説明

多細胞応答同時測定法

【課題】チップ上に保持された多数の細胞の状態、例えば、抗原刺激に対するリンパ球の反応性を、同時に測定し、各細胞についてその状態を個別に把握できる方法を提供する。
【解決手段】複数の細胞を複数の位置に独立して保持した細胞チップ上の、前記複数の位置の少なくとも一部の位置からの蛍光をイメージセンサにより検出し、検出した蛍光強度を、位置毎に記録し、記録した蛍光強度または蛍光強度からの換算値を表示することを含む細胞状態の計測方法。少なくとも前記検出および記録を経時的に繰り返し行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CCD型イメージスキャナ等のイメージセンサを用いた多細胞応答同時測定法に関する。本発明は、多数の細胞が発する蛍光を、それぞれの細胞について独立に、経時的かつ大規模並列的に追跡することを可能にする方法である。
【背景技術】
【0002】
細胞を1つ1つのレベルで特定し、選別し、選別された細胞を用いる試みがなされている。例えば、1つ1つのリンパ球の抗原特異性を個別に検出し、さらに検出された1つの抗原特異的リンパ球を回収し、回収された1つの抗原特異的リンパ球を用いて、例えば、抗体を製造することが検討されている(特開2004−173681号公報、特開2004−187676号公報)。
【特許文献1】特開2004−173681号公報
【特許文献2】特開2004−187676号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来は、マニュアルで、1つ1つのリンパ球の抗原特異性を個別に検出し、さらに検出された抗原特異的リンパ球を回収していた。特許文献1および2では、細胞単位で細胞を特定することが確認されたと記載され、かつ特定された細胞を回収することも可能であると記載されている。しかし、実際に抗原に特異的に反応したリンパ球を多数のリンパ球から検出することは容易でなかった。
【0004】
検出法としては、例えば、抗原に反応したリンパ球におけるカルシウムイオン濃度が上がることを利用し、カルシウムイオン濃度の変化を蛍光として検出し、抗原特異的リンパ球を特定している。しかし、細胞(リンパ球)の種類によって蛍光の発生の仕方や強度等が必ずしも一定ではなく、抗原刺激を受けると即座にカルシウムイオン濃度が上がり、その結果、蛍光強度も上がるリンパ球もあるが、抗原刺激後一定時間経過後にカルシウムイオン濃度が上がり、その結果、蛍光強度も上がるという細胞もある。また、数センチ四方のキップ表面に保持された1〜20万程度のリンパ球の蛍光強度を、一度にほぼ同時に測定する必要が有り、かつ、蛍光が、1つの細胞毎に起因する蛍光であるために蛍光強度が低く、高感度での蛍光検出である必要も有る。
【0005】
しかし、これまでのところ、そのような高集積されたチップ表面上の多数のしかも微弱な蛍光強度を、同時に測定できる方法および装置は存在しなかった。
【0006】
従来からある装置としては、レーザースキャンニング・サイトメーターがあり、レーザースキャンニング・サイトメーターを用いると、数十万個の細胞を個々に細胞内カルシウム濃度の測定ができる。しかし、一回のスキャンにかかる時間は10分以上と長く、抗原刺激後数分で蛍光強度が変化するリンパ球についての検出には、リアルタイム性に欠け、不向きである。
【0007】
蛍光顕微鏡・撮影装置は、通常の蛍光顕微鏡に撮影装置を併せ持つものである。蛍光顕微鏡・撮影装置は、速度的には問題が無いが、通常の顕微鏡だと撮影範囲が狭く、一度に最大1000個程度しか検出することができず、数万〜数十万個の細胞からの蛍光を一度に検出することはできなかった。
【0008】
DNAマイクロアレイスキャナを基にした細胞チップ検出装置は、細胞チップにアレイし た細胞蛍光を検出するために開発され、細胞内あるいは細胞外蛍光を検出することができる装置である。しかし、レーザーを用いて蛍光色素を励起し、励起光を検出するシステムであるため、時間変化を追う検出系ではレーザーによる線スキャン速度が遅く、多数の細胞領域の同時検出はできない。
【0009】
前述の特許文献1および2に記載されている方法で、抗原に対して特異的に反応する細胞を検出するには、反応検出系において、ひとつの細胞に対して、細胞内のカルシウムの変化を経時的に捕らえることができるリアルタイム性と、多数の細胞の中にごくわずかに存在(反応)する細胞を検出する必要性から、多数の細胞を個別に同時に解析できる並列性、が求められる。
【0010】
