説明

固定砥粒加工工具の製造方法

【課題】高い加工効率で、かつ表面平滑性の高い精密な加工処理ができる固定砥粒加工工具の製造方法の提供。
【解決手段】酸化マンガン化合物と結合剤が分散あるいは溶解した溶液に直流電圧を印加して、前記酸化マンガン化合物と結合剤を電極表面に堆積させて砥石前駆体を得る電気泳動工程と、前記砥石前駆体を焼結する焼結工程とを有する固定砥粒加工工具の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定砥粒加工工具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SiO(二酸化ケイ素)やSiC(炭化ケイ素)は、その優れた特性から、半導体材料として広く利用されている。これらは加工が困難な材料であり、面加工の最終段階においては、CMP(Chemical Mechanical Polishing:化学的機械的研磨)と称される研削・研磨加工が施されるのが一般的である。
【0003】
研削・研磨の方式としては、固定砥粒方式と遊離砥粒方式とがある。CMPは遊離砥粒方式に分類される。
固定砥粒方式は、砥粒を結合剤により固めた固定砥粒加工工具(砥石)を用いて、研削・研磨を行う方式である。一方、遊離砥粒方式は、スラリー状の砥粒(遊離砥粒)を用い、研削・研磨を行う方式である。
【0004】
一般的に、遊離砥粒方式は、固定砥粒方式と比較して、研削・研磨後の表面平滑性が高く、半導体製造の配線形成工程(化学的機械的研磨法)等の先端分野における研削・研磨方式として採用されている。
しかし、遊離砥粒方式は、使用する砥粒と研削・研磨の対象となる被加工物との接触頻度が低いため加工効率が低く、加えて、大量に発生するスラリー廃液が、環境上大きな問題となっている。さらに、砥粒原料として多く使用されているCe(セリウム)は希少資源(レアアース)であることから、近年、セリウムの代替材料が強く望まれている。
【0005】
最近、遊離砥粒方式(CMP)において、砥粒として酸化マンガン系砥粒を使用することにより、セリウムを砥粒原料として使用した場合と同等の加工性能(研磨レート)が達成できることが報告された(例えば非特許文献1、2参照。)。
しかし、酸化マンガン系砥粒を用いても、既述の加工効率、環境負荷の問題は、依然として残されていた。また、スラリー中の砥粒の凝集・沈殿という問題もあった。
【0006】
従って、加工効率の高い固定砥粒方式により、遊離砥粒方式と同等以上の表面平滑性を達成することが期待されている。
このような問題に対し、これまでに、砥粒と高分子系の結合剤を混合した水系溶液中で、電気泳動を利用して砥粒を均質に結合させた固定砥粒加工工具(EPD砥石:電気泳動を利用して作製した砥石)において、特に、質量平均粒子径0.4〜3.0μmの樹脂粒子からなる結合剤を用いることで、加工効率が高く、かつ、表面平滑性を高めた精密な加工処理ができる固定砥粒加工工具が製造できることが報告された(例えば特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】土肥 俊郎ら、「ガラス基板の研磨とラジカル環境場の効果―酸化セリウム系スラリーと酸化マンガン系スラリーによるCMP特性―」、2010年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集、C19、p.153−154
【非特許文献2】土肥 俊郎ら、「酸化マンガン系スラリーを用いたSiC基板の精密加工プロセスに関する研究―ベルジャー型加工機を用いた各種加工雰囲気下での加工特性―」、2010年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集、C16、p.149−150
