説明

導電性酸化物焼結体、これを用いたサーミスタ素子、及びこれを用いた温度センサ

【課題】広い温度範囲において、適切に温度検知ができる導電性酸化物焼結体、これを用いたサーミスタ素子、このサーミスタ素子を用いた温度センサを提供する。
【解決手段】サーミスタ素子2をなす導電性酸化物焼結体1は、Yb,Luの少なくともいずれか、及び、Yb,Lu,Laを除く3A族元素のうち少なくとも1種からなる元素群を第1元素群RE1とし、Laを除く3A族元素のうち少なくとも1種からなり、第1元素群RE1をなす元素群のうち少なくとも1種を含む元素群を第2元素群RE2とし、Sr,Ca,Mgのうち、少なくともSrをモル比で主として含む元素群をSLとし、Crを除く4A〜7A及び8族元素のうち少なくとも1種からなる元素群をM1としたとき、RE14Al29と表記される組成を有する第1結晶相と、(RE21-cSLc)(AlxM1y)O3と表記される第2結晶相とを含み、係数cが、0.18<c<0.50である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性を有し、その抵抗値が温度によって変化する導電性酸化物焼結体、これを用いたサーミスタ素子、さらには、これを用いた温度センサに関する。
【背景技術】
【0002】
サーミスタ素子、温度センサの用途として、自動車エンジンなどの内燃機関からの排ガス温度測定がある。これらの用途では、高温域での温度検知のほか、OBDシステム(On-Board Diagnostic systems)などにおける温度センサの故障(断線)検知のため、低温下でもその温度を検知可能とすることが望まれている。
これに対し、特許文献1では、温度勾配定数(B定数)が、2000〜3000K程度となる導電性酸化物焼結体が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−246381号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、サーミスタ素子の温度検知範囲は多様化しており、その1つに、広い温度範囲での適用が可能で、かつさらに低いB定数を持つサーミスタ素子が望まれている。
このようなサーミスタ素子では、例えば、上述のような排ガス温度測定の用途において、−40℃〜+600℃の温度範囲で適切に温度検知ができ、しかも、温度センサの故障検知として、低温側での断線検知や高温側での短絡検知を、温度センサ(サーミスタ素子)の出力から正確に行いうる。
【0005】
本発明は、かかる要望に応えるべくなされたものであって、広い温度範囲において、適切に温度検知ができる導電性酸化物焼結体、これを用いたサーミスタ素子、及び、このサーミスタ素子を用いた温度センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明の一態様は、Yb,Luの少なくともいずれか、及び、Yb,Lu,Laを除く3A族元素のうち少なくとも1種からなる元素群を第1元素群RE1とし、Laを除く3A族元素のうち少なくとも1種からなる元素群RE2であって、上記第1元素群RE1をなす元素群のうち少なくとも1種を含む元素群を第2元素群RE2とし、Sr,Ca,Mgのうち、少なくともSrをモル比で主として含む元素群をSLとし、Crを除く、4A,5A,6A,7A及び8族元素のうち少なくとも1種からなる元素群をM1としたとき、RE14Al29と表記される組成を有する第1結晶相と、(RE21-cSLc)(AlxM1y)O3と表記されるペロブスカイト構造を有する第2結晶相と、を含み、上記第2結晶相の係数cが、0.18<c<0.50の範囲であり、上記第2結晶相の係数x,yが、0.95≦x+y≦1.1の範囲である導電性酸化物焼結体である。
【0007】
この導電性酸化物焼結体は、上述の第1元素群RE1とアルミニウムを含む第1結晶相を含んでいる。さらに、この焼結体は、Aサイトにおける、上述の第2元素群RE2と2A族元素(2族元素)の元素群SLとの量を与える係数cが所定範囲内であり、Bサイトにアルミニウムと4A族(4族)等の元素群M1を含む、ペロブスカイト構造を有する上述の第2結晶相を含んでいる。しかも、Bサイトの元素群M1にCrは含まれない。
このような2つの結晶相を含むことにより、導電性酸化物焼結体のB定数を低くすることができる。従って、この焼結体をサーミスタ素子として利用することで、−40℃〜+600℃の温度範囲におけるB定数を、2000K以下の特性を有するサーミスタを得ることができる。かくして、広い温度範囲において、適切に温度を測定することができる。しかも、この導電性酸化物焼結体は、ペロブスカイト構造の第2結晶相中(具体的にはBサイト)に、高温時に揮発しやすいCrを含まない。このため、高温でも、第2結晶相ひいては導電性酸化物焼結体の組成変化が生じにくく、導電性酸化物焼結体の特性が安定である。
