説明

圧縮機の軸封構造

【課題】冷凍機油が高温化で酸化することによって生じるスラッジの発生を防止し、摺動面の損傷を抑えて故障の少ない軸封構造を提供する。
【解決手段】駆動軸35の回転によりハウジング内に流体圧を発生させる圧縮機1の駆動軸35の周囲に設けられる軸封構造60において、ハウジングと駆動軸35の漏れを防ぐ第1のシール部61を設ける。この第1のシール部61の外側に冷媒又は冷凍機油の漏れを許容しつつ大気の浸入を防ぐ第2のシール部62を設ける。第1のシール部61と第2のシール部62との間の空間に耐熱性の潤滑媒体を封入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、流体を圧縮して高圧力を発生させるようにした圧縮機の軸封構造に関する。
【背景技術】
【0002】
車両空調装置に用いられる圧縮機は、駆動軸の回転によりハウジング内で冷媒を高圧化する構造となっており、この場合、駆動軸の回転入力部位をハウジングから外方へ突出させ、その突出部位に、プーリが取付けられている構成が一般的である。
【0003】
このような構成にあって、駆動軸には、ハウジング内の圧力の流出を防ぐ目的から、軸封構造が取付けられており、この軸封構造としては、冷媒の高圧縮化が進行していることから、それに対処するべく各種構造が提案されている。
【0004】
例えば、下記の特許文献1に示すような構造においては、冷凍機コンプレッサのハウジングHとその内周に挿通された駆動軸16との間に、ハウジング外方を隔成する第1のシール体32と、ハウジング内方を隔成する第2のシール体33を設けることにより、二段構えのシール部分を構成するとともに、第1のシール体及び第2のシール体の間にシール室31を形成し、このシール室31に加圧流体に対して非相溶性である潤滑油Lを充填することにより、機内の加圧流体(冷媒ガス)の漏洩を防いでいる。
【特許文献1】特開平2004−197683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、この種の軸封構造は、シール部から僅かに漏洩した潤滑油により摺接部を潤滑することを前提としているため、前記第2のシール体33から前記シール室31に漏洩した潤滑油及び冷媒により次第にシール室33の圧力が上昇し、それに伴って前記第1のシール体と駆動軸16との摺接部の荷重が増大し、その摺接部の発熱量も増大することとなる。前記第1のシール体32からも、潤滑油が漏洩することを完全に防止することができないので、第1のシール体31から機外側へ漏洩した潤滑油は、大気中の酸素に晒され、さらにその摺接部で発生した熱により、酸化が促進される。酸化した潤滑油は粘着性のある液膜をとなり、さらにそこに炭化した潤滑油や磨耗したシール体の磨耗粉等が混入することにより固体化したスラッジを形成し、第1のシール体32の密封摺動面を傷つけてしまう。
【0006】
第1のシール体32の損傷は、シール室33内に封入されていた潤滑油を流出させると共にシール室33に大気を浸入させることになり、浸入した大気により第2のシール体33の外側にもスラッジを発生させ、第2のシール体33の密封摺動面を損傷させるに至り、ハウジング内の冷媒ガスや冷凍機油が突然に漏れ出すという事態が懸念されている。
【0007】
そこで、この発明は、軸封部から漏洩した潤滑油が大気中の酸素に晒され、さらに摺接部で発生した熱により酸化が促進されてスラッジが生成されることを防止し、信頼性の高い軸封構造を提供することを主たる課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を達成するために、本発明に係る圧縮機の軸封構造は、駆動軸の回転によりハウジング内に流体圧を発生させる圧縮機の前記駆動軸の周囲に設けられる軸封構造において、前記ハウジングと前記駆動軸との間に、機内を流動する冷媒及び冷凍機油の漏れを防ぐ第1のシール部を設けると共に、この第1のシール部の外側に冷媒及び冷凍機油の漏れを許容しつつ大気の浸入を防ぐ第2のシール部を設けたことにある(請求項1)。
【0009】
