説明

多板式摩擦係合機構

【課題】締結状態及び解放状態において油圧ピストンを変位させる油室に供給する油圧を減らし、自動変速機を搭載した車両の燃費を向上させる。
【解決手段】多板式クラッチ1は、複数のドリブンプレート2及びドライブプレート3と、油圧ピストン10と、油圧ピストン10の受圧部10bに接触するスプリング13と、受圧部10bに油圧を作用させる油室22と、油室22に油圧が供給されてスプリング13が受圧部10bによって圧縮され、ドリブンプレート2及びドライブプレート3が非締結状態となった状態において、油圧ピストン10のドリブンプレート2及びドライブプレート3に近づく締結方向の移動を規制するロック機構9と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機のクラッチ・ブレーキに用いられる多板式摩擦係合機構に関する。
【背景技術】
【0002】
自動変速機のクラッチ・ブレーキにおいては、同軸に配置される2つの部材(クラッチの場合は双方が回転要素、ブレーキの場合は一方が回転要素で他方が非回転要素)を連結するために、多板式摩擦係合機構が用いられている。
【0003】
多板式摩擦係合機構においては、複数の摩擦プレートが2つの部材それぞれに軸方向に摺動自在に取り付けられ、かつ、2つの部材の摩擦プレートが交互に配置される。そして、2つの部材の摩擦プレートを油圧ピストンによって互いに押し付けると、2つの部材が摩擦プレートを介して連結される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−12221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記構成の多板式摩擦係合機構においては、締結状態を維持するには、オイルポンプを駆動し、油圧ピストンを変位させる油室に油圧を常時供給する必要があり、自動変速機を搭載した車両の燃費が悪化するという問題があった。
【0006】
また、油圧を常時供給する場合は、油圧を受けて軸方向及び径方向に変形することによって対向する部材への押し付け力を発生するシールリングが常時押し付けられることになり、シールリングの摺動摩擦力によっても燃費が悪化する。
【0007】
特許文献1は、非締結状態においてスプリングの付勢力を利用して摩擦プレート同士のクリアランスを確保し、これによって非締結状態における摩擦プレート同士のフリクションを低減し、車両の燃費を向上させているが、締結状態を維持するためにはオイルポンプを駆動して油室に常時油圧を供給する必要があることには変わりがない。
【0008】
本発明は、このような技術的課題に鑑みてなされたもので、締結状態及び解放状態において油圧ピストンを変位させる油室に供給する油圧を減らし、自動変速機を搭載した車両の燃費を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のある態様によれば、同軸に配置される第1部材及び第2部材を連結する多板式摩擦係合機構であって、前記第1部材に対して軸方向に摺動自在に取り付けられる複数の第1摩擦プレートと、前記第2部材に対して軸方向に摺動自在に取り付けられ、前記複数の第1摩擦プレートと交互に配置される複数の第2摩擦プレートと、前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートに対して直交方向に変位可能に配置され、かつ、径方向に延設される受圧部を有する油圧ピストンと、前記受圧部に油圧を作用させるピストン油室と、前記受圧部に前記ピストン油室の反対側から接触して前記油圧ピストンを前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートに向けて付勢する弾性部材と、前記ピストン油室に油圧が供給されて前記弾性部材が前記受圧部によって圧縮され、前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートが非締結状態となった状態において、前記油圧ピストンの前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートに近づく締結方向の移動を規制するロック機構と、を備えたことを特徴とする多板式摩擦係合機構が提供される。
【発明の効果】
【0010】
上記態様によれば、締結状態及び解放状態において油圧ピストンを変位させる油室に油圧を供給する必要がなくなるので、油室に供給する油圧を減少させることができ、また、油圧を減少させることでシールリングの変形を抑えて押し付け力を減少させ、摺動摩擦力を減らすことができるので、自動変速機を搭載した車両の燃費を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態に係る多板式クラッチの断面図である。
