚さをL[m]とすると、バネマス系の共振周波数f[Hz]は数式1のようなる。
【0022】
【数1】
【0023】
また、吸音構造体において振動体が弾性を有して弾性振動をする場合には、弾性振動による屈曲系の性質が加わることになる。
振動体の形状が長方形で一辺の長さをa[m]、もう一辺の長さをb[m]、振動体のヤング率をE[N/m2]、振動体のポアソン比をσ[−]、p,qを正の整数とすると、以下の数式2に示すようにして板・膜振動型吸音構造体の共振周波数が求められる。そして、建築音響の分野においては、この求めた共振周波数を音響設計に利用している。
【0024】
【数2】
上記数式2において、共振周波数fは、バネマス系に係る項(ρ0c02/ρtL)と屈曲系に係る項(バネマス系の項の後に直列に加えられている項)とを加算した値となっている。この数式2に示すように、吸音構造体においては、振動体のバネマス系と、弾性振動による屈曲系とが、吸音条件を決める重要な要素となっている。
【0025】
ここで、本実施形態による吸音構造体10においては、振動体30の外側から加わる音圧と空気層40側の音圧との差(即ち、振動体30の前後の音圧差)によって振動体30が弾性振動する。これにより、当該吸音構造体10に到達する音波のエネルギーは、この振動体30の振動により消費されて音が吸音されることになる。この際、振動体30は、前記数式2に示すようにして設定される共振周波数fを中心とした周波数の音を吸音することになる。
【0026】
<実施形態における吸音構造体の効果>
本実施形態における吸音構造体の効果を、図5〜図7による吸音特性の図に基づいて説明する。この特性線図は、実際の実験結果をグラフ化したものであり、実験対象となる吸音構造体に対し、周波数を適宜可変にした音を当てた際の、吸収率を垂直入射吸音率として記録したものです。
図5〜図7は、振動体に連続気泡のウレタン10mm厚を使用した吸音構造体、振動体に独立気泡の発泡シリコーン10mm厚を使用した吸音構造体による実験結果を示している。
図5は、振動体の背後に形成した空気層の厚さを10mm厚とした場合の実験結果であり、図6は、空気層の厚さを20mm厚とした場合の実験結果であり、図7は、空気層の厚さを30mm厚とした場合の実験結果である。図中のAは、連続気泡の振動体による特性を示し、図中のBは、独立気泡の振動体による特性を示している。
【0027】
図5〜図7のAとBとを見ると、連続気泡の多孔質材料(A)においては、高音域ほど吸音率が増大する特性を示し、低音域での吸音率が小さいのに対し、独立気泡の多孔質材料(B)においては、吸音のピークとなる周波数が比較的低い周波数にあり、その吸音率も大きな値を示すことが分かる。つまり、独立気泡の多孔質材料で振動体30を形成した吸音構造体10であっても、吸音作用を発揮している。なお、独立気泡の密度は250kg/m3、連続気泡の密度は35kg/m3となる。
【0028】
さらに、図8〜図10は、振動体に連続気泡のウレタン10mm厚を使用した吸音構造体、振動体に独立気泡のEPDM(エチレンプロピレンゴム)10mm厚を使用した吸音構造体による実験結果を示している。図8は空気層の厚さを10mm厚、図9は空気層の厚さを20mm厚、図10は空気層の厚さを30mm厚とした場合の実験結果である。また、図中のAは、連続気泡の振動体による特性を示し、図中のBは、独立気泡の振動体による特性を示している。
この独立気泡のEPDMを振動体に用いた吸音構造体であっても、図5〜図7に示す特性と同様に、吸音のピークとなる周波数が比較的低い周波数にあり、その吸音率も大きな値を示すことが分かる。
【0029】
このように、独立気泡の多孔質材料50を振動体30に用いた場合にあっては、振動体30と空気層40の合計厚が50mm以下の薄い吸音構造体であっても、比較的低い音域を吸音することが可能となる。
しかも、独立気泡の多孔質材料50は、空気の通過を遮断するため、当該吸音構造体10を塵埃の比較的多い音場に設置した場合であっても、振動体30が空気層40への空気の流入を阻止することになる。この結果、塵埃によって空気層40内が汚れるのを防止することができる。
また、独立気泡の多孔質材料50は、その構造から、空気や湿気の材料内への浸入を防止することができるため、振動体30の耐久性を高め、ひいては当該吸音構造体10の信頼性を高めることができる。
【0030】
一方、独立気泡の多孔質材料50は、連続気泡の多孔質材料60に比べて製造コストが低いため、当該吸音構造体10のコストを低廉安価に押さえることができる。また、独立気泡の多孔質材料50は、連続気泡の多孔質材料60に比べて裁断等の加工がし易いため、生産性を高めることができる等、種々の効果を奏する。
【0031】
<変形例>
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、他の様々な形態で実施可能である。例えば、上述の実施形態を以下のように変形して本発明を実施してもよい。
<変形例1>
