説明

小型X線発生装置

【課題】電子放射部の温度上昇を抑制して電子放射部の耐久性を向上させ安定かつ大線量のX線を取り出すことが可能な、血管内放射線治療用、がん治療用、医療診断等の医療分野及び非破壊検査などの工業用、研究用分野にも適用できる小型X線発生装置の提供。
【解決手段】少なくとも、先端を先鋭化加工された単結晶ダイヤモンドから成る電子放射陰極部10、ターゲット部22、及びX線透過窓25を有する小型チャンバ21と、可撓性ケーブル31と、高電圧供給電源とから構成された小型X線発生装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小型X線発生装置に関し、詳細には血管内放射線治療用、がん治療用、医療診断等の医療分野のみならず、非破壊検査などの工業用、研究用分野にも適用できる小型X線発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
医療分野においてX線、γ等の放射線を治療に利用する放射線療法の果たす役割は非常に大きい。放射線療法は、放射線による電離作用で、主に細胞のDNA鎖を切断させることで作用する。腫瘍細胞は、放射線により受けた影響を修復する能力が正常細胞に比べて乏しく、また、細胞死を引き起こしやすい。放射線療法は化学療法に比べて局所的な照射が可能であり、副作用を起こす領域を制限させることもできる。
放射線の照射方法としては、体外から病変部に向かって放射線を照射する方法と、放射性同位元素を封入した線源を体内に挿入する方法が利用されている。
【0003】
しかしながら、体外から病変部に向かって放射線を照射する方法では、副作用を起こす領域を化学療法に比べて制限できるとはいえ、体内深くの病変部に対しては、高エネルギーの放射線を照射させざるを得ない。また、放射性同位元素を封入した線源を用いると、常時放射線を放出しているので、患者の治療を始める前、照射すべき患部を探す段階においても、不要な放射線被爆を受け続けることになり、また、高度な取扱い技術が要求されることから、医師、放射線技師にも大きな負担となっている。
【0004】
これらに対して、特許文献1には、放射性同位元素を用いることなく、同軸ケーブルを用い、必要な時にX線を発生させることが出来る超小型X線発生装置が開示されている。この装置では、冷陰極に高速短パルスの高電圧を印加することによって冷陰極の先端で高電界放出により高強度の電子が放出され、この放出された電子を金属ターゲットに照射することによってX線を取り出すことが出来る。可撓性の同軸ケーブルの先端部にこのようなX線管を取り付けて体内に挿入することにより、病変部に到達したところで必要なだけ病変部に照射することができるので、患者、医師、双方の負担が大幅に軽減される。
【0005】
また、特許文献2には、特許文献1のX線発生装置と同様に可撓性の同軸ケーブルを用いて先端にX線管を取り付けているが、電子源としてW、Ta等の金属からなる陰極基体に薄いダイヤモンドの被膜をコーティングしたものを用いたX線発生装置が開示されている。ダイヤモンドを用いることにより、必要とされる電界を小さく維持しながら、必要なX線強度を取り出すことが出来る。ダイヤモンドの被膜は、それをコーティングすることにより、電子を容易に放出する特性を有し、電子を放出させるのに必要な電界は1/10以下になる。
上記の2つの公知例ともに、X線管部、同軸ケーブルの直径は3mm以下であり、体内挿入に適した大きさとなっている。
【0006】
しかしながら、これらの公知例では、電子源が金属であるか又は金属にコーティングしたダイヤモンド被膜であるので、ある一定以上の放出電流を継続して取り出そうとすると、放出部の温度が上昇し、電子源の損傷やコーティング被膜が剥離したりするという問題点があった。
【0007】
【特許文献1】特開2000−208294号公報
【特許文献2】特開2000−014810号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、金属又は金属にダイヤモンドをコーティングした電子放射部に比べて電子放射部の温度上昇を抑制して電子放射部の耐久性を向上させ安定かつ大線量のX線を取り出すことが可能な小型X線発生装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等が鋭意検討を進めた結果、先端を先鋭化加工された単結晶ダイヤモンドによって電子放射陰極部を形成することによって上記課題が解決できるとの知見を得て本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下に記載するとおりのX線発生装置である。
【0010】
(1)少なくとも、先端を先鋭化加工された単結晶ダイヤモンドから成る電子放射陰極部、ターゲット部、及びX線透過窓を有する小型チャンバと、可撓性ケーブルと、高電圧供給電源とから構成された小型X線発生装置。
(2)先端が先鋭化加工されたダイヤモンドの表面の少なくとも一部に、n型ダイヤモンドからなる導電層が形成されていることを特徴とする上記(1)に記載の小型X線発生装置。
(3)ターゲット部に、X線を発生する金属が埋め込まれたダイヤモンド板を用いることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の小型X線発生装置。
(4)電子放射陰極から放射される電流が100mA以上であり、30Gy/min以上の放射線量が得られることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の小型X線発生装置。
(5)前記高電圧供給電源が高電圧パルス電源であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の小型X線発生装置。
