説明

天然に葉酸塩を過剰生産する細菌

本発明は、高レベルで葉酸塩を含み、メトトレキセートに対して耐性の変異型細菌に関する。また、これらの細菌を含む食品および食品サプリメント組成物ならびに変異型細菌を単離する方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、葉酸塩の生産レベルが増大した変異型細菌を選択する方法に関する。これらの方法において、葉酸代謝拮抗薬メトトレキセート(MTX)が、選択薬剤として使用される。変異型細菌または前記細菌の誘導体もしくは抽出物を含む食品および食品添加組成物も提供される。
【背景技術】
【0002】
葉酸塩類似体、および特にジヒドロ葉酸還元酵素の阻害剤は、それらが癌化学療法においておよびマラリア寄生虫に対する薬剤として潜在的な役割を有しているため、長年、研究のトピックとなっていた。文献に記載された最初の葉酸塩類似体の1つは、Lederle研究室によるメトトレキセートである。この化合物は、1948年には既に、急性白血病の治療に使用されていた(Hitchings, G. H., Jr., 1989, In Vitro Cell Dev Biol 25:303−10)。
【0003】
メトトレキセート(MTX)の活性は、標的酵素であるジヒドロ葉酸還元酵素の競合阻害に基づく。この酵素は、ジヒドロ葉酸(DHF)を基質に用いて、テトラヒドロ葉酸(THF)を生産および再生するために必要である。メトトレキセートの特異性は、様々な種におけるジヒドロ葉酸還元酵素の小さな構造的違いによって説明することができる(Chang et al., 1978, Nature 275:617−24)。メトトレキセートは、メチオニン、DNAおよびRNAの生合成のために細胞が十分なテトラヒドロ葉酸を生産することを妨げる。しかしながら、プリン、チミジン、グリシン、メチオニンおよびパントテン酸(何れも、それら自身の生合成のためにテトラヒドロ葉酸を必要とする代謝産物である)が存在すると、テトラヒドロ葉酸を合成しようとする細胞の要求性は低下し得る(Harvey, R. J., 1973, J Bacteriol 114:309−22)。にもかかわらず、何れにせよMTXによって、細胞の増殖は常に妨害される。というのは、葉酸塩依存性代謝産物(folate dependent metabolites)の存在に関わらず、THFは、タンパク質合成の開始に不可欠な化合物であるメチオニル−tRNAfmetの形成に必須であるからである(Baumstark et al., 1977, J Bacteriol 129:457−71)。
【0004】
ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)およびラクトバチルス・カセイ(Lactobacillus casei)といった乳酸菌は、メトトレキセートおよびその他の葉酸塩類似体トリメトプリムに対する応答において、高度の多様性(variability)を示す。L.ラクティスは、両葉酸代謝拮抗薬に対して非感受性であることが知られている(Leszczynska et al., 1995, Appl Environ Microbiol 61:561−6)。多くの生物において、長期間葉酸代謝拮抗薬に曝露されると、耐性細胞種が選択されることが示されてきた。メトトレキセート(MTX)に対する、真核生物細胞株ならびに細菌の両方の耐性機構を説明するために、幾つかの根本的な機構が述べられてきた。Tamuraらは、エンテロコッカス・ヒラエ(Enterococcus hirae)において、MTX耐性をもたらす機構を研究した(1997, Microbiology 143: 2639−46)。彼らは、(i)葉酸還元酵素(FAR)活性の増大、(ii)ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)活性の増大、(iii)2つのグルタミル残基を含むMTXの合成および細胞内維持の増大、(iv)葉酸塩の取り込みの減少を伴う、MTXの取り込みの減少;および(v)葉酸塩結合能の低下を含む、幾つかの表現型の影響を発見した。培地中に存在する葉酸塩の形成は、耐性の発生の間、DHFRおよびFARの活性および葉酸塩の移行に影響を及ぼした。
【0005】
しかしながら、MTXへの曝露は、MTXに対する耐性が増大した細胞を選択するために使用することが可能である一方、MTX耐性と細胞の葉酸塩レベルとの間のつながりは、先行する文献において開示されていなかった。上述のようなMTX耐性機構と対照的に、本発明者らは、驚くべきことに、細菌細胞が、MTX耐性を作り出す別の方法を有することを発見した。この機構は、高濃度の葉酸塩の生産である。この発見は、選択薬剤としてメトトレキセートを用いることによる、高濃度の葉酸塩を生産する(自然発生的)変異型細菌のスクリーニングおよび選択に利用することが可能である。そのような細菌、特に食品等級の細菌(food grade bacteria)は、食料品における葉酸塩の強化に使用することが可能である。葉酸塩は、可溶性Bビタミンであり、適切な細胞増殖および機能に必要である。パン、シリアル、酪農製品等といった多くの食料品は、葉酸塩の適切な摂取を保証するために、葉酸が添加される。本発明による変異型細菌は、例えば変異型細菌を用いた発酵によって、食料品における天然の葉酸塩の強化を可能とする。
【定義】
【0006】
本願にて使用される「乳酸菌」は、発酵の最終生成物として乳酸を生産する細菌であって、ラクトバチルス属、ラクトコッカス属、ストレプトコッカス属、およびビフィドバクテリウム属といった細菌である。
【0007】
細菌の「菌株(strain)」または「単離株(isolate)」は、本願において互換的に使用され、成長または増殖しても遺伝的には変化しないまま維持される細菌を意味する。多数の同一の細菌も含まれる。
【0008】
「変異型細菌」または「変異型細菌株または単離株」は、天然の(自発的、自然発生の)変異型細菌または誘導型変異型細菌であって、野生型DNAには存在しない、ゲノム(DNA)における1以上の変異を含むものを意味する。「誘導型細菌」は、化学的変異剤、UVまたはガンマ照射等の処理といった、人間による処理によって変異が誘導された細菌である。対照的に、「天然の」または「自発的変異体」は、人によって変異誘発されていない。本願において、変異型細菌は非GMOであり、すなわち、組換えDNA技術によって修飾されていない。