そこで本発明の目的は、チップ上に保持された1万を超える、好ましくは10万を超える多数の細胞の状態、例えば、抗原刺激に対するリンパ球の反応性を、同時に測定し、各細胞についてその状態を個別に把握できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の以下のとおりである。
[1]複数の細胞を複数の位置に独立して保持した細胞チップ上の、前記複数の位置の少なくとも一部の位置からの蛍光をイメージセンサにより検出し、
検出した蛍光強度を、位置毎に記録し、
記録した蛍光強度または蛍光強度からの換算値を表示することを含む
細胞状態の計測方法であって、
少なくとも前記検出および記録を経時的に繰り返し行う、方法。
[2]前記複数の細胞がリンパ球であり、前記細胞状態が、抗原での刺激の前後のリンパ球の状態である[1]に記載の方法。
[3]前記リンパ球の状態を、リンパ球が有する受容体を介したシグナルにより生じる細胞内カルシウムの上昇を、蛍光強度の変化により計測する[2]に記載の方法。
[4]リンパ球がBリンパ球であり、受容体がBリンパ球受容体である請求項3に記載の方法。
[5]前記複数の細胞が、少なくとも1万個の細胞である[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]イメージセンサが、CCD型イメージスキャナまたはCMOS型イメージスキャナである[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]イメージセンサによる蛍光の検出を、少なくとも60秒に1回行う[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
[8]蛍光強度からの換算値がカルシウム濃度である[3]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9]記録した蛍光強度または蛍光強度からの換算値を表示は、検出および記録と並列に、経時的に行われる[1]〜[8]のいずれかに記載の方法。
[10]複数の細胞を複数の位置に独立して保持した細胞チップが、基板の一方の表面に細胞を保持するための位置にスポットまたは穴を有するものであり、前記スポットまたは穴の少なくとも一部に細胞が独立して保持されている[1]〜[9]のいずれかに記載の方法。
[11]前記複数の位置にはアドレスが付されており、アドレスに対応づけて検出した蛍光強度の記録が行われる[1]〜[10]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、抗原がリンパ球に対して及ぼす刺激応答を、大規模かつ個々の細胞に対して定量的に、迅速に検出することができる。その結果、特定の抗原に対して高親和性を持つ抗体の作製がより容易に行えるようになる。
【0013】
さらに、B cell Leukemia(白血病)の患者さんのリンパ球は、抗IgM抗体による刺激に対してカルシウム応答が減弱することが知られる。臨床の現場において患者さん由来のリンパ球に対して抗IgM抗体を用いて刺激をすることによるB細胞の抗IgM抗体に対する反応性を迅速かつ定量的に経時測定および評価することができれば、B cell Leukemia(白血病)の診断も可能であるが、本発明の方法は、このような応用も可能であり、これにより、白血病診断や余命の検査などを迅速に行うことが可能となる。その結果、必要とされる処置を的確に行うことができるなど、臨床における検査法などで有効に活用し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の方法は、
(1)複数の細胞を複数の位置に独立して保持した細胞チップ上の、前記複数の位置の少なくとも一部の位置からの蛍光をイメージセンサにより検出し(蛍光検出ステップ)、
(2)検出した蛍光強度を、位置毎に記録し(蛍光強度記録ステップ)、
(3)記録した蛍光強度または蛍光強度からの換算値を表示すること(表示ステップ)
を含む細胞状態の計測方法である。そして、少なくとも前記検出及び記録を経時的に繰り返し行う。
【0015】
(蛍光検出ステップ)
本発明の方法における計測対象は、複数の細胞を複数の位置に独立して保持した細胞チップである。細胞チップは、複数の細胞を複数の位置に独立して保持したものであれば、細胞の保持の仕方、保持された細胞の数、保持された細胞のチップ表面における密度等には特に制限はない。細胞チップの例はとしては、例えば、上記特許文献1および2に記載の基板の一方の表面に細胞を格納するための複数のマイクロウェルを有するマイクロウェルアレイチップの各マイクロウェルに細胞を1つずつ(独立に)含むものを挙げることができる。この細胞チップの例においては、複数のマイクロウェル(穴)が、前記「複数の位置」に相当する。細胞を格納したマイクロウェルには、細胞とともに、培養液を格納することもできる。
