説明

干渉模様を抑えたクリア塗装ステンレス鋼板

【課題】 薄いクリア塗膜であっても干渉模様を抑え、美麗な表面を呈するクリア塗装ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】 BA仕上げ,鏡面研磨等で表面を平滑化したステンレス鋼板1に、下層2d,上層2uと複層構成のクリア塗膜2を設けている。下層クリア塗膜2dよりも上層クリア塗膜2uの屈折率を下げることにより、ステンレス鋼板1,クリア塗膜2の表面から同じ方向に向かう反射光L1,L2の光量を減らし、光の干渉作用に起因した干渉模様を抑えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼特有の光沢表面を活用した外装材,内装材,表装材等に使用されるクリア塗装ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼板は、耐食性,耐久性に加え美麗な表面をもつので、内装建材,外装建材,車輌外板,厨房機器や家電機器の表装材等、広範な分野で使用されている。しかし、取扱い中に指紋跡が付着し、そのまま残存しやすいことがステンレス鋼板の欠点である。加工時或いは施工時に疵が付きやすく、目立ちやすいことも欠点である。
鏡面仕上げしたステンレス鋼板に酸化皮膜を形成し、酸化皮膜の厚さに応じて各種色調を発色させたステンレス鋼板も使用されているが、発色ステンレス鋼板では特に指紋,疵が目立ちやすい。
【0003】
そこで、外観が重視される家電機器の筐体,内装材,表装材等の用途では、施工が終了するまで美麗な表面状態の維持に細心の注意が払われており、保護フィルムの貼付も一手段である。ポリエステル樹脂,高分子ポリエステル樹脂,アクリル樹脂,アクリルシリコーン樹脂,エポキシ樹脂,ウレタン樹脂,フッ素樹脂等のクリア塗膜でステンレス鋼板を被覆し、指紋が付着し難く付着しても目立たない表面にすることも採用されている。
【0004】
クリア塗膜により耐指紋付着性を改善し付着指紋の視認性を下げたクリア塗装ステンレス鋼板は、プレス成形等で製品形状に加工されるプレコート鋼板として提供される。クリア塗装ステンレス鋼板は、クリア塗膜で潤滑性が付与されるので加工油を塗布する必要なく製品形状に加工できるが、必要以上に厚いクリア塗膜では金型成形時にカジリやエナメルヘアが生じやすく加工製品の外観が低下する。カジリ,エナメルヘア等の欠陥は、発色ステンレス鋼板では商品価値を大きく低下させる。
加工性の改善には薄い塗膜が有効であるが、塗膜を薄膜化すると干渉模様が発生し、却って外観が損なわれることになる。膜厚減少に伴い塗膜自体の強度が低下して剥離しやすくなることも、薄膜化の欠点である。
【0005】
本出願人は、ステンレス鋼板表面にクリア塗膜を不連続で形成するとき、干渉模様の発生が抑えられ、耐指紋付着性,潤滑性に優れたクリア塗装ステンレス鋼板が得られることを解明した(特許文献1〜3)。
【特許文献1】特公平7-37105号公報
【特許文献2】特許第2512397号公報
【特許文献3】特開2004-143494号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
不連続なクリア塗膜は、比較的粘度の高い塗料を塗布することにより形成される。不連続塗膜は干渉模様の発生防止には有効であるが、塗膜の不均一な厚さに起因してまだら模様が発現し、或いはプレス成形,曲げ加工等の際にカジリやエナメルヘアが塗膜に生じることがある。しかも、不連続塗膜を介し下地のステンレス鋼板表面が露出するので、初期には付着指紋が見え難くとも、時間経過に伴って素地表面に付着した指紋を起点として錆が発生することがある。指紋以外の汚染物質の付着も、同様に錆や隙間腐食等の起点になることがある。
【0007】
