説明

大型高密度圧粉成形体、およびその製造方法

【課題】型潤滑成形法により大型の圧粉成形体を製造する場合においても、内部の残存空気に起因する割れを防止しつつ、高密度化を達成しうる、大型高密度圧粉成形体の製造方法を提供する。
【解決手段】成形型内に軟磁性粉末を9cm以上の深さに充填して圧縮成形し、密度が7.55g/cm以上の大型高密度圧粉成形体を製造する方法であって、100MPa以上、400MPa以下の脱気圧力で加圧した状態で一定時間保持して充填層内の空気を脱気する脱気工程と、前記脱気圧力より高い成形圧力で圧縮成形する圧縮成形工程と、を備えたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、型潤滑法により大型高密度圧粉成形体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金により製造される部品は、主にカムや歯車など自動車に使用される機械焼結部品であるが、近年は、圧粉磁心など磁性材料として使用されることが検討され、モータのコアなどに実用化されている。磁性部品として使用する場合は、磁気特性の観点から圧粉成形体(以下、単に「成形体」ともいう。)に高密度であることが要求される。特にモータのステータやロータといったコアに使用する場合には、競合する電気鉄板や電磁鋼板と同等の特性を発揮させるために、成形体の密度として7.55g/cm以上、望ましくは7.60g/cm以上といった非常に高い密度が要求される。なお、機械焼結部品では成形体の密度は7.2g/cm程度で十分である。
【0003】
しかしながら、上記のような高密度化を実現するためには面圧10ton/cm以上の高圧で成形する必要があり、プレスの能力の制約から大型のモータ用のコア材への適用は困難とされ、実用化された例でも小型のモータ用のものに限られていた(後記実施例中の表2に関する説明参照)。
【0004】
ところで、電磁鋼板などの板材を積層した積層磁心は、板面内方向の磁気特性には優れるものの、板厚方向の磁気特性に劣るため、磁気回路の設計は2次元的なものに制約されるという欠点があった。これに対し、粉末を固めた圧粉体である圧粉磁心は、等方的な磁気特性を有するため、3次元的な磁気回路の設計が可能であり、モータの設計の自由度を上げ得る材料として注目されている。
【0005】
大型のモータ用のコア材に適用するためには、大型でかつ高密度の成形体を得る必要があるが、上記のような事情から、大型でかつ高密度の成形体の製造技術が確立されていないのが現状である。
【0006】
そこで発明者らは、まず、圧粉磁心の大型モータへの適用の可能性を検討するため、大型高密度成形体の試作を試みた。しかしながら、粉末の充填量が多いため、粉末充填層中に含まれる空気の量も多く、圧縮成形の際にはこの空気ごと圧縮されるので、成形体内部には圧縮された空気が取り残される。このような成形体内部における圧縮空気の残存は、成形体の密度の向上を阻害するばかりでなく、圧縮荷重除去時に成形体内部からの空気の膨張により成形体に割れが生じることがわかった。
【0007】
なお、従来の成形技術では、小型の成形体においては、このような残存空気に起因する割れの問題は報告されていないものの、特許文献1に記載されているように、薄型形状の圧粉成形体では空気の閉じ込みにより所定の密度が得られないことが知られており、その解決策として浮動状態のパンチを用いることが提案されている。
【特許文献1】特開2004−216433号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明は、型潤滑成形法により大型の圧粉成形体を製造する場合においても、内部の残存空気に起因する割れを防止しつつ、高密度化を達成しうる、大型高密度圧粉成形体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
