説明

圧縮材製部材のためのせん断靱性補強構造およびその方法

【課題】圧縮材製部材のせん断変形自体に靱性を付与することにより、構造物の脆弱的な破壊を避ける方法で、安価、迅速、確実な補強方法およびその構造の提供。
【解決手段】所定の立体形状を呈する圧縮材製部材11の表面に対し、ひび割れを分散してせん断変形性能を向上させるべく均質性、弾性、および数%程度までの破断歪みに耐える靱性を備える補強シート21を、ひび割れ分散を起こさせる剛性に相当する厚さで、ひび割れ分散を起こさせる強度を有する接着剤を塗布してなる接着層を介して接合固着した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮材製部材のせん断変形に靱性を付与することができる圧縮材製部材のためのせん断靱性補強構造およびその方法に関する技術である。なお、本明細書中の「圧縮材製部材」とは、圧縮には強いが、引っ張り強度、靱性ともに小さいコンクリートやブロックなどのような材料で形成された補強対象部材を総称するものとする。
【背景技術】
【0002】
通常、圧縮材製部材は、せん断変形が脆性的であり、せん断変形には靱性を期待することができない。図3は、圧縮材製部材11のひとつであるコンクリート板12を例に、せん断変形前の状態を(a)として、せん断変形後の状態を(b)として模式的に示す説明図である。同図によれば、平面視で矩形形状を呈するせん断変形前のコンクリート板12は、対角線長さがLであったものが、平行四辺形形状を呈するせん断変形後は、対角線長さがΔLに伸びることになる。つまり、引っ張り靱性が小さいコンクリート板12は、ΔLが靱性限界を超えた際にせん断破壊することが避けられないことになる。
【0003】
このため、圧縮材製部材11のせん断補強は、従来より曲げ変形せん断力やせん断以外のモードである滑りやズレなどのようなメカニズム時せん断力よりもせん断強度を大きくし、せん断変形を小さく抑えるように強度補強を行う必要があった。
【0004】
この場合に行われる圧縮材製部材11のせん断強度の補強方法としては、例えばその厚さを厚くしたり、鉄板を巻き付けたり、下記特許文献1に開示されているように既存の鉄筋コンクリートを補強用の鉄筋コンクリート体で囲むなどの手法がある。
【特許文献1】特開平9−41676号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来から行われている上記せん断補強による場合には、その全体強度を上げることになり、工事が大掛かりとなることから、工事費が嵩むばかりでなく、急を要する補強要請に迅速に対応することができないという問題があった。
【0006】
また、上記従来手法による場合には、設計上ではせん断強度を他のメカニズム時の作用せん断力よりも上げたことになっているものの、実際にはせん断強度の方が小さくなり、圧縮材製部材11にせん断破壊が起きることが回避できなくなるという想定外の外力が作用する可能性を否定できないという課題がある。
【0007】
さらに、鉄筋を用いて圧縮材製部材のせん断補強を行う場合には、図3(a)に示す圧縮材製部材11であるコンクリート板12が図3(b)に示すように平行四辺形状に変形することで生ずるひび割れ近傍での鉄筋の塑性化(通常、歪み0.2%以上)により塑性歪みが残ってせん断ひび割れが閉じなくなる。その結果、図4に示すような一箇所のせん断ひび割れ1に変形が集中する結果、ひび割れ方向と平行な方向に横ズレ変形して圧縮材製部材11であるコンクリート板12を破壊してしまうという問題があった。
【0008】
本発明は、従来手法にみられた上記課題に鑑み、圧縮材製部材に、ひび割れを分散させることにより均質なせん断変形を生ずることにより、有限なせん断を生じさせることを可能にした靱性補強を行うことにより、補強後のせん断強度を他のメカニズム強度よりも必ずしも大きくすることなく、安価、迅速、確実な補強を行うことができるほか、想定外の変形や力に対しても安全性のマージンを確保することができる圧縮材製部材のためのせん断靱性補強構造およびその方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記目的を達成すべくなされたものであり、そのうちの第1の発明(補強構造)は、所定の立体形状を呈する圧縮材製部材の表面に対し、ひび割れを分散してせん断変形性能を向上させるべく均質性、弾性、および数%程度までの破断歪みに耐える靱性を備える補強シートを、ひび割れ分散を起こさせる剛性に相当する厚さで、ひび割れ分散を起こさせる強度を有する接着剤を塗布してなる接着層を介して接合固着したことを最も主要な特徴とする。