クリア塗装ステンレス鋼板にみられる干渉模様は、透明塗膜の表面からの反射光と透明等膜を透過して下地鋼の表面で反射した反射光との間に生じる光路差が原因である。干渉模様の発現を防止するため、クリア塗膜の完全フラット化,クリア塗膜の艶消し,塗装原板(ステンレス鋼板)の粗面化等により正反射光強度を弱める方法が考えられる。
【0008】
クリア塗膜の完全フラット化は、種々の色調で発色する原因の一つであるクリア塗膜のウネリをなくし、干渉色の単色化を狙っている。しかし、現実問題としてクリア塗膜を完全フラット化することは困難であり、光の干渉が生じない程度、すなわちナノメータオーダーの膜厚制御は工業的には不可能である。
艶消し剤を分散させたクリア塗膜では、艶消し剤粒子により透過光の拡散反射が促進されて正反射光強度が弱くなるが、クリア塗膜が艶消し剤特有の色調を帯びて意匠性が阻害されやすい。原板の粗面化はステンレス鋼板の長所である金属光沢の活用と相反し、光沢面を損なわない程度の粗面化では干渉模様の抑制には限度がある。
【0009】
クリア塗膜内での拡散反射を促進させて干渉模様の発現を抑え込もうとすると、クリア塗装ステンレス鋼板本来の美麗な表面が損なわれやすい。そこで、本発明者等は、ステンレス鋼板表面からの反射光に加えクリア塗膜面からの反射光の光量をも減らすことにより、光の干渉作用を抑える方法を種々調査・検討した。その結果、クリア塗膜の屈折率が干渉模様の発現と大きな影響を及ぼしていることを見出した。
本発明は、かかる知見をベースにしたものであり、クリア塗膜表層の屈折率を下げてクリア塗膜に入射する光量を多くし、反面、クリア塗膜表面からの反射光量を下げることにより、光の干渉作用を弱め干渉模様の発現を抑えたクリア塗装ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のクリア塗装ステンレス鋼板は、金属光沢のある表面をもつステンレス鋼板を原板に用い、複数層のクリア塗膜をステンレス鋼板表面に積層している。最外層となるクリア塗膜は、ステンレス鋼板側のクリア塗膜よりも低い屈折率を有している。
たとえば,下層クリア塗膜,上層クリア塗膜の二層構成でクリア塗膜を形成する場合、アクリル系,ポリエステル系,ウレタン系,ポリオレフィン系,フッ素系,エポキシ系,シリコーン系,アクリルシリコーン系,酢酸ビニル系,クロロプレン系等の有機樹脂の組合せで、下層,上層クリア塗膜を成膜する。上層クリア塗膜の屈折率を1.50以下とし、上層クリア塗膜の屈折率との間に0.02以上の差を付けることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
クリア塗装ステンレス鋼板にみられる干渉模様の発生機構は、次のように説明できる。
ステンレス鋼板1の表面にクリア塗膜2を設けたクリア塗装ステンレス鋼板を光照射すると、クリア塗膜2を透過してステンレス鋼板1の表面で反射する光L1とクリア塗膜2の表面で反射する光L2に入射光Linが分離する(図1)。反射光L1,L2の間にΔL(=2tsinθ,θ:入射角の余角,t:クリア塗膜の膜厚)の光路差が生じ、光路差ΔLが光の波長λに近くなるほど強い干渉色が発生する。光の波長に近い光路差ΔLとは、光路差ΔL=nλとしたときnが小さい整数でクリア塗膜2が薄いことを意味する。薄いクリア塗膜2では膜厚のウネリが相対的に大きくなり、光路差ΔLに及ぼすウネリの影響が強調され、結果として種々の色調をもつ干渉模様が発生する。
【0012】
干渉模様の発生機構を前提にすると、反射光L1,L2の光量を少なくすることが有効と考えられるが、艶消し剤の分散やステンレス鋼板1の粗面化は前述したようにクリア塗装ステンレス鋼板本来の表面性状にとって好ましくない。そこで、本発明では、クリア塗膜2を複層構成とし、ステンレス鋼板側のクリア塗膜に比較して表層側クリア塗膜の屈折率を下げている。たとえば、クリア塗膜2を下層2d,上層2uの二層構成としたクリア塗装ステンレス鋼板(図2)では、下層クリア塗膜2dの屈折率rdよりも上層クリア塗膜2uの屈折率ruを低く調節している。
