説明

密封装置

【課題】内周側および外周側シールリップの経時的な剥がれを効果的に防止することができるとともに、表面処理のコストを抑えることができる密封装置を提供する。
【解決手段】キャンセルプレート2と対向するアルミダイキャスト製のピストンシール側環状部材12と、このピストンシール側環状部材12の内周端部14および外周端部11に接着された内周側および外周側シールリップ15,13とを備える。そして、前記内周端部14および外周端部11に環状の溝部44,38を設け、内周側および外周側シールリップ15,13を内周端部14および外周端部11に加硫接着する際に未加硫のゴム素材を溝部44,38の内部に充填させて当該両シールリップ15,13の接着面積を深さ方向へ拡大させている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機(AT)に用いられ、軸方向に摺動可能なピストンシールを備えた密封装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車等の自動変速機の動力接続部には、流体圧力によりハウジング内を軸方向へ移動して多板クラッチを押圧する環状のピストンシールと、このピストンシールの軸方向一方側に当該ピストンシールと同軸心状に配置された環状のキャンセルプレートとを備えた密封装置が組み込まれている(例えば、特許文献1参照)。前記ピストンシールは、キャンセルプレートと対向する金属製の環状部材と、この環状部材と前記ハウジングとの間をシールするために前記環状部材の内周端部および外周端部にそれぞれ接着されたシールリップとを有している。
【0003】
また、前記ピストンシールにアルミダイキャスト製の環状部材を用い、密封装置の大幅な軽量化を図るようにしたものもある(例えば、特許文献2参照)。
なお、特許文献2のものでは、シールリップの接着部分を、ハウジングとの間で形成される圧力室に臨む受圧側面からその内周面および外周面を経て前記受圧側面と反対側を向いた面まで被覆するように皮膜状に形成し、これによって、アルミダイキャスト製の環状部材とシールリップの接着部分との互いの接着面積を拡大して、アルミダイキャスト製の環状部材とゴム素材との間での加硫接着による相性の不適を補うようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−45713号公報
【特許文献2】特開2008−281090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記アルミダイキャスト製の環状部材にシールリップを接着する場合には、環状部材に表面処理(接着材塗装)を施す必要があるが、その表面処理にはばらつきが生じ易い。これは、環状部材の圧力室に臨む受圧側面からその内周面および外周面を経て前記受圧側面と反対側を向いた面まで広範囲に亘って表面処理、つまり接着材を塗らなければならないが、広範囲に亘って接着材を均一に塗るのが難しく、接着材の塗りむら等が生じ易いからである。そのため、表面処理にばらつきがあると、アルミダイキャスト製の環状部材とゴム素材との互いの相性の不適とも相俟って接着力の低下が否めず、たとえシールリップの接着部分の接着面積を環状部材の広範囲に亘って拡大させても経時的に剥がれが生じ易いものとなる。
しかも、前述の如く広範囲に亘って表面処理を行うと、その表面処理にかかる工数、費用が多大なものとなり、表面処理のコストが嵩むことになる。
【0006】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、アルミダイキャスト製の環状部材の内周端部および外周端部でのシールリップの経時的な剥がれを効果的に防止することができるとともに、表面処理のコストを抑えることができる密封装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため、本発明では、流体圧力によりハウジング内を軸方向一方側へ移動して多板クラッチを押圧する環状のピストンシールと、このピストンシールの軸線方向一方側に当該ピストンシールと同軸心状に配置された環状のキャンセルプレートとを備えた密封装置であって、前記ピストンシールは、前記キャンセルプレートと対向するアルミダイキャスト製の環状部材と、この環状部材と前記ハウジングとの間をシールするために前環状部材の内周端部および外周端部に接着されたシールリップとを有し、前記環状部材の内周端部および外周端部はそれぞれ環状の溝部を有し、前記環状部材の内周端部および外周端部のシールリップは、当該内周端部および外周端部の溝部の深さ方向にそれぞれ充填される充填片を有することを特徴としている。