(6)前記高電圧供給電源が、電子放射陰極と引き出し電極(アノード電極)とに三角波又は正弦波の波形の電圧であって、電子放射陰極の閾値電圧を超える電圧が40%以下の占有率である電圧を印加する電源であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の小型X線発生装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明の小型X線発生装置は、電子放射部だけでなく、陰極全体が単結晶ダイヤモンドであるので、カーボンナノチューブやコーティング膜を陰極に用いた場合と比べて、放熱性が高く電子放射部の温度上昇を抑制できる。その結果、電子放射部の耐久性が向上し、安定かつ大線量のX線を取り出すことが可能となる。
また、本発明のX線発生装置においては、陰極となる単結晶ダイヤモンドの先端が先鋭化加工されているため、低い印加電圧で大電流の電子放出が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の小型X線発生装置(以下「X線発生装置」ともいう)について以下詳述する。
本発明のX線発生装置の概略を図1に示した例に基づいて説明する。
図1において、小型チャンバ21は円筒形をしており側部にX線透過窓25が形成されている。この小型チャンバ21内にはターゲット部22と、先端を先鋭化した単結晶ダイヤモンドからなる電子放射陰極10と、小型チャンバ21内を高真空に保つためのゲッタ剤26とが収容されている。ターゲット部22としては、図示例では導電性のダイヤモンド製基材23の表面に形成した窪みにターゲットとなる金属板24が埋め込まれたものを用いている。
小型チャンバ21には可撓性同軸ケーブル31が接続されており、同軸ケーブル31の内導体32は電子放出陰極に、外導体33は小型チャンバにそれぞれ電気的に接続される。図2に示すように、この可撓性同軸ケーブル31の反対側の末端には、高電圧供給電源34が接続される。
以下では、高電圧供給電源34として直流パルス電源を用いた場合について説明する。
【0013】
X線透過窓25は、X線に対して透明である必要があり、かつ体内に挿入する場合を考えると体組織と親和性の高いものであることが好ましい。具体的には、BN、カーボン(グラファイト)、ダイヤモンドが好適に使用できる。特にダイヤモンドが好ましい。
【0014】
上記チャンバ21内は、電子線を発生させ、ターゲットに照射するために真空に保たれる必要がある。チャンバ内には、ある活性化温度を持ったゲッタ剤26(例えばSAES ST 101合金やST707合金)を配置して、チャンバ内を高真空状態に保っておくことが好ましい。
【0015】
先端を先鋭化加工した単結晶ダイヤモンド10を電子放射陰極に用い、高電圧パルス電源34から高電圧パルスを印加すると、おおよそ10〜20kVのDCパルス(約10msec)で約100mAの大きな放出電流が得られ、30Gy/min以上の線量を得ることができる。この電子放射陰極を用いることにより、所望の場所で、所望の深さにX線照射ができ、かつ低加速で大線量の照射も可能であるので、余分な被爆を極力抑制でき、短時間で照射が完了できる。患者、医師への負担も大幅に削減することができる。
【0016】
図3に先鋭化加工された単結晶ダイヤモンドの例を示す。単結晶ダイヤモンド10の先端部11の先鋭化加工は、例えば機械研磨による方法や、ドライエッチングによる方法を併用することが好ましい。
先端が先鋭化されたダイヤモンドの表面の少なくとも一部に、n型ダイヤモンドからなる導電層13が形成されていると、より一層電子放出が促進され、かつ本発明の電子放射陰極は全体がダイヤモンドからなるので、電子放出部の温度上昇は抑制される。ここで、n型ダイヤモンドが形成される面は、(111)面もしくは(111)面からのオフ角が7度以下である面であることが好ましい。また、n型ダイヤモンドは不純物としてP(リン)が1016個/cm以上含まれていることが好ましい。
【0017】
一方、電子線が照射されたターゲットにおいては、照射された電子線エネルギーのうち99%が熱に変換される。電子源としてダイヤモンドを用いて、大線量のX線を取り出すためにはターゲット部の放熱性も非常に重要になる。そこで、ターゲット部に、X線が発生する金属が埋め込まれたダイヤモンド板を用いると、金属で発生した発熱は容易に拡散され、ターゲット金属の耐久性も向上する。
本発明のX線発生装置は、ファイバスコープや、位置固定機構などを併用することにより、体内での照射位置の詳細な確認、確定を行うことができる。
【0018】
本発明の「小型X線発生装置」のもう一つの特徴は電子源用にパルス電源を用いないで、パルス電流を得る方法である。高強度のX線を得るためには大きな放出電流を得る必要があったが、このため高い印加電圧を必要とするため電子源破損等の問題が生じ安定な動作を維持することが困難であった。パルス電源を用いると、これらを回避可能であるが、パルス電源は大型で、高価なものとなることから、小型で安価なパルス電源駆動に変わる方式が必要となった。そこで、三角波駆動電源を用いて、電子源の電子放出の閾値電圧を超える電圧の占有率が三角波の中で40%以下、より好ましくは10%以下と設定することで、パルス電源の代わりをさせることができる。三角波という波形には制限はなく、正弦波でも、その他の周期変動電圧波形でも構わないが、三角波は単純でより鋭い放出電流が得られるので一番好ましい。閾値電圧を超える電圧の占有時間が、40%以下、もしくは10%以下あることが重要である。
【実施例】
【0019】
[実施例1]
高温高圧合成ダイヤモンド単結晶IIb型(3×0.5×0.5mm)を用意した。面方位は0.5×0.5mmの面が(211)面、3×0.5mmの面が(110)、(111)面であった。(111)面のオフ角は、おおよそ2.9度であった。
