説明

大気圧イオン化質量分析装置

【課題】イオン導入管の入口端に対するイオン化プローブからの噴霧流の中心軸の角度(噴霧角)の調整を可能とするとともに、そのためにハウジングに形成した開口を有効に活用する。
【解決手段】イオン化室2を内部に形成するハウジング23は、噴霧角が45°、90°になるような位置にプローブ装着開口24、25を有する。両プローブ装着開口24、25にはイオン化プローブ20の装着が可能であるとともに、イオン化室2内を透視するための透明窓を有する窓部材30の装着も可能である。そこで、いずれか一方のプローブ装着開口24、25にイオン化プローブ20を装着したとき、使用しない他方のプローブ装着開口に窓部材を取り付ける。それにより、その窓部材30の透明窓を通してイオン導入管30の入口端30a付近の汚れ状況などを確認することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析装置等に利用される、大気圧イオン化インタフェイスを備えた質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)では、液体クロマトグラフ(LC)のカラムから溶出した液体試料が、エレクトロスプレイイオン化法(ESI)や大気圧化学イオン化法(APCI)などを用いた大気圧イオン化インタフェイスに導入されてイオン化され、発生したイオンが質量分析に供される。
【0003】
APCIでは、LCのカラムの末端に接続されたノズルを略大気圧雰囲気にあるイオン化室内に向けて開口して配設し、そのノズル先端の前方に針電極を配置しておく。そして、ノズルにおいて加熱により霧化した液体試料の液滴に、針電極からのコロナ放電により生成したキャリアガスイオン(バッファイオン)を化学反応させることで、試料中の成分分子をイオン化する。他方、ESIでは、液体試料が導入されるノズルの先端部に数kV程度の高電圧を印加する。液体試料はこの高電圧により生成される電場の作用によって電荷分離し、主としてクーロン引力により引きちぎられるように霧化する。試料液滴は周囲の空気に衝突して微細化され、同時に液滴中の溶媒は蒸発する。その過程で液滴中の試料成分分子が電荷をもって液滴から飛び出し、気体イオンが発生する。
【0004】
上記のようにイオン化室内で生成されたイオンは、イオン化プローブからの噴霧流の進行方向前方に設けられたイオン導入管などのイオン導入部に吸い込まれ、このイオン導入部を通って後段の質量分析部に送られる。
【0005】
こうした大気圧イオン化インタフェイスから後段へと送られるイオンの量、つまり質量分析装置における検出感度は、イオン化プローブからの試料液の噴霧流の中心軸とイオン導入管の入口端の中心軸とのなす角度(以下、「噴霧角」という)θに大きく依存する。この噴霧角θが0°に近いほど、つまり噴霧流とイオン導入管とが正対する位置に近いほどイオンはイオン導入管に導入され易く、質量分析部に輸送され易くなる。しかしながら、その反面、イオン化プローブから噴射された試料液滴の中でその中心軸付近に存在する大きなサイズの液滴がそのままイオン導入管内に飛び込み易くなり、試料液に含まれる夾雑物などがイオン導入管の入口端付近に付着して汚れ易い。そのため、高い頻度で清掃を行う必要が生じる。そこで、従来、噴霧角θは例えば45°程度に設定されたり、90°程度に設定されたりしている(特許文献1参照)。
【0006】
上述のように検出感度とイオン導入管の汚れにくさとはトレードオフの関係にある。そこで、例えば試料液に含まれる成分が既知であって夾雑物が少ないことが分かっている場合には、検出感度を重視して噴霧角θを相対的に小さくすることが望ましい。一方、試料液に含まれる成分が未知であって多量の夾雑物が含まれているおそれがある場合にはイオン導入管の汚れにくさを重視して噴霧角θを相対的に大きくすることが望ましい。しかしながら、従来の大気圧イオン化質量分析装置では、噴霧角θを簡単に変更することは考慮されていない。
【0007】
【特許文献1】特開2008−53020号公報(段落0023、図2)
【特許文献2】特開2001−183343号公報
【特許文献3】特開2001−343363号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