前記構成の密封装置では、シールリップを環状部材の内周端部および外周端部に接着する際に、環状部材の内周端部および外周端部の環状の溝部の深さ方向にそれぞれ充填された充填片によって、当該内周端部および外周端部のシールリップの接着面積が深さ方向に拡大される。このため、シールリップが環状部材の内周端部および外周端部といった限定された部位においてのみ接着されていても、当該部位において接着面積を深さ方向に拡大したシールリップの接着力が十分に高められる。これにより、アルミダイキャスト製の環状部材の内周端部および外周端部でのシールリップの経時的な剥がれを効果的に防止することが可能となる。
しかも、表面処理が環状部材の内周端部および外周端部においてのみ行われることになり、環状部材の圧力室に臨む受圧側面からその内周面および外周面を経て前記受圧側面と反対側を向いた面まで広範囲に亘って表面処理を行っていたものに比して、表面処理にかかる工数、費用が削減され、表面処理のコストを抑えることが可能となる。
【0008】
また、前記環状部材の内周端部および外周端部のシールリップは、未加硫のゴム素材を前記環状部材の内周端部および外周端部にそれぞれ加硫接着することにより、前記充填片を当該内周端部および外周端部のシールリップの構成部分として一体成形したものであることが好ましい。
この場合、未加硫のゴム素材を前記環状部材の内周端部および外周端部にそれぞれ加硫接着した際に充填片が内周端部および外周端部のシールリップの構成部分として一体成形されるので、シールリップに予め一体成形された充填片を環状部材の内周端部および外周端部の溝部に押し込んで充填することにより当該内周端部および外周端部に接着していたものに比して、シールリップを環状部材の内周端部および外周端部に簡単に接着することができる。
【0009】
また、前記外周端部の溝部は、当該溝部よりもさらに深い複数の凹部を周方向所定間隔おきに有していることが好ましい。
この場合、シールリップを環状部材の外周端部に接着する際に、充填片が外周端部の溝部よりもさらに深い凹部の内部にも充填され、シールリップの接着面積が深さ方向へさらに拡大される。これにより、環状部材の外周端部でのシールリップの接着力が大幅に高められ、外周端部のシールリップの経時的な剥がれをより効果的に防止することが可能となる。
しかも、凹部を溝部の周方向所定間隔おきに有していることにより、環状部材の外周端部での剛性を凹部によって低下させることなく円滑に確保され、環状部材の外周端部での変形等を効果的に防止することが可能となる。
【0010】
また、前記環状部材の外周端部のシールリップは、前記環状部材の外周端部から径方向内方側に亘って接着され、そのシールリップの径方向内方側に対応する前記環状部材の対応部位は環状の溝部を有し、この環状部材の対応部位の溝部および前記外周端部の溝部の深さ方向が、当該各溝部に充填された充填片の先端部同士を互いに向き合わせるように斜め方向向きとなっていることが好ましい。
この場合、シールリップを環状部材の外周端部から径方向内方側に亘って接着する際に、環状部材の対応部位の溝部および外周端部の溝部にそれぞれ充填された充填片は、それぞれの先端部同士を各溝部の底部で互いに向き合わせているために溝部から抜け難くなっている。これにより、外周端部でのシールリップの接着力がより一層高められることになり、外周端部のシールリップの経時的な剥がれをさらに効果的に防止することが可能となる。
【0011】
また、前記環状部材の内周端部における溝部の縦壁は、当該縦壁を軸方向に貫通する複数の貫通孔を周方向所定間隔おきに有し、前記環状部材の内周端部のシールリップは、前記充填片を用いて前記溝部の縦壁をその軸方向両側から挟み込むように当該縦壁の軸方向反溝部側に接着される環状鍔部と、前記各貫通孔に充填された状態で前記充填片と前記環状鍔部とを軸方向に一体に繋ぐ充填部とを有することが好ましい。