これにより、第1のシール部では、機内の冷媒及び冷凍機油の漏れを防ぐことができ、また、第1のシール部から冷媒及び冷凍機油が漏洩した場合でも、第2のシール部では、これら漏洩した冷媒及び冷凍機油の機外への流出は許容するため、漏洩した冷媒および冷凍機油によって前記第1のシール部と前記2のシール部との間の空間の圧力が高まることがなく、第2のシール部の摺接部の荷重を低く保つことができ、摺接部の発熱を最小限に抑えることができる。これにより、第2のシール部から大気側に漏洩した冷凍機油が酸素に晒されたとしても酸化が促進されず、第2のシール部でのスラッジの発生を防ぎ、スラッジによる摺接部の損傷を防ぐことが可能となる。
【0010】
また、第1のシール部から漏洩した冷凍機油が、第1のシール部の摺接部の発熱によって高温下に置かれたとしても、第2のシールにより大気の浸入が防がれているため、漏洩した冷凍機油が酸化することがない。これにより、第1のシール部でのスラッジの発生を防ぎ、スラッジによる摺接部分の損傷を防ぐことが可能となる。
【0011】
上述した構造においては、前記第1のシール部と前記第2のシール部との間の空間に耐熱性の潤滑媒体を封入するようにしてもよい(請求項2)。この潤滑媒体の封入により第1のシール部と第2のシール部との間の空間に残留する空気を排除して、第1のシール部から漏洩した冷凍機油が残留酸素に触れて酸化することによって生じるスラッジの発生を阻止することが可能となる。
【0012】
ここで、前記第1のシール部と前記第2のシール部との間の空間に封入される耐熱性の潤滑媒体は、空間に残留する空気を排斥すればいいため、冷凍機油のみならずフッ素系又はシリコン系グリスを用いるようにしてもよい(請求項3,4)。
【0013】
このような潤滑媒体の第1のシール部と第2のシール部との間の空間への封入は、格別な装置を用いずに、予め前記駆動軸に前記潤滑媒体を付着せしめて行うようにしてもよい(請求項5)。
【0014】
また、潤滑媒体の第1のシール部と第2のシール部の間の空間への封入は、駆動軸に形成された注入孔を介して潤滑媒体を注入した後に、前記駆動軸に装着される部材を該駆動軸に固定するための固定部材(例えば、プーリを駆動軸に取り付ける取付ボルト)によって前記注入孔を封栓することで行うようにしても(請求項6)、ハウジングに形成された注入孔を介して潤滑媒体を注入した後に、このハウジングに装着される部材(例えば、プーリの軸受け)によって前記注入孔を封栓することで行うようにしてもよい(請求項7)。
【0015】
このような構成においては、駆動軸又はハウジングに装着される部材の組付け前に潤滑媒体の注入が行われ、注入後に部材を駆動軸又はハウジングに組付けることで注入孔の封栓が行われるので、組付け作業の一連の作業の過程で潤滑媒体の封入が完了することになる。また、既存の部品で注入孔を封栓することができるので、注入孔を封栓する格別な部材が不要となる。
【0016】
さらに、前記第2のシール部を前記第1のシール部と一体化すれば(請求項8)、両シール部の同時組付けを可能とし、組付工数の削減が可能となる。また、第1のシール部と第2のシール部との間の空間に潤滑媒体流出抑制手段を設けるようにすれば(請求項9、10)、第1のシール部と第2のシール部との間の空間内に封入される潤滑媒体の流出を抑えて、空間内に潤滑媒体を留まらせることが可能となる。
【0017】
さらに前記第2のシールの外側に、前記第2のシールから漏洩した冷凍機油および前記第1のシール部と第2のシール部との空間に封入された耐熱性の潤滑媒体を捕獲する捕獲部材を設けるようにしてもよい(請求項11)。これにより、漏洩した冷凍機油および耐熱性の潤滑媒体が圧縮機外へ飛散することを防がれるので、異臭の発生や駆動ベルトの滑りを防ぐことができる。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、この発明によれば、第1のシール部において、機内を流動する冷媒及び冷凍機油の漏れを防ぐ作用を行うと共に、第1のシール部から冷媒及び冷凍機油が漏洩した場合でも、第2のシール部において、冷媒及び冷凍機油の機外への流出を許容するようになっているので、漏洩した冷媒および冷凍機油によって前記第1のシール部と前記2のシール部との間の空間の圧力が高まることがなく、第2のシール部の摺接部の荷重が低く保たれ、摺接部の発熱を最小限に抑えることができる。これにより、第2のシール部から大気側に漏洩した冷凍機油が酸素に晒されたとしても酸化が促進されず、第2のシール部でのスラッジの発生を防ぎ、スラッジによる摺接部の損傷を防ぐことが可能となる。さらに第2のシール部により大気の浸入が防止されるので、第1のシール部から漏洩した冷凍機油が酸素に晒され酸化することによって生じるスラッジの発生を防ぎ、スラッジによって生じるシール部の破損を防ぐことが可能となる。