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−12558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載の方法により製造される固定砥粒加工工具では、遊離砥粒方式(CMP)に匹敵するような表面平滑性を満足することは困難であった。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、高い加工効率で、かつ表面平滑性の高い精密な加工処理ができる固定砥粒加工工具の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意検討した結果、酸化マンガン化合物をEPD砥石の構成原料として用いた場合に、加工効率と表面平滑性をより高いレベルで両立できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の固定砥粒加工工具の製造方法は、酸化マンガン化合物と結合剤が分散あるいは溶解した溶液に直流電圧を印加して、前記酸化マンガン化合物と結合剤を電極表面に堆積させて砥石前駆体を得る電気泳動工程と、前記砥石前駆体を焼結する焼結工程とを有することを特徴とする。
また、前記結合剤が、質量平均粒子径0.4〜3.0μmの樹脂粒子からなることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高い加工効率で、かつ表面平滑性の高い精密な加工処理ができる固定砥粒加工工具の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】固定砥粒加工工具の台金への貼着状態の一例を示す斜視図である。
【図2】インフィード研削による研削試験を説明するための研削部の側面図である。
【図3】インフィード研削による研削試験を説明するための研削部の斜視図である。
【図4】実施例1で用いたシリコンウエハの状態を示す写真であり、(a)は前加工後かつ研削前のシリコンウエハの写真、(b)は研削後のシリコンウエハの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
[固定砥粒加工工具]
本発明により得られる固定砥粒加工工具は、酸化マンガン化合物と結合剤とを有する、研削・研磨用の加工工具(砥石)である。
【0016】
<酸化マンガン化合物>
酸化マンガン化合物には、過マンガン酸塩も含まれる。塩としては、カリウム、ナトリウム、アンモニウム、マグネシウム、カルシウム、バリウムなどが挙げられる。
酸化マンガン化合物としては、取り扱いが容易な点で、MnO(酸化マンガン)、MnO(二酸化マンガン)、Mn(四酸化三マンガン)、Mn(三酸化二マンガン)、KMnO(過マンガン酸カリウム)などが好ましい。
【0017】
<結合剤>
結合剤は、酸化マンガン化合物と共に固定砥粒加工工具を構成し、酸化マンガン化合物(後述する砥粒を併用する場合は砥粒も含む)を分散・固定するものである。
結合剤としては、水溶性および水不溶性のいずれの結合剤も使用できる。
ここで、「水溶性」とは、25℃の水に1質量%以上溶解することを意味し、「水不溶性」とは、25℃の水への溶解が1質量%未満であることを意味する。
【0018】
水溶性の結合剤としては、アルギン酸ナトリウム、アクリル酸系樹脂、酢酸ビニル系樹脂等を例示することができる。
水不溶性の結合剤としては、樹脂粒子を例示することができる。
得られる固定砥粒加工工具を湿式加工で使用することができる点で、水不溶性の結合剤、特に樹脂粒子を結合剤として使用することが好ましい。
【0019】
樹脂粒子を結合剤として使用する場合、その組成は、固定砥粒加工工具の使用条件を勘案して決定することができ、例えば、ビニル系モノマー、α−オレフィン、ジエン系化合物の重合体等を挙げることができる。中でも、ビニル系モノマーの重合体であることが好ましい。樹脂粒子としてビニル系モノマーの重合体を用いることで、固定砥粒加工工具に必要な要素である熱的特性を容易に最適化することができる。
【0020】
ビニル系モノマーとしては、例えばスチレン、α−メチルスチレン等の芳香族ビニル;メチルメタクリレート、エチルメタクリレート等のメタクリル酸アルキルエステル;エチルアクリレート、n−ブチルアクリレート等のアクリル酸アルキルエステル;アクリロニトリル、メタクリロニトリル等の不飽和ニトリル;メチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル;塩化ビニル、臭化ビニル等のハロゲン化ビニル;塩化ビニリデン、臭化ビニリデン等のハロゲン化ビニリデン;グリシジルアクリレート、グリシジルメタクリレート、アリルグリシジルエーテル、エチレングリコールグリシジルエーテル等のグリシジル基を有するビニル系モノマー;ヒドロキシエチルメタクリレート等のヒドロキシ基を有するビニル系モノマー;アクリル酸、メタクリル酸等のカルボニル基を有するビニル系モノマーなどが挙げられる。