【0009】
「野生型菌株」または「野生型単離株」とは、天然に見られるような、細菌の非変異体を意味する。
【0010】
「葉酸塩依存性代謝産物」とは、葉酸塩の生合成または異化反応における代謝産物または前駆体であって、周囲の培地中に存在した場合に細胞のMTX感受性をマスクする(mask)ことができるものを意味する。
【0011】
「MTXの阻害的量」とは、細胞の増殖を実質的に阻害するために必要な量を意味する。一般に、真核生物細胞においては、少なくとも約1.25mg/L増殖培地の量が、MTX感受性細胞に対して阻害的である。
【0012】
「全葉酸塩」とは、菌株によって生産された、細胞外の(分泌された)および細胞内の葉酸塩レベルを意味する。
【0013】
「食品等級」微生物は、特に、ヒトまたは動物対象に摂取されたとき、有害ではないとみなされる生物である。
【0014】
「含む」という用語は、明言された部分、段階または構成成分の存在を特定するものと解釈されるが、1以上の付加的な部分、段階または構成成分の存在を排除しない。細菌株Xを含む組成物は、従って、付加的な菌株、その他の構成成分等を含んでよい。
【0015】
加えて、不定冠詞「a」または「an」による要素の言及は、内容が明らかに1つおよびただ1つの要素の存在を要求していない限り、1を超える要素の存在の可能性を排除しない。不定冠詞「a」または「an」は、従って、普通、「少なくとも1つ」を意味する。
【発明の詳細な説明】
【0016】
組換え葉酸塩過剰生産細菌がMTXに対して感受性の状態に改変されたかどうかの試験にて、阻害的量のMTX(1.25mg/L)に約40時間超インキュベートされた多くの野生型菌株のL.プランタラムはMTXによって阻害されることがないが、その増殖速度はMTXを欠く培地における場合と同様の速度を示すことがわかった。これらの菌株の葉酸塩レベルを分析すると、これらのコロニーの約5%が、(非変異型の)野生型菌株と比較して有意に高い葉酸塩生産を示した。全葉酸塩プールは、野生型の(平均)レベルと比較して4%から63%高かった。この発見によって、MTXが、天然の(非GMOの)葉酸塩過剰生産細菌を効率的に選択するために使用可能であることが実証された。MTXを欠く培地において菌株を50世代超増殖させた場合でさえ、MTXに対する耐性は維持された。このことは、この耐性が、細菌のゲノムにおける(自発的な)安定的変異に起因することを意味していた。
【0017】
同様な効果、即ち、増大した葉酸塩生産によってMTXに対する高い耐性がもたらされるという効果が、強力なプロモーターの下流で調節される完全な葉酸塩生合成遺伝子クラスターが形質転換された組換えL.プランタラム株において見られた。これらの組換え株は、高いレベルの葉酸塩を生産し、葉酸塩依存性代謝産物を欠く培地にて増殖した場合、MTXに耐性であった。本発明の範囲を限定することなく、細胞内ジヒドロ葉酸レベルが、酵素ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)の活性部位について、蓄積したMTXと競合することが推測される。
【0018】
この発見は、MTXの存在下における増殖に基づき、葉酸塩過剰生産細菌株を選択するための、迅速なスクリーニング方法の開発に応用された。この研究にて特定された葉酸塩過剰生産体は、野生型の葉酸塩生産体と比較して、葉酸塩レベルにおいて高い増大を示した。全葉酸塩レベルは、野生型のレベルの20から60倍に亘った。葉酸塩過剰生産体で見られる細胞内葉酸塩プールは、野生型菌株で見られるレベルと比較して10から20倍高かった。これらの細胞内葉酸塩レベルの増大は、MTXに対する感受性の減少(すなわち耐性)を引き起こす。これは、なぜ葉酸塩過剰生産菌株の増殖が、MTXによって有意に影響を受けないのかを説明した。野生型株におけるMTXに対する感受性は、葉酸塩に関係のある全ての代謝産物が培地から取り除かれた場合にのみ観察された。
【0019】
本発明による細菌
それゆえ、本発明の一実施態様において、野生型と比較して細胞内および/または細胞外葉酸塩の量が増大し、および、(少なくとも)1.25mg/lのメトトレキセートを含み葉酸塩依存性代謝産物を欠いた培地にて増殖させたときに、少なくとも0.1h−1の増殖速度(μ)を示す(即ち、MTXに「耐性」であると言われる)変異型細菌が提供される。好ましくは、これらの増殖条件の下、変異型細菌の増殖速度は、MTXを欠いた同じ培地にて増殖させた場合の野生型菌株の増殖速度と有意に異ならない(即ち、「正常な増殖」である)。最も重要なことに、変異型細菌は、野生型菌株にとって阻害的なMTX濃度において有意な増殖を示す。「阻害的な濃度」とは、野生型菌株が実質的に増殖しないMTXの濃度である。例えば、図3から、1.25、1.5、2.0および2.5mg/lのMTXの濃度において、野生型がゼロに近い増殖速度を示し(μ<0.05h−1)、一方、葉酸塩過剰生産菌株は、約0.1h−1の増殖速度(μ)、特に約0.15h−1付近の増殖速度を示すことがわかる。増殖培地に、葉酸塩依存性代謝産物を添加すべきではない。というのは、それらが存在すると、MTX耐性において有意な差をみることができず、それはおそらく、野生型菌株が、培地の葉酸塩代謝産物を用いて、より低い葉酸塩レベルを補うためである。適した増殖培地は、例えば、グリシン、イノシン、オロト酸、チミジン、グアニン、アデニン、ウラシルおよびキサンチンを欠く、改変型CDM(化学的確定培地(Chemically Defined Medium))である。
【0020】
増殖速度は、様々な手段によって測定することができる。例えば、細菌株または単離株を培地に播種した後の特定の時点において、分光光度的な測定値を取得することができ、ある期間にわたって増殖速度を算出することができる。
【0021】