【図2A】多板式クラッチの締結動作を説明するための図である。
【図2B】多板式クラッチの締結動作を説明するための図である。
【図2C】多板式クラッチの締結動作を説明するための図である。
【図2D】多板式クラッチの締結動作を説明するための図である。
【図2E】多板式クラッチの締結動作を説明するための図である。
【図3A】多板式クラッチの解放動作を説明するための図である。
【図3B】多板式クラッチの解放動作を説明するための図である。
【図3C】多板式クラッチの解放動作を説明するための図である。
【図3D】多板式クラッチの解放動作を説明するための図である。
【図4】本発明の第2実施形態に係る多板式クラッチの断面図である。
【図5】多板式クラッチの解放動作を説明するための図である。
【図6】多板式クラッチの締結動作を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る多板式クラッチ1の断面図である。多板式クラッチ1は、自動変速機の変速機ケース内に配置され、ドリブンプレート2とドライブプレート3とを締結することによって、同軸上に配置されたクラッチハブ4とクラッチドラム5とを一体回転可能に連結する摩擦係合機構である。
【0014】
クラッチハブ4は、図中右側が開口した筒状の部材で、図示しない回転要素(軸、ギヤ等)に連結される。
【0015】
クラッチドラム5は、図中左側が開口し、内側に折り返し部5aを有する筒状の部材である。クラッチドラム5は、折り返し部5aにおいて、変速機内部に固定されたドラムサポート6に設けられたシールリング11sを介して回転自在に支持される。クラッチドラム5は、図示しない別の回転要素(軸、ギヤ等)に連結され、当該別の回転要素から入力される回転をドリブンプレート2及びドライブプレート3を介してクラッチハブ4に伝達する。
【0016】
クラッチハブ4の外周には軸方向に延びるスプライン溝が形成されており、スプライン溝には複数枚のドリブンプレート2が軸方向に摺動自在に嵌合している。同様に、クラッチドラム5の内周にも軸方向に延びるスプライン溝が形成されており、スプライン溝には複数枚のドライブプレート3が軸方向に摺動自在に嵌合している。
【0017】
ドリブンプレート2は金属製の円盤であり、両面に摩擦材が張り合わされている。ドライブプレート3は金属製の円盤である。ドリブンプレート2とドライブプレート3とは交互に、すなわち入れ子に配置される。
【0018】
クラッチドラム5のスプライン溝にはさらにリテーニングプレート7が嵌合している。リテーニングプレート7の図中左方向の変位は、スナップリング8によって規制される。
【0019】
クラッチドラム5の内部には油圧ピストン10が収容されている。ドリブンプレート2とドライブプレート3との締結・解放は、油圧ピストン10をドリブンプレート2及びドライブプレート3に対して直交方向に変位させることで行われる。なお、以下の説明において、油圧ピストン10がドリブンプレート2及びドライブプレート3に近づくことを「前進する」と表現し、離れることを「後退する」と表現する。また、ドリブンプレート2及びドライブプレート3に近づく方向を「締結方向」と表現し、離れる方向を「解放方向」と表現する。
【0020】
油圧ピストン10は、ドリブンプレート2及びドライブプレート3に対向する筒状のピストン部10aと、ピストン部10aの後端から径方向内側に延出する受圧部10bとを有する。ピストン部10aは、クラッチドラム5の内周に沿って締結方向及び解放方向に摺動することができる。
【0021】
また、受圧部10bの内周側は筒状になっている。受圧部10bの外周側端面、内周側端面には凹部10e、10fがそれぞれ形成され、凹部10e、10fにはそれぞれDリング11dが収容される。
【0022】
受圧部10bとクラッチドラム5との間には高荷重ダイヤフラム式のスプリング13が配置されている。スプリング13は、リテーナ14を介して後述する第2油室22の反対側から受圧部10bに接触し、油圧ピストン10を締結方向に付勢する。
【0023】
クラッチドラム5の開口側は、油圧ピストン10のピストン部10aが配置される最外周部を除き、エンドプレート15によって封止される。エンドプレート15の内周端はクラッチドラム5の折り返し部5aによって支持され、折り返し部5aに嵌着されたスナップリング8と折り返し部5aに形成される凸部5bによってクラッチドラム5に固定される。エンドプレート15の外周端にはオイルシール16が装着されており、エンドプレート15の外周端はオイルシール16を介してピストン部10aの内周に摺接する。
【0024】