【0021】
さらに、ジビニルベンゼン、ジビニルトルエン等の芳香族多官能ビニル化合物;1,3−ブタジエン等のジエン系化合物;エチレングリコールジメタクリレート、1,3−ブタンジオールジアクリレート等の多価アルコール;トリメタクリル酸エステル、トリアクリル酸エステル、アクリル酸アリル、メタクリル酸アリル等のカルボン酸アリルエステル;ジアリルフタレート、ジアリルセバケート、トリアリルトリアジン等のジアリル;トリアリル化合物等の架橋性モノマーを併用することもできる。
【0022】
ビニル系モノマーを重合するための方法としては、乳化重合、懸濁重合、ソープフリー重合等の水系溶媒を媒体とする重合方法が好ましい。ビニル系モノマーの水系媒体への供給方法は特に限定されないが、一括添加、滴下、分割添加、あるいはこれらの組み合わせ等が例示できる。ビニル系モノマーを水系媒体中へ供給する際に、2回以上に分割して添加、あるいは滴下する場合は、供給するビニル系モノマーの種類を変更することで、多層構造の樹脂粒子を得ることができる。
【0023】
結合剤として樹脂粒子を用いる場合、樹脂粒子は少なくとも樹脂粒子最外層のガラス転移温度(Tg)が10℃以上であることが好ましく、より好ましくは20℃以上であり、さらに好ましくは40℃以上であり、特に好ましくは60℃以上である。
結合剤として使用する樹脂粒子の、少なくとも最外層のTgを特定の温度以上とすることで、固定砥粒加工工具に微細な研削・研磨のために必要な熱的特性(自主発刃特性や弾性特性等)を付与することができる。
また、樹脂粒子の、特に最外層のTgは、固定砥粒加工工具の機械的特性に影響するが、この機械的特性は、固定砥粒加工工具製造時の焼結(加熱)温度や焼結時間とTgの関係によって変化するため、被加工物や使用する砥粒の種類等に応じて、適宜、最適化する必要がある。
【0024】
樹脂粒子の最外層のTgは、樹脂粒子が均一構造であり、樹脂粒子が単独樹脂(ホモポリマー)からなる場合はホモポリマーのTgであり、樹脂粒子が2種類以上の樹脂(コポリマー)からなる場合は、ホモポリマーのTgから下記式(1)(Foxの式)を用いて計算することができる。
また、樹脂粒子が多層構造(コア−シェル構造)の場合は、最外層(シェル)を構成する樹脂組成から、上述した方法と同様にして、下記式(1)(Foxの式)を用いて計算することができる。
【0025】
1/(Tg+273.15)=Wa/(Tga+273.15)+Wb/(Tgb+273.15)+Wc/(Tgc+273.15)+・・・ (1)
(式(1)中、Wa、Wb、Wc、・・・は樹脂粒子の最外層を構成する樹脂a、b、c、・・・の質量分率[wt%]であり、Tga、Tgb、Tgc、・・・は樹脂粒子の最外層を構成する樹脂a、b、c、・・・のTg[℃]である。)
【0026】
結合剤として樹脂粒子を用いる場合、樹脂粒子の質量平均粒子径は0.4〜3.0μmが好ましく、0.4〜1.5μmがより好ましく、0.6〜1.5μmがさらに好ましい。樹脂粒子の質量平均粒子径が大きくなる程、得られる固定砥粒加工工具は脆くなる傾向にある。樹脂粒子の質量平均粒子径が0.4μmよりも小さくなると、樹脂粒子が焼結前に融着してしまう(常温で焼結(乾燥)した場合でも、樹脂粒子が融着する)ため、固定砥粒加工工具の構造は一意的に決定され、密な構造になりやすい。樹脂粒子の質量平均粒子径が上述の範囲であれば、焼結前の固定砥粒加工工具(砥石前駆体)は疎な構造に比較的なりやすく、焼結条件などにより、固定砥粒加工工具による微細な研削・研磨のために必要な、適度な脆さなどの機械的特性を最適化することができる。
【0027】
加えて、樹脂粒子は単分散性が高いことが好ましく、dw(質量平均粒子径)とdn(個数平均粒子径)の比であるdw/dnが、1.0〜2.0であることが好ましく、1.0〜1.5であることがより好ましい。上述の範囲内であると、酸化マンガン化合物(後述する砥粒を併用する場合は砥粒も含む)の均一性が高くなる(すなわち、酸化マンガン化合物等が固定砥粒加工工具中で均等に分散される)。
【0028】
なお、樹脂粒子の質量平均粒子径および個数平均粒子径は、レーザー回析/散乱式粒度分布測定装置(例えば、株式会社堀場製作所製の「LA−910」)を用いて測定される値である(以降において同じ)。