前記実施形態では、振動体30に独立気泡の多孔質材料50を用いた場合を例示したが、本発明はこれに限らず、振動体に独立気泡の多孔質材料50を用いた種々の構成が可能である。
【0032】
図3(b)は、独立気泡の多孔質材料50の表側(音波の入射側)に連続気泡の多孔質材料60を積層した振動体31を用いた吸音構造体の縦断面図を示している。そして、この振動体31は、独立気泡の多孔質材料50の背面に空気層40が来るように、筐体20に固定される。
図3(c)は、独立気泡の多孔質材料50の表側(音波の入射側)にメッシュ、クロス、植毛等の繊維性の通気性部材70を積層した振動体32を用いた吸音構造体の縦断面図を示している。そして、この振動体32は、独立気泡の多孔質材料50の背面に空気層40が来るように、筐体20に固定される。
このように構成される吸音構造体とすると、前記実施形態の吸音効果を得ることができる。しかも、振動体30の表側に連続気泡の多孔質材料60或いは通気性部材70を配置したから、音がこの部材に吸収される作用も付加することができる。
【0033】
さらに、上記例に限るものではなく、振動体は、独立気泡の多孔質材料50に連続気泡の多孔質材料60を3層以上に積層したものであっても、通気性部材70、連続気泡の多孔質材料60、独立気泡の多孔質材料50の順に積層したものであってもよく、要は、独立気泡の多孔質材料50が使用して、外部と空気層40との間で空気を遮断する構造となればよい。
【0034】
<変形例2>
このように構成される吸音構造体においては、バネマス系による共振周波数と、板の弾性による弾性振動による屈曲系の共振周波数との関連性については、前記数式2によって一義的に決められるものの、実際には十分に解明されておらず、低音域で高い吸音力を発揮する吸音構造体の構造が確立されていないのが実情である。
【0035】
そこで、発明者達は鋭意実験を行った結果、屈曲系の基本振動周波数の値をfa、バネマス系の共振周波数の値をfbとし場合、以下の数式3の関係を満足するように、上記パラメータを設定する。これにより、屈曲系の基本振動が背後の空気層のバネ成分と連成して、バネマス系の共振周波数と屈曲系の基本周波数との間の帯域に振幅の大きな振動が励振されて(屈曲系共振周波数fa<吸音ピーク周波数f<バネマス系基本周波数fb)、吸音率が高くなるという事実を検証した。
【数3】
【0036】
さらに、以下の数式4に設定する場合、吸音ピークの周波数がバネマス系の共振周波数より十分に小さくなる。この場合、低次の弾性振動のモードにより屈曲系の基本周波数がバネマス系の共振周波数より十分に小さく、300[Hz]以下の周波数の音を吸音する吸音構造として適していることも検証した。
【数4】
このように、上記した数式3,4の条件を満足するように各種パラメータを設定することにより、吸音のピークとなる周波数を低くした吸音構造体が構成できる。
【0037】
<変形例3>
さらに、吸音構造体10の構成は、矩形状の筐体20、筐体20の開口部23を閉塞する振動体30と、筐体20内に画成される空気層40と、を具備する構成としたが、本発明による筐体の形状は矩形状に円形状、多角形状であっても、振動体30に対して振動条件を変更するための集中質量を、振動体30の中央部に設けるようにしてもよい。
【0038】
吸音構造体10は、先にも説明した通り、バネマス系と屈曲系で吸音メカニズムが形成されている。ここで、発明者達は、振動体30の面密度を変えた際の共振周波数における吸音率の実験を行った。
【0039】
図11は、空気層40の縦と横の大きさが100mm×100mmで厚さが10mmの筐体20に振動体30(大きさが100mm×100mm、厚さ0.85mm)を固着し、中央部(大きさが20mm×20mm、厚さ0.85mm)の面密度を変化させた際の吸音構造体10の垂直入射吸音率のシミュレート結果を示した図である。なお、シミュレート手法は、JIS A 1405−2(音響管による吸音率及びインピーダンスの測定−第2部:伝達関数法)に従って、上記吸音構造体10を配置した音響室の音場を有限要素法により求め、その伝達関数より吸音特性を算出した。
【0040】
具体的には、中央部の面密度を、(1)399.5[g/m2]、(2)799[g/m2]、(3)1199[g/m2]、(4)1598[g/m2]、(5)2297[g/m2]とし、周縁部材の面密度を799[g/m2]とし、振動体30の平均密度を、(1)783[g/m2]、(2)799[g/m2]、(3)815[g/m2]、(4)831[g/m2]、(5)863[g/m2]とした場合のシミュレーション結果である。
シミュレートの結果を見ると、300〜500[Hz]の間と、700[Hz]付近において吸音率が高くなっている。
【0041】
700[Hz]付近で吸音率が高くなっているのは、振動体30のマス成分と空気層40のバネ成分によって形成されるバネマス系の共振によるものである。吸音構造体10においては上記バネマス系の共振周波数での吸音率をピークとし音が吸音されており、中央部の面密度大きくしても、振動体30全体のマスは大きく変わらないので、バネマス系の共振周波数も大きく変わらないことが分かる。