この場合、環状部材の内周端部における溝部の縦壁を軸方向両側から挟み込んで接着する充填片と環状鍔部とが、環状部材の内周端部の各貫通孔に充填された充填部によって軸方向に一体に繋がっているので、充填片と環状鍔部とが各貫通孔の充填部によって環状部材の内周端部に弾性的に繋がれた状態となり、環状部材の内周端部に対する充填片および環状鍔部の接着力が効果的に向上する。このため、表面処理にばらつきのある環状部材の内周端部にシールリップを接着しても、充填片および環状鍔部の接着力が各貫通孔の充填部によって弾性的にアシストされて十分に高められ、シールリップに経時的に剥がれが生じることがない。
【0012】
また、前記環状部材の内周端部のシールリップは、未加硫のゴム素材を前記環状部材の内周端部に加硫接着することにより、前記充填片と前記環状鍔部と前記充填部とを当該シールリップの構成部分として一体成形したものであることが好ましい。
この場合、充填片および環状鍔部と充填部とがシールリップの構成部分として一体成形されるので、充填片および環状鍔部に対し充填部とが一体成形されずに別途接着材等により接着されて充填片と環状鍔部とを軸方向に一体に繋ぐようにしたものに比して、簡単かつ安価にシールリップを環状部材の内周端部に接着することができる。
【0013】
更に、前記キャンセルプレートは、アルミダイキャスト製のプレート側環状部材と、このプレート側環状部材と前記ピストンシールとの間をシールするために前記プレート側環状部材の外周端部に接着されたプレート側シールリップとを有し、前記プレート側環状部材の外周端部は、その外周端部を軸方向に貫通する複数の貫通孔を周方向所定間隔おきに有し、前記プレート側シールリップは、前記プレート側環状部材の外周端部を軸方向両側から挟み込む一対の環状鍔部と、前記各貫通孔に充填された状態で前記両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部とを有することが好ましい。
この場合、プレート側環状部材の外周端部を軸方向両側から挟み込んで接着する一対の環状鍔部同士が、プレート側環状部材の外周端部の各貫通孔に充填された充填部によって軸方向に一体に繋がっているので、両環状鍔部が各貫通孔の充填部によってプレート側環状部材の外周端部に弾性的に繋がれた状態となり、プレート側環状部材の外周端部に対する両環状鍔部の接着力が効果的に向上する。このため、表面処理にばらつきのあるプレート側環状部材の外周端部にプレート側シールリップを接着しても、両環状鍔部の接着力が各貫通孔の充填部によってアシストされて十分に高められ、プレート側シールリップに経時的に剥がれが生じるのを抑制することができる。
【0014】
また、前記プレート側シールリップは、未加硫のゴム素材を前記プレート側環状部材の外周端部に加硫接着することにより、前記一対の環状鍔部と前記充填部とを当該プレート側シールリップの構成部分として一体成形したものであることが好ましい。
この場合、一対の環状鍔部と充填部とがプレート側シールリップの構成部分として一体成形されるので、一対の環状鍔部に対し充填部が一体成形されずに別途接着材等により接着されて両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐようにしたものに比して、簡単かつ安価にプレート側シールリップをプレート側環状部材の外周端部に接着することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の密封装置によれば、アルミダイキャスト製の環状部材の内周端部および外周端部でのシールリップの接着力を十分に高めて、シールリップの経時的な剥がれを効果的に防止することができるとともに、表面処理のコストを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係る密封装置が自動変速機に組み込まれた状態を示す下半分の断面図である。
【図2】ピストンシール側環状部材の外周端部付近の断面図である。
【図3】ピストンシール側環状部材の内周端部付近の断面図である。
【図4】キャンセルプレート側環状部材の外周端部付近の断面図である。