【0016】
あるいは、細胞チップは、特開2005-102628号公報に記載された感熱応答性ポリマーを用いて細胞をチップ表面上に個別に固定したものであることもできる。この細胞チップの例においては、チップ表面上の複数の細胞の固定位置が、前記「複数の位置」に相当する。
【0017】
細胞チップは、全体に渡って均一に(等間隔で)細胞が保持されていることもできるが、複数のクラスタに分けて保持することもできる。例えば、1つのクラスタを10〜1000個×10〜1000個の細胞(位置)群として、このクラスタを複数個、例えば、n個×m個(nおよびmは独立に例えば、2〜50である)のように基板上に設けることができる。
【0018】
細胞チップに保持される細胞の数は、特に制限はないが、本発明の目的が、多数の細胞の状態を同時並列に計測することであることから、例えば、少なくとも1万個であり、好ましくは5万個以上であり、より好ましくは10万個以上であり、さらに好ましくは20万個以上である。特に、抗原特異的なリンパ球であって、存在頻度の低いリンパ球を探索するという観点からは、細胞チップに保持される細胞の数は、少なくとも20万個であることが好ましい。細胞チップに保持される細胞の数の条件は、計測の目的と、計測機器であるイメージセンサの感度や蛍光検出に必要とされる解像度等を考慮して適宜決定できるが、例えば、100万個程度であり、好ましくは50万個である。但し、技術の進歩にともない、イメージセンサや検出された蛍光強度の記録処理に必要な装置の能力が向上すれば、細胞チップに保持される細胞の数の上限は、さらに大きくすることも可能である。
【0019】
細胞チップに保持される細胞には、特に制限はないが、例えば、リンパ球を挙げることができ、リンパ球としては、Bリンパ球およびTリンパ球を挙げることができる。本発明の方法において細胞としてリンパ球を用いる場合、リンパ球に対する抗原での刺激の前後の状態を計測することができる。抗原での刺激の前後の状態を計測は、より具体的には、リンパ球が有する受容体を介したシグナルにより生じる細胞内カルシウムの上昇を、Caイオン依存性蛍光色素を用いて、蛍光強度の変化により計測することができる。より具体的には、例えば、B細胞受容体を介したシグナルにより生じる細胞内カルシウムの上昇を、蛍光強度の変化により計測することができる。また、T細胞受容体などでも同様である。
【0020】
前記複数の位置の少なくとも一部の位置からの蛍光をイメージセンサにより検出する。細胞が固定された位置からの蛍光は、固定された細胞に予めCaイオン依存性蛍光色素を添加しておくことで、細胞が抗原に反応した場合に発生する。Bリンパ球の抗原受容体(免疫グロブリン)に抗原が結合するとまず細胞内シグナル伝達が起こり、その結果、細胞内Caイオンの濃度が変化し、Caイオン依存性の蛍光色素が共存すると、蛍光が発生する。蛍光色素としては、例えば、Fura-2、Fluo-3あるいは Fluo-4を用いることができる。但し、蛍光色素は、Caイオン依存性蛍光色素であれば、特に制限はない。また、蛍光は、細胞内蛍光、細胞膜表面の蛍光、細胞から放出された物質からの蛍光のいずれであっても良い。
【0021】
本発明の方法では、例えば、非常にまれに存在する抗原特異的な細胞を、多数の細胞の中から検出する場合には、20万個の細胞の入る細胞チップを測定範囲に入れ、且つ細胞の反応を十分に検討できるだけの感度を併せ持つイメージスキャナを用いる。
【0022】
この装置は、1)マイクロウェルアレイチップ上に規則正しく配列した、生物宿主由来の細胞あるいは継代培養した株化細胞の細胞内あるいは細胞外蛍光をすべて視野に入れ、一度に撮影することのできる、2)経時的な撮影を可能にすることにより薬物負荷後の細胞の反応を、数十万個という多数の細胞に対して、個々の細胞ごとに並列に解析することができる。
【0023】
抗原に反応する細胞を検出するためには、必ずしもイメージセンサの解像力が著しく高い必要はなく適度であればよい。通常、高解像度を求めるにはCCD型イメージスキャナを使用するが、細胞の蛍光を検出できる性能であれば若干解像力では劣るCMOS型イメージスキャナを用いることもできる。
【0024】
むしろ、検出範囲の刺激応答を個々の細胞ごとにリアルタイムに検出することができるような、設計であることが適当である。このような場合、イメージスキャナは、例えば、撮影領域が300万画素以上の解像度を持ち、細胞(位置)ひとつ当たりの蛍光を撮影素子の4画素以上で捕らえることができる機能を持つものであることが適当である。イメージスキャナに必要とされる画素数は、細胞(位置)ひとつ当たりの蛍光を撮影する素子の数を何画素とするか、と撮影領域を含まれる細胞(位置)数の積により適宜決定される。
【0025】
本発明の方法においては、上記イメージセンサを含む蛍光測定装置を用いることができる。この蛍光測定装置の説明図を図1に示す。イメージセンサ10、スプリットフィルター20、テレセントリック光学系30、光源40、シャッター50及びそれらをコントロールするコンピュータ60より構成される。
【0026】
イメージセンサ10は、細胞チップ70より発せられる蛍光を受光し、デジタルデータへ変換する。また、イメージセンサ10はデータの取得に必要十分な画素数を持ち、リンパ球一つあたりの蛍光を撮影素子の4画素以上で撮影することができる機能を持つことが適当であり、データを安定させるためには9画素以上が望ましい。このことより、イメージセンサの画総数により装置が扱うことができるリンパ球の数が決まる。
【0027】
スプリットフィルター20は光源より発せられる光より励起光波長を選択して反射、透過する。また、試料より発せられる蛍光波長を選択して通過させる機能を持つ。
【0028】
テレセントリック光学系30は励起光を効率よく試料に照射し、試料より発せられる蛍光を効率よくイメージセンサ10へ集光させる機能を持つ。通常、顕微鏡下で観察する場合、撮影視野のうち周辺部が以上にゆがむ現象が見られる。これをディストーションというが、本スキャナではこの周辺部のゆがみを最小限に抑えるために、光学系としてテレセントリック光学系(レンズ系)を用いることが好ましい。テレセントリック光学系(レンズ系)を用いることで、周辺部のディストーションは最小限に抑えられている。
【0029】
光源40は励起に必要な光を十分な出力をもって発生させる機能を持つ。
シャッター50は細胞チップ70に対するダメージを最小限にするため、必要な時のみ励起光を細胞チップ70に照射する機能を持ち、コンピュータ60により制御される。
【0030】
コンピュータ60はイメージセンサ10及びシャッター50をコントロールする機能を持ち、イメージセンサ10より出力される蛍光データの取得、解析、保存を行なう機能を持つ。また、装置全体の監視、コントロールを行なう。
【0031】
イメージセンサによる蛍光の検出のサイクルは、計測対象である細胞の状態に応じて適宜決定できる。例えば、細胞がリンパ球であり、細胞の状態が、抗原刺激に対するリンパ球の反応性である場合、イメージセンサによる蛍光の検出は、少なくとも60秒、好ましくは30秒に1回行うことが適当である。蛍光の検出のサイクルは、蛍光検出および記録に使用する装置のデータ処理能力によって制限を受けるが、前記図1に示す蛍光測定装置であれば、10秒に1回のサイクルで、蛍光の検出および記録が可能である。但し、サイクルの最短時間は、蛍光測定装置によりさらに短くすることもできる。1回の蛍光検出および記録(1サイクル)には、蛍光検出、パソコンへの画像データの転送、パソコン上での画像補正を含む細胞蛍光輝度抽出をすべて含む一連の過程が含まれる。
【0032】
(蛍光強度記録ステップ)、
イメージセンサ10により検出された蛍光は、イメージセンサ10において数値化され、コンピュータ60に記録される。イメージセンサ10により数値化されるデータは蛍光発光量に比例して数値化される。ここでもとめることが可能なデータは相対的な蛍光発光量である。
【0033】
イメージセンサ10は複数の光受光部により構成されるが、それぞれの受光部はそれぞれの光受光特性をもっている。それぞれの特性を均一の特性として扱うために、それぞれの受光部の光強度に対する補正マップを作成することで、入力する光量に対して補正を行い、正確な蛍光量を得ることを可能にする。イメージセンサにより数値化された蛍光データは1つのリンパ球に対して複数の画素により撮影されている。1つのリンパ球が発光する蛍光データの総量を扱う加算処理方式、平均値を扱う方式、最大値を扱う方式を備えることで、様々なパターンの解析を可能にしている。
【0034】
蛍光強度からの換算値は、カルシウム濃度であることができる。この場合、蛍光発光量からカルシウム濃度へ変換を行なうテーブルデータを作成することで、蛍光発光量をカルシウム濃度へ変換し、カルシウム濃度の定量測定が可能となる。
【0035】
以上の蛍光検出ステップおよび蛍光強度記録ステップは、経時的に繰り返し行われ、データがコンピュータ60に蓄積される。蛍光強度からの換算値も同様にコンピュータ60に蓄積される。
【0036】
(表示ステップ)