変異型細菌は、好ましくは、野生型菌株と比較して、増大した量の細胞内および/または細胞外葉酸塩を含む。好ましくは、全葉酸塩の量は、野生型菌株の細胞内葉酸塩の平均量よりも、少なくとも約4%、5%、10%、15%、20%、25%、30%、40%、50%、より高い割合、より好ましくは、少なくとも約60%、63%(またはより高い%)高い。ある細菌種では、その野生型菌株が細胞内葉酸塩レベルの有意な変動を示すため、多数の異なる野生型菌株(例えば、2、3、4、またはそれを越える菌株)について細胞内葉酸塩レベルを分析し、平均葉酸塩レベルを算出することが好ましい。
【0022】
細菌の単離株または菌株によって生産される、全、細胞内または細胞外葉酸塩の量は、例えば、Sybesmaによって記述されるL.カセイ微生物学的アッセイ(L. casei microbiological assay)(実施例1.3参照)またはその変形方法といった当該分野において既知の方法によって、HPLC分析またはその他の既知の方法によって、測定および定量することが可能である。微生物学的試験は、例えば、試験菌株によって生産される葉酸塩中で増殖する指標菌株(indicator strain)(例えば、L.カセイ菌株)を使用してよい。大量の葉酸塩が試験菌株によって生産されると、指標菌株はよく増殖し、特定の増殖期間の後のOD測定値が高くなる。対照的に、試験菌株によって生産される葉酸塩の量が低い場合、より低いOD測定値が測定されるだろう。
【0023】
変異型細菌は、好ましくは、例えば本発明による方法(さらに以下の記載を参照)を用いて選択された自発的(天然の)変異株である。細菌は、野生型菌株がMTXに対して天然で感受性を示す何れの種であってもよく、例えば、L.プランタラム、L.カセイ、または乳酸菌の群におけるその他の種である。MTXに対して感受性があるということは、菌株を葉酸塩依存性代謝産物を欠く培地中で増殖させたときに、細菌の増殖が、少なくとも1.25mg/LのMTXによって実質的に阻害されるということを意味する。細菌種がMTXに感受性を示すかどうかは、MTXが添加され及び葉酸塩依存性代謝産物を欠く培地で細菌を増殖させることで容易に試験することができる。細菌は、好ましくは食品等級の細菌であり、一実施態様において、ラクトバチルス属、ラクトコッカス属、ストレプトコッカス属、ビフィドバクテリウム属、ロイコノストック属およびストレプトコッカス属から成る群から選択される属に属する。
【0024】
好ましくは、それは、食品等級の乳酸菌である。それは、ラクトバチルス・ロイテリ(reuteri)、L.ファーメンタム(fermentum)、L.アシドフィラス(acidophilus)、L.クリスパタス(crispatus)、L.ガッセリ(gasseri)、L.ジョンソニー(johnsonii)、L.カセイ、L.プランタラム、L.パラカセイ(paracasei)、L.ムリナス(murinus)、L.ジェンセニー(jensenii)、L.サリバリアス(salivarius)、L.ミヌティス(minutis)、L.ブレビス(brevis)、L.ガリナラム(gallinarum)、L.アミロボラス(amylovorus)、ラクトコッカス・ラクティス、ストレプトコッカス・サーモフィリス(thermophilus)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)、Lc.ラクティス、ペディオコッカス・ダムノサス(Pediococcus damnosus)、P.アシディラクティシ(acidilactici)、P.パルバラス(parvulus)、ビフィドバクテリウム・ビフィダム(bifidum)、B.ロンガム(longum)、B.インファンティス(infantis)、B.ブレベ(breve)、B.アドレッセンテ(adolescente)、B.アニマリス(animalis)、B.ガリナラム(gallinarum)、B.マグナム(magnum)、およびB.サーモフィラム(thermophilum)から成る群から選択される種であってよい。
【0025】
代わりとなる実施態様において、変異型細菌は、葉酸塩が増大し、MTXに耐性である誘導型変異体であってよい。そのような変異体は、スクリーニング法の前に突然変異誘発の工程を含めるということ以外は、天然の変異体の選択に用いたものと同じ方法(本願の下部に記載)を用いて取得してよい。当然変異誘発の工程は、化学物質および/または物理的変異原への曝露(例えば、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン;UV照射、ガンマ照射等)といった、1以上の既知の突然変異誘発法を含んでよい。突然変異誘発の後に、細菌を阻害的量のMTXを含む培地中/上で増殖させ、増殖する単離株を選択し、および葉酸塩含有量を分析する。
【0026】
さらに別の実施態様において、本発明による変異型細菌は、それらの遺伝子発現パターンによって特徴付けることが可能である。このことは、野生型と比較して少なくとも50%の葉酸塩を更に生産するメトトレキセート耐性L.プランタラム株が、ゲノム中の1以上のfolC遺伝子を2倍(またはそれより高く)過剰発現するという知見によって例証される。folC遺伝子は、ジヒドロ葉酸合成酵素をコードする。一実施態様において、本発明による細菌は、葉酸塩生合成経路の酵素をコードする1以上の遺伝子において、野生型と比較して過剰発現を示す。葉酸塩生合成に直接関与する遺伝子に加えて、以下の遺伝子もまた、高い転写レベルを示した:FK(フルクトキナーゼをコードする)、POX(ピルビン酸オキシダーゼ)、LOX(乳酸オキシダーゼ)およびPDH(ピルビン酸デヒドロゲナーゼ)。野生型と比較して、DAK(ジヒドロキシアセトンリン酸転移酵素またはグリセロンキナーゼ)では、有意に低い転写物レベルが見られた。従って、本発明の一実施態様において、本発明による細菌は、ジヒドロ葉酸合成酵素(EC 6.3.2.17)、フルクトキナーゼ(EC 2.7.1.4)、ピルビン酸オキシダーゼ(EC 1.2.3.3)、6−ホスホ−β−グルコシダーゼ(EC 3.2.1.86)をコードする群の1以上の遺伝子において、有意に増強したmRNA転写物レベルを含む。加えて又はあるいは、細菌は、ジヒドロキシアセトンリン酸転移酵素(=グリセロンキナーゼ)(EC. 2.7.1.29)をコードする遺伝子において、有意に低下したmRNA転写物レベルを含む。
【0027】
