説明

安定なポリオール脱水素酵素組成物

【課題】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の凍結乾燥時の失活を抑えるとともに、凍結乾燥後の経時的な酵素の安定性を向上したポリオール脱水素酵素組成物を提供する。
【解決手段】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、及び界面活性剤を含む、安定なポリオール脱水素酵素組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(以下、「PQQ依存性PDH」または単に「ポリオール脱水素酵素」とも称する)の安定性が向上したポリオール脱水素酵素組成物、当該組成物を含むポリオール測定試薬、および当該組成物を用いたグリセロールの定量法に関するものである。さらに詳しくは、本発明は、凍結乾燥時の酵素の失活を抑えると共に、凍結乾燥後の酵素の安定性を向上させたPQQ依存性PDH組成物、当該組成物を含むポリオール測定試薬、および当該組成物を用いたグリセロールの定量法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素は、バクテリアの細胞膜に存在しており、グルコノバクター属等から抽出、精製する方法が知られている。また、このPQQ依存性PDHは、グリセロールやソルビトール、ならびに中性脂肪など、様々な物質の定量に利用可能であることが知られている。
【0003】
例えば、グリセロールに関しては、試料中のグリセロールは、従来から、下記式で示すように、グルセロールオキシダーゼを用いてグリセロールを定量する方法が知られている。
【0004】
【化1】

【0005】
しかしながら、この方法は、上記反応式からも分かるように、溶存酸素の影響を受けるという問題点がある。
【0006】
また、別の方法として、下記式で示すように、グリセロールキナーゼとグリセロール−3リン酸オキシダーゼもしくはグリセロール−3リン酸デヒドゲナーゼを用いてグリセロールを定量する方法が知られている。
【0007】
【化2】

【0008】
しかしながら、この方法は、上記反応式からも分かるように、二つの酵素を用いるため反応が煩雑であるという問題点がある。
【0009】
それ以外にも、下記式で示すように、NAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼを用いてグリセロールを定量する方法が知られている。
【0010】
【化3】

【0011】
しかしながら、NAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼは、補酵素結合型酵素ではないため、高価なNADを添加しなければならないという問題がある。
【0012】
上述したように、より安価で簡便なグリセロール測定法が求められてきた。上記要求を満たすために、様々な研究が行なわれ、その結果、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素を用いてグリセロールを定量する方法が開発された。この補欠分子族としてピロロキノリンキノン(PQQ)を含むポリオール脱水素酵素は、下記反応式に示されるように、人工電子受容体を利用できるため、溶存酸素の影響を受けない、反応が簡便で複数の酵素を用いる必要がない、補酵素結合型酵素であるため、高価なPQQを添加する必要がないなどのメリットがある。
【0013】
【化4】

【0014】
しかしながら、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素は、膜結合型酵素であるため、安定性が低いという問題がある。
【0015】
このため、上記PQQ依存性PDHの安定性を向上することが重要な課題となる。従来から酵素の安定化剤としては、牛血清アルブミン、卵白アルブミンなどのタンパク質、グルコース、トレハロース、ラフィノースなどの糖、グリセロール、エチレングリコールなどの多価アルコール、アルギニン、グルタミン酸などのアミノ酸、カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの塩類、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール等の還元剤などが知られている。しかしながら、これらの安定化剤が、補欠分子族としてPQQを含むポリオール脱水素酵素に対して効果があるかは知られていない。
【0016】
また、PQQ依存性PDHと類似の、補欠分子族としてPQQを含むグルコース脱水素酵素に関しては、PQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼに、(i)アスパラギン酸、グルタミン酸、α−ケトグルタル酸、リンゴ酸、α−ケトグルコン酸、α−サイクロデキストリンおよびそれらの塩からなる群から選ばれる1種または2種以上の化合物および(ii)アルブミンを共存せしめることにより、従来よりもはるかに安定な酵素組成物を得たと報告されている(特許文献1)。
【特許文献1】特開2001−224368号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、膜結合型であるPQQ依存性PDHは安定性に乏しい酵素であることがよく知られており、上記特許文献1に記載の安定化剤では、酵素の安定性を顕著に向上させることができないという問題がある。