また製造段階においても、焼成中にCrが揮発することが無く、焼成条件の変動の影響を受けにくくなり、特性バラツキの少ない導電性酸化物焼結体となる。
【0008】
なお、第1元素群RE1は、Yb,Luの少なくともいずれか、及び、Yb,Lu,Laを除く3A族元素(3族元素)のうち少なくとも1種からなる元素群であり、例えば、YとYb、YとLu、YとYbとLuなどが挙げられる。
また、第2元素群RE2は、第1元素群RE1をなす元素群のうち少なくとも1種を含む元素群である。従って、例えば、第1元素群RE1が、YとYbである場合には、第2元素群RE2としては、Yのみ、Ybのみのほか、YとYbの2種の場合も含まれる。このように、第1元素群RE1と第2元素群RE2とが、同じ元素群であっても良い。
また、第1結晶相及び第2結晶相(ペロブスカイト型の結晶構造を有する結晶相)の存在は、それぞれ、X線回折法により、同一結晶系で類似組成の結晶に合致する特有のピークが存在すること、及び、当該結晶相に該当する各元素が存在することから、確認できる。
【0009】
さらに、第2結晶相のAサイトにおいて、第2元素群RE2と固溶(置換)する元素群SLは、2A族元素(2族元素)のSr,Ca,Mgのうち、少なくとも、Srをモル比で主とする。従って、元素群SLにおいて、全てがSrであっても良いし、Srがモル比で半分以上を占めており、残部にCa、Mg、あるいは両者を含んでいても良い。
また、第2結晶相のBサイトにおいて、Alと固溶(置換)する元素群M1は、Crを除く、4A,5A,6A,7A及び8族元素(4〜10族元素)のうち少なくとも1種からなる。具体的には、Mn,Fe等が挙げられる。
【0010】
なお、この導電性酸化物焼結体では、Aサイトの元素とBサイトのとの量比を示す係数x+yが、0.95≦<x+y≦1.1の範囲内とされ、Aサイトの元素群に対するBサイトの元素群の、若干の欠損あるいは過剰が許容されている。さらに好ましくは、0.95≦x+y≦1.05とすると良い。
また、この導電性酸化物焼結体を作製する際の焼成条件(酸化、還元等の焼成雰囲気、及び焼成温度など)や、Aサイト及びBサイトにおける元素同士の置換の量比により、酸素の過剰或いは欠損を生じることがある。従って、上述の組成式における酸素原子とAサイトの元素とのモル比、及び酸素原子とBサイトの元素とのモル比は、それぞれ正確に3:1となっていなくても、ペロブスカイト型の結晶構造が維持されていればよい。
さらに、第2結晶相の係数cの下限は、c≧0.19とするのが好ましい。この場合、第1結晶相、第2結晶相の存在下で、確実にB定数(-40〜600℃)を2000K以下にできる。
【0011】
さらに、上述の導電性酸化物焼結体であって、前記元素群SLは、Srである導電性酸化物焼結体とすると良い。
【0012】
第2結晶相のAサイトにおいて、第2元素群RE2と固溶(置換)する元素群SLとしては、Srのほか、これを主として、CaあるいはMgを加えることができる。但し、これらを加えるよりも、Srのみを第2元素群RE2と固溶(置換)させた方が、−40〜+600℃の温度範囲でのB定数(-40〜600℃)など、広い温度範囲でのB定数を低くすることができる。したがって、これを用いたサーミスタ素子について、広い温度範囲で、適切な電気特性(B定数や抵抗値)を得られる利点を有する。
【0013】
さらに、上述のいずれかの導電性酸化物焼結体であって、前記元素群M1は、少なくともMnを含む導電性酸化物焼結体とすると良い。
【0014】
第2結晶相のBサイトにおいて、Alと固溶(置換)する元素群M1において、Mnを用いると、焼結体やこれを用いたサーミスタ素子について、広い温度範囲で適切な電気特性(B定数や抵抗値)を確実に得られる利点がある。
【0015】
さらに、上述のいずれか1項に記載の導電性酸化物焼結体であって、前記第2結晶相の係数x,yが以下を満たしてなる導電性酸化物焼結体とすると良い。
0.40≦x≦0.90
0.05≦y≦0.65
【0016】
この導電性酸化物焼結体では、ペロブスカイト構造(ABO3構造)を有する第2結晶相のうち、Bサイトの元素として、Alのほか、Crを除く元素群M1を含む。さらに、BサイトにおけるこれらAlと元素群M1との元素のモル比である係数x,yを、前述の関係としている。
このように、Bサイトに元素群M1を含ませることで、焼結体を導電体として確実に機能させることができる。
【0017】
さらに、上記いずれかに記載の導電性酸化物焼結体を用いてなるサーミスタ素子とすると良い。
