説明

味噌風味を有する発酵調味液の製造方法とその発酵調味液を用いた食品の製造方法

【課題】味噌原料である麹及び蒸煮大豆と水を混合し発酵させる場合、発酵工程中の腐敗対策として、pH降下剤としてクエン酸等の有機酸がある。しかしこれらのpH降下剤は、天然系でないため、消費者嗜好に合致しない欠点があった。
【解決手段】そこでpH降下剤として、塩による梅の抽出物を用いた所、発酵中において緩衝作用が強く安定した低pH域を示し、良好な発酵経過を保持することができた。またpH降下剤として化学品を用いていないことから、消費者の嗜好に合致する製品が得られた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、味噌の風味を有するための発酵調味液(以下、味噌エキス)の製造方法とその味噌エキスを用いた食品の製造方法に係わり、より詳細には、麹菌による発酵作用を利用した味噌エキスの製造方法とそのエキスを用いた食品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
味噌は栄養発酵食品として広く食用に供されている。その理由は、原料大豆に生育した麹菌が生成する多くの酵素群の働きにより、大豆の分解生成物が機能性、抗酸化性の成分を有するためである。例えば非特許文献1に示すように、ラットに胃癌が高い確率で発生するMNNG(N-methyl-N’-nitro-N-nitrosoguanidine)を投与し、その間、減塩味噌を含む餌を投与したところ、通常の餌を投与した群と比較して胃癌の発生率が有意に減少したということが報告されている。また非特許文献2において、肺癌、肝臓癌、大腸癌、乳癌等を抑制する効果があることも報告されている。
【0003】
さらに味噌の製品形態として、味噌を主成分としてこれに他の栄養食品を混合したものを乾燥粉末化した粉末味噌あるいはこの粉末味噌からペレットまたはカプセルとした味噌栄養食品が多く市販されている。
一般的に味噌は味噌汁として供される場合が多い。しかし近年、味噌の効能が広く認められる所から、味噌のエキス化が出来ないかとの要望が高まってきた。すなわち味噌を広く食品へ利用する場合、例えば漬け込み液及味付け液のように、液状化した味噌エキスの使いやすさという観点からの技術開発が必要とされるようになった。
【0004】
ここで味噌のエキス化について、一般的に2とおりの方法がある。すなわち、発酵修了時の味噌を水及び調味液と混合希釈する方法、及び発酵工程より生じる上汁を用いる方法である。しかしこれらの方法は、味のバランスが十分でないこと及び食塩濃度の調製が容易でない欠点がある。
【0005】
ここでこれらの欠点を除去した味噌エキスの開発技術については、本発明者による従来技術が最も先進的である。例えば、本発明者による特許文献2の請求項1では、“麹菌を生育させた蒸煮穀類へ、水及び蛋白原料を加えてpH降下剤及び/又はアルコールを添加し、温度30〜55℃、1〜20日間作用させた後、濾過して得られる濾過液を濃縮して得ることを特徴とする機能性栄養成分を含有するエキスの製造法”と開示している。この場合、pH降下剤としてクエン酸又はミカン果汁を用いている。しかしこの方法では発酵中の安定した低pH値が得られない現象が時々見られた。この原因として、クエン酸又はミカン果汁の緩衝作用が小さいことが考えられた。
【0006】
そこで本発明では、pH降下剤として塩による梅の抽出物(以下、梅エキス)を検討した所、異なる作用温度において安定したpH域を得ることができた。この原因として、梅エキスが含有する有機酸は、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸等の有機酸を含むため緩衝作用が強く、従ってその発酵液はpH値の変動が小さいことが分かった。また梅エキスは、化学合成品であるクエン酸とは異なる天然物であることから、消費者の食品への天然物志向に合致する特徴がある。
【0007】
以下、味噌エキスに関する従来技術について説明する。
特許文献1では、味噌風味を有する味噌エキスを製造するための例、より詳しくは発酵終了後の味噌を温水及び濃縮又は脱塩・濃縮してえられる味噌エキスの製造方法である。またこの味噌エキスが動物性食品の調味液として良好であることを示したものである。