「アプレギュレートされる」または「ダウンレギュレートされる」という用語は、野生型菌株の遺伝子と比較して、mRNA転写レベルの増大またはmRNA転写レベルの減少を意味する。
【0028】
「有意に増強した転写物レベル」または「有意に増強した転写レベル」とは、野生型において見られる転写物レベルと比較して、少なくとも約2倍、好ましくは少なくとも約3倍、またはさらに約4倍もしくはそれより高い量のmRNA転写物を意味する。同様に、「有意に低下した転写物レベル」または「転写レベル」とは、野生型において見られるよりも、少なくとも約2倍、3倍等少ない量のmRNA転写物を意味する。
【0029】
1以上の遺伝子のmRNA転写物レベルは、日常的な分子生物学的方法を用いて、例えば、ノーザン分析および定量的逆転写酵素(RT−)PCRによって、測定しおよび定量することが可能である。これらの遺伝子のDNA/cDNA配列情報が利用可能であるので、標的mRNAまたはcDNAとハイブリダイズするのに適したプライマーおよびプローブが利用可能であり、転写物レベルの分析には日常的な実験しか必要としない。例えば、L.プランタラム(そのゲノムは配列決定されている)の核酸配列は、その他の種の細菌由来のオルソロガスな(orthologou)遺伝子を同定し(例えばシリコ(silico)分析によって)、クローン化し(例えば、PCRを基礎とした方法、ハイブリダイゼーションを基礎とした方法等を用いて)、および/または配列決定するために使用してよい。これらの遺伝子の核酸配列またはその部分は、次に、標的遺伝子の検出および定量のためのプライマーまたはプローブを作製するために使用してよい。
【0030】
任意に、転写パターン(すなわち、上述した1以上の遺伝子の転写物レベルの増強または低下)は、選択基準として使用してよい。例えば、細菌は、まず第1のスクリーニングにおいて発現レベルの変化についてスクリーニングされ、続いてメトトレキセート耐性および/または葉酸塩レベルが分析される(下記に記載)。同様に、それは、下記の方法において、付加的なスクリーニング/選択工程として使用してよい(例えば、工程(b)および(c)の間にもしくは工程(d)の後に入れてよく、またはそれは、工程(a)および(b)と取替えてもよい)。
【0031】
本願に記載されるメトトレキセート耐性菌株(ラクトバチルス・プランタラムNIZO B2550)の1つの転写プロファイルは、親菌株のそれと比較されている(ラクトバチルス・プランタラム WCFS1(L.プランタラム WCFS1の全配列は、アクセス番号AL935263の下、EMBLデータベースに預けられている))。これは、ラクトバチルス・プランタラム WCFS1の全ゲノムDNAマイクロアレイを用いて行われた。親菌株およびメトトレキセート耐性変異体の全mRNAサンプルが単離され、続いて、逆転写酵素で処理をして、蛍光標識されたcDNAが合成された。親菌株および変異体のサンプルは、互いに異なるように標識した。続いて、標識cDNAサンプルの混合物をDNAマイクロアレイ上でハイブリダイズさせて、L.プランタラムの親菌株に対する、変異体の全遺伝子のmRNAの相対的な存在量を決定した。
【0032】
一実施態様において、変異菌株は、ブダペスト条約の下、NIZO食品研究所(P.O. Box 20, 6710 BA Ede、オランダ)によって、CBS 117120という受託番号(Accession number)にて、CBS (カビ培養中央局(Centraalbureau voor Schimmelcultures), ウプサララーン(Uppsalalaan) 8, 3584 CTユトレヒト、オランダ)に預けられている細菌株(またはその何れかの誘導体)である。
【0033】
本発明による組成物
本発明の更なる側面は、本願にて上述したような変異型細菌またはその誘導体または抽出物を含む組成物に関し、ならびにそのような組成物を製造する方法に関する。本発明による細菌は適切な条件の下培養され、任意に培養培地から回収され、任意に意図される使用に適した組成物に処方される。そのような組成物の製造方法は、それ自体、既知である。
【0034】
好ましくは、変異型細菌、その誘導体または抽出物は、天然の葉酸塩を含む食品または食品サプリメント組成物を作製するために使用される。
【0035】
本発明による好ましい組成物は、被験対象(subject)によって、好ましくはヒトまたは動物によって消費されるのに適している。そのような組成物は、食品サプリメントまたは全食品(whole food)または食品組成物の形態であってよく、それらは、本発明による細菌に加えて、適した食品ベース(food base)を含む。食品または食品組成物は、ここにおいて、固体および半固体組成物のみでなく、ヒトまたは動物による消費のための液体、即ち飲み物(drink)または飲料(beverage)をも含むと理解される。食品または食品組成物は、固体、半固体および/または液体の食品または食品組成物であってよく、特に、ヨーグルト、ヨーグルトベースの飲料またはバターミルクを含むがこれらに限定されない、発酵酪農食品といった、酪農食品を含んでよい。そのような食品または食品組成物は、それ自体既知の様式によって製造してよく、例えば、適切な食品または食品ベースに、適した量で、本発明による1以上の変異型細菌を添加することによって製造してよい。
【0036】
また、適した量の1以上の変異型細菌株またはそれ由来の抽出物(例えば、部分的にまたは実質的に精製した天然葉酸塩)を含む、食品サプリメントを作製することが可能である。食品サプリメントは、例えば、葉酸塩を含む様々なビタミンの推奨される1日量を含む、ビタミン錠剤、ピル、カプセルまたは粉剤を含む。普通そのような調合品(preparations)にて使用される合成葉酸は、本発明による天然葉酸塩に置き換えてよい。
【0037】
さらに好ましい実施態様において、生きた細菌は、例えば発酵によって、食品または食品組成物の製造において、またはそれらの製造のために使用してよい。その際、本発明による細菌は、そのような発酵食品または食品組成物の製造のための、それ自体既知の様式にて使用してよく、例えば、乳酸菌を用いた発酵酪農製品の製造のためのそれ自体既知の様式にて使用してよい。そのような方法において、本発明による細菌細胞は、通常使用される微生物に加えて使用してよく、および/または、通常使用される1以上のまたは一部の微生物と置き換えてよい。例えば、ヨーグルトまたはヨーグルトベースの飲料といった発酵酪農製品の製造において、本発明による食品等級の変異型細菌は、開始培養液(starter culture)に添加してよくもしくはその一部として使用してよく、または、そのような発酵の間に適切に添加してよい。この場合の細菌の「増殖培地」は、ミルクベースのものといった、食品等級の培地である。