【0018】
このサーミスタ素子は、前述の導電性酸化物焼結体を用いているので、例えば、−40〜+600℃など、広い温度範囲にわたって温度測定が可能な、適切な温度勾配定数を有するサーミスタ素子となる。
かくして、例えば、このサーミスタ素子を用いて、前述したように、排気ガス温度検知用の温度センサを構成した場合には、自身の出力に基づいて、低温側での断線検知、及び、高温側での短絡検知の何れをも、正確に行うことが可能となる。
【0019】
さらに、上述のサーミスタ素子を用いてなる温度センサとすると良い。
【0020】
この温度センサでは、前述の導電性酸化物焼結体を用いたサーミスタ素子を用いてなるので、例えば、−40〜+600℃という、広い温度範囲にわたって温度測定が可能な温度センサとなる。
かくして、例えば、この温度センサを、前述したように、排気ガス温度検知用に用いた場合には、用いているサーミスタ素子からの出力に基づいて、低温側での断線検知、及び、高温側での短絡検知のいずれをも、正確に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1に係る導電性酸化物焼結体についての、X線回折結果を示すチャートである。
【図2】本実施例1〜11に係るサーミスタ素子の形状を示す説明図である。
【図3】第2結晶相の係数cとサーミスタ素子のB定数との関係を示すグラフである。
【図4】図2のサーミスタ素子を用いた温度センサの構造を示す部分破断断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る導電性酸化物焼結体1を用いたサーミスタ素子2の実施例を、比較例と対比して説明する。
【0023】
(実施例1〜11)
まず、実施例1〜11及び比較例1〜5にかかる導電性酸化物焼結体1及びサーミスタ素子2の製造について説明する。原料粉末として、Y23,Nd23,Yb23,Lu23,SrCO3(表1ではSrO換算で表示),CaCO3(表1ではCaO換算で表示),MgO,Al23,MnO2,Fe23(全て純度99%以上の市販品を用いた。)を用いて、表1に示す原料仕込み組成(モル%)となるように、それぞれ秤量し、これらの原料粉末を湿式混合して乾燥することにより原料粉末混合物を調整した。次いで、この原料粉末混合物を大気雰囲気下1400℃で2Hr仮焼し、平均粒径1〜2μmの仮焼粉末を得た。その後、樹脂ポットと高純度アルミナ玉石とを用い、エタノールを分散媒として、湿式混合粉砕を行った。
【0024】
【表1】

【0025】
次いで得られたスラリーを80℃で2Hr乾燥し、サーミスタ合成粉末を得た。その後このサーミスタ合成粉末100重量部に対し、ポリビニルブチラールを主成分とするバインダーを20重量部添加して混合、乾燥する。さらに、250μmメッシュの篩を通して造粒し、造粒粉末を得た。
なお、使用しうるバインダーとしては、上述のポリビニルブチラールに特に限定されず、例えばポリビニルアルコール、アクリル系バインダー等が挙げられる。バインダーの
配合量は上述の仮焼粉末全量に対し、通常5〜20重量部、好ましくは10〜20重量部とする。
また、バインダーと混合するにあたり、サーミスタ合成粉末の平均粒子径は2.0μm以下としておくのが好ましく、これによって均一に混合することができる。
【0026】
なお、この表1から判るように、実施例3は、実施例1におけるYb23に代えて、Lu23を用いたものである。一方、実施例6は、実施例1におけるYb23に代えて、Yb23とLu23とをモル比で同量用いたものである。また、実施例9は、実施例1等におけるY23に代えて、Nd23を用いたものである。
また、実施例7,8は、実施例1のSrOの一部を、CaOあるいはMgOに代えたものである。
さらに、実施例10は、実施例1等のMnO2に代えて、Fe23を用いたものであり、実施例11は、実施例1のMnO2の一部を、Fe23に代えたものである。
さらに、比較例1,3は、SrOの量を実施例に比して少なくして、後述する第1結晶相の生成を抑制すると共に第2結晶相における係数cの値を小さくしたものである。また、比較例2は、Yb23を用いないようにして、第1結晶相の生成を抑制すると共に第2結晶相における係数cの値を小さくしたものである。比較例4,5は、CaOあるいはMgOの量を多くする一方、SrOの量を少なくして、第1結晶相の生成を抑制すると共に第2結晶相における係数cの値を小さくしたものである。
【0027】
(X線調査)