【0010】
また、第2の発明(補強方法)は、均質性、弾性、および数%程度までの破断歪みに耐える靱性を備える補強シートを、所定の立体形状を呈する圧縮材製部材の表面に対し、ひび割れ分散を起こさせる剛性に相当する厚さで、ひび割れ分散を起こさせる接着剤を塗布してなる接着層を介して接合固着し、ひび割れを分散してせん断変形性能を向上させることを最も主要な特徴とする。
【0011】
本発明において、前記補強構造の設計に必要な所要寸法、強度、剛性などの諸元を、外力条件に依らず、補強対象である前記圧縮材製部材の設計で知られている寸法、強度、剛性などの諸元から計算して求めることができる。
【0012】
また、本発明において、前記圧縮材製部材のせん断強度が、必ずしも、曲げなどの他のメカニズム時の作用せん断力よりも、大きくなくとも所要の靱性を前記圧縮材製部材に発揮させることができるようにすることもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、せん断強度を上げるための補強を行うことなく、圧縮材製部材に対し所定条件のもとで靱性を備える補強シートを単に接合固着することで、せん断変形に安価、迅速、確実に靱性付与のための補強を行うことができるほか、想定外の変形や力に対しても安全性のマージンを確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
第1の発明(補強構造)は、所定の立体形状を呈する圧縮材製部材の表面に対し、ひび割れを分散してせん断変形性能を向上させるべく均質性、弾性、および数%程度までの破断歪みに耐える靱性を備える補強シートを、ひび割れ分散を起こさせる剛性に相当する厚さで、ひび割れ分散を起こさせる強度を有する接着剤を塗布してなる接着層を介して接合固着したことを特徴とする。
【0015】
また、第2の発明(補強方法)は、均質性、弾性、および数%程度までの破断歪みに耐える靱性を備える補強シートを、所定の立体形状を呈する圧縮材製部材の表面に対し、ひび割れ分散を起こさせる剛性に相当する厚さで、ひび割れ分散を起こさせる接着剤を塗布してなる接着層を介して接合固着し、ひび割れを分散してせん断変形性能を向上させることを特徴とする。
【0016】
上記第1の発明と第2の発明を含む本発明において、前記補強構造の設計に必要な所要寸法、強度、剛性などの諸元を、外力条件に依らず、補強対象である前記圧縮材製部材の設計で知られている寸法、強度、剛性などの諸元から計算して求めることができる。
【0017】
また、本発明において、前記圧縮材製部材のせん断強度が、必ずしも、曲げなどの他のメカニズム時の作用せん断力よりも、大きくなくとも所要の靱性を前記圧縮材製部材に発揮させることができるようにすることもできる。
【0018】
図1は、本発明を圧縮材製部材のひとつであるコンクリート板に適用した際の一例を示す正面図である。同図によれば、正面視で矩形を呈する圧縮材製部材11としてのコンクリート板12の表面12aには、その横幅方向に沿わせて靱性を備える適宜幅の補強シート21が接合固着される。
【0019】
上記靱性を備える補強シート21としては、発生するひび割れを一箇所に集中的に発生させることなく、複数箇所に分散発生させることによりせん断変形性能を向上させることができる、例えばポリエステル、ナイロン等の繊維を織物状に形成されたものを好適に用いることができる。
【0020】