例えば樹脂粒子を乳化重合によって製造する場合、樹脂粒子の質量平均粒子径は使用する乳化剤の量を調整することによって制御することができる。
【0029】
固定砥粒加工工具における結合剤の含有量は、被加工物の種類、ならびに被加工物の研削・研磨目的に応じて決定することができ、例えば、酸化マンガン化合物と結合剤の合計100質量%中、0.1〜90質量%が好ましく、1〜70質量%がより好ましい。結合剤の含有量が0.1質量%未満では、酸化マンガン化合物(後述する砥粒を併用する場合は砥粒も含む)が離脱しやすくなる。一方、結合剤の含有量が70質量%を超えると、酸化マンガン化合物(砥粒を併用する場合は砥粒も含む)の割合が少なくなり、被加工物と酸化マンガン化合物(砥粒を併用する場合は砥粒も含む)の接触割合が低くなり、研削・研磨の加工効率が低下しやすくなる。
【0030】
<その他>
本発明においては、固定砥粒加工工具を製造するに際して、必要に応じて、一般公知の砥粒を併用することができる。
砥粒としては、シリカ、アルミナ、セリア(酸化セリウム)、酸化鉄、硫酸バリウム等が挙げられる。
【0031】
砥粒を併用する場合、砥粒の形状としては、球状であるほうが被加工物の研磨傷発生が起こりにくくなるため好ましく、真球に近いことが特に好ましい。
砥粒の粒子径は被加工物の種類や、被加工物の研削・研磨の目的に応じて決定することができる。
一般に、砥粒の粒子径は小さいほど、加工効率は高くなる。また砥粒と被加工物間のメカノケミカル反応を利用する場合、砥粒が小さい(比表面積が大きい)ほど高活性となる。しかしながら、砥粒が小さいほど目詰まりが発生しやすくなり、逆に大きすぎると、被加工物の研磨傷発生が起こりやすくなる。
このような理由から、砥粒の質量平均粒子径は、0.5〜10.0μmが好ましく、1.0〜6.0μmがより好ましい。砥粒の質量平均粒子径が0.5μm未満であると研削・研磨能力が低くなる傾向にある。一方、砥粒の質量平均粒子径が10.0μmを超えると、平滑な加工面を得られにくくなる傾向にある。
【0032】
砥粒を併用する場合、固定砥粒加工工具中の砥粒の含有量は、被加工物と砥粒の種類、ならびに被加工物の研削・研磨目的に応じて決定することができ、例えば、酸化マンガン化合物と結合剤の合計100質量部に対し、1〜60質量部が好ましい。砥粒の含有量が1質量部未満であると、被加工物と砥粒の接触割合が低くなり、研削・研磨の加工効率が低下し、砥粒の併用効果が十分に得られにくくなる。一方、砥粒の含有量が60質量部を超えると、砥粒が離脱しやすくなる。
【0033】
また、本発明においては、固定砥粒加工工具を製造するに際して、必要に応じて、公知の様々な添加剤を併用することができる。
添加剤としては、例えば、シリコーンオイル、天然ワックス類、合成ワックス類、熱分解型発泡剤(アゾ化合物、ニトロソ化合物、アジド化合物等)等が挙げられる。これら添加剤は、単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
添加剤を併用する場合、固定砥粒加工工具中の添加剤の含有量は、酸化マンガン化合物と結合剤の合計100質量部に対し、0.1〜10.0質量部が好ましい。
【0034】
<製造方法>
本発明の固定砥粒加工工具の製造方法は、酸化マンガン化合物と結合剤が分散あるいは溶解した溶液に直流電圧を印加して、前記酸化マンガン化合物と結合剤を電極表面に堆積させて砥石前駆体を得る電気泳動工程と、前記砥石前駆体を焼結する焼結工程とを有する。
【0035】
(調製工程)
調製工程は、酸化マンガン化合物と結合剤と、必要に応じて砥粒や添加剤とが任意の濃度となるように、溶媒にこれらを分散あるいは溶解させて溶液を調製する工程である。
前記溶媒としては、次の工程において電気泳動を行うため、水を用いることが好ましい。
なお、本発明においては、酸化マンガン化合物と結合剤(砥粒や添加剤を併用する場合はこれらも含む)が溶媒に分散した分散液、これらが溶媒に溶解した溶液を総称して「溶液」と呼ぶ。
【0036】
溶液中の酸化マンガン化合物と結合剤の含有量は、酸化マンガン化合物と結合剤の種類に応じて決定することができる。例えば、溶液100質量%中の酸化マンガン化合物と結合剤の含有量の合計は、1〜50質量%とすることが好ましく、5〜40質量%がより好ましい。上述の範囲であれば、酸化マンガン化合物と結合剤が溶媒中へ均一に分散あるいは溶解するため、後述の電気泳動工程において、酸化マンガン化合物と樹脂粒子が均質に凝集した砥石前駆体を容易に得ることができる。また、上述の範囲であれば、コロイド的な安定性が保持しやすくなる。