【0018】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、酵素の安定性が向上したポリオール脱水素酵素組成物を提供することを目的とする。
【0019】
本発明の他の目的は、正確にグリセロールを定量できる上記PQQ依存性PDH組成物を含むポリオール測定試薬、および上記PQQ依存性PDH組成物を用いたグリセロールの定量法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記従来の問題点に鑑みてPQQ依存性PDHの安定化について鋭意研究を行なった結果、カルシウムやマグネシウム等の2価の金属イオンを有する化合物と、ラフィノースやトレハロースなどの非還元糖と、トライトン(Triton)X−100等の界面活性剤とを、PQQ依存性PDHと共存させることにより、凍結乾燥時の酵素の失活を抑えることができると共に、凍結乾燥後の経時的な酵素活性の低下を有意に抑制・防止できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0021】
すなわち、上記目的は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、及び界面活性剤を含む、安定なポリオール脱水素酵素組成物によって達成される。
【0022】
本発明の他の目的は、本発明のポリオール脱水素酵素組成物を含む、ポリオール測定試薬;および本発明のポリオール脱水素酵素組成物をグリセロールと反応させる段階を有する、グリセロールの定量法によって達成される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ポリオール脱水素酵素の安定性を向上することができ、特に、凍結乾燥時の酵素の失活を抑えることができると共に、凍結乾燥後の経時的な酵素活性の低下を有意に抑制・防止できる。特に、非還元糖としてトレハロースおよび/またはラフィノースを、また、2価の金属イオンを有する化合物としてマグネシウムイオンおよび/またはカルシウムイオンを有する化合物を、さらに界面活性剤としてトライトン(Triton)X−100を使用した場合には、上記効果は顕著に達成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0025】
本発明の第一は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、及び界面活性剤を含む、安定なポリオール脱水素酵素組成物に関するものである。
【0026】
本発明で使用できる補欠分子族としてPQQを含むポリオール脱水素酵素としては、ポリオールに作用するものであれば特に制限されず、従来公知の酵素をいずれも好ましく使用することができる。例えば、本発明のPQQ依存性PDHが基質とするポリオールとしては、グリセロール(ピロロキノリンキノン依存性グリセロール脱水素酵素)、ソルビトール(ピロロキノリンキノン依存性ソルビトール脱水素酵素)、アラビトール(ピロロキノリンキノン依存性アラビトール脱水素酵素)、及びマンニトール(ピロロキノリンキノン依存性マンニトール脱水素酵素)などがある。これらのうち、グリセロールを基質とするもの(ピロロキノリンキノン依存性グリセロール脱水素酵素)が特に本発明では好ましく使用される。該PQQ依存性PDHは、上記したような基質に作用して所望の酵素活性を発揮するものであれば特に制限されないが、例えば、グリセロールの場合には、下記式に示されるような反応を触媒する。
【0027】
【化5】

【0028】
本発明によるPQQ依存性PDHは、ポリオールと電子受容体とを、対応する脱水素物と還元型電子受容体とに変換することができる。本発明のPQQ依存性PDHが好適に使用できる電子受容体としては、フェリシアン化カリウム、2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCIP)、Wurster’s blue、ニトロテトラゾリウムブルー等がある。
【0029】
また、上記例PQQ依存性PDHは、上記酵素を有するものであればいずれの源であってもよく、例えば、グルコノバクター属(Gluconobacter)、アシネトバクター属(Acinetobacter)、シュードモナス属(Pseudomonas)など、様々な細菌が生成することが知られている。これらPQQ依存性PDH生産菌が生産するいずれのPQQ依存性PDHも好適に使用することができる。これらの中でも本発明では、特にグルコノバクター属に属する細菌の膜画分に存在するPQQ依存性PDHを好適に使用することができる。さらに、入手の容易さから、グルコノバクター属、特には、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3171、3253、3258、3285、3289、3290、3291、グルコノバクター・フラテウリ(Gluconobacter frateurii)NBRC 3251、3260、3264、3265、3268、3286、グルコノバクター・セリナス(Gluconobacter Cerinus)NBRC 3262等を使用することができる。このような微生物の代表菌株として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3291がある。