ついで上述の造粒粉末を用いて、20MPaの圧力で一軸プレスを行い、19mmφ×2mmの円柱状に成形した。その後、150MPaの圧力でCIP(冷間等方静水圧プレス)処理を行い、この成形体を大気雰囲気において1550℃で4時間焼成して、実施例1〜11及び比較例1〜5に係る導電性酸化物焼結体のX線調査用サンプルを得た。
【0028】
【表2】

【0029】
その後、各サンプルの表面を研磨した後、X線回折装置を用い、生成した結晶相の同定を行った。その結果を、表2に示す。さらに、代表的な例として、実施例1のサンプルについての、X線回折の測定結果を示す(図1参照)。
この図1において、○印で示したのは、結晶がYAlO3であると仮定した場合の、回折ピークデータに合致するピークであり、ペロブスカイト構造に特有のピーク配列が現れていることが判る。この結果から、実施例1の焼結体において、ペロブスカイト構造の結晶相(第2結晶相)が存在していることが確認できる。なお、YAlO3のピークデータを用いたのは、AサイトにYのほか、Yb(あるいはLu),Srが含まれていることが予測される、またBサイトには、Alのほか、Mnが含まれると予測されるが、それらは各々のサイトに固溶しているため、第2結晶相が存在しているので有れば、YAlO3と類似のパターンを示すと考えられるからである。
さらに、EPMA/WDSにより、各々の結晶相、特に導電相であるペロブスカイト型結晶相(第2結晶相)の組成分析を行った。これによると、ペロブスカイト型の結晶相には、Y,Alのほか、Yb(あるいはLu),Sr(及びCaあるいはMg),Mn(あるいはFe)の存在が確認された。従って、これらの実施例におけるペロブスカイト型の第2結晶相は、YAlO3ではなく、(RE21-cSLc)(AlxM1y)O3の組成式で示される組成を有しているものであると考えられる。但し、各実施例において、元素群RE2はY,Yb,Lu,Ndの少なくともいずれかが、元素群SLはSrあるいはこれに加えてCa,Mgのいずれかが、元素群M1には、Mn,Feの少なくともいずれかが該当する。
【0030】
また、この図1においては、▽印で示されるピークから、RE14Al29の結晶構造を有する結晶相(第1結晶相)も確認できる。なお、この第1結晶相もY4Al29を仮定して、この結晶のピークデータに合致するピークの有無を検知した。これにより、結晶構造を特定した後、EPMA/WDSによって、第1結晶相に、Yのほか、Ybが含まれていることを確認した。同様にして、各実施例について、第1結晶相として、RE14Al29を含んでいることを特定した。
また、□印で示されるピークから、SrAl24 の存在を特定した。さらに、◇印で示されるピークから、Yb23の存在を特定した。
なお、他の実施例及び比較例についても同様にして、各結晶相を特定している(表2参照)。
【0031】
これらの結果から、各実施例1〜11においては、導電性の第2結晶相:(RE21-cSLc)(AlxM1y)O3のほかに、絶縁性の第1結晶相:RE14Al29、さらに他の絶縁性結晶相SrAl24及びYb23が生成されていることが判る。
一方、比較例1では、第2結晶相:(RE21-cSLc)(AlxM1y)O3及び他の結晶相は生成されているが、第1結晶相:RE14Al29は生成されていないことが判る。
このことは、他の実施例及び比較例についても同様であった。
従って、図1において▽印で示される第1結晶相:RE14Al29の生成されていることが、実施例と比較例の大きな違いであることが判る。
【0032】
加えて、第2結晶相の係数cについてみると、実施例では比較例に比して、大きい値となっていることも判る。
なお、図1において□印で示されるSrAl24および、◇印で示されるYb23は、比較例1〜3の何れにも存在しているので、特にこれらの存在が、実施例に係る焼結体に特異的であるとは言えないことも判る。
【0033】
(サーミスタ素子の製造)
一方、前述の造粒粉末を用いて、金型成型法によりプレス成形(プレス圧:440MPa=4500kg/cm2)して、図2に示すように、Pt−Rh合金製の一対の電極線2a,2bの一端側が埋設された六角形板状(厚さ1.24mm)の未焼成成形体を得た。その後、大気中1550℃で4Hr焼成し、実施例1〜11のサーミスタ素子2を製造した。なお、比較例1〜5に係るサーミスタ素子も、同様にして製造した。
サーミスタ素子2の各寸法は、一辺1.15mmの六角形状で、厚み1.00mm、電極線2a,2bの径φ0.3mm、電極中心間距離0.74mm(ギャップ0.44mm)、電極挿入量1.10mmである。
【0034】