【図5】実施の形態の変形例に係るピストンシール側環状部材の外周端部付近の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいてて説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る密封装置が自動変速機に組み込まれた状態を示している。この密封装置1は、キャンセルプレート2と、このキャンセルプレート2が組み込まれたピストンシール3と、キャンセルプレート2とピストンシール3の間に配置されたスプリング4とを備えている。このうち、キャンセルプレート2とピストンシール3とは同軸心状に配置され、ピストンシール3は、ハウジング5やキャンセルプレート2に対して軸方向に移動可能とされている。ピストンシール3とハウジング5との間は圧力室6となっており、この圧力室6に制御油が供給されて圧力室6の圧力が高められると、図1に二点鎖線で示すように、流体圧によりピストンシール3がスプリング4の付勢力に抗して軸方向一方側(図1では右側)へ移動し、当該ピストンシール3の外周端部により多板クラッチ7を押圧することで動力伝達が行われる。なお、図1中Oは、密封装置1の軸芯である。
【0018】
ピストンシール3は、キャンセルプレート2と対向するアルミダイキャスト製のピストンシール側環状部材12(環状部材)と、このピストンシール側環状部材12とハウジング5との間をシールするためにピストンシール側環状部材12の外周端部11および内周端部14にそれぞれ接着された外周側シールリップ13および内周側シールリップ15とを備えている。ハウジング5は密封装置1と対応する部位において軸方向他側(図1では左側)へ突出する突出部16を有し、ピストンシール側環状部材12は、前記突出部16に則して軸方向他側へ突出して断面略U字状に形成されている。このピストンシール側環状部材12は、ピストンシール3の内周側つまり突出部16の外周面に沿って軸方向へ延びる内周側円筒部17と、ピストンシール3の外周側つまり突出部16の内周面に沿って軸方向へ延びる外周側円筒部18と、内周側円筒部17および外周側円筒部18の軸方向他側端部同士を半径方向に連結する円環部19とからなる。また、ピストンシール側環状部材12の半径方向内側つまり円環部19の半径方向内側には、スプリング4を受ける断面略L字状のスプリング受け部材20が取り付けられている。この場合、ピストンシール側環状部材12は、鋳造により成形されている。
【0019】
また、図2に示すように、外周側シールリップ13は、外周側円筒部18の軸方向他側端部から半径方向外方に突出するリップ本体21と、このリップ本体21と一体となった接着部分22とからなる。この接着部分22は、ピストンシール側環状部材12の外周端部11において表面処理(接着材塗装)が施された表面処理部位に接着される。この表面接着部位とは、ピストンシール側環状部材12の外周端部11から径方向内方側に亘る部位、つまり外周側円筒部18の軸方向略中央部から円環部19の外周部に亘る部位のことである。そして、外周側シールリップ13は、ハウジング5の突出部16の半径方向外側の内周面とピストンシール側環状部材12の外周端部11との間をシールしている。
【0020】
一方、図3に示すように、内周側シールリップ15は、内周側円筒部17の軸方向一側(図1では右側)から半径方向内方に突出するリップ本体23と、このリップ本体23と一体となった接着部分24とからなる。この接着部分24は、ピストンシール側環状部材12の内周端部14において表面処理(接着材塗装)が施された表面処理部位に接着される。この表面処理部位とは、内周側円筒部17の内周側から円環部19の端縁(後述する溝部44の縦壁46)に亘る部位のことである。そして、内周側シールリップ15は、ハウジング5の突出部16の半径方向内側の外周面とピストンシール側環状部材12の内周端部14との間をシールしている。
【0021】