【0019】
また、第1のシール部と第2のシール部との間の空間に耐熱性の潤滑媒体を封入する構成とすることで、この空間に残留する空気を排除することが可能となり、空間内に漏洩する冷凍機油のスラッジ化やシール部の破損をより確実に防止することが可能となり、軸封構造の耐用年数を延ばすことが可能となる。
【0020】
前記潤滑媒体の第1のシール部と第2のシール部との間の空間への封入は、予め駆動軸に潤滑媒体を付着せしめ、その後に第1及び第2のシール部を組付けることで行うようにしてもよく、このような構成とすれば、圧縮機に穿孔加工を施さずに簡単に潤滑媒体の封入が可能となる。
【0021】
また、潤滑媒体の第1のシール部と第2のシール部との間の空間への封入は、
駆動軸に形成された注入孔を介して潤滑媒体を注入し、その後、駆動軸に装着される部材を該駆動軸に固定するための固定部材によって注入孔を封栓して行うようにしても、ハウジングに形成された注入孔を介して潤滑媒体を注入し、その後、ハウジングに装着される部材によって注入孔を封栓して行うようにしてもよく、これらの構成によれば、既存の部材によって注入孔を封栓することができるので、圧縮機の構造を複雑化させることがなく、また、部品点数を増加させることもない。
【0022】
さらに、第2のシール部を第1のシール部に一体化する構成とすれば、両シール部を同時に組付けることが可能となり、組付工数を減らすことが可能となる。また第1のシール部と第2のシール部との間の空間にラビリンスシール等の潤滑媒体流出抑制手段を設ける構成とすれば、第1及び第2のシール部間の空間に封入される潤滑媒体を空間内に留まらせることが可能となる。
【0023】
また、さらに前記第2のシールの外側に、前記第2のシールから漏洩した冷凍機油および前記第1のシール部と第2のシール部との空間に封入された耐熱性の潤滑媒体を捕獲する部材を設けるようにすれば、漏洩した冷凍機油および耐熱性の潤滑媒体の圧縮機外への飛散が防がれ、異臭の発生や駆動ベルトの滑りを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、この発明の最良の実施例を添付図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0025】
図1において、例えばCO2を冷媒とする冷凍サイクルに用いられるピストン往復動式の容量可変型の斜板式圧縮機が示されている。まずこの圧縮機1を説明すると、シリンダブロック2と、このシリンダブロック2のリア側(図中、右側)にバルブプレート3を介して組付けられたリアヘッド4と、前記シリンダブロック2のフロント側(図中、左側)を閉塞するように組付けられてクランク室5を画成するフロントヘッド6とを有して構成されているもので、これらフロントヘッド6,シリンダブロック2,バルブプレート3及びリアヘッド4は、締結ボルト7により軸方向に締結され、圧縮機全体のハウジングを構成している。
【0026】
シリンダブロック2は、前記フロントヘッド6の径寸法と略等しい大径部2aと、その図中左側に小径となる小径部2bとを有しており、この小径部2bが前記フロントヘッド6内に嵌挿して固定されている。そして、このシリンダブロック2の小径部2bには、その中心に凹部9が形成されると共に、この凹部9を中心に周方向に複数のシリンダボア10が形成され、これら各シリンダボア10には、片頭のピストン11が往復動自在に挿入されている。
【0027】
バルブプレート3は、前記シリンダブロック2とリアヘッド4との間に挟持された状態で介在され、シリンダボア10と下記する吸入室18とを連通する吸入孔15が形成されると共にシリンダボア10と下記する吐出室19とを連通する吐出孔16が形成されている。そして前記吸入孔15は図示しない吸入弁により、また、前記吐出孔16は図示しない吐出弁により、それぞれ弁体前後の圧力差に応じて開閉されるようになっている。
【0028】
リアヘッド4は、その内部中央部に潤滑油(冷凍機油)回収室17が、その外周側に吸入室18が、更にその外周側に吐出室19が形成されている。前記吸入室18は、吸入通路20を介して吸入口21に接続され、外部の冷凍回路から冷媒が吸入される。前記吸入口21には異物分離機22が設置されており、外部冷凍回路から流入した異物を分離し、吸入室に異物が浸入することを防いでいる。