【0042】
また、300〜500[Hz]の間で吸音率が高くなっているのは、振動体30の屈曲振動によって形成される屈曲系の共振によるものである。吸音構造体10においては、屈曲系の共振周波数での吸音率が低音域側のピークとして表れており、中央部の面密度を大きくしてゆくと屈曲系の共振周波数だけが低くなっていることが分かる。
【0043】
一般に、屈曲系の共振周波数は、振動体30の弾性振動を支配する運動方程式で決定され、振動体30の密度(面密度)に反比例する。また、前記共振周波数は、固有振動の腹(振幅が極大値となる場合)の密度により大きく影響される。このため、上記シミュレーションでは、1×1の固有モードの腹となる領域を中央部で異なる面密度に形成したので、屈曲系の共振周波数が変化したものである。
【0044】
このように、シミュレーション結果は、中央部の面密度を周縁部の面密度より大きくすると、吸音のピークとなる周波数のうち、低音域側の吸音率のピークがさらに低音域側へ移動することを表している。従って、中央部の面密度を変更することにより吸音のピークとなる周波数の一部をさらに低音域側または高音域側に移動(シフト)させることができることを表している。
【0045】
上述した吸音構造体10においては、中央部の面密度を変えるだけで、吸音される音のピークの周波数を変える(シフトさせる)ことができるため、振動体30を吸音構造体10全体と同じ素材で板状に形成し、吸音構造体10全体の質量を重くして吸音する音を変更する場合と比較して、吸音構造体10全体の質量を大きく変えることなく吸音させる音を低くできる。
【0046】
さらに、吸音構造体10の空気層40内には、多孔質吸音材(例えば、発泡樹脂、フェルト,ポリエステルウール等の綿状繊維)を充填することにより、吸音率のピーク値を増加させてもよい。
【0047】
<変形例4>
また、本発明においては、吸音構造体群を形成する場合、上述した実施形態または変形例のいずれか一種類の吸音構造体を複数組み合わせて吸音構造体群とするだけでなく、例えば、吸音特性の異なった吸音構造体を組み合わせたり、3種類以上の吸音特性の異なった吸音構造体を組み合わせたりするというように、異なった吸音特性を有する吸音構造体を組み合わせて吸音構造体群としてもよい。
【0048】
また、本発明に係る吸音構造体および吸音構造体を組み合わせた吸音構造体群は、音響特性を制御する各種の音響室に配置することが可能である。ここで、各種音響室とは、防音室、ホール、劇場、音響機器のリスニングルーム、会議室等の居室、車両など各種輸送機器の空間、スピーカや楽器などの筐体などである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施形態による吸音構造体の斜視図である。
【図2】実施形態による吸音構造体の分解斜視図である。
【図3】図1の矢視III−III方向から見た縦断面図である。
【図4】独立気泡の多孔質材料、連続気泡の多孔質材料を模式的に示す断面図である。
【図5】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図6】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図7】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図8】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図9】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図10】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図11】変形例(3)による特性を示す特性線図である。
【符号の説明】
【0050】
10・・・吸音構造体、20・・・筐体、21・・・底板、22・・・側壁、23・・・開口部、30,31,32・・・振動体、40・・・空気層、50・・・独立気泡の多孔質材料、51,61・・・気泡、60・・・連続気泡の多孔質材料、70・・・通気性部材。
【技術分野】
【0001】
本発明は、音を吸収する吸音構造体、吸音構造体群および音響室に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、音を吸音する吸音構造体のうち、吸音材に連続気泡の多孔質材料(例えば、グラスウール等)を用いたものにあっては、音波の粒子速度に比例して吸音力が発生するため、高音域においては高い吸音力を発揮するものの、低音域においては低い吸音力となっていた。従って、低音域においても高い吸音力を発生させようとすると、λ/4程度の厚さ(例えば、250Hzで34cm)が必要となり、小空間では設置が困難であった。
一方、板状または膜状の振動体と、この振動体の背後の空気層とにより音を吸収する吸音構造体において、低音域で高い吸音力を発生させようとすると、例えば厚さ4mm程度の合板を背後空気層45mmで配置し、空気層内部にグラスウールを充填すれば、吸音率のピークが250Hz程度の低音域に発現するが、この吸音率のピークは0.6程度に留まる。