また、図1に示すように、キャンセルプレート2は、ピストンシール3と対向するアルミダイキャスト製のキャンセルプレート側環状部材26(プレート側環状部材)と、このキャンセルプレート側環状部材26とピストンシール3との間をシールするためにキャンセルプレート側環状部材26の外周端部27に接着されたキャンセルプレート側シールリップ28(プレート側シールリップ)とを備えている。このキャンセルプレート側シールリップ28は、ピストンシール側環状部材12の外周側円筒部18と外周端部27との間をシールしている。また、キャンセルプレート側環状部材26は、半径方向外側に位置する外周部30と、その半径方向内側に位置するスプリング受け部31とを有し、断面略クランク状に形成されている。そして、外周側シールリップ13、内周側シールリップ15、およびキャンセルプレート側シールリップ28は、水素化ニトリルゴム(HNBR)、ニトリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等のいずれかのゴム素材から選択されて適用される。この場合、キャンセルプレート側環状部材26も鋳造により成形されている。
【0022】
そして、図4に示すように、キャンセルプレート側シールリップ28は、キャンセルプレート側環状部材26の外周端部27から半径方向外方に突出するリップ本体33と、このリップ本体33と一体となった接着部分34とからなる。この接着部分34は、キャンセルプレート側環状部材26の外周端部27において表面処理(接着材塗装)が施された表面処理部位に接着される。この表面処理部位とは、外周端部27の軸方向両側面のことである。また、スプリング受け部31の内周端部は、止め輪37によってハウジング5に保持されている。
【0023】
また、図2に示すように、ピストンシール側環状部材12の外周端部11における外周側円筒部18の軸方向他側には、環状の溝部38が形成されている。この溝部38の深さ方向は、軸芯Oと直交するように半径方向内方側向きとなっている。また、溝部38には、その底部の深さをさらに略倍程度深くするとともに軸方向の幅を若干広くする複数の凹部40が周方向所定間隔おきに凹設されている。そして、外周側シールリップ13の接着部分22は、ピストンシール側環状部材12の外周端部11の溝部38および凹部40の深さ方向に充填される充填片41を有している。この充填片41は、図示しない金型を用いて外周側シールリップ13を外周端部11に加硫接着する際にリップ本体21および接着部分22と共に一体成形される。
【0024】
そして、図3に示すように、ピストンシール側環状部材12の内周端部14における内周側円筒部17の軸方向一側端部には、半径方向内方に突出する凸部43が一体的に設けられている。この凸部43の内周面には、径方向外方に凹む環状の溝部44が形成されている。また、溝部44の軸方向外側(図3では右側)の縦壁46には、その縦壁46を軸方向に貫通する複数の貫通孔50が周方向所定間隔おきに形成されている。各貫通孔50は、それぞれ略真円形状に開口しているが、周方向に長い長孔であってもよい。そして、内周側シールリップ15の接着部分24は、溝部44に充填された充填片としての環状凸片45と、この環状凸片45を用いて溝部44の軸方向外側(図3では右側)の縦壁46を軸方向両側から挟み込むように当該縦壁46の軸方向外側(軸方向反溝部側)に接着される環状鍔部47と、縦壁46の各貫通孔50に充填された状態で環状凸片45と環状鍔部47とを軸方向に一体に繋ぐ充填部51とを有している。この充填部51は、図示しない金型を用いて内周側シールリップ15を内周端部14に加硫接着する際にリップ本体23と接着部分24と環状凸片45および環状鍔部47と共に一体成形される。
【0025】
更に、図4に示すように、キャンセルプレート側環状部材26の外周端部27には、その外周端部27を軸方向に貫通する複数の貫通孔52が周方向所定間隔おきに形成されている。各貫通孔52は、それぞれ略真円形状に開口しているが、周方向に長い長孔であってもよい。また、キャンセルプレート側シールリップ28の接着部分34は、多板クラッチ7側(図4では右側)の第1環状鍔部35とその反対側の第2環状鍔部36を備え、これら両環状鍔部35,36によって断面略コ字状に形成されている。そして、第1および第2環状鍔部35,36により、キャンセルプレート側環状部材26の外周端部27が軸方向両側から挟み込まれており、キャンセルプレート側シールリップ28とキャンセルプレート側環状部材26との接着強度が高められている。また、接着部分34は、キャンセルプレート側環状部材26の外周端部27の各貫通孔52に充填された状態で両環状鍔部35,36同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部53を有している。この充填部53は、図示しない金型を用いてキャンセルプレート側シールリップ28をキャンセルプレート側環状部材26の外周端部27に加硫接着する際にリップ本体33と接着部分34と両環状鍔部35,36と共に一体成形される。