【0029】
前記吐出室19は、潤滑油分離装置23に接続されている。この潤滑油分離装置23は、円筒空間の分離室24とその内部に同心円状に配された導出管25とを有して構成され、前記吐出室19から流出する冷媒ガスを分離室24内に導いて、旋回させながら潤滑油を分離させ、分離された潤滑油を下方へ滴下し、分離室24の下部に接続される通路26を介して前記潤滑油回収室17に導くようにしている。また、潤滑油が分離された冷媒は、前記導出管25を介して流出され、逆止弁27を介して吐出口28から外部冷凍回路へ流出される。
【0030】
尚、30は圧力制御弁で、前記リアヘッド4に設けられ、この圧力制御弁30により吐出室19からクランク室5へ流入する冷媒流量を調節することでクランク室5内の圧力を制御するようにしている。この方式は、入口制御方式であるが、クランク室5から吸入室18へ流出する冷媒流量を調整することでクランク室5内の圧力を制御する出口制御方式を採用しても、吐出室19からクランク室5へ流入する冷媒流量とクランク室5から吸入室18へ流出する冷媒流量とを調整することでクランク室5内の圧力を制御する出入口制御方式を採用しても良い。また、32はアダプタで、前記潤滑油回収室17を前記シリンダブロック2まで拡張し、且つシリンダブロック2にリアヘッド4を固定する機能を有している。
【0031】
フロントヘッド6は、前記シリンダブロック2との間にクランク室5を形成し、このフロントヘッド6の前端部(図1左端部)を端壁6aによって閉塞している。このクランク室5内には、一端がフロントヘッド6から突出する駆動軸35が収容されている。
【0032】
この駆動軸35は、図中右側が、前記シリンダブロック2に形成された凹部9に配設されるラジアル軸受36と、軸方向にばね荷重が付勢されたスラスト軸受37とより支持されている。また、駆動軸35の中程が、前記フロントヘッド6の端壁6aに固着されたスラストフランジ39の内側に設けられたプレーンベアリング40と、前記スラストフランジ39と駆動軸35に形成された段部38との間に介在されるスラスト軸受41とによって支持されている。
【0033】
斜板42は、所定の厚みを有する円板状に形成されているもので、駆動軸35に当該駆動軸35の軸方向に形成された長孔43を貫通する支軸44を中心に傾動可能に取付けられ、また、駆動軸35に突設固定されたピン46が斜板42の縦方向溝47に係合して、駆動軸35の回転に同期して一体に回転するようになっている。この斜板42の周縁部位には、一対のシュー48を介してクランク室5に突出したピストン11の尾部11aが係留されている。
【0034】
したがって、駆動軸35が回転すると、これに同期して斜板42が一体に回転し、この回転運動がシュー48を介してピストン11の往復直線運動に変換され、ピストン11の往復動により、シリンダボア10内においてピストン11とバルブプレート3との間に形成された圧縮室50の容積が変更されるようになっている。なお斜板42を支える支軸44はガイドチューブ52に外挿され、且つスプリング51によりシリンダブロック2の方向へ付勢されている。なお、このガイドチューブ52は、前記潤滑油回収室17と連通し、フロント側の下記する軸封構造60まで、供給孔53を介して潤滑油を供給している。
【0035】
前記駆動軸の一端は、プーリを取付けるために円筒部6bを通り、外部に突出しており、突出した先端に軸方向に螺合されるボルト55によりプーリ56が取付けられている。そしてこのプーリ56は、軸受57により前記円筒部6bの外周壁に回転自在に支持されている。
【0036】
この発明の第1の実施例である軸封構造60は、図2に拡大して示すように、第1のシール部61と、第2のシール部62とより成り、前記第1のシール部61は、フロントヘッド6の円筒部6bに形成された装着部63にオーリング64を介して設けられると共に駆動軸に対して所定のクリアランスを有して固定された固定環65と、この固定環65よりクランク室側に配され、駆動軸35の外周に設けられたオーリング66を介して軸方向に移動自在に装着された回転環67と、この回転環67の背面側に位置して駆動軸35の外周面に形成された段部68に係止されている環状の金属ケース69と、この金属ケース69と前記回転環67との間に弾装された板ばね70とにより構成されている。
【0037】