【0003】
特許文献1には、連続気泡の多孔質材料(発泡体)を用いた吸音材が開示されており、多孔質材料の吸音材を用いる場合に、連続気泡を用いることは良く知られている技術である。
一方、特許文献2に示す吸音材は、連続気泡の多孔質材料および独立気泡の多孔質材料からなり、通気量が0.1dm3/s以上となっている例が開示されている。この通気量が大きい場合には、多孔質材の表裏での音圧差が発生しなくなるため、板振動を励振することができなくなったり、板振動の吸音機構に基づく吸音効果が低減したりすることとなる。
【0004】
【特許文献1】特開2003−316364号公報
【特許文献2】特開2006−11412号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、上述した背景の下になされたものであり、弾性を有し且つ通気性を有していない、本来吸音特性が低い独立発泡の多孔質材料を、吸音材料として有効に活用することを目的とする。特に吸音構造の総厚(多孔質材と背後空気層の合計厚)が50mm程度の薄い吸音構造でも、低音域での吸音効果を発揮することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するために本発明が採用する吸音構造体の構造は、独立気泡の多孔質材料によって形成される振動体と、前記振動体の背後に画成される空気層と、を具備することを特徴とする。
【0007】
本発明が採用する吸音構造体の別の構造は、独立気泡の多孔質材料および連続気泡の多孔質材料を重ね合わせて形成される振動体と、前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備することを特徴とする。
【0008】
本発明が採用する吸音構造体の他の構造は、独立気泡の多孔質材料および通気性部材を重ね合わせて形成される振動体と、前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備することを特徴とする。
【0009】
上記構成において、前記独立気泡の多孔質材料は、その通気量が0.1dm3/s未満であることが望ましい。
【0010】
上述した課題を解決するために本発明が採用する吸音構造体群の構造は、上記記載の吸音構造体を複数組み合わせたことを特徴とする。
【0011】
上述した課題を解決するために本発明が採用する音響室の構造は、上記記載の吸音構造体、または上記記載の吸音構造体群を有することを特徴する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、吸音構造体(板・膜振動型)において、弾性を有し且つ空気を遮断する独立気泡の多孔質材料を、空気層を覆う振動板に用いることにより、吸音特性を維持しつつ振動体の劣化を防止し、ひいては当該吸音構造体の信頼性を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
<吸音構造体の構成>
図1は本発明の実施形態に係る吸音構造体10の斜視図、図2は吸音構造体10の分解斜視図、図3は図1中の矢視III−III方向から見た縦断面図である。なお、図面においては、本実施形態の構成を分かりやすく図示するために、吸音構造体10の実際の寸法とは異ならせている。
図に示したように、吸音構造体10は、当該吸音構造体10の基台をなす筐体20と、この筐体20の開口部23を施蓋する振動体30と、筐体20と振動体30によって筐体20内に画成される空気層40と、を具備する。
【0014】
筐体20は、矩形状で浅底の有底筒状に合成樹脂(例えば、ABS樹脂)で形成され、底板21、側壁22、開口部23を有する。底板21は、開口部23に対向する面に配置され、側壁22は、開口部23の周囲に配置される。振動体30は、弾性を有する高分子化合物(例えば、発泡シリコーン、発泡ウレタン、発泡ポリエチレン、発泡エチレンプロピレンゴム等)により正方形の板状に形成され、周縁が筐体20の開口部23に接着固定される。当該吸音構造体10の内部(振動体30の背後)には、筐体20の開口部23に振動体30が固定されることにより、密閉された空気層40が画成される。
【0015】
なお、本実施形態においては、振動体30の形状は、板状ではなく膜状であってもよく、要は、振動体30は、力を加えると変形し、弾性により復元力を発生して振動する形状・部材であればよい。
【0016】
ここで、板状とは、直方体(立体)に対して相対的に厚さが薄く2次元的な広がりを持つ形状であり、膜状(フィルム状、シート状)とは、板状よりもさらに相対的に厚さが薄く、張力により復元力を発生するものである。
【0017】
さらに、前記振動体30は、該振動体30以外の筐体20に対して剛性が相対的に低い(ヤング率が低い、厚さが薄い、断面2次モーメントが小さい)、或いは機械インピーダンス(8×(曲げ剛性×面密度)1/2)が相対的に低い形状・部材で形成される。即ち、振動体30は、筐体20に対して弾性振動を起こし易くすることにより、振動体30により当該吸音構造体10の吸音作用を発揮するようになっている。