エンドプレート15、油圧ピストン10及びクラッチドラム5によって、油室20が画成される。油室20は、さらに、油室20内に軸方向に変位可能に配置されるボール保持ピストン23によって第1油室21と第2油室22とに区画される。
【0025】
ボール保持ピストン23は、円盤状のピストン部23aと、ピストン部23aの内周端から軸方向に延びる筒状の軸部23bとを有する。軸部23bの端部は、径方向外側(図中上側)に隆起した保持部23cとなっている。ピストン部23aの外周端には凹部23dが形成され、凹部23dにはDリング11dが収装される。ピストン部23aの外周端は、Dリング11dを介してエンドプレート15に摺接する。なお、以下の説明では、ボール保持ピストン23が図中右側に移動することを「前進する」と表現し、図中左側に移動することを「後退する」と表現する。
【0026】
保持部23cと油圧ピストン10の受圧部10b端面との間には筒状のスリーブ25が介装される。スリーブ25には周方向に複数の孔26(8個〜12個)が形成されており、孔26にはそれぞれロックボール27が収容、保持される。複数の孔26の径は、それぞれロックボール27よりも大きく、ロックボール27は、ボール保持ピストン23の保持部23cに接触しない限り、孔26内を自由に移動することができる。
【0027】
本実施形態においては、ボール保持ピストン23、スリーブ25、ロックボール27、及び、受け部10cが、油圧ピストン10の締結方向の移動を規制するロック機構9を構成する。
【0028】
クラッチドラム5には、第1油室21への油圧の給排を行う第1油路5cと、第2油室22への油圧の給排を行う第2油路5dとが形成される。第1油室21には第1油路5cを介して、ドラムサポート6に形成された油路6aからアプライ圧を供給することができる。また、第2油室22には第2油路5dを介して、ドラムサポート6に形成された油路6bからリリース圧を供給することができる。油路5c、5d、6a、6bが相対回転するクラッチドラム5とドラムサポート6との境界部位に形成されるので、油圧がこれらの油路5c、5d、6a、6bから漏れないよう、油路5c、5d、6a、6bの両側にはシールリング11sが介装される。
【0029】
シールリング11sは油路5c、5d、6a、6bから油圧を受けると軸方向及び径方向に変形し、これによってドラムサポート6に対する押し付け力を発生し、クラッチドラム5とドラムサポート6との間をシールする。
【0030】
第1油室21及び第2油室22には、図示しないオイルポンプから吐出される油圧を元圧として図示しない油圧制御回路によって調圧された油圧が供給される。
【0031】
図1に示される状態は、多板式クラッチ1が解放され、ロック機構9が作動しているロック状態である。すなわち、油圧ピストン10は最後退位置にあり、スプリング13は圧縮されている。受圧部10b端面の受け部10cにはロックボール27が係合し、かつ、ボール保持ピストン23の保持部23cがロックボール27に接触して、ロックボール27が受け部10cから抜け出さないようになっている。これにより、油圧ピストン10の最後退位置からの前進は不能になる。
【0032】
この状態では、油圧ピストン10の先端はドリブンプレート2及びドライブプレート3から離間してスプリング13の付勢力がドリブンプレート2及びドライブプレート3に作用せず、多板式クラッチ1は解放状態となる。また、第2油室22への油圧の供給を停止しても多板式クラッチ1は解放状態を維持する。
【0033】
続いて上記多板式クラッチ1の締結・解放動作について説明する。
【0034】
図2A〜図2Eは多板式クラッチ1が解放状態から締結状態に変化する場合の動作を示している。
【0035】
多板式クラッチ1を締結するには、まず、第1油路5cから第1油室21にアプライ圧を供給する(図2A)。これにより、第1油室21の油圧がボール保持ピストン23のピストン部23aに作用してボール保持ピストン23が前進し、ボール保持ピストン23の保持部23cがロックボール27から離間する(図2B)。
【0036】
保持部23cがロックボール27から離間すると、油圧ピストン10の受圧部10bを介して伝達されるスプリング13の付勢力によってロックボール27が受圧部10b端面の受け部10cから押し出され、ロック機構9によるロック状態が解除される(図2C)。
【0037】
これにより、油圧ピストン10がスプリング13の付勢力によって前進し、ドリブンプレート2及びドライブプレート3がピストン部10aによって互いに押し付けられ、ドリブンプレート2及びドライブプレート3が締結、すなわち、多板式クラッチ1が締結し、クラッチハブ4とクラッチドラム5とが連結される(図2D)。
【0038】
その後、第1油室21へのアプライ圧の供給が停止される。第1油室21への油圧の供給が停止されると、第1油路5cから油圧が排出されて第1油室21の油圧が減少し、最終的にはゼロになる(図2E)。