【0030】
本発明で使用されるPQQ依存性PDHを調製する方法は、特に制限されず、上記した微生物から公知の方法を単独で若しくは修飾してまたはこれらを適宜組合わせて使用できる。具体的には、上記PQQ依存性PDH生産菌を栄養培地に培養し、該培養物からPQQ依存性PDHを採取すればよい。PQQ依存性PDH生産菌の培養にあたって使用する培地としては、使用菌株が資化しうる炭素源、窒素源、無機物、その他必要な栄養素を適量含有するものであれば、合成培地、天然培地いずれも使用できる。炭素源としては、例えばグルコース、グリセロール、ソルビトール等が使用される。窒素源としては、例えばペプトン類、肉エキス、酵母エキス等の窒素含有天然物や、塩化アンモニウム、クエン酸アンモニウム等の無機窒素含有化合物が使用される。無機物としては、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、硫酸マグネシウム等が使用される。また、PQQ依存性PDHの生産誘導物質として、ポリオールを培地に0.5〜10%程度添加しておくことが望ましい。培地は通常、振とう培養、あるいは通気撹はん培養で行う。培養温度は20〜50℃、好ましくは20〜40℃、培養pHは5〜10の範囲で、好ましくは6〜9に制御するのが良い。これら以外の条件下でも使用する菌株が生育すれば実施できる。培養期間は通常1〜5日が好ましく、菌体内にPQQ依存性PDHが生産蓄積される。なお、これらのPQQ依存性PDHは、菌体培養より精製して得られた酵素でも、PDH遺伝子を大腸菌等に形質導入して得られた組換え酵素であってもよい。
【0031】
次いで、得られたPQQ依存性PDHを精製する。精製方法は一般に使用される精製法を用いることができ、例えば、抽出法には超音波破砕、ガラスビーズを用いる機械的な破砕、フレンチプレス、界面活性剤などいずれを用いてもよい。さらに抽出液については、硫安やぼう硝などの塩析法、塩化マグネシウムや塩化カルシウムなどの金属凝集法、プロタミンやポリエチレンイミンなどの凝集法、さらにはDEAE(ジエチルアミノエチル)−セファロース、CM(カルボキシメチル)−セファロースなどのイオン交換クロマト法などにより精製することができる。また、これらの方法で得られた粗酵素液や精製酵素液は、そのままの形態で使用されても、あるいは化学修飾された形態で使用されてもよい。
【0032】
本発明において、2価の金属イオンを有する化合物は、PQQ依存性PDHの安定性を向上でき、かつ2価のイオンを形成する金属を有する化合物であれば特に制限されない。具体的には、2価のイオンを形成する金属としては、マグネシウム、カルシウム、バリウム、マンガン、鉄、銅、コバルト、ニッケル、水銀、鉛及び亜鉛などが挙げられ、これらのうち、マグネシウム及びカルシウムが好ましい。また、2価のイオンを形成する金属を有する化合物の形態もまた、PQQ依存性PDHの安定性を向上できるものであれば特に制限されないが、例えば、上記金属の塩化物等のハロゲン化物、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩などが挙げられるが、これらのうち、塩化物等のハロゲン化物、硫酸塩、硝酸塩が好ましい。なお、これらの2価の金属イオンを有する化合物は、単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0033】
上記2価の金属イオンを有する化合物の組成物中の割合は、PQQ依存性PDHの安定性を向上できる量であれば特に制限されない。好ましくは、2価の金属イオンを有する化合物が、対タンパク質量当たり、1〜30質量%、より好ましくは1〜20質量%の量で組成物中に存在する。この際、2価の金属イオンを有する化合物の量が1質量%未満であると、量が少なすぎて安定化剤としての効果が十分発揮できない可能性があり、逆に30質量%を超えると、添加に見合う効果の向上が認められず、また、溶解性が低下する場合がある。
【0034】
本明細書において、「非還元糖」とは、遊離性のアルデヒド基やケトン基を持たないために還元性を有しない糖類を意味する。このような非還元糖としては、上記したような性質を有するものであればよく、例えば、還元基同士の結合したトレハロース型少糖類、糖類の還元基と非糖類が結合した配糖体、糖類に水素添加して還元した糖アルコールなどがある。より具体的には、スクロース、トレハロース、ラフィノース等のトレハロース型少糖類;アルキル配糖体、フェノール配糖体、カラシ油配糖体等の配糖体;およびアラビトール、キシリトール、ソルビトール等の糖アルコールなどが挙げられる。これらのうち、PQQ依存性PDHの基質となる糖アルコールは、好ましくない場合がある。これらのうち、ラフィノース、トレハロース、スクロースが好ましく、特にラフィノース及びトレハロースが好ましい。これらの非還元糖は、単独で使用されても、あるいは2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0035】