【0038】
更なる実施態様において、使用される細菌は、死亡している(例えば、溶解している)もしくは非生存可能(non−viable)であってよく、または凍結乾燥されていてよい。
【0039】
本発明による1以上の変異型細菌株を用いて製造される組成物、または適した量の1以上の菌株が追加された組成物は、増強された量の、細菌によって生産される天然の葉酸塩を含む。葉酸塩を高度に過剰生産する1以上の菌株を混合してよく、またはそれらを経時的に組成物に添加してよくもしくはその製造の間に添加してよい。最終生成物中に存在する葉酸塩の全量は、例えばHPLC分析を用いて分析することができる。
【0040】
本発明による方法および使用
メトトレキセートは、細胞内葉酸塩レベルおよび全葉酸塩レベルが増大した細菌の選択のために使用される。
【0041】
一実施態様において、細胞内葉酸塩レベルおよび/または全葉酸塩レベルが増大した細菌の選択の方法が提供される。この方法は、以下の工程を含む:
(a)細菌を、メトトレキセートを含む培地上(またはその中)で増殖させる、ここにおいて、前記培地は、葉酸塩依存性代謝産物が追加されていない、
(b)増殖速度(μ)が少なくとも1時間当り0.1である細菌を選択する、
(c)工程bで選択した細菌の葉酸塩レベルを測定する、
(d)野生型またはその他の適した対照と比較して葉酸塩レベルが増大した細菌を選択する、
(e)任意に、工程(b)、(c)および/または(d)を繰り返す。
【0042】
工程(a)における「増殖」は、細菌をそのような培地と接触させることも含んでよい。培地は、様々な濃度のMTXを含んでよい。例えば、最初の回の選択は、相対的に低い濃度、例えば、1.25、1.5、2.0、2.5mg/lの培地にて行ってよい。1以上のこれらの濃度で増殖する単離株は、次に、葉酸塩濃度で直接スクリーニングしてよく、または、例えばより高いMTX濃度、例えば4、5、10mg/lまたはそれより高い濃度による、1回以上のMTX選択に更に供してよい。選択過程の厳密性は、例えば高濃度で高い増殖性を示す単離株には、より高い厳密性を選択し、相対的に低いMTX濃度で中程度の増殖を示す単離株にはより低い厳密性を選択することにより、変化させることが可能である。好ましくは、それぞれのMTX選択工程において、単離株は、少なくとも40時間、より好ましくは少なくとも50時間またはそれより長い時間、培地上またはその中で増殖する。適した対照、例えば野生型単離株を常に含めるべきである。というのは、変異体は、変異体と対照(例えば、野生型)との間の増殖の差に基づいて選択されるためである。対照は、必ずしも野生型であるべきでなく、以前に選択された菌株とすることも可能である。最適なインキュベート温度、培地のpH、およびその他のパラメーターは、当業者が容易に決定することが可能である。正確な条件は、使用する細菌種に依存する。
【0043】
好ましくは、方法は、大量の単離株が、例えば96ウェルマイクロタイタープレート等にて、同時にスクリーニングできるように設定される。
【0044】
方法は、メトトレキセートに天然の感受性を示す全ての細菌に適用することが可能である。葉酸塩類似体メトトレキセートを用いて、上述したように葉酸塩濃度が増大した発酵食品製品の製造に使用することが可能な、天然に葉酸塩を過剰生産する細菌を、効率的に選択および単離することが可能である。
【0045】
方法によって得ることが可能であり、有意に葉酸塩レベルが増大した何れかの細菌が、本願に含まれる。
【0046】
特に記載がない限り、本発明の実践は、分子生物学、ウイルス学、微生物学または生化学の標準的な従来の方法を利用するだろう。そのような技術は、Sambrookらによる、「分子クローニング、研究室マニュアル(第2版)(Molecular Cloning, A Laboratory Manual (2nd edition))」(1989)(Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor Laboratory Press);SambrookおよびRussellによる、「分子クローニング:研究室マニュアル第3版(Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Third Edition)」(2001)(Cold Spring Harbor Laboratory Press, NY);Ausubelらによる、「分子生物学における現在のプロトコール(Current Protocols in Molecular Biology)」(1994)(Current Protocols, USA)の1巻および2巻;Brownによる「分子生物学LabFax第2版(Molecular Biology LabFax, Second Edition)」(1998)(Academic Press (UK));N. Gait編集、「オリゴヌクレオチド合成(Oligonucleotide Synthesis)」;HamesおよびHiggins編集、「核酸ハイブリダイゼーション(Nucleic Acid Hybridization)」に記載されており、これらの文献は全て、本願に援用される。
【実施例】
【0047】
1.材料および方法
1.1 菌株および培養条件
野生型L.プランタラム WCFS1菌株およびその誘導体を、19g/L β−ホスホグリセリン酸(6)を含む化学的確定培地(CDM)、または改変型CDM上で、37℃で増殖させた。この改変型CDMは、グリシン、イノシン、オロチン酸、チミジン、グアニン、アデニン、ウラシルおよびキサンチンが、通常のCDMから除かれたものであった。さらに、8ng/ml クロラムフェニコールを、使用する全ての培地に添加した。メトトレキセート(Sigma、アミノプテリン)を、0から10mg/lの範囲の濃度で、両種のCDMに添加した。