【0026】
前記実施の形態では、外周側シールリップ13をピストンシール側環状部材12の外周端部11に加硫接着する際に未加硫のゴム素材を外周側円筒部18の溝部38の内部に充填させた充填片41によって、外周側シールリップ13の接着部分22の接着面を深さ方向に延ばしているので、外周端部11といった限定された部位においてのみ接着される外周側シールリップ13の接着面積が深さ方向に拡大される。しかも、溝部38には、当該溝部38の底部の深さをさらに深くするとともに軸方向の幅を広くした凹部40が周方向所定間隔おきに凹設されているので、外周側シールリップ13の加硫接着時に凹部40にもゴム素材が十分に充填され、外周側シールリップ13の接着面積がさらに深さ方向に拡大される上、軸方向にも拡大される。これにより、アルミダイキャスト製のピストンシール側環状部材12の外周端部11での外周側シールリップ13の接着力が大幅に高められ、外周側シールリップ13の経時的な剥がれを効果的に防止することができる。
しかも、凹部40が溝部38の周方向所定間隔おきに設けられることにより、凹部を溝部の周方向全域に亘って連続的に設けた場合に比して、ピストンシール側環状部材12の外周端部11での剛性を低下させることなく十分に確保され、ピストンシール側環状部材12の外周端部11での変形等を効果的に防止することができる。
【0027】
また、内周側シールリップ15をピストンシール側環状部材12の内周端部14に加硫接着する際に未加硫のゴム素材が内周側円筒部17の凸部43の溝部44に充填されて成形される環状凸片45とこの環状凸片45から縦壁46を跨いでその軸方向外側に回り込むように充填された環状鍔部47とによって、内周側シールリップ15の接着部分24の接着面を深さ方向に延ばしているので、内周端部14といった限定された部位においてのみ接着される内周側シールリップ15の接着面積が深さ方向に拡大される。しかも、内周側シールリップ15を加硫接着する際に溝部44の縦壁46を軸方向両側から挟み込む環状凸片45および環状鍔部47が、未加硫のゴム素材が縦壁46の貫通孔50に充填された充填部51によってピストンシール側環状部材12の内周端部14の縦壁46に弾性的に繋がれるので、ピストンシール側環状部材12の内周端部14に対する環状凸片45および環状鍔部47の接着力が効果的に向上する。このため、表面処理にばらつきのあるピストンシール側環状部材12の内周端部14に内周側シールリップ15を加硫接着しても、環状凸片45および環状鍔部47の接着力が各貫通孔50内の充填部51によって弾性的にアシストされて大幅に高められ、内周側シールリップ15の経時的な剥がれを効果的に防止することができる。
【0028】
更に、キャンセルプレート側シールリップ28をキャンセルプレート側環状部材26の外周端部27に加硫接着する際に外周端部27を軸方向両側から挟み込んで当該外周端部27に加硫接着される一対の環状鍔部35,36同士が、外周端部27の各貫通孔52に充填された充填部53によって当該外周端部27に弾性的に繋がれた状態となり、キャンセルプレート側環状部材26の外周端部27に対する両環状鍔部35,36の接着力が効果的に向上する。このため、表面処理にばらつきのあるキャンセルプレート側環状部材26の外周端部27にキャンセルプレート側シールリップ28を加硫接着しても、両環状鍔部35,36の接着力が各貫通孔52内の充填部53によってアシストされて大幅に高められ、キャンセルプレート側シールリップ28の経時的な剥がれを効果的に防止することができる。
【0029】
しかも、表面処理がピストンシール側環状部材12の内周端部14および外周端部11、並びにキャンセルプレート側環状部材26の外周端部27といった限定された接着箇所においてのみ行われることになり、環状部材の圧力室に臨む受圧側面からその内周面および外周面を経て前記受圧側面と反対側を向いた面まで広範囲に亘って表面処理を行っていたものに比して、表面処理にかかる工数、費用が削減され、表面処理のコストを抑えることができる。