ついで、本実施例1〜11及び比較例1〜5のサーミスタ素子2について、以下のようにしてB定数(温度勾配定数)を測定した。即ち、まず、サーミスタ素子2を、T(-40)=233K(=-40℃)の環境下に放置し、その状態でのサーミスタ素子2の初期抵抗値R(-40)を測定した。ついで、サーミスタ素子2を、T(600)=873K(=600℃)の環境下に放置し、その状態でのサーミスタ素子2の初期抵抗値R(600)を測定した。そして、B定数:B(-40〜600)を、以下の式(1)に従って算出した。
B(-40〜600)=ln[R(600)/R(-40)]/[1/T(600)−1/T(-40)] …(1)
なお、R(-40):−40℃におけるサーミスタ素子の抵抗値(kΩ)、R(600):+600℃におけるサーミスタ素子の抵抗値(kΩ)である。
各実施例等についての、R(-40)、R(600)、及びB(-40〜600)の測定結果を、表3に示す。
【0035】
【表3】

【0036】
この表3によれば、各実施例1〜11の焼結体を用いたサーミスタ素子2は、いずれもB定数:B(-40〜600)が、2000K以下であることが判る。一方、各比較例1〜5の焼結体を用いたサーミスタ素子は、いずれもB定数が2000Kを越えていることが判る。
但し、比較例4では、R(-40)が、オーバーレンジ、即ち、機器における抵抗の測定範囲外の大きな抵抗値となったので、R(-40)に代えて100℃での抵抗値を測定し、B定数B(100〜600)を算出し掲載した。
【0037】
なお、この表2及び表3によれば、実施例1〜11の導電性酸化物焼結体及びサーミスタ素子は、Yb,Luの少なくともいずれか、及び、Yb,Lu,Laを除く3A族元素(3族元素)のうち少なくとも1種からなる元素群を第1元素群RE1としたとき、RE14Al29で表される第1結晶相を含むことが判る。なお、第1元素群RE1の本実施例における具体例は、YとYb、YとLu、YとYbとLu、あるいは、NdとYbである。
加えて、実施例1〜11の導電性酸化物焼結体及びサーミスタ素子は、Laを除く3A族元素(3族元素)のうち少なくとも1種からなる元素群RE2であって、上記第1元素群RE1をなす元素群のうち少なくとも1種を含む元素群を第2元素群RE2とし、Sr,Ca,Mgのうち、少なくともSrをモル比で主として含む元素群をSLとし、Crを除く、4A,5A,6A,7A及び8族元素(4族元素〜10族元素)のうち少なくとも1種からなる元素群をM1としたとき、ABO3と表記されるペロブスカイト構造を有し、(RE21-cSLc)(AlxM1y)O3で表される第2結晶相をも含んでいることが判る。
なお、第2元素群RE2の本実施例1〜11における具体例も、YとYb、YとLu、YとYbとLu、あるいは、NdとYbである。また、元素群M1は、具体的には、Mn,及びFeである。
また、比較例4,5のように、元素群SLとして、CaあるいはMgを、Srと同量含んでいる場合(表1参照)、即ち、Srが主となっていない場合には、B定数が非常に大きな値となることから、元素群SLは、Sr,Ca,Mgのうち、少なくともSrをモル比で主として含むものとするのが良いことが判る。
【0038】
さらに、この第2結晶相における係数cは、いずれも、0.18<c<0.50の範囲内となっている。サーミスタ素子2のB定数は、導電性結晶で、かつ、その抵抗値に温度係数を有するペロブスカイト結晶構造の第2結晶相の特性に大きく依存する。第2結晶相における係数cの大きさを、上述の範囲(0.18<c<0.50)とすることで、サーミスタ素子2のB定数:B(-40〜600)を、2000K以下の値とすることができる。
この係数cは、ペロブスカイト結晶相(第2結晶相)のうち、Aサイトを占める元素における、元素群SLの固溶量(元素群SLの占める割合)を示す値である。元素群SLの量が増え、係数cが、大きくなりすぎる(c≧0.5)と、ペロブスカイト結晶相自身を維持することが困難になると考えられる。したがって、c<0.5とするのが好ましい。
さらに、実施例及び比較例について、表2と表3に記載した係数cとB定数の関係を、合わせて、表4に示すと共に、図3に両者の関係をグラフで示す。
【0039】
【表4】

【0040】
この表4及び図3によれば、係数cを、c>0.18とするのがよいことが、理解できる。さらに好ましくは、c≧0.19とすると良い。確実にB定数:B(-40〜600)を、2000K以下とすることができる。
【0041】
さらに、実施例7では、元素群SLとして、元素群SL全体に対して、Srの他にCaを10mol%含んでいる(Sr:Ca=9:1)。また、実施例8では、元素群SLとして、Srを主とし、このSrの他にMgを10%含んでいる(Sr:Mg=9:1)。これらでも、B定数を2000K以下とすることができる。