【0018】
以上が、吸音構造体10の基本的構成であるが、本実施形態による吸音構造体10の特徴は、図3(a)に示すように、振動体30を独立気泡の多孔質材料50によって形成したことにある。この多孔質材料50は、その通気量が0.1dm3/s未満となり、空気の通過を遮断する。独立気泡の多孔質材料としては、例えば発泡シリコーン,発泡ポリエチレン,発泡エチレンプロピレンゴム(EPDM)等が用いられる。
【0019】
ここで、比較のために、図4に独立気泡の多孔質材料と連続気泡の多孔質材料の断面を模式的に示す。
独立気泡の多孔質材料50は、図4(a)に示すように、部材内に形成される各気泡51は連通せずに殆どが重なり合わないで独立している。このため、独立気泡の多孔質材料は、一定の弾性を有し、振動板として一体に振動可能である。つまり、独立気泡の多孔質材料は、弾性を有し且つ通気性を持たない材料となる。
図4(a)では、気泡51が整列したように模式的に図示したが、ランダムに配置されてもよく、要は各気泡51が重なり合わないで、材料の表面と裏面間で空気が流通しない構造であればよい。
【0020】
一方、連続気泡の多孔質材料60は、図4(b)に示すように、部材内に形成される各気泡61は隣接して殆どが重なり合って連通する。このため、連続気泡の多孔質材料は、材質や気泡61の大きさにもよるが、スポンジのような質感を持つ。図4(b)では、気泡61が整列したように模式的に図示したが、ランダムに配置されてもよく、要は各気泡61が少なくとも隣り合う気泡61と連通して、材料の表面と裏面間で空気が流通する構造であればよい。
【0021】
<吸音構造体の動作>
一般に、この種の吸音構造体においては、振動体のマス(質量(mass))成分と、空気層のバネ成分とによってバネマス系が形成される。
ここで、空気の密度をρ0[kg/m3]、音速をc0[m/s]、振動体の密度をρ[kg/m3]、振動体の厚さをt[m]、空気層の厚さをL[m]とすると、バネマス系の共振周波数f[Hz]は数式1のようなる。
【0022】
【数1】
【0023】
また、吸音構造体において振動体が弾性を有して弾性振動をする場合には、弾性振動による屈曲系の性質が加わることになる。
振動体の形状が長方形で一辺の長さをa[m]、もう一辺の長さをb[m]、振動体のヤング率をE[N/m2]、振動体のポアソン比をσ[−]、p,qを正の整数とすると、以下の数式2に示すようにして板・膜振動型吸音構造体の共振周波数が求められる。そして、建築音響の分野においては、この求めた共振周波数を音響設計に利用している。
【0024】
【数2】
上記数式2において、共振周波数fは、バネマス系に係る項(ρ0c02/ρtL)と屈曲系に係る項(バネマス系の項の後に直列に加えられている項)とを加算した値となっている。この数式2に示すように、吸音構造体においては、振動体のバネマス系と、弾性振動による屈曲系とが、吸音条件を決める重要な要素となっている。
【0025】
ここで、本実施形態による吸音構造体10においては、振動体30の外側から加わる音圧と空気層40側の音圧との差(即ち、振動体30の前後の音圧差)によって振動体30が弾性振動する。これにより、当該吸音構造体10に到達する音波のエネルギーは、この振動体30の振動により消費されて音が吸音されることになる。この際、振動体30は、前記数式2に示すようにして設定される共振周波数fを中心とした周波数の音を吸音することになる。
【0026】
<実施形態における吸音構造体の効果>
本実施形態における吸音構造体の効果を、図5〜図7による吸音特性の図に基づいて説明する。この特性線図は、実際の実験結果をグラフ化したものであり、実験対象となる吸音構造体に対し、周波数を適宜可変にした音を当てた際の、吸収率を垂直入射吸音率として記録したものです。
図5〜図7は、振動体に連続気泡のウレタン10mm厚を使用した吸音構造体、振動体に独立気泡の発泡シリコーン10mm厚を使用した吸音構造体による実験結果を示している。
図5は、振動体の背後に形成した空気層の厚さを10mm厚とした場合の実験結果であり、図6は、空気層の厚さを20mm厚とした場合の実験結果であり、図7は、空気層の厚さを30mm厚とした場合の実験結果である。図中のAは、連続気泡の振動体による特性を示し、図中のBは、独立気泡の振動体による特性を示している。
【0027】
図5〜図7のAとBとを見ると、連続気泡の多孔質材料(A)においては、高音域ほど吸音率が増大する特性を示し、低音域での吸音率が小さいのに対し、独立気泡の多孔質材料(B)においては、吸音のピークとなる周波数が比較的低い周波数にあり、その吸音率も大きな値を示すことが分かる。つまり、独立気泡の多孔質材料で振動体30を形成した吸音構造体10であっても、吸音作用を発揮している。なお、独立気泡の密度は250kg/m3、連続気泡の密度は35kg/m3となる。
【0028】
