説明

多層塗膜構造

【課題】冷延鋼板、亜鉛鋼板のような鉄系基材や亜鉛系基材に対して好適に適用でき、スラッジの量や環境負荷となるリン、窒素、重金属の量を減少させることが可能な鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤により形成される多層塗膜構造を提供する。
【解決手段】基材上に形成された化成皮膜、カチオン電着塗膜、中塗り塗膜、及び、上塗り塗膜からなる多層塗膜構造であって、上記基材は、鉄系基材からなるものであり、上記化成皮膜は、上記鉄系基材を、ジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオン、並びに、フッ素イオンを含有してなる鉄系基材用化成処理剤であって、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンの含有量は、重量基準で、50〜300ppmであり、前記フッ素イオンの含有量は、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンに対して、モル比で6倍以上であり、実質的にリン酸イオンを含有せず、pHが2〜4.3である化成処理剤で処理し、さらに水洗することにより形成されるものであり、上記鉄系基材上の化成皮膜は、ジルコニウムイオンとチタニウムイオンの合計量が20〜40mg/mである多層塗膜構造。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層塗膜構造、更に詳しくは、冷延鋼板、亜鉛鋼板のような鉄系基材や亜鉛系基材に対して好適に適用でき、スラッジの量や環境負荷となるリン、窒素、重金属の量を減少させることが可能な鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤により形成される多層塗膜構造に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車車体や部品等の金属成形体は、強度や軽量化等の観点から、一般的には、冷延鋼板等の鉄系基材、亜鉛鋼板等の亜鉛系基材、アルミニウム系基材から製造されているが、これらの金属成形体は、耐食性や耐磨耗性を向上させるために、通常、表面処理が行われている。
【0003】
この表面処理方法は、一般的に、表面に付着している油分を除去するための脱脂処理、脱脂後水洗処理、後工程である化成処理における化成皮膜の形成を良好に行うための表面調整処理、リン酸亜鉛化成処理、及び、化成後水洗処理という一連の塗装前処理工程からなっている。鉄系基材、亜鉛系基材、アルミニウム系基材による成形体全てに適用することができる化成処理方法としては、リン酸亜鉛処理剤による化成処理方法が実用化されている。
【0004】
しかしながら、リン酸亜鉛処理剤による化成処理方法では、処理剤中にリンや窒素を多量に含むことや、形成される化成皮膜の性能を向上させるために、ニッケル、マンガン等の重金属を処理剤中に多量に含有させることにより環境負荷の原因となったり、処理後の廃棄物としてリン酸亜鉛、リン酸鉄等のスラッジが多量に発生したり、表面調整処理が必要であったりする。
【0005】
また、リン酸亜鉛以外の処理剤としては、例えば、特開2000−282251号公報において、ジルコニウムイオン又はチタニウムイオン、リン酸イオン、及び、フッ素イオンを含んでなる酸性皮膜化成処理剤で化成処理するアルミニウム基材又はアルミニウム合金基材の塗装方法が提案されているが、ここで使用される処理剤は、アルミニウム基材又はアルミニウム合金基材の電着塗装下地として実用化されているが、冷延鋼板、亜鉛鋼板のような鉄系基材や亜鉛系基材に対して適用されていない。
【0006】
従って、鉄系基材や亜鉛系基材に対して好適に適用でき、リン、窒素、重金属の含有量が少なく、リン酸亜鉛、リン酸鉄等のスラッジの発生を抑制し、リン酸亜鉛処理による化成処理方法において必要とされる表面調整処理を行う必要がないような化成処理剤の開発が望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記現状に鑑み、冷延鋼板、亜鉛鋼板のような鉄系基材や亜鉛系基材に対して好適に適用でき、スラッジの量や環境負荷となるリン、窒素、重金属の量を減少させることが可能な鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤により形成される多層塗膜構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、基材上に形成された化成皮膜、カチオン電着塗膜、中塗り塗膜、及び、上塗り塗膜からなる多層塗膜構造であって、上記基材は、鉄系基材からなるものであり、上記化成皮膜は、上記鉄系基材を、ジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオン、並びに、フッ素イオンを含有してなる鉄系基材用化成処理剤であって、上記ジルコニウムイオン及び/又は上記チタニウムイオンの含有量は、重量基準で、50〜300ppmであり、上記フッ素イオンの含有量は、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンに対して、モル比で6倍以上であり、実質的にリン酸イオンを含有せず、pHが2〜4.3である化成処理剤で処理し、さらに水洗することにより形成されるものであり、上記鉄系基材上の化成皮膜は、ジルコニウムイオンとチタニウムイオンの合計量が20〜40mg/mであることを特徴とする多層塗膜構造である。
以下、本発明を詳細に説明する。
【0009】
本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、ジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオン、並びに、フッ素イオンを含有してなるものである。
上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤により化成処理される鉄及び/又は亜鉛系基材とは、基材の一部又は全部が鉄及び/又はその合金からなる鉄系基材、基材の一部又は全部が亜鉛及び/又はその合金からなる亜鉛系基材、これらの鉄系基材及び亜鉛系基材からなる基材を意味する。
【0010】
上記鉄系基材としては、例えば、冷延鋼板、熱延鋼板等を挙げることができる。上記亜鉛系基材としては、例えば、亜鉛めっき鋼板、亜鉛−ニッケルめっき鋼板、亜鉛−鉄めっき鋼板、亜鉛−クロムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウムめっき鋼板、亜鉛−チタンめっき鋼板、亜鉛−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−マンガンめっき鋼板等の亜鉛系の電気めっき、溶融めっき、蒸着めっき鋼板等の亜鉛又は亜鉛系合金めっき鋼板等を挙げることができる。なお、本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、上記鉄及び/又は亜鉛系基材だけでなく、アルミニウム及び/又はその合金からなるアルミニウム系基材を化成処理することも可能である。上記アルミニウム系基材としては、例えば、5000番系アルミニウム合金、6000番系アルミニウム合金等を挙げることができる。また、上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、鉄系基材のみ又は亜鉛系基材のみを単独で化成処理することも可能であるし、鉄系基材と亜鉛系基材を同時に化成処理することも可能である。更に、鉄及び/又は亜鉛系基材、並びに、アルミニウム系基材を同時に化成処理することも可能である。これにより、例えば、冷延鋼板のような鉄系基材、亜鉛鋼板のような亜鉛系基材及びアルミニウム系基材を同時に有する自動車車体等の構造物を本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤により同時に化成処理することが可能となる。
【0011】
上記ジルコニウムイオン及び/又は上記チタニウムイオンは、本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤において、化成皮膜形成成分であり、基材にこれらの成分を含む化成皮膜が形成されることにより、基材の耐食性や耐磨耗性を向上させることができる。
【0012】
上記ジルコニウムイオン及び/又は上記チタニウムイオンの含有量は、重量基準で、20〜500ppmである。20ppm未満であると、基材に形成される化成皮膜の皮膜量が小さくなることによって、耐食性や耐磨耗性が低下するおそれがあり、500ppmを超えると、効率的に化成皮膜が形成されないおそれがある。好ましくは、50〜300ppmである。なお、上記ジルコニウムイオン及び/又は上記チタニウムイオンの含有量とは、ジルコニウムイオンとチタニウムイオンとの合計の含有量を意味するものである。本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤において、好ましい形態は、ジルコニウムイオンを必須成分として含有するものである。
【0013】
上記ジルコニウムイオンの供給源としては特に限定されず、例えば、KZrF等のアルカリ金属フルオロジルコネート、(NHZrF等のフルオロジルコネート;HZrF等のフルオロジルコネート酸等の可溶性フルオロジルコネート等;フッ化ジルコニウム;酸化ジルコニウム等を挙げることができる。
【0014】