【0048】
1.2 DNA技術、プラスミドの構築および形質転換
この研究で使用したプラスミドを表1に挙げる。
【表1】

【0049】
ベクターpNZ8148は、ナイシン誘導性プロモーター(nisin inducible promoter)、マルチプル・クローニング・サイト、およびクロラムフェニコール耐性マーカーを含む空ベクターである。pNZ8148誘導体およびL.プランタラムのゲノムDNAを、確立された方法を用いて単離した。以下のサイクルによって、Mastercycler PCR装置(Eppendorf、ハンブルグ、ドイツ)にてPfx DNAポリメラーゼ(Invitrogen、ペーズリー、イギリス)をもちいてPCRを行った:1000bps当り、94℃30秒の変性(最初のサイクルは3分)、45℃25秒のアニーリング、および68℃1分の伸長で、全30サイクル。
【0050】
ベクターpNZ8148を、SphIおよびBglIIを用いて消化し、それによってナイシンプロモーターを切除した。並行した実験において、L.ラクティスの恒常的(constitutive)なプロモーターpepN(Van Alen−Boerrigterらによる、Appl. Environ. Microbiol.(1991)57:2555−61)を、SphIおよびBglIIを用いてベクターpNZ7017から消化した。その後、両断片を、T4DNAリガーゼ(Invitrogen)を用いて連結し、出来るプラスミドを、ベクターpNZ7020と名付けた。L.プランタラムの葉酸塩遺伝子クラスターを、以下のプライマーを用いて、染色体DNAから増幅した:(i)folBKpn−F (5’−GAAAGAGGCTGGGTACCATTATGGGCATGATTC−3’)、(これは、KpnI制限部位によって5’が伸長しており、それによってfolB遺伝子の開始コドンにオーバーラップする)、および(ii)リバースプライマーLpfPxba−R(5’−CTTAACCCCATCTAGACGTAATATCG−3’)(これは、XbaI制限部位をつくるために5’末端が伸長しており、folCの停止コドンとベクターとの間の融合を可能にする)。増幅したDNA断片を、XbaIおよびKpnIで消化し、folB−folP遺伝子クラスターの切断されたものを得た(folPはXbaI制限部位を含む)。ベクターpNZ7020もまた、XbaIおよびKpnIで消化し、その後、両断片をT4DNAリガーゼで連結し、得られたベクターをpZN7020aと名付けた。folP遺伝子の失っている部分は、以下のプライマーを用いてPCRによって増幅した:lpfP−F (5’−CATGGCATCGATATTGAACGAATTG−3’)およびlpfPxba−Rプライマー(5’−CTTAACCCCATCTAGACGTAATATCG−3’)。増幅したDNAをXbaIで消化した。次に、ベクターpZN7020aをXbaIで消化し、続いて、アルカリホスファターゼ(Pharmacia Biotech)を用いてリン酸化し、自己連結を予防した。XbaI消化したDNAの断片を、T4DNAリガーゼを用いて連結し、挿入した断片の向きを、PCRを用いて確認した。出来たベクターをpNZ7021と名付けた。表1に挙げられる3つのベクターを、その後、ylgGバックグラウンドにて、L.ラクティスNZ9000のコンピテントセルに移した。続いて、3つのベクターのミディプレップ(midiprep)を、確立された方法を用いてL.プランタラムに形質転換した。
【0051】
1.3 微生物学的アッセイを用いた葉酸塩の定量
3つの遺伝的に操作を行ったL.プランタラム株の葉酸塩レベルを、以前に記載されるようなラクトバチルス・カセイ微生物学的アッセイ(Sybesmaら、Appl. Environ. Microbiol.(2003)69:3069−76.)を用いて分析した。
【0052】
1.4 菌株の増殖のモニタリング
異なるベクターを有する3つのL.プランタラム株の増殖速度の測定を、マイクロタイタープレートを用いて行った。3つの株の増殖を、分光光度計(SPECTRAmax(商標登録)Molecular Devices、サニーヴェール、カリフォルニア、アメリカ)を用いて、35時間、96ウェルマイクロタイタープレートにてモニターした。増殖は、2種類の培地にて試験し、およびそれぞれの構築物を、以下のMTX濃度で両培地にて、三重で分析した:0、0.3125、0.625、1.25および2.5mg/L。
【0053】
1.5 天然の葉酸塩過剰生産体の選択
pNZ8148を含む野生型L.プランタラムWCFS1を、2.5mg/L MTXを含む改変型CDMにて再び培養したが、この増殖培地は、マイクロタイタープレートの96ウェルに分割した。このマイクロタイタープレートを3日間インキュベートし、その後、それぞれの96ウェルからの一定分量を、今回は10mg/L MTXの入った改変型CDMを含む、2つの新鮮な96ウェルマイクロタイタープレートに分配した。それぞれの工程を通して、オリジナルのマイクロタイタープレートは、60%グリセロールと混合し、−80℃の冷凍庫で保存した。グリセロール保存したマイクロタイタープレートは、新鮮な改変型CDM培地上にて、変異させたまたは順応させた(adapted)細胞に播種するために使用した。これらの288MTX耐性培養液の葉酸塩レベルは、迅速なスクリーニング法を用いて確認した。この方法は、以前に記述された通常の微生物学的アッセイに基づくが、幾つかの変更点が採用されている。この迅速なスクリーニング法において、野生型によって生産された葉酸塩が、変異菌株によって生産された葉酸塩と比較される。野生型によって生産された葉酸塩における指標菌株の培養は、相対的に低い光学的密度をもたらす。葉酸塩過剰生産体における、指標菌株の光学的密度は、野生型のそれより高くなるだろう。指標菌株において光学的密度を上昇させる菌株は、拡張された(extended)Lb.カセイ微生物学的アッセイによって再分析した。
【0054】
2.結果
2.1 組換え菌株