【0037】
なお、砥粒を併用する場合、溶液中の砥粒の含有量は、被加工物と砥粒の種類、ならびに被加工物の研削・研磨目的に応じて決定することができ、例えば、酸化マンガン化合物と結合剤の合計100質量部に対し、1〜60質量部が好ましい。砥粒の含有量が1質量部未満であると、被加工物と砥粒の接触割合が低くなり、研削・研磨の加工効率が低下し、砥粒の併用効果が十分に得られにくくなる。一方、砥粒の含有量が60質量部を超えると、砥粒が離脱しやすくなる。
また、添加剤を併用する場合、溶液中の添加剤の含有量は、酸化マンガン化合物と結合剤の合計100質量部に対し、0.1〜10.0質量部が好ましい。
【0038】
分散あるいは溶解の方法は、酸化マンガン化合物と結合剤(砥粒や添加剤を併用する場合はこれらも含む)を溶媒に均一に分散あるいは溶解できるものであれば特に限定されず、例えば、ホモミキサー、ホモジナイザー、超音波式の分散機等を用いることができる。なお、酸化マンガン化合物と結合剤を溶媒に分散あるいは溶解する際、酸化マンガン化合物は凝集している場合がある。このため、酸化マンガン化合物を可能な限り一次粒子の状態とした溶液として、結合剤を添加することが好ましい。
【0039】
溶液のpHは、酸化マンガン化合物と結合剤(砥粒や添加剤を併用する場合はこれらも含む)の種類を勘案して決定することが好ましく、表面が負に帯電している場合は、等電点(溶液の総電荷がゼロになるpH)よりも高いpHとすることが好ましく、溶液のpH13以下とすることがより好ましい。pHが等電点未満であると、効率よく電気泳動を行うことが困難となりやすい。一方、溶液のpHが13を超えると、砥粒を併用する場合に砥粒が溶解する恐れがある。
【0040】
なお、結合剤として上述した樹脂粒子を用いる場合、溶液中の酸化マンガン化合物と樹脂粒子との組み合わせは、酸化マンガン化合物の表面と樹脂粒子の表面とが、同符号に帯電しているものの組み合わせが好ましい。砥粒を併用する場合は、砥粒の表面も同符号に帯電しているものの組み合わせが好ましい。
例えば、酸化マンガン化合物の表面と樹脂粒子の表面とが負に帯電している場合、後述する電気泳動工程において、酸化マンガン化合物と樹脂粒子とが共に陽極に引き寄せられ、陽極に砥石前駆体を形成させることができ、製造効率が高まる。
【0041】
(電気泳動工程)
電気泳動工程は、調製工程で調製した溶液に直流電圧を印加して、前記酸化マンガン化合物と結合剤(砥粒や添加剤を併用する場合はこれらも含む)を電極表面に堆積させて砥石前駆体を得る工程である。
なお、砥石前駆体とは、電極に酸化マンガン化合物と結合剤(砥粒や添加剤を併用する場合はこれらも含む)が堆積した状態のものであり、後述の焼結工程を経て、固定砥粒加工工具となるものを意味する。
【0042】
電気泳動の方法は特に限定されず、例えば電気泳動槽の略中央部に円柱状の電極棒が設置され、この周囲を取り囲むように前記電極棒と対極の電極を設置した装置を使用して行うことができる。調製工程で調製した溶液を上記電気泳動槽に入れ、陽極と陰極との間に直流電圧を印加することにより、酸化マンガン化合物と結合剤(砥粒や添加剤を併用する場合はこれらも含む)を電極棒に堆積させることができる。
【0043】
電極の形状は、所望する固定砥粒加工工具の形状に応じて決定することができ、例えば、棒状、平板状等を挙げることができる。電極の形状を変えることにより、固定砥粒加工工具の形状を変えることができる。例えば、棒状の電極を使用した場合は、ペレット状の固定砥粒加工工具が得られる。この場合、電極を回転させながら砥石前駆体を生成させることが好ましい。また、平板状の電極を使用すると、パッド状の固定砥粒加工工具を得ることができる。
【0044】
印加する電圧は、溶液中の酸化マンガン化合物と結合剤の濃度や、酸化マンガン化合物表面および結合剤表面の帯電量等により、電気泳動時の酸化マンガン化合物と結合剤の堆積速度が変化するため、かかる条件を勘案して決定することができる。例えば、1〜100Vの範囲内で最適化することが好ましい。上述の範囲内であれば、酸化マンガン化合物と結合剤を効率的に電極表面に堆積させ、所望する厚さの砥石前駆体を得ることができる。
【0045】