記録した蛍光強度または蛍光強度からの換算値を表示は、上記検出および記録と並列に、経時的に行われても、あるいは、一時的にコンピュータに蓄積された後に、被氏の指示に基づいて一度に表示することもできる。また、細胞が保持された各位置には、アドレスが付され、アドレスに対応づけて検出した蛍光強度の記録が行われる。しかって、取得された蛍光強度またはカルシウム濃度は、各位置(細胞)について、リアルタイムでコンピュータのモニタに表示できる。尚、アドレスは、全体でのラスタ方向への番号付けと、クラスタの番号付け、クラスタ内のリンパ球のアドレス付けを行なうことができる。
【0037】
本発明の方法では、蛍光強度及びカルシウム濃度は時系列に表示することが可能である。また、任意に選択したリンパ球のみのデータを表示することも可能である。さらに、蛍光強度及びカルシウム濃度は取得された時間個別に比較が可能である。全体の輝度の変化状況を一目で確認することが出来る。また、グラフ上で任意の範囲のデータを選別して表示することが出来る。図1のコンピュータのディスプレーには、個々の細胞における、細胞内カルシウム濃度を反映する蛍光量の時系列に対する変化が表示されている。
【実施例】
【0038】
以下本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0039】
B細胞に対する抗IgM抗体あるいは抗原の引き起こす細胞内カルシウムの動員を評価する場合は以下のように行う。
【0040】
細胞の準備
ヒトを対象とする場合は、末梢血Bリンパ球より、知られている方法(密度勾配遠心法)などを利用してリンパ球分画を採取する。望ましくは市販のキットなどを用いBリンパ球分画を採取する。採取したBリンパ球には、カルシウムに結合することで、励起したときの蛍光量が増加する、あるいは減少するカルシウム指示薬をあらかじめ導入しておく。蛍光色素の導入量は、細胞を反応させる液体中の蛍光色素の量で調節し、0.1マイクロモル/リットルの濃度から5マイクロリットルの間が望ましい。作用させる時間は15分から60分の間が細胞の活性を保つ上で望ましい。温度に関しては、室温あるいは体温程度の温度で行うのが望ましい。
【0041】
マウスなどの哺乳類由来の全血を対象とする場合はヒトと同様に行い、マウス脾臓由来の細胞を用いる場合は、脾臓摘出後、脾臓よりリンパ球細胞を分離し、等張液でよく洗浄後、10%FCSを含むRPMI1640などの培養液あるいは細胞機能を保持する機能を持つ緩衝液に懸濁する。
サンプルは細胞チップ上にアレイするものとする。
【0042】
アレイするための細胞チップの条件
細胞チップは主に実験用チップとして10x5クラスタ(45000個:1クラスタ当たり900ウェル)あるいは15x15(20万2500)個のものを用いる。
【0043】
細胞チップの基板としては、表面処理されていないシリコンチップを用いるか、あるいはポリエチレングリコール2000(PEG2000)とポリエチレングリコール6000(PEG6000)を約2対1の割合でミックスし、全体の5%程度になるように純粋水に溶解してこの中に一晩浸漬しておき、用時に水あるいは緩衝液あるいは細胞培養液中で超音波洗浄して余分な浸漬液を除くことにより、細胞チップ上の表面に細胞の余分な吸着が起こらないような表面状態のものを用いる。
【0044】
細胞チップ表面の細胞が吸着しにくくするコーティングは上記のほか他の方法でも可能である。リピデュアという脂質膜系のコーティング剤を用いる場合は、エタノール溶剤の場合は市販されている濃度の10倍液もしくは50倍液を用い、細胞チップ上のアレイ領域に塗りつけるが、この場合は乾固させてしまうと後の操作に影響をきたす場合があるのでエタノールが乾燥しないうちに塗りつけた量よりも多くのエタノールを用いて2度ないしは3度洗浄を行う。これにより、余分なコーティング剤が取り除かれ、測定中に剥離するあるいは細胞に悪影響を及ぼすことを防ぐことができる。水溶液タイプのリピデュア剤を用いる場合は、10倍乃至50倍に希釈した溶液中で超音波洗浄器中で細胞チップ上のウェル内部に満遍なくいきわたるように振動を与える。しばらく放置後、再度水中で超音波洗浄し、余分なコーティング剤を取り除く。
【0045】
上記のような細胞チップのコーティング剤を用いるときは、使用中に剥離する可能性のあるコーティング剤の余剰分を極力除いておくことが好ましい。
【0046】
または、あらかじめテフロンやシリコンコーティングが工業的になされているものを用いることにより、細胞の強固な吸着を防ぐことができる。
【0047】
細胞チップに細胞をアレイする際には、10%FCSを含む培養液または細胞機能を維持させる機能を持つ無血清培地に細胞を懸濁した細胞懸濁液を、エタノール置換またはバキュームにより細胞チップ上のウェル内の空気を追い出した状態で細胞懸濁液と同等の組成を持つバッファーを満たし、その上に細胞懸濁液を必要十分な量を静かに乗せる。