前記金属ケース69の先端部には、駆動軸35の先端方向に延設された複数の係合爪73が形成され、この係合爪73は、回転環67の外周面に形成された軸方向に延びる軸方向溝74と係合し、これにより、回転環67は、駆動軸35と共に回転されると共に板ばね70の付勢力を受けて固定環65に当接されている。この回転環67と固定環65との当接部分により密封摺動面76が形成されている。
【0038】
この第1のシール部61は、前記供給孔53から供給される冷凍機油と、スラストフランジ39と駆動軸35との間のクリアランスを介して導かれる冷媒とをハウジングの外部へ流出することを防止するようにしているもので、ハウジング内部の圧力が大きいほど密封摺動面76の面圧が増大する。
【0039】
第2のシール部62は、前記固定環65よりも外側(大気側)にあり、フロントヘッド6の円筒部6bに形成された装着部78にリップ79を装着して構成されている。このリップ79は、ゴム又は樹脂製で、コ字状断面を有し、その開口側が外側(大気側)に向けられており、駆動軸35に対する接触面を固定環65から遠ざかる方向(反固定環側)に延ばして接触している。この第2のシール62は、第1のシール61(固定環65)から離して固定されているもので、駆動軸35に対して密接されていることから前記第1のシール部61との間に閉塞された空間81が形成され、開口側が外側に向けられていることから、内側から外側への流体(冷媒及び冷凍機油)の漏れは許容するが、外側から内側への流体(空気)の浸入は阻止する構造となっている。
【0040】
以上の構成において、前記第1のシール部61は冷媒及び冷凍機油の漏れを防いでいるが、漏れを完全に無くすことはできないため、第1のシール部61を介して流出された冷媒及び冷凍機油は空間81に溜められ、この空間81内が所定の圧力以上に上昇した場合に第2のシール部62を押し広げて外部へ排出される。これにより、空間81の圧力は所定の圧力以下に保持されることとなり,第2のシール部の摺接部の荷重は初期締め代以下に保たれることとなる。したがって第2のシール部の摺動発熱が最小限に抑えられ、スラッジ発生の一因である高温状態が阻止される。
【0041】
さらに、リップ79は駆動軸35と密着して開口側が外側(大気側)に向けられているので、外部からの空気の浸入は阻止される。このため、空気中の酸素の浸入が阻止されることから、第1のシール部61を介して空間81内に漏洩した冷凍機油が酸化することで生じるスラッジの発生が阻止され、第1及び第2のシール部の破損を防止することが可能となる。
【0042】
尚、上述した構成において、第1のシール部61と第2のシール部62との間の空間81には、フッ素系又はシリコン系グリスや冷凍機油などの潤滑媒体が封入される。この潤滑媒体は、耐熱性のものが用いられ、シール部の摺接部分で発生する熱による劣化を少なくしている。この潤滑媒体の前記空間81への封入は、駆動軸35の組付前にこの駆動軸35の摺動部位に潤滑媒体を予め付着しておき、その後、第1のシール部61と第2のシール部62とを装着することで行われる。
【0043】
このように、潤滑媒体が空間81内に封入されると、空間81に残留する空気を排除することができるので、残留する空気(酸素)による潤滑媒体の酸化がなくなり、軸封構造の耐用年数を延ばすことが可能となる。
【0044】
潤滑媒体の空間81への封入は、上述した圧縮機本体の組付時における封入に限定されるわけではなく、圧縮機本体の組付後に封入する構成としても良い。
そのような構成例として、図1,図2の二点鎖線で示すように、潤滑媒体を注入する注入孔83を駆動軸35の先端から軸方向に穿設された縦孔と駆動軸35の径方向に空間81に臨むように穿設された横孔とにより構成し、縦孔の先端を前記ボルト55が螺合する雌ねじ部86に連通させている。
【0045】
このような注入孔83を利用した潤滑媒体の封入は、先ず、注入器具(図示せず)を注入孔83に接続し、圧力を加えて潤滑媒体を空間81に注入する。そして、空間81への封入が完了したら、プーリ56の取付用のボルト55を雌ねじ部86に螺合することで、この注入孔82を封栓する。
【0046】
また他の構成例としては、同じく図1,図2に二点鎖線で示すように、潤滑媒体を注入する注入孔84をフロントヘッド6の円筒部6bの径方向に形成し、一端を空間81に開口し、他端をプーリ56の軸受57が装着される円筒部6bの外周面に開口するようにしている。
【0047】