金型に充填された粉末中には容積率で約70%もの空気が含まれる(上記特許文献1の段落[0005]参照)ことから、この粉末を、従来のように最初から高圧で加圧成形すると、金型内壁近くの粉末から塑性変形が起こり、成形体表面が緻密化するため、成形体内部に空気が取り残され、上記のような問題が生じるものと想定される。そこで、本発明者らは、上記課題を解決するには、本格的な加圧成形に先立って、まず、空気を粉末中から押し出すことが必要と考え、種々検討を行った。検討の結果、極低圧力で加圧した状態で一定時間保持することにより、成形体表面の緻密化を防止しつつ粉末中の空気を押し出すことができ、その後、より高い成形圧力で圧縮成形しても、割れが発生することなく、健全で高密度の成形体が得られることを見出した。
【0010】
上記知見に基づき完成した発明は以下のとおりである。
【0011】
請求項1に記載の発明は、成形型内に軟磁性粉末を9cm以上の深さに充填して圧縮成形し、密度が7.55g/cm以上の大型高密度圧粉成形体を製造する方法であって、100MPa以上、400MPa以下の脱気圧力で加圧した状態で一定時間保持して充填層内の空気を脱気する脱気工程と、前記脱気圧力より高い成形圧力で圧縮成形する圧縮成形工程と、を備えたことを特徴とする大型高密度圧粉成形体の製造方法である。
【0012】
請求項2に記載の発明は、前記脱気圧力での保持時間T(min)が、下記式の関係を満たす請求項1に記載の大型高密度圧粉成形体の製造方法である。
式 T≧L×D/60
ここに、L:前記充填層の深さ(cm)、D:前記充填層の水平断面に内接する円の直径(cm)である。
【0013】
請求項3に記載の発明は、前記圧縮成形工程において、成形最高圧力まで毎分500MPa以上の加圧速度で昇圧する請求項1または2に記載の大型高密度圧粉成形体の製造方法である。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により製造された大型高密度圧粉成形体である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、極低圧力の脱気圧力にて一定時間保持して充填層内の空気を脱気してから、圧力を高めて圧縮成形を行うことで、圧粉成形体の内部に圧縮空気が残留することが抑制されるので、大型の圧粉成形体であっても、圧縮荷重除去時の圧縮空気の膨張による割れが防止されるとともに、高密度化が達成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る大型高密度圧粉成形体の製造方法は、成形型内に難磁性粉末を9cm以上の深さに充填して圧縮成形し、密度が7.55g/cm以上の大型高密度圧粉成形体を製造する方法であって、100MPa以上、400MPa以下の脱気圧力で加圧した状態で一定時間保持して充填層内の空気を脱気する脱気工程と、前記脱気圧力より高い成形圧力で圧縮成形する圧縮成形工程と、を備えたことを特徴とする。
【0017】
以下、上記本発明を構成する各要件について、図1および2を参照しつつ、さらに詳細に説明する。
【0018】
成形型としては、ダイス鋼など一般的な金型材料にて製作された金型を用い、この内壁面にステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウムなどの冷間成形用潤滑剤、あるいはMCAなどの温間整形用潤滑剤を塗付したものを用いることができる。
【0019】
充填層の深さを9cm以上としたのは、本発明の製造方法は、このような深い粉末充填層を用いて大型の圧粉成形体を製造するのに適しており、粉末充填層の深さが10cm以上の場合に適用するのがより望ましい。このような粉末充填層を圧縮成形して得られる圧粉成形体の高さとしては、3cm以上のものが対象となる。
【0020】
軟磁性粉末としては、純鉄粉、鉄基合金粉、またはこれらの混合粉を用いることができる。さらには、上記粉末と絶縁材料粉末とを混合したものや、上記粉末の表面に絶縁材料を被覆したものも好適に用いることもできる。
【0021】
なお、上記絶縁材料としては、フェノール、エポキシ、ポリイミド、シリコーンなどの熱硬化性樹脂の他、ポリアミドなどの熱可塑性樹脂などの有機材料、りん酸皮膜などの無機系皮膜、シリカ、アルミナなどの酸化物、BNなどの窒化物などの無機材料を用いることができる。また、上記材料の2種以上を混合したもの、あるいは複合したものを用いることもできる。
【0022】