さらに、図8〜図10は、振動体に連続気泡のウレタン10mm厚を使用した吸音構造体、振動体に独立気泡のEPDM(エチレンプロピレンゴム)10mm厚を使用した吸音構造体による実験結果を示している。図8は空気層の厚さを10mm厚、図9は空気層の厚さを20mm厚、図10は空気層の厚さを30mm厚とした場合の実験結果である。また、図中のAは、連続気泡の振動体による特性を示し、図中のBは、独立気泡の振動体による特性を示している。
この独立気泡のEPDMを振動体に用いた吸音構造体であっても、図5〜図7に示す特性と同様に、吸音のピークとなる周波数が比較的低い周波数にあり、その吸音率も大きな値を示すことが分かる。
【0029】
このように、独立気泡の多孔質材料50を振動体30に用いた場合にあっては、振動体30と空気層40の合計厚が50mm以下の薄い吸音構造体であっても、比較的低い音域を吸音することが可能となる。
しかも、独立気泡の多孔質材料50は、空気の通過を遮断するため、当該吸音構造体10を塵埃の比較的多い音場に設置した場合であっても、振動体30が空気層40への空気の流入を阻止することになる。この結果、塵埃によって空気層40内が汚れるのを防止することができる。
また、独立気泡の多孔質材料50は、その構造から、空気や湿気の材料内への浸入を防止することができるため、振動体30の耐久性を高め、ひいては当該吸音構造体10の信頼性を高めることができる。
【0030】
一方、独立気泡の多孔質材料50は、連続気泡の多孔質材料60に比べて製造コストが低いため、当該吸音構造体10のコストを低廉安価に押さえることができる。また、独立気泡の多孔質材料50は、連続気泡の多孔質材料60に比べて裁断等の加工がし易いため、生産性を高めることができる等、種々の効果を奏する。
【0031】
<変形例>
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、他の様々な形態で実施可能である。例えば、上述の実施形態を以下のように変形して本発明を実施してもよい。
<変形例1>
前記実施形態では、振動体30に独立気泡の多孔質材料50を用いた場合を例示したが、本発明はこれに限らず、振動体に独立気泡の多孔質材料50を用いた種々の構成が可能である。
【0032】
図3(b)は、独立気泡の多孔質材料50の表側(音波の入射側)に連続気泡の多孔質材料60を積層した振動体31を用いた吸音構造体の縦断面図を示している。そして、この振動体31は、独立気泡の多孔質材料50の背面に空気層40が来るように、筐体20に固定される。
図3(c)は、独立気泡の多孔質材料50の表側(音波の入射側)にメッシュ、クロス、植毛等の繊維性の通気性部材70を積層した振動体32を用いた吸音構造体の縦断面図を示している。そして、この振動体32は、独立気泡の多孔質材料50の背面に空気層40が来るように、筐体20に固定される。
このように構成される吸音構造体とすると、前記実施形態の吸音効果を得ることができる。しかも、振動体30の表側に連続気泡の多孔質材料60或いは通気性部材70を配置したから、音がこの部材に吸収される作用も付加することができる。
【0033】
さらに、上記例に限るものではなく、振動体は、独立気泡の多孔質材料50に連続気泡の多孔質材料60を3層以上に積層したものであっても、通気性部材70、連続気泡の多孔質材料60、独立気泡の多孔質材料50の順に積層したものであってもよく、要は、独立気泡の多孔質材料50が使用して、外部と空気層40との間で空気を遮断する構造となればよい。
【0034】
<変形例2>
このように構成される吸音構造体においては、バネマス系による共振周波数と、板の弾性による弾性振動による屈曲系の共振周波数との関連性については、前記数式2によって一義的に決められるものの、実際には十分に解明されておらず、低音域で高い吸音力を発揮する吸音構造体の構造が確立されていないのが実情である。
【0035】
そこで、発明者達は鋭意実験を行った結果、屈曲系の基本振動周波数の値をfa、バネマス系の共振周波数の値をfbとし場合、以下の数式3の関係を満足するように、上記パラメータを設定する。これにより、屈曲系の基本振動が背後の空気層のバネ成分と連成して、バネマス系の共振周波数と屈曲系の基本周波数との間の帯域に振幅の大きな振動が励振されて(屈曲系共振周波数fa<吸音ピーク周波数f<バネマス系基本周波数fb)、吸音率が高くなるという事実を検証した。
【数3】
【0036】
さらに、以下の数式4に設定する場合、吸音ピークの周波数がバネマス系の共振周波数より十分に小さくなる。この場合、低次の弾性振動のモードにより屈曲系の基本周波数がバネマス系の共振周波数より十分に小さく、300[Hz]以下の周波数の音を吸音する吸音構造として適していることも検証した。
【数4】
このように、上記した数式3,4の条件を満足するように各種パラメータを設定することにより、吸音のピークとなる周波数を低くした吸音構造体が構成できる。
【0037】
<変形例3>