【0030】
なお、本発明は、前記実施の形態に限定されるものではなく、その他種々の変形例を包含している。例えば、前記実施の形態では、外周側円筒部18の軸方向他側に、深さ方向が軸芯Oと直交するように半径方向内方側向きとなる環状の溝部38を形成したが、図5に示すように、外周側円筒部18の軸方向他側端部に設けられた環状の溝部55の他にピストンシール側環状部材12の対応部位としての円環部19の外周部にも環状の溝部56が設けられ、この各溝部55,56にそれぞれ充填された充填片57の先端部同士を同一軸線上において互いに向き合わせるように深さ方向が斜め方向向きとなっていてもよい。この場合、外周側シールリップ13の加硫接着時に各溝部55,56に充填された充填片57は、それぞれの先端部を互いに向き合わせているために当該溝部55,56から抜け難くなっている。これにより、外周端部11での外周側シールリップ13の接着力がより一層高められることになり、外周側シールリップ13の経時的な剥がれをさらに効果的に防止することができる。なお、本変形例で述べた外周側円筒部18および円環部19の双方に設けられる溝部55,56は、前記実施の形態で述べた外周側円筒部18の軸方向他側の溝部38と併用して設けることも可能である。また、各溝部55,56に充填された充填片57の先端部同士を必ずしも同一軸線上において互いに向き合わせるように各溝部の深さ方向を斜め方向向きにする必要はなく、先端部同士を近づける方向で向き合わせるように各溝部の深さ方向がそれぞれ異なる軸線上において斜め方向向きとなっていてもよい。
【0031】
また、前記実施の形態では、ピストンシール側環状部材12の内周端部14および外周端部11、並びにキャンセルプレート側環状部材26の外周端部27をそれぞれ個別に臨ませたキャビティ内に未加硫のゴム素材を注入して内周側シールリップ15、外周側シールリップ13、およびキャンセルプレート側シールリップ28をそれぞれ一体成形したが、例えば各シールリップのリップ本体を予め成形しておき、それぞれ対応するリップ本体の基部側(接着部分側)とピストンシール側環状部材の内周端部および外周端部並びにキャンセルプレート側環状部材の外周端部とをキャビティ内に臨ませ、このキャビティ内に未加硫のゴム素材を注入してリップ本体の基部に接着部分が一体成形されるようにしてもよい。また、内周側シールリップのリップ本体と接着部分(環状凸片および環状鍔部並びに充填部)とを予め一体成形しておき、環状凸片および環状鍔部のうちの一方と充填部の軸方向一端とが一体成形されずに別途接着材等により接着されて環状凸片および環状鍔部を軸方向に一体に繋ぐようにしてもよい。また、同様に、キャンセルプレート側シールリップのリップ本体と接着部分(両環状鍔部および充填部)とを予め一体成形しておき、一対の環状鍔部のうちの一方と充填部の軸方向一端とが一体成形されずに別途接着材等により接着されて両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐようにしてもよい。
【符号の説明】
【0032】
1 密封装置
2 キャンセルプレート
3 ピストンシール
5 ハウジング
7 多板クラッチ
11 ピストンシール側環状部材の外周端部
12 ピストンシール側環状部材(環状部材)
13 外周側シールリップ(シールリップ)
14 ピストンシール側環状部材の内周端部
15 内周側シールリップ(シールリップ)
18 外周側円筒部(円筒部)
19 円環部(ピストンシール側環状部材の対応部位)
26 キャンセルプレート側環状部材(プレート側環状部材)
27 キャンセルプレート側環状部材の外周端部
28 キャンセルプレート側シールリップ(プレート側シールリップ)
35 第1環状鍔部
36 第2環状鍔部
38 外周端部の溝部
40 凹部
41 外周側シールリップの充填片
44 内周端部の溝部
45 環状凸片(内周側シールリップの充填片)
46 縦壁
47 環状鍔部
50 内周端部の貫通孔
52 外周端部の貫通孔
53 キャンセルプレート側シールリップの充填部
55 外周端部の溝部
56 対応部位の溝部