このような注入孔84を利用した潤滑媒体の注入は、プーリ56の組付前に、注入孔84に注入器具(図示せず)を接続し、圧力を加えて潤滑媒体を空間81に注入する。そして、空間81への封入が完了したら、プーリ56を軸受け57を介して組付けることで、その軸受57によりこの注入孔84を封栓する。
【0048】
これらの注入孔を利用した構成によれば、プーリ56の組付け作業の過程で潤滑媒体の封入を完了させることが可能となる。また、既存の部品で注入孔を封栓することができるので、注入孔を封栓する格別な部材が不要となり、圧縮機の構造の複雑化を避けることができ、また、部品点数を増加させないことが可能となる。
【実施例2】
【0049】
図3において、この発明の第2の実施例である軸封構造60が示されている。この例では、機内側にゴム又は樹脂製の第1のシール部を構成するリップシール90が金属ケース91にリテーナ92を介して取付けられ、このリップシール90の先端側を、クランク室5側に曲げて駆動軸35の外周面に摺接可能に接触させている。また、リップシール90の外側(大気側)には、孔93を有する介在部材94を介してゴム又は樹脂製の第2のシール部を構成するリップ95が前記金属ケース91に取付けられ、このリップ95の先端側を、クランク室と反対側に曲げて駆動軸35の外周面に摺接可能に接触させている。尚、96は、軸封構造60を固定する止め輪である。
【0050】
したがって、リップシール90は冷媒及び冷凍機油が機内側から漏洩しにくい構成となっており、また、リップ95は、リップシール90を介して機内の冷媒及び冷凍機油が漏洩した場合でも機外への排出を許容しつつ、機外からの空気の浸入を阻止する構成となっている。
【0051】
また、リップシール90とリップ95との間に形成される空間81には、フロントヘッド6の円筒部6bに形成された注入孔84が連通し、この注入孔84を介して耐熱性の潤滑媒体が封入されるようになっている。
尚、他の構成は、前記実施例と同様であるので、同一箇所に同一番号を付して説明を省略する。
【0052】
このような構成においても、前記構成例と同様の作用効果が得られ、空間81内に封入された潤滑媒体とリップシール90及びリップ95とにより、外部からの空気の浸入が阻止され、スラッジの発生及びシール部の破損が防止される。
【実施例3】
【0053】
図4において、この発明の第3の実施例である軸封構造60が示されている。この例では、第2のシール部62が第1のシール部61と一体化されているもので、フロントヘッド6の円筒部6bに形成された装着部63に、第2のシール部62を構成するリップ98が第1のシール部61の固定環65と共に固定されている。このリップ98は、全体としてL字形状をなし、先端側がクランク室と反対側に曲げられて駆動軸35の外周面に摺接可能に接触している。
また、この構成においても、リップ98と第1のシール部61の固定環65及び回転環67とにより囲まれた空間81に耐熱性の潤滑媒体が封入されている。
【0054】
尚、この実施例において、第1の実施例と同一の部分は同一の番号を付して説明を省略するが、この実施例では、第1の実施例の板ばね70に代えてコイルスプリング70a及びコイルスプリング70aを受けるリテーナ97を具備している。
【0055】
したがって、第3の実施例においても、リップ98により外部からの空気の浸入が阻止されると共に空間81に封入される潤滑媒体により空間81内の空気が排除されるので、酸素の浸入に伴うスラッジの発生によるシール部の破損を防止することが可能となる。なお、潤滑媒体の空間81内への封入は、前述したごとく、駆動軸35に付着して行うか、駆動軸35に注入孔を穿設してこの注入孔を介して潤滑媒体を注入する方式で行われる。また、この構成においては、第2のシール部62を構成するリップ98が第1のシール部61と一体化しているので、第1のシール部61と第2のシール部62とを同時に装着することが可能となり、これらシール部の装着作業が容易となる。
【実施例4】
【0056】
図5において、この発明の第4の実施例である軸封構造60が示されている。この例では、第1のシール部61と第2のシール部62とを持ち、前記第1のシール部61は、金属ケース69に保持される回転環グ67と、これを押圧するコイルスプリング70aと、フロントヘッド6の円筒部6bに形成された装着部72にオーリング64を介して取付けられた固定環65とを有して構成されている。第1のシール部61と第2のシール部62との間の空間81には(この例では、固定環65の内側に)、第1のシール部61と一体をなす(固定環65と一体をなす)ラビリンスシール99が設けられている。