さらに、吸音構造体10の構成は、矩形状の筐体20、筐体20の開口部23を閉塞する振動体30と、筐体20内に画成される空気層40と、を具備する構成としたが、本発明による筐体の形状は矩形状に円形状、多角形状であっても、振動体30に対して振動条件を変更するための集中質量を、振動体30の中央部に設けるようにしてもよい。
【0038】
吸音構造体10は、先にも説明した通り、バネマス系と屈曲系で吸音メカニズムが形成されている。ここで、発明者達は、振動体30の面密度を変えた際の共振周波数における吸音率の実験を行った。
【0039】
図11は、空気層40の縦と横の大きさが100mm×100mmで厚さが10mmの筐体20に振動体30(大きさが100mm×100mm、厚さ0.85mm)を固着し、中央部(大きさが20mm×20mm、厚さ0.85mm)の面密度を変化させた際の吸音構造体10の垂直入射吸音率のシミュレート結果を示した図である。なお、シミュレート手法は、JIS A 1405−2(音響管による吸音率及びインピーダンスの測定−第2部:伝達関数法)に従って、上記吸音構造体10を配置した音響室の音場を有限要素法により求め、その伝達関数より吸音特性を算出した。
【0040】
具体的には、中央部の面密度を、(1)399.5[g/m2]、(2)799[g/m2]、(3)1199[g/m2]、(4)1598[g/m2]、(5)2297[g/m2]とし、周縁部材の面密度を799[g/m2]とし、振動体30の平均密度を、(1)783[g/m2]、(2)799[g/m2]、(3)815[g/m2]、(4)831[g/m2]、(5)863[g/m2]とした場合のシミュレーション結果である。
シミュレートの結果を見ると、300〜500[Hz]の間と、700[Hz]付近において吸音率が高くなっている。
【0041】
700[Hz]付近で吸音率が高くなっているのは、振動体30のマス成分と空気層40のバネ成分によって形成されるバネマス系の共振によるものである。吸音構造体10においては上記バネマス系の共振周波数での吸音率をピークとし音が吸音されており、中央部の面密度大きくしても、振動体30全体のマスは大きく変わらないので、バネマス系の共振周波数も大きく変わらないことが分かる。
【0042】
また、300〜500[Hz]の間で吸音率が高くなっているのは、振動体30の屈曲振動によって形成される屈曲系の共振によるものである。吸音構造体10においては、屈曲系の共振周波数での吸音率が低音域側のピークとして表れており、中央部の面密度を大きくしてゆくと屈曲系の共振周波数だけが低くなっていることが分かる。
【0043】
一般に、屈曲系の共振周波数は、振動体30の弾性振動を支配する運動方程式で決定され、振動体30の密度(面密度)に反比例する。また、前記共振周波数は、固有振動の腹(振幅が極大値となる場合)の密度により大きく影響される。このため、上記シミュレーションでは、1×1の固有モードの腹となる領域を中央部で異なる面密度に形成したので、屈曲系の共振周波数が変化したものである。
【0044】
このように、シミュレーション結果は、中央部の面密度を周縁部の面密度より大きくすると、吸音のピークとなる周波数のうち、低音域側の吸音率のピークがさらに低音域側へ移動することを表している。従って、中央部の面密度を変更することにより吸音のピークとなる周波数の一部をさらに低音域側または高音域側に移動(シフト)させることができることを表している。
【0045】
上述した吸音構造体10においては、中央部の面密度を変えるだけで、吸音される音のピークの周波数を変える(シフトさせる)ことができるため、振動体30を吸音構造体10全体と同じ素材で板状に形成し、吸音構造体10全体の質量を重くして吸音する音を変更する場合と比較して、吸音構造体10全体の質量を大きく変えることなく吸音させる音を低くできる。
【0046】
さらに、吸音構造体10の空気層40内には、多孔質吸音材(例えば、発泡樹脂、フェルト,ポリエステルウール等の綿状繊維)を充填することにより、吸音率のピーク値を増加させてもよい。
【0047】
<変形例4>
また、本発明においては、吸音構造体群を形成する場合、上述した実施形態または変形例のいずれか一種類の吸音構造体を複数組み合わせて吸音構造体群とするだけでなく、例えば、吸音特性の異なった吸音構造体を組み合わせたり、3種類以上の吸音特性の異なった吸音構造体を組み合わせたりするというように、異なった吸音特性を有する吸音構造体を組み合わせて吸音構造体群としてもよい。
【0048】
また、本発明に係る吸音構造体および吸音構造体を組み合わせた吸音構造体群は、音響特性を制御する各種の音響室に配置することが可能である。ここで、各種音響室とは、防音室、ホール、劇場、音響機器のリスニングルーム、会議室等の居室、車両など各種輸送機器の空間、スピーカや楽器などの筐体などである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施形態による吸音構造体の斜視図である。
【図2】実施形態による吸音構造体の分解斜視図である。
【図3】図1の矢視III−III方向から見た縦断面図である。