【0013】
低い屈折率ruは、入射光Linがクリア塗膜2に透過する割合が多く、クリア塗膜2の表面で反射光L2となって反射する割合が少ないことを意味する。また、上層塗膜2u/下層塗膜2dの界面3にある凹凸によって、上層クリア塗膜2uに透過した入射光Linの界面3における拡散反射L3、ステンレス鋼板1表面からの反射光L1が外部に放散されるときの界面3における拡散反射L4が促進される。拡散反射L3,L4は、外部に放散される反射光L1+L2の光量を減少させる。したがって、単層のクリア塗膜2(図1)に比較して反射光L1,L2共に弱くなり、干渉模様が抑えられる。
【実施の形態】
【0014】
本発明のクリア塗装ステンレス鋼板では、金属光沢のある表面性状を活用するためBA仕上げ又は鏡面研磨したステンレス鋼板を塗装原板としている。BA仕上げ材や鏡面研磨材は、No.4,ヘアライン,No.2DR等の仕上げ材に比較して表面粗さが非常に小さく、正反射光強度が大きな材料であり、クリア塗膜を設けた場合に干渉模様が現れやすい。そのため、クリア塗膜の複層化により光の干渉作用を抑制する効果が顕著になる。定量的にいえば、60度で400以上の光沢鏡面をもつステンレス鋼板に対してクリア塗膜の複層化が効果的である。また、金属光沢を損なわない程度に透明又は半透明酸化皮膜を形成することにより干渉色を発色させたステンレス鋼板も塗装原板に使用できる。
【0015】
ステンレス鋼板は、常法に従って脱脂,酸洗,表面調整等の塗装前処理が施された後、必要に応じてクロメート処理又はクロムフリー処理で化成皮膜を設けることにより塗膜密着性を改善する。このステンレス鋼板に複数種類のクリア塗料を塗布し、加熱・乾燥する工程を繰り返すことにより、表層側の屈折率が小さな複層構成のクリア塗膜を形成する。
クリア塗料には、屈折率の他に耐候性,塗膜硬度,曲げ加工性,透明度等を考慮し、たとえば次表から選択した組合せが使用される。
【0016】

【0017】
下層クリア塗膜は、曲げ加工性が良好とされる高分子ポリエステル/メラミン(No.6),FEVE/イソシアネート(No.4)等の塗料から成膜される。ステンレス鋼板の表面を保護するため好ましくは2μm以上の膜厚で形成されるが、10μmを超える厚膜では加工時にカジリ,エナメルヘア等の欠陥が発生しやすくなる。下層クリア塗膜には、透明感を損なわない程度に防錆顔料,着色顔料,メタリック顔料等を配合することもできる。
【0018】
上層クリア塗膜は、下層クリア塗膜より屈折率が小さく、塗膜硬度が要求される場合にはFEVE/メラミン(No.2),シリカゾル添加アクリル/イソシアネート(No.3)等の塗料から成膜される。上層クリア塗膜の屈折率を1.5以下とし、上層クリア塗膜の屈折率との間に0.02以上の差を付けることが好ましい。屈折率:1.5以下で上層クリア塗膜への透過光量が増加する反面、クリア塗膜で反射する光量を減少させる効果がみられる。また、上層,下層間の屈折率差を適正管理することにより、界面における拡散反射が促進され、ステンレス鋼板表面で正反射する光量が減少する。上層クリア塗膜を膜厚:2μm以上にするとクリア塗膜の薄膜化に起因する干渉模様がほぼ完全に抑えられるが、5μmを超えても厚膜化に見合った効果が得られない。上層クリア塗膜は、下層クリア塗膜に生じがちなウネリを解消する上でも有効である。
【実施例】
【0019】
BA仕上げしたSUS340ステンレス鋼板を塗装原板に使用した。このステンレス鋼板は、表面粗さがRa:180Åであり、JIS K5600に規定されている測定法で60度鏡面光沢が530であった。