上記チタニウムイオンの供給源としては特に限定されず、例えば、アルカリ金属フルオロチタネート、(NHTiF等のフルオロチタネート;HTiF等のフルオロチタネート酸等の可溶性フルオロジルコネート等;フッ化チタン;酸化チタン等を挙げることができる。
【0015】
上記フッ素イオンは、本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤において、基材のエッチング剤としての役割を果たすものである。
上記フッ素イオンの含有量は、上記ジルコニウムイオン及び/又は上記チタニウムイオンに対して、モル比で、6倍以上である。本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤において、上記フッ素イオンのモル数が上記ジルコニウムイオンと上記チタニウムイオンの合計モル数の6倍以上であることを意味するものである。6倍未満であると、エッチングが不充分となって、均一な皮膜を形成することができなくなり、塗装後の耐食性が低下するおそれがある。
【0016】
上記フッ素イオンの供給源としては特に限定されず、例えば、フッ化水素酸、フッ化水素酸塩、フッ化硼素酸等を挙げることができる。なお、上記フッ素イオンの供給源として、上記ジルコニウムイオンや上記チタニウムイオンの供給源として挙げたジルコニウム又はチタンの錯体を用いる場合には、生成するフッ素イオンの量が不充分であるので、上記フッ素化合物を併用することが望ましい。
【0017】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、実質的にリン酸イオンを含有しないものである。実質的にリン酸イオンを含まないとは、リン酸イオンが化成処理剤中の成分として作用するほど含まれていないことを意味し、具体的には、本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤において、重量基準で、10ppm未満であることを意味するものである。実質的にリン酸イオンを含む場合には、形成される皮膜中のジルコニウム及び/又はチタン含有量が少なくなり、耐食性及び耐磨耗性等の性能が低下するおそれがある。本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、実質的にリン酸イオンを含まないことから、環境負荷の原因となるリンを実質的に使用することがなく、リン酸亜鉛処理剤を使用する場合に発生するリン酸鉄、リン酸亜鉛等のようなスラッジの発生量を抑制することができる。
【0018】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、更に、防錆金属を含有することが好ましい。上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤に、上記防錆金属を更に含有させることにより、塗装後における耐食性や耐磨耗性等の性能をより向上させることができる。上記防錆金属としては、例えば、バナジウムイオン、セリウムイオン、ニッケルイオン、マンガンイオン、コバルトイオン等を挙げることができる。なかでも、バナジウムイオンがより好ましい。
【0019】
上記防錆金属の含有量は、上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤において、重量基準で、20〜1000ppmであることが好ましい。20ppm未満であると、耐食性や耐磨耗性等の性能の向上が望めないおそれがあり、1000ppmを超えても、それ以上の効果は望めず、経済的に不利である。より好ましくは、50〜500ppmである。
【0020】
上記バナジウムイオンの供給源としては特に限定されず、例えば、バナジウム酸塩、五酸化バナジウム等を挙げることができる。
上記セリウムイオンの供給源としては特に限定されず、例えば、硝酸セリウム、炭酸セリウム、塩化セリウム等を挙げることができる。
【0021】
上記ニッケルイオンの供給源としては特に限定されず、例えば、硝酸ニッケル、炭酸ニッケル、塩化ニッケル、水酸化ニッケル等を挙げることができる。
上記マンガンイオンの供給源としては特に限定されず、例えば、硝酸マンガン、炭酸マンガン、塩化マンガン等を挙げることができる。
上記コバルトイオンの供給源としては特に限定されず、例えば、硝酸コバルト、炭酸コバルト、塩化コバルト等を挙げることができる。
【0022】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、pHが2〜5である。2未満であると、皮膜の析出量が小さくなり、耐食性を低下させるおそれがあり、5を超えると、ジルコニウムイオンやチタニウムイオンが皮膜を形成せず、処理剤中において析出するおそれがある。好ましくは、2〜4.3であり、より好ましくは、3.5〜4である。