但し、例えば、Srのみを用いた実施例1と、SrにCaあるいはMgを加えた実施例7,8とを比較すると容易に理解できるように、元素群SLを、Srのみとすると、これらCaやMgを元素群SLに含む(第2結晶相のAサイトに含む)ものに比して、B定数を低くすることができる点で好ましいことが判る。
【0042】
また、Bサイトの元素として、Alに加えて、元素群M1を含ませることで、焼結体を導電体として確実に機能させることができる。
ただし、第2結晶相のBサイトでAlに固溶(置換)する元素群M1として、Crを除いている。Crは、ペロブスカイト構造の第2結晶相中(Bサイト)に含まれていても、高温時に揮発しやすい。このため、Crを含む場合には、第2結晶相の組成変化を生じやすく、サーミスタ素子2のB定数や絶縁抵抗の安定性に劣る場合がある。これに対し、各実施例の導電性酸化物焼結体(サーミスタ素子)は、ペロブスカイト構造の第2結晶相にCrを含まない。このため、高温時においても第2結晶相及び導電性酸化物焼結体の組成変化が生じにくく、導電性酸化物焼結体の特性が安定である。
しかも、サーミスタ素子等の製造段階においても、焼成中にCrが揮発することが無いため、焼成温度のバラツキなど、焼成条件の変動の影響を受けにくくなり、特性バラツキの少ない導電性酸化物焼結体及びサーミスタ素子とすることができる利点もある。
【0043】
また、元素群M1としては、実施例10を除く各実施例に示すようにMnを用い、あるいは、実施例10,11のようにFeを含むと良い。
特に、Bサイトを占める元素Alと、MnおよびFeとはイオン半径が近接しており、これらの元素同士で互いに容易に置換できるものであり、これらの元素からなる副生成物の生成が少なく、置換された組成で安定に存在する。このため、広い組成範囲で連続的に組成比を変えて、導電性酸化物焼結体の比抵抗値やその温度勾配定数(B定数)を調整することができる。
かくして、第2結晶相のBサイトにおいて、Alと固溶する元素群M1において、MnあるいはFeを用いると、導電線酸化物焼結体やこれを用いたサーミスタ素子について、広い温度範囲で適切な電気特性(B定数や抵抗値)を確実に得られる利点がある。
但し、実施例10と実施例11とを比較すると、元素群M1として、Feのみを用いた実施例10に比して、MnとFeとを用いた実施例11の方が、B定数が低くできることが判る。したがって、B定数の点から、元素群M1として、少なくともMnを用いるのが好ましいことが判る。
【0044】
加えて、この第2結晶相における係数x、yの和x+yは、いずれも、0.95≦x+y≦1.1の範囲内となっている。係数x+yは、第2結晶相のAサイトをなす元素群(RE21-cSLc)とBサイトをなす元素群(AlxM1y)との量比を示す値である。
第2結晶相はペロブスカイト構造を有するので、Aサイトに配置される元素と、Bサイトに配置される元素とは、1:1の割合となるはずである。しかし、Aサイトの元素に対し、Bサイトの元素の量が、或る程度、過剰(x+y>1)あるいは欠損(x+y<1)の状態であっても、サーミスタ素子(焼結体)の所望の特性は得られるからである。
さらに好ましくは、0.95≦x+y≦1.05とすると良い。このような関係とすることで、よりペロブスカイト構造を有する第2結晶相が安定になるので、これを含む導電性酸化物焼結体、ひいてはこれを用いたサーミスタ素子の特性が安定になるからである。
【0045】
そして、実施例1〜11の組成を有する導電性酸化物焼結体1を用いたサーミスタ素子2では、B定数:B(-40〜600)が、B(-40〜600)=2000K以下の、従来に比して相対的に低い値となることが判る。このようなB定数を有する、実施例1〜11の導電性酸化物焼結体1を用いたサーミスタ素子2では、−40℃の低温下から+600℃までの広い範囲にわたり、適切な抵抗値を有し、適切に温度測定が可能となる。
【0046】
一方、比較例1〜5は、いずれも、B定数:B(-40〜600)が、B(-40〜600)=2100K以上の大きさとなった。
この比較例1では、その組成中に、Y,Yb,Alが含まれている(表1の比較例1参照)が、先ずもって、第1結晶相((Y,Yb)4Al29)が生成されていない(表2参照)。さらに、係数cが、c≦0.13であり、係数cの適切な範囲である、0.18<c<0.50の範囲を外れている。
また、比較例2においても、その組成中に、Y,Alが含まれている(表1の比較例2参照)が、第1結晶相(Y4Al29)の生成が確認できていない。さらに、係数cが、c=0.10であり、0.18<c<0.50の範囲を外れている。
さらに、比較例3でも、第1結晶相が形成されておらず(表2参照)、また、係数cが、c=0.15であり、0.18<c<0.50の範囲を外れている。