補強シート21の必要厚さ(t)は、圧縮材製部材にひび割れ分散を起こさせる剛性を有する観点から決定される。この場合、その厚さは、外力ではなく、補強対象部材の材料定数だけから算出され、例えば圧縮材製部材11が鉄筋コンクリート板13であれば、次式により求めることができる。次式は、本発明者が平成18年8月末日に発行した公知文献(新規性の喪失の例外証明書提出書にて提出)に開示されているひび割れを跨ぐ補強シートの伝達応力二乗とひび割れ幅が比例するという理論と実験で検証されたモデルと、図5に示すように、ひび割れ幅が許容ひび割れ幅に達したときに新たなひび割れが中間に生ずるためには、補強シートの伝達応力が圧縮材製部材の引っ張り強度から鉄筋の伝達応力を差し引いたもの以上でなければならないという仮定を用いて導かれている(第26頁〜第38頁参照)。
【0021】
【数1】

【0022】
すなわち、補強シート21が必要とする性能は、数式(1)の条件を満たしさえすれば、適宜のものを用いることができることになる。また、用いられる接着剤は、その強度も数式(1)中にτとして入っているので、この条件を満たす例えばポリウレタン系無溶剤一液性接着剤などを用いることができる。
【0023】
つまり、圧縮材製部材11が均等なせん断割れを生じた場合に獲得できる変形能力は、外力に依存することなく、圧縮材製部材11の性質と本発明の補強構造の性質だけに依存するとできる。図2は、このような条件を満たす補強シート21と接着剤とを用いて圧縮材製部材11である鉄筋コンクリート板13に接合固着した際のせん断変形状態を模式的に示す説明図である。
【0024】
同図によれば、伸びた対角線の伸び(εpu)は、各ひび割れの開きの平均値にひび割れの本数nを乗じた値となり、対角線と直交する方向での複数箇所に分散発生させることで、n本(図示例では5本)のひび割れ15が形成されるように制御できることになる。
【0025】
その結果、圧縮材製部材11に対しては、図4に示すように一箇所のせん断ひび割れ1に歪みがかかって変形が集中し、ひび割れ方向と平行な方向に横ズレ変形して破壊されるようなことがなくなるように補強することができることになる。
【0026】
このため、本発明によれば、せん断強度を上げるための補強を行うことなく、圧縮材製部材11に対し所定条件のもとで靱性を備える補強シート21を単に接合固着することで、せん断変形に安価、迅速、確実に靱性付与のための補強を行うことができるほか、想定外の変形や力に対しても安全性のマージンを確保することができることになる。
【0027】
以上のようにして求めた所要の厚さの補強シート21を接着し、本発明の補強をした場合の靱性、即ち、終局せん断変形角RSUは、鉄筋コンクリート板13のせん断変形角と見かけの主歪み(対角線の伸び歪みεpu)との幾何学的な関係から、該主歪みが本発明の補強構造の終局歪みεpu1あるいは、εpu2に達する変形角であると仮定して計算することができる。例えば、鉄筋コンクリート板13のせん断変形角と見かけの主歪み(対角線の伸び歪みεpu)との関係式が(2)で表されるとし、本発明の補強構造の終局歪みが、式(3)あるいは、式(4)で表せるとすれば、式(3)と(4)を式(2)に代入することによって終局変形角を計算することができる。ここで、式(3)のεfeは、補強シート21が圧縮材製部材11から剥離する限界歪みであり、εfuは、破断する限界の歪みである。また、εpu2は、圧縮材製部材11のひび割れ15と平行な方向の圧縮終局歪みであり、コンクリートの場合には、拘束度に応じて、式(4)に示すように、0.0033〜0.01程度の範囲になることが知られている。また、式(2)のa/bは、鉄筋コンクリート板13がせん断変形した場合の一体としてせん断変形する部分(せん断塊という)の縦横比であり、通常1前後に値を取る。仮に、これがa/b=1とすれば、同式により、εpu =0.01でRSU=0.02
即ち、50分の1程度になる。建物のコンクリート製壁など、通常の構造物の板状の部材であれば、50分の1程度の終局変形角を有すれば靱性が十分であると考えられている。また、上記のεpu2の値を考慮すると、補強シート21の破断歪みとしては、これにεpu=εfu=0.01とおいて、これに安全率を考慮して数%程度までの値があれば良いことが分かる。また、図2で、圧縮材製部材11の伸び歪みを無視すれば、見かけの主歪みεpu(せん断塊の対角線の伸び歪み)は、平均ひび割れ幅を平均ひび割れ間隔で除したものになるので、本発明の補強構造に許容されるひび割れ幅が大きく、あるいは、ひび割れ間隔が小さくなるほど、見かけの主歪みが大きく、圧縮材製部材11の終局変形角を大きくすることができる。均質で弾性を有する補修シート21を用いることによって、これを実現することができることが、上記公知文献の第28頁〜第38頁と第43頁〜第52頁に開示した実験と理論的解析で知られている。