【0023】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤におけるpHの調整は、硝酸、過塩素酸、硫酸、硝酸ナトリウム、水酸化アンモニウム、水酸化ナトリウム、アンモニア等の化成処理に悪影響を与えない酸又は塩基を用いて行うのが好ましい。例えば、硝酸とアンモニア、又は、硝酸と水酸化ナトリウムによって調整する方法等を挙げることができる。硝酸、アンモニア、水酸化ナトリウムを処理剤中に含有させても、これらは皮膜形成成分とはならないので、化成処理によって減少する成分であるジルコニウムイオン、チタニウムイオン、フッ素イオンを補給することによりpHを所望の範囲に維持することが可能となる。
【0024】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤において、処理剤中に硝酸イオンを含有させることによってpHを調整する場合には、硝酸イオンの含有量は、重量基準で、100〜5000ppmであることが好ましい。100ppm未満であると、処理剤のpHを2〜5に維持できず、良好な皮膜が形成されないおそれがあり、5000ppmを超えると、効率的に皮膜が形成されないおそれがある。
【0025】
本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤で、鉄及び/又は亜鉛系基材を化成処理する鉄及び/又は亜鉛系基材の化成処理方法としては、脱脂処理、脱脂後水洗処理、化成処理及び化成後水洗処理を行う方法が好ましい。
【0026】
上記脱脂処理は、基材表面に付着している油分や汚れを除去するために行われるものであり、無リン・無窒素脱脂洗浄液等の脱脂剤により、通常30〜55℃において数分間程度の浸漬処理がなされる。所望により、脱脂処理の前に、予備脱脂処理を行うことも可能である。
上記脱脂後水洗処理は、脱脂処理後の脱脂剤を水洗するために、大量の水洗水によって1回又はそれ以上でスプレー処理により行われるものである。
【0027】
上記化成処理は、本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤で、基材を化成処理することにより、基材表面に化成皮膜を形成させ、耐食性や耐磨耗性を付与するものである。処理方法としては、浸漬法、スプレー法等を挙げることができる。
【0028】
上記化成処理において、上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤の温度は、30〜60℃であることが好ましく、35〜45℃であることがより好ましい。30℃未満であると、形成される皮膜量が小さくなり、耐食性が低下するおそれがあり、60℃を超えると、皮膜形成における効率が悪いおそれがある。
【0029】
上記化成処理において、上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤の処理時間は、30秒〜20分であることが好ましく、60秒〜5分であることがより好ましい。30秒未満であると、形成される皮膜量が充分でなく、耐食性や耐磨耗性が低下するおそれがあり、20分を超えると、皮膜形成における効率が悪いおそれがある。
【0030】
上記化成後水洗処理は、その後の電着塗装後の塗膜外観等に悪影響を及ぼさないようにするために、1回又はそれ以上により行われるものである。この場合、最終の水洗は、純水で行われることが適当である。この脱脂後水洗処理においては、スプレー水洗又は浸漬水洗のどちらでもよく、これらの方法を組み合わせて水洗することもできる。
上記化成後水洗処理の後は、公知の方法に従って、必要に応じて乾燥され、その後、電着塗装を行うことができる。
【0031】
本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤で、鉄及び/又は亜鉛系基材を化成処理する化成処理方法は、従来より実用化されているリン酸亜鉛化成処理剤を用いて処理する方法において、必要となっている表面調整処理を行わなくてもよいため、より効率的に基材の化成処理を行うことが可能となる。
【0032】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材の化成処理方法により形成される皮膜量は、冷延鋼板等の鉄系基材の場合には、15〜45mg/mであることが好ましく、20〜40mg/mであることがより好ましい。15mg/m未満であると、皮膜量が小さいために、耐食性や耐磨耗性が低下するおそれがあり、45mg/mを超えると、密着性が不充分になるおそれがある。