さらには、上記粉末に必要によりステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウムなど従来から圧粉成形体の成形の際に用いられている一般的な潤滑剤を少量添加したものを用いることもできる。
【0023】
また、大型高密度圧粉成形体の密度を7.55g/cm以上としたのは、大型のモータのコア等に要求される磁気特性を備えたものとするためである。大型高密度圧粉成形体の密度は、7.60g/cm以上とするのが望ましく、7.65g/cm以上とするのがさらに望ましい。
【0024】
〔脱気工程〕
上記成形型内に所定の深さに充填した難磁性粉末に対し、所定の脱気圧力にて加圧した状態で一定時間保持して充填層内の空気の脱気を行う(図1参照)。
【0025】
上記脱気圧力として、100MPa以上、400MPa以下としたのは、100MPa未満では加圧力が低すぎて充填層中から空気が十分に抜け切らず、その後の圧縮成形により残存空気が内部に閉じ込められて成形体に割れが発生してしまい、一方、400MPaを超えると成形体表面が緻密化してやはり空気が内部に閉じ込められ、その後の圧縮成形により残存空気が内部に閉じ込められて成形体に割れが発生してしまうためである。
【0026】
上記脱気圧力での保持時間T(min)は、短すぎると空気が十分に抜け切らないので、充填層の大きさに応じて、下記式(1)の関係を満たすように設定することが推奨される(後記実施例参照)。
【0027】
T=(L×D)/K … 式(1)
ここに、L:充填層の深さ(cm)、D:充填層の水平断面に内接する円の直径(cm)、K:60以下の定数である。
【0028】
ここで、保持時間Tが(L×D)に比例するとしたのは、充填層内部に存在する空気は、脱気圧力での加圧状態を保持することによって、充填層内部から充填層中を移動して金型内壁面に到達した後、金型内壁面に沿って外部に抜けていくと想定されることから、空気が抜け切るための保持時間Tは、充填層の水平方向の差し渡しに相当するDと充填層の深さLとにそれぞれ比例すると考えられるからである。
【0029】
また、水平方向の差し渡しの指標として、充填層の水平断面に内接する円(以下「充填層水平断面内接円」という。)の直径を用いたのは、充填層の水平断面中心に存在する空気は、充填層中を最短経路にて移動し金型内壁面に到達すると想定されることから、充填層の水平断面中心から金型内壁面のうち最も近い距離、すなわち、充填層水平断面内接円の直径で評価するのが妥当と判断したことによる。例えば、図2に示すように、充填層の水平断面が十字形の場合には、充填層水平断面内接円は、十字形の4つの凹部の各頂点を通る円となる。
【0030】
本発明に係る製造方法は、内接円直径Dの値が10cm以上、さらには12cm以上、特に15cm以上の場合に適用するのが望ましい。
【0031】
また、定数Kの値は、60以下とすることで、脱気圧力での保持時間Tが十分に確保され、脱気が確実に行われる点では好ましいが、Kの値を小さくしすぎると前記保持時間Tが長くなりすぎて生産性を低下させるので、20以上、さらには30以上とするのが望ましい。
【0032】
〔圧縮成形工程〕
上記脱気工程終了後、上記脱気圧力から、所望の成形体密度が得られるような成形最高圧力まで昇圧して粉末充填層の圧縮成形を行うことで、割れのない高密度の圧粉成形体が得られる(図1参照)。
【0033】
ここで、圧縮成形工程での昇圧速度が低すぎると、成形中の塑性変形により粉末が加工硬化して成形体の高密度化が阻害されるため、上記圧縮成形工程において、成形最高圧力まで毎分500MPa以上の昇圧速度(図1中のΔP/Δtに相当)で成形圧力を上昇させるのが推奨される。
【実施例】
【0034】
本発明に係る製造方法の作用効果を確証するため、以下の成形試験を実施した。
軟磁性粉末として純鉄粉(株式会社神戸製鋼所製、商品名「アトメル300NH」、平均粒径:約80μm)を用いた。
【0035】
この粉末を、潤滑剤としてステアリン酸カルシウムを塗付量1mg/cmにて塗付したシリンダ(円柱)状の金型(内径15mm)内に所定の深さになるように充填し、300t油圧プレス(株式会社神戸製鋼所製)を用いて成形温度130℃(一定)で、種々の成形条件にて加圧成形を行った。
【0036】