また、本発明の組成物中に存在する非還元糖の割合は、本発明の組成物の酵素安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、非還元糖が、対タンパク質量当たり、1〜150質量%、より好ましくは5〜100質量%の割合で組成物中に存在することが好ましい。この際、非還元糖の量が1質量%未満であると、量が少なすぎて安定化剤としての効果が十分発揮できない可能性があり、逆に150質量%を超えると、酵素組成物を緩衝液等で再溶解した際、溶液の粘度が高すぎる場合がある。
【0036】
一般に、PQQ依存性PDHを含めて酵素は、保存時のpHによりその安定性に影響がある。このため、本発明の組成物は、PQQ依存性PDH、2価の金属イオンを有する化合物、界面活性剤、及び非還元糖の必須の成分に加えて、安定pH域の種々の緩衝液を使用することが好ましい。このような緩衝液は、所望のpHを有するものであれば公知の緩衝液が適宜使用でき、特に限定されるものではないが、例えば、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液;酢酸緩衝液;BES、HEPES、TES、ビシン、トリシン等のGOOD緩衝液;グリシン−NaOH等のアミノ酸系緩衝液;ホウ酸緩衝液;Bis−Tris propane緩衝液、イミダゾール緩衝液などが用いられる。これらのうち、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、酢酸緩衝液、GOOD緩衝液が好ましい。また、上記緩衝液の濃度は、特に制限されないが、好ましくは1〜200mM、より好ましくは5〜100mMである。上記緩衝液のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、通常、4.0〜11.0程度、より好ましくは5.0〜10.0の範囲である。
【0037】
本発明の組成物中に存在する界面活性剤としては、一般的に膜タンパク質の可溶化に用いられているものであればよく、例えば、トライトン(Triton)X−100、オクチルグルコシド、コール酸ナトリウムなどがある。これらのうち、トライトン(Triton)X−100が好ましく使用される。また、界面活性剤の割合は、本発明の組成物の酵素安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、界面活性剤が、対タンパク質量当たり、20〜1000質量%、より好ましくは20〜500質量%の割合で組成物中に存在することが好ましい。
【0038】
本発明の組成物を粉末状にする場合は、上記記載の液状の組成物を凍結後、凍結乾燥等により粉末状にすることができる。なお、この際、凍結乾燥方法は、特に限定されるものではなく、常法に従って行えばよい。
【0039】
本発明の第二は、本発明の組成物を含むポリオール測定試薬である。また、本発明の第三は、本発明の組成物をグリセロールと反応させることを特徴とする、グリセロールの定量法である。本発明のPQQ依存性PDH組成物は、酵素が凍結乾燥により粉末状にされたとしても、凍結乾燥による酵素の失活が有意に抑制・防止でき、また、凍結乾燥後の経時的な酵素活性の低下を有意に抑制・防止できるため、酵素を長期間にわたって安定して(酵素活性を有意に低下させることなく)保存することができる。このため、本発明のPQQ依存性PDH組成物は、ポリオールを正確に安定して定量するのに使用でき、ポリオール測定試薬として好適に使用することができる。
【0040】
本発明のポリオール測定試薬は、本発明のPQQ依存性PDHを含み、ポリオールを測定するために使用する試薬である。ポリオール脱水素酵素として本発明のPQQ依存性PDHを使用する点に特徴があり、例えば特許公報第3041840号、特許公報第3450911号、特許公報第3494398号などに記載されるポリオール測定で使用するポリオール脱水素酵素に代えて本発明のPQQ依存性PDHを本発明のポリオール測定試薬として使用することができる。
【0041】
本発明の定量法において、ポリオールを含む試料としては、食品、血清、血漿や全血等がある。また本発明のPQQ依存性PDHは血清や血奬、全血等の中性脂肪測定にも使用することができる。すなわちこれらの試料に含まれる中性脂肪は、例えばリポプロテインリパーゼにより遊離脂肪酸とグリセロールに分解されるが、ここで生じたグリセロールを本発明のPQQ依存性PDHを使用して、定量することができる。中性脂肪測定時には精神病治療患者、透析患者では遊離グリセロールが問題になるが、本発明のPQQ依存性PDHを用いればグリセロールを予め消去するか、もしくはその量を測定しておくことで真の中性脂肪値を求めることが可能である。本発明のPQQ依存性PDHは溶液中に界面活性剤を含んでいてもポリオールを正確に定量することができる。
【0042】
上述したように、本発明のポリオール脱水素酵素組成物は、ポリオール脱水素酵素の安定性を向上することができ、特に、凍結乾燥時の酵素の失活を抑えることができると共に、凍結乾燥後の経時的な酵素活性の低下を有意に抑制・防止できる。したがって、本発明の第四は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、及び界面活性剤を安定化剤として添加する段階を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の安定化方法である。本発明の方法によると、下記実施例において詳述されるように、凍結乾燥によるポリオール脱水素酵素の失活が有意に抑制できる;および凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の安定性が向上されるという効果が達成できる。