【0057】
第2のシール部62は、前記固定環65よりも外側に離れて設けられ、フロントヘッド6の円筒部6bに形成された装着部78に装着されると共に先端側がクランク室と反対側(固定環と反対側)に曲げられて駆動軸35の外周面に摺接可能に接触されるゴム製又は樹脂製のリップ100によって構成されている。また、この構成においては、第1のシール部61と第2のシール部62との間の空間81に、ラビリンスシール99が配設されていると共に耐熱性の潤滑媒体が封入されている。尚、他の構成において前述した実施例と同一の部分は同一の番号を付して説明を省略する。
【0058】
したがって、このような構成においても、前述した構成例と同様の作用効果が得られ、リップ100により外部からの空気の浸入が阻止されると共に、空間81に封入される潤滑媒体により空間内の空気が排除されるので、酸素の浸入に伴うスラッジの発生によるシール部の破損を防止することが可能となる。また、空間81にラビリンスシール99が設けられているので、この空間81に封入された潤滑媒体を保持しやすくなり、スラッジの発生やシール部の破損の阻止効果を持続させることが可能となる。尚、潤滑媒体の空間81への封入は、前述したごとく、駆動軸35に予め付着して行うか駆動軸35やフロントヘッド6の円筒部6bに注入孔を穿設してこの注入孔を介して潤滑媒体を注入する方式で行われる。
【実施例5】
【0059】
図6において、この発明の第5の実施例である軸封構造60が示されている。この例では、前記に詳述した第3の実施例の第2のシール部62が第1のシール部61と一体化されている構造に、さらに前記第2のシール62の外側(大気側)にフェルト又は不織布の冷凍機油および/又は前記潤滑媒体を捕獲する捕獲部材102を設けている。具体的には捕獲部材102は、フロントヘッド6の円筒部6bに形成された装着部103に止め輪104により取付けられ、先端が駆動軸35の外周面に摺接可能に接触している。
【0060】
また、この構成においても、リップ98と第1のシール部61の固定環65及び回転環67とに囲まれた空間に耐熱性の潤滑媒体が封入されている。この第5の実施例においても、前記第3の実施例と同一の部分は同一の番号を付して説明を省略している。
【0061】
したがって、第5の実施例にあっては、前記第1のシール部61が冷媒及び冷凍機油の漏れを防いでいるが、漏れを完全に無くすことはできないため、第1のシール部61を介して流出された冷媒及び冷凍機油は空間81に溜められ、この空間81内が所定の圧力以上に上昇した場合に第2のシール部62を押し広げて外部へ排出される。
【0062】
これにより、空間81の圧力は所定圧力以下に保持されることになり、第2のシール部の摺動部の荷重は初期締め代以下に保たれ、第3の実施例と同一の作用効果を奏するが、前記した第2のシール部62を押し広げて外部へ排出された冷凍機油及び耐熱性の潤滑媒体は、捕獲部材102に捕獲される。これにより、漏洩した冷凍機油及び耐熱性の潤滑媒体が圧縮機外に飛散することを防がれ、異臭の発生を阻止し、また近接するプーリ56やそれに架装の駆動ベルト(図示せず)に付着されず、滑りを防ぐことができる。また、この第5の実施例である捕獲部材102が、前記第3の実施例ばかりでなく、第1、第2、第4の実施例にも実施できることは勿論である。
【0063】
尚、前述した軸封構造60において、第1のシール部61の構成として5種類の実施例を示したが、これらの構成には限定されるものではない。また、前述の構成では、第2のシール部62のリップ79,95,98,100をリップシール形として示しているが、同様の機能を有するオーリングやメカニカルシール等の構成に変えても良い。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】この発明の軸封構造が実施されている圧縮機の断面図である。
【図2】この発明の軸封構造の第1の実施例の拡大断面図である。
【図3】この発明の軸封構造の第2の実施例の断面図である。
【図4】この発明の軸封構造の第3の実施例の断面図である。
【図5】この発明の軸封構造の第4の実施例の断面図である。
【図6】この発明の軸封構造の第5の実施例の断面図である。