得られた成形体の密度は、成形体の質量と外形寸法より算出した体積から計算で求めた。また、成形体の割れの有無は目視により判定した。
【0037】
表1に、成形条件および成形試験の結果を示す。
【0038】
ちなみに、参考例として、表2に、脱気操作(脱気工程)を行わずに直ちに高圧で圧縮成形を行う、従来の一般的な成形方法で製作した成形体の性状を示した。試験No.R1では、脱気操作を行わなくても、割れが発生することなく、7.65g/cmといった高密度の成形体が得られているものの、外径4.5cm、内径3.3cmという比較的薄肉の部材にすぎない。また、試験No.R2では、充填層の深さおよび水平断面直径とも大きな部材であり、割れの発生もないものの、成形体密度は7.35g/cmに留まっている。
【表1】

【表2】

【0039】
上記表1の試験No.1〜6に示すように、脱気圧力が低すぎる場合(試験No.1)および高すぎる場合(試験No.6)は、成形体に割れが発生し、密度の測定もできなかったのに対し、脱気圧力が本発明の要件である100MPa以上、400MPa以下を満足する場合(試験No.2〜5)は、成形体に割れが発生することがなく、密度も7.65g/cmが得られた。
【0040】
また、同表の試験No.7〜12に示すように、脱気圧力での保持時間Tが短すぎ、K値[=(L×D)/T]が60を超えて大きすぎる場合(試験No.7,8)は、成形体に割れが発生し、密度の測定もできなかったのに対し、保持時間Tが十分長く、K値が本発明の要件である60以下を満足する場合(試験No.9〜12)は、成形体に割れが発生することがなく、密度も7.65g/cmが得られた。
【0041】
また、同表の試験No.13〜18に示すように、圧縮成形時の昇圧速度が高くなるほど成形体密度は上昇しており、昇圧速度が毎分500MPa以上になると(試験No.16〜18)、成形体密度は7.65g/cm以上が得られることがわかった。
【0042】
なお、同表の試験No.19〜24に示すように、充填深さが9cmより浅い場合(試験No.19〜21)は、脱気圧力が100MPa未満であっても、成形体に割れが発生せず、密度も7.65g/cmが得られている。しかしながら、得られる成形体は比較的薄手のものであるので、本発明に係る製造方法が対象とする大型高密度圧粉成形体には含まれない。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明に係る製造方法を説明するための成形パターンを模式的に示すグラフ図である。
【図2】充填層水平断面内接円を説明するための、(a)水平断面図、(b)縦断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成形型内に軟磁性粉末を9cm以上の深さに充填して圧縮成形し、密度が7.55g/cm以上の大型高密度圧粉成形体を製造する方法であって、100MPa以上、400MPa以下の脱気圧力で加圧した状態で一定時間保持して充填層内の空気を脱気する脱気工程と、前記脱気圧力より高い成形圧力で圧縮成形する圧縮成形工程と、を備えたことを特徴とする大型高密度圧粉成形体の製造方法。
【請求項2】
前記脱気圧力での保持時間T(min)が、下記式の関係を満たす請求項1に記載の大型高密度圧粉成形体の製造方法。
式 T=(L×D)/K
ここに、L:前記充填層の深さ(cm)、D:前記充填層の水平断面に内接する円の直径(cm)、K:60以下の定数である。
【請求項3】
前記圧縮成形工程において、成形最高圧力まで毎分500MPa以上の昇圧速度で成形圧力を上昇させる請求項1または2に記載の大型高密度圧粉成形体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により製造された大型高密度圧粉成形体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−1867(P2009−1867A)
【公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−164014(P2007−164014)
【出願日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】