特許文献2では、機能性栄養成分を含む味噌エキスを製造するための例、より詳しくは味噌の原料である米/麦へ菌を生育させたもの及び大豆の混合物を発酵させる場合、大豆蛋白質以外の動物性蛋白質を混合して発酵させる味噌エキスに関する製造方法である。またこの味噌エキスが飴菓子の味付け液として良好であることを示したものである。
非特許文献3では発酵修了後の味噌エキスがドリンクの原料として良好であることを示したものである。非特許文献4では発酵終了時の味噌を濃縮及び脱塩処理ことによって得られる味噌エキスが、魚類の漬け込み液として良好であることを示したものである。
【0008】
【特許文献1】特許公開平06−153843
【特許文献2】特許公開平09−154533
【非特許文献1】渡辺敦光他、「ラットにMNNG投与中に与えた減塩味噌餌による胃腫瘍の抑制」、味噌の科学と技術、第48巻、第1号
【非特許文献2】渡辺敦光、「食品による制癌効果ならびに放射線防御作用」、日本未病システム学会雑誌、2005年、第11巻、第1号
【非特許文献3】篠原伸雄、日本醸造協会誌、第87卷、第6号、p.431
【非特許文献4】篠原伸雄、日本醸造協会誌、第89卷、第10号、p.781
【0009】
従来技術は上記の文献のとおりである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
味噌をエキス化する場合、発酵終了時の味噌を温水等で抽出する方法については、発明者による従来技術(特許文献1)に記載しているとおりである。しかしこの方法の欠点は、(1)味噌の成分をエキスとして抽出する場合、その抽出処理に数時間を要する、(2)発酵終了時の味噌を用いているため、味噌の製造期間を含めて、味噌エキスの製造期間が長い、(3)温水抽出した液の脱塩処理の費用が高いこと等である。特にこの技術の大きな問題点は、pH降下剤の選定である。特許文献2では、クエン酸を用いているが、緩衝能が小さいため発酵中のpHの変動が大きいことが欠点であった。また他の有機酸を併用する場合、化学品であることが、消費者の嗜好に合わない欠点があった。すなわち、天然系の有機酸を多く含むものの利用が望まれていた。
【0011】
本特許の新規性は、以上の従来技術(特許文献2)の欠点を鑑み、pH降下剤として、梅エキスを利用した点にある。この梅エキスは、梅干し製造工程中に生ずるもので、塩以外の添加物を一切含まないものである。また本特許で得られたエキスの成分は、従来技術(特許文献2)の成分と同等な品質である。
【0012】
一方、他の味噌エキスの製造方法として、味噌の発酵時に上汁として生じる液を利用する方法が見られる。しかしこの方法の欠点は、(1)発酵タンクの大きさ及び季節の違いによって、上汁の品質が一定しない、(2)上汁が蒸発することにより食塩濃度が、10%以上と高くなる、(3)上汁が空気と接触しているため、産膜酵母が生えやすい、(4)上汁は味噌製造工程の副産物であるため生産量が少ない等である。すなわち味噌製造時に生じる副産物の利用であるが、上記のような欠点がある
【0013】
ここで効果的に味噌エキスを得る場合、味噌の原料である麹と蒸煮大豆を混合する際、相当量の水を添加して発酵する方法が考えられる。しかしこの方法の困難な点は、(1)水を加えるため発酵中に腐敗が生じやすい、(2)腐敗防止のため相当量の食塩を加えなければならない、(3)発酵中の腐敗防止のためのpH降下剤として、その選定が難しい、(4)一般的にpH降下剤として有機酸の使用が望ましいが、化学合成物質の表示が必要である。
課題を総合的にまとめると、原料を混合して相当量の水で薄めて発酵させる場合、腐敗防止の面から安定した低pH域が得られること、またpH降下剤として化学合成品でなく天然系の素材が望ましいことである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
pH降下剤として、従来技術におけるクエン酸の代わりに塩による梅の抽出物を用いた。
【発明の効果】
【0015】
上記のように、原料の混合初期に水を相当量加える場合、発酵工程中の品質管理が難しい。そこで発明者は、発酵工程中の腐敗による品質劣化の防止のために、pH降下剤として、梅エキスを用いた所、非常に良好な結果を得ることができた。
このことは化合物を用いないという消費者の嗜好に合致するという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