例えば特許文献2に記載のように、複数のイオン化プローブを装着可能とした大気圧イオン化質量分析装置は従来知られており、上記課題を解決するためにこれを利用して、噴霧角の相違する複数のイオン化プローブをハウジングに装着することが考えられる。但し、多くの場合、複数のイオン化プローブを同時に利用することはないため、無駄が多く、コストが高いものとなる。もちろん、複数のプローブ装着開口のうちの1つにのみイオン化プローブを装着し、他のプローブ装着開口は使用しない、ということも可能であるが、噴霧角を変更しないユーザにとっては複数のプローブ装着開口が活かされないことになる。
【0009】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その主な目的は、イオン化プローブからの試料液の噴霧角を簡便に調整することができ、しかもそうした調整を要しないユーザもメリットを享受することができるような大気圧イオン化質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
特許文献3などに記載の従来の大気圧イオン化質量分析装置では、イオン導入管の入口端やイオン化室内の汚れ具合を容易に確認できるように、或いは、イオン化プローブからの試料液の噴霧が正常に行われているか否かなどを確認できるように、イオン化室を形成するハウジングの壁面に透明な覗き窓が設けられている。こうした覗き窓を設けるには、アルミニウム合金等の金属製であるハウジングに開口を形成し、その開口に耐熱性、耐腐食性を有する石英ガラス等から成る窓板を取り付ける必要があるため、その分、構造が複雑になる。本願発明者は、上述のようにハウジングに複数のプローブ装着開口を形成し、そのうちの1つにイオン化プローブを装着した場合、イオン化プローブが装着されないプローブ装着開口を覗き窓のために利用できることに着目し、本願発明に想到した。
【0011】
即ち、上記課題を解決するために成された本発明は、試料液を略大気圧雰囲気にあるイオン化室内に噴霧するイオン化プローブと、該イオン化プローブからの噴霧により生成されたイオンをイオン化室から質量分析部へと輸送するイオン導入管と、を具備する大気圧イオン化質量分析装置において、
前記イオン化室を内部に形成するハウジングの壁面に、前記イオン導入管の入口端に対する前記イオン化プローブからの噴霧流の中心軸のなす角度(つまり噴霧角)が異なるように複数のプローブ装着開口を設けるとともに、その複数のプローブ装着開口のうちのイオン化プローブが装着されないプローブ装着開口に、イオン化室内部を透視可能な窓部材を取り付け可能としたことを特徴としている。
【0012】
本発明に係る大気圧イオン化質量分析装置では、装置の構造により、噴霧角を任意に定めることができる。実用的には、噴霧角が少なくとも45°及び90°となるように複数のプローブ装着開口が前記ハウジングに設けられている構成とすれば十分である。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る大気圧イオン化質量分析装置によれば、例えば噴霧角を90°にするように形成されたプローブ装着開口にイオン化プローブを取り付けると、イオン導入管に取り込まれるイオンの量は相対的に減るため、検出感度の点では不利であるが、イオン導入管の入口端の汚れの度合いを抑えることができる。一方、例えば噴霧角を45°にするように形成されたプローブ装着開口にイオン化プローブを取り付けると、イオン導入管の入口端は汚れやすくなるものの、イオン導入管に取り込まれるイオンの量は相対的に増加するため、検出感度を向上させることができる。
【0014】
もちろん、さらに噴霧角を小さくするようなプローブ装着開口をハウジングに形成しておき、そこにイオン化プローブを装着すれば、さらに一層検出感度を向上させることができる。このように、分析対象の試料の種類や分析目的などに応じて、検出感度とイオン導入管の汚れにくさとのバランスをとった分析を実行することができる。
【0015】
また、イオン化プローブを装着しない側のプローブ装着開口に取り付けた窓部材の透明な覗き窓を通して、分析者はイオン化室内、特にイオン導入管の入口端付近やイオン化プローブのノズル先端付近を明瞭に目視で観察することができる。従来、こうした覗き窓をハウジングに別途設けるようにしていたが、上記のように複数のプローブ装着開口の1つを覗き窓として活用することで専用の覗き窓を設ける必要がなくなり、ハウジングの構造が簡素化される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の一実施例による大気圧イオン化質量分析装置を、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例の大気圧イオン化質量分析装置の全体構成図である。
【0017】