【0033】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材の化成処理方法により形成される皮膜量は、亜鉛鋼板等の亜鉛系基材の場合には、15〜70mg/mであることが好ましく、20〜60mg/mであることがより好ましい。15mg/m未満であると、皮膜量が小さいために、耐食性や耐磨耗性が低下するおそれがあり、70mg/mを超えると、密着性が不充分になるおそれがある。なお、皮膜量とは、上記鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤により形成される皮膜中のジルコニウムとチタンの合計量を意味するものであり、例えば、蛍光X線により分析することができる。
【0034】
上記鉄及び/又は亜鉛系基材の化成処理方法により形成される皮膜量は、上記化成処理において、処理時間を長くすることによって、及び/又は、処理温度高くすることによって、基材への皮膜量を大きくすることが可能である。これにより、処理時間及び/又は処理温度を調整することによって所望の皮膜量を基材上に形成することができ、耐食性や耐磨耗性等の性能を向上させることが可能となる。
【0035】
本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、ジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオンの含有量を特定範囲とし、フッ素イオンをジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオンに対してモル比で特定値以上とし、処理剤のpHを特定範囲とし、更に、処理剤中に実質的にリン酸イオンを含まないものとすることによって、塗装後に得られる基材に対して所望の耐食性や耐磨耗性等の性能を付与することができる。これにより、自動車車体等に用いられている冷延鋼板や亜鉛鋼板のような鉄及び/又は亜鉛系基材を化成処理し、基材に耐食性や耐磨耗性を好適に付与することが可能となり、また、従来から実用化されているリン酸亜鉛処理剤による化成処理に比べて、リン酸亜鉛やリン酸鉄等のスラッジ、環境負荷となるリンや重金属の量を減少させることが可能となる。更に、本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤で、鉄及び/又は亜鉛系基材を化成処理する化成処理方法は、リン酸亜鉛による化成処理で必要な表面調整処理を行わなくてもよいことから、より効率的に化成処理を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0036】
本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤は、上述した構成よりなるので、従来のリン酸亜鉛処理剤と同様に、自動車車体等に用いられている冷延鋼板、亜鉛鋼板のような鉄系基材や亜鉛系基材に良好な化成皮膜を形成することができ、耐食性や耐磨耗性に優れるものであり、また、リン酸亜鉛処理剤に比べて、スラッジの量や環境負荷となるリン、窒素、重金属の量を減少させることができるものでもある。更に、本発明の鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤で、鉄及び/又は亜鉛系基材を化成処理する場合には、リン酸亜鉛処理剤による化成処理で必要な表面調整処理を行わなくてもよいことから、より効率的に化成処理を行うことが可能となる。
【実施例】
【0037】
以下に本発明を実施例により更に具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。また実施例中、「部」は特に断りのない限り「重量部」を意味する。
【0038】
実施例1〜6
市販の冷延鋼板;SPCC−SD(日本テストパネル社製、70mm×150mm×0.8mm)に、下記の条件で、塗装前処理を施した。
(1)塗装前処理
脱脂処理:2重量%「サーフクリーナーEC92」(日本ペイント社製脱脂剤)で40℃、2分間浸漬処理した。
脱脂後水洗処理:水道水で30秒間スプレー処理した。
化成処理:ジルコンフッ化水素酸、フッ化水素酸、硝酸を用いて、ジルコニウムイオン100ppm、フッ素イオン125ppm、硝酸イオン1000ppmとし、アンモニアを用いてpHが4である鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤を調製した。調製した鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤の温度を40℃とし、浸漬処理した。処理時間(浸漬時間)を変化させることによって、皮膜量の調整を行った。処理時間とジルコニウムの皮膜量の関係を表1に示した。
化成後水洗処理:水道水で30秒間スプレー処理した。
純水水洗処理:純水による流水洗、30秒間スプレー処理した。