【図4】独立気泡の多孔質材料、連続気泡の多孔質材料を模式的に示す断面図である。
【図5】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図6】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図7】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図8】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図9】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図10】実施形態による特性を示す特性線図である。
【図11】変形例(3)による特性を示す特性線図である。
【符号の説明】
【0050】
10・・・吸音構造体、20・・・筐体、21・・・底板、22・・・側壁、23・・・開口部、30,31,32・・・振動体、40・・・空気層、50・・・独立気泡の多孔質材料、51,61・・・気泡、60・・・連続気泡の多孔質材料、70・・・通気性部材。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
独立気泡の多孔質材料によって形成される振動体と、
前記振動体の背後に画成される空気層と、を具備する
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項2】
独立気泡の多孔質材料および連続気泡の多孔質材料を重ね合わせて形成される振動体と、
前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備する
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項3】
独立気泡の多孔質材料および通気性部材を重ね合わせて形成される振動体と、
前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備する
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1に記載の吸音構造体において、
前記独立気泡の多孔質材料は、その通気量が0.1dm3/s未満である
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1に記載の吸音構造体を複数組み合わせた
ことを特徴とする吸音構造体群。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか1に記載の吸音構造体、または請求項5記載の吸音構造体群を有する
ことを特徴する音響室。
【請求項1】
独立気泡の多孔質材料によって形成される振動体と、
前記振動体の背後に画成される空気層と、を具備する
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項2】
独立気泡の多孔質材料および連続気泡の多孔質材料を重ね合わせて形成される振動体と、
前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備する
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項3】
独立気泡の多孔質材料および通気性部材を重ね合わせて形成される振動体と、
前記振動体のうち独立気泡の多孔質材料の背後に画成される空気層と、を具備する
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1に記載の吸音構造体において、
前記独立気泡の多孔質材料は、その通気量が0.1dm3/s未満である
ことを特徴とする吸音構造体。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1に記載の吸音構造体を複数組み合わせた
ことを特徴とする吸音構造体群。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか1に記載の吸音構造体、または請求項5記載の吸音構造体群を有する
ことを特徴する音響室。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−47942(P2010−47942A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−211972(P2008−211972)
【出願日】平成20年8月20日(2008.8.20)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月20日(2008.8.20)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】
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