本実施例の大気圧イオン化質量分析装置は、アルミニウム合金製のチャンバ1の内部に、イオン化室2、第1中間真空室3、第2中間真空室4、及び分析室5、を備える。イオン化室2には、図示しないLCのカラム出口端に接続されたイオン化プローブ20が配設される。分析室5には四重極質量フィルタ10及びイオン検出器11が配設される。第1及び第2中間真空室3、4にはそれぞれ第1イオンレンズ7及び第2イオンレンズ9が配設される。イオン化室2と第1中間真空室3との間は細径のイオン導入管6を介して連通し、第1中間真空室3と第2中間真空室4との間は極小径の通過孔を有するスキマー8を介して連通している。
【0018】
イオン化室2内はイオン化プローブ20から連続的に供給される液体試料の気化分子によりほぼ大気圧雰囲気に維持される。第1中間真空室3内はロータリーポンプ(RP)12により約10Pa程度の低真空雰囲気に、第2中間真空室4内はターボ分子ポンプ(TMP)13により約10−1〜10−2Pa程度の中真空雰囲気に維持される。分析室5内は、高性能のターボ分子ポンプ14により約10−3〜10−4Paの高真空状態まで真空排気される。このように各室毎に段階的に真空度を高めた多段差動排気系の構成を採ることで、分析室5内を高真空雰囲気に維持している。
【0019】
ESI用のイオン化プローブ20を使用した場合の、質量分析動作を簡単に説明する。液体試料はイオン化プローブ20の先端で電荷を付与されてイオン化室2内に噴霧され、液滴中の溶媒が蒸発する過程で試料分子はイオン化される。イオン化室2内壁面等に付着したり滴下した試料液は排液口21から室外へと排出される。イオン化室2内で発生したイオンは未だイオン化していない微小液滴とともに、イオン化室2と第1中間真空室3との圧力差によりイオン導入管6中に引き込まれる。第1イオンレンズ7には直流電圧が印加され、それにより形成される電場はイオン導入管6を介してのイオンの引き込みを助けるとともに、イオンをスキマー8の通過孔近傍に収束させる。
【0020】
スキマー8の通過孔を通って第2中間真空室4に導入されたイオンは、第2イオンレンズ9により収束され分析室5へと送られる。分析室5では、特定の質量(厳密にはm/z)を有するイオンのみが四重極質量フィルタ10中央の長軸方向の空間を通り抜け、イオン検出器11に到達して検出される。四重極質量フィルタ10を通過するイオンの質量は該フィルタ10に印加される直流電圧及び高周波電圧に依存するから、この印加電圧を走査することにより、四重極質量フィルタ10を通り抜けるイオンの質量を所定範囲に亘って走査することができる。
【0021】
図2は本実施例の特徴であるイオン化室2付近の構造を示す概略断面図である。なお、以下の説明では、イオン化室2を内部に形成する部材をハウジング23と呼ぶが、これはチャンバ1と同一であってもよいし、ハウジング23がチャンバ1とは別部材であってもよい。
【0022】
ハウジング23は2つのプローブ装着開口24、25を有する。一方のプローブ装着開口24にイオン化プローブ20を装着したとき(図2(a)参照)、そのイオン化プローブ20のノズル20a先端から噴き出す噴霧流の中心軸Sとイオン導入管6の入口端6aの中心軸Cとのなす角、つまり噴霧角は45°となる。他方のプローブ装着開口25にイオン化プローブ20を装着したとき(図2(b)参照)、そのイオン化プローブ20のノズル20a先端から噴き出す噴霧流の中心軸Sとイオン導入管6の入口端6aの中心軸Cとのなす角、つまり噴霧角は90°となる。なお、プローブ装着開口24、25にイオン化プローブ20を装着したとき、ハウジング23に設けられたプローブ支持体26、27がイオン化プローブ20を支持するため、イオン化プローブ20は安定的にハウジング23に固定される。
【0023】
また、プローブ装着開口24、25へのイオン化プローブ20の取り付けは例えば図示しないボルト等により行われ、ボルトが締め付けられると、プローブ装着開口24、25とイオン化プローブ20との当接面に配置されたOリング等のシール部材28、29が圧潰されて液密性、気密性が確保される。
【0024】
一方、プローブ装着開口24、25へは、イオン化プローブ20に代えて、石英ガラス製の透明な窓体がアルミニウム合金やステンレス製の枠体に取り付けられた窓部材30が装着可能となっている。その装着も、例えば図示しないボルト等により行われ、ボルトが締め付けられると、プローブ装着開口24、25と窓部材30との当接面に配置されたシール部材28、29が圧潰されて液密性、気密性が確保される。
【0025】