直流電圧を印加する時間は、酸化マンガン化合物の種類や結合剤の種類、所望する砥石前駆体の厚さ等を勘案して決定することができ、例えば、1〜60分の範囲で決定することが好ましい。印加時間が1分未満であると、電極に対する酸化マンガン化合物と結合剤の堆積量が不十分となる恐れがある。一方、印加時間が60分を超えても堆積量は飽和する。
なお、砥石前駆体の厚さは、固定砥粒加工工具の使用態様に応じて決定することができ、例えば、0.1〜15mmの範囲で電極表面に堆積させることが好ましい。
【0046】
電気泳動時の溶液の温度は、酸化マンガン化合物の種類や結合剤の種類等を勘案して決定することができ、例えば、室温(25℃)〜80℃程度の範囲内で最適化することが好ましい。溶液の温度が室温より低いと、砥石前駆体や固定砥粒加工工具が脆すぎて取り扱い性の悪いものになる恐れがある。一方、溶液の温度が80℃を超えると、結合剤の一部が融着し、電極の表面に膜を形成することによって電気泳動が継続しにくくなったり、後述する焼結工程の前に固定砥粒加工工具の構造がほぼ決まってしまったりするため、焼結条件によって固定砥粒加工工具の構造を最適化することが困難となる場合がある。
【0047】
(焼結工程)
焼結工程は、電気泳動処理で得られた砥石前駆体を溶液から取り出して加熱し、焼結する工程である。
焼結工程においては、砥石前駆体を電極から取り外して行ってもよいし、砥石前駆体が電極に堆積した状態のまま行ってもよい。
【0048】
焼結工程は、所望する温度条件で砥石前駆体を焼結する方法を適宜選択することができ、例えば、熱風乾燥機、真空乾燥機、あるいは電気炉等による加熱を挙げることができる。
【0049】
焼結温度は、酸化マンガン化合物や結合剤の種類や、目標とする固定砥粒加工工具の諸特性により適宜決定することができ、例えば、20℃〜230℃とすることが好ましく、より好ましくは、20℃〜200℃である。焼結温度が230℃以下であれば、過加熱による結合剤の劣化を防ぐことができる。
焼結温度が高くなるほど、得られる固定砥粒加工工具は強固なものになる(結合剤の融着が進むため、機械的な強度が高くなる)傾向にある。結合剤の種類にもよるが、強固な固定砥粒加工工具を得る場合には、焼結温度は80℃〜200℃が特に好ましく、適度な脆さの固定砥粒加工工具を得る場合には、焼結温度は20℃以上80℃未満が特に好ましい。
焼結温度は、焼結温度が加工対象と固定砥粒加工工具の相性(加工特性、すなわち加工レートと得られる表面平滑性等)を見ながら最適化することができる。
【0050】
焼結時間は、酸化マンガン化合物や結合剤、電極の種類を勘案し、固定砥粒加工工具が最適な加工精度を達成するために必要な機械的特性を得るための最適な条件を適宜決定することができ、例えば、5〜60分間の範囲で決定することが好ましい。焼結時間が5分間以上であれば、得られる固定砥粒加工工具は強固なものになりやすい。一方、焼結時間が60分間以下であれば、過加熱による結合剤の劣化を防ぐことができる。
【0051】
以上説明したように、本発明によれば、酸化マンガン化合物を原料として用いるので、高い加工効率で、かつ表面平滑性の高い精密な加工処理ができる固定砥粒加工工具を製造できる。
従って、本発明により得られる固定砥粒加工工具を用いて被加工物を加工すれば、固定砥粒方式の利点である加工効率の高さを維持しながら、遊離砥粒方式に匹敵する高い表面平滑性が得られる。
【0052】
また、本発明において、結合剤として樹脂粒子を用いれば、酸化マンガン化合物の均質性が高い固定砥粒加工工具が得られる。該固定砥粒加工工具は、湿式研磨も可能である。
特に、質量平均粒子径が0.4〜3.0μmの樹脂粒子を用いれば、焼結前の砥石前駆体中で結合剤(樹脂粒子)同士の融着を抑制することができ、焼結条件により、樹脂粒子の融着度合いを調整することが可能になる。これにより、固定砥粒加工工具の脆さ(機械的特性)が適度になるよう制御することができる。このため、被加工物に対して、加工効率のさらなる向上が図れると共に、表面平滑性をより高めた精密な加工処理を行うことができる。
さらに、樹脂粒子をビニル系モノマーの重合体とし、樹脂粒子のTgを制御すれば、研削・研磨中の摩擦熱を利用し、結合剤の物性変化に伴う自生発刃特性、弾性特性等の熱的特性を制御することもできる。このため、被加工物に対して適切な圧力で酸化マンガン化合物を押圧し、また、適度な自生発刃により、表面平滑性をさらに高めることができる。