【符号の説明】
【0065】
1 圧縮機
2 シリンダブロック
3 バルブプレート
4 リアヘッド
5 クランク室
6 フロントヘッド
6b 円筒部
10 シリンダボア
11 ピストン
15 吸入孔
16 吐出孔
17 潤滑油回収室
22 異物分離器
23 潤滑油分離装置
30 圧力制御弁
35 駆動軸
39 スラストフランジ
42 斜板
44 支軸
50 圧縮室
55 ボルト
56 プーリ
57 軸受
60 軸封構造
61 第1のシール部
62 第2のシール部
65 固定環
67 回転環
76 密接摺動面
79 リップ
81 空間
83 注入孔
84 注入孔
86 ボルト螺合雌ねじ部
90 リップシール
95 リップ
99 ラビリンスシール
100 リップ
102 捕獲部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動軸の回転によりハウジング内に流体圧を発生させる圧縮機の前記駆動軸の周囲に設けられる軸封構造において、
前記ハウジングと前記駆動軸との間に、機内を流動する冷媒及び冷凍機油の漏れを防ぐ第1のシール部を設けると共に、この第1のシール部の外側に冷媒及び冷凍機油の漏れを許容しつつ大気の浸入を防ぐ第2のシール部を設けたことを特徴とする圧縮機の軸封構造。
【請求項2】
前記第1のシール部と前記第2のシール部との間の空間に耐熱性の潤滑媒体を封入したことを特徴とする請求項1記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項3】
前記潤滑媒体は、冷凍機油であることを特徴とする請求項2記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項4】
前記潤滑媒体は、フッ素系又はシリコン系グリスであることを特徴とする請求項2記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項5】
前記潤滑媒体の前記第1のシール部と前記第2のシール部との間の空間への封入は、予め前記駆動軸に前記潤滑媒体を付着せしめて行われることを特徴とする請求項2記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項6】
前記潤滑媒体の前記第1のシール部と前記第2のシール部との間の空間への封入は、前記駆動軸に形成された注入孔を介して注入した後に、前記駆動軸に装着される部材を該駆動軸に固定するための固定部材によって前記注入孔を封栓することで行われることを特徴とする請求項2記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項7】
前記潤滑媒体の前記第1のシール部と前記第2のシール部の間への封入は、前記ハウジングに形成された注入孔を介して注入された後に、このハウジングに装着される部材によって前記注入孔を封栓することで行われることを特徴とする請求項2記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項8】
前記第2のシール部を前記第1のシール部に一体化したことを特徴とする請求項1記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項9】
前記第1のシール部と前記第2のシール部との間の空間に潤滑媒体流出抑制手段を設けたことを特徴とする請求項1記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項10】
前記潤滑媒体流出抑制手段はラビリンスシールであることを特徴とする請求項9記載の圧縮機の軸封構造。
【請求項11】
前記第2のシール部の外側に第2のシール部より漏洩した冷凍機油および/又は前記潤滑媒体を捕獲する捕獲部材が設けられていることを特徴とする請求項1記載の圧縮機の軸封構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−174376(P2009−174376A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−12500(P2008−12500)
【出願日】平成20年1月23日(2008.1.23)
【出願人】(500309126)株式会社ヴァレオサーマルシステムズ (282)
【Fターム(参考)】