一般的に、分析対象の試料液に夾雑物があまり含まれていないことが分かっている場合には、図2(a)に示すように、噴霧角を45°とするべくイオン化プローブ20をプローブ装着開口24に装着するとよい。これにより、より多くのイオンをイオン導入管6を通して後段へと輸送することができ、質量分析に供するイオン量を増やして検出感度を上げることができる。この際には、使用しないプローブ装着開口25に窓部材30を装着すればよい。一方、分析対象の試料液に多量の夾雑物が含まれていな可能性がある場合には、図2(b)に示すように、噴霧角を90°とするべくイオン化プローブ20をプローブ装着開口25に装着するとよい。これにより、イオン導入管6の入口端6a付近の汚れを抑えることができる。この際には、使用しないプローブ装着開口24に窓部材30を装着すればよい。
【0026】
もともとプローブ装着開口24、25は、イオン化プローブ20が装着されたときにノズル20aの前方、換言すれば噴霧流の進行方向前方にイオン導入管6の入口端6aが位置するようにハウジング23に形成されている。したがって、プローブ装着開口24、25のいずれに窓部材30が取り付けられた場合でも、その窓部材30の透明な窓を通して外から内部を覗き込んだときに、イオン化室2内で最も重要な部分、つまりノズル20aとイオン導入管6の入口端6aとが見えるようになっている。これにより、イオン導入管6の入口端6a付近の汚れ度合いやノズル20aからの試料液の噴霧状況などを明瞭に視認することができる。
【0027】
上記実施例では、噴霧角が45°と90°の2種類から選択できるようにプローブ装着開口を設けていたが、噴霧角はこれらに限定されるものではなく、さらに選択可能な噴霧角を増やすようにプローブ装着開口の数を増やしてもよい。例えば、噴霧角をさらに小さな、例えば15°とすることにより、汚れ度合いは増加するものの検出感度を一層向上させることができる。また、イオン化プローブや窓部材の装着方法は上記記載のものに限定されるものではなく、適宜に変更することができる。また、イオン化プローブが、ESIのほか、APCIやAPPIなど、他の大気圧イオン化法を実現するものであってもよいことは当然である。
【0028】
さらにまた、それ以外の点についても、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本実施例の大気圧イオン化質量分析装置の全体構成図。
【図2】本実施例の特徴であるイオン化室付近の構造を示す概略断面図。
【符号の説明】
【0030】
1…チャンバ
2…イオン化室
3、4…中間真空室
5…分析室
6…イオン導入管
6a…入口端
7、9…イオンレンズ
8…スキマー
10…四重極質量フィルタ
11…イオン検出器
12…ロータリーポンプ
13、14…ターボ分子ポンプ
20…イオン化プローブ
20a…ノズル
21…排液口
23…ハウジング
24、25…プローブ装着開口
26、27…プローブ支持体
28、29…シール部材
30…窓部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液を略大気圧雰囲気にあるイオン化室内に噴霧するイオン化プローブと、該イオン化プローブからの噴霧により生成されたイオンをイオン化室から質量分析部へと輸送するイオン導入管と、を具備する大気圧イオン化質量分析装置において、
前記イオン化室を内部に形成するハウジングの壁面に、前記イオン導入管の入口端に対する前記イオン化プローブからの噴霧流の中心軸のなす角度が異なるように複数のプローブ装着開口を設けるとともに、その複数のプローブ装着開口のうちのイオン化プローブが装着されないプローブ装着開口に、イオン化室内部を透視可能な窓部材を取り付け可能としたことを特徴とする大気圧イオン化質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の大気圧イオン化質量分析装置であって、前記イオン導入管の入口端に対する前記イオン化プローブからの噴霧流の中心軸のなす角度が、少なくとも45°及び90°となるように複数のプローブ装着開口が前記ハウジングに設けられていることを特徴とする大気圧イオン化質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−2285(P2010−2285A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−161097(P2008−161097)
【出願日】平成20年6月20日(2008.6.20)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】