所定の原料について、その原料配合、発酵温度、発酵日数を変えて試験を行い味噌エキスを得た。またそのエキスの食品への漬け込み試験を行い、味噌風味を有する食品を得た。
本発明を、以下の実施例を用いて更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0017】
米及び麦を常法どおり麹菌を生育させる(以下、麹という。この麹の量に対して、適量の蒸煮大豆を加える。さらに麹と蒸煮大豆の合計量に対して、0.5〜2倍量の水及び塩による梅の抽出物を混合する。その後、これらの混合物を温度35℃〜55℃、発酵期間15日〜40日作用させる。その後、濾過及び加熱殺菌処理を施す。得られた濾過液(以下、味噌エキス)へ、エチルアルコールを1.5〜2.5%となるように添加する。また濾過は濾紙により、加熱温度は90℃までとした。
【0018】
味噌エキスの原料配合及び成分分析を表1に示す。なお大豆及び米の量は元重量で示す。




pH:試料へ直接pHメータのセンサを挿入して測定
食塩:モール法にて測定
糖度:試料を糖用屈折計で測定
酸度:1/10規定カセイソーダ液でpH7.0になるまでに要した滴定数
色調:標準色表「JISZ872」に準拠した
【0019】
発酵日数20日目において、良好な味噌風味を有する味噌エキスが得られた。すなわち(1)糖度が25%以上あることから充分な呈味成分を有する、(2)一般的な漬け込みの食塩濃度である5%前後において、味噌風味を有する、(3)色調が赤系を示すことから、味噌特有の発酵色を示す、(4)pHが4.5〜5.0にあることから、適度な酸味がある等の結果が得られた。すなわち得られた成分は従来技術(特許文献2)と同等であった。
特にpHが5.0以下であることから梅エキスの効果的なpH低下作用がみられた。また20日間の発酵中にpHの変動が小さかった。このことは発酵中において、腐敗作用が
ないことを示すものである。細菌数は、麹及び蒸煮大豆の配合割合に関係なく2,000個/g以下となり、pHの低いことによる菌の増殖抑制効果があった。
【0020】
ここで表1では、糖度が31%及び34%の濃度であるが、このエキスを凍結濃縮例えば、−15℃以下で一晩凍結させ、翌日に自然解凍する際、解凍初期に生じる高濃度のエキスを得ることが出来る。このことにより濃縮エキスを糖度50%以上まで高めることが出来る。
実施例1では、麹の原料として米を用いたが、麦でも同様な成分を得られる。ここで味噌エキスを食品に漬け込んだ場合、漬け込み後の漬け込み液の糖度は減少するため、漬け込み前の漬け込み液の糖度を高めておくと、数回の漬け込みが可能である。
また味噌エキスを菓子類へ味付け液として利用する場合、糖度が表1のように30%程度では味噌の風味が足りない場合がある。この場合、濃縮処理によって50%まで高めたエキスを使用すれば、十分な味噌の特徴を打ち出すことが出来る。
【0021】
本特許における梅エキスの効果について、梅エキスはクエン酸、乳酸、酒石酸等の多くの有機酸を含むため、緩衝作用が大きい。本特許では、柑橘類のpH低下、例えば柚の効果について検討したが、pHが5.0以下となるためには相当量の柚を加える必要がある。しかし相当量の柚の添加は、味噌の風味を減少させるもので、このことは柑橘類全般について共通な欠点である。
【0022】
なお、主原料である麹と蒸煮大豆の配合割合を変えた場合のエキスの品質の違いについて、蒸煮大豆の多い区分が、旨味成分が強く味噌風味が強い。一方、蒸煮大豆の少ない区分は、甘味成分を感じる。すなわち、麹と蒸煮大豆の配合割合を変えることによって、旨味と甘味のバランスが調製でき、かつ味噌風味を有するエキスを得ることができた。
麹と蒸煮大豆の配合割合を変えて、味のバランスを変える手法は、一般的に味噌の製造方法の一つであるが、本特許のように相当量の水を加え、かつ通常の味噌と比較して発酵期間が短縮されても、味のバランスの違いが制御できることは本特許の特徴である。
【実施例2】
【0023】
本特許は、通常の味噌に比較して、水を相当量加えているため、発酵期間が短いことが特徴である。そこで大豆と麹の配合割合を1:1.5としたものの、発酵日数を変えた場合の成分について検討した。なお用いた大豆と麹は、実施例1と同様である。
実施例2の成分分析結果を表2に示す。





【0024】
発酵日数の違いによって差が見られた成分は、pH、糖度、酸度、色調であった。
すなわち発酵が進むにつれて、呈味成分が増加すると同時に、色調が赤味を増した。