このダイヤモンド単結晶10の片方の先端部11を、図3に示すように機械研磨で先鋭化加工を行って先鋭化した端部12とした。その後、マイクロ波プラズマCVD法で、(111)面にPドープエピタキシャル層13を約3μmの厚さで形成した。
こうして得られた、先端を先鋭化した単結晶ダイヤモンドからなる電子放射陰極10を、図1に示す小型チャンバ21にセットした。この小型チャンバ21は、直径が約2.4mm、長さが約15mmとなっている。ターゲット部22は、Bドープ気相合成ダイヤモンド多結晶板23(導電性)に、レーザー加工で円形にくぼみを形成し、そのくぼみにタングステン板24を埋め込んで作製した。X線透過窓25はダイヤモンドで形成した。
小型チャンバ21中には、ゲッタ剤26としてSAES ST 101合金を配置し、活性化させてチャンバ21中を高真空に保った。
小型チャンバ21に可撓性同軸ケーブル31を接続し、電気的には同軸内導体32に電子放出陰極、外導体33にはチャンバ21を接続した。
この可撓性同軸ケーブル31の反対側の末端には、電圧30kV,電流1A,パルス幅1msecの直流パルス電源を接続し、同軸内導体32に負の電圧、同軸外導体33を接地する条件で使用した。
【0020】
その結果、電圧20kV,パルス幅10msec、パルス周波数100Hzの条件で、電子放出電流が約185mAを観測し、得られた線量は39Gy/minとなった。
このような構成は、非常に小型であるので体内に挿入することも容易である。低加速で大線量のX線を取り出すことができ、かつ電圧を印加している間のみX線を取り出すことができるので、体内病変部のみに必要な照射深さでX線を短時間に照射することが可能となり、患者、及び医師への負担が大幅に低減される。
【0021】
[比較例]
電子放射陰極10として、約0.5×0.5×3mmの金属Moの先端を球形に加工し、その先端部にBドープダイヤモンドを約5μmコーティングしたものを用いて、実施例と同様のX線発生装置を構成した。電圧10kV、パルス幅10msec、パルス幅100Hzの条件では、電子放出電流として0.2mA程度にとどまり、得られた線量も1Gy/min以下となってしまった。印加電圧を20kV,10msec、100Hzとすると、電子放出電流は約4mAに到達したが、照射線量は1Gy/min程度にとどまり、かつ10分間動作させると大幅に電子放出電流が小さくなった。内部を確認したところ、ダイヤモンド膜の剥離が生じていた。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明のX線発生装置は、非常に小型であるため体内に挿入することが容易であり、また、低加速で大線量のX線を取り出すことができ、かつ電圧を印加している間のみX線を取り出すことができるため、X線療法等の医療分野のみならず、非破壊検査などの工業用、研究用分野にも好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明のX線発生装置のチャンバ部分の構成を示す図である。
【図2】本発明のX線発生装置の全体の構成を示す図である。
【図3】本発明のX線発生装置における電子放射陰極部として用いる先端を先鋭化加工された単結晶ダイヤモンドを示す図である。
【符号の説明】
【0024】
10 電子放射陰極(ダイヤモンド単結晶)
12 ダイヤモンド単結晶の先鋭化した端部
13 Pドープエピタキシャル層
21 チャンバ
22 ターゲット部
23 ダイヤモンド製基材
24 金属板
25 X線透過窓
26 ゲッタ剤
31 可撓性同軸ケーブル
32 内導体
33 外導体
34 直流パルス電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、先端を先鋭化加工された単結晶ダイヤモンドから成る電子放射陰極部、ターゲット部、及びX線透過窓を有する小型チャンバと、可撓性ケーブルと、高電圧供給電源とから構成された小型X線発生装置。
【請求項2】
先端が先鋭化加工されたダイヤモンドの表面の少なくとも一部に、n型ダイヤモンドからなる導電層が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の小型X線発生装置。
【請求項3】
ターゲット部に、X線を発生する金属が埋め込まれたダイヤモンド板を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の小型X線発生装置。
【請求項4】
電子放射陰極から放射される電流が100mA以上であり、30Gy/min以上の放射線量が得られることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の小型X線発生装置。
【請求項5】
前記高電圧供給電源が高電圧パルス電源であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の小型X線発生装置。
【請求項6】
前記高電圧供給電源が、電子放射陰極と引き出し電極(アノード電極)とに三角波又は正弦波の波形の電圧であって、電子放射陰極の閾値電圧を超える電圧が40%以下の占有率である電圧を印加する電源であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の小型X線発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−283169(P2009−283169A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−131622(P2008−131622)
【出願日】平成20年5月20日(2008.5.20)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】