pNZ8148および2つの遺伝的構築物pNZ7019およびpNZ7021を保持するL.プランタラム野生型の葉酸塩生産レベルを、通常のCDM培地にて研究した。空ベクターpNZ8148を含むL.プランタラムWCFS1株の葉酸塩生産は、100ng葉酸塩/ml培養液とわかった(図1)。pNZ7019(L.ラクティスの葉酸塩生合成遺伝子クラスター)を保持するL.プランタラムは、培養液中において2000ng/mlを超える葉酸塩を生産する(図1)。これは、野生型と比較して、約20倍の過剰生産に相当する。L.プランタラムの葉酸塩生合成遺伝子クラスターを保持する、ベクターpNZ7021の、L.プランタラムWCFS1への形質転換によって、6000ng/ml培養液の葉酸塩レベルを生産する菌株をもたらす(図1)。
【0055】
次に、2つの葉酸塩過剰生産菌株および野生型菌株の特異的な増殖速度を、ある濃度範囲におけるメトトレキセート(MTX)の存在下、葉酸塩依存性代謝産物が入ったCDMと入らないCDMで比較した(図2)。葉酸塩依存性代謝産物が存在すると、試験した菌株の何れも、MTXによって有意に阻害されなかった(図2a)。プラスミドpNZ7021を保持するL.プランタラムの増殖速度は、試験した全てのMTX濃度において、その他の2つの菌株と比較して低い。葉酸塩依存性代謝産物を含む培地では、完全に異なるグラフとなっている。この培地では、葉酸塩過剰生産体は、野生型菌株と比較して、明らかにMTXに対して耐性が強い(図2b)。2.5mg/Lの濃度のMTXでは、野生型菌株の完全な増殖阻害が改変型CDMにおいて見られ、一方で葉酸塩過剰生産菌株の両方は、この培地において良好に増殖した。0から2.5mg/Lの間のMTXでは、濃度依存的な増殖阻害が、野生型L.プランタナム菌株において観察された。これらの結果は、適切な増殖培地で解析すると、葉酸塩の過剰生産はMTX耐性をもたらす、ということを示している。それゆえ、MTXは、野生型菌株から、葉酸塩過剰生産菌株を区別するために使用することが可能である。
【0056】
2.2 野生型菌株
2.5 mg/LのMTXを追加した改変型CDMにおける、野生型L.プランタラム WCFS1の長期間のインキュベーション(>40時間)は、カルチャーの有意な増殖をもたらす。このカルチャーを、2.5 mg/LのMTXが追加された新鮮な改変型CDMに希釈すると、カルチャーの急速な増殖が観察された。このカルチャーから単一のコロニーを単離し、MTX耐性が増大した天然変異体が選択されたか、またはある種の一時的な順応が起こったのかを試験した。2.5 mg/LのMTXを含む改変型CDMに、MTX耐性培養菌由来の単一コロニーを播種した。次に、増殖培地を2つのカルチャーに分けた;その1つは、2.5 mg/LのMTXを含む改変型CDMで50世代増殖させ、もう一方のカルチャーは、MTXを含まない同じ培地にて50世代増殖させた。50世代の増殖の後、両カルチャーを、再び2.5 mg/LのMTXを含む改変型CDMに移した。異なる経緯をたどった両株は、この培地において同等の増殖速度を示した。このことは、安定した変異がMTX耐性の表現型をもたらしていることを示している。
【0057】
我々は、2.5mg/Lおよび10mg/LのMTXを含むカルチャーから288のコロニーを単離した。
【0058】
これらのコロニーを、迅速なプレスクリーニング法を用いて、葉酸塩の過剰生産について分析した。この迅速なスクリーニングに基づいて、288コロニーの内5つが、野生型と比較して高い葉酸塩レベルのカルチャーを示した。これらの5つのカルチャーを、続いて、2.5mg/LのMTXが追加された改変型CDMにプレーティングした。それぞれのプレートから、3つの単一コロニーを単離し、保存し、および再び以下の方法において葉酸塩生産を分析した。15の陽性コロニー由来のカルチャーにおける葉酸塩レベルをモニターした(図3)。平均葉酸塩レベルは、野生型と比較して20%から60%高い。全てのコロニーが、まだなおL.プランタラムであることを確認するために、我々はRAPD分析を行った。試験した全てのコロニーが、親菌株との高い類似性を示した。
【0059】
2.3. 転写プロファイリング
ゲノムワイドな転写プロファイリングのためのオリゴヌクレオチドマイクロアレイ技術を用いて、我々は、メトトレキセート耐性変異体L.プランタラムNIZO B2550(L.プランタラムWCFS1由来)にて、野生型と比較して特異的にアップレギュレートまたはダウンレギュレートされた遺伝子を同定した。L.プランタラムWCFS1およびNIZO B2550のカルチャーを改変型CDMにて増殖させ、濁度(OD600)が1のときに細胞を回収し、mRNAを単離した。mRNAサンプルを、DNAマイクロアレイの分析のために処理した。特異的なmRNAの相対的な存在量を、メトトレキセート耐性菌株における遺伝子と親菌株における相当する遺伝子とを比較し、その発現が何倍変化したか(fold change)で表した。トランスクリプトーム(transcriptome)プロファイルの分析により、親菌株との比較において、ジヒドロ葉酸合成酵素をコードする遺伝子folC1は、野生型と比較してメトトレキセート耐性変異体では特異的に4倍アップレギュレートされている(表2参照)。この酵素は、L−グルタミンとジヒドロプロテロイン酸塩とからジヒドロ葉酸を作る酵素であり、このジヒドロ葉酸は、メトトレキセートの構造的類似体であり、ジヒドロ葉酸還元酵素の基質となる。folC1の過剰発現によってジヒドロ葉酸合成酵素が増えると、細胞内のジヒドロ葉酸のプールが増大することが予想され、その結果、これらが、ジヒドロ葉酸還元酵素による転換において、メトトレキセートと競合することができる。この発見は、単離された変異体におけるメトトレキセート耐性の機構を明らかにしている。これはまた、何故これらの変異体が、メトトレキセートの非存在下に葉酸塩を高いレベルで生産するかを説明する。
【0060】
L.プランタラムWCFS1は、2つのfolC1遺伝子(folC1およびfolC2)を有している。興味深いことに、folC1のみが、メトトレキセート耐性変異体においてアップレギュレートされる。この遺伝子は機能的なクラスターに位置しておらず、葉酸塩生合成クラスターに位置するfolC2と対照的である。
【0061】