【0053】
[研削・研磨方法]
本発明により得られる固定砥粒加工工具は、特に、ステンレス板状物表面の研削・研磨やステンレスパイプ状物内壁面の研削・研磨、ガラスレンズや反射ミラー(スーパーミラー等)の研削・研磨、半導体集積回路の製造工程における酸化膜や配線材料の研削・研磨(平坦化)、高密度ハードディスク用磁気記録メディア(ディスクリートトラックメディア等)の製造工程における磁性材料・非磁性材料の除去(平坦化)等、極めて高度な加工(平坦化)精度が要求される用途において、好適に使用できる。
【0054】
本発明により得られる固定砥粒加工工具を用いた研削・研磨方法は、例えば、固定砥粒加工工具を台金に装着し、被加工物に前記固定砥粒加工工具を接触させて、圧力を加えながら台金を回転させて研削・研磨する方法を挙げることができる。例えば図1に示すように、円盤状の台金10の外縁部に、複数の略円柱形のペレット状の固定砥粒加工工具12を貼着したものを被加工物に回転させながら押圧して研削・研磨加工をすることができる。
【0055】
この際、水を供給するなどにより湿式で研削・研磨すると、加工精度をより向上させることができる。湿式で研磨する場合は、被加工物とメカのケミカル反応するような物質を溶解した溶液を使用することがより好ましい。
被加工物とメカノケミカル反応する物質は、被加工物に応じて決定することができ、例えば、アンモニウムイオン、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン等が挙げられる。
【0056】
本発明により得られる固定砥粒加工工具を用いた研削・研磨方法は、遊離砥粒方式と比較して、環境への付加が格段に低減されることから、遊離砥粒方式に替わる精密加工方法としても期待される。
【実施例】
【0057】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明するが、実施例に限定されるものではない。
また、実施例の固定砥粒加工工具は、全て電気泳動を利用したEPD砥石として製造した。
【0058】
[実施例1]
<EPD砥石の製造>
酸化マンガン化合物として二酸化マンガン(和光純薬工業株式会社製、「二酸化マンガン(和光1級)」)、結合剤としてアルギン酸ナトリウム(株式会社フードケミファ製、「ダックアルギン」)を使用した。
二酸化マンガン20g、アルギン酸ナトリウム2g、蒸留水80gを、300mLのガラスビーカー中で、マグネットスターラー(棒状攪拌子:直径20mm)で混合し、溶液を調製した(調製工程)。
ついで、得られた溶液に直流電圧を印加して電気泳動(直流安定化電源:株式会社高砂製作所製、「EX−375H」、電極:φ2mmの銅棒、印加電圧:10V、印加時間:30分、液温度:50℃、攪拌条件:300rpm)し、ペレット状の砥石前駆体を得た(電気泳動工程)。
得られた砥石前駆体を電極から切り離し、空気中、40℃で24時間静置して乾燥を行い(焼結工程)、ペレット状のEPD砥石を得た。
得られたEPD砥石の強度は、ビッカース硬さで15.22Hvであった。
【0059】
<研削試験>
得られたEPD砥石について、精密平面研削装置(株式会社ジェイテクト製、「SG−30」)を使用して、以下のようにして被加工物の研削試験を行った。
精密平面研削装置は、被加工物(ワーク)を多孔質セラミックス真空チャックで固定し、インフィード研削を行う装置である。
ここで、精密平面研削装置を用いたインフィード研削による研削試験について、図2、3を用いて説明する。なお、図2は、インフィード研削を説明する精密平面研削装置の研削部20の側面図である。図3は、インフィード研削を説明する精密平面研削装置の研削部20の斜視図である。
【0060】
図2、3に示すように、この例の精密平面研削装置は、台金21にEPD砥石(固定砥粒加工工具)22を備えた研削部20と、被加工物26を載置固定するターンテーブル28とを有する。研削部20は、被加工物26の面27に接するように配置されている。この例の研削部20は、図1に示すように円盤状のステンレス製の台金21(10)の外縁部に、略円筒形のペレット状のEPD砥石22(12)が等間隔に貼着されている。ただし、図2、3の研削部20において、EPD砥石22の数は12個である。