乾燥処理:水洗処理後の冷延鋼板を電気乾燥炉において、80℃で10分間乾燥した。なお、皮膜量は、「XRF1700」(島津製作所社製蛍光X線分析装置)を用いて、ジルコニウムの付着量として分析した。
【0039】
【表1】

【0040】
(2)電着塗装
上記塗装前処理(1)を行って、表2に示す皮膜量に調整した冷延鋼板を「パワーニクス110」(日本ペイント社製カチオン電着塗料)を用いて乾燥膜厚20μmになるように電着塗装し、水洗後、170℃で20分間加熱して焼き付けを行った。
【0041】
(3)中塗り、上塗り塗装
上記塗装前処理(1)及び上記電着塗装(2)を行った冷延鋼板を、更に「OP−2」(日本ペイント社製中塗り塗料)を用いて乾燥膜厚35μmになるように、スプレー塗装により塗装し、140℃で20分間加熱して焼き付けを行って中塗り塗膜を形成した。次いで、中塗り塗膜上に「OP−058」(日本ペイント社製上塗り塗料)を用いて乾燥膜厚35μmになるように、スプレー塗装により塗装し、140℃で20分間加熱して焼き付けを行って上塗り塗膜を形成した。
【0042】
上記塗装前処理(1)と上記電着塗装(2)を行った冷延鋼板、又は、更に上記中塗り、上塗り塗装(3)を行った冷延鋼板について、下記項目について評価し、評価結果を表2に示した。
【0043】
耐水二次密着性試験
上記塗装前処理(1)、上記電着塗装(2)及び上記中塗り、上塗り塗装(3)を行った冷延鋼板を40℃の純水に240時間浸漬した後、鋭利なカッターで2mm間隔の碁盤目(100個)を形成し、その面に粘着テープを貼り付けた後、そのテープを剥離して、冷延鋼板から剥がれた碁盤目の数を測定した。
塩水浸漬試験
上記塗装前処理(1)及び上記電着塗装(2)を行った冷延鋼板に、素地まで達する縦平行カットを2本入れた後、5%NaCl水溶液中において、50℃で840時間浸漬した。その後、カット部に粘着テープを貼り付けた後、そのテープを剥離して、カット部からの両側の塗膜剥がれ幅(最大)を測定した。
塩水噴霧試験(SST)
上記塗装前処理(1)及び上記電着塗装(2)を行った冷延鋼板について、JIS C0023に基づいて評価した。
塩水噴霧サイクル試験
上記塗装前処理(1)、上記電着塗装(2)及び上記中塗り、上塗り塗装(3)を行った冷延鋼板について、JIS C0024 厳しさ6に基づいて評価した。
【0044】
実施例7
上記塗装前処理(1)における化成処理において、チタンフッ化水素酸、フッ化水素酸、硝酸を用いて、チタニウムイオン100ppm、フッ素イオン240ppm、硝酸イオン1000ppmとし、アンモニアを用いてpHが4である鉄及び/又は亜鉛系基材用化成処理剤を調製し、化成処理剤の温度を50℃とし、処理時間を120秒間として、チタンの皮膜量30mg/mの皮膜を得た以外は、実施例1と同様に行った。評価結果を表2に示した。なお、処理時間とチタンの皮膜量の関係は測定しなかった。
【0045】
比較例1
上記塗装前処理(1)における脱脂後水洗処理の後、「サーフファイン5N−8R」(日本ペイント社製表面調整剤)を用いて、室温で30秒間表面調整処理を行い、化成処理において、「サーフダインSD−6350(日本ペイント社製リン酸亜鉛処理剤)」を用いて、温度35℃で2分間浸漬処理した以外は、実施例1と同様に行った。評価結果を表2に示した。
【0046】
比較例2
上記塗装前処理(1)において、脱脂処理及び脱脂後水洗処理のみ行った以外は、実施例1と同様に行った。評価結果を表2に示した。
【0047】
【表2】

【0048】
実施例8〜14
市販の冷延鋼板に代えて、溶融亜鉛めっき鋼板(めっき付着量;45g/m、70mm×150mm×0.8mm)を用いた以外は実施例1と同様に行った。処理時間と皮膜量の関係を表3に示した。表4に示した皮膜量に調整したものについての評価結果を表4に示した。なお、塩水噴霧試験(SST)は、行わなかった。
【0049】
実施例15
市販の冷延鋼板に代えて、溶融亜鉛めっき鋼板(めっき付着量;45g/m、70mm×150mm×0.8mm)を用い、化成処理剤の温度を40℃とし、処理時間を60秒間として、チタンの皮膜量40mg/mの皮膜を得た以外は実施例7と同様に行った。評価結果を表4に示した。
【0050】
比較例3
市販の冷延鋼板に代えて、溶融亜鉛めっき鋼板(めっき付着量;45g/m、70mm×150mm×0.8mm)を用いた以外は比較例1と同様に行った。評価結果を表4に示した。
【0051】
比較例4
市販の冷延鋼板に代えて、溶融亜鉛めっき鋼板(めっき付着量;45g/m、70mm×150mm×0.8mm)を用いた以外は比較例2と同様に行った。評価結果を表4に示した。
【0052】
【表3】

【0053】
【表4】

【0054】