【0039】
第1油室21の油圧がゼロになっても、スプリング13の付勢力はドリブンプレート2及びドライブプレート3に作用し続け、多板式クラッチ1は締結状態に維持される。第1油室21への油圧の供給は締結動作中のみであり、締結状態を維持するための油圧供給は不要である。
【0040】
図3A〜図3Dは多板式クラッチ1が締結状態から解放状態に変化する場合の動作を示している。
【0041】
多板式クラッチ1を解放するには、まず、第2油路5dから第2油室22にリリース圧を供給する(図3A)。これにより、油圧ピストン10が後退し、スプリング13が圧縮される。
【0042】
油圧ピストン10が最後退位置まで後退すると、受圧部10b端面の受け部10cとロックボール27との軸方向位置が揃い、ロックボール27が受け部10c内に移動可能な状態になる(図3B)。なお、この状態では,ドリブンプレート2及びドライブプレート3にスプリング13の付勢力が作用せず、多板式クラッチ1は解放状態になる。
【0043】
第2油室22にさらにリリース圧を供給すると、第2油室22の油圧がボール保持ピストン23のピストン部23aに作用してボール保持ピストン23が最後退位置まで後退し、ボール保持ピストン23の保持部23cがロックボール27に接触する。これにより、ロックボール27が受圧部10bの受け部10cに入り込み、ロック機構9がロック状態になる(図3C)。
【0044】
ロック状態では、第2油室22へのリリース圧の供給が停止される(図3D)。その後、第2油路5dから排出されて第2油室22の油圧は低下し、最終的にはゼロになるが、油圧ピストン10の締結方向の移動はロック機構9によって規制されたままであり、スプリング13の付勢力がドリブンプレート2及びドライブプレート3に作用することはなく、多板式クラッチ1は解放状態に維持される。
【0045】
第2油室22への油圧の供給は解放動作中のみであり、一時的である。本実施形態に係る多板式クラッチ1は、締結状態ための油圧だけでなく解放状態を維持するための油圧供給も不要である。
【0046】
続いて、本実施形態の作用効果について説明する。
【0047】
本実施形態によれば、締結状態及び解放状態において油室21、22に油圧を供給する必要がなく、油室21、22に油圧を供給する油圧を減らして、自動変速機が搭載される車両の燃費を向上させることができる(請求項1〜5に対応する効果)。
【0048】
また、油室21、22に供給する油圧が減ると、シールリング11sの変形が抑えられて押し付け力が減り、シールリング11sとドラムサポート6との間の摺動摩擦力が減るので、これによっても燃費を向上させることができる(請求項1〜5に対応する効果)。
【0049】
また、ロック機構9を、ロックボール27を用いるボールロック機構としたことにより、ロックに供される係合部材が周辺部材に挟み込まれることによる油圧ピストン10のスティックを防止することができる(請求項5に対応する効果)。
【0050】
続いて本発明の第2実施形態について説明する。
【0051】
図4は本発明の第2実施形態に係る多板式クラッチ1の断面図である。
【0052】
ドリブンプレート2及びドライブプレート3を介してクラッチハブ4とクラッチドラム5とが一体回転可能に連結される点、油圧ピストン10を軸方向に付勢するスプリング13を備える点、油圧ピストン10、クラッチドラム5、エンドプレート15によって油室20が画成される点は第1実施形態と同じである。第1実施形態と共通の構成には同じ参照符号を付した。以下、相違点を中心に説明する。
【0053】
油圧ピストン10とドリブンプレート2及びドライブプレート3との間には、テンションプレート28が介装される。
【0054】
クラッチドラム5の内周側にはロック機構9が配置される。ロック機構9は、第1実施形態のロック機構9と異なり、折り返し部5aに外嵌される筒状のベース部材31と、ベース部材31の外周に形成された凹部31aに収容されるロックピストン32及びロックスプリング33とを有する。ロックスプリング33はロックピストン32を油室20に向けて付勢している。
【0055】
油圧ピストン10の受け部10cは、ロックピストン32に対応する形状、かつ、ロックピストン32が嵌入した状態でロックピストン32の上面の約半分が油室20に露出するように形成される。
【0056】
クラッチドラム5の折り返し部5aには油路5eが形成されており、油路5eを介してドラムサポート6に形成された油路6cから油室20への油圧の給排ができるようになっている。油路5eの径は油路6cに比べて十分に小さく、油室20への油圧の給排を行う場合に絞りとして機能する。
【0057】
図4に示した状態は、多板式クラッチ1が解放状態で、かつ、ロック機構9によって油圧ピストン10の締結方向の移動が規制されているロック状態である。