台金21に貼着したEPD砥石22は、研削面の修正および回転軸(中心軸O)に対する振れの修正を行うツルーイングと、目つぶれ、目詰まりを起こした砥粒を除去し、切れ刃を再生するドレッシングとを行った後に、研削部20を精密平面研削装置に設置し、研削試験を行った。
【0061】
研削試験の被加工物26としては、前加工した3インチのシリコンウエハを用いた。シリコンウエハの前加工は、次のように行った。
まず、シリコンウエハを真空チャックで把持した。ダイヤモンド砥石(株式会社ノリタケカンパニーリミテド製、「ダイヤモンドホイール SD600V」)を使用し、研削液には水道水を使用して、主軸回転数1000rpm、テーブル回転数30rpm、切り込み速度1μm/分、設定切り込み量20μmの研削条件で、シリコンウエハの前加工を行った。
【0062】
被加工物26として、前加工したシリコンウエハをターンテーブル28上に載置して固定した。そして、研削部20は、その中心軸Oを回転軸として矢印Aの方向に回転させた。被加工物26は、ターンテーブル28の中心軸Pを回転軸として矢印Bの方向、即ち、矢印Aとは反対の方向に回転させた。こうして、被加工物26に対し、砥石切り込み方向Cにて研削を行った。研削条件は、シリコンウエハの前加工と同じ条件で、研削を2回繰り返した。
前加工後かつ研削前のシリコンウエハの状態を図4(a)に写真で示し、研削後のシリコンウエハの状態を図4(b)に写真で示す。前加工後かつ研削前のシリコンウエハの写真(図4(a))に比べ、研削後のシリコンウエハの写真(図4(b))では、シリコンウエハが鏡面になっており、精密な加工が行えることが判った。
【0063】
<評価>
研削試験の評価は、研削後の被加工物の表面平滑性をもって評価した。
表面平滑性は、その指標として中心線平均粗さRa、十点平均粗さRzを測定した。Ra、Rzの測定は、光干渉式非接触3D表面形状測定装置(Zygo社製、「Newvie 6300 MICROSCOPE」)を用いて行った。
その結果、研削後の被加工物の中心線平均粗さRaは0.562nm、十点平均粗さRzは7.553nmであり、被加工物(シリコンウエハ)の研削面は極めて高い表面平滑性が達成でき、精密な加工ができることが判った。
【0064】
[実施例2]
研削試験の被加工物26として、20mm角のSiC基板(TENKEBLUE社製、「6H−N」、試料厚み:345μm)を用い、研削面はC面で、主軸回転数1000rpm、テーブル回転数30rpm、切り込み速度2μm/min、設定切り込み量20μmの研削条件で、研削を3回繰り返した以外は、実施例1と同様にして被加工物の研削試験を行い、評価した。
その結果、研削前の被加工物の中心線平均粗さRaは48nm、十点平均粗さRzは337nmであったのに対し、研削後の被加工物の中心線平均粗さRaは0.773nm、十点平均粗さRzは9.912nmであり、被加工物(SiC基板)の研削面は極めて高い表面平滑性が達成でき、精密な加工ができることが判った。
【0065】
[比較例1]
二酸化マンガンを硫酸バリウム(質量平均粒子径:0.6μm)に変更した以外は、実施例1と同様にして、EPD砥石を製造し、被加工物(シリコンウエハ)の研削試験を実施した。
その結果、研削面は鏡面になったが、研削後の被加工物の中心線平均粗さRaは2.750nmであり、実施例1と比較すると、表面平滑性は不十分なものであった。
【符号の説明】
【0066】
12、22 固定砥粒加工工具品

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化マンガン化合物と結合剤が分散あるいは溶解した溶液に直流電圧を印加して、前記酸化マンガン化合物と結合剤を電極表面に堆積させて砥石前駆体を得る電気泳動工程と、前記砥石前駆体を焼結する焼結工程とを有する固定砥粒加工工具の製造方法。
【請求項2】
前記結合剤が、質量平均粒子径0.4〜3.0μmの樹脂粒子からなる、請求項1に記載の固定砥粒加工工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−171082(P2012−171082A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−38366(P2011−38366)
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】