脱脂,水洗,表面調整,乾燥の工程を経て表面清浄された塗装原板にクロム系化成処理液をバーコーターで塗布し、100℃で乾燥することにより全Cr換算付着量:40mg/m2のクロメート皮膜を形成した。
次いで、表1のクリア塗料を塗布し、215〜250℃で30〜60秒加熱することにより下層,上層クリア塗膜を形成した。下層,上層クリア塗膜の膜厚は共に5μmに設定し、2コート2ベーク法を採用した。
【0020】
得られたクリア塗装ステンレス鋼板の外観を次の試験で調査した。
〔外観試験1〕
太陽光の下で塗膜表面を目視観察し、著しい干渉模様が観察された試験片を×,抑制効果はあるが依然として干渉模様が検出された試験片を△,干渉模様が抑制されほとんど検出されない試験片を○として干渉模様発生具合を官能評価した。
〔外観試験2〕
干渉模様が最も生じやすい三波長型蛍光灯で試験片表面を照射し、目視観察により干渉模様の有無を外観試験1と同じ基準で調査した。
【0021】
表2の試験結果にみられるように、下層に比較して上層の屈折率が低いクリア塗膜を設けた試験No.1〜9では、外観試験1,2共に干渉模様がほとんど観察されなかった。これに対し、下層より上層の屈折率が大きなクリア塗膜を設けた試験No.11〜13では、干渉模様の抑制効果がなく、特に外観試験2では歴然とした干渉模様が観察された。同じ塗料で下層,上層クリア塗膜を形成した試験No.10でも、干渉模様が生じていた。
なお、クリア塗膜を単層で設けたクリア塗装ステンレス鋼板では、著しい干渉模様が観察された。干渉模様はクリア塗膜の厚膜化に応じて弱まる傾向にあったが、膜厚:15μm以上でも干渉模様が依然として観察された。
【0022】

【産業上の利用可能性】
【0023】
以上に説明したように、ステンレス鋼板表面に形成するクリア塗膜を複層構成とし、ステンレス鋼板側に比較して表層側クリア塗膜を低屈折率とするとき、干渉模様の発現が抑えられ、ステンレス鋼板本来の金属光沢を活かしたクリア塗装ステンレス鋼板が得られる。このクリア塗装ステンレス鋼板は、美麗な表面を活用する外装材,内装材,表装材,車両外板等、広汎な分野で重宝される素材となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】クリア塗装ステンレス鋼板で干渉模様が発現する説明図
【図2】複層構成のクリア塗膜で干渉模様が抑制される説明図
【符号の説明】
【0025】
1:ステンレス鋼板 2:クリア塗膜 2d:下層クリア塗膜 2u:上層クリア塗膜 3:下層クリア塗膜/上層クリア塗膜の界面
in:入射光 L1,L2:反射光 L3,L4:拡散反射 ΔL:光路差
t:クリア塗膜の膜厚 θ:入射角の余角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属光沢のある表面をもつステンレス鋼板に複数層のクリア塗膜が積層されており、クリア塗膜の屈折率がステンレス鋼板側で高く、表層側で低くなっていることを特徴とする干渉模様を抑えたクリア塗装ステンレス鋼板。
【請求項2】
クリア塗膜が下層クリア塗膜,上層クリア塗膜の二層構造をもち、上層クリア塗膜の屈折率が1.50以下で、上層クリア塗膜と下層クリア塗膜の屈折率差が0.02以上である請求項1記載のクリア塗装ステンレス鋼板。
【請求項3】
ステンレス鋼板の60度金属光沢が400以上である請求項1又は2記載のクリア塗装ステンレス鋼板。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−30384(P2007−30384A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−218228(P2005−218228)
【出願日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】