【0048】
1分乃至2分後に細胞が沈殿し、細胞チップのウェル外の部分に細胞の薄く白い層が見えるような状態になったら、P200規格またはP20規格のマイクロピペットで、ウェル内の細胞が外へ出ない程度の柔らかい吐出力でチップ表面に沈殿した細胞を撹拌する。前述コーティング剤が無い、生のシリコン表面だとこのとき攪拌される効率が著しく低下し、表面についた細胞が十分に撹拌できないことがある。この操作を2−3回繰り返すことにより細胞チップの細胞アレイ率を飛躍的に高めることができる。
【0049】
アレイ作業の終わった細胞チップにラバー製のスペーサーを設置し、スペーサー上に薄膜ガラス(カバーガラスなど)を適切な大きさに切ったものを乗せる。このカバーガラスと細胞チップ表面の間に細胞懸濁液と同じ培養液もしくは適切な細胞応答性保持機能を持つ組成の緩衝液で満たす。
【0050】
もしくは、細胞チップを固定してあるガラスあるいはプラスチックあるいは金属性の基台上に直接ラバー製またはその他のガラスあるいはプラスチックあるいは金属製のスペーサーを設置し、その上にブリッジ状になるようにカバーガラスを設置する。以降、この細胞が細胞チップ上にアレイされたものをプレップと表記する。
【0051】
スキャナの光源をあらかじめ起動しておき、筐体内温度が平衡になるまで暖機運転を行う。暖機運転を行うことで、励起光量の変動を抑制して精度の高い計測が可能になる。
【0052】
プレップをアレイスキャナの移動ステージ上に載せ、光軸と細胞チップ面が垂直になるようにセットする。光軸と細胞チップ面が垂直にし、傾きが生じないようすることで、正確な測定を可能にする。
【0053】
あらかじめ立ち上げておいた解析用コンピュータ上で、専用データ取り込みソフトを起動する。赤色のLEDリング照明光下で、プレップの測定対象となる部分をデータ取り込みソフトの視野内に入るようにスキャナの受光器の下でXYステージを調節し、光学系の焦点をチップ表面に合わせる。この際にXYステージは容易にはドリフトしないようになっており、精密な位置調整が可能である。
【0054】
蛍光の撮影
細胞の蛍光の撮影はコンピュータの画面上で行う。
まず、細胞の位置を特定するために、赤色リングLED照明下、通常100msの露光を行い、ウェル位置検出画像を取得する。ウェル位置検出画像は、プレップの細胞領域が狭い場合は他の部分が検出の妨げとなる場合があるので、細胞領域をコンピューターマウス入力(クリックおよびドラッグ)により指定し、実行ボタンをクリックすることにより開始する。
【0055】
認識は位置検出用画像をデジタル処理し、ノイズを除去した後で強調処理、回転補正を行い、ウェル位置を一つ一つのマス目となるように配列していくことを行う。一つ一つの升目を構成するイメージセンサの画素は、2x2以上であり、望ましくは4x4画素以上のものを用いる。この升目は細胞ひとつがちょうど入る大きさで、細胞がこの位置にあるものとして検出に用いる。15x15クラスタのプレップの場合にイメージセンサの視野内に納まるような望ましい例は、4x4画素でひとつの細胞のある領域を構成するものである。
【0056】
これらの、位置検出用画像から作成された細胞領域を示す画像を、蛍光検出用マトリクスと呼ぶ。蛍光検出用マトリクスの作成は、位置検出用画像の採取後、図2に示されるようなコンピュータ上の自動画像処理工程により、全自動で行われる。細胞の蛍光を検出するために、ウェルのデジタル画像処理技術により細胞の数と同数の細胞の位置と1対1対応する蛍光検出用マトリクスを自動作成する。
【0057】
メモリ上に記録された蛍光値データは、テキストファイルまたはバイナリデータとしてパソコンのハードディスク上に記録される。記録されたデータは汎用フォーマットであり、市販のプログラムなどを用いて読み込むこともできる。メモリ上に保持された蛍光値のデータは特段の操作を必要とせずそのまま計算に用いることもでき、高速に解析作業を行うことができる。
【0058】
刺激後の細胞の蛍光変化
細胞の刺激は、撮影を一時停止させ行う。遮光扉を開けて撮影台の上に半固定されたプレップを取り外し、または取り外さずに撮影台を引き出して、実験者がアクセスしやすいような状態にし、細胞領域とカバーガラスとの間に吸水性の紙を近づけ、細胞培養液または緩衝液を吸収させる。または機械的にゆっくりと吸引を行い、取り除く。
【0059】
ごくわずかに残った細胞培養液または緩衝液が乾ききる前に、前記した細胞培養液や緩衝液と同じものに抗原や抗原に類する細胞刺激物質や化学物質などを含むものを静かに細胞の上にのせる。この際に泡などの混入がないように気をつける。