【0058】
すなわち、油圧ピストン10の先端はドリブンプレート2及びドライブプレート3から離間し、スプリング13の付勢力はドリブンプレート2及びドライブプレート3に作用せず、多板式クラッチ1は解放状態になっている。そして、油圧ピストン10は最後退位置にあってスプリング13は圧縮状態であり、受圧部10b端部の受け部10cにロックピストン32が係合し、油圧ピストン10は最後退位置から前進不能になっている。この状態では、油室20への油圧の供給を停止しても、多板式クラッチ1は解放状態を維持する。
【0059】
続いて上記多板式クラッチ1の締結・解放動作について説明する。
【0060】
図5は、多板式クラッチ1が締結状態から解放状態に変化する場合の動作を示している。
【0061】
多板式クラッチ1を解放するには、まず、油路5eから油室20に油圧ピストン10が後退可能な高油圧を供給する(図中X1)。これにより、油圧ピストン10が後退し、スプリング13が圧縮されるとともに、ロックピストン32がロックスプリンク33の付勢力に対抗して後退する(図中X2)。
【0062】
油圧ピストン10が最後退位置まで後退すると、ドリブンプレート2及びドライブプレート3にスプリング13の付勢力が作用しなくなり、多板式クラッチ1が解放される(図中X3)。
【0063】
多板式クラッチ1が解放されると、油室20への油圧の供給が停止される(図中X4)。油室20内の油圧は油路5eを介して排出されるが、油路5eが絞りとして機能するので、油室20の油圧は急激には下がらない。
【0064】
この結果、油圧ピストン10よりも単位ストロークあたりの体積変化量の小さなロックピストン32が、油圧ピストン10がスプリング13によって押し戻されるよりも先に戻り(突出し)、受圧部10bの受け部10cに係合する(図中X5)。
【0065】
これにより、ロック機構9がロック状態となって油圧ピストン10の締結方向の移動が規制され、油室20の油圧がゼロになっても多板式クラッチ1の解放状態が維持される。油室20への油圧の供給は解放動作中のみであり、一時的である。
【0066】
図6は、多板式クラッチ1が解放状態から締結状態に変化する場合の動作を示している。
【0067】
多板式クラッチ1を締結するには、まず、油路5eから油室20にロックピストン32がロックスプリング33の付勢力に対抗して後退する程度の油圧を供給する(図中Y1)。これにより、ロックピストン32が受圧部10bの受け部10cから抜け出し、油圧ピストン10が締結方向に移動可能になる(図中Y2)。
【0068】
油圧ピストン10が締結方向に移動可能になると、スプリング13の付勢力によって油圧ピストン10が前進し(図中Y3)、ドリブンプレート2及びドライブプレート3に押し付けられ、多板式クラッチ1が締結する(図中Y4)。
【0069】
多板式クラッチ1が締結すると、油室20への油圧の供給は停止される(図中Y5)。その後、油室20内の油圧は油路5eを介して排出され低下するが、油室20への油圧の供給がゼロになっても、スプリング13の付勢力がドリブンプレート2及びドライブプレート3に作用し、多板式クラッチ1の締結状態は維持される。油室20への油圧の供給は締結動作中のみであり、一時的である。
【0070】
第2実施形態によっても、第1実施形態と同様に、締結状態及び解放状態において油室20に油圧を供給する必要がなく、油室20に油圧を供給する油圧を減らすことができる。また、油室20に供給する油圧が減るとシールリング11sの押し付け力が減ってシールリング11sとドラムサポート6との間の摺動摩擦力が減るので、自動変速機が搭載される車両の燃費を向上させることができる(請求項1、6、7に対応する効果)。
【0071】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的に限定する趣旨ではない。
【0072】
例えば、上記実施形態は本発明を多板式クラッチ1に適用した例であるが、締結される一方の要素が回転要素、他方の要素が非回転要素であるブレーキにも適用することができる。
【0073】
また、上記実施形態では、締結状態及び解放状態で油圧の供給を停止し、油圧をゼロにしているが、油圧を減少させるだけであってもよい(減少後の油圧はゼロ以上の油圧)。
【符号の説明】
【0074】
1 多板式クラッチ(多板式摩擦係合機構)
2 ドリブンプレート(第1摩擦プレート)
3 ドライブプレート(第2摩擦プレート)
4 クラッチハブ(第1部材)
5 クラッチドラム(第2部材)
10 油圧ピストン
10a ピストン部
10b 受圧部
10c 受け部
11s シールリング
13 スプリング(弾性部材)
20 油室(ピストン油室)
21 第1油室
22 第2油室(ピストン油室)