これら比較例1〜3では、このような違いを有するため、B定数が2100Kを超える大きさになったものと考えられる。
また、比較例4では、元素群SLとして、SrのほかにCaを多く含んでおり、第1結晶相が形成されていない。また、係数c=0.11となっている。このため、B定数が、3800Kを超える極めて大きな値となった。また、比較例5では、元素群SLとして、SrのほかにMgを多く含んでおり、第1結晶相が形成されていない。また、係数c=0.12となっている。このため、B定数が、3200Kを超える極めて大きな値となったと考えられる。
これらから、B定数を、B(-40〜600)<2000Kとするのには、第1結晶相を生成させること、元素群SLとして、Srを主とすべきこと、及び、係数cをc>0.18とすることが良いことが判る。
【0047】
以上から、上述の第1結晶相の存在と、第2結晶相における係数cの範囲が上述の範囲(0.18<c<0.50)を満たすもの(実施例1〜11)は、いずれもB定数が、2000K以下の低い値となり得ることがわかる。
【0048】
ついで、本実施例に係るサーミスタ素子2を用いた温度センサ100の構成について、図4を参照して説明する。この温度センサ100は、サーミスタ素子2を感温素子として用いるものであり、この温度センサ100を自動車の排気管の取付部に装着して、サーミスタ素子2を排気ガスが流れる排気管内に配置して、排気ガスの温度検出に使用するものである。
【0049】
温度センサ100のうち、軸線に沿う方向(以下、軸線方向ともいう)に延びる金属チューブ3は、先端部31側(図4中、下方)が閉塞した有底筒状をなしており、この先端部31の内側に本実施例のサーミスタ素子2を収納してなる。この金属チューブ3は、予め熱処理が施されており、その外側面及び内側面が酸化されて酸化皮膜に覆われている。金属チューブ3の内側でサーミスタ素子2の周囲には、セメント10が充填されて、サーミスタ素子2を固定している。金属チューブ3の後端32は開放されており、この後端32部分は、フランジ部材4の内側に圧入、挿通されている。
【0050】
フランジ部材4は、軸線方向に延びる筒状の鞘部42と、この鞘部42の先端側(図4中、下方)に位置し、この鞘部42よりも大きい外径を有して径方向外側に突出するフランジ部41とを備えている。フランジ部41の先端側には、排気管の取付部とシールを行うテーパ状の座面45を有している。また、鞘部42は、先端側に位置する先端側鞘部44とこれよりも径小の後端側鞘部43とからなる二段形状をなしている。
【0051】
そして、フランジ部材4内に圧入された金属チューブ3は、その外周面が後端側鞘部43と周方向全周に亘り部位L1でレーザ溶接されることで、フランジ部材4に強固に固定されている。また、フランジ部材4の先端側鞘部44には、概略円筒形状の金属カバー部材6が圧入され、周方向全周に亘り部位L2でレーザ溶接されて、気密状態で接合されている。
【0052】
また、フランジ部材4及び金属カバー部材6の周囲には、六角ナット部51およびネジ部52を有する取り付け部材5が回動自在に嵌挿されている。本実施例の温度センサ100は、排気管(図示しない)の取付部にフランジ部材4のフランジ部41の座面45を当接させ、取り付け部材5を取付部に螺合させることにより、排気管に固定する。
【0053】
金属チューブ3、フランジ部材4および金属カバー部材6の内側には、一対の芯線7を内包するシース部材8が配置されている。このシース部材8は、金属製の外筒と、導電性の一対の芯線7と、外筒内に充填され外筒と各芯線7との間を絶縁しつつ芯線7を保持する絶縁粉末とから構成されている。なお、このシース部材8の外筒にも熱処理により、予め酸化皮膜が形成されている。金属チューブ3の内部においてシース部材8の外筒の先端から(図中下方に)突出する芯線7には、サーミスタ素子2の電極線2a,2bがレーザ溶接により接続されている。
一方、シース部材8から後端側に突き出した芯線7は、加締め端子11を介して一対のリード線12に接続されている。芯線7同士及び加締め端子11同士は、絶縁チューブ15により互いに絶縁されている。
【0054】
この一対のリード線12は、金属カバー部材6の後端部内側に挿入された弾性シール部材13のリード線挿通孔を通って、金属カバー部材6の内側から外部に向かって引き出され、外部回路(図示しない。例えば、ECU)と接続するためのコネクタ21の端子部材に接続されている。これにより、サーミスタ素子2の出力は、シース部材8の芯線7からリード線12、コネクタ21を介して図示しない外部回路に取り出され、排気ガスの温度が検出される。リード線12には、飛石等の外力から保護するためのガラス編組チューブ20が被せられており、このガラス編組チューブ20は、自身の先端部が弾性シール部材13と共に金属カバー部材6に加締め固定されている。