57 外周側シールリップの充填片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体圧力によりハウジング内を軸方向一方側へ移動して多板クラッチを押圧する環状のピストンシールと、このピストンシールの軸線方向一方側に当該ピストンシールと同軸心状に配置された環状のキャンセルプレートとを備えた密封装置であって、
前記ピストンシールは、前記キャンセルプレートと対向するアルミダイキャスト製の環状部材と、この環状部材と前記ハウジングとの間をシールするために前記環状部材の内周端部および外周端部にそれぞれ接着されたシールリップとを有し、
前記環状部材の内周端部および外周端部はそれぞれ環状の溝部を有し、
前記環状部材の内周端部および外周端部のシールリップは、当該内周端部および外周端部の溝部の深さ方向にそれぞれ充填される充填片を有することを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記環状部材の内周端部および外周端部のシールリップは、未加硫のゴム素材を前記環状部材の内周端部および外周端部にそれぞれ加硫接着することにより、前記充填片を当該内周端部および外周端部のシールリップの構成部分として一体成形したものである請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記外周端部の溝部は、当該溝部よりもさらに深い複数の凹部を周方向所定間隔おきに有している請求項1または2に記載の密封装置。
【請求項4】
前記環状部材の外周端部のシールリップは、前記環状部材の外周端部から径方向内方側に亘って接着され、そのシールリップの径方向内方側に対応する前記環状部材の対応部位は環状の溝部を有し、
この環状部材の対応部位の溝部および前記外周端部の溝部の深さ方向が、当該各溝部に充填された充填片の先端部同士を互いに向き合わせるように斜め方向向きとなっている請求項1〜3のいずれか1つに記載の密封装置。
【請求項5】
前記環状部材の内周端部における溝部の縦壁は、当該縦壁を軸方向に貫通する複数の貫通孔を周方向所定間隔おきに有し、
前記環状部材の内周端部のシールリップは、前記充填片を用いて前記溝部の縦壁をその軸方向両側から挟み込むように当該縦壁の軸方向反溝部側に接着される環状鍔部と、前記各貫通孔に充填された状態で前記充填片と前記環状鍔部とを軸方向に一体に繋ぐ充填部とを有する請求項1〜4のいずれか1つに記載の密封装置。
【請求項6】
前記環状部材の内周端部のシールリップは、未加硫のゴム素材を前記環状部材の内周端部に加硫接着することにより、前記充填片と前記環状鍔部と前記充填部とを当該シールリップの構成部分として一体成形したものである請求項5に記載の密封装置。
【請求項7】
前記キャンセルプレートは、アルミダイキャスト製のプレート側環状部材と、このプレート側環状部材と前記ピストンシールとの間をシールするために前記プレート側環状部材の外周端部に接着されたプレート側シールリップとを有し、
前記プレート側環状部材の外周端部は、その外周端部を軸方向に貫通する複数の貫通孔を周方向所定間隔おきに有し、
前記プレート側シールリップは、前記プレート側環状部材の外周端部を軸方向両側から挟み込む一対の環状鍔部と、前記各貫通孔に充填された状態で前記両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部とを有する請求項1〜6のいずれか1つに記載の密封装置。
【請求項8】
前記プレート側シールリップは、未加硫のゴム素材を前記プレート側環状部材の外周端部に加硫接着することにより、前記一対の環状鍔部と前記充填部とを当該プレート側シールリップの構成部分として一体成形したものである請求項7に記載の密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−270833(P2010−270833A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−123348(P2009−123348)
【出願日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【出願人】(000167196)光洋シーリングテクノ株式会社 (57)
【Fターム(参考)】