【実施例】
【0043】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。なお、本発明において、PQQ依存性PDHの酵素活性は、下記方法によって測定した。
【0044】
(酵素活性)
PQQ依存性PDHの酵素活性は、50μM DCIP、0.2mM 5−メチルフェナジニウムメチルスルファート(PMS)、400mM グリセロールを含んだ0.2%トライトン(Triton)X−100を含む10mMリン酸緩衝液pH 7.0中に、酵素溶液を加え、酵素と基質の反応をDCIPの600nmの吸光度変化によって追跡し、その吸光度の減少速度を酵素の反応速度とした。この際、1分間に1μmolのDCIPが還元される酵素活性を1単位(U)とした。なお、DCIPのpH7.0におけるモル吸光係数は、16.3mM−1とした。
【0045】
実施例1〜5、比較例1〜5
ソルビトール 2質量%、酵母エキス 0.3質量%、肉エキス 0.3質量%、コーン・スティープ・リカー 0.3質量%、ポリペプトン 1質量%、尿素 0.1質量%、KHPO 0.1質量%、MgSO・7HO 0.02質量%、CaCl 0.1質量%、pH 7.0よりなる培地400mlを調製し、500ml容の坂口フラスコに一本あたり該培地100mlずつを移し、121℃、20分間オートクレーブした。
【0046】
上記培地に、種菌として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3291を一白金耳植菌し、30℃で24時間、培養し、これを種培養液とした。
【0047】
次に、上記と同じ組成で調製した培地 6.6Lを10L容ジャーファーメンターに移し、121℃で20分間、オートクレーブを行ない、放冷した。この培地に、上記で得られた種培養液400mlを加えた。これを、750rpm、通気量7L/分、30℃で24時間培養した。
【0048】
所定時間培養した後、この培養液を遠心分離して集菌し、蒸留水で懸濁した後、フレンチプレスにより菌体を破砕した。破砕液を遠心分離(5,000×g、20分、4℃)し、さらに得られた上清を超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)して、膜画分を沈殿物として得た。
【0049】
この膜画分を10mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)に懸濁し、終濃度が1質量%となるようにトライトンX−100(Triton X−100)を加え、4℃で2時間撹拌した。超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)し、上清を0.2質量%トライトンX−100を含む10mMリン酸緩衝液(pH7.0)で一晩透析し、これを可溶化膜画分とした。
【0050】
この可溶化膜画分をFPLCにてResourceQ 6mlで夾雑するグルコース脱水素酵素を除いたポリオール脱水素酵素活性画分を得た。この画分を0.2質量%トライトンX−100を含む10mMリン酸緩衝液(pH7.0)で一晩透析することにより、比活性12.7U/mgタンパク質の酵素標品を得た。これをグルコノバクター・オキシダンス由来PDHと称する。
【0051】
次に、このようにして得られたグルコノバクター・オキシダンス由来PDH(比活性12.7U/mgタンパク質、タンパク質濃度1.0mg/mL)0.8mLに、終濃度が1質量%になるように、5質量%グルタルアルデヒド溶液200μLを加え、これを室温にて5分間緩やかに攪拌した。反応後、0.2(w/v)%トライトンX−100を含む10mM Tris−HCl緩衝液(pH7.0)で一晩透析することによって、架橋反応を停止させると共に、低分子量のものを取り除き、これをグルコノバクター・オキシダンス由来修飾PDHと称する。
【0052】
ついで、このようにして得られたグルコノバクター・オキシダンス由来修飾PDHを限外濾過により濃縮した。得られた濃縮グルコノバクター・オキシダンス由来修飾PDH(比活性10U/mgタンパク質、タンパク質濃度2.5mg/mL)に、表1に記載の安定化剤を表1に記載の量加え、凍結乾燥を16時間行なった。この際、凍結乾燥直後の酵素活性を測定した。なお、本実施例において、凍結乾燥は、上記添加剤含有酵素溶液を凍結後、凍結乾燥機を用いて約10Pa、約−50℃の条件で16時間行なった。また、比較対照として、凍結乾燥直前の酵素活性を測定した。
【0053】
上記条件で凍結乾燥した後のグルコノバクター・オキシダンス由来修飾PDHの酵素活性を測定して、凍結乾燥前の酵素活性を100%とした場合の凍結乾燥後の残存活性(%)を算出した。その結果を下記表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