【0060】
刺激物質の入った細胞培養液を乗せた後で、すぐにプレップを撮影台の上にもどし、または引き出された撮影台を元の位置に戻し、遮光扉を閉じてから、撮影を開始する。
【0061】
撮影を開始すると、プログラムが即座に撮影を開始し、各撮影サイクルの前後の限られた時間に水銀灯の励起光下で励起された、細胞内の遊離カルシウムと結合したカルシウム指示薬より放たれた蛍光をイメージセンサで撮影する。
【0062】
蛍光の撮影は10秒おきに行い、次の撮影シーケンスが始まるまでには画像の取得および解析工程が終わっている。画像の処理が長引いても、撮影と高速シリアルバスによる画像データ転送、および画像解析処理は別のプロセスで処理され、データ転送後は次の撮影工程影響を及ぼさない。
【0063】
以降、撮影された細胞の蛍光を含む蛍光画像は、蛍光検出用マトリクスと電子情報として比較され、対象となる細胞領域にある画素の情報が積算され、または細胞領域(16個)の画素の最大値、または平均値または中央値として記録される。経時的に撮影された画像は次の撮影までに処理され、出力された数値は時系列に沿って電子情報としてメモリ上またはハードディスク上に記録される。
【0064】
細胞の蛍光解析作業
細胞の蛍光解析は主に以下の3つのフィルタ(図4参照)の少なくとも1つ好ましくは3つを用いる。図4-aは、ヒストグラムフィルタにより細胞の蛍光の分布を示し、均一な細胞集団を選択する。図4-bは、散布図フィルタであり、ある2時点の細胞の蛍光値の前後の分布を示し、蛍光値が変化した細胞が集団と離れた位置に検出できる。図4-cは、時系列フィルタであり、一つ一つの細胞に関して経時変化を示す。
【0065】
図4−aに示すヒストグラム・フィルタは、主に細胞の蛍光とバックグラウンドの蛍光を分離するために用いる。刺激前の細胞の蛍光も、細胞内のカルシウムに応じて多寡がみられる。非常に条件のよいプレップだと、何も入っていない空ウェルの集団と、細胞が入っていて蛍光が見られる集団とに分かれる。この集団より蛍光値の高い位置にぱらぱらと現れる細胞は一般にはじめから活性化されている細胞であり、初期の細胞状態としては不適切である。ヒストグラム・フィルタはこのうち、解析するべき細胞群を抽出し、その後の選別操作を円滑に進めるために非常に有用である。
【0066】
図4−bに示す散布図フィルタは、刺激前の一時点の蛍光値と、刺激後の任意の時点の蛍光値をXY軸上に表示したものである。Y軸に表示する時点を時系列に沿って変化させると、ヒストグラム上で選抜された細胞群の中で、抗原や刺激物質と反応して活性化した細胞の細胞内カルシウム濃度の変化が、反応していない細胞集団と比較して分離された細胞集団として認識することができる。この細胞群を、パソコンの画面上で任意の点を結んだ領域として設定し、囲まれた領域に含まれる細胞の情報のみを選別する。画面は拡大縮小でき、より正確な集団を選択できる。
【0067】
図4−cに示す時系列フィルタは、個々の細胞ごとに時系列の蛍光変化を横軸上に示し、このなかで、目的とする細胞内カルシウム動員パターンを示す細胞を選択することができるフィルタである。あらかじめ他のフィルタで選抜した細胞に対して解析を加えることにより、より効率的な運用をすることができる。
【0068】
これらのフィルタを相互に使い分けることにより、さまざまな用途に利用することができる。さらに、複数のフィルタを用いることで、前のフィルタで選抜された細胞に関して、より詳しい評価をすることができる。
【0069】
これら3種のフィルタに用いる蛍光データは、蛍光の絶対値データのみではなく、細胞の応答の度合いを示すRATIOや、蛍光変化を敏感に検出するための一次微分値などを用いる。これにより、細胞内カルシウムの質的変化を検討することが可能になり、特定の抗原により引き起こされたカルシウム動員と、通常の細胞活動の一環としてのカルシウム変動を区別することができる。
【0070】
これらの蛍光情報の絞込み操作により、選抜された蛍光情報には、その蛍光情報が得られた画像上の位置情報が付属する。したがってこの情報をもとに、プレップの細胞領域のなかで、クラスタの番地とクラスタ内のウェルの番地を参照することにより、マイクロマニピュレーターによる細胞の採取あるいは、全自動でアドレスを受け渡すことにより自動細胞採取装置での細胞採取が可能になる。
【0071】