folC1に加えて、多くのその他の代謝性の遺伝子(フルクトキナーゼ、ピルビン酸オキシダーゼおよび6−ホスホ−ベータ−グルコシダーゼをコードする遺伝子)が、メトトレキセート耐性菌株においてアップレギュレートされることがわかった(表2参照)。グリセロンキナーゼ(ジヒドロキシアセトンホスホトランスフェラーゼ)をコードする3つの遺伝子(dak1A、dak1Bおよびdak2)は、親菌株と比較して、変異体ではダウンレギュレートされることがわかった。
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】CDM上での培養における、L.プランタラム野生型菌株(1)およびpNZ7019を有するL.プランタラム株(2)およびpNZ7021を有するL.プランタラム株(3)の葉酸塩生産。説明文:細胞外葉酸塩レベル;(白色のバー)、細胞内葉酸塩レベル;(灰色のバー)、全葉酸塩レベル;(黒色のバー)。
【図2a】野生型L.プランタラム株(1)、ベクターpNZ7019を有するL.プランタラム株(2)、およびベクターpNZ7021を有するL.プランタラム株(3)の増殖速度。3つのL.プランタラム株の増殖能力を、メトトレキセートを0、0.3125、0.625、1.25および2.5mg/L(MTX)に増大する濃度で含むCDM上にて(a)および改変したCDM上にて(b)試験した。
【図2b】野生型L.プランタラム株(1)、ベクターpNZ7019を有するL.プランタラム株(2)、およびベクターpNZ7021を有するL.プランタラム株(3)の増殖速度。3つのL.プランタラム株の増殖能力を、メトトレキセートを0、0.3125、0.625、1.25および2.5mg/L(MTX)に増大する濃度で含むCDM上にて(a)および改変したCDM上にて(b)試験した。
【図3】MTX耐性に基づいて選択される、15の葉酸塩過剰生産菌株の葉酸塩生産レベル。15菌株の葉酸塩生産が、野生型の葉酸塩生産と比較される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内および/または細胞外葉酸塩の量が野生型と比較して増大し、及び、1.25mg/lのメトトレキセートを含み葉酸塩依存性代謝産物を欠く培地で増殖させた場合に、少なくとも1時間当り0.1μの増殖速度であることを特徴とする変異型細菌。
【請求項2】
前記細菌が、天然に発生した変異株または誘導型変異株である、請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
前記細菌が、葉酸塩生合成経路の酵素をコードする1以上の遺伝子について、野生型と比較して過剰発現を示す請求項1または2に記載の細菌。
【請求項4】
ジヒドロ葉酸合成酵素、フルクトキナーゼ、ピルビン酸オキシダーゼおよび6−ホスホ−β−グルコシダーゼをコードする遺伝子から選択される1以上の遺伝子の発現が、野生型と比較して少なくとも約2倍アップレギュレートされる、請求項1から3の何れか1項に記載の細菌。
【請求項5】
ジヒドロキシアセトンリン酸転移酵素をコードする遺伝子の発現が、野生型と比較して少なくとも約2倍ダウンレギュレートされる、請求項1、2または4に記載の細菌。
【請求項6】
変異型細菌の全葉酸塩の量が、野生型菌株の前記量よりも少なくとも10%高い、請求項1から5の何れか1項に記載の細菌。
【請求項7】
前記細菌が、ラクトバチルス・プランタラム、L.カセイ、L.ロイテリ、L.ファーメンタム、L.アシドフィラス、L.クリスパタス、L.ガッセリ、L.ジョンソニー、L.パラカセイ、L.ムリナス、L.ジェンセニー、L.サリバリアス、L.ミヌティス、L.ブレビス、L.ガリナラム、L.アミロボラス、ラクトコッカス・ラクティス、ストレプトコッカス・サーモフィリス、ロイコノストック・メセンテロイデス、Lc.ラクティス、ペディオコッカス・ダムノサス、P.アシディラクティシ、P.パルバラス、ビフィドバクテリウム・ビフィダム、B.ロンガム、B.インファンティス、B.ブレベ、B.アドレッセンテ、B.アニマリス、B.ガリナラム、B.マグナム、およびB.サーモフィラムの種に属する、請求項1から6の何れか1項に記載の細菌。
【請求項8】
ラクトバチルス・プランタラムのCBS117120株。
【請求項9】
請求項1から8の何れか1項に記載の細菌を含む組成物。
【請求項10】
前記組成物が、食品組成物または食品サプリメント組成物である、請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
前記食品組成物が発酵食品組成物である、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
細胞内葉酸塩レベルが増大しおよび全葉酸塩レベルが増大した細菌の選択のための、メトトレキセートの使用。
【請求項13】
以下の工程を含む、細胞内および/または全葉酸塩レベルが増大した細菌を選択する方法:
(a)細菌を、メトトレキセートを含む培地上またはその中で増殖させる、ここにおいて、前記培地は葉酸塩依存性代謝産物が追加されていない;
(b)増殖速度(μ)が少なくとも1時間当り0.1である細菌を選択する;
(c)工程(b)で選択した細菌の葉酸塩レベルを測定し、野生型株と比較して葉酸塩レベルが増大した細菌を選択する;
(e)任意に、工程(a)、(b)および/または(c)を繰り返す。
【請求項14】
前記培地が少なくとも1.25mg/lのメトトレキセートを含み、および、前記細菌を前記培地上で少なくとも40時間増殖させる、請求項13に記載の方法。

【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図3】
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【公表番号】特表2008−531043(P2008−531043A)
【公表日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−557951(P2007−557951)
【出願日】平成18年3月1日(2006.3.1)
【国際出願番号】PCT/NL2006/050042
【国際公開番号】WO2006/093408
【国際公開日】平成18年9月8日(2006.9.8)
【出願人】(505152480)シーエスエム・ネーデルランド・ビー.ブイ. (9)
【Fターム(参考)】