上記表1に示される結果から、2価の金属イオンを有する化合物(硫酸マグネシウムおよび硝酸カルシウム)、非還元糖(トレハロースおよびラフィノース)、及び界面活性剤(トライトンX−100)を組合わせることによって、上記いずれか1種もしくは2種を組合わせた場合と比べて、凍結乾燥による酵素の失活を有意に抑制できることが確認された。以上の結果から、本発明の組成物は、PQQ依存性PDHの安定性を有意に向上でき、凍結乾燥による酵素活性の低下を有意に抑制することができると考察される。
【0056】
実施例6〜10、比較例6〜10
実施例1に記載の方法と同様にして得られた酵素組成物を、37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。この際、凍結乾燥直後の酵素活性を比較対照として測定した。
【0057】
上記条件で保存した後のグルコノバクター・オキシダンス由来修飾PDHの酵素活性を測定して、凍結乾燥直後の酵素活性を100%とした場合の37℃で1週間インキュベートした際の残存活性(%)を算出した。その結果を下記表2に示す。
【0058】
【表2】

【0059】
上記表2に示される結果から、2価の金属イオンを有する化合物(硫酸マグネシウムおよび硝酸カルシウム)、非還元糖(トレハロースおよびラフィノース)、及び界面活性剤(トライトンX−100)を組合わせることによって、上記いずれか1種もしくは2種を組合わせた場合と比べて、粉末状酵素の安定性が有意に向上できることが確認された。以上の結果から、本発明の組成物は、PQQ依存性PDHの安定性を有意に向上でき、経時的な酵素活性の低下を有意に抑制することができると考察される。
【0060】
また、上記表1及び表2に示される結果から、トレハロースもしくはラフィノースと、2価のマグネシウムイオンもしくは2価のカルシウムイオンと、界面活性剤(トライトンX−100)とを、PQQ依存性PDHに添加することにより、凍結乾燥時の及び凍結乾燥後の酵素組成物の安定性を向上できる(凍結乾燥による酵素の失活及び経時的な酵素活性の低下の抑制/防止)ことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の凍結乾燥時の失活を抑えるとともに、凍結乾燥後の経時的な酵素の安定性を向上させることが可能であるため、本発明の組成物は、正確にグリセロールを定量するのに好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、及び界面活性剤を含む、安定なポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項2】
前記ポリオール脱水素酵素は、グリセロール脱水素酵素であることを特徴とする、請求項1に記載の安定なポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項3】
前記2価の金属イオンを有する化合物は、マグネシウムイオン(Mg2+)を有する化合物及びカルシウムイオン(Ca2+)を有する化合物からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項1または2に記載の安定なポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項4】
前記非還元糖は、ラフィノース及びトレハロースの少なくとも一方を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の安定なポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項5】
前記界面活性剤は、トライトン(Triton)X−100である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の安定なポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の安定なポリオール脱水素酵素組成物を含む、ポリオール測定試薬。
【請求項7】
請求項2〜5のいずれか1項に記載の安定なポリオール脱水素酵素組成物をグリセロールと反応させる段階を有する、グリセロールの定量法。
【請求項8】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、及び界面活性剤を安定化剤として添加する段階を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の安定化方法。
【請求項9】
凍結乾燥によるポリオール脱水素酵素の失活が抑制される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の安定性が向上される、請求項8または9に記載の方法。

【公開番号】特開2007−259814(P2007−259814A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−92133(P2006−92133)
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【出願人】(000106771)シーシーアイ株式会社 (245)
【出願人】(503195850)有限会社アルティザイム・インターナショナル (31)
【Fターム(参考)】