成分的には20目において、充分な呈味成分を有し、味噌風味の強いエキスが得られた。
通常の味噌製造における発酵期間について、特に麹歩合が高い白味噌等を除いて、発酵期間が20日間前後という短期間な方法は見られない。本特許では、味噌のエキスが目的であるため、通常の味噌製造の手法は特に参考にならない。一方、本特許では通常の味噌製造に用いる麹と蒸煮大豆を原料としているため、味噌の風味は充分に保持するものである。
また味噌の製造過程で生じる上汁を用いる手法もあるが、これは発酵期間が長期間であり、本特許のように20日間前後の短期間の発酵期間は見られない。
【0025】
すなわち味噌エキスの使用目的は、漬け込み用及びその他の味付けであるがこの場合、従来技術による味噌エキスの製造方法では味噌へ水飴、砂糖等の糖類、添加物を加えて味の調製を行っている。本特許では、水飴、砂糖等の糖類、添加物を加えることなく、発酵修了時において目的とする成分を有することを特徴としている。
【実施例3】
【0026】
実施例2で示した重量比が大豆:麹が1:1.5の味噌エキスを、鯖の漬け込み液として応用した例を示す。市販の鯖を縦約4cm×横1cm×厚み1cmの切り身となるように切断した。この切り身75gを本特許の味噌エキス液50gへ、5℃で一晩漬け込んだ。この鯖の成分分析結果及び官能評価を表3に示す。なお漬け込み液の比較例として、醤油へ水飴、砂糖、アミノ酸を添加している液を用いた。その配合割合は、醤油60%、水飴・砂糖及びアミノ酸40%である。
【0027】




本特許による味噌エキスにより、比較例液に比較して味噌風味のある鯖が得られた。
すなわち、比較例液では糖類の浸透性及び色調の赤身が残存していた。また比較例液の官能評価では、食味した場合、まず甘味を感じ次いで醤油の旨味を感じる。すなわち甘味と旨味が分離されて感じる。この原因として、比較例液は発酵修了後の醤油へ、糖類を追加添加しているため、食味した時点で味の分離を感じる。一般的に漬け込み液は基本となる発酵液へ、各種の甘味料を追加添加するため、甘味と旨味の分離を感じる。
一方、本特許は糖類等の添加物を一切添加しないため、漬け込み後の製品の味は、甘味と旨味の分離がなくバランス良く感じる。この意味で本発明品は、添加物を含まない味噌風味の発酵調味液として優れている。本特許の味噌エキスの鯖への利用例について示したが、利用例としては多くの食品へ、漬け込み液及び味付けとして応用できる。
【0028】
本発明の味噌エキスは、原料として麹及び蒸煮大豆を原料としているが、特許公開平09−154533に示されているように、魚介類、酵母蛋白質を加えてもよい。また各種の香辛料を加えても、味噌の風味をベースとした複合的な香りを生み出すことができる。
発明者による従来法の脱塩・濃縮法による味噌エキスの食品への利用について、既にエビ類、魚類、肉類についてその効果を認めている。本特許の味噌エキスは、これらの従来法の味噌エキスの製造方法を改良したもので、成分的には基本的に同等であり、本特許の味噌エキスは多くの食品について利用できる。例えば野菜類のつけ込み液としての良好な効果を示すものである。
【0029】
漬け込み液及び味付け液として重要な点は、食品衛生面から見た微生物数である。本特許の味噌エキスはpHが低いため、発酵中は微生物数の増加は見られない。また発酵修了後、加熱殺菌処理することによって、低pHの作用と相乗効果的に微生物は死滅すると同時に、貯蔵後も長期間の品質の安定した味噌エキスが得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
米又は/及び麦へ麹菌を生育させたもの、蒸煮大豆、塩を用いた梅の抽出物、塩を混合して温度35〜55℃、10〜40日間作用させた後、濾過又は/及び凍結濃縮して得られる味噌風味を有する発酵調味液の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の味噌風味を有する発酵調味液を用いた食品の製造方法。

【公開番号】特開2009−240288(P2009−240288A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−94505(P2008−94505)
【出願日】平成20年4月1日(2008.4.1)
【出願人】(599062416)
【Fターム(参考)】