【0028】
【数2】

【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明方法を適用して形成される圧縮材製部材のためのせん断靱性補強構造例を示す説明図。
【図2】本発明方法を適用した際の圧縮材製部材の変形状態を例示する説明図。
【図3】(a)は、圧縮材製部材のひとつである正面視で矩形形状を呈するコンクリート板を例にせん断変形前の状態を、(b)は、せん断変形後の平行四辺形形状を呈する状態をそれぞれ模式的に示す説明図。
【図4】圧縮材製部材が鉄筋コンクリート板である場合を例に、鉄筋の塑性化により塑性歪みが残ってせん断ひび割れが閉じなくなった状態を図3(b)に対応させて示す説明図。
【図5】ひび割れ幅が許容ひび割れ幅に達したときに新たなひび割れが中間に生ずるためには、補強シートの伝達応力が圧縮材製部材の引っ張り強度から鉄筋の伝達応力を差し引いたもの以上でなければならないことを示す説明図。
【符号の説明】
【0030】
11 圧縮材製部材
12 コンクリート板
12a 表面
13 鉄筋コンクリート板
15 ひび割れ
21 補強シート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の立体形状を呈する圧縮材製部材の表面に対し、ひび割れを分散してせん断変形性能を向上させるべく均質性、弾性、および数%程度までの破断歪みに耐える靱性を備える補強シートを、ひび割れ分散を起こさせる剛性に相当する厚さで、ひび割れ分散を起こさせる強度を有する接着剤を塗布してなる接着層を介して接合固着したことを特徴とする圧縮材製部材のためのせん断靱性補強構造。
【請求項2】
前記補強構造の設計に必要な所要寸法、強度、剛性などの諸元を、外力条件に依らず、補強対象である前記圧縮材製部材の設計で知られている寸法、強度、剛性などの諸元から計算して求めた請求項1に記載の圧縮材製部材のためのせん断靱性補強構造。
【請求項3】
前記圧縮材製部材のせん断強度が、必ずしも、曲げなどの他のメカニズム時の作用せん断力よりも、大きくなくとも所要の靱性を前記圧縮材製部材に発揮させることができる請求項1または2に記載の圧縮材製部材のためのせん断靱性補強構造。
【請求項4】
均質性、弾性、および数%程度までの破断歪みに耐える靱性を備える補強シートを、所定の立体形状を呈する圧縮材製部材の表面に対し、ひび割れ分散を起こさせる剛性に相当する厚さで、ひび割れ分散を起こさせる接着剤を塗布してなる接着層を介して接合固着し、ひび割れを分散してせん断変形性能を向上させることを特徴とする圧縮材製部材のためのせん断靱性補強方法。
【請求項5】
前記補強構造の設計に必要な所要寸法、強度、剛性などの諸元を、外力条件に依らず、補強対象である前記圧縮材製部材の設計で知られている寸法、強度、剛性などの諸元から計算して求める請求項4に記載の圧縮材製部材のためのせん断靱性補強方法。
【請求項6】
前記圧縮材製部材のせん断強度が、必ずしも、曲げなどの他のメカニズム時の作用せん断力よりも、大きくなくとも所要の靱性を前記圧縮材製部材に発揮させる請求項4または5に記載の圧縮材製部材のためのせん断靱性補強方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−214880(P2008−214880A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−50168(P2007−50168)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年8月31日 「構造品質保証研究所株式会社」発行の「建築物のSRF工法設計施工指針と解説」に発表
【出願人】(500007587)構造品質保証研究所株式会社 (6)
【Fターム(参考)】