実際の細胞蛍光の取得例を図3に示す。図3に示すように、一つ一つの細胞のカルシウム応答を、同時処理数20万個以上の並列性を持って解析できる。刺激はB細胞受容体自体を刺激する抗IgM抗体である。(表示しているのは視認性を良くするために無作為に選んだ250サンプル分のデータ: Excelにて画像作成)実際に抗原に反応するマウス脾細胞を、1%混ぜ込んだ細胞群(反応するB細胞として0.3-0.7%)のプレップに対して抗原刺激を行ったところ、抗原特異的だと思われる明瞭な細胞応答が観察された(下)。
【0072】
これら一連の作業は非常に高速に行うことができ、従来技術では行うことのできなかった20万もの個々の細胞の経時的なカルシウム動員プロファイルの作成を、ものの数分で行うことができ、非常に有用な方法である。
【0073】
この方法は抗体作成技術のみにとどまらず、プレップ上で細胞のカルシウム動員を測定し、その後、チップ上での細胞膜抗原の染色などにより、より詳しい細胞のプロファイルを検討することができる。この技術を利用して、臨床診断などの分野で活用することが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、多数の細胞、特に、リンパ球の状態を一度に把握する必要がある場合に非常に有用であり、抗原特異的抗体の作成やリンパ球等が関わる疾患の診断等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】蛍光検出装置の説明図。
【図2】図1に示すCCDスキャナの自動認識機能の動作の説明図。
【図3】実際の細胞蛍光の取得例。
【図4】細胞の蛍光解析に用いる3つのフィルタの説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の細胞を複数の位置に独立して保持した細胞チップ上の、前記複数の位置の少なくとも一部の位置からの蛍光をイメージセンサにより検出し、
検出した蛍光強度を、位置毎に記録し、
記録した蛍光強度または蛍光強度からの換算値を表示することを含む
細胞状態の計測方法であって、
少なくとも前記検出および記録を経時的に繰り返し行う、方法。
【請求項2】
前記複数の細胞がリンパ球であり、前記細胞状態が、抗原での刺激の前後のリンパ球の状態である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記リンパ球の状態を、リンパ球が有する受容体を介したシグナルにより生じる細胞内カルシウムの上昇を、蛍光強度の変化により計測する請求項2に記載の方法。
【請求項4】
リンパ球がBリンパ球であり、受容体がBリンパ球受容体である請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記複数の細胞が、少なくとも1万個の細胞である請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
イメージセンサが、CCD型イメージスキャナまたはCMOS型イメージスキャナである請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
イメージセンサによる蛍光の検出を、少なくとも60秒に1回行う請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
蛍光強度からの換算値がカルシウム濃度である請求項3〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
記録した蛍光強度または蛍光強度からの換算値を表示は、検出および記録と並列に、経時的に行われる請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
複数の細胞を複数の位置に独立して保持した細胞チップが、基板の一方の表面に細胞を保持するための位置にスポットまたは穴を有するものであり、前記スポットまたは穴の少なくとも一部に細胞が独立して保持されている請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記複数の位置にはアドレスが付されており、アドレスに対応づけて検出した蛍光強度の記録が行われる請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−97411(P2007−97411A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−287567(P2005−287567)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【出願人】(504385524)株式会社ナノシステムソリューションズ (21)
【出願人】(503117829)財団法人富山県新世紀産業機構 (12)
【Fターム(参考)】