【0055】
このような構造を有する温度センサ100では、前述の導電性酸化物焼結体1からなるサーミスタ素子2を用いているので、自動車エンジンの排気ガスの温度について、−40℃の低温下から+600℃の高温までの広い領域に亘り、適切に温度を測定することができる温度センサとなる。
また、この温度センサ100では、検出回路において適切なプルアップ抵抗を選択することにより、例えば、温度センサ100に5Vの電圧を印加した場合、その出力を、−40℃〜+600℃の範囲において、4.8V〜0.2Vの変化範囲に収めることができる。このため、この出力を、最大入力電圧が5Vの回路に入力する場合でも、適切に温度検知ができる。その上、温度センサ100(サーミスタ素子2)の低温時(−40℃)でも、出力が4.8V程度となり、5.0Vにまで至らないため、断線との差異を知ることができ、断線検知を容易にかつ正確に行いうる。また、同じく、高温時(+600℃)でも、出力が0.2V程度となり、0Vに至らないため、短絡との差異を知ることができ、容易かつ正確に短絡検知を行うことができる。
【0056】
以上において、本発明を実施例に即して説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更して適用できることはいうまでもない。
導電性酸化物焼結体(サーミスタ素子)の製造において、原料粉末としては、各実施例において例示した各元素を含む化合物の粉末を使用することができる。そのほか、酸化物、炭酸塩、水酸化物、硝酸塩等の化合物を用いることができる。なお、特に酸化物、炭酸塩を用いるのが好ましい。
【0057】
また、導電性酸化物焼結体の焼結性、B定数、温度特性の高温耐久性など、導電性酸化物焼結体、サーミスタ素子、あるいは温度センサに要求される特性を損なわない範囲で、導電性酸化物焼結体に、Na,K,Ga,Si,C,Cl,S等の他の成分を含有していてもよい。但し、Crは含まないものとする。
【符号の説明】
【0058】
1 導電性酸化物焼結体
2 サーミスタ素子
2a,2b 電極線
100 温度センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Yb,Luの少なくともいずれか、及び、Yb,Lu,Laを除く3A族元素のうち少なくとも1種からなる元素群を第1元素群RE1とし、
Laを除く3A族元素のうち少なくとも1種からなる元素群RE2であって、上記第1元素群RE1をなす元素群のうち少なくとも1種を含む元素群を第2元素群RE2とし、
Sr,Ca,Mgのうち、少なくともSrをモル比で主として含む元素群をSLとし、 Crを除く、4A,5A,6A,7A及び8族元素のうち少なくとも1種からなる元素群をM1としたとき、
RE14Al29と表記される組成を有する第1結晶相と、
(RE21-cSLc)(AlxM1y)O3と表記されるペロブスカイト構造を有する第2結晶相と、
を含み、
上記第2結晶相の係数cが、0.18<c<0.50の範囲であり、
上記第2結晶相の係数x,yが、0.95≦x+y≦1.1の範囲である
導電性酸化物焼結体。
【請求項2】
請求項1に記載の導電性酸化物焼結体であって、
前記元素群SLは、Srである
導電性酸化物焼結体。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の導電性酸化物焼結体であって、
前記元素群M1は、少なくともMnを含む
導電性酸化物焼結体。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の導電性酸化物焼結体であって、
前記第2結晶相の係数x,yが以下を満たしてなる
導電性酸化物焼結体。
0.40≦x≦0.90
0.05≦y≦0.65
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の導電性酸化物焼結体を用いてなる
サーミスタ素子。
【請求項6】
請求項5に記載のサーミスタ素子を用いてなる
温度センサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−43911(P2012−43911A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182636(P2010−182636)
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【出願人】(000004547)日本特殊陶業株式会社 (2,912)
【Fターム(参考)】