23 ボール保持部材(保持部材)
23a ピストン部
23c 保持部
27 ロックボール(係合部材)
32 ロックピストン(係合部材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸に配置される第1部材及び第2部材を連結する多板式摩擦係合機構であって、
前記第1部材に対して軸方向に摺動自在に取り付けられる複数の第1摩擦プレートと、
前記第2部材に対して軸方向に摺動自在に取り付けられ、前記複数の第1摩擦プレートと交互に配置される複数の第2摩擦プレートと、
前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートに対して直交方向に変位可能に配置され、かつ、径方向に延設される受圧部を有する油圧ピストンと、
前記受圧部に油圧を作用させるピストン油室と、
前記受圧部に前記ピストン油室の反対側から接触して前記油圧ピストンを前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートに向けて付勢する弾性部材と、
前記ピストン油室に油圧が供給されて前記弾性部材が前記受圧部によって圧縮され、前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートが非締結状態となった状態において、前記油圧ピストンの前記第1摩擦プレート及び第2摩擦プレートに近づく締結方向の移動を規制するロック機構と、
を備えたことを特徴とする多板式摩擦係合機構。
【請求項2】
請求項1に記載の多板式摩擦係合機構であって、
前記ロック機構は、前記受圧部に向けて移動可能な係合部材と、前記受圧部に向けて移動した前記係合部材に接触して前記係合部材を保持する保持部材とを備え、
前記受圧部は、端部に前記係合部材が係合する受け部を備え、
前記係合部材は、前記ピストン油室に供給される油圧によって移動して前記受け部に係合し、かつ、前記保持部材に接触することによって、前記油圧ピストンの前記締結方向の移動を規制する、
ことを特徴とする多板式摩擦係合機構。
【請求項3】
請求項2に記載の多板式摩擦係合機構であって、
前記保持部材は、前記ピストン油室の油圧を受けるピストン部を有し、前記ピストン油室に供給される油圧によって前記係合部材に接触する位置まで移動する、
ことを特徴とする多板式摩擦係合機構。
【請求項4】
請求項3に記載の多板式摩擦係合機構であって、
前記ロック機構による前記油圧ピストンの前記締結方向の移動の規制は、前記ピストン部に前記ピストン油室とは反対側から油圧を作用させ、前記保持部材を前記係合部材から離間させることによって解除される、
ことを特徴とする多板式摩擦係合機構。
【請求項5】
請求項2から4のいずれか一つに記載の多板式摩擦係合機構であって、
前記受圧部と前記保持部材との間に介装され、径方向に延びる複数の孔を有する筒状部材を備え、
前記係合部材は、前記複数の孔に保持される複数のボールである、
ことを特徴とする多板式摩擦係合機構。
【請求項6】
請求項1に記載の多板式摩擦係合機構であって、
前記ロック機構は、係合部材と、該係合部材を前記受圧部に向けて付勢する第2弾性部材とを備え、
前記受圧部は、端部に前記係合部材が係合する受け部を備え、
前記係合部材は、前記ピストン油室に油圧が供給されて前記弾性部材が前記受圧部によって圧縮された状態から前記ピストン油室に供給される油圧を減少させると、前記油圧ピストンが前記弾性部材によって押し戻されるよりも早く前記第2弾性部材の付勢力によって移動して前記受け部に係合し、前記油圧ピストンの前記締結方向の移動を規制する、
ことを特徴とする多板式摩擦係合機構。
【請求項7】
請求項6に記載の多板式摩擦係合機構であって、
前記係合部材は一部が前記ピストン油室に露出しており、
前記ロック機構による前記油圧ピストンの前記締結方向の移動の規制は、前記ピストン油室に油圧を一時的に供給し、前記係合部材を前記第2弾性部材の付勢力に対抗して後退させることで解除される、
ことを特徴とする多板式摩擦係合機構。

【図1】
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【図3D】
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【図4】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−197851(P2012−197851A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−62120(P2011−62120)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】