表1、表3より、冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板において、化成処理における処理時間を変化させることによって、所望の皮膜量を得ることができることが明らかとなった。表2より、冷延鋼板については、評価結果からリン酸亜鉛処理剤と同様に、充分に実用化可能な耐食性を示すことが判り、特に、ジルコニウムにより形成された皮膜の皮膜量が20〜40mg/mである場合には、リン酸亜鉛処理剤よりも優れた耐食性を示すことが明らかとなった。また、表4より、溶融亜鉛めっき鋼板についても、充分に実用化可能な耐食性を示すことが判り、特に、ジルコニウムにより形成された皮膜の皮膜量が20〜60mg/mである場合には、リン酸亜鉛処理剤よりも優れた耐食性を示すことが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成された化成皮膜、カチオン電着塗膜、中塗り塗膜、及び、上塗り塗膜からなる多層塗膜構造であって、
前記基材は、鉄系基材からなるものであり、
前記化成皮膜は、前記鉄系基材を、ジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオン、並びに、フッ素イオンを含有してなる鉄系基材用化成処理剤であって、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンの含有量は、重量基準で、50〜300ppmであり、前記フッ素イオンの含有量は、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンに対して、モル比で6倍以上であり、実質的にリン酸イオンを含有せず、pHが2〜4.3である化成処理剤で処理し、
さらに水洗することにより形成されるものであり、
前記鉄系基材上の化成皮膜は、ジルコニウムイオンとチタニウムイオンの合計量が20〜40mg/mである
ことを特徴とする多層塗膜構造。
【請求項2】
基材上に形成された化成皮膜、カチオン電着塗膜、中塗り塗膜、及び、上塗り塗膜からなる多層塗膜構造であって、
前記基材は、前記鉄系基材及び亜鉛系基材からなるものであり、
前記化成皮膜は、前記基材を、ジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオン、並びに、フッ素イオンを含有してなる鉄系基材用化成処理剤であって、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンの含有量は、重量基準で、50〜300ppmであり、前記フッ素イオンの含有量は、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンに対して、モル比で6倍以上であり、実質的にリン酸イオンを含有せず、pHが2〜4.3である化成処理剤で処理し、
さらに水洗することにより形成されるものであり、
前記鉄系基材上の化成皮膜は、ジルコニウムイオンとチタニウムイオンの合計量が20〜40mg/mである
ことを特徴とする多層塗膜構造。
【請求項3】
基材上に形成された化成皮膜、カチオン電着塗膜、中塗り塗膜、及び、上塗り塗膜からなる多層塗膜構造であって、
前記基材は、前記鉄系基材、前記亜鉛系基材及びアルミニウム系基材を有するものであり、
前記化成皮膜は、前記基材を、ジルコニウムイオン及び/又はチタニウムイオン、並びに、フッ素イオンを含有してなる鉄系基材用化成処理剤であって、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンの含有量は、重量基準で、50〜300ppmであり、前記フッ素イオンの含有量は、前記ジルコニウムイオン及び/又は前記チタニウムイオンに対して、モル比で6倍以上であり、実質的にリン酸イオンを含有せず、pHが2〜4.3である化成処理剤で処理し、
さらに水洗することにより形成されるものであり、
前記鉄系基材上の化成皮膜は、ジルコニウムイオンとチタニウムイオンの合計量が20〜40mg/mである
ことを特徴とする多層塗膜構造。
【請求項4】
前記亜鉛系基材上の化成皮膜は、前記化成皮膜中のジルコニウムイオンとチタニウムイオンの合計量が20〜60mg/mである請求項2又は3記載の多層塗膜構造。
【請求項5】
前記基材が、自動車車体である請求項1、2、3又は4記載の多層塗膜構造。

【公開番号】特開2007−314888(P2007−314888A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−186153(P2007−186153)
【出願日】平成19年7月17日(2007.7.17)
【分割の表示】特願2001−355007(P2001−355007)の分割
【原出願日】平成13